台風のあとに思う

台風が去って、盆の空気が肌にまとわりついてくる。盆の空気が好きだ。祭りのあとの夕暮れ、夏の空気がもう帰ろうとしているのはわかっている。だが、もうすこしだけ、たとえばあと一杯コーヒーを啜る時間くらいはいっしょに過ごしてもい […]

2014.08.11
ソクラテスの言葉

ソクラテスはいう。 一体、言葉で語られるとおりの事柄が、そのまま行為のうちに実現されるということは、可能であろうか? むしろ、実践は言論よりも真理に触れることが少ないというのが、本来のあり方ではないだろうか? 人はそう思 […]

2014.08.05
墓標としての憲法

七月、憲法が変わった。否、ほとんどというべきか、といっても、あとは最後の一撃、しかもわれわれではどうにもできない一撃を加えるだけである。ひとはおそらく、まだ古い夢をみつづけているだろう。夢のなかでぼんやりしている者が大勢 […]

2014.07.07
審美について/解釈

若者に期待する努力とは、美しいものを見聞きすることである。美は欲望と結びついている。欲望にしたがっていればいいのだから、一見、簡単なようで、存外むずかしい。ひとが醜いと思うものにも、美は隠れている。逆に、一見美しくても、 […]

2014.06.30
法の解釈

神や王、将軍にかえて、ひとが《法》を玉座に据えたときに、近代がはじまった。たとえ王であろうと、またその源泉が古来の王統にあるのか、それとも人間本性にあるのかは別としても、とにかく《法》にしたがう。それが近代のひとつの意味 […]

2014.06.26
理論について

現代社会のなかにいれば、優先順位をつけるのが馬鹿馬鹿しくなるほど、価値観がめまぐるしく推移している。歴史のほうは、もっとずっとゆったりした時間のなかで推移している。だがそれでも、事実の重みは——だから軽さも——たしかにあ […]

2014.06.07
歴史学の末路と新生

右と左のどちらが現実が見えているか、という問いはけっこうな難問だが、わたしはそもそも、政治が「超」がいくつもつくほど嫌いである。わたしは、右でも左でもなく、イデオロギーなるものとは一切関係しない。ただ、言葉を発するのであ […]

2014.06.05
無頭(アセファル)の現代人

フェルナン・ブローデルは、技術の歴史ほど困難なものはない、と、どこかで言っていた。近代史をやる以上、技術の歴史の研究を一度はやるべきだろうと思ったのは、じつはずいぶん昔のことだが、いざそれに取り組んで、ブローデルの言葉を […]

2014.05.17
風をこえて

世界はいつも、風評/リプレゼンテーションの薄もやに覆われている。ほんとうの世界が現れるのは長いまどろみを破る束の間の出来事だけ。多くは、自然がそれをもたらす。血や涙によってはじめてひとはそれに気づく。血や涙に言葉が先行す […]

2014.05.14
作者について

研究者や芸術家にとって、作者の署名には、どのような意味があるのだろうか。現代では著作権に、すなわちお金に結びついている。だからいろいろなものが、見えにくくなっている。たとえばイリアスとオデュッセイアという作品は、《ホメロ […]

2014.04.14
社会よりも大きなもの

ベートーヴェンの次の言葉が好きだ。「五十年すれば、ひとも弾く」。難解すぎて誰も弾かないと言われたピアノソナタに対して、己の作品を擁護したとき口をついたもの。彼の言葉がどれほどひとを勇気づけてきたことか。この世界は、社会に […]

2014.04.05
戦争責任と歴史

ドゥルーズ=ガタリはこんなことを言っていた。 責任をもつとか、無責任であるとかいったことについては、私たちはそんな概念とは無縁だと申しあげておきましょう。責任、無責任というのは警察や法廷の精神医学に特有の概念なのですから […]

2014.02.10
責任概念の歴史的な進展について

かつてジャック・デリダは、「責任」の概念のヨーロッパ的・キリスト教的起源について語っていた。われわれ日本人が世界に求められているのは、この意味での「責任」である——すなわち、禁断の果実を食べて得た「知」それ自体が、人間の […]

2014.01.11
日本史の教育

日本史を必修にするという話が出ているそうだ。それに関連するかはわからないが、かつてこんな議論があった。日米開戦直前、いわゆる京都学派による、悪名高い「世界史的立場と日本」である。『中央公論』に掲載された座談会の一部をこれ […]

2014.01.09
情報社会、あるいは明晰さの病

最近は、自分の立場をおもしろがることが多い。現政権のやろうとしていることに対して沸き上がる自分の複雑な感情が、社会における自分の居場所を奪ってしまう。この歳になって社会のどこにも精神の置き所が見出せていないのだが、それは […]

2014.01.08
心霊とエゴイストの人文学

古来、ひとは幽霊や妖精なしにはなかなか生きていけないものなのだが、人文学者のアドヴァンテージは、はじめから、幽霊や妖精を扱っていると自覚していることである。つまり、彼は幽霊や妖精の実在を口にしてそれを学問の対象にできるほ […]

2014.01.03
ファシズムについて

ファシズムについて。現在の政治家にそうした状況を作り出し、かつコントロールできるような人物がいるとは思わない。ただし、だからといって、ファシズムが発生しない、ということではない。特定の政治家に対して、そうした人類の債務を […]

2013.12.17
秘密の美

たとえばぼくは、秘密の概念を愛している。秘密は、永遠に秘密のままでは、存在していないのと同じだと、ひとはいう。秘密は暴かれ、打ち明けられねば秘密はいえず、そしてそれによって秘密は秘密であることをやめるのだと。しかしそれは […]

2013.12.13
法外な世界

法の世界について、自分はとかく縁遠いが、《法外》の世界を「無法者」の世界や、暴力的権力の蠢く世界としてしか想像できなくなっていく近代の危険性ということを、自分は強く感じている。「言論の自由」にとって、秘密保護法案より恐ろ […]

2013.12.01
絶滅を超えて

死は、ほんとうに取り返しのつかない、痛ましいもののひとつであるが、それは、時間概念の不可逆の本質から来ている。時間がもたらす絶滅は恐るべきものだが、しかし、その一方で、絶滅には抜け道がある。つまり、ふつうは、生物は絶滅す […]

2013.11.03
君より大きなもの

多くの学者たちの努力にもかかわらず、学問の世界はどこもかしこも衰弱するばかりなのだが、この速度に追いついて、また上昇するのも、考えるだにたいへんなことである。若者の政治に対する無関心は小石を投げてできる波紋よりもはやく広 […]

2013.11.02
テクノロジーと魔術

いまさら批判めいたことを言いたいわけではないが、あまり端的に自分と立場が違っているのが面白かった。柄谷行人の『差異としての場所』という本に収録されている、「テクノロジー」なるエッセイについてである。はじめ読んだのは前世紀 […]

2013.06.26
エゴイストの困難

この社会で、エゴイストであることの困難。エゴイストをみれば、世間一般のひとびとは、なにか悍ましいものを見たような気分になり、忌み嫌って人でなしのように感じたりする。実際、エゴイストは、この社会、とりわけ日本社会において、 […]

2013.06.17
歴史的護憲、歴史的改憲

わたしは歴史学者だから、憲法についても、法学的に読むことはしない。むしろこれらの条文を、言葉として、そしてその言葉が徴づけている出来事を読みこもうとする。そして、まだ息をしているこの言葉が早急に葬り去られようとしているの […]

2013.05.03
怒りと老いと大樹

言語が現実と結びついていることの確かさを教えないなら、じきにひとは怒り方を忘れてしまう。シニシズムだけが蔓延り、そればかりか怒りのはけ口を誰に向けることもできず、無意識に不満を注ぎ込んで病を病むしかなくなる。怒りをもたら […]

2013.04.26
歴史学を志す若者たちへ

歴史は美しい方がいい。しかし醜いものから目をそらすことがあってもいけない。歴史は事実からなる。しかし嘘を無視していいわけでもない。それさえ理解していれば、歴史は若者たちの自由になる。すばらしい歴史家の生まれる世界は、同時 […]

2013.04.15
ボーダー

テクノロジーとアート、つまり記憶と忘却の狭間で、歴史になにができるかと考える。歴史を愛することは、嘘をつき、忘れもするひとの知のすべてを愛することでもあるはずだ。 久しぶりにプラトンを読んでいたら、いつのまにか眠りに落ち […]

2013.04.05
体罰について

体罰の問題は深いところで言語の問題とつながっている。わたしはさいわいにして、いまのところ経験がないが、おそらく教師の暴力が一番発生しやすいのは、子供がまったく「言うことをきかない」場合であろうと思う。そのときに、たとえば […]

2013.02.02
パウル・クレー『金魚』のレプリカ
若者たちへ——単独性と死ぬ身体——

生物学者の高木由臣によれば、たとえばバクテリアは死ぬ能力をもたない、死ぬことができるのは有性生殖をおこなう生物のみ、すなわちDNAのやりとりによって親と異なる遺伝子個体を生むことのできる生物だけである、という。 そこから […]

2012.12.22
夢について

新中納言、「見べき程の事は見つ、今は自害せん。」とて、乳人子の伊賀の平内左衛門家長を召て「いかに日比の約束は違まじきか。」と宣へば「子細には及候。」と申す。中納言に鎧二領著せ奉り、我身も鎧二領著て、手を取組で海へぞ入にけ […]

2012.10.10
«...23456...10...»
EX-SIGNE
EX-SIGNE
PROFILE
WORKS
CONTACT
DIARY
LINKS
feed ENTRIES | COMMENTS
 

コメントを読み込み中…