存在、あふれること

criticism
2021.07.11

今度の本の「あとがき」になにを書くべきか、つらつら考えている。前に、ヘーゲル・マルクス以来の「自由の歴史学」からの撤退戦として、「存在の歴史学」にいたった、と言ったが、それはすこし消極的な言い方だったかもしれない。端的に、「存在」に最高の価値を与えたくなった、と言ってもよかった。自由は生き方を問題にする。「存在」は、生きているだけでいい。

自分はだから、「実存」主義者ではない。「存在」よりも高次の「存在」概念をこしらえようと思っていない。「存在」は「存在」だ。また、存在は、証明する問題でもない。ただ存在する。それをいかに純粋に肯定できるか、である。どこかで生きていてくれるだけで、十分なのである。

存在を純粋に肯定する、とは、だから歴史学の臨界で思考することでもある。歴史学は、いつも、存在よりも、存在の証明(エヴィデンス)のほうを欲しているから。そしていつのまにか転倒して、存在よりもその証拠のほうが優越するように、ひとの思考を仕向けてしまう、物神崇拝の装置でもある。この装置はミドルネームが入力できないので、ミドルネームをお持ちのあなたは存在を認められないのです……。

戦死した若者の遺髪が、遺族のもとに送られてくる。それは存在証明かもしれないが、ほんとうに持ち主のものかは、誰にもわからない。そうと信じるしかないもので、大事なのは、遺髪ではなく、生前の若者とのあいだにある、思い出のほうなのだった。だから存在を肯定する、とは、遺髪を思い切って捨てることである。人間の祖であるピュラとデウカリオンが、母の遺骨を投げ捨てたように。

なにもいらなかった。どこかで生きていてくれるだけで、十分だった。そうした悲しみのなかで、歴史を信じられねばならなかった。自分はそこに立ち返ろうと思ったし、しかしそれは、前に進むことでもあった。人間存在とは、思う存分生きて、やがて死ぬ、その全過程であって、それ以上なにか必要なのだろうか。

古い存在証明を失ってしまった元武士たちを中心にして、自分は近代史を描きたくなり、あるいは神の資格を失った天皇を中心に、歴史を描きたくなった。存在の資格を失い、前−存在者となった彼らは、なにももっていないから、あふれていた。

すべての生きている人間は、前-存在者である。「存在」にはわずかに足りず、生きているあいだ、生きているのか、死んでいるのかわからない状態をしばらくつづけることになる。前-存在者は、存在の鋳型をもたないから、ただ純粋に、あふれているのである。

エレフォン、あるいは純粋な湧出せるなにか、それが歴史における真の存在者である。歴史家はこの湧出せる存在者を、おのれの手のうちになんとか留めようとするが、それも一時的なものにすぎない。しかし、そうして手を離れていくそのこと自体、なんと悦ばしいことか。君はまた旅立つ。歴史家のいない場所に。

どこかで生きていてくれるだけでいい。もしまた出会えるようなことがあったら、悦びのあまり、自分がどうなってしまうかしれない。人間の歴史は美しい。心からそう思えるだろう。君たちはなにも持っていなかった。だから、自分の手の中で、これほどまでに溢れている。

HAVE YOUR SAY

_