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	<title>ex-signe &#187; lie and fiction</title>
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	<description>kio tanaka's website</description>
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		<title>コーラー</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 13:31:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Derrida]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
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		<description><![CDATA[わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を保つことができた。彼は牢獄に閉じ込められて以来、詩を書くようになったという。そのことを不思議に思ったパイドンたちは、牢獄で毒を仰ぐ当の処刑の日に訪れ、なぜかと問いただした。そこでソクラテスは彼らに驚くべきことを語った。</p>
<blockquote>
<p>これまでの生涯において、しばしば同じ夢が僕を訪れたのだが、それは、その時々に違った姿をしてはいたが、いつも同じことを言うのだった。『ソクラテス、文芸（ムーシケー）を作りなし、それを業とせよ』。そして、僕は以前には、僕がずっとしてきたことをこの夢が僕に勧め命じているのだ、と思っていた。ちょうど走者に人々が声援を送るように、この夢は僕に、僕がまさにし続けてきたことを文芸をなすこととして激励しているのだ、と。なぜなら、僕は、哲学こそ最高の文芸であり、僕はそれをしているのだ、と考えていたからだ。しかし、いまや裁判も終わり、神の祭が僕の死を妨げている間に、僕はこう思ったのだ。もしかしてあの夢は通俗的な意味での文芸をなすようにと僕に命じているのかもしれない。それなら、その夢に逆らうことなく、僕はそれをしなければならない、と。なぜなら、夢に従って詩を作り聖なる義務を果たしてからこの世を立ち去る方が、より安全であるからだ。こうして、先ず、僕は現にその祭が行なわれていた神アポロンへの賛歌を作ったのだ。それから、神への賛歌を後で僕は考えた。詩人というものは、もし本当に詩人〔作る人、ポイエーテース〕であろうとするなら、ロゴス〔真実を語る言論〕ではなくてミュトス〔創作物語〕を作らなければならない、と。</p>
<p class="post-r">岩波文庫、岩田靖夫訳、20ページ</p>
</blockquote>
<p>驚くべき、というのは、齢七〇を超えてまだ矍鑠たるこの老人が、死を前にして、知的な探究心を一切失っていなかったことであり、それまでの生涯を否定しかねない夢の解釈に彼自身が達したとしても、飽くことなく、しかもいけしゃあしゃあと、ムーシケーを実践していたことである（わたしは、プラトンのソクラテスの描写は、モデルにされた師自身がどういう感想をもっていたかとは無関係に、きわめて史的に忠実であると考えている――それは、グールドのバッハ演奏にとてもよく似ている）。真理を司るロゴスから、虚構を司るミュトスへ――裁判が真理にまつわるものであるかぎり、この移行はさまざまなことを示唆してくれるが、そもそも彼は、アテナイ人たちに、《真理》を蔑ろにし若者を扇動する《虚構》をでっち上げたことが、死刑に値すると審判されたのだった。ここにあるのは、ロゴスへの絶望や挫折だろうか。しかし、そういう表現が許されるためには、ソクラテスが、それまでロゴスに底なしの信頼を置いていたことが証明されねばならない。だが、この抜け目ない男がそんな迂闊なことをするとは思われないし、この事例そのものが、ロゴス中心主義の存在を反証している、と考えるべきだ。絶望や挫折といった陰鬱な解釈は、ヨーロッパの人間に任せておこう。むしろわれわれは、死を前にしてなお、軽快に踵を返して行なわれたロゴスからミュトスへの跳躍、弟子たちをさえ欺く彼の舞踏に感嘆する。彼には、ロゴスよりももっと重大なことがあった――それが《哲学》であり、そして《文芸ムーシケー》だったのである。ロゴスやミュトスは、その手段にすぎない。わたしは彼とプラトンに、西欧形而上学に伝統のロゴス中心主義、などというものを感じることができないでいる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、さらにパイドンたちに、死後の世界がどのようなものかを、滔々と語る。われわれの世界は、真の世界の窪地にすぎない――画家たちは、真の世界の色の見本を使って、世界を描いている――真の世界においては「この地の色よりも遥かに明るく輝き、より純粋」で――「ある部分は驚くばかりに美しい深紫色であり、他の部分は金色、白いかぎりの部分は白亜や雪よりも白く、同様にその他いろいろな色から成り、それらの色はわれわれが見知っているかぎりの色よりも数も多く、より美しい」。</p>
<p>この世界の外側に広がる真の色彩。ソクラテスによれば、優れた画家たちは、この真の色彩を用いる業をもっているのだという。そして嘆きの河コキュートスや炎の河ピュリフレゲトーンの流れる、恐るべき冥府についても言葉を重ねてゆく。語り終えたあと、ソクラテスは次のような悲劇的な台詞を吐露する。</p>
<blockquote>
<p>さて、地下世界に関する以上の話が僕が述べた通りにそのままある、と確信をもって主張することは、理性（ロゴス）をもつ人に相応しくはないだろう。だが、魂がたしかに不死であることは明らかなのだから、われわれの魂とその住処についてなにかこのようなことがある、と考えるのは適切でもあるし、そのような考えに身を托して危険を冒すことには価値がある、と僕には思われる。――なぜなら、この危険は美しいのだから――</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスは、悲しみに暮れ、彼の死後のことを案じるクリトンに、ソクラテスの痕跡をたどるべきではなく、自己にのみ配慮すべきことを述べ、そして「微笑して」こう答えることも忘れていない。「いいかね、善きクリトンよ、言葉を正しく使わないということはそれ自体として誤謬であるばかりではなくて、魂になにか害悪を及ぼすのだ。さあ、元気を出すのだ。そして、僕の体を埋葬するのだ、と言いたまえ」。こうしてソクラテスは、真理――すなわちロゴスに対しても目配りをしながら、毒を仰いで死ぬ。</p>
<p>嘘はたしかに魂を汚しもする。だが、現状の規定的な真理のために、嘘を恐れ、未来の美を諦めることがあってはならないだろう。というか、ソクラテスにおいて、《美》は、不確かで未規定な未来における《真理》を約束する予言であり指針なのである。ここでは、真と美は、複雑に絡み合っている。ギリシア人は、ミュトスとロゴスを区別できなかった、などという碩学ポール・ヴェーヌのいうような非難はあまり生産的とはいえない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、プラトンの兄グラウコンに対して、『国家』のなかで次のような物語を聞かせている。アルメニオスの子、勇者エルは、戦場で最期を遂げた。だが、屍は十日経っても腐らず、十二日目に生き返った。彼は、その間に冥界で体験したさまざまな奇妙な出来事を語った。オデュッセウスや大アイアスが、オルペウスやアタランテが、ふたたびこの世に生まれ変わる輪廻転生の物語である。彼らの魂は最後に、レーテーの野において、忘却の河の水を飲む。そこで、冥界や生前の記憶は綺麗さっぱり忘れてしまう。この忘却を、ソクラテスは否定していない。というのも、次のように語っているからである。</p>
<blockquote>
<p>このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ。もしわれわれがこの物語を信じるならば、それはまた、われわれを救うことになるだろう。そしてわれわれは、〈忘却の河〉をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう。……</p>
<p class="post-r">岩波文庫、藤澤令夫訳、372ページ</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスの目論見は、輪廻転生を信じさせることである。ここから次のような問題が生じる――転生があり、したがって滅びがないにもかかわらず、なぜ《始まり》があるのか。物語（始まりと終わりが必ずある）があるにもかかわらず、それは滅びることがない、ということが矛盾でないとすれば、一体どうしてそれが可能なのか。このカラクリにおいて、もっとも重要な役割を果たすのが、レーテーの野に流れる放念の河の水を飲むこと、すなわち《忘却》である。原初には、忘却がある――かくして、不滅性と始まりとが同時に実現可能となる。ソクラテスにおいて、忘却はかくも重要なのである。したがって、たとえば『パイドロス』において、文字を記憶の術ではなくて、魂に忘れっぽい性質を植えつける想起の術としたことをもって、ただちに文字技術を軽視する音声中心主義を見てとるのはむずかしい（むろん、ソクラテス‐プラトンたちに音声中心主義的思考は確実にあるのだが）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ジャック・デリダに、『コーラ プラトンの場』と呼ばれる書物がある。『ティマイオス』において語られた《コーラー》を論じたものである。コーラーとは、ヘシオドスの『神統記』のなかで歌われた、あらゆるものの起源、原初であるカオスを〈抽象化〉した、《場》の概念である。ヘシオドスにおいても、カオス（混沌）とはすでにカスマ（空隙）でもあった。したがって、混沌は空隙を、空隙は場すなわちコーラーの概念を呼び覚ます。おそらくは意図的かつ戦略的に（？）迂回に継ぐ迂回を重ねた結果、コーラーがなにものであるかを名指さなかったデリダに反して、わたしは、これをはっきり名指すべきだと考える。コーラーという〈始まりの概念〉は、むしろ正しく《忘却》と結びついているように思われる。というか、コーラーを《忘却》と呼んだとしても、〈なにかを名指ししたことにはならない〉のだから、回りくどいことをしないで、端的に翻訳すればよいのである。そもそも、ソクラテスもそれを“コーラーkhora”と名指しているのだから。それは、たしかに、なにかいわく言い難いものである。ロゴス（叡知的）でもないし、ミュトス（感性的）でもない。真理でもなく、虚構でもない。ソクラテスのいう「第三の類」としての、忘却。それは、永劫と始まりとを同時に実現する。</p>
<p>人間の力の側からいえば、ロゴスは記憶力の範疇に属し、ミュトスは想像力の範疇に属す。そしてコーラーは忘却の力に属し、それらは想起の概念によって結び合わされている。そして、想起し難いものを想起しようとするとき、われわれは、間違いなく、先にあげた三つの概念――混沌カオスから、空隙カスマへ、そして場コーラーへ――を遡行していく。われわれは、なにかであるにもかかわらず、なにかによって言い表せない《それ》を、忘却と呼んでいるはずである。忘却は、かならずこの回路を通って発見される。デリダは、この概念が哲学の外にあると指摘し、この概念の手前で足踏みしたように見える。というか、飛越すべき境界線の上で、なにかの勘違いで綱渡りをしていたようにしか見えない。だが、ソクラテスは、そうはしなかった。それは、哲学の限界ではなく、哲学に課せられた、哲学が超えるべき境界線である。ロゴスからミュトスのあいだに走る亀裂、カスマ＝カオスを軽やかに渡り、そして跳躍するためには、それらの実践を可能にするより広い概念、すなわち《場（コーラー）》の概念がなければならない。ソクラテスの哲学は、まさにここに根ざすことなく根ざしているのである。忘却の手前で足踏みし、それをはっきりと哲学の限界に仕立てあげ、皮肉にも、そして正しくもその哲学をダニエル・リベスキンドの「ベルリン・ユダヤ博物館」に結び付けてしまった彼の〈躊躇〉を超えて、勇敢なソクラテスの哲学は、〈《忘却》から始まる〉のである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ニーチェは『曙光』において、こう言っていた。</p>
<blockquote>
<p>忘却。――忘却が存在するということは、まだ証明されていない。われわれが知っていることはただ、回想ということはわれわれの力の及ぶところではない、ということだけである。さしあたってわれわれは、われわれの力のこの割れ目にあの「忘却」という言葉を置いた。あたかも能力がもうひとつ登録されたかのように。しかし結局のところ何がわれわれの力の及ぶところだろう！　――あの言葉がわれわれの力の割れ目に位置するとすれば、それ以外の言葉は、われわれの力に関するわれわれの知識の割れ目に位置するのではないだろうか？</p>
</blockquote>
<p>ニーチェは、正しく、忘却を「亀裂」と、すなわちカスマ＝カオスと呼んでいる。忘却とは、この亀裂を可能にする場であると同時にこの場を満たすなにかを意味する（したがって、場は混沌へと回帰する）。さらに、ニーチェは、「生に対する歴史の利害について」において、プラトンの『国家』について、次のように語っていた。</p>
<blockquote>
<p>プラトンは、彼の新しい社会の第一の世代は強力なやむをえざる嘘〔永遠につづく、完全な国家があるという〕の助けによって教育されることが必要だと考えた。…このやむをえざる真理のなかでわれわれの第一の世代は教育されなくてはならぬ。…</p>
</blockquote>
<p>輪廻転生を確信し、そうであるがゆえに原因の鎖列に囚われたソクラテス‐プラトン的な人間像において、《第一世代》を実現するためのもっとも重要な概念が、《忘却》であり、そしてそこから生じる嘘、ポイエーシス（生成）を実現するデミウルゴス（創造神）のもたらす、ミュトス＝虚構である。なぜわれわれは、人類の創生にエピメテウスという忘却の神を必要としたのか。ヘシオドスたちの伝える人類創生の神話ほど、快活な笑いに満ちているものはない。人間を過信する兄プロメテウスと、動物に味方する弟エピメテウス――品と位に満ちた、二人の兄弟の神話。『神統記』、それは神の賛歌に名を借りた、忘却する人間の礼賛なのである。アテナイ民主制崩壊のなか、ロゴスに溢れ、《批判》が機能しなくなった世界において、新たな創造を担うのは、これまでずっと創造を事としてきた芸術以外にはありえない。「やむをえざる嘘」――「この危険は美しい」――齢七十を超えてまだ先へ先へと突き進んでいたソクラテスが到達した頂点、それは《文芸ムーシケー》だった。</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<item>
		<title>言文一致論（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ）</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1515.html</link>
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		<pubDate>Fri, 25 Dec 2009 13:20:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
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		<description><![CDATA[ハイゼンベルク(1)の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ハイゼンベルク<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられる光がすでに対象を変化させている。厳密にみようとすればするほど、目から発せられる光は強くなり、変化はより大きくなる。したがって、ひとは、根本的に対象を正確に測定することはできない。……</p>
<p>この原理の奇妙さはうえの説明にはない。おそらく大抵は認識論的な話で早合点されてしまう。物事を一種の《虚構》に変えてしまう、こうした観測上の人間的かつ不可避的条件が、《現実に》対象を変化させてしまうとしよう。この論理を突き詰めていくと、どうなるか。たとえば、零点振動と呼ばれるものがある。物質のもっている「温度」は、熱振動によって規定されている。したがって、この振動がなくなるところが、温度の下限となる（-273.15℃とされる）。しかし、ヘリウムなどの原子は、《ハイゼンベルクの不確定性原理のために》、絶対零度というエネルギーが最低の状態でも、実際に振動してしまう（わたしはこういう記述に、ニールス・ボーアを中心としたコペンハーゲン解釈のセンスのよさを感じる）。この地点では、もはや対象に対する人間の《認識》を云々することはできなくなるし、物自体も考えられなくなる。この振動は観測という客観的行為が暗黙に内包している認識論レベルの誤差ではなく、誤差そのものが原子のふるまいだからである。つまり、通常の《学》ならば抹消すべきはずのこの誤差は、積極的な記述なのである。したがって、われわれは、誤差においてむしろ原子を正しく見ているのであり、正しく見ている分だけ、誤差を積極的なもの、つまり《差異》（ドゥルーズ）として、かえって精確に観測しているのである。真の意味での近代合理主義がおこなう観測とは、対象の同定ではなく、むしろ《差異化》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>議論はあいまいにはなるが、これを実生活のレベルで実感することはたやすい。たとえば免許証や履歴書などで撮影される証明写真。カメラが捉えるのは、《素顔》ではない。カメラのレンズを前にしてひとがどうしてもつくってしまう《表情》であり、いってみれば、ひとが無数につくっている仮面のひとつであるにすぎない。このひとつの仮面にすぎない表情を特権的に《素顔》とみなすこと（そしてカメラの前でする表情以外の表情を表情として《学》からは排他的に規定すること）が、ありもしない国民や国家を仮構する、そして実際に国家はこうした仮定を経て実在してしまう――したがって、国家は認識論のレベルを超えて現実に存在してしまう。</p>
<p>その一方で、アートとしてのカメラがある。この術（アルス）は、まさにレンズの前でひとやものがわれ知らずおこなう《自然》な振動を撮（つか）む術である。そうであるかぎりにおいて、カメラは芸術の手段たりうる。つまり、誤差は、《学》がおこなう同定によって排除され、埋められるべき（なおかつ弁証法的には必要な）エラーではなく、人間が自然界でおこなう差異として、レンズと被写体のあいだで積極的に把握される。簡略化していえば、国民国家が欲しがる《素顔》は、変化のなかに不動のものを見つけ出すことであり、アートの欲望する《表情》は、変化に継ぐ変化という、一種の振動である。アートは、ひとが《素顔》だと思っているものさえ、次の変化を期待＝欲望させる《表情》に変えてしまうのだ。</p>
<p>これは、知と美、そして自然とが結合する、このうえなくプラトン的な世界である。ここでは、差異の大きさや小ささは問題ではない。この大きさをめぐって、モダンとポストモダンのあいだで不毛な議論が交わされたが、問題は、差異（あるいはエノンセ）の希少性である。差異（あるいはエノンセ）は、《希少なもの》ほど知的であり、美しく、かつ自然である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしがハイゼンベルクの議論をアナロジーとしてとりあげたのは、自著『精神の歴史』で論じた言文一致論をできるだけ直観的に説明するためである。この問題をあつかったのは主に三章だが、この章は、おそらくやや難解だろう。この議論を丹念に追うかぎり、柄谷行人やジャック・デリダの議論、あるいは国民国家論を突破する理論的可能性が含まれている。</p>
<p>柄谷によって、近代文学者がおこなった言文一致運動は、国民国家の確立にかかわるネガティヴなものとして評価されることになった。デリダの議論（すなわち、過去に汚染されていないピュアな現在という、現実から乖離した形而上学を形成する、《自分の語る声を聞く》音声中心主義に対する批判）を借りつつ、彼は、話し言葉と書き言葉を一致させようとする言文一致運動が、閉じた現前の共同体を作りだす論理的前提をなしたと考えたのである。彼らの議論にしたがうなら、声と文字とを同一のものとしてあつかうことはできない。本来は維持されるべき、声と文字の存在論的・時間的差異（＝差延）を、等閑視することによって、言文一致という虚構は可能になるのだ。すなわち、真でもなく、偽でもなく、真らしくみえるもの<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>を作り出す言文一致運動は、あるかなきかの内面や《素顔》を、そしてついには国民Nationを仮構してしまうと考えられたのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>だが、この議論そのものがおかしいと、わたしは感じるようになった。本当に芸術はそのようなことをおこなうだろうか（わたしのスタイルとして、歴史上の出来事を批判するために史料を読むようなことはしない。肯定したいからだ）。だからもう一度、彼らの論理を追っていかねばならない。</p>
<p>もしかりに、柄谷らがいうように、言文一致運動が国民国家を作りだしたというのなら、本来なら不可能である声と文字の完全な一致が、まがりなりにも実現したということを意味する。しかし、もちろん、それは背理である。だとするなら、どこかに嘘があったことになる。言文一致などそもそも可能ではないのだから、言文一致運動が嘘をついたとしか考えられない。本当は話し言葉そのままの記述などありえないし実用的でも実際的でも実践的でもないのだから、完成していないものを完成したと言っているだけなのである。つまり、虚構であり、もっとオブラートに包んだ言い方をすれば、想像上の出来事である。だとするなら、国民国家など実現していない、ということだろうか？　そうではない。国民国家ができあがるのは、まさにここ、すなわち「想像」においてなのである。虚構として、想像力の産物として、国民国家は規定される。</p>
<p>しかし、《言文一致が実現した》という嘘が嘘である限りは、すくなくともその時点では「言説」、それも対象なき言説だったはずである。つまり、《言文一致の完成》は、いったい誰が言い出したのか、ということが問題になる。この完成を言説として実現した主体が、国民国家を仮構したと考えていいはずである。本来あるべきでない、そうした虚構が成立しているとするなら、そもそも、この運動を終わらせたのは誰なのか、という問いが次にあるべきなのである。言文一致運動の担い手が文学者だったというのは確かであり、彼らはその唱道者である。だが、そのことと、《言文一致運動を終わらせた人物》が同じであるという保証はまったくない。柄谷は、この主体の差異を完全に無視している。その点では、柄谷は、結果から物事をみることに疑問を抱かない歴史主義者と同断である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>19世紀末の言文一致運動がどのようなものであったか、材料（資料）は二つで充分である。ひとつは、当時の文学が《写実主義》であったこと。そしてもうひとつは、山田美妙の以下の発言である。</p>
<blockquote>
<p>今日の俗語ハ明日の古語となる。</p>
<p class="post-r">「言文一致論概略」『学海之指針』1888年2-3月</p>
</blockquote>
<p>この発言を、厳密に読めば、すぐにわかることがある。言文一致運動が写実主義の運動である限り、これは終わりのない運動なのである。なぜなら、作家が今日の俗語とみなし、写実したものは、明日には古語となっているからである。作家が作家であるかぎり、彼はこの無限の運動に与している。作家は、《自然》同様、たえず変化する言葉によりそうことは考えていたとしても、その《素顔》を仮構しようなどとは考えていない。彼らが捉えようとしていたのは、《素顔》ではなく、《表情》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>テープやＣＤなどに録音された声は、もちろん、自分の考える「自分の声」とは違っている。だが、だからといって、即座にそれを自分の真の（客観的な）声だとみなす必然性はないし、また、逆に自分が自分の声だと思っていたものを主観的なものとして排除する必然性もない。たんに、それは、記録媒体を前にして（無意識だったとしても）、自分が選び選ばされた声色のひとつであるにすぎない。自分の耳とマイクが拾う声が違うのは当然であって、それぞれが、質的でも量的でもない、たんなる差異として現実化しているだけである。われわれは、どんなに「自分の声」をその中心において出したとしても、結局は《振動している》。そして、われわれは、この変化のただなかにおいて、自分の声を自身の所有物としているのである。カント風にいえば、これが超越論的統覚というもののはたらきである。</p>
<p>作家もまた同じである。作家が、言文一致を実現しようとしているとしても、それは、柄谷が思うようにではない。もっとファジーな集合であって、むしろ、変化する言葉に寄り添い、その変化を予測し、そしてときにはその変化を追い越しさえしようとしている（明日の古語とならないために<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。これが「一致」の真の意味である。要するに、作家が目ざす言文一致とは、完全な一致ではなくて（そんなものは馬鹿げている）、《差分》を実現することなのである。「今日」と「明日」、「俗語」と「古語」の差異、ハイデガー的にいえば（デリダの差延とは区別して）存在論的・時間的差異を、作家は、原理的に拒絶することはできないし、しようとも思ってもいない。むしろこれを把持したまま表現することが、高次の言文一致の目ざすところである。作家の言文一致そのものが、書き言葉の《振動》を実現するのであり、またそのことによって、《素顔》となりかけたそれを《表情》に変えるのである。批評家は、こうした《差分》を虚構だというのだが、それは、ピカソやクレーの絵画を虚構というに似て、なんの意味ももたない。また、作家が他人と同じ文体をとることもまずありえない。基本的には、彼ら自身の文体を《未来の言文一致体》として実現することを欲している。言文一致運動は、その主体が作家であるかぎり、本質的に終わりのない運動なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>戦前の公文書で、言文一致体が使われていることは稀である。なぜなら、言文一致体は、その理論からして当然のことだが、時期に応じて変化してしまうからである。現在から過去がクロノロジカルに見渡せなければならない公文書において、変化そのものを《法ノモス》とする、異様な言語体系は適さない。テンス（時制）が機能しないのである。したがって、学問上の課題として言文一致を目指した学者は、物集高見が好例であるように、挫折し、転向している。また、積極的に唱導した学者も、結局は譲歩を余儀なくされている。彼らが排除しようと願った漢字は残ったし、仮名の改良もかなわなかった。教科書問題やジャーナリズムの要請に譲歩を重ねた結果、暫定的な代物を公定の言文一致体とせざるをえなかったのである。</p>
<p>だが、それでも19世紀の学者は諦めたわけではなかったし、現実問題として、公文書ではあまり使用されることもなかった。逆に言えば、戦前の政府ほど言文一致体を使用していなかった領域はないのであって、柄谷の議論を適用すれば、ナショナリズムと政府は現実には無関係だという議論に帰着しかねない。言文一致体に対する抵抗を柄谷は評価するが、だとするなら、政府官僚こそ、もっとも評価すべきだ、という転倒した議論がまかりとおってしまう。繰り返すが、戦前の政府は言文一致体を使用していない。このことは、言文一致体を完成されたものとして（終わりにおいて）規定しようとする《学》や国家の論理が、言文一致の本質そのものと相容れないことを意味する。言文一致体は、それを厳密に規定しようとすればするほど、《振動してしまう》。なぜなら、その規定自体が、言文一致体で行なわれねばならず、結果的にありうべき言文一致体を変化させてしまうからである。言文一致運動ほど、国家の論理に反しているものはないのである。ともあれ、それが一変する事態が訪れる。敗戦期である。この時期から、公文書においても、「言文一致体」が使用され始める。</p>
<p>いつのまにか、暗黙のうちに《言文一致体》という同意が形成されていたのである。国家が言文一致体を用いるということ、それは裏を返せば、言文一致体が、本来あるべき変化をやめてしまったことを意味する。同意を形成したのは、いったい誰か。作家ではない。なぜなら、作家は、他人のつくった《言文一致体》など究極的には認めないからだ。とすると、あとは一人しかいない。すなわち、《読者》である。作家の言葉を模倣した読者であり（それはプラトン的にいえば模倣の模倣であろう）、彼こそが、《言文一致が実現した》と見なした者なのである。ならば《読者》とは誰か。《純粋な》読者とは、小説を書かなかった書き手たち――批評家である。ならば、国民国家を作ったのは、はたして誰か……？　もはや語る必要はあるまい。</p>
<p>結局、国民国家は、作家に、次の条件を示した。《わかった、言文一致体を採用しよう、ただし、それは作家たちがその運動をやめるかぎりにおいてだ》。もちろん、戦後の作家たちがこの条件に同意したかは不明である。だが、結果的に、この運動は、終わりを遂げたと考えて、間違いないだろう。作家は、「言文一致体」の採用を餌に、国民国家によって息の根を止められたのである。要するに、言文一致運動は、終わることによって、ただひとつの、そして千の仮面である《表情》を、《素顔》にしてしまうのだ。</p>
<p>ここには、生気を欠いた暴力、すなわち権力がある。この権力がもたらす重力圏から、戦後の作家は逃れられなくなってしまった（というか、自らの文体を追求することでそこから逃れる、という主題をもっていない）。言葉は、いつも、教科書やアカデミズム、ジャーナリズムといった重力の中心に収束する――といっても、それは国家がつくる見かけだけのことである。言葉は本当は変化することをやめたりはしない。作家による導き手を失った言葉は、たんに堕落し衰弱していくのだ。そして偽の問題構成が形成される。堕落した若者の言葉づかいか、それとも古い「常識的な」言葉づかいか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷をはじめ、多くの批評家や学者は、《言文一致体》の完成者を、志賀直哉や武者小路実篤らに代表される白樺派にみている。『白樺』で用いられた文体を、今日われわれが書く「話し言葉」の典型とみなしている。とはいえ、当時彼らが言文一致運動の尖端にいたことが確かだとしても、それを終わらせたと考える必然性は、むろんどこにもない。たんに、彼らを超える作家が出なかったというにすぎない。武者小路はこう言っている。</p>
<blockquote>
<p>自分は俗衆に理解された時、芸術は使命を果し、同時に価値を失なうものと思つてゐる。</p>
<p class="post-r">「六号雑感」（「自己の為の芸術」）『白樺』第2巻第11号、1911年11月</p>
</blockquote>
<p>この武者小路の発言は、さきの美妙の発言と共鳴している（というか、それを芸術全般に拡張したものだ）。かくして100年前に始まった白樺は、戦後、芸術としての生命を終えた。だが、彼らはそのことによって、別の始まりを促していたのである。なぜなら、掴んだと思った芸術は、原子の振動に似て、ひとの手を離れて飛び退ってしまうからだ。したがって、問題は、彼らの放った曲がった矢をみて、嘲笑を浴びせはしても、誰も拾わなかったことである。</p>
<p>ひとは批評家で終わってはならない、という論理は、このことから帰着する必然的なものである。われわれもまた、矢を拾い、番え、そして放たねばならない。犬のディオゲネスのいった「言いたいことを言う」自由は、自分の文体＝生のモードを実現するというそのことによってのみ、可能になる。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> かつては、西のハイゼンベルク、東の湯川秀樹といわれた。わたしは前者の書物からゲーテを、後者の書物から荘子を学んだ。</li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> 「真らしくみえるもの」については、『パイドロス』のなかでソクラテスがよきものに分類していた点に注意されたい。ここでは論理の展開上、デリダ主義的な議論（可能性であるが不可能性でもある）に従う用法をおこなっているが、わたし自身は「真らしくみえるもの」について、ソクラテスの意見に同意している。イデアの追究とは、つまるところ「真らしくみえるもの」の追究でもある。</li>
<li class="note"><a href="#p03" name="n03">(3)</a> 作家の言文一致運動はカント風の統整的理念にもとづいているのではない。むしろ、言文一致はたえず、しかもいたるところで実現している。ただ、実現した瞬間に、対象のほうが遠ざかってしまうのである。</li>
</ul>
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		<title>弁証法の彼方へ</title>
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		<pubDate>Thu, 27 Aug 2009 15:29:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[elliptic dialectic]]></category>
		<category><![CDATA[Frankfurter Schule]]></category>
		<category><![CDATA[inflection]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[Stoicism]]></category>
		<category><![CDATA[パンタスマ]]></category>

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		<description><![CDATA[われわれの思考は、アドルノやデリダ、そしてハバーマスのあいだで揺れ動いている。弁証法に反対する人も、賛成の人も、結局は、彼らのつくる三角形のなかで藻掻いているにすぎない。全体化に強く反対したアドルノが、差異化の運動そのも [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>われわれの思考は、アドルノやデリダ、そしてハバーマスのあいだで揺れ動いている。弁証法に反対する人も、賛成の人も、結局は、彼らのつくる三角形のなかで藻掻いているにすぎない。全体化に強く反対したアドルノが、差異化の運動そのものである否定弁証法に可能性をみたのは、時代の悲劇だ。それは、極度の屈折である。われわれの世代は、最大限の敬意を払うべきアドルノの屈折した叫びによって、始まったのである。</p>
<p>Ｓ＝Ｘ。しかし、「真」の命題はついに存在しない。世界の表現である詩がついに野蛮のまま終わるように、対象Ｘが存在するかぎり、それ（ら）は主体に対する不断の異議申し立てである。アウシュビッツの後で、詩を書くことは野蛮である、という命題でさえ、その真を保証されえない。かくして、詩が力をもつこともまたあるだろう。芸術がすべての力を失うぎりぎりのところで、“否”によって、詩を逆説的に、アイロニカルに救おうとしたアドルノ。否こそが、ひとびとのもつ最強の武器である……。かくして、われわれの世代のすべての力が、この“否”になだれ込んでいく。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、わたしにとって、もっと不思議なことは、次のことである。偽であるということがどうして存在しうるのか。そして、そのことの実践的な言い方である《嘘》は、いかにして《存在》しているのか、ということである。《嘘》は、悪しきものであるにもかかわらず、悪い結果をもたらすと決まっていない。それは本当に不思議なことなのだ。</p>
<p>詩とは、真か偽か、という問いの前では、つねに偽であろう。裁判官の前で、科学の前で、詩はついに偽でしかありえない。世界の表現である詩は、表現である、というただそれだけの理由から、否を突きつけられる嘘なのだ。しかし、渇きを覚えた人間に梅の実を想像させることが一瞬の潤いをもたらしうるように、偽が力をもつことがありうるというのは、いったいどういうことなのか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>驚くべきストア派のひとたちは言っていた。偽は、真になるものとならないものがある。それにひきかえ、真は真であることしかできない、と。わたしは彼らの物言いに笑いを禁じえない。心の底からすばらしい表現だと思う。われわれは、彼らに倣って、現代の人々がすべて虚構とみなしている表象を、二つに分けなければならない（ストア派の言い方に倣うなら、よい表象をパンタシアと呼び、悪い表象をパンタスマと呼ぶ）。前述のドイツ人とフランス人の作る三角形から一歩踏み出して、《どのような嘘が真でありうるのか》を思考しなければならない。別の言い方をすれば、言葉がいかにして出来事となるのか、それを思考しなければならない。</p>
<p>そのためには、すでに真となった表象をそこから取り除いておく必要がある。それらは、すでに役割を終えているからだ。本当の真理は、アインシュタインや湯川秀樹がそうであったように、すべて、《予言》の形で現れる。それらは、別の側面からみれば、かつて《嘘》だったものであり、しかも《真》となりうる《嘘》だったのである。狼少年の嘘は、現実には、ある種の宙吊りの結末しかもたらさない。つまり、つねに未来に真となりうる可能性を残し続ける。したがって、嘘であるかどうかさえ、実際にはわからない。「彼の言っていることは本当ではない」という「否」によっては、そうした宙吊りを大地に引き摺り下ろすことはついにかなわない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>歴史は、それが最終的に肯定されるにせよ、否定されるにせよ、弁証法の運動の範疇にある概念である。そこから踏み出すためには、予言を自己実現する悲劇が必要とならざるをえない。天才ソフォクレスが表現したのは、それである。オイディプスは、自らにまとわりつく運命の糸を感じていながら、歴史の宙吊りを克服するために、予言の自己実現を意志し、文字の世界からおさらばするために、自分の目を突いて光を奪ってしまう。そして王であった彼は、ひとりの人間として、しかも最後の人間として、地上に降り立つ。これが文学である。アドルノやデリダ、そしてハバーマスは、たしかに真摯なひとたちだった。だが、文学は、彼らの彼方にあるように、わたしには思える……。</p>
<div class="post-rl"><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A1%E3%83%B3%E2%80%95%E6%96%87%E5%8C%96%E6%89%B9%E5%88%A4%E3%81%A8%E7%A4%BE%E4%BC%9A-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BBW-%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%8E/dp/4480082476%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4480082476"><img src="http://www.fragment-group.com/kiotanaka/blog/wp-content/themes/ex-signe_II/images/amazon_noimg.png" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
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		<title>《文学》のプログラムIV、荘子とヒルベルト</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Jul 2009 02:46:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Gödel]]></category>
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		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
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		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[決定不能の宙吊り]]></category>
		<category><![CDATA[荘子]]></category>

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		<description><![CDATA[荘子の言葉をもう一度引用する。 荘子が恵子といっしょに濠水の渡り場のあたりで遊んだことがある。そのとき荘子はいった、「はや（魚）がのびのびと自由に泳ぎまわっている、これこそ魚の楽しみだよ。」ところが、恵子はこういった、「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">荘子の言葉をもう一度引用する。</p>
<p>
<blockquote>
荘子が恵子といっしょに濠水の渡り場のあたりで遊んだことがある。そのとき荘子はいった、「はや（魚）がのびのびと自由に泳ぎまわっている、これこそ魚の楽しみだよ。」ところが、恵子はこういった、「君は魚ではない、どうして魚の楽しみがわかろうか。」荘子「君は僕ではない、どうして僕が魚の楽しみをわかっていないとわかろうか、」恵子「僕は君ではないから、もちろん君のことはわからない。君はもちろん魚ではないのだから、君に魚の楽しみがわからないことも確実だよ。」荘子は答えた、「まあ初めにかえって考えてみよう。君は『お前にどうして魚の楽しみがわかろうか、』といったが、それはすでに、僕の知識のていどを知ったうえで、僕に問いかけたものだ。（君は僕ではなくても、僕のことをわかっているじゃないか。）僕は濠水のほとりで魚の楽しみがわかったのだ。」<br />金谷治訳『荘子』秋水篇、岩波文庫
</p></blockquote>
<p class="post">普通に読むかぎり、荘子と恵子の違いはこうである。恵子は、「わからない」という状態を、「魚の気持ちなどわかるものでは《ない》」という否定文と考える。この否定文からある種の決定不能を導き、命題を宙吊りにもっていくことで、荘子を論駁しようとするのだ。だが、荘子はこう考える。「わからない」という文を、理解の否定ではなく、実践的な理解の程度を示すとした。そこから、決定不能の宙吊りを大地に引き摺り下ろし、命題を肯定の側へと大きく転回させるのだ（この議論の差異は、無限と無際限の違いとして有名である。無限を、際限がない、という意味の無限と、実無限とに分けるのである。カントールの集合論は、無際限よりも、実無限の方が大きいことを証明する）。</p>
<p class="post">この会話の論理学的なカラクリはこれだけなのだが、われわれがもっと気にしなければいけないのは、にもかかわらず、荘子が《嘘》をついている、ということである。魚の楽しみを知る、などということは、科学的な観点、あるいはカント的な観点からは、まずまちがいなく真理とはなりえない。恵子の論理学的な議論とは無関係に、魚の楽しみなどそもそもわかるわけがないのである。《他者》の感情は、基本的にはカントがいうように不可知である。彼女が泣いているからといって、本当に悲しんでいるかどうかは他人にはわからないし、つきつめていけば、本人にさえわからない。つまり、どう考えても、《荘子は嘘をついている》のだ。そして、もっと不思議なことは、《他者》の不可知性にもかかわらず、そして荘子の言葉が《嘘》であるにもかかわらず、恵子の決定不能よりも、真理に一歩踏み出しているという不思議な事態が発生していることである。</p>
<p class="post">これは本当に不思議なことである。嘘が真理に触れる？　虚構が真理に触れる瞬間がここに現れているのだろうか？　たとえば、無実のひとは、「わたしは犯人ではない」という否定文が信用してもらえないとき（この事態がひとを極限状態に追い込むことが容易に想像できる）、ときに《嘘》をつくことで自身の潔白を証明しようとすることがある。「わたしがやった」というわけである。こうした嘘の自白が行なわれることは、たとえば刑事がふるう暴力とは間接的な関連しかもたない。むしろ、言語と出来事そのものの構造上の特性から必然的に、もっとも真っ直ぐに導かれるのである。というのも、本質的に《正直》である彼は、「わたしは犯人ではなく、わたし以外の者（というかほかならぬ別人）が真犯人である」と述べる術を持たなかったからである（この嘘は、否定文と同じ自己言及しかもたらさない）。だから、ひとは、自身が無実であればあるほど、そして正直であればあるほど、かえって追い詰められて嘘の自白―最小の嘘であるような―を行なってしまうだろう（刑事はそのことを知っておくべきだった）。否定文ではない形で自身の潔白を証明するには、《嘘をつくほかない》のだ。そして、事実、より真理に近づいているのは、理論上は否定文である前者ではなく、後者なのである。徹頭徹尾自己言及である否定文は、なにしろ、自分自身を否定することしかしない。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">ゲーデルは、不完全性定理によってヒルベルトの数学基礎論にとどめを刺した。この証明を、ヒルベルトは同僚のベルナイスから聞いた。ベルナイスにはヒルベルトが一瞬、「怒った」ように見えたという。そして最晩年のヒルベルトは、こう言っている。</p>
<p>
<blockquote>ゲーデルの結果により証明論が実行不可能となったという見解は間違いであり、それは有限の立場の拡張が必要であることが判明しただけだ。<br />『数学の基礎』前書き（林晋訳『ゲーデル 不完全性定理』岩波文庫より再引用）</p></blockquote>
<p class="post">ヒルベルトのそれまでの基礎論の試みが誤っていたとしても、彼のこの言明そのものは、わたしには正しいように思われる。有限であるひとが、無限に触れるためにもっているもっとも強力な手段が、《嘘》である。《嘘》があれば、ひとは神とさえ話すことができる。だからひとは《文学》を書く。そして、もっと重要なことは、《嘘》には、おそらく種類が二つあるということである。ひとつは、たんに自身に帰ってくる嘘である。自己回帰的な嘘は、実際には否定文と呼ばれることが多い。「わたしは犯人ではない」というのがそれであり、恵子は言語をこうした本質的に自己回帰的な嘘だと考えている。そしてもうひとつの嘘は、他者を巻き込みながら自分に返ってくる嘘である。荘子は、まるで山に登ればいつも獲物を携えて戻ってくる狩人のように、言葉を発するのだ。この豊かな嘘も否定文の形をして現れることがままあるが、嘘であるにもかかわらず、真理に向けて発声される嘘である（この両者の違いは、ひとから聞いておもしろくない《夢》とおもしろい《夢》を分かつ中心的な分水嶺といってもいい）。ともかく、虚構には、二つの区別が必要だし、この区別なしに虚構という語を用いたとしても、たいていは、カント主義に搦めとられてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
出来事の科学的基礎を与えようとしてきた歴史学は、つねに、自身のうちから《文学》を排除しようと試みてきた。実際、虚構をものす《文学》は、あまりにも科学とは、そして真理とはかけ離れているように思えたからだ。その場合、歴史学がもっとも忌み嫌ってきたのは、デリダの想定とは逆に、《声》である。《声》は、出来事に基礎を与えるには、あまりにも弱々しいものだったからだ。なにしろ、紙や石版といった媒体という定着物を有していないのだから（だが、実際には、この媒体という定着物が、言葉をリプレゼンテーションに変えてしまう……）。歴史主義は、声ではなく、文字に対する極端な傾斜によって、はじまっている。会話文が存在しているだけで、それは歴史学ではなく、歴史小説だと考えられてさげすまれてきたのである。
</p>
<p class="post">むろん、ありきたりの歴史小説のように会話文を挿入することが、出来事の学にとって重要だというのではない。そうではなくて、出来事の基礎にとって、もっとも重要なことは、むしろ《声》を弁証法的に統合することなく、つまり声を文に還元することなく声を扱う、一種の特異な書物を書くことなのではないか。つまり、出来事の基礎論にとって本当に必要な行為は、《文学》することなのではないか。「有限の立場の拡張」。最晩年のヒルベルトの言葉は、おそらく、そのことを指摘している。</p>
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		<item>
		<title>《文学》のプログラムIII、否定と虚構</title>
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		<pubDate>Mon, 29 Jun 2009 16:00:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[archive(s)]]></category>
		<category><![CDATA[Gödel]]></category>
		<category><![CDATA[Gödelsche Unvollständigkeitssatz]]></category>
		<category><![CDATA[Hilbert's Program]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[negation]]></category>
		<category><![CDATA[Time]]></category>
		<category><![CDATA[荘子]]></category>

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		<description><![CDATA[嘘とはなにか。そしてまた否定とはなにか。嘘と否定とは、よく似ている。実際、区別するのはむずかしい。したがって、ありきたりの仕方で両者を区別しようとは思わない。たとえば、次のような文章があるとしよう。 《私は犯人ではない。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">
嘘とはなにか。そしてまた否定とはなにか。嘘と否定とは、よく似ている。実際、区別するのはむずかしい。したがって、ありきたりの仕方で両者を区別しようとは思わない。たとえば、次のような文章があるとしよう。
</p>
<p class="post-c">《私は犯人ではない。》</p>
<p class="post">
さて、この文章の主語である「私」は、犯人なのか？　犯人ではないのか？　そもそも、「私」はいったい、なにものなのか？　ふつうに考えて、つまりたんに文法どおりに受け取るかぎり、この文章は、主語を占めている書き手が、自分がなんらかの罪の主謀者ではないと考えていることを伝えるように思われる。したがって、「私」は、「犯人」以外のなにものかである、という主張を行なっているように思われる。しかるに「私」は誰だろうか？　この文章が真であるとすると、「私」は、犯人以外のあらゆる可能性をもったひとりの人間である、ということになるにちがいない。ところで、「私」が犯人ではない、ということはわかったが、それだけでは、結局、なにもわからない。この文章は、「私は犯人である」という命題を、たんに否定しているだけだからである。そこで考えを進めていくと、A is not Bという命題は、おそらく、A is Bという命題をひとに仮定させるのではなかろうか。というか、この仮定なしには、A is not Bを生じさせることはできない。したがって、厳密に上記の命題を書くと、</p>
<p class="post-c">《私は犯人である、という文章は私は犯人ではないという意味である。》</p>
<p class="post-n">という奇怪な文章になってしまう。肯定文がその対象を外にもっているのとは異なり、ごらんのとおり否定文の対象は自身のなかに含まれている。いわゆる「自己言及」である。したがって、内在的な証明は不可能である。その点から考えるに、否定文は、実際には、肯定文の否定ではなく、むしろ真偽の問いを宙吊りにする力だというように考えられる。ヒルベルトは、無矛盾であればその数学的存在が認められる、という風に規定した。矛盾が「ない」ならば、数学概念は存在する。しかし、この規定は、ほぼ必然的に、ゲーデルの不完全性定理を導く。矛盾が「ない」、ということによって、矛盾がないことを証明できないからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">しかしわたしは、この文章を、言語学者のようには考えない。むしろ、古文書学者のように考える。すなわち、7000年前に書かれた文章であり、しかも、同時代の同じ地域の文書としては、われわれに伝わっている唯一のものだと考える。いってみれば、この文章は、書かれた時点から今日まで、7000年間、宙吊りの状態で保たれてきた。むしろもっぱら7000年という時間だけを示し続けてきた。しかし、ともかくも、この言葉が風変わりな古文書学者の手に渡ったことによって、この文章は、不思議なやり方である内容を示し始めた。というのも、「私は犯人であるという文章は私は犯人ではないという意味である」という上記の展開された命題は、次のように圧縮できてしまうからである。</p>
<p class="post-c">《私は犯人である、というのは嘘である。》</p>
<p class="post">つまり、否定文が、嘘（虚）という一語に圧縮されたわけである。嘘とは、否と異なり、ひとつの出来事、すなわち嘘をついた、という「こと」を示している。この点にこだわるのは、わたしがいま、古文書学者だからである。古文書であるからには、言葉は、とにかくなんらかの出来事を対象として持っている。すると、統語論的には究極の矛盾を示すだけのこの文書が、いかにも多くのことをわれわれに伝える豊かなものであることがわかってくる。このときこの場所で、ある犯罪があったことが予測できる。そしてなおかつ、容易に犯人を特定できないようなやや込み入った犯罪で、彼が犯人であると疑われていた、ということを示唆している。したがって、「私は犯人ではない」は、むしろかえって、ほかならぬ彼が犯人だったのではないか、という可能性を導く。というのも、この事件の犯人の可能性は、じつは、彼がもっとも高いからである。しかるに、この点では、統語論が陥った決定不能と同じ無意味さを持っているのだが、ただし、違っているところもある。この点が、今述べたことにも増して実りの多い点なのだが、「私」が嘘をついているにせよ、「私は犯人である」というのが嘘であるにせよ、いずれも嘘をついている、という出来事が示されていることには変わりがなく、否定文のように宙吊りになったりしないのである。要するに、否定文があくまで内面にとどまるのとは異なり、言葉が、なんらかの対象を外側、つまり《現実》にもつことが、はっきりと示されている。この言葉が真であろうが偽であろうが、ともかく、誰かが嘘をついていることには変わりがない。
</p>
<p class="post">
否定文の力が、《現実的には》、「私」とわたしをつないでいる《時間》だけを示しつづけたのに対し、嘘には、その時間を圧縮し、過去を今ここに呼び寄せる奇妙なところがある。つまり、そこで行なわれるのは、たしかに捏造ではあるものの、なにはともあれ、《現実》に参与せざるをえない捏造なのである。これを、むしろ創造と呼んでもよいようにも思われるし、だとするなら、《文学》と呼ぶことさえ、差し支えない場合があろう。虚構が、現実に参与する瞬間である。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
わたしがこれを歴史学と呼ばず、また風変わりな、という注釈つきで古文書学者という言葉を使うのは、結局、通例の歴史学者は、否定文と嘘とを混同しつつ、嘘を否定文のなかに解消してしまうからである。つまり、彼らは、現実に参与する権利をもちながら、その権利を自ら放棄して統語論の世界に戻ってしまうのだ（歴史学者のこうした足取りは、カントによく似ている）。だが、ここで必要なのは、嘘に力を与える《文学》なのだ。嘘と否定のちがいを明白に意識しつつ、そのうえであえて混淆的な哲学を構築していたのは、荘子である。彼はこういっている。
</p>
<p>
<blockquote>
荘子が恵子といっしょに濠水の渡り場のあたりで遊んだことがある。そのとき荘子はいった、「はや（魚）がのびのびと自由に泳ぎまわっている、これこそ魚の楽しみだよ。」ところが、恵子はこういった、「君は魚ではない、どうして魚の楽しみがわかろうか。」荘子「君は僕ではない、どうして僕が魚の楽しみをわかっていないとわかろうか、」恵子「僕は君ではないから、もちろん君のことはわからない。君はもちろん魚ではないのだから、君に魚の楽しみがわからないことも確実だよ。」荘子は答えた、「まあ初めにかえって考えてみよう。君は『お前にどうして魚の楽しみがわかろうか、』といったが、それはすでに、僕の知識のていどを知ったうえで、僕に問いかけたものだ。（君は僕ではなくても、僕のことをわかっているじゃないか。）僕は濠水のほとりで魚の楽しみがわかったのだ。」<br />金谷治訳『荘子』秋水篇、岩波文庫
</p></blockquote>
<p class="post">
一方の恵子には、嘘と偽を混同し、言葉を時空間から切り離す学者風のところがあり、他方の荘子には、言葉を、たえず現実のなかで用いようとする実践論がある。恵子はゲーデル主義的な統語論者であり、荘子は（風変わりな）古文書学者である。</p>
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		<title>小林多喜二讃</title>
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		<pubDate>Sat, 20 Jun 2009 09:12:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[小林多喜二を読んでいると、いかに《文学》が神聖なものだったかを、強く感じさせられる。共産党の活動の奥深くに食い込んで非合法生活をつづけるなかで、それでも彼は最後まで筆を手放さず、自分の目と耳と指とを信じ続けた。だから、自 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">
小林多喜二を読んでいると、いかに《文学》が神聖なものだったかを、強く感じさせられる。共産党の活動の奥深くに食い込んで非合法生活をつづけるなかで、それでも彼は最後まで筆を手放さず、自分の目と耳と指とを信じ続けた。だから、自分の仕事を神聖なものにしたいと思うときにめくる本のページのひとつが、彼のいくつかの小説である。<br />　久しぶりに読んだ「党生活者」が心を打つ。わたしの両親が、自分の仕事の価値を理解していないことはあきらかだが（べつにわかってもらおうとも思わないが）、そういうことも相俟って、彼と母親とのやりとりが、胸に響いてくる。虐殺されたとき、たった２９歳だった。もう彼よりも年嵩になった。いまのわたしよりも４年も先に逝った彼には、約束された広大な未来が広がっていたのに。彼のことを思うと、たまらなくなる。戦後、非転向組はほとんど神格化されていたし、そういうひとたちにうんざりしていた気分もわからなくはない。が、いまとなっては、転向か、非転向か、というような戦後の政治主義的な問題構成はもう気にする必要はないだろう。そうした政治主義的問題構成の影で忘れられてしまった、彼の文学の中心に思いを馳せる方が、ずっと重要なことである。マルクス主義でさえ、この際、どうだってよかった。たしかに、彼は思想に殉じた男だ。といっても、その思想は、マルクス主義ではなかった。むろん、戸坂潤がいうような、「思想文学」でさえない。彼はただ、《文学》そのものであるような思想に殉じたのである。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
言葉があってはじめて、嘘が生まれる。言葉のないところには、嘘は発生しない。イヴが食べた林檎に、なにか特別な魔法があったわけではない。禁を犯したことを隠して嘘をつく、当のそのことが、ひとに、知恵と同時に悪を授けた――要するに、ひとはこのときはじめて、言葉を喋ったのである。ひとが喋った最初の言葉は、「嘘」だった。ひとが背負った原罪の引き金になった林檎とは、とどのつまり、言葉のことだった。だが、不思議なことだが、嘘が嘘であるためには、ひとは、言葉が実在することを、一度は本気で信じなければならない。そうでなければ、ひとに嘘を吐くことはできない。そして自分で自分を信じるこの強い欲望がなければ、ついに言葉は、最後まで嘘のままなのである。これは、不思議なことではないだろうか。嘘とは、いったいなんなのだろうか。そして、もっと不思議なことだが、「本当のことを言う」とは、いったいなんなのだろうか。……それでよくよく考えていくと、おそらく、ひとは、本当のことが言えるし、じつは、本当のことしか言わないのではないだろうか……。<br />　初期のヴィトゲンシュタインは、不可知なものに対する絶対的な沈黙を説いた。だが、ひとは、にもかかわらず、沈黙を破ろうとするだろう。それが不可知である以上、それに対する言葉はいつも嘘となるに決まっている。それでも、ひとは、その嘘が真理であることを願うのだ。はるかな未来に、人類が認識を拡張することを願うのだ。言葉に対する疑惑の目を、つまり懐疑を、言葉はきっと乗り越える。ひとはひとを超えてゆく。ひとはそれを、革命と呼ぶ……。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
まだ２６かそこらの若者が書いた「蟹工船」は、たしかに、若い、という感じを抱かせる部分が多くある。ナラティヴのなかに北海道弁が唐突に出てくるところも愛嬌とはいえ不用意であろう。リアリスティックな視線の透徹に感心した矢先に、（よく指摘されていることだが）きわめて図式的なマルクス主義的ドクマがやや辟易するような単純さで現れたりもする。本来小説が排すべき勧善懲悪が目に付くのもよくない。「蟹工船」だけではない、遺作である「党生活者」に至るまで、彼の《文学》を濁しているのは、まさに、このマルクス主義といってもいいすぎではない（むろん、前途有望な若者に直接手を下したのは国家だが、共産党は無自覚の共犯者のようなものである――といっても、こういう言い方を多喜二は喜ばないだろう）。だが、そのことは、べつに彼の小説の価値を下げはしない。というか、上記の非難はそうとうに野暮なものである。むしろこの若さは、非常に好感を抱かせるものだ。それが弱点になっていないところが、この小説の最大の魅力であろう。この若さは、狂熱的だけれども、どこか清々しい。深刻なことを書いていても、彼の作家的無意識（＝破砕された自意識の欠片のようなもの）が軽快さを失わない。やや浅薄な図式を本当に受け容れる彼の果断さは、むしろ《文学》的だといってもいい。だから、彼は、表現がやや稚拙になろうが、仲間が葬られた冷たい海の向こうの「カムサツカ」半島に、労働者たちを渡らせるのを躊躇わなかった。けっして、ロシアや中国は、《こちら側》から想像するだけの世界だったのではない。自身が積み上げてきたリアリズムが犠牲になるのもおかまいなしに、彼は勇気をもって、しっかりと《向こう側》も書いた。だからこそ、わたしは「蟹工船」を讃えるのを惜しまない。彼は、「カムサツカ」という彼岸に渡ったのだ。</p>
<p class="post">
彼は、幸か不幸か、マルクス主義に生涯を捧げることに《文学》を見てしまったひとである。先輩プロレタリア作家である葉山嘉樹（多喜二をすでに読んだひとには、葉山の「海に生くる人々」もお薦めする）と同時に、志賀直哉からの影響も隠さない彼は、おそらく、マルクス主義運動のなかに、もはやマルクスの名を借りる必要などなかった微細な一部分に、志賀直哉を発見してしまったのだろう。かくして、政治と文学は、多喜二のなかで、ひとつになった。よしきた、あとは書くだけだ！　彼は、マルクス主義よりもなによりも、言葉の力を信じた男だ。ひとを社会人にみせかけるくだらない弁証法は、もはや必要がない。弁証法を弄する奴は、結局なにもしない！</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
「党生活者」において、多喜二のナラティヴは、もはや主観描写とも客観描写ともいいがたい、きわめて異様な人称に到達している（ドゥルーズのいう超越論的経験論がこれに当たる）。これを書いているのはいったい誰なのだろうか。きわめて不思議な感覚が読者を訪れる。たしかに彼は、マルクス主義を信じている。運動が成功することも信じている。だが、同時に、この運動がかならず失敗することも知っている。マルクス主義の理論を疑わない彼は、そうすることで、この運動の欠陥を指摘して回る。といって、もはやこの欠陥を自覚なき（？）彼に指摘するのは野暮なことだという気も起こさせる。また彼は、もはや監獄と拷問、死と恐怖が目前に迫っていることさえ、知っている。しきりに「私はつかまってはならない」と書く多喜二は、しかしそう書くことによって、本当に近い将来、自分がつかまることを知っている。ここに《文学》がある。つまり、ほんものの生がある。これこそが、《文学》者にかならず訪れる狂気である。《文学》、それは言葉であり、それゆえに嘘であるにもかかわらず、一種の予言として、現実の世界にはみ出し、現実そのものに触れる。こうした《狂気》こそが、《文学》の中心であり、《文学》者は、こうした狂気を伴侶として、歴史を超えてゆく。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
ここからは想像で書く。といっても、言ったことに責任はもとう。自分は、これがまったく根拠のない想像だとは思っていない。願わくば、これが多喜二の名を傷つけることがなければよいが、こうした蛮勇を、むしろ多喜二は喜んでくれるだろう……。<br />　さて、監獄で激烈な拷問を受けた多喜二は、にもかかわらず、すこしも動揺しなかったにちがいない。いや、動揺していただろう、何度も母親に助けを求めたはずだ。しかし、目はずっと輝きを失わず、拷問をつづける特高たちをじっと見据えている。《文学》者にとって、事実が小説より奇であるなどということはない。なぜなら、小説もまた、現実だからだ。だから、彼は、こんな結末は、もうとっくの昔に知っていた。これからなにが起こるかなどと、思い悩む必要はなかった。指を折られたときだけ、これから書こうと思っていた小説のことを考えてすこし不安になったが、すぐに別のやり方を思いついた。彼なら、指を折られても、目を潰されても、声を奪われても、《文学》を書く方法を見つけ出しただろう。文字を知らなかった母親が彼に勇気をくれていた。ひとから言葉を奪うことはできないのだ。彼は仲間の居場所を割らせようとする拷問吏に反して、沈黙の言葉を吐き続けた。彼なら、若いヴィトゲンシュタインの沈黙を一笑に附したことだろう。あなたは、沈黙でさえも、言葉であることを知らないのか。おびえていたのは、むしろ、拷問吏どもである。彼は、一言も口を割らなかったかわりに、身体中のいたるところから、声なき声をあげた。それが《文学》である。拷問吏は、もはや魅入られたように拷問をつづけた。口を割らせるためにではない。言葉を発するのを止めさせるためにである。もはや、そのためには命を奪うほかない、と考えた。そうだ、はじめから殺すつもりで拷問していたのだと、自分を納得させるように、そう考えた。そしてついに彼から命を奪った後も、彼らはまだなおおびえていただろう。その死が、なにかを語ってやまなかったからである。国家は、名もなき人びとを、もっとも単純な論理にしたがって、無慈悲な死に至らしめる。だがそのはじまりから国家的なものに反対することで生まれた《文学》は、そうした死を救い、その死にふたたび生を与える。彼の《文学》は、わたしたち以上に、彼自身を救う。</p>
<p class="post">
わたしたちは、彼ほどに、自分たち自身を救えるだろうか？</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<title>戦前と戦後（ラフ）</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Feb 2009 14:51:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[たとえば晩年のジャック・デリダがハバーマスと共闘したように、晩年の柄谷行人は丸山真男に共感する。ここに共通したなにかはないか。それも、戦後の病そのものであるような。といっても、それは不可避的な病であり、戦前のひとびとが、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>たとえば晩年のジャック・デリダがハバーマスと共闘したように、晩年の柄谷行人は丸山真男に共感する。ここに共通したなにかはないか。それも、戦後の病そのものであるような。といっても、それは不可避的な病であり、戦前のひとびとが、《戦争》を病として抱えていたことと、同じである。要するに、戦後の知識人は、《平和》という病から、抜け出せなかった。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>丸山にかぎらず、戦後の人々は、「断念」や「ためらい」といったネガティヴな態度を逆説的に評価したがる屈折を持っている。「決断」や「主体性」といった言葉を、極力回避しようとする。米国と開戦するに至る決断、大東亜共栄圏を主体的に作りあげようとする夢、外部に肯定性の夢を追い求めるのはロマン主義のもたらす罠にすぎない。外部は、否定性においてしか現れない。……</p>
<p>われわれが青と信じる（つまり意識内部において青である）それは、青ではないかもしれない（他人にとっては青ではないかもしれない）。理想は、そこにたどり着けないというそのことにおいてのみ、理想でありうる。翻訳が不可能であるからこそ、言葉のうちでも固有名だけは外部たりうる。</p>
<p>外部は、否定的な形でだけ現れる。そうした否定性の極致が、カント＝柄谷のいう《物自体》である。どこまでいっても否定の運動であるような、この批判の概念は、ついには、自己を超越論的に眺めることを可能にする。超越論的な自己とは、自己ではないなにかとしての自己、である。そのことを積極的（ポジティヴ）に提示することはできない。否定形で現れる他者の重要性は、ついに自己をも否定形で表現する。肯定はどこにもない。否、否、否、このたえざる否定の運動こそが、真の哲学ならざる哲学である。虚構の重要性……。</p>
<p>否とさえ、というか《否と積極的に向き合おうとする》ハバーマスや丸山真男の議論は、たしかに、デリダや柄谷にとっては許容しうるものだ。しかし、そうした超自我が、世界共和国である可能性はどこまで確かなのか。自我の否定を真っ先に行なうのは、むしろ国家ではないのか。知識人の戦争協力は、日本の外部を想像させる超自我の回路を通ってなされたのではないのか。敗戦後、戦前の国家主義者は、たしかに超自我の回路を通って国連を見いだしたかもしれない。だが、戦前の共産主義者（あるいは個人主義者）は、その同じ超自我の回路を通って国家を見いだしたのではないのか。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>ぼくは、ここで疑問に思う。平和とは、戦争の否定の謂いなのか、と。外国語との通訳不能性が、本当に平和の使節なのか、と。しかし、理論的にも現実的にも、平和が戦争のない状態としてしか定義されないうちは、われわれは、平和を求めることはできないだろう。平和を求めるなど欺瞞である。なぜなら、平和には、たどり着けないからだ。ならば、われわれは、平和を戦争をしないということに求めざるを得ない。</p>
<p>かくして、ひとは、兵士であることをやめる。それはかまわない。だが同時に、戦士であることもやめてしまう。否定形の議論は、ひとから、力と同時に行為をも奪ってしまう。戦争の終結は、たしかに一時の混沌をもたらした。だが、そうした混沌は、否定形の議論のなかに収斂されていった。知識人の戦争協力を即座に否定的に反映させる実態的な論理をたえず内包した戦後の戦前批判は、兵士のなかの兵士性と戦士性の混同という誤りを犯す。兵士であることも戦士であることもやめてしまったひとたちの、屈折した勝利。「これは敗北ではない！」　だが、それは、敗北という究極の屈折に対する卑屈な肯定にかぎりなく似ている。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>ぼくらの世代は、戦前の世代と、戦後の世代を同時に見渡すことのできる世代である。それだけに、《戦争》になだれ込んでしまった世代特有の苦悩と、《戦争》を諦めることに美学を見いだした世代特有の苦悩とが、同時にぼくらを切なくさせる。戦後のひとたちは、だからこぞって漱石を褒めた。漱石はすばらしい、なぜなら、彼ははじめから諦めていたからだ。鴎外も褒めた。鴎外はすばらしい、仕事と友情を選ぶことが、恋愛を諦めることだと知っていたからだ。はじめから諦めていたひとたち、その苦悩を知っていた彼らこそ、真の文学者だ。……</p>
<p>たしかに、彼らのような例外的な《諦めていた人たち》と比較すれば、戦前のひとびとはあまりにも兵士でありすぎたかもしれない。だが、同時に、戦士でもあった。彼ら戦士のもつ独特の緊張、ぼくはそこになにか特別な尊敬の念が沸くのを抑えることができない。戦士とは、ためらわずあきらめず、最後まで戦い抜く男たちのことだ。屈折した勝利でも、卑屈な肯定でもない、純粋な肯定の論理を追究する男たちのことだ。排中律や否定神学の周縁を迂回しながらさまようデリダたちの理論からは、そうした戦士の蜂の一刺しが失われている。</p>
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		<title>模倣か虚構か</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Dec 2008 14:52:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Aristoteles]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>

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		<description><![CDATA[芸術は、いったい、なにを行なっているのだろうか。プラトンの言うような、自然の模倣？　それとも、アリストテレスの言うような自然に《対して》虚構を作りあげること？ どちらも、それほど正しくない。それに、この問いにかかわってい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>芸術は、いったい、なにを行なっているのだろうか。プラトンの言うような、自然の模倣？　それとも、アリストテレスの言うような自然に《対して》虚構を作りあげること？</p>
<p>どちらも、それほど正しくない。それに、この問いにかかわっているかぎり、よい芸術はなかなか生まれてこない。</p>
<p>芸術における真のリアリティとは、結局、自然との差異において現れるものである。逆に言えば、本物とまったく同じものを作りあげることが、芸術なのではない。その観点からすると、模倣論よりも虚構論の方が、芸術にふさわしいものに思えてくる。だが、後述するように、結局は、虚構論も問題にならないだろう。虚構論は、当然、その一方にそれと対立する真理の世界を想定せざるをえない。だとすると、われわれの知りうる世界そのものが、ヘーゲル的な弁証法を前提しないかぎり、まったくの虚構であり、そこでは、芸術とその他の営みとを区別することが不可能になる。われわれの営み、それが人間的な営為であるかぎり、虚構であるとするなら、虚構論を、芸術論に限定する理由はどこにもない。それでは芸術論としては無意味であろう。</p>
<p>視点をすこし変えて、もう一度説明しよう。われわれの認識する世界が虚構かもしれない、というのは誰しもが考えることだ。だからひとは知りもしない《物自体》を仮構して当座の満足を得る。それは、われわれの知りえない起源＝自然を仮構する、ということでもある。こうした観点からすると、虚構論に食指が動くのはもっともである。</p>
<p>しかし、本来、われわれが仮構する物自体もまた、われわれが便宜上、適当に生み出したものにすぎない以上、認識と物自体とは、対立すると言っても、たんにひとの精神の上で並列されるふたつのよく似た経験というほかない。対立するとしても、結局は、精神の上で起こる一連の経験なのである。したがって、人間が認識できる世界にかぎったとしても、その世界が完全無欠の虚構であるとすれば、虚構論といっても、それは、虚構としての表象の上に、さらなる虚構としての表象を重ね合わせることにすぎないし、また逆に、模倣論といっても、それは、模倣としての表象に模倣としての表象を重ねることでしかなくなってしまう。いずれにせよ、実体が必要ない以上、そもそも模倣も虚構もないのである。</p>
<p>こうなると、模倣論とか虚構論とか言っても、無意味である。むしろ、芸術の欲望が《次》の表象を求めるという、当のそのことにおいて、芸術は判断されるべきである。すなわち、この芸術は、いったい何を生み出そうとしているのか。どのような表象を意志しているのか。</p>
<p>子供はそのことをよく知っている。美術館に飾ってある優れた絵画をみて、彼は、「本物みたいだ」と感じる。いまにも、絵画から、美しい女性が飛び出してくるのではないか、そんな風にどきどきする。そこで、野暮な大人がこう言ったとする。「たしかに、本物みたいだねえ（あれは、絵なんだよ。作り物なんだよ）」。だが、《子供はそんなことはとっくの昔に承知しているのだ》。真理の直前で立ち止まる絵画が、まさに直前に立っているからこそ、彼は絵画を真理だと感じているのである。「本物《である》かのようだ」ではない。「本物《になる》かもしれない」なのだ。かの子供は、この二つの文章の違いを、明敏に感じ取っている。</p>
<p>その点でいうなら、アニメやマンガの絵に性的な欲望を掻き立てられる、というのは、別に不思議なことでもなんでもない。それらはおそらく、本当の人間よりも、人間《になる》ことを欲望しているからだ。それらは、芸術の出発点でさえありうる。ただし、虚構という言い方で、それらがもっている現実との接点を切り離してしまうなら、なんの意味もなくなってしまう。虚構論は、人間になろうとする欲望を断ち切り、暗に《なれない》と言う。そのことによって、ついにそれらは本来もっている力を失ってしまう。</p>
<p>わたしは、芸術について述べた。この話の恐るべき点は、じつは、歴史にも当てはまってしまうことである。カントが言うように、われわれのあずかり知らない物自体を認めるとしても、その一方にある人間的な世界のすべてが認識論上の虚構なのだとすれば、歴史とは、とどのつまり、虚構ではないか。そうした恐るべき問いが立てられてしまう。要するに、カント＝ゲーデル風にいうなら、われわれは、嘘と本当とを、ついに区別できないのである。</p>
<p>区別できない、とは、一体どういうことか。見方を変えれば、文学と歴史とが、区別できないということである。虚構と真理とを裁断する規準を、われわれは持ち得ないのだ（この時点で、じつは、上記の虚構論は可能性を失う。一見すればかぎりなく芸術にふさわしい虚構論は、その意義を失ってしまう。同じものを再現しようとするものであるかぎり、模倣論に満足することはできないとしても、模倣という語が、実体の力を借りつつも、それ自体で価値をもつかぎり、模倣論にはまだ可能性がある）。</p>
<p>歴史と文学とを区別するのが無意味となるような空間、ここにおいて、はじめて文学は、そして芸術は真に駆動しはじめる。そうした芸術は、同時に、政治的な行為を促す革命論でもあるはずである。虚構論が跋扈する今日、われわれは、まだスタートラインにさえ立っていない。芸術も革命も、まだまだ遠い。……</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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