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	<title>ex-signe &#187; Neo Kantianism</title>
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		<title>芸術について――認識論を超えて</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Sep 2008 06:27:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Ariston of Chios]]></category>
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		<description><![CDATA[古代ギリシアはキオスのストア派哲学者、禿頭のアリストンは、こう言ったという。 最良のもの（徳）と、最悪のもの（悪徳）とについてだけ関心をもち、その中間のものにはどちらでもない態度をとる。それこそ、人生の目的（テロス）であ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>古代ギリシアはキオスのストア派哲学者、禿頭のアリストンは、こう言ったという。</p>
<blockquote><p>最良のもの（徳）と、最悪のもの（悪徳）とについてだけ関心をもち、その中間のものにはどちらでもない態度をとる。それこそ、人生の目的（テロス）である<sup><a href="#n01" name="p01">(1)</a></sup>。</p>
</blockquote>
<p>「人生の目的」とは、いかにも大げさに聞こえる。しかし、この宣言はとても興味深い。というのも、最悪のものは、最良のものと同様、関心を払うに値するものということになるが、関心という点からすると、最悪のものは、最良のものと同様に、優れたものでありうるからである。ひとは、つねに、最悪を回避しようとする。最良をその手に掴む《実践》よりも、最悪を回避する《非-実践》を優先する。この《非-実践》が実践する生産こそ、《中間のもの》である。《中間のもの》について、判断しないという彼の宣言は、裏を返せば、じつは本当に回避せねばならないのは、《中間のもの》であり、そして避けるのがもっとも困難なものこそ、《中間のもの》である、ということにほかならない。《中間のもの》を避けるのが容易であるならば、それは、目的（テロス）というほどのものではなくなってしまうだろう。</p>
<p>しかし、それは不思議なことだ。本当に避けるべき最悪のものは、最悪のものではなく、むしろ、《中間のもの》である、ということになってしまうからだ。われわれが選び、そして掴まされているのは、じつは、いつも、避けるのが困難なこの《中間のもの》である、ということだろうか。アリストンのこの含蓄のある宣言は、この《中間のもの》こそ、批判に値する、最悪のものなのではないか、という疑問に、われわれを導いてゆく。《中間のもの》を自ら選ぶ《非-実践》、選択ならざる選択を避けねばならないのは、それが、ひとを、知らず本当に最悪のものに導いてゆくからなのではないだろうか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷行人は、芸術に関して、次のようなことを言っている。すこし長くなるが、ここに引用する。</p>
<blockquote><p>ここであらためて、カントの芸術論について述べてみる。カント以前の古典主義者は、芸術性が客観的な形態にあると考えており、カント以後の浪漫主義者は芸術性が主観的感情にあると考えた。しばしば、カントはロマン主義者の先行者と見なされるが、実際には、彼はその二つの「間」で考えたのである。それは彼が経験論者と合理論者の「間」で考えたというのとまったく同じである。むろん、彼はそれらを折衷したのではない。彼は、認識を認識たらしめる根拠を問うたように、芸術を芸術たらしめる根拠を問うたのだ。ある物が芸術であるか否かは、それに対する他の関心を括弧に入れることによってのみ決まる。それが自然物であろうと、機械的複製品であろうと、日常的使用物であろうと、関係がない。それらに対する通常の諸関心を括弧に入れて見るということ、そのような態度変更が或る物を芸術たらしめるのだ。</p>
<p>&#8230;われわれは物事を判断するとき、認識的（真か偽か）、道徳的（善か悪か）、そして美的（快か不快か）という、少なくとも、三つの判断を同時にもつ。それらは混じり合っていて、截然と区別されない。その場合、科学者は、道徳的あるいは美的判断を括弧に入れて事物を見るだろう。そのときにのみ、認識の「対象」が存在する。美的判断においては、事物が虚構であるとか悪であるとかいった面が括弧に入れられる。そして、そのとき、芸術的対象が出現する。だが、それは自然になされるのではない。人はそのように括弧に入れることを「命じられる」のだ。</p>
<p>柄谷行人『トランスクリティーク』岩波書店、2004年、172-4頁。</p>
<p>たとえば、或る人殺しがいるとします。それは、法的・道徳的に非難されますが、同時に、それは趣味判断の対象です。映画や小説では、しばしば犯罪者やヤクザが主人公となります。人々は、日常では嫌悪するはずなのに、映画や小説では、彼らを支持し、自己同一化したりします。これは美的判断です。その根拠を、カントは「無-関心」性に求めました。それは、道徳的・知的関心を括弧に入れることです。人がこのような映画や小説を楽しむというのは、――あるいは時には、現実の事件に関してもそのような見方ができるということは、――実は、そのように文化的に訓練されたからです。</p>
<p>同『倫理２１』平凡社、2000年、65頁。</p>
</blockquote>
<p>&#8230;&#8230;。こうした芸術の定義は、よく聞かれる。おそらく、アカデミックな世界では、きわめて中心的なものであるだろう。もちろん、それらにもちがいはある。すなわち、柄谷のそれは、きわめて意識的に選び取られたものであり、アカデミックな世界においては、きわめて無意識的なものである。そうした差異を認めるとしても、結果的には同じものである。芸術（美）は、道徳的（善）・知的（知）関心を括弧に入れることによって、成立する。それは、一般にも受け容れやすいものだろう。裏を返せば、映画や小説であれば、殺人も、近親相姦も、つまり道徳に反することも、非政治的であることもなんでも許される、ということだし、また、一般にもそうとみなされていると思われる。《芸術の世界で殺人が許されるのは、それが、道徳的な関心とは無縁の美的世界でなされるからである》。</p>
<p>だが、芸術が具体的に実践される場面においては、そんなことは不可能である。かりにも芸術がなんらかの《実践》であるならば、括弧に入れたり外したりできるような、そんな認識論上の《関心》など、まったく歯が立たない。芸術家が現実に作品を作りあげる場面においては、同時代の道徳や政治と無縁でいることなど、絶対に不可能だからである。泉鏡花の優れた自然主義文学批判にしたがうなら、《芸術の為の芸術が、たんに芸術の為だけの行為であることはありえない》のである<sup><a href="#n02" name="p02">(2)</a></sup>。したがって、わたしなら、《芸術の世界で殺人が無条件に許された試しなど、ただの一度もない》と言うだろう。括弧のなかであればある行為が許され、括弧の外であればその同じ行為が不可能となる、という思考は、いくら認識論的に許されはしても、現実的ではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷の芸術論が陳腐なものに（わたしには）みえるのは、結論だけを取り出すからだ。柄谷の芸術論は、通例のアカデミズムからは一線を画している。そういう意見もあるだろう。柄谷は、ときには括弧をはずしてみること、「態度変更」が重要だと言っているではないか&#8230;&#8230;。だが、わたしには、それも含めて、もっとも洗練されてはいても――そしてだからこそわたしは論じるのだ――、アカデミズムの枠からは出てこない芸術論であるとしか、考えられない。</p>
<p>時と場合に応じて、括弧は取り外さねばならない、という。たしかに、括弧に入れられる以上、外すこともできるべきだろう。しかし、この「時と場合」が具体的にどのようなものか示されない限り、そしてどのみちこの外在的な条件に依存しているかぎり、この括弧にまつわる理論は理論としてはつねに不完全である。つまり、カントが一時そうしてしまったように、その判断を常識（共通感官）に仰がねばならなくなる。だいいち、われわれは芸術の芸術性を、たんに美的関心のみによって評価していたりするだろうか。本当にそんなことが可能なのだろうか。完璧に邪悪で、しかも嘘八百であり、なおかつ美しいものなど、存在するだろうか。一方を否定することで成立するような、そんな閉ざされた論理構造のなかに、芸術ははたして存在したことがあったのだろうか。それに「態度変更」といっても、結局、別の括弧に依存するのなら、もうひとつの同じ大学ができるだけではないのか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷は、こうした認識論主義の芸術論を説明するとき、よく、マルセル・デュシャンの『泉』を引き合いに出す。トイレを『泉』と題して美術館に出品した、あの果敢な作品である。彼はそれを自説を補強する材料として、次のように説明している。</p>
<blockquote><p>古典主義美学〔美を客観的なものとする〕やロマン主義美学〔美を主観的なものとする〕が古くさくなっても、カントの「批判」は少しも古びていない。たとえば、デュシャンが「泉」と題して便器を美術館に提示したとき、彼は芸術を芸術たらしめるものが何であるかをあらためて問うたのだが、それはまさにカントが提起したポイントの一つであった。すなわち、物をそれに対する日常的諸関心を括弧に入れて見ること。もう一つのポイントは、美的判断には普遍性が要求されるにもかかわらずそれがありえないということ、われわれが普遍的と見なすものは歴史的に形成された「共通感覚」にもとづいているということである。</p>
<p>前掲『トランスクリティーク』、172-3頁。</p>
</blockquote>
<p>トイレが美術館に作品として提示されていることが、トイレを美的に、つまり芸術として《構成する》、というのである。要するに、芸術は、ひとがそれを「芸術」としてみる認識にかかっている。たんに既製品であるトイレが、美術館に飾られているということ、それがトイレを芸術作品として見せてしまうのだ、ということらしい。だが、本当に、そのことだけが、『泉』を芸術作品にしているだろうか。この説明であれば、別にそれがトイレである必要はなかったことになる。ティッシュでもディスプレイでも、いわゆる美術品とは見えないものであれば、何でもよいのだから。だが、そのカント的な見かたは、デュシャンの『泉』の評価として不十分である。それだけでなく、結果として、この芸術論の射程の浅さをも示してはいまいか。</p>
<p>デュシャンの『泉』からわれわれが受ける印象の強さは、たんに日常的に使用される既製品が美的に隔離される、ということだけに存していない。どう考えても、《ほかならぬトイレである》という点から発生している。この倫理的・自然的必然性が、デュシャンの『泉』を芸術作品にしていると考えるほうが、わたしには説得的に思える。柄谷の用語でいうなら、美術館に置かれている、という事態によって発生する美的関心のみならず、普段の生活で、ひとがあるやり方で使用する「トイレ」であるという日常的諸関心も含めて、芸術として成立しているのである。はたして、既製品であればなんでもよい、というようなコンセプチュアルな「批評」的論理だけで芸術が成立するものなのだろうか（実際、柄谷のような論理で、今日では「芸術」が大量生産されているのだが）。私見によるなら、デュシャンの『泉』がかろうじて芸術作品として成立しているのは、人の手に塗れたこの既製品が、にもかかわらず、トイレであるという点によって、もっとも《自然》な領域に接続しているからである。たとえば絵画という人間的なものが、にもかかわらず《自然》の一端にじかに触れることによって、芸術作品になるように。繰り返せば、トイレは、人工物であるにもかかわらず、言葉の真の意味で、《自然》と接触するのである（この作品は、ある点において田山花袋の『蒲団』と肩を並べるものだろう）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>一方には、美が、客観的な実在として存在する、という芸術家（１）がいる。また、他方には、美は主観的な精神として存在する、という芸術家（２）もいる。カントは、その両者のあいだで思考した。といっても、カントは、ヘーゲルのように両者を折衷した（３）のではない。ただ、条件に応じてどちらをも批判した（４）。&#8230;&#8230;</p>
<p>そもそも、美が客観的実在であるなどといっている芸術家も、徹頭徹尾主観的なものだといっている芸術家も、わたしには探すのが困難である。具体的に誰のことを言っているのかはっきりしない。だが、こうした意見が（特に分類好きの批評家や芸術史家のなかで）あるのはわかる。哲学史的にいえば、一方はヒュームであり、他方はデカルトであろう。そしてヘーゲル的にそれらを弁証法的に折衷したわけではなく、両者を臨機応変に批判したカントが、賞賛される。あるときには美的な関心を括弧に入れて、道徳的な関心から法的に「審判」し、またあるときには、道徳的な関心を括弧に入れて、美的な関心から芸術的に「批評」する。これをトランスクリティークという。こうした関心と括弧と判断の外側には、《自然》の世界が広がっている。だが、それはわれわれには不可知の、《物自体》の世界である。こうした態度変更を促すのは、この《物自体》をなんらかの形で（つまり「仮象」として）表象させる、感官（感性）と接続した想像力である、というのだが、とはいえ、われわれの感官は、《物自体》とは隔離されている、ともいう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷の意見がまちがっているとはいわない。そもそも、議論としてはあまりに不十分であるから。ただし、彼は、そしてもし彼の意見がカントから出ているのだとすれば、二人とも、「芸術」という用語を使いながら、ただの一度も芸術については論じていないと、わたしは思う（ただし、わたしはカントを柄谷のようには読まない）。大学という括弧のなかでだけ通用する、おしゃべりであるように聞こえる。</p>
<p>かりに芸術の世界では人殺しが許されているとして（美的括弧のなかの世界）、また《現実》には人殺しは許されていない（美的括弧を取り除いた道徳的括弧の世界）として、ならばいったい、芸術は、《現実》にはなにを行なっているのだろうか。芸術が《実践》することなく実践している非現実的認識論の世界は、いったいどこに《ある》のだろうか。そもそも、芸術家は、殺しているようにみせかけているだけで、《現実》にはなにも行なっていないのだろうか。芸術は、「まやかし」の世界にだけ棲息しているのだろうか。</p>
<p>そんなはずはない。なぜなら、芸術作品は、誰がなんと言おうと、《現実》に生産されているからだ。われわれをときに涙させ、ときに笑わせ、そしてときに声も出ないほどに感嘆させる、ちゃんとした実感と重み（たとえ粒子のように軽いものであったとしても）をともなった物質として、この世に存在している／していたからだ。それらが、嘘であるとは、どうしても思えない。『イリアス』がこの世に生まれ出でて以来、この作品がホメロスの認識のなかにだけあったことなど、ただの一度もない。坪内逍遥は、シェークスピアの『マクベス』を、《自然（「造化」）》であると言った<sup><a href="#n03" name="p03">(3)</a></sup>。シェークスピアは存在せず、ただ、雨に濡れる森の木々や、湖に小波をつくる風と同じように、『マクベス』が存在するのだ、と言った。それで正しい。彼はちゃんと芸術について論じている。芸術は、古代からいままで、ずっと、認識の側にではなく、自然の側にあったからである。風が木々を揺らすのとまったく同じように、よい音楽は、ひとを踊りに誘う。隣人の死がひとを涙に暮れさせるのとまったく同じように、よい文学はひとを涙へと誘う。それらは、けっして、嘘ではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷のカント読解に、批判的に即して言えば、こうだ。美は客観的な実在としてある、という定義と、主観的な精神としてある、という定義は、この定義が主張しようとしている内容に限定してその前提を問わないでおけば、《現実的に同時に成立する》。つまり態度や関心に応じた選択の問題ではなく、どちらともが真であるか、どちらともが偽であるか、というパターンしか存在しない（アンチノミーはすべてそうであるし、またそうでなければ、《ヒュームとデカルトの両者がともに実在であったことが説明できなくなる》）。主観的であろうが客観的であろうが、美は、存在するかしないか、のいずれしかありえないからだ（そして、その場合、美を論じている以上、美は存在する、という、両者ともに肯定する立場しか取りようがない）。美はわたしの頭のなかだけにあって、客観的にはない、といっても、まったく無駄である。それはないのと同じなのだ。美が客観的にあるならば、主観的にもあるし、主観的にないのならば、客観的にもない、ということにしかならない。どちらか一方だけが正しいというパターンは、じつは《実践的には》存在せず、したがって、すくなくとも芸術に関するかぎり、最終的には両者とも否定することで閉じるトランスクリティークは実践不能である。美を奪い合っている主観と客観の両者は、弁証法的に統合されるより以前に最初からひとつであり、また、時と場合に応じてどちらかを批判するもなにも、その分割がそもそも成立しない多様体である。客観的な肉体と主観的な精神という言い方があるとしても、肉体と精神とが別々であったためしなど、ただの一度もない。つまり、精神とは、通例の肉体とは認識論的に区別されるとしても、別種の連続する同じ身体の謂いなのである。いずれにしても、分割を証明しえぬ「アンチノミー」を根拠に議論をしても、仕方がない。《美が客観的な実在なのか、それとも主観的な精神なのか、そんなことは、芸術の実践においては、どうでもいい》。主観的か、客観的かを区別しながら美を作り出せるような芸術家は、存在しない。彼らは、主客の別とは無関係に、たんに、美と信じるものを作り出しているだけである。要するに、本当に芸術を論じたいのであれば、われわれは、そんなカント読解から、もう一歩進んで――あるいは後ろ向きに跳躍して――もっとシンプルな、それでいてケイオティックなゼロに戻らねばならない。</p>
<p>真の芸術空間は、ここにある。現実を変える力を持った最良の芸術家も、やはり同じく現実を変える力を持った最悪の芸術家も、ここにいる。アリストンにしたがうならば、そうでない、中間の、現実とは隔離された認識論的似非芸術家など、どうして芸術として論じる必要があるのだろうか。美は主観的なものなのか、それとも客観的なものなのか。どちらであろうと、最良でも最悪でもありはしない。そんなことは、どうでもいい問題なのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷はいう。</p>
<blockquote><p>&#8230;彼〔カント〕は一方で、芸術性が客観的な対象にあることを疑い、他方でそれが主観性（感情）にあることを疑っている。彼がもたらす主観性は、むしろこの疑いにあり、それはたえず規範化される芸術を、芸術を芸術たらしめる原初の場にもどすのだ。カントが認めないのは、美的領域が、客観的であれ主観的であれ、それ自体で存在するという考えである。</p>
<p>前掲『トランスクリティーク』、173頁。</p>
</blockquote>
<p>特定の美を否定したとしても、それは「原初」ではない。たんに別の括弧のなかに隠遁しただけである。たしかに、美が主観的に存在すると語ることも、美が客観的実在であると語ることも、いずれも、美がそれ自体で独立に存在すると主張する、独断論であるにはちがいない。だが、それらをたんに折衷したり、批判したりしているだけでは、それは結局、懐疑論、またの名「判断保留者」の言であることを越えられない。わたしは、判断保留者よりも、独断論者の方を推す。たんに世界を懐疑してそこにとどまっていたデカルトよりも、ただの数値を幾何と信じたデカルトを推す。そしてヒュームは懐疑論者ではない。あらゆる経験を肯定するために、それを否定しようとする&#8220;主体&#8221;を《屈折》とみなしただけである。</p>
<p>かつて、ソクラテスは、自身を、「産婆」であると語った。ひとびとが生み出す赤子＝作品、それは、《自然》において、すべて肯定される。ひとが作り出すにもかかわらず、赤子は《自然》の世界にある。それは、ひとつの芸術作品と同然であり、また逆に芸術作品は、赤子同然でなければならない。それは、独断論（自説を主張すること）であると同時に、独断論ではない。なぜなら、この地点において、良きにつけ悪しきにつけ、世界は不可避的な変化を被るからだ。世界が変化する以上、それは、たんなる独断でも、判断保留でもない。ソクラテスは、この地点ではじめて、倫理を語った。人間はいかに行動すべきなのか、と。それは、徹頭徹尾、懐疑論者が付与した括弧の外側である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>最悪のものを自ら選ぶ人間などいない。むしろ、最悪のもの、それは選ぶのではなく、選んでしまうものである。結局のところ、客観的実在であろうと主観的精神であろうと、自らどちらをこれと選ぶわけでもなく選べているあいだは、最良のものとも最悪のものとも無縁に、ただ中間のものを選ぶことなく選んでいるにすぎない（そして媒介的に最悪のものへと進んでいく）。そんな、ありとあらゆる《中間のもの》を遠ざける実践こそが、芸術であり、それは、《中間のもの》を選ぶことなく選んでいればいい、括弧つきの「大学」や「政治」の世界とは異なる、徹頭徹尾《実践》そのものであるような、本当の世界の実践なのである。</p>
<p>認識論者がどのように括弧を張り巡らせようと、人殺しが常態であるような世界を描いた作品ばかりを子供が読んでいれば（そしてそれが芸術の一端に触れていれば）、子供は本当に人を殺すようになる。子供のころから聴いていた音楽のために、身体はそのリズムに即して本当に形成されてしまう（だから子供はケージとグールドを両方聴かねばならない）。それを、例外的な、保持すべき認識論の境界を逸脱した現実界の侵犯、括弧からの水漏れとみなして非難すべきなのだろうか。そうではない。現実にそれが起こっている以上、非難の論拠はすでに破綻しているのである。大学的知性がつくる括弧は、多様な可能性に満ちた水流の変化を、排除すべき水漏れとみなし、なおかつそれを黙殺させるという、二重に性質の悪い役目しか果たしはしない。だが、芸術は、実際には現実の世界で、すなわち身体的に《作動している》のだ。</p>
<p>芸術がそこにすべてを賭けている《表現の自由》は、そういう《現実》の世界においてこそ、発揮されなければならない、とわたしは思う。そして、おそらく、真の芸術家による美と善の倫理的共鳴は、そんな真の世界でだけ、実現してきた。芸術が、《人を殺すなかれ》という命令を聞くのは、この場所なのだ。現実には、つねに作動しているそれを、いかに《意志する》か。真や善や美が本当の意味で、つまりニーチェ的に問われるのは、暗黙のカント主義者が作りあげた括弧をかなぐり捨てた場所、すなわち括弧などおかまいなしに浸入する《自然》の世界だけだったと、わたしは確信する<sup><a href="#n04" name="p04">(4)</a></sup>。</p>
<p>&#160;</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01" name="n01">(1)</a> ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』第7巻第2章。岩波文庫では「キオスの人で禿頭のアリストンは、&#8230;徳と悪徳との中間にあるものに対しては無関心な態度で生きることが（人生の）目的（テロス）であると主張したのであった」（330頁）。ディオゲネスによると、「セイレーン」と呼ばれるほど美声の持ち主だったアリストンは、しかし禿頭だったため、太陽に頭を焼かれて死んだという。 ディオゲネスは彼を揶揄してこういう詩を拵えている。「いったいなぜ、アリストンよ、あなたは年を老い、頭は禿げているのに、額を太陽に焼かせるようなことをしたのか。だからこそ、あなたは、必要以上に暖かいものを求めながら、心ならずも、ハデスという、ほんとうに冷たいものを見つけてしまったのだ」。 </li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> 一般にロマン主義の代表格とみなされていた泉鏡花は、ロマン主義を「芸術の為の芸術」であるとする自然主義からの批判について、まず「私は自然主義でも何でも関はぬ。作をする時に何主義に依つて描かうと思つた事は無い」と断ったうえで、「要は好く描けさえすれば好い、自分の芸術的良心に恥ぢない作を示せば好いのだ」と言っている。また、こうも言っている。「肉の力を一に対して、美の力を九としても、それでも人を動かす力は、美の力が肉の力に及ばぬ」。しかし、彼は美に十倍する肉に対して、美によって戦いを挑むというのである。要するに、作品の優劣とは、「人を動かす力」によって決まるのであり、彼のいう「芸術的良心」がこの「力」に結びついている以上、「芸術の為の芸術」は成立しない、ということになる。「ロマンチツクと自然主義」1908年4月。&#160; </li>
<li class="note"><a href="#p03" name="n03">(3)</a> 坪内逍遥「『マクベス評釈』の緒言」『早稲田文学』1891年10月。「予がシェークスピヤの作を甚だ自然に似たりといふは、彼れが描ける事件、人物が、実際のに同じとにはあらず。彼れが作は読む者の心々にて、如何やうにも解釈せらるゝことの酷だ造化に肖たるをいふなり」。なお、柄谷行人はこれを「テクスト・クリティーク」だと言っている（『日本近代文学の起源』岩波書店）。この議論は、たとえばデリダとフーコーという二人のポストモダニストの差異を論じるほどに込み入るため、紙幅の都合上ここでは深く言及しないが、すくなくとも逍遥は一言も『マクベス』をテクストだとは言っていない以上（また、テクストが許す自由な解釈（「評釈」）の可能性を、結局は後段で排除している以上）、わざわざ「テクスト・クリティーク」と呼ぶ根拠はきわめて薄い。ここは、たんに『マクベス』＝「自然」＝「造化（非人称の生成）」と言っていると取るべきである。 </li>
<li class="note"><a href="#p04" name="n04">(4)</a> 鏡花は、「小説に用ふる天然」（『国民新聞』1909年1月）において、「小説を作る上では――如何しても天然を用ゐぬ譯には行かないやうですね」といっている。その一方で、同じ『国民新聞』において、夏目漱石は同じ主題でこのように言っている。「天然を小説の背景に用ふるのは、作者の心持ち、手心一つでせう。&#8230;其の時と、場合と、事柄とを考へて、適宜に用ふるの他はありますまい」。「天然〔＝自然〕」について、小説がどうしてもそこから逃れられぬもの、とする鏡花と、小説にとっては選択の問題にすぎぬという漱石、こうした二人の自然認識の差異を、今日の数多の文芸批評家がみているとは思えない。&#8230;&#8230; </li>
</ul>
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		<title>カント読解……</title>
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		<pubDate>Thu, 30 Nov 2006 04:11:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Ding an sich/noumenon]]></category>
		<category><![CDATA[Kant]]></category>
		<category><![CDATA[Kojin Karatani]]></category>
		<category><![CDATA[Neo Kantianism]]></category>
		<category><![CDATA[Soseki Natsume]]></category>

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		<description><![CDATA[わたしはいまのところ歴史学者のはしくれであって、別に哲学研究者ではなく、最新の研究動向も知らなければ、そうした能力も時間も欠いているのだが、それでもやはり、最低限カントくらいは読むし、無責任な、かつ自分なりの読解がある。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしはいまのところ歴史学者のはしくれであって、別に哲学研究者ではなく、最新の研究動向も知らなければ、そうした能力も時間も欠いているのだが、それでもやはり、最低限カントくらいは読むし、無責任な、かつ自分なりの読解がある。そこでこんな表題のことを書くわけだが、なぜ書くのかといえば、最近、どうも柄谷行人のカント読解が腑に落ちないからである。</p>
<p>つれづれに書くからどうせまとまらないと思うが、それでもなにか不愉快に感じたり、間違いに思うことがあったりしたら、指摘してほしい。</p>
<p>それにしても、どうしてこうもしっくりこなくなったのだろうか。もともと、わたしは夏目漱石にそれほどすごさを感じない。柄谷の漱石読解はたしかにそれなりものではるのだろうが、それがどうしたという気がする。わたしは『こころ』は最悪の作品であると考えている。あれしきの恋愛経験で自殺し、なおかつそれを天皇の死と乃木の殉死に結びつけるという、まったくもって野暮としかいいようのないことをやってのけたのが、あの作品である。大の男が、あれしきの理由で自殺するわけがなく、その動機はじつは見え透いている。要するに、この作品は、天皇制を神話化しているのである。だいたい「こころ」というタイトルがこのうえもなく野暮ったい。吐き気がする類のタイトルである。わたしの考えでは、漱石は『それから』で終わりの作家である。『草枕』や『それから』では書けていた《女》が、次第に後退していく。文章は依然としてさすがに上手いし、おっと思わせるところがたくさんある。だがそれだけだ。むしろ、作家の統整が効きすぎている感じがして、読んでいて心地よさを感じることは少ない。ちなみに、柄谷はどこかで漱石は「漢詩も抜群に上手い（大意）」というようなことを言っていたはずだが、わたしは彼の漢詩は最悪であると思う。</p>
<p>たんにわたしが柄谷の議論を理解していない、というのが、おそらくもっとも正しいのだろうとは思う。が、最近の『世界共和国へ』（岩波新書）を読んでも、実際、本当によくわからない点が多い。わたしは「世界共和国」という発想を否定しない。それは絶対的に正しい論理の終着点であると思う。また、柄谷の議論の流れからいえば、それを「統整的理念」として提示するのも、必然的であるとはいえる。しかし、《この荒んだ世の中で、俺は愛を叫び続けるぜ》という類のひとりよがりに似たものを感じないではないし、そういうひとがいるのは悪くはないのだが、そんなことを言っている暇があったらＮＡＭでもやったらどうか、とも感じる。</p>
<p>わたしは、柄谷が、世界的に見ても現存する最大の思想家であることを認めるし、だから彼を褒めなくて（おこがましい言い方だが…）どうする、という気もするのだが、しかし、ならば、この違和感をどうすればいいのか。エディプス的なコンプレックスではないか、とひとから言われたことがあるが、それは否定はしない。だが、わたしにとって、柄谷はとてつもなく高く評価したいひとなのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>カントは、私見によれば、デカルトとヒュームのあいだで試行錯誤（という言い方が悪ければ「トランスクリティーク<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>」した思想家ではない。デカルトからヒュームに至る理性―理性批判の流れを、徹底化することで、《外》に突き抜けた思想家である。柄谷は、ヒュームを批判して、たんに理性を否定するのは愚かであり、括弧に入れる、という形で飼いならすことを教える。だが、わたしは、こう思う。むしろ、カントは、ヒュームこそ理性を飼いならしたものと規定しているのであり、理性を完全に根絶してしまう方法を見出したのだ、と。つまり、ヒュームを折り曲げたところにカントを見出すのではなく、ヒュームの延長上にカントを見出すのである。ドゥルーズのような率直な（率直過ぎる）読みをしないかぎり、伝統や習慣に理性の隠れ場所を残しているヒュームは、わたしからすれば最悪の理性主義者だからである（その点ではデカルトの方がましである）。</p>
<p>一九世紀末から二〇世紀初頭の古い「新カント主義者」は、経験主義・自然主義・実証主義的な議論を批判する必要があった。当時席巻していたスペンサー的な、あるいはハクスレー的な社会ダーウィニズムに目が余ったからである。そのため「経験に認識が先立つ」と語ったカントが重要になった。こうした議論を、わたしたちは、「カントのコペルニクス的転回」（認識論的転回）として規定しているが、構造上、これはのちの「言語論的転回」と同じものである。</p>
<p>現に目に映る世界の存在をそのまま肯定してしまう《模写説》を取る経験主義者は、当然、現に目に映る政府の存在を国家として肯定する。したがって、もっとも単純な国家主義者となる。ライオンが小鹿を食べるのをみて、前者を百獣の王だと感じるような思考法が、これにあたる。強い者は勝者である、というわけだ。当然、《模写説》を取る、もっとも単純な反国家主義者は、国家主義者よりもより強くなることを欲し、かくして弱肉強食の世界ができあがる、という寸法になる。もちろん、反国家主義者が勝利するのは容易ではない。軍隊を有している国家はことのほか強力だからである。</p>
<p>こうした経験論の世界にうんざりした人々は、次第に認識論をとることになる。「経験に認識が先立つ」というのは、それ自体が経験論者に対する優位を示しているわけだ。かくして、認識論（《構成説》）は、経験を構成している認識を問題にすることを教える点で、反国家主義者にはきわめて有効な武器となる。上記の例でいえば、経験の基底に存在する認識（食うものは食われるものよりも強い）が、ライオンを百獣の王に見せているだけなのであって、現実の世界がそのようにあるわけではけっしてない。ライオンは、捕食される動物と比較しても、けっして繁栄しているとはいえない。弱者もまた、勝者でありうるのだ。</p>
<p>とはいえ、こうした認識論が危ういのは、ここで「われ思うゆえにわれあり」というデカルト的な思考法を復活させることがある点である。経験論に対して、合理論があまりにも優位に立ちすぎるように見えるのである。だが、カント主義者は、そうした主観を中心とする思考法には注意を与える。コペルニクスの「転回」が、地球中心の思考に対して太陽中心説の優位を説くものだったように、カントの認識論的転回は、むしろ、他の優位を教える思考なのである、と。</p>
<p>そこで参照されるのが、カントの言っていた「物自体」である。この、認識されることはないが存在しているという、物自体の概念はきわめて巧妙であり、次のような議論を可能にする。経験を構成するのは認識であるが、認識を規定する「物自体」のようなものが存在している、と。つまり、「物自体」は、認識論がデカルトに行き過ぎるのをブロックすると同時に、たんに「模写説」をとる経験主義をも斥けるのである。物自体は、ついに経験と認識の悪循環を止揚する。かくして、認識論が優位となった世界では、国家主義者は、経験を保障する認識の地平に、国家の存在理由を見いだすのだし、また、反国家主義者はといえば、同じ経験ひとつをとっても、さまざまな認識がありうるという点に、反国家の存在理由を見いだす。</p>
<p>さて、こうした認識論が、いつまでたっても認識ばかりを問題にして、現実をみないことにうんざりしたひとびとは、次に、経験論と認識論とを二つながらあわせたような形式をもっている《歴史》を見いだす。ここでは、陣営はきれいに二つにわかれる。マルクス主義と、ヘーゲル主義である。現行の国家に対する民衆の勝利の歴史を描くのが前者であり、民衆化された国家の勝利の歴史を描くのが後者である。つまり、じつは、見方が違うだけで、両者とも同じものである。</p>
<p>かくして、問題は、次の点にあるようにみえる。いかにして、認識論の地平から、マルクス＝ヘーゲル主義への移行を食い止めるのか。問題の焦点はカント主義に絞られる。</p>
<p>カント主義者と柄谷が決定的に分かれるのは、この「物自体」の解釈である。前者は、これをたんに「理念」とすることで、実践に道を啓く。つまり、物自体とは、一種の「理念」なのであって、個々の認識を、そうした「理念」に近づけ、高めていく「理想主義」的実践が重要である、と。こうした議論のあり方こそが、理念＝現実であるとしたヘーゲルへ道を開いたわけだが、他方、柄谷は、物自体はたしかに理念であり、そこへ近づく努力をすることは重要だが、ただし、そこにたどりつくことはできない、というのである。つまり、柄谷によると、物自体とは、具体的にいえば、《他者》のことである。</p>
<p>この物自体を、柄谷は主観の側面からみたものとして「統整的理念」と呼ぶのだが、たしかに、この概念は、ヘーゲル主義へのオートマティックな移行をブロックする（柄谷の議論において、経験不可能の物自体を曲りなりに伝える《仮象》が、統整的理念として重視されるのはこのせいだ）。理念＝他者である、とする柄谷の議論は、理念＝現実としたヘーゲルを退けるからである。柄谷の言っていることはほとんどヘーゲルだが、本人の意図としては、この一点が大きく違うのだろう。だが、わたしにしてみれば、この概念は、きわめて難解なものになっている。難解というのは、要するに、なにか間違いを犯しているのではないか、という疑念を拭えないからである。こういう議論になると、どうにも動きようがない。最初から失敗するとわかっているチャレンジはチャレンジとは言わない。たんなる無謀である。</p>
<p>もちろん、柄谷は、成功する可能性を完全に排除しているわけではない。それを、彼は、「自然の狡知」と呼ぶ。だから、彼は、次の世界大戦で危機的な状況を迎えたあとで、世界共和国が出現するのではないか、などと言ったりしている。柄谷がやっているのは、そのための準備なのだ。だが、そんな発言に、わたしは笑ってしまう。当たり前すぎるからである。世界の人々が、戦争によって危機的な状況を迎えたことを認識したとしたら、次に平和を考えるのは当たり前ではないか。確実に死を迎えることがわかったら、ひとは降参する、という論理と、柄谷の言っていることは、どのように違うのだろうか？　おそらく、ひとは、柄谷がやらなくても、再びカントであるとか、トルストイであるとか、とにかく過去の平和思想をしらみつぶしに探し出して、その後の秩序のあり方を考えることは確実だろう。世界戦争が終わった後で、かつて柄谷の言っていた「世界共和国」を思い出す、というわけだ。柄谷は、これを「自然の狡知」と呼んでいるのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>だが、わたしは柄谷のようにカントは読まない。柄谷の読みは、おそらくもっとも《ましな》読みだとは思うが、それでも、柄谷の読み方はしない。間違っているかもしれないが――そしてその可能性は高いが、わたしはわたしの読み方をする。柄谷の言う「自然の狡知」こそ、ヘーゲルの「理性の狡知」にほかならないと言うだろう。再び、カントからヘーゲルへの道を、彼は意図せずに開いているのではないか。あるいはヘーゲルというよりは、中世への扉を開こうとしているのか？　理性を括弧に入れることと、狂人を牢に括ることは、どのように違うというのだろうか？</p>
<p>「統整的理念」は、実際にカントも使っていた用語だが、カントは、柄谷よりはよほど小さな価値しか置いていない。それは、統整的理念の必要を軽視したからではなくて、たんに、もっと別の重要なことがあったからである。実際、デカルトのような合理論に対しては、「統整的」という用語がきわめて有効であることを否定しない。ただし、この用語の使用が意味するところは、一貫した自己なるものを否定しつつ、習慣にもとづく蚊柱のような主体を打ち立てる、一種のヒューム主義なのである。</p>
<p>カントは、私見によれば、アンチノミーはすべて理性のもたらしたまやかしだと言っている。柄谷のように、どちらも選ばなかった、というのは正確な言い方ではない。デカルトか、ヒュームか、という二者択一に対して、ヘーゲルのように弁証法的に統合してしまうのは論外だとしても、かといって、どちらも選ばない、というのすら正しくないのだ。カントは、《デカルトか、ヒュームか》、という問いこそ、理性がもたらしているのだ、と言ったのである。だから、そうした二者択一を括弧入れによって立場を変えつつ批判する（トランスクリティークする）だけでは十分ではないのだ。つまりむしろ、カントはアンチノミーそのものを全否定しているのであり、問題を、《理性》よりも、もっと《身体》の方へと移行させたかったのである。彼にしてみれば、自己の身体ははじめから世界と接続している。彼が言いたかったのは、柄谷の規定（物自体＝他者）とは逆に、物自体とは――自己の自己なき身体である、ということだ。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>その意味では、わたしの読みは、「器官なき身体」について語ったドゥルーズのそれに近いのだが、別に『判断力批判』に範を仰がなくても、『純粋理性批判』で十分にそのことが言えるという点では、柄谷のそれに近いのかもしれない。いずれにしても、わたしの読みが素人のそれであることには、違いはないのだが。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a name="n01" href="#p01">(1)</a> ちなみに、わたしは岩波書店版よりも、批評空間社版の方が好きである。さらに付け加えると『日本近代文学の起源』についても旧版の方が好きだ。</li>
</ul>
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		<title>存在への問い、価値への問い（３）</title>
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		<pubDate>Mon, 27 Feb 2006 04:21:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[history]]></category>
		<category><![CDATA[Neo Kantianism]]></category>
		<category><![CDATA[Value Theory]]></category>

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		<description><![CDATA[Ｂ：では、真実と歴史学が、別々に存在しているという、君の考え方は、いったいどこから来ているのだろう？ Ａ：それは&#8230;&#8230;当然のことだと思います。学問は、問いですから、答えを目指すものです。そして、学問 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><b>Ｂ</b>：では、真実と歴史学が、別々に存在しているという、君の考え方は、いったいどこから来ているのだろう？ </p>
<p><b>Ａ</b>：それは&#8230;&#8230;当然のことだと思います。学問は、問いですから、答えを目指すものです。そして、学問にとっての答えとは、真実ですから、学問と真実が同じ場所にあると、そもそも、学問することが不可能になってしまいます。どうですか、この回答は。ちょっとあなたらしくなってきたと思いませんか。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうかもしれないね。自分ではなかなか気づかないのだけど、ぼくはそのような答えかたをよくするようだね。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：それはもう。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ともかく、学問のある場所と、真実のある場所は、つねに異なっている。じつは、歴史学に限ったことではないのだけど、近代の学問は、現在を占めているのだし、また、学問の対象である真実は、いつだって過去にあるんだ。なぜって、学者が真実を掴んだと思った瞬間に、その真実は、もう過去に逃げ去っているのだからね。この現在と過去の差異が、学問を可能にしている。ところで、この、現在という考え方を強調するために、ぼくたちの対話では、《いまここ》という言い方をすることにしよう。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：なるほど、《いまここ》ですか。たしかに、学者というのは、《いまここ》にいるような気がします。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：うん。しかし、現在が過去をその手にできるという、近代科学の自信はいったい、どこから来ているのだろうねえ？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はあ、わかりません。とても大きな問いだということはわかるのですが。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：うん。まあ、そのことは、いまは少し関係がないので、急いで次に進むとしよう。だって、もう、日も暮れかかっているからね。ほら、見たまえ、ずいぶん太陽が赤くなってきた。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：本当だ。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：それに、少し面倒くさくなってきた&#8230;&#8230;。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：え？</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ん、ぼくは何も言っていないよ？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：空耳でしょうか。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうさ。――さて、すべての学問は、たしかに、真実を目ざしているのだけど、いま話しているのは、すべての学問のことではなくて、歴史学のことだった。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうです。わたしの聞きたいのはそこなんです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：君は、「歴史学は、真実に到達することが可能なのでしょうか」と問うた。だけど、君は何か忘れているような気がするよ。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：えっ？ そうでしょうか。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：うん。わかるかな。さっきの対話で、歴史学と真実のあいだには、大きな距離があることがわかったのだけど、その真中にあるものを、なにか忘れていると思うんだ。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：それは&#8230;&#8230;なんでしょう。歴史ですか？ いや、こんな答えは当たり前すぎますかね。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：いや、そんなことないよ。ご名答！ 歴史だ。歴史学は真実を目ざしているのだけど、もちろん、歴史についての真実を目ざしているんだ。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：当然です。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：同意ありがとう。つまり、《いまここ》から真実の過去を見ようとする場合、こういうつながりになっていることがわかる。歴史学――歴史――真実。これは一見、当たり前に思えるけど、とても大事なことだからよく覚えておいてくれたまえ。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はい。たしかに、歴史学――歴史――真実、ですね。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうだ。つまり、歴史学と真実とは、別の場所にあるだけではなくて、その道も、直接つながっているわけではないんだ。なぜって、その前に、歴史がはさまっているのだからね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：たしかに&#8230;&#8230;言葉の上では、そうなりますね。しかし、歴史と真実は、この場合は、同じものなのではないでしょうか。なぜなら、歴史学にとっての真実とは、歴史のことだからです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：本当にそうだろうか。歴史と真実とは、本当に同じものなのだろうか。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうに決まっています。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむ。じゃあ、いっしょに考えてみよう、歴史と真実とが同じものなのかどうか。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：どうぞ、歴史と真実とが本当に違うものかどうか、証明してみせてください。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：うん。簡単なことさ。君は、いま、何をみている？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：あそこの桜の木に止まっている烏です。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ほかには？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：ほかには&#8230;&#8230;もちろん、桜の木も見ています。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：それだけ？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はい、そんなものですね。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむ。ぼくは思うんだけど、きみは、もっといろんなものを見ていたと思うんだよ。夕暮れ時の空やら、煙突から立ち上る炊事の煙やら、目の前を飛んでいる羽虫やら、その他ありとあらゆるものをね。だけど、君は、その中から、桜の木と、烏を選んだ。どうして選んだのか――それが、一番興味深いと思えたからさ。そして、君は、インターネットのブログにこう書く。今日、桜の木と、烏を見た、と。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：いえ、そんなことは書きません。わたしとあなたとの対話の内容を、そっくりそのまま書くことでしょう。なぜって、じつは、わたしはこっそり録音していますからね。もちろん、あなたの同意が得られなければ、そんなことはしないつもりですが。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：知ってるよ。君の魂胆は。まあ、名前を伏せておいてくれたら、考えてもいいよ。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：じゃあ、そうしましょう。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：まあ、いずれにせよ、君は、いつも、選んでいる、ということには同意するかね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はい。だって、今日起きたことすべてを理解したり、紙に書いたりすることは、できませんから。きっと、誰にだって不可能でしょう。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうだ。つまり、君の価値観が、物事を、いつも、取捨選択しているんだ。ところで、歴史にも同じことが言えないかな、歴史には、つねに、興味深いことが優先されるという構造があることを。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうかもしれません。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうだ。歴史は、どこまでいっても、すべてを網羅することはできない。なぜなら、歴史とは、むしろ、そうした取捨選択の積み重ねのことを言うからさ。それに、もし、かりにすべてを網羅するような巨大な情報装置が完成したとしても、それでも何の理解ももたらさないだろう。結局は、人間は、そこから何か必要なもの、価値のあるものを選んでしまうのさ。人類が誕生して以来、あるいは少なく見積もって、文字が誕生して以来、歴史はあるはずだけど、死んだ人間のすべての名前のリストは存在していない。それに、もし仮に存在していたとしても、何の価値もない。なぜなら、それは、平等ではあっても、無価値の謂いだからね。そして、こうした状況を望むことが矛盾であることは、先にぼくたちのあいだで同意が得られていたよね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はい、たしかに。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：すべての死んだ人間が、なにがしかの名前をもっていたことが、《真実》だとしてもね。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：&#8230;&#8230;はい。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：もし、歴史という言葉に意味があるとすれば、それはまさに、歴史が、真実ではなく、真実の価値を扱っているからなんだ。そうでなければ、たんに真実と言えばいいのだし、それを扱う学問を《真実学》とでも名付ければいいはずだからね。むしろ、無数にある真実を、いかに束ねてひとつにするか、それが、歴史の役割なんだ。つまり、歴史は、真実よりも、その価値に重きを置いた言葉なんだね。そして重要なことは、人間は、すべてを記憶することはできず、つねに取捨選択を行なっているということ、そしてそうした記憶の欠陥の集積こそが、歴史の総体だということなんだ。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：なんだか、歴史というのは、とても問題のある概念だという気がしてきました。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうさ。ぼくはそれを欠陥と言ったけれど、このことは、否定することはできないんだ。だって、さっき君が桜の木と烏を《見た》ように、人間の感覚器官は、そもそも、取捨選択の感覚器官でもあるからね。つまり、人間の構造そのものから生じている事態なんだね。だから、このことを否定するのは、自分自身を否定するのに等しい、不可能なことなんだよ。したがって、記憶や記録というのは、じつは、忘却の装置でもある。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：むずかしいですね。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：それはぼくの言い方がまずいからさ。そんなにむずかしいことじゃない。ぼくが言いたいのは、歴史の向こう側に、歴史よりももっと巨大で多様な真実の層が存在している、ということなんだ。そこでは、真実は、ひとつではなくて、無数にある。だけど、人々の主観の数だけあるというのでもなくて、もっと、折り重なっていて、つねに変化しているような、そういうカオス的なものとしてある――これをイデアと呼ぶか、カオスと呼ぶかは、人それぞれだと思うけれど。そして、重要なことは、そうした真実の層とは、むしろ、歴史が整合性を付与するために捨て去ったもの、すなわちネガティヴであるとみなしたものの層でもある、ということだよ。なぜなら、歴史とは、つねに、ひとびとの価値観――つまり、主観の束によって成立するものだからね。それは、けっして、客観的なものにはなれないのだよ。したがって、歴史と真実というのは、ほとんど正反対と言っていいくらい性質の違うものなのだよ。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：ああ、どうやらわたしはそれに同意せざるをえないようです。同意したくないのに。たしかに、たしかに、価値というものは、一部の人たちで共有されたものを越えることができないはずでしたから。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうだ。もう答えを言ってもいいころだろう。歴史学は真実にたどりつけるか――否。たどりつけない。それが正解さ。なぜって、歴史学が目ざしているものは、真実ではなくて、歴史なのだからね。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：ああ、やっぱり、そうだったのですね――ああ、なんということだ。いったい、ぼくはなにをやっていたのだろう、真実を目ざしているつもりが、正反対のものを目ざしていたなんて。ああ、ぼくは愚かだ！ </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ははは、そんなに嘆くことはない。なぜって、歴史が、少なくとも、ネガティヴな形ではあっても、真実に結びついているのは事実だからね。ぼくたちが真実にたどりつくには、やっぱり、そんなネガティヴな方法しか残されていないのだよ。人間という生き物は、直接、真実を目指すことはできないように作られているんだね。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：はあ。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：だから、過去の真実を知るために、歴史学をやるのは、結局は早道だと思うのさ。遠回りに思えてもね。ただし、歴史学が証明した歴史を、真実と同じものとしてみなしてしまうことだけは、絶対に、避けなければならないよ。ぼくたちは、真実にたどりつくためには、最後には、歴史学の領域を飛び出して、自由にならなければならないんだ。なぜなら、それはどこまでいっても、真実ではなくて、真実に付加された価値でしかないのだからね。もし、歴史と真実を混同したら、結局は、他人に価値を押し付けること――ぼくはこれを暴力だと呼んでいるのだけど――になるだけだからね。歴史を学び、かつ、そこから自由でいること、それがもっとも大事なことなんだよ。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：なるほど、少し希望が持てるような気がしてきました。しかし、わたしの質問のなんと粗雑だったことでしょう。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：おおかた、誰か他の歴史学者が言っていたことだろう？ 君の考えだとは思えないな。 </p>
<p><strong>Ａ</strong>：ああ、そこまでご存知でしたか。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：まあね。しかし、そんな問いかけを歴史学者がしているなんて、ちょっと、先が思いやられるね。だって、歴史のことを、まるで考えていないのだから。まかり間違って運良く歴史にたどりついたとしても、彼は、歴史を真実と混同してしまうだろう。嘆かわしいことだ。――君は、歴史学者になりたいのかい？ </p>
<p><strong>Ａ</strong>：はい、恥ずかしながら。 </p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうか、がんばるといい。だけど、君は、最後には、自分の明らかにした歴史をすべて否定してしまえるくらいの勇気をもって欲しいんだ。そうしないと、本当に、つまらない学者になってしまいかねない。学問の明らかにすることと、真実とは、つねに違うんだ、ということ、それだけは、忘れないでいて欲しい。いいかな？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：わかりました。ぜひ、そうしたいと思います。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：わたしの考えるすぐれた学者というのは、こうした反転――転回――のことを理解している人たちのことを言うのだと思う。そして、哲学者――知を愛する者――と呼ばれる偉大な人たちには、自らの知そのものを根底から批判するような、致命的な転回を自らの学問に取り入れようと格闘した、きわめて困難な足取りが示されているように思う。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はあ。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：それにしても、この対話は、少し急ぎ足にすぎたようだね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうですか、わたしにはもうお腹一杯な気がするのですが。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：うん、でも、消化不良のものも多いよ。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はあ。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：まあ、こんなところで、よしとするか。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はあ。</p>
<p>（完）</p>
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		<title>存在への問い、価値への問い（２）</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Feb 2006 05:47:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[history]]></category>
		<category><![CDATA[Neo Kantianism]]></category>
		<category><![CDATA[Value Theory]]></category>

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		<description><![CDATA[Ｂ：そこでだ、君。君はどう思う？　価値、というものを信じるかい？ Ａ：価値ですか。 Ｂ：そうだ。たとえば、いま私たちの足元にある石ころ、この石に価値はあると思うかい？ Ａ：いえ……ありません。もし、これらの石が店でしかじ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>Ｂ</strong>：そこでだ、君。君はどう思う？　価値、というものを信じるかい？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：価値ですか。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうだ。たとえば、いま私たちの足元にある石ころ、この石に価値はあると思うかい？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：いえ……ありません。もし、これらの石が店でしかじかの値段で売っていたとしても、けっして買ったりしないでしょう。つまり、価値なんて、ないってことです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：この石の存在が、真実だとしても？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうかもしれません。ですが、つまらない、見栄えのしない、石ころであると、多くの人が同意するでしょう。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむ。では、君は、それを、どうやって判断したんだい？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：それは……、きっとこういうことでしょう。この石は、わたしが生活する上では、あまり、必要なものとは思えません。変わった石屋がいれば、もしかしたら買うかもしれませんが、ほとんどの人にとって、この石は必要なものではないでしょう。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：どうして必要ではないのかな？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：こんな石をもっていても、役に立たないからです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：つまり、使用価値がない。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そういうことです。わたしはそう言いたかったのです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：すなわち、それぞれの存在は、価値をもっている。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：たしかに、存在は、価値をもっている。わたしが価値がないと言ったのは、つまり、価値が少ない、という意味でしたから。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむ、さっき君は、興味深いことを言った――いや、いつだって、君はわたしにとってとても興味深い存在なんだけどね。さて、君の言った「変わった石屋」の存在は、ひとまず置いておかねばならないね。なぜなら、それをいま論じると、問題がややこしくなるからね。問題を、「ほとんど」というところに絞ってみよう。ほとんどのひとが必要ないと思う石があるのなら、逆に、ほとんどのひとが必要だと思う石もあるのじゃないかな。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そう思います。もし、家を建てるのに都合のよい形をしていて、それも見栄えもよい石があるとしたら、ほとんどのひとが、その石をほしいと思うでしょう。また、多くの石ころの中に、輝く宝石があるとすれば、それもまた、誰もが欲しいと思うに違いありません。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：よしきた。つまり、価値というものは、けっして主観的であるというわけではなくて、ひとつの共同体で通用するものでもあるようだね。そして、むしろ、そうした多数性が、価値を規定するひとつの条件でもあるようだ。じゃあ、この石を、ぼくたちの社会に置き換えるのは自然なことだね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうです、自然なことです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ところで君は、ぼくの友人に、最近子供ができたことを知っているかい？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：……すみません。知りませんでした。あなたのことならなんでも知っていたいと思っているのですが、友人にまでは手が回りませんでした。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ありがとう、謝る必要はないよ。じゃあ、聞くけど、隣の国の王子に子供ができたことは知っているかな？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はい、それなら知っています。数日前、インターネットでチェックしましたから、間違いありません。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ぼくの友人のことも、インターネットでチェックできるはずなんだけどね。誓って、ぼくの友人に子供ができたという出来事も、真実なんだよ。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：すみません。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：……とにかく、ぼくが言いたいのはこういうことなんだ。たとえ、同じ人間の行為であろうと、多くの人々が知っていたいと思うことと、そうではないこととがあるのではないかな？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：失礼ながら、そう思います。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そのとおり、君にとっては赤の他人であるような、ぼくの友人のことまで、知っている必要はないからね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：す、すいません、いったい、この話と、歴史についてのわたしの質問と、どのように関係があるのでしょうか。きっとあなたは、無数にある真実の中にも価値の違いがあって、歴史学者は、まず、この価値の違いを明らかにできるひとでなければならない、と言うつもりなのでしょう。それはわかりますが、わたしの質問はもうお忘れでしょうか。「歴史学は、真実にたどり着くことが出来るのか否か」、わたしが知りたいのはそれなんです。価値があるとかないとかは、この際、どうだってよいのです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむふむ。さすがは君だ、よくわかっている。だけど、そんなにあせってはいけないよ。たしかに、君が言うように、歴史学者は、人間の数だけ存在する価値の中から、輝く宝石を見つけ出す目を持っていなければならない。なぜなら、なにが重要なのかをわかっていないと、研究のために、とんでもない時間を費やす破目になってしまうだろうからね。もちろん、すべてを網羅できるのなら、話は別だけれど、それができないとしたら、すべてが無駄になってしまいかねない。それに、すべてを網羅したって、たぶん、何にもわからないのと同じじゃないかな。だって、「わかる」というのは、たんに知っていることとは違うからね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうです。だけど、わたしはそんなことは「わかって」いるのです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：落ち着きたまえ。君が憤りを感じるのもよくわかる。なぜって、この価値という考え方は、結局、階級社会を生む条件になっているからね。価値のある人間と、価値のない人間がいる、というのは、腹立たしいことだけれども、現実なんだ。逆に言うと、真実がすべての人間に平等に分配されているということほど、正義にかなったことはない。だけど、誰一人、同じ人間がいない、ということが、無数の真実を生む条件にもなっていることを忘れてはいけないよ。つまり、こうした人間同士の違いは、結局、価値の違いにもつながるのだから、どちらか一方を肯定して、どちらか一方を否定する、というのは、じつは、不可能なんだ。経験が真実かどうかを判断するためには、前もって、価値観というものが存在していなければならないはずだからね。説明書（価値表）なしに物（真実）が組み立てられるひとなんて、そんなにいるとは思えないしね。説明書と、まったく同じように、物が組み立てられるひとが、そんなにいないのと、同じ程度にね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はあ。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：それに君は、真実とは、なにものかについての判断という意見だった。この判断というのは、もっと正確に言うと、なにものかについての価値についての判断とは言えないだろうか。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：たしかに。そう思います。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ということは、真実についての話は、価値についての話に似てくるんじゃないだろうか。それもほとんど瓜二つと言っていいほど似ているんじゃないだろうか。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうかもしれません。あなたに言われると、そういう気がしてきました。でも、まだあなたはわたしの質問に答えていないと思います。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そのとおり。たぶん、ぼくは、君の質問に答えない方法を考えているのだからね――いや、もちろん、いまのは冗談半分に聞き流してくれたまえ。とにかく、話を戻すと、たくさんの真実には、それぞれ価値があって、しかも、価値が優劣をもっていた。そこまではいいかい。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：同意します。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむ。しかし、思い起こして欲しいのだけれど、この価値の優劣という考え方は、さっき言ったのとは別の意味で、少し問題がある。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：どういうことでしょう。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：つまり、どこまでいっても、一部の人たちだけで共有されている表象という考えから抜け出せないように感じないかね？　というのも、君がいみじくも言ったように、どこかに、「変わった石屋」というものが存在するに違いないからね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はあ。少し考えさせてください……どこかに必ずいるという意見に賛成です。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：どうしてだい？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そんなことは、考えるまでもありません。いるに決まっているからです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：そうだ。いるに決まっている。だけど、疑い深いひとたちのために、理由を用意しておくことは悪いことではない。つまり、「変わった石屋」のように、他人と違う価値観をもっている人がいないと、そもそも価値というものが存在できなくなる。誰もが同じ価値をもっているなら、そもそも、価値を語る必要はなくなり、たんに、存在と言えばいいことになるからね。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうです。だから、価値と言う以上、違う価値を持っている人が、いなければなりません。――ですが、やはり、一部の人たちだけで共有されている表象と、優れた価値をもっている真実とは、やはり違うのではないでしょうか。なぜなら、それは、優れているからです。一部の人たちだけで共有されている表象は、劣ったものなのです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむ。だけど、その優劣は、いったい、誰が決めたのだろう？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：それは……とても偉い人なのではないでしょうか。いや、きっと、多くの人が議論をして、優れていると認められたからこそ、価値のある真実として、認められているのではないでしょうか。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむ。しかし、君は同意したのじゃなかったかな。「とても多くの人々が共有する」ことと、「真実」とは別のものである、ということに。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：そうだったかもしれません。いえ、たしかに同意しました。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：よろしい。だとすると、価値の優劣という考え方は、一部の人たちだけで共有されている表象という考え方と、あまり変わらないんじゃないだろうか。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：本当だ。じつは、わたしたちは、真実について語っていたつもりが、いつしか、たんに共有された表象を語っていたにすぎなくなっていたわけですね。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：仮に、「変わった石屋」の方が、真実を語っていたとするならね。その可能性は、あるはずだから。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：ああ、これでは、元の木阿弥だ。わたしたちは、結局、もとのところに戻ってきてしまいました。……もしかして、答えは出ないのでしょうか。答えは存在しないのでしょうか。問いが存在しているのに？　答えの存在しない問いなんて、存在するのでしょうか？　それとも、答えが存在しないことが、答えなのでしょうか？</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：いや、そうではないと思うよ。わたしたちは、十分に、先に進んでいる。君が問いについて思い至ったことは、とても大きな進歩だから。さて、君の問いは、こうだった、「歴史学は、真実に到達することが可能なのでしょうか」。</p>
<p><strong>Ａ</strong>：はい。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：この質問は、とても興味深い。というのも、君は、歴史学と、真実とを、分けて考えている、ということになるからね。君は、歴史学は、真実からずいぶん離れた場所にあると考えているみたいだけど、どうして、真実と、歴史学とが、別のものだと考えるんだい？</p>
<p><strong>Ａ</strong>：それは……わかりません。ですが、それらは区別するのが自然に思えます。なぜなら、歴史学は、真実と同じものではないからです。</p>
<p><strong>Ｂ</strong>：ふむ。では、真実と歴史学が、別々に存在しているという、君の考え方は、いったいどこから来ているのだろう？</p>
<p>（つづく）</p>
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		<title>カントについて</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Apr 2003 00:52:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[現象はそれ自体として物ではないから、現象を表象として規定するためには、現象の根底に物自体が存しなければならない。（カント『純粋理性批判』） わたしはカントのような見方をしない。つまり、視覚などの諸感覚によっては認識不能の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><p>
現象はそれ自体として物ではないから、現象を表象として規定するためには、現象の根底に物自体が存しなければならない。（カント『純粋理性批判』）
</p></blockquote>
<p>わたしはカントのような見方をしない。つまり、視覚などの諸感覚によっては認識不能の《物自体》を立てない。だが、わたしがそう語るとき、それはカントを否定しているのではない。わたしは自分のことをよく知っているつもりなのだが、振り返ってみれば、まず間違いなく、現実の生活のなかで《物自体》を立てている。ここでわたしが否定したいのは、カントの設定した枠組みではなく、そうした超越論的な枠組みを容易に受け入れてしまう自分自身なのである。そうした枠組みを受け入れるとき、逆にわたしのなかの《物自体》は失われてしまうほかない。なぜなら、そのとき見出された《物自体》は、反省、すなわち悟性の産物以外の何物でもないからである。カントの書物を読む際にとりわけ重要なことは、カントが、語り得ないものを語るために取った特殊な態度を見過ごさないことである。わたしはカントにそのような態度が存在することを、柄谷行人の書物から学んだ。</p>
<p>柄谷は、『探求III』において、カントの評価を著しく変えている。それまで、カントはどちらかといえばネガティヴな評価の対象であって、肯定的に語られることはけっして多くなかった思想家である。言ってみれば、カントは、メジャーな哲学者の代表であり、彼の足跡を継承したのは、それこそヘーゲルやフッサールのような典型的な（メジャーな）哲学者たちであり、批判の対象としては都合のよい位置にいたわけである。たしかに、とりわけヘーゲルやショーペンハウエルは最終的にこの仮象と《物自体》の区別を取り除くことを目指したが、むしろそれはカントの書物に内在するプログラムであると言うべきだろう。また、そのことへの反省からハイデガーのように、仮象と《物自体》の「あいだ」を考えたとしても、それもまたカントのプログラムなのだ。それらは、端的にロマン主義や超越論的ではない独断的な観念論へ、あるいは国民国家へと回収されてしまった。もう一方の側には、仮象と《物自体》の区別をたんなる差異として理解したキェルケゴールやニーチェのような思想家がいた。彼らのようなマイナーな者たちへの賛美を惜しまなかったフーコーやドゥルーズは、もちろん、カントに対して批判的な態度を保持しつづけた。彼らは、結局、部分的にカントを認めるというやり方をした。つまり、『純粋理性批判』のカントと『判断力批判』のカントを区別し、後者を選んだのである。他方、柄谷のカントの評価は、端的に『純粋理性批判』に向けられている。</p>
<p>たしかに、今日、カントの重要性は高まってきているかに見える。２０世紀のフーコーやドゥルーズの仕事は忘却され、たんに反省としての《物自体》の認識――最低限の他者認識すら欠いた、幼稚な世界が拡大しているようにすら見える。だが、フーコーやドゥルーズ、あるいは柄谷行人の批判的なカント読解と、その限定的な肯定、あるいは事後的な肯定には、そうした時代の要求だけではない、普遍的な要素が隠されているように見える。</p>
<p>振り返ってみれば、柄谷行人の批評家としての一貫した態度からすれば、カント読解におけるこうした転換は予想できたはずだ。つまり、彼の評価の対象となってきたのは、夏目漱石であり、デカルトであり、そしてマルクスであったのだ（ここでとくにデカルトを上げていることに疑問をお持ちの読者もおられるかもしれないが、『探求I』におけるデカルトの扱いは、以下にわたしが語ろうとしていることの典型的なパターンとして興味深いものである）。もちろん、彼は、たんにマジョリティとしての漱石やマルクスを評価したわけではない。マジョリティとして読まれざるをえなかった彼らの内に、マイナーな存在者――単独者と言っていいだろう――を見出してきたのである。それが、柄谷の《批判》である。</p>
<p>たとえば、『トランスクリティーク』におけるカントの章のページをいくつかめくってみよう。柄谷は、そこではむしろ実証主義的な事例や研究を大いに活用していることがわかるだろう。そこで重要なのは、必ずしもカントのテクストというわけではない。むしろ、カントがケーニヒスベルクから終生動かずそこで暮らしたことや、非ユークリッド幾何学を、その最初の主張者のひとり、ラムベルトとの友人関係によっていち早く知りえた立場にあったこと、あるいは、視霊者スウェーデンボルグを介した経験において《視差》を獲得したこと、誤解を恐れずに言えば、こうしたことは、実際に『純粋理性批判』に書いてあることと同程度かそれ以上に重要なのだ。</p>
<p>誤解を恐れずに、と言ったが、これは賢明な読者には必要のないわたしの取り越し苦労であろう。重要なことは、たんに実証的であることではない。テクストに書かれてあること――もしお望みなら、「テクストとしてのカント」という言い方をしてもいいだろう――や、そのテクストを著者に書かせるにいたった社会経済的な背景云々よりも重要なことは、単独者としてその作品あるいは作者を見出せるか否かにある。われわれは、実証主義や構造主義を過度に忌避するべきでも恐れるべきでもない。たんに積極的に活用すればよいのである。</p>
<p>カントにおいて、とりわけ実証的な研究、つまり、テクストそのものには書きこまれていない、外的な要素が重要になる理由がある。そして、この理由によってこそ、カントの書物は、特別な態度でもって読むこと――つまり、否定しつつ読むような態度〔アウフヘーベン〕が必要になるのである。それは、柄谷がカントの書物から的確に抽出した「言語論的転回」である。</p>
<p>「言語論的転回」とは、ソシュール以来の構造主義的言語学の隆盛以来、主流になった考え方のひとつで、簡単に言えば、主観が言語を形成するのではなく、言語が主観を形成するということである。ここで、古来から日本にある「言霊」を想起した人がいるかもしれないが、それほど間違っているわけではない。もちろん、この場合でも、「言語」がいかなる意味において使われるかが重要なのであって、たんに言語から主観を見出すというよりは、柄谷が言うように、外国語を内包するような社会的な差異において主観を疑うこと、そのことが重要である。</p>
<p>さて、カントの書物は、時代を遡って、言語論的転回の地点から書かれている。彼が、主観（理性）によって構成されたものとして世界を語るとき、そこでの主観は、言語あるいは社会によって作られたものでしかないということが、強烈に意識されていると考えるべきである。そうでなければ、彼の言う超越論的観念論は成立しないからである。</p>
<blockquote><p>
理性がそのア・プリオリな原理のすべてを挙げて我々に教えるのは可能的経験の対象だけであって、それ以上の何ものでもない、またこれらの対象についても、経験において認識せられ得るものに限られる。
</p></blockquote>
<blockquote><p>
しかしこの制限は、理性が我々を経験の客観的限界にまで――換言すれば、それ自身は経験の対象ではないが、しかしおよそ一切の経験の最高の根拠でなければならないような何か或るものに対する関係にまで達せしめるのを妨げるものでない。（以上、『プロレゴメナ』）
</p></blockquote>
<p>カントは主観（理性や悟性）によって構成された世界を肯定したが、とはいえ、そうした主観は、可能的経験によって作られたものでしかないのである。この「作られたものでしかない」という限定が重要なのであって、そうでなければ、カントは観念論に「超越論的」という限定的な形容詞を付ける必要はなかっただろう。たんに観念論とすればいいのである。ここで、カントが言う「経験の客観的限界」を言語だと考えれば、こうした認識はまさしく、言語論的転回以降主流になった主観認識に属するものであると言うほかないだろう。</p>
<p>彼の書物が言論的転回の認識にしたがっているとすれば、重要なことは、カントのテクストよりも、その外部なのである。なぜなら、言語論的転回において重要なことが、主観ではなくそうした主観を形成させた社会的言語なのだとすれば、当然、カントの書物それ自体よりも、その書物（主観）を成立させた社会的背景の方がより重要性を帯びる場合があるからである。だからこそ、とりわけカントの書物は、テクストの成立した背景を問う実証研究が活用されうるのである。</p>
<p>もちろん、カントはそのことに自覚的であるし、むしろそのことを書いたと考えるべきであろう。そのような視点からカントの書物を読むとき――つまり、カントの書物を否定し、その書物よりも著者であるカント自身のことをより多く考えながら読むとき、たしかに、わたしは《物自体》を立てている。実証研究が結局は蓋然性の相にとどまり、永久に対象を実証しえない（認識不能である）ことは、あまりにも明白だということもあるが、それよりも、カントの書物を否定する以上、多かれ少なかれ実証研究が必要とされざるをえないということ（なぜなら主観的に否定しても仕方ないからである）そのものが、テクストの外部からの要求――《物自体》からの――があることを如実に示しているからである。</p>
<p>柄谷行人や、あるいはフーコーやドゥルーズがしたように、カントはまずもって批判的に読まれねばならない。だが、にもかかわらず、カントはつねに正しいだろう。逆にいえば、カントの枠組みを素直に受け入れるとき、ヘーゲルやフッサールのような哲学的プログラムが起動する以外にない。彼らのような哲学は、もはや、カントで尽きている。国民国家はもうずいぶん前に実現されたのだから。</p>
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