oblivion
philosophy
コーラー
わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を [...]
philosophy
忘却の系譜学
ニーチェは、『楽しい科学』のなかで、「忘却の音楽」について語っていた。たしか、彼はそこで、芸術を二つに分類していたはずだ(不確かな書きかたをするのは、いま手許にこの本がないから。今月二度目の満月の光を浴びながら、これを書 [...]
criticism
記憶と忘却の娘としての《技術》(スティグレールによせて)
わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]
criticism
ポストモダニストたち(2)――ヴァルター・ベンヤミン
ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま [...]
history
時について、若干の考察
天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ(1)は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろ [...]
history
彼岸の快感原則(フロイトに寄せて)
フロイトは有機体をモデル化する際、刺激受容体としての未分化な小胞のようなものを原有機体として採用した。このモデルにおいて表皮は「刺激保護」=感覚器官をなし、表皮を透過した刺激は内部に痕跡として蓄えられていくことになる。そ [...]
philosophy
記憶・忘却・想像力
わたしたちが普段何気なく、そして区別しつつ用いている言葉に「想像力」と「記憶力」とがある。いずれにしても、不在のものの現前という意味では同じものであろう。いまここにないものを現前させる、そうした力こそが、この二つに割り当 [...]
philosophy
記憶と忘却は対立する概念なのか?
わたしたちは、簡単に「記憶する」、とか「忘却する」とかいう用語を使う。これらの用語を並べて用いるとき、当然、「善」と「悪」同様、両者は概念としては対立しているように思われる。したがって、ジャック・デリダやハンナ・アーレン [...]
philosophy
アンチ・カンティアニズムIV――世界理性
世界は、今も、ストア派のひとたちや、カントの言った「世界共和国」に向かってまい進している。世界は可能なかぎり最善の秩序において構成されている。世界理性というものがあるとすれば――それは、すべてを《緩慢に》焼き尽くす炎だ。 [...]
criticism
アーレントとデリダ
歴史家であるハンナ・アーレントの概念に、「忘却の穴」がある。ユダヤ人を焼き尽くしただけでなく、焼け残った髪や骨までも消し去ろうとしたナチスの行為は、民族そのものの存在の記憶――痕跡――すら抹消しようとしたのであり、これを [...]



