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	<title>ex-signe &#187; Foucault</title>
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		<title>政治と文学、国家の安全保障</title>
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		<pubDate>Tue, 23 Aug 2011 21:07:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>

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		<description><![CDATA[文学と政治の関係はどのようなものだろうか。かつて、文学を政治的なものから切り離そうとする運動があった。というよりもむしろ、そのことだけが、文学という運動だったといってもいい。 こうした運動は、元来は文学と政治とが、いずれ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>文学と政治の関係はどのようなものだろうか。かつて、文学を政治的なものから切り離そうとする運動があった。というよりもむしろ、そのことだけが、文学という運動だったといってもいい。</p>
<p>こうした運動は、元来は文学と政治とが、いずれも《言葉》をあつかうという点で、同一の《武器》を用いているという当然の認識から出ている。それはいうまでもないことだった。混じりけのない言葉の活動であるべき文学のなかに、政治はたえず侵入する機会をうかがっている。侵入を可能にするのは、次の言葉の定義である。すなわち、意味を共有したひとびとのあいだで用いられる社会的なもの。この定義が発動するたびに、政治はまんまと文学に忍び込む。つまり現実にはひとの命を奪うことさえある言葉という《武器》を、ルールを共有した者たちで行なわれるゲームの《道具》にみせかけてしまうわけである。われわれが握っているのは武器ではなく道具だと教え込むことで、革命の芽を根こそぎにする（そしてそうすることで革命には言葉を超える暴力が必要だと誤って思い込ませ、革命を民衆から憎悪させることも忘れずに行なっている）。そればかりか、言葉を用いるたびに、知らず現行の社会を構成する権力を補強するように仕向ける。言葉が出来事ではなく意味を指し示すなら、意味をあらかじめ決定する権利をもつ政治には、まことに好都合な定義となる。意味からの逸脱は非社会的なルール違反として摘発すればいい。社会という言葉でひとびとを内から縛り、ゲームを続ければ続けるほど、言葉のゲーム盤をますます支配下に置くことができる。</p>
<p>しかし、文学にとって意味は不純物である。光速で飛ぶ言葉に対する人間の感官の遅れが生み出す、残像のごときものにすぎない。こうした不純物は、文学に、おのれの純粋さに向けたさらなる情熱を生み出す。文学はこの不純物をおのれのなかから追い出し、洗い清め、そうすることで透明な翼を取り戻した文学の魂とでもいうべきものを、さらなる高みへと昇らせる。これは言葉という武器によって戦われる戦いであって、けっしてゲームではない。政治的なものを文学から切り離そうとする者たちは、むしろ言葉をたかだかゲームの道具に変えてしまう政治と真正面から戦っている。言葉がただ純粋であるというだけで、権力は致命的なダメージを受けうるのである。</p>
<p>とまれ、ここで確認しておくべきは、文学から政治を切り離そうとする運動は、言葉をあつかうという点で、両者が同じ場所を共有しているというあたりまえの事実から出発していることである。</p>
<p>しかし、この当然の前提が文学にかかわる者たちのあいだで失われれば、政治性を失った文学は、たかだか私的空間の《広場》への覇権主義的膨張を意味するか、あるいは慎ましやかではあっても広場にはあらわれぬ女子供の戯れ言にすぎなくなる。言葉は無力であるという定義を、国家を補強するとも知らず使用しつづける批評家によって、文学はますます虚構の世界に囲い込まれていく。だから文学のなかに、外科医のやり口で政治を移植しようとする、いささか品を欠いた批評にも存在理由が生まれてしまう。いまやゲーム盤と同一視されるに至った広場の外で、文学者がルール違反を繰り返しても、ゲームに加わる資格も能力ももたぬ者が許される現実外の幼稚な虚構に淫することとして、ますます文学の価値を、そしてさらには言葉の価値を低めるだけだからである。最高の価値のひとつである「純粋」と、最悪の価値のひとつである「幼稚」とが取り違えられるくらいならば、いかに品を欠いていようと、文学者が政治を口にする蛮勇を奮わないわけにはいかなくなる。子どもたちに、言葉が鉄のごとき武器となるものであるのを教え諭すことからはじめねばならなくなる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、ほとんど名目上のことにすぎないとはいえ、日本には軍隊が存在しない。実質的には軍隊であっても、実践的には、やはり存在しないのと同じことである。自衛隊は、その軍事力のほとんどすべてを発揮できない。実際にことが起こっても、まったく役に立たない。問題は、本当にことが起こったとき、その次に、なにが起こるかということである。</p>
<p>三月十一日の大地震以来、福島で起こった原子力発電所事故の水準をみるかぎり、ほかの国家なら軍隊が出動して収束にあたるほどのものと思われた。爆発した原子炉と核爆弾を同一視することはできないが、今日の軍隊が、ほかの機関と比較した場合に、放射能に対する必要な装備をより整えていると考えるのは、不自然なことではないだろう。しかし、米軍の協力を断ったあげく自衛隊が行なったことは、爆発した発電所の上空からヘリで水を落とすことだけである（放水という主体的表現より、風と重力に行く先を委ねて落としたという受動的な表現がふさわしい）。実際の現場で作業しているのは民間人である。</p>
<p>日本において、国民を同じ国民が外的な障碍から物理的な（身体的な）意味で守るという意識の希薄さは拭いがたい。極端に治安に特化した国家の《防衛》意識は、軍隊の有無、さもなければ軍隊の特殊なあり方と、かかわっている可能性を考えないわけにはいかない。国家が国民の生命を守ろうとしないことが、軍隊の有無あるいは特殊なあり方と、もし関わっているのだとすれば。</p>
<p>天災にせよ、戦争にせよ、それが社会の外からやってくる障碍であることには変わりがない。その点では、外敵に対してこそそうあるところの国家は、いずれの障碍からも、国民の生命を守る責任を負う。しかし、日本政府が、国民の生命よりも治安を優先したのはあきらかである。実際に国民の生命に死の因子を植え付けられているあいだ、政府はそれを黙認し、言葉が武器ではないことを教え込むように、一定の放射能は人体に影響ないものと主張しつづけていた。政府は、意識的にも無意識的にも、国民の生命を守ることより、危機の隠蔽、治安の維持に努めているようにみえた。瓦礫の撤去、放射性物質の海への投棄、食品に対する放射能濃度の許容量の設定、すべてはその観点から行なわれている。そして短期で終わる内閣の仕事とはとうてい思えない「脱原発」に執心し、この内閣の果たすべき事故の収束については、一民間会社に委ねたままである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>かつてフーコーやドゥルーズが言っていたような、《安全》にもとづく近代の国家統治のあり方は、たえず変質している。この観点は、対外（空間）的には安全保障、国内（時間）的には社会保障に結晶していた。だが、大量の移民の流入や国際的なテロ組織の出現、インターネットの普及にともない、《安全》に対する国家の取り組みは変質せざるをえない。国民の同質性を維持できぬ以上、国家が領内の住人の生活を、国民という単位で生涯にわたって保障する社会的要請は鈍化していく。この方面での国家の《安全》欲求は衰えていくだろう。それにかわってますます国民の《安全》は軍隊が請け負うようになる。軍隊のあり方も変質する。国境に配備されるより雑多なひとびとが潜む都市に配備される。警察権力は広場のみならず私的空間にも侵入する。むろん、国境における警備はますます先鋭化するが、この方面でのせめぎ合いが本質的にいたちごっこに終わる以上、最終的な安全保障の担保は都市や私的空間に配備される、警察権力と軍事力をあわせもつ強力な治安維持部隊が請け負う。</p>
<p>しかし、日本の安全保障は、その観点からも異質なものとなる。恐るべきことだが、いまわれわれが目にしているのは、露骨な危機を政治的な言葉（言説）によって隠蔽することである。「脱原発」という言葉さえ、奇怪な政治的言説として、危機の隠蔽に利用されている（そのためか、政府の隠蔽に抗って実際の危機をリアルに表現しようとしている一部の気骨ある科学者には、文学的なものが生じてさえいる）。国民の生命を《防衛》していない点で、フーコーたちの議論から逸脱する事例とみる意見には一理ある。だが、別の見方もできる。身体的な《防衛》が適わないなら、精神的に執行する。つまり依然として国家は国民の《防衛》に執着しているのであり、その執行が国民の身体的な《安全》ではなく、精神的《安心》に向かっている。それは私的空間に警察権力が侵入することと同質の、しかしそれよりはるかに恐るべきことではないだろうか。精神的黙殺による危機の回避、それは薬物によって多幸感を与える類いの生政治の、極度に先鋭化した事例にもみえる。</p>
<p>今後、《安全》のテーマがその内部でさまざまに変化することはあっても、この強力なテーマそのものを国家権力が捨てると考えるのは、近代の民主政治が貫かれているかぎり、想像するのが困難な途方もないことである。民主政治が独裁者出現の危機に直面した場合にのみ、そう見えることがあるとしても、その起因はあくまで領民の《安全》を志向せざるをえない民主政治の本質にある。逆にいえば、《安全》のテーマを失った国家には、民主政治を維持する理由がない。そのとき時代は後戻りできない変化を強いられていよう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>いまは難儀な時代である。なにもかもが、破局へ向かう途上にある。古いものと新しいものとが混在している。どちらに賭けるべきか、なにか言葉を紡ぐたびに、おぼつかない判断を重ねている。わたしは戦争が嫌いな平和主義者で、軍隊はもちろん、軍隊的なものにはよりいっそう嫌悪を覚える軟弱な夢想家である。だが、正式な軍隊の存在しない日本において、内なる敵軍である原発を抱えているときに、誰がそれと戦うのか。かつて多くの民間人が死んだ六十数年前の戦争と同じように、貧しさゆえ手を挙げる民間人が、死ぬべくして戦うのだろうか。</p>
<p>いったい誰が戦うのか。あるいは、誰が守るのか。このご時世に戦争が起こるのを想定するとは、君は愚かと指差されようか。もちろん、ことが起こらないのが一番よい。外交的な努力はあらゆる方面から行なわれるべきだ。しかし、実際に国民の生命を脅かす事態が起こったとき、原発事故と同じことが起こる可能性を考えないわけにはいかない。自衛隊は使い物にならない。戦うのは米軍である。一部の意識の高い政治家を除き（そしてこういった政治家にはかならずナショナリズムがある）、国家側に国民の生命を守るという意識は希薄である。原発事故が起こっても、一民間会社に収束を任せつづけたのと同じように、ことが起こったときには米軍に始末を任せるほかないとしたら。</p>
<p>自衛隊が機能する可能性に賭けるのか。だが、それは平和主義者が望む結果だろうか。いざことが起こった際には米軍に処理を任せ、その裏で平和主義を享受しつづける。それは最悪の平和主義である。だからといって、自衛隊が文字通りの機能を実現することも、平和主義者にとっては望むべからざる事態である。ことが起こっても、こちらからは手を出さず、それに疑問を抱かないほど、国民に覚悟を求めることができるのか。その点、悲観的たらざるをえない。それほど勇気ある覚悟を民衆に強いることができるだろうか。集団としてなにを実現できるかは別にして、武器ももたずなんの抵抗もせずに死ぬことを推奨するなど、個人という観点からいえば、六十数年前の戦争で国家が民衆に強いた死と、結果にちがいはない。だからそれにかえて、ただ民衆を軟弱で臆病にすることしか、戦後の批判的知識人にはできなかった。暴力に反対し、そして頼みの言葉は目標（物自体）にはたどりつかぬ。せいぜい、実力行使を意味せぬ《デモ》を平和裡に行なうしか方策はない。それを今後もつづけていくつもりなのか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>事故が起こらないのを前提に原子力発電所を推進することと、戦争が起こらないのを前提に平和主義を貫くことは似ている。日本の領土が巻き込まれる戦争は本当にありえないのか。軍備そのものが平和を脅かす以上、それに慎重になるのは当然としても、この発想は、原発事故に備えること自体が風評を生むといっていた、原発関係者の発想と似てはいないか。平和主義を貫くなら、国民に、攻撃を受けても暴力的な抵抗なしにそれに耐える非武装の覚悟を求めるのでなければならない。そして同時に、世界にその非道を訴える言葉を磨くこと、なにより言葉が世界に届くのを確信させることができなければならない。しかし、今のままでは米軍がそれに抵抗する。それは、平和憲法の最悪の実践である。地球上もっとも凶悪な軍隊に護衛されながら、自らは非武装を気取って衰弱した平和を享受するのを、世界に臆面なく訴えることはできそうもない。</p>
<p>平和憲法を遠い理念と考え、そのため維持すべきという意見に賛成するとしても、条件をつけないわけにはいかない。法はたんなる理念ではなく、現実に運用される。〈遠い〉理念にばかり目を向ける知識人にノスタルジーを覚えはするが、それだけでは、卑近な現実主義のもとに理念を〈遠ざける〉政治家と、結果的にはなにも変わらない。いかにヘーゲル主義といわれようと、理念は現実に作用するし、作用されるようにすべきなのである。平和憲法は統整的理念であって、構成的に使用されてはならないなどというカント主義を振りまいてみても、そんな物言いは外部からもたらされる戦争においては、たんなるお題目にしかならない。平時には構成的使用の誹りを恐れず平和を伝道するのでないなら、やはりほとんど無意味なお題目である。</p>
<p>世界は抽象的な平面ではない。世界にはどこもかしこも、地理上の高低があり、歴史の因果律ともなりうる時間の前後関係がかならず存在する。それが具体性となる。この具体性なしに、ひとの足が現実に前に進むことはない。したがって、平和憲法は、いつまでも実践を遠ざけうる未熟なままの理念ではいられないし、まさに運用されるときを考えないわけにはいかない。実際に運用されるときとは、すなわち戦争が生じるときである。そのとき平和主義者がなにより恐れねばならないのは、この国を米軍が守る事態になることである。米軍の威力に依存した平和主義など、国際的にはなんの感動ももたらさない。もたらされるのは、他国からの軽蔑と憐憫、それによって防衛される国民の衰弱だけである。アメリカの憲法に日本という国家が吸収されるだけで、そのときには日本の憲法は、国家の法としては事実上失効している。平和主義を貫くことによって、かえって平和憲法が失効するということも、可能性としてはありうるのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《国家は国民の生命を守らない》。いまだ収束せぬ原発事故において、いままさに表面的に生じていることであり、国民はそれについて日夜怒りを表明し、デモに訴えている。だが、いざ戦争が生じたとき、平和主義の名のもと、《国家は国民の生命を守らない》という同じ事態が起こったなら、国民は耐えられるだろうか。同じ国民が、同じように怒りを表明し、デモに訴え、極端から極端へ舵をとる選択を、政府に強いることがないといえるだろうか。すなわち、再軍備を、しかも他国より強力な兵器による防衛を……。</p>
<p>原発が事故を起こす確率と同じとは思わないものの、今後、世界で起こる戦争が、日本を巻き込むものとなる可能性がないと言い切れるだろうか。その程度の危機意識は、歴史をやっている者なら、抱かないでいるほうが困難である。しかし、そのときに備えて、ただ平和憲法の雄叫びをあげつづけることが、平和を守ることにつながるのだろうか。むしろ、自分だけはそれを訴えつづけたという免罪符を得るだけで終わりはしないだろうか。平和主義の理念＝法は、実際の法の運用者である政治家に、きわめて危ういバランスのなかで舵取りをしていくことを要求している。そして実践からは遠い知識人が、この舵取りを客席から文句を言っているだけで終わっていいものだろうか。</p>
<p>《いつ戦争が起こるかしれない》という根拠不明の危機を煽り、《国民を守る》という観点から軍隊の存在理由を拵えて軍備を進め、結果この軍事力がひとを戦争に導く。だからいたずらな危機意識の流布に反対する。この考え方はよくわかるし、おそらくフーコーたちの《防衛》にまつわる議論はそのような観点から読まれてきたのだろう。だが、それはあまりに浅墓な読みといわねばならない。ただ《防衛》に反対するというやり方で、《防衛》を免れることはできないからである。それはもっと無意識的なものだ。危機〈意識〉の有無とはほとんど関係がない。いたずらな危機意識を国民のうちに煽ることで、《防衛》のため再軍備と戦争の道を選ばせるくらいなら、危機意識はないほうがよく、想像を超える事態には目をつぶるのがいいと、まさか考えでもしたのだろうか。だが、それは逆である。どのみち《防衛》されるなら、危機意識はあったほうがよいのである。それでなければ、危機意識の有無を問う幼稚な議論に終始するばかりで、その質を問う議論に移行できなくなる。</p>
<p>平和主義の観点からいえば、ナショナリズムを煽る右側のでたらめな危機意識に正当性をもたせることは、ほとんど不可能だが、だからといって世界平和を志す左側が闇雲に危機意識を封じ込めるとしても、それで平和が実現するわけではない。原発関係者と同じ奇怪な楽観視を国民に強い、その結果、ことが起こったときの反動があれば、反動に対する反動もまだ可能な分だけまだましで、それさえなく、ただ衰弱し、平和憲法がなし崩しに消滅していく……。</p>
<p>繰り返すが、平和主義者が恐れねばならないのは、いざというとき、万が一、日本が平和主義を貫けたとしても、アメリカが軍事力を発揮して、日本を《防衛》してしまうことである。それはどうしてもただの《防衛》ではすまない。国際的な制裁がかならず生じる。つまり日本は手を汚すことなく、結局は日本の戦争が生じてしまう。</p>
<p>危機意識の不在。そののなかで進行する、学問の衰弱、芸術の頽廃、政治の混乱。ひいては人間の没落。こういった心神耗弱を尻目に、国民は究極的な事態に対する楽観視にこそ正当性があるといった観点を手放すことができない。しかし、平和憲法に反対の者はおろか、維持に賛成する者であろうと、政治家であるかぎり、そうした楽観視は許されはしない。ふたたび国家が敗戦となれば、平和憲法を護持することもできなくなる。</p>
<p>そこで、ほんの一握りの政治家はこう考えている。アメリカから独立し、再軍備すべきである、と。しかし、それは国連軍を創設したうえで、それに参加する形においてだ、と。それならば、国民の生命を《防衛》すると同時に、かつてのような日本による侵略的独走も防ぐことができる。おそらくこの意見は、イデオロギーを抜きにしていえば、政治家に可能なもっとも正しい判断だろうと、わたしには思える。いざというときまで問題を放置して極端に振れるよりも、ずっとましな選択である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、政治家ではなく文学者である自分はこう考える。もっと別のやり方がある。迂遠ではあっても、その分だけ崇高な道がある。戦争において、決着をつけるのも、始めるのも、回避するのも、言葉の力である。ついに言葉は、最悪にもなり最善にもなりうる、《武器》である。それゆえ、言葉の力を知っている人間は、兵器による戦争に訴えなくても、戦いそして守る方法を、すでに知っている。</p>
<p>戦争の危機を訴えることをすべて右翼の専売特許と考え、奇怪な楽観視のなかで米軍の庇護のもと平和主義を貫く怠慢が許されるわけがない。平和主義者こそ、唯一の武器である言葉を磨き、言葉を大切にするということができないなら、危機になにができるというのか。兵器と武器とが、根本的に異なる概念だということを、言葉の微妙な響きにこだわる文学者はよく知っている。日本が兵器という《武器》をもたないというのなら、言葉という《武器》によって、つまり文学によって戦う国にならなければならないということのはずだろう。なにゆえ兵器とともに武器の概念まで捨てねばならぬのか。粗略な議論のなかで兵器と武器とを混同して、言葉の力を浪費し、日々衰弱させ、いったい知識人は危機に際してなにをもって戦うつもりなのか。世界言語の完成の日まで、平和のため日本語によって戦うことはなにも矛盾しないのだ。</p>
<p>先にいったように、今はむずかしい時代である。破局に向かう時間のなかで、一義的に正しいとはいえぬ古いものと新しいものとが混在していて、どちらに賭けることもそれなりのリスクを背負う。ならば右や左のイデオロギーなど目もくれず、ただひたすら前に進めばいい。国家が守るために戦うというのなら、文学者は屈託なく真正面から戦えばいい。それが、政治を拒絶する純粋な文学者の戦いというものではないだろうかと、わたしは思うのである。</p>
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		<title>規律・管理・主権――国家権力を超えて</title>
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		<pubDate>Tue, 28 Jun 2011 09:44:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>

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		<description><![CDATA[ミシェル・フーコーは、国家、あるいは権力について、「管理」される状態や「規律」化された状態と結びつけて議論した思想家だと考えられている。だが、彼は管理や規律とあわせ、「主権（法）」についても論じていた。むしろこの三つの状 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ミシェル・フーコーは、国家、あるいは権力について、「管理」される状態や「規律」化された状態と結びつけて議論した思想家だと考えられている。だが、彼は管理や規律とあわせ、「主権（法）」についても論じていた。むしろこの三つの状態の変容や配分において、国家や権力について語っていたと考えたほうが生産的である。より内面的で、自発的な主体＝臣民化をおのれに課す《規律》。より肉体的――というよりは物体的で統計学的な論理のもとで民衆を扱う《管理》。そして最後に、民衆が国家に望むこれら二つの要請によって、順次蓄積された膨大な権力によって民衆を暴力的に扱うことを可能にする《主権（法）》。</p>
<p>規律がもっとも高次の支配方法であり、主権がもっとも低次の支配方法などと考えてはならない。むしろこれらは経済的あるいは文化的に、無数の民衆の要請がときと場合に応じて（たとえば蓄積されて手に負えなくなった反道徳的な行為や規範を共有しない者によってなされる重大な犯罪、あるいは諸外国との戦争や太刀打ちできない災害に直面した場合に）作り上げる一種のベクトルであって、これらはそれぞれ《よい国家》の条件でさえある。これらはすべて、民衆を《守る》ために構成される権力であって、状況に即して高度に民衆を防衛するためのメカニズムである。そして同時に、それらは権力的にふるまい、民衆の生命にまで及ぶ《統治》を可能にする。そのため、これら三つの権力の様態は、「よい」国家であろうと「悪い」国家であろうと、それらが作り上げる《統治》に対する民衆のさまざまな抵抗のあり方を決定する条件にもなっている。</p>
<p>管理や規律によって国家を語る場合、とくに日本人が注意しなければならないのは、災害や戦争のような極度の、かつ典型的な例外状態において特に要請される主権的・法的な権力を、日本という国家が著しく欠いていることである。日本という国家は、アメリカの《基地帝国主義》の最良の事例を提供し、なおかつ国家の最高法規である憲法よりも国際法規のほうが超越していることを憲法自ら認めるという、先進諸国では類を見ない憲法を戴く、比較的特殊な国家である。したがって、フーコーの議論をその表層において日本に適用しようとすると、どうしても上滑りしてしまう。といっても、うまく当てはまらないのではない。むしろ主権がないゆえに、規律や管理のような概念があまりにも当てはまり過ぎるのである。そのため、かえって国家が保持している主権的な暴力（ベンヤミンの言葉でいえば「神話的暴力」）が見過ごされてしまう傾向がある。実際、管理と規律とにかけて、日本ほど緻密な国家もそうはないだろう。それは、主権（法）的権力を放棄したすえに、長い年月をかけて進化した奇怪な権力の姿である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>この点からいえば、日本において再軍備を含む「独立」を志向する政治家には、一定の留保が必要としても、「ふつうの国家」という観点からある程度の論理性が生じている。そして同時に、こうした政治家は、下から（民衆）も、上から（アメリカ）も容認されない傾向があったことは戦後の歴史がよく示しているところである。</p>
<p>そしてこの特殊な様態をつづけてきた日本という国家が、破局的な災害とそれを引き金にして生じた未曾有の原子力発電所事故において、その欠陥を如実に露にしていることも、周知の事実である。国民の生命を守るという国家の存在理由を依然として電力会社という一企業に預けたまま、治安と道徳の維持のために、（原発の安全性を語れなくなったいま）放射性物質の安全性だけを訴えつづける空虚な言説を発しつづけていることからも明らかである。治安＝管理と道徳＝規律という観点でしか、日本という国家は国民を守ることができない。国民と同じレベルになって、同じ水平な目線から、電力会社の下層にいるひとびとの孤高で高貴で崇高な奮闘を仰ぎ眺めていることしかできない。六十六年前に軍隊を放棄したとき、同時に日本は失ってはならない勇気をも放棄したのかもしれない。アメリカの行なった外科手術が、切り取ってはならない神経まで切り取っていた、と言ってもいいだろう。われわれの国家に対する抵抗は、きわめて捩じれたものにならざるをえない、ということである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、日本という国家がどのようなものであれ、反権力的な人間に可能な抵抗は、けっきょくはひとつしかない。それは、規律、管理、主権を逃れて、美しい言葉を紡ぎつづけることである。誰も耳にしたことのない美しい言葉は、ただそれだけで古い国家を少しずつ腐食させる。権力がどのような様態にあろうと、いずれもが、おのれの《超越》を隠すことによってこそ、権力なのである。権力はたえずおのれの優越をひた隠しにしながら、ついには超越として突発的におのれを露呈させる。しかも、多くの場合に、おぞましい権力の姿を見た者は即座に暴力的に抹殺され、そのことによって隠蔽状態を永続させる。権力とは、民衆それぞれが必要に応じて、とりわけ良心によって隠蔽してきた優越の蓄積された姿である。したがって、精神の振動を裸身と同じほどにあからさまにする美しい言葉は、ただそれだけで、反権力的である。心の底から（これは比喩ではない）、おのれの精神にもっとも正直な言葉を発することがどれほど困難か。しかし、多くのひとびとが誠実に超越について思考し、そして超越のためにおのれの精神を捧げる美しい言葉を発する勇気をもつことができたなら、その勇気は、主権を超えて人間それ自身を自立させるほどに国家を不要のものとし、そして同時に、新しい国家の建設のために、肉体のすべてを活用させる仕方をひとに教えるのである。</p>
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		<title>正義と文学、高さをいかに実現するか</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/2500.html</link>
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		<pubDate>Thu, 27 Jan 2011 12:53:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Anarchism]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>

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		<description><![CDATA[アナーキストに保守主義や貴族主義を見出すタイプの議論がある。たとえば、芥川龍之介の大杉榮評がそうだった。彼は大杉の死に対して、冷淡なコメントしか述べていない（作家のなかでは、いうなれば貴族である志賀直哉は多大な同情を寄せ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アナーキストに保守主義や貴族主義を見出すタイプの議論がある。たとえば、芥川龍之介の大杉榮評がそうだった。彼は大杉の死に対して、冷淡なコメントしか述べていない（作家のなかでは、いうなれば貴族である志賀直哉は多大な同情を寄せている）。マルクス主義にせよ、ポストモダニズムにせよ、（新）自由主義に対抗するフラットネスに可能性を見出す議論に比べると、アナーキズムには「高さ」の概念が目につくのだろう。</p>
<p>しかし、「高さ」の概念を解消するフラットネスだけでは、どうしても有機体の概念に引き寄せられてしまう。完全に上下関係を欠いた状態でなんらかの秩序を実現しようと思えば、なにか別の要素を付け加えざるをえないからである。有機体（あるいは弁証法）は、絶対主義的な国家とは異なる《自然な（科学的な）秩序》を社会に導入しようとする際に持ち出される。その有機体や弁証法に対して、アナーキストは否定的である。有機体というよりは、個人のなかに不均質な「高さ」を認める（たとえば「戴冠せるアナーキスト」）ことで、それに変えようとする。アナーキストが導入する「高さ」の概念は、有機体なしに済ませるためのひとつの条件である。この「高さ」が、ひとによっては保守的に見えてしまうのだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>平面的なデータの集積である実証主義（科学）を担保しつつ、そこに擬似的な高さを与えようとしたのがカントである。神の喪失。それは、まさにフラットネスの到来である。逆説的にも、それは今日、さまざまな形で持ち出されるフラットネスよりはるかに深刻だったはずだ。それに対してカントがひねり出した結論は、《超越論》である。彼はあるかなきかの精神を宙づりにすることで、それに答えようとするだろう。</p>
<p>暗にフラットネスを認める《超越論》と比較すると、《崇高》は、そのはるか上空にある。それは、観念的理想的にもたらされたフラットネスを打ち破る《もの》の高みだからである。本来なら、カントの試みは逆転せざるをえなかったはずだ。データを集積する実証主義とそれに価値を与える超越論は、ここで何らかの形で塗りかえられざるを得なかったはずだ。</p>
<p>ニーチェの世界は、はじめからここにある。したがって、彼は、一度「没落」せねばならなかった。高みから降りるところから、ストーリーは始まる（そして彼はストーリーの要所要所に垂直の運動を配置することを忘れない）。この観点からいうと、昨今喧しい議論のどこが新しいのか、面白いのか、よくわからない、というのが率直な感想である。二十世紀末以降のフラットネスと質は異なるとはいえ、その衝撃からいえば匹敵するかそれ以上のフラットネスを、十九世紀の社会はすでに経験している。実証主義という用語がナイーヴな「データベース」という用語に変わった以外は、とりたてて新しい事件だとはいえない。もちろん、部分的には面白い議論もみられる。だが、なぜそのゴージャスな議論をそんなところで拙速に使ってしまうのか、という感が否めない。エウリポスの激流をさらに混ぜ返す無意味を、そこに付け加えることにしかならないのは明白ではないか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>実証主義が集積する個々のデータには、実際には均一でない高さが内包されている。これが主体と呼ばれるものの実質である。この高さをデータから切り離し、統計的に平均処理したものが国家と呼ばれる。差異を統計的に平均化（フラットに）する手法を学んだ近代国家は、ある程度の逸脱ならば、むしろ自覚的に遊ばせておくことを選ぶ。健全な状態では、（国民）国家はむしろそれによって力を増す。これを自由主義という。</p>
<p>ある程度まで「高さ」を許容するこうした主張を貫き通せるのは、一部の覇権国家のみである。というのも、この議論は、暗に無限の富が世界市場にあることを前提しているからであり、ここで行われる平均処理は、個々の主体が資本主義市場のサイクルに完全に従う賃金労働者であることを前提しているからである。実際には、世界の富が無限などということはありえないし、たとえば失業者がそうであるように、すべての人間が資本主義市場のサイクルに従属的であるともかぎらない。したがって、こうした自由主義を十分に実現できるのは同じ時点で最強の覇権国家だけである。この国家は、他国に対し、まずは資本主義を受け容れさせる。そしてさらにはおのれの無制限な自由を認めさせる。それによって国家の平均的膨張を実現しようとする。</p>
<p>絶対的高みからひとの低きに向かってなされる神の「恩寵」から、フラットな成員同士の公平な分配という「正義」に問題関心が移行したのが近代である。そういう時代に正義を実現するひとつの方法が、不均一な「高さ」を促しつつ回収し、それを平均化することである。この「正義」は、不思議なことに国家の帝国主義的膨張に結実するのであり、逆からいえば、帝国主義的膨張にはそれなりの「正義」がある。</p>
<p>むろん、別の正義もある。そしてたいていは先の「正義」とこの別の正義のミックスによって政治経済は成立している。すなわち、「高さ」を認めないことだ。こうしたフラットで協同主義的な正義は、十九世紀から存在するが、こうした正義を選択する理由にはさまざまなものがある。ひとつの極はそもそも資本主義体制を受け容れないこと、すなわち「自由な」平均処理を拒絶することであり、もうひとつの極は、覇権国家に圧迫されて平均的膨張を実現するに十分な「高さ」を得られない場合である。</p>
<p>これらの国家では、結果的に逸脱を遊ばせる余裕がなくなり、まもなく差異の統計的平均値は下がっていく。ここで市民の側が国家の弱体化を望みフラット化を選んでも、国家として衰微することはあっても、実際に滅亡したりはしない。むしろ「高さ」を吸収した国家権力だけは肥大化し、死に臨むことになるのはたんに低い位置で均衡している市民である、という結果に陥る（ロールズやサンデルたちの議論は、基本的にこの二つの正義のあいだの弁証法でしかない）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>本質的かつ現実的には、国家は最初の「正義」以外に選択肢がない。つまり共同体成員にある程度の自由を認めつつ全体として（つまり統計的平均としては）膨張しつつ公平を実現する、という選択肢しかない。後者の「正義」はあくまで、失業者の増加のように、平均値の弾力に影響を与える場合にだけ適用される。</p>
<p>このことから逆にいうと、国家が自由を認めるのは、ひとがその本質を平均処理の網にかけることを認めるかぎりにおいてである。つまり、データから切り離された平均処理可能な高さ以外の高さを、国家は認めない。国家はこうした不均一な高さを力づくで均そうとするだろう。近代国家は本質的に、「正義」（＝公平な分配）に依拠しているからである。したがって社会主義体制だろうと資本主義を受け容れていようと、結局、近代国家というものは、事後的な平均処理によってフラット化できる自由主義以外の自由を認めることができない。こうした高さは、国家にとって、完全な異物となる。すなわち、アナーキストと呼ばれる。</p>
<p>とはいえ、これだけでは、たんに疎外論的な自意識が立ち上がるにすぎない。問題は、この「高さ」をどこで実現せねばならないのか、ということである。わたしの考えでは、この「高さ」を実現するのは、ほかでもない、データや情報である。フラットなデータや情報に「高さ」が加えられること、それはすなわち、データや情報が《言葉》になることを意味している。労働といってもいいとはいえ、とりわけ言葉なのだが、この言葉から取り残された主体は、かならず国家あるいはシニフィアンによって回収され「意味」化されてしまう。疎外論的に自意識を立ち上げたとしても、それを国家は、監獄によってか、病院によってか、生活保護によってか、ナショナリズムによってか、とにかくなんらかの形で主体として回収する。したがって、のたれ死にしたくなければ、もはや道はひとつしかない。言葉に主体を結びつけてしまうことである。平均化可能な高さとしての主体を消し去り、言葉のなかで、純粋な「高さ」に生成することである。こうしてできる「高さ」は意味を構成しない。《出来事》に結実する。労働／言葉に主体をまるごと結びつけることによって、さまざまな「高さ」からなる不均一な平面を作り上げなければならない。それをわたしはスタイルといい、文学と呼ぶ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>それでもフラットに向かう力は圧倒的だろう。瓦礫さえなくなってしまうと、もはや革命に頼るほかなくなってくる。ここで革命の先頭に立つのは、高さを実現しようとする高貴なひとたち、つまりかつて「貴族」であるとか「武士」と呼ばれた人たちである。それが人類の歴史であるように思われる。彼らはふやけた正義を棚上げにする。高貴な者たちにとって正義とは、おそらく賭けの領域に属する言葉だからだ。そしておのれの言葉に存在ごと賭けてもいいと思える彼らのような人間は、当のおのれが正義であると感じていることだろう。</p>
<p>この観点でいうと、いくら主体から切り離された実証主義的データ（情報）を重ねても当然高さは実現されないし（高さは国家が回収している）、また情報を使用して「消尽」するといっても、その使用がさらなる平均化を促すことはあっても、なくなることはない。</p>
<p>また、実証主義的データを相互に交通させることも高さを実現するうえでは逆効果である。ここでの交通は、むしろ差異を消尽し、平均化を促す方向にしか働かない。むしろ孤独を強めることの方が、高さを実現するうえでははるかに役に立つ。</p>
<p>ありうべき誤解を恐れて付け加えると、低さを実現する、ことも当然ありうる。ニーチェの没落のように。たとえば統計的平均の増大しているあいだ、人びとに望まれるのは、そうした増大を逆の方へと導く独自の低さを実現することである（フーコーならこれを自己の「陶冶」と呼ぶだろう）。わたしが先ほどから疑問視しているのはフラットネスである。一体、なにに対して、なにを基準にフラットといっているのか？　統計的平均というほかないのだが、わたしに合わせてくれる必要はないし、わたしのほうで、あなたに合わせる気もないのだ。</p>
<p>ともあれ、繰り返しておけば、そうした統治構造に対するわれわれに可能な抵抗のひとつは、言葉に主体を重ねること、言葉のなかにおのれの主体を宿すことである。すなわち、言葉をリプレゼンテーションではなく、重み（軽快さ）において使用することである。</p>
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		<title>懐疑と数学、存在についての私論</title>
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		<pubDate>Fri, 14 May 2010 18:26:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Ding an sich/noumenon]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
		<category><![CDATA[Heidegger]]></category>
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		<description><![CDATA[「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐疑」の始まりである。</p>
<p>たとえば「魔女裁判」は、この分離なしにはありえない。彼女が人間の表象をもつにもかかわらず、魔女だとしたら？　それは神がつくり保証する概念と表象の一致に、根本的な誤謬が発生していることを意味する。もちろん疑念は、最初に女性に向かう。この女性が魔女かどうかは、じつは問題ではない。むしろ、その疑いを招いていることが、魔性なのである。この疑念自体が、神が保証する一致に対する反逆だからだ。疑わしいという、ただそのことが、罪なのだ。だからこそ、彼女は暴力的な裁判に、しかもはじめから断罪されることが定められた裁判にかけられねばならない。</p>
<p>トマス・アクィナスに従うかぎり（またあえてカントの用語を使って言えば）、神は悟性的な存在である。感性によってものを感覚する人間とは根本的に異なり、神は〈悟性によって感覚する〉。人間がある表象にまちがった概念を与えてしまうのは、人間が感覚に頼っているからだ。だが神はちがう。神は感性をもたない。したがって、神において、概念それ自体が存在である。神は「神」であるがゆえに全能の存在なのであって、全能だから神なのではない。完全に演繹的な存在である。だとしたら、なにゆえ神は魔女などを生み出したのだろうか。そんなことをするなんて、〈あなた〉は、言われているほどに神なのだろうか？</p>
<p>彼女が魔女ではないと証明することは、原理的に不可能である。この懐疑は一度はじまってしまったら、同じ論理的基盤を保持するかぎり、二度と取り除くことができない。なぜなら、証明という行為それ自体が表象と概念の一致を前提しているからである。結局、女はすべて怪しい。しかし、この猜疑は神にも向かう。この不可解な女を作ったのは神だからだ。もしかしたら、この「神」は、神ではないかもしれぬ。「神」が全能ではない、ただそれだけで、「神」は疑うに足る。「神」が神でないのなら、いったいひとはなにを信じたらよいのだろうか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>「“もの”がある」、とはいったいどういうことだろうか。なぜひとは、具体的であっても雑多な表象を超えて、抽象的な“もの”を思考することができるのだろうか。この概念は、概念と表象の差異、つまり上述の「懐疑」なしにはありえない。概念はいつも表象を尽くさないし、表象はいつも対象を尽くさない。カントは、これこそが“もの”の源泉であると考えた。この差異、この残余こそが、“もの”である。これらが一致しているかぎり、“もの”は生じようがない。</p>
<p>カントにしたがうなら、もの自体を生み出すのは、むしろ表象に概念を与える悟性の側である。そのことを彼は、アプリオリに“もの”がある、という言い方をする。逆説的な言い方で、「もの自体は、ただ悟性によって考えることだけができる」という。だが、実際には、不完全な悟性、不完全な概念こそが、対象を“もの”に変えるのだ。感覚（だけ）がまちがうという言い方はできない。まちがうのはどちらかといえば悟性である。というのも、感覚は悟性に従うからだ（認識は対象に先立つ）。感覚が悟性に従う、とはどういうことか。それはもちろん、感覚の正否を悟性があらかじめ定められた基準＝カテゴリーにしたがって判断するということだが、感覚はじつはつねに-すでに悟性に依拠している。そのため、悟性が理解しうるものが感覚とされ、悟性が理解できないものは超感覚的な“もの”と判断される、ということになるしかない。</p>
<p>したがって、カントにおいて、「“もの”がある」、すなわち存在は、感性的な実在とは区別される。実在が肉の側に割り振られているとすれば（一般にはこちらを「もの」と呼んでいるが）、“もの”あるいは存在は、実在を超えたもの、すなわち超感性的なものであり、ネガティヴな仕方でしか現われないものである。</p>
<p>この点でいうと、悟性は懐疑しない。悟性は疑うことなく表象を認識の裁断にかける。たんにカテゴリーに従って感覚的なものと超感覚的なものを区別していくだけである。懐疑は概念と表象の差異が生み出す帰結だが、この差異、すなわち超感覚的なものがなんらかのイメージと結びつくとき、それは理性と呼ばれる。たとえば神は超感覚的なものだが、これを髭の生えた巨人に代理表象させる、のは理性がおこなうことである。あるいは、悟性におけるカテゴリーの篩（ふるい）が残余として生み出す超感覚的なものが懐疑によって取り出されるとして、それは全体として理性のはたらきであり、短縮されて理性と呼ばれる。したがって、懐疑を行うのは理性ということになるが、やはり、現実には悟性が理性に先立っている。悟性に蓄積されたイメージにもとづいて、神を表象するからであるし、あるいはそもそも超感覚的なものは、（感性と一体のものとしての）悟性が取り逃がす残余だからである。だから、“もの”は悟性の生み出す残余だが、その残余自体は理性においてイメージされる。</p>
<p>こういう考え方は、たしかに「魔女裁判」を無用のものにする。表象と概念の差異が発生するのは、むしろ自分の貧弱な悟性（あるいは認識）のせいだからだ。この女が魔女であるか否か、それはむしろ、科学、とりわけ自然科学上の認識論的な課題なのだ。カントは、かくして、審判としての学問という考え方を提起した。カント以来、学問は一種の裁判の形式をとるようになった。またその一方で、というよりはこちらのほうがカントにとってははるかに主要なテーマだが、概念と表象の差異こそが、むしろ神の源泉となるだろう。概念と表象の差異のおかげで、ひとは神の存在を疑うに至ったのだが、その差異、すなわち懐疑がなければ、いったいどこに神がいるというのか。概念と表象とが一致するというのなら、なぜわれわれは神の姿を見ることができないのか。なぜ神は受肉を必要とするのか。もとより超感覚的な神を思考できるとすれば、その思考は感覚を通過したものであってはならないだろう。感覚を通過せずに訪れた概念だけが、神と呼ぶに値するのだし、また悟性が取り逃がした“もの”だけが、神の可能性をもつのである。こうした感性-悟性の残余、学問が作り上げた知的文脈を超えてある他者、思考するといっても想像するといっても大差ないこの他者、これが神である。神とは、懐疑の別の名なのであり、またそうであるがゆえにこそ、神は存在するのである。カントはいうだろう。彼女が疑わしいといっても、だからといって魔女とはかぎらない、われわれの認識が未熟なのかもしれない……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、それより前の時代のデカルトの（のちにスピノザに、さらにはハイデガーを介してフーコーによって拡張される）解決方法は、すこし違ったものであったように思われる。というのも、彼ももちろん神の存在を示そうとした点でカントと同様だが、「懐疑」にとどまったのではなく、これを乗り越えてしまったからである。「われ思う、ゆえにわれあり」という命題は、完全にポジティヴなものであり、存在についてのカントのイロニカルなスタイル、「もの（＝存在）は考えることができるだけだ」とは異なる。彼はどうやって表象と概念の不一致を乗り越えたのか。</p>
<p>注目すべきは、彼における三つの要素である。ひとつはコギト、もうひとつは神の証明、そしてもうひとつは解析幾何学である。この三つの要素はすべて同じものの異なる表現であり、これらを切り離して考えることはできない。</p>
<p>彼は“もの”を「延長」と呼ぶ。それは彼が証明したと信じた三つの存在のうちのひとつであり、「われ（コギト）」、「神」と並列される。つまり、彼はカントのように実在と存在を質的に区別していない。感性的要素（延長）と理性的要素（われ、あるいは神）は同じ平面上に展開されている。したがって、「在る」は、この同じ平面に展開されることを指すのであり、「われ在り」が可能なら、自動的に神や延長の「在り」も可能になる。カント的にいえば感覚的に存在する延長と、超感覚的に存在するはずの神とのあいだに、存在論上のちがいはない。</p>
<p>表象と概念の差異に対するカントの解決方法とのちがいを強調していえば、こういうことだ。デカルトは、表象-概念の二重構造そのものを破棄した。延長（つまり表象）と「われ」や「神」（つまり概念）は、存在するという観点からいえばいずれも同じである。だから表象と概念を区別する必要はない。それこそが「コギト」、すなわち「われ思うゆえにわれあり」である。「われ思う」ということと「われあり」とのあいだには、じつは〈深い〉差はないのだ。しかし、神もまた延長やわれと同じく表象であるなら、神はいかなる表象をもつのか？　デカルトがじつはやり残していた問いを継承したのはスピノザである。彼が「われ思うゆえにわれあり」を「われは思惟しつつ在る」に翻訳したとき、彼は、概念が思惟されるということと、ものが在るということが、デカルトにおいて同一平面上で行われていることを正しく理解していた。したがって、神も表象をもつ。神の表象とは、この世界そのもののことである。神はもの＝延長と同様に存在する。彼らはいうだろう。彼女は、魔女ではない、みるがいい、彼女は美しい女ではないか、一体どこに魔女がいるというのか……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>一般に、数学はものとものとの「関係」を扱うものとされている。たとえば柄谷行人はこう言っている。</p>
<blockquote><p>数学を量的なものと見なす考えを捨てないといけない。数学は本来的に「関係」を扱う学問です。量はその一つにすぎない。</p>
<p>…特に数学的思考というべきものはない。「関係」を考えることなら、すべて数学的である。言語体系も政治的組織も精神病理も、それが関係の形態であるかぎり、数学的に扱えます。</p>
<p>…プラトンは、「関係」は、感覚的なものと区別されるイデアとして、イデア界に在ると考えたわけです。今そんなふうに考える人はいないけれども、この区別そのものは残ります。「関係」は、物があるというのと違ったふうに、存在する。あるいは、それは無であるともいえます。なぜなら、それはどこにも存在しないからです。</p>
<p class="post-r">柄谷行人「なぜ数学か」</p>
</blockquote>
<p>たしかにプラトンは数学や幾何学を自身のイデア論にとって不可欠のものと強調していた。だが、イデアの世界と現実の世界について、前者は後者より美しく、後者はその模倣であるためにいくらか美しさを欠くとは言っているが、それが感覚的なものと区別されるとは全然言っていない。その差はあくまで強度的なものであって、質的なものではない。いずれも〈感覚的に美しい〉ものである。柄谷は数学が「関係」を扱うという自説を補強するためにデカルトも引き合いに出しているが、「われ」「もの（延長）」「神」を同じ「在り」のなかに展開するデカルトが、数学をそれらの「在り」とは区別しているとしたら、一体彼は、いかにして幾何学上の点を数に置き換えることができたのだろうか。数は、柄谷がいうように、「われ」とも「神」とも「延長」ともちがう、特別な存在の仕方をしていると、デカルトは考えていたのだろうか。</p>
<p>さらにいえば、現実のデカルトは、磁力や重力のように、離れているもの同士のあいだに働く遠隔力という考え方を怪しげなものとして拒絶したひとである（したがってニュートンの万有引力の法則は、当時絶大な影響力を誇ったデカルト主義に対する最初の有効な批判のひとつだった）。つまり、“もの”と“もの”のあいだの「関係」という思考はデカルトには見当たらず、“もの”と“もの”のあいだの作用はすべて「衝突Impact」によって説明される。</p>
<p>こうした要素を突き詰めて考えてみよう。私見によれば、むしろ、デカルトの発見は次の点にある。すなわち、数は、そもそも“もの”を扱う。というより、数は、対象を“もの”化する。それゆえ、幾何学上の点（すなわち延長）を数に置き換えても、まったく問題が発生しない。幾何学は、とくにエジプトやギリシアにおいて測量術から発展しているように、もともと現実を扱う、実用的な学問である。それに対して数学はとくにピタゴラスと結びつき、音楽に結びつけられるかぎりでは現実的なものだったが、そうでない場合はより神秘的な（カルト的な）学問だった。この両者の区別は、あきらかに表象の有無に依存している。すなわち、前者は物質的・実在的だが、後者は精神的・存在的とみなされている。デカルトが解析幾何学で乗り越えたのは、この境界である。つまり、より現実的な点や線（＝「延長」）は、より非現実的とみなされる数と変わらないのであって、それは、延長とわれや神とが並列されるように、同じ平面上に展開されているのである。コギトなしには、解析幾何学は可能にならないのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ハイデガーが指摘するように、「道具」は、ひとが石を矢じりとして使うときにはじめて具体的な道具となる、というようにして、一挙に現われる。そうでなければいつまでたってもただの石であり、さらにいえば、人間と関係しない限り、「石」でさえない。プラトン風に翻訳するなら、ある石を矢じりとして用いることが可能であるなら、その石は矢じりのイデアを持っていたということである。また、これらの矢じりを“もの”である、と考えたとすれば、それは、この矢じりを数えるときである。３つの矢じりを数えるとき、そこにはすでに抽象的な思考がはたらいている。矢じりのイデアにもとづいて、それらをひとつふたつと数えるとき、それらを抽象的な“もの”として扱っているのである。このように、イデアには運動的なものと数学的なものとの二種類があるのであって、かならずしも後者とだけ結びついているのではないし、関係ならばすべて数学的だということにもならない。道具的な関係というものもある。農夫が鋤で土地を耕すとき、彼はまちがいなく鋤と関係をもっているが、それが数学的な関係にあるなどということはとうてい不可能である。むしろ、固く乾いた土を掘り起こすために、汗をながして金属片のついた木の棒を振り上げるという、そのことが、彼と鋤とを道具的な関係として取り結ぶのである。</p>
<p>いずれにしても、数学が行うのは、対象を“もの”化することである。３つの矢じりという思考法は、具体的な矢じりを“もの”に抽象化する。逆に、道具的な思考法は、抽象化されたこの３つの矢じりに、再び具体性を与えるだろう。つまり、道具的な思考法が出来事にかかわるとすれば、数学は存在に、とりわけ“もの”にかかわる（といっても、数が序数であるかぎり、出来事の一変種であるが）。“もの”は、カントのように表象と概念のずれが生み出すのではなく、具体的な対象、たとえば矢じりを数えるときに発生する。数学は、ひとに対象を“もの”として把握することを教えるのだ。だから、デカルトに従うかぎり、表象（ここでは幾何学）と概念（ここでは数学）のとりもつ「関係」の向こう側に、わざわざ「もの自体」を設定する必然性はない。むしろ、ある表象が数と関係するとき、その関係が、“もの”である。数学と幾何学とを結びつける解析幾何学とは、“もの”の発生過程の特異な表現、というかスタイルであり、なおかつプラトンのイデア論の正統な拡張である。</p>
<p>この意味では、「関係」という観念、表象を欠いたこのカント的・ヘーゲル的観念は、数学とは別のものである。構造主義の難点も、数学の使用法にある。数学的に取り出された構造を具体的な“もの”と遊離した「関係」とみなすことが、この学問に閉塞をもたらす。むしろ、そうした構造は、ユニークな序数として現実に存在していると考えほうがよい。たとえば生まれたばかりの赤ん坊が、トポロジックに母親を二つの穴（目）のある形として捉えたからといって、母親が存在していないと言うことなどできないのと同じことである。現実に、赤ん坊にとって、母親は二つの穴のある形として存在するし、彼が（無意識にとはいえ）表象と概念を認識論的に区別しているなどと考える必然性はどこにもない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>幾何学上の点を数に置き換えることが可能であるということ、この不思議な事態はなにを意味しているのだろうか。この奇妙な思考の跡をたどっていくと、スピノザにたどりつくことはすでに述べた。さらにこの先をたどると、ハイデガーを批判的に継承したフーコーに突き当たる。というのも、フーコーは、テクスト上のいくつかの点を、実際上の出来事に置き換え可能なものと考えていたことが明白だからである。彼は、この奇妙な点を「言表」と呼び、これをひとが思いもよらぬ突飛な出来事と結びつける斜線を至る所に引いて回っていた。わたしには、フーコーは、この点では彼が批判したデカルトによく似ているように思われるのだ<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。おそらく、出来事の学はこの方向にしかないし、わたしはそれを、たぶん《文学》と言っているのだろう……。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
<a name="n01" href="#p01">(1)</a> むろん、デカルトとフーコーの差異には注意しておかねばならない。デカルトはコギトから解析幾何学へと至るプロセスのなかで、あらゆる事象を数学的に（≒客観的に）把握する「普遍数学」を試みたことがよく知られている。この点に注目するなら、彼の議論には、プラトンに存在していた運動のイデアを欠いていることになるし、それをハイデガー＝フーコーとの差異として強調することができる。それは、比喩的にいえば基数と序数の差異を強調することである。だが、古典主義時代に注目するフーコーは、「普遍数学」の可能性を知っていたからこそ、その難点を的確に指摘できたと考えなければならない。柄谷のように、「関係」を離れて“もの”があるかのようなカント的な議論とデカルトの数学を混同するくらいなら、フーコーとの共通点を主張したほうがデカルトあるいは数学の理解として精確であると思われる。
</li>
</ul>
<p><div class="post-rl">
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</div></p>
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		<title>湯川秀樹と特殊領域にかかわる知識人</title>
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		<pubDate>Tue, 13 Apr 2010 05:12:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
		<category><![CDATA[Hideki Yukawa]]></category>
		<category><![CDATA[中間子論]]></category>

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		<description><![CDATA[量子力学のことが知りたいと思って、京都大学は基礎物理学研究所の周りをうろついていると、なぜか湯川秀樹が残した膨大な資料（そこには、一九三〇年代に書かれた中間子論の自筆の原稿が含まれるばかりでなく、バートランド・ラッセルや [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>量子力学のことが知りたいと思って、京都大学は基礎物理学研究所の周りをうろついていると、なぜか湯川秀樹が残した膨大な資料（そこには、一九三〇年代に書かれた中間子論の自筆の原稿が含まれるばかりでなく、バートランド・ラッセルやアインシュタインからの書簡などに代表される平和運動や世界連邦にかかわるもの、パグウォッシュ会議にかかわるもの、正力松太郎や中曽根康弘らとのやり取りを中心とした原子力の平和利用にかかわるもの、原子力潜水艦寄港反対運動にかかわるもの、一方の当事者として学園紛争にかかわるもの、等々、科学史のみならず戦後史に興味をもつ歴史家にも垂涎の的の資料が山と蓄積されている）の目録作りにかかわることになった。湯川の肉筆に何時間も触れていると、だんだん、彼の感覚がわたしに乗り移ってくる。その感覚は、強烈な知識人のオーラである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ミシェル・フーコーが、サルトルなどに代表される「普遍的」知識人に代わるものとして「特殊領域にかかわる知識人」という概念を打ち出したのは、オッペンハイマーのような原子物理学者をモデルとしてのことである。彼らは物理学者であり、物理学に全身全霊をささげながら、なおかつ《科学者の責任》を忘れることはなかった。戦後、日本の知識人が、文学者なのか哲学者なのかよくわからない場所でゼネラルに発言を繰り返していたのとは対照的な存在である。彼らはあくまで「特殊な」科学者であり、目前の仕事に打ち込んでいるが、自らの領域を厳密に守りつつ、そのなかから政治的な声をあげることを余儀なくされた人々である。</p>
<p>湯川秀樹は、フーコーが理想とした知識人像に完全に合致する。「一番恐れたのは…自分のやりたくない問題を押しつけられることであった。私は自分の研究に、知・情・意の三つをふくむ全智全霊を打ちこみたかった。中途半端な気持ちでは、研究の全然やれない、厄介な人間であった」。彼はもともと科学少年だったわけではない。むしろ哲学から物理学に入ったタイプの人間である（だから西田幾多郎の影響は大きかった）。彼はしかし、研究だけに打ち込むことはできなかった。それは時代の要求でもあったが、同時に、物理学からの要求でもあった。なぜなら、物理学は世界と結びついていなければならないからである。湯川は言っている。</p>
<blockquote><p>この論文〔中間子論〕を発表した当時、私はあとから考えると不思議なくらい強い自信をもっていた。これで原子核の構造を考える場合の根底になる核力の本質を解明できたし、また当時まだ神秘に包まれていた宇宙線に関するいろいろな現象も理解できるだろう。そうなれば、もはや本当にわからないことはなくなってしまうのではないかと思った。…物理学にとって、完全に未知の領域はなくなったのではないか、と私は思った。あとから考えるとたいへんな早合点、思いあがりだったわけであるが、とにかく当時はそう感じていた。したがって、中間子が宇宙線の中で遅かれ早かれ見つかるはずだと私は固く信じていた。…</p>
<p class="post-r">湯川秀樹「中間子論３０年」『科学』Vol. 35, No. 4, Apr. 1965.</p>
</blockquote>
<p>もちろん、未知の領域や不可解な現象はなくならなかった。むしろ湯川の理論をきっかけに、新たな素粒子が無数に発見され、世界はどんどん不可解になった。しかしそのことは問題ではない。重要なことは、次のことだ。物理学は、かつて幾何学がそうであったように、世界そのものを扱っている。だからそれが人間の運動である限り、政治の領域をも含む《世界論》でなければならない、ということである。したがって、彼が打ち込んだ「世界連邦建設運動」は、彼のなかでまったく矛盾していない。それはむしろ、自らの内部にある物理学からの要求なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>こうした知識人像は、たとえば吉本隆明らとは大きく異なる。彼らはなにかに打ち込むということをむしろ避けた人たちであり、したがってナショナリズムから距離をとることはできたが、その一方でただひとつの課題を、ニーチェ風にいえばただひとつの《目的》を見つけることができなかった。彼ら――たとえば吉本や花田清輝なら、文学はしょせんエンターテイメントだ、などという言葉を平気で吐いたし、彼らが批評家などと自称していても、どこか空々しい感じを覚えた。どこにも根っこがなかったからである。こうした知識人は、知を軽いものにはできたとしても、なかなか尊敬されないだろう。つねに全知全霊を注ぐことを避け、余力を残して死んでいくつもりなのか。斜に構えることで守れるのは自分だけであって、そこに世界論はないということに、まだ気付かないのか。</p>
<p>こういう感じは、吉本以後の世代の知識人にも引き継がれている。ポストモダニズムが流入して以降、この傾向はますます強くなった。彼らはなにか特定の職業で名指しされるよりも、たんに評論家と呼ばれることを好んだものだが、ポストモダニズムの本場であるフランス最大の思想家は、むしろ、湯川のような知識人像を推奨していたのだから、皮肉なものである。デリダはすこし異なるが、ドゥルーズは自分をスピノザ研究者であると語り、フーコーは自分が歴史家であると述べることをはばからなかった。彼らには、《わたしは哲学者だ》という勇気があった。「わたしは○○である」、という命題――自己を対象に重ね合わせることができなければ、彼の語る世界にはいつも「自己」が取り残されることになろう（実証主義者と呼ばれる連中も、この命題から主語を取り除くことで、世界を半分にしてしまうのだから、結局やっていることは同じである）。真理とは一個の世界像である。だとしたら、むしろ徹底して「専門領域にかかわる知識人」こそ、そして自覚的に誇りを持って「わたしは○○である」と語れる人間（すなわち「局所化」できる者）こそ、政治的な発言を避けないのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれは、世界を語ろうと思うとき、特定の領域に限定されてはならないと考える。だが、フーコーや湯川の例は、その逆のことを示している。むしろ特定の領域にいる者であっても、世界を語れるということである。たとえば、「わたしは炭鉱労働者だ」と誇りをもって語れる人間なら、彼は炭鉱労働を通じて世界についても語ることができるだろう。彼はもう立派な「特殊領域にかかわる知識人」である。フーコーが歴史を語るのはこの地点からであり、フーコーにとって、汚辱に塗れたひとたちでさえ――というよりも彼らこそが、《ほんとうのこと》を語るために世界について語ることを余儀なくされる、知識人なのである。わたしが批評家や高い地位にいる人間よりも小説家を好むのも、この観点からである。真の小説家とは、ひとが虚構だと端から思い込んでいる場所で、なんとかして《ほんとうのこと》を語ろうとする人たちである。往々にして、歴史家は小説をコーパスから除外する。つまり、どこかの国の検事のように、「こいつは嘘をついている」と決めてかかる。だが、その小説家がいかに《ほんとうのこと》を語ろうとしているか、それに耳を傾けないうちは、結局はどのような声も響かせることはできないだろう。本当は、たとえば上記の炭鉱労働者の表明する言葉と〈同様〉に、小説家の言葉もまた、社会に回収される「言説」ではなく、出来事そのものでもあるような「言表」となっているのだ。私見によるなら、湯川が後半生取り組んだ非局所場の理論は、こうした知識人としての態度とけっして無縁ではないはずである。</p>
<p>もちろん、「わたしは○○である」と言うだけなら、誰でも言える。問題はそこに生活と結びついた誇りがあるか、ということである。世界といっても、普段からそんなに肩肘張って生きているひとは少ないだろう。世界とは、《ほんとうのこと》を伝えようとする人間が、図らず、思わず、そしてやむをえず語るものである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしは人文学者である。狭義の物理学とは縁遠い生活を送っているが、それでも語らざるを得ない場面が多々ある。わたしの知識のその多くは、基礎物理学研究所での仕事で得られたものである。この仕事には、もう退官しているひともそうでないひともいるが、湯川自身とともに研究に従事した重鎮が数多く集まっていて、わたしのような素人にも快く湯川や朝永振一郎、シュレーディンガーやハイゼンベルク、南部陽一郎やディラックの理論などを教えてくれる（わたしも食らいつくように質問責めにしている）。わたしがちゃんと理解できていないことは確実だが、ここで披露している量子力学の知見は、ほぼすべて、的確で要領を得た、わたしにはきわめて贅沢なこの小講義に依っている。</p>
<p>湯川資料室には、アマチュア物理学者の論文が残されている。アインシュタインから湯川までを否定する威勢のいいものから、宗教じみたものまで、けっこうな数があり、有名税というか、湯川に論文を直接送りつけてくるのだ。それらが残っているのだから生前の湯川の几帳面さがうかがわれるが、彼らは気づけば学会にも入り込んでくる。推薦制を取っていても、なんらかの形で入ってくれば、その彼がほかのアマチュアを推薦するから、けっこうな数のグループになる。それについて、齢八十にならんとする上述の重鎮のひとりが次のように言っていたのが印象的だった。「拒絶はできないんだよね……天才がいるかもしれないから」（大意）。</p>
<p>なるほど。そこでわたしは、湯川が、自分の中間子論について、次のように言っていたことを思い出した。</p>
<blockquote><p>あくる昭和十年の二月に、予定どおり論文が掲載された。この時には、まだ中間子の存在を直接証明する事実は何ひとつ知られていなかったのであるが、私は不思議と強い自信をもっていた。そこで私は、ヨーロッパのある国の有力な学術雑誌のひとつに、中間子論の要点だけを書いて送った。すると間もなく原稿は送り返されてきた。私の考えを支持する実験的証拠がないから、雑誌に掲載できないという返事が、それに添えられていた。遠いアジアの一国の無名の研究者の妄想と片づけられたわけである。もっともなことである。私はたいして腹を立てなかったし、また落胆もしなかった。万事は時間が解決するだろう、と思ったのである。私の自信が、そういう外国の反応によって挫けなかったのは、一つには日本の物理学会が最初から私の説をあたたかく迎えてくれていたからであった。この点は他の多くの場合とちがっているようである。日本の学者が新しい学説を唱えた場合、最初は日本の学界から無視あるいは冷遇され、次に外国で認められるようになって、初めて国内での評価が高まるのが通例だ、ということになっている。私の場合は、それとは少し事情が違っていたことを、日本の物理学界のためにも、ここに明らかにしておきたいと思うのである。</p>
<p class="post-r">「遍歴」1972年</p>
</blockquote>
<p>「万事は時間が解決する」……この言い方に、誰も弾かないと言われた自作のピアノソナタに対して、「五十年すれば人も弾く」と断言したベートーヴェンを思い出す。作家や学者は、自らの世界観にそれくらい自信を持っているものだが、注目したいのは引用の後半である。湯川は一九四〇年にすでに中間子論で帝国学士院恩賜賞を受けている。ヨーロッパのひとたちが拒絶した論文に対して日本の学界は賞を与えたのだ。アラビア数字とギリシア・ローマのアルファベットを使う物理学である以上、たんにこれをナショナリズムだと割り切るのは不可能である。戦後、湯川の予言通り中間子は発見されている。そこにナショナリズムがあったとしても、それとは無関係に、学術的な真理だったのであり、日本の学界は戦争には負けたが学術的な賭けには勝ったわけである。湯川の理論を真理だと判断した戦前の学者たちの優秀さは、わたしを驚かせる。今日の日本の状況ではありえない話だからである。</p>
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		<title>ポストモダニストたち（１）――ミシェル・フーコー</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1944.html</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 16:55:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
		<category><![CDATA[Science of Incidents]]></category>
		<category><![CDATA[words as arrows]]></category>
		<category><![CDATA[énoncé]]></category>

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		<description><![CDATA[わたしの愛するポストモダニストたちがいる（この言葉を、あえてよい意味で使おう）。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの愛するポストモダニストたちがいる（この言葉を、あえてよい意味で使おう）。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もない歴史が背負わせた重みがあって、近寄り難い感じを抱かせる。それに引き換え、先にあげた四人は、こういってはなんだが、同志だと感じる。先へ進めと、わたしに語る。もちろん、彼らはホメロスたちと同じく、歴史を超越した存在である。時代の重力とともにあるような、そんな重みなど、もちあわせていない。わたしの重荷を捨て去ることを、彼らは教える。優れた人物は、みな《ポストモダニスト》であるが、四人は、わけてもその名に値する。そのうち三人が、歴史家であったこと、これは偶然だろうか。彼らがいなければ、わたしは歴史などやっていない。とっくの昔に、歴史からおさらばしていたかもしれない。だが、わたしは歴史家である。だから遠いヨーロッパにいたこの四人について、短い言葉を捧げたい。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>四人のなかで一番年少のフーコーの驚異は、《言表（エノンセ）》にある。それは、簡単にいえば、《言葉という行為》である。なおかつ、極度に《文学》的な概念でもある。古典主義時代の考察から、この概念は磨き上げられた。言葉と物が《透明》な関係をもつ。少なくとも、《透明》になるまで磨き上げられることが、推奨される。この概念は、すでに彫琢されていた《狂気》と結び合わされ、独自な展開をみせた。言葉と事物とが組み合わされるということが、なにを意味するのか。この問題が複雑化するのは、歴史そのもののあり方と重なりあっている、と考えられるときである。フーコーの書物は、このような読解が認められるかぎりで、批判的な重層性をもっている。だが、多くの社会学者は、フーコーのこの議論を「権力」との関連でのみ読み解いたようにみえる。歴史家フーコーの重層性を取り逃がすと、その豊かな生産性を半分しか受けとることができない。</p>
<p>言葉と事物、両者の関係の透明性。むろん、古典主義時代のこの試みは、失敗することが確実である。言葉は、事物に対するヴェールになりはしても、けっして事物そのものにはならなかった。すくなくとも、近代に生きるわれわれは、そのことを彼らよりもよく承知している。堆く積み上げられた歴史家の営為は、そのことを逆説的に証明している。そればかりか、われわれは、この失敗をむしろ虚構として受け容れさせられてさえいる。しかし、フーコーは、注意深く、その当たり前の前提を、自身の思考から取り除く。</p>
<p>これは容易なことではない。歴史家としては当然の態度であるが、にもかかわらず、多くの歴史家はそのことに失敗している。言葉と事物とのあいだで呼び交わされたお互いの愛が、ついに成就しないのであれば、歴史家は、自身の営みのはじまりから、その権利を失うにちがいない。多くの歴史家は、自身が行なう過去の復原が、実際には不可能であることを、暗黙にか、無意識のうちにおいてか、いずれにせよ自覚している。この諦念をさらに進めたところに、ある種の哲学的勢力がある。この諦念を確実なものにすることが、歴史主義の批判であると考えているひとたちである。この哲学は、この確実な諦念、すなわち絶望から出発して、未来へと踏み出すことを考えている。</p>
<p>だが、フーコーはそうした哲学とはすこし異なるように思われる。というのも、彼は、古典主義時代の歴史を紐解く際に、時代の学問的布置（エピステーメー）が作りあげた試みを、その結果から批判しようとはしなかったからである。失敗に終わったと思われる結果は考慮の外であり、むしろその布置の変化を問題にしていることは、よく知られているはずである。彼をして、この問題構成の移動を可能にしたのは、次のような確信からである。すなわち、《運命と必然性は異なる》（クリュシッポス）。たしかに、《透明性》の試みが失敗することは《運命付けられている》。だが、そのことでもって、《必然的に》試みが不可能であると考える理由にはならない（ここには、のちに彼のなかで醸成されるストア派的な思考の萌芽がある）。クリュシッポスの命題は、ここでは次のように変奏できる。《失敗と不可能性は異なる》。厳密に考えれば、われわれは、あの挑戦の《不可能》を断定できる材料をもっていない。そしてもうひとつ重要なことは、《人類の歴史はまだ終わっていない》ということである。試みが途絶したことはたしかだとしても、今後のエピステーメーの変換が、そうした試みに近づく場合も予測できるし、挑戦はまた行なわれる可能性がある。したがって、不可能性を前提とした議論は慎まなければならないし、問うても仕方がない。問題は、むしろ、この移動や変換である。《透明性》を虚構として非難しているのではなく、この透明性を虚構として受け容れるような布置の変換のほうがずっと問題なのだ（フーコーは透明性をことさらに強調したが、一切批判していない）。結局、《透明性》を非難している者は、その試みを終わりにおいて／として受けとっているのであり、そこには、歴史主義批判の仮面をかぶった暗黙の歴史主義が横行している。歴史主義批判という言葉が言葉であるかぎり、それは事物の表面にかぶせられたヴェールである。かくして言葉は、多くの場合、現実の出来事を覆い隠してしまうだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《エノンセ》は、こうしてますます彫琢され、いよいよ希少なものとなった。ほとんどの言葉は、現実と関係ないばかりか、現実を覆い隠すヴェールのはたらきを行なう。それはたしかである。しかし、歴史家の手のなかで踊るいくつかの過去の言葉の群れは、まだその踊りをやめていない。多くの歴史家は、過去を定まったものとして受け取っているし、答えを手にしていないとしても、どこかで定まっていると考えているからこそ、学問たりうるのだが、本当の歴史家は、過去がまだ終わっていないということを、心のどこかで感じている。《この過去はむしろ未来に実現されるのではないか》、そんな妄想に駆られることがたびたびある。飛んでいる最中の矢が標的に当たっていないのは当然なのであって、当たっていないという非難はまったくのお門違いである。言葉に絶望するのはまだ早い。つまり、フーコーは、われらがニーチェのように考えた――依然として飛翔をやめていない矢としての言葉がある。そのかぎりにおいて、《エノンセ》は存在しうる。矢としての言葉――《エノンセ》は、権利上、あらゆる物と同じように、暴力ともなりうるような物理的な力をもつはずである。それは、ほんものの《矢》だからである。だが、その力が隠されているのだとしたら？　フーコーは、それを「権力」と呼んだと思う。</p>
<p>おそらく、『言葉と物』以降、彼の進むべき道は、二つあったはずである。ひとつは、権力への道。そしてもうひとつは、自由への道である。フーコーにとっては、そのいずれもが《エノンセ》なしには考えられなかったのだが、ひとまず、彼は「権力」に手を付けた。サルトルのように、はやいうちに自由の道に取り掛かることもできたが、年齢的にいって、四十代で行なう仕事としては、理解できる選択だったと思う。やや突っ込んだ想像をすれば、サルトルは急ぎすぎに思えたのかもしれない。『監獄の誕生』や『知への意志』が、その成果である。これらの書物は、彼の考察を先に進めると同時に、より確実で念入りなものにした。自由へただちに飛躍するよりも、こうした準備をしておいたほうが、跳躍をより美しいものにするだろうし、またより遠くまで到達できるだろう。だが、この周到さは、逆にますます誤解を生むことにもなった。</p>
<p>近代的なエピステーメー、すなわち言葉を対象との（対象なき）意味作用において捉えようとする議論は、もちろん、古典主義時代にその萌芽があったはずである。つまり、古典主義時代のエノンセのなかに、近代の権力を生み出す力があった。したがって、一九世紀の言説のなかから、注意深く、なにがエノンセであり、そしてまたなにがエノンセを隠しているのかを見きわめなければならない。エノンセを隠すエノンセは権力である。つまり、結局は権力もまたエノンセである。だからこそ、それは身体にも深く作用する。言い換えれば、《精神においても物理的に作用する》。言葉を絶望で覆う限り、それはどこまでも深く《生政治》的に作用する。「深く」というのは、それが隠されているからである。エノンセは、基本的に、表面で仕事を行なう。しかし、その一方で、エノンセはいつも隠されている（とりわけ近代にはそうだ）。エノンセを隠すことが、作用を隠微に沈潜させる。結局、近代が背負った「歴史病」とは、われわれの歴史を隠すことなのである。彼らは、暴きながら、同時に隠すのだ。あるいは、見ることで、見えなくする。すでに十分に見えているものでさえ、隠れている、という。これが「監獄」であり、「性」である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>多くの誤解があった。ドゥルーズのすばらしい友愛の助けがあったにもかかわらず、それはまだ誤解のままだ。フーコーが、あらゆる知が権力として作用するといったとき、便利な批判的ツールを得られたと考え、ひとはそれに賛成しながら、絶望した。社会を監獄のようなものだと考えたのだろうし、さもなければ、あの哲学的勢力に影響されて、きっと絶望の身ぶりが必要とされていると考えたからかもしれない。しかし、知が生に対する政治を行なうというのなら、それは同時に可能性なのではないか？　ひとの言葉は、本当に肉体において、物理的に作用するというのなら、そこにこそ《自由》はありはしないだろうか？　フーコーは、本当は、最初からずっと、そのことを、しかもそのことだけを言おうとしていたのだ。ひとは、《いいたいことがいえる》のだ。</p>
<p>『知への意志』に対する評判と同じ数だけの根本的な誤解に直面し、さらに死期を悟ったフーコーは、急いでいままでの仕事をひっくり返す作業（同じことを、別の側面から語ること）に取り掛からなくてはならなくなった。まだずっと先だと考えていた仕事に、だ。多くの誤解があったことを、よく知っている。だが、それもまたこの時代の――反時代的な――エノンセなのだ。わたしほど、そのことをよく承知している人間はいない、とフーコーなら考えたろうか。誤解のうえに誤解を塗り重ねる結果も、予想できただろう。しかし同時に、彼ならエノンセがちゃんと未来に届くことも知っていただろう。エノンセの力は、わたしの意見はおろか、個々の主体さえもおかまいなしである。だからひとは、エノンセの力に身を委ねるしかないのだ。エノンセに自身を重ね合わせる。それを主体化という。……</p>
<p>ディオゲネス・ラエルティオスによれば、《犬の》ディオゲネスは、死に臨んで一番重要なことはと尋ねられ、「いいたいことがいえることだ」と答えたという。たしかに、それは重要なことだが、じつは、とりわけむずかしいことでもある。自由な社会では、なおさらそうだ。そのことは、フーコーの書物を読めば、よく理解できるだろう。近代とは、なんと不自由な社会であることか！　一見して自由であればあるほどに、われわれの自由は奪われていくようにさえみえる。考えてみるがいい、この資本主義社会において、自分が作りたいものを生産している人間がどれほどいるのかを。近代の言語使用のなかで、いくら言葉を費やしても、ほとんど《意味作用》のなかに吸い込まれて消えてしまう。不自由な社会のほうがひとは自由である、というありふれた逆説を想起しておいてもいいだろう。もちろん、それもまた不自由であるのだが。いずれにしても、「いいたいことをいう」のは至極シンプルな欲望ではあっても、簡単なことではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、フーコーには、エノンセの概念がある。エノンセは、かならず、この世界に実現される。思ったとおりにではないとしても、けっして意味作用のなかに吸い込まれたりはしないで、未来にかならずたどり着く。二〇世紀の住人であるフーコーが、一八世紀や一九世紀のことを、あれほどまでに鮮やかに描き出すことができた、という事実が、それをよく物語っている。彼はたしかに過去の声を聞いた。今度は、われわれが、彼の声を聞く番である。彼ほど、自分の「いいたいことをいう」ために努力したひとはいない。彼は《自由》だった。だが、われわれは、いつだって、《自由》なのだ。</p>
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		<title>時について、若干の考察</title>
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		<pubDate>Sat, 12 Dec 2009 14:24:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ(1)は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろう。その雫は、もうかつての雫ではなかった。しかし、大地に落ちた無数の雫と混じり合い、ふたたび上空へと舞い上がるのだ。このプロセスは、おそらく無限に繰り返される。否、無限という言葉は正確ではないかもしれない。有限を超えたところに無限が、無限を超えたところにまた有限が。そしてまた有限を超えたところに……。</p>
<p>有機体は、こうした循環のシステムをある程度自分のなかに実現する（たとえば生殖機能として）。しかし、有機体が有機体であるのは、有機体自身がもっと高次の循環システムに所属するかぎりにおいてである。そのことを知らなければ、有機体は未然の有機体、すなわちドラコーン・ウロボロス（自らの尾を飲み込む蛇）かサトゥルヌス（クロノス、子を食べる親）となるほかない。そして、結局のところ、あらゆる有機体のイメージは、すべてこのドラコーン・ウロボロスに終わる。たとえば、論理実証主義者を当惑させた嘘つきのパラドックスは、この刹那の怪物と重なりあうだろう。ニーチェの「噛み切れ！」の声は、ここにおいて聞こえてくる。超人は、高次の有機体を自らのうちに特別な形で――すなわち、《精神》において／として実現する者である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<blockquote>
<p>彼は顔を過去の方に向けている。私たちの眼には出来事の連鎖が立ち現れてくるところに、彼はただひとつの破局だけを見るのだ。その破局はひっきりなしに瓦礫のうえに瓦礫を積み重ねて、それを彼の足元に投げつけている。きっと彼は、なろうことならそこにとどまり、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せ集めて繋ぎ合わせたいのだろう。ところが楽園から嵐が吹き付けていて、それが彼の翼にはらまれ、あまりの激しさに天使はもはや翼を閉じることができない。この嵐が彼を、背を向けている未来の方へ引き留めがたく押し流してゆき、その間にも彼の眼前では、瓦礫の山が積み上がって天にも届かんばかりである。私たちが進歩と呼んでいるもの、それがこの嵐なのだ。</p>
<p class="post-r">ヴァルター・ベンヤミン「歴史哲学テーゼ 第９テーゼ」<br />（浅井健二郎・久保哲司訳『ベンヤミン・コレクション１ 近代の意味』所収）</p>
</blockquote>
<p>われわれは、高次の有機体におけると、有機体であるわれわれ自身におけるとで、異なる時間を有する。驚くべきことであるが、未来から到来して束の間の現在をなし、そして過去に流れ去ると思われる時間は、われわれ（＝現存在）のなかでは、奇妙に反転している。惜しくも、ハイデガーはこれを見落としたが、実際にこれはきわめて重要な点である。外からやってきて、われわれに受け止められた《未来》は、われわれの体内で《現在》となる。その後、まもなく時間は体内で《過去》となる。そうした時間が表出されるときになって、その《過去》は《未来》となる。しかし、その《未来》は、われわれの外では《過去》として振舞う。つまり、順を追っていけば、未来⇒現在［現在→過去→未来］⇒過去という時間の流れがある。ヴァルター・ベンヤミンは、「歴史の天使」を過去だけを見つめて後ろ向きに未来に飛ばされる姿として描いた。歴史の天使とは、いわばわれわれの体内を通り抜ける時間である。われわれの内部で、天使は未来に背を向け、瓦礫としての過去を遺していく。楽園からの風、あるいは時の雫の流れは、やむことがない。歴史の天使は漏斗としてのわれわれをすりぬけ、じきにわれわれの目の前を過ぎ去っていくだろう。そのときには、おそらく彼はこちらに背を向けているにちがいない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>カントの《先験性／アプリオリテート》や、フロイトの《トラウマ》は、事実上、事後的に構成された過去である。しかし、これらの概念は、時間的に異なる順序で現れるものを不当に逆立させている点で、彼らがいかに自覚的であったとしても、いささかトリッキーである（それはヘーゲルの「精神」においても同様である）。通念的には考えることが困難でも、現存在としてのわれわれにおいて、過去は、現在より後にやってくると考えたほうがよいのである。つまり、歴史は、現在が現在から構成する過去であり、それらの過去は、構成されるということによって、不可避的に過去とは異なるもの、すなわち未来となる。現存在であり漏斗であるわれわれが摂取した「歴史の天使」は、われわれに過去の残像を見せながら、未来として排泄される。</p>
<p>われわれは、ここでオヴィディウスが伝えた神話を思い出す。パンドラの箱がすべての災厄を吐き出したあと、大地を狂乱が覆い尽くす。ゼウスは大洪水を起こして人類を死滅させようとする。しかし、そこに一組の男女が残った。記憶の神プロメテウスの子デウカリオンと、忘却の神エピメテウスの娘ピュラである。荒廃した大地だけを残して仲間を失い、涙に濡れ、悲しみに打ちひしがれる彼らに、ひとつの神託が降りた。「神殿を出でよ。頭をおおって、帯で結んだ衣を解くように。そして大いなる母の骨を背後に投げよ」。忘却の神の娘、美しく誠実な女、ピュラはいう。母親の魂を傷つけるなどできない。デウカリオン。「大いなる母」とは「大地」のこと、「骨」は大地の「石」のこと……。彼らは神託を実践する。彼らは大地の石を拾う。しかし、それはやはり母の骨であった。背後にうち捨てられた母の骨は、次第に肉や血管をまとい始め、ついには人間の姿となり、かくして、彼らはそれ以後生まれた人間の父母になった。つまり人間は、記憶と忘却の子。……</p>
<p>瓦礫を見つめる歴史の天使は、その背後に未来があることを知っている。デウカリオンとピュラの二人に訪れたのは、ベンヤミンも発見した「歴史の天使」であると考えて、おそらく間違いない。彼らは、荒廃した大地、すなわち過去をみつめ、そしてその背後に未来を作り上げる。骨であり大地の石ころでもある母の記憶を捨て去ることによってである。彼らが棄てた過去は、子供に、すなわち未来へと生まれ変わるのだ。この神話は、先に述べた時間の流れとまったく矛盾しない。漏斗であるわれわれは、現在が蓄えた過去を吐き出すことによって、それを未来に変えるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ここにひとりの風変わりな古文書学者がいる。古文書学者である彼は、かつて、砂浜に書かれた「人間」という文字が、波にさらわれ、いつしか消え去ってしまうことを善しとしていた（彼はあのハイデガーに似ていたが、その点ではハイデガーより優れた哲学者であった）。砂浜にコンクリートを流したり、文字を深く刻み直したり、写真を撮ったりして、手を変え品を変え「人間」という文字を保存しようとする本来の古文書学者とは、まるで異なっていた。彼は、大笑いの準備でもするように、「人間」という文字が消え去ってしまうことを、いまかいまかと待ち構えていたのだ。彼は、肯定的な忘却があるということを知っている。……</p>
<p>この古文書学者の行為として、もう一度上で述べた複雑な時間の流れを追っていこう。数十年間眠ってたったいま目覚めた彼は、「人間」と書かれた古文書を探している。いまではもう、「人間」はいなくなってしまったからだ。はたして「人間」が存在していたのかどうかさえ定かではなく、多くのひとは、「人間」は昔のひとが拵えたなにか架空の存在なのではないかと疑いさえしていた。だが、彼は「人間」がいたことを信じきっている。今日はありつけなかったが、明日にはそんな古文書が出てくることを期待してやまない。翌朝、父親が残した古い書庫をあさっていると、あやしげな文書を見つけ出した。彼はそれをみてこみ上げてくる笑いを抑えきれない。もしかすると「人間」と書かれているかもしれない！　狂喜乱舞したのも束の間、ただちに文書の読解に没頭した。あまりに断片的で、彼はそれを試行錯誤して纏め直さなければならなかった。彼は注意深く、自分のなかから「人間」のイメージを取り除き、その文書から読みとれるイメージを、できるだけ素直に、そしていろいろに思い描いた。そして文書は、彼の手の中で、ついに「人間」の形に纏め直された。《人間はいた！》　彼は我慢していた狂喜を爆発させる。そして語る、《それはわれわれの可能性だ！》……。</p>
<p>彼は、いまも書庫をあさっているが、もう「人間」は探していない。別の存在を探している。たとえば、「超人」とか……。彼にとって、「人間」はもう、過去の産物である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>風変わりな古文書学者が探していたテクストに今日はありつけず、明日出くわしたからには、あきらかにそれは《未来》からやってきたのだろう。彼は彼の《現在》のなかで、そのテクストに没頭しながら、《過去》を作り出した。そしてそれをついに完成させたとき、それを「可能性」として、つまり《未来》として論じたのである。しかし、その彼は、いまはもう、別のテクストを探している。彼が論じたテクストは、もう《過去》のものである。</p>
<p>つまり、時間は、どう考えても、未来⇒現在［現在→過去→未来］⇒過去として流れたのである。そしてこの時の推移は、どのような古文書学者／文献学者／歴史学者であろうと、本質的に同じである。彼らの視線が、「過去」を現在のあとに作り上げるのだ。漏斗によって遅延させられた時間は、その速度の変化によって、外界に対して反転した時間を実現する。前方で同じ方向を向いて走っている車を追い越した時、その車輪が反対方向に回っているように見えるのと同じことである（付記しておくと、真空中を最高速度で飛び交う光の粒子がなんらかの仕方で《遅延》を実現するとき、一種の時間的逆行を実現する。質量や色彩が生じるのはそのときである）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>過去とはなにか。それは程度の差はあれ、本質的に忘却である。というのも、想起によって現在に再現（represent）することでしか、現れないからである。つまり、《記憶》は、それが体内に蓄積されているとしても（あるいは紙や石版に定着した人為的な蓄積であろうと）、それが表皮を超えて入ってくる瞬間（つまり体験の瞬間）と、表皮を超えて外へ出て行く瞬間（想起の瞬間）にしか、意識されないのである。フロイトは、この忘却を「精神」と呼んだが、歴史家もまた、この忘却を「精神」と呼ぶ。「精神分析」は、その名と裏腹に、忘却を「精神」として総合するものである。同様に、歴史家は、複数形の人間を対象に、忘却を歴史として総合する。</p>
<p>想起によってかつての体験が再現される、とひとがいうとき、それは暗黙に過去の体験と現在の想起とのつながりを想定している（カント風にいえば、忘却は想像力を悟性に従属させることによって取り除かれ、像は概念と総合される）。しかし、この想定は、どうしても保証されえない。というのも、それらをつないでいるのは、実際には《忘却》だからである。ニーチェは言っていた。「忘却。――忘却が存在するということは、まだ証明されていない」。また忘却を、「われわれの力の割れ目」と呼んでいた（『曙光』第二書）。</p>
<p>したがって、それを「再現」（あるいはフロイト的にいえば「回想」）と呼ぶことは、現実に即しているとはいえない。むしろ、想起によって再現されるのは、もとのものとは致命的に異なるものなのである。すなわち、われわれは、《過去》を再現するのではなく、《過去》を《未来》として到来させるのである。それだから、むしろ再現させようとすることが、神経症者の「反復強迫」かえって強めてしまう結果を生む場合があるはずである。ドゥルーズとガタリがフロイトを批判し、「分裂病分析」を提唱したのは、おそらくこの観点からであろう。</p>
<p>同じことが、歴史についてもいえる。歴史家の意識がどうあろうと、現実には、テクストから過去を再現するのではない。むしろ、テクストから「過去（についての現在）」を「未来の可能性（＝未来についての現在）」として到来させるのである。というのは、真の過去とは、徹底的な（高次の、より完全な）忘却だからである。この観点からみるかぎり、「テクストの外部はない」と指摘することはあまり意味をもたない。意味をもつとすれば、テクストが現在に対して過去を開示するという常識的で暗黙の（アプリオリな）了解を批判する場合だけである。だが、元来、テクストは過去ではなく、現在に所属している。テクストは媒体の酸化速度に応じてたえず現在にあり、そのかぎりでテクストはわれわれとともに世界を構成する一部分だからである。したがって、われわれはこう言わねばならない、「テクストはわれわれとともに外部にある」。テクストの外部はない、という言い方は、結果的にはテクストから得た思考を内面化する――というか内面を作り出す傾向しか生まない。むしろ、過去を現在に再現すると確信している実証主義者のほうが、（実証主義者の思ったとおりにではないとしても、またこの無自覚さが別種の問題を引き起こすことは確かであるとしても）結果的には実践的な意味を有するのである。</p>
<p>いずれにしても、こうした観点によるなら、歴史家もまた、その立ち位置を変えざるをえない。ミシェル・フーコーは、「砂浜に書かれた人間」という概念を提唱していた（「人間の死」よりもこちらのほうがよほど重要な概念である）。このテーマは、『言葉と物』以降、あまり取り上げられることはなかったが、フーコーの描く社会は、つねに、こうした高次の忘却、ドゥルーズ風にいえば「水漏れ」<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>を可能性として有していた。</p>
<p>いかにして、生産的に記憶を捨て去るか。未来の人文学者の課題はまさにこの点にこそある。記憶は蓄積されるのではない。滞留している（蓄積という考えには国家主義的な屈折がある）。たとえば、いまも消滅のプロセスを歩んでいるパルテノン神殿は、《永遠》の死であり、墓標である。しかし、だからといって、ロマン主義的な死は、自らの肉体のことを省みていない点で、もっとも醜いものだ。むしろ、たえず死を死んでいる、かの神殿は、そのことによって現にいまも生きているのである（死は生の否定ではない）。それは、この神殿の存在に不朽の価値を与える。ウィリアム・バトラー・イェーツが周の大公にうたわせた詩のとおり、われわれは、これを過ぎ去るままに過ぎ去らせねばならない。かけがえのない（差異としての）瞬間はつねに純粋な差異としての瞬間である。……</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> 有機体の漏斗イメージについての考察は<a href="http://www.fragment-group.com/kiotanaka/history/1387.html">「彼岸の快感原則（フロイトに寄せて）」（2009年12月10日）</a>を参照のこと。この漏斗イメージは、フロイトが「快感原則の彼岸」で考察した小胞イメージを批判的に継承したものである。</li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> ドゥルーズはフーコーについてこう論じている。「ここに私たち〔ドゥルーズとガタリ〕とフーコーをへだてる違いのひとつを見ることもできるでしょう。つまりフーコーにとって、戦略でがんじがらめになった閉域が社会であるとしたら、私たちが見た社会の領域はいたるところで逃走の水漏れをおこしていたのです」（宮林寛『記号と事件』310頁）。この観点は、より地理学的であったドゥルーズとより歴史学的であったフーコーの差異を考慮しなければ誤解を生む。フーコーが、時間的な概念である「未来」に社会の「水漏れ」の可能性を見ていた時期はたしかにあったのであり、それが《砂浜にあって波間に消え去る人間》のイメージなのである。したがって、フーコーの晩年の時間的な移動（19世紀から古典期へ）は、ドゥルーズにおける分散的な時間移動よりももっと重要な意味を有する。ドゥルーズにおいて、時間は高度に空間化されており、フーコーにおいて空間は高度に時間化されている。</li>
</ul>
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		<item>
		<title>時の結晶―パーン・ホ・メガス・テトウネーケIV</title>
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		<pubDate>Sat, 05 Sep 2009 17:07:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[アレゴリーから小説へ。文学の歩みにおけるその日付を明示したのは鬼才ホルヘ・ルイス・ボルヘスである。彼は言う。 アレゴリーから小説へ、種から個へ、実在論から唯名論へ――この推移は数世紀を要した。しかも、わたしはあえてその理 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アレゴリーから小説へ。文学の歩みにおけるその日付を明示したのは鬼才ホルヘ・ルイス・ボルヘスである。彼は言う。</p>
<blockquote><p>アレゴリーから小説へ、種から個へ、実在論から唯名論へ――この推移は数世紀を要した。しかも、わたしはあえてその理想の日付を示唆してみたい。その日とはジェフリ・チョーサーがボッカチオの一行を英語に翻訳した一三八二年のあの日のことだ。…ボッカチオの&#8217;E congli occulti ferri i Tradimenti.&#8217;(「そして《裏切り》は鉄器を隠しもち」)を次のように翻訳した――&#8217;The smyler with ther knyf under the cloke.&#8217;(「男は外套の下に短刀を隠してほくそ笑み」)。</p>
<p class="post-r">　「アレゴリーから小説へ」(1949年)、中村健二訳</p>
</blockquote>
<p>アレゴリーから小説へ。言い換えれば、観念がひとを躍らせるのか、それとも、ひとが観念を躍らせるのか。こうした変化を、ボルヘスがやったように、歴史上のひとびとの歩みのうちに見いだすことができる。小説を礼賛しようとするボルヘスの意図をいったん離れ、これを《主体化》作用として読み解いてみよう。</p>
<p>《主体化》の作用には、彼のいうとおり数世紀の時が必要であった。鉱物、たとえば鉄や水晶について考えてみる。ある種の核と媒質が交換を繰り返し、地中奥深くで結晶化作用を遂げ、ついには鉄や水晶となるように、ヨーロッパの最果てで起こったこの結晶化作用は、まさにひとを主体へと変容させた。この結晶化作用に必要な数世紀とは、歴史家がときに《中世》と呼ぶものでもある。はじめはゲルマン人に、次にイスラム教徒によって、ユーラシア大陸の西端に追い込められた雑多な――さまざまな速度と異なる歴史とをもつひとびとは、濃縮され過飽和を実現し共振を繰り返した。彼らは、まるで鉱脈が地上に姿を現すように、場合によっては東へと滲み出し（十字軍）、あるいは西にあふれ（大航海時代）、そしてその本体は、ある種の結晶であるところの《主体》へと変貌した。主権国家、あるいはネーションの誕生である。</p>
<p>ところで、中世とは、神と神話、そしてその批判とがつくる三角形を意味する。肉体を失い、無と有との交換を促すそれらの三極こそが、この結晶化を可能にする内在的な主要因である。これと同じことを、日本においては鎖国と儒学、そして国学とが実現したとは考えられる。つまり、日本の近世は、ヨーロッパの中世に比すべきである。ある時点で近代化を遂げたのが、ヨーロッパと日本だけだったという歴史上の謎を、ある種の過飽和を実現し、結晶化が可能であったという観点から説明することは、ひとつの方法ではあるだろう。また、こうした結晶化の過程の差異（ある種の人為的な方法が取られたヨーロッパと、ある点まで勝手に結晶化していた日本との違い）は、そのままヨーロッパと日本の差異でもあるはずだ。</p>
<p>ボルヘスを信じるとして、そしてそれを主体化の作用として読み解くことが可能だとして、その最初のあらわれが、一三八二年である。だが、ここで重要視したいのは、その日付でもないし、中世から近代への流れが実現した主体の可能性でもない。むしろ、この結晶化作用そのものであり、とりわけ、この作用には、《中世》という過程がどうしても必要だったということである。ある点でいえば、デカルトやカントたちは、中世から近代へ至るこの結晶化作用の中心にいるのであり、またついに自らを《主体》と名指す最初のひとたちでもある。</p>
<p>とはいえ、こうした結晶化作用において、大きさはあまり重要ではない。たとえば、人間（あるいはその寿命）という尺度をつねに内包している《歴史》という概念は、中世から近代へという流れを途方もないもの、ひとりの人間が太刀打ちできないものとして映す。だが、ニーチェの生涯をみるなら、この途方もない流れが、もっとも極小であるはずのひとつの人生のなかで生じた様子が見て取れる。彼は、『ツァラトゥストラ』について、こう言っていた。</p>
<blockquote><p>わたしは、偶然一八八六年の秋にふたたびこの海岸にきたが、それは、皇帝がこの小さな、忘れられた幸福の世界を最後に訪れたときだった。――この午前と午後の二つの散歩の道で、『ツァラトゥストラ』第一部の全体がわたしの心にうかんだ。とりわけツァラトゥストラその人が、典型としてうかんだ。いや、もっと正確にいえば、彼がわたしを襲ったのだ……</p>
<p class="post-r">　『この人を見よ』手塚富雄訳</p>
</blockquote>
<p>《ツァラトゥストラ》とは、ニーチェの作り出したもっとも優れた概念のひとつである、というのは正確ではない。この概念が、彼を襲ったのである。ここには、ボルヘスがボッカチオにみた《中世》があるようにみえる。だが、ニーチェはこうも言っている。</p>
<blockquote><p>決意。わたしが語ることにする。もはやツァラトゥストラが語るのではない。</p>
<p class="post-r">　「備忘録」手塚富雄訳</p>
</blockquote>
<p>「なぜわたしは一個の運命であるのか」という最終章を持ち、「ひとはいかにして本来のおのれになるか」という副題をもつ『この人を見よ』という作品は、彼がひとつの巨大な運命として《主体化》を遂げたことの徴である。彼は、ひとが数世紀かけて行なう結晶化を、その短い人生において、猛烈な速度で反復したのである。というより、ここには、《時の結晶》というべきものがある。それは彼によって《永劫回帰》と呼ばれた。そして、私見によるなら、自己ならざる者による不断の自己の乗り越えであると同時に自己を実現する、この特異な結晶化作用こそが、《文学》である。だとするなら、アレゴリーか、小説か、という二者択一は、《文学》にとって、それほど有益なものではないこともわかるだろう。問題はそれらのあいだの移行であり逆行、つまり回帰である。ミシェル・フーコーにならい、用語に注意して言えば、主体よりも、主体化のほうが重要である。われわれは、ここで、《文学》が、特定の日付をもつ歴史の軛から逃れる瞬間を認めざるをえない。特定の日付を超えた飛翔を、《文学》は実現するはずなのだ。</p>
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		<title>哲学者と芸術家III――フーコーとエノンセ</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Oct 2008 00:52:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[五月革命以降、一九七〇年代を前後するわずかな期間に、フランスには哲学の帝王が君臨していた。ミシェル・フーコーである。もちろん、帝王という用語には注意せねばならない。というのも、後世の歴史家に誤解を与えてはならないからだ。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>五月革命以降、一九七〇年代を前後するわずかな期間に、フランスには哲学の帝王が君臨していた。ミシェル・フーコーである。もちろん、帝王という用語には注意せねばならない。というのも、後世の歴史家に誤解を与えてはならないからだ。実際、フーコー本人が言っていたように、五月革命当時、一般にアクチュアルな議論として許容されていたのは、ライヒやマルクーゼといった、一種の疎外論である。フーコーの哲学は、あくまで、潜勢的なものにとどまっていた。だが、だからこそ、彼の哲学は革命を実現し、そして、その結果として、彼はアカデミー・フランセーズに君臨しえたのである。</p>
<p>革命の唯一の主体である民衆とは、つねに潜勢的（ヴァーチュアル）なものである。無名の民衆に固有名が与えられた瞬間に、民衆は民衆であることをやめ、革命は革命であることをやめる。つまり、歴史となる。革命は任意の固有名によってテクストのうちに封じ込められて矮小化し、たんなる権力闘争や嫌悪すべき暴力の歴史に変えられてしまう。固有名を与えられてアクチュアルとなった出来事は、じつはすでに死んでおり、要するに、それが歴史である。潜勢力として溢れんばかりの生を開放していた民衆は、墓に刻まれた銘となる。アクチュアリティとは、要するに、力が力としての自身を終えることである。フーコーは、そうした潜勢力としての民衆が唯一認めた死であり、その本質からして真の好ましい歴史家であった彼は、革命の最中に真っ先に死んだ男なのである。帝王とは、自身を民衆のうちに生成させるひとのことであり、彼は民衆として主体化する（野心的な多くのひとたちは、たとえばローマのマリウスのように、まちがって主体化ならぬ大衆化を遂げてしまう）。つまり、帝王とは、自身の主体を捨て去り、その代わりに民衆の意志をわが意志に転生させられる人間をいう。</p>
<p>そして、こうした一組の運動こそが、出来事の素粒子である《エノンセ》の真のはたらきである。エノンセは、波動であると同時に物質であり、たんなる観念ではない。「もっとも言表は、いつでもなにがしかの物質性を付与され、それはいつでも空間＝時間的座標にしたがって位置づけられうるものであるが」（『知の考古学』）。フーコーは、自身のテクストのみならず、その活動のすべてが、エノンセのはたらきによって説明されることを欲している。エノンセは、はじめからテクストの外部にあり、その意味において、フーコーの活動は、歴史家ではなく、哲学者のそれなのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>エノンセについての記述のなかで、もっとも美しいくだりだとぼくが思うのは、タイプライターの鍵盤によって、それを説明した箇所である。それは、他の箇所の高級さと比べれば、いわばＢ級映画のようなものだろうが、それでも、必要なものが、すべて揃っていると思う。</p>
<p>日本人であるわれわれになじみやすいように、AZERTといわずに、QWERTYと言おうか。読者がいま自分の前で目にしているキーボードをみてほしい。そこには、QWERTY（たていすかん）と書かれているはずだ。</p>
<p>これについて、まずはエノンセの議論とは対照的なテクスト主義者の議論を考えてみよう。彼らは、こう考える。それらの文字列は、現実のQ、W、E、R、T、Yという文字列からなるテクストだが、それらの鍵盤を打ったとして、本当に実態的に表示されるのかどうかは、証明されえない。&#8221;Q&#8221;と打ったとしても、&#8221;P&#8221;と表示してしまう壊れたキーボードがあるかもしれないからだ。したがって、真理として最大限言いうるのは、ひとつの鍵盤に&#8221;Q&#8221;と印字されているという当のそのことだけであり、われわれはテクストから出るべきではないのだ、と。現実にはQであるのかPであるのか証明されえないにもかかわらず、Q=Qという暗黙の前提のうえに積み重ねられてきた解釈を、Qの、そしてその他の文字列のもちうるわずかなエラーによって瓦解させること。それが、脱構築である。</p>
<p>フーコーはそんなことは気にしない。鍵盤に印字されたQWERTY、そんなものはエノンセではない、という。端的に、上記の可能性は、思考の外に放擲される。微に入り細を穿つテクスト主義者が好みそうなことだが、QWERTYという文字列自体に意味がない以上、PWERTYになろうがなんだろうが、その点は、いまのところどうでもいいことだからである。つまり、言葉の「意味」が重要なのではないし、またその「意味」を瓦解させることも重要なのではない。「意味」はこの際、どうでもよく、むしろ言葉が現実にはなにを生み出すのか、そのことのほうが問題なのである。</p>
<p>したがって、このキーボードの教則本（テクスト）に書かれたQWERTYが、このキーボードQWERTYとのあいだに持っている関係性において、テクストに書かれたQWERTYは、エノンセでありうる、と言われることになる。要するに、教則本のQWERTYには、ひとがそれをもとにして現実の鍵盤を指で叩いたという、わずかながらの出来事の煌きが封じ込められている。そのことにおいて、教則本のQWERTYは、エノンセなのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、じつは、鍵盤上のQWERTYもまた、エノンセでありうる。ためしに、エディターを開いて、Q、W、E、R、T、Yと打ち込んでみよう。おそらくほとんどの場合、鍵盤に書かれているとおりに、ディスプレイにそれらが表示されるはずだ。それが何を意味するかは、さしあたりどうでもよい。キーボードに印字されたQWERTYが、ディスプレイに表示されたQWERTYと関係をもっているかぎり、キーボードに印字されたQWERTYは、現実のQWERTYの、エノンセである。</p>
<p>クリュシッポスを再び召還しよう。彼はいう、「車と口にすると、口から車が飛び出す」。QWERTYと打ち込むと、QWERTYとディスプレイに表示される。つまり、これは《悲劇》として理解されねばならない。狼少年が、狼に喰われ、そして町の人間もまた狼に喰われた時、狼少年の言葉は、エノンセとなった。テクスト主義者にうそつきのレッテルを貼られた鍵盤たちは、必死で、自身をQやWやEといった文字列に生成させようとするのだ。ある実践の流れのなかに含み込まれないかぎり――つまり、Qと打ち込むかぎりでしかQであることができない彼らは、ぼくには、とても悲劇的な存在であるように思える。彼らは、自身に付与された潜勢的なQという力を、現実のQに生成させることによって、死ぬ。つまり歴史となる。主体化を遂げることで、彼らは死ぬと同時に生きた証を残すのだ。テクスト主義者が、彼がQかどうかは、証明されえない、などと言っているあいだに、Qは頭を紙に打ち付けて、Qに生成するのだ。</p>
<p>もうすこし説明を加えてみよう。たとえば、今日では、インターネットがあり、なんらかの文字列を検索する、という行為が一般化している。何らかの語を検索した時にあらわれる文字列は、その文字列が意味するもののエノンセではない。それこそが、フーコーがまっさきに遠ざける実証主義的な思考である。検索結果をただちにそれが表示する意味の言表だというフーコー研究者の意見をどこかで見かけたが、最悪だと思う。むしろ、検索エンジンの検索結果は、その文字列を検索したという行為の言表でしかない。つまり、それは、主体の行為のなかに収束してしまうのであり、この場合は、テクスト論でも対応可能な事態である。なんらかの文字列が、文字列を打つ行為に収束する場合は、テクスト論とエノンセ論のあいだに、差異が生じないことがありうる（この点からフーコーとデリダが混同されてしまう）。</p>
<p>だが、稀に、検索結果が、なんらかの出来事を招来させる場合がある。たとえば、“死”という文字列を検索したとしよう。検索者は、ただ、死がいかなるものなのか、死とはなにか、そうした情報を得ようとして検索したのだが、偶々、自身の死を宣告するような遺書を検索エンジンにひっかけてしまった場合、その瞬間にはじめて、検索結果は、死という出来事を招来させるエノンセとなる。つまり、検索した主体＝重力に言葉が収束してテクストになるのではなく、主体を極端に離れて出来事に結びついてしまうような、《強い言葉》があるということだ。主体の意図としては、死とはなにか、その意味を調べようと思っただけなのだが、その意図にかかわらず、死という出来事をディスプレイの中に招来してしまったのである。こうした出来事に直接的に結びついた言葉は、テクストの外にある、エノンセである（だから、おいそれと“死”などという単語を検索するものではない）。この場合には、もはやテクスト論では説明不能であり、エノンセ論でしか対応できないのは明白すぎる事実である。なにしろ、S、H、Iという文字列は、その意志にかかわらず、テクストの外の“死”に生成してしまったのだから。</p>
<p>このとき、鍵盤たちの悲しみはいかばかりであろうか。だが、こうした悲劇を感じられるかどうか、それが、エノンセの概念を理解するための最大の鍵であると、ぼくは思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、日本の文学者の多くが、私小説を書いた。現実と虚構の境目で書かれた、私小説を、テクスト主義者は、認めない。テクスト外の現実を前提にしているからだ。戦後大挙して訪れたテクスト主義者の群れによって、私小説はほとんど絶滅してしまった。だが、私小説家は、テクスト論者ではなく、エノンセ主義者なのだ。私小説とは、まさに、言葉が出来事に生成する境界線上に位置する、エノンセなのである。歴史家として言わせてもらうが、たとえば田山花袋の『蒲団』における「横山芳子」ほど、現実の岡田美千代を生き生きと表現している資料は存在しないと、ぼくは考える。美人というよりは、その生き生きとした表情によって、田山花袋を魅了した岡田美千代の姿は、彼の言文一致体によって描かれることで、まさに、出来事に実現する――横山芳子の名は、岡田美千代の生のエノンセなのである。そこには、花袋でさえ自覚していなかった、そしてテクスト主義者が見向きもしなかった、《大逆》を可能にする革命的ななにものかがあったのである。……</p>
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		<title>デリダ／フーコー・ドゥルーズ、そして第九条について</title>
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		<pubDate>Tue, 26 Feb 2008 14:40:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>この三人について、ずいぶん、言葉を費やしたと思う。とくに、デリダについては、ここでは比較的たくさん語ったし、本当のところをいえば、もうあまり文句はいいたくない。きっと彼の人柄は、素晴らしいものだと思うから。それに、わたしは、べつに哲学研究者ではないし、その理論に対する実感を、学術論文に高めるという欲望をもたない。しかし、この三人が曖昧に一緒くたにされてきた日本の言説空間には、なにか不穏なものを感じないではない。というのも、やはり、デリダとフーコー・ドゥルーズは、理論的な方向性がまったく異なるからである。もちろん、フーコーとドゥルーズのあいだにも差異はあるし、また逆から言えば、デリダがフーコーたちと異なるのも当然なのだが、しかし、わたしには、この差異は、致命的に巨大なものに思えるのだ。たしかに、フーコーとデリダとのあいだに、表向きの和解はあったし、一時的な共闘は望むところでもあろう。だが、やはりそれは一時的なものにしかなりえないと思う。いまはまだ、デリダとフーコーたちの差異は、微細なものだ。彼らの理論は、結果的に同じ表現に帰着しているようにみえる。この差異は、デリダのフッサール論からして、すでに垣間見えていた。この初期値のちがいは、あとあともっと、それこそ取り返しの付かなくなるほどに、大きくなるだろう。左派を気取るなら、この差異は、もっと強調しておかねばならない。</p>
<p>わたしは、ここ最近直覚したこの差異についての正当性を、確信している。そして、もっと厄介に感じているのは、デリダの議論を批判しながら、それでいて、彼の音声中心主義の周辺をうろついている、日本の理論家たちのあいまいさである。私見によるなら、彼の理論の本質を批判するかぎり、音声中心主義批判に対して疑問を抱かないでいることはむずかしい。音声中心主義批判の恐さは、それが、ブラックホールのような禍々しい正しさに満ち満ちていることである。</p>
<p>プラトンやルソーにみられる音声中心主義を批判するにしたところで、わたしたちが触れることができるのは、彼らのものとされているエクリチュールだけである。彼らの声を聴くことは絶対にできない。もしかりに、なんらかの形でそれが録音されていたとしても、それは声ではなく、その本質から言えば、それもエクリチュールである。したがって、エクリチュールしか残していない人間の音声中心主義を批判することは、本来は不可能なのだが、その一方で、この批判は、現在の人間が過去の人間に対してもっている不可逆の権力関係によって、かならず成功してしまう。わたしたちは、エクリチュールにその基礎をおくかぎり、プラトンやルソーの議論を、一方的に裁く権利をもっているからである。</p>
<p>本来、デリダのような文献学者が持たねばならないのは、テクストに残された痕跡のあいだから、痕跡なき声を聴こうとする態度である。わたしたちの言葉は、声であろうと、文字であろうと、つねに、「彼岸」を渇望し、欲望する矢や弾丸である。テクストの外部はない、テクストの起源などないのだ、などと文献学者が語ることは、はっきりいえば、すでに届いている言葉から、目や耳を塞ぐ行為以外のなにものでもない。そのことに気づかないのは、現在の人間ならば誰もがもっている傲慢さのゆえなのである。そしてこの傲慢さが厄介なのは、現在のすべての人間が、これを慎ましさだと誤解していることなのである。「わたしは、あなたの意見がわかったなんていうつもりはありません」というわけだ。だが、本当に必要なことは、わかったか、わからなかったかではないし、相手の論理を自壊させることでもない。むしろ、いかに、生産的でポジティヴな差異を、そこから直接引き出せるかどうか、である。欲望は、つねに、外への欲望であり、だから、欲望本位の言葉はたえずテクストの外へとはみ出しているような、そんな実践なのである。こうした欲望を、否定することはできない。否定するなら、それは欲望の定義からははずれてしまう。欲望は、徹頭徹尾肯定的ななにものか、ポジティヴな差異として実現されるからだ。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>欲望はしてもかまわない。だが、それを実践に移すのは勘弁してもらいたい。これが、ふやけた民主主義的な学者流の、デリダ読解の中心である。ひとは、たえず他を犯したい、他に犯されたいという、主客未分の淫らな欲望を心に抱きながら、電車に乗り、道を歩き、そして食事している。こうした欲望をその内部に溜め込むこと、外部への発露を禁じることは、それは、欲望本来のありかたとは考えられない――というか、そうした禁止さえ、欲望が能動的に行なうのでなければならない（ちなみに、これがストア派流の考えかたである）。欲望と実践とを分割する学者流の理解は、たとえば、軍隊をもつことはかまわないが、それを解き放つことは許されないという、今日、どこの国でもまかりとおっている論理と、どのように違っているのだろうか。わたしには、まったく同じものにしかみえないし、むしろ、それらは混同されるべきものとさえ思っている。欲望を屈折させ、自身のうちに溜め込むことは、暴力を軍隊にまで膨れ上がらせることと、ほとんど大差ないのである。</p>
<p>むしろ、わたしなら、なんの考えもなしに母親が子の尻を叩くのと同じように、直線的で、なんら屈折していない暴力を、たえず発揮せねばならないのだと思う。欲望は発揮されねばならないが、発揮されてはならない、などというデリダ流のパラドックスなど、観照的な場所にいればとりあえず安心できる学者という人種のひねくれた欲望しか満足させないだろう。だが、そうしてひとびとの欲望を屈折させ、暴力を内側に向けることが、倫理的には使い道のない軍隊を膨れ上がらせることとどのようにちがうのか。そうした議論は、わたしにはまったく説得的ではないのである。</p>
<p>欲望は、本質的に実践であり、つねにはけ口を求めるものである。それを内側に向けて屈折させればさせるほど、暴力は、肥大化していく。言葉から拳に、拳から銃に、銃からミサイルに、そしてミサイルから原子爆弾に、といった具合である。</p>
<p>憲法第九条を、わたしは愛している。この条項は、とにかく、戦争を、わたしたちの極限まで、近づけているからだ。この条項は、人間はかならず戦争してしまう生物だという前提なしには、文章として成立しない。憲法第九条は、ひとがそうみなしているのとは逆に、ロマンチックな理想論でもなんでもない。もっと過酷であり、現実的である。ひとはかならず戦争するということを忘れているひとたちだけが、憲法第九条を不要だとみなすのである。軍隊を恒久的に手放さねばならないのは、ひとが、暴力装置を持とうとする欲望を恒久的に手放せないからである。軍隊を手放す、とは、軍隊を持たないことではない。むしろ、軍隊は、たえず手放されねばならないということである。手放すということの意味は、すなわち、外に向けて発露させるという意味であり、したがって、軍隊にまで膨れ上がるまえに、つねに、直線的で、無垢で、そして痕跡の残らない暴力を、つねに発揮し続けなければならないということを意味している。……</p>
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