naturalism/Zo-ka
Haec cum ita sint a Chrysippo explicata, si illi, qui negant adsensiones fato fieri, fateantur tamen eas sine viso antecedente fieri, alia ratio est; sed, si concedunt anteire visa, nec tamen fato fieri adsensiones, quod proxima illa et continens causa non moveat adsensionem, vide, ne idem dicant. Neque enim Chrysippus, concedens adsensionis proximam et continentem causam esse in viso positam, eam causam esse ad adsentiendum necessariam concedet, ut, si omnia fato fiant, omnia causis fiant antecedentibus et necessariis; itemque illi, qui ab hoc dissentiunt confitentes non fieri adsensiones sine praecursione visorum, dicent, si omnia fato fierent eius modi, ut nihil fieret nisi praegressione causae, confitendum esse fato fieri omnia; ex quo facile intellectu est, quoniam utrique patefacta atque explicata sententia sua ad eundem exitum veniant, verbis eos, non re dissidere.
review
コロー讃
春に東京、秋に神戸で行なわれていたコロー展のカタログを手に入れた。それを読むと、彼を評価する過去の芸術家のさまざまな言葉を見つけることができる。それを紹介する文章を適当に引用してみよう。たとえば、エミール・ゾラ。 もし彼 [...]
review
コローの偉大
いま、神戸市立博物館でコロー展が開催されている。十九世紀フランスを代表する画家であるジャン=バティスト・カミーユ・コローといっても、知っているのは名前くらい、かの「真珠の女」でさえ、かつて教科書で見たかどうか、あるかなき [...]
philosophy
芸術について――認識論を超えて
古代ギリシアはキオスのストア派哲学者、禿頭のアリストンは、こう言ったという。 最良のもの(徳)と、最悪のもの(悪徳)とについてだけ関心をもち、その中間のものにはどちらでもない態度をとる。それこそ、人生の目的(テロス)であ [...]
criticism
音楽の秘密、あるいはケージの外
子供のころ、雨が降ると、いつもショパンの『雨だれ』を思い出した。雨の日の気だるい午後、ピアノに頭をあずけながら、雨の音にあわせて鍵盤を叩くショパンを想像した。自分も、雨が降ると、ピアノの鍵盤にゆっくりと指を乗せ、同じ音を [...]
philosophy
プラトニズムを追求すれば、ひとは外へ出てしまう
いつしか、わたしは不思議な感覚に囚われるようになった。それは、歴史よりも、文学のほうが、大きな概念なのではないか、ということだ。なぜ、ホメロスは、歴史家ではなく、文学者と呼ばれるのだろうか。『イリアス』は、なぜ、歴史書で [...]
criticism
怪物か、それとも人間か
ところで、夏目漱石がなにより戦い、敵としていたのが同時代の自然主義者たちであった。彼ら自然主義者は言うのだ、徹底した自己批判を行い、主体と客体とを分離することで、客観的な観察者となり、そうした《目》で物事をみることで、あ [...]



