懐疑と数学、存在についての私論

philosophy
2010.05.15

「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐疑」の始まりである。

たとえば「魔女裁判」は、この分離なしにはありえない。彼女が人間の表象をもつにもかかわらず、魔女だとしたら? それは神がつくり保証する概念と表象の一致に、根本的な誤謬が発生していることを意味する。もちろん疑念は、最初に女性に向かう。この女性が魔女かどうかは、じつは問題ではない。むしろ、その疑いを招いていることが、魔性なのである。この疑念自体が、神が保証する一致に対する反逆だからだ。疑わしいという、ただそのことが、罪なのだ。だからこそ、彼女は暴力的な裁判に、しかもはじめから断罪されることが定められた裁判にかけられねばならない。

トマス・アクィナスに従うかぎり(またあえてカントの用語を使って言えば)、神は悟性的な存在である。感性によってものを感覚する人間とは根本的に異なり、神は〈悟性によって感覚する〉。人間がある表象にまちがった概念を与えてしまうのは、人間が感覚に頼っているからだ。だが神はちがう。神は感性をもたない。したがって、神において、概念それ自体が存在である。神は「神」であるがゆえに全能の存在なのであって、全能だから神なのではない。完全に演繹的な存在である。だとしたら、なにゆえ神は魔女などを生み出したのだろうか。そんなことをするなんて、〈あなた〉は、言われているほどに神なのだろうか?

彼女が魔女ではないと証明することは、原理的に不可能である。この懐疑は一度はじまってしまったら、同じ論理的基盤を保持するかぎり、二度と取り除くことができない。なぜなら、証明という行為それ自体が表象と概念の一致を前提しているからである。結局、女はすべて怪しい。しかし、この猜疑は神にも向かう。この不可解な女を作ったのは神だからだ。もしかしたら、この「神」は、神ではないかもしれぬ。「神」が全能ではない、ただそれだけで、「神」は疑うに足る。「神」が神でないのなら、いったいひとはなにを信じたらよいのだろうか?

「“もの”がある」、とはいったいどういうことだろうか。なぜひとは、具体的であっても雑多な表象を超えて、抽象的な“もの”を思考することができるのだろうか。この概念は、概念と表象の差異、つまり上述の「懐疑」なしにはありえない。概念はいつも表象を尽くさないし、表象はいつも対象を尽くさない。カントは、これこそが“もの”の源泉であると考えた。この差異、この残余こそが、“もの”である。これらが一致しているかぎり、“もの”は生じようがない。

カントにしたがうなら、もの自体を生み出すのは、むしろ表象に概念を与える悟性の側である。そのことを彼は、アプリオリに“もの”がある、という言い方をする。逆説的な言い方で、「もの自体は、ただ悟性によって考えることだけができる」という。だが、実際には、不完全な悟性、不完全な概念こそが、対象を“もの”に変えるのだ。感覚(だけ)がまちがうという言い方はできない。まちがうのはどちらかといえば悟性である。というのも、感覚は悟性に従うからだ(認識は対象に先立つ)。感覚が悟性に従う、とはどういうことか。それはもちろん、感覚の正否を悟性があらかじめ定められた基準=カテゴリーにしたがって判断するということだが、感覚はじつはつねに-すでに悟性に依拠している。そのため、悟性が理解しうるものが感覚とされ、悟性が理解できないものは超感覚的な“もの”と判断される、ということになるしかない。

したがって、カントにおいて、「“もの”がある」、すなわち存在は、感性的な実在とは区別される。実在が肉の側に割り振られているとすれば(一般にはこちらを「もの」と呼んでいるが)、“もの”あるいは存在は、実在を超えたもの、すなわち超感性的なものであり、ネガティヴな仕方でしか現われないものである。

この点でいうと、悟性は懐疑しない。悟性は疑うことなく表象を認識の裁断にかける。たんにカテゴリーに従って感覚的なものと超感覚的なものを区別していくだけである。懐疑は概念と表象の差異が生み出す帰結だが、この差異、すなわち超感覚的なものがなんらかのイメージと結びつくとき、それは理性と呼ばれる。たとえば神は超感覚的なものだが、これを髭の生えた巨人に代理表象させる、のは理性がおこなうことである。あるいは、悟性におけるカテゴリーの篩(ふるい)が残余として生み出す超感覚的なものが懐疑によって取り出されるとして、それは全体として理性のはたらきであり、短縮されて理性と呼ばれる。したがって、懐疑を行うのは理性ということになるが、やはり、現実には悟性が理性に先立っている。悟性に蓄積されたイメージにもとづいて、神を表象するからであるし、あるいはそもそも超感覚的なものは、(感性と一体のものとしての)悟性が取り逃がす残余だからである。だから、“もの”は悟性の生み出す残余だが、その残余自体は理性においてイメージされる。

こういう考え方は、たしかに「魔女裁判」を無用のものにする。表象と概念の差異が発生するのは、むしろ自分の貧弱な悟性(あるいは認識)のせいだからだ。この女が魔女であるか否か、それはむしろ、科学、とりわけ自然科学上の認識論的な課題なのだ。カントは、かくして、審判としての学問という考え方を提起した。カント以来、学問は一種の裁判の形式をとるようになった。またその一方で、というよりはこちらのほうがカントにとってははるかに主要なテーマだが、概念と表象の差異こそが、むしろ神の源泉となるだろう。概念と表象の差異のおかげで、ひとは神の存在を疑うに至ったのだが、その差異、すなわち懐疑がなければ、いったいどこに神がいるというのか。概念と表象とが一致するというのなら、なぜわれわれは神の姿を見ることができないのか。なぜ神は受肉を必要とするのか。もとより超感覚的な神を思考できるとすれば、その思考は感覚を通過したものであってはならないだろう。感覚を通過せずに訪れた概念だけが、神と呼ぶに値するのだし、また悟性が取り逃がした“もの”だけが、神の可能性をもつのである。こうした感性-悟性の残余、学問が作り上げた知的文脈を超えてある他者、思考するといっても想像するといっても大差ないこの他者、これが神である。神とは、懐疑の別の名なのであり、またそうであるがゆえにこそ、神は存在するのである。カントはいうだろう。彼女が疑わしいといっても、だからといって魔女とはかぎらない、われわれの認識が未熟なのかもしれない……。

しかし、それより前の時代のデカルトの(のちにスピノザに、さらにはハイデガーを介してフーコーによって拡張される)解決方法は、すこし違ったものであったように思われる。というのも、彼ももちろん神の存在を示そうとした点でカントと同様だが、「懐疑」にとどまったのではなく、これを乗り越えてしまったからである。「われ思う、ゆえにわれあり」という命題は、完全にポジティヴなものであり、存在についてのカントのイロニカルなスタイル、「もの(=存在)は考えることができるだけだ」とは異なる。彼はどうやって表象と概念の不一致を乗り越えたのか。

注目すべきは、彼における三つの要素である。ひとつはコギト、もうひとつは神の証明、そしてもうひとつは解析幾何学である。この三つの要素はすべて同じものの異なる表現であり、これらを切り離して考えることはできない。

彼は“もの”を「延長」と呼ぶ。それは彼が証明したと信じた三つの存在のうちのひとつであり、「われ(コギト)」、「神」と並列される。つまり、彼はカントのように実在と存在を質的に区別していない。感性的要素(延長)と理性的要素(われ、あるいは神)は同じ平面上に展開されている。したがって、「在る」は、この同じ平面に展開されることを指すのであり、「われ在り」が可能なら、自動的に神や延長の「在り」も可能になる。カント的にいえば感覚的に存在する延長と、超感覚的に存在するはずの神とのあいだに、存在論上のちがいはない。

表象と概念の差異に対するカントの解決方法とのちがいを強調していえば、こういうことだ。デカルトは、表象-概念の二重構造そのものを破棄した。延長(つまり表象)と「われ」や「神」(つまり概念)は、存在するという観点からいえばいずれも同じである。だから表象と概念を区別する必要はない。それこそが「コギト」、すなわち「われ思うゆえにわれあり」である。「われ思う」ということと「われあり」とのあいだには、じつは〈深い〉差はないのだ。しかし、神もまた延長やわれと同じく表象であるなら、神はいかなる表象をもつのか? デカルトがじつはやり残していた問いを継承したのはスピノザである。彼が「われ思うゆえにわれあり」を「われは思惟しつつ在る」に翻訳したとき、彼は、概念が思惟されるということと、ものが在るということが、デカルトにおいて同一平面上で行われていることを正しく理解していた。したがって、神も表象をもつ。神の表象とは、この世界そのもののことである。神はもの=延長と同様に存在する。彼らはいうだろう。彼女は、魔女ではない、みるがいい、彼女は美しい女ではないか、一体どこに魔女がいるというのか……。

一般に、数学はものとものとの「関係」を扱うものとされている。たとえば柄谷行人はこう言っている。

数学を量的なものと見なす考えを捨てないといけない。数学は本来的に「関係」を扱う学問です。量はその一つにすぎない。

…特に数学的思考というべきものはない。「関係」を考えることなら、すべて数学的である。言語体系も政治的組織も精神病理も、それが関係の形態であるかぎり、数学的に扱えます。

…プラトンは、「関係」は、感覚的なものと区別されるイデアとして、イデア界に在ると考えたわけです。今そんなふうに考える人はいないけれども、この区別そのものは残ります。「関係」は、物があるというのと違ったふうに、存在する。あるいは、それは無であるともいえます。なぜなら、それはどこにも存在しないからです。

柄谷行人「なぜ数学か」

たしかにプラトンは数学や幾何学を自身のイデア論にとって不可欠のものと強調していた。だが、イデアの世界と現実の世界について、前者は後者より美しく、後者はその模倣であるためにいくらか美しさを欠くとは言っているが、それが感覚的なものと区別されるとは全然言っていない。その差はあくまで強度的なものであって、質的なものではない。いずれも〈感覚的に美しい〉ものである。柄谷は数学が「関係」を扱うという自説を補強するためにデカルトも引き合いに出しているが、「われ」「もの(延長)」「神」を同じ「在り」のなかに展開するデカルトが、数学をそれらの「在り」とは区別しているとしたら、一体彼は、いかにして幾何学上の点を数に置き換えることができたのだろうか。数は、柄谷がいうように、「われ」とも「神」とも「延長」ともちがう、特別な存在の仕方をしていると、デカルトは考えていたのだろうか。

さらにいえば、現実のデカルトは、磁力や重力のように、離れているもの同士のあいだに働く遠隔力という考え方を怪しげなものとして拒絶したひとである(したがってニュートンの万有引力の法則は、当時絶大な影響力を誇ったデカルト主義に対する最初の有効な批判のひとつだった)。つまり、“もの”と“もの”のあいだの「関係」という思考はデカルトには見当たらず、“もの”と“もの”のあいだの作用はすべて「衝突Impact」によって説明される。

こうした要素を突き詰めて考えてみよう。私見によれば、むしろ、デカルトの発見は次の点にある。すなわち、数は、そもそも“もの”を扱う。というより、数は、対象を“もの”化する。それゆえ、幾何学上の点(すなわち延長)を数に置き換えても、まったく問題が発生しない。幾何学は、とくにエジプトやギリシアにおいて測量術から発展しているように、もともと現実を扱う、実用的な学問である。それに対して数学はとくにピタゴラスと結びつき、音楽に結びつけられるかぎりでは現実的なものだったが、そうでない場合はより神秘的な(カルト的な)学問だった。この両者の区別は、あきらかに表象の有無に依存している。すなわち、前者は物質的・実在的だが、後者は精神的・存在的とみなされている。デカルトが解析幾何学で乗り越えたのは、この境界である。つまり、より現実的な点や線(=「延長」)は、より非現実的とみなされる数と変わらないのであって、それは、延長とわれや神とが並列されるように、同じ平面上に展開されているのである。コギトなしには、解析幾何学は可能にならないのだ。

ハイデガーが指摘するように、「道具」は、ひとが石を矢じりとして使うときにはじめて具体的な道具となる、というようにして、一挙に現われる。そうでなければいつまでたってもただの石であり、さらにいえば、人間と関係しない限り、「石」でさえない。プラトン風に翻訳するなら、ある石を矢じりとして用いることが可能であるなら、その石は矢じりのイデアを持っていたということである。また、これらの矢じりを“もの”である、と考えたとすれば、それは、この矢じりを数えるときである。3つの矢じりを数えるとき、そこにはすでに抽象的な思考がはたらいている。矢じりのイデアにもとづいて、それらをひとつふたつと数えるとき、それらを抽象的な“もの”として扱っているのである。このように、イデアには運動的なものと数学的なものとの二種類があるのであって、かならずしも後者とだけ結びついているのではないし、関係ならばすべて数学的だということにもならない。道具的な関係というものもある。農夫が鋤で土地を耕すとき、彼はまちがいなく鋤と関係をもっているが、それが数学的な関係にあるなどということはとうてい不可能である。むしろ、固く乾いた土を掘り起こすために、汗をながして金属片のついた木の棒を振り上げるという、そのことが、彼と鋤とを道具的な関係として取り結ぶのである。

いずれにしても、数学が行うのは、対象を“もの”化することである。3つの矢じりという思考法は、具体的な矢じりを“もの”に抽象化する。逆に、道具的な思考法は、抽象化されたこの3つの矢じりに、再び具体性を与えるだろう。つまり、道具的な思考法が出来事にかかわるとすれば、数学は存在に、とりわけ“もの”にかかわる(といっても、数が序数であるかぎり、出来事の一変種であるが)。“もの”は、カントのように表象と概念のずれが生み出すのではなく、具体的な対象、たとえば矢じりを数えるときに発生する。数学は、ひとに対象を“もの”として把握することを教えるのだ。だから、デカルトに従うかぎり、表象(ここでは幾何学)と概念(ここでは数学)のとりもつ「関係」の向こう側に、わざわざ「もの自体」を設定する必然性はない。むしろ、ある表象が数と関係するとき、その関係が、“もの”である。数学と幾何学とを結びつける解析幾何学とは、“もの”の発生過程の特異な表現、というかスタイルであり、なおかつプラトンのイデア論の正統な拡張である。

この意味では、「関係」という観念、表象を欠いたこのカント的・ヘーゲル的観念は、数学とは別のものである。構造主義の難点も、数学の使用法にある。数学的に取り出された構造を具体的な“もの”と遊離した「関係」とみなすことが、この学問に閉塞をもたらす。むしろ、そうした構造は、ユニークな序数として現実に存在していると考えほうがよい。たとえば生まれたばかりの赤ん坊が、トポロジックに母親を二つの穴(目)のある形として捉えたからといって、母親が存在していないと言うことなどできないのと同じことである。現実に、赤ん坊にとって、母親は二つの穴のある形として存在するし、彼が(無意識にとはいえ)表象と概念を認識論的に区別しているなどと考える必然性はどこにもない。

幾何学上の点を数に置き換えることが可能であるということ、この不思議な事態はなにを意味しているのだろうか。この奇妙な思考の跡をたどっていくと、スピノザにたどりつくことはすでに述べた。さらにこの先をたどると、ハイデガーを批判的に継承したフーコーに突き当たる。というのも、フーコーは、テクスト上のいくつかの点を、実際上の出来事に置き換え可能なものと考えていたことが明白だからである。彼は、この奇妙な点を「言表」と呼び、これをひとが思いもよらぬ突飛な出来事と結びつける斜線を至る所に引いて回っていた。わたしには、フーコーは、この点では彼が批判したデカルトによく似ているように思われるのだ(1)。おそらく、出来事の学はこの方向にしかないし、わたしはそれを、たぶん《文学》と言っているのだろう……。

【註】

  • (1) むろん、デカルトとフーコーの差異には注意しておかねばならない。デカルトはコギトから解析幾何学へと至るプロセスのなかで、あらゆる事象を数学的に(≒客観的に)把握する「普遍数学」を試みたことがよく知られている。この点に注目するなら、彼の議論には、プラトンに存在していた運動のイデアを欠いていることになるし、それをハイデガー=フーコーとの差異として強調することができる。それは、比喩的にいえば基数と序数の差異を強調することである。だが、古典主義時代に注目するフーコーは、「普遍数学」の可能性を知っていたからこそ、その難点を的確に指摘できたと考えなければならない。柄谷のように、「関係」を離れて“もの”があるかのようなカント的な議論とデカルトの数学を混同するくらいなら、フーコーとの共通点を主張したほうがデカルトあるいは数学の理解として精確であると思われる。

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