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	<title>ex-signe &#187; énoncé</title>
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		<title>懐疑と数学、存在についての私論</title>
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		<pubDate>Fri, 14 May 2010 18:26:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Ding an sich/noumenon]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
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		<description><![CDATA[「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐疑」の始まりである。</p>
<p>たとえば「魔女裁判」は、この分離なしにはありえない。彼女が人間の表象をもつにもかかわらず、魔女だとしたら？　それは神がつくり保証する概念と表象の一致に、根本的な誤謬が発生していることを意味する。もちろん疑念は、最初に女性に向かう。この女性が魔女かどうかは、じつは問題ではない。むしろ、その疑いを招いていることが、魔性なのである。この疑念自体が、神が保証する一致に対する反逆だからだ。疑わしいという、ただそのことが、罪なのだ。だからこそ、彼女は暴力的な裁判に、しかもはじめから断罪されることが定められた裁判にかけられねばならない。</p>
<p>トマス・アクィナスに従うかぎり（またあえてカントの用語を使って言えば）、神は悟性的な存在である。感性によってものを感覚する人間とは根本的に異なり、神は〈悟性によって感覚する〉。人間がある表象にまちがった概念を与えてしまうのは、人間が感覚に頼っているからだ。だが神はちがう。神は感性をもたない。したがって、神において、概念それ自体が存在である。神は「神」であるがゆえに全能の存在なのであって、全能だから神なのではない。完全に演繹的な存在である。だとしたら、なにゆえ神は魔女などを生み出したのだろうか。そんなことをするなんて、〈あなた〉は、言われているほどに神なのだろうか？</p>
<p>彼女が魔女ではないと証明することは、原理的に不可能である。この懐疑は一度はじまってしまったら、同じ論理的基盤を保持するかぎり、二度と取り除くことができない。なぜなら、証明という行為それ自体が表象と概念の一致を前提しているからである。結局、女はすべて怪しい。しかし、この猜疑は神にも向かう。この不可解な女を作ったのは神だからだ。もしかしたら、この「神」は、神ではないかもしれぬ。「神」が全能ではない、ただそれだけで、「神」は疑うに足る。「神」が神でないのなら、いったいひとはなにを信じたらよいのだろうか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>「“もの”がある」、とはいったいどういうことだろうか。なぜひとは、具体的であっても雑多な表象を超えて、抽象的な“もの”を思考することができるのだろうか。この概念は、概念と表象の差異、つまり上述の「懐疑」なしにはありえない。概念はいつも表象を尽くさないし、表象はいつも対象を尽くさない。カントは、これこそが“もの”の源泉であると考えた。この差異、この残余こそが、“もの”である。これらが一致しているかぎり、“もの”は生じようがない。</p>
<p>カントにしたがうなら、もの自体を生み出すのは、むしろ表象に概念を与える悟性の側である。そのことを彼は、アプリオリに“もの”がある、という言い方をする。逆説的な言い方で、「もの自体は、ただ悟性によって考えることだけができる」という。だが、実際には、不完全な悟性、不完全な概念こそが、対象を“もの”に変えるのだ。感覚（だけ）がまちがうという言い方はできない。まちがうのはどちらかといえば悟性である。というのも、感覚は悟性に従うからだ（認識は対象に先立つ）。感覚が悟性に従う、とはどういうことか。それはもちろん、感覚の正否を悟性があらかじめ定められた基準＝カテゴリーにしたがって判断するということだが、感覚はじつはつねに-すでに悟性に依拠している。そのため、悟性が理解しうるものが感覚とされ、悟性が理解できないものは超感覚的な“もの”と判断される、ということになるしかない。</p>
<p>したがって、カントにおいて、「“もの”がある」、すなわち存在は、感性的な実在とは区別される。実在が肉の側に割り振られているとすれば（一般にはこちらを「もの」と呼んでいるが）、“もの”あるいは存在は、実在を超えたもの、すなわち超感性的なものであり、ネガティヴな仕方でしか現われないものである。</p>
<p>この点でいうと、悟性は懐疑しない。悟性は疑うことなく表象を認識の裁断にかける。たんにカテゴリーに従って感覚的なものと超感覚的なものを区別していくだけである。懐疑は概念と表象の差異が生み出す帰結だが、この差異、すなわち超感覚的なものがなんらかのイメージと結びつくとき、それは理性と呼ばれる。たとえば神は超感覚的なものだが、これを髭の生えた巨人に代理表象させる、のは理性がおこなうことである。あるいは、悟性におけるカテゴリーの篩（ふるい）が残余として生み出す超感覚的なものが懐疑によって取り出されるとして、それは全体として理性のはたらきであり、短縮されて理性と呼ばれる。したがって、懐疑を行うのは理性ということになるが、やはり、現実には悟性が理性に先立っている。悟性に蓄積されたイメージにもとづいて、神を表象するからであるし、あるいはそもそも超感覚的なものは、（感性と一体のものとしての）悟性が取り逃がす残余だからである。だから、“もの”は悟性の生み出す残余だが、その残余自体は理性においてイメージされる。</p>
<p>こういう考え方は、たしかに「魔女裁判」を無用のものにする。表象と概念の差異が発生するのは、むしろ自分の貧弱な悟性（あるいは認識）のせいだからだ。この女が魔女であるか否か、それはむしろ、科学、とりわけ自然科学上の認識論的な課題なのだ。カントは、かくして、審判としての学問という考え方を提起した。カント以来、学問は一種の裁判の形式をとるようになった。またその一方で、というよりはこちらのほうがカントにとってははるかに主要なテーマだが、概念と表象の差異こそが、むしろ神の源泉となるだろう。概念と表象の差異のおかげで、ひとは神の存在を疑うに至ったのだが、その差異、すなわち懐疑がなければ、いったいどこに神がいるというのか。概念と表象とが一致するというのなら、なぜわれわれは神の姿を見ることができないのか。なぜ神は受肉を必要とするのか。もとより超感覚的な神を思考できるとすれば、その思考は感覚を通過したものであってはならないだろう。感覚を通過せずに訪れた概念だけが、神と呼ぶに値するのだし、また悟性が取り逃がした“もの”だけが、神の可能性をもつのである。こうした感性-悟性の残余、学問が作り上げた知的文脈を超えてある他者、思考するといっても想像するといっても大差ないこの他者、これが神である。神とは、懐疑の別の名なのであり、またそうであるがゆえにこそ、神は存在するのである。カントはいうだろう。彼女が疑わしいといっても、だからといって魔女とはかぎらない、われわれの認識が未熟なのかもしれない……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、それより前の時代のデカルトの（のちにスピノザに、さらにはハイデガーを介してフーコーによって拡張される）解決方法は、すこし違ったものであったように思われる。というのも、彼ももちろん神の存在を示そうとした点でカントと同様だが、「懐疑」にとどまったのではなく、これを乗り越えてしまったからである。「われ思う、ゆえにわれあり」という命題は、完全にポジティヴなものであり、存在についてのカントのイロニカルなスタイル、「もの（＝存在）は考えることができるだけだ」とは異なる。彼はどうやって表象と概念の不一致を乗り越えたのか。</p>
<p>注目すべきは、彼における三つの要素である。ひとつはコギト、もうひとつは神の証明、そしてもうひとつは解析幾何学である。この三つの要素はすべて同じものの異なる表現であり、これらを切り離して考えることはできない。</p>
<p>彼は“もの”を「延長」と呼ぶ。それは彼が証明したと信じた三つの存在のうちのひとつであり、「われ（コギト）」、「神」と並列される。つまり、彼はカントのように実在と存在を質的に区別していない。感性的要素（延長）と理性的要素（われ、あるいは神）は同じ平面上に展開されている。したがって、「在る」は、この同じ平面に展開されることを指すのであり、「われ在り」が可能なら、自動的に神や延長の「在り」も可能になる。カント的にいえば感覚的に存在する延長と、超感覚的に存在するはずの神とのあいだに、存在論上のちがいはない。</p>
<p>表象と概念の差異に対するカントの解決方法とのちがいを強調していえば、こういうことだ。デカルトは、表象-概念の二重構造そのものを破棄した。延長（つまり表象）と「われ」や「神」（つまり概念）は、存在するという観点からいえばいずれも同じである。だから表象と概念を区別する必要はない。それこそが「コギト」、すなわち「われ思うゆえにわれあり」である。「われ思う」ということと「われあり」とのあいだには、じつは〈深い〉差はないのだ。しかし、神もまた延長やわれと同じく表象であるなら、神はいかなる表象をもつのか？　デカルトがじつはやり残していた問いを継承したのはスピノザである。彼が「われ思うゆえにわれあり」を「われは思惟しつつ在る」に翻訳したとき、彼は、概念が思惟されるということと、ものが在るということが、デカルトにおいて同一平面上で行われていることを正しく理解していた。したがって、神も表象をもつ。神の表象とは、この世界そのもののことである。神はもの＝延長と同様に存在する。彼らはいうだろう。彼女は、魔女ではない、みるがいい、彼女は美しい女ではないか、一体どこに魔女がいるというのか……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>一般に、数学はものとものとの「関係」を扱うものとされている。たとえば柄谷行人はこう言っている。</p>
<blockquote><p>数学を量的なものと見なす考えを捨てないといけない。数学は本来的に「関係」を扱う学問です。量はその一つにすぎない。</p>
<p>…特に数学的思考というべきものはない。「関係」を考えることなら、すべて数学的である。言語体系も政治的組織も精神病理も、それが関係の形態であるかぎり、数学的に扱えます。</p>
<p>…プラトンは、「関係」は、感覚的なものと区別されるイデアとして、イデア界に在ると考えたわけです。今そんなふうに考える人はいないけれども、この区別そのものは残ります。「関係」は、物があるというのと違ったふうに、存在する。あるいは、それは無であるともいえます。なぜなら、それはどこにも存在しないからです。</p>
<p class="post-r">柄谷行人「なぜ数学か」</p>
</blockquote>
<p>たしかにプラトンは数学や幾何学を自身のイデア論にとって不可欠のものと強調していた。だが、イデアの世界と現実の世界について、前者は後者より美しく、後者はその模倣であるためにいくらか美しさを欠くとは言っているが、それが感覚的なものと区別されるとは全然言っていない。その差はあくまで強度的なものであって、質的なものではない。いずれも〈感覚的に美しい〉ものである。柄谷は数学が「関係」を扱うという自説を補強するためにデカルトも引き合いに出しているが、「われ」「もの（延長）」「神」を同じ「在り」のなかに展開するデカルトが、数学をそれらの「在り」とは区別しているとしたら、一体彼は、いかにして幾何学上の点を数に置き換えることができたのだろうか。数は、柄谷がいうように、「われ」とも「神」とも「延長」ともちがう、特別な存在の仕方をしていると、デカルトは考えていたのだろうか。</p>
<p>さらにいえば、現実のデカルトは、磁力や重力のように、離れているもの同士のあいだに働く遠隔力という考え方を怪しげなものとして拒絶したひとである（したがってニュートンの万有引力の法則は、当時絶大な影響力を誇ったデカルト主義に対する最初の有効な批判のひとつだった）。つまり、“もの”と“もの”のあいだの「関係」という思考はデカルトには見当たらず、“もの”と“もの”のあいだの作用はすべて「衝突Impact」によって説明される。</p>
<p>こうした要素を突き詰めて考えてみよう。私見によれば、むしろ、デカルトの発見は次の点にある。すなわち、数は、そもそも“もの”を扱う。というより、数は、対象を“もの”化する。それゆえ、幾何学上の点（すなわち延長）を数に置き換えても、まったく問題が発生しない。幾何学は、とくにエジプトやギリシアにおいて測量術から発展しているように、もともと現実を扱う、実用的な学問である。それに対して数学はとくにピタゴラスと結びつき、音楽に結びつけられるかぎりでは現実的なものだったが、そうでない場合はより神秘的な（カルト的な）学問だった。この両者の区別は、あきらかに表象の有無に依存している。すなわち、前者は物質的・実在的だが、後者は精神的・存在的とみなされている。デカルトが解析幾何学で乗り越えたのは、この境界である。つまり、より現実的な点や線（＝「延長」）は、より非現実的とみなされる数と変わらないのであって、それは、延長とわれや神とが並列されるように、同じ平面上に展開されているのである。コギトなしには、解析幾何学は可能にならないのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ハイデガーが指摘するように、「道具」は、ひとが石を矢じりとして使うときにはじめて具体的な道具となる、というようにして、一挙に現われる。そうでなければいつまでたってもただの石であり、さらにいえば、人間と関係しない限り、「石」でさえない。プラトン風に翻訳するなら、ある石を矢じりとして用いることが可能であるなら、その石は矢じりのイデアを持っていたということである。また、これらの矢じりを“もの”である、と考えたとすれば、それは、この矢じりを数えるときである。３つの矢じりを数えるとき、そこにはすでに抽象的な思考がはたらいている。矢じりのイデアにもとづいて、それらをひとつふたつと数えるとき、それらを抽象的な“もの”として扱っているのである。このように、イデアには運動的なものと数学的なものとの二種類があるのであって、かならずしも後者とだけ結びついているのではないし、関係ならばすべて数学的だということにもならない。道具的な関係というものもある。農夫が鋤で土地を耕すとき、彼はまちがいなく鋤と関係をもっているが、それが数学的な関係にあるなどということはとうてい不可能である。むしろ、固く乾いた土を掘り起こすために、汗をながして金属片のついた木の棒を振り上げるという、そのことが、彼と鋤とを道具的な関係として取り結ぶのである。</p>
<p>いずれにしても、数学が行うのは、対象を“もの”化することである。３つの矢じりという思考法は、具体的な矢じりを“もの”に抽象化する。逆に、道具的な思考法は、抽象化されたこの３つの矢じりに、再び具体性を与えるだろう。つまり、道具的な思考法が出来事にかかわるとすれば、数学は存在に、とりわけ“もの”にかかわる（といっても、数が序数であるかぎり、出来事の一変種であるが）。“もの”は、カントのように表象と概念のずれが生み出すのではなく、具体的な対象、たとえば矢じりを数えるときに発生する。数学は、ひとに対象を“もの”として把握することを教えるのだ。だから、デカルトに従うかぎり、表象（ここでは幾何学）と概念（ここでは数学）のとりもつ「関係」の向こう側に、わざわざ「もの自体」を設定する必然性はない。むしろ、ある表象が数と関係するとき、その関係が、“もの”である。数学と幾何学とを結びつける解析幾何学とは、“もの”の発生過程の特異な表現、というかスタイルであり、なおかつプラトンのイデア論の正統な拡張である。</p>
<p>この意味では、「関係」という観念、表象を欠いたこのカント的・ヘーゲル的観念は、数学とは別のものである。構造主義の難点も、数学の使用法にある。数学的に取り出された構造を具体的な“もの”と遊離した「関係」とみなすことが、この学問に閉塞をもたらす。むしろ、そうした構造は、ユニークな序数として現実に存在していると考えほうがよい。たとえば生まれたばかりの赤ん坊が、トポロジックに母親を二つの穴（目）のある形として捉えたからといって、母親が存在していないと言うことなどできないのと同じことである。現実に、赤ん坊にとって、母親は二つの穴のある形として存在するし、彼が（無意識にとはいえ）表象と概念を認識論的に区別しているなどと考える必然性はどこにもない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>幾何学上の点を数に置き換えることが可能であるということ、この不思議な事態はなにを意味しているのだろうか。この奇妙な思考の跡をたどっていくと、スピノザにたどりつくことはすでに述べた。さらにこの先をたどると、ハイデガーを批判的に継承したフーコーに突き当たる。というのも、フーコーは、テクスト上のいくつかの点を、実際上の出来事に置き換え可能なものと考えていたことが明白だからである。彼は、この奇妙な点を「言表」と呼び、これをひとが思いもよらぬ突飛な出来事と結びつける斜線を至る所に引いて回っていた。わたしには、フーコーは、この点では彼が批判したデカルトによく似ているように思われるのだ<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。おそらく、出来事の学はこの方向にしかないし、わたしはそれを、たぶん《文学》と言っているのだろう……。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
<a name="n01" href="#p01">(1)</a> むろん、デカルトとフーコーの差異には注意しておかねばならない。デカルトはコギトから解析幾何学へと至るプロセスのなかで、あらゆる事象を数学的に（≒客観的に）把握する「普遍数学」を試みたことがよく知られている。この点に注目するなら、彼の議論には、プラトンに存在していた運動のイデアを欠いていることになるし、それをハイデガー＝フーコーとの差異として強調することができる。それは、比喩的にいえば基数と序数の差異を強調することである。だが、古典主義時代に注目するフーコーは、「普遍数学」の可能性を知っていたからこそ、その難点を的確に指摘できたと考えなければならない。柄谷のように、「関係」を離れて“もの”があるかのようなカント的な議論とデカルトの数学を混同するくらいなら、フーコーとの共通点を主張したほうがデカルトあるいは数学の理解として精確であると思われる。
</li>
</ul>
<p><div class="post-rl">
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</div></p>
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		<title>ポストモダニストたち（１）――ミシェル・フーコー</title>
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		<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 16:55:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
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		<description><![CDATA[わたしの愛するポストモダニストたちがいる（この言葉を、あえてよい意味で使おう）。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの愛するポストモダニストたちがいる（この言葉を、あえてよい意味で使おう）。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もない歴史が背負わせた重みがあって、近寄り難い感じを抱かせる。それに引き換え、先にあげた四人は、こういってはなんだが、同志だと感じる。先へ進めと、わたしに語る。もちろん、彼らはホメロスたちと同じく、歴史を超越した存在である。時代の重力とともにあるような、そんな重みなど、もちあわせていない。わたしの重荷を捨て去ることを、彼らは教える。優れた人物は、みな《ポストモダニスト》であるが、四人は、わけてもその名に値する。そのうち三人が、歴史家であったこと、これは偶然だろうか。彼らがいなければ、わたしは歴史などやっていない。とっくの昔に、歴史からおさらばしていたかもしれない。だが、わたしは歴史家である。だから遠いヨーロッパにいたこの四人について、短い言葉を捧げたい。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>四人のなかで一番年少のフーコーの驚異は、《言表（エノンセ）》にある。それは、簡単にいえば、《言葉という行為》である。なおかつ、極度に《文学》的な概念でもある。古典主義時代の考察から、この概念は磨き上げられた。言葉と物が《透明》な関係をもつ。少なくとも、《透明》になるまで磨き上げられることが、推奨される。この概念は、すでに彫琢されていた《狂気》と結び合わされ、独自な展開をみせた。言葉と事物とが組み合わされるということが、なにを意味するのか。この問題が複雑化するのは、歴史そのもののあり方と重なりあっている、と考えられるときである。フーコーの書物は、このような読解が認められるかぎりで、批判的な重層性をもっている。だが、多くの社会学者は、フーコーのこの議論を「権力」との関連でのみ読み解いたようにみえる。歴史家フーコーの重層性を取り逃がすと、その豊かな生産性を半分しか受けとることができない。</p>
<p>言葉と事物、両者の関係の透明性。むろん、古典主義時代のこの試みは、失敗することが確実である。言葉は、事物に対するヴェールになりはしても、けっして事物そのものにはならなかった。すくなくとも、近代に生きるわれわれは、そのことを彼らよりもよく承知している。堆く積み上げられた歴史家の営為は、そのことを逆説的に証明している。そればかりか、われわれは、この失敗をむしろ虚構として受け容れさせられてさえいる。しかし、フーコーは、注意深く、その当たり前の前提を、自身の思考から取り除く。</p>
<p>これは容易なことではない。歴史家としては当然の態度であるが、にもかかわらず、多くの歴史家はそのことに失敗している。言葉と事物とのあいだで呼び交わされたお互いの愛が、ついに成就しないのであれば、歴史家は、自身の営みのはじまりから、その権利を失うにちがいない。多くの歴史家は、自身が行なう過去の復原が、実際には不可能であることを、暗黙にか、無意識のうちにおいてか、いずれにせよ自覚している。この諦念をさらに進めたところに、ある種の哲学的勢力がある。この諦念を確実なものにすることが、歴史主義の批判であると考えているひとたちである。この哲学は、この確実な諦念、すなわち絶望から出発して、未来へと踏み出すことを考えている。</p>
<p>だが、フーコーはそうした哲学とはすこし異なるように思われる。というのも、彼は、古典主義時代の歴史を紐解く際に、時代の学問的布置（エピステーメー）が作りあげた試みを、その結果から批判しようとはしなかったからである。失敗に終わったと思われる結果は考慮の外であり、むしろその布置の変化を問題にしていることは、よく知られているはずである。彼をして、この問題構成の移動を可能にしたのは、次のような確信からである。すなわち、《運命と必然性は異なる》（クリュシッポス）。たしかに、《透明性》の試みが失敗することは《運命付けられている》。だが、そのことでもって、《必然的に》試みが不可能であると考える理由にはならない（ここには、のちに彼のなかで醸成されるストア派的な思考の萌芽がある）。クリュシッポスの命題は、ここでは次のように変奏できる。《失敗と不可能性は異なる》。厳密に考えれば、われわれは、あの挑戦の《不可能》を断定できる材料をもっていない。そしてもうひとつ重要なことは、《人類の歴史はまだ終わっていない》ということである。試みが途絶したことはたしかだとしても、今後のエピステーメーの変換が、そうした試みに近づく場合も予測できるし、挑戦はまた行なわれる可能性がある。したがって、不可能性を前提とした議論は慎まなければならないし、問うても仕方がない。問題は、むしろ、この移動や変換である。《透明性》を虚構として非難しているのではなく、この透明性を虚構として受け容れるような布置の変換のほうがずっと問題なのだ（フーコーは透明性をことさらに強調したが、一切批判していない）。結局、《透明性》を非難している者は、その試みを終わりにおいて／として受けとっているのであり、そこには、歴史主義批判の仮面をかぶった暗黙の歴史主義が横行している。歴史主義批判という言葉が言葉であるかぎり、それは事物の表面にかぶせられたヴェールである。かくして言葉は、多くの場合、現実の出来事を覆い隠してしまうだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《エノンセ》は、こうしてますます彫琢され、いよいよ希少なものとなった。ほとんどの言葉は、現実と関係ないばかりか、現実を覆い隠すヴェールのはたらきを行なう。それはたしかである。しかし、歴史家の手のなかで踊るいくつかの過去の言葉の群れは、まだその踊りをやめていない。多くの歴史家は、過去を定まったものとして受け取っているし、答えを手にしていないとしても、どこかで定まっていると考えているからこそ、学問たりうるのだが、本当の歴史家は、過去がまだ終わっていないということを、心のどこかで感じている。《この過去はむしろ未来に実現されるのではないか》、そんな妄想に駆られることがたびたびある。飛んでいる最中の矢が標的に当たっていないのは当然なのであって、当たっていないという非難はまったくのお門違いである。言葉に絶望するのはまだ早い。つまり、フーコーは、われらがニーチェのように考えた――依然として飛翔をやめていない矢としての言葉がある。そのかぎりにおいて、《エノンセ》は存在しうる。矢としての言葉――《エノンセ》は、権利上、あらゆる物と同じように、暴力ともなりうるような物理的な力をもつはずである。それは、ほんものの《矢》だからである。だが、その力が隠されているのだとしたら？　フーコーは、それを「権力」と呼んだと思う。</p>
<p>おそらく、『言葉と物』以降、彼の進むべき道は、二つあったはずである。ひとつは、権力への道。そしてもうひとつは、自由への道である。フーコーにとっては、そのいずれもが《エノンセ》なしには考えられなかったのだが、ひとまず、彼は「権力」に手を付けた。サルトルのように、はやいうちに自由の道に取り掛かることもできたが、年齢的にいって、四十代で行なう仕事としては、理解できる選択だったと思う。やや突っ込んだ想像をすれば、サルトルは急ぎすぎに思えたのかもしれない。『監獄の誕生』や『知への意志』が、その成果である。これらの書物は、彼の考察を先に進めると同時に、より確実で念入りなものにした。自由へただちに飛躍するよりも、こうした準備をしておいたほうが、跳躍をより美しいものにするだろうし、またより遠くまで到達できるだろう。だが、この周到さは、逆にますます誤解を生むことにもなった。</p>
<p>近代的なエピステーメー、すなわち言葉を対象との（対象なき）意味作用において捉えようとする議論は、もちろん、古典主義時代にその萌芽があったはずである。つまり、古典主義時代のエノンセのなかに、近代の権力を生み出す力があった。したがって、一九世紀の言説のなかから、注意深く、なにがエノンセであり、そしてまたなにがエノンセを隠しているのかを見きわめなければならない。エノンセを隠すエノンセは権力である。つまり、結局は権力もまたエノンセである。だからこそ、それは身体にも深く作用する。言い換えれば、《精神においても物理的に作用する》。言葉を絶望で覆う限り、それはどこまでも深く《生政治》的に作用する。「深く」というのは、それが隠されているからである。エノンセは、基本的に、表面で仕事を行なう。しかし、その一方で、エノンセはいつも隠されている（とりわけ近代にはそうだ）。エノンセを隠すことが、作用を隠微に沈潜させる。結局、近代が背負った「歴史病」とは、われわれの歴史を隠すことなのである。彼らは、暴きながら、同時に隠すのだ。あるいは、見ることで、見えなくする。すでに十分に見えているものでさえ、隠れている、という。これが「監獄」であり、「性」である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>多くの誤解があった。ドゥルーズのすばらしい友愛の助けがあったにもかかわらず、それはまだ誤解のままだ。フーコーが、あらゆる知が権力として作用するといったとき、便利な批判的ツールを得られたと考え、ひとはそれに賛成しながら、絶望した。社会を監獄のようなものだと考えたのだろうし、さもなければ、あの哲学的勢力に影響されて、きっと絶望の身ぶりが必要とされていると考えたからかもしれない。しかし、知が生に対する政治を行なうというのなら、それは同時に可能性なのではないか？　ひとの言葉は、本当に肉体において、物理的に作用するというのなら、そこにこそ《自由》はありはしないだろうか？　フーコーは、本当は、最初からずっと、そのことを、しかもそのことだけを言おうとしていたのだ。ひとは、《いいたいことがいえる》のだ。</p>
<p>『知への意志』に対する評判と同じ数だけの根本的な誤解に直面し、さらに死期を悟ったフーコーは、急いでいままでの仕事をひっくり返す作業（同じことを、別の側面から語ること）に取り掛からなくてはならなくなった。まだずっと先だと考えていた仕事に、だ。多くの誤解があったことを、よく知っている。だが、それもまたこの時代の――反時代的な――エノンセなのだ。わたしほど、そのことをよく承知している人間はいない、とフーコーなら考えたろうか。誤解のうえに誤解を塗り重ねる結果も、予想できただろう。しかし同時に、彼ならエノンセがちゃんと未来に届くことも知っていただろう。エノンセの力は、わたしの意見はおろか、個々の主体さえもおかまいなしである。だからひとは、エノンセの力に身を委ねるしかないのだ。エノンセに自身を重ね合わせる。それを主体化という。……</p>
<p>ディオゲネス・ラエルティオスによれば、《犬の》ディオゲネスは、死に臨んで一番重要なことはと尋ねられ、「いいたいことがいえることだ」と答えたという。たしかに、それは重要なことだが、じつは、とりわけむずかしいことでもある。自由な社会では、なおさらそうだ。そのことは、フーコーの書物を読めば、よく理解できるだろう。近代とは、なんと不自由な社会であることか！　一見して自由であればあるほどに、われわれの自由は奪われていくようにさえみえる。考えてみるがいい、この資本主義社会において、自分が作りたいものを生産している人間がどれほどいるのかを。近代の言語使用のなかで、いくら言葉を費やしても、ほとんど《意味作用》のなかに吸い込まれて消えてしまう。不自由な社会のほうがひとは自由である、というありふれた逆説を想起しておいてもいいだろう。もちろん、それもまた不自由であるのだが。いずれにしても、「いいたいことをいう」のは至極シンプルな欲望ではあっても、簡単なことではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、フーコーには、エノンセの概念がある。エノンセは、かならず、この世界に実現される。思ったとおりにではないとしても、けっして意味作用のなかに吸い込まれたりはしないで、未来にかならずたどり着く。二〇世紀の住人であるフーコーが、一八世紀や一九世紀のことを、あれほどまでに鮮やかに描き出すことができた、という事実が、それをよく物語っている。彼はたしかに過去の声を聞いた。今度は、われわれが、彼の声を聞く番である。彼ほど、自分の「いいたいことをいう」ために努力したひとはいない。彼は《自由》だった。だが、われわれは、いつだって、《自由》なのだ。</p>
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		<title>哲学者と芸術家III――フーコーとエノンセ</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Oct 2008 00:52:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
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		<description><![CDATA[五月革命以降、一九七〇年代を前後するわずかな期間に、フランスには哲学の帝王が君臨していた。ミシェル・フーコーである。もちろん、帝王という用語には注意せねばならない。というのも、後世の歴史家に誤解を与えてはならないからだ。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>五月革命以降、一九七〇年代を前後するわずかな期間に、フランスには哲学の帝王が君臨していた。ミシェル・フーコーである。もちろん、帝王という用語には注意せねばならない。というのも、後世の歴史家に誤解を与えてはならないからだ。実際、フーコー本人が言っていたように、五月革命当時、一般にアクチュアルな議論として許容されていたのは、ライヒやマルクーゼといった、一種の疎外論である。フーコーの哲学は、あくまで、潜勢的なものにとどまっていた。だが、だからこそ、彼の哲学は革命を実現し、そして、その結果として、彼はアカデミー・フランセーズに君臨しえたのである。</p>
<p>革命の唯一の主体である民衆とは、つねに潜勢的（ヴァーチュアル）なものである。無名の民衆に固有名が与えられた瞬間に、民衆は民衆であることをやめ、革命は革命であることをやめる。つまり、歴史となる。革命は任意の固有名によってテクストのうちに封じ込められて矮小化し、たんなる権力闘争や嫌悪すべき暴力の歴史に変えられてしまう。固有名を与えられてアクチュアルとなった出来事は、じつはすでに死んでおり、要するに、それが歴史である。潜勢力として溢れんばかりの生を開放していた民衆は、墓に刻まれた銘となる。アクチュアリティとは、要するに、力が力としての自身を終えることである。フーコーは、そうした潜勢力としての民衆が唯一認めた死であり、その本質からして真の好ましい歴史家であった彼は、革命の最中に真っ先に死んだ男なのである。帝王とは、自身を民衆のうちに生成させるひとのことであり、彼は民衆として主体化する（野心的な多くのひとたちは、たとえばローマのマリウスのように、まちがって主体化ならぬ大衆化を遂げてしまう）。つまり、帝王とは、自身の主体を捨て去り、その代わりに民衆の意志をわが意志に転生させられる人間をいう。</p>
<p>そして、こうした一組の運動こそが、出来事の素粒子である《エノンセ》の真のはたらきである。エノンセは、波動であると同時に物質であり、たんなる観念ではない。「もっとも言表は、いつでもなにがしかの物質性を付与され、それはいつでも空間＝時間的座標にしたがって位置づけられうるものであるが」（『知の考古学』）。フーコーは、自身のテクストのみならず、その活動のすべてが、エノンセのはたらきによって説明されることを欲している。エノンセは、はじめからテクストの外部にあり、その意味において、フーコーの活動は、歴史家ではなく、哲学者のそれなのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>エノンセについての記述のなかで、もっとも美しいくだりだとぼくが思うのは、タイプライターの鍵盤によって、それを説明した箇所である。それは、他の箇所の高級さと比べれば、いわばＢ級映画のようなものだろうが、それでも、必要なものが、すべて揃っていると思う。</p>
<p>日本人であるわれわれになじみやすいように、AZERTといわずに、QWERTYと言おうか。読者がいま自分の前で目にしているキーボードをみてほしい。そこには、QWERTY（たていすかん）と書かれているはずだ。</p>
<p>これについて、まずはエノンセの議論とは対照的なテクスト主義者の議論を考えてみよう。彼らは、こう考える。それらの文字列は、現実のQ、W、E、R、T、Yという文字列からなるテクストだが、それらの鍵盤を打ったとして、本当に実態的に表示されるのかどうかは、証明されえない。&#8221;Q&#8221;と打ったとしても、&#8221;P&#8221;と表示してしまう壊れたキーボードがあるかもしれないからだ。したがって、真理として最大限言いうるのは、ひとつの鍵盤に&#8221;Q&#8221;と印字されているという当のそのことだけであり、われわれはテクストから出るべきではないのだ、と。現実にはQであるのかPであるのか証明されえないにもかかわらず、Q=Qという暗黙の前提のうえに積み重ねられてきた解釈を、Qの、そしてその他の文字列のもちうるわずかなエラーによって瓦解させること。それが、脱構築である。</p>
<p>フーコーはそんなことは気にしない。鍵盤に印字されたQWERTY、そんなものはエノンセではない、という。端的に、上記の可能性は、思考の外に放擲される。微に入り細を穿つテクスト主義者が好みそうなことだが、QWERTYという文字列自体に意味がない以上、PWERTYになろうがなんだろうが、その点は、いまのところどうでもいいことだからである。つまり、言葉の「意味」が重要なのではないし、またその「意味」を瓦解させることも重要なのではない。「意味」はこの際、どうでもよく、むしろ言葉が現実にはなにを生み出すのか、そのことのほうが問題なのである。</p>
<p>したがって、このキーボードの教則本（テクスト）に書かれたQWERTYが、このキーボードQWERTYとのあいだに持っている関係性において、テクストに書かれたQWERTYは、エノンセでありうる、と言われることになる。要するに、教則本のQWERTYには、ひとがそれをもとにして現実の鍵盤を指で叩いたという、わずかながらの出来事の煌きが封じ込められている。そのことにおいて、教則本のQWERTYは、エノンセなのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、じつは、鍵盤上のQWERTYもまた、エノンセでありうる。ためしに、エディターを開いて、Q、W、E、R、T、Yと打ち込んでみよう。おそらくほとんどの場合、鍵盤に書かれているとおりに、ディスプレイにそれらが表示されるはずだ。それが何を意味するかは、さしあたりどうでもよい。キーボードに印字されたQWERTYが、ディスプレイに表示されたQWERTYと関係をもっているかぎり、キーボードに印字されたQWERTYは、現実のQWERTYの、エノンセである。</p>
<p>クリュシッポスを再び召還しよう。彼はいう、「車と口にすると、口から車が飛び出す」。QWERTYと打ち込むと、QWERTYとディスプレイに表示される。つまり、これは《悲劇》として理解されねばならない。狼少年が、狼に喰われ、そして町の人間もまた狼に喰われた時、狼少年の言葉は、エノンセとなった。テクスト主義者にうそつきのレッテルを貼られた鍵盤たちは、必死で、自身をQやWやEといった文字列に生成させようとするのだ。ある実践の流れのなかに含み込まれないかぎり――つまり、Qと打ち込むかぎりでしかQであることができない彼らは、ぼくには、とても悲劇的な存在であるように思える。彼らは、自身に付与された潜勢的なQという力を、現実のQに生成させることによって、死ぬ。つまり歴史となる。主体化を遂げることで、彼らは死ぬと同時に生きた証を残すのだ。テクスト主義者が、彼がQかどうかは、証明されえない、などと言っているあいだに、Qは頭を紙に打ち付けて、Qに生成するのだ。</p>
<p>もうすこし説明を加えてみよう。たとえば、今日では、インターネットがあり、なんらかの文字列を検索する、という行為が一般化している。何らかの語を検索した時にあらわれる文字列は、その文字列が意味するもののエノンセではない。それこそが、フーコーがまっさきに遠ざける実証主義的な思考である。検索結果をただちにそれが表示する意味の言表だというフーコー研究者の意見をどこかで見かけたが、最悪だと思う。むしろ、検索エンジンの検索結果は、その文字列を検索したという行為の言表でしかない。つまり、それは、主体の行為のなかに収束してしまうのであり、この場合は、テクスト論でも対応可能な事態である。なんらかの文字列が、文字列を打つ行為に収束する場合は、テクスト論とエノンセ論のあいだに、差異が生じないことがありうる（この点からフーコーとデリダが混同されてしまう）。</p>
<p>だが、稀に、検索結果が、なんらかの出来事を招来させる場合がある。たとえば、“死”という文字列を検索したとしよう。検索者は、ただ、死がいかなるものなのか、死とはなにか、そうした情報を得ようとして検索したのだが、偶々、自身の死を宣告するような遺書を検索エンジンにひっかけてしまった場合、その瞬間にはじめて、検索結果は、死という出来事を招来させるエノンセとなる。つまり、検索した主体＝重力に言葉が収束してテクストになるのではなく、主体を極端に離れて出来事に結びついてしまうような、《強い言葉》があるということだ。主体の意図としては、死とはなにか、その意味を調べようと思っただけなのだが、その意図にかかわらず、死という出来事をディスプレイの中に招来してしまったのである。こうした出来事に直接的に結びついた言葉は、テクストの外にある、エノンセである（だから、おいそれと“死”などという単語を検索するものではない）。この場合には、もはやテクスト論では説明不能であり、エノンセ論でしか対応できないのは明白すぎる事実である。なにしろ、S、H、Iという文字列は、その意志にかかわらず、テクストの外の“死”に生成してしまったのだから。</p>
<p>このとき、鍵盤たちの悲しみはいかばかりであろうか。だが、こうした悲劇を感じられるかどうか、それが、エノンセの概念を理解するための最大の鍵であると、ぼくは思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、日本の文学者の多くが、私小説を書いた。現実と虚構の境目で書かれた、私小説を、テクスト主義者は、認めない。テクスト外の現実を前提にしているからだ。戦後大挙して訪れたテクスト主義者の群れによって、私小説はほとんど絶滅してしまった。だが、私小説家は、テクスト論者ではなく、エノンセ主義者なのだ。私小説とは、まさに、言葉が出来事に生成する境界線上に位置する、エノンセなのである。歴史家として言わせてもらうが、たとえば田山花袋の『蒲団』における「横山芳子」ほど、現実の岡田美千代を生き生きと表現している資料は存在しないと、ぼくは考える。美人というよりは、その生き生きとした表情によって、田山花袋を魅了した岡田美千代の姿は、彼の言文一致体によって描かれることで、まさに、出来事に実現する――横山芳子の名は、岡田美千代の生のエノンセなのである。そこには、花袋でさえ自覚していなかった、そしてテクスト主義者が見向きもしなかった、《大逆》を可能にする革命的ななにものかがあったのである。……</p>
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		<title>言葉という出来事（ラフ）</title>
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		<pubDate>Wed, 07 Nov 2007 01:13:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「わたしは理論的に小説を書こうと思っているし、君もそうすべきだよ」といったのは夏目漱石で、彼はわたしの胸の上に乗って、両腕を押さえつけた。わたしはもがきながら、「それでは自由がないじゃないか！」と言ったかと思うと、それで [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「わたしは理論的に小説を書こうと思っているし、君もそうすべきだよ」といったのは夏目漱石で、彼はわたしの胸の上に乗って、両腕を押さえつけた。わたしはもがきながら、「それでは自由がないじゃないか！」と言ったかと思うと、それで目が覚めた。</p>
<p>つい先日のことだが、われながら、じつにくだらない夢をみたと思う。いま時間に追われて書いている文章が、頭から離れないから、こんな夢をみるのだろう。よく寝付けない。パソコンに向かって、毎日キーボードを叩いている。文章を書くたびに、孤独が増していくような、そんな感覚を抱くこともある。どうして、こういう表現しかできないのか。もっとよい表現があるはずだ……。</p>
<p>何度もいうが、こんな夢は、どうだっていいことである。たかだか自意識がこの夢を見せているにすぎないし、こういう夢をみること自体が、非常に自意識的なことだと思う。とにかく、そういう葛藤を振り捨てて、書かなければならない。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>わたしがはじめて歴史に触れたとき――小学校の三年くらいのことだと思うが――、奇妙な昂奮を感じたことを覚えている。歴史は、桃太郎や鶴の恩返しのような、いわゆる「昔話」ではない。本当の話なのだ。子供は、ほとんど生まれてすぐに、言葉を括弧に入れることを教えられる。つまり、親から、物語を聞かされる。もちろん子供のわたしは昂奮するが、それは本当の出来事ではなく、すぐに、それが架空の物語であることを学ぶだろう。サンタクロースはいない。仮面ライダーもいない。ガンダムもいない。しかし、歴史にかんしては、大人はこういったのだ――それは、本当の出来事だよ、と。祖父の祖父の祖父の…そのまた祖父の時代に本当に起こった出来事。カエサルは本当にいたし、ナポレオンも、豊臣秀吉も、本当にいた。あのホメロスの『イリアス』でさえ、じつは、《本当の出来事》だったのだ。わたしははじめて、括弧に入れないで言葉を使用することがありうるのだということを、知った。歴史という剥き出しの言葉――わたしにとっては、それ自体が、出来事だった。本棚にしまわれた無数の物語のなかで、歴史の本は、燦然と光り輝いてみえた。</p>
<p>わたしは読書が嫌いで、家でも一番本を読まない人間だった。が、中学のときに、読書を強制されて、それなら、と手にとったのが、数多い小説ではなくて、『旧約聖書』であり、すぐに挫折したが、そのあとで、プラトンの『ソクラテスの弁明』を読んだ。親に聞くと、やはり、それは本当の出来事だと言った。そしてわたしは、再び昂奮した。それからエドガー・アラン・ポーを読むようになり、小説にも、なにがしかの真実が書かれていることを知った。マリー・ロジェの謎に昂奮した。メエル・シュトレエムに飲まれてにも昂奮した。振り子と陥穽や黄金虫にも昂奮した。それから森&#40407;外を読んだ。家に全集があって、全部読んだが、これには昂奮できず、ただ惰性で読んだ。そこでわたしの読書熱は冷め、わたしはもっぱら音楽を聴くようになった。ニーチェやプラトンは読んだが、それ以外は、ほとんど音楽を聴いて過ごすようになった。受験勉強などほとんどしなかった。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>大学に入り、歴史学を専攻した。音大を薦められたこともあったが、歴史学を選んだ。おそらく、子供のころに感じた《本当の出来事》に対する昂奮を、身体のどこかが覚えていたのだろう。それに、言葉に対する未練があったのかもしれない。もちろん、その選択は、歴史学がどういうものなのか、なにも知らない、幼稚臭い選択だったといえる。わたしは本当に幼かった。ただ漠然と、歴史学を選び、そして歴史学の現状に、いっぱしに絶望していたように思う。実証主義は、小説とは距離をとろうとするし、だから、科学的であろうとする。だから実証主義は、「実態」をあつかう。「実態」とはなにか――それは、たとえば、こういうことだ。外務大臣が、他国とある条約を結ぶ。これが「実態」である。ある戦争で、戦車が何台破壊された。これが「実態」である。しかじかの制度は、しかじかの官職は、いついつに、だれかれを支配するためにつくられた。これが「実態」である。</p>
<p>子供なら、《本物のような絵》には、誰でも昂奮する。もしかしたら、これは本物かもしれない、と思うからだ。これって、本物じゃない？　何度も見返す。本物かな？　美術館にあるけれど、なんだかこれだけ本物みたいだ。もちろん、すぐに、それは絵であり、そうした感情を括弧に入れることを学ぶ。だが、しかし、その絵を描いた画家は、見る人に、そんな昂奮を喚起させたいから、そういう風に描くのだ。もしわたしがその画家なら、「これは絵ですよ」と教える親を憎むだろう。そんなことは、子供は、とっくの昔に知っている。これはもちろん、絵だ。だが、にもかかわらず、子供はそれを本物だと思うのだ。もっと複雑な動揺を覚えているのだ。しかし、大人は、「これは絵ですよ」という回答で、子供を無理やり安心させてしまう。</p>
<p>それに、サイコロを、本物のように描くのは簡単である。だが、木や森や、そして動物や人は、そうはいかないだろう。目を鍛え、腕を鍛えなければならない。歴史も、これと同じである。簡単だからといって、サイコロだけを描けばいいというわけにはいかない。だが、歴史学者は、サイコロだけを描いているのだった。なぜか――それが「実態」だからだ。</p>
<p>歴史もまた、物語である、という言葉に、青臭いわたしは、自分の絶望を肯定された気がして、素直に聞いた。歴史には、「人間」が書かれていない。そのとおりである。人間はもっと内面的で、意識的で、苦悩していて、すべてを面には表さない。言葉は自意識の産物で、現実ではないし、だから歴史もまた《本当の出来事》ではない。言葉は、やはり、全面的に括弧に入れるべきなのだ。できるとすれば、せいぜい、思想史だけだ。実証主義の標榜する客観性よりも、構成主義の主張する統制された主観性を。……</p>
<p>それで、思想史を研究するようになった。当時はそれで納得していた気になっていたが、やはり、それは欺瞞だったように思う。《出来事》は、いったい、どこにあるのか。実証主義があつかう「実態」でもないし、思想史があつかう「思想」でもない。おそらく、《出来事》は、そのあいだにある。剥き出しの言葉、言葉がそのまま、出来事であるような、そんな言葉が、絶対にどこかにある。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>子供は、今日あったことを、ひとに伝えたいと思う。今日、こんなことがあったよ、あんなことがあったよ。それでね……。それは、《出来事》である。「実態」でもないし、「思想」でもない。徹頭徹尾、それは《出来事》でなければならない。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>柄谷行人はこういっている。</p>
<blockquote><p>
漱石は『文学論』の中で、こういう例を挙げています。シェークスピアの『オセロ』という劇で、有名な悪役のイアーゴーという人物が出てきますが、怒った観客が俳優を射殺した事件があったそうです。その観客は、それが演劇であることをわきまえていなかった。しかし、それが芝居であることをわきまえるには、なかなかの文化的訓練がいるのです。その証拠に、今でも、テレビの俳優などを、彼らが演じた役の通りの人物だと思いこむ人たちが大勢います。犯罪者をヒーローにするのは怪しからんという人は今でもいますし、また、事実、映画や小説の真似をしたりする人もいるわけです。漱石は、さらに、裸体画を例にあげています。裸体画を、性的な関心を括弧に入れて見ることは、当初は難しかった。漱石自身もかなりショックを受けたのではないか、と思います。<br />
くりかえすと、カントは、美的判断を、関心を括弧に入れることにおきました。ある物が芸術であるか否かは、それについての諸関心を括弧に入れることによってのみ決められる。その物が自然物であろうと、機械的複製品であろうと、日常的使用物であろうと、関係がありません。それに対する通常の諸関心を括弧に入れて見るということ、そのような「態度変更」が或る物を芸術たらしめるのです。『倫理２１』平凡社、２０００年、６６‐７ページ。
</p></blockquote>
<p>一体、彼は何を言っているのだろうか。わたしには、言っていることがまったくわからない。いや、かつては、わかった、というか、わかった気になっていた。かつて――というのは、思想史に可能性をみていた頃のことだ。物自体‐認識、という対のなかで、ひとが意識的に行なうことは、すべて認識の範疇に収まってしまう。物自体とは区別された、認識の内部で、対象に応じて、態度を変更することが重要である。</p>
<p>わたしは笑ってしまう。柄谷行人を批判することは、かつてのわたしを批判することだ。わたしはいう、否、だ。それはちがう。射殺された俳優は、人間としては不本意だろうが、芸術家であるかぎり、むしろ本望であるはずだ。芸術は、ずっと、入れたりはずしたりできるような、そんな忌々しい括弧を放擲したいと考えているのだ。ひとびとの認識を越え出ることを欲望している。美は認識の側にあるのではない。美は、それ自体が、存在なのだ。カンヴァスを出なければならない。舞台から出なければならない。今日起こったことをひとに伝えようとしている子供は、それが、本当に起こった出来事だと思って欲しいから、喋っているのだ。今日ね、学校でね……。芸術作品が可能になるのは、そうした括弧を放擲するからこそ、可能なのである。裸体画に、性的欲望を掻き立てられる、それで正しいのだ。エロティックなものをいかに括弧に入れたところで、それではいつまでたっても芸術作品は可能にならない。プラトンは、なぜ、エロスを完全に肯定したのか。エロスは、どのような場所であろうと、完全に肯定されねばならない。そこにしか、知はないし、美もないのだ。</p>
<p>彼はまた漱石の言葉を引きつつ、こうも言っている。「しかし、「有りの儘に隠しもせず漏らしもせず描く」ことは、実は不可能です。漱石がその可能性を「小説」すなわち虚構に見出しているのは、そのためなのです」（同書８０ページ）。</p>
<p>ちがう。「有りの儘に隠しもせず漏らしもせず描く」ということは、そもそも必要がないし、どうでもいいことである。わたしが歴史学をやっているのは、そうした括弧をすべて放り投げしまう可能性を追求したいからである。これは《本当の出来事》だ、というただそれだけを言うために、わたしは歴史をやっている。所詮言葉なのだから、本当の出来事とは違うでしょ、という愚かで自意識的な大人がかぶせる括弧を、言葉から取り外したいのである。それは、小説であろうと、同じことである。小説は虚構だから可能性があるのではない。小説は、そして芸術は、真実を描こうとするからこそ、可能性があるのだ。</p>
<p>自意識の球体を破砕せよ、といった小林秀雄は正しい。花の美しさなどない、美しい花があるだけだといった小林は正しい。美は、そして言葉は、認識の側にではなく、自然の側に属している。けっして、日本の文学は、内面的でもないし、国民国家など作ってもいない。そういう勢力があったことはたしかだとしても。戦前の文学は、たしかにすばらしかった。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>フーコーは、そうした言葉の可能性を追求した、数少ない歴史家である（わたしを正しい道に引き戻してくれたのは、ニーチェとフーコーとドゥルーズである）。そうした言葉を、彼は、「言説」といい、もっと厳密化して、「言表」といった。彼は、ディスクールの概念を用いて、ベラスケスを絶賛した。彼の絵画は、カンヴァスをはみ出し、真実の方へと、足を踏み出しているのだ。彼は、カントが――というよりはカント主義者がのちに作り上げることになる馬鹿げた境界線を、露骨にも踏み越えたのだ。だが、どういうわけか、それをひとは、ベラスケス批判だと受け取ったようである。言葉が透明になるというフーコーの表現を、いちいち誤解して、言葉を物に付せられた一種のヴェールだと受け取ってしまったようである。美術批評を否定的判断と心得る日本の知的文脈が、フーコーの絶賛に否定的な響きを加えてしまったのかもしれない。透明な言葉、とは、言葉がそのまま出来事であるような、そうした言葉のことである。そこでは、言葉と出来事とのあいだに、境界線はなくなってしまう。言葉は、それ自体が、意識を飛び出して、《もの》の側に属するようになるのだ。「言説」という語の《意味》を、本当に理解している人は、おそらくほとんどいない。かなりのひとが、どうやら誤解していると思う。ディスクールは、批判の道具ではない。むしろ、徹底的に、ポジティヴである。ディスクールなしには、歴史は不可能である。フーコーは、古典主義時代を、そして自分が所属している以外のあらゆる時代を絶賛したのだ。</p>
<p>カンヴァスを出なければならない。舞台から出なければならない。言葉を意識の檻から脱獄させねばならない。言葉は比ゆではない。言葉は虚構ではない。言葉は、本質的に、自然の側に属している。なぜなら、それは、世界そのものが、カンヴァスであり、劇場だからである。カントのように、カンヴァスとその外とのあいだに境界を設けることでもなく、ヘーゲルのように、その境界の内と外を統合してすべてを精神の世界にしてしまうことでもなく、デリダのように、内と外との境界を受け容れたうえで脱構築することでもない。《すべては、外なのである》。カンヴァスや舞台でさえ、そして言葉や精神でさえ、《外》なのであり、だから逆にいえば、すべてはカンヴァスであり劇場なのである。（精神でさえ、自然なのだ。内という外があり、また外という外がある。過去とは、過去についての現在であり、現在とは、現在についての現在であり、未来とは、未来についての現在である。）だから、生そのものが、美学的でなければならない。そこにしか、出来事はないのである。</p>
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		<title>テクストとしての憲法／声としての憲法</title>
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		<pubDate>Thu, 03 May 2007 16:30:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[憲法というテクストがある。これはわたしたちの外部にあり、国民投票という改変を経なければ、どうにもならない《もの》である。カント風にいうと、かの憲法は、一種の《物自体》である。もちろん、改変できる以上、「どうにもならない」 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>憲法というテクストがある。これはわたしたちの外部にあり、国民投票という改変を経なければ、どうにもならない《もの》である。カント風にいうと、かの憲法は、一種の《物自体》である。もちろん、改変できる以上、「どうにもならない」という表現はいささか的を得ていないかもしれない。とはいえ、改変した時点で、それはすでに旧来のテクストではない。別のテクストとして、また新たな生を受ける。したがって、ただちに、それはまた“テクスト”――すなわち、《物自体》であることを始める。</p>
<p>わたしたちにとって、憲法が、そういう意味でのテクストであるかぎり、許されている行為がある。それは、想像力を駆使すること――すなわち、《解釈》である。《物自体》という観念、テクストという観念は、それに相対するわたしたちに、《想像力》という観念を与える。テクストが改変不能な《物自体》であればあるほど、余計に《想像力》という観念は不可避的にあらわれる。したがって、テクストが改変不能な外部であればあるほど、《解釈》という行為は不可避となる。</p>
<p>テクストが、たとえほんのわずかであっても、封じ込めているのは、過去の正確な記憶である。過去の正確な記憶を封じ込めているとしても、やはり、それはわたしたちには一部分しかみえていない。そうであるがゆえに、正当な《解釈》が要求される。ある対話において、ひとびとの言葉から、その内面を探るように、わたしたちは、テクストから、その可能な真意を《想像力》によって、引き出そうとする。つまり、テクストとわたしたちの分裂は、ちょうど、記憶力と想像力の分裂に符合する。テクストとわたしたちが分かたれているその境界線上をそっくりそのままなぞるように、記憶力と想像力は分かたれている（ここでは、マルクスの価値形態論を想起すべきだろう――記憶力と想像力の対は、本当のところは、あるひとつの商品がもっている使用価値と交換価値の対に等しくなっている。あるひとつの商品が交換を可能にすると同時に交換を謎めいたものにしているように、テクストは、読解可能性を開示すると同時に隠蔽している）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>テクストの正確な再現前化が求められること（科学的な知の要求に等しい）と、テクストが不可知の《物自体》である、ということとは、矛盾しない。むしろ、その対こそが、テクストを読解するわたしたちに想像力（だけ）を要求することになる。そして、ここが重要な点だが、テクストという《物自体》は、かえって《想像力》を無際限にする。こうしてテクストは、完全にオープンなものになり、どのような《解釈》も許されることになる。</p>
<p>すでに、前政権によって、現行の憲法においても、海外派兵が可能であることが実証されている。すなわち、テクストが主張しているはずの内容から、完全に真逆の解釈を導き出すことすら、可能なのである。従軍慰安婦にせよ、南京大虐殺にせよ、これらは、想定する程度に違いはあれど、どう考えても事実である。だが、それらを実証しているはずのテクストは、それがテクストであることによって、真逆の可能性すら主張されうる。たとえば、南京大虐殺を伝える新聞は、事実を語っているのではなく、国民の鼓舞という目的にしたがって作られたテクストである、という風に。歴史学者であれば、誰でも知っているはずだが、同じひとつの史料（テクスト）からは、たいてい、二つの異なる解釈が導き出されている。しかも、それらは、おおむねまったく相反する解釈なのである。それは、先の戦争にかかわる領域ばかりではなく、どのような領域においても妥当する。《テクスト》という思考を除かぬかぎり、わたしたちの思考から、こうした《解釈》の可能性を取り除くことはできない。権利上、それは可能だし、またそうでなければならないからである。その意味では、“平和のために戦争をする”、ということさえ、可能になる。ここでいう「平和」が、テクストとしての平和であるとすれば、それは当然の権利なのだ。テクストを正確に、かつ精緻に読むことが、かえってテクストを逆転させ、テクストを脱構築する。それは、たしかに、正しい。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、発想を転換しよう。憲法が、わたしたちが解釈すべきテクストではないとすればどうか。といっても、テクストではない憲法など、にわかには想像し難いかもしれない。だが、わたしは、《言説》としての憲法、というものも、当然ありうると考える。それはどういうことか。</p>
<p>わたしたちは、もはや、１９４５年当時、かの憲法が生み出され、かつ受け容れたあの瞬間のひとびとの真意を、正確に受けとることはできない。その真意は、平和な時代を生きたわたしたちの想像を絶しているし、また、当然、記憶の範囲も絶している。憲法の周辺には、さまざまな史料があり、かの憲法の成立する背景をいろいろと探ることはできるだろうが、そうした瑣末な史料も憲法も含めて、いずれにしても、誰でも知っているように、《読むこと》以外にその手段は認められていないように思える。</p>
<p>実際、誰もが知っているように、声は、失われるものである。戦争の体験者がどんどん減少していく昨今にあって、それは、必然的な事態である。それゆえ、もはやたんに声に頼ることはできなくなっている。だからこそ、テクストとしての憲法、というわけだが、だからといって、憲法を、たんにエクリチュール（文字）の問題として、テクストとしてのみ把握するのも間違っている。むしろ、かの憲法は、平和への意志であり、平和の言説であり、そしてやはり《声》なのである。１９４５年当時のひとびとの記憶力と想像力とをともに封じ込めて過去に消え去った《声》なのである。もちろん、こうした《声》はすでにイデアであり、イデアそのものであり、それゆえ、わたしたちからは失われている。文字は、ここでは、エクリチュールを根源にもつテクストではなく、《声》のドキュメントである。それは、いまここで語られ、現にいま聞いている声ではなく（その意味での声は、たしかにエクリチュールと区別できない領域をもっている）、消え去ることによって定義されるような、そうした《声》である。エクリチュールのもたらす、蓄積される時間概念とは異なる、絶えざる現在の反復という時間概念によって定義される、そうした《声》である。しかし、消え去るといっても、この《声》が意志していた事態を、わたしたちはすでに知っている。というよりも、消え去るがゆえにこそ、わたしたちと彼らとのあいだに、真の意味で出来事が生成するのである。それは、たんに想像力によるのでもないし、たんに記憶力によるのでもない。その両方を駆使することで、この意志を、この《声》を、聞くこと――つまり、出来事を生成させることができるはずだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>私見によれば、かの憲法が主張しているのは、戦争をしないことではない。むしろ、わたしには、《人間》という動物が、必ず戦争をしてしまう動物である、ということを主張しているように思える。そうでなければ第九条は意味をなさないからである。テクスト以前のこうした前提（という言い方は明らかに誤解を生むだろうが）があるからこそ、第九条は可能になっているのだ。第九条が可能な《言説空間》とは、人間と戦争とが、分かち難い紐帯によって結び合わされているような、そういう空間なのである。</p>
<p>その点を考えれば、けっして、テクストがあらゆるものに先立つ根源なのではないし、声はつねに‐すでにエクリチュールによって先取りされてもいない、ということもわかるだろう。こうしたテクスト以前の前提を、わたしはフーコーの言葉を借りて、《言表》と呼ぶ。アメリカ人であろうが、日本人であろうが、《人間》は必ず戦争を行なう。第九条は、そうした出来事の正確な《言表》にほかならない<sup><a name="p1" href="#n1">(1)</a></sup>。したがって、第九条については、次のように考えるのが正しい。すなわち、たんに戦争をわたしたちの手の届かぬところへ遠ざけようとしているのではなく、戦争をかぎりなくわたしたちに近づけながら、同時にかぎりなく遠くへと追いやっている、と。</p>
<p>先の戦争は、さまざまなことを実証した。戦争は、けっして仕掛けるものではなく、あらゆる意味で、仕掛けさせられるものだということ。そしてにもかかわらず、戦争は、仕掛ける側になった時点で敗北であるということ。また、武器を持てば戦争を行なってしまうということ。そして、戦争という手段によっては、家族を守るという目的はけっして果せないということ。そればかりか、たんに家族を破壊する帰結をもたらすのだということ。家族を守るということと、国家を守るということは、同じではないこと。国家の死が個人の死をもたらすのではなく、個人の死が国家の死をもたらすのだということ。下からであろうが上からであろうが、国民と国家の統合は必ず夢想に終るということ、などである。</p>
<p>戦争とは、そうした事態の実証過程にほかならない。そして人間が戦争を避けられない動物であるという前提があるからこそ、第九条は、戦争を《可能なかぎり》未来へと遠ざけるために生み出されたひとつの《声》でありうるのである。ここでは、第九条は、テクストではなく、だから自由な《解釈》の余地はない。言説としての第九条は、上記の《言説空間》によって、すでに規定されているからである。ここでは、真実は、一でもなければ、多でもない。また、一にして多であり、多にして一というわけでもない。真実は、一であり、また同時に、多なのである。それこそが、《声》のもたらす、新しい歴史の空間である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は、わたしたちが、その《声》を聴きとる耳をもっているかどうか、ということだけである。わたしが、憲法を読むたびに、《読む》という行為に反して聴きとるのは、１９４５年というあの瞬間が、わたしたちに、時空を越えて送る悲痛な《声》である。ひとは、未来永劫戦争から解き放たれることはなく、国家の論理の狭間で、つねに戦争の脅威におびえて生きるほかないのだという、そうした悲痛な、そしてささやくような《声》である。もちろん、その《声》は、わたしが聴いた瞬間に、つねに‐すでに、消え去っている。ただ、手許には、エクリチュールという痕跡が残っているばかりである。それは、たぶん、なにかの幻聴であり、ひとかどの紳士ならば「形而上学」といって批判するような、つまり、あらゆる言葉を《声》とみなすような、言い換えれば、言葉をそのまま出来事とみなすような、一種の狂気であるにちがいない。</p>
<p>憲法を変えてもいいし、変えなくてもいい。改変不能なテクストとして、後生大事に守り続けてもかまわないし、自由に解釈可能なものとして、ときと場合によっては変えてもいいような、そうしたテクストとして理解するのもかまわない。ほとんど狂気と隣り合わせであるような、《言説》の領域において、ただいえることは、１９４５年に生み出されたかの憲法が、おそらく世界史上もっとも戦争を身近に体験した世代によって、わたしたちのいる現在‐未来に対して送られた、しかもすでに失われたメッセージであるということだ。わたしたちは、それが狂気の可能性を孕んでいるのだとしても、その《声》を聴きとっているはずなのだ。そして、憲法をテクストとして読む前に、まずはテクストの行間から、エクリチュールの間隙から漏れ聞こえる、そうした《声なき声》のことを考えてみてほしいのだ。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
<a name="n1" href="#p1">(1)</a> リアリストを自称するたいていの改憲派は、テクスト以前のこうしたリアリスティックな前提――人間は何らかの手段で必ず戦争を行なう動物であるという前提――に対して、あまりにも盲目である。彼らにとって、第九条は、たかだかテクストであるにすぎないのである。ところで、公平を期していっておけば、第九条を護憲派が《物自体》として扱うかぎり、かえって他方に無限の解釈を認め、そしてそれを事後的に改憲につなげようとする右派を生み出すのも必然なのである。言説の観点からみれば、左派の方が相対的に正しいが、そうである以上、左派を気取るのであれば、テクストという思考と、自覚的に手を切るべきではないだろうか。
</li>
</ul>
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		<title>名前について／固有名と匿名の二項対立を越えて</title>
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		<pubDate>Sun, 30 Oct 2005 03:52:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[他人について知りたい、という欲望は、ごく自然なものだろう。ひとが、他人の何に興味を持つかはさまざまであろうが、やはり、気になるのがプロフィールではないか。そこには、名前や出身、血縁や地縁、生没年のみならず、場合によっては [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>他人について知りたい、という欲望は、ごく自然なものだろう。ひとが、他人の何に興味を持つかはさまざまであろうが、やはり、気になるのがプロフィールではないか。そこには、名前や出身、血縁や地縁、生没年のみならず、場合によっては仕事遍歴だとか、思想遍歴だとか、さもなければ顔写真だとか指紋だとか遺伝情報であるとか、そのひとにまつわる履歴がコンパクトに記されている。他人についての情報を手っ取り早く手に入れることができる、大変便利なものである。</p>
<p>今日までうずたかく積み上げられた歴史（大きな歴史であろうと、小さな歴史であろうと）を作っているのは、たしかに、このプロフィールである。しかも、プロフィールは、一種の人間主義を形成する。とにかくプロフィールは、人間の“存在”を前提にしているからだ。</p>
<p>“人間”という言葉は、それが示す内容がきわめて空虚であるがゆえに、どのようなものでも含まれうる。にもかかわらず、“人間”という語は、その前に修飾されるべき“どのような”を、省略することができるという、きわめて特異な用語である。たとえば、今日、あらゆる権利が保障されるべきはずの“人間”の中から、犯罪者や精神異常者、あるいは外国人や天皇は排除されていることを想起すればいい。“人間”という語は、本当は“どのような”ということが前提されているのに、それを暗黙の了解のうちに省略してしまう。暗黙のうちに了解されている、というのは、いわば人間の条件であるが、それについて知るためには、プロフィールに書いてある項目に注目すればよい。名を持ち、仕事を持ち、出生地を持ち、親を持ち、電話番号を持ち、リアルなアドレスを持ち、ネットワークにアドレスを持ち、そして顔を持つ……。重要なことは、プロフィールが要請されるかぎり、《今ここ》が知りたがる項目によって、他人が規定されるということであり、逆ではないということである。</p>
<p>かくして、他人に対して、社会が知りたいと思うことだけが、他人についての情報となる。ここでいう“社会”とは、絶対的な主観である。“社会”と“私”の違いは、それが複数であるかそうでないかの違いだけで、“私”を積み重ねれば、もちろん、“社会”ができあがる。だから、“社会”を“私”に置き換えても、そう大差はない。わたしの知りたいことだけが、あなたについての情報のすべてである。</p>
<p>このことは、別に間違いではない。社会にとって他人であるような《私》がいるとして、《私》が社会に参加しようとするかぎり、名前や顔を用意するのは、《私》の生存にとってある程度までは大事なことだ。社会に排斥されることで死が待っているのだとしたら、やはり、名や顔をでっちあげることは、最優先事項だろう。だから、ひとは、履歴書を書くのだし、またプロフィールを他人に公開するのである。レヴィナスのように《顔》と言おうが、柄谷行人のように《固有名》と言おうが、どちらでもかまわないが、いずれにせよ、はじめに社会ありき、というかぎりにおいて、名や顔――プロフィールは、個人を特定する場合に必ず要請される、というのはやむをえないことである。もちろん、レヴィナスや柄谷の思考にうかがえるのは、古い人間主義の残滓だが、かといって、《私》が適当に名を変え、顔を変えているかぎり、《私》は永久に社会には認められないというのは、依然として事実である。</p>
<p class="post-c">◇</c></p>
<p>だが、《顔》や《固有名》を賛美する思考には、なにか違和感がある。おそらく、すでに気づいていた読者もおられると思うが、プロフィールが要請している各項目に共通しているのは、それらが、変更しがたい傾向をもつ、ということである。《顔》や《固有名》が問題にされる場合、考慮されていないのは、変更可能性である。仮に、《顔》についての思考が、他者に見られることで、そのつど顔そのものが変更される場合を含んでいると見るとしても、そうであるなら、重要なのは、顔ではなくて、見られることによって絶えず顔が更新されることのはずである。固有名もそうである。関係性が固有名を作り出すとして、関係性の更新に応じて固有名が変わるとしたら、大事なのは固有名ではなくて、関係性が更新されることのはずである。</p>
<p>逆に言うと、顔や固有名の思考は、《今ここ》の“かけがえなさ”が前提にされている。というのも、それまでの名や顔の変化をさしおいて、顔や固有名そのものを問題にできるのは、《今ここ》が重大視されているからである。だが、<strong>今日、《今ここ》の“かけがえのなさ”において問題なのは、《今ここ》が絶えず過ぎ去っていくことの方である</strong>。つまり、《今ここ》は、絶えず更新されているのであり、そうであるがゆえに、過ぎ去る《今ここ》が、“かけがえのなさ”を得ているのである。したがって、《今ここ》が絶えず更新されているという事実に着目するなら、顔や固有名についての思考は足場を失うし、ついには意味をなさなくなるだろう<sup><a name="p1" href="#n1">(1)</a></sup>。</p>
<p>わたしたちは、プロフィールについてのあらゆる思考に、穴が開いていることを薄々知っている。名前や顔を、適当にでっちあげることは不可能ではないからだ。だから、逆に、良識的なひとびとは、名を変えることに、一種のタブーを感じている。名は、存在と結びつき、またそうであるがゆえに変更不可能となっているのである。このような社会において、ひとが、名を守ろうとすることは、必然である。名を好きなように利用されることは、存在の冒涜を意味するからだ。かくして、《匿名》の権利なるものが、必然的に生まれることになる。だが、ここまでの考察で明らかなように、《匿名》の権利は、同時に、潜在的には、名を変更する権利を社会に預けてしまうことによって可能になっていることを忘れてはならない。逆に言えば、名を変更することが容易である社会においては、《匿名》の権利は意味をなさないし、また逆に《匿名》性にこだわることで、社会を見誤ることになる。《匿名》性にこだわるかぎり、国家は、ますます、個人を特定するための巧妙きわまる技術を開発し続けることになるだろうし、だから国家に反対する者たちは、よけいに《匿名》性のよさを謳うのだ。かくして、中心を欠いた権力が同心円状に資本蓄積され、新しい国家はますます膨れ上がっていく<sup><a name="p2" href="#n2">(2)</a></sup>。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>もう一度考えてみよう。他人を知るために、わたしたちに何ができるのかを。</p>
<p>わかりやすいので、葛飾北斎の例をあげよう。わたしたちは、歴史上の人物として、“富岳三十六景”を描いた江戸時代の画家に、“葛飾北斎”という名を与えている。彼は、何度も名（号）を変えたことで知られている。実際、“富岳三十六景”を描いたときの号は「為一」であった。だが、彼の絵画が売れ、社会に認められたときの号が“葛飾北斎”であったために、彼の名は、“葛飾北斎”で通ることになった。彼は以後も号を変え続けたが、“旧葛飾北斎”と銘に付け加えなければ絵が売れないという事態に陥っている。</p>
<p>この場合、重要なのは、名前ではなくて、《作品》である。作品が社会に認められるということによって、固有名が決定されているからである。すなわち、《名》がまず在るのではない。《作品》が《名》を決定しているのである。こういう思考は、社会が《名》を決定していると考えるよりはずいぶんましである。なぜなら、《作品》には、自己の働きかける契機が存在しているからである。というより、《作品》は、社会と個人との不可分の一対という、近代的思考とは無縁の、自己そのものを思考するやり方である。</p>
<p>ものを作るということ、それは、社会に働きかけることである。しかも、そのことによって、社会そのものを変えることである。そのことによってはじめて、《名》が存在するのである。たとえば、織田信長の家臣であった“木下藤吉郎”でも、“羽柴秀吉”でもなく、“豊臣秀吉”によって、ある人物Ｘを特定するのは、ほかならぬ“豊臣秀吉”が日本全国を統一し、戦国時代を終わらせたということが、今日、他の事蹟よりも重要に思えるからである。カール・マルクスがほかならぬ“カール・マルクス”であるのは、彼が、『資本論』という作品を残したからである。声にせよ、文字にせよ、あるいは絵画にせよ、子供にせよ、《作品》だけが、時間も空間も超越できるのであり、歴史を超えることができる。これは当然の事実である。</p>
<p>なにかを作ることによって、《名》は、はじめて存在させられる。たとえば、ひとが他人の《名》を呼ぶとき、わたしたちは、《名》がはじめから存在していたかのように考えてしまう。だが、本当は、呼びかけによってはじめて《名》が存在するのであり、また、呼びかけに応じて他人が振り返ったとき、はじめて、《名》は内容をもつのである。その意味では、《名前》という語についている“前”には、含蓄がある。おそらく、《名》がもっているそういう罠についての注意書きなのだ。重要なことは、《名》よりも先に《呼びかけ》という言表が存在していることだ。言うなれば、《呼びかけ》は、社会に働きかけることであり、したがって、それはすでに《作品》の種子である。ミシェル・フーコーが、なによりも言表（エノンセ）を重視するのは、それが、《名》よりも前に存在する、《呼びかけ》だからである。</p>
<p>なにかを作るという労働が、資本によって回収されてしまうのは、労働が、つねに資本家の思い描くイデアに沿った形でしか物を作らないからであり、あるいは、労働が、資本に従属される形でしか存在できないような社会ができあがっているからである。こうした従属を可能にしているのは貨幣だが、この貨幣は、同時に名を意味する。労働が貨幣に結実することによってはじめて労働であるのと同じように、名におのれを一致させることによって、はじめて近代の人間が可能になる。</p>
<p>つまり、真に《作品》を作るために必要なことは、それまでの《名》についての思考をすべて捨て去ることである。それなくして《作品》は存在しえず、あるいは、すべて資本に回収される予定調和にしかならない。名前を変えることがタブーであるとすれば、それこそが突破口だ。名前を変える権利について、思い起こそう。誰をも傷つけることなくできる抵抗があるとすれば、それこそが真の抵抗の名にふさわしい。</p>
<p>はじめに《作品》ありき。名前のことは忘れて、ここからはじめよう。他人を知ることは、まずその《作品》を鑑賞すること、ここからはじまる。デリダのアルシ・エクリチュールが、フーコーのエノンセが、そしてなによりマルクスの『資本論』が一掃しようとしたはずの《名》についての思考を、なぜ、その弟子たちは復活させようとするのだろうか？</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
<a name="n1" href="#p1">(1)</a> たとえば柄谷行人は、坂本龍一からの“救済”についてのインタヴューに答えて、救済とは、世界史を書くこと、すべての固有名を記録することだと言っている（公開は1997年、坂本龍一のアルバム『ディスコード』g&uuml;t、1997年に収録）。だが、もちろん、そんなことは単純に不可能である。だから、ある意味で、救済などありえないことを逆説的に言っていると考えてもよいのだが、一方で、上述の固有名についての思考に囚われているがゆえに口にしてしまった、全体主義的な誤謬だと考える余地も残されている。ちなみに、このような思考においては、顔よりは名のほうがはるかに厳密性があるし、おそらく、この種の他者論において、もっとも優れたものが、柄谷行人のものである。というのも、顔は、依然として素朴な身体的発想に依存しすぎているからである。したがって、柄谷がレヴィナスを批判するのはもっともであるが、理論的に細緻である分、レヴィナスにある曖昧な可能性はなくなっている。固有名を固有なものたらしめるのは、関係性（社会）の先行だが、関係性と固有名のあいだには、後述するが、《作品》の介在する余地があるはずである。その意味では、柄谷の他者論の可能性は、「固有名」についての思考ではなく、売る立場と買う立場、あるいは教える立場と学ぶ立場がもっている、一種の時間論にある。
</li>
<li class="note">
<a name="n2" href="#p2">(2)</a> インターネットの世界が、《匿名》の世界であると考えられている限り、可能性がないばかりか、むしろ有害である。インターネットの世界とは、むしろ、《名》を変更することが常態であるような世界であると考えねばならない。
</li>
</ul>
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		<title>エノンセ</title>
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		<pubDate>Wed, 14 Sep 2005 17:47:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[文字の方がひとりでに話し出す。だから、それを代弁してやるナレーター＝歴史家の必要はないという。本当にそんなことがありえるのだろうか。然り、それがミシェル･フーコーの言表（エノンセ）である(1)。じつは、言表は、デリダの言 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>文字の方がひとりでに話し出す。だから、それを代弁してやるナレーター＝歴史家の必要はないという。本当にそんなことがありえるのだろうか。然り、それがミシェル･フーコーの言表（エノンセ）である<sup><a name="p1" href="#n1">(1)</a></sup>。じつは、言表は、デリダの言う痕跡traceとほとんど変わらない概念である。少なくとも、この概念を出現させる手続きは、ほとんど同じである。すなわち、ここで働いているのは、デリダならエスパスマンとでも言うところの、一種の間隔化である。だが、痕跡が、なにかしら極端で身体的なものに依存しており、この身体の絶対的距離が、ある種の神学へと逆接続する回路となっているのに比較すれば――いや、こうした拙速な理解をデリダの責任にするべきではないのかもしれないが――、言表は、それらとは無縁である。そしてそのことによって、古文書学者であるフーコーは、むしろ声について語ったのだとさえいいうる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>それにしても、フーコーは、どうしてそんなものを作り出すことができたのだろうか――という問いはひとまず措こう。おそらく、フーコーの偉大さを讃えることにしかならないし、せいぜい、彼が徹底して反時代的だったからだ、としかいえないだろう。むしろ問うべきは、これだ。いったい、無数の言説のなかで、言表はどのように機能するのか、どのように機能するものが、言表なのだろうか。いったい、言表には何ができるのか、そしてどのようにすれば、わたしたちは言表を使いこなすことができるのか。</p>
<p>その答えは、べつにここに書く必要はない。彼の『知の考古学』を読めばすむことだし、この書物に寄せられたドゥルーズのテクスト、『フーコー』を読めばすむことだ。だが、蛮勇をふるって蛇足を付け加えよう。フーコーは、言表は「希少なもの」と言っている。事実、そのとおりなのであって、言表は、古文書から、何かを取り除くことによって実現される。しかも、これは重要なことだが、古文書のなかの言葉は、何ひとつ変えてはならない。とりわけ取り除くべきなのは、この文書（もんじょ：ドキュメント）の作成者は、しかじかのイデオロギー（たとえば共産主義だとか、国家社会主義だとか……）に満ちた人物だ、とかいった、《現在》が文書に対して抱く偏見の方である。そして、さらに重要なことは、通常、言表は、すでに穴だらけのスポンジ<sup><a name="p2" href="#n2">(2)</a></sup>だが、その穴を埋める必要はまったくない、ということだ。むしろ、この穴を十分に広げてやれば、言表は、ひとりでに語り出す。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ひとは、文書を読むとき、そこに想像力を働かせたがる。なぜなら、文書は、歴史家が描こうとするひとつの線分、すなわち“時代精神”に対して、つねに足りないから――本質的にいって、文書が余るということはありえないのである。だからこそ、歴史家は、文書の作者が言わんとしていたことを代弁しようとし、その文書から、それが書かれた当時の“時代精神”なるものを再構築し、やはり、それを代弁しようとする。これがいわゆる“歴史＝物語history”である。この場合、歴史家は、文書から作者へ、作者から時代へ、という足取りを示す。文書―作者―時代。この、文書から時代に至る道のりを媒介し、かつ邪魔しているのは、この“作者”であるように見えるだろう。歴史家は、この“作者”という主観的なものを取り除く。そしてその穴を、もっと客観的な別の何か<sup><a name="p3" href="#n3">(3)</a></sup>で埋めることで、“時代精神”を文字通り実現する。だが、この歴史家は、文書と作者が不可分であるという思考に囚われすぎている（だから彼らは自己批判の必要を声高に叫びもするだろうし、またそうしながら、代弁しようとする意志だけは手放さないのだ）。もし、文書が、じつは“作者”と直接的な関係なしに出現するのだとすればどうか。</p>
<p>実際、文書と作者とには、直接的な関係はない。というか、文書と作者が無関係であるような文書を見出すことによって、言表が目の前に現われる。問題は、文書と作者が不可分であるという、“われわれ”の思考の方である。先にわたしは、この文書の作成者はイデオロギーに満ちているという、偏見を取り除くべきだと言った。これを突き詰めていえば、この偏見とは、文書には、前もって作者が存在するという思考にほかならない。こうした思考を受け容れている歴史家は、“作者”を取り除き、それを想像力で埋めようとするだろう。というより、彼が文書―作者という思考を受け容れているかぎり、彼が望むにせよ、望まないにせよ、想像力は行使されざるをえないのである。歴史家はイデアとしての線を描こうとするし、そうするかぎり必然的に見つかってしまう穴が不愉快きわまりない。かくして《想像力》とは、いきり立ったペンの切っ先で穴を埋めることなのだ<sup><a name="p4" href="#n4">(4)</a></sup>。</p>
<p>だが、この場合の《想像力》は、単なる他者の侵犯にほかならない。想像力を用いるのが、すこし早すぎる。ここで言われる想像力は、おそらく名ばかりのもの。どれほど精妙であろうと、子供じみた空想と、本質的な差はない。わたしたちは、むしろこう考えねばならない。言表は作者とは無関係である。なぜなら、文字は、それが文字として実現された瞬間に、作者から切り離された、他者となっているからである。</p>
<p>先述したように、文字の世界を覆っているのは作者の忘却である。つまり穴である。しかし、文字が声の代替物と考えられているかぎり、文字は、作者と結びついた記憶の備忘録にすぎなくなる。そして、こうした思考が、穴を埋めようとする欲望――歴史＝物語historyを生み出すだろう。だが、文字は記憶に従属しない。たとえひとが文字によって何かを思い出すことがあったとしても、それはもはやかつての記憶とは異なっている。そしてむろん、思い出された時点で、その文字はひとがその時点で所有する記憶とは別のものとなっているはずだ。文字は、作者の記憶を補うのではなく、作者を記憶の桎梏から解き放ち、むしろ忘却を促すのだ。そうであるがゆえに、文字は、作者とは切り離され、作者にとっては他者となる。だからこそ、文字は、ひとりでに語り始めるのだ。それをフーコーは、一般の歴史学と区別して、「考古学」と言った。考古学にとって必要なのは、穴を埋める《想像力》ではなく、穴を押し広げる《分析力》である。この《分析力》こそが、真の《想像力》と呼ばれても差し支えないものだ。だが、想像力なる語が余計な誤解を生むというのなら、避けるべきかもしれない。ともかくこの力は、付け加える力ではなく、差し引く力なのだ。言表とは穴の開いたスポンジであり、むしろその穴である。この「忘却の穴」は、むしろ、力によって、押し広げられなくてはならない。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>大事なことを列挙しておこう。</p>
<p>言表とは、穴である。だから、　文書とは、作者にとって、他者なのであり、大事なことは、書かれたことではなく、極端な言い方をすれば書かれなかったことである。言表は、差し引く力によってあらわれ、そしてその力が臨界に達したとき、作者が書かなかったことを語り出す――だからときには作者のことをすら語りだすような、ひとつの機械である。この機械を使いこなす力とは、ひとが誤って想像力と呼んでいるものを批判するような《分析力》である。</p>
<p>フーコーが言表を用いたとき、彼は、デリダが終わらせた声と文字の二元論の世界から、決定的な一歩を踏み出していた。『知への意志』から『快楽の活用』のあいだに一見してうかがえる改宗は、しかし、必然的であったし、むしろ連続性をもった、一貫した道のりであったように思える（あえて転換のポイントを見つけるとすれば、『知の考古学』が書かれた頃の短いテクスト、「作者について」だろう）。ひとは『知への意志』ばかり参照したがる。しかしむしろ、その後につづく『快楽の活用』、そして『自己への配慮』をこそ、読むべきだ。おそらくは『言葉と物』のころにはすでに完成していたであろう、言表を用いていた彼には、もう“作者＝主体”など恐れる必要はなかったからだ。『知への意志』と『快楽の活用』のあいだに横たわる時間的空隙は、自分がもう主体など恐れていなかったことに気づくための、ちょっとした散歩だったにすぎない。そのことに気づいた彼は、だから、喜んで主体について語った。文字が主体などとは無縁に、ひとりでに話し出すのだとすれば、主体と文字の結びつきは、もっと生き生きしたものになるはずではないか。いや、もはや主体subjectなどという言葉は使うべきではない。objectとの、逃れがたい関係とは、“それ”は無縁なのだから。強いていえば、“それ”は、《自己self》。《自己》は、ドゥルーズのフーコーに対する優れた分析を借りていえば、《分析力》が対象を押し広げたときに生じる《襞》である。作者は、かくして、襞としての生を与えられる。言い換えれば、作者とは、文書によって生まれるひとつの帰結である――けっして文書の始まりなのではない。 </p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a name="n1" href="#p1">(1)</a> エノンセについて、詳しくは以下を参照のこと。ミシェル・フーコー『知の考古学』（中村雄二郎訳）河出書房新社、1981年、ジル・ドゥルーズ『フーコー』（宇野邦一訳）河出書房新社、1987年。</li>
<li class="note"><a name="n2" href="#p2">(2)</a> シェルピンスキーのスポンジを参照せよ。このスポンジに空いた穴は、平面以上で立体以下の次元数、2.7268次元を実現するが、このスポンジが、たえずくり抜かれていくこと、すなわち時間的推移によって実現されることを想起されたい。</li>
<li class="note"><a name="n3" href="#p3">(3)</a> じつのところ、かつての作者の存在の穴を埋める別の何かとは、要するに歴史家自身のことである。文書の作者を取り除き、そこに歴史家が割って入っているだけなのだ。彼にそうすることができるのは、自分の方がかつての作者よりも客観的だと信じ込んでいるからである。このような歴史家の存在を、《想像力》と呼ぶ。</li>
<li class="note"><a name="n4" href="#p4">(4)</a> フロイトが、夢を、音声でもアルファベットでもなく、象形文字と関連させたのは正しい。だが、それを“記憶”に結び付けるべきではなかった。夢は“記録”であり、だから忘却に結びついている。夢において、ひとは分裂する。つまり、記録を追体験するもうひとつの主体があらわれる。したがって、問題は、動物が夢をみることについてである。</li>
</ul>
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		<title>解釈と変えること（一）</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Oct 2000 01:50:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[似ていることを云々することは、似ていないことを際立たせることであって、実際にはそちらの方が重要であり、それはヘーゲルが反面教師的に教えてくれたことでもある。似ている、と言うことは、似ていないと言うことに等しい。…… 歴史 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>似ていることを云々することは、似ていないことを際立たせることであって、実際にはそちらの方が重要であり、それはヘーゲルが反面教師的に教えてくれたことでもある。似ている、と言うことは、似ていないと言うことに等しい。……</p>
<p>歴史は、あらゆる地層において、翻訳の問題に突き当たる。それは、真実を探ろうとする（古い）歴史家には越えがたい岩盤として存在する。しかし、本当は、そんなことが問題なのではない。</p>
<p>歴史をerewhon（いまここ）において可能にするのは、マルクスの言う、「重要なのは、世界を解釈することではなく、世界を変えることである」、この態度においてのみ、である。それはデリダにおけるテクスト戦略のベクトルでもあるだろうし、ドゥルーズが『差異と反復』において明らかにしたことともまさに合致するだろう。</p>
<p>歴史家が歴史を解釈するのではなく、あるいは翻訳者がドイツ語の『資本論』を解釈するのではなく、変えること、これは非常に勇気がいることであるし、普通、歴史家や翻訳者を縛るモラルによってそれは不可能にされている。マルクスの『資本論』と、われわれ読者との間にいる翻訳者には、そんなことは許されていない、と考えられている。歴史家や翻訳者は恣意的な書きかえ（奪取）を禁じられているものの、しかし生きていくためにはやむをえないこととして、居直りの態度を示す。中間搾取を行うのである。これは私の解釈だ……。</p>
<p>人の生とは、演劇であり、演奏である。そして、それはすなわち変えることであり、「差異と反復」（ドゥルーズ）である。演じることは、再現前化ではありえないし、ただ一つの真実を探ることでもない。</p>
<p>そうであるならば、上述のモラルを常に課せられつづけてきた「歴史」や「翻訳」は、まさに何千年にもわたって人間の生を削り取り、やせ細らせてきた憎むべき代物でしかなかった。ドゥルーズは、「歴史」を嫌った。そして、「正真正銘の分身として作用しなければならず、その分身本来の最高度の変容を包含」するような歴史を創造した。それはフーコーにおいても言えることである。彼がエノンセ（言表）を言うとき、まさに歴史家や翻訳者の解釈の問題を危惧していたからである。解釈は、対象を理解しようとする。その過程で、自分の理解と似ている（同じ）部分のみを抽出して、似ていない部分を闇に葬り去る。その結果、対象は最低度の変容すら禁じられ、閉じた形で、鑑賞という、創造者を頂点とするトゥリー構造の末端にいるわれわれの前に提示されるほかない。</p>
<p>わたしは、歴史家や翻訳者は、本来、解釈を禁じられている、と考えている。たとえtranslationが解釈の意味をもつ語だとしても。だが、現実的には、まったく同じものを、すなわち真実を提示することは不可能であり、そこで彼らは、だからわれわれは解釈するのだ……と、居直り始める。だが、実際にはそうではない。解釈するのではなく「変えること」、これが重要なのであり、優れた歴史家や翻訳者は、歴史を、テクストを解釈する者ではなく、変える者である。ベンヤミンの「歴史の天使」を後ろ向きに吹き飛ばす進歩（あるいは退歩）の風は、「変えること」によって起こるのであるし、なおかつ「変えること」そのものでもある。そして、実は、彼らのように中間的な存在とは見なされていない、まさに末端にいるような鑑賞者も、同程度に歴史家であり、翻訳者なのである。だからわれわれは、末端にいるのではない（「リゾーム」）。われわれは、たとえば『資本論』を、解釈するのではなく、変えなければならない。古来人類がそうして文化・文明を築き上げてきたように。</p>
<p>マルクスは、資本主義経済を、史的唯物論を、解釈したのではない。近代史を、彼なりの流儀で、変えたのである。そして、その態度においてこそ、「いまここ」に、歴史がある、あった、ありえたのである。</p>
<p>マルクスは歴史の復活は演劇的になされる、初めは悲劇として、二度目は笑劇として、と言った。ドゥルーズはこれを言いかえる。歴史とは演劇的な観念である、反復における悲劇と喜劇は一つの運動の条件であり、当事者＝俳優（アクトゥール）は歴史において新たなものを生産する、と。</p>
<p>カトリシズムにおける、そしてカトリシズムの笑劇的復活。</p>
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