研究会予定

第10回人文学の正午研究会

岡本太郎の芸術論


報告者:山下航佑(京都大学)
日時:2012年4月22日(日曜日)15:00〜17:00
場所:京都大学文学部校舎(新館)2階第2演習室
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/map6r_y.htm

初めてご参加を希望される方は、会場等についてご案内致しますので、お名前と所属をお知らせください。どうぞお気軽に事務局宛にメールをお送り下さい。


研究会記録

小路田泰直 歴史とは何か? 人間・革命・歴史学

史創研究会合同シンポジウム, 報告者: 小路田泰直(奈良女子大学), 4 March, 2012. 於: 京都大学文学部

……要旨は現在作成中……

田中希生 歴史とは何か? 人間・革命・歴史学

史創研究会合同シンポジウム, 報告者: 田中希生(京都府立大学), 4 March, 2012. 於: 京都大学文学部

歴史とは何かという大きな問いに対して、報告者は、地中海に伝わる神話(とりわけイシスとオシリスの神話)や、ホメロスのような文学作品、あるいはヘロドトスやトゥキュディデス、司馬遷といった初期の歴史家の文章を引用しながら、歴史そのものがひとつの事件であり、《人間》が登場したときにだけ、歴史が生まれると指摘。また、人間は、王や貴族、武士や農民といった貴賤を超越する概念として登場するのであり、したがって、歴史の概念が重要なものとなるのは、革命をともなう場合だけであると主張した。

古川雄嗣 苦しみの意味と偶然性

第9回研究会, 報告者: 古川雄嗣(京都大学), 18 February, 2012. 於: 京都大学文学部

偶然性の哲学として位置づけられてきた九鬼周造の哲学のなかに、必然性についての透徹した視座をみようとする報告。とくに彼の博士論文をめぐってかわされた田辺元との手紙のやりとりのなかから、偶然性から必然性にいたるダイナミズムを認めて、苦しみに意味を見いだすことでそれを克服していく可能性をみようとする。討論では、自己と他者にまつわる苦しみの意味が変化していく点が指摘されつつ、必然性の概念では越えることのできない高次の偶然性に焦点が移り、人文学にとっての今後の課題に照明が当てられるものとなった。

小路田泰直 思惟の歴史としての日本史試論

第8回研究会, 報告者: 小路田泰直(奈良女子大学), 25 September, 2011. 於: 京都大学文学部

日本の古代から近代にいたる知そのもののあり方を、世界史的・自然史的な視野から考察する野心的な報告。多様なものの集積から同じものの多様な現れへ、ひとことでいえば網羅から抽象へと変化していく決定的な契機を法然や親鸞、日蓮など鎌倉仏教の内奥に見いだすとともに、プラトンの国家思想にあらわれた輪廻転生とルソーの契約論の差異を比較しつつ、網羅の不可能性として生まれた近代の社会論の困難を論じる。とくに人間の他者依存および分業と、網羅との関係をめぐって精力的な討論がかわされ、今後の展開が期待されるものとなった。

古山俊介 欧州文化政策と欧州電子図書館Europeana

第7回研究会, 報告者: 古山俊介(京都大学), 6 August, 2011. 於: 牛窓カリヨンハウス

ヨーロッパにおいて超国家規模で展開されるアーカイヴズの思想を、痕跡(ジャック・デリダ)の概念などを駆使した現代思想をふまえつつも、とくに現象面から迫ろうとする、意欲的な報告。報告では、近年の電子図書館の成立から、最新のEuropeanaに至る歴史がグラフィカルに示され、ヨーロッパの取り組みの先進性・ラディカルさが鮮烈に明らかにされている。討論では、そのことと、今日のヨーロッパの閉塞とは不可分ではないのか、といった点に注目が集まり、旺盛な議論が展開された。

渡辺恭彦 廣松渉のマルクス主義論―物象化の地平―

第7回研究会, 報告者: 渡辺恭彦(京都大学), 6 August, 2011. 於: 牛窓カリヨンハウス

戦後最大の思想家のひとり、廣松渉の哲学を歴史的背景とともに丹念に追い、国家への抵抗と国家の理論とを相即的に組み立てる彼の思想の可能性と限界とを浮きぼりにしていく真率な報告。疎外論批判から物象化論への発展のなかで、廣松の理論的格闘と時代の閉塞とがシンクロしていく。廣松の苦悩は、まさに現代史的な苦悩であり、歴史内存在として人間を捉えた彼の理論はそこにおいて実証されているといえる。報告者は物象化論に可能性を見ていた。報告者ならではの畸形的な物象化論が描かれんことを、切に願う。

田中希生 歴史における超越の意味を問う

第6回研究会, 報告者: 田中希生(京都府立大学), 18 June, 2011. 於: 京都大学文学部

情報の概念が浸透し、世界から高さや深さが失われ、ますますフラットになっていくようにみえる一方で、潜在的には災害や革命を招来する超越的なものが欲望される状況が生まれている。近代が超越的なものを拒絶して誕生したとして、ならばその超越や彼岸はどこへ逃れたのか。それらの帰還はありえないのか。それを世紀をまたいで考察する研究報告。討論では、報告者の危機意識を共有させるところまではいかなかったものの、歴史のもたらす深さや高さの概念に再度注目を促すことはできたといえるかもしれない。

坂 堅太 安部公房と帝国の記憶
―「変形の記録」における転換の意味をめぐって―

第5回研究会, 報告者: 坂堅太(京都大学), 19 February, 2011. 於: 京都大学文学部

作家・安部公房が向き合った、第二次世界大戦期の日本の帝国主義と戦後の共産主義の勃興について、短編小説「変形の記録」を素材に論じた研究報告。大陸に残され、コレラに罹患し射殺された兵士が幽体離脱して自分を射殺した将校たちの操るトラックに乗り込むという奇妙な物語のなかに、報告者は帝国主義戦争や共産党と向き合う安部のしたたかな戦略を読み取ろうとする。とりわけ、砂漠の概念をめぐって刺激的な討論が繰り広げられ、作家の執着が浮き彫りになるものとなった。

山本昭宏 一九六〇年代前半における被爆者の表象
―大江健三郎の小説とルポルタージュの比較を通して―

第4回研究会, 報告者: 山本昭宏(京都大学), 25 September, 2010. 於: 京都大学文学部

核言説をめぐる作家・大江健三郎の仕事の価値を二一世紀に改めて提示した研究報告。六〇年安保後、小説では『個人的な体験』、ルポルタージュでは『ヒロシマ・ノート』によって典型的に示される大江の核言説に対し、報告者の独創的な視点から《恥ずかしさ》がテーマの中心に据えられ、旧来の大江像を超える大胆な大江像が説得的に示された。その後の討議の深まりからも、政治・文学のみならず、もっとミクロな生の視点から、多くの可能性が大江文学に認められるように思われ、こちらも今後の展開が期待される。

山下航佑 ベンヤミンの言語論と歴史
―歴史は他のものでありえるのか―

第3回研究会, 報告者: 山下航佑(京都大学), 10 July, 2010. 於: 京都大学文学部

ベンヤミンの言語論をめぐる研究報告である。記号論やシミュラークルに依拠した近年の言語観を批判的対象として取り上げつつ、潜在的な力として熱をもっているような、固有名、翻訳、アウラ、神話的暴力と神的暴力といったさまざまな概念の星座の配置図のなかから、ゲーテの『親和力』が浮かび上がるという非常に刺激的な構成の報告。とくに決断行為としての言語について、奥の深いテーマが討議された。また、言語をどのような観点から考察すべきかについて、実践的な討議が行なわれ、今後の展開が期待されるものとなった。

小林敦子 色彩を言語で描くとは―文学的色彩論―

第2回研究会, 報告者: 小林敦子(京都大学), 22 May, 2010. 於: 京都大学文学部

われわれが普段身近に感じている色とは何かをめぐる報告。ニュートンの実体論からハイゼンベルクの量子論、あるいはパウル・クレーの絵画に至るまで、歴史的に広範な議論のなかから、とりわけゲーテの『色彩論』におけるスピノザ的な側面を再評価しようとした報告と位置づけられる。また、色彩を言葉で描く行為の、実践的かつ具体的な事例が多数紹介され(例えば宮沢賢治や北原白秋、室生犀星や高見順、有島武郎や川端康成など)、言葉が色を放つ瞬間がいかにして現われるかが、報告者独自の芸術的な視座から提示された。

田中希生 人文学はいかに機能してきたか?

第1回研究会, 報告者: 田中希生(京都府立大学), 17 April, 2010. 於: 京都大学文学部

人文学のいくつかの公準、およびヘーゲルの歴史の弁証法、歴史の終焉をめぐる議論が紹介され、そのなかからとりわけ歴史の四つのモデルが提示された。一つ目はカントにおける超越論的(構造主義、理念としての歴史)歴史モデル、二つ目はヘーゲルに依拠した弁証法的歴史モデル、三つ目はマルクス主義の唯物論的歴史モデル、そして四つ目は実証主義的歴史モデルである。これらはいずれもものと認識のあいだに二重化されたリプレゼンテーションという思考法を明示的に、あるいは暗示的に前提していることが指摘された。



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