スピルバーグ『A.I.』

cinema
2002.08.14

スピルバーグ得意のSFファンタジーもの。本作は最近亡くなったスタンリー・キューブリックにささげられている。

期待せずみたが、なかなかおもしろかった。期待した鑑賞者は多かったかもしれないが、期待に答えうる作品であったかどうかはわからない。際立つアクションは少ないし、目を見張るCGが多用されているわけでもない。おおむねハリウッドの文法に沿ったアクションとCGは、あくまで慎ましい。リアリズムはそこそこに、おとぎ話の骨格を崩さず保ちつづける。ここに、前世紀60年代の『2001年宇宙の旅』との違いを見てとる者は多いだろう。あの作品のリアリズムは、フィクションの実現を目前にした恐怖として訴えかけてきた。コンピューターが人間を凌駕し、人間が人間を凌駕するあの物語は、恐怖をもって受け容れられていたはずだ。だがいまや、この手の物語は典型的なおとぎ話になってしまった。そのことに、スピルバーグは自覚的であり、また、時代の変化を卓越した手際で見事に表現している、というほかない。そこかしこにキューブリックへのオマージュを滲ませながら、同時に時代がもたらす差異と監督の手際が解け合う。ハリウッドの文法に沿ったアクションとCG技術は、慎ましく用いられているだけに、かえって効果的にみえる。映画的リアリズムの追求というより、キューブリックの時代と今日の映画制作のあいだの「進歩」を伝えている。そのとき観衆は、自分が、ちょうど映画と現実のあいだに、あるいは感情移入と批評的鑑賞のあいだに立っていることを実感する。逆説的なことだが、リアリズムを追究した目を見張るアクションとCG技術の発展は、映画を、たんに映画としてみる視線をもたらした。未来を象徴主義的に描くしかなかったキューブリックのそれがもたらした実感される驚愕とは正反対である。かつて映画がもっていた驚きは、いまや、おとぎ話として回収されようとしているのだろうか。スピルバーグは、感情移入と批評的鑑賞の二者択一を用意している。それを決めるのはわれわれ観衆である。唐突に投げ出される2000年という時間の後、メカ(ロボット)がオーガ(人間)を駆逐することを信じるかどうかも、もちろん、観衆の自由な選択である。二つの作品のあいだに流れた30年以上の歳月は、木星を旅しスターチャイルドへと進化するためではなく、否応なしの進歩と進化を信じるか信じないかという選択肢をもたらすために費やされたのである。

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製作:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、ボニー・カーティス
監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ
プロダクション:アンブリン、スタンリー・キューブリック
原作:ブライアン・オールディス「スーパートイズ」(1969年発表)
視覚効果:インダストリアル・ライト&マジック
音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:ハーレイ・ジョエル・オスメント(デイヴィッド)、ジュード・ロウ(ジゴロ・ジョー)、フランセス・オコナー(モニカ・スウィントン)、サム・ロバーズ(ヘンリー・スウィントン)

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