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	<title>ex-signe &#187; Sokrates</title>
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		<title>新しい芸術哲学のために（下）　欲望について</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Aug 2010 15:29:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
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		<category><![CDATA[Sokrates]]></category>
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		<description><![CDATA[対象と真に関わろうとするならば、あらゆる関心、欲望を捨て去らねばならない。女性のもつ真の美を求めるのであれば、性的な欲望は慎むべきだ。欲望が映す美は、真の美ではない。欲望を対象に投影しているにすぎない。あらゆる雑多な関心 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>対象と真に関わろうとするならば、あらゆる関心、欲望を捨て去らねばならない。女性のもつ真の美を求めるのであれば、性的な欲望は慎むべきだ。欲望が映す美は、真の美ではない。欲望を対象に投影しているにすぎない。あらゆる雑多な関心をすべて括弧に入れることによってはじめて、美は真の美となる。つまり、美の前でひとは無力であるし、また無力でなければならない。無力ゆえもはや美を感受することさえできず、圧倒的な力や量としてあらわれる自然の前で耐え忍ぶ崇高だけが、ひとの寄る辺である。いまは自然の浸食によって廃墟となった、かつて人が生み出した建築物は、崇高を意味すると同時に「表象不可能性」をも意味している。廃墟とは、表象不可能なもののモニュメントである。ひとはいつも美を掬い損ね瓦礫を掴んでいる。</p>
<p>しかし、「無関心」の態度は、美から人間的なものを取り去り、美を自然のなかに見いだそうとする努力にもみえる。ならばはじめから、美はわれわれの感性にではなく、自然の側にある、と仮定してみよう。というより、自然との「関わり」のなかでしか美は見出されない、と考えてみよう。「関心」は、そこでは、意味を変える。主観と対象のあいだで弁証法的な作用を繰り返すのではなく、ただ「関心」だけが残る。</p>
<p>ニーチェは美は「関心」のなかでしか見いだされないと言った。ハイデガーは、カントの「無関心」を非難したニーチェの「誤解」を指摘したが、「誤解」もまた誤解である。ニーチェの言葉も正解である。やや難解ではあっても、じつはずっと自然な別種の哲学である（たとえば小林秀雄の「美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない」（「当麻」）という主張は、美を花から抽象するカントの哲学ではなく、美を花という具象の側に置くニーチェの哲学に属する）。</p>
<p>純粋な顔――それは見る者が彼女への関心を括弧に入れなければ現れない。目というカテゴリー、肌というカテゴリー、唇というカテゴリー、その他さまざまなカテゴリーがあって、これが彼女の純粋な顔をみることを妨げている。こうしたものをすべて括弧に入れたときに、はじめて彼女の顔が、すなわち美があらわれる、と『判断力批判』のカントは考えた。だが、ニーチェは別な風に考えたのだ。彼女は私にむかって生き生きとほほ笑んでいる。だからこそ彼女は美しい。美のためには無関心が必要だって？　それでは恋愛に興じる男女が美しいことを説明できないではないか……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>言葉を、しっかりと自然のなかに参与させよう。「美」が自然のなかに存在していることが事実なら、「崇高」もまた、自然のなかに存在しているはずである。美がもたらす精神の《振動》が自然の事実なら、崇高がもたらす精神の《動揺》もまた自然の事実である。そのことはどれくらい確証があるだろうか。にわかには読者には信じがたいかもしれないが、こういうことが考えられる。</p>
<p>崇高を、自然の圧倒的な力や物量による美の浸食や崩壊と捉える場合がある。そこで、人間が作り出した当初の原型をとどめていないパルテノン神殿やミロのヴィーナスについて考えてみよう。思うに、芸術は、原型の崩壊によって揺らぐことはない。むしろそれらの破壊は芸術のうちに含み込まれるのであって、もとの形態の破壊がかえって芸術を彩りさえすることがある。原型に近づけることを選択した室生寺の修復は、やむをえないとはいえ、それによって神さびた芸術性が失われた部分があることに同意するひとは多いだろう。インドや東南アジアの現用の寺院にも同じことがいえる。きらびやかなそれらよりも、もはや風や草木の浸食を受け入れた崩壊のさなかにある古いアユタヤ王朝などの寺院のほうが、芸術性が高いことは、あきらかなのだ。これらのことは、芸術が、人間のみの概念ではないことを意味している。人間は、もはやその起源のはっきりしないあやふやなきっかけを与えるにすぎない。人間がつくった当時の原型にこだわることは、芸術においては積極的な価値を認めるのがむずかしい。自然において芸術はたえず浸食を受け、原型を保つことは不可能であるにもかかわらず、そのことが芸術の価値を奪うとは決まっていないからである。美や崇高などの芸術の概念は、たんに人間の手によるものではなく、もともと自然のものであると考えたほうが、パルテノン神殿やミロのヴィーナスの芸術性を合理的に説明できる。美の形成からその崩壊にいたる崇高、自然のなかでたえず演じられるそのドラマ全体が美であり芸術であると考えたほうが、ずっと説得的なのだ。</p>
<p>また、かつて崇高は、その名が示すとおり、とりわけ「高さ」の観念と結びついていた。それは、われわれの低さでもある。自然における美は、おそらく対称性を意味する。同様に自然における崇高は、非対称性を意味している。実際、自然界にはきわめて高い水準で対称性が備わっている。物理学者が反物質の世界を想定するのは、彼らが、自然が対称性をもつことを確信しているからである。この対称性を道しるべに、彼らは自然界の理を探っている。荘子の「源天地美而達万物之理」（天地の美に原（もと）づきて万物の理に達す）という言葉はそのことの表現である。</p>
<p>むろん、対称性は破れもする。崇高の意味は、ここでは、美＝対称性が崩壊した状況を指す。しかし、われわれは、美を欲望の観点から考えたい。すなわち、対称性と非対称性のあいだの形成と崩壊の運動として、つまり振動や動揺として、美を捉えたい。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ゲーテの色彩論を敷衍して言えば、光と闇の対称性が保たれているかぎり、色彩は生まれない。逆にいうと、色彩は対称性が崩壊するときに生まれる。真空とは完全な対称性を実現している世界である。それが崩れるときに色が生まれる。すなわち、空から色が生まれる。</p>
<p>したがって、画家がなんらかの色彩を生み出すとき、かならず、彼のなかで対称性の崩壊が起こっていると考えられる。ところで、精神は、なんと肉体と似通っていることか。精神と肉体の均衡が徐々に破れ始めると、画家は、ある欲望を抱く。すなわち、色彩が生まれる。</p>
<p>色彩をカンヴァスに定着させたとき、この画家はようやく精神と肉体の均衡を取り戻す。つまり、彼の精神のなかの色彩と、カンヴァスの色彩が、対称性を描く。美は、対称性が破れ、またそれが均衡を回復する、その短い間に明滅している（この対称性が破れているとき、彼は精神をもっていない――つまり行為している）。対称性をもつ女性の対称性を破ること、そこに男は美を見いだす。</p>
<p>こう考えると、カントが先に思い描いていた美学を捨て崇高へと突き進んだときに、はじめて、画家が到達していた実践的な美の世界に踏み入れたことになる。自然に対する圧倒的非対称に耐え抜く崇高こそ、美の大前提である。美と崇高は、どちらも芸術家の主要な、しかも〈たったひとつの〉テーマなのだ。ともあれ、画家は、精神のなかにある種の不均衡を抱えていた。彼は、カンヴァスに色彩を描かぬかぎり、均衡を取り戻せなかった。対称性があるということ、たとえば右手と左手を区別できるということ、こうした世界は、均衡が保たれていて、それゆえ美的ではあるが、実際には、そこで画家は色彩を思い描くことができない。画家はむしろ、美しい女性のなかのわずかな均衡の破れを、いかにして描くかに、神経を集中させる。対称性は、つねに破られる手前にあって、むしろ破られることを願っている。自然は真空を嫌う、とはそのことの謂いである。芸術家が主に描いているのは、対称が非対称となりまた対称を獲得する、そのプロセス全体であるように思われる。このプロセスは、欲望とよく似ている（そこには、《彼岸の快感原則》がある）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>美に対する批判哲学、という意味では、美学（形式）を否定する崇高に至ったカントやデリダ、リオタールやジャン＝リュック・ナンシーらの議論は極北に位置する。たしかに、くだらぬ美学的なディシプリンは、脱構築すべきものではある。しかし、芸術家の実践はこの問題構成を共有しない。形式を前提にするコンセプチュアル・アートを除けば、もともとアートは形式に従って創作していないからである。形式に従っているようにみえたとしても、彼らに素材やきっかけを提供したに過ぎない。結果的に形式を越えられなかったとしたら、そもそも芸術を生み出したことにならない。</p>
<p>一般に、カントのいうような美と崇高は、芸術作品のなかで混淆している。美だけが存在していることは少ない。むしろ芸術家を駆り立てているのは、美（対称性）と崇高（非対称性）の反復である。たとえばブルーノートやシンコペーション、不協和音のような違和とその解決が、音楽を駆動させていることは周知であろう。自然が生み出した富士山にティピカルな芸術性を認めるとしたら、ある種の鏡面対称性（あるいは回転対称性）を備えると同時に、人間に対する圧倒的量感という非対称性を備えている点であろう。</p>
<p>また、ふつうの鑑賞者にとって、対称性が保たれているだけで美を感じるのは困難である。エジプトの古美術がもっている極端に均整のとれた造形物は、あまりに美的であるがゆえに芸術性を感じない。ギリシアの造形物のほうがずっと芸術的にみえるのは、均整のとれた顔、肉体、衣服が崩壊する瞬間を彫琢しているからである。つまり、不快な非対称性を取り込むことを厭わなかった。ギリシア彫刻がオリエントに伝播する過程で失われていくのが、この非対称性であることに、多くの読者は同意してくれるはずである。衣服のひだ、風を含んだ髪、微笑の口の端に、余計な対称性を付け加える。おそらく、そちらのほうが、より美的になると思ってのことだ。</p>
<p>われわれは、ひとつ作品のなかで、対称性がどのように崩壊し、またどのように対称性を取り戻すのかをみている。視線は、非対称的な姿形のなかに対称性を求め、また均整のとれた肢体のなかの非対称性に単純な快を越えた悦びを見いだす。要するに、われわれは「顔」ではなく、遷り行く「表情」をみている。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>男は、心ひかれる女性を笑わせたいと願う。それは、それまで保たれていた対称性が崩れる瞬間でもあるし、また、醜い（非対称の）男にとっては、それによって、対称性が回復される瞬間もである。いずれにせよ男は、顔だけでなく、そのプロセス全体を所有したいと願う。</p>
<p>肖像画の女性の姿、そこに描かれているのは女の顔なのか、表情なのか。それは判断がつかない。顔であるとしたら、それは鑑賞者が関心を括弧に入れていることになる。彼女が微笑みかけていると思ったなら、それは彼が己の関心にしたがってみたことになる。</p>
<p>これらはそれぞれ別の哲学を形成する。一方の考えが他方の考えを一方的に批難できるようなものではない。われわれがみているものが、顔なのか、表情なのかは、みている人間の関心のありかた次第だからである。</p>
<p>しかし、不思議なことに、無関心によって見出された顔、すなわち美の純粋性は、崇高によって打ち破られる。つまり、顔は、次の瞬間に崩壊する、と、崇高の哲学者たち自身が言っていた。それは何を意味しているか。結局、ニーチェに回帰しているのではないのか。</p>
<p>いや――もちろん、これらは別の哲学である。美の崩壊に崇高を覚えるひとたちが、ときにカンヴァスを切り刻み、金閣寺に火を放つとすれば、ニーチェは不思議そうに答えるだろう、彼女は微笑んでいるし、金閣寺はつねにすでに朽ちていたではないか、と。美から崇高へ至る道は、極端なもの、けれん味たっぷりの大げさな身振りを必要としない。もっと微妙な、さりげないもので十分だった。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>写真が美でありうるとしたら、そのフレームに写真家の「関心」が現れている場合だけである。こうした写真は、被写体の「表情」を撮（つか）むことができるだろう。したがって、「顔」を写す機械の証明写真には、美はほとんど存在しない。もし「無関心」が美をもたらすのであれば、証明写真にこそ美がなければならないはずなのに、そうなっていない。なんの関心も示さずレンズに微笑みかけてくれるような被写体は存在しない。それは、ひとが恐怖を感じる場所で撮影した写真に霊やお化けが写ることと同じである。恐怖を感じないのであれば、お化けは写ってくれない。</p>
<p>ゴダールはとにかく女性を美しく映す。アンナたちに向けられたレンズの前で、彼が「関心」を括弧に入れていたはずはないと感じる。レンズを挟んで交錯する恋人たちの視線が、彼の作品の生産性に少なからず寄与していると感じる。彼の特権は、カメラの手前にある欲望を否定しなかったことである（彼はとりわけポルノ映画と勝負している）。彼の映画は、つねに、撮影する者とされる者のあいだで起こる事件であり、かつそのドキュメントである。</p>
<p>モナリザは微笑んでいる。素顔と、そして風景があるのではなくて、レオナルドに向かって、あのような表情を作った。逆にいえば、レオナルドは、彼女からあのような表情を引き出すことに成功した。レオナルドが彼女に無関心だったはずもないし、彼女が彼に無関心だったはずもない。</p>
<p>それは、ゴダールの映画同様、描き、そして描かれることのドキュメントであって、それが彼女の表情に凝縮している。そして、わたしは、そのことが美であると感じる。この絵画を鑑賞するのに、「無関心」のような高尚な態度は必要ない。欲望に忠実であればよい。女からあのような表情を引き出したレオナルドに、男として感心する。そのことが、そのままこの絵画の偉大さである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>欲望や関心と、美が関係しない、ということは不自然である（もちろん、あとで崇高を持ち出して純粋な美を否定するわけだが）。むしろ、もっとも古いソクラテスともっとも新しいニーチェが考えていたように、美しいものは、ひとを自然に引き寄せる性質をもっている、という定義から出発すれば十分ではないのか。</p>
<p>この定義の延長線上に、折口信夫の次の言葉は位置している。「人生に最も重大なる欲望は、自己保存に関する食欲、ならびに性欲である。この二つは、厳乎として生の根本に、大問題を横たえているのだ。…ただ大なる芸術品であるためには、この生の大問題におのずから触れていて、この欲望を暗示的に表現するところがなくてはならぬ。囚えられたる欲望が、自由に超経験的に活動をはじめたのは、この時からである」（「零時日記」）。</p>
<p>崇高の哲学者たちは、プラトン以来の西欧哲学の欺瞞を批難することに躍起である。だがそもそも、イデア哲学と批判哲学は美に対する理論的根底がまったく異なる。プラトンは批判哲学の問題構成を共有しないし、自分を西欧の哲学者と規定もしないだろう。「判断力」は、もともと批判哲学の構造が呼び寄せたものである。理性と感性のあいだに悟性を立てる、というこの哲学によって、逆説的に過剰に照射されてしまった。あるものを美しいと判断するか否か、という問いを批判哲学者は立てた。しかし、ソクラテスたちによれば、美しいものに、ひとは自然に引き寄せられてしまう。――つまり、彼は思わず「美しい」と呟いてしまう。判断力という問いは立たない。ひとは、美の前で、判断力（われ）を失う。</p>
<p>主観的な趣味判断がいかに普遍妥当性を得るか、という問いに答えるのは容易ならざることである。この不可能な問いは、答えるよりも先に問いを破壊する。つまり、ここで召喚された美は崇高によって打倒される運命にある。美の崩壊は、それを構成したカント哲学自身の崩壊にもみえる。つまり、彼が打ち立てた超越論的主観は、美の前で自壊する。ところで、ソクラテスはすでにこう考えていた、ひとは、美の前では「われ」を失う、と。そしてニーチェは言っていた、（「同情」とは区別される）われを失わせる「陶酔」は人間の最高の能力である、と。</p>
<p>美のもたらす統整的な作用は、ひとにかえって崇高を与えるものだった。美は捉えられる手前で足踏みするか先へと行き過ぎてしまう。しかし、別種の哲学において、美はもともと形成と崩壊の運動だった。つまりもともと消え行くものだったのであり、したがって、消え行くということにおいて、ひとはつねにすでに美を手にしている。ひとは、たえず美の恩寵に与っている。</p>
<p>美は、真理とは異なるやりかたで客観性を獲得する。すなわち、《われを失う》、判断を他に委ねるという形で客観性を実現する。よくいえば自意識を捨て去ることだが、悪くすれば自己を見失う。したがって、美の前でいかに自己を保つか、という問いが、ソクラテスとニーチェによって開かれる。</p>
<p>しかし同時に、自己を保つ、とは、美が消え行くものであることを認めることにある。というのも、欲望が成就する手前でとどまることが、美をもっとも長く享受するための、最高最善のやりかただからだ。したがって、ソクラテスとニーチェにおいて、自己を保つことと、欲望の追求は、齟齬しない。この哲学は、他者ではなく、自己を相手にする。</p>
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		<title>芸術のエチカ――欲望中心の表象の強さについて</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/2202.html</link>
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		<pubDate>Fri, 21 May 2010 17:44:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>
		<category><![CDATA[Sokrates]]></category>

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		<description><![CDATA[欲望中心の表象には、強さがある。街を歩く群衆は、己の考え事に耽っていて、他人の顔など見向きもしないし視界に入っても覚えていない。なのに、この欲望中心の表象ときたら、そんなひとびとの無関心などおかまいなしに、暴力的に視線を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>欲望中心の表象には、強さがある。街を歩く群衆は、己の考え事に耽っていて、他人の顔など見向きもしないし視界に入っても覚えていない。なのに、この欲望中心の表象ときたら、そんなひとびとの無関心などおかまいなしに、暴力的に視線を奪ってしまう。別にその表象は生身の人間である必要はない。なにかしら異性を思わせるシンボルがあるだけで充分である。というよりは、その欲望中心のシンボルの抽象性が高ければ高いほど、かえって視線を誘う。なにしろ「欲望」は、表象をもたない。だから抽象的だが、同時に、欲望ほど具体性に恋い焦がれているものもない。この抽象的なシンボルは、次の瞬間には具体物であるかもしれない。そう思わせるだけで、ひとの視線は奪われ、このシンボルに吸い付けられてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえば昨今のアニメや漫画で描かれる人物は、それはいじらしい。なぜなら、彼らは人間になろうとしているからだ。抽象性から具体性へと至るプロセスの中心で、いまだ胚といってもよい状態のまま、奇妙に凍結され、宙づりになってこちらを見つめている。この欲望中心の表象の力強さは驚くほどだ。かつて泉鏡花が自然主義文学について言ったように、十の精神でさえ、一の肉に勝てない。もし、芸術があるかないかもわからぬ精神の領域を占めているとすれば、肉に依拠し、覇権主義的で帝国主義的なこの「サブカルチャー」の力には、ほとんど歯が立たない。</p>
<p>それは、中世ヨーロッパの芸術が、ついに古代ギリシア・ローマの芸術に勝てなかったことにもよく現われている。それは、宗教が欲望に勝てないことと同義である。かつて白樺派のひとたちは、内村鑑三の洗礼を受けながら、ほとばしる欲望についに勝てなかった。「自分は女に飢えている」と語ることから文学を始めた。だからこそ、この芸術は強い。魂に禁欲を強い、その禁忌がもたらす崇高に軸足を置く宗教的な芸術が、欲望中心の芸術に勝てなかったことは、歴史がよく示している。</p>
<p>古典時代とは、欲望中心の時代の謂いである。ソクラテスの言葉は、ギリシア人が、知とエロスとを同じ高さに並べることに、なんの抵抗も感じないのでなければ、すこしも説得的ではない。ソクラテスは美に畏敬を抱かぬひとを「快楽に身をゆだね、四つ足の動物のようなやり方で交尾して子を生もうとし、放縦になじみながら、不自然な快楽を追いかけることを、おそれもしなければ、恥じもしない」と言って非難する。とはいえ禁欲を説くわけではまったくない。彼は美に出会い、恋に狂った人間が陥る〈好ましい〉例を、次のように語る。</p>
<blockquote><p>聖像や神に対するごとくに、彼はその愛人にいけにえを捧げることであろう。…その姿を見つめているうちに、あたかも悪寒の後に起こるような一つの反作用がやってきて、異常な汗と熱とが彼をとらえる。それは、彼が美の流れを――翼にうるおいを与える美の流れを――眼を通して受け入れたために、熱くなったからにほかならない。そしてこの熱によって、翼が生え出てくるべきところがとかされる。…いまや養分がつぎこまれると、翼の軸は膨れ、その根から、魂の姿の全体を蔽うまでに成長しようとする躍動をはじめる。</p>
<p>…かくして、このような状態のとき、魂の全体は、熱っぽく沸きたち、はげしく鼓動する。それはちょうど、歯が生えはじめたばかりのとき、人々の歯のまわりに感じるあの状態――歯ぐきのところに感じるむずがゆさといら立ち――あれと同じ感覚なのだ。翼が生えかけている人の魂は、まさにそれと同じ経験を味わい、翼が生じるにあたって、熱っぽく沸きたち、いらいらし、うずくものを感じる。そこで、この魂が、少年にそなわる美をまのあたりに見つめながら、そこから流れてやってくる粒子を――このように粒子（メレー）の流れ（ロエー）の放射（ヒーエナイ）であるがゆえに、それは「愛の情念」（ヒーメロス）と呼ばれるのであるが――この愛の情念を受け入れて、うるおいを与えられ、熱くなるときは、魂はそのもだえから救われて、よろこびにみたされることになる。</p>
<p class="post-r">プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫</p>
</p>
</blockquote>
<p>この言葉が、性的な欲望がいかに表現（発現）されるべきかをリアルに示すものであるのはあきらかである。ここでのソクラテスの言葉は、それ自体が欲望の表現（発現）であることに注意しておこう。つまり、この言葉は、それによって「意味されるもの」を想起させようとしているのではない。美は、「四つ足の動物の行う交尾」として《表現》されるのではなく、「翼をもった魂の潤いのほとばしり」として《表現》されなければならない。なぜなら、ひとを惹き付ける美とは、対象そのものではなく、対象が抱かせる期待、すなわち《距離》によってこそ、美だからである。安易に対象と同化するよりも、「翼」によって表現される対象との《距離》が、ひとをして欲望の虜にするのであり、この同化に至る《距離》こそが、美であると同時に表現であると言いたいのである。要するに、ソクラテスは全然欲望を否定していない。欲望を描くとは、四つ足の獣のように即席の同一化を与えることではないし――これをポルノと呼ぼう――、そうした即席の快楽は、ほとんどここちよさを与えない。それは、結合の瞬間、絶頂の瞬間が、それまで感じていた《美》などどうでもよくなっていることによって説明される。むしろ、結合にいたるプロセス、絶頂の途上で感じられる埋めがたい距離のすべてが、美であり欲望であり快楽なのである。芸術の中心はここにある。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>男は手淫し、女は想像で妊娠する。われわれは、それを「抽象的」と言ったり、「観念的」と言ったりする。それはけっして虚構ではない。なぜなら、自然は、それによって実際に欲望を満足させるようにひとを作ったからである。犬のディオゲネスは人のみている広場で自慰に耽りながら言った。「ああ、お腹もまたこんなぐあいに、こすりさえすれば満足できるならいいのになあ」。しかし、これは不思議なことなのだ。遺伝子が死を超えて残ること――作られた子供については、欲望はこの際関係しないらしい。手淫は観念的だ、などと言ったところで、これが現実に行われていることを否定することはできない。芸術は、虚構というよりは、こうした奇妙な《現実》にかかわっている。つまり対象それ自体とかかわるよりは、対象への意志とかかわる。欲望は、対象の直前で立ち止まる、いわば手淫や想像妊娠なのだ。それを表象するのが古典芸術だとするなら、アニメや漫画は、対象を人間未然のなにかとして、しかも人間になろうとするその《距離》として描いているという点で、無自覚に古典芸術と同じ地平に立っている。その意味では、サブカルチャーとメインカルチャーを区別する必要はほとんどない。純文学であろうが、漫画であろうが、それらが宗教的ではない動機、すなわち欲望の屈折なき放射であるかぎり、芸術の最初の門をくぐったものと考える（その点、コンセプチュアル・アートは古典芸術とはまったく無関係である）。問題は質ではなく強度である。</p>
<p>欲望が快楽そのものというよりは快楽の遅延なのだとすれば、その表現は驚くほど複雑化する。なるほど快楽は一に基礎を置く。だが、欲望は多に基礎を置いている。したがって、肉を晒すことは快楽へ至る最初の一歩だとしても、欲望にとっては多様な道のひとつにすぎない。中世の宗教芸術から一線を画すルネサンス期、レオナルドは、「教会は血を忌む」といって遠ざけられていた人体解剖に興味を示している。したがって、解剖学的な欲望は、中世を卒業する芸術の最初の動機の一つであると考えられる。だが、解剖学だけですべてが解決するわけではないし、欲望が静まるわけでもない。むしろ欲望は、ポルノに至らぬぎりぎりのところでとどまることを欲しているし、その点からいえば、じつは欲望はポルノを拒絶している。</p>
<p>たとえばゴダールは、『映画史』のなかで、浴槽のジュリー・デルピーとポルノビデオを対比している。彼は言いたいのだ、どちらがひとを欲情させるのか、また同時に、同じことだがどちらが美しいのか、と。むろん、ジュリー・デルピーよりポルノビデオに軍配を上げるひとも多いだろう。強度を問わず、ただ快楽にたどりつけばいいというのなら、ほとんどのひとがそうだろう。ゴダールが言いたいのは、映画はポルノビデオと勝負し、あるいはもっとおぞましい薬物とさえ勝負し、それに勝つことを夢見ている、ということだ。今日では、純文学とポルノ小説の差異はほとんどなくなっている。作家たちのあいだで、欲望と快楽とが混同されているからである（はっきりいって、純文学と称する昨今の代物はほぼすべてポルノである）。こうしてポルノを政治的に法で囲い込むより手段がなくなっていくのだが、本当の芸術は、結局、ポルノを法で囲い込むよりも、勝つことを夢見ている。芸術も子供を作ることができると言いたいのだ。</p>
<p>しかし、芸術がポルノに陥ることなく、美や欲望、快楽を《距離》によって表現することを仕事としているなら、アニメや漫画は、本質的にポルノに近すぎるのではないだろうか。ある女性の声、肉体、精神、そしてその生涯を、つまりこの女性の美を一枚の絵画におさめることができたなら、余計なものはいらないはずだ。ただ言葉だけで女性の美しさを表現できたとすれば、やはりもう余計なものはいらない。すでに美であるそれらに加えられた補助線は、快楽を不必要に近づけ、かえって快楽を小さくするポルノにかぎりなく近づいていく。アニメや漫画の補助線は、あまりに親切で、説明的で、こちら側の呼びかけを無視して進むがゆえに、かえって戸惑う。人間は、たった一本の線にでさえ、欲情することができる。この線がついに美につながるとすれば、そのときの快楽はほとんど極大に達しよう。芸術が究極的にはシンプルな形式を求めるのは、その方が複雑な快楽に達する可能性をもつ場合が多いからである。ただ一枚の絵画、言葉だけで描かれたストーリーこそ、アニメや漫画の目指すところではないのか、という疑念を払うことは、なかなかできない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>老いの手前にとどまる若さや、目的を達しようとそれに打ち込む姿は美しい。それは、あらゆる芸術上の登場人物が、人間の手前で人間たらんとリアリティを求める姿と重なりあう（たぶん、美はある種の期待であり、美的な知はある種の予言であろう）。結局、芸術は、つぎの問いをつきつけている。人間が美しいとすれば、それはなんによってか、と。己を超えたものを欲することによってではないのか、と。しかし芸術は、だからといって神を選べとは言わない。というのも、それは欲望を屈折させ、たどりつくことのできない統整的なものとして目標を提示するからである。だからこそニーチェは「超人」といった。芸術は、人間を超えたものを宗教に依らずに提示しなければならない。つねに大人になることを目指している子供は、その比喩である。</p>
<div class="post-rl">
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		<title>コーラー</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 13:31:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Derrida]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[oblivion]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>
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		<description><![CDATA[わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を保つことができた。彼は牢獄に閉じ込められて以来、詩を書くようになったという。そのことを不思議に思ったパイドンたちは、牢獄で毒を仰ぐ当の処刑の日に訪れ、なぜかと問いただした。そこでソクラテスは彼らに驚くべきことを語った。</p>
<blockquote>
<p>これまでの生涯において、しばしば同じ夢が僕を訪れたのだが、それは、その時々に違った姿をしてはいたが、いつも同じことを言うのだった。『ソクラテス、文芸（ムーシケー）を作りなし、それを業とせよ』。そして、僕は以前には、僕がずっとしてきたことをこの夢が僕に勧め命じているのだ、と思っていた。ちょうど走者に人々が声援を送るように、この夢は僕に、僕がまさにし続けてきたことを文芸をなすこととして激励しているのだ、と。なぜなら、僕は、哲学こそ最高の文芸であり、僕はそれをしているのだ、と考えていたからだ。しかし、いまや裁判も終わり、神の祭が僕の死を妨げている間に、僕はこう思ったのだ。もしかしてあの夢は通俗的な意味での文芸をなすようにと僕に命じているのかもしれない。それなら、その夢に逆らうことなく、僕はそれをしなければならない、と。なぜなら、夢に従って詩を作り聖なる義務を果たしてからこの世を立ち去る方が、より安全であるからだ。こうして、先ず、僕は現にその祭が行なわれていた神アポロンへの賛歌を作ったのだ。それから、神への賛歌を後で僕は考えた。詩人というものは、もし本当に詩人〔作る人、ポイエーテース〕であろうとするなら、ロゴス〔真実を語る言論〕ではなくてミュトス〔創作物語〕を作らなければならない、と。</p>
<p class="post-r">岩波文庫、岩田靖夫訳、20ページ</p>
</blockquote>
<p>驚くべき、というのは、齢七〇を超えてまだ矍鑠たるこの老人が、死を前にして、知的な探究心を一切失っていなかったことであり、それまでの生涯を否定しかねない夢の解釈に彼自身が達したとしても、飽くことなく、しかもいけしゃあしゃあと、ムーシケーを実践していたことである（わたしは、プラトンのソクラテスの描写は、モデルにされた師自身がどういう感想をもっていたかとは無関係に、きわめて史的に忠実であると考えている――それは、グールドのバッハ演奏にとてもよく似ている）。真理を司るロゴスから、虚構を司るミュトスへ――裁判が真理にまつわるものであるかぎり、この移行はさまざまなことを示唆してくれるが、そもそも彼は、アテナイ人たちに、《真理》を蔑ろにし若者を扇動する《虚構》をでっち上げたことが、死刑に値すると審判されたのだった。ここにあるのは、ロゴスへの絶望や挫折だろうか。しかし、そういう表現が許されるためには、ソクラテスが、それまでロゴスに底なしの信頼を置いていたことが証明されねばならない。だが、この抜け目ない男がそんな迂闊なことをするとは思われないし、この事例そのものが、ロゴス中心主義の存在を反証している、と考えるべきだ。絶望や挫折といった陰鬱な解釈は、ヨーロッパの人間に任せておこう。むしろわれわれは、死を前にしてなお、軽快に踵を返して行なわれたロゴスからミュトスへの跳躍、弟子たちをさえ欺く彼の舞踏に感嘆する。彼には、ロゴスよりももっと重大なことがあった――それが《哲学》であり、そして《文芸ムーシケー》だったのである。ロゴスやミュトスは、その手段にすぎない。わたしは彼とプラトンに、西欧形而上学に伝統のロゴス中心主義、などというものを感じることができないでいる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、さらにパイドンたちに、死後の世界がどのようなものかを、滔々と語る。われわれの世界は、真の世界の窪地にすぎない――画家たちは、真の世界の色の見本を使って、世界を描いている――真の世界においては「この地の色よりも遥かに明るく輝き、より純粋」で――「ある部分は驚くばかりに美しい深紫色であり、他の部分は金色、白いかぎりの部分は白亜や雪よりも白く、同様にその他いろいろな色から成り、それらの色はわれわれが見知っているかぎりの色よりも数も多く、より美しい」。</p>
<p>この世界の外側に広がる真の色彩。ソクラテスによれば、優れた画家たちは、この真の色彩を用いる業をもっているのだという。そして嘆きの河コキュートスや炎の河ピュリフレゲトーンの流れる、恐るべき冥府についても言葉を重ねてゆく。語り終えたあと、ソクラテスは次のような悲劇的な台詞を吐露する。</p>
<blockquote>
<p>さて、地下世界に関する以上の話が僕が述べた通りにそのままある、と確信をもって主張することは、理性（ロゴス）をもつ人に相応しくはないだろう。だが、魂がたしかに不死であることは明らかなのだから、われわれの魂とその住処についてなにかこのようなことがある、と考えるのは適切でもあるし、そのような考えに身を托して危険を冒すことには価値がある、と僕には思われる。――なぜなら、この危険は美しいのだから――</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスは、悲しみに暮れ、彼の死後のことを案じるクリトンに、ソクラテスの痕跡をたどるべきではなく、自己にのみ配慮すべきことを述べ、そして「微笑して」こう答えることも忘れていない。「いいかね、善きクリトンよ、言葉を正しく使わないということはそれ自体として誤謬であるばかりではなくて、魂になにか害悪を及ぼすのだ。さあ、元気を出すのだ。そして、僕の体を埋葬するのだ、と言いたまえ」。こうしてソクラテスは、真理――すなわちロゴスに対しても目配りをしながら、毒を仰いで死ぬ。</p>
<p>嘘はたしかに魂を汚しもする。だが、現状の規定的な真理のために、嘘を恐れ、未来の美を諦めることがあってはならないだろう。というか、ソクラテスにおいて、《美》は、不確かで未規定な未来における《真理》を約束する予言であり指針なのである。ここでは、真と美は、複雑に絡み合っている。ギリシア人は、ミュトスとロゴスを区別できなかった、などという碩学ポール・ヴェーヌのいうような非難はあまり生産的とはいえない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、プラトンの兄グラウコンに対して、『国家』のなかで次のような物語を聞かせている。アルメニオスの子、勇者エルは、戦場で最期を遂げた。だが、屍は十日経っても腐らず、十二日目に生き返った。彼は、その間に冥界で体験したさまざまな奇妙な出来事を語った。オデュッセウスや大アイアスが、オルペウスやアタランテが、ふたたびこの世に生まれ変わる輪廻転生の物語である。彼らの魂は最後に、レーテーの野において、忘却の河の水を飲む。そこで、冥界や生前の記憶は綺麗さっぱり忘れてしまう。この忘却を、ソクラテスは否定していない。というのも、次のように語っているからである。</p>
<blockquote>
<p>このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ。もしわれわれがこの物語を信じるならば、それはまた、われわれを救うことになるだろう。そしてわれわれは、〈忘却の河〉をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう。……</p>
<p class="post-r">岩波文庫、藤澤令夫訳、372ページ</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスの目論見は、輪廻転生を信じさせることである。ここから次のような問題が生じる――転生があり、したがって滅びがないにもかかわらず、なぜ《始まり》があるのか。物語（始まりと終わりが必ずある）があるにもかかわらず、それは滅びることがない、ということが矛盾でないとすれば、一体どうしてそれが可能なのか。このカラクリにおいて、もっとも重要な役割を果たすのが、レーテーの野に流れる放念の河の水を飲むこと、すなわち《忘却》である。原初には、忘却がある――かくして、不滅性と始まりとが同時に実現可能となる。ソクラテスにおいて、忘却はかくも重要なのである。したがって、たとえば『パイドロス』において、文字を記憶の術ではなくて、魂に忘れっぽい性質を植えつける想起の術としたことをもって、ただちに文字技術を軽視する音声中心主義を見てとるのはむずかしい（むろん、ソクラテス‐プラトンたちに音声中心主義的思考は確実にあるのだが）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ジャック・デリダに、『コーラ プラトンの場』と呼ばれる書物がある。『ティマイオス』において語られた《コーラー》を論じたものである。コーラーとは、ヘシオドスの『神統記』のなかで歌われた、あらゆるものの起源、原初であるカオスを〈抽象化〉した、《場》の概念である。ヘシオドスにおいても、カオス（混沌）とはすでにカスマ（空隙）でもあった。したがって、混沌は空隙を、空隙は場すなわちコーラーの概念を呼び覚ます。おそらくは意図的かつ戦略的に（？）迂回に継ぐ迂回を重ねた結果、コーラーがなにものであるかを名指さなかったデリダに反して、わたしは、これをはっきり名指すべきだと考える。コーラーという〈始まりの概念〉は、むしろ正しく《忘却》と結びついているように思われる。というか、コーラーを《忘却》と呼んだとしても、〈なにかを名指ししたことにはならない〉のだから、回りくどいことをしないで、端的に翻訳すればよいのである。そもそも、ソクラテスもそれを“コーラーkhora”と名指しているのだから。それは、たしかに、なにかいわく言い難いものである。ロゴス（叡知的）でもないし、ミュトス（感性的）でもない。真理でもなく、虚構でもない。ソクラテスのいう「第三の類」としての、忘却。それは、永劫と始まりとを同時に実現する。</p>
<p>人間の力の側からいえば、ロゴスは記憶力の範疇に属し、ミュトスは想像力の範疇に属す。そしてコーラーは忘却の力に属し、それらは想起の概念によって結び合わされている。そして、想起し難いものを想起しようとするとき、われわれは、間違いなく、先にあげた三つの概念――混沌カオスから、空隙カスマへ、そして場コーラーへ――を遡行していく。われわれは、なにかであるにもかかわらず、なにかによって言い表せない《それ》を、忘却と呼んでいるはずである。忘却は、かならずこの回路を通って発見される。デリダは、この概念が哲学の外にあると指摘し、この概念の手前で足踏みしたように見える。というか、飛越すべき境界線の上で、なにかの勘違いで綱渡りをしていたようにしか見えない。だが、ソクラテスは、そうはしなかった。それは、哲学の限界ではなく、哲学に課せられた、哲学が超えるべき境界線である。ロゴスからミュトスのあいだに走る亀裂、カスマ＝カオスを軽やかに渡り、そして跳躍するためには、それらの実践を可能にするより広い概念、すなわち《場（コーラー）》の概念がなければならない。ソクラテスの哲学は、まさにここに根ざすことなく根ざしているのである。忘却の手前で足踏みし、それをはっきりと哲学の限界に仕立てあげ、皮肉にも、そして正しくもその哲学をダニエル・リベスキンドの「ベルリン・ユダヤ博物館」に結び付けてしまった彼の〈躊躇〉を超えて、勇敢なソクラテスの哲学は、〈《忘却》から始まる〉のである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ニーチェは『曙光』において、こう言っていた。</p>
<blockquote>
<p>忘却。――忘却が存在するということは、まだ証明されていない。われわれが知っていることはただ、回想ということはわれわれの力の及ぶところではない、ということだけである。さしあたってわれわれは、われわれの力のこの割れ目にあの「忘却」という言葉を置いた。あたかも能力がもうひとつ登録されたかのように。しかし結局のところ何がわれわれの力の及ぶところだろう！　――あの言葉がわれわれの力の割れ目に位置するとすれば、それ以外の言葉は、われわれの力に関するわれわれの知識の割れ目に位置するのではないだろうか？</p>
</blockquote>
<p>ニーチェは、正しく、忘却を「亀裂」と、すなわちカスマ＝カオスと呼んでいる。忘却とは、この亀裂を可能にする場であると同時にこの場を満たすなにかを意味する（したがって、場は混沌へと回帰する）。さらに、ニーチェは、「生に対する歴史の利害について」において、プラトンの『国家』について、次のように語っていた。</p>
<blockquote>
<p>プラトンは、彼の新しい社会の第一の世代は強力なやむをえざる嘘〔永遠につづく、完全な国家があるという〕の助けによって教育されることが必要だと考えた。…このやむをえざる真理のなかでわれわれの第一の世代は教育されなくてはならぬ。…</p>
</blockquote>
<p>輪廻転生を確信し、そうであるがゆえに原因の鎖列に囚われたソクラテス‐プラトン的な人間像において、《第一世代》を実現するためのもっとも重要な概念が、《忘却》であり、そしてそこから生じる嘘、ポイエーシス（生成）を実現するデミウルゴス（創造神）のもたらす、ミュトス＝虚構である。なぜわれわれは、人類の創生にエピメテウスという忘却の神を必要としたのか。ヘシオドスたちの伝える人類創生の神話ほど、快活な笑いに満ちているものはない。人間を過信する兄プロメテウスと、動物に味方する弟エピメテウス――品と位に満ちた、二人の兄弟の神話。『神統記』、それは神の賛歌に名を借りた、忘却する人間の礼賛なのである。アテナイ民主制崩壊のなか、ロゴスに溢れ、《批判》が機能しなくなった世界において、新たな創造を担うのは、これまでずっと創造を事としてきた芸術以外にはありえない。「やむをえざる嘘」――「この危険は美しい」――齢七十を超えてまだ先へ先へと突き進んでいたソクラテスが到達した頂点、それは《文芸ムーシケー》だった。</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<title>記憶と忘却の娘としての《技術》（スティグレールによせて）</title>
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		<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 17:09:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じている点でも、驚くほどよく似ている。その点で、わたしの思考もいっぱしに《同時代的》であるのだろう（逆にいうなら、日本の知識人たちは同時代的であろうとしているにもかかわらず、なんと迎合的で結局は時代と乖離していることか。同時代的に気のきいた批評をしていればそれで仕事をした気になっているひとたちと比べれば、「哲学」しようとしているスティグレールには心の底から共感する）。しかし、デリダの弟子という点をふまえるなら、デリダとなんの関係もないわたしの哲学は、それとは当然異なる方向性をもっている。昨日届いた『技術と時間１―エピメテウスの過失』を読んだだけの感想である。そして、微細なものでもある。だが、結局は決定的であるように思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレールは、哲学がいつも技術の存在を忘れてきたという。わたしもその点にはある程度賛成する。たとえば近代の哲学者、とりわけカントやヘーゲルの哲学は、文字と紙という記憶装置なしには、承服しかねる部分がある。しかし、すべての哲学がそうだったと考えるのはむずかしい。プラトンが、アナムネーシス（第一次想起）を重視し、ヒュポムネーシス（文字など外在的かつ人工的な記憶＝記録）を忘却の術と呼んで記憶術から退けたことはよく知られている。だが、スティグレールは、プラトンが最重要視していたアナムネーシスに〈先立って〉、より軽視していたと思われている外在化された記憶技術であるヒュポムネーシスが存在している、と指摘し、プラトンを批判的に脱構築していく。この議論は、音声に対する痕跡の優越を語ったデリダの批判的後継者の評判にたるものである。だが、わたしなら、すべてに先立つのは、技術というよりは《忘却》であるというだろう。外在的な記憶術を意味するヒュポムネーシスが、《忘却》の術と考えられるかぎりでのみ、技術はつねに有意義なのである。プロメテウスがひとに与えた技術の存在を忘却の底に沈めるといわれるエピメテウスは、しかしとりわけ希望の神でもある。私見によるなら、彼は、「欠失」でもなければ歴史意識を可能にするのでもない。むしろ彼が実現するのは《真空》であり、歴史意識の超越である。彼は、つねに自分の世代を第一世代だと考えるきわめて動物に近い男であり、ゼウスによって自身に与えられる無限の懲罰の結果を先んじて知っているプロメテウス的悲劇とは無縁のアンチ・オイディプス的な男でもある。</p>
<p>プロメテウスが与えた炎＝《技術》とは、端的に記憶であると、スティグレールはいう。しかし、わたしなら、もっと端的に、記憶であると同時に忘却である、というだろう。プロメテウスとエピメテウスの関係は、ひとが思っているよりも、そしてスティグレールが思っているよりも（というのも、彼においてエピメテウスは、プロメテウスを補完するにすぎない）、もっと苛烈に一体化している。この兄弟には、ひとかたならぬ、尋常ならざる友愛の絆が感じられる。この両者が不思議に一体化しているときにのみ、技術は真の有用性をもつ。実際、わたしは、記憶と忘却とを区別する術を知らない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえばこういうことだ。技術には、つねにこういう特性がある――すなわち、一回限りで消え去るものを、《再現》可能にするときに現われるのが技術である。木切れが炎を起こす技術になるとき、この木切れには炎が起きたという一回限りの出来事の記憶が詰め込まれている。技術としての木切れの使用とは、出来事（炎）を再現可能なものにする、ということである。この場合、技術は記憶を再現するものであって、〈炎を燃焼させるのではない〉。そこでの炎の燃焼は、出来事そのものではなく、木切れの能力の再認（レコグニション）、再現前化（リプレゼンテーション）である。徹頭徹尾、技術は《複製》を司っている<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。木切れは、たしかに、炎を起すための文字――炎という出来事の記憶装置である。</p>
<p>しかし、重要なことは、次の点である。記憶の再現としての技術の使用には、結局は《二つの忘却》が紛れもなく存在している、ということである。木切れが、炎を起こす道具として使用されるとき、かつてなんらかの偶然で炎が燃焼したという出来事を、ひとはすでに忘れている。要するに、炎が再現可能なものとなるとき、かつての炎の一回性は、つねに‐すでに忘却されている。これがひとつめの忘却である。</p>
<p>ふたつめの忘却は、ひとつめの忘却を意識したときに（つまり思い出したときに）はじめて忘れられるものである。つまり、意図的に燃焼させられた当の炎は、かつて自分が何らかの理由で偶然に燃焼させられたことを、すでに忘れている、ということだ。要するに、炎は、木切れにひとが封じ込めた記憶を《再現》したのではない。そういう考えはアポロンの神託に苦しむオイディプス的人間の隠れた傲慢であって、たんに燃えている、まったく新しい炎である。同じ木切れを使用して二つの炎が生まれたとしても、両者は決定的に異なっている。だからヘラクレイトスはこう言った。「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>したがって、スティグレールの指摘の正当性は、いまのところわたしには半面的なものにしかみえない。たしかに、ヒュポムネーシスがアナムネーシスに先立ってある、という言い方で、彼は過去の炎の一回性が忘却されていることを指摘した。しかし、その指摘は、原理的にいって、かえって現にいまある炎の一回性を忘却させる。それゆえ、技術の使用は、たしかに記憶の再現であるが、同時にどう転んでも忘却を生みもする。だから再びヒュポムネーシス（複製）にアナムネーシス（オリジナル）を先立たせねばならない。たとえばスティグレールは、別の本で、ソクラテスが少年奴隷に幾何学の問題を解かせる際の身ぶりに注目している。というのも、ソクラテスは、《想起》を示す際に、砂の上に図形を〈書く〉からである。ここに、彼は声に先立つ文字＝技術の優位をみる。だが、わたしにとって重要なことは、それが〈砂の上〉に書かれたということである。声と文字は、媒体に対する定着性（空気の振動であってついに定着が困難なのか、それとも、紙や石版などに定着するのか）によって差異化される。現にある机などの表象よりも、いまここにない「机というもの」という《イデア》が重視されるプラトン哲学において、なんらかの図形が現在に定着した表象によって説明されることがあってはならない。その点で、図形を消し去ることのできる〈砂の上〉でなければならなかった。砂上に《痕跡》など残らないのはいうまでもない――というか、砂上とは、痕跡を残さないものの謂いである。現在を汚染する痕跡に対して、現在から遠ざかり消滅する声が、外在的記憶装置とされる文字に対して忘却が、ふたたび優位に立つのである。技術は、その前と後ろとをつねに忘却によって挟まれている。そのかぎりではじめて、記憶も技術もそれとして機能する。技術にとって、プロメテウスとエピメテウスは一体である。記憶を司る技術を、ひとは忘却なしに使用することができない。ソクラテス‐プラトンが指摘しようとしているのは、そのことであると考えなければならない。</p>
<p>してみると、問題は、内在的な記憶であるいわゆる《記憶》に対して、《技術》を《外在的な記憶》として立てるだけでは終わらないことがわかる。前者を《自然》と呼び、後者を《文化》と呼ぶことがあるが、両者を対立させているかぎり問題が解決しないのと同じことである。技術を記憶の側面から読み込みすぎるのはよくない。《記憶》と《技術》は、一次的か、二次的かという違いはあるにせよ、いずれも記憶であるが、しかも同時に忘却でもある。そのことのほうがずっと大きな問題である。オリジナル（もっとベンヤミン風に根源というべきか）にこだわるかぎり、完全に同じものの《再現》は、原理上、ありえないことである。つまり、その《再現》は、つねに差異を、つまり忘却を含んでいる。記憶は、忘却なしには成立しない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、上記の問題は、スティグレールを離れて次のように展開できる。忘却は、より積極的な言い方で、《想像力》と呼ぶことができる――そのため、記憶、忘却、想像の三つの様態は、なにかひとつの力を別の角度から論じたものにすぎないようにみえる、ということである。ひとは、まったくの《無》から、なんらかの表象を想像（創造）することなど絶対にできない。きわめて想像的な、まったく現実と乖離してみえる架空の表象であっても、それはつねに、よく知られている表象の対位法的な組み合わせの産物である。スフィンクスしかり、シレノスしかり、ドラゴンしかり……。ここに記憶が介在していない、ということはありえないし、当然、そうであるからには忘却も介在している。とくにここには、おそらくは意図的な忘却があって、忘却を悪意をもって使用しているかぎり、ファンシーなものにしかならないが、だからといって、かぎりなく学問的な見地から（つまり記憶に忠実に）表象の復原を目ざしたとしても、そこには少なからぬ忘却と想像とが紛れ込むだろう。したがって、それらの差異は、真（オリジナル）を目ざそうとする意志や態度にかかってくるし、そのかぎりでのみ、美は実現されると考えたほうがよいだろう。ともあれ、記憶・忘却・想像力は、結局はひとつのものであるし、学問と芸術は、むしろ一体であるべきものとして考えたほうがよいのではないか。</p>
<p>とするなら、疑問は次の点にある。なぜ、いかにして、そしてどのような権利でもって、カントは、感性と悟性とを分割したのか、ということである。感性には想像力が、悟性には記憶力（カテゴリー）が用意されている。この両者をひとつにすることが、《総合》であり、《認識cognitio》であるといわれる。しかも、カントにおいて、結局、想像力は記憶力に従属するのであり、総合はカテゴリーにもとづいて行なわれる、といわれる（だから認識はつねにre-cognitioである）。いずれにしても、総合が行なわれるというのなら、前もってその分割が、すなわち記憶力と想像力の分割が用意されていなければならない。しかし、この諸力を厳密に考えれば考えるほど、分割はますます不可能になっていく。はたして記憶力と想像力とは分割可能なのだろうか？　カントは、かの純粋悟性の〈演繹〉にどうやって成功したのだろうか？　カントの哲学に従う、とは、要するに、この分割を無条件に受け容れることではないのか？　演繹を命令と受けとることではないのか？　悟性などを立てるから、「考えることだけは可能な」ヌーメノンたる《物自体》などが必要になってしまうのではないのか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>オリンポス山を彩る主要な神々のうちのひとり、ポイボス・アポロンは、学問の神であると同時に、芸術の神でもあった。もちろん、二つの属性をもっていたのではない。フーコー風にいえば、たんに、古代において、それらを分割する知の規準（エピステーメー）がなかったということである。記憶の女神、ムネモシュネとゼウスの娘であるムーサの女神たちを主宰したのは彼である。九人のムーサの名をあげておこう。『神統記』によるなら、叙事詩を司るは第一等のカリオペ。歴史を司るクレイオ。抒情詩を司るエウテルペ。喜劇を司るタレイア。メルポメネは悲劇を司る。テルプシコラは合唱や舞踏を司り、エラトは独唱歌を司る。ポリュムニアは物語を、ウラニアは天文（占星術）を司る。学問と芸術が、記憶と想像が複雑に絡み合った古代世界。こうした古代世界に住まうプラトンたちが、《想起》を、たんに近代的な意味での「記憶」にまつわるものとだけみなしていたと考えるのは、困難である。ソクラテスにイデアを語らせるときでも、プラトンは、いつもそこに忘却を指摘している。かの『国家』は、忘却の逸話によって、終わることなく閉じられるのだ。彼らの忘却への配慮を感じないでいるのは、むずかしい。実際、まったく同じものの再現など不可能なのだから、ホメロスの歌う〈迫真の〉トロイア戦争を、ついには〈迫真にとどまる〉歴史学の語るトロイア戦争と区別するなど、できようはずもない。異なるスタイルがある、それによって別の姉妹があてがわれる、というだけのことである。</p>
<p>ともあれ、カントの演繹がたんに彼の命令であるなら、われわれは逆にそれに従わない権利もあるわけだ。しかし、近代において、悟性と感性とを分割するカントの議論は、あまりに説得的に響いた。芸術を都合よく排除し、というかむしろ芸術学科のなかに閉じ込めてしまった今日の学問の姿勢をみるかぎり、カントの議論は時代に対するそれなりの正当性をもっていたのだろう。芸術からその母たる記憶の力（ムネモシュネ）を奪い、想像力の世界に押し込めた今日の芸術において、程度の低い対位法を駆使した架空の表象が溢れかえるばかりである。文学だけが、学問の世界にも身を置くことを許されたが、「終焉」という言葉で虐殺をはかる連中によって、息の根を止められかかっている。</p>
<p>カント哲学にここまでの制覇を可能にしたのは、近代の技術――活字印刷術と、製紙技術である（だからいたずらにカントを責めるべきではない、カントにはもっと別の課題があった）。さらに相次いで生まれたカメラや映写機などの記録技術は、おそらく、同じものの再現が可能であると、ひとに信じ込ませるにたるものだったのだろう。同じものの再現が可能であるなら、記憶力と想像力は、たやすく分割することができる。悟性の演繹など必要のないほどに、書き付けたとたんに言葉が現在に定着し、同じものを再現しつづける不可解な力をもった紙が、溢れかえっていたのである（ベンヤミンは、これを地獄の現在としてのモダンといった）。かくして、記憶と忘却は、対立するものとなる。カリオペたちと並んでムネモシュネの娘であった、歴史を司るクレイオは、気づけばほかの姉妹を追放し、母を独占するに至った。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は技術だろうか？　むろん、ひとは技術をしっかりと握っていなければならない。だが、技術に対して過度に焦点をあわせるのもよくない。たしかに、悪い技術というものも存在する。とりわけ、それは《模倣の模倣》を司る技術である。すでに模倣されたものは、原理的にいって、そっくりそのまま模倣されうると、みなされてしまいやすいからである（プラトンがいった悪しき芸術はこうした技術にもとづくものであり、これらは、オリジナルへの意志を欠いたところに成立している）。とはいえ、技術を用いるのは人間だけではないし、だからそれを使用する側の問題のほうがはるかに大きいのはいうまでもないことである。おそらく技術それ自体は、《自然》に属する。そうでなくても、自然か人工かは決定材料に乏しいし、そこに問題の焦点をもっていくことに生産性があるとは思えない。かまどの炎――それは人工的な炎であろう――にも神の姿をみたヘラクレイトスは言った、「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。先にみたように、技術にもまた、古代世界の思考同様に、忘却の力は生きていた（わたしはそのことを証明したと信じる）。問題は、技術に与えたひとの同意、すなわち技術とはもっぱら記憶のみを司るなどという、暗黙か自覚してかは知れぬあやしげな同意のほうなのではないだろうか。はたして、あなたの証明写真は、あなたと同じものを再現しているだろうか？　磁気テープやディスクに録音された声は、本当にあなたの声だろうか？　むしろ、これらの技術は、あなたの顔や声の表情や色彩を、つまり一連の変化そのものを、つまりただ一度かぎりの《出来事》を、撮（つか）もうとしているのではないのか？　技術もまた、忘却を――エピメテウスあるいはその娘のピュラを伴侶として、さらなる差異を加速させるものだと考えてはいけないのだろうか？</p>
<p>文字も同じことである。そこにあるのは、同じものの再現などではなく、日々変化する色彩に満ちた表情なのである（だからこそ、アートとしてのカメラがあると同様に歴史と小説が両立するのだ）。書くという行為には、表情の追究、《スタイル》の追究がなければ、かならず堕落する。事実だけを報道しようとする歴史は、結局は、同じものを伝え、すくなくとも同じものを伝えようとする「情報」へと堕落していく。そこには、《誰がそれを言っているのか》という視点は欠落しているし、欠落していることが望ましいとされる。技術がひとを追い越すにまかせ、生活が時間を実現するのではなく、生活のほうが時間を追いかけはじめる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、歴史は想像力を欠いているし、芸術は記憶力を欠いている。なのに芸術は想像力のことばかり気にしているし、歴史は記憶のことばかり気にかけているというのは、空しいかぎりである。どちらか一方を唱えてもまるで無駄なことだ。かつて起こったことだけが繰り返される、プロメテウス的悲劇に捕えられた空しい事実ばかりがあふれかえる今日にあって、なにより欠けているのは、〈忘却〉なのだ……。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」（1935-6）におけるアウラの議論はことのほか有名だが、ここでは、この概念はまだそこまで深まりを見せていないように思われる。というのも、ベンヤミンの議論に忠実にこの概念を延長するなら、おそらくアウラは思い返されると同時に忘れられねばならないものだからである。つまり、二つの態度が〈連続的に〉行なわれねばならない。そうでなければ、たとえば《星座》の概念が意味をなさなくなる。</li>
</ul>
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</div>
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		<title>ポストモダニストたち（２）――ヴァルター・ベンヤミン</title>
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		<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 20:30:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つまり武器を与えらたように思う。神秘主義ともいわれる彼のスタイルが、歴史を探究するに際していかに正当性をもっているか、ということを説明するのは、骨の折れる仕事である。思えば、一九世紀の実証主義者たちは、おぼろげで程度に差はあれ、正しくそのことを指摘していたものだった（打ち明け話をしておけば、ニーブールやミシュレといった一九世紀の実証史家を、昔はそれなりに愛していた。モムゼンなどよく読んだものだ）。いささか迂遠になるかもしれないが、記憶と忘却をテーマに、すこし込み入った話をしよう。ベンヤミンを読む際の序論になれば幸いであるが、本当のベンヤミン読みには、必要のない代物であるかもしれない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>かつて《記憶》は、イデアあるいはロゴスと呼ばれ、われわれの知の玉座に君臨していた。日々感覚してはいてもまったく秩序だっていない諸々の経験は、たんなる無価値の差異として与えられるだけである。それを秩序だったものとするのが、ロゴスであり、プラトンの言葉でより厳密にいえばイデアにほかならない。それは、ひとが《生まれながらにしてもっている記憶》である。ひとが、経験においては互いに異なる無数の諸個人を、《人間》と識別できるのは、ひとが前世から受け継いでいる《人間のイデア》を分有しているからである。ソクラテスによるなら、知の探究とは、こうした記憶を適切に《想起（アナムネーシス）》することと定義される。</p>
<p>輪廻転生を前提とする古代世界において、記憶が玉座に君臨するためには、逆説的なことだが、忘却が存在しなければならなかった。忘却なくして《想起》は不可能だからである（むろん、記憶することなしに忘却することも不可能である）。したがって、ソクラテスにおいて、忘却は、人間の条件である。冥界をさまよい帰還したエルの物語によって、ソクラテスが示唆しようとしているのは、世界の起源や終末には、たえず忘却が存在していることである。千年の賞罰期間を経てひとが現世に帰還するとき、かならず、一木一草さえ生えない焼けつくレーテーの野に流れる放念の河の水を飲む。この忘却があるからこそ、生は生を再生させることができる。したがって、ここに真の意味での滅びはない（「このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ……」）。というよりも、滅びとは、この忘却の謂いであって、無を意味しない。一種の真空を意味する。また忘却は、イデアを可能にするために、必要とされる（「われわれは《忘却の河》をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう……」）。だから起源（オリジナリティ）を可能にするのも、この忘却である。したがって、イデアは、ヘラクレイトスとパルメニデスのあいだで思考される――すなわち動（差異）のなかの不動（同一性）を実現する《運動としてのイデア》は、忘却と記憶のあいだを移行するものである。そこには、つねに差異が孕まれていて、記憶のなかには、近代のひとびとが想像力と呼ぶものが、幾分か折りたたまれて共存している。記憶と忘却が一体である度合いは、そのまま、記憶力と想像力との一体性を示す。それらが一体のものである以上、イデアの運動は、同一性の運動ではなく、類似性の運動でもある。</p>
<p>行為としての忘却とは、行為がかつてもっていた意味（意識）を捨て去ることである。だが、それによってのみ、行為は行為となることができる（忘却がなければ、それはつねに‐すでに、行為というより再認リコグニションである）。その行為は、行為であるがゆえに、ふたたび意味を回復する、すなわち記憶となる。したがって、はじまりには、たえず言葉が、しかも意味（対象）を失った言葉――《嘘》（構造主義の言葉でいえば、「浮遊するシニフィアン」）が存在する。これがしばらくして意味を回復すると信じられるかぎりで、予言と呼ばれ知と呼ばれる。神託を授ける知の神アポロンが遠矢の神と呼ばれた所以もここにあるし、ニーチェがアポロンをディオニュソスの遅延だと呼んだ理由もある。アポロンの遠矢が描く痕跡をたどっているかぎり、それは意味に先行されており、したがって、ひとは行為することができない。オイディプスが、父を殺し母と寝た、と言いうるとすれば、彼が神託を忘却していたかぎりであって、神託を記憶していたのなら、彼が行為したのではなく、アポロンの指令にしたがっただけである。つまり、オイディプスという主語に父殺しと母との同衾を可能にするのも忘却だが、この神託から逃れることを可能にするのもまた忘却なのである。したがって、記憶と同様、忘却には、積極的なものと消極的なものの二つがあるが、記憶が行為を批判する（押し止める）という点において、消極的な積極性を有する場合があるのに対し、忘却は（善かれ悪しかれ）ひとに行為を促すものである<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>中世にいたっても、《記憶》は依然として、知の玉座に君臨している。神は記憶に住まう。アウグスティヌスが、神を自身の「広大無辺の」記憶のうちに探したのは有名な話だが、ひとは、神のロゴス、とりわけ天国と地獄のイメージを、《生来の記憶》として分有していると考えられた。そして天国と地獄の記憶痕跡が消えてしまわないように、たえずそれを補強しておくことが推奨された。「輪廻」（反復）のイメージを棄て、その代わりに「進歩procursus」（一回性）のイメージを選んだ中世において、忘却は不必要なものとなる。そこには、明確な起源と終末がある。起源と終末が忘却のうちにあるなどということはない。聖書に書かれたとおり、それらは神の記憶そのものである。ひとは、かつては自身が保有していた忘却を、神の記憶に預けてしまったのである。ソクラテスは、ヘルメス＝トトのもたらした《文字》を忘却の術に与するものとした。だが、中世において、文字はやはり、記憶の、それも神の記憶に与するものである。中世において、ヘルメス（・トリスメギストス）の重要性は測り知れない。なぜなら、世界とは、そのすべてが、神の記憶＝文字痕跡だったからである。</p>
<p>文字と、それを記憶する媒体がほとんど存在しない世界を想像してみよう。原理上、実証的な形で歴史的に証明することはできないが、記憶が知の玉座にあった前近代において、むしろ忘却はいたるところに転がっていたはずである。しかしそれらは、中世にはすべて神が、君主が、あるいは天が回収した。ひとはそれを《生来の記憶》と呼び、のちにフロイトによって《無意識》と呼ばれることになる概念に余地を与えていなかった。無意識の行為、すなわち忘却は、すべて神という主語が命じた行為であり、神の記憶の《再現》であった（フーコーのいう狂気の概念が、前近代には知の枠内に収まっていた理由はおそらくそこにある）。フロイトは、無意識は《時間》を超越しているといった。無意識において、記憶痕跡は、時間的秩序を有していないと考えられた。おそらくこの意見は正しいが、むしろそのゆえにおいてこそ、神の記憶は歴史を超越することができた。時間的秩序を逸脱しているということは、人間にとっては悪だが、逆に神においてはむしろ自由な能力を意味するからだ。これまで起こったこと、これから起こることすべてを事前に承知し、網羅する神の記憶において、歴史の価値はかえって極大に達している（前近代には「歴史」という観念は存在しなかった、などというべきではない）。なぜなら、人類の歴史はすべて神の記憶に委ねられているからであり、またそのかぎりで、歴史とは超越そのものを意味することになるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、事態は一変する。記憶は、近代において、ロゴスという名の知の玉座を降りてしまう。記憶（理性）と経験（感性）の差異を忘却（＝神の記憶）によって解消することがあまりにも困難になったからである。経験的な事実が記憶を上回る事態が頻発したとしても、忘却は、それを解消するよき手立てのひとつでありえた。経験がいくら記憶を上回ったとしても、それを埋め合わせするに充分の忘却が用意されていたし、またそれを神の記憶と呼ぶことで、さらに増大させることもしてきた。だが、忘却の余地はどんどん縮小していく。《紙》などの媒体の大量生産のためである。この媒体の増大によって、かつては制限されてきた記憶容量が、理念上、無限大に達したと考えられる（活字技術だけで、紙が大量生産されないかぎり、この理念上の転換は起きない。紙なしには、依然として記憶領域は経済的に限定されているからである）。暗黙のうちに、《模倣ミメーシス》は、《複製》へと意味を変える。記憶とその想起は、自己同一的なものの《再現》に変わる。かつてはどのみち差異（＝忘却）を孕むことが前提されざるをえなかった模倣や想起から、注意深く、一分の隙も許さない厳密さで、差異が取り除かれていく。なぜ、文字には、《同じもの》の再現が可能なのだろうか？　それは、文字が対象を模倣するのではなく、対象が文字を模倣させるように仕向けるからである――アポロンの神託さながらに。というのも、文字を読むわれわれにとっては、文字こそが世界だからである。そしてもっと重要なことは、文字を読む近代的人間は、同時に文字を書きもするからである。文字から文字へ、声という生の世界を差し挟まない、死の運動――これが歴史である。したがって、かつて、たとえばキケロを想起することが、かならず忘却を伴って行なわれたのに対し、近代における「キケロ」の想起は、同じ「キケロ」を再現representする〈とみなす〉。差異を実現してしまう想像力は、記憶力から分離する。想起の概念が致命的な変更を被るのである<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>。</p>
<p>この状況下で哲学を組み立てたのはカントである（カントやヘーゲルの登場は、ちょうど紙の大量生産が実現するのと軌を一にしている。この状況に対する時代の応答が彼らの哲学であった）。デカルトには、まだ、「良識ボンサンス」の観念が残っている。万人に分有されているというこの観念は、中世以来の「生来の記憶」に余地を与えていたし、そこから神の存在を証明することさえできた。しかし、カントにおいて、それは、たかだか「共通感官（常識）」を示すにすぎない。共同体という人間の外部から与えられたものにすぎず、先験的なものではけっしてない。カントは、内容を欠いた時空間以外のあらゆるアプリオリテートを、理性（ロゴス）から完全に排除したのである。</p>
<p>記憶の王朝がついに終わりを告げる。だが、ロゴスは、神（絶対者）や永遠（時間における無限）、宇宙（空間における無限）や自由（運命における無限）といった仮象をもたらすばかりであって、個別に限界づけられた記憶とは結びついていないし、記憶に相反する蛮勇さえも慎まない。たしかに、記憶は理性という頂点から没落した。ただし、理性はそれによって《形骸化》したのであり、もはやロゴス＝言葉という呼び名は適切ではなくなる。下野した記憶に、カントは特別な場所を用意していた。《悟性》である。悟性を打ち立てるためには、想像力と記憶力の分割が、自然に受け容れられる状況が用意されていなければならない。かつては一体のものであったそれらが、分割されるということ。それは、同じものを再現する力である記憶力と、差異が孕まれざるをえない想像力とが、別々の力であるという、それまでとは異なる知の規準が生まれていることを示す。そして悟性に蓄えられたカテゴリー（記憶）は、感性が想像力によって与える表象を従属させ、これを総合するとさえいわれることになる（Einbildungskraftにせよ、Imaginationにせよ、訳語の問題なので慎重さが必要だが、ふつうにカントを読むかぎり、感性と悟性を最終的に総合するのは記憶力（カテゴリー）の側であって、想像力ではない。感性に端を発する想像力がつねに‐すでにカテゴリーに従属しているのでないかぎり、コペルニクス的転回が成立しない<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。</p>
<p>したがって、じつは悟性を発祥地とする（か、あるいは最終到着地とする）「共通感官」の重要性は、結局はいや増すことになる。無手勝手な差異をもつ諸々の表象を総合（＝認識）するのは悟性である。外部からの経験を蓄積する記憶層をなす悟性は、架空の感官である（というのは、そう考えないと悟性など必要ないからである）「共通感官」を作りあげる。これをあえて「感官」と呼ぶのは、光や音など、ほかの感覚と同じように、外からやってくるからであり、理性（身体内部）に淵源するのではないからである。また、これが架空であるといわれることのもうひとつの理由は、複数形の人間――たとえば人類であるとか、国民であるとか――においてはじめて、保持していると〈みなせる〉ものだからである。感官はもちろん感性を宿しているが、共通感官の居場所は悟性である。</p>
<p>共通感官は、いったいどのような形でやってくるのか。《歴史》である。かつて、自身の内側に、《忘却》として、あるいは《生来の記憶》として探究された《起源》は、今度は、身体の外側において探究されることになる。先述したように、ソクラテスは、文字を忘却の術と言っていた。というのも、人間にしっかりそれとして意識されていないというかぎりでは、身体内部の忘却であろうと、その外部にある文字であろうと同じことだからである（ソクラテスにとって、内か外かは重要ではなく、問題は境界線上で行なわれるドラマの方なのである）。かつては、神の記憶であるがゆえに極大の力をもっていた歴史は、その力を半分失う。だが、そのおかげで、人間のものになり、それゆえ逆説的に、正真正銘の歴史となる。そして、忘却のうちにしか行なわれえなかった《行為》の主語を、歴史に取って代わらせる。歴史は忘却ではない。神の記憶ではないとしても、すくなくとも、《人類の記憶》である。しかも、文字から文字へ、すなわち「キケロ」からキケロではなく、「キケロ」から「キケロ」へ、《完全な再現》を夢想させるものである。</p>
<p>内なる神という主語を失った精神は、外部にその《起源》を求めた。それが歴史である。しかし、おかげで、内部には空洞が広がることにもなった。中世には《生来の記憶》という名で呼ばれたその場所、その亀裂が、ふたたび古代同様に《忘却》として光を浴びる可能性が、生まれていたのである。そのことを発見し、明確に示したのはプルーストである。ベンヤミンが「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」のなかで注目し、高く評価した《無意志的記憶（メモワール・アンヴォロンテール）》は、端的に忘却のことである。この忘却の領土こそが、文学者の新たなる大陸なのである。だが、それは、しばらくすれば、時代精神によって、そして「無意識」によって、埋められてしまう。想起と記憶とを（あえて？）区別しない精神分析は、忘却に時間的秩序を与え、古代以来、ようやく内部に回復された忘却の領土を奪い取ろうとするだろう。外部の忘却は歴史によって、内部の忘却は精神分析によって奪われる。忘却、それはむしろあなたの精神だと、彼らはいう。ひとは《父》に、《過去》にその主語を預けてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>これが、ニーチェのいう「歴史病」（『反時代的考察』）である。本来、時間は、ひとの生に従って生じるものである。生の消滅速度、それこそが、時間である。生があり、そのあとで、それは歴史となる。この順序は覆すべきものではない。だが、歴史は、この「時間」を追い越そうとする。過去は、あなたを先んじて存在していると、歴史はいう。資本主義社会において、あらゆる技術革新が時間を追い越すための技術であるように、歴史もまた、このもっとも健全な、もっとも自然な「時間」を追い越すための努力である。過ぎ去る時間を、幸福を「いまここ」につなぎとめ、インデックスをつけて保存しておくことこそ、歴史と科学技術が結託して行なう不健全な目標なのである。その点では、歴史病は、一九世紀や二〇世紀にだけあったのではない。今日はもっと深刻な状況となっている。あまりに大量に生産される《古文書（アーカイヴズ）》に対して、もはやかつての歴史家が苦労して行なった時間的秩序をもたらす時間さえ惜しいのである。その厖大さは、機能的かつ合理的な方法で、たんなるＩＤの意味しかもっていない年代記号のもとに秩序付けられ、「情報」として処理されるほかないというところまで、ひとを追い詰めていく。「情報」から「情報」へ、すべては「情報」である。すべては、かつて模倣されたものの模倣でしかない。この歴史病の狂熱は、現実の歴史家さえ無用にするほどに、激烈である。たんに歴史を知らないひとびと（わたしも、というかすべての人間はどちらかといわれればそちらに属す）に《忘却》のレッテルを貼るほどに、この病は倣岸である。</p>
<p>歴史は、それが歴史であるかぎり必然的に、ひとの生や行為を奪い、法則を再認する実験結果だとみなす。そこでは、アポロンの遠矢がもたらす神託よりも、はるか先を歴史が生を追い越している。われわれの生があり、そしてそれが事後的に歴史となる、というあの単純さ、「生と歴史のあの関係のすべての明晰さ、すべての自然さと純粋さ」は失われている。歴史はいう、その行為は、すでに行なわれたものである、と。人間のあらゆる行為が、すでに起こったことの再認である。なにしろ歴史は、起こったことにしか注目しない。歴史が夢想する無限の「いまここ」は、過去に先立たれ、頭を押さえつけられることによって、可能となる。われわれは、《起源》を歴史に預け、われわれ自身の生産力を、オリジナリティを奪うに任せる。歴史は、原理上、かならず生を歴史に従属させる。文字から文字へ、同じものの反復を可能にする歴史は、同時に充実した差異をなす生を《学》にそぐわぬ劣ったものとみなしている。したがって、歴史を生に奉仕させるためには、かならず反歴史的なもの――《忘却》と、超歴史的なもの――《芸術》とが必要とされている、とニーチェは言った。いずれも積極的な《忘却》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれの行為が、《生》が、ドラマが演じられ、それがそのあとで歴史となる、という、ニーチェのいう健全さは、炎のまえに灰が、傷よりまえに痕跡が存在しえないのと同じほどにたしかなことだが、しかし、よくよく考えてみると奇妙なことである。というのも、それはひとが思っているのとは異なる不思議な時間概念によってしか可能にならないからだ。この時間概念上で、歴史は、かならず、現在の〈あとで〉過去になる。そしてその過去は現在よりも未来にある。このもっとも健全な、しかし不思議な時間概念にもとづくかぎり、われわれより以前には、なにひとつ歴史など存在していない。われわれの現在はつねに新しい。過去に汚染などされていない。ここで、カントのコペルニクス的転回は、さらに一段上の転回を遂げる。というのも、認識に対象が従属するか否かとは関係なく、われわれのうちに痕跡を残す対象そのものが、そもそも存在していないからである。すでに消え去っているかぎり、〈すべては仮象である〉。したがって、カントのいうような現象は、じつは、痕跡（灰）が傷（炎）を追い越すと考えるかぎりでしか発生しない。そして、同じものの反復を、すなわちrepresentationを可能にするのが、痕跡であり、文字であり、この痕跡に依存するかぎりでしか、カントのコペルニクス的転回は正当性をもたない。</p>
<p>ベンヤミンの固有の歴史哲学は、ニーチェとともに、ここにおいて始まる。《模倣》から《複製》へ、《想起》から《再現》へ。アウラ（一回性）を喪失させる主題の変動のなかで、アウラ同様に失われたかにみえる《忘却》は、どう転んでも結局は奪回されなければならない。だが、それはどのようにして？　歴史病に犯されたわれわれには、もはや超越論などと悠長なことをいっていることはできない。歴史は、実際にわれわれを超越しているからだ。歴史そのものが超越〈論〉的な仮象、理念だとするなら、われわれが健全にも歴史を追い越すためには、もっとシンプルな《超越》が必要なのである（ラッセルの健康さが指摘するように、嘘つきのパラドックスに直面して逃げ場のない懐疑に陥ったなら、そこにレベル（階型理論）を導入するのがもっとも簡単な脱出方法である――ゲーデルにしたがうかぎり、内在的な乗り越え（＝超越論）の不可能は証明されている）。したがって、問題は、いかなる超越を選ぶのか、である。すなわち、他の屈強な身体にそれを求めるファシズムか、それとも、外といっても自身の弱い肉体にそれを求める超人か……。</p>
<p>ひとは、歴史から逃れるために、別種の歴史を必要としている。ベンヤミンのいう歴史は、あらゆる意味で過去の破壊であり、むしろ自然のままに跡形もなく消滅させることを欲している。消え去る時間のなかで一瞬だけ輝く星座を実現すること。ショーレムの『天使の挨拶』からの引用が示しているとおり、この新しい歴史において、「いまここ」の幸福など無縁である。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> プラトンの書物の重要性は、概念そのものではない。概念が繰り広げるドラマ（ここでは、イデアという概念がもつ忘却と記憶の運動）をしっかりと見定めることである。そうでなくては、プラトンがわざわざ対話編のスタイルでソクラテスを表現した意味がなくなってしまう。</li>
<li class="note"><a name="n02" href="#p02">(2)</a> 近代において、同じものを再現する記憶力と、オリジナルなものに差異を付け加える想像力とが分割される。その副次的な結果を述べると、芸術が《学》から分離する。というのも、かつてはムーサの女神のうちで一体であった記憶力と想像力とが、分割されるからである。フーコーが論じたように、知でもありえた狂気をこの《学》は病に代えたが、《学》から分離されたおかげで、芸術は、狂気としての知を保持することができた。しかし、もっぱら想像力・忘却の側に属する芸術は、同時に権力を失う。芸術が被っている二一世紀の惨状をみるかぎり、もとより忘却の側に属している芸術が必要としているのは、新たな想像力などではなしに、記憶力を回復することである。</li>
<li class="note"><a name="n03" href="#p03">(3)</a> このところ、「感性と悟性とは、想像力によってしか総合されない」、というような意見を耳にするが、カントの議論に従うかぎり、総合は、悟性のアプリオリであるカテゴリー（記憶）において行なわれ、想像力はカテゴリー（記憶力）に従属しているように思われる。それをあえて感性の側からの想像力に限定してこれを国民国家に結びつける議論が意図しているのは、想像力をその中心的な手段とする芸術、とりわけ文学を批判の標的にすることなのだろう。だが、ナショナリズムを供給しているのが、文学より歴史に見える点を、この議論はどう説明するつもりなのだろうか？　訳語の問題もあるため、あまり込み入った議論をするつもりはないしカントの解釈学にかかわるつもりもないが、しかし、この点は文学が標的になっている点で見過ごすことがむずかしい。もともと、カントにおいても、ヒュームを受けついで、感覚はひとによってさまざまに異なるものとみなされている。だからこそ、デカルト以来、表象とロゴスの差異が問題にされたのである。それを統一するのは、諸々の外部表象の場合は、悟性のカテゴリーであり、自己の場合は理性における超越論的統覚である。ひょっとしたら、「共通感官」という語に囚われてしまったのかもしれないが、この感官はもっぱら悟性に存する。総合は、やはり、対象や感覚ではなく（それゆえ想像力ではなく）、認識に従属する形で行なわれる。つまり、総合とは、つねに‐すでに認識cognitioなのである。「共通感官」という表現は、複数の人間を問題にしたときに可能となる一種の比喩であって、これが文字通り感覚に備わっているなら、わざわざ悟性を論じる必要はないし、第三批判も無用のものとなる。デカルトの懐疑は無駄骨であり、コペルニクス的転回もなかったことにさえなる。</li>
</ul>
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		<title>価値無きものの価値の哲学</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Sep 2008 17:32:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[literature]]></category>
		<category><![CDATA[Camus]]></category>
		<category><![CDATA[Galilei]]></category>
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		<category><![CDATA[History as tragedy]]></category>
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		<description><![CDATA[夏が終わりを迎えるころ、わたしはある男に出会った。男は、「ずっとぼくを悩ませてきた問題がある」と言った。「自分の主張が反社会的とみなされ、死を宣告されるようなことがあったとする。ぼくはそのとき、どのように振舞うべきなのか [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>夏が終わりを迎えるころ、わたしはある男に出会った。男は、「ずっとぼくを悩ませてきた問題がある」と言った。「自分の主張が反社会的とみなされ、死を宣告されるようなことがあったとする。ぼくはそのとき、どのように振舞うべきなのか？」 わたしはそんな問いを問うことが自意識過剰だと思った。だが、この不器用な男はわたしの回答など求めてはおらず、夢みるように、恍惚として語り始めた。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>自説を撤回して生を選ぶのが正しいのか。それとも死を甘受するのが正しいのか。どちらにしても、勇気がいる&#8230;&#8230;。古来、いろんな人物がそうした判断を強いられてきた。自説を枉げず火炙りとなったジョルダノ・ブルーノ。あるいは自説を枉げて処刑を免れたガリレオ・ガリレイ。獄で毒を呷って死んだソクラテスもそうだ。近いところでは虐殺されたあの小林多喜二もそうだ。彼らは、自身の哲学や文学のためにときの政府によって捕えられ、獄死させられたひとたちである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>言論の自由主義時代に、こうした死に反論することは簡単であるらしい。たとえば、アルベール・カミュは次のようにいう。</p>
<blockquote><p>ガリレオは重要な科学的真理を強く主張していたが、その真理ゆえに自分の生命が危険に瀕するや、いともやすやすとそれを捨ててしまった。ある意味でこれは当を得た振舞いだった。その真理は、真理だからといってそのために火焙りの刑に処せられるだけの値打ちはなかったのだ。地球と太陽と、どちらがどちらのまわりをまわるのか、これは本質的にはどっちでもいいことである。ひとことで言えばこれは取るにたらぬ疑問だ。これに反して、多くの人びとが人生は生きるに値しないと考えて死んでゆくのを、ぼくは知っている。</p>
<p>アルベール・カミュ「不条理な論証」（清水徹訳、新潮社）。</p>
</blockquote>
<p>こうした意見はもっともらしい。地球と太陽のどちらが中心か、などということは、「人生」のまえでは取るにたらぬことだ。科学者であるよりも前に人間であるガリレオは、だから、たかだか言葉のために死ぬくらいなら、生きることを選んで当然なのだ&#8230;&#8230;。</p>
<p>だが、本当にそうだろうか。ならば知のために生命を犠牲にしたひとたちは、この当然の価値を見誤ったのだろうか。黄金をくず鉄と交換してしまったのだろうか。――ぼくは、カミュがこんなことを本当に言ったのかと、わが耳を疑う。おそらく、このころのカミュは、文学に悲観的だったのだろう、そして人生にも悲観的だったのだろう。彼自身が、いまにも、《人生は生きるに値しない》と考えそうになっている、そんな風にぼくにはみえる。&#8230;&#8230;</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>自由主義時代のひとびとは、値踏みする。そしてどういうわけか、生命こそ、なにものにも変え難い価値を持っていて、その他のもの、たとえば知や美や善は、生命の至高の価値のまえでは取るにたらぬものだ、と考える。自由主義時代のひとびとは、あらゆる仕事が、生きるという最後で最高の価値からみれば、あまりにもちっぽけなものだという思考に、たやすく陥ちてしまう。死ぬくらいなら、自分の思想信条を枉げることなど、たやすいことなのか。自分の仕事は、所詮はそれしきのものでしかないのか。たかが科学、たかが政治、たかが芸術、たかがスポーツ、たかが哲学、たかが文学。人生にはもっと大切なものがある――たとえば生命？ 余生？</p>
<p>だが、意外なことだ。自由のない時代にこそ、ひとは、信念を枉げることを拒むものらしい。自身の自由を貫き、そして権力に屈することを拒むのだ――そう、逆に言えば、自由な時代にこそ、ひとはかえって、生命の安全のために、たやすく自由を明け渡す。だが、それは、言葉を失ったとしても、死ななければそれでいい、という思考と、どうちがうのだろうか？ そして突き詰めていけば、――《死なないのであれば、生きていなくてもいい》、そうなってしまうような気がしてならないのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>本当の一流は、自身の仕事が、世界や人類のための仕事でなければならないということを、心のどこかで知っているものだ。そして少なくとも、自分の仕事が、すこしでも他人の幸福につながればと、願っているはずだ。ガリレオが大地のほうが動くと考えたのは、そのことで、世界をよりよく変えられると信じたからだ。敬虔なカトリック教徒であった彼は、それだからこそ、神のもとに虚偽があってはならないと、余計に考えたにちがいない。そのことが、彼の人生にとって、彼らの時代にとって、取るにたらぬことであったはずはない。彼が自身の意見を枉げたとき、&#8220;科学者としての自分は死んだ&#8221;、と言ったとも伝えられる。その一方で、彼は両目を失明しながら、のうのうと地動説を信じ、科学者であろうとしたとも伝えられる。ぼくは両方とも真だと考える。言葉を死に明け渡して、肉体的にだけ生きたガリレオ。のうのうと生きて科学しつづけたガリレオ。二人の《ガリレオ》が、あのとき、同時に存在していただろう。つまり、ガリレオは、分裂したわずかな余生を送ったはずなのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>なによりも生きることが、もっと正確に言えば、死なないことが優先される。そのためなら、自分の仕事が否定されてもかまわない。こうした自由主義的な思考は、ひとを生きさせ、そして精気を失わせる。肉体的に死ぬくらいなら、精神的に死ぬほうを選べ、という思考にひとを追いやっていく。言葉を死や歴史に明け渡し、そして当然の精神的な死の報いを、生と謳歌する。</p>
<p>だが、それはおかしい。そうした思考こそ、ひとをして《人生は生きるに値しない》という思考に追い込むのではないのか。生の前ではすべて無価値だという思考ほど、人を陰気にさせるものはない。そして誰もが生活のために罪を犯す。ひとが罪を犯すのは、たいていは生活のためだ。生活という最高の価値のために、――結局は、めぐりめぐって人生を犠牲にすることを選ぶのだ。だが、なにものかを犠牲にしなければ成立しない生活に、本当に価値などあるのだろうか。</p>
<p>ぼくが《文学》を選んだのは、そういう思考に反対するためだ。それが、人類のためになると信じ、それが、自分の人生を賭けるに値するものだと信じたからだ。もっとも取るに足らないと思われている《文学》にこそ、そして無価値であるがゆえにひとを癒すとまちがって信じられている《文学》にこそ、最高の価値があることを証明するためだ。ぼくは鬱勃として《文学》に人生を捧げるだろう。それは、そのためになら死んでもいいと思うからだ。生きることそれ自体が、《自由》でなければならないのなら、ひとは言葉を、あるいは表現を失ってはならないはずだ。人生が無価値ではないのなら、絶対に《文学》も無価値であってはならない。たかが《文学》などという言葉を吐くようなひとに、《文学》が挫折の形態だなどとのたまうひとたちに、絶対に文学者と名乗らせたくない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>おそらく、愛嬌たっぷりのガリレオや、勇敢で壮絶なジョルダノ・ブルーノが生死を問われたのは、この地点だったはずだ。科学は、けっして人生にとって無価値ではない。というか、人生も、科学も、無価値ではないのだ。太陽か地球か。その選択は、けっして人生にとって取るにたらぬものではない。太陽か地球か、生死を分かつこの選択がかけがえのない価値をもつからこそ、人生にもまた、価値がある。さまざまな仕事にたいして、自己本位な価値の認否があるのではない。さまざまな仕事が価値をもつからこそ、人の生は価値をもつ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>男はわたしにこう言った。「こうした場所でこの問いが問われた時、あなたは知のために、あるいは美のために、死ねるだろうか？」 いや、男はわたしに向かって言ったのではなかった。ただひとりで喋り続けていた。</p>
<p>自分の仕事が、生命という篩にかけられる形で値踏みされて価値が量られるのではなく、生命と仕事の価値とがちょうど天秤でつりあっているような場所がある。つまり、ガリレオやブルーノが生死の裁きを聞いたのと同じ、あの荘厳な法廷だ。そこでどちらを選ぶかと訊かれれば、生きるという判断も、死ぬという判断も、どちらも可能だと、ぼくは思う。もうそこは、罪の有無を審判する《法廷》ではなく、むしろすべてが価値であるような《世界》そのものと言ったほうがいい。彼らにとって生きること、それはすなわち科学者として生きることであり、ただ生きることによって生きることなどできないのだ。そうした場所では、彼らの仕事ができなくなるのなら、ブルーノやソクラテスや小林多喜二のように死ぬこともひとつの選択だ。ガリレオのように、ニーチェのように、そして本心ではカミュのように、生きることも、ひとつの選択だ。それは、どちらも、終わりではない。どちらが間違っているということもない。ただただ、悦ばしき悲劇であることだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしは彼の言葉を聞いて、よくわからないと思った。それで、「君ならどうするのか」と、わたしは尋ねた。</p>
<p>「ぼくならどうするか&#8230;&#8230;？」 本当に悩みどころで、われながら大げさな問いでありすぎて、まだ全然、結論は出ていない。それに幸運にして、まだそういう問いを現実に突きつけられたことは、たぶんないはずだ。ただ、いずれにせよ、致死性の毒に等しいこの問いに答える準備はしておきたい。 </p>
<p>ガリレオが生きるという選択肢を選んだのは、科学というか知が、生よりも価値がないからでは、けっしてなかったはずだ。むしろ、科学の力を信じ、地動説を信じたからこそ、そして自分が生きるかどうかなどたいした問題ではないと思ったからこそ、法廷であのように答えたのだ。もちろん、そうであるからには、ブルーノのように死んでもよかっただろう。ガリレオのように死にながら生きるのか、それともブルーノのように生きながら焼かれるのか、それはもうあの場所では同じことだった。ともあれ、ぼくには、ブルーノにもガリレオにも、本当に強い意志の力、《悲劇》的なユーモアの力を感じてしまう。彼らは、ヤヌスの双面のように、二人でひとつだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ご存知のとおり、まだぼくにはほとんどまともな仕事はない。だからどのみち、まだまだずっと生きねばならない。だが、もし《文学》をついに書き上げたとき、死よりも生を選んだぼくは、きっと、やむをえない改稿を迫られるだろう。勇敢な死を選べなかったぼくは、筆を折られ、指を折られ、あるいはもっと悪いことに、二度と文学が書けなくなる一歩手前の最後の筆で、絶対に書きたくなかったことを書かされるのだろう。そして、死んだほうがましだったかもしれぬという後悔に苛まされて、精神の指を失って死にながら生きることになるのだろう。だが、それでもぼくは《文学》の力を信じるのだ。なんとかして、改稿のときにも、あとの世代に真実の美を伝える逃走経路を探す。その悦ばしき悲劇にすべてを賭けて――たとえ、なまぬるい転向論や、関心を括弧に入れることで本当の選択を回避してしまうような議論がその後の社会を覆ってしまったとしても。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ひとは笑うだろう。文学と生命とを天秤にかけて迷っている自分を、指を指して笑うだろう。なぜ迷うことがある。選ぶべきは生命に決まっているではないか。――そう、それでいい、笑うのが一番正しい。なぜなら、ぼくは、ひとを笑わせようと思っているからだ。</p>
<p>文学者として死に、人間として生きるのか。それとも、文学者として生き、人間として死ぬのか。どちらを選ぶのも勇気がいるし、どちらを選んでも臆病だろう。間抜けなぼくにとって、これは大問題なのだ。</p>
<p>――だが、もうあなたはわかっているはずだ。本当に重要なことは、生きるか死ぬかではない、ということを。転向したかしなかったかなど、問題の焦点ではなかったのだ。こちらのほうがあちらよりも正しい、という議論には、絶対にならない。むしろ、この、生か死か、その問いのただなかで本当にひとびとが生きたかどうか、そして、そうした問いのなかで、あなたが生きられるかどうか、そのことが一番重要なのだ。生きることと死なないでいることはちがう。ブルーノもガリレオも、ソクラテスもニーチェも、小林多喜二もカミュも、みんな生きた。それは、《彼らがそれぞれの固有名を名乗るよりも先に、科学者であり、哲学者であり、そして文学者だったからだ》。</p>
<p>ぼくはそう思う。</p>
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		<title>芸術について――認識論を超えて</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Sep 2008 06:27:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
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		<category><![CDATA[naturalism/Zo-ka]]></category>
		<category><![CDATA[Neo Kantianism]]></category>
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		<category><![CDATA[The wounded Aphrodite]]></category>
		<category><![CDATA[中間のもの]]></category>

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		<description><![CDATA[古代ギリシアはキオスのストア派哲学者、禿頭のアリストンは、こう言ったという。 最良のもの（徳）と、最悪のもの（悪徳）とについてだけ関心をもち、その中間のものにはどちらでもない態度をとる。それこそ、人生の目的（テロス）であ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>古代ギリシアはキオスのストア派哲学者、禿頭のアリストンは、こう言ったという。</p>
<blockquote><p>最良のもの（徳）と、最悪のもの（悪徳）とについてだけ関心をもち、その中間のものにはどちらでもない態度をとる。それこそ、人生の目的（テロス）である<sup><a href="#n01" name="p01">(1)</a></sup>。</p>
</blockquote>
<p>「人生の目的」とは、いかにも大げさに聞こえる。しかし、この宣言はとても興味深い。というのも、最悪のものは、最良のものと同様、関心を払うに値するものということになるが、関心という点からすると、最悪のものは、最良のものと同様に、優れたものでありうるからである。ひとは、つねに、最悪を回避しようとする。最良をその手に掴む《実践》よりも、最悪を回避する《非-実践》を優先する。この《非-実践》が実践する生産こそ、《中間のもの》である。《中間のもの》について、判断しないという彼の宣言は、裏を返せば、じつは本当に回避せねばならないのは、《中間のもの》であり、そして避けるのがもっとも困難なものこそ、《中間のもの》である、ということにほかならない。《中間のもの》を避けるのが容易であるならば、それは、目的（テロス）というほどのものではなくなってしまうだろう。</p>
<p>しかし、それは不思議なことだ。本当に避けるべき最悪のものは、最悪のものではなく、むしろ、《中間のもの》である、ということになってしまうからだ。われわれが選び、そして掴まされているのは、じつは、いつも、避けるのが困難なこの《中間のもの》である、ということだろうか。アリストンのこの含蓄のある宣言は、この《中間のもの》こそ、批判に値する、最悪のものなのではないか、という疑問に、われわれを導いてゆく。《中間のもの》を自ら選ぶ《非-実践》、選択ならざる選択を避けねばならないのは、それが、ひとを、知らず本当に最悪のものに導いてゆくからなのではないだろうか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷行人は、芸術に関して、次のようなことを言っている。すこし長くなるが、ここに引用する。</p>
<blockquote><p>ここであらためて、カントの芸術論について述べてみる。カント以前の古典主義者は、芸術性が客観的な形態にあると考えており、カント以後の浪漫主義者は芸術性が主観的感情にあると考えた。しばしば、カントはロマン主義者の先行者と見なされるが、実際には、彼はその二つの「間」で考えたのである。それは彼が経験論者と合理論者の「間」で考えたというのとまったく同じである。むろん、彼はそれらを折衷したのではない。彼は、認識を認識たらしめる根拠を問うたように、芸術を芸術たらしめる根拠を問うたのだ。ある物が芸術であるか否かは、それに対する他の関心を括弧に入れることによってのみ決まる。それが自然物であろうと、機械的複製品であろうと、日常的使用物であろうと、関係がない。それらに対する通常の諸関心を括弧に入れて見るということ、そのような態度変更が或る物を芸術たらしめるのだ。</p>
<p>&#8230;われわれは物事を判断するとき、認識的（真か偽か）、道徳的（善か悪か）、そして美的（快か不快か）という、少なくとも、三つの判断を同時にもつ。それらは混じり合っていて、截然と区別されない。その場合、科学者は、道徳的あるいは美的判断を括弧に入れて事物を見るだろう。そのときにのみ、認識の「対象」が存在する。美的判断においては、事物が虚構であるとか悪であるとかいった面が括弧に入れられる。そして、そのとき、芸術的対象が出現する。だが、それは自然になされるのではない。人はそのように括弧に入れることを「命じられる」のだ。</p>
<p>柄谷行人『トランスクリティーク』岩波書店、2004年、172-4頁。</p>
<p>たとえば、或る人殺しがいるとします。それは、法的・道徳的に非難されますが、同時に、それは趣味判断の対象です。映画や小説では、しばしば犯罪者やヤクザが主人公となります。人々は、日常では嫌悪するはずなのに、映画や小説では、彼らを支持し、自己同一化したりします。これは美的判断です。その根拠を、カントは「無-関心」性に求めました。それは、道徳的・知的関心を括弧に入れることです。人がこのような映画や小説を楽しむというのは、――あるいは時には、現実の事件に関してもそのような見方ができるということは、――実は、そのように文化的に訓練されたからです。</p>
<p>同『倫理２１』平凡社、2000年、65頁。</p>
</blockquote>
<p>&#8230;&#8230;。こうした芸術の定義は、よく聞かれる。おそらく、アカデミックな世界では、きわめて中心的なものであるだろう。もちろん、それらにもちがいはある。すなわち、柄谷のそれは、きわめて意識的に選び取られたものであり、アカデミックな世界においては、きわめて無意識的なものである。そうした差異を認めるとしても、結果的には同じものである。芸術（美）は、道徳的（善）・知的（知）関心を括弧に入れることによって、成立する。それは、一般にも受け容れやすいものだろう。裏を返せば、映画や小説であれば、殺人も、近親相姦も、つまり道徳に反することも、非政治的であることもなんでも許される、ということだし、また、一般にもそうとみなされていると思われる。《芸術の世界で殺人が許されるのは、それが、道徳的な関心とは無縁の美的世界でなされるからである》。</p>
<p>だが、芸術が具体的に実践される場面においては、そんなことは不可能である。かりにも芸術がなんらかの《実践》であるならば、括弧に入れたり外したりできるような、そんな認識論上の《関心》など、まったく歯が立たない。芸術家が現実に作品を作りあげる場面においては、同時代の道徳や政治と無縁でいることなど、絶対に不可能だからである。泉鏡花の優れた自然主義文学批判にしたがうなら、《芸術の為の芸術が、たんに芸術の為だけの行為であることはありえない》のである<sup><a href="#n02" name="p02">(2)</a></sup>。したがって、わたしなら、《芸術の世界で殺人が無条件に許された試しなど、ただの一度もない》と言うだろう。括弧のなかであればある行為が許され、括弧の外であればその同じ行為が不可能となる、という思考は、いくら認識論的に許されはしても、現実的ではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷の芸術論が陳腐なものに（わたしには）みえるのは、結論だけを取り出すからだ。柄谷の芸術論は、通例のアカデミズムからは一線を画している。そういう意見もあるだろう。柄谷は、ときには括弧をはずしてみること、「態度変更」が重要だと言っているではないか&#8230;&#8230;。だが、わたしには、それも含めて、もっとも洗練されてはいても――そしてだからこそわたしは論じるのだ――、アカデミズムの枠からは出てこない芸術論であるとしか、考えられない。</p>
<p>時と場合に応じて、括弧は取り外さねばならない、という。たしかに、括弧に入れられる以上、外すこともできるべきだろう。しかし、この「時と場合」が具体的にどのようなものか示されない限り、そしてどのみちこの外在的な条件に依存しているかぎり、この括弧にまつわる理論は理論としてはつねに不完全である。つまり、カントが一時そうしてしまったように、その判断を常識（共通感官）に仰がねばならなくなる。だいいち、われわれは芸術の芸術性を、たんに美的関心のみによって評価していたりするだろうか。本当にそんなことが可能なのだろうか。完璧に邪悪で、しかも嘘八百であり、なおかつ美しいものなど、存在するだろうか。一方を否定することで成立するような、そんな閉ざされた論理構造のなかに、芸術ははたして存在したことがあったのだろうか。それに「態度変更」といっても、結局、別の括弧に依存するのなら、もうひとつの同じ大学ができるだけではないのか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷は、こうした認識論主義の芸術論を説明するとき、よく、マルセル・デュシャンの『泉』を引き合いに出す。トイレを『泉』と題して美術館に出品した、あの果敢な作品である。彼はそれを自説を補強する材料として、次のように説明している。</p>
<blockquote><p>古典主義美学〔美を客観的なものとする〕やロマン主義美学〔美を主観的なものとする〕が古くさくなっても、カントの「批判」は少しも古びていない。たとえば、デュシャンが「泉」と題して便器を美術館に提示したとき、彼は芸術を芸術たらしめるものが何であるかをあらためて問うたのだが、それはまさにカントが提起したポイントの一つであった。すなわち、物をそれに対する日常的諸関心を括弧に入れて見ること。もう一つのポイントは、美的判断には普遍性が要求されるにもかかわらずそれがありえないということ、われわれが普遍的と見なすものは歴史的に形成された「共通感覚」にもとづいているということである。</p>
<p>前掲『トランスクリティーク』、172-3頁。</p>
</blockquote>
<p>トイレが美術館に作品として提示されていることが、トイレを美的に、つまり芸術として《構成する》、というのである。要するに、芸術は、ひとがそれを「芸術」としてみる認識にかかっている。たんに既製品であるトイレが、美術館に飾られているということ、それがトイレを芸術作品として見せてしまうのだ、ということらしい。だが、本当に、そのことだけが、『泉』を芸術作品にしているだろうか。この説明であれば、別にそれがトイレである必要はなかったことになる。ティッシュでもディスプレイでも、いわゆる美術品とは見えないものであれば、何でもよいのだから。だが、そのカント的な見かたは、デュシャンの『泉』の評価として不十分である。それだけでなく、結果として、この芸術論の射程の浅さをも示してはいまいか。</p>
<p>デュシャンの『泉』からわれわれが受ける印象の強さは、たんに日常的に使用される既製品が美的に隔離される、ということだけに存していない。どう考えても、《ほかならぬトイレである》という点から発生している。この倫理的・自然的必然性が、デュシャンの『泉』を芸術作品にしていると考えるほうが、わたしには説得的に思える。柄谷の用語でいうなら、美術館に置かれている、という事態によって発生する美的関心のみならず、普段の生活で、ひとがあるやり方で使用する「トイレ」であるという日常的諸関心も含めて、芸術として成立しているのである。はたして、既製品であればなんでもよい、というようなコンセプチュアルな「批評」的論理だけで芸術が成立するものなのだろうか（実際、柄谷のような論理で、今日では「芸術」が大量生産されているのだが）。私見によるなら、デュシャンの『泉』がかろうじて芸術作品として成立しているのは、人の手に塗れたこの既製品が、にもかかわらず、トイレであるという点によって、もっとも《自然》な領域に接続しているからである。たとえば絵画という人間的なものが、にもかかわらず《自然》の一端にじかに触れることによって、芸術作品になるように。繰り返せば、トイレは、人工物であるにもかかわらず、言葉の真の意味で、《自然》と接触するのである（この作品は、ある点において田山花袋の『蒲団』と肩を並べるものだろう）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>一方には、美が、客観的な実在として存在する、という芸術家（１）がいる。また、他方には、美は主観的な精神として存在する、という芸術家（２）もいる。カントは、その両者のあいだで思考した。といっても、カントは、ヘーゲルのように両者を折衷した（３）のではない。ただ、条件に応じてどちらをも批判した（４）。&#8230;&#8230;</p>
<p>そもそも、美が客観的実在であるなどといっている芸術家も、徹頭徹尾主観的なものだといっている芸術家も、わたしには探すのが困難である。具体的に誰のことを言っているのかはっきりしない。だが、こうした意見が（特に分類好きの批評家や芸術史家のなかで）あるのはわかる。哲学史的にいえば、一方はヒュームであり、他方はデカルトであろう。そしてヘーゲル的にそれらを弁証法的に折衷したわけではなく、両者を臨機応変に批判したカントが、賞賛される。あるときには美的な関心を括弧に入れて、道徳的な関心から法的に「審判」し、またあるときには、道徳的な関心を括弧に入れて、美的な関心から芸術的に「批評」する。これをトランスクリティークという。こうした関心と括弧と判断の外側には、《自然》の世界が広がっている。だが、それはわれわれには不可知の、《物自体》の世界である。こうした態度変更を促すのは、この《物自体》をなんらかの形で（つまり「仮象」として）表象させる、感官（感性）と接続した想像力である、というのだが、とはいえ、われわれの感官は、《物自体》とは隔離されている、ともいう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷の意見がまちがっているとはいわない。そもそも、議論としてはあまりに不十分であるから。ただし、彼は、そしてもし彼の意見がカントから出ているのだとすれば、二人とも、「芸術」という用語を使いながら、ただの一度も芸術については論じていないと、わたしは思う（ただし、わたしはカントを柄谷のようには読まない）。大学という括弧のなかでだけ通用する、おしゃべりであるように聞こえる。</p>
<p>かりに芸術の世界では人殺しが許されているとして（美的括弧のなかの世界）、また《現実》には人殺しは許されていない（美的括弧を取り除いた道徳的括弧の世界）として、ならばいったい、芸術は、《現実》にはなにを行なっているのだろうか。芸術が《実践》することなく実践している非現実的認識論の世界は、いったいどこに《ある》のだろうか。そもそも、芸術家は、殺しているようにみせかけているだけで、《現実》にはなにも行なっていないのだろうか。芸術は、「まやかし」の世界にだけ棲息しているのだろうか。</p>
<p>そんなはずはない。なぜなら、芸術作品は、誰がなんと言おうと、《現実》に生産されているからだ。われわれをときに涙させ、ときに笑わせ、そしてときに声も出ないほどに感嘆させる、ちゃんとした実感と重み（たとえ粒子のように軽いものであったとしても）をともなった物質として、この世に存在している／していたからだ。それらが、嘘であるとは、どうしても思えない。『イリアス』がこの世に生まれ出でて以来、この作品がホメロスの認識のなかにだけあったことなど、ただの一度もない。坪内逍遥は、シェークスピアの『マクベス』を、《自然（「造化」）》であると言った<sup><a href="#n03" name="p03">(3)</a></sup>。シェークスピアは存在せず、ただ、雨に濡れる森の木々や、湖に小波をつくる風と同じように、『マクベス』が存在するのだ、と言った。それで正しい。彼はちゃんと芸術について論じている。芸術は、古代からいままで、ずっと、認識の側にではなく、自然の側にあったからである。風が木々を揺らすのとまったく同じように、よい音楽は、ひとを踊りに誘う。隣人の死がひとを涙に暮れさせるのとまったく同じように、よい文学はひとを涙へと誘う。それらは、けっして、嘘ではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷のカント読解に、批判的に即して言えば、こうだ。美は客観的な実在としてある、という定義と、主観的な精神としてある、という定義は、この定義が主張しようとしている内容に限定してその前提を問わないでおけば、《現実的に同時に成立する》。つまり態度や関心に応じた選択の問題ではなく、どちらともが真であるか、どちらともが偽であるか、というパターンしか存在しない（アンチノミーはすべてそうであるし、またそうでなければ、《ヒュームとデカルトの両者がともに実在であったことが説明できなくなる》）。主観的であろうが客観的であろうが、美は、存在するかしないか、のいずれしかありえないからだ（そして、その場合、美を論じている以上、美は存在する、という、両者ともに肯定する立場しか取りようがない）。美はわたしの頭のなかだけにあって、客観的にはない、といっても、まったく無駄である。それはないのと同じなのだ。美が客観的にあるならば、主観的にもあるし、主観的にないのならば、客観的にもない、ということにしかならない。どちらか一方だけが正しいというパターンは、じつは《実践的には》存在せず、したがって、すくなくとも芸術に関するかぎり、最終的には両者とも否定することで閉じるトランスクリティークは実践不能である。美を奪い合っている主観と客観の両者は、弁証法的に統合されるより以前に最初からひとつであり、また、時と場合に応じてどちらかを批判するもなにも、その分割がそもそも成立しない多様体である。客観的な肉体と主観的な精神という言い方があるとしても、肉体と精神とが別々であったためしなど、ただの一度もない。つまり、精神とは、通例の肉体とは認識論的に区別されるとしても、別種の連続する同じ身体の謂いなのである。いずれにしても、分割を証明しえぬ「アンチノミー」を根拠に議論をしても、仕方がない。《美が客観的な実在なのか、それとも主観的な精神なのか、そんなことは、芸術の実践においては、どうでもいい》。主観的か、客観的かを区別しながら美を作り出せるような芸術家は、存在しない。彼らは、主客の別とは無関係に、たんに、美と信じるものを作り出しているだけである。要するに、本当に芸術を論じたいのであれば、われわれは、そんなカント読解から、もう一歩進んで――あるいは後ろ向きに跳躍して――もっとシンプルな、それでいてケイオティックなゼロに戻らねばならない。</p>
<p>真の芸術空間は、ここにある。現実を変える力を持った最良の芸術家も、やはり同じく現実を変える力を持った最悪の芸術家も、ここにいる。アリストンにしたがうならば、そうでない、中間の、現実とは隔離された認識論的似非芸術家など、どうして芸術として論じる必要があるのだろうか。美は主観的なものなのか、それとも客観的なものなのか。どちらであろうと、最良でも最悪でもありはしない。そんなことは、どうでもいい問題なのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷はいう。</p>
<blockquote><p>&#8230;彼〔カント〕は一方で、芸術性が客観的な対象にあることを疑い、他方でそれが主観性（感情）にあることを疑っている。彼がもたらす主観性は、むしろこの疑いにあり、それはたえず規範化される芸術を、芸術を芸術たらしめる原初の場にもどすのだ。カントが認めないのは、美的領域が、客観的であれ主観的であれ、それ自体で存在するという考えである。</p>
<p>前掲『トランスクリティーク』、173頁。</p>
</blockquote>
<p>特定の美を否定したとしても、それは「原初」ではない。たんに別の括弧のなかに隠遁しただけである。たしかに、美が主観的に存在すると語ることも、美が客観的実在であると語ることも、いずれも、美がそれ自体で独立に存在すると主張する、独断論であるにはちがいない。だが、それらをたんに折衷したり、批判したりしているだけでは、それは結局、懐疑論、またの名「判断保留者」の言であることを越えられない。わたしは、判断保留者よりも、独断論者の方を推す。たんに世界を懐疑してそこにとどまっていたデカルトよりも、ただの数値を幾何と信じたデカルトを推す。そしてヒュームは懐疑論者ではない。あらゆる経験を肯定するために、それを否定しようとする&#8220;主体&#8221;を《屈折》とみなしただけである。</p>
<p>かつて、ソクラテスは、自身を、「産婆」であると語った。ひとびとが生み出す赤子＝作品、それは、《自然》において、すべて肯定される。ひとが作り出すにもかかわらず、赤子は《自然》の世界にある。それは、ひとつの芸術作品と同然であり、また逆に芸術作品は、赤子同然でなければならない。それは、独断論（自説を主張すること）であると同時に、独断論ではない。なぜなら、この地点において、良きにつけ悪しきにつけ、世界は不可避的な変化を被るからだ。世界が変化する以上、それは、たんなる独断でも、判断保留でもない。ソクラテスは、この地点ではじめて、倫理を語った。人間はいかに行動すべきなのか、と。それは、徹頭徹尾、懐疑論者が付与した括弧の外側である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>最悪のものを自ら選ぶ人間などいない。むしろ、最悪のもの、それは選ぶのではなく、選んでしまうものである。結局のところ、客観的実在であろうと主観的精神であろうと、自らどちらをこれと選ぶわけでもなく選べているあいだは、最良のものとも最悪のものとも無縁に、ただ中間のものを選ぶことなく選んでいるにすぎない（そして媒介的に最悪のものへと進んでいく）。そんな、ありとあらゆる《中間のもの》を遠ざける実践こそが、芸術であり、それは、《中間のもの》を選ぶことなく選んでいればいい、括弧つきの「大学」や「政治」の世界とは異なる、徹頭徹尾《実践》そのものであるような、本当の世界の実践なのである。</p>
<p>認識論者がどのように括弧を張り巡らせようと、人殺しが常態であるような世界を描いた作品ばかりを子供が読んでいれば（そしてそれが芸術の一端に触れていれば）、子供は本当に人を殺すようになる。子供のころから聴いていた音楽のために、身体はそのリズムに即して本当に形成されてしまう（だから子供はケージとグールドを両方聴かねばならない）。それを、例外的な、保持すべき認識論の境界を逸脱した現実界の侵犯、括弧からの水漏れとみなして非難すべきなのだろうか。そうではない。現実にそれが起こっている以上、非難の論拠はすでに破綻しているのである。大学的知性がつくる括弧は、多様な可能性に満ちた水流の変化を、排除すべき水漏れとみなし、なおかつそれを黙殺させるという、二重に性質の悪い役目しか果たしはしない。だが、芸術は、実際には現実の世界で、すなわち身体的に《作動している》のだ。</p>
<p>芸術がそこにすべてを賭けている《表現の自由》は、そういう《現実》の世界においてこそ、発揮されなければならない、とわたしは思う。そして、おそらく、真の芸術家による美と善の倫理的共鳴は、そんな真の世界でだけ、実現してきた。芸術が、《人を殺すなかれ》という命令を聞くのは、この場所なのだ。現実には、つねに作動しているそれを、いかに《意志する》か。真や善や美が本当の意味で、つまりニーチェ的に問われるのは、暗黙のカント主義者が作りあげた括弧をかなぐり捨てた場所、すなわち括弧などおかまいなしに浸入する《自然》の世界だけだったと、わたしは確信する<sup><a href="#n04" name="p04">(4)</a></sup>。</p>
<p>&#160;</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01" name="n01">(1)</a> ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』第7巻第2章。岩波文庫では「キオスの人で禿頭のアリストンは、&#8230;徳と悪徳との中間にあるものに対しては無関心な態度で生きることが（人生の）目的（テロス）であると主張したのであった」（330頁）。ディオゲネスによると、「セイレーン」と呼ばれるほど美声の持ち主だったアリストンは、しかし禿頭だったため、太陽に頭を焼かれて死んだという。 ディオゲネスは彼を揶揄してこういう詩を拵えている。「いったいなぜ、アリストンよ、あなたは年を老い、頭は禿げているのに、額を太陽に焼かせるようなことをしたのか。だからこそ、あなたは、必要以上に暖かいものを求めながら、心ならずも、ハデスという、ほんとうに冷たいものを見つけてしまったのだ」。 </li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> 一般にロマン主義の代表格とみなされていた泉鏡花は、ロマン主義を「芸術の為の芸術」であるとする自然主義からの批判について、まず「私は自然主義でも何でも関はぬ。作をする時に何主義に依つて描かうと思つた事は無い」と断ったうえで、「要は好く描けさえすれば好い、自分の芸術的良心に恥ぢない作を示せば好いのだ」と言っている。また、こうも言っている。「肉の力を一に対して、美の力を九としても、それでも人を動かす力は、美の力が肉の力に及ばぬ」。しかし、彼は美に十倍する肉に対して、美によって戦いを挑むというのである。要するに、作品の優劣とは、「人を動かす力」によって決まるのであり、彼のいう「芸術的良心」がこの「力」に結びついている以上、「芸術の為の芸術」は成立しない、ということになる。「ロマンチツクと自然主義」1908年4月。&#160; </li>
<li class="note"><a href="#p03" name="n03">(3)</a> 坪内逍遥「『マクベス評釈』の緒言」『早稲田文学』1891年10月。「予がシェークスピヤの作を甚だ自然に似たりといふは、彼れが描ける事件、人物が、実際のに同じとにはあらず。彼れが作は読む者の心々にて、如何やうにも解釈せらるゝことの酷だ造化に肖たるをいふなり」。なお、柄谷行人はこれを「テクスト・クリティーク」だと言っている（『日本近代文学の起源』岩波書店）。この議論は、たとえばデリダとフーコーという二人のポストモダニストの差異を論じるほどに込み入るため、紙幅の都合上ここでは深く言及しないが、すくなくとも逍遥は一言も『マクベス』をテクストだとは言っていない以上（また、テクストが許す自由な解釈（「評釈」）の可能性を、結局は後段で排除している以上）、わざわざ「テクスト・クリティーク」と呼ぶ根拠はきわめて薄い。ここは、たんに『マクベス』＝「自然」＝「造化（非人称の生成）」と言っていると取るべきである。 </li>
<li class="note"><a href="#p04" name="n04">(4)</a> 鏡花は、「小説に用ふる天然」（『国民新聞』1909年1月）において、「小説を作る上では――如何しても天然を用ゐぬ譯には行かないやうですね」といっている。その一方で、同じ『国民新聞』において、夏目漱石は同じ主題でこのように言っている。「天然を小説の背景に用ふるのは、作者の心持ち、手心一つでせう。&#8230;其の時と、場合と、事柄とを考へて、適宜に用ふるの他はありますまい」。「天然〔＝自然〕」について、小説がどうしてもそこから逃れられぬもの、とする鏡花と、小説にとっては選択の問題にすぎぬという漱石、こうした二人の自然認識の差異を、今日の数多の文芸批評家がみているとは思えない。&#8230;&#8230; </li>
</ul>
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		<title>正しさと美しさ</title>
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		<pubDate>Mon, 28 May 2007 07:31:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[idea]]></category>
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		<description><![CDATA[かつて、プラトンを批判すれば、なにがしかのものを言ったことになった時代があった。プラトンのようなイデア論を批判すれば、それだけで、形而上学を哂う悦ばしき唯物論になりえたのだ。たとえば、柄谷行人の『隠喩としての建築』という [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>かつて、プラトンを批判すれば、なにがしかのものを言ったことになった時代があった。プラトンのようなイデア論を批判すれば、それだけで、形而上学を哂う悦ばしき唯物論になりえたのだ。たとえば、柄谷行人の『隠喩としての建築』という美しい書物がある。この書物に難癖をつける余地があるとすれば、プラトン批判という点で、《時代的》である点だ。つまり、彼自身が自覚しているように、その点で、けっして《反‐時代的》というわけではなかった、ということだ。</p>
<p>しかし、今日、わたしたちは、プラトンのイデア論に、むしろ好ましい響きを聞くようになった。伝統や習慣の上で居直る経験論を逃れると同時に、テクストがつくる形而上学をも逃れる唯物論として、である。イデアとは、おそらく、徹底した、《外》への意志――ときにはそれを《内》にさえ求めるような、そうした強い意志なのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>プラトンの時代――それは、正しさと美しさとが、極端に乖離していた時代である。たとえば『ゴルギアス』に現われたソクラテスとポロスとの対話をみてみよう。</p>
<blockquote><p><span style="font-weight:bold;">ソクラテス</span>　それでは君は、正しいことは、それが正しいことであるかぎり、そのすべてが必ずしも美しいことではない、というふうに言うことができるかね。それで、よく考えた上で、答えることにしてくれ。</p>
<p><span style="font-weight:bold;">ポロス</span>　いや、考えるまでもなく、それはすべて美しいことだと思います、ソクラテス。</p>
<p>〔略〕</p>
<p><span style="font-weight:bold;">ソクラテス</span>　では、君がその悪い状態と呼ぶものは、不正とか、無学とか、臆病とか、その他そういったもののことではないのか。</p>
<p><span style="font-weight:bold;">ポロス</span>　まったくです。</p>
<p><span style="font-weight:bold;">ソクラテス</span>　それなら、財産と、身体と、魂との――それらは三つなのだから――三つの悪い状態、つまり、貧乏と、病気と、不正とを、君はあげたことになるのではないか。</p>
<p><span style="font-weight:bold;">ポロス</span>　そうです。</p>
<p><span style="font-weight:bold;">ソクラテス</span>　では、それら三つの悪い状態のなかでは、どれが一番醜いのだろうか。不正や、そして要するに魂の劣悪さが、そうではないのか。</p>
<p><span style="font-weight:bold;">ポロス</span>　それは大いに、そうです。</p>
<p><span style="font-weight:bold;">ソクラテス</span>　それでは、一番醜いのなら、また一番悪いのだね。<br />
（プラトン『ゴルギアス』、加来彰俊訳、岩波文庫）</p></blockquote>
<p>ここにあるのは、正しさと美しさとを、その論理の出発点および終結において、一致させようとする、ソクラテスのたえざる努力である。このような彼の努力は、むしろ当時の言説空間において、いかに正しさと美しさとが乖離していたかを雄弁に物語っている。わたしたちは、『ゴルギアス』にかぎらず、すべてのプラトンの対話編を読むたびに、この対話のみちびく論理以上に、正しさと美しさとは、必ず一致するのだ、というソクラテスの強い確信の声を聴き取るだろう。おそらく、ポロスは、若者を惑わせるソクラテスの論理的な誘導に従って、ほとんど強引に肯かされているだけだ。ポロスは、ソクラテスの確信を理解しているわけではないのだ。そして、詳細に読めばわかるが、ソクラテスのここでの論証には、明白な限界がある。正しさと美しさとは一致しないと言い張るポロスの方に、むしろ分があるのだ。わたしたちが歴史を振り返るとき、それはただちに明らかとなる。わたしたちの歴史は、いつだって、正しさと美しさが一致しないという、そうした事態を論証するための長い長い道のりだったように思えるからだ（もちろん、例外はいくらでも見つかるだろうが、それはこのテーゼが必要とする根拠を与えない。あくまで例外なのだ）。</p>
<p>結局、このソクラテスの確信は、彼がダイモンから聴き取った寡黙な声であり、ひとつの狂気なのである。正しさと美しさとは、必ず一致する……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷行人は、次のように言っている。</p>
<blockquote><p>さらに注目すべきことは、一八世紀後半のヨーロッパに、アンダーソンがいうような「想像された共同体」が形成されただけではなく、まさに「想像力」そのものが特殊な意義をおびて出現したということです。ネーションが成立するのと、哲学史において想像力が、感性と悟性（知性）を媒介するような地位におかれるのとは同じ時期です。それまでの哲学史において、感性はいつも知性の下位におかれていましたが、想像力も、知覚の擬似的な再現能力、あるいは恣意的な空想能力として低く見られていました。ところが、この時期はじめて、カントが想像力を、感性と知性を媒介するもの、あるいは知性を先取りする創造的能力として見いだしたのです。（柄谷行人『世界共和国へ』岩波新書、P.167）</p></blockquote>
<p>しかし、わたしたちは、むしろ次のように考えるべきだ。ネーションを形成するのは、想像力だけではなくて、記憶力もそうなのだ、と。ネーションにおいて、歴史がとりわけ大きな要素を占めていることからも理解できるように、想像力だけでネーションが構成されることはありえない（もはやfancyとimaginationを区別することにはあまり意味はない）。また、感性と悟性とを総合するのは、想像力だけなのではなくて、記憶力もまたそうなのである<sup><a name="p1" href="#n1">(1)</a></sup>。ただし、次のように考えることはできる。想像力と記憶力とはもともと区別できないし、ネーションの形成は必ずこの両者を原因としてもっている、しかしにもかかわらず、ここで想像力だけが取り上げられ、記憶力だけが取り残されたことによって語られてきたのが、近代特有の「ネーション」である、と。つまり、両者を分割して思考するために、どちらか一方を批判すれば、他方が現われるという悪循環に陥ってしまう、こうした思考の産物こそが、「ネーション」だというのなら、それは間違いではない。「ネーション」が想像力の産物であるがゆえに、わたしたちは、もっと巨大な害悪をのさばらせる結果に陥ってしまったのである。</p>
<p>たとえば、柄谷は次のように言う。「ネーションの感情が形成されるのと、想像力の地位が高まるのとは、歴史的に平行した事態です」（同前167ページ）。だが、わたしならこういいなおす。《ネーションの感情が形成され、それにあわせて想像力の地位が高まると同時に、その裏で、歴史的な思考の地位もまた高まったのである》と。柄谷のように言ってしまうかぎり、歴史が批判の対象から取り残されてしまうからだ。こうした思考によっては、実際に柄谷自身が言っているように、ヘーゲルの哲学を乗り越えるのは容易ではなくなってしまうだろう。彼の言う「ボロメオの環」という偽の構造物が形成されてしまうからだ。結局のところ、柄谷にしても、「ネーションが想像物でしかないということが〔ヘーゲルにおいて〕忘れられている。だからまた、こうした環が揚棄される可能性があるということがまったく見えなくなっている」（P.178）という不毛な批判に終始しているようにみえる。そもそも、こうした批判こそが、ボロメオの環を作っていることを忘れてしまったのだろうか？　わたしは柄谷に聞きたい。ネーションは想像力によって構築された、だが、ネーションは想像力の産物でしかない、という議論は、ヘーゲルの弁証法、ボロメオの環そのものではないのか。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、本来は不可能であるはずの、想像力と記憶力の分割によって誕生するのが、近代特有の《美学》である。こうした美学は、次のような不可能な概念を可能にしてしまう。《不正であり、なおかつ美しいもの（すなわち、悟性は拒絶するにもかかわらず、感性的には受け容れているような、純然たる想像力の産物）》、そして《正しく、なおかつ醜いもの（すなわち、悟性によって肯定的に見られはするが、感性はこれを拒絶する、という純然たる記憶力の産物）》、である。このような事態は、ギリシアのそれとはまったく異なる。ギリシア時代のそれらが、乖離しているといっても論理の上では同一化可能な前提として、ソクラテスのみならずポロスにも共有されていたことを思えば、それは明らかだろう。むしろ、近代のそれらは、分割されているという暗黙の了解によって成立している。</p>
<p>兵器は美しいだろうか。戦闘員だけでなく、無辜の市民までも殺戮する近代兵器は、美しいだろうか（かつてのあの美しい剣は、その美しさと引き換えに、殺傷能力を失ったものだった）。ホロコーストに手を貸すという醜悪きわまる行いに身を任せながら、なおかつ、正しいということはあるのだろうか。特攻隊員となり、敵の軍艦もろとも華と散ることは、本当に美しいのだろうか。クラスター爆弾で市民を巻き添えにしながら、国家が命脈を保つことは、美しいのだろうか。無辜の市民の死によって守られるような、そうした国は、本当に美しい国なのだろうか。近代人は、この問いに答える術を知らない。というよりは、美しいというよりほかないのである。こうして守られてきたのが、ネーションであり、こうして破壊されてきたのが、地球環境である。</p>
<p>歴史は、死の記録である。とりわけ、戦争による殺戮についての、美しい記録である。歴史は、こうして次のような概念を可能にする。醜く、そしてなおかつ正しいもの、である。歴史とは、本当は、醜い者たちの勝利の歴史だからである。彼ら醜い者たちはしかし、こう語ってしまう自分の口を押さえることができないでいる――わたしたちの国は、なんと美しいことか！　ましてや、この美しい国のために死ねるなんて、なんて正しいことなんだ……！</p>
<p>これを「巨大な害悪」といわずしてなんといおう？　これらは本来、すべて、醜く、そして不正である。だが、にもかかわらず、美しいということ、また正しいということが生じえてしまう。ソクラテスがもっとも嫌ったのが、醜いものを正しきものに仕立て上げてしまう、こうした不毛な雄弁なのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、プラトンの価値は、このうえなく高まっているようにみえる。すでにミシェル・フーコーが、そしてジル・ドゥルーズが、（微妙な差異はあれ）そのことを語っていた。そしてなにより、あのニーチェが、ソクラテスと向き合うことで、そのことについて語っていたことを、わたしたちは知っている。結局、近代において、そのことに気づいていたのは、この三人だけなのだとさえ思う。彼らは、世界を変えるために、わたしたちにもできることがある、と、そう言っていた。それは、とても簡単で、しかしむずかしいことだ。少しだけ利点があるとすれば、それは、誰にでも、そして今すぐにでも可能だということかもしれない。すなわち、記憶力と想像力とを、同時に用いるようにすること、ただそれだけである。そうすることで、わたしたちは、少しずつ、美しさと正しさとが合致する日を、わたしたちの近くに招き寄せることができるのだ。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a name="n1" href="#p1">(1)</a> わたしはここでカントを批判していない。そこで、「想像力」という訳語に問題があるという観点は、カントのためにも、もっともな問題提起である。「想像力imagination」を、記憶力も含める形で、たんに表象喚起力とすればどうか。この場合、《感性と悟性とを総合するのは表象喚起力である》、という言い方は不可能ではない。しかし今度は逆に、柄谷のような言い方ができなくなる。「カントの考えでは、感性と悟性は、想像力によって総合されます。しかし、いいかえると、それは、感性と悟性は想像的にしか総合されないということです」（P.173）。この文章はほとんど意味をなしていないし、もっと悪いことには誤解を与えるものである。表象喚起力を取り払えば総合が不可能になるかのように解釈できるからである。こうした見方はあまりにロマン派に寄りすぎている。人間の認識が感性と悟性とに分割されるのは、そもそもこの《表象喚起力》による（感性の側からみれば、それは狭義の想像力に、悟性の側からみれば、それは狭義の記憶力となる）。《表象喚起力》は、ある意味では最初から、総合を可能にすると同時に不可能にする楔なのである。したがって、「ボロメオの環」はつねに‐すでに半分破綻しているのである。肝心なことは、感性と悟性という二つの認識は、表象喚起力の存在を前提にしているのであって、逆ではないことである。感性や悟性は《表象喚起力》のもたらす効果にすぎない（柄谷の書き方は、その他大勢のカント主義者同様、そこを誤解しているようにしか感じられない）。だからこそ、カントは、『純粋理性批判』において、「人間的認識の二つの幹、感性と悟性」は「おそらく共通の、しかし、われわれには知られていない一つの根から生じているのであろう」と言わねばならなかったのである。この「われわれには知られていない一つの根」についての刺激的な考察がなされたのが、かの『判断力批判』である。ところで、この「根」については、すでにプラトンが「イデア」と呼んで考察しているし、後のストア哲学者クリュシッポスがこれを《出来事》と呼んで先鋭化させている。二〇世紀には、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリが「根」を《リゾーム》に置き換え拡張している。</li>
</ul>
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		<title>回転せるプラトン――柄谷行人『隠喩としての建築』</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Feb 2004 02:21:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[この、きわめて刺激的な書物について、一言、しておく――もちろん、自らの力量の不足などは省みず。すなわち、柄谷行人による、『隠喩としての建築』（岩波書店『定本柄谷行人集』第二巻収録）である。 この書物は、元来、一九八〇年代 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この、きわめて刺激的な書物について、一言、しておく――もちろん、自らの力量の不足などは省みず。すなわち、柄谷行人による、『隠喩としての建築』（岩波書店『定本柄谷行人集』第二巻収録）である。</p>
<p>この書物は、元来、一九八〇年代の初めに出て（その後作者の意志で絶版、おそらくその原型は『内省と遡行』に見ることができるはずである）、一九九二年にArchitecture as a metaphorとして英訳されたものに大幅に加筆され“定本”として再販されたものである。おおよその構成を記しておくなら、本書は、三部構成をとる。第一部は「制作making」であり、第二部は「生成becoming」、第三部は「教えることと売ることteaching &#038; selling」である。基本的にこの書物は、「制作」の視座を、ゲーデルの不完全性定理によって極限まで形式化し、「生成」の視座を見出すも、それが、「制作」の残余としてしか見出されえないものであることを指摘し、またそれらを、俯瞰的な立場からヘーゲル的な弁証法によって統合する立場を取ることなく揚棄し、一挙に――まさに跳躍的に――、「教えることと売ること」という、きわめてセキュラー（世俗的）な場所に降りることによって、ウィトゲンシュタインの「外国人」あるいは、カントの「物自体」として、「他者」の存在を語る、という流れを描く。この書物において重要な役割を果たすのは、その批判対象となっているプラトンであることは明白である。加筆箇所のうちでおそらくは大部を占めるであろう、プラトンへの言及箇所が、わたしを刺激して止まなかったのである。この書物にあるのは、私見によれば、真のプラトニズム――おそらく、それは、プラトンを真の意味で批判することでしか得られないもの――である。</p>
<p>近代以降、プラトンは、つねに批判の対象であり――その代表者にニーチェをあげることは衆目の一致するところだろう――、その姿勢は柄谷にも引き継がれている。しかし、筆者は、そうしたアンチ・プラトン的な視座を一切とらない。たとえば、柄谷が、“隠喩としての建築”を称揚した者としてプラトンを語るとき、われわれは、すぐさま『国家』におけるアデイマントスのソクラテスに対する言葉を想起するはずだ。《「けだし」と彼は言った、「比喩を通じて語ることには、不馴れなあなたですのにね！」（『国家』（下）藤沢令夫訳、岩波書店、27ページ）》。</p>
<p>プラトンの哲学とはいかなるものか。かいつまんで説明しておこう、ドゥルーズが言ったように、プラトンが重視した《対話（弁証法）》は「問題」的なものであり、他方の《イデア》は、数学的なもの、いわば「問題（問い）」に対する「解（答え）」にあたるものである。プラトンは有名な洞窟の比喩によって《イデア》を語ったが、けっしてそこで終ったわけではない（下の引用の「ぼく」はソクラテスである）。</p>
<blockquote><p>
（ソクラテス）「彼らが上昇して〈善〉［のイデア］をじゅうぶんに見たのちは、彼らに対して、現在許されているようなことをけっして許さないということ」<br />
（グラウコン）「どのようなことを許さないと言われるのですか？」<br />
「そのまま上方に留まることをだ」とぼくは言った、「そして、もう一度前の囚人仲間のところへ降りて来ようとせず、彼らとともにその苦労と名誉を――それがつまらぬものであれ、ましなものであれ――分かち合おうとはしないということをだ」（『国家』（下）、107ページ）
</p></blockquote>
<p>〈善〉の《イデア》に至るために必要な学問として、幾何学や音楽、天文学も含めて諸々の数学（《イデア》）をあげた後、それらすべてを「前奏曲」にすぎないとして、次のように語っている箇所も、ほぼ同じことを語っている部分として引けるだろう。</p>
<blockquote><p>
「それでは、グラウコンよ」とぼくは言った、「いまやようやく、ここに本曲そのものが登場することになるのだ。この本曲を演奏するのは、哲学的な対話・問答にほかならない。それは思惟によって知られるものであるけれども、比喩的にこれを再現しようと思えば、先に述べた視覚の機能に比せられてよいだろう。すなわち、すでにして実物としての動物のほうへ、天空の星々のほうへ、そして最後には太陽そのもののほうへと、目を向けようとつとめるわれわれが語った、あの段階がそれである。ちょうどそれと同じように、ひとが哲学的な対話・問答によって、いかなる感覚にも頼ることなく、ただ言論を用いて、まさにそれぞれであるところのものへと前進しようとつとめ、最後にまさに〈善〉であるところのものそれ自体を、知性的思惟のはたらきだけによって直接把握するまで退転することがないならば、そのときひとは、思惟される世界の究極に至ることになる。それは、先の場合にわれわれの比喩で語られた人が、目に見える世界の究極に至るのと対応するわけだ」<br />
「ええ、まったくそのとおりです」と彼は言った。<br />
「ではどうかね、このような行程を、君は哲学的問答法（ディアレクティケー）と呼ばないだろうか？」（『国家』下、141-2ページ）
</p></blockquote>
<p>こうしてソクラテスは、《イデア》の上位に《対話（弁証法）》を置くことになる。だが、こうした《対話（弁証法）》を、最終的な相互理解が予定された、すなわちヘーゲル的な弁証法的合一と混同することは、大いなる誤りであると言わねばならない。なぜなら、弁証法のはてに理想を置くヘーゲルとは、順路がまったく逆だからである（むしろ、ヘーゲルの弁証法を逆立ちしていると非難したマルクスに対応している）。たしかに、柄谷行人が言うように、プラトンの語る《対話（弁証法）》が、ヘーゲル的な弁証法と同じであるならば、次のように語ることもできただろう。「プラトンの対話は、対話として書かれているだけであって、基本的にモノローグなのである」（150ページ）。だが、少なくとも言えることは、ソクラテスと会話を交わす者たちは、例外なく、“イエス”と肯いて別のことをする者たちでしかないのである。たとえばグラウコンは、「そのとおりです」と語った舌の根の乾かぬうちに、こう言うのだ。</p>
<blockquote><p>
「さあ、それでは話してください。哲学的な対話・問答がはたす機能とは、どのような性格のものなのでしょうか。それはいったい、どのような種類に分かれているのでしょうか。またそれが踏むべき道には、どのようなものがあるのでしょうか。――というのは、どうやらそれらの道こそはすでに、かの目標そのものへと通じる道なのであって、そこへ到着したならば、いわば、歩みを止めてひと息つける旅路の終点となるもののようですからね」（『国家』下、143-4ページ）
</p></blockquote>
<p>はっきり言えば、グラウコンのこの発言は、いままで頷いてきたにもかかわらず、ソクラテスの言うことをなにも理解していないに等しいことを暴露するものである。プラトンの対話篇すべてに言えることだが、ソクラテスの対話相手は、つねに、ソクラテスの発言にそのつど現れる論理に従って、イエスと肯いているだけなのであって、ソクラテスが“言外に――別の言い方をすれば、比喩としてではなく、善きパロールとして――言おうとしていること”については、ほとんどの場合、耳を閉ざしているのである。さらに引用をつづけよう。</p>
<blockquote><p>
「親愛なるグラウコン」とぼくは言った、「これ以上ついてくることは、君にはできないかもしれないね。といって、ぼくのほうにその熱意がないというようなことは、全然ないのだが。それにまた、君に示されるのは、もはやこれまでのように、われわれの言おうとする事柄の似象（比喩）ではなくて、直接真実そのものとなるだろう――少なくとも、ぼくにあらわれたかぎりでのね。ぼくがその真実をほんとうに正しく見ているかどうかということまで、確言することはできないが、しかし何かそのようなものを見なければならぬということだけは、つよく主張してしかるべきだ。そうだろう？」<br />
「ええ、たしかに」（『国家』下、144ページ）
</p></blockquote>
<p>この「ええ、たしかに」も、流れから言って、ソクラテスが言うことを真に理解したうえでの言葉とは到底思えない。ソクラテスは、「ぼくにあらわれたかぎりでの」という言葉で、謙遜しているわけでもなければ、「ぼくにあらわれたかぎりで」しかない真実を、真実としてしまう、矛盾に満ちた答え方をしているのでもない。むしろ、逆に、きわめて厳密に語っている、というほかない。すなわち、《対話（弁証法）》とは、いま、ソクラテスとグラウコンのあいだで《作られている》、自分の会話が正確には理解されない現実の対話そのものだからである。だから、ソクラテスの言葉であるかぎりにおいて、それは、ソクラテスの言葉でしかないとしても、《対話（弁証法）》の上で交わされた言葉という、比喩ではない、真実なのである。</p>
<p>柄谷行人が規則を共有しない他者の例としてなにをあげているかを見てみよう。たとえば、グレゴリー・ベイトソンが分裂病の症例としてあげる患者や、ポール・ド・マンがあげる夫婦は、言葉を受け取りながら、別の行為で（応答も含めて）それに応えるものであり、ウィトゲンシュタインのあげる外国人の例もまた、「石版をもってこい！」に対して、「自分の言語では何か「建材」といった語に相当するらしい、と考えるかもしれない」外国人なのであって、けっして、“ＮＯ”や“わからない”で応える者ではない。つまり、暗黙に、彼らは相手の言葉を少なくとも成立した命題として受け取っているのである。要するに、“イエス”や、“わかりました”で応える者こそが、他者なのである（教師や生徒をやったことがあるひとならわかるだろうが、たいてい、生徒はわからなくても“わかりました”、と言うものだ）。</p>
<p>さらに言えば、柄谷が数学的な形式化の彼岸に見出した「他者」は、教えることによってはじめて生じる「他者」であるが、プラトンの著作が、まさに、歴史的に言って、彼が《哲学者＝王》としてシラクサで失敗した後に創設したアカデメイアのテクストとして作られたものであり、そして全編が、結局のところ、教えることについて書かれたものなのである。数学によって極限まで形式化され、磨き上げられた《イデア》は、しかし、仮設に過ぎない。プラトンは言う。《哲学的問答法の探求の行程だけが、そうした仮設をつぎつぎと破棄しながら、始原（第一原理）そのものに至り、それによって自分を完全に確実なものとする、という行き方をするのだ（146ページ）》。したがって、たしかに対話の相手であるグラウコンが「ついてくること」ができなかったとしても、――というよりも、プラトンの著作中、だれひとりとして、ソクラテスについてきた相手はいないのだ――そのこと自体がひとつの真実であり、そして始原なのだ。《イデア》は、《対話（弁証法）》のうちに含まれているとしても、けっして始原ではないし、言ってみれば、「答え」にすぎない。重要なことは、「問い」としての《対話（弁証法）》なのであり、その「探求の行程」だからである。柄谷も引いているように、プラトンは、別のところでソクラテスにこうも言わせている。《メノン、いいかね。私は――何一つ教えてはいない。私のしていることは問うことだけだ》。「教えること」や「学ぶ」ことが本来的にありえず、そこには「想起」のみがある、とソクラテスが言うとしても、それは、カントが「構想力」によって、物自体と感性をつなげざるをえなかったのと同じ困難な問題がある。柄谷の用語に即して言えば、プラトンは、こう言っているのだ。教えることや学ぶこと、それは、「命がけの飛躍」（マルクス）、「暗黒の中における跳躍」（ウィトゲンシュタイン）でしかありえない、と。</p>
<p>おそらく、歴史的に近代に入って、それもフッサールが述べた「数学の危機」の時代に、プラトンは、再発見されたのである。カントが非ユークリッド幾何学について知っていた可能性を語るならば、プラトンが、ピュタゴラス学派によって、すでにユークリッドの（という言い方は歴史的には転倒しているが、「第五公理」自体はユークリッドの以前からあったものである）「第五公理」が疑われていたことを知っていたと語ることはできないだろうか。その意味で言えば、われわれは次のような物語を描くことができるはずである。つまり、《真》ではなく、《無矛盾》でありさえすればよい、とするヒルベルトの形式主義が、プラトンの公理主義の直系の延長線上にあり、そして、少なくともシラクサで《哲学者＝王》として惨めな失敗をした後のプラトンが《イデア》の上位に《対話（弁証法）》を置いたことは、まさに、ウィトゲンシュタインが、『哲学探究』における転回の後に、ラッセルの論理学を外側から攻撃しようとしたことに対応しているのである。言うなれば、プラトンは、一九世紀以降に（正確にはカント以降）、まさに同時代人として、復活したのである。</p>
<p>柄谷は、『探求I』において、プラトンの《対話（弁証法）》を批判し、ソクラテスのイロニーを評価するという、転倒した解釈を示したが、このこと自体が、じつはプラトンの可能性の中心を語っていたのではないか。あるいは、柄谷が、無理数（たとえば、Ｘの二乗＝２、つまりＸ＝ルート２）を、自己言及的なもの（Ｘ＝２／Ｘ、すなわち、Ｘを知るために、Ｘが必要となる）として正当にも読み替え（84ページ）、たとえばピュタゴラス学派が、無理数を語ること（＝自己言及）を禁止したこと、その禁止によって「建築」が可能になることを述べるとき、われわれは、プラトンの『テアイテトス』を思い出すはずだ。この奇怪な書物においてプラトンは、テオドロスとテアイテトスに無理数を証明させた後、ソクラテスに、自身が知を出産させる産婆であると語らせる。これは、ソクラテスの《対話（弁証法）》が、まさに無理数そのものとしてあることを示している。すなわち、ソクラテスの産婆術とは、Ｘ＝２／Ｘであるような（対話者Ｘから、対話者の分身（差異）としての知２／Ｘを産ませるような）、自己言及によって知へと至る、きわめて刺激的な試みなのである。そこでは、柄谷の言うような「大団円」、弁証法的合一などはありえない。ただ、知とは、それとしては語りえぬもの――しかし、《隠喩》としてではなく、いまここでまさに交わされている対話そのものとして、開かれたまま提示されるばかりである（これについてはまたどこかで述べねばなるまい）。もはや、われわれには、ここで、このように語ることが許されるだろう。すなわち、デカルトやカントやマルクスに対して、あれだけの読みを披瀝する著者が、なぜ、プラトンに対してはそうしないのか、と。</p>
<p>プラトンにかんして、長々と語ってきた。通俗的プラトンの転倒、あるいは《イデア》と《対話（弁証法）》のあいだで回転せるプラトン、それは、おそらく、われわれの世代に残された課題である。プラトンの転倒は、たんに哲学史上の功績（ワードプレイ）を意味しない。それは、おそらくは柄谷行人の後にも生きねばならない、われわれの課題として残されている、弁証法的なものの、真の転倒――それはすなわち、語りえぬ者との対話を実現する技術（「建築術」）にほかならない――を含むのである。</p>
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		<title>パイドロス</title>
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		<pubDate>Wed, 10 Jul 2002 10:38:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Eros and Thanatos]]></category>
		<category><![CDATA[insanity]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>
		<category><![CDATA[Sokrates]]></category>
		<category><![CDATA[真実らしくみえるもの]]></category>
		<category><![CDATA[無知の知]]></category>

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		<description><![CDATA[プラトンは、弁論術――あるいは語ることと書くことについて述べた著作、『パイドロス』において、ソクラテスにこう語らせている。 ソクラテス　このぼくはね、パイドロス、話したり考えたりする力を得るために、この分割と総合という方 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>プラトンは、弁論術――あるいは語ることと書くことについて述べた著作、『パイドロス』において、ソクラテスにこう語らせている。</p>
<blockquote><p>
<b>ソクラテス</b>　このぼくはね、パイドロス、話したり考えたりする力を得るために、この分割と総合という方法を、ぼく自身が恋人のように大切にしているばかりでなく、また誰かほかの人が、ものごとをその自然本来の性格にしたがって､これを一つになる方向へ眺めるとともに､また多に分れるところまで見るだけの能力をもっていると思ったならば、ぼくはその人のあとを追うのだ、「神のみあとを慕うごとく、その足跡をたどりつつ」ね。さらにまた、ぼくは、このことを実行できる人たちのことを、正しい呼び方かどうかは神のみが知りたもうところとして、とにかくこれまでのところ、ディアレクティケー（対話）を身につけた者と呼んでいるのだ。（266B、『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫）
</p></blockquote>
<p>この前段で、ソクラテスは、弁論術が、それが正しくも見え、同時に不正でも見えるようなもの、つまり異論の多いもの――たとえば、害悪をもたらすと同時に最善でもあるような「恋（エロス）」――に関して行なわれるものであることを示す。また、異論の多いものとは、「互いに異なるところの多いもの」ではなく、「少ししか違わないもの」であるともいう。今日的に言えば、前者は種的差異ということになろうし、後者は、ドゥルーズが言う意味でのたんなる《差異》ということになろう。さらに、このようにものごとを両義的にみせるもの、すなわち狂気それ自体を、ソクラテスはふたつに分ける。ひとつは、「人間的な病によって生じる」、「われわれの中にある本来一つの種類のもの」であるような「心の錯乱」がもたらす狂気。もうひとつは、「規則にはまった慣習的な事柄をすっかり変えてしまうことによって生じる」、「神に憑かれて」もたらされるような狂気。したがって、この狂気も両義的であり、ソクラテスはさらにこの神的な狂気を四つに分割する。アポロン的な予言の霊感。ディオニュソス的な秘儀の霊感。ムゥサの神々による詩的霊感。そして、ソクラテスがもっとも善きものであるとする、アプロディテとエロスがつかさどる恋の狂気。</p>
<p>このようにして、できうるかぎりの分割――すなわち他なるものを見いだしそれを区別する試みと、それを総合するというやり方――すなわち微積分――こそが、対話である、と、ソクラテスは言うのだが、聞き手のパイドロスは、この言い方に満足せず、「ほのめかし法」だとか、「婉曲賞讃法」だとか、「譬喩的話法」だとか、そのような弁論術を期待する。もちろん、ソクラテスは、そのような弁論術を、予備的に習っておかねばならないことであって、弁論術そのものに関することではない、と言って否定する。ただし、全否定するわけではなく、このような弁論術を語る者は、「真実らしきものが真実そのものよりも尊重されるべきであることを見ぬいた人たち（267A）」であると言う。そうして細目的な弁論術をとりあえず括弧に入れて、「真実」を語るということが、どのようなものであるかを懇々と言って聞かせる。</p>
<blockquote><p>
<b>ソクラテス</b>　そもそも、どのようなものにせよ、あるものの本性について考察するには、次のようなやり方によるべきではなかろうか。まず第一、ぼくたちがあるものに関して、自分でも技術を身につけ、また他人を技術家にしたてるだけの能力をもちたいとのぞむなら、技術を向けるべきその対象が、単一なものか、それとも多種類なものかをしらべること、つぎに、もしその対象が単一のものなら、そのものがもっている機能をしらべてみること。すなわち、それは本来、能動的には何に対してどのような作用をあたえ、受動的には何からどのような作用を受けとるような性質のものであるかを、しらべるのである。またもし、その対象が多種類のものならば、その種類を数え上げ、しかるのち、そのひとつひとつの種類について、単一な種類の場合にやったのと同じことを､つまり、それが本来何によってどのような作用をあたえ、あるいは何からどのような作用を受けるような性質のものかを、見なければならない。<br />
<b>パイドロス</b>　おそらく、ソクラテス、そうかもしれません。<br />
<b>ソクラテス</b>　いや少なくとも、こういった手順をふまない方法などというものは、盲人の歩みのごとし、といってよいだろう。だが、何ものかを、いやしくも技術によって追究しようとする者が、めくらにたとえられたり、つんぼにたとえられたりするようなことは、むろん、あってはならない。明らかに、もしひとが技術にしたがって誰かに弁論を授けようとするならば、その弁論が適用されるべき対象の本性がいかなるものであるかを､正確に教え示すべきである。ところで、その対象とは何かといえば、魂にほかならないであろう。<br />
<b>パイドロス</b>　たしかに。<br />
<b>ソクラテス</b>　だから、彼の努力のすべては、この魂の研究に向けられるのではないか。（270D-271A） </p></blockquote>
<p>だが、ソクラテスは、前段でこう語っていた。「少なくともこのぼくは、話すことの技術なんか、何ひとつ身につけてはいない（262C-D）」と（パイドロスはこれを謙遜にとる）。そして、このことによって、以下の言葉は重要な意味を帯びてくる。以下は、ソクラテスが、弁論家たちの主張するところを、パイドロスに伝聞しているにすぎない。だが、伝聞であるということが、それゆえにまた重要な意義をもつ。</p>
<blockquote><p>
<b>ソクラテス</b>　それでは、彼らの主張するところはこうだ。――弁論に関するこれらの事柄を、そんなふうに、もったいをつけて取りあつかったり、まわりくどい話をして、高いとところへもっていく必要はさらにない。なぜならば、…（略）…まったくのところ、弁論の力をじゅうぶんに身につけようとする者は、何が正しい事柄であり善い事柄であるかということに関して、あるいは、どういう人間が――生まれつきにせよ教育の結果にせよ――正しくまた善い人間であるかということに関して、その真実にあずかる必要は、少しもないのだから。じじつ、裁判の法廷において、こういった事柄の真実を気にかける人なんか、ひとりだっておりはしない。そこでは、人を信じさせる力をもったものこそが、問題なのだ。人を信じさせる力をもったもの、それは、真実らしくみえるもののことである。技術によって語ろうとするものは、ほかならぬこの、真実らしくみえるところのものに専心しなければならぬ。すなわち、よしんば実際に行なわれたことであっても、もしそれが真実とは思えないような仕方で行われたとしたならば、それをありのままに述べてはいけない場合さえ、しばしばあるのであって、真実らしくみえるような事柄におきかえなければならないのだ。（272D-E）
</p></blockquote>
<p>また、これに付け加えて、「「真実らしくみえるもの」とは、多数の者にそうだと思われるもの（273B）」であるという。もちろん、この明らかに誤解を生みそうな発言に対して、次のような言葉を付け加えるのを忘れてはいない。「「真実らしくみえるもの」とは、それが真実のものに似ているからこそ、多数の者に真実らしくみえる」のであり、「そのような真実への類似を最もよく発見することのできるのは、いつの場合でも、真実そのものを知っている者なのだ」ということを。だが、もはや、ここまでくれば明らかなのだが、この『パイドロス』の通俗的な理解、言い換えれば、形而上学的な読み方、すなわち、ソクラテスは、「真実そのものの把握なしには真実らしく語ることさえ本来的に不可能であることを立証し」ているのではないし、語ることこそが、魂そのものをあらわす、というような音声中心主義的な言説を語っているのでもない。というよりは、そのような読みは、きわめて浅薄であるというほかなく、むしろ、プラトニックな西洋形而上学的な読みが、プラトンを西洋形而上学者に仕立てているのである。真実を語る技術をもっていないと自ら語るソクラテスが強調しているのは、たとえ、真実そのものを知っていたとしても、それを語るときには「類似」において語るほかないのであり、また、「少ししか違わないもの」、もっといえば、「少し違っているもの」について／として語るほかないということである。だからこそ、彼は、弁論術を、「言論による一種の魂の誘導（261A）」と呼ぶのである。彼が、ディアレクティケー（対話）という言葉で述べているのは、ひとつのものに対してさえ、他なるもの、すなわち、狂気――もちろん、それは、自己から見られる人間的な錯乱と、神によってもたらされる慣習的なものをすっかり変えてしまうような肯定的な狂気とがある――を見いだしてそれを分割し、その分割を保持したまま綜合する、ということであり、言い換えれば、知ることのできる部分と、そうできない部分とにわけ、それを受け入れるということである。彼は、かの「無知の知」を言っているのである。</p>
<p>したがって、ソクラテスが、もし、書くことよりも語ることを賞讃しているとすれば、そのことによって、弁論術の対象である魂そのものをずらしつつ、かつ、その魂を語ることにおいて――言い換えれば、差異と反復において、賞讃しているのである。逆に言えば、彼らが書くことを否定するのは、ものを思い出すという行為にまったくずれが生じないかぎりにおいて否定するのである。したがって、書くことは、「記憶の秘訣」ではなく、「想起の秘訣」となる。ソクラテスによれば、ずれの生じない想起こそが、“忘却”なのである。要は、彼ら自身が提示する“イデア”から、いかに肯定的に逸脱できるか、なのである。そこに、通俗的なプラトニズムを見いだすことは不可能である。</p>
<p>ソクラテスは、最後に、「真実らしくみえるもの」を語ることこそが、弁論の技術の“秘訣”であるという。この“秘訣”は、ジャック・デリダが的確に指摘しているように、ギリシア語で、パルマコン、すなわち“薬”であるが、この語は、同時に“毒”を意味する。この両義性は、残念ながら、英語によろうが、ドイツ語によろうが、日本語によろうが、どのような翻訳語によっても見いだされない。ソクラテスは、最後まで、この両義的な態度を崩していないのである。</p>
<p>こうして、プラトンの対話篇は、閉じられることなく終わる。プラトン―ソクラテスの並外れて戦略的な書物は、未来永劫、効力をもちつづけるだろう。</p>
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