ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま […]
天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ(1)は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろ […]
「歴史から可能性を見出そうと思っている奴の鼻をへし折るってやるためだ」。これは、なぜ歴史を学ぶのかと問われたときに、ひとが答えるべき攻撃的な解答である。実際、本当の意味での歴史家は、歴史の可能性をしらみ潰しに潰していく人 […]
ニーチェは、どこかで、ギリシア人が「希望」にほとんど価値を与えていなかったことに注意を促している。そのことは、近代人には不可解なパンドラの神話にも明らかである。この神話のプロット――といっても、諸説あるストーリーを、いく […]
いまも、アフガニスタンでは、ケシしか育たない荒野に劣化ウラン弾が落とされているのだろう。そして、誤爆で、およそ空爆を受けるいわれのない多数の貧民が突如として死を迎える。マラリアで死を迎えようとしていた子供が、爆弾で死ぬ。 […]
「地獄の時間としての「現代(モデルネ)」。この地獄の懲罰とは、いつでもこの一帯に存在している最新のことがらであり続けねばならないということだ」 「まさしく最新のものにおいて世界の様相がけっして変貌しないということであり、 […]
似ていることを云々することは、似ていないことを際立たせることであって、実際にはそちらの方が重要であり、それはヘーゲルが反面教師的に教えてくれたことでもある。似ている、と言うことは、似ていないと言うことに等しい。…… 歴史 […]