歴史の不可能性について

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2006.10.03

「歴史から可能性を見出そうと思っている奴の鼻をへし折るってやるためだ」。これは、なぜ歴史を学ぶのかと問われたときに、ひとが答えるべき攻撃的な解答である。実際、本当の意味での歴史家は、歴史の可能性をしらみ潰しに潰していく人種でなければならない。もしあなたが歴史家であるならば、万が一にも、歴史には可能性がある、などと言ってはならないのである。

ありとあらゆる歴史的なものから、なにがしかの可能性を見出したと思っている連中は、たいてい、たんに過去の考察を十分に尽くしていないか、あるいは歴史について誤った観念を有しているか、さもなければ何も考えていない。歴史を熱心に紐解こうとするひとは、次のものに出くわす。袋小路である。わたしたちがたどりつきたいと考えている出来事の前には、多くの歴史家が立ちはだかっていて、彼らは、その前に、曲がりくねり、さらにひねくれた迷路を作っている。そしてたちの悪いことに、彼らは迷路だけを残して死んでいく。もし、その出来事が非難に値するものである場合、こうした迷路は、出来事を非難から守るための城壁の役目を果す。そして多くの場合、こうした迷路や城壁を作っているのは、当の出来事を非難しようとしていた歴史家であり、実際、彼らのその熱意は、迷路をますます複雑にし、城壁を途方もなく分厚くするのにとても役に立ったのである。

さて、この迷路の中で苦労しているうちに、本当に稀に、同じ様な欲望を抱いて迷路をさまようひとに出会うことがある。そんなとき、彼はずっと心の底に抱いていた、しかし、他人に出会うまでは思いもよらなかったひとつの疑問が不意に口元に湧き上がるのを抑えることができない。「ところで、本当にこの先に出来事は存在しているのでしょうか」。わたしが代わって答えよう。もちろん、そんなものは存在していない。この迷路は袋小路であるし、また、城壁の先に見える天守閣も、べつに出来事というわけではない。むしろ、あなたの迷走こそが、歴史なのであり、要するに、歴史は出来事とは関係ない。

たとえば、かつての軍国主義――別にどう呼んでもよい、もちろん、日本ファシズムと呼んでもよい――の歴史を振り返ってみよう。はっきり言うが、この忌まわしい歴史に加担しなかった人間は、ただのひとりもいないことがわかるだろう。にもかかわらず、わたしだけはそこから免れていると思っているひとが大勢いるだろうし、また、多くの歴史家も、結局、そう考えねば研究などできないのだが、じつのところ、誰もがそう思っているのである。わたしだけは免れていると、みんな考えているのである。昭和天皇も、東条英機も、北一輝も、あるいはその他諸々のファシストですら、この忌まわしい歴史には加担していないと思っているだろう。じつを言うと、あのヒトラーですらそうなのだ。だから、わたしはこう言うべきだった。歴史上、誰もが、ファシズムに、消極的に加担したのだ、と。歴史における登場人物は、消極的に虚偽に手を染める人間である。

とはいえ、歴史上には現われない出来事というものも、もちろん存在する(というか、歴史上に現われないものこそ、出来事の名に値するのだ)。また、結局、歴史には現われていても、ほとんど意味を持たなかった出来事というものもある。区別のため、少なくとも何らかの形で歴史に現われた出来事には、「事件」の符牒を割り振っておこう。だいたい、歴史家が可能性だと考えているのは、同時代にほとんど意味を持たなかった事件である。その事件が同時代に意味を持たない度合いが高ければ高いほど、それは今日において、可能性と呼ばれることになる。可能性を診断するのは現在の歴史家だが、彼らは、歴史に何の関係があるのか、本人以外にはてんでわからないようなものほど、可能性とみなしたがる。つまり、自分の発見は、今日の社会に必要な一大事、というわけだ。だから、多くの歴史家は、たいてい重箱の隅をつつくようなことばかりやっているのだが、メイン料理に手を付ける自信家もいる。といっても、勇敢な彼は、「このメイン料理を本当に味わうことのできる人間は、わたしだけだ」と考えているから、そうするのであり、結局、ほとんどの歴史家と変わるところはない。

歴史が、意味のある事件と、より無意味な事件とを含めた総体であるならば、逆に言えば、そうした事件がすべて合わさったところに歴史が成立している。つまり、すべての事件は、縦にも横にも関連し、因果律に縛られている。だから、その無意味な事件もまた、たとえば、非難すべき事件に絡みついたひとつの不可能性なのである。そもそも、考えてみてほしいのだが、歴史上に現れはしてもほとんど無意味な事件は、本当に可能性なのだろうか。自分だけが見つけることのできた可能性は、ほんとうに可能性の名に値するのだろうか。もちろん、それを可能性と呼ぶのはおかしい。たんなる不可能性である。だが、それを可能性とみなすところに歴史は成立する。歴史とは、自分だけの発見を誇る、歴史家の自負心の連なりのことなのである。彼ら歴史家は、自分の選んだ登場人物が、いかに消極的なことしかしなかったか、ということを誇らしげに語るのである。たとえば、こうだ。「ニーチェはいかに同時代に受け容れられていなかったか!」 こうしてニーチェは、哲学史にその名を記されることになる。実際、社会に受け容れられていたはずの大統領や総理大臣ほど、歴史に記すに値しないひとびとも、そうはいないだろう。

だが、もちろん、ここには、あるヒントが隠されている。つまり、歴史には、二人の登場人物がいるということがわかるのだ。というかこの言い方は厳密ではない。一方は、登場しない登場人物だからである。この二人の登場人物とは、すなわち、《歴史上、何か意味のあることを行なう、虚偽への消極的な加担者》と、《歴史上、ほとんど無意味なことをする者》である。もちろん、この二人の差異は結局は度合いの差異にすぎないし、したがって、区別するほどの差異はない。だが、無意味なことをする者の、その行為が、無意味さの極限にまで達すれば、その者はおそらく、歴史には登場しない人物となるだろう。彼は、文字通り、《何もしていない》からである。とはいえ、そのことによって、かの登場人物ならぬ登場人物は、ついに虚偽に手を染めることがない。歴史の網から、歴史の迷宮から、ついに彼は脱出したのだ!

ひとは、何か意味のあることをしようとして、もがけばもがくほど、歴史の網に取り込まれ、歴史の迷宮をさまようことになる。彼はたしかに歴史上意味のあることをするかもしれないが、しかし、この意味性が高価であればあるほど、彼は、消極的である。意味性を買い込むために、自身の積極性という高い代償を支払う破目になる。他方、意味のあることを何もしない者は、その分だけ、彼自身の本質に対してつねに積極的であり、もっと適切な言葉で言えば、意志的である。もちろん、これらは、二つとも虚無の一種だが、とはいえ、後の方の虚無には、歴史における可能性の炎を完全に使い尽くしたあとに生まれた灰のような音色がある。つまり、好ましい響きがある。したがって、ファシズムに対して抵抗する手段がひとつだけ存在していることがわかる。つまり、《積極的に何もしないこと》である。

わたしは、以前、ベンヤミンの歴史の天使と、オウィディウスの『変身物語』に出てくるデウカリオンとピュラの神話との類似性を指摘したが、類似性ではなくて、差異性を指摘することもできただろう。もちろん、歴史の天使が天使であるかぎり、彼が、瓦礫を正面に見据えつつ、背後に広がっている未来に《強制的に》押し退けられる、というのは正しい。だが、人間であるデウカリオンやピュラはそうはいかない。彼女たちは、母の記憶を捨て去るために、きわめて絶望的な決意をしなければならなかったのである。つまり、彼女たちは、《意志》せねばならなかった。かつて小林秀雄が、歴史を母の愛に喩えたことは、さすがに彼ならではの明察だが(とはいえ、当時多くの知識人は、歴史を母の愛とみなしていたようである)、しかし、彼には、ピュラのように、それを捨て去る決意がなかった。実際、母の骨には、何の可能性もなかった。無意味であった。つまり、デウカリオンとピュラは、歴史を捨て去る以外のことは、ついに何もしなかったのである。

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