<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>ex-signe &#187; phonogram</title>
	<atom:link href="http://www.fragment-group.com/kiotanaka/tag/%e5%a3%b0-%e8%a8%80%e6%96%87%e4%b8%80%e8%87%b4/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka</link>
	<description>kio tanaka's website</description>
	<lastBuildDate>Sat, 17 Dec 2011 15:59:02 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.3</generator>
		<item>
		<title>言文一致論（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ）</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1515.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1515.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 25 Dec 2009 13:20:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Copenhagen Interpretation]]></category>
		<category><![CDATA[différance]]></category>
		<category><![CDATA[différen(t/c)iation]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>
		<category><![CDATA[Kojin Karatani]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[naked face or expressions]]></category>
		<category><![CDATA[Naoya Shiga]]></category>
		<category><![CDATA[Nation-State]]></category>
		<category><![CDATA[Ontologische Differenz]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[realism]]></category>
		<category><![CDATA[Saneatsu Mushakoji]]></category>
		<category><![CDATA[the present is always new]]></category>
		<category><![CDATA[Uncertainty principle]]></category>
		<category><![CDATA[Zero-point motion]]></category>
		<category><![CDATA[山田美妙]]></category>
		<category><![CDATA[真実らしくみえるもの]]></category>
		<category><![CDATA[白樺派]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1515</guid>
		<description><![CDATA[ハイゼンベルク(1)の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ハイゼンベルク<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられる光がすでに対象を変化させている。厳密にみようとすればするほど、目から発せられる光は強くなり、変化はより大きくなる。したがって、ひとは、根本的に対象を正確に測定することはできない。……</p>
<p>この原理の奇妙さはうえの説明にはない。おそらく大抵は認識論的な話で早合点されてしまう。物事を一種の《虚構》に変えてしまう、こうした観測上の人間的かつ不可避的条件が、《現実に》対象を変化させてしまうとしよう。この論理を突き詰めていくと、どうなるか。たとえば、零点振動と呼ばれるものがある。物質のもっている「温度」は、熱振動によって規定されている。したがって、この振動がなくなるところが、温度の下限となる（-273.15℃とされる）。しかし、ヘリウムなどの原子は、《ハイゼンベルクの不確定性原理のために》、絶対零度というエネルギーが最低の状態でも、実際に振動してしまう（わたしはこういう記述に、ニールス・ボーアを中心としたコペンハーゲン解釈のセンスのよさを感じる）。この地点では、もはや対象に対する人間の《認識》を云々することはできなくなるし、物自体も考えられなくなる。この振動は観測という客観的行為が暗黙に内包している認識論レベルの誤差ではなく、誤差そのものが原子のふるまいだからである。つまり、通常の《学》ならば抹消すべきはずのこの誤差は、積極的な記述なのである。したがって、われわれは、誤差においてむしろ原子を正しく見ているのであり、正しく見ている分だけ、誤差を積極的なもの、つまり《差異》（ドゥルーズ）として、かえって精確に観測しているのである。真の意味での近代合理主義がおこなう観測とは、対象の同定ではなく、むしろ《差異化》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>議論はあいまいにはなるが、これを実生活のレベルで実感することはたやすい。たとえば免許証や履歴書などで撮影される証明写真。カメラが捉えるのは、《素顔》ではない。カメラのレンズを前にしてひとがどうしてもつくってしまう《表情》であり、いってみれば、ひとが無数につくっている仮面のひとつであるにすぎない。このひとつの仮面にすぎない表情を特権的に《素顔》とみなすこと（そしてカメラの前でする表情以外の表情を表情として《学》からは排他的に規定すること）が、ありもしない国民や国家を仮構する、そして実際に国家はこうした仮定を経て実在してしまう――したがって、国家は認識論のレベルを超えて現実に存在してしまう。</p>
<p>その一方で、アートとしてのカメラがある。この術（アルス）は、まさにレンズの前でひとやものがわれ知らずおこなう《自然》な振動を撮（つか）む術である。そうであるかぎりにおいて、カメラは芸術の手段たりうる。つまり、誤差は、《学》がおこなう同定によって排除され、埋められるべき（なおかつ弁証法的には必要な）エラーではなく、人間が自然界でおこなう差異として、レンズと被写体のあいだで積極的に把握される。簡略化していえば、国民国家が欲しがる《素顔》は、変化のなかに不動のものを見つけ出すことであり、アートの欲望する《表情》は、変化に継ぐ変化という、一種の振動である。アートは、ひとが《素顔》だと思っているものさえ、次の変化を期待＝欲望させる《表情》に変えてしまうのだ。</p>
<p>これは、知と美、そして自然とが結合する、このうえなくプラトン的な世界である。ここでは、差異の大きさや小ささは問題ではない。この大きさをめぐって、モダンとポストモダンのあいだで不毛な議論が交わされたが、問題は、差異（あるいはエノンセ）の希少性である。差異（あるいはエノンセ）は、《希少なもの》ほど知的であり、美しく、かつ自然である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしがハイゼンベルクの議論をアナロジーとしてとりあげたのは、自著『精神の歴史』で論じた言文一致論をできるだけ直観的に説明するためである。この問題をあつかったのは主に三章だが、この章は、おそらくやや難解だろう。この議論を丹念に追うかぎり、柄谷行人やジャック・デリダの議論、あるいは国民国家論を突破する理論的可能性が含まれている。</p>
<p>柄谷によって、近代文学者がおこなった言文一致運動は、国民国家の確立にかかわるネガティヴなものとして評価されることになった。デリダの議論（すなわち、過去に汚染されていないピュアな現在という、現実から乖離した形而上学を形成する、《自分の語る声を聞く》音声中心主義に対する批判）を借りつつ、彼は、話し言葉と書き言葉を一致させようとする言文一致運動が、閉じた現前の共同体を作りだす論理的前提をなしたと考えたのである。彼らの議論にしたがうなら、声と文字とを同一のものとしてあつかうことはできない。本来は維持されるべき、声と文字の存在論的・時間的差異（＝差延）を、等閑視することによって、言文一致という虚構は可能になるのだ。すなわち、真でもなく、偽でもなく、真らしくみえるもの<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>を作り出す言文一致運動は、あるかなきかの内面や《素顔》を、そしてついには国民Nationを仮構してしまうと考えられたのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>だが、この議論そのものがおかしいと、わたしは感じるようになった。本当に芸術はそのようなことをおこなうだろうか（わたしのスタイルとして、歴史上の出来事を批判するために史料を読むようなことはしない。肯定したいからだ）。だからもう一度、彼らの論理を追っていかねばならない。</p>
<p>もしかりに、柄谷らがいうように、言文一致運動が国民国家を作りだしたというのなら、本来なら不可能である声と文字の完全な一致が、まがりなりにも実現したということを意味する。しかし、もちろん、それは背理である。だとするなら、どこかに嘘があったことになる。言文一致などそもそも可能ではないのだから、言文一致運動が嘘をついたとしか考えられない。本当は話し言葉そのままの記述などありえないし実用的でも実際的でも実践的でもないのだから、完成していないものを完成したと言っているだけなのである。つまり、虚構であり、もっとオブラートに包んだ言い方をすれば、想像上の出来事である。だとするなら、国民国家など実現していない、ということだろうか？　そうではない。国民国家ができあがるのは、まさにここ、すなわち「想像」においてなのである。虚構として、想像力の産物として、国民国家は規定される。</p>
<p>しかし、《言文一致が実現した》という嘘が嘘である限りは、すくなくともその時点では「言説」、それも対象なき言説だったはずである。つまり、《言文一致の完成》は、いったい誰が言い出したのか、ということが問題になる。この完成を言説として実現した主体が、国民国家を仮構したと考えていいはずである。本来あるべきでない、そうした虚構が成立しているとするなら、そもそも、この運動を終わらせたのは誰なのか、という問いが次にあるべきなのである。言文一致運動の担い手が文学者だったというのは確かであり、彼らはその唱道者である。だが、そのことと、《言文一致運動を終わらせた人物》が同じであるという保証はまったくない。柄谷は、この主体の差異を完全に無視している。その点では、柄谷は、結果から物事をみることに疑問を抱かない歴史主義者と同断である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>19世紀末の言文一致運動がどのようなものであったか、材料（資料）は二つで充分である。ひとつは、当時の文学が《写実主義》であったこと。そしてもうひとつは、山田美妙の以下の発言である。</p>
<blockquote>
<p>今日の俗語ハ明日の古語となる。</p>
<p class="post-r">「言文一致論概略」『学海之指針』1888年2-3月</p>
</blockquote>
<p>この発言を、厳密に読めば、すぐにわかることがある。言文一致運動が写実主義の運動である限り、これは終わりのない運動なのである。なぜなら、作家が今日の俗語とみなし、写実したものは、明日には古語となっているからである。作家が作家であるかぎり、彼はこの無限の運動に与している。作家は、《自然》同様、たえず変化する言葉によりそうことは考えていたとしても、その《素顔》を仮構しようなどとは考えていない。彼らが捉えようとしていたのは、《素顔》ではなく、《表情》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>テープやＣＤなどに録音された声は、もちろん、自分の考える「自分の声」とは違っている。だが、だからといって、即座にそれを自分の真の（客観的な）声だとみなす必然性はないし、また、逆に自分が自分の声だと思っていたものを主観的なものとして排除する必然性もない。たんに、それは、記録媒体を前にして（無意識だったとしても）、自分が選び選ばされた声色のひとつであるにすぎない。自分の耳とマイクが拾う声が違うのは当然であって、それぞれが、質的でも量的でもない、たんなる差異として現実化しているだけである。われわれは、どんなに「自分の声」をその中心において出したとしても、結局は《振動している》。そして、われわれは、この変化のただなかにおいて、自分の声を自身の所有物としているのである。カント風にいえば、これが超越論的統覚というもののはたらきである。</p>
<p>作家もまた同じである。作家が、言文一致を実現しようとしているとしても、それは、柄谷が思うようにではない。もっとファジーな集合であって、むしろ、変化する言葉に寄り添い、その変化を予測し、そしてときにはその変化を追い越しさえしようとしている（明日の古語とならないために<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。これが「一致」の真の意味である。要するに、作家が目ざす言文一致とは、完全な一致ではなくて（そんなものは馬鹿げている）、《差分》を実現することなのである。「今日」と「明日」、「俗語」と「古語」の差異、ハイデガー的にいえば（デリダの差延とは区別して）存在論的・時間的差異を、作家は、原理的に拒絶することはできないし、しようとも思ってもいない。むしろこれを把持したまま表現することが、高次の言文一致の目ざすところである。作家の言文一致そのものが、書き言葉の《振動》を実現するのであり、またそのことによって、《素顔》となりかけたそれを《表情》に変えるのである。批評家は、こうした《差分》を虚構だというのだが、それは、ピカソやクレーの絵画を虚構というに似て、なんの意味ももたない。また、作家が他人と同じ文体をとることもまずありえない。基本的には、彼ら自身の文体を《未来の言文一致体》として実現することを欲している。言文一致運動は、その主体が作家であるかぎり、本質的に終わりのない運動なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>戦前の公文書で、言文一致体が使われていることは稀である。なぜなら、言文一致体は、その理論からして当然のことだが、時期に応じて変化してしまうからである。現在から過去がクロノロジカルに見渡せなければならない公文書において、変化そのものを《法ノモス》とする、異様な言語体系は適さない。テンス（時制）が機能しないのである。したがって、学問上の課題として言文一致を目指した学者は、物集高見が好例であるように、挫折し、転向している。また、積極的に唱導した学者も、結局は譲歩を余儀なくされている。彼らが排除しようと願った漢字は残ったし、仮名の改良もかなわなかった。教科書問題やジャーナリズムの要請に譲歩を重ねた結果、暫定的な代物を公定の言文一致体とせざるをえなかったのである。</p>
<p>だが、それでも19世紀の学者は諦めたわけではなかったし、現実問題として、公文書ではあまり使用されることもなかった。逆に言えば、戦前の政府ほど言文一致体を使用していなかった領域はないのであって、柄谷の議論を適用すれば、ナショナリズムと政府は現実には無関係だという議論に帰着しかねない。言文一致体に対する抵抗を柄谷は評価するが、だとするなら、政府官僚こそ、もっとも評価すべきだ、という転倒した議論がまかりとおってしまう。繰り返すが、戦前の政府は言文一致体を使用していない。このことは、言文一致体を完成されたものとして（終わりにおいて）規定しようとする《学》や国家の論理が、言文一致の本質そのものと相容れないことを意味する。言文一致体は、それを厳密に規定しようとすればするほど、《振動してしまう》。なぜなら、その規定自体が、言文一致体で行なわれねばならず、結果的にありうべき言文一致体を変化させてしまうからである。言文一致運動ほど、国家の論理に反しているものはないのである。ともあれ、それが一変する事態が訪れる。敗戦期である。この時期から、公文書においても、「言文一致体」が使用され始める。</p>
<p>いつのまにか、暗黙のうちに《言文一致体》という同意が形成されていたのである。国家が言文一致体を用いるということ、それは裏を返せば、言文一致体が、本来あるべき変化をやめてしまったことを意味する。同意を形成したのは、いったい誰か。作家ではない。なぜなら、作家は、他人のつくった《言文一致体》など究極的には認めないからだ。とすると、あとは一人しかいない。すなわち、《読者》である。作家の言葉を模倣した読者であり（それはプラトン的にいえば模倣の模倣であろう）、彼こそが、《言文一致が実現した》と見なした者なのである。ならば《読者》とは誰か。《純粋な》読者とは、小説を書かなかった書き手たち――批評家である。ならば、国民国家を作ったのは、はたして誰か……？　もはや語る必要はあるまい。</p>
<p>結局、国民国家は、作家に、次の条件を示した。《わかった、言文一致体を採用しよう、ただし、それは作家たちがその運動をやめるかぎりにおいてだ》。もちろん、戦後の作家たちがこの条件に同意したかは不明である。だが、結果的に、この運動は、終わりを遂げたと考えて、間違いないだろう。作家は、「言文一致体」の採用を餌に、国民国家によって息の根を止められたのである。要するに、言文一致運動は、終わることによって、ただひとつの、そして千の仮面である《表情》を、《素顔》にしてしまうのだ。</p>
<p>ここには、生気を欠いた暴力、すなわち権力がある。この権力がもたらす重力圏から、戦後の作家は逃れられなくなってしまった（というか、自らの文体を追求することでそこから逃れる、という主題をもっていない）。言葉は、いつも、教科書やアカデミズム、ジャーナリズムといった重力の中心に収束する――といっても、それは国家がつくる見かけだけのことである。言葉は本当は変化することをやめたりはしない。作家による導き手を失った言葉は、たんに堕落し衰弱していくのだ。そして偽の問題構成が形成される。堕落した若者の言葉づかいか、それとも古い「常識的な」言葉づかいか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷をはじめ、多くの批評家や学者は、《言文一致体》の完成者を、志賀直哉や武者小路実篤らに代表される白樺派にみている。『白樺』で用いられた文体を、今日われわれが書く「話し言葉」の典型とみなしている。とはいえ、当時彼らが言文一致運動の尖端にいたことが確かだとしても、それを終わらせたと考える必然性は、むろんどこにもない。たんに、彼らを超える作家が出なかったというにすぎない。武者小路はこう言っている。</p>
<blockquote>
<p>自分は俗衆に理解された時、芸術は使命を果し、同時に価値を失なうものと思つてゐる。</p>
<p class="post-r">「六号雑感」（「自己の為の芸術」）『白樺』第2巻第11号、1911年11月</p>
</blockquote>
<p>この武者小路の発言は、さきの美妙の発言と共鳴している（というか、それを芸術全般に拡張したものだ）。かくして100年前に始まった白樺は、戦後、芸術としての生命を終えた。だが、彼らはそのことによって、別の始まりを促していたのである。なぜなら、掴んだと思った芸術は、原子の振動に似て、ひとの手を離れて飛び退ってしまうからだ。したがって、問題は、彼らの放った曲がった矢をみて、嘲笑を浴びせはしても、誰も拾わなかったことである。</p>
<p>ひとは批評家で終わってはならない、という論理は、このことから帰着する必然的なものである。われわれもまた、矢を拾い、番え、そして放たねばならない。犬のディオゲネスのいった「言いたいことを言う」自由は、自分の文体＝生のモードを実現するというそのことによってのみ、可能になる。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> かつては、西のハイゼンベルク、東の湯川秀樹といわれた。わたしは前者の書物からゲーテを、後者の書物から荘子を学んだ。</li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> 「真らしくみえるもの」については、『パイドロス』のなかでソクラテスがよきものに分類していた点に注意されたい。ここでは論理の展開上、デリダ主義的な議論（可能性であるが不可能性でもある）に従う用法をおこなっているが、わたし自身は「真らしくみえるもの」について、ソクラテスの意見に同意している。イデアの追究とは、つまるところ「真らしくみえるもの」の追究でもある。</li>
<li class="note"><a href="#p03" name="n03">(3)</a> 作家の言文一致運動はカント風の統整的理念にもとづいているのではない。むしろ、言文一致はたえず、しかもいたるところで実現している。ただ、実現した瞬間に、対象のほうが遠ざかってしまうのである。</li>
</ul>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1515.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>もうひとつの近代、あるいは出来事の学についての覚書</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/fragment/1344.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/fragment/1344.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 19 Nov 2009 15:48:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[fragment]]></category>
		<category><![CDATA[Althusser]]></category>
		<category><![CDATA[cogito]]></category>
		<category><![CDATA[delay]]></category>
		<category><![CDATA[Descartes]]></category>
		<category><![CDATA[Naoya Shiga]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[pure understanding]]></category>
		<category><![CDATA[Science of Incidents]]></category>
		<category><![CDATA[Spinoza]]></category>
		<category><![CDATA[style]]></category>
		<category><![CDATA[text]]></category>
		<category><![CDATA[概念]]></category>
		<category><![CDATA[方法]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1344</guid>
		<description><![CDATA[1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない、《主観を中心とした合理主義》の世界の始まりである。それはカントの《純粋悟性》に、そしてヘーゲルの《概念》に変奏され、資本主義および戦争という二つの車輪をもって猛烈なスピードで回転する車軸となった。</p>
<p>あの夜のデカルトの発見を近代の始まりとみるその視線は、すでに反省的なものである。彼の発見は、どう考えても、近代とも、近代文学とも無関係のはずである。彼の発見を近代と結びつけているのは、端的に後世のわれわれである。だが、そのことを見えにくくしてしまうのは、彼の発見に、「ゆえにergo」が含まれていたせいである。われわれが近代の「原因」をコギトに見いだすその所作が、彼のいった「ゆえに」に転嫁されてしまうのだ。</p>
<p>だが、「ゆえにergo」を因果律として捉えているのは、われわれであって、彼ではない。そうした読解は、歴史主義でありすぎるし、また同時にテクスト主義でありすぎる。「ゆえに」は、彼のコギト（Cogito）の単独性を、屈折を孕んだ個別的な認識（Cognitio）に変えてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれは、彼のコギトに、《出来事》をみる。「ゆえに」は、次の表象を導く《とand》であって、彼の「われあり」の《実感》を主体に折り返す屈折は必要がない。つまり、彼はあの夜、たしかに、出来事として存在していた（だから存在などという用語はふさわしくないし、現在を起点とする過去形もふさわしくない）。彼の猜疑心は、あの夜、ついに頂点に達した。彼の抜け目ない猜疑は、最後まで見落としていた蒙（くら）い中心、すなわち己に達したのである。彼は、消え去り、口だけの怪物になって、こう言ったのだった。</p>
<p class="post-c">「われありとは、われ思うのなかに消え去ることだ！」</p>
<p>コギトとは、懐疑の完成であり、虚無（ニヒル）ではなく、真空を実現することである。ヘーゲル弁証法が頭で立っていることを発見したマルクスに習っていえば、カントのデカルト読解はさかさまである（マルクスを賞賛する多くの人が、カントの読解がさかさまであることに気づかないのはどうしたわけか）。しかし、カントのおかげで、じつは、懐疑を完遂するためには、「われ」を疑うだけでは不十分であることがわかる。「われ」は、その他の表象のように、疑うだけでは消え去ったりはしないからだ――というのも、「疑うわれ」がどうしても存在してしまう。むしろ、「われあり」を「われ思う」のなかに取り込み、存在ごと思惟のなかに抹消しなければならない（デカルトが、「われ疑う」ではなく、「われ思う」といっている点に注意しよう）。</p>
<p>こうした思考は、むろん、《主体＝Je》ともかけ離れているし、《存在＝suis》ともかけ離れている。歴史がついにたどりつくことのできないものが、すでに消え去った過去なのだとすれば、コギトは歴史とも無関係である。なぜなら、コギトとは、自ら消え去る《出来事》の謂いだからだ。痕跡を欠いた彼のコギトの真の《意味》は、歴史のなかに消え去ったのである。彼は消え去ることで、《近代》とは別のパラレルワールドを切り開いた。すなわち、《文学》の世界である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>批評家や学者には、この出来事の響きは聞こえない。なぜなら、彼らは、コギトを、《読んでしまう》からだ。消え去ることのない、痕跡（あるいはエクリチュール）としてのコギトは、再認、つまりCognitioを可能にしてしまう。だが、ついにインコグニートに終わるデカルトのコギトは、消えていく声、波動の世界のなかに存在している。だからニュートンが見出した光がデカルトには見えなかった。デカルトの懐疑は、とりわけ光に向けられている。彼の猜疑が実践していたこと、それは光を色彩に変えることだった（つまり闇に色彩を見いだすことだった）。</p>
<p>しかし、批評家や学者、すなわち読むひとたちは、色彩を光とその影に変えてしまう。彼らは色彩に分割線を引き、認識のうちに色彩を奪取する。これがカントである。色彩は、光と影の両極に結わえられた弁証法の運動と重なる。これがヘーゲルである。結局のところ、合理主義が行なうことは、闇を影に変えることであり、光から色彩を抜き取ってしまうことであり、声を刻印されたものに換装することである。むろん、それはデカルトから始まるのではない。むしろ、デカルトのコギトを《テクストとして読んだ》者たちから始まるのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>天才スピノザ。“Ego sum cogitans”という読解が示すように、彼は、デカルトのコギトを、テクストとして読まなかった（わたしの読解とは多少異なるが）。彼は「ゆえに」を忠実に読むことを遠ざけた。なにより、デカルトに対して忠実であるために。「われ思うゆえにわれあり」が証明ではないとすれば、それはデカルトの《実感》以外のものではないし、合理的なものではありえないだろう。むしろ、「われ」に対する信仰に似通ったなにかである。デカルトを肯定し続けたスピノザが見いだしたのは、《実感の論理学》（ドゥルーズの言い方でいえば、「感覚の論理学」）、すなわち、非合理的なものの合理性である。</p>
<p>われわれは、非合理的なものの合理性を追究すること、こちらを《西欧合理主義》と呼ぶべきだと考える。それは、非合理的なものと合理的なものとを裁断することではないし、そんな思考は、近代西欧以外のどこにでもありふれたもので、堕落したものである。《西欧合理主義》の驚異は、むしろ、非合理的なものと合理性を完全に接合してしまったことにある。《魔法とは、科学のことだ！》　彼らは、要するに、闇に色彩を見いだしたのである。それは粒子のなかに波をみつけることであり、この別種の合理主義は、おそらく色彩と音楽とに関わっている。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれが目ざす《出来事の学》もまた、ここにある。たとえばアルチュセールは、スピノザに非科学的なものの科学を見出した。つまり、科学的ではありえない歴史を科学する可能性を、彼に求めた。だが、われわれは、それは端的に、《文学》のことだと考える。スタイルとは、まさに感性において作動するものであり、反省的な視座から生まれる歴史とは、ついにかかわりを持たない。そのことによる利点もある。それは、主観やイデオロギーにまでは至らない、独特なものの見方、すなわち《方法》を提供することである。</p>
<p>スタイルにとって、歴史観やイデオロギー、そして主体は、あまりに屈折したものである。よくある誤解は、堕落した合理主義から見られたものだ。つまり、イデオロギーや主観を批判するあまり、方法まで捨て去ってしまうことである。文学的な用語でいえば、作者や主体を非難するあまり、文体まで捨て去ってしまうことである。事実を過信する、あまりに粗雑な合理主義は、たしかに最後に主体（主観）を攻撃し始める。だが、そうした攻撃は、本来味方であったはずの方法や文体まで消し去ってしまうのである（今日、「デカルト」は、こうした粗雑な堕落した合理主義の別名となっている）。その結果が今日の実証主義であり、また今日の虚構＝私小説である。そこでは、真理ならぬ事実だけが散乱し、結果として、事実が真理に偽装され、巨大で不可視のイデオロギーと化してしまう。そこでは、事実を照らす報道だけがあるのだし、その反対側に、徹頭徹尾の影としての虚構がある。</p>
<p>しかし、歴史観やイデオロギーを非難するためとはいえ、方法まで捨て去ってはいけないし、主体や技巧を非難するためとはいえ、文体まで捨て去ってはいけないのだ。文体は、悟性や理性にまでは到達しない、感性的な刺激のうちに存在している。感覚が織りなす複雑な角度が、感情＝文体を実現する。感情といっても、身体の奥深くに蓄えられたルサンチマンとは無関係である。それはいわばテニスのラケットであり、知的に研ぎ澄まされたさまざまな角度や早さが、多様な感情を実現していく。だから、感情は、感官に与えられた刺激を純粋悟性で解釈することとは無関係である。もっとすばやい。たとえば、高貴なひとは、怒りをこらえたりはしない。避けるべき怒りであれば、それをいなすのだし、仮にこらえることがあったとしても、それはあくまで、来るべき怒りを増幅させるために、敢えて行なっているのだ――たとえば、オデュッセウスのように（ニーチェがいうように、カントとは、そうした怒りをいったん悟性に蓄積し遅延させる効果のことである。また、その点からすれば、無意識とは、要するに、大脳皮質の外側にある人間の皮膚感覚のことである）。だから文体は方法同様に、主体よりもむしろ実践と結びついている（志賀直哉はいっていた、「歴史など書き換えてしまえ！」）。文体が実現するのは、言葉の色彩であり、言葉の音楽である。</p>
<p>文学が文体に関わるものであるかぎり、さまざまな生の技法を実現する。そしておそらく、そこにのみ意志をもつのが、純文学である。この学は、歴史とはついにかかわらないし、主体（人称）とも無関係である。むしろ、端的に、出来事の学であることを欲している。フランス語で書かれたJe penseとは、まさに、「われ」すなわち主体を抹消するための、デカルトのスタイルだったのである。</p>
<div class="post-rl">
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E5%AD%A6%E3%80%881%E3%80%89-%E5%8F%A2%E6%9B%B8%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%8B%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%BF%E3%82%B9-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF-%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%B3/dp/4588008773%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4588008773"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41m28LuxuSL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">ジャンバッティスタ ヴィーコ『新しい学〈1〉 (叢書・ウニベルシタス)』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E5%AD%A6%E3%80%882%E3%80%89-%E5%8F%A2%E6%9B%B8%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%8B%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%BF%E3%82%B9-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF-%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%B3/dp/4588008781%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4588008781"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41iFCR1i3nL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">ジャンバッティスタ ヴィーコ『新しい学〈2〉 (叢書・ウニベルシタス)』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E5%AD%A6%E3%80%883%E3%80%89-%E5%8F%A2%E6%9B%B8%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%8B%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%BF%E3%82%B9-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF-%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%B3/dp/458800879X%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D458800879X"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41MfXxtt65L._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">ジャンバッティスタ ヴィーコ『新しい学〈3〉 (叢書・ウニベルシタス)』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span>
</div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/fragment/1344.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>《文学》のプログラムIV、荘子とヒルベルト</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/1111.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/1111.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 06 Jul 2009 02:46:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Gödel]]></category>
		<category><![CDATA[Gödelsche Unvollständigkeitssatz]]></category>
		<category><![CDATA[Hilbert's Program]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[negation]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[決定不能の宙吊り]]></category>
		<category><![CDATA[荘子]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/1111.html</guid>
		<description><![CDATA[荘子の言葉をもう一度引用する。 荘子が恵子といっしょに濠水の渡り場のあたりで遊んだことがある。そのとき荘子はいった、「はや（魚）がのびのびと自由に泳ぎまわっている、これこそ魚の楽しみだよ。」ところが、恵子はこういった、「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">荘子の言葉をもう一度引用する。</p>
<p>
<blockquote>
荘子が恵子といっしょに濠水の渡り場のあたりで遊んだことがある。そのとき荘子はいった、「はや（魚）がのびのびと自由に泳ぎまわっている、これこそ魚の楽しみだよ。」ところが、恵子はこういった、「君は魚ではない、どうして魚の楽しみがわかろうか。」荘子「君は僕ではない、どうして僕が魚の楽しみをわかっていないとわかろうか、」恵子「僕は君ではないから、もちろん君のことはわからない。君はもちろん魚ではないのだから、君に魚の楽しみがわからないことも確実だよ。」荘子は答えた、「まあ初めにかえって考えてみよう。君は『お前にどうして魚の楽しみがわかろうか、』といったが、それはすでに、僕の知識のていどを知ったうえで、僕に問いかけたものだ。（君は僕ではなくても、僕のことをわかっているじゃないか。）僕は濠水のほとりで魚の楽しみがわかったのだ。」<br />金谷治訳『荘子』秋水篇、岩波文庫
</p></blockquote>
<p class="post">普通に読むかぎり、荘子と恵子の違いはこうである。恵子は、「わからない」という状態を、「魚の気持ちなどわかるものでは《ない》」という否定文と考える。この否定文からある種の決定不能を導き、命題を宙吊りにもっていくことで、荘子を論駁しようとするのだ。だが、荘子はこう考える。「わからない」という文を、理解の否定ではなく、実践的な理解の程度を示すとした。そこから、決定不能の宙吊りを大地に引き摺り下ろし、命題を肯定の側へと大きく転回させるのだ（この議論の差異は、無限と無際限の違いとして有名である。無限を、際限がない、という意味の無限と、実無限とに分けるのである。カントールの集合論は、無際限よりも、実無限の方が大きいことを証明する）。</p>
<p class="post">この会話の論理学的なカラクリはこれだけなのだが、われわれがもっと気にしなければいけないのは、にもかかわらず、荘子が《嘘》をついている、ということである。魚の楽しみを知る、などということは、科学的な観点、あるいはカント的な観点からは、まずまちがいなく真理とはなりえない。恵子の論理学的な議論とは無関係に、魚の楽しみなどそもそもわかるわけがないのである。《他者》の感情は、基本的にはカントがいうように不可知である。彼女が泣いているからといって、本当に悲しんでいるかどうかは他人にはわからないし、つきつめていけば、本人にさえわからない。つまり、どう考えても、《荘子は嘘をついている》のだ。そして、もっと不思議なことは、《他者》の不可知性にもかかわらず、そして荘子の言葉が《嘘》であるにもかかわらず、恵子の決定不能よりも、真理に一歩踏み出しているという不思議な事態が発生していることである。</p>
<p class="post">これは本当に不思議なことである。嘘が真理に触れる？　虚構が真理に触れる瞬間がここに現れているのだろうか？　たとえば、無実のひとは、「わたしは犯人ではない」という否定文が信用してもらえないとき（この事態がひとを極限状態に追い込むことが容易に想像できる）、ときに《嘘》をつくことで自身の潔白を証明しようとすることがある。「わたしがやった」というわけである。こうした嘘の自白が行なわれることは、たとえば刑事がふるう暴力とは間接的な関連しかもたない。むしろ、言語と出来事そのものの構造上の特性から必然的に、もっとも真っ直ぐに導かれるのである。というのも、本質的に《正直》である彼は、「わたしは犯人ではなく、わたし以外の者（というかほかならぬ別人）が真犯人である」と述べる術を持たなかったからである（この嘘は、否定文と同じ自己言及しかもたらさない）。だから、ひとは、自身が無実であればあるほど、そして正直であればあるほど、かえって追い詰められて嘘の自白―最小の嘘であるような―を行なってしまうだろう（刑事はそのことを知っておくべきだった）。否定文ではない形で自身の潔白を証明するには、《嘘をつくほかない》のだ。そして、事実、より真理に近づいているのは、理論上は否定文である前者ではなく、後者なのである。徹頭徹尾自己言及である否定文は、なにしろ、自分自身を否定することしかしない。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">ゲーデルは、不完全性定理によってヒルベルトの数学基礎論にとどめを刺した。この証明を、ヒルベルトは同僚のベルナイスから聞いた。ベルナイスにはヒルベルトが一瞬、「怒った」ように見えたという。そして最晩年のヒルベルトは、こう言っている。</p>
<p>
<blockquote>ゲーデルの結果により証明論が実行不可能となったという見解は間違いであり、それは有限の立場の拡張が必要であることが判明しただけだ。<br />『数学の基礎』前書き（林晋訳『ゲーデル 不完全性定理』岩波文庫より再引用）</p></blockquote>
<p class="post">ヒルベルトのそれまでの基礎論の試みが誤っていたとしても、彼のこの言明そのものは、わたしには正しいように思われる。有限であるひとが、無限に触れるためにもっているもっとも強力な手段が、《嘘》である。《嘘》があれば、ひとは神とさえ話すことができる。だからひとは《文学》を書く。そして、もっと重要なことは、《嘘》には、おそらく種類が二つあるということである。ひとつは、たんに自身に帰ってくる嘘である。自己回帰的な嘘は、実際には否定文と呼ばれることが多い。「わたしは犯人ではない」というのがそれであり、恵子は言語をこうした本質的に自己回帰的な嘘だと考えている。そしてもうひとつの嘘は、他者を巻き込みながら自分に返ってくる嘘である。荘子は、まるで山に登ればいつも獲物を携えて戻ってくる狩人のように、言葉を発するのだ。この豊かな嘘も否定文の形をして現れることがままあるが、嘘であるにもかかわらず、真理に向けて発声される嘘である（この両者の違いは、ひとから聞いておもしろくない《夢》とおもしろい《夢》を分かつ中心的な分水嶺といってもいい）。ともかく、虚構には、二つの区別が必要だし、この区別なしに虚構という語を用いたとしても、たいていは、カント主義に搦めとられてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
出来事の科学的基礎を与えようとしてきた歴史学は、つねに、自身のうちから《文学》を排除しようと試みてきた。実際、虚構をものす《文学》は、あまりにも科学とは、そして真理とはかけ離れているように思えたからだ。その場合、歴史学がもっとも忌み嫌ってきたのは、デリダの想定とは逆に、《声》である。《声》は、出来事に基礎を与えるには、あまりにも弱々しいものだったからだ。なにしろ、紙や石版といった媒体という定着物を有していないのだから（だが、実際には、この媒体という定着物が、言葉をリプレゼンテーションに変えてしまう……）。歴史主義は、声ではなく、文字に対する極端な傾斜によって、はじまっている。会話文が存在しているだけで、それは歴史学ではなく、歴史小説だと考えられてさげすまれてきたのである。
</p>
<p class="post">むろん、ありきたりの歴史小説のように会話文を挿入することが、出来事の学にとって重要だというのではない。そうではなくて、出来事の基礎にとって、もっとも重要なことは、むしろ《声》を弁証法的に統合することなく、つまり声を文に還元することなく声を扱う、一種の特異な書物を書くことなのではないか。つまり、出来事の基礎論にとって本当に必要な行為は、《文学》することなのではないか。「有限の立場の拡張」。最晩年のヒルベルトの言葉は、おそらく、そのことを指摘している。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/1111.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>小林秀雄の孤独</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/15.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/15.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 07 Feb 2008 14:36:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Hideo Kobayashi]]></category>
		<category><![CDATA[Jun Takami]]></category>
		<category><![CDATA[Naoya Shiga]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[Whitehead]]></category>
		<category><![CDATA[Yasunari Kawabata]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=15</guid>
		<description><![CDATA[小林秀雄について、なにか書いておこう。彼は、一九八三年まで生きた。その意味では、彼は孤独だっただろう。自分より若かった高見順も早世し、川端康成も自殺し、そして志賀直哉も死に、そのなかで、戦前のひとたちがもっていた、ある種 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>小林秀雄について、なにか書いておこう。彼は、一九八三年まで生きた。その意味では、彼は孤独だっただろう。自分より若かった高見順も早世し、川端康成も自殺し、そして志賀直哉も死に、そのなかで、戦前のひとたちがもっていた、ある種の《文学》への共通理解のようなものは、もう失せていたからだ。彼の孤独がとりたてて不幸だとは思わないが（天才はみな孤独なものだ）、ともあれ、戦後の多くのひとたちは、文学――というか文壇に、一種の権力を感じていたし、それを攻撃することが、また戦後独特の一種の共通理解を築いていたようである。日本は、哲学する国ではない。文学の国である。近代以降、これほど、文学が、権力の中枢に食い込んでいた国も、そうはないだろう（前近代とは議論の中心が異なる）。戦前、多くの優秀な知識人が、むしろ在野にあって、官僚的な学問よりも、文学を選び、身も細る思いで文学作品を作りあげたのである。そしてそのことは、戦前の日本の社会のあらゆる美点をつくりあげた。その一方で、戦後は、それを消費した時代である。文学者を批判し、ときに非難し、文学者が作りあげた、アカデミズムのでっぷりとよく肥えた象牙の塔とは異なる、奇怪な文壇という玲瓏たる尖塔をその土台から破壊したのである（結果として、競争の対象を失って形骸化したアカデミズムだけが、荒野に醜い札束の塔を拵えている）。</p>
<p>高見順は、批評には、文学への愛がなければならないといった（高見は、サルトルやメルロ・ポンティよりもホワイトヘッドの方に賛意を表明した作家である）。それは、けっして間違いではない――というか、全面的に正しいと思う。この言葉は、感情的にではなく、理論的に読まれなければならない。偏愛はどうしようもないが、それはそもそも論外なのであって、文学批評が、文学を破壊してしまっては、なんの意味もないのである。知識人と大衆との関係を、アメリカのような形にしたいひとたちがそこらじゅうにいるが、それは誤りである。日本ほど、文学が政治権力の中枢に楔を打っていた国はないといった。それは、とくに戦前はそうである。だが、また同時に、戦後の日本ほど、文学者そのものを圧殺するような批評言語を好んだ国もないだろう。彼らは、かつての文学者が、やや自虐的に自身の生業を語る言葉を嬉々として、そしてやすやすと聞いた。そうだ、文学などつまらないものだ。もっと、現実を、もっと現実を……。彼ら戦後の批評家は、そうすることで、言葉と現実とを分割し、逆説的に、言葉のために、あらゆる現実から疎外すると同時に保護する、なにか奇怪な領域を作りあげたのである。文学は無力なのだ――そう主張することで、戦後の文学者は権力を放棄したが、同時に知であることも放棄し、その結果、一番得をしたのは、既存の政治家たちなのである。</p>
<p>そんななまぬるい「無力な」言葉の領域をつくるくらいなら、文壇のほうがずいぶんましだったと思う。文学は、およそあらゆる権力に反対せねばならない。したがって、力でなければならない（わたしがここでいう力とは、たとえば重力や電磁気力のように、現実になにか《具体的な》作用を及ぼすもののことだ）。また、言葉が現実の頂に登りつめるまで、それこそ玲瓏レンズのように磨き上げねばならない。だからこそ、おいそれとそう簡単には文学者の列にひとを加えるわけにはいかないし、また逆に、文学者を育てねばならない。したがって、文壇のような特異な領域が生じてしまうのは仕方がないのである。ことばは力であるし、反権力という権力もまた存在する以上、力が権力になってしまうことも、完全に避けることはできない。だが、そんなものを恐れていてはなにもできない。権力など、かつての可能性の残滓にすぎない。反権力に向けてことばを磨けばいいだけのことだ。戦後、降って沸いたように、権力の玉座が大衆の元に忽然と姿をあらわしたとき、当然のような顔で大衆が権力の中枢に座ったが、そのとき、真の文学者だけが、大衆から離れた。吉本隆明や、花田清輝（もう彼については自分からは語ることはないだろう）のような議論の中心とは、完全に縁を切ったのである。当然、文壇は、大衆からさえ攻撃を受けたが、文学者とは、権力に反対するためなら、むしろかえって天皇のために死ぬことさえ厭わないひとたちである（わたしのいっていることが正確に理解されるだろうか）。</p>
<p>誤解のないようにいっておくと、わたしはだいたいにおいて天皇制に反対だが、それは別として、話を小林に戻そう。彼はこういっている。</p>
<blockquote><p>整理することと解決することとは違う。整理された世界とは現実の世界にうまく対応するように作り上げられたもう一つの世界にすぎぬ。おれはこの世界の存在をあるいは価値をいささかも疑ってはいない、というのはこの世界を信じたほうがいいのか、疑ったほうがいいのか、そんな場所にはてしなく重ね上げられる人間認識上の論議になんの興味もわかないからだ。…</p>
<p>ニイチェだけにかぎらない、おれはすべての強力な思想家の表現のうちに、しばしば、人の思索はもうこれ以上登ることができまいと思われるような頂をみつける。この頂を持っていない思想家はおれには読むに堪えない。頂まで登りつめたことばは、そこでほとんど意味を失うかと思われるほど慄えている。絶望の表現ではないが絶望的に緊迫している。無意味ではないが絶えず動揺して意味を固定し難い。おれはこういう極限をさまようていのことばに出会うごとに、たとえようのない感動を受けるのだが、おれにはこの感動の内容を説明することができない。だがこの感動がおれのかってな夢だとはまたどうしても思えない。</p>
<p>正確を目ざしてついに言語表現の危機に面接するとは、あらゆる執拗な理論家の歩む道ではないのか。どうやらおれにはこれは動かしがたいことのように思われる。…この世に思想というものはない。人々がこれに食い入る度合いだけがあるのだ。だからこそ、ことばと結婚しなければこの世に出ることのできない思想というものには、危機をはらんだその精髄というものが存するのだ。<br />（「Ｘへの手紙」『様々なる意匠・Ｘへの手紙』角川文庫、195-7頁）</p>
</blockquote>
<p>言葉は、力である――彼は、そういっている。小林は、もはや完全に認識論とは手を切っているのだ。先日の丸山真男と好対照をなしているので、ここを引いたが、有名な「２×２＝４」と「文体」について論じた箇所を引いてもよかったかもしれない（江藤淳や、柄谷行人が、どう考えても誤解して読んだとしか思えない箇所でもある）。ともあれ、小林の強い確信によれば、言葉は、意味を失うか失わないか、その臨界において、ついに現実の世界に接するのである。「おれにはこの感動の内容を説明することができない」。もちろん、わたしにおいてもそうだ。彼はつづけてこういっている。</p>
<blockquote>
<p>…われわれの伝統は、西洋の伝統に較べて、この言語上の危機に面接してただこの危機だけを表現して他を顧みない思索家を、なんと豊富に持っているかとおれはいまさらのように驚くのだ。卓抜な思想ほど消えやすい、この不幸な逆説は真実である。消えやすい部分だけが、思想が幾度となく生まれ変わるゆえんを秘めている。おれはしばしば思想の精髄というものを考えざるをえない。（同前、197ページ）</p>
</blockquote>
<p>本当の思想は、書かれていない。それは、《声》なのだ。だから、たちどころに消える。もちろん、この小林の「手紙」にも、それは《書かれていない》。戦前のひとびとがもっている音声中心主義を、わたしも共有する。痕跡も残さず消え去ってしまった声、歴史家に求められているのは、この徹頭徹尾認識論上の問題である「痕跡」――世界を信じたほうがいいのか、疑ったほうがいいのかという、くだらない問いと同じものである――を残さない声を、わたしたちのもとに手繰り寄せることなのだ。小林は、歴史に向かう。しかしそれは、認識論的な思想家が、歴史に向かったのとは、およそ反対の方向を向いてである。</p>
<div class="post-lr">
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88-%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E4%BA%94%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E5%85%A8%E9%9B%86-%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%87%E3%82%A6%E3%82%B9%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E5%9B%A3/dp/B0030AHBIG%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB0030AHBIG"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/612gqozzRZL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『モーツァルト:弦楽五重奏曲全集』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3-%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF%E9%9B%86-II-%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89-%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3/dp/B00005G8GI%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB00005G8GI"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51dpCuvFYFL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 II』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span>
</div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/15.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>言葉の力</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/321.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/321.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 15 Nov 2007 01:22:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
		<category><![CDATA[inflection]]></category>
		<category><![CDATA[music]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[Science of Incidents]]></category>
		<category><![CDATA[自由民権運動]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=321</guid>
		<description><![CDATA[言語は、主体の意志を伝えるための道具である。このとき、ある語と結びついている特定の意味が参照されなければ、意志が伝達されるということはない、と考えられる。したがって、《意味》が共有されていなければならない。《意味》という [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>言語は、主体の意志を伝えるための道具である。このとき、ある語と結びついている特定の意味が参照されなければ、意志が伝達されるということはない、と考えられる。したがって、《意味》が共有されていなければならない。《意味》という仮象を経たうえで、はじめて、意志が伝達される。つまり、かならず語は屈折のプロセスを経るため、語が表象する意志に対して、つねに媒介的であり、また間接的であると考えられる。</p>
<p>しかし、言語はかならずしもそれだけとはいえない。たんに表現され、一種の音楽として機能する言語も可能だからである。つまり、《意味》を欠いた言語というものがありうる。たとえば、「オッペケペー」や「トコトンヤレ」、「エージャナイカ」、あるいは「ドッコイショ」や「ヨイショ」、「ヨッシャ」、「コラ」などである。これらは、もはやなんの意味ももっていないが、にもかかわらず、なんらかの行動に付随し、またこれ自体がひとに行動を促す場合がある。したがって、たんに無意味というわけでもないが、かといって、上記の《意味》をもってはいない。《意味》が他人に正確に伝達されるかどうかは、問題ではなく、あくまで、行動に連鎖して起こるのであり、どちらが主であるともいえず、また話す主体ということも、それほど問題にはならない。とくにはじめの三つは、自由民権運動や討幕運動に密接にかかわっているものである。こうした音楽としての言語は、出来事や行動と連動する、ある種の革命性をもっている。</p>
<p>言語がそのまま出来事であるような、そうした言語とは、いわば、音楽的言語であると考えなければならない。意味は、ひとびとの内面的な意識において実現され、そのことによって、伝達が完遂したとみなされる。だが、音楽的言語は、むしろ、意味を、人間の外側で起こる《出来事》であると考える。たとえば、熱湯をかけられて、「冷たい」といったとしよう。「冷たい」という語が、本来の《意味》とかけ離れていようと、なんらかの感覚を他人に抱かせ、他人に行動を促すかぎりで、それはやはり、出来事と直接に結びついた言語であると考えるほかない。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>言語の本質が音声にある、といわれる場合、とくに注意しなければならないのは、こうした音楽性に重点が置かれている場合である。いわゆる「自分の話すのを聞く」という円環は、デリダがいうように、たしかに批判されねばならない。しかし、それは、あくまで、《意味》の共有を完全なものにし、それをもとに自意識的な共同体を構成する、という場合の円環である。上記のような音楽的な音声は、《意味》を欠いているがゆえに可能になっているのであり、そうした《意味》的音声とは区別されなければならないはずである。つまり、デリダは、そうした《意味》論的な言語を一掃しようとするあまり（相手／対象との同意や契約を必要とする意味論的な言語使用は、たしかに不完全なものに終始する）、音声のもつ革命性も一緒くたに批判してしまったわけである。</p>
<p>文学であろうが、歴史学であろうが、出来事と直接に結びついた音楽的言語というものを相手にするかぎりでしか、可能にはならない。意味論的な言語は、すべて、カント的な認識論に回収されてしまう。たとえば、「実態」を想定する実証主義や、「意識」を想定する構成主義的な思想史は、意味論的であるかぎり、不可能性や消極性を帯びないわけにはいかないのである。つまり、言語は、間接的で、媒介的で、つねに意志の疎通を不完全なものにする「絶望」的な装置として、ひとびとを悩ませることになるわけである。</p>
<p class="post-c"◇</p>
<p>ここから、言語の軽視が起こる。しょせん、言語は現実あるいは「実態」に対して二次的である、というものである。たしかに、意味と現実とを直接つなげようとするヘーゲル的な議論は、批判せねばならないし、その場合、言語を二次的なものに貶め、物自体と言語的認識を区別することは、有効である。だが、結果として、言語の音楽性が無視されてしまう。</p>
<p>わたしたちは、キューバの音楽であろうが、日本の音楽だろうが、アメリカの音楽だろうが、すべて、音楽として聴くことができる。演奏家は、音を出しているだけだが、にもかかわらず、聴衆は、それを音楽として聴くのである。意味論的な言語において、外国語がきわめて重大な障壁になるのとは、正反対である。言語においても、そうした音楽的言語というものがある（逆にいうと、意味論的な音楽というものもあって、日本の最近の歌謡曲は、きわめて意味論的なもの――つまり、意味が共有されていないと理解できないもの――に成り下がっている）。</p>
<p>疑い深い読者のために、音楽的言語の存在を証明する、ある事例をあげよう。むかし、ニューヨークにいたとき、ある黒人の母親が、自分の子供に「ウッジューシーザライツ」といっているのに出くわしたことがあった。わたしは、この音声を聞いて、母親が即座に、通りを飾るイルミネーションを見ろといっていることを理解した。というか、理解する前に、そのイルミネーションを見た。わたしは、そこで、意味を参照したわけでもないし、同じことだが、仮象を思い浮かべたわけでもない。「ウッジューシーザライツ」というリズムが、イルミネーションを見る動作と連鎖的に結びついたのである。</p>
<p>音楽的言語というものを考える場合、むしろ、外国語のほうが、《意味》がわからない分、容易なのである。文学や歴史も同じことで、《意味》がわたしたちに共有されていないほうが、かえって、その当の作品や記録を、出来事そのものとして受けとりやすいのである。翻訳にすぎないにもかかわらず、カフカやポーや、クライストやゴーゴリの小説（これらはわたしの趣味であげたにすぎない）がわたしにとって出来事であるのは、そういうわけである。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>さて、議論の方向が定まっていないし、わたしのほうで定める気もないのだが、とにかく、わたしがいいたいことは、言語は、モノと同じ強さで、重大視されねばならない、ということである。けっして、モノや現実に対して軽視されていい言語ばかりがあるわけではない、ということなのだ。ドゥルーズは、こういっている。</p>
<blockquote><p>言葉を重大に考えよう、ぜひとも言葉に頼ろう、それを他のものを含むすべてのものにならせるために。（ジル・ドゥルーズ「『牧神たちの五月後』への序文」）</p></blockquote>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/321.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>デカルトのコギト――わたしという出来事</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/5.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/5.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 May 2007 15:20:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[apriorität]]></category>
		<category><![CDATA[cogito]]></category>
		<category><![CDATA[cognitio]]></category>
		<category><![CDATA[Descartes]]></category>
		<category><![CDATA[Kojin Karatani]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[Science of Incidents]]></category>
		<category><![CDATA[écriture]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/blog/?p=5</guid>
		<description><![CDATA[デカルトの《コギト》。これについては多くのひとが少しは聞いたことがあるだろう。わたしがこれから語ることは、読者にそれほど理解されないだろうし、きっと誤解されるだろう。そもそも、読者に余計な期待はしていないつもりだが、問題 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>デカルトの《コギト》。これについては多くのひとが少しは聞いたことがあるだろう。わたしがこれから語ることは、読者にそれほど理解されないだろうし、きっと誤解されるだろう。そもそも、読者に余計な期待はしていないつもりだが、問題は、わたし自身が、自分の考えをうまく書けるか、自信がないことである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>「われ思う、ゆえにわれあり（Cogito, ergo sum）」。 このテーゼは、デカルトがオランダで孤独を託ちながらたどりついた、知の最高峰のひとつである。――すべての実在は疑わしい。あらゆる実在が、その存在を証明することができない。しかし、とデカルトは言う。それを疑うこの「わたし」だけは、そうした疑いが可能であるために存在していなければならない。かくして、「われあり」が一種の逆説として、証明される。このダイナミックな転回は、しかし、その後多くの哲学者によって批判されることになる。そして、わたしたちの多くも、そうした批判をおおむね共有している。「われ思う、ゆえにわれあり」。この言葉を読むとき、誰もがある欠陥に気づくに違いない。「思う」を実現するための「われ」が、そもそもその存在証明を与えられていない以上、「われ思う」すら可能にならず、けっきょく、「われあり」は可能にならないのではないか？</p>
<p>デカルトのこのテーゼを批判したカントという哲学者がいる。彼の哲学からみれば、デカルトのコギトは、ある意味では、存在の証明ではなくて、消滅の規定というにふさわしい。実在を実現するためには、時空間を必要とする。その時空間がはじめになければ、そもそも「われあり」は可能にならない。デカルトのいう「われ」が可能になるためには、こうした時空間認識がアプリオリに規定されていなければならない。したがって、すべてが疑わしいというデカルトの議論の前提は、当然「われ」にも当てはまるのであって、とどのつまり、「われ」すら存在しなくなってしまうはずなのだ。カントは言う。「この（デカルトの）観念論のたくらみが当然以上に観念論自身に報復される」と（『純粋理性批判』）。つまり、デカルトの「わたし」の存在証明は、かえって「わたし」の不在を証明してしまうのだ。</p>
<p>デカルトの《コギト》は、むしろ消滅の規定なのであり、かくして、「われ」は「思う」という不確かな言葉とともに、虚空に消え去るのである。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>コギトcogito（名詞形はcogitatio）とは、ラテン語で“思惟する”ことである。“思惟する”とは要するに考えることだが、この言葉は、“回顧する”という意味で使われることもあるし、“想像する”、という意味で使われることもある。つまり、この語は時間的な推移を含んだ言葉であり、記憶力と想像力とを同時に試す語である。その点で、とりわけ現在に存在しないもの、不在のものを想起する際に使われる言葉であることが推測される。したがって、たんに《コギト》と言っても、そんなに簡単な動詞ではない。</p>
<p>よく似た言葉にcognitio（名詞）がある。この語は、“認識”であるとか、“知識”であるとかを意味している。cognomenが“姓”を意味し、cognatusが“血族”を意味し、そしてcognitorが“代理人”を意味したりするように、こちらはとくに経験できるもの（つまり不在ではないもの）を学んだり、あるいは研究したり、あるいは認識したり、そういった、いまここにある、存在（プレザンス）に対する知的な再現前化に対して用いられる語である。</p>
<p>cognosco（知る）とcogito（考える）とは、厳密に区別されねばならない。というのも、cogitoは、ある意味で、認識すべき対象を現在において欠いている点、つまり不在（アブサンス）によって特徴づけられるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ところで、カントにおいて、こうした知的な所作はどのように区別されていたか。カントにおいて重要なそれは、知るbekant／わかるerkant、という区別である。カントが重視したのは後者である。ただ“知る”のではなく、積極的に“わかる”ということ、“認識する”ことが重要である。いずれにしても、デカルトのコギトは、この区別には属していない。“考える”とは、“知る”ことでもなく、“わかる”ことでもないからである。</p>
<p>たしかに、カントのデカルト批判はある点では正しい。だが、ここは視点を少しだけずらそう。《われ思う、ゆえにわれあり》のようにロマン主義的で、単純な独我論を、デカルトが行なうとも思われないからだ。カントのデカルト批判は、カントが自身の哲学（これもまたひとつの知の最高峰である）を構築するための、ひとつの道具にすぎない。カントが、ある種の独我論を批判するためにつけた“デカルト”のインデックスは、しかし現実のデカルトとは関係がない。</p>
<p>晩年のカントは、歴史主義の時代、エクリチュールの時代の到来を予言している。すでにフランス革命に、こうした歴史主義の予兆があった。その意味で、カントの用語が設けている区別を、デカルトは知らない。だが、デカルトが暗黙のうちに設けているひとつの断絶――エピステーメーのシフトを、カントは無視している。デカルトは、エクリチュールの時代の人間ではなく、カントの時間概念とも無縁の人間なのだ。</p>
<p>実際、デカルトの議論が、観念論に、そして独我論にシフトするのは、彼の《コギト》が読まれるときだ。テクストとしての《コギト》は、どう読んでも、カントが言うように、やはり観念論であり、恐ろしい独我論である。だが、このような馬鹿げた、容易に批判可能な議論が、本当にデカルトの口から発せられたと考えるのは、いささか勇み足にすぎる。重要なことは、むしろ、デカルトのテーゼから、そういう一般的な批判には当てはまらない響きを聴き取ることである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、繰り返すが、カントの批判はまったく正しい。そこでむしろ、カントのデカルト読解に寄り添ってみよう。デカルトのコギトは、たしかに、消滅の規定であるというにふさわしい。むしろデカルトは、実際に、そう言っているのだ。《わたしは存在しない》と。彼はもちろん、「わたし」の存在がすでに疑わしいことなどとっくの昔に承知している。デカルトが、実在を可能にするアプリオリな時空間概念を前提していない以上、カントの言うとおり、この「わたし」は、すでに不在なのだ。「われ思う」とは、「われの不在を思う」なのであり、また「不在について思考する」ということだ。そのあと、「ゆえにergo」とつづく。デカルトのテクストを読むとき、わたしたちは、たとえデカルトのテクストを離れてでも、ここで飛躍せねばならない。実際、彼が“命がけの跳躍”をみせるのは、この“ergo”においてなのだ。“ergo”は、まま“ゆえに”と訳されるとしても、一段一段登りつめる論理的階梯というよりは、ひとつの偉大な跳躍そのものである。デカルトは、自分の不在を確信したあと、半ば自嘲気味に、こうつぶやく。「といっても、わたしは存在しているよ」と。</p>
<p>『トランスクリティーク』において、柄谷行人は、疑うデカルトと、思惟するデカルトを区別し、前者に然りを、そして後者に否を突きつけ、“疑う”ことと“思惟する”こととを混同したデカルトを批判している。だが、それは間違っている。というか、あまりにカント主義的な把握である。柄谷のように、“疑う”ことと“思惟する”こととを区別するなら、むしろ答えは逆である。彼が命がけの飛躍を行なうのは、“疑う”ことをやめた瞬間なのである。実在を疑っているとき、デカルトは疑うわたしを前提している。世界中の実在はすべてあやふやなものだと語るデカルトは、自分の実在だけは、つゆとも疑っていないのだ。そもそも、疑う自分の実在なしに、疑うことなどできないのだから。彼は周囲のあらゆるものを疑うことによって、自分を守っているのであり、彼が独我論に陥っているのはこのときなのである。しかし、彼が疑うことをやめ、自身の疑念を確信したその瞬間、すべてが不在であることを“思惟する”ことになる。デカルトの攻撃的な疑念が、《不在の思惟》へとシフトすることで、ついにその矛先が自分にも向けられるのだ。単独者としての《このわたし》が立ち上がるのは、この一瞬なのである。</p>
<p>ためしに、こう口にしてみるといい。《わたしは、存在している》。実際、こうした独白は、声が虚空に消え去るように、ただちに消滅する。だが、こうつぶやいても、同じことが起こるだろう。《わたしは、存在していない》。再び、この独白は消え去っていく。たとえ、こうした独白が音声中心主義的な現前の共同体を作り出すとしても、そうであればあるだけ、デカルトのこの孤独な疑念は、ただちに自身の不在を痛感させる結果になるだろう。消え去るこの「わたし」が、不在のＸが、デカルトという他者に出会うのはこの瞬間である。けっして消え去ることのない、どうにもならない残余としての、もうひとりの「わたし」。もちろん、この「わたし」は、次の瞬間には、あてにならない、不在の「わたし」である。この「わたし」がそうした独白もろとも虚空に消え去るこの瞬間、出来事としての「わたし」が、消え去りながら立ち上がり、立ち上がりながら消え去ってゆく。デカルトの言った「われあり」とは、そんな、出来事としての「わたし」にほかならない。</p>
<p>彼の《コギト》は、出来事としてのデカルトのドキュメントである。《われ思う、ゆえにわれあり》は、次のように正確に読まれねばならないだろう。《われはわれの不在を思惟する、ゆえにわれはある》、と。不在こそが、存在を可能にする。cogitoもろとも消え去ることによって、デカルトは、新しい存在論、《わたしという出来事》を、手に入れたのである。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/5.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>声と文字について（デリダとの和解にむけて？）</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/299.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/299.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 May 2007 16:22:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Arts of Extinction]]></category>
		<category><![CDATA[Derrida]]></category>
		<category><![CDATA[discours]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[écriture]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=299</guid>
		<description><![CDATA[声と文字、このありふれた二つのツールについて、少しだけ考えをめぐらせてみよう。 声と文字は、ともに他者とのコミュニケーションのツールだが、その違いはなんだろうか。コミュニケーションのツールという点でこれらを比較すれば、伝 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>声と文字、このありふれた二つのツールについて、少しだけ考えをめぐらせてみよう。</p>
<p>声と文字は、ともに他者とのコミュニケーションのツールだが、その違いはなんだろうか。コミュニケーションのツールという点でこれらを比較すれば、伝達スピードや伝達範囲は、声と文字とがもっている重大な差異のいくつかでありうるだろう。また、これらをひとが捉え、あるいは発する際に、手を用い、視角に訴えるのか、それとも発声器を用い、聴覚に訴えるのか、という点も、また、大きな差異でありうるだろう。</p>
<p>毎度おなじみ、ジャック・デリダは、自分が話すのを聞く、という閉じた円環に、一種の現前の共同体をみたわけである。そこには他者性がなく、したがって独我論的で、つまりは批判の対象となるような、そういう円環である。このように、他者を締め出したところで実現する閉じた円環のなかで、デカルトやフッサール、あるいはもっと遡ってプラトン以来、音声（フォーネー）の至上性が賛美されてきた、というのである。</p>
<p>とはいえ、もちろん、わたしたちは、自分が書いた文字を見る、ということも可能である。その意味では、別に狭義のエクリチュールの方に際立った特権性があるわけではない。とくに、インターネットで掲示板やらブログやらが幅を利かせている昨今にあっては、自分が書いたものを即座に見る、というような、一種の閉じた円環が、いたるところに作られている（独白ばかりのこの文章がまさにそうだ）。そういう意味では、デリダに言わせれば、インターネット上で踊る文字は、文字というよりは音声なのであって、つまり、エクリチュールに見せかけた音声だ、と言い切ってしまう方が彼の理論は救われるだろう。もちろん、そんなことをつづけて彼の理論を守っても、ひとはもうこんがらがってしまって、声と文字のどっちが大事なのかわからなくなってしまうだろう。いずれにしても、声の文字性であるとか、文字の声性であるとか、そういうことが考えうるらしい。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>デリダの音声中心主義批判は、プラトンやデカルトがその批判対象かどうかは別にして、本質的に正しいだろう。実際に、彼が批判するような閉じた円環はいたるところに作られ、他者を締め出し、そうすることで自分の吸う息を奪い、結果的に自身を窒息死に追い込んでいる。こうした事態に対して、エクリチュールの他者性は、たしかに可能性となりうる。現前の共同体を裏切る文字の《差延》は、いまにも閉ざされようとしている音声の円環に、致命の楔を打ち込むことに成功するだろう。《わたしはこんなことは言っていない》と言っても無駄である。なぜなら、文字がそこにあるからだ。</p>
<p>しかし、それはあまりにもエクリチュールにとってご都合主義的な評価というものだ。なぜなら、音声の問題点だけをあげつらい、他方で文字の美点だけを取り上げているのだから。残される「痕跡」によってエクリチュールを讃えるのなら、他方の音声は、消え去ることによって比較しないと、ほとんど意味をなさなくなる。先にも述べたように、音声がもたらすとされる閉じた円環は、エクリチュールにも存在しているからだ。</p>
<p>最初から残すために作られるエクリチュールというものがある。一年、十年、百年、千年。エクリチュールは、時空を越えて、人の一生を優に超えてまで、現在に残存し続ける可能性を有している。こうしたエクリチュールは、つねに‐すでに消え去ってしまった出来事を非‐歴史として締め出し、エクリチュールによって転写された出来事――歴史を生み出す《選別》の装置にもなりうる。これらは、エクリチュールが残り続けるかぎり、たえず機能する。こうした歴史の共同体は、批判されないでいいわけがないし、実際に、デリダ当人も批判しているのだ。この場合、むしろ、評価されねばならないのは、音声の消失可能性なのではないのか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>声と文字との、もっとも重要な違いは何だろうか。それは、両者が生み出す時間概念の差異であると思う。《声》は、過ぎ去る時間に寄り添いながら、たえず時間上の一点を占め、この唯一無比の時間とともに消え去っていく。その一方で、《文字》は、紙などの媒体に定着しながら、媒体の持続力に応じて同じものを反復しつづける。さて、これらは差異だが、この差異は、あるひとつの関数に変換できる。つまり、時間に対する抵抗力である。声を、空気を媒体としたエクリチュールと考えればよいのだ。この場合、声はほとんどゼロである。文字は、物質の持続力に依存した抵抗力を有する。じつは、この関数が、わたしたちのよく知っている時間軸そのものであるようだ。過去に向かって消え去ってしまう声と、現在に向かって定着しつづける文字の差異が、時間軸を可能にしているのである。つまり、時間軸＝歴史は、すでに、声を折りたたんでいる。こうして、デリダと反対のことを言うことも可能になる、というわけだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえば、肌にタトゥーを彫れば、たとえその肌の持ち主が死んでも、皮膚が残っているかぎり、タトゥーは現在に向かって絶えず残存する。このタトゥーは、デリダの用語で《痕跡》と呼ばれる。もちろん、こうした痕跡は、この痕跡の原因がはっきりしているかぎり、同定可能なものであり、デリダにすれば、《痕跡ではない》、ということになってしまうのだろう。が、そういう彼一流の理屈はこの際、少し遠ざけておこう。とにかく、エクリチュールは、媒体の持続可能性にしたがって、《痕跡》となる。</p>
<p>しかし、ここで、ひとつ、ある問題に気づく。つまり、じつは、《痕跡》もまたいずれは消え去るということである。声と文字とは、たんに、媒体が空気であるか、それとも紙や石や肌や脳の記憶層であるか、という違いしかない。声は、空気に刻まれた文字なのだ。古代の美女を描いたどこぞの壁画が、発見されるや消失に向かってこれまでとは段違いに異なるスピードで歩みを始めたように、あるいは、かのパルテノン神殿が、いまも崩壊に向かって遅い歩みを歩んでいるように、消失を止めることは絶対にできない。その意味では、これらの《痕跡》もまた、《忘却》を待っているひとつの声でしかないのである。文字もまた、ひとつの声なのだ。……</p>
<p>じつをいうと、声と文字とのあいだに、ことのほか大きな差異を設けているのは、《人間》であり、とくにその生と死なのである。つまり、人間の一生を越える持続力を有していないもの、有しているもの、それが、声と文字とのあいだに差異を設けているもっとも大きく、かつ外在的な根拠にほかならない。つまり、自分の一生を越えて言葉が残存すること、それがエクリチュールなのだ。そう考えれば、なぜ、ひとが自殺するとき、《痕跡》を残そうとするのかが、よくわかる。というよりも、この場合の「自殺」とは、ひとつのエクリチュール至上主義なのである。自身の言葉を、エクリチュールにするためのもっともよい方法は、即座に死んでしまうことである。死ぬことによって、エクリチュールは完遂されるからだ。死ぬことによって永遠の生を生きるという、死の弁証法――歴史主義者がひとに自殺を命じるのは、こうしたエクリチュール至上主義に端を発しているのである。</p>
<p>エクリチュール至上主義は、一種の人間至上主義でありうる。死を越えて残るエクリチュールの可能生と、そして不可能性。ヒューマニズムがときにひとを自殺に追い込むのは、文字を声から峻別しようとするからなのだ。文字は、かくして、人間至上主義の代償なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>重要なことは、声と文字の差異ではないし、それに気を取られてはならない。むしろ、意を置くべきは、消え去るのか、残るのか、という違いである。それらは、結果的には同じことで、いずれは消え去る運命にある。もっとも身近にあるはずの声が、じつは、遠くにある文字を超越する。というか、文字やテクストが生み出す超越性を、声はもう一度打ち消す。</p>
<p>デカルトは、《われ思うゆえにわれあり》と言った。Cogito ergo sumとI think that I amとのあいだには、まったく違いはない（通例の文法など、この際、忘れてしまった方がいい――ergoはthatであり、むしろandでありonである）。つまり、《わたしは存在していると思っている》、というわけである。ひとは彼を笑うかもしれない、そんなもの、少しも存在の証明ではない、と。だが、わたしは、これを、消え去ることによって存在する、いまもっとも新しい存在論だと考える。彼は別に自殺しないだろう。なぜなら、はじめから、消え去る声に、自分の生を託しているからだ。生きることによってしか、つまり、消え去る過程によってしか、この存在論は完成しないのだ（歴史の存在論が、死ぬことによってしか完成しないのとはまるで正反対である）。</p>
<p>わたしたちはどのみち消え去る。だが、消え去るからこそ、わたしたちは、存在していると言えるのである。歴史にばかり存在証明を托すのにも、いい加減に飽きてきた。重要なのは、声だ。それはいみじくもデリダが言ったように――「他の声を、さらに他の声を」。</p>
<p>出来事は、消え去ることによって定義されるのでなければならない。書き残された歴史からたえず逃れていくような、そういうもうひとつの歴史がある。消え去ることは身体の死を意味しない。出来事は、声という非物質的な、非身体的なものだからだ。出来事が言葉であり、そしてとりわけ声であるというのは、そういうことだ。</p>
<p>声でもあり、そしてときに文字でもあるような、ひとつの声。わたしたちが必要としているのは、そういう新しい言文一致主義であり、そんな新しい言文一致運動である。文字を、できるだけ音声に近づけること。たとえ狂気といわれようと、わたしたちは、どのみち、この《ディスクール》の可能性に賭けるくらいしか、道は残されていない。出来事は文字によって描かれるべきではない。出来事はつねに声とともにあり、そうして絶えず消え去っていく。もし、にもかかわらず、あなたがたが真実を《書こう》と思うのなら、たえず、いまもまた消え去ってゆく無数の声のことを、どうか思い出してほしいのだ。無数の無邪気で邪悪な歴史家がテクストにこだわっているあいだに、あなたがたには、《声を書く》ことを試みてほしいのだ。デリダはいわずもがな、かつての偉大な作家たちが、みなそうであったように。……</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/299.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>テクストとしての憲法／声としての憲法</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/302.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/302.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 03 May 2007 16:30:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[antagonistic peace]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[text]]></category>
		<category><![CDATA[Voice's history(s)]]></category>
		<category><![CDATA[war]]></category>
		<category><![CDATA[énoncé]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=302</guid>
		<description><![CDATA[憲法というテクストがある。これはわたしたちの外部にあり、国民投票という改変を経なければ、どうにもならない《もの》である。カント風にいうと、かの憲法は、一種の《物自体》である。もちろん、改変できる以上、「どうにもならない」 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>憲法というテクストがある。これはわたしたちの外部にあり、国民投票という改変を経なければ、どうにもならない《もの》である。カント風にいうと、かの憲法は、一種の《物自体》である。もちろん、改変できる以上、「どうにもならない」という表現はいささか的を得ていないかもしれない。とはいえ、改変した時点で、それはすでに旧来のテクストではない。別のテクストとして、また新たな生を受ける。したがって、ただちに、それはまた“テクスト”――すなわち、《物自体》であることを始める。</p>
<p>わたしたちにとって、憲法が、そういう意味でのテクストであるかぎり、許されている行為がある。それは、想像力を駆使すること――すなわち、《解釈》である。《物自体》という観念、テクストという観念は、それに相対するわたしたちに、《想像力》という観念を与える。テクストが改変不能な《物自体》であればあるほど、余計に《想像力》という観念は不可避的にあらわれる。したがって、テクストが改変不能な外部であればあるほど、《解釈》という行為は不可避となる。</p>
<p>テクストが、たとえほんのわずかであっても、封じ込めているのは、過去の正確な記憶である。過去の正確な記憶を封じ込めているとしても、やはり、それはわたしたちには一部分しかみえていない。そうであるがゆえに、正当な《解釈》が要求される。ある対話において、ひとびとの言葉から、その内面を探るように、わたしたちは、テクストから、その可能な真意を《想像力》によって、引き出そうとする。つまり、テクストとわたしたちの分裂は、ちょうど、記憶力と想像力の分裂に符合する。テクストとわたしたちが分かたれているその境界線上をそっくりそのままなぞるように、記憶力と想像力は分かたれている（ここでは、マルクスの価値形態論を想起すべきだろう――記憶力と想像力の対は、本当のところは、あるひとつの商品がもっている使用価値と交換価値の対に等しくなっている。あるひとつの商品が交換を可能にすると同時に交換を謎めいたものにしているように、テクストは、読解可能性を開示すると同時に隠蔽している）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>テクストの正確な再現前化が求められること（科学的な知の要求に等しい）と、テクストが不可知の《物自体》である、ということとは、矛盾しない。むしろ、その対こそが、テクストを読解するわたしたちに想像力（だけ）を要求することになる。そして、ここが重要な点だが、テクストという《物自体》は、かえって《想像力》を無際限にする。こうしてテクストは、完全にオープンなものになり、どのような《解釈》も許されることになる。</p>
<p>すでに、前政権によって、現行の憲法においても、海外派兵が可能であることが実証されている。すなわち、テクストが主張しているはずの内容から、完全に真逆の解釈を導き出すことすら、可能なのである。従軍慰安婦にせよ、南京大虐殺にせよ、これらは、想定する程度に違いはあれど、どう考えても事実である。だが、それらを実証しているはずのテクストは、それがテクストであることによって、真逆の可能性すら主張されうる。たとえば、南京大虐殺を伝える新聞は、事実を語っているのではなく、国民の鼓舞という目的にしたがって作られたテクストである、という風に。歴史学者であれば、誰でも知っているはずだが、同じひとつの史料（テクスト）からは、たいてい、二つの異なる解釈が導き出されている。しかも、それらは、おおむねまったく相反する解釈なのである。それは、先の戦争にかかわる領域ばかりではなく、どのような領域においても妥当する。《テクスト》という思考を除かぬかぎり、わたしたちの思考から、こうした《解釈》の可能性を取り除くことはできない。権利上、それは可能だし、またそうでなければならないからである。その意味では、“平和のために戦争をする”、ということさえ、可能になる。ここでいう「平和」が、テクストとしての平和であるとすれば、それは当然の権利なのだ。テクストを正確に、かつ精緻に読むことが、かえってテクストを逆転させ、テクストを脱構築する。それは、たしかに、正しい。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、発想を転換しよう。憲法が、わたしたちが解釈すべきテクストではないとすればどうか。といっても、テクストではない憲法など、にわかには想像し難いかもしれない。だが、わたしは、《言説》としての憲法、というものも、当然ありうると考える。それはどういうことか。</p>
<p>わたしたちは、もはや、１９４５年当時、かの憲法が生み出され、かつ受け容れたあの瞬間のひとびとの真意を、正確に受けとることはできない。その真意は、平和な時代を生きたわたしたちの想像を絶しているし、また、当然、記憶の範囲も絶している。憲法の周辺には、さまざまな史料があり、かの憲法の成立する背景をいろいろと探ることはできるだろうが、そうした瑣末な史料も憲法も含めて、いずれにしても、誰でも知っているように、《読むこと》以外にその手段は認められていないように思える。</p>
<p>実際、誰もが知っているように、声は、失われるものである。戦争の体験者がどんどん減少していく昨今にあって、それは、必然的な事態である。それゆえ、もはやたんに声に頼ることはできなくなっている。だからこそ、テクストとしての憲法、というわけだが、だからといって、憲法を、たんにエクリチュール（文字）の問題として、テクストとしてのみ把握するのも間違っている。むしろ、かの憲法は、平和への意志であり、平和の言説であり、そしてやはり《声》なのである。１９４５年当時のひとびとの記憶力と想像力とをともに封じ込めて過去に消え去った《声》なのである。もちろん、こうした《声》はすでにイデアであり、イデアそのものであり、それゆえ、わたしたちからは失われている。文字は、ここでは、エクリチュールを根源にもつテクストではなく、《声》のドキュメントである。それは、いまここで語られ、現にいま聞いている声ではなく（その意味での声は、たしかにエクリチュールと区別できない領域をもっている）、消え去ることによって定義されるような、そうした《声》である。エクリチュールのもたらす、蓄積される時間概念とは異なる、絶えざる現在の反復という時間概念によって定義される、そうした《声》である。しかし、消え去るといっても、この《声》が意志していた事態を、わたしたちはすでに知っている。というよりも、消え去るがゆえにこそ、わたしたちと彼らとのあいだに、真の意味で出来事が生成するのである。それは、たんに想像力によるのでもないし、たんに記憶力によるのでもない。その両方を駆使することで、この意志を、この《声》を、聞くこと――つまり、出来事を生成させることができるはずだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>私見によれば、かの憲法が主張しているのは、戦争をしないことではない。むしろ、わたしには、《人間》という動物が、必ず戦争をしてしまう動物である、ということを主張しているように思える。そうでなければ第九条は意味をなさないからである。テクスト以前のこうした前提（という言い方は明らかに誤解を生むだろうが）があるからこそ、第九条は可能になっているのだ。第九条が可能な《言説空間》とは、人間と戦争とが、分かち難い紐帯によって結び合わされているような、そういう空間なのである。</p>
<p>その点を考えれば、けっして、テクストがあらゆるものに先立つ根源なのではないし、声はつねに‐すでにエクリチュールによって先取りされてもいない、ということもわかるだろう。こうしたテクスト以前の前提を、わたしはフーコーの言葉を借りて、《言表》と呼ぶ。アメリカ人であろうが、日本人であろうが、《人間》は必ず戦争を行なう。第九条は、そうした出来事の正確な《言表》にほかならない<sup><a name="p1" href="#n1">(1)</a></sup>。したがって、第九条については、次のように考えるのが正しい。すなわち、たんに戦争をわたしたちの手の届かぬところへ遠ざけようとしているのではなく、戦争をかぎりなくわたしたちに近づけながら、同時にかぎりなく遠くへと追いやっている、と。</p>
<p>先の戦争は、さまざまなことを実証した。戦争は、けっして仕掛けるものではなく、あらゆる意味で、仕掛けさせられるものだということ。そしてにもかかわらず、戦争は、仕掛ける側になった時点で敗北であるということ。また、武器を持てば戦争を行なってしまうということ。そして、戦争という手段によっては、家族を守るという目的はけっして果せないということ。そればかりか、たんに家族を破壊する帰結をもたらすのだということ。家族を守るということと、国家を守るということは、同じではないこと。国家の死が個人の死をもたらすのではなく、個人の死が国家の死をもたらすのだということ。下からであろうが上からであろうが、国民と国家の統合は必ず夢想に終るということ、などである。</p>
<p>戦争とは、そうした事態の実証過程にほかならない。そして人間が戦争を避けられない動物であるという前提があるからこそ、第九条は、戦争を《可能なかぎり》未来へと遠ざけるために生み出されたひとつの《声》でありうるのである。ここでは、第九条は、テクストではなく、だから自由な《解釈》の余地はない。言説としての第九条は、上記の《言説空間》によって、すでに規定されているからである。ここでは、真実は、一でもなければ、多でもない。また、一にして多であり、多にして一というわけでもない。真実は、一であり、また同時に、多なのである。それこそが、《声》のもたらす、新しい歴史の空間である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は、わたしたちが、その《声》を聴きとる耳をもっているかどうか、ということだけである。わたしが、憲法を読むたびに、《読む》という行為に反して聴きとるのは、１９４５年というあの瞬間が、わたしたちに、時空を越えて送る悲痛な《声》である。ひとは、未来永劫戦争から解き放たれることはなく、国家の論理の狭間で、つねに戦争の脅威におびえて生きるほかないのだという、そうした悲痛な、そしてささやくような《声》である。もちろん、その《声》は、わたしが聴いた瞬間に、つねに‐すでに、消え去っている。ただ、手許には、エクリチュールという痕跡が残っているばかりである。それは、たぶん、なにかの幻聴であり、ひとかどの紳士ならば「形而上学」といって批判するような、つまり、あらゆる言葉を《声》とみなすような、言い換えれば、言葉をそのまま出来事とみなすような、一種の狂気であるにちがいない。</p>
<p>憲法を変えてもいいし、変えなくてもいい。改変不能なテクストとして、後生大事に守り続けてもかまわないし、自由に解釈可能なものとして、ときと場合によっては変えてもいいような、そうしたテクストとして理解するのもかまわない。ほとんど狂気と隣り合わせであるような、《言説》の領域において、ただいえることは、１９４５年に生み出されたかの憲法が、おそらく世界史上もっとも戦争を身近に体験した世代によって、わたしたちのいる現在‐未来に対して送られた、しかもすでに失われたメッセージであるということだ。わたしたちは、それが狂気の可能性を孕んでいるのだとしても、その《声》を聴きとっているはずなのだ。そして、憲法をテクストとして読む前に、まずはテクストの行間から、エクリチュールの間隙から漏れ聞こえる、そうした《声なき声》のことを考えてみてほしいのだ。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
<a name="n1" href="#p1">(1)</a> リアリストを自称するたいていの改憲派は、テクスト以前のこうしたリアリスティックな前提――人間は何らかの手段で必ず戦争を行なう動物であるという前提――に対して、あまりにも盲目である。彼らにとって、第九条は、たかだかテクストであるにすぎないのである。ところで、公平を期していっておけば、第九条を護憲派が《物自体》として扱うかぎり、かえって他方に無限の解釈を認め、そしてそれを事後的に改憲につなげようとする右派を生み出すのも必然なのである。言説の観点からみれば、左派の方が相対的に正しいが、そうである以上、左派を気取るのであれば、テクストという思考と、自覚的に手を切るべきではないだろうか。
</li>
</ul>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/302.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>声と文字</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/315.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/315.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Sep 2005 18:00:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Arts of Extinction]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=315</guid>
		<description><![CDATA[一度にたくさんのことを言ったり書いたりすることはできない。こうして、ひとは、時間や空間の存在することを知るのだが、ともかく、この時間や空間のせいで、たくさんのことを語り残した。思えば、かつてわたしのものだった言葉から、ひ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>一度にたくさんのことを言ったり書いたりすることはできない。こうして、ひとは、時間や空間の存在することを知るのだが、ともかく、この時間や空間のせいで、たくさんのことを語り残した。思えば、かつてわたしのものだった言葉から、ひとつではない、多くのさまざまな線を引くことができたはずだ。とくに文字には、外に向かって発散する線を描く権利がある。文字は、声のように内に向かって収束したりしない。過去に書かれた文字のひとつひとつから、外に向かって、時間を横切り、空間を裁断する無限に伸びる線を見つけることができるだろう。なにしろ、文字が書かれた瞬間のことを、わたしはもう忘れているから。刹那の桎梏は文字とは無縁なのだ。書かれた瞬間が文字に背負わせたはずの運命を、忘却だけを残して、文字はいとも簡単にすり抜けていく。今のわたしに残っているのは忘却だけで、だから、あのときのことをもたらした運命のことはもうはっきりとは覚えていない。忘却がもたらす無数の線は、いったい、わたしたちを、どこへ連れて行ってくれるのだろうか。どこへ？　未来へ。……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>そんなに性急に未来について考えるのはよそう。性急さと文字とは、似ても似つかない。声にこそふさわしい性急さで文字のことを考えるのはよそう。なにしろ、文字は、ひとが生み出したものの中でもっとも遅いものなのだから。せっかちなのは、わたしのよくない癖だ。今考えなくてはいけないのは、声と文字のこと、動物<sup><a name="p1" href="#n1">(1)</a></sup>と人間のことだ。声と文字とが違っていることは、動物と人間とが違っていることと、よく似ているように思う。声は“わたし”に結び付けられ、“わたし”を可能にすると同時に、声が発せられる前にはいまだ存在していなかった記憶に力をもたらした。文字は“わたし”から切り離されるかわりに忘却に力を与え、記憶の呪縛からひとを解き放った。こうした違いは、動物と人間の違いによく似ている――逆に言えば、声と文字とは、動物と人間とが違っている程度しか、違っていない。</p>
<p>だが、ここではひとまず、この違いを強調する形で話を進めていこう。声と文字は、何が違うのか。</p>
<p>声は……消え去るものである。そして、文字は簡単に消え去ることができない。このことをもう少し細かく言おう。声は、《過去》へと流れ去っていくかぎり、ほとんど時間の推移そのものである。文字は時間の推移に抵抗し、《現在》に定着しつづける。まるで、文字こそが《現在》だと言わんばかりに。したがって、さしあたり、声と文字との差異を、時間的な問題として見ることができるだろう。先にわたしは声と文字とがまったく別の方向を向いていると言った。すなわち、記憶と忘却という別の世界を向いていると。だが、にもかかわらず、この差異をひとつの程度（強度）に還元できる。つまり、時間に対する抵抗力の強さである。声は早く、文字は遅いのだ。声と文字とがもっているこの速度にかんする差異が質的な差異にまで到達するのは、文字に、書き手の死後も抵抗力が残る場合である。すなわち、文字に生じた、不在の存在というべき奇怪な事態が、声と文字に、決定的な差異の刻印をきざむのである。このときこそ、声と文字は、別々の方向を向いた別様の力となる。ひとつは相変わらず記憶の世界に、もう一方は忘却の世界へと、足を踏み入れるのである。動物の取る手段に、とりわけ犬に見られるマーキングがあるが、これはたしかに文字に近い。にもかかわらず、これが文字たりえないのは、死後も残りうるほどの抵抗力がないからである。だから、声と文字のあいだに質的差異を付与するのは、人間の死にほかならない。逆に言えば、人間は、生きているかぎり、動物とのあいだに質的な差異を付与することはけっしてできない。また、死が人間に与えてくれる質的差異にしても、文字がもっている時間に対する抵抗力が持続するかぎりにおいてでしかない。かくして、人間がとりわけ《歴史》を必要とする理由がわかる。それは、人間が他の動物との差異を強調しようとするからであり、人間はそれを望むあまり、《歴史》のために死のうとすらするのである。そして、死をもって実現されるこの《歴史》という概念は、文字が文字であるかぎり、不可避的思考たりつづける。 </p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a name="n1" href="#p1">(1)</a> あとで見るように、そしてかつてハイデガーが逆説的な形で指摘していたように、動物が、究極的に人間の言葉を理解しないという点でしか特徴づけられないとすれば、動物は、ある意味で外国人と呼ばれても差し支えなく、ここでの“動物”なる語は、もちろん、“外国人”に差し替え可能である。</li>
</ul>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/315.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>空海</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/review/158.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/review/158.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 22 May 2003 01:30:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[review]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[écriture]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=158</guid>
		<description><![CDATA[京都国立博物館にて、「空海と高野山」展が開催されている。真言密教の開祖、空海の思想は、このような言い方が許されるなら、南都六宗などいわゆる顕教のエクリチュール中心主義に対して音声中心主義を基軸としている。こうした音声中心 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>京都国立博物館にて、「空海と高野山」展が開催されている。真言密教の開祖、空海の思想は、このような言い方が許されるなら、南都六宗などいわゆる顕教のエクリチュール中心主義に対して音声中心主義を基軸としている。こうした音声中心主義の最良の系譜は、天台宗の密教化（台密）や、あるいは天台宗から起った道元の曹洞宗など、鎌倉新仏教を通して密教が宗教としては次第に顕教へと回収され同一化してしまったことを思えば、のちに「東山殿の時代」と称される室町期の阿弥号をもった文人（能阿、芸阿、相阿、千阿（千利休で知られる千家の祖とされる）など）たちの文化や、あるいは安土桃山文化など、芸術的な側面にこそ色濃く残った、という見方もできるだろう。</p>
<p>たとえば、今回の展示の白眉である「聾瞽指帰」における若き日の自筆書巻を見てみよう。前半からすでにエクリチュールと呼ぶのを逡巡させるその雄渾な筆跡は、最後の数行において、まさに指数関数的にその複雑さを飛躍させるだろう。本場中国においては衰退し、消滅してしまった密教を日本に持ち帰り、根付かせ、さらには戦国期の動乱を彩る様々な文化の源流を準備したのが空海であったことについて、この書巻は逆説的にも説得的である。彼は、音声中心主義よりももっと音声中心主義的な、《原エクリチュール》（デリダ）を見出していると言っても過言ではない。空海という境界線上の知識人は、これまで多くの人間を思考に駆り立ててきたが、それは今後も変わることはないだろう。漢字よりも梵字や仮名を重視した三筆のひとり、空海こそが、日本の作者の一人であることを、わたしは少しも否定しない。その筆先がほとばしらせる飛沫は、はるか今日にまで及び、散種されているのである。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/review/158.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

