Kant
Haec cum ita sint a Chrysippo explicata, si illi, qui negant adsensiones fato fieri, fateantur tamen eas sine viso antecedente fieri, alia ratio est; sed, si concedunt anteire visa, nec tamen fato fieri adsensiones, quod proxima illa et continens causa non moveat adsensionem, vide, ne idem dicant. Neque enim Chrysippus, concedens adsensionis proximam et continentem causam esse in viso positam, eam causam esse ad adsentiendum necessariam concedet, ut, si omnia fato fiant, omnia causis fiant antecedentibus et necessariis; itemque illi, qui ab hoc dissentiunt confitentes non fieri adsensiones sine praecursione visorum, dicent, si omnia fato fierent eius modi, ut nihil fieret nisi praegressione causae, confitendum esse fato fieri omnia; ex quo facile intellectu est, quoniam utrique patefacta atque explicata sententia sua ad eundem exitum veniant, verbis eos, non re dissidere.

philosophy

皮膚としての国家――独白は可能か?(カント・フロイト・デリダ)

2011.05.29 | Dilect Link | Comment?

独白とはなにか。この奇妙な言葉について考える際に重要なことは、ある観点をこの問いに紛らせないことだ。すなわち、社会である。つまり社会化されない言葉は、すべて独り言である、と考える立場である。たとえ複数の人間のあいだでかわ [...]

philosophy

新しい芸術哲学のために(上) 崇高について

2010.08.25 | Dilect Link | Comment?

自然は固定観念をもっている。たとえば太陽は東の空から昇って西の空に沈み、蝉は夏の盛りに啼く。夜の終わりに覚めて昼の終わりに眠り、赤信号で足を止め生まれそして死ぬ。 自然界は、いわば固定観念の束である。羅針盤の針が北を向き [...]

philosophy

懐疑と数学、存在についての私論

2010.05.15 | Dilect Link | Comment?

「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐 [...]

criticism

記憶と忘却の娘としての《技術》(スティグレールによせて)

2010.01.25 | Dilect Link | Comment?

わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]

criticism

ポストモダニストたち(2)――ヴァルター・ベンヤミン

2010.01.23 | Dilect Link | Comment?

ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま [...]

fragment

生の速度、あるいは色彩についての覚書

2009.11.15 | Dilect Link | Comment?

ニーチェはいう。 すなわち貧弱な心理学者であり人間通。…徹頭徹尾の独断論者であるが、この傾向に重苦しく倦怠し、ついにはそれを圧制しようとねがったものの、懐疑にもただちに疲れてしまう。いまだ世界市民的趣味や古代の美の息吹き [...]

philosophy

哲学者と芸術家II――カントとドゥルーズの場合

2008.09.24 | Dilect Link | Comment?

ニーチェというひとりの人物が成長し、文献学者から哲学者へと変貌する姿は、ぼくたちを感動させる。そこには、なにひとつ無駄なものはない。そうした成長の物語――ひとりの独身ドイツ人の伝記作品を、ニーチェの生涯に見ることは、もち [...]

philosophy

カント読解……

2006.11.30 | Dilect Link | Comment?

わたしはいまのところ歴史学者のはしくれであって、別に哲学研究者ではなく、最新の研究動向も知らなければ、そうした能力も時間も欠いているのだが、それでもやはり、最低限カントくらいは読むし、無責任な、かつ自分なりの読解がある。 [...]

philosophy

アンチ・カンティアニズムIV――世界理性

2006.08.02 | Dilect Link | Comment?

世界は、今も、ストア派のひとたちや、カントの言った「世界共和国」に向かってまい進している。世界は可能なかぎり最善の秩序において構成されている。世界理性というものがあるとすれば――それは、すべてを《緩慢に》焼き尽くす炎だ。 [...]

philosophy

アンチ・カンティアニズムIII

2006.07.28 | Dilect Link | Comment?

カントによれば、純粋理性は次のような道のりをたどる。(1) 独断的理性、(2) 懐疑的理性、(3) 批判的理性、である。これらについて、わたしなりに解説を加えてみよう。  (1) 独断的理性 たとえば神や、あるいは自己の [...]