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	<title>ex-signe &#187; oblivion</title>
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		<title>コーラー</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 13:31:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Derrida]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
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		<description><![CDATA[わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を保つことができた。彼は牢獄に閉じ込められて以来、詩を書くようになったという。そのことを不思議に思ったパイドンたちは、牢獄で毒を仰ぐ当の処刑の日に訪れ、なぜかと問いただした。そこでソクラテスは彼らに驚くべきことを語った。</p>
<blockquote>
<p>これまでの生涯において、しばしば同じ夢が僕を訪れたのだが、それは、その時々に違った姿をしてはいたが、いつも同じことを言うのだった。『ソクラテス、文芸（ムーシケー）を作りなし、それを業とせよ』。そして、僕は以前には、僕がずっとしてきたことをこの夢が僕に勧め命じているのだ、と思っていた。ちょうど走者に人々が声援を送るように、この夢は僕に、僕がまさにし続けてきたことを文芸をなすこととして激励しているのだ、と。なぜなら、僕は、哲学こそ最高の文芸であり、僕はそれをしているのだ、と考えていたからだ。しかし、いまや裁判も終わり、神の祭が僕の死を妨げている間に、僕はこう思ったのだ。もしかしてあの夢は通俗的な意味での文芸をなすようにと僕に命じているのかもしれない。それなら、その夢に逆らうことなく、僕はそれをしなければならない、と。なぜなら、夢に従って詩を作り聖なる義務を果たしてからこの世を立ち去る方が、より安全であるからだ。こうして、先ず、僕は現にその祭が行なわれていた神アポロンへの賛歌を作ったのだ。それから、神への賛歌を後で僕は考えた。詩人というものは、もし本当に詩人〔作る人、ポイエーテース〕であろうとするなら、ロゴス〔真実を語る言論〕ではなくてミュトス〔創作物語〕を作らなければならない、と。</p>
<p class="post-r">岩波文庫、岩田靖夫訳、20ページ</p>
</blockquote>
<p>驚くべき、というのは、齢七〇を超えてまだ矍鑠たるこの老人が、死を前にして、知的な探究心を一切失っていなかったことであり、それまでの生涯を否定しかねない夢の解釈に彼自身が達したとしても、飽くことなく、しかもいけしゃあしゃあと、ムーシケーを実践していたことである（わたしは、プラトンのソクラテスの描写は、モデルにされた師自身がどういう感想をもっていたかとは無関係に、きわめて史的に忠実であると考えている――それは、グールドのバッハ演奏にとてもよく似ている）。真理を司るロゴスから、虚構を司るミュトスへ――裁判が真理にまつわるものであるかぎり、この移行はさまざまなことを示唆してくれるが、そもそも彼は、アテナイ人たちに、《真理》を蔑ろにし若者を扇動する《虚構》をでっち上げたことが、死刑に値すると審判されたのだった。ここにあるのは、ロゴスへの絶望や挫折だろうか。しかし、そういう表現が許されるためには、ソクラテスが、それまでロゴスに底なしの信頼を置いていたことが証明されねばならない。だが、この抜け目ない男がそんな迂闊なことをするとは思われないし、この事例そのものが、ロゴス中心主義の存在を反証している、と考えるべきだ。絶望や挫折といった陰鬱な解釈は、ヨーロッパの人間に任せておこう。むしろわれわれは、死を前にしてなお、軽快に踵を返して行なわれたロゴスからミュトスへの跳躍、弟子たちをさえ欺く彼の舞踏に感嘆する。彼には、ロゴスよりももっと重大なことがあった――それが《哲学》であり、そして《文芸ムーシケー》だったのである。ロゴスやミュトスは、その手段にすぎない。わたしは彼とプラトンに、西欧形而上学に伝統のロゴス中心主義、などというものを感じることができないでいる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、さらにパイドンたちに、死後の世界がどのようなものかを、滔々と語る。われわれの世界は、真の世界の窪地にすぎない――画家たちは、真の世界の色の見本を使って、世界を描いている――真の世界においては「この地の色よりも遥かに明るく輝き、より純粋」で――「ある部分は驚くばかりに美しい深紫色であり、他の部分は金色、白いかぎりの部分は白亜や雪よりも白く、同様にその他いろいろな色から成り、それらの色はわれわれが見知っているかぎりの色よりも数も多く、より美しい」。</p>
<p>この世界の外側に広がる真の色彩。ソクラテスによれば、優れた画家たちは、この真の色彩を用いる業をもっているのだという。そして嘆きの河コキュートスや炎の河ピュリフレゲトーンの流れる、恐るべき冥府についても言葉を重ねてゆく。語り終えたあと、ソクラテスは次のような悲劇的な台詞を吐露する。</p>
<blockquote>
<p>さて、地下世界に関する以上の話が僕が述べた通りにそのままある、と確信をもって主張することは、理性（ロゴス）をもつ人に相応しくはないだろう。だが、魂がたしかに不死であることは明らかなのだから、われわれの魂とその住処についてなにかこのようなことがある、と考えるのは適切でもあるし、そのような考えに身を托して危険を冒すことには価値がある、と僕には思われる。――なぜなら、この危険は美しいのだから――</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスは、悲しみに暮れ、彼の死後のことを案じるクリトンに、ソクラテスの痕跡をたどるべきではなく、自己にのみ配慮すべきことを述べ、そして「微笑して」こう答えることも忘れていない。「いいかね、善きクリトンよ、言葉を正しく使わないということはそれ自体として誤謬であるばかりではなくて、魂になにか害悪を及ぼすのだ。さあ、元気を出すのだ。そして、僕の体を埋葬するのだ、と言いたまえ」。こうしてソクラテスは、真理――すなわちロゴスに対しても目配りをしながら、毒を仰いで死ぬ。</p>
<p>嘘はたしかに魂を汚しもする。だが、現状の規定的な真理のために、嘘を恐れ、未来の美を諦めることがあってはならないだろう。というか、ソクラテスにおいて、《美》は、不確かで未規定な未来における《真理》を約束する予言であり指針なのである。ここでは、真と美は、複雑に絡み合っている。ギリシア人は、ミュトスとロゴスを区別できなかった、などという碩学ポール・ヴェーヌのいうような非難はあまり生産的とはいえない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、プラトンの兄グラウコンに対して、『国家』のなかで次のような物語を聞かせている。アルメニオスの子、勇者エルは、戦場で最期を遂げた。だが、屍は十日経っても腐らず、十二日目に生き返った。彼は、その間に冥界で体験したさまざまな奇妙な出来事を語った。オデュッセウスや大アイアスが、オルペウスやアタランテが、ふたたびこの世に生まれ変わる輪廻転生の物語である。彼らの魂は最後に、レーテーの野において、忘却の河の水を飲む。そこで、冥界や生前の記憶は綺麗さっぱり忘れてしまう。この忘却を、ソクラテスは否定していない。というのも、次のように語っているからである。</p>
<blockquote>
<p>このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ。もしわれわれがこの物語を信じるならば、それはまた、われわれを救うことになるだろう。そしてわれわれは、〈忘却の河〉をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう。……</p>
<p class="post-r">岩波文庫、藤澤令夫訳、372ページ</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスの目論見は、輪廻転生を信じさせることである。ここから次のような問題が生じる――転生があり、したがって滅びがないにもかかわらず、なぜ《始まり》があるのか。物語（始まりと終わりが必ずある）があるにもかかわらず、それは滅びることがない、ということが矛盾でないとすれば、一体どうしてそれが可能なのか。このカラクリにおいて、もっとも重要な役割を果たすのが、レーテーの野に流れる放念の河の水を飲むこと、すなわち《忘却》である。原初には、忘却がある――かくして、不滅性と始まりとが同時に実現可能となる。ソクラテスにおいて、忘却はかくも重要なのである。したがって、たとえば『パイドロス』において、文字を記憶の術ではなくて、魂に忘れっぽい性質を植えつける想起の術としたことをもって、ただちに文字技術を軽視する音声中心主義を見てとるのはむずかしい（むろん、ソクラテス‐プラトンたちに音声中心主義的思考は確実にあるのだが）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ジャック・デリダに、『コーラ プラトンの場』と呼ばれる書物がある。『ティマイオス』において語られた《コーラー》を論じたものである。コーラーとは、ヘシオドスの『神統記』のなかで歌われた、あらゆるものの起源、原初であるカオスを〈抽象化〉した、《場》の概念である。ヘシオドスにおいても、カオス（混沌）とはすでにカスマ（空隙）でもあった。したがって、混沌は空隙を、空隙は場すなわちコーラーの概念を呼び覚ます。おそらくは意図的かつ戦略的に（？）迂回に継ぐ迂回を重ねた結果、コーラーがなにものであるかを名指さなかったデリダに反して、わたしは、これをはっきり名指すべきだと考える。コーラーという〈始まりの概念〉は、むしろ正しく《忘却》と結びついているように思われる。というか、コーラーを《忘却》と呼んだとしても、〈なにかを名指ししたことにはならない〉のだから、回りくどいことをしないで、端的に翻訳すればよいのである。そもそも、ソクラテスもそれを“コーラーkhora”と名指しているのだから。それは、たしかに、なにかいわく言い難いものである。ロゴス（叡知的）でもないし、ミュトス（感性的）でもない。真理でもなく、虚構でもない。ソクラテスのいう「第三の類」としての、忘却。それは、永劫と始まりとを同時に実現する。</p>
<p>人間の力の側からいえば、ロゴスは記憶力の範疇に属し、ミュトスは想像力の範疇に属す。そしてコーラーは忘却の力に属し、それらは想起の概念によって結び合わされている。そして、想起し難いものを想起しようとするとき、われわれは、間違いなく、先にあげた三つの概念――混沌カオスから、空隙カスマへ、そして場コーラーへ――を遡行していく。われわれは、なにかであるにもかかわらず、なにかによって言い表せない《それ》を、忘却と呼んでいるはずである。忘却は、かならずこの回路を通って発見される。デリダは、この概念が哲学の外にあると指摘し、この概念の手前で足踏みしたように見える。というか、飛越すべき境界線の上で、なにかの勘違いで綱渡りをしていたようにしか見えない。だが、ソクラテスは、そうはしなかった。それは、哲学の限界ではなく、哲学に課せられた、哲学が超えるべき境界線である。ロゴスからミュトスのあいだに走る亀裂、カスマ＝カオスを軽やかに渡り、そして跳躍するためには、それらの実践を可能にするより広い概念、すなわち《場（コーラー）》の概念がなければならない。ソクラテスの哲学は、まさにここに根ざすことなく根ざしているのである。忘却の手前で足踏みし、それをはっきりと哲学の限界に仕立てあげ、皮肉にも、そして正しくもその哲学をダニエル・リベスキンドの「ベルリン・ユダヤ博物館」に結び付けてしまった彼の〈躊躇〉を超えて、勇敢なソクラテスの哲学は、〈《忘却》から始まる〉のである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ニーチェは『曙光』において、こう言っていた。</p>
<blockquote>
<p>忘却。――忘却が存在するということは、まだ証明されていない。われわれが知っていることはただ、回想ということはわれわれの力の及ぶところではない、ということだけである。さしあたってわれわれは、われわれの力のこの割れ目にあの「忘却」という言葉を置いた。あたかも能力がもうひとつ登録されたかのように。しかし結局のところ何がわれわれの力の及ぶところだろう！　――あの言葉がわれわれの力の割れ目に位置するとすれば、それ以外の言葉は、われわれの力に関するわれわれの知識の割れ目に位置するのではないだろうか？</p>
</blockquote>
<p>ニーチェは、正しく、忘却を「亀裂」と、すなわちカスマ＝カオスと呼んでいる。忘却とは、この亀裂を可能にする場であると同時にこの場を満たすなにかを意味する（したがって、場は混沌へと回帰する）。さらに、ニーチェは、「生に対する歴史の利害について」において、プラトンの『国家』について、次のように語っていた。</p>
<blockquote>
<p>プラトンは、彼の新しい社会の第一の世代は強力なやむをえざる嘘〔永遠につづく、完全な国家があるという〕の助けによって教育されることが必要だと考えた。…このやむをえざる真理のなかでわれわれの第一の世代は教育されなくてはならぬ。…</p>
</blockquote>
<p>輪廻転生を確信し、そうであるがゆえに原因の鎖列に囚われたソクラテス‐プラトン的な人間像において、《第一世代》を実現するためのもっとも重要な概念が、《忘却》であり、そしてそこから生じる嘘、ポイエーシス（生成）を実現するデミウルゴス（創造神）のもたらす、ミュトス＝虚構である。なぜわれわれは、人類の創生にエピメテウスという忘却の神を必要としたのか。ヘシオドスたちの伝える人類創生の神話ほど、快活な笑いに満ちているものはない。人間を過信する兄プロメテウスと、動物に味方する弟エピメテウス――品と位に満ちた、二人の兄弟の神話。『神統記』、それは神の賛歌に名を借りた、忘却する人間の礼賛なのである。アテナイ民主制崩壊のなか、ロゴスに溢れ、《批判》が機能しなくなった世界において、新たな創造を担うのは、これまでずっと創造を事としてきた芸術以外にはありえない。「やむをえざる嘘」――「この危険は美しい」――齢七十を超えてまだ先へ先へと突き進んでいたソクラテスが到達した頂点、それは《文芸ムーシケー》だった。</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<title>忘却の系譜学</title>
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		<pubDate>Sat, 30 Jan 2010 12:46:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
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		<category><![CDATA[Nihilism/Nothingness/Vacuum]]></category>
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		<category><![CDATA[Prometheus and Epimetheus]]></category>

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		<description><![CDATA[ニーチェは、『楽しい科学』のなかで、「忘却の音楽」について語っていた。たしか、彼はそこで、芸術を二つに分類していたはずだ（不確かな書きかたをするのは、いま手許にこの本がないから。今月二度目の満月の光を浴びながら、これを書 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ニーチェは、『楽しい科学』のなかで、「忘却の音楽」について語っていた。たしか、彼はそこで、芸術を二つに分類していたはずだ（不確かな書きかたをするのは、いま手許にこの本がないから。今月二度目の満月の光を浴びながら、これを書いている）。作者が観客を起点として作りあげるものと、ただ独白に終わるもの。望ましいのは、前者ではなく、後者である。</p>
<p>ニーチェは、たとえ一見独白ではあっても、神との対話において作られるものは、前者（観客の視線を前提したもの）に含めている。神の視線を精神のうちに拵えているかぎり、それは観客を起点とするものとなんら変わりはない。結局、彼は独白のために必要な孤独を知らないのである。だからニーチェは、徹底した不信心が生まれた近代において、はじめてこの分割が可能になったことを指摘していた。神に回収されることなき真の独白は、稀有なものである。おそらく前者には、ナルシシズムも含まれるだろう。ナルシシストによって極限まで超越化された自己は、神に等しいからである。というか、観客の視線を前提したものは、じつは、ナルシシズムの範疇に含まれる、といったほうがよいのかもしれない。観客がどう思うかなど、究極的にはわからないからである。それは、精神のうちに拵えあげられた神と同種の不確かさをもっている。ナルシシストにとって、作者としての自己は、超越的な自己をみつめる観客なのである。結局、はじめから世界を求めて行なわれる芸術には、多かれ少なかれナルシシズムが含まれている。したがって、もっともすばらしい芸術は、ただ独白であるような芸術である。そうした芸術は、あえて世界を忘却しているのだと、ニーチェはいう。忘却の音楽、それが、独白芸術の中心であると、ニーチェはいう。</p>
<p>ニーチェの分類を展開してみよう。われわれは、ここに、二つのタイプの世界喪失をみることができる。ひとつは、世界を求めるあまり、自己の鏡像、すなわち〈記憶のなかの他者〉を観客に投影した芸術。もうひとつは、世界（観客）をはじめから忘却することで、観客の向こうの〈世界に向かって〉語る芸術である。この芸術家は、どちらを選んでも、世界を忘却することになる。だがすくなくとも、神なしに語ろうとする後者の行なう忘却は、あきらかにポジティヴである。他人の力を借りることなく、自身の力で芸術を創造する。忘却は、けっして「欠失」などではない。われわれは、両の手に、記憶の世界と、忘却の世界という、二つの世界を手にしているのである。「忘却の音楽」は、記憶の世界からわれわれを遠ざけるかわりに、忘却の世界を手にすることを許す。それもまた、世界である。記憶の向こう側にひろがる、忘却の世界。そこはおそらく、彼岸であり、言葉の真の意味で《外》である。思うに忘却とは、きわめて不思議なものである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレール（彼の本も、いま手許にない。部屋に忘れてきてしまった）は、プロメテウス、エピメテウス兄弟の古い神話を紐解く。神々は、地上に、人間を含む動物を作り出した。兄プロメテウスは、動物どもに武器や衣服を分配する役目を仰せつかる。兄は弟にその仕事を任せ、自分はそれを検査する役に回った。この愚鈍な弟が仕事を終えたとき、人間にはすっかり武器や衣服を分配することを忘れていた。そこで一計を案じた兄は、へパイストスから火を、アテナからそれを用いる知恵を盗み出し、これを代わりに与えたという。スティグレールが注目するのは、火や言葉などの〈技術〉が、愚鈍なエピメテウスの「欠失」に依存していたことであり、この「欠失」を起源として、二本足の毛のない動物――これはプラトンの人間の定義である――は、いわゆる《人間》となった、という点である。</p>
<p>彼は、哲学にとってもっとも重要なのは、《技術》だという。技術がきわめて重要なものであることは論を待たない。火しかり、文字しかり、これら技術がなければ、ひとはひととしての能力を十全に発揮できなかっただろう。だが、スティグレールがいいたいのはそういうことではない。技術を哲学する、とはこういうことだ――《技術》を、人間の存在論的な「欠失」そのものとして読み解くことであり、したがって、存在論的・時間的差異としての技術の哲学は、人間そのものの解体や脱構築を目論んでいる。</p>
<p>スティグレールによれば、プラトン以来の西欧形而上学は、こうした意味での技術を見過ごしてきたという。ここには、技術に刻み込まれた「欠失」の欠失、二重の忘却がある。人間は、この「欠失」を忘却することなしには、欠如態を脱出し、実定的（ポジティヴ）な意味での人間となることができない。デリダの音声中心主義批判を受け容れるなら、文字痕跡――これも技術である――に先立たれることなしにはありえないとされる音声中心主義の広まりは、まさにこの二重の忘却が存在していることの証左であろう。しかも、スティグレールによるなら、技術は、文字が典型であるように、全体として、それ自体が記憶を司るものである。というのも、技術は、時間を圧縮するか、あるいは同じものを再現するかして、記憶‐想起と同じはたらきを行なうからである。にもかかわらず、プラトンは、ヘルメス＝トトによってもたらされた文字の技術を、忘却に属するものとして、彼が最重要視した《想起》の術から取り除いた（『パイドロス』）。だが、《想起》もまた、疎外された技術に先立たれることなしには不可能であるとするなら、やはり、ここにもまた、二重の忘却があることになる。</p>
<p>かくして、スティグレールは、プラトン以来の西欧形而上学を批判する権利を得ることになる。ハイデガーからデリダに至る系譜の哲学者にみられるこうした《自己批判》は、ハイデガーの時代ならまだしも、われわれにはほとんど無用の代物だとわたしは思う。哲学史を全否定できれば楽しかろうが、わたしはもっと生産的な響きを歴史に求めたい。また、彼がプラトンを読解した際に行なった脱構築的手法も揚げ足を取るようで、あまり好みではない（ほとんどの場合、脱構築が作品の解体のために取り出す作者の無意識は、作者には意図的なものであると思う――というか、すぐれた作家は、無意識や忘却を、むしろ自分の責任で使用することを好むのであり、なにがなんでも無意識を無意識のままに回収しようとするものである）。人間を解体する、という点で共感はするが、そもそも、技術について、人間について、そして忘却について、ニーチェの徒であるわたしはこうした見方をとらない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>カント以来、近代の哲学には、二つの系譜があるように思われる。ひとつは、忘却に抵抗する哲学であり、もうひとつは、忘却を取り込んだ哲学である。《忘却》という概念は、きわめて照準をあわせるのが困難なものである。というのも、それは、一種の裂け目であり、割れ目であり、その本質からして表象を伴わないものと考えられているからである。したがって、この二つの系譜のちがいはなかなか顕在的にはならなかったのだ。だが、おそらく、この隠された系譜は、はっきりと区別される。カントやフロイト、アーレントやデリダ、そしていま話題に上っているスティグレールは、前者に属する。彼らはより確固たる記憶のうえに自身の哲学を構築し、そのあとで、ネガティヴな忘却に抵抗するか、より高次の記憶のためにこれを受け容れるかする。したがって、忘却は、この哲学の内部では、基本的にネガティヴな意味合いをもつ。その一方、ニーチェやベンヤミン、フーコーやドゥルーズは後者に属する。忘却に抵抗しようとする前者の努力には、心の底から敬服するが、後者はそうしたところからは、すこしだけずれている。彼らは、はじめから記憶が忘却を伴わないかぎり存在しないという、このパラドックスの上に哲学を構築した。忘却と記憶はあくまで連続的なものとして、カップルとして把握される。忘却は時と場合に応じて、記憶同様にポジティヴかつ生産的な意味合いをもつことがある。彼らは、記憶忘却、双方に対して、中立な姿勢を崩さない。彼らの哲学は、〈ここからはじまる〉。</p>
<p>忘却は表象を伴わないといった。だが、ニーチェの系譜に属する哲学からすると、むしろ忘却こそ、表象を伴うのである。忘却が表象を伴うとき、それはほとんどの場合、怪物の姿をまとう。たとえば、人間に目が二つあることを忘れてしまったひとは、それをひとつや三つにするだろう。人間の下半身がどんな姿だったか忘れた者は、それを馬や魚の姿に描くかもしれない。なにもかも忘れてしまったひとは、きっとほとんど液体と変わらぬような軟体動物を思い描くだろう。すぐれた芸術家は、この忘却を意図的に使用することができる。たとえば、プルーストが発見した「無意志的記憶」とは、まさに文学者が住まう〈忘れられた〉土地である。この土地は豊かである。というのも、芸術は、ここでのみ、花開くからである。彼らは、怪物の代わりに、美しい妖精を思い描く。</p>
<p>スティグレールは、忘却に先立たれることなしに、記憶は存在することはなかったという。それはそのとおりである。だが、忘却は「欠失」ではない。忘却は豊かである。さきにみたように、ここは、あらゆるものが生まれ出る《真空》である。『国家』におけるソクラテスの言葉にならっていえば、忘却は、穢れなき魂の新たなる再生のために、必要なものである。ナーガールジュナに非‐認識論的に従っていえば、色彩は、この《真空》から生まれ出る。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、人間とはなにか、それも技術にかかわるかぎりでの人間は、どういった点でほかの動物と、あるいは自然と区別されるのか。スティグレールがいうように、技術は、とりわけ記憶に関わっている。それはたしかである。炎を実現可能なものにする木切れとその技術は、人間にとって偶発的な出来事でしかなかった炎を、再現可能なものにする。木切れには、一回限りの出来事の記憶が詰め込まれていて、木切れの道具としての使用は、この記憶を再現する。つまり複製する。</p>
<p>しかし、この技術は、いまだ人間的なものとはいえない。炎になんらかの象徴的な意味合いがあることはたしかだとしても、依然として、この技術は自然に属している。偶然に起こった山火事と、木切れの燃焼とのあいだには、結果においてなんら違いはない。意図的に燃やされたのか、そうでないかにしか違いはないし、そもそも、そのような意図に自然は頓着しない。したがって、この技術には、火の想起があるが、同時に忘却がある。生まれ、そして消え去るこの技術は、そのかぎりで、自然に属している。技術が自然から乖離するためには、文字の発明を待たねばならない。というのも、文字は、その本質からいって、消えないからである。</p>
<p>むろん、文字もまた、その他の現象同様に、本来は消え去るものである。たとえば、ひとの肌に刻まれたタトゥーは、肉体の分解速度に応じて消え去る。石盤に刻まれた文字も、石盤の分解速度に応じて消え去る。消えない、という夢想をひとに抱かせる権利は、どうして生じるのか。文字痕跡を残した主体の寿命を超えて残る、ということによってである。痕跡を残した主体の死後も、消え去らない痕跡があるとすれば、それはある観点からいって、消えないといわれる権利を持つ。ここには、万物の起源を人間に置くプロタゴラス風の人間中心主義がある。</p>
<p>消え去る速度が早いか遅いかの違いしかない声と文字を、人間の寿命を規準に、消える消えないという観点から区別するとき、はじめて、この技術は人間的なものとなる（消滅についてのスティグレールの考察は、余計なことをしているとしか考えられない）。だがもちろん、同時に、この技術は自然にも属している。けっして、スティグレールのいうような人間の「欠失」の埋め合わせなどではなく、たんにポジティヴな面をもっている。その点について、まず簡単に説明しておこう。文字は、その他の動植物の行なう技術的行為と比較すれば、圧倒的なポテンシャルを秘めたものである。というのも、その他の動植物は、自身の外部に、ここまで長期的に保存される痕跡を残すことができないからである。その他の動植物は、胎内で交わされる言葉である遺伝子に頼るほかない。したがって、進化（差異化）の可能性は、まさに種が引き継がれる瞬間にしか訪れない。しかし、人間は違う。読み読まれる文字を実現することによって、時空間的な限界を超えたのである。たしかに、声（口伝）もまた、差異化の機会を増やしはしたが、あくまで加算的であった（ここでは詳しくは触れないが、声には、とりわけ主体にかかわるさまざまな制約が顕在化している）。だが時空をこえて読み継がれる文字によって、差異化の機会は圧倒的に、累乗的に増大した。人間は、書物を生み出す。自然史の内部に《歴史》を実現し、自身の王国を作り上げるほどに、この技術は驚異的だったのである。</p>
<p>しかし、この技術が圧倒的な差異化を生み出すためには、ひとつ条件がある。自然に属するかぎりで、この技術を使用することである。すなわち、遺伝子同様、言葉を引き継いだ瞬間に前の言葉は喪失し（忘却され）、新たにすぐれた差異を実現した言葉がこれを塗り替えなければならない。そうでなければ、差異化は実現せず、せいぜいオリジナルの解釈であるとか誤読であるとかで終わってしまうからである。こうなると、親と子が別々の個体であることがむずかしくなってしまう。残念ながら、文字は、往々にして、差異化ではなく、解釈の対象になってしまうし、親が子に優越する結果さえ生まれてしまう。子はたんなる親のヴァリエーションに過ぎず、個に種が優越してしまう。なぜか。消えないからである。自然界でつねに発揮されている《忘却》がなくなってしまうのである。文字がサトゥルヌス（クロノス）的な禍々しさを発揮するのは、このときである。我が子を喰らう悲劇的な力を、文字は有する。文字は、〈記憶することしかできなくなる〉。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>要するに、エピメテウス＝忘却の存在喪失が、忘却の忘却が、つまり単独で生じる記憶が（忘却の忘却は記憶であって、スティグレールのいうような忘却の二重性は生まれないように思われる）、文字技術を人間的なものにしたのである。スティグレールは「動物的均衡」からの「隔たり」として、人間を捉える。エピメテウスの忘却によって、人間は消えゆく者となり、動物的均衡を失ったというのである。だが、消えゆくという規定は、自然あるいは動物のものである。不死や永遠こそ人間的なものである。エピメテウスは、むしろ、人間に動物性を回復させる者であり、〈自身をつねに第一世代と考える人物〉である。「エピメテウスの過失」によって炎と知恵とが与えられたとしても、それは、まだその他の動物に比して質的な飛躍を可能にするのではなかったと考えるべきだ（不用意な言い方を許してもらえれば――文字を持たなかったアイヌなどをみればそれは一目瞭然であろう）。また、歴史的時間が可能になるのは、エピメテウスが先立つかぎりで、プロメテウス的な知が起動する場合だが、過去と現在の対称性にもとづく歴史的時間は、エピメテウスによって再度破られるのである。ともあれ、動物は観衆に向かって話したりしない。エピメテウスもまた、観衆に向かって話したりなどしない。愚鈍な彼は、それが誰かなど忘れてしまうからだ。エピメテウスは、相手が誰かなど、覚えていない。〈彼らはいつも、世界に対して独白する〉。言った後で、相手が誰だったかは、きっと思い出す。人間が技術の観点からその他の動物と区別されるとすれば、愚鈍というよりは動物を贔屓しているだけかもしれないエピメテウスを、「欠失」などという言葉で蔑む人間の視線そのものによってである。動物のよき伴侶であるエピメテウスが可能にするのは、技術ではない。むしろ芸術である。彼は、《希望の神》という側面をもっていることを、忘れてはならない。すべてを先んじて知る兄プロメテウスが、弟の愚鈍さを知らないはずはなかった。それでもなお、兄は弟に重大なものを託すのをやめなかった。動物を愛する弟のためなら、窃盗さえ厭わなかった。弟の忘却は織り込みずみであるはずの兄にとって、窃盗は予定されていた行為である。この窃盗に、罪の意識や負い目などまったくない。</p>
<p>文字が、忘却を否定する消滅不可能な特性においてただちに使用されたわけではない。《想起》に力点が置かれているかぎり、記憶が忘却に優越する状況は完璧に回避できる。兄弟は、まだ仲良く手を取り合っていたのだ。スティグレールの指摘するように、ソクラテスは、奴隷少年に《想起》させる際に、文字を使用している。だが、重要なことは、それが砂の上に書かれたことである。砂の上に描かれた文字は、簡単に消すことができる。デリダのいうような痕跡など残らないのは確実である。その点で、この技術の使用法は、声と変わらない自然さを有しているのである（雨の日にはいつもそわそわしている犬のマーキングと違いはない）。ギリシア悲劇や哲学は、文字技術の陥る悲劇を回避するためにわれわれに与えられた警鐘であると理解される。また、マーシャル・マクルーハンの指摘するような前近代の写本文化は、速度のゆったりした口伝であると考えることができる点で、古代の《想起》技術の範疇に属していたし、活字技術ができたとしても、紙などの媒体が大量生産されないかぎりは、そこまで大きな変革が起こるわけではない。</p>
<p>やはり問題は、紙の大量生産である。《人間》は、もっと最近の発明だと、フーコーは言った。世界大戦などをやらかした近代的《人間》の罪を、古代人にまで遡って着せるようなやりかたは、すべきではないと考える。ギリシア人の明朗さ、プロメテウスの罪にまで品と位を与える彼らの快活さは、陰鬱な近代にはなかったものだ。ともあれ、この大量生産は、つかのま、爆発的な差異化の力を生み出した。だが、年月を重ねるにつれ、奇妙なことが明らかになっていった。言葉が、つねに燃え残っている……。痕跡や灰がたえず存在し、動物としての人間につきまとう。みよ、痕跡や灰が、傷や炎に先行している……！　カントやヘーゲルが、そして資本主義がほくそえむ。それでこそ人間だと、彼らはいう。新しい芸術が、新しい哲学が生まれたとしても、アーカイヴズを刷新するのではなく、付け加えることしかできなくなる。われわれの生の帰結としてアーカイヴズが残されるのではなく、われわれはアーカイヴ化された生をより巨大なアーカイヴズに付け加えていくだけなのだ。主語を、ひとびとは古文書にあずけてしまったのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、オリジナルなものをみることはほとんどなくなってしまった。すべてはすでに起こったことの繰り返しなのだ。新しいことなど、なにひとつ起こらない。出来事など、どこにもない。オリジナルへの意志など、もはやなくなっている。真にオリジナル＝固有なものは、オリジナル＝根源への意志なしには生まれえない。無限につづくいまここ、すなわちアーカイヴズにこれだけ埋もれていれば、歴史を求める必要などありはしない。歴史の必要などほとんどないほどに、われわれは、ニーチェのいう「歴史病」に犯されている。だが、今日、歴史のうちに根源を求めるひとだけが、真にオリジナルなものを実現できると、わたしは思う。たとえば、ジャン＝リュック・ゴダールのように。</p>
<p>その点で、今日のインターネットの世界には、もちろん可能性がある。とくにわたしが注目するのは、消滅を基本とするＲＡＭ的な技術である。よくいわれるように、コンピューターの歴史において、画期をなすのは、自ら忘れることのできる記憶装置、ＲＡＭの発明である。ハードディスクなどの大量記憶装置にまつわる技術は、忘却＝洪水を塞き止めはするが、完全に防ぐことはできない巨大なダムのようなものである。したがって、カントの悟性同様、一種の遅延装置であると理解される（「バックアップ」を取ることほど、馬鹿馬鹿しい気分にさせてくれるものはすくない――バックアップなど取らないことを推奨する）。いずれにしても、重要なことは、アーカイヴ化を逃れる可能性があるか否かである。われわれは、この方向で、この技術を使用しなければならない。つまり、文字を声のように使用しなければならない。〈新しい言文一致運動が必要だ〉。この点ではおおいに勝ち目がある。というのも、インターネットの世界は、基本的に生成変化しているからである。これほどアーカイヴ化に反しているものは、今日見当たらないほどである。</p>
<p>しかし、今日、インターネットの世界を跋扈しているのは、まさに逆の発想からこれを使用するひとたちであるようにみえる。古い時代の最後の世代が、ネット社会を歓迎しながら、文字技術を人間の世界につなぎとめている。独白のための技術が、観客のために用いられている。征服は、始まって久しい。われわれはむしろ、忘却を回復せねばならないのに、その美しい使用法を知らないのである。……</p>
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		<title>記憶と忘却の娘としての《技術》（スティグレールによせて）</title>
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		<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 17:09:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じている点でも、驚くほどよく似ている。その点で、わたしの思考もいっぱしに《同時代的》であるのだろう（逆にいうなら、日本の知識人たちは同時代的であろうとしているにもかかわらず、なんと迎合的で結局は時代と乖離していることか。同時代的に気のきいた批評をしていればそれで仕事をした気になっているひとたちと比べれば、「哲学」しようとしているスティグレールには心の底から共感する）。しかし、デリダの弟子という点をふまえるなら、デリダとなんの関係もないわたしの哲学は、それとは当然異なる方向性をもっている。昨日届いた『技術と時間１―エピメテウスの過失』を読んだだけの感想である。そして、微細なものでもある。だが、結局は決定的であるように思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレールは、哲学がいつも技術の存在を忘れてきたという。わたしもその点にはある程度賛成する。たとえば近代の哲学者、とりわけカントやヘーゲルの哲学は、文字と紙という記憶装置なしには、承服しかねる部分がある。しかし、すべての哲学がそうだったと考えるのはむずかしい。プラトンが、アナムネーシス（第一次想起）を重視し、ヒュポムネーシス（文字など外在的かつ人工的な記憶＝記録）を忘却の術と呼んで記憶術から退けたことはよく知られている。だが、スティグレールは、プラトンが最重要視していたアナムネーシスに〈先立って〉、より軽視していたと思われている外在化された記憶技術であるヒュポムネーシスが存在している、と指摘し、プラトンを批判的に脱構築していく。この議論は、音声に対する痕跡の優越を語ったデリダの批判的後継者の評判にたるものである。だが、わたしなら、すべてに先立つのは、技術というよりは《忘却》であるというだろう。外在的な記憶術を意味するヒュポムネーシスが、《忘却》の術と考えられるかぎりでのみ、技術はつねに有意義なのである。プロメテウスがひとに与えた技術の存在を忘却の底に沈めるといわれるエピメテウスは、しかしとりわけ希望の神でもある。私見によるなら、彼は、「欠失」でもなければ歴史意識を可能にするのでもない。むしろ彼が実現するのは《真空》であり、歴史意識の超越である。彼は、つねに自分の世代を第一世代だと考えるきわめて動物に近い男であり、ゼウスによって自身に与えられる無限の懲罰の結果を先んじて知っているプロメテウス的悲劇とは無縁のアンチ・オイディプス的な男でもある。</p>
<p>プロメテウスが与えた炎＝《技術》とは、端的に記憶であると、スティグレールはいう。しかし、わたしなら、もっと端的に、記憶であると同時に忘却である、というだろう。プロメテウスとエピメテウスの関係は、ひとが思っているよりも、そしてスティグレールが思っているよりも（というのも、彼においてエピメテウスは、プロメテウスを補完するにすぎない）、もっと苛烈に一体化している。この兄弟には、ひとかたならぬ、尋常ならざる友愛の絆が感じられる。この両者が不思議に一体化しているときにのみ、技術は真の有用性をもつ。実際、わたしは、記憶と忘却とを区別する術を知らない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえばこういうことだ。技術には、つねにこういう特性がある――すなわち、一回限りで消え去るものを、《再現》可能にするときに現われるのが技術である。木切れが炎を起こす技術になるとき、この木切れには炎が起きたという一回限りの出来事の記憶が詰め込まれている。技術としての木切れの使用とは、出来事（炎）を再現可能なものにする、ということである。この場合、技術は記憶を再現するものであって、〈炎を燃焼させるのではない〉。そこでの炎の燃焼は、出来事そのものではなく、木切れの能力の再認（レコグニション）、再現前化（リプレゼンテーション）である。徹頭徹尾、技術は《複製》を司っている<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。木切れは、たしかに、炎を起すための文字――炎という出来事の記憶装置である。</p>
<p>しかし、重要なことは、次の点である。記憶の再現としての技術の使用には、結局は《二つの忘却》が紛れもなく存在している、ということである。木切れが、炎を起こす道具として使用されるとき、かつてなんらかの偶然で炎が燃焼したという出来事を、ひとはすでに忘れている。要するに、炎が再現可能なものとなるとき、かつての炎の一回性は、つねに‐すでに忘却されている。これがひとつめの忘却である。</p>
<p>ふたつめの忘却は、ひとつめの忘却を意識したときに（つまり思い出したときに）はじめて忘れられるものである。つまり、意図的に燃焼させられた当の炎は、かつて自分が何らかの理由で偶然に燃焼させられたことを、すでに忘れている、ということだ。要するに、炎は、木切れにひとが封じ込めた記憶を《再現》したのではない。そういう考えはアポロンの神託に苦しむオイディプス的人間の隠れた傲慢であって、たんに燃えている、まったく新しい炎である。同じ木切れを使用して二つの炎が生まれたとしても、両者は決定的に異なっている。だからヘラクレイトスはこう言った。「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>したがって、スティグレールの指摘の正当性は、いまのところわたしには半面的なものにしかみえない。たしかに、ヒュポムネーシスがアナムネーシスに先立ってある、という言い方で、彼は過去の炎の一回性が忘却されていることを指摘した。しかし、その指摘は、原理的にいって、かえって現にいまある炎の一回性を忘却させる。それゆえ、技術の使用は、たしかに記憶の再現であるが、同時にどう転んでも忘却を生みもする。だから再びヒュポムネーシス（複製）にアナムネーシス（オリジナル）を先立たせねばならない。たとえばスティグレールは、別の本で、ソクラテスが少年奴隷に幾何学の問題を解かせる際の身ぶりに注目している。というのも、ソクラテスは、《想起》を示す際に、砂の上に図形を〈書く〉からである。ここに、彼は声に先立つ文字＝技術の優位をみる。だが、わたしにとって重要なことは、それが〈砂の上〉に書かれたということである。声と文字は、媒体に対する定着性（空気の振動であってついに定着が困難なのか、それとも、紙や石版などに定着するのか）によって差異化される。現にある机などの表象よりも、いまここにない「机というもの」という《イデア》が重視されるプラトン哲学において、なんらかの図形が現在に定着した表象によって説明されることがあってはならない。その点で、図形を消し去ることのできる〈砂の上〉でなければならなかった。砂上に《痕跡》など残らないのはいうまでもない――というか、砂上とは、痕跡を残さないものの謂いである。現在を汚染する痕跡に対して、現在から遠ざかり消滅する声が、外在的記憶装置とされる文字に対して忘却が、ふたたび優位に立つのである。技術は、その前と後ろとをつねに忘却によって挟まれている。そのかぎりではじめて、記憶も技術もそれとして機能する。技術にとって、プロメテウスとエピメテウスは一体である。記憶を司る技術を、ひとは忘却なしに使用することができない。ソクラテス‐プラトンが指摘しようとしているのは、そのことであると考えなければならない。</p>
<p>してみると、問題は、内在的な記憶であるいわゆる《記憶》に対して、《技術》を《外在的な記憶》として立てるだけでは終わらないことがわかる。前者を《自然》と呼び、後者を《文化》と呼ぶことがあるが、両者を対立させているかぎり問題が解決しないのと同じことである。技術を記憶の側面から読み込みすぎるのはよくない。《記憶》と《技術》は、一次的か、二次的かという違いはあるにせよ、いずれも記憶であるが、しかも同時に忘却でもある。そのことのほうがずっと大きな問題である。オリジナル（もっとベンヤミン風に根源というべきか）にこだわるかぎり、完全に同じものの《再現》は、原理上、ありえないことである。つまり、その《再現》は、つねに差異を、つまり忘却を含んでいる。記憶は、忘却なしには成立しない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、上記の問題は、スティグレールを離れて次のように展開できる。忘却は、より積極的な言い方で、《想像力》と呼ぶことができる――そのため、記憶、忘却、想像の三つの様態は、なにかひとつの力を別の角度から論じたものにすぎないようにみえる、ということである。ひとは、まったくの《無》から、なんらかの表象を想像（創造）することなど絶対にできない。きわめて想像的な、まったく現実と乖離してみえる架空の表象であっても、それはつねに、よく知られている表象の対位法的な組み合わせの産物である。スフィンクスしかり、シレノスしかり、ドラゴンしかり……。ここに記憶が介在していない、ということはありえないし、当然、そうであるからには忘却も介在している。とくにここには、おそらくは意図的な忘却があって、忘却を悪意をもって使用しているかぎり、ファンシーなものにしかならないが、だからといって、かぎりなく学問的な見地から（つまり記憶に忠実に）表象の復原を目ざしたとしても、そこには少なからぬ忘却と想像とが紛れ込むだろう。したがって、それらの差異は、真（オリジナル）を目ざそうとする意志や態度にかかってくるし、そのかぎりでのみ、美は実現されると考えたほうがよいだろう。ともあれ、記憶・忘却・想像力は、結局はひとつのものであるし、学問と芸術は、むしろ一体であるべきものとして考えたほうがよいのではないか。</p>
<p>とするなら、疑問は次の点にある。なぜ、いかにして、そしてどのような権利でもって、カントは、感性と悟性とを分割したのか、ということである。感性には想像力が、悟性には記憶力（カテゴリー）が用意されている。この両者をひとつにすることが、《総合》であり、《認識cognitio》であるといわれる。しかも、カントにおいて、結局、想像力は記憶力に従属するのであり、総合はカテゴリーにもとづいて行なわれる、といわれる（だから認識はつねにre-cognitioである）。いずれにしても、総合が行なわれるというのなら、前もってその分割が、すなわち記憶力と想像力の分割が用意されていなければならない。しかし、この諸力を厳密に考えれば考えるほど、分割はますます不可能になっていく。はたして記憶力と想像力とは分割可能なのだろうか？　カントは、かの純粋悟性の〈演繹〉にどうやって成功したのだろうか？　カントの哲学に従う、とは、要するに、この分割を無条件に受け容れることではないのか？　演繹を命令と受けとることではないのか？　悟性などを立てるから、「考えることだけは可能な」ヌーメノンたる《物自体》などが必要になってしまうのではないのか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>オリンポス山を彩る主要な神々のうちのひとり、ポイボス・アポロンは、学問の神であると同時に、芸術の神でもあった。もちろん、二つの属性をもっていたのではない。フーコー風にいえば、たんに、古代において、それらを分割する知の規準（エピステーメー）がなかったということである。記憶の女神、ムネモシュネとゼウスの娘であるムーサの女神たちを主宰したのは彼である。九人のムーサの名をあげておこう。『神統記』によるなら、叙事詩を司るは第一等のカリオペ。歴史を司るクレイオ。抒情詩を司るエウテルペ。喜劇を司るタレイア。メルポメネは悲劇を司る。テルプシコラは合唱や舞踏を司り、エラトは独唱歌を司る。ポリュムニアは物語を、ウラニアは天文（占星術）を司る。学問と芸術が、記憶と想像が複雑に絡み合った古代世界。こうした古代世界に住まうプラトンたちが、《想起》を、たんに近代的な意味での「記憶」にまつわるものとだけみなしていたと考えるのは、困難である。ソクラテスにイデアを語らせるときでも、プラトンは、いつもそこに忘却を指摘している。かの『国家』は、忘却の逸話によって、終わることなく閉じられるのだ。彼らの忘却への配慮を感じないでいるのは、むずかしい。実際、まったく同じものの再現など不可能なのだから、ホメロスの歌う〈迫真の〉トロイア戦争を、ついには〈迫真にとどまる〉歴史学の語るトロイア戦争と区別するなど、できようはずもない。異なるスタイルがある、それによって別の姉妹があてがわれる、というだけのことである。</p>
<p>ともあれ、カントの演繹がたんに彼の命令であるなら、われわれは逆にそれに従わない権利もあるわけだ。しかし、近代において、悟性と感性とを分割するカントの議論は、あまりに説得的に響いた。芸術を都合よく排除し、というかむしろ芸術学科のなかに閉じ込めてしまった今日の学問の姿勢をみるかぎり、カントの議論は時代に対するそれなりの正当性をもっていたのだろう。芸術からその母たる記憶の力（ムネモシュネ）を奪い、想像力の世界に押し込めた今日の芸術において、程度の低い対位法を駆使した架空の表象が溢れかえるばかりである。文学だけが、学問の世界にも身を置くことを許されたが、「終焉」という言葉で虐殺をはかる連中によって、息の根を止められかかっている。</p>
<p>カント哲学にここまでの制覇を可能にしたのは、近代の技術――活字印刷術と、製紙技術である（だからいたずらにカントを責めるべきではない、カントにはもっと別の課題があった）。さらに相次いで生まれたカメラや映写機などの記録技術は、おそらく、同じものの再現が可能であると、ひとに信じ込ませるにたるものだったのだろう。同じものの再現が可能であるなら、記憶力と想像力は、たやすく分割することができる。悟性の演繹など必要のないほどに、書き付けたとたんに言葉が現在に定着し、同じものを再現しつづける不可解な力をもった紙が、溢れかえっていたのである（ベンヤミンは、これを地獄の現在としてのモダンといった）。かくして、記憶と忘却は、対立するものとなる。カリオペたちと並んでムネモシュネの娘であった、歴史を司るクレイオは、気づけばほかの姉妹を追放し、母を独占するに至った。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は技術だろうか？　むろん、ひとは技術をしっかりと握っていなければならない。だが、技術に対して過度に焦点をあわせるのもよくない。たしかに、悪い技術というものも存在する。とりわけ、それは《模倣の模倣》を司る技術である。すでに模倣されたものは、原理的にいって、そっくりそのまま模倣されうると、みなされてしまいやすいからである（プラトンがいった悪しき芸術はこうした技術にもとづくものであり、これらは、オリジナルへの意志を欠いたところに成立している）。とはいえ、技術を用いるのは人間だけではないし、だからそれを使用する側の問題のほうがはるかに大きいのはいうまでもないことである。おそらく技術それ自体は、《自然》に属する。そうでなくても、自然か人工かは決定材料に乏しいし、そこに問題の焦点をもっていくことに生産性があるとは思えない。かまどの炎――それは人工的な炎であろう――にも神の姿をみたヘラクレイトスは言った、「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。先にみたように、技術にもまた、古代世界の思考同様に、忘却の力は生きていた（わたしはそのことを証明したと信じる）。問題は、技術に与えたひとの同意、すなわち技術とはもっぱら記憶のみを司るなどという、暗黙か自覚してかは知れぬあやしげな同意のほうなのではないだろうか。はたして、あなたの証明写真は、あなたと同じものを再現しているだろうか？　磁気テープやディスクに録音された声は、本当にあなたの声だろうか？　むしろ、これらの技術は、あなたの顔や声の表情や色彩を、つまり一連の変化そのものを、つまりただ一度かぎりの《出来事》を、撮（つか）もうとしているのではないのか？　技術もまた、忘却を――エピメテウスあるいはその娘のピュラを伴侶として、さらなる差異を加速させるものだと考えてはいけないのだろうか？</p>
<p>文字も同じことである。そこにあるのは、同じものの再現などではなく、日々変化する色彩に満ちた表情なのである（だからこそ、アートとしてのカメラがあると同様に歴史と小説が両立するのだ）。書くという行為には、表情の追究、《スタイル》の追究がなければ、かならず堕落する。事実だけを報道しようとする歴史は、結局は、同じものを伝え、すくなくとも同じものを伝えようとする「情報」へと堕落していく。そこには、《誰がそれを言っているのか》という視点は欠落しているし、欠落していることが望ましいとされる。技術がひとを追い越すにまかせ、生活が時間を実現するのではなく、生活のほうが時間を追いかけはじめる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、歴史は想像力を欠いているし、芸術は記憶力を欠いている。なのに芸術は想像力のことばかり気にしているし、歴史は記憶のことばかり気にかけているというのは、空しいかぎりである。どちらか一方を唱えてもまるで無駄なことだ。かつて起こったことだけが繰り返される、プロメテウス的悲劇に捕えられた空しい事実ばかりがあふれかえる今日にあって、なにより欠けているのは、〈忘却〉なのだ……。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」（1935-6）におけるアウラの議論はことのほか有名だが、ここでは、この概念はまだそこまで深まりを見せていないように思われる。というのも、ベンヤミンの議論に忠実にこの概念を延長するなら、おそらくアウラは思い返されると同時に忘れられねばならないものだからである。つまり、二つの態度が〈連続的に〉行なわれねばならない。そうでなければ、たとえば《星座》の概念が意味をなさなくなる。</li>
</ul>
<div class="post-rl">
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<span style="text-indent: 0em;">ベルナール スティグレール『技術と時間１　エピメテウスの過失』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
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		<title>ポストモダニストたち（２）――ヴァルター・ベンヤミン</title>
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		<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 20:30:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
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		<description><![CDATA[ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つまり武器を与えらたように思う。神秘主義ともいわれる彼のスタイルが、歴史を探究するに際していかに正当性をもっているか、ということを説明するのは、骨の折れる仕事である。思えば、一九世紀の実証主義者たちは、おぼろげで程度に差はあれ、正しくそのことを指摘していたものだった（打ち明け話をしておけば、ニーブールやミシュレといった一九世紀の実証史家を、昔はそれなりに愛していた。モムゼンなどよく読んだものだ）。いささか迂遠になるかもしれないが、記憶と忘却をテーマに、すこし込み入った話をしよう。ベンヤミンを読む際の序論になれば幸いであるが、本当のベンヤミン読みには、必要のない代物であるかもしれない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>かつて《記憶》は、イデアあるいはロゴスと呼ばれ、われわれの知の玉座に君臨していた。日々感覚してはいてもまったく秩序だっていない諸々の経験は、たんなる無価値の差異として与えられるだけである。それを秩序だったものとするのが、ロゴスであり、プラトンの言葉でより厳密にいえばイデアにほかならない。それは、ひとが《生まれながらにしてもっている記憶》である。ひとが、経験においては互いに異なる無数の諸個人を、《人間》と識別できるのは、ひとが前世から受け継いでいる《人間のイデア》を分有しているからである。ソクラテスによるなら、知の探究とは、こうした記憶を適切に《想起（アナムネーシス）》することと定義される。</p>
<p>輪廻転生を前提とする古代世界において、記憶が玉座に君臨するためには、逆説的なことだが、忘却が存在しなければならなかった。忘却なくして《想起》は不可能だからである（むろん、記憶することなしに忘却することも不可能である）。したがって、ソクラテスにおいて、忘却は、人間の条件である。冥界をさまよい帰還したエルの物語によって、ソクラテスが示唆しようとしているのは、世界の起源や終末には、たえず忘却が存在していることである。千年の賞罰期間を経てひとが現世に帰還するとき、かならず、一木一草さえ生えない焼けつくレーテーの野に流れる放念の河の水を飲む。この忘却があるからこそ、生は生を再生させることができる。したがって、ここに真の意味での滅びはない（「このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ……」）。というよりも、滅びとは、この忘却の謂いであって、無を意味しない。一種の真空を意味する。また忘却は、イデアを可能にするために、必要とされる（「われわれは《忘却の河》をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう……」）。だから起源（オリジナリティ）を可能にするのも、この忘却である。したがって、イデアは、ヘラクレイトスとパルメニデスのあいだで思考される――すなわち動（差異）のなかの不動（同一性）を実現する《運動としてのイデア》は、忘却と記憶のあいだを移行するものである。そこには、つねに差異が孕まれていて、記憶のなかには、近代のひとびとが想像力と呼ぶものが、幾分か折りたたまれて共存している。記憶と忘却が一体である度合いは、そのまま、記憶力と想像力との一体性を示す。それらが一体のものである以上、イデアの運動は、同一性の運動ではなく、類似性の運動でもある。</p>
<p>行為としての忘却とは、行為がかつてもっていた意味（意識）を捨て去ることである。だが、それによってのみ、行為は行為となることができる（忘却がなければ、それはつねに‐すでに、行為というより再認リコグニションである）。その行為は、行為であるがゆえに、ふたたび意味を回復する、すなわち記憶となる。したがって、はじまりには、たえず言葉が、しかも意味（対象）を失った言葉――《嘘》（構造主義の言葉でいえば、「浮遊するシニフィアン」）が存在する。これがしばらくして意味を回復すると信じられるかぎりで、予言と呼ばれ知と呼ばれる。神託を授ける知の神アポロンが遠矢の神と呼ばれた所以もここにあるし、ニーチェがアポロンをディオニュソスの遅延だと呼んだ理由もある。アポロンの遠矢が描く痕跡をたどっているかぎり、それは意味に先行されており、したがって、ひとは行為することができない。オイディプスが、父を殺し母と寝た、と言いうるとすれば、彼が神託を忘却していたかぎりであって、神託を記憶していたのなら、彼が行為したのではなく、アポロンの指令にしたがっただけである。つまり、オイディプスという主語に父殺しと母との同衾を可能にするのも忘却だが、この神託から逃れることを可能にするのもまた忘却なのである。したがって、記憶と同様、忘却には、積極的なものと消極的なものの二つがあるが、記憶が行為を批判する（押し止める）という点において、消極的な積極性を有する場合があるのに対し、忘却は（善かれ悪しかれ）ひとに行為を促すものである<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>中世にいたっても、《記憶》は依然として、知の玉座に君臨している。神は記憶に住まう。アウグスティヌスが、神を自身の「広大無辺の」記憶のうちに探したのは有名な話だが、ひとは、神のロゴス、とりわけ天国と地獄のイメージを、《生来の記憶》として分有していると考えられた。そして天国と地獄の記憶痕跡が消えてしまわないように、たえずそれを補強しておくことが推奨された。「輪廻」（反復）のイメージを棄て、その代わりに「進歩procursus」（一回性）のイメージを選んだ中世において、忘却は不必要なものとなる。そこには、明確な起源と終末がある。起源と終末が忘却のうちにあるなどということはない。聖書に書かれたとおり、それらは神の記憶そのものである。ひとは、かつては自身が保有していた忘却を、神の記憶に預けてしまったのである。ソクラテスは、ヘルメス＝トトのもたらした《文字》を忘却の術に与するものとした。だが、中世において、文字はやはり、記憶の、それも神の記憶に与するものである。中世において、ヘルメス（・トリスメギストス）の重要性は測り知れない。なぜなら、世界とは、そのすべてが、神の記憶＝文字痕跡だったからである。</p>
<p>文字と、それを記憶する媒体がほとんど存在しない世界を想像してみよう。原理上、実証的な形で歴史的に証明することはできないが、記憶が知の玉座にあった前近代において、むしろ忘却はいたるところに転がっていたはずである。しかしそれらは、中世にはすべて神が、君主が、あるいは天が回収した。ひとはそれを《生来の記憶》と呼び、のちにフロイトによって《無意識》と呼ばれることになる概念に余地を与えていなかった。無意識の行為、すなわち忘却は、すべて神という主語が命じた行為であり、神の記憶の《再現》であった（フーコーのいう狂気の概念が、前近代には知の枠内に収まっていた理由はおそらくそこにある）。フロイトは、無意識は《時間》を超越しているといった。無意識において、記憶痕跡は、時間的秩序を有していないと考えられた。おそらくこの意見は正しいが、むしろそのゆえにおいてこそ、神の記憶は歴史を超越することができた。時間的秩序を逸脱しているということは、人間にとっては悪だが、逆に神においてはむしろ自由な能力を意味するからだ。これまで起こったこと、これから起こることすべてを事前に承知し、網羅する神の記憶において、歴史の価値はかえって極大に達している（前近代には「歴史」という観念は存在しなかった、などというべきではない）。なぜなら、人類の歴史はすべて神の記憶に委ねられているからであり、またそのかぎりで、歴史とは超越そのものを意味することになるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、事態は一変する。記憶は、近代において、ロゴスという名の知の玉座を降りてしまう。記憶（理性）と経験（感性）の差異を忘却（＝神の記憶）によって解消することがあまりにも困難になったからである。経験的な事実が記憶を上回る事態が頻発したとしても、忘却は、それを解消するよき手立てのひとつでありえた。経験がいくら記憶を上回ったとしても、それを埋め合わせするに充分の忘却が用意されていたし、またそれを神の記憶と呼ぶことで、さらに増大させることもしてきた。だが、忘却の余地はどんどん縮小していく。《紙》などの媒体の大量生産のためである。この媒体の増大によって、かつては制限されてきた記憶容量が、理念上、無限大に達したと考えられる（活字技術だけで、紙が大量生産されないかぎり、この理念上の転換は起きない。紙なしには、依然として記憶領域は経済的に限定されているからである）。暗黙のうちに、《模倣ミメーシス》は、《複製》へと意味を変える。記憶とその想起は、自己同一的なものの《再現》に変わる。かつてはどのみち差異（＝忘却）を孕むことが前提されざるをえなかった模倣や想起から、注意深く、一分の隙も許さない厳密さで、差異が取り除かれていく。なぜ、文字には、《同じもの》の再現が可能なのだろうか？　それは、文字が対象を模倣するのではなく、対象が文字を模倣させるように仕向けるからである――アポロンの神託さながらに。というのも、文字を読むわれわれにとっては、文字こそが世界だからである。そしてもっと重要なことは、文字を読む近代的人間は、同時に文字を書きもするからである。文字から文字へ、声という生の世界を差し挟まない、死の運動――これが歴史である。したがって、かつて、たとえばキケロを想起することが、かならず忘却を伴って行なわれたのに対し、近代における「キケロ」の想起は、同じ「キケロ」を再現representする〈とみなす〉。差異を実現してしまう想像力は、記憶力から分離する。想起の概念が致命的な変更を被るのである<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>。</p>
<p>この状況下で哲学を組み立てたのはカントである（カントやヘーゲルの登場は、ちょうど紙の大量生産が実現するのと軌を一にしている。この状況に対する時代の応答が彼らの哲学であった）。デカルトには、まだ、「良識ボンサンス」の観念が残っている。万人に分有されているというこの観念は、中世以来の「生来の記憶」に余地を与えていたし、そこから神の存在を証明することさえできた。しかし、カントにおいて、それは、たかだか「共通感官（常識）」を示すにすぎない。共同体という人間の外部から与えられたものにすぎず、先験的なものではけっしてない。カントは、内容を欠いた時空間以外のあらゆるアプリオリテートを、理性（ロゴス）から完全に排除したのである。</p>
<p>記憶の王朝がついに終わりを告げる。だが、ロゴスは、神（絶対者）や永遠（時間における無限）、宇宙（空間における無限）や自由（運命における無限）といった仮象をもたらすばかりであって、個別に限界づけられた記憶とは結びついていないし、記憶に相反する蛮勇さえも慎まない。たしかに、記憶は理性という頂点から没落した。ただし、理性はそれによって《形骸化》したのであり、もはやロゴス＝言葉という呼び名は適切ではなくなる。下野した記憶に、カントは特別な場所を用意していた。《悟性》である。悟性を打ち立てるためには、想像力と記憶力の分割が、自然に受け容れられる状況が用意されていなければならない。かつては一体のものであったそれらが、分割されるということ。それは、同じものを再現する力である記憶力と、差異が孕まれざるをえない想像力とが、別々の力であるという、それまでとは異なる知の規準が生まれていることを示す。そして悟性に蓄えられたカテゴリー（記憶）は、感性が想像力によって与える表象を従属させ、これを総合するとさえいわれることになる（Einbildungskraftにせよ、Imaginationにせよ、訳語の問題なので慎重さが必要だが、ふつうにカントを読むかぎり、感性と悟性を最終的に総合するのは記憶力（カテゴリー）の側であって、想像力ではない。感性に端を発する想像力がつねに‐すでにカテゴリーに従属しているのでないかぎり、コペルニクス的転回が成立しない<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。</p>
<p>したがって、じつは悟性を発祥地とする（か、あるいは最終到着地とする）「共通感官」の重要性は、結局はいや増すことになる。無手勝手な差異をもつ諸々の表象を総合（＝認識）するのは悟性である。外部からの経験を蓄積する記憶層をなす悟性は、架空の感官である（というのは、そう考えないと悟性など必要ないからである）「共通感官」を作りあげる。これをあえて「感官」と呼ぶのは、光や音など、ほかの感覚と同じように、外からやってくるからであり、理性（身体内部）に淵源するのではないからである。また、これが架空であるといわれることのもうひとつの理由は、複数形の人間――たとえば人類であるとか、国民であるとか――においてはじめて、保持していると〈みなせる〉ものだからである。感官はもちろん感性を宿しているが、共通感官の居場所は悟性である。</p>
<p>共通感官は、いったいどのような形でやってくるのか。《歴史》である。かつて、自身の内側に、《忘却》として、あるいは《生来の記憶》として探究された《起源》は、今度は、身体の外側において探究されることになる。先述したように、ソクラテスは、文字を忘却の術と言っていた。というのも、人間にしっかりそれとして意識されていないというかぎりでは、身体内部の忘却であろうと、その外部にある文字であろうと同じことだからである（ソクラテスにとって、内か外かは重要ではなく、問題は境界線上で行なわれるドラマの方なのである）。かつては、神の記憶であるがゆえに極大の力をもっていた歴史は、その力を半分失う。だが、そのおかげで、人間のものになり、それゆえ逆説的に、正真正銘の歴史となる。そして、忘却のうちにしか行なわれえなかった《行為》の主語を、歴史に取って代わらせる。歴史は忘却ではない。神の記憶ではないとしても、すくなくとも、《人類の記憶》である。しかも、文字から文字へ、すなわち「キケロ」からキケロではなく、「キケロ」から「キケロ」へ、《完全な再現》を夢想させるものである。</p>
<p>内なる神という主語を失った精神は、外部にその《起源》を求めた。それが歴史である。しかし、おかげで、内部には空洞が広がることにもなった。中世には《生来の記憶》という名で呼ばれたその場所、その亀裂が、ふたたび古代同様に《忘却》として光を浴びる可能性が、生まれていたのである。そのことを発見し、明確に示したのはプルーストである。ベンヤミンが「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」のなかで注目し、高く評価した《無意志的記憶（メモワール・アンヴォロンテール）》は、端的に忘却のことである。この忘却の領土こそが、文学者の新たなる大陸なのである。だが、それは、しばらくすれば、時代精神によって、そして「無意識」によって、埋められてしまう。想起と記憶とを（あえて？）区別しない精神分析は、忘却に時間的秩序を与え、古代以来、ようやく内部に回復された忘却の領土を奪い取ろうとするだろう。外部の忘却は歴史によって、内部の忘却は精神分析によって奪われる。忘却、それはむしろあなたの精神だと、彼らはいう。ひとは《父》に、《過去》にその主語を預けてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>これが、ニーチェのいう「歴史病」（『反時代的考察』）である。本来、時間は、ひとの生に従って生じるものである。生の消滅速度、それこそが、時間である。生があり、そのあとで、それは歴史となる。この順序は覆すべきものではない。だが、歴史は、この「時間」を追い越そうとする。過去は、あなたを先んじて存在していると、歴史はいう。資本主義社会において、あらゆる技術革新が時間を追い越すための技術であるように、歴史もまた、このもっとも健全な、もっとも自然な「時間」を追い越すための努力である。過ぎ去る時間を、幸福を「いまここ」につなぎとめ、インデックスをつけて保存しておくことこそ、歴史と科学技術が結託して行なう不健全な目標なのである。その点では、歴史病は、一九世紀や二〇世紀にだけあったのではない。今日はもっと深刻な状況となっている。あまりに大量に生産される《古文書（アーカイヴズ）》に対して、もはやかつての歴史家が苦労して行なった時間的秩序をもたらす時間さえ惜しいのである。その厖大さは、機能的かつ合理的な方法で、たんなるＩＤの意味しかもっていない年代記号のもとに秩序付けられ、「情報」として処理されるほかないというところまで、ひとを追い詰めていく。「情報」から「情報」へ、すべては「情報」である。すべては、かつて模倣されたものの模倣でしかない。この歴史病の狂熱は、現実の歴史家さえ無用にするほどに、激烈である。たんに歴史を知らないひとびと（わたしも、というかすべての人間はどちらかといわれればそちらに属す）に《忘却》のレッテルを貼るほどに、この病は倣岸である。</p>
<p>歴史は、それが歴史であるかぎり必然的に、ひとの生や行為を奪い、法則を再認する実験結果だとみなす。そこでは、アポロンの遠矢がもたらす神託よりも、はるか先を歴史が生を追い越している。われわれの生があり、そしてそれが事後的に歴史となる、というあの単純さ、「生と歴史のあの関係のすべての明晰さ、すべての自然さと純粋さ」は失われている。歴史はいう、その行為は、すでに行なわれたものである、と。人間のあらゆる行為が、すでに起こったことの再認である。なにしろ歴史は、起こったことにしか注目しない。歴史が夢想する無限の「いまここ」は、過去に先立たれ、頭を押さえつけられることによって、可能となる。われわれは、《起源》を歴史に預け、われわれ自身の生産力を、オリジナリティを奪うに任せる。歴史は、原理上、かならず生を歴史に従属させる。文字から文字へ、同じものの反復を可能にする歴史は、同時に充実した差異をなす生を《学》にそぐわぬ劣ったものとみなしている。したがって、歴史を生に奉仕させるためには、かならず反歴史的なもの――《忘却》と、超歴史的なもの――《芸術》とが必要とされている、とニーチェは言った。いずれも積極的な《忘却》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれの行為が、《生》が、ドラマが演じられ、それがそのあとで歴史となる、という、ニーチェのいう健全さは、炎のまえに灰が、傷よりまえに痕跡が存在しえないのと同じほどにたしかなことだが、しかし、よくよく考えてみると奇妙なことである。というのも、それはひとが思っているのとは異なる不思議な時間概念によってしか可能にならないからだ。この時間概念上で、歴史は、かならず、現在の〈あとで〉過去になる。そしてその過去は現在よりも未来にある。このもっとも健全な、しかし不思議な時間概念にもとづくかぎり、われわれより以前には、なにひとつ歴史など存在していない。われわれの現在はつねに新しい。過去に汚染などされていない。ここで、カントのコペルニクス的転回は、さらに一段上の転回を遂げる。というのも、認識に対象が従属するか否かとは関係なく、われわれのうちに痕跡を残す対象そのものが、そもそも存在していないからである。すでに消え去っているかぎり、〈すべては仮象である〉。したがって、カントのいうような現象は、じつは、痕跡（灰）が傷（炎）を追い越すと考えるかぎりでしか発生しない。そして、同じものの反復を、すなわちrepresentationを可能にするのが、痕跡であり、文字であり、この痕跡に依存するかぎりでしか、カントのコペルニクス的転回は正当性をもたない。</p>
<p>ベンヤミンの固有の歴史哲学は、ニーチェとともに、ここにおいて始まる。《模倣》から《複製》へ、《想起》から《再現》へ。アウラ（一回性）を喪失させる主題の変動のなかで、アウラ同様に失われたかにみえる《忘却》は、どう転んでも結局は奪回されなければならない。だが、それはどのようにして？　歴史病に犯されたわれわれには、もはや超越論などと悠長なことをいっていることはできない。歴史は、実際にわれわれを超越しているからだ。歴史そのものが超越〈論〉的な仮象、理念だとするなら、われわれが健全にも歴史を追い越すためには、もっとシンプルな《超越》が必要なのである（ラッセルの健康さが指摘するように、嘘つきのパラドックスに直面して逃げ場のない懐疑に陥ったなら、そこにレベル（階型理論）を導入するのがもっとも簡単な脱出方法である――ゲーデルにしたがうかぎり、内在的な乗り越え（＝超越論）の不可能は証明されている）。したがって、問題は、いかなる超越を選ぶのか、である。すなわち、他の屈強な身体にそれを求めるファシズムか、それとも、外といっても自身の弱い肉体にそれを求める超人か……。</p>
<p>ひとは、歴史から逃れるために、別種の歴史を必要としている。ベンヤミンのいう歴史は、あらゆる意味で過去の破壊であり、むしろ自然のままに跡形もなく消滅させることを欲している。消え去る時間のなかで一瞬だけ輝く星座を実現すること。ショーレムの『天使の挨拶』からの引用が示しているとおり、この新しい歴史において、「いまここ」の幸福など無縁である。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> プラトンの書物の重要性は、概念そのものではない。概念が繰り広げるドラマ（ここでは、イデアという概念がもつ忘却と記憶の運動）をしっかりと見定めることである。そうでなくては、プラトンがわざわざ対話編のスタイルでソクラテスを表現した意味がなくなってしまう。</li>
<li class="note"><a name="n02" href="#p02">(2)</a> 近代において、同じものを再現する記憶力と、オリジナルなものに差異を付け加える想像力とが分割される。その副次的な結果を述べると、芸術が《学》から分離する。というのも、かつてはムーサの女神のうちで一体であった記憶力と想像力とが、分割されるからである。フーコーが論じたように、知でもありえた狂気をこの《学》は病に代えたが、《学》から分離されたおかげで、芸術は、狂気としての知を保持することができた。しかし、もっぱら想像力・忘却の側に属する芸術は、同時に権力を失う。芸術が被っている二一世紀の惨状をみるかぎり、もとより忘却の側に属している芸術が必要としているのは、新たな想像力などではなしに、記憶力を回復することである。</li>
<li class="note"><a name="n03" href="#p03">(3)</a> このところ、「感性と悟性とは、想像力によってしか総合されない」、というような意見を耳にするが、カントの議論に従うかぎり、総合は、悟性のアプリオリであるカテゴリー（記憶）において行なわれ、想像力はカテゴリー（記憶力）に従属しているように思われる。それをあえて感性の側からの想像力に限定してこれを国民国家に結びつける議論が意図しているのは、想像力をその中心的な手段とする芸術、とりわけ文学を批判の標的にすることなのだろう。だが、ナショナリズムを供給しているのが、文学より歴史に見える点を、この議論はどう説明するつもりなのだろうか？　訳語の問題もあるため、あまり込み入った議論をするつもりはないしカントの解釈学にかかわるつもりもないが、しかし、この点は文学が標的になっている点で見過ごすことがむずかしい。もともと、カントにおいても、ヒュームを受けついで、感覚はひとによってさまざまに異なるものとみなされている。だからこそ、デカルト以来、表象とロゴスの差異が問題にされたのである。それを統一するのは、諸々の外部表象の場合は、悟性のカテゴリーであり、自己の場合は理性における超越論的統覚である。ひょっとしたら、「共通感官」という語に囚われてしまったのかもしれないが、この感官はもっぱら悟性に存する。総合は、やはり、対象や感覚ではなく（それゆえ想像力ではなく）、認識に従属する形で行なわれる。つまり、総合とは、つねに‐すでに認識cognitioなのである。「共通感官」という表現は、複数の人間を問題にしたときに可能となる一種の比喩であって、これが文字通り感覚に備わっているなら、わざわざ悟性を論じる必要はないし、第三批判も無用のものとなる。デカルトの懐疑は無駄骨であり、コペルニクス的転回もなかったことにさえなる。</li>
</ul>
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		<title>時について、若干の考察</title>
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		<pubDate>Sat, 12 Dec 2009 14:24:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ(1)は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろう。その雫は、もうかつての雫ではなかった。しかし、大地に落ちた無数の雫と混じり合い、ふたたび上空へと舞い上がるのだ。このプロセスは、おそらく無限に繰り返される。否、無限という言葉は正確ではないかもしれない。有限を超えたところに無限が、無限を超えたところにまた有限が。そしてまた有限を超えたところに……。</p>
<p>有機体は、こうした循環のシステムをある程度自分のなかに実現する（たとえば生殖機能として）。しかし、有機体が有機体であるのは、有機体自身がもっと高次の循環システムに所属するかぎりにおいてである。そのことを知らなければ、有機体は未然の有機体、すなわちドラコーン・ウロボロス（自らの尾を飲み込む蛇）かサトゥルヌス（クロノス、子を食べる親）となるほかない。そして、結局のところ、あらゆる有機体のイメージは、すべてこのドラコーン・ウロボロスに終わる。たとえば、論理実証主義者を当惑させた嘘つきのパラドックスは、この刹那の怪物と重なりあうだろう。ニーチェの「噛み切れ！」の声は、ここにおいて聞こえてくる。超人は、高次の有機体を自らのうちに特別な形で――すなわち、《精神》において／として実現する者である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<blockquote>
<p>彼は顔を過去の方に向けている。私たちの眼には出来事の連鎖が立ち現れてくるところに、彼はただひとつの破局だけを見るのだ。その破局はひっきりなしに瓦礫のうえに瓦礫を積み重ねて、それを彼の足元に投げつけている。きっと彼は、なろうことならそこにとどまり、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せ集めて繋ぎ合わせたいのだろう。ところが楽園から嵐が吹き付けていて、それが彼の翼にはらまれ、あまりの激しさに天使はもはや翼を閉じることができない。この嵐が彼を、背を向けている未来の方へ引き留めがたく押し流してゆき、その間にも彼の眼前では、瓦礫の山が積み上がって天にも届かんばかりである。私たちが進歩と呼んでいるもの、それがこの嵐なのだ。</p>
<p class="post-r">ヴァルター・ベンヤミン「歴史哲学テーゼ 第９テーゼ」<br />（浅井健二郎・久保哲司訳『ベンヤミン・コレクション１ 近代の意味』所収）</p>
</blockquote>
<p>われわれは、高次の有機体におけると、有機体であるわれわれ自身におけるとで、異なる時間を有する。驚くべきことであるが、未来から到来して束の間の現在をなし、そして過去に流れ去ると思われる時間は、われわれ（＝現存在）のなかでは、奇妙に反転している。惜しくも、ハイデガーはこれを見落としたが、実際にこれはきわめて重要な点である。外からやってきて、われわれに受け止められた《未来》は、われわれの体内で《現在》となる。その後、まもなく時間は体内で《過去》となる。そうした時間が表出されるときになって、その《過去》は《未来》となる。しかし、その《未来》は、われわれの外では《過去》として振舞う。つまり、順を追っていけば、未来⇒現在［現在→過去→未来］⇒過去という時間の流れがある。ヴァルター・ベンヤミンは、「歴史の天使」を過去だけを見つめて後ろ向きに未来に飛ばされる姿として描いた。歴史の天使とは、いわばわれわれの体内を通り抜ける時間である。われわれの内部で、天使は未来に背を向け、瓦礫としての過去を遺していく。楽園からの風、あるいは時の雫の流れは、やむことがない。歴史の天使は漏斗としてのわれわれをすりぬけ、じきにわれわれの目の前を過ぎ去っていくだろう。そのときには、おそらく彼はこちらに背を向けているにちがいない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>カントの《先験性／アプリオリテート》や、フロイトの《トラウマ》は、事実上、事後的に構成された過去である。しかし、これらの概念は、時間的に異なる順序で現れるものを不当に逆立させている点で、彼らがいかに自覚的であったとしても、いささかトリッキーである（それはヘーゲルの「精神」においても同様である）。通念的には考えることが困難でも、現存在としてのわれわれにおいて、過去は、現在より後にやってくると考えたほうがよいのである。つまり、歴史は、現在が現在から構成する過去であり、それらの過去は、構成されるということによって、不可避的に過去とは異なるもの、すなわち未来となる。現存在であり漏斗であるわれわれが摂取した「歴史の天使」は、われわれに過去の残像を見せながら、未来として排泄される。</p>
<p>われわれは、ここでオヴィディウスが伝えた神話を思い出す。パンドラの箱がすべての災厄を吐き出したあと、大地を狂乱が覆い尽くす。ゼウスは大洪水を起こして人類を死滅させようとする。しかし、そこに一組の男女が残った。記憶の神プロメテウスの子デウカリオンと、忘却の神エピメテウスの娘ピュラである。荒廃した大地だけを残して仲間を失い、涙に濡れ、悲しみに打ちひしがれる彼らに、ひとつの神託が降りた。「神殿を出でよ。頭をおおって、帯で結んだ衣を解くように。そして大いなる母の骨を背後に投げよ」。忘却の神の娘、美しく誠実な女、ピュラはいう。母親の魂を傷つけるなどできない。デウカリオン。「大いなる母」とは「大地」のこと、「骨」は大地の「石」のこと……。彼らは神託を実践する。彼らは大地の石を拾う。しかし、それはやはり母の骨であった。背後にうち捨てられた母の骨は、次第に肉や血管をまとい始め、ついには人間の姿となり、かくして、彼らはそれ以後生まれた人間の父母になった。つまり人間は、記憶と忘却の子。……</p>
<p>瓦礫を見つめる歴史の天使は、その背後に未来があることを知っている。デウカリオンとピュラの二人に訪れたのは、ベンヤミンも発見した「歴史の天使」であると考えて、おそらく間違いない。彼らは、荒廃した大地、すなわち過去をみつめ、そしてその背後に未来を作り上げる。骨であり大地の石ころでもある母の記憶を捨て去ることによってである。彼らが棄てた過去は、子供に、すなわち未来へと生まれ変わるのだ。この神話は、先に述べた時間の流れとまったく矛盾しない。漏斗であるわれわれは、現在が蓄えた過去を吐き出すことによって、それを未来に変えるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ここにひとりの風変わりな古文書学者がいる。古文書学者である彼は、かつて、砂浜に書かれた「人間」という文字が、波にさらわれ、いつしか消え去ってしまうことを善しとしていた（彼はあのハイデガーに似ていたが、その点ではハイデガーより優れた哲学者であった）。砂浜にコンクリートを流したり、文字を深く刻み直したり、写真を撮ったりして、手を変え品を変え「人間」という文字を保存しようとする本来の古文書学者とは、まるで異なっていた。彼は、大笑いの準備でもするように、「人間」という文字が消え去ってしまうことを、いまかいまかと待ち構えていたのだ。彼は、肯定的な忘却があるということを知っている。……</p>
<p>この古文書学者の行為として、もう一度上で述べた複雑な時間の流れを追っていこう。数十年間眠ってたったいま目覚めた彼は、「人間」と書かれた古文書を探している。いまではもう、「人間」はいなくなってしまったからだ。はたして「人間」が存在していたのかどうかさえ定かではなく、多くのひとは、「人間」は昔のひとが拵えたなにか架空の存在なのではないかと疑いさえしていた。だが、彼は「人間」がいたことを信じきっている。今日はありつけなかったが、明日にはそんな古文書が出てくることを期待してやまない。翌朝、父親が残した古い書庫をあさっていると、あやしげな文書を見つけ出した。彼はそれをみてこみ上げてくる笑いを抑えきれない。もしかすると「人間」と書かれているかもしれない！　狂喜乱舞したのも束の間、ただちに文書の読解に没頭した。あまりに断片的で、彼はそれを試行錯誤して纏め直さなければならなかった。彼は注意深く、自分のなかから「人間」のイメージを取り除き、その文書から読みとれるイメージを、できるだけ素直に、そしていろいろに思い描いた。そして文書は、彼の手の中で、ついに「人間」の形に纏め直された。《人間はいた！》　彼は我慢していた狂喜を爆発させる。そして語る、《それはわれわれの可能性だ！》……。</p>
<p>彼は、いまも書庫をあさっているが、もう「人間」は探していない。別の存在を探している。たとえば、「超人」とか……。彼にとって、「人間」はもう、過去の産物である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>風変わりな古文書学者が探していたテクストに今日はありつけず、明日出くわしたからには、あきらかにそれは《未来》からやってきたのだろう。彼は彼の《現在》のなかで、そのテクストに没頭しながら、《過去》を作り出した。そしてそれをついに完成させたとき、それを「可能性」として、つまり《未来》として論じたのである。しかし、その彼は、いまはもう、別のテクストを探している。彼が論じたテクストは、もう《過去》のものである。</p>
<p>つまり、時間は、どう考えても、未来⇒現在［現在→過去→未来］⇒過去として流れたのである。そしてこの時の推移は、どのような古文書学者／文献学者／歴史学者であろうと、本質的に同じである。彼らの視線が、「過去」を現在のあとに作り上げるのだ。漏斗によって遅延させられた時間は、その速度の変化によって、外界に対して反転した時間を実現する。前方で同じ方向を向いて走っている車を追い越した時、その車輪が反対方向に回っているように見えるのと同じことである（付記しておくと、真空中を最高速度で飛び交う光の粒子がなんらかの仕方で《遅延》を実現するとき、一種の時間的逆行を実現する。質量や色彩が生じるのはそのときである）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>過去とはなにか。それは程度の差はあれ、本質的に忘却である。というのも、想起によって現在に再現（represent）することでしか、現れないからである。つまり、《記憶》は、それが体内に蓄積されているとしても（あるいは紙や石版に定着した人為的な蓄積であろうと）、それが表皮を超えて入ってくる瞬間（つまり体験の瞬間）と、表皮を超えて外へ出て行く瞬間（想起の瞬間）にしか、意識されないのである。フロイトは、この忘却を「精神」と呼んだが、歴史家もまた、この忘却を「精神」と呼ぶ。「精神分析」は、その名と裏腹に、忘却を「精神」として総合するものである。同様に、歴史家は、複数形の人間を対象に、忘却を歴史として総合する。</p>
<p>想起によってかつての体験が再現される、とひとがいうとき、それは暗黙に過去の体験と現在の想起とのつながりを想定している（カント風にいえば、忘却は想像力を悟性に従属させることによって取り除かれ、像は概念と総合される）。しかし、この想定は、どうしても保証されえない。というのも、それらをつないでいるのは、実際には《忘却》だからである。ニーチェは言っていた。「忘却。――忘却が存在するということは、まだ証明されていない」。また忘却を、「われわれの力の割れ目」と呼んでいた（『曙光』第二書）。</p>
<p>したがって、それを「再現」（あるいはフロイト的にいえば「回想」）と呼ぶことは、現実に即しているとはいえない。むしろ、想起によって再現されるのは、もとのものとは致命的に異なるものなのである。すなわち、われわれは、《過去》を再現するのではなく、《過去》を《未来》として到来させるのである。それだから、むしろ再現させようとすることが、神経症者の「反復強迫」かえって強めてしまう結果を生む場合があるはずである。ドゥルーズとガタリがフロイトを批判し、「分裂病分析」を提唱したのは、おそらくこの観点からであろう。</p>
<p>同じことが、歴史についてもいえる。歴史家の意識がどうあろうと、現実には、テクストから過去を再現するのではない。むしろ、テクストから「過去（についての現在）」を「未来の可能性（＝未来についての現在）」として到来させるのである。というのは、真の過去とは、徹底的な（高次の、より完全な）忘却だからである。この観点からみるかぎり、「テクストの外部はない」と指摘することはあまり意味をもたない。意味をもつとすれば、テクストが現在に対して過去を開示するという常識的で暗黙の（アプリオリな）了解を批判する場合だけである。だが、元来、テクストは過去ではなく、現在に所属している。テクストは媒体の酸化速度に応じてたえず現在にあり、そのかぎりでテクストはわれわれとともに世界を構成する一部分だからである。したがって、われわれはこう言わねばならない、「テクストはわれわれとともに外部にある」。テクストの外部はない、という言い方は、結果的にはテクストから得た思考を内面化する――というか内面を作り出す傾向しか生まない。むしろ、過去を現在に再現すると確信している実証主義者のほうが、（実証主義者の思ったとおりにではないとしても、またこの無自覚さが別種の問題を引き起こすことは確かであるとしても）結果的には実践的な意味を有するのである。</p>
<p>いずれにしても、こうした観点によるなら、歴史家もまた、その立ち位置を変えざるをえない。ミシェル・フーコーは、「砂浜に書かれた人間」という概念を提唱していた（「人間の死」よりもこちらのほうがよほど重要な概念である）。このテーマは、『言葉と物』以降、あまり取り上げられることはなかったが、フーコーの描く社会は、つねに、こうした高次の忘却、ドゥルーズ風にいえば「水漏れ」<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>を可能性として有していた。</p>
<p>いかにして、生産的に記憶を捨て去るか。未来の人文学者の課題はまさにこの点にこそある。記憶は蓄積されるのではない。滞留している（蓄積という考えには国家主義的な屈折がある）。たとえば、いまも消滅のプロセスを歩んでいるパルテノン神殿は、《永遠》の死であり、墓標である。しかし、だからといって、ロマン主義的な死は、自らの肉体のことを省みていない点で、もっとも醜いものだ。むしろ、たえず死を死んでいる、かの神殿は、そのことによって現にいまも生きているのである（死は生の否定ではない）。それは、この神殿の存在に不朽の価値を与える。ウィリアム・バトラー・イェーツが周の大公にうたわせた詩のとおり、われわれは、これを過ぎ去るままに過ぎ去らせねばならない。かけがえのない（差異としての）瞬間はつねに純粋な差異としての瞬間である。……</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> 有機体の漏斗イメージについての考察は<a href="http://www.fragment-group.com/kiotanaka/history/1387.html">「彼岸の快感原則（フロイトに寄せて）」（2009年12月10日）</a>を参照のこと。この漏斗イメージは、フロイトが「快感原則の彼岸」で考察した小胞イメージを批判的に継承したものである。</li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> ドゥルーズはフーコーについてこう論じている。「ここに私たち〔ドゥルーズとガタリ〕とフーコーをへだてる違いのひとつを見ることもできるでしょう。つまりフーコーにとって、戦略でがんじがらめになった閉域が社会であるとしたら、私たちが見た社会の領域はいたるところで逃走の水漏れをおこしていたのです」（宮林寛『記号と事件』310頁）。この観点は、より地理学的であったドゥルーズとより歴史学的であったフーコーの差異を考慮しなければ誤解を生む。フーコーが、時間的な概念である「未来」に社会の「水漏れ」の可能性を見ていた時期はたしかにあったのであり、それが《砂浜にあって波間に消え去る人間》のイメージなのである。したがって、フーコーの晩年の時間的な移動（19世紀から古典期へ）は、ドゥルーズにおける分散的な時間移動よりももっと重要な意味を有する。ドゥルーズにおいて、時間は高度に空間化されており、フーコーにおいて空間は高度に時間化されている。</li>
</ul>
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		<title>彼岸の快感原則（フロイトに寄せて）</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Dec 2009 15:55:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[フロイトは有機体をモデル化する際、刺激受容体としての未分化な小胞のようなものを原有機体として採用した。このモデルにおいて表皮は「刺激保護」＝感覚器官をなし、表皮を透過した刺激は内部に痕跡として蓄えられていくことになる。そ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>フロイトは有機体をモデル化する際、刺激受容体としての未分化な小胞のようなものを原有機体として採用した。このモデルにおいて表皮は「刺激保護」＝感覚器官をなし、表皮を透過した刺激は内部に痕跡として蓄えられていくことになる。そこでは、時間は、蓄積された記憶痕跡（時間性を欠いた）と時間とともに消え去る感覚（傷）との対立的な（質的な）差異として捉えられる。そこにあるのはクロノスの時間である。未来から現在に到来し、現在から過去へと消え去る時間イメージは、広大無辺の無意識の領域に蓄えられてゆく。それもすべてが蓄えられていく。こうして蓄積された原時間とでもいうべき記憶痕跡は、「想起」（再現）によって、定期的に（事後的に）時間的な秩序、すなわち《過去》を与えられる。</p>
<p>この想起に失敗し、反復強迫を促す場合もある。過去が現在にあわれること、それは病である。ここから生の欲動（エロス）と死の欲動（タナトス）という二元論が推定される。エロスにもとづく有機体と、タナトスにもとづく無機物の対立過程として、生命体は把握される。したがって、これは歴史のモデルでもある。われわれは、テクストに蓄積された記憶痕跡をできるかぎりすべて、しかも完全な形で保存しようとするだろう。この無時間的な世界に蓄積された書庫をひっくりかえし、過去を再現representすることで秩序を与えるのが、歴史家の役目である。フロイトの精神分析は、原理的には人類に対して歴史家の行なう仕事と同じである。また、言葉は、内部に蓄えられた意味と外部表象の結合体として理解される。言葉に隠された意味を解釈し、意識化することが、歴史家＝精神分析家の仕事である。この歴史家は、忘却を否定する。というより、忘却は存在できない。忘却はあくまで一時的なもので、記憶と想起を橋渡す媒介であるにすぎない。彼らは忘却という言葉を好まない。むしろ、それを精神と呼ぶことを好む。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>フロイトの勇気ある探究に敬意を払い、それをさらに推し進めてみよう。とはいえ、無機物と己を分かつ有機体の古いイメージに囚われた小胞イメージは採用しない。われわれは、彼と異なり、一種の筒や管、漏斗のようなものを考える（わたしはここでロバチェフスキーのことを考えている）。あらゆる物体がそこを遅延しつつ通り抜けるのだ（この場合、外から自分に向かって飛んでくる刺激を選別することは不可能である）。したがって、そこを通過する物体を遅延させることはあるとしても、通常は蓄積されない。逆に、漏斗を通り抜ける物体がうまく排出されない場合もある。われわれは、それが無意識を構成すると考えるが、いずれにしても、それらの物質は、なんらかの形で変容を被りつつも、最後には排出されざるをえない。時間は、この物体が被った遅延によって構成される。小胞イメージのように、動いているものと動かないものの対立的な差異が時間をもたらすのではない。むしろ、漏斗を通り抜ける物体と外部の物体の速度の（量的な）差異、というか差分商として時間は理解される。そして、有機体と無機物の差異もまた、この速度の差異によって理解される。無機物は止まっているのではない。われわれが有機体とみなしているものの速度に対して、無機物それ自体があまりに早い速度をもっているため、止まっているように見えるだけである（われわれはわれわれと同じような速度をもっているものほど、それを有機体とみなしている）。</p>
<p>ここでの時間は、アイオーンの時間となる。われわれの中を物体が通り過ぎているとき、それが現在をなす。というより、漏斗としてのわれわれの存在そのものが、現在である（ハイデガーの現存在を意味すると考えて差し支えない）。これからそこをいままさに通過しようとする物体は現在についての現在であり、そこを通過している物体は過去についての現在である。そしてまさにそこを通り過ぎようとする物体が未来についての現在である。そして、未だそこを通り過ぎてもいない物体は真の未来をなし、もうそこを通り過ぎてしまった物体は真の過去をなす。それらはわれわれの外にあって、認識不能である（それらがそれとして認識不能なことは重要ではない）。このことからするに、知覚‐認識システムとは、ミクロ化された物体の摂取と排泄のプロセスを指す。高次の現在において、時間は現在から過去へ、過去から未来へと流れる。漏斗上では、「事後性」や「アプリオリ」のようなトリッキーな概念は必要がなくなる。事実上、過去は現在の後に訪れる。ここに、生の欲動と死の欲動の質的な対立は存在しない。生の欲動とは、遅延した死の欲動であり、要するに生は死の遅延や迂回である。いかにして遅延を実現するか、という生にまつわる問いは、死となんら矛盾しない。漏斗であるわれわれのなかで、死に向かう直線は曲がっている。この屈曲が生である。</p>
<p>そしてイデアとは、この漏斗そのもの、すなわち高次の現在を指す（だから超越論的統覚は必要ない、イデアで十分である）。物体が漏斗としてのわれわれを通りぬけるとき、物体は変容をこうむりつつも、この物体の形に応じて、われわれの漏斗そのものも変化する。たとえば四角いものが漏斗を通れば、漏斗は四角くなる。丸いものが通れば、丸くなる。《イデアとしての蝋》がまだ柔らかければ、そこに流し込まれた液体の熱が、蝋の形自体を変えてしまうことは、よくあることだ。しかしわれわれは硬い蝋を実現すべきである。液体はいずれ流れ去る。ただし、入ってきたときとは、別のものになっている。これをわれわれは想起と呼び、そして同時に忘却と呼ぶ。</p>
<p>いたるところで水漏れを起こしている漏斗としてのわれわれは、いわば空虚（ケノン）を内側にもった物体である。この空虚は、世界とつながっている。よって世界そのもののことである。われわれはこのようにして空間と物質を同時に実現している。この空間を通りぬけるのが時間であり、したがってわれわれは空間と時間とを内部に実現する肉である。この漏斗イメージは未来の歴史家／人文学者のイメージでもある。この歴史家は、忘却を肯定するだろうし、プラトンのイデアシステム（記憶‐想起システム）を、忘却にもとづく差分（シムラクラ）の発生装置として理解する（ソクラテスは文字とは忘却装置だと言っていた）。そして、《精神とは、この忘却のことだ》と指摘するだろう。現にわたしはそうしているし、あなたもそうしているのである。よく忘れるひとだけが、よく想い出すことができる……。</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<title>記憶・忘却・想像力</title>
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		<pubDate>Tue, 30 Jan 2007 01:30:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<category><![CDATA[Chrysippus of Soli]]></category>
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		<description><![CDATA[わたしたちが普段何気なく、そして区別しつつ用いている言葉に「想像力」と「記憶力」とがある。いずれにしても、不在のものの現前という意味では同じものであろう。いまここにないものを現前させる、そうした力こそが、この二つに割り当 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしたちが普段何気なく、そして区別しつつ用いている言葉に「想像力」と「記憶力」とがある。いずれにしても、不在のものの現前という意味では同じものであろう。いまここにないものを現前させる、そうした力こそが、この二つに割り当てられた力である。とはいえ、もちろん、これらは次の点で区別される。アリストテレスが、あるいは最近ポール・リクールがしたように、記憶力が「過去」に生じた何らかの痕跡に結びついているのだとすれば、想像力は、過去とは関係がない、という点によってである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしたちは、この点で、想像力と記憶力を厳格に区別している。それは、過去のどこかで実際に起こった出来事を扱う歴史学と、実際には起こっていない物語を描こうとする文学との違いに等しい。とはいえ、わたしは、こうした区別が必要であるとは考えていない。おそらく、それは外在的な区別に過ぎないし、同じものが状況に応じて繰り広げるヴァリエーションにすぎない。そして、こうした区別こそが、プラトン以上にプラトン的な近代人が必要としている重大な区別なのである。「記憶」、「忘却」、そして「想像力」について行なったリクールの考察に一定の敬意を示すべきだろうが、しかし、基本的に、そうした三位一体について、さっさと同じものであることを認めてしまってはどうかと考える。リクールがたどり着いた結論、そこからわたしたちは出発すべきなのだ。さらに付記しておくなら、「記憶力」「忘却力」「想像力」という三位一体について、古代ギリシアの哲学者が、近代と同じやり方で分節を行なっていたとも思われず、彼の解釈学的な考察にはつねに留保がつかざるをえない。フーコーなら言うかもしれない、彼には《考古学》的な考察が欠けている、と。むしろ、ギリシア人が、それらの《力》について行なった分節の仕方にこそ、彼らの思考の特異性が現われていると考えねばならない。プラトンやアリストテレスをリクールのように読むのは、まずそうした分節のあり方をしっかり解明してからのことでなければならない。彼のようなやり方は、結局、もろもろの哲学の解釈の歴史――要するに哲学史を生むだけだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、プラトンに対して一定の距離を保ち、また反対の態度をとることの多かったストア派のひとびとは、世界についての体系的な哲学のあり方を考察する際、三つの学的な区分を設けている。すなわち、言論、倫理、そして自然についての学である。ディオゲネス・ラエルティオスによると、彼らは、この区分を次のように喩えていたという。「彼らストア派の人たちは、哲学を一つの生きものになぞらえて、言論に関する学を骨や腱に、倫理学を肉がより多い部分に、そして自然学を魂に相当するものとしている。あるいはまた、卵になぞらえているが、この場合は、言論に関する学は殻に、倫理学は白身に、そして自然学は一番内部にある黄身に相当するとしている」（『ギリシア哲学者列伝』）。この比ゆにおいて注目せねばならないのは、もちろん、自然（ピュシス）の学をもっとも内部の魂の学としていることである。わたしたち近代人は、逆に次のように考えている。つまり、自然学はわたしたちの身体、あるいは環境といった、いわば外部に当たる客観的な対象をもった学問であり、むしろ、それと対置される倫理学や弁論を扱うような人文的な学こそ、内部的なものとされている、という点である。内部にある精神、外部にある肉体、という一対の組み合わせこそが、わたしたちの思考を形作る主要なあり方であり、こうした内なる魂と外なる肉体という組み合わせが、すべての学的な領域に適用されているのである。したがって、ストア派の思考は、それとは完全に反対なのだ。内なる魂こそ、もっとも自然なものであり、言論についての学や倫理学は、外的な実践行為なのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>プラトンや、そこに描かれたソクラテスの哲学を字義通りに読むかぎり、彼らは、ストア派と好対照を描いているわけではない。エクリチュールに対する距離のとり方をみるかぎり、むしろ、ストア派的な思考と一致している点も少なくない。ストア派の人々、とくにクリュシッポスは、指輪の刻印（つまり文字）と、魂に刻まれた刻印であるところの《印象》とを厳格に区別し、後者に価値を置いている。プラトンが音声的な表象の方に価値を与えていた点を想起するなら、この点で彼らが共通しているのは明らかである。デリダが言うような、《プラトン以来の音声中心主義》が本当にあるのだとすれば、それはたしかに批判されねばならないが、それはプラトンがエクリチュールに与えていた狂気の可能性――これこそ形而上学的な非難にさらされるべきものである――に対する黙認となってはならないのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>したがって、わたしたちがギリシア時代のテクストを、今日の人間から見た《解釈》ではなく、当時実際に機能していたところの《言説》として読み解く際には、人間と世界の接続のあり方についての前提を根本的に変えなければならない。わたしたち近代人が人間の外側に広がっていると考えている《自然》は、ギリシア人にとっては、内なる魂なのだから。ストア派にせよ、プラトン派にせよ、彼らにとって、世界と接続しているのは、外皮ではない。むしろ、魂なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>不在のものを現前（表象）させる想像力と記憶力の差はほとんどない。じつは同じもののヴァリエーションでしかない。いずれの力も、結局のところ、理性（ロゴス）を通して得られる表象である点で変わりはない。また、それらの表象は、感覚によって得られた通常の表象を、類似／対比／置換／合成などの対位法的な変換を通過させることで得たものである点でも同じである。たとえば、スフィンクスのような怪物の表象は、人間とライオンを合成することで得たものであるし、また「キケロ」というテクストから表象されるキケロの象は、今日生きているそれらしい人間の表象と類比あるいは置換することによって得られたものである（想像力といっても、まったくの無から想像された表象がありえないことはいうまでもない）。架空のモンスターであるキュクロプスやスフィンクスであろうが、あるいは歴史上に存在していたキケロやカエサルであろうが、それらが表象を得る際に、想像力を必要としていることに変わりはないのである。そして、このような表象の想像＝変換が、もっぱら同じものの反復を要求される場合に、《忘却》の名で言い換えられる。したがって、じつは、忘却と想像力もまた、ほとんど同じものである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>記憶力を想像力から峻別するために必要なものは、次のものである。すなわち、「同じもの」を再現前化することである。その場合にのみ、わたしたちは、それを想像力から区別される記憶力の名を適用できる。これは、きわめて困難だが、それを可能にするツールがある。エクリチュールである。エクリチュールは再現する、キケロの名を。ciceroの名を、そっくりそのまま再現する。しかしもちろん、そうした反復は、どのような知見も付け加えない。キケロはキケロである、というだけだからである。したがって、記憶力という近代的な地平は、じつはここにいたって放棄しなければならないことがわかる。「記憶」に含まれている反復の力は、むしろ、表象（ファンタシア）にかかわる想像力の方に属している。だが……</p>
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		<title>記憶と忘却は対立する概念なのか？</title>
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		<pubDate>Sat, 25 Nov 2006 17:12:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
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		<description><![CDATA[わたしたちは、簡単に「記憶する」、とか「忘却する」とかいう用語を使う。これらの用語を並べて用いるとき、当然、「善」と「悪」同様、両者は概念としては対立しているように思われる。したがって、ジャック・デリダやハンナ・アーレン [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしたちは、簡単に「記憶する」、とか「忘却する」とかいう用語を使う。これらの用語を並べて用いるとき、当然、「善」と「悪」同様、両者は概念としては対立しているように思われる。したがって、ジャック・デリダやハンナ・アーレントは、こうした記憶と忘却の対立を援用しながら、歴史論を構築したのである。だが、これらの用語が、なにかしらの出来事を示していると考えるなら、事態はそう単純ではない。むしろ同じ出来事を、二つの立場から見たために、二つの様態が成立してしまったと考えた方がふさわしいように思われるからだ。つまり、「男」と「女」、あるいは「善」と「悪」とも違い、「記憶」と「忘却」の語は二つの出来事に対応しているわけではないのである。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>本来、なにかを忘れている状態があるとして、そのなにかを忘れている当の本人は、忘れていることに気づくことはできない。たんに、知らないのと外面的にはまったく同じである。だが、にもかかわらず、「忘却」は「無知」とは混同されてはならない。「知」は、経験していない出来事にも対応しており、未経験の出来事を「知る」ことは可能である。その一方で、まったく経験していないことを「記憶する」ことはできないし、なおかつ「忘却する」こともできない。とにかく、「思い出す」ことが可能な経験が過去のどこかの地点に実際に存在していなければ、「記憶」も「忘却」も不可能であり、その点で、「無知」と「忘却」とは厳格に区別されねばならない。</p>
<p>また、「記憶」にせよ、「忘却」にせよ、記憶あるいは忘却すべき当の《出来事》がどこかに保存されていなければならず、この出来事は、どちらも「思い出す」という《出来事》によって再び再現される、ということがなければならない。つまり、「記憶」も「忘却」も、成功するか失敗するかは別にして、《思い出す》可能性を有しているという点で特徴づけられるように思われる。</p>
<p>さて、なにかを忘れている彼が、そのなにかを思い出したとしよう。彼はそのとき、「思い出した」と言ってもいいし、「忘れていた」と言ってもいい。いずれにしても、彼はいくらかでも記憶を取り戻したのであり、その時点から振り返って、かつての忘却を規定しているのである。ところで、記憶を取り戻すといっても、すべてがそっくりそのまま再現されるわけではない。最悪の場合には、かつて何らかの出来事を経験した、という形式（器）のみしか再現されない場合もあるだろう。これこそ「忘却」の名にもっともふさわしいものであるが、それにしたところで、かつて経験したこと――内容は霧散し、その「器」だけが残っているのだとしても――を想起<sup>(1)</sup>することなしには、つまり何らかの記憶を取り戻すことなしには、忘却を規定することは不可能である。したがってじつは、忘却とは、再現度に違いはあれど、記憶を取り戻す行為に付随して生じる事態であることがわかるだろう。記憶を取り戻すことに完全に失敗した場合、じつは忘却そのものすら規定することは不可能であり、これを忘却と呼ぶべきではない。「器」すら「思い出す」可能性が皆無であれば、これは無知と完全に同一のものである。</p>
<p>では逆に、なにかを記憶している状態があるとしよう。本来、「記憶している」というのは、ずっとそのことを考え続けている状態を指すのではない。たんに、必要な時に特定の言葉を取り出せるか否か、ということに「記憶」という語のもつ本来の意味がある。たとえば歴史学のテストで回答するために、かつて学習した内容を適切に引き出したとして、彼はその内容を「記憶している」ということになる。</p>
<p>ここで重要なのは、彼が、回答すべき内容を脳から引き出したときに、「思い出した」であるとか、「忘れていた」などと言ってもまったくかまわないことである（とくに、この例におけるテストの回答など、出来事の「器」にすぎない点にも注目しておこう）。事実、彼は、回答すべき内容を、テスト時間の前には「忘れていた」のであり、回答すべき時機になってはじめて「思い出した」のである。したがって、外面上、行為としては、忘却と区別することはできない。つまり、ここでは、記憶と忘却はまったく対立していない。むしろ、同じ出来事を別の言い方で表現しているに過ぎない。</p>
<p>また、実践的に考えるなら、思い出すのがより困難であれば、忘却と呼ばれ、思い出すのがより容易であれば、記憶と呼ばれるようである。この点から考えても、記憶と忘却とを、対立する概念としてではなく、「思い出す」までにどの程度の時間が必要か、という量的な差異をもった同じ概念として規定する方が適切ということになるだろう。</p>
<p>さらに付け加えておけば、テストに回答が書かれるなど、記憶が外に向かって客観的に提示された段階で、「記憶している＝忘却している」という状態は終わる点にも注意が必要である。つまり、「思い出した」瞬間に、「記憶＝忘却」の状態は消滅するのである。その瞬間、記憶は、確認に取って代わる。この答案用紙がどこか目に見えないところに隠されれば、再び「記憶＝忘却」状態が開始されるが、そのときは、回答内容を学習した段階まで遡ってもよいし、あるいは回答を行ない、自身で回答内容を確認した段階まで遡ってもよい。いずれにしても、ある出来事が終結した段階ではじまるのが「記憶＝忘却」という事態であり、それらが再び現実世界に還元され、なんらかの出来事に派生した段階で、「記憶＝忘却」の状態は消滅する。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>これまで論じてきたことに、他者の視点を含めると、事態はもう少し複雑になるように思われる。つまり、こういうケースが可能になる。ある同じ経験を、《わたしは覚えているが、彼は覚えていない》、あるいは《彼は覚えているが、わたしは覚えていない》。この場合、たしかに、記憶と忘却とは対立する概念として規定することが可能になるようにみえる。</p>
<p>ジャック・デリダやハンナ・アーレントが「忘却」を糾弾するのは、この地点である。わたしたちは覚えているのに、あろうことか、あなたがたは忘れているのですか、というわけである。しかし、こうした視点にも疑問が残る。というのも、ここでいう「わたしたち」が、本当にある出来事を正確に記憶しているかどうか、わからないからである。別のグループからみれば、「わたしたち」もまた、なにかを忘れている可能性が皆無とは言い切れないからである。むしろ、ある出来事に対する記憶の濃淡は不可避的に生じるのであり、この濃度のばらつきの差異を、ときに忘却と呼んだり記憶と呼んだりしているだけなのである。</p>
<p>したがって、ここでアーレントたちが言っているのは、正確には、《わたしの記憶の仕方は正当》であり、《あなたの記憶の仕方は間違っている》ということなのであって、しかも、後者に一方的に「忘却」の符牒を貼り付けているのである。だから実際には、こうであってもよかったのである、《わたしの忘却は正当》だが、《あなたの忘却は間違っている》、よって後者に「記憶」の符牒を貼り付ける。――すなわち、じつはここでも記憶と忘却とは対立しているわけではない。しいていえば、これらは程度の差異が付与されているのであって、この程度の差異に、彼らは質を付与しているのである。すなわち、一方はよい記憶であり、他方は悪い記憶である、というわけだ。</p>
<p>要するに、ここで対立しているのは、記憶と忘却とは別のものであり、とくにそれに付随している自他の対立が、記憶と忘却の対立にすり替わっているだけである。つまり、“わたし”と“あなた”が対立すればするほど、まるで記憶と忘却とが対立しているように見える、ということなのだ。したがって、同じ経験を共有する“わたし”と“あなた”が対立的な要素を失うにしたがって、記憶と忘却の対立は解消し、最終的には消滅に至る。これが、エルネスト・ルナンの言うようなネーション＝ステートを構成していると考えられる<sup>(2)</sup>。</p>
<p>この観点から考えるに、別に、歴史は記憶にしたがってのみ書かれるわけではない。むしろ歴史とは、記憶と忘却の濃淡が作り出す境界に沿って形作られるのであり、記憶の側に一方的に依存しているわけではない。歴史は、記憶と忘却が重なりあってできた境界線上で書かれているのだ。だから、これを記憶の歴史と呼んでも、忘却の歴史と呼んでもかまわないのである。記憶と忘却は、内在的に区別することは不可能なのである。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>わたしたちが普段何の気なしに用いている「記憶」や「忘却」の語の曖昧な使用法は、間違っているわけではない。とはいえ、哲学的に議論される場合には、たいてい、過剰に忘却に悪い意味合いが付与される。こうした忘却の概念を転倒させた人物が二人いる。先述のナショナリスト、ルナンと、アンチ・ナショナリスト、ニーチェである。</p>
<p>ナショナリズムに批判的な哲学者の多くは、ルナンのいう「忘却」を問題視し、ニーチェのいう「忘却」を等閑視する。彼らは、立場を異にする二人の哲学者をうまく処理することができていないのだ。だが、歴史が、記憶によって書かれるのではなく、記憶と忘却の境界線で書かれることを想起するなら、ナショナリストであり歴史主義者であるルナンが忘却を重要視した点を奇異に感じたり、非難したりする必要はまったくないし、にもかかわらず、ニーチェが忘却に偉大な価値を与えたことに、もっとわたしたちは驚くべきなのだ。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">(1) プラトンは、「想起アナムネーシス」すなわち「思い出す」ことに対して、イデアと人間とを結びつける鍵概念として、きわめて高い地位を授けている。イデアと結びつかない、たんなる「思い為し」と、この「想起」とは、厳しく区別されねばならない。</li>
<li class="note">(2) たとえば、日本の敗戦経験について考えてみよう。広くみつもって、この経験は多くの日本人に共有され、なおかつ記憶されたが、かといって、彼らがそうした経験を完全に記憶していたかといえば、けっしてそういうわけではなかった。その点で、これを「忘却」と呼んでもよかったのである。ところが、本来ならば千差万別であるはずの経験の多様な解釈を禁じるような何らかの外在的な影響によって、日本人に共通理解が生じ、そのことがこの経験に関する解釈の日本人同士の対立を回避すると同時に、記憶と忘却のテーマ系を消滅させていたのである。とはいえ、このとき、すでに忘却は始まっていたのであり、この忘却なくして、一定の解釈にもとづく敗戦経験の共有という事態もありえなかったのである。</li>
</ul>
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		<title>アンチ・カンティアニズムIV――世界理性</title>
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		<pubDate>Wed, 02 Aug 2006 02:51:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[世界は、今も、ストア派のひとたちや、カントの言った「世界共和国」に向かってまい進している。世界は可能なかぎり最善の秩序において構成されている。世界理性というものがあるとすれば――それは、すべてを《緩慢に》焼き尽くす炎だ。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>世界は、今も、ストア派のひとたちや、カントの言った「世界共和国」に向かってまい進している。世界は可能なかぎり最善の秩序において構成されている。世界理性というものがあるとすれば――それは、すべてを《緩慢に》焼き尽くす炎だ。世界で起こることのすべてをあらかじめ知っている、あのプロメテウスが人間に与えた、《炎》こそ、人間のすべての権利の源なのだ。世界理性、それはすべてを知っている。世界で起きたあらゆる出来事を理解しているばかりか、世界理性は、むしろ真実そのもの、出来事そのものなのである。</p>
<p>とはいえ――世界理性、すなわち炎が焼き尽くす「すべて」とは、まさに、そうした思考（「すべて」であるとか、「つねに」であるとか、「必ず」であるとか、そういう思考）そのもののことである。もちろん、世界理性は、「すべて」をたちどころに燃やし尽くすのではない。緩慢に、ゆっくりと、である。「すべて」を緩慢に焼き尽くす炎こそが、理性の真の働きである。この緩慢さは、とにかく人々に時間と空間の観念をもたらした。炎の権利をわたしたちに与えた、すべてを事前に知っている巨人プロメテウスは、同時に、即死を猶予する時間をも与えたのである。以来、わたしたちは、この世界理性に対する受動的主体として生を受けた。世界によって、わたしたちは、動かされている。生きとし生けるもの、すべての存在が、この世界によって、動かされているのだ。人々がそれを知った時、きっと顔を見合わせてげらげら笑うだろう。それは、これ以上ないほどに民主的な真理だからだ。王であれ、貴族であれ、ブルジョワであれ、すべての人間が、この世界理性によって、動かされている。</p>
<p>精神とは、じつのところ、呼吸である。誰もが知っていて、そして誰もが行なっている、あの呼吸である。呼吸は、あの世界理性の緩慢な炎のように、ゆっくりと、精神そのものを燃焼させる。わたしたちが母親の胎内からこの世に生まれ出た時にはじめて吸ったあの息、それが、わたしたちの精神の正体である。そのとき、わたしたちの体内に入り込んだ小さな炎――しかし世界のすべての出来事を網羅しているこの小さな炎――は、わたしたちと混じり合い、「まず中心から始まって末端に達し、それから、それが隅々にまでいきわたってある限界に達したとき、回れ右して自己自身に帰ってくる」。この巨大な伸縮運動こそが、精神に、時間と空間の観念を与えたのである。以来、精神はささやく。伸縮運動が可能であるのは、時間と空間があるからだ、と。さらにささやく、伸縮運動は、時間と空間のつづくかぎり、可能である、と。こうして、わたしたちは、経験と呼ばれるものすべてを、理性で挟撃し、わたしたちを苛む経験の鋭い棘を抜き取った。</p>
<p>わたしたちは、目的なしに行動することはできない。できたとしても――すぐに疲れてしまうだろう。消耗と疲労が、この目的なしの行動によって与えられるわずかばかりの贈り物だ。シーシュポスがいまも地獄の底で味わっている、あの苦々しい「無益」の責め苦に耐えることができるのは、なにより、彼が、地獄から抜け出そうという目的をもっているからなのである。彼は「然り」とつぶやいて、唯々諾々と背中を丸めて、険しい坂を登り続けるのだ。地上の光を目指して、自分の吐き出した息を吸い続けるのだ。自分の吐き出した息を再び吸い込むこと――これが、目的と呼ばれているものの正体だ。この目的を、ひとまず、統整的（超越論的）理念と呼ぼう。</p>
<p>しかし、理性の炎がもたらしたはずの目的を、炎は、自ら焼き尽くしてしまうだろう。なぜなら、理性の炎は、「すべて」を焼き尽くすからである。統整的・超越論的理念は、ついに燃え尽きるのだ。最後に残るのは、希望ではない。灰が残る。あるいは、希望とは、灰である。目的を失った精神は、行き場を失って揮発してしまうだろう。彼は、このときはじめて、たんに行動する。あの、悪夢のように重く固い岩を押すのをやめて、地獄に落ちたコリントの王は、ふっと、ひと息つくのだ。彼は、かつて、はじめて吸ったあの呼吸を、ここで反復する。目的などなかった、彼はただ、呼吸したのだ。いったい、なんのために、長くこの岩を押していたのだろうか。その問いこそ無益だった。彼は、目的のことなど、もう忘れてしまっていた。目的はもはや忘却の海底に沈潜して見えなくなった。もう、彼は岩を押すのをすっかり止めてしまっていた。彼は疲労しきっていたはずの身体のことなど忘れて、ああ、なんなら、あの岩を押してみせてもいいとさえ、言うだろう。彼は、そのとき、いったい何を見たであろうか。</p>
<p>岩を押すのをやめたシーシュポスが地獄の底で見たものは、おそらく、「世界共和国」であった。けっしてたどりつけぬ大地を目指して、血を吐きながら飛びつづけた、あの鳥たちの悲しく高らかな歌声は、もう、やんでいたに違いない。心の底から湧き上がる美しい静寂と、歌うように笑う鳥たちの朗らかな舞踏が、彼の周囲を巡っていたに違いない。「すべて」は燃え尽きた。時間や空間は、あの、呼吸が行なう伸縮運動とひとつになった。時間や空間は、呼吸の一部であった。理性はついに、実践されたのである。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>アーレントとデリダ</title>
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		<pubDate>Sat, 06 May 2006 03:56:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
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		<category><![CDATA[戦争神経症]]></category>
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		<description><![CDATA[歴史家であるハンナ・アーレントの概念に、「忘却の穴」がある。ユダヤ人を焼き尽くしただけでなく、焼け残った髪や骨までも消し去ろうとしたナチスの行為は、民族そのものの存在の記憶――痕跡――すら抹消しようとしたのであり、これを [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>歴史家であるハンナ・アーレントの概念に、「忘却の穴」がある。ユダヤ人を焼き尽くしただけでなく、焼け残った髪や骨までも消し去ろうとしたナチスの行為は、民族そのものの存在の記憶――痕跡――すら抹消しようとしたのであり、これをアーレントは「忘却の穴」と呼んだのである。こうした概念の批判対象は、もちろん、ホロコーストの歴史を抹消しようとする西欧の歴史修正主義者の議論である。ホロコーストを連合軍の捏造に仕立て上げ、その記憶を忘却の穴に投げ捨てようとする歴史修正主義者の行為は、その点で、ナチスが行なったホロコーストと同断の非道なのである。</p>
<p>存在のみならず、その《記憶痕跡》をも抹消する「忘却の穴」を、アーレントは恐れ、そして批判したが、わたしは、この概念について、彼女とは違った印象をもっている。というのも、おそらく、彼女の「忘却の穴」への恐怖には、歴史家の傲慢、あるいは歴史的に思考しがちなアカデミシャンの傲慢とでもいうものが幾分含まれているように感じるからである。</p>
<p>フロイトの研究した戦争神経症の事例は、この「忘却の穴」を、穴の最奥の暗闇から逆照射するように思われる。というのも、彼らのような患者が恐れているのは、なにより、忘れることだからである。わたしたちが、なにか物事を記憶しようとする際に、たえずその名を反復するように、戦争神経症を患った患者は、かつてのひどい経験の記憶を再現し、絶えず反復しようとする。彼らは、忘れることを恐れるあまり、病から抜け出せなくなっているのだし、さらにいえば、この忘却恐怖こそが、この病の根源なのである。</p>
<p>真に恐ろしい、正気を失うような経験を記憶しておくほどつらいことはない。記憶を頼りに怒り狂うことのできる人間は、まだ、その経験がひどいものであると判断できる論理を保ちえている分だけ、ましなのである。いまだその経験のさなかにいて、あるいはその経験の記憶に囚われているひとは、もしできうることなら、なかったことにしたいに違いないし、その記憶をアーレントの言う「忘却の穴」にでも放り込みたいところだろう。マジックメモに残された筆跡（＝痕跡）よろしく、記憶はいつなんどき、どんなきっかけで呼び出されるかわからないものだ。忘れていたとしても、なにかのきっかけで出てくるということは当然ありうる。それゆえ根本的な治癒になりえないのは明らかだとしても、歴史修正主義者の議論は、患者に対する一時的な快癒をもたらすに違いないのである。彼らはいうのだ、そんなことはなかった、あなたは間違って記憶しているのだ、と。いや、むしろ、根本的な治癒とは、この忘却のことを言うのであり、意図せざる結果だとしても、かえって、歴史修正主義者は、歴史主義者よりもよき精神分析医である可能性がある。歴史主義者は被害者に向かって言うのだ、善人の顔をして言うのだ、あなたは、人類のためにホロコーストの記憶を忘れるべきではないし、それを白日の下にさらして国家主義者どもを糾弾すべきなのだ、と。わたしが代弁してもいい、とにかくわたしにその恐ろしい経験を語ってくれたまえ、なぜなら、あなたが正気を失うようなその恐ろしい記憶は、事実なのだから……。</p>
<p>人間は、少なくとも近代的人間は、多かれ少なかれ、この戦争神経症者と同じ病を患っている。だから、わたしたちは、歴史の反復を強いられている。この病にとって、歴史主義者と歴史修正主義者のどちらがいいというものでもない。重要なことは、歴史修正主義を非難するあまり、歴史主義に陥ってはならないということだ（別に気取る必要はないのでありていな言い方をするが、かつては右翼の専売特許だった歴史主義は、いまや左翼のものなのであり、しかしたちの悪いことに、表面的に、あるいはとってつけたように歴史主義を批判する）。</p>
<p>今手許に資料がないので数年前に読んだときの記憶に頼って言うが、フロイトは記憶を二重化、否、二層化している。すなわち、記憶を呼び出し、記憶を（時系列的に）整合性のある意識的なものにする層と、記憶が無時間的かつ断片的に蓄えられた層とにである（「マジック・メモについてのノート」）。前者はいわば短期的な記憶を司り、必要に応じて書き換えられ、また消去されるものである。他方、後者は、誕生以来の記憶が無茶苦茶に詰め込まれ、生涯消え去ることはなく、また生涯にわたって蓄え続けられる。ふつう、わたしたちが「忘却」と呼んでいるのは、前者が後者に蓄えられた記憶をうまく呼び出せなくなっている状態のことを言う。当然、知らないことと忘却とは、後者にすら記憶が蓄えられていないことによって区別される。また、戦争神経症者のケースは、なんらかの、おそらくは社会的な抑圧によって、快感原則とは無関係に、意図に反して記憶が呼び出されてしまう状態であると考えればよいだろう（フロイトの戦争神経症の事例が第一次世界大戦後であることと、ナショナリズムの実質的な起源がおよそ同時期であることはきわめて興味深いことである）。</p>
<p>この二層化された記憶という考え方が、現実世界における歴史学者と資料の関係に似通っていることに注意しよう。無時間的かつ断片的に記憶が蓄えられた層とは、まさに世界中にばら撒かれ（＝《散種》され）、無方向的に蓄積されている資料群に対応しているのであり、歴史学者の仕事は、それらを時系列的に整合し、意識的なものにする（＝再現前化［リプリゼンテイト］する）記憶の層に対応していると考えられる。ここで再びアーレントの議論を振り返っておけば、断片的な資料群を湮滅すること、すなわち無意識の層に蓄えられた消えない記憶を抹消することを、「忘却の穴」と呼んでいることがわかる。</p>
<p>さて、ジャック・デリダは、フロイトの上記の議論を参照しつつ、無意識の層に刻み込まれた消えない記憶の束、これを《痕跡》と呼びさらに複雑な考察を加えた。歴史の起源を、なんらかの具体的な出来事ではなく、この《痕跡》にあるとしたのだ。彼のこの徹底した歴史主義批判が示唆しているのは、歴史がいくら起源を事実に求めたところで、歴史が見出すのは、決まって身体の内側、おそらくは精神とでも呼ばれるべき場所に刻まれた《痕跡》であるということだ。歴史がさかのぼることができるのは、内側の《痕跡》までなのであって、けっして、傷そのもの、あるいは身体の外部で、もっと正確を期せば身体と外気が接触するそのちょうど間のところで繰り広げられた《出来事＝他者》そのものにたどり着くことはできない（傷とは、内部を外部へと繋げる開口である）。歴史の探求とは、ふつう考えられているのとは逆に、外部へ向かう運動ではなく、徹頭徹尾、内部に向かう運動だということだ。ここでストア派の議論を引いておけば、歴史とは、過去についての現在である。同じく、なまなましい傷が過去であるとすれば、当たり前のことだが、痕跡とは、あくまで、過去についての現在なのである。</p>
<p>ジャック･デリダのこうした微妙かつ繊細な議論は、よくよく考えれば、アーレントの「忘却の穴」についての徹底的な批判になっていることを見逃してはならない<sup>(1)</sup>。彼が言いたいのは、アーレントがいくら資料を、あるいは民族を「忘却の穴」から守ったところで、すでに資料が語る内容、あるいは民族は、もっとも重要なことをつねに‐すでに忘れている、要するに、知らないということだ。すなわちそれは、傷痕が覆い隠した傷そのものであり、民族が覆い隠した個人的な体験である。アウシュビッツでは、ナチスによって《ユダヤ人》が迫害された以上のことが、ユダヤ人であるというだけで殺された《個人》に対して行なわれていたのである。だが、歴史家はそれを《ユダヤ人》の虐殺としてしか扱わないし、扱うことができない。こうした思考は、極端な言い方をすれば、結局はナチスと同じところに行き着くということを、歴史家はいつも忘れているし、しかも忘れていることに気づいていない。アーレントが恐れる「忘却の穴」よりも深い穴が、すでにいたるところに開いているのだ。</p>
<p>わたしたちは、なぜ、ホロコーストの死を重視するのだろうか。それはもちろん、思い出すことができるからである。手っ取り早く思い出すことのできる、最悪の悲劇がそれだからである。普段は忘れていても、たとえば、このエッセイそのものが間接的な仕方でそうであるように、いろんな《痕跡》を見つけて、思い出すことができる。だが、もっと重要なことは、《痕跡》では思い出すことのできないたくさんの死があるということであり、いつだって、そういう死の方が思いだせる死よりも多いということなのである。ホロコーストで死んだ人は覚えていても、その横で戦って死んだであろうドイツ兵のことは知らないように。事実、わたしたちは、ホロコーストにおいて起こった《個人》の死でさえ、もう《ユダヤ人》の死としてしか思い出せなくなってきている。《痕跡》は、傷を、《個人》を覆い隠してしまったのだ。真に重要なのは、名前ではない。ミシェル・フーコーが畏怖し、正しく称賛した名も無き人々――つまり誰もその名を覚えることができなかった人々の名、忘れ去られ、忘却の底で地下生活を繰り広げる人々の、その《無名性》なのである。</p>
<p>わたしたちは、注意深く、忘却という概念を再考する必要がある。なぜなら、忘却は、フロイトの説が正しいとすれば、無意識に蓄えられた記憶痕跡を消し去ることではないからである。むしろ、意識と無意識のあいだの距離の謂いなのだ。重要なことは、いかに記憶痕跡を呼び出すことができるか、なのであって、その意味で言えば、適切に忘れられることこそが、よりよき記憶なのであり、また、よりよき記憶とは、適度に忘れていることなのである。肝心なことは、記憶していることではなく、痕跡と適切な距離を保つことなのだ。また、思い出され、再現された記憶にも、あまりたいした意味はない。それは名についての思考だからである。それよりも大事なのは、はっきりと意識された記憶と、その根源である《痕跡》との間に広がる、忘却のプロセスなのである。この忘却のプロセスにおいてのみ、わたしたちは、無名性の概念を思考することができるからである。</p>
<p>デリダは《散種》ということを言った。記憶（記録という方が正確だしこの場合はこの区別がとても重要だ）をばら撒くのだ、もっと無数の痕跡があることを思い知らせるのだ、と。それは、記憶を統整しようとする歴史家に対する抵抗であり、記憶に対して忘却の地位を逆転させることなのだ。重要なことは、ばら撒かれた《痕跡》ではなく、それをばら撒く《散種》なのだ。《傷》そのものの生成なのだ。デリダは「そこに灰がある」と言った。それは、歴史家がいくら「忘却の穴」を恐れようとも、あるいはユダヤ人の髪や骨まで焼き尽くしてしまったとしても、そこに灰が必ず残る、ということを言いたかったからだ。フロイトが、《痕跡》はけっして消えないと言ったことを信じよう。真の忘却の穴――つまり、無知の穴は、今日もいたるところに開いているのだし、そんなものを恐れても仕方がない。むしろ、記憶を玉座から引き摺り下ろし、忘却に戴冠させるのだ。それでも歴史家が勝利し続けるかもしれない、だが、灰は必ず残るのだ。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
(1) わたしは詳細を知らないのだが、アーレントとデリダの議論を借用してナショナル･ヒストリーの内在的批判を繰り広げる、というような議論があるという。だが、私見に拠れば、内在的な批判とは、論理の一貫性のことを言うのであって、アーレントとデリダという位相の違う議論を併用することが内在的な批判になるとは思えない。
</li>
</ul>
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