Nietzsche
philosophy
哲学者と芸術家――ニーチェとドゥルーズの場合
ぼくは、ニーチェほど不器用で、そして真っ直ぐな人間を知らない。端的に、崇拝するアイドルのひとりだ。彼は真っ直ぐであることにナイーヴで、そして勇敢だった。ぼくたちには、彼の書いたものは、ときに、あまりにもひねくれて見える。 [...]
criticism
ニーチェとMOSQUITO
蚊を叩き潰す。幼い頃、ぼくは昆虫その他小動物を愛していたので(いや、生き物全般をあれほどに愛していた時代はなかっただろう)、蚊が自分の腕を枕に食事をしているのをみても、窓の外に追い出すことしかしなかった。だが、そんな余裕 [...]
criticism
もっと多くの孤独なダンサーたちへ
長年、ほとんどまともにひとから認められたことのなかったセザンヌは、南仏エクスに隠棲し、孤独な生活を営んでいた。そんな彼も、五十五歳になった。ある日、いくらか気分がよかったのか、不意にかつて親しかったモネの家を訪れた。そこ [...]
philosophy
言葉の無力(解題)
さて、わたしは、言葉は、《力》だと考えている。先の自己対話的エッセイにおいて、完全にAの主張に同意する。言葉は不完全であるとか比喩であるとかいったBのような思考にはうんざりしている。ニーチェは「権力への意志」について語っ [...]
history
ダンスとダンサーは区別できるか?
ウィリアム・バトラー・イェイツの著名な詩、「学童たちのあいだで(Among School Children)」の最終行に、次のような一節がある。 How can we know the dancer from the d [...]
philosophy
炎――戦争を批判する炎について
今日、わたしたちが直面しているのは、人類は《炎》を捨て去ることができるのか、という問いであるように思われる。たとえば不運なハイデガーの語った《炎》は、ユダヤ人を焼き尽くそうとしてナチスの放った炎と、結果的にはほとんど同義 [...]
philosophy
アンチ・カンティアニズムIII
カントによれば、純粋理性は次のような道のりをたどる。(1) 独断的理性、(2) 懐疑的理性、(3) 批判的理性、である。これらについて、わたしなりに解説を加えてみよう。 (1) 独断的理性 たとえば神や、あるいは自己の [...]
philosophy
アンチ・カンティアニズム
今日、その名が名指しされるか否かは無関係に、ある勢力が瀰漫している。それは、新しいカント主義者たちの勢力である。 かつては新たな経験論の到来としてあれほどにさかんに謳われもした、ジャック・デリダの《脱構築》は、いつしかア [...]
criticism
怪物か、それとも人間か
ところで、夏目漱石がなにより戦い、敵としていたのが同時代の自然主義者たちであった。彼ら自然主義者は言うのだ、徹底した自己批判を行い、主体と客体とを分離することで、客観的な観察者となり、そうした《目》で物事をみることで、あ [...]
history
哲学と文献学
わたしの専攻はニーチェとおなじく古代ギリシア・ローマ史であるわけだが、「史」という言葉が定義上どのような範囲をもつにせよ、やることは決まっている。文献をひたすら読むことである。たしかに、“東洋”の端に位置するこの国にあっ [...]



