コローの勇気

diary
2014.09.22

商家に生まれたカミーユ・コローは、父から画家になることを反対されていた。それでも夢を諦めきれなかったカミーユは、ついに親元を離れ画家への道を歩み始める。それが相当な決意を要したことが、ぼくにはよくわかる。死んだ妹の結婚のための持参金とともに家を出たカミーユには、もう戻る場所はなかった。

画家にくらべればはるかに安定した商家の跡取りであることと、自分のあるかないかしれぬ才能とを比較したとき、弱気になったこともあったろう。絵画の道に挫けそうになったとき、きっと死んだ妹の顔が心に浮かんだはずだ。どうしても絵画を描かねばならない。彼の絵画が光を捕らえて離さないのは、その背後にそうした決意が秘められているからではないだろうか。ぼくも、一度でいいから、あんな風に世界を見つめてみたい。

考えてみれば、父親は残酷なことをした。画家を志すカミーユに手渡されたのは、死んだ妹のため用意されていた持参金なのだから。しかし一方で、父親が跡取りにと考えた息子に、必死の覚悟を促すことにもなったろう。残酷でも、愛情があったと思う。ほんとうに残酷なら、金など渡さない。父親は、娘と同時に息子をなくすことになっても、彼に画家の道を許したのだ。

このエピソードは、ぼくを勇気づけている。自分に才能があるかどうかはしらない。だが覚悟がなければ、才能を測ることさえできない。そして覚悟があれば、きっと、ない才能は補える。カミーユにあった天分が自分になくても、覚悟だけなら、追いつけるかもしれない。彼が光を捕らえて離さぬように、どうしても歴史を捕らえ、それを論文に結実させねばならない。

ぼくが父親から家を追い出されて研究者の道を歩むしかなくなったとき、ぼくはそれで楽になった。覚悟ができた……というより、失うものがなくなった。前に進むしかない。たとえ社会に認められなくても、自分は研究者だと心の底から信じられるほど、自分は論文を書いた。毎日毎時間、歴史のことを考えた。日々のお喋りさえ、歴史に費やされた。

悩んでいる、しかも自分よりはるかに才能ある若者をみていると、そんな覚悟のいつかできることを、願わずにはいられない。どん底の君に、はたして失うものがあるだろうか。自分のなかの弱さを追い出す強さのために、すべての機会を力に変えて欲しいと、願わずにはいられない。そしていつの日か覚悟ができたとき、真実を捕えて離さぬ作品が、きっとできあがるはずだ。

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