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	<title>ex-signe &#187; History(s) of Spirits</title>
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		<title>運命としての歴史学</title>
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		<pubDate>Fri, 19 Aug 2011 08:37:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[history]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>
		<category><![CDATA[Homeros]]></category>
		<category><![CDATA[Hume]]></category>
		<category><![CDATA[Linguistic Turn]]></category>

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		<description><![CDATA[ものや出来事の起源を、あるいはそこにそれがありまたそれが起きることの必然性を、ひとはたどりたがる。このようなひとびとの思考は、かならずどこかで択一を強いる二つの選択肢にたどりつくだろう。すなわち、起源や必然性を可能にして [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ものや出来事の起源を、あるいはそこにそれがありまたそれが起きることの必然性を、ひとはたどりたがる。このようなひとびとの思考は、かならずどこかで択一を強いる二つの選択肢にたどりつくだろう。すなわち、起源や必然性を可能にしているのは、言語的な《論理性》だろうか。それとも言語外の《因果性》だろうか。</p>
<p>たとえば、「塔の頂上から鉄球を落とせば、それは地面に落下する」という記述。それは言語外の事実と認定されている重力によって、そうなるべくしてなるのであって、ここに因果的必然性を見出すのが一般的な見解である。しかし、「フランスにおける全国三部会の紛糾がフランス革命を招いた」という記述の場合、そこに因果連鎖を見出す見解は、先の記述ほど一般的にはなりえない。「フランス」、「全国三部会」、「紛糾」、「フランス革命」などといった用語にひとびとが認めている《意味》にしたがって、論理的必然性をもつ場合もあれば、もたない場合もある。因果連鎖を見出せる場合もあれば、そうできない場合もある。さらに「１６掛ける１６は２５６である」という記述は、言語外の対象とは無関係な論理的記述であって、「１６」、「掛ける」などの用語に与えている意味にしたがって、論理的必然性を持つ場合もあれば、もたない場合もある。ここに言語外の因果連鎖を排他的に認める見解は一般的ではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>誤解も生じるため、あまりこなれた言い方とは思えないが、わかりやすくいえば、ここには物理学と数学という二つの極がある。因果律という考えが、社会的に形成された約束事に強く寄生していることを発見したデイヴィッド・ヒュームの考察以来、論理と因果をめぐる議論はこの二つの極に分裂したままである。オースティンやクリプキのような言語学者、あるいはラッセルやデリダのような哲学者が論理的必然性の側でこの議論に答えを出したようにみえたが、この見解自体が社会的に形成された約束事に寄生してしまう以上、社会の変転にともないたえず曖昧化し、ふたたび論点が浮遊するのを禁じることはできない。両極のはざまで、歴史記述は、書き手の意図とはほぼ無関係に、此岸から彼岸へ、行ったり来たりを繰り返すばかりである。</p>
<p>ヒュームの重要性はあきらかである。しかし、われわれは、回答を論理的必然性（数学的記述からなる）と因果的必然性（物理学的記述からなる）の二つの極のいずれかに、あるいはよくいって両者の弁証法的曖昧さ（歴史学的記述からなる）のなかに強制する言語学者や哲学者の議論にはあまり興味をもたない。むしろこれらの極は開いたままにしておき、もっぱら中心軸にある歴史的・社会的必然性に興味を抱く。われわれはいかにして、言語の意味からなる論理的必然性と、言語外の事実の連鎖によって生じる因果的必然性とが描く螺旋のなかで、歴史を《運命》として受け取るのか。しょせんは人間の拵えたルールにすぎぬ論理的必然性のなかで言葉を気ままに弄びながら、当の論理に自然の因果律と同じほどに強い力を認め、人間はおのれを束縛する歴史や社会を形成しているのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>いうなれば、ひとは、おのれの自由にとって最大の敵である歴史に、言葉という最強の武器を供与しつづけているかのようだ。文学にせよ、哲学にせよ、歴史学にせよ、われわれが人文学と認めるのは、たまたま鳥のように音節明瞭だったにすぎない猿が拵えた《言葉》という気ままな遊戯を、具体的かつ肉体的に運用すること、すなわち《運命》にまで高めようとする試みだけである。論理、あるいは歴史の必然性は、自然の因果律と同じほどに、強力でなければならないし、実際に強力なのである。抵抗するにせよ、受け容れるにせよ、この運命の絶対的な力強さを知ることがないなら、われわれは《人間》を高めることができない。</p>
<p>論理や歴史は、われわれ人間から出発しているにもかかわらず、世界から自由に切ったり貼ったりできるものではないことはあきらかである。だが逆に、運命にまで高められなかった論理や歴史が、人間に言語外の生がありうるのではないかという錯覚を抱かせることになる。その意味では、論理や歴史は、そうした幻想（パンタズマ）を抱かせる元凶でもある。</p>
<p>むしろわれわれにできるのは、本当は、論理や歴史を捨て去ることではなく、これらを《運命》に高めることだけである。そうした論理や歴史は、これらが人間を超越しているにもかかわらず、これらと戦い、そして寄り添うことができる。つまりひとの生を超越し、従わせる運命との戦いや共存を通じて、ひとは超越と交わる自由をついに謳歌することができるのである。まったく不思議なことであるのだが。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>創作という概念を勘違いしている連中は、歴史上のifを探しまわる。そしてドゥルーズとガタリの《アレンジメント》の概念を誤用し、クリプキの可能世界論をみだりに拡張して、たとえばカエサルが殺害されなかった歴史がありうると考えることが、創造と思っている。だが、そうではない。奇妙にも、カエサルが殺害される以外の運命がありえないことを示すことが、本当の創作なのである。歴史上のifなど、意識的かそうでないかは別として、歴史学者はたえず大量生産している（ifを許す点で、ポパーのいう反証可能性をたえず有しているゆえ科学といえるのだろうが、この定義は科学的歴史学をけっして救いはしない）。ならば彼らもまた創造を司る芸術家なのか？　否であろう。そしてまたその程度のものが芸術なのか？　否であろう。仮にひとが過去を覗くことができたとすれば、現実の過去が歴史と違っているよりも、むしろ歴史どおりに事が運ぶことのほうに、神秘的な悦びを見出すだろうと、わたしには思われる。カエサルがブルータスの真横を何事もなく通り過ぎるよりも、ブルータスによって殺害されるカエサルが《息子よ》と叫んだとき、ひとは得も言われぬ芸術的な興奮を覚えるにちがいないのである。</p>
<p>試みに、人類史上最初の文学のひとつであるホメロスの『イリアス』をみてみよう。アキレウスは神に授けられたおのれの運命に抗う典型的な英雄である。そして運命に抗いながら、この運命を覆すことができない。そのことを、ホメロスは逆説的にもアキレウスが宿敵ヘクトルに勝利するシーンによって描き出す。アキレウスは運命に抗い、そうすることでますます運命に合流していく。アキレウスが戦死するシーンはいっさい描かれず、ただ彼の死は《運命》としてのみ描かれる。トロイとギリシアとのあいだで繰り広げられた十年にわたる戦争を、彼は《運命》に高めた。論理的必然性と因果的必然性という極端で陳腐な問いを、この作品はまったく受け付けない。世界の文学史は、こうして人文学のすべての可能性を孕む神のごとき作品を、のっけから有することになった。起源にすべてが含まれるというよく知られた逆説は、人類の自由な創造性の極みにある人文学には、よく当てはまっているようである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>何気なくそこに置かれているオブジェ。そこにそれがあるという論理的必然性があるだろうか。歴史的因果律が感じられるだろうか。この世のすべてのものが、そうした超越的原理によって、そこに存在している。これらの原理を神に明け渡す前に、ひとは運命という名の糸をたぐり寄せるべきである。</p>
<p>自覚するにせよしないにせよ、もし歴史が言説・テクスト・史料のなかに収まってしまうものだとすれば、そういった歴史を対象にするのは科学であろう。それはひとの歴史が論理・言語のなかに収まってしまうことを意味する。まれにあらわれる言語外の因果性や《もの》がそれを疑うとすれば、そのことが、反証可能性として、歴史が科学たることを保証する。そうした反証可能性を、人文学は受け付けない。反証可能性をもつことが科学の定義というポパーが正しいなら、人文学は科学とはなんらかかわりをもたない。人文学は運命だけをあつかう。それ以外にはありえないという、かけがえのない運命を愛する。反証可能性のような緩んだ概念など問題にしない。歴史が運命に高められるときにだけ、あるいはそうした意志をもって取り組まれる場合にだけ、歴史はようやく人文学の対象となる。</p>
<p>ひとはどうしても、歴史や論理なしに生きていけると錯覚しがちである。歴史や論理が、言葉を伴ってしか現われないからである。言葉は、それが道具として磨かれていくプロセスのなかで、どうしても想定以外の結果を導くことがある。それはたんに書き換えられるべき想定にすぎないのだが、ひとはそれを《嘘》とみなす。言葉の失敗のほうを言葉の本質と捉えてしまうのである。こうして因果律はあやしいものとなる。論理はたかだか人間の拵えたルールにすぎないと考えられるようになる。そこから、言葉なしの世界こそ、真の世界という夢想が可能になるのだろう。しかしこれらの言葉が、《運命》として振る舞うならどうか。抗いえぬ《予言》としてわれわれの前に現われるならどうか。カント的な当為（義務）を越えて、《運命》としてわれわれの前にあらわれる言葉がありはしないか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>言葉の響きを、虚構を可能にする精神の深みには至らぬ、身体のもっとも深いところ、皮膚のもっとも内側で聞くことができるかどうか。そうしてはじめて、人間は、歴史や論理を《運命》として感じ取ることができるようになる。英雄のように抗うのか。それとも帝王のように寄り添うのか。これらの問いがあらわれるのは、ずっと先のことである。論理や歴史が本来の姿であらわれるなら、それらは、われわれにとってもっとも深く激越な怒濤となる。幼児はそれを、自然と、そして自然にまで高められた芸術を通じて学ぶ。子どものころは把握するのが容易だった、論理的必然性と因果的必然性の描く螺旋の中心を見失うことがないなら、運命は、自由と同じほど深く愛することのできる姿で、われわれの前にも現れるはずである。わたしはそれを固く信じているのである。</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<title>二つの言語論（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ３）</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 14:23:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Derridianism]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>
		<category><![CDATA[Linguistic Turn]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
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		<description><![CDATA[ジャック・デリダは言う。 比喩というのは、言語の起源ということである。なぜなら、言語はもともと隠喩的なものだからである。…隠喩は《意味するもの》の戯れとして存在する以前の観念あるいは意味（こう言ってよければ《意味されるも [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ジャック・デリダは言う。</p>
<blockquote><p>比喩というのは、言語の起源ということである。なぜなら、言語はもともと隠喩的なものだからである。…隠喩は《意味するもの》の戯れとして存在する以前の観念あるいは意味（こう言ってよければ《意味されるもの》）の過程として理解されねばならない。観念とは意味される意味であり、語が表現するところのものである。だがこれはまた事物の記号であり、私の精神における対象の代理でもある。対象を意味し、語あるいは言語的な《意味するもの》一般によって意味されるこの対象の代理は、けっきょく間接的に感情や情念を意味することもできる。</p>
<p class="post-r">『グラマトロジーについて』（足立和浩訳）</p>
</blockquote>
<p>彼は言語をある種の「隔たり」であると考える。というか、「隔たり」を作り出すものだと考える。彼の用語で、「間化（エスパスマン）」という。別の言い方をすれば、「隠喩」である。言語とは、究極的になにものかの隠喩であり、しかもそれが名指す対象はついに痕跡の形でしか捉えることはできないものである。言語の対象は、必然的にそれ自身が担う《隠喩性》そのものであって、それを越えることはない。こうした言語観にもとづいて、彼はパロールに対するエクリチュールの優越性を指摘する。というのも、後者が前者の代理物だったとしても、そもそも、言語とははじめから代理物だからである。「それゆえ問題なのは、固有の意味と比喩的意味とを逆転させることではなく、エクリチュールの「固有の」意味を隠喩性そのものとして想定することであろう」（同書）。それによって、彼は意味の解体を、そして言語そのものの解体を目論むことができる。意味が、なにものかの隠喩――というより「隠喩性」そのもののうちに溶解するなら、言語は指示対象を失い戯れのなかにしか存在することができなくなる。根源としての痕跡は、同時に、根源なき、しかし原初的な（つまり根源としての傷を欠いた、そうであるがゆえに傷そのものからは自由となった――とはいっても痕跡の指示する範囲からは逃れられないという点で痕跡は結局根源そのものである）戯れを可能にするからである。</p>
<p>この観点は、ある程度まで正しいが、同程度、誤っている可能性がある。正しい、というのは、方便（レトリック）としてそういう言語観が妥当する場面は実生活上は多々ある、という意味である。しかし、原理的にはおそらくたいていの場合に正しくない。言語が隠喩であるという観点は、そもそも言語がその指示対象そのものではなく、しかもなんらかのつながりをもっている場合に限定される。しかし、言語が隠喩性のうちに溶解して対象とのかかわりを失うと、逆に隠喩という観点そのものが成り立たなくなる。デリダがそうしたように、われわれは、たとえば人体や草や動物や鉱物などと同様に、言語そのものを対象にすることができる。言語は、その他の感覚的な表象と同様に、われわれを喜ばせたり悲しませたりし、またたとえばロープのように対象を死に追いやったり死から救ったりすることもできる。その点では、言語に、その他の対象と異なる「隠喩」という特権を与える必要はない。われわれとあまりに近すぎる物体――たとえば眼球――が目に見えないのと同様に、言語はわれわれの肉体とあまりに近すぎるために隠れてしまう――つまり隠喩となってしまうと考えることは不可能ではない。というか、眼球同様、言葉は《見えすぎている》だけであり、別に隠れているのではないかもしれない。その点で、言語にだけ、その他の自然現象とは異なる奇怪な特権性を与えるのは早計である。</p>
<p>ソクラテスはこう言っている。</p>
<blockquote><p>「…しかし先ず、われわれはある出来事に襲われないように気をつけよう」とあの方は言われました。<br />
「どんな出来事でしょうか」と私は訊ねました。<br />
「言論嫌いにならないようにしよう、ということだ。ちょうど、ある人々が人間嫌いになるように。というのは、言論を嫌うよりもより大きな災いを人が蒙ることはありえないからである。言論嫌いと人間嫌いとは同じような仕方で生じてくる。つまり、人間嫌いが人の心に忍び込むのは、心得もなしにある人を盲信し、その人がまったく真実で健全で信頼に値すると考えた後に、しばらく経ってからその当の人が性悪で信頼に値しないことを発見することから始まる。他の人についても、再び同じ経験をする。こういうことを人が何度も蒙ると、とりわけ、それまでもっとも近しくもっとも親しいと考えていた人々によってこのような仕打ちを受けると、遂には度重なる怒りの果てにすべての人を憎むようになり、どんな人にもいかなる健全さもまったくない、と考えるようになるのだ。…」<br />
「…人が言論についての心得もなしに、ある言論を真実であると信じ込み、それからわずか後になって、それを偽りであると思うようなときに――本当にそうである場合もそうでない場合もあるだろうが――そして、再び他の言論についてそのような経験をくり返すときに、言論と人間は似ているのだ。とくに矛盾対立論法にたずさわって時を過ごしている連中は、君も知ってのとおり、ついには最高の賢者になったつもりになり、自分たちだけが真理を見抜いた、と思い込んでいるのである。すなわち、およそ事物についても言論についてもなにも健全で確実なものは存在せず、すべてのものは、あたかもエウリポスの流れの中にあるかのように、かなたこなたへと変転し、片時もいかなるところにも留まることがないのだ、と」</p>
<p class="post-r">『パイドン』（岩田靖夫訳）</p>
</blockquote>
<p>デリダとソクラテス、言語に対する二つの思考法のどちらが正しいか、俄には判断し難いが、いずれにしても、これらの観点がずいぶん異なっていることだけはたしかである。言語と対象のつながりを完全に切断したデリダ。そんなことはないというソクラテス。言語が真実を述べている場合、言語はそれにもかかわらず隠喩であるというべきなのだろうか。それとも、言語が真実を述べているなら、言語もまた真実なのだろうか。言語が真実であることを信じきっていた人間が裏切られて逆の立場――すなわち言論嫌いに陥る、というソクラテスの主張は、ある出来事を想起させずにはおかない。それは、近代における二つの潮流、実証主義と言語論的転回である。近代において、科学が真理に到達するという確信が実証主義をもたらし、その挫折が言語論的転回をもたらしたことは、記憶に新しい。ソクラテスの発言はそのことの予言でもある。</p>
<p>さらにソクラテスはこう言葉をつなげる。</p>
<blockquote><p>「言論にはなにも健全なものはないかもしれない、という考えが心の中に忍び込むのを許さないようにしようではないか。むしろ、われわれ自身がいまだ健全ではない、という考えをもっと受け入れることにしよう。そして、健全であるべく勇気をふるって努力しなければならない。君やその他の人々はこれから先の全生涯のために、僕は死そのもののためにね。…」</p>
<p class="post-r">同前</p>
</blockquote>
<p>つまり、言論が往々にして対象と関係しないからといって、その本質を《隠喩性》のうちに解消するのではなく、たんに、われわれが言語をうまく使えていないだけかもしれない、と考えるようにしよう、というわけである。もちろん、わたしはデリダよりソクラテスの発言を好む。同じ国語にかぎっても、言語を完全に使いこなせる人間など滅多にいない。矢が的中しないからといって、矢の本質を的中しないことに置くのがおかしいことは、誰でもわかる。自分が下手な射手だと考えるのがふつうだろう。「ライオン」という言葉がライオンそのものではないからといって、「ライオン」がライオンの隠喩だと考えるのは、矢が的そのものではないから矢は的の隠喩だと考えることと同じくらい、おかしなことである。逆にいえば、言語とは本質的に比喩である（＝的に当たらない、あるいは的ではない）、というような発言は、言語について相当の努力を払ってきた人間だけが、なんとか許される謙遜やユーモアであって、デリダならまだしも、わたしに許されるはずもない。「サッカーとは点が入らないものだ」、という言い方は比喩としては許される（し、その発言者がたとえばリオネル・メッシのようなプレイヤーならなおさらだ）が、現実にはそんなことはないように、「言葉とは本質的に隠喩である」、というような発言は、それ自体が、言葉がじつは隠喩ではないことの隠喩である。そうはいっても、言葉が真理を射抜く場面は、いたるところに転がっている。少ないとはいってもサッカーにはゴールシーンがある。「言葉とは隠喩である」という発言をしたのが、全身全霊を賭けて言語に挑んだ小説家ならまだ納得するが、批評家や駆け出しの小説家が、それがさも真実であるかのように言うべき言葉ではないはずだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>いくらか蛮勇を奮って、すこしこの議論を先まで進めてみよう。</p>
<p>言語そのものを言語の対象とするいわゆる「自己参照」は、粒子と場の自己相互作用と同じように、必ず無限ループに陥る。この無限ループは対象との不一致を主体の側に引き起こさないわけにはいかない。この不一致こそが精神（主体）と呼ばれるものである。普通は、精神が同時にこの不一致を引き受けることで（つまり精神とは自己相互作用に対するマイナスの相互作用だと考える）、これを解消する。しかしこの不一致が精神に引き受けられないほど巨大になる場合がある。というより、無限ループによって生み出された精神自身が、上記の解決法を拒絶する場合がある（拒絶こそ治癒だと誤解されるのだ）。このとき、ひとは、それを精神病と呼んで医者の治療に委ねるか、あるいは歴史に委ねるという他力本願的な方法を取る。後者の場合にあらわれるのが《民族nation》である。この無限ループは、原理的には、対象の側が有限である以上、それを生み出した自分（精神）の側にしか解決できる可能性がない（医者に頼ったとしても、結局精神病を治すのは自分自身である）。したがって、「自分」を拡張しなければならなくなる。拡張した「自分」、すなわち民族である。たとえば「わたしは日本人である」ということが成立するなら、問題なく、この無限ループは日本人に委ねることができる。</p>
<p>こうしたナショナリズムを非難しようと思えば、ひとつは、言語と言語のあいだに生じる無限ループ、要するに観察する自己と対象としての自己との不一致を、《差異》として受け容れることである。これがデリダの解決方法であり、彼はこれをとくに「差延」という。それは、この無限ループを解決しないことであり、そうした態度のことを、彼は言語学的な言い方をして《隠喩性》といっているわけである。傷ではなく痕跡に留まることが、もっとも正しいひとのあり方だと言いたいのだろう。かくして、知は「エウリポスの流れ」（アリストテレスは予測不能のこの海峡の流れに身を投げて自殺したという伝説がある）のなか、差異の戯れのなかに埋没した――これが、悪い意味でのポストモダンといわれるものであろう。というのも、この態度は、無限ループの解決ではなく、つねに‐すでにひとが行なっている無限ループを増大させることにしか貢献しないからである（だから可笑しなことだが、デリダ自身が差延とは両義的なものだと言っていた）。</p>
<p>さて、近代以前のひとびとは、対象としての自己と、対象を眺める自己との不一致が引き起こす無限ループを、どうやって解消してきたのか。当然、《神》が推測される。現代人ならば御存知のとおり、《神》は人間が生み出したものである。したがって、この場合でも、結局は自己解決である。無限の精神が、無限ループを引き受けるわけである。しかし、ソクラテスの態度を見ていると、もうひとつの解決方法があるように思われる。すなわち、たんにその無限ループを引き受けるにたるだけの精神的成長を遂げることである。《わたしは狂気を受け容れる》……本当の作家は狂気を伴侶としている。狂気――すなわち無限ループを、自分自身の精神で引き受けるのだ。にもかかわらず、あるいはそうであるがゆえにこそ、この作家は健康である。医者や歴史や神に狂気を委ねるのではなく、未来の自分に委ねること――それをニーチェは、超人といったと、わたしは思う。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>オクシデンタリズム（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ２）</title>
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		<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 17:01:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Hideo Kobayashi]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>
		<category><![CDATA[Occidentalism]]></category>
		<category><![CDATA[representation]]></category>
		<category><![CDATA[平行線公理]]></category>

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		<description><![CDATA[ユークリッド（エウクレイデス）の第五公準、いわゆる平行線の公準は破られて久しい。この事態を文学的に翻訳するなら、それは、〈平行線は交わる〉ということである。第五公準とは次のようなものであった。 二つの直線が第三の直線と相 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ユークリッド（エウクレイデス）の第五公準、いわゆる平行線の公準は破られて久しい。この事態を文学的に翻訳するなら、それは、〈平行線は交わる〉ということである。第五公準とは次のようなものであった。</p>
<blockquote>
<p>二つの直線が第三の直線と相交わって、その同じ側に、その和が二直線よりも小さい内角をつくるならば、それらの二直線は、それらを限りなく延長するとき、その内角のある側において必ず相交わる。<br />Κα? ??ν ε?ς δ?ο ε?θε?ας ε?θε?α ?μπ?πτουσα τ?ς ?ντ?ς κα? ?π? τ? α?τ? μ?ρη γων?ας δ?ο ?ρθ?ν ?λ?σσονας ποι?, ?κβαλλομ?νας τ?ς δ?ο ε?θε?ας ?π? ?πειρον συμπ?πτειν, ?φ? ? μ?ρη ε?σ?ν α? τ?ν δ?ο ?ρθ?ν ?λ?σσονες.</p>
<p class="post-r">ユークリッド『原論』</p>
</blockquote>
<p>ややこしい書き方になっているが、要は、平行線は交わらない、という意味である。ほかの四つの公準（二点を結ぶ直線を引くことができる／線分は延長することができる／あたえられた点を中心とし、あたえられた半径をもって円を描くことができる／直角はすべて相等しい）をみればわかるとおり、第五公準は異様に複雑である。五世紀のプロクロスをはじめとして、公準の証明はたびたび行なわれてきたが、この第五公準だけは、ついに証明することができなかった。証明に成功したと信じたひともなかにはいたが、奇妙なことに、それらはすべてどこかでまちがっていた。イスラムからルネッサンスを経て、この公準は《一直線の外にある一点を通って、もとの直線に平行な直線を一本しか引くことができない》という形に洗練されたが、だからといってこれで証明されるわけでもない。ユークリッドの第五公準は、誕生以来二千年にわたって、それに関わろうとするひとびとを苦しめることになった。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>結局、この第五公準が《証明》の対象ではないことがはっきりしたのは、一九世紀のことである。ロバチェフスキーは、洗練された第五公準、すなわち《一直線の外にある一点を通って、もとの直線に平行な直線を一本しか引くことができない》を、《何本でも引ける》という風にアレンジしてもなんら問題が発生しないことに気づいた。誤解が生じる可能性があるが、話を簡単にするために、二つの開口をもつ漏斗状の世界を考えてみよう。この世界において引かれたいくつかの線は、交わる寸前で世界の外に飛び出してしまうだろう。〈世界の外〉に線分を逃がしてしまえば、平行線は、いくらでも引ける。あるいはリーマンのように考えてみてもいい。彼は第五公準を次のようにアレンジした。《一直線の外にある一点を通って、もとの直線に平行な直線を一本も引くことができない》。球面状に広がった世界を考えてみよう。ここでは地球を例にとるのがいいだろう。地球に引かれた経線は、一見平行であるにもかかわらず、北極と南極で必ず交わってしまう。つまり平行線を引くことはできない――あるいは、〈平行線は交わってしまう〉。</p>
<p>これらユークリッドから離れた幾何学を、わたしたちはたんに非ユークリッド幾何学と総称しているが、どれかが特権的に正しい、というわけではない。証明の観点からいえば、依然として、ユークリッドが正しい可能性も残っている。世界に歪がなく、完全に均質な平面的空間だったとしたら、彼が正しかったことになる。世界＝神は球体であると考えたのは、大きなスパンでみればユークリッドとほぼ同時代のプラトンだったが、いずれにしても、彼らは各々自らの世界観（一本だけ平行線が引ける世界、何本も引ける世界、一本も引けない世界）で幾何学を語っているわけである。いってみれば――文学的に翻訳すれば――、幾何学中の第五公準とは、真理＝ロゴスのなかに混じった、神話＝ミュートスだったのである（歴史学の用語法に従えば、第五公準は、真理を扱う《歴史》のなかに入り混じった、《物語》である）。世界には、さまざまな世界創生の神話があるように、幾何学の世界にも、さまざまな世界創生の神話がありうる。このミュートスのなかで、ロゴスは成立している。わたしたちは、特段ロゴスを放棄することなく、というかむしろロゴスの審級を捨て去らないかぎりで、思い思いのミュートス＝世界論を描くことができる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、わたしが蛮勇を奮って、しかも時間の都合で急ぎ足に幾何学の話をしたのは、自著『精神の歴史』で述べたオクシデンタリズムを直観的に説明するためである。この書物の第一章は近世の蘭学、とりわけ解剖学をあつかう。わたしのみたところ、この奇妙なオクシデンタリズムが切り拓いたのは、特異な表象論であったように思われる。それは、エドワード・サイードが批判的にとりあげたオリエンタリズムを、二重に逆転させる試みでもある（つまりわたしはサイードを反批判している）。サイードにとって、西洋と東洋の非対称的な視線がつくりあげた「どこにもない場所」としてのオリエントが非難の対象だったとするなら、東洋の一島国にすぎない日本人が勝手に作り上げたオクシデンタリズムもまた、どこにもない場所――エレフォンerewhon（nowhereを逆転させたサミュエル・バトラーの概念）についての学問である。やや品のない例を出せば、動物園の動物は、やってきた人間を奇妙な動物のように眺めているものだが、それとある程度は同じことで、同時代の東洋人が一方的に西洋から〈見られていた〉と考えるのも穏やかではない。彼らは彼らで、したたかに、西洋を眺めていたし、その視線が作り出した《オクシデント》は、どこにもない場所であったがゆえに、真の創造性を――つまり《文学》を生み出す可能性をもったのではないか。</p>
<p>といっても、同書では、本論からはずれるため、サイードの議論そのものの批判は若干匂わせたにすぎない（サイードはあまり批判したくなかった、というのも大きな理由のひとつである）。重要なことは、オクシデンタリズムがもたらす特異な表象論／言語論のほうである。《表象》という思考は、今日ではかならずリプレゼンテーションRepresentationとかかわりをもち、したがってカントとかかわりをもつ。つまり、物自体とその表象という一組の概念を考え、表象を存在（Presence）の再‐現前化（Re-present）として把握する思考法である。カントにおいて、物自体は不可知である。というか、考えることしかできない。感覚できるのは表象だけであって、感性的自然において、物と表象は、ついに完全には一致しない。</p>
<p>この思考法のポイントは、物自体の存在が証明できるか否かである。しかし、そのためにわたしたちに与えられた材料は表象だけである。表象と物自体が交わることがない以上、証明はどうやっても不可能である。というのも、存在として証明された（≒感覚的に明らかになった）物自体は、原理上、すでに表象にすぎないからだ。だから誰もカントの物自体の存在を証明しようとするひとはいない。〈不可知の〉物自体の存在を証明できた時点で背理だからである。物自体と表象は、ついに交わらない――つまり、これは一種の《平行線公理》である。すなわち、〈カントの作り出したミュートスである〉。</p>
<p>カントの表象論は、証明不能の第五公理とでもいうべき、《不可知の物自体》というミュートスのうえに成立している。この神話なくして、彼の理性（ロゴス）――超越論的統覚はありえない。したがって、ロバチェフスキーやリーマンがやったように、わたしたちには、カントの構想した（想像／創造した）世界とは別種の世界を構想する（想像／創造する）権利がある。たとえばロバチェフスキーのように、ある表象に対して、ただひとつの物自体ではなく、無数の物自体が想定できるとすればどうか。そうすれば、物自体を特権視することはできなくなる。最初の表象でさえ、もうひとつの物自体かもしれず、かえって物自体を立てる必要がなくなる。あるいはリーマンのように、すべての表象がどこかで物自体と交わってしまうとすればどうか。そうなると、物自体はのっけから存在できなくなるだろう。物自体だと考えていたものも、結局はまた別種の表象なのだ。証明不能の物自体を仮定する世界がありうるのだとすれば、また逆にすべてが表象であると仮定する世界――つまりわたしたちはいたずらに感覚的な世界を疑う必要はない――もまた許されるのではないだろうか。いまでは、リプレゼンテーションの論理は、あまりにも強く一般に流布してしまった。だが、わたしたちには、この論理が暗黙のうちに想定している平行線公理を疑う権利がある。この暗黙の平行線公理とは別の場所に、「精神の歴史」は軸足を置いて展開される。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>これまで、近世の思想といえば、儒学から発展した国学が扱われるのが主流であった。というのも、この思想は、「大東亜戦争」に結実するナショナリズムの原形と考えられたからである。近世の蘭学――つまりオクシデンタリズムは、依然として実学的に意義付けられているにすぎないし、日本の地理的条件においてはよく起こる外来思想とその享受の一事例と考えられるのが主である。だが、オクシデンタリズムの批判対象は当時支配的だった儒学や国学である。そして当時の蘭学から文明論への流れを普通に読み解く限り、この思想こそが、明治維新を内から準備した、という風に考えることは不可能ではないはずである。だとするなら、オクシデンタリズムは、たんなる実学ではなく、もっとラディカルな意義をもったものとして、再把握されねばならない。そうしてはじめて、わたしたちは幕末から明治へのエポック――すなわち激動を、それ自体として把握する権利を得るのではないか。</p>
<p>繰り返すが、オクシデンタリズムの批判対象は儒学である。江戸時代の儒学は、本場中国と同様、基本的に理気二元論である。いずれを重視するかによって違いはあるにせよ、人間あるいは世界を、形而上的な「理」と、形而下的な「気」にわけて説明する考え方である。こうした二重構造は、原理的に、儒学そのものがもっている学問上のスタイルと切り離し難い。というのも、儒学は、原則的に孔子のテクストの読解がその中心である。つまり文献学である。この種の学は、かならず次のような問題に直面する。テクストから遡って孔子像を復原することは許されるのか、それともテクストそのものを重視すべきなのか。「理」と「気」の概念をここに適用すれば、前者が「理」であり、後者が「気」である。後者を重視した陽明学はすでに実証主義の可能性を胚胎しているが、カントほどの厳密性はないため、曖昧であるがゆえの別種の可能性を有すと同時に、実証主義のさらなる進展を阻む傾向もあって、議論が無闇に錯綜する。だが、いずれを重視するにしても、ひとつの共通点がある。それは、「理」や「気」は目に見える表象とは異なるという観点である。「理」は目に見えない原理的な孔子像を重視し、「気」はテクストのなかに隠された意味を重視する。ここからきわめて儒学的な主題である名分論と徳治主義が生まれる。君主が世界を統治する権利をもっているのは、彼が徳をもっているからである。しかし、現実の政治的行為をもって君主の徳を云々することはできない。というのも、原理的に君主はただひとりであるが、君主でない人間は君主が徳をもっているかどうかを判断する力をもたないからである。君主以外の人間は、その徳性を判断できない、そのことをもって、原理上ただひとりの君主は自動的に徳をもつと判断される……。ここでは名分論のトリックを非難することが目的ではない。むしろ、このトリックを秩序だてている知の基準（公準）はなにかと問わねばならない。名分論が可能であるためには、最低限、次の点に同意が必要である――すなわち、孔子のテクストの読解が真の孔子の考えに近似はしてもたどりつくことがないように、表象（現実の君主の見かけ）と真理（君主が内面にもっている《心／理／性／徳》）とは別々の場所をもっている……。</p>
<p>この時期の儒学的身体論もまた、同様の傾向をもつ。よく知られているように、漢方医学は目に見えない気とそれが通る経絡を重視する。こうした漢方医学的な傾向に反対して、西洋の流れとは別に独自に解剖も行なわれたが、それに対する反論をみておくことが、当時の身体論の傾向を理解するには手っ取り早いだろう。</p>
<blockquote>
<p>夫れ蔵の蔵たる、形象の謂に非ず。神気を蔵するを以つてなり。神去り気散じて、蔵ただ虚器、何を以つて視聴言動の其の所に随ふことを知らん。又何を以つて栄衛参焦の統紀を見ん。是の故に昭々の視は冥々の察に若かず。赫々の攻は惛々の弁に成る。之を視て理に求むること無くんば、則ち童子をして視せしむ、何ぞ異ならん。</p>
<p class="post-r">佐野安貞『非蔵志』1760年</p>
</blockquote>
<p>これは、日本ではじめて官許のもとで行なわれた解剖を記した山脇東洋の『蔵志』に反論したものである。佐野がいうには、解剖身体はあくまで「死体」であり、生きている臓器とは根本的に異なっている、実際の〈知見〉より「気」や「理」のほうが重要だ、というわけである。解剖で得られた知見など、童子の観察と変わらない代物にすぎない……。こうした状況下で、解剖と翻訳を〈同時に〉行わざるをえなかったオクシデンタリズムの可能性を考えてみよう。翻訳は、原理的にいって、上記の文献学的な二重構造は問題にしない。というのも、言葉（オランダ語）の意味とはもうひとつの別の言葉（日本語）だからである。目に見えない意味を見えないままに読み解こうとするようなことは必要がないし、無数の解釈などそもそもあってはならない。ここでは単純に、身体というただひとつの答えが用意されているからである。シニフィアンはシニフィエと組み合わされて構造をなすのではなく、別のシニフィアンと組み合わされて、横に連なるセリーを構成する。解剖もこれと同様である。人間が身体の内側に隠していたのは、目に見えない心や気などではなくて、もうひとつの身体である心臓や《神経》である。つまり、肉のなかには、もうひとつの肉があったのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしたちは、もはやオクシデンタリズムがもたらした衝撃を理解できないほど遠い場所にいる。ひとは蘭学に実学的な意味しか見出せなくなっているし、ましてやこれが儒学のような体系的な学問に対抗しうる表象論や言語論を含んでいるなど想像もできなくなっている。精神は心臓や神経のような目に見える表象とは異なる、という、カント‐ヘーゲル的な二元論を再度受け容れてしまったからである。だが、心臓はともかく、神経の概念などそもそも存在していなかった東洋における蘭学者の衝撃は、察するにあまりある（「神経」の語は杉田玄白たちの造語である）。儒学的な「心」の概念は、蘭学によって大幅に変更を余儀なくされた。精神とは、《神経》であった――つまり、《肉》だった。言葉が隠していたのは、意味ではなかった――もうひとつの言葉だった。</p>
<blockquote>
<p>「フルヘーヘンド」は堆(うずたかし)といふ事なるへし。しかれは此語は堆と訳してハ如何といひけれは、各これを聞て、甚尤なり、堆と釈(やく)さは正当すへしと決定せり。其時の嬉しさハ、何にたとへんかたもなく、連城の玉をも得し心地せり。</p>
<p class="post-r">杉田玄白『蘭学事始』</p>
</blockquote>
<p>「フルヘッヘンド」の訳語を言い当てることが、なぜこれほどの喜び（玄白の言葉でいえば、無数の城と交換してもいいほどの玉を得た心地）をもたらすのか。それは、通例の文献学においてはありえない事態であることを想起すれば、少しは共感できるかもしれない。オクシデンタリズムは、近づくことはできても、いつまでたってもたどりつけない真理を追いかける文献学的読解とは、根本的に異なる思考法にもとづいている。「フルヘッヘンド」と「堆し」は、字面をみてもわかるとおり、完全に異なる単語である。この絶対的な差異にもかかわらず、これらの語は〈同じ言葉〉であることが確実である。翻訳において、同語反復にはなんの意味もない。差異は完全に肯定される。</p>
<p>肉のなかには肉があり、言葉のなかには言葉があった。すなわち、〈すべては表象なのだ〉。まったくの偶然の産物かもしれないが、彼ら蘭学者の天才が同時に行なった翻訳と解剖は、かくも有機的に絡みあっていたのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たしかに、それでも佐野の批判が通用する余地は残っているかもしれない。死体解剖で生身の肉体がわかるのか？　しかし、この批判が通用するためには、ひとつ条件がある。生と死とがまったく相反する、ということである。しかし、生と死が違うというなら、どこに本当の死の意味を語れる生者がいるだろうか。漢方医学が内包している論理を原理的につきつめていけば、生と死もまた、対立的な区別を設けることはできなくなる。死は別種の生であり、また生は別種の死であるかもしれず、両者を泰然と分かつ理由もじつはあやふやなのだ。だとするなら、死体解剖によって生身の肉体を語るのを禁ずる理由もないのである。</p>
<p>むろん、蘭学者がこうした思考法を明晰に自覚していたかどうかは確かではない。しかし、蘭学の洗礼を浴びた多くの幕末・明治期の知識人には、こうした思考法の痕が顕著に見られるように思われる。いずれにしてもいえることは、蘭学は、そもそも翻訳が問題となっている以上、現実の西洋と実態的な関係をもたないということ、むしろ西洋と東洋のあいだの境界線上で繰り広げられたドラマだということである。正常な近代化（西欧化）などという戦後の問題とは、まったく無関係なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>小林秀雄は言っている。</p>
<blockquote>
<p>近代の日本文化が翻訳文化であるといふ事と、僕等の喜びも悲しみもその中にしかあり得なかつたし、現在も未だないといふ事とは違ふのである。</p>
<p class="post-r">『ゴッホの手紙』</p>
</blockquote>
<p>小林のこの謎めいた言葉から、戦後の知識人は軽薄な欧化を非難するという非生産的な問題構成を作りあげてしまったように見える（とはいえ戦前の日本主義を批判せねばならない都合から、正しく近代化し、これと同一化すること――かつてのオクシデンタリズムに反する同語反復を実現すること――が使命となってゆく）。サイードをもっと深いところで読もう。そうすれば、《正しい近代化（西欧化）》という議論がいかに浅墓かが見えてくるはずだ。なぜなら、わたしたちの視線がつくる西洋など、オリエントがそうであったように、どこにも存在しないからだ。そしてさらに、サイードの議論をひっくり返そう。どこにもない場所は、そうであるがゆえにこそ、可能性をもつ。小林がいうように、日本の近代文学は、翻訳抜きにしては語ることができない。だが、そのことに対して、小林はポジティヴなのである。オクシデンタリズムがもたらした奇妙な言語論を受けついだのは、医学や実証主義などではなく、アカデミズムから離れた《文学》である。小林が指摘しているのは、そのことであるように思われる。</p>
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		<title>言文一致論（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ）</title>
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		<pubDate>Fri, 25 Dec 2009 13:20:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ハイゼンベルク(1)の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ハイゼンベルク<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられる光がすでに対象を変化させている。厳密にみようとすればするほど、目から発せられる光は強くなり、変化はより大きくなる。したがって、ひとは、根本的に対象を正確に測定することはできない。……</p>
<p>この原理の奇妙さはうえの説明にはない。おそらく大抵は認識論的な話で早合点されてしまう。物事を一種の《虚構》に変えてしまう、こうした観測上の人間的かつ不可避的条件が、《現実に》対象を変化させてしまうとしよう。この論理を突き詰めていくと、どうなるか。たとえば、零点振動と呼ばれるものがある。物質のもっている「温度」は、熱振動によって規定されている。したがって、この振動がなくなるところが、温度の下限となる（-273.15℃とされる）。しかし、ヘリウムなどの原子は、《ハイゼンベルクの不確定性原理のために》、絶対零度というエネルギーが最低の状態でも、実際に振動してしまう（わたしはこういう記述に、ニールス・ボーアを中心としたコペンハーゲン解釈のセンスのよさを感じる）。この地点では、もはや対象に対する人間の《認識》を云々することはできなくなるし、物自体も考えられなくなる。この振動は観測という客観的行為が暗黙に内包している認識論レベルの誤差ではなく、誤差そのものが原子のふるまいだからである。つまり、通常の《学》ならば抹消すべきはずのこの誤差は、積極的な記述なのである。したがって、われわれは、誤差においてむしろ原子を正しく見ているのであり、正しく見ている分だけ、誤差を積極的なもの、つまり《差異》（ドゥルーズ）として、かえって精確に観測しているのである。真の意味での近代合理主義がおこなう観測とは、対象の同定ではなく、むしろ《差異化》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>議論はあいまいにはなるが、これを実生活のレベルで実感することはたやすい。たとえば免許証や履歴書などで撮影される証明写真。カメラが捉えるのは、《素顔》ではない。カメラのレンズを前にしてひとがどうしてもつくってしまう《表情》であり、いってみれば、ひとが無数につくっている仮面のひとつであるにすぎない。このひとつの仮面にすぎない表情を特権的に《素顔》とみなすこと（そしてカメラの前でする表情以外の表情を表情として《学》からは排他的に規定すること）が、ありもしない国民や国家を仮構する、そして実際に国家はこうした仮定を経て実在してしまう――したがって、国家は認識論のレベルを超えて現実に存在してしまう。</p>
<p>その一方で、アートとしてのカメラがある。この術（アルス）は、まさにレンズの前でひとやものがわれ知らずおこなう《自然》な振動を撮（つか）む術である。そうであるかぎりにおいて、カメラは芸術の手段たりうる。つまり、誤差は、《学》がおこなう同定によって排除され、埋められるべき（なおかつ弁証法的には必要な）エラーではなく、人間が自然界でおこなう差異として、レンズと被写体のあいだで積極的に把握される。簡略化していえば、国民国家が欲しがる《素顔》は、変化のなかに不動のものを見つけ出すことであり、アートの欲望する《表情》は、変化に継ぐ変化という、一種の振動である。アートは、ひとが《素顔》だと思っているものさえ、次の変化を期待＝欲望させる《表情》に変えてしまうのだ。</p>
<p>これは、知と美、そして自然とが結合する、このうえなくプラトン的な世界である。ここでは、差異の大きさや小ささは問題ではない。この大きさをめぐって、モダンとポストモダンのあいだで不毛な議論が交わされたが、問題は、差異（あるいはエノンセ）の希少性である。差異（あるいはエノンセ）は、《希少なもの》ほど知的であり、美しく、かつ自然である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしがハイゼンベルクの議論をアナロジーとしてとりあげたのは、自著『精神の歴史』で論じた言文一致論をできるだけ直観的に説明するためである。この問題をあつかったのは主に三章だが、この章は、おそらくやや難解だろう。この議論を丹念に追うかぎり、柄谷行人やジャック・デリダの議論、あるいは国民国家論を突破する理論的可能性が含まれている。</p>
<p>柄谷によって、近代文学者がおこなった言文一致運動は、国民国家の確立にかかわるネガティヴなものとして評価されることになった。デリダの議論（すなわち、過去に汚染されていないピュアな現在という、現実から乖離した形而上学を形成する、《自分の語る声を聞く》音声中心主義に対する批判）を借りつつ、彼は、話し言葉と書き言葉を一致させようとする言文一致運動が、閉じた現前の共同体を作りだす論理的前提をなしたと考えたのである。彼らの議論にしたがうなら、声と文字とを同一のものとしてあつかうことはできない。本来は維持されるべき、声と文字の存在論的・時間的差異（＝差延）を、等閑視することによって、言文一致という虚構は可能になるのだ。すなわち、真でもなく、偽でもなく、真らしくみえるもの<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>を作り出す言文一致運動は、あるかなきかの内面や《素顔》を、そしてついには国民Nationを仮構してしまうと考えられたのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>だが、この議論そのものがおかしいと、わたしは感じるようになった。本当に芸術はそのようなことをおこなうだろうか（わたしのスタイルとして、歴史上の出来事を批判するために史料を読むようなことはしない。肯定したいからだ）。だからもう一度、彼らの論理を追っていかねばならない。</p>
<p>もしかりに、柄谷らがいうように、言文一致運動が国民国家を作りだしたというのなら、本来なら不可能である声と文字の完全な一致が、まがりなりにも実現したということを意味する。しかし、もちろん、それは背理である。だとするなら、どこかに嘘があったことになる。言文一致などそもそも可能ではないのだから、言文一致運動が嘘をついたとしか考えられない。本当は話し言葉そのままの記述などありえないし実用的でも実際的でも実践的でもないのだから、完成していないものを完成したと言っているだけなのである。つまり、虚構であり、もっとオブラートに包んだ言い方をすれば、想像上の出来事である。だとするなら、国民国家など実現していない、ということだろうか？　そうではない。国民国家ができあがるのは、まさにここ、すなわち「想像」においてなのである。虚構として、想像力の産物として、国民国家は規定される。</p>
<p>しかし、《言文一致が実現した》という嘘が嘘である限りは、すくなくともその時点では「言説」、それも対象なき言説だったはずである。つまり、《言文一致の完成》は、いったい誰が言い出したのか、ということが問題になる。この完成を言説として実現した主体が、国民国家を仮構したと考えていいはずである。本来あるべきでない、そうした虚構が成立しているとするなら、そもそも、この運動を終わらせたのは誰なのか、という問いが次にあるべきなのである。言文一致運動の担い手が文学者だったというのは確かであり、彼らはその唱道者である。だが、そのことと、《言文一致運動を終わらせた人物》が同じであるという保証はまったくない。柄谷は、この主体の差異を完全に無視している。その点では、柄谷は、結果から物事をみることに疑問を抱かない歴史主義者と同断である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>19世紀末の言文一致運動がどのようなものであったか、材料（資料）は二つで充分である。ひとつは、当時の文学が《写実主義》であったこと。そしてもうひとつは、山田美妙の以下の発言である。</p>
<blockquote>
<p>今日の俗語ハ明日の古語となる。</p>
<p class="post-r">「言文一致論概略」『学海之指針』1888年2-3月</p>
</blockquote>
<p>この発言を、厳密に読めば、すぐにわかることがある。言文一致運動が写実主義の運動である限り、これは終わりのない運動なのである。なぜなら、作家が今日の俗語とみなし、写実したものは、明日には古語となっているからである。作家が作家であるかぎり、彼はこの無限の運動に与している。作家は、《自然》同様、たえず変化する言葉によりそうことは考えていたとしても、その《素顔》を仮構しようなどとは考えていない。彼らが捉えようとしていたのは、《素顔》ではなく、《表情》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>テープやＣＤなどに録音された声は、もちろん、自分の考える「自分の声」とは違っている。だが、だからといって、即座にそれを自分の真の（客観的な）声だとみなす必然性はないし、また、逆に自分が自分の声だと思っていたものを主観的なものとして排除する必然性もない。たんに、それは、記録媒体を前にして（無意識だったとしても）、自分が選び選ばされた声色のひとつであるにすぎない。自分の耳とマイクが拾う声が違うのは当然であって、それぞれが、質的でも量的でもない、たんなる差異として現実化しているだけである。われわれは、どんなに「自分の声」をその中心において出したとしても、結局は《振動している》。そして、われわれは、この変化のただなかにおいて、自分の声を自身の所有物としているのである。カント風にいえば、これが超越論的統覚というもののはたらきである。</p>
<p>作家もまた同じである。作家が、言文一致を実現しようとしているとしても、それは、柄谷が思うようにではない。もっとファジーな集合であって、むしろ、変化する言葉に寄り添い、その変化を予測し、そしてときにはその変化を追い越しさえしようとしている（明日の古語とならないために<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。これが「一致」の真の意味である。要するに、作家が目ざす言文一致とは、完全な一致ではなくて（そんなものは馬鹿げている）、《差分》を実現することなのである。「今日」と「明日」、「俗語」と「古語」の差異、ハイデガー的にいえば（デリダの差延とは区別して）存在論的・時間的差異を、作家は、原理的に拒絶することはできないし、しようとも思ってもいない。むしろこれを把持したまま表現することが、高次の言文一致の目ざすところである。作家の言文一致そのものが、書き言葉の《振動》を実現するのであり、またそのことによって、《素顔》となりかけたそれを《表情》に変えるのである。批評家は、こうした《差分》を虚構だというのだが、それは、ピカソやクレーの絵画を虚構というに似て、なんの意味ももたない。また、作家が他人と同じ文体をとることもまずありえない。基本的には、彼ら自身の文体を《未来の言文一致体》として実現することを欲している。言文一致運動は、その主体が作家であるかぎり、本質的に終わりのない運動なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>戦前の公文書で、言文一致体が使われていることは稀である。なぜなら、言文一致体は、その理論からして当然のことだが、時期に応じて変化してしまうからである。現在から過去がクロノロジカルに見渡せなければならない公文書において、変化そのものを《法ノモス》とする、異様な言語体系は適さない。テンス（時制）が機能しないのである。したがって、学問上の課題として言文一致を目指した学者は、物集高見が好例であるように、挫折し、転向している。また、積極的に唱導した学者も、結局は譲歩を余儀なくされている。彼らが排除しようと願った漢字は残ったし、仮名の改良もかなわなかった。教科書問題やジャーナリズムの要請に譲歩を重ねた結果、暫定的な代物を公定の言文一致体とせざるをえなかったのである。</p>
<p>だが、それでも19世紀の学者は諦めたわけではなかったし、現実問題として、公文書ではあまり使用されることもなかった。逆に言えば、戦前の政府ほど言文一致体を使用していなかった領域はないのであって、柄谷の議論を適用すれば、ナショナリズムと政府は現実には無関係だという議論に帰着しかねない。言文一致体に対する抵抗を柄谷は評価するが、だとするなら、政府官僚こそ、もっとも評価すべきだ、という転倒した議論がまかりとおってしまう。繰り返すが、戦前の政府は言文一致体を使用していない。このことは、言文一致体を完成されたものとして（終わりにおいて）規定しようとする《学》や国家の論理が、言文一致の本質そのものと相容れないことを意味する。言文一致体は、それを厳密に規定しようとすればするほど、《振動してしまう》。なぜなら、その規定自体が、言文一致体で行なわれねばならず、結果的にありうべき言文一致体を変化させてしまうからである。言文一致運動ほど、国家の論理に反しているものはないのである。ともあれ、それが一変する事態が訪れる。敗戦期である。この時期から、公文書においても、「言文一致体」が使用され始める。</p>
<p>いつのまにか、暗黙のうちに《言文一致体》という同意が形成されていたのである。国家が言文一致体を用いるということ、それは裏を返せば、言文一致体が、本来あるべき変化をやめてしまったことを意味する。同意を形成したのは、いったい誰か。作家ではない。なぜなら、作家は、他人のつくった《言文一致体》など究極的には認めないからだ。とすると、あとは一人しかいない。すなわち、《読者》である。作家の言葉を模倣した読者であり（それはプラトン的にいえば模倣の模倣であろう）、彼こそが、《言文一致が実現した》と見なした者なのである。ならば《読者》とは誰か。《純粋な》読者とは、小説を書かなかった書き手たち――批評家である。ならば、国民国家を作ったのは、はたして誰か……？　もはや語る必要はあるまい。</p>
<p>結局、国民国家は、作家に、次の条件を示した。《わかった、言文一致体を採用しよう、ただし、それは作家たちがその運動をやめるかぎりにおいてだ》。もちろん、戦後の作家たちがこの条件に同意したかは不明である。だが、結果的に、この運動は、終わりを遂げたと考えて、間違いないだろう。作家は、「言文一致体」の採用を餌に、国民国家によって息の根を止められたのである。要するに、言文一致運動は、終わることによって、ただひとつの、そして千の仮面である《表情》を、《素顔》にしてしまうのだ。</p>
<p>ここには、生気を欠いた暴力、すなわち権力がある。この権力がもたらす重力圏から、戦後の作家は逃れられなくなってしまった（というか、自らの文体を追求することでそこから逃れる、という主題をもっていない）。言葉は、いつも、教科書やアカデミズム、ジャーナリズムといった重力の中心に収束する――といっても、それは国家がつくる見かけだけのことである。言葉は本当は変化することをやめたりはしない。作家による導き手を失った言葉は、たんに堕落し衰弱していくのだ。そして偽の問題構成が形成される。堕落した若者の言葉づかいか、それとも古い「常識的な」言葉づかいか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷をはじめ、多くの批評家や学者は、《言文一致体》の完成者を、志賀直哉や武者小路実篤らに代表される白樺派にみている。『白樺』で用いられた文体を、今日われわれが書く「話し言葉」の典型とみなしている。とはいえ、当時彼らが言文一致運動の尖端にいたことが確かだとしても、それを終わらせたと考える必然性は、むろんどこにもない。たんに、彼らを超える作家が出なかったというにすぎない。武者小路はこう言っている。</p>
<blockquote>
<p>自分は俗衆に理解された時、芸術は使命を果し、同時に価値を失なうものと思つてゐる。</p>
<p class="post-r">「六号雑感」（「自己の為の芸術」）『白樺』第2巻第11号、1911年11月</p>
</blockquote>
<p>この武者小路の発言は、さきの美妙の発言と共鳴している（というか、それを芸術全般に拡張したものだ）。かくして100年前に始まった白樺は、戦後、芸術としての生命を終えた。だが、彼らはそのことによって、別の始まりを促していたのである。なぜなら、掴んだと思った芸術は、原子の振動に似て、ひとの手を離れて飛び退ってしまうからだ。したがって、問題は、彼らの放った曲がった矢をみて、嘲笑を浴びせはしても、誰も拾わなかったことである。</p>
<p>ひとは批評家で終わってはならない、という論理は、このことから帰着する必然的なものである。われわれもまた、矢を拾い、番え、そして放たねばならない。犬のディオゲネスのいった「言いたいことを言う」自由は、自分の文体＝生のモードを実現するというそのことによってのみ、可能になる。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> かつては、西のハイゼンベルク、東の湯川秀樹といわれた。わたしは前者の書物からゲーテを、後者の書物から荘子を学んだ。</li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> 「真らしくみえるもの」については、『パイドロス』のなかでソクラテスがよきものに分類していた点に注意されたい。ここでは論理の展開上、デリダ主義的な議論（可能性であるが不可能性でもある）に従う用法をおこなっているが、わたし自身は「真らしくみえるもの」について、ソクラテスの意見に同意している。イデアの追究とは、つまるところ「真らしくみえるもの」の追究でもある。</li>
<li class="note"><a href="#p03" name="n03">(3)</a> 作家の言文一致運動はカント風の統整的理念にもとづいているのではない。むしろ、言文一致はたえず、しかもいたるところで実現している。ただ、実現した瞬間に、対象のほうが遠ざかってしまうのである。</li>
</ul>
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		<title>『精神の歴史』配本</title>
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		<pubDate>Fri, 26 Jun 2009 15:33:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>

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		<description><![CDATA[田中希生著、『精神の歴史』（有志舎）が6月24日に配本されました。専門書のおいてあるような本屋なら、もうそろそろ売ってると思います。 田中 希生『精神の歴史 近代日本における二つの言語論』Powered by Amazo [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">
田中希生著、『精神の歴史』（有志舎）が6月24日に配本されました。専門書のおいてあるような本屋なら、もうそろそろ売ってると思います。
</p>
<div class="post-rl"><a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-%E8%BF%91%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E4%BA%8C%E3%81%A4%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AA%9E%E8%AB%96-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E5%B8%8C%E7%94%9F/dp/4903426254%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4903426254"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41mnmxLZabL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">田中 希生『精神の歴史 近代日本における二つの言語論』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span></div>
<p class="post-n">
狂気と理性が裁断されえなかった近代日本という時空。<br />
そのなかに現在とは全く異質の《精神》を見出す新しい思想史！
</p>
<p class="post">
田中希生「ぼくとしては、これは最初の歴史論であると同時に、来たるべき文学論のつもりで書きました。歴史ってこういうものじゃないの？というか。文学のすばらしさを、ひとりでも多くのひとにお伝えしたい、というか。ぼくの考えでは、ひとを行動に駆り立てるもの、それが《理論》です。そういう意味での《理論》書になれればいいな、と。」</p>
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		<title>装幀が出てますね</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Jun 2009 12:48:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>

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		<description><![CDATA[装幀がアマゾンにアップされています。前にもすこし触れましたが、奥定泰之さんのお仕事です。送られてきたＰＤＦファイルを開けたときの感動が思い出されます。すごく綺麗な装幀で、本当、プロは違うなあと思ったものです。フォントの配 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">
装幀がアマゾンにアップされています。前にもすこし触れましたが、奥定泰之さんのお仕事です。送られてきたＰＤＦファイルを開けたときの感動が思い出されます。すごく綺麗な装幀で、本当、プロは違うなあと思ったものです。フォントの配置からなにから、いろいろと細かい部分の配慮がすごく伝わってきました。指の先の先まで神経が行き届いている、というか。帯の文字色もいい感じです。永滝さんに考えていただいたキャッチがすごく映えていると思います。二案つくっていただいて、どちらかを選ぶ、という感じだったのですが、どちらも本当にすばらしかった。みた瞬間に、これは悩むな、ということがわかったから、あまり深く考えないようにぱっと選んじゃったのですが、案の定、決めたあとでいろいろベッドのなかでもんどりうっておりました。お礼をいう機会がなかなかないのですが、ここをご覧になっているという噂も聞きましたので、本当にありがとうございました。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
ところで、最近は教育現場で、円周率が３から３．１４に戻っているそうですね。それは本当によかった。小さい頃、円の面積をこういう風にイメージしたことを覚えています。つまり、円がすっぽり納まる正方形をイメージすると、だいたい、半径×半径の正方形を四つ並べた状態に等しい。で、たしかに、四つよりは、円の面積は小さい。でも、三つよりは大きそうだな、だからだいたい３．１４なんだな、と。逆にいえば、ゆとり教育時代、円の面積は、半径×半径の正方形三つ分と等しい、という驚異的に単純な計算をやらせていたことになります。つまり、円周率の「３．１４」という言葉の意味をまったく理解せずに、たんに３．１４という数値と考えて、これを省略したわけですね。これで円の面積が表現できるわけがない。「半径×半径×３」では、たんに半径と同じ長さの辺をもった正方形が三つできるだけなのです。要するに、この表現だと、円が四角いのです！
</p>
<p class="post">
本来のゆとり教育の趣旨からいえば、３．１４をただ覚えこませるのではなく、なんで３．１４…になるのかを考えさせることが重要だったはずです。しかし、「ゆとり教育」の意味を理解せずに、たんに「ゆとり」を時間的な数値を意味していると考えて、教育時間を減らすことにしたわけです。要するに、円周率が３になるのは、そもそもゆとり教育の意味を履き違えていた時点で、決まっていたことだったのでしょう。
</p>
<p class="post">
ちなみに、それが数学的に正しいのかどうかは知りませんが、とにかく勝手に上のように円周率の意味を考えていたから、円周率をたくさん口ずさむと、円がどんどん綺麗になっていく気がして、それがすごく好きでした。一桁進むたびに、たんなる三つの正方形が、丸っこくなっていく。というわけで、いまだに小学二年生のときに覚えた50桁ほど円周率を口ずさむことができるのです（覚えた最大の理由はクラスの男子で授業そっちのけで競争になったからだと思いますが）。3.14159265358979323846264338327950288419716939937510……。こんなことをやっていたから数学ができなかったんでしょうけれど。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
さて、なんで円周率の話になったのかはわかりません。が、たぶん、奥定さんの「神経の行き届いた」装幀をみていて、なんとなく円周率のことを思い出したのだと思います。</p>
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		<title>予約開始『精神の歴史　近代日本における･･･』</title>
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		<pubDate>Sun, 24 May 2009 09:38:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[information]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>

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		<description><![CDATA[私的な仕事がぼちぼち終わりそうなので（まだ完全には終わっていない……）、ノートル・クリティーク第2号の編集にも本腰を入れているのだが、それはそうと、自分の本がアマゾンで予約できるようになっている（装幀は写真がまだ出てませ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">
私的な仕事がぼちぼち終わりそうなので（まだ完全には終わっていない……）、ノートル・クリティーク第2号の編集にも本腰を入れているのだが、それはそうと、自分の本がアマゾンで予約できるようになっている（装幀は写真がまだ出てませんが、綺麗です。奥定泰之さんのお仕事ですが、さすがプロのお仕事だと思います）。<a href="http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?page_id=999">[詳細はこちら]</a></p>
<p class="post">
これまでの雲を掴むような仕事が形になるというのは、率直に言って、非常に嬉しい。意外なことだし、すこし可笑しいが、社会にとってなにか《意味》のある仕事がしたい、という思いが自分は非常に強いようだ。男に生まれたからには……、とそんな風に考えたりもするくらいだ。古い言い方をすれば、《事業》をなしたい。ちょっと不遜な言い方をすると、政治や経済といった実業だけが《事業》だなんて思ってる唯物主義的人間は嫌いだが、所詮は文筆なんて虚業さ、ファンタジーさ、と割り切ってるロマン派的人間も嫌いである。となると、《虚業を事業としてやる》、ということしか自分には選択肢が残っていない。</p>
<p class="post">
それで文章を書く。文章を書いて、書いたそのときは仕事をした気になる。だが、世間の反応はない。ホームランを打った気でいても、誰もボールを取りに行かない。結局、打った本人がボールを取りに行くような、草むらを掻き分けて自分の打ったボールを探すような、そんな気分になる。といって、自分のそういう欲望に身体を捧げられるほど割り切ってもいないし、自尊心も強いから、うまく宣伝できるわけでもない。それで雑誌を作って、せめて戦う姿を後輩に見せようということを考えた。落ち込むのも柄じゃないし。京都にはたくさん大学があって、博士号はもっていても、大学の数だけ自分のようなうだつの上がらない人間がいるから、周りの大学のひとたちも誘おうとしたら、やはり周りでも同じようなことを考えている人たちがいて、それで編集委員会ができた。好意的にいって、みんな《俺が代表だ》と考えてるような野心家ばかりだから（？）、そのうち誰かに代表の仕事は任せる気だが、なんとか雑誌ができて、それが出版社の目に止まって、こういう運びになった。本当に幸運だったし、自分の本が出たから言うのではないが（いや、だから言うのかな？）、有志舎さんは、よい出版社だと思う。
</p>
<p class="post">
宣伝が得意なひとなんて、そんなにいないだろうし、自分でもなんていってよいかわからない。なにはともあれ、買ってください。</p>
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		<title>近刊『精神の歴史 近代日本における二つの言語論』</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Feb 2009 02:44:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>

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		<description><![CDATA[有志舎というすばらしい出版社から、今年の六月に本が出ることになった。博士論文「精神の歴史 近代日本における言葉と出来事」のいらない部分を削って改稿したものですが、またいずれ大々的に宣伝します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>有志舎というすばらしい出版社から、今年の六月に本が出ることになった。博士論文「精神の歴史 近代日本における言葉と出来事」のいらない部分を削って改稿したものですが、またいずれ大々的に宣伝します。</p>
]]></content:encoded>
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