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	<title>ex-signe &#187; Science of Incidents</title>
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		<title>懐疑と数学、存在についての私論</title>
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		<pubDate>Fri, 14 May 2010 18:26:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐疑」の始まりである。</p>
<p>たとえば「魔女裁判」は、この分離なしにはありえない。彼女が人間の表象をもつにもかかわらず、魔女だとしたら？　それは神がつくり保証する概念と表象の一致に、根本的な誤謬が発生していることを意味する。もちろん疑念は、最初に女性に向かう。この女性が魔女かどうかは、じつは問題ではない。むしろ、その疑いを招いていることが、魔性なのである。この疑念自体が、神が保証する一致に対する反逆だからだ。疑わしいという、ただそのことが、罪なのだ。だからこそ、彼女は暴力的な裁判に、しかもはじめから断罪されることが定められた裁判にかけられねばならない。</p>
<p>トマス・アクィナスに従うかぎり（またあえてカントの用語を使って言えば）、神は悟性的な存在である。感性によってものを感覚する人間とは根本的に異なり、神は〈悟性によって感覚する〉。人間がある表象にまちがった概念を与えてしまうのは、人間が感覚に頼っているからだ。だが神はちがう。神は感性をもたない。したがって、神において、概念それ自体が存在である。神は「神」であるがゆえに全能の存在なのであって、全能だから神なのではない。完全に演繹的な存在である。だとしたら、なにゆえ神は魔女などを生み出したのだろうか。そんなことをするなんて、〈あなた〉は、言われているほどに神なのだろうか？</p>
<p>彼女が魔女ではないと証明することは、原理的に不可能である。この懐疑は一度はじまってしまったら、同じ論理的基盤を保持するかぎり、二度と取り除くことができない。なぜなら、証明という行為それ自体が表象と概念の一致を前提しているからである。結局、女はすべて怪しい。しかし、この猜疑は神にも向かう。この不可解な女を作ったのは神だからだ。もしかしたら、この「神」は、神ではないかもしれぬ。「神」が全能ではない、ただそれだけで、「神」は疑うに足る。「神」が神でないのなら、いったいひとはなにを信じたらよいのだろうか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>「“もの”がある」、とはいったいどういうことだろうか。なぜひとは、具体的であっても雑多な表象を超えて、抽象的な“もの”を思考することができるのだろうか。この概念は、概念と表象の差異、つまり上述の「懐疑」なしにはありえない。概念はいつも表象を尽くさないし、表象はいつも対象を尽くさない。カントは、これこそが“もの”の源泉であると考えた。この差異、この残余こそが、“もの”である。これらが一致しているかぎり、“もの”は生じようがない。</p>
<p>カントにしたがうなら、もの自体を生み出すのは、むしろ表象に概念を与える悟性の側である。そのことを彼は、アプリオリに“もの”がある、という言い方をする。逆説的な言い方で、「もの自体は、ただ悟性によって考えることだけができる」という。だが、実際には、不完全な悟性、不完全な概念こそが、対象を“もの”に変えるのだ。感覚（だけ）がまちがうという言い方はできない。まちがうのはどちらかといえば悟性である。というのも、感覚は悟性に従うからだ（認識は対象に先立つ）。感覚が悟性に従う、とはどういうことか。それはもちろん、感覚の正否を悟性があらかじめ定められた基準＝カテゴリーにしたがって判断するということだが、感覚はじつはつねに-すでに悟性に依拠している。そのため、悟性が理解しうるものが感覚とされ、悟性が理解できないものは超感覚的な“もの”と判断される、ということになるしかない。</p>
<p>したがって、カントにおいて、「“もの”がある」、すなわち存在は、感性的な実在とは区別される。実在が肉の側に割り振られているとすれば（一般にはこちらを「もの」と呼んでいるが）、“もの”あるいは存在は、実在を超えたもの、すなわち超感性的なものであり、ネガティヴな仕方でしか現われないものである。</p>
<p>この点でいうと、悟性は懐疑しない。悟性は疑うことなく表象を認識の裁断にかける。たんにカテゴリーに従って感覚的なものと超感覚的なものを区別していくだけである。懐疑は概念と表象の差異が生み出す帰結だが、この差異、すなわち超感覚的なものがなんらかのイメージと結びつくとき、それは理性と呼ばれる。たとえば神は超感覚的なものだが、これを髭の生えた巨人に代理表象させる、のは理性がおこなうことである。あるいは、悟性におけるカテゴリーの篩（ふるい）が残余として生み出す超感覚的なものが懐疑によって取り出されるとして、それは全体として理性のはたらきであり、短縮されて理性と呼ばれる。したがって、懐疑を行うのは理性ということになるが、やはり、現実には悟性が理性に先立っている。悟性に蓄積されたイメージにもとづいて、神を表象するからであるし、あるいはそもそも超感覚的なものは、（感性と一体のものとしての）悟性が取り逃がす残余だからである。だから、“もの”は悟性の生み出す残余だが、その残余自体は理性においてイメージされる。</p>
<p>こういう考え方は、たしかに「魔女裁判」を無用のものにする。表象と概念の差異が発生するのは、むしろ自分の貧弱な悟性（あるいは認識）のせいだからだ。この女が魔女であるか否か、それはむしろ、科学、とりわけ自然科学上の認識論的な課題なのだ。カントは、かくして、審判としての学問という考え方を提起した。カント以来、学問は一種の裁判の形式をとるようになった。またその一方で、というよりはこちらのほうがカントにとってははるかに主要なテーマだが、概念と表象の差異こそが、むしろ神の源泉となるだろう。概念と表象の差異のおかげで、ひとは神の存在を疑うに至ったのだが、その差異、すなわち懐疑がなければ、いったいどこに神がいるというのか。概念と表象とが一致するというのなら、なぜわれわれは神の姿を見ることができないのか。なぜ神は受肉を必要とするのか。もとより超感覚的な神を思考できるとすれば、その思考は感覚を通過したものであってはならないだろう。感覚を通過せずに訪れた概念だけが、神と呼ぶに値するのだし、また悟性が取り逃がした“もの”だけが、神の可能性をもつのである。こうした感性-悟性の残余、学問が作り上げた知的文脈を超えてある他者、思考するといっても想像するといっても大差ないこの他者、これが神である。神とは、懐疑の別の名なのであり、またそうであるがゆえにこそ、神は存在するのである。カントはいうだろう。彼女が疑わしいといっても、だからといって魔女とはかぎらない、われわれの認識が未熟なのかもしれない……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、それより前の時代のデカルトの（のちにスピノザに、さらにはハイデガーを介してフーコーによって拡張される）解決方法は、すこし違ったものであったように思われる。というのも、彼ももちろん神の存在を示そうとした点でカントと同様だが、「懐疑」にとどまったのではなく、これを乗り越えてしまったからである。「われ思う、ゆえにわれあり」という命題は、完全にポジティヴなものであり、存在についてのカントのイロニカルなスタイル、「もの（＝存在）は考えることができるだけだ」とは異なる。彼はどうやって表象と概念の不一致を乗り越えたのか。</p>
<p>注目すべきは、彼における三つの要素である。ひとつはコギト、もうひとつは神の証明、そしてもうひとつは解析幾何学である。この三つの要素はすべて同じものの異なる表現であり、これらを切り離して考えることはできない。</p>
<p>彼は“もの”を「延長」と呼ぶ。それは彼が証明したと信じた三つの存在のうちのひとつであり、「われ（コギト）」、「神」と並列される。つまり、彼はカントのように実在と存在を質的に区別していない。感性的要素（延長）と理性的要素（われ、あるいは神）は同じ平面上に展開されている。したがって、「在る」は、この同じ平面に展開されることを指すのであり、「われ在り」が可能なら、自動的に神や延長の「在り」も可能になる。カント的にいえば感覚的に存在する延長と、超感覚的に存在するはずの神とのあいだに、存在論上のちがいはない。</p>
<p>表象と概念の差異に対するカントの解決方法とのちがいを強調していえば、こういうことだ。デカルトは、表象-概念の二重構造そのものを破棄した。延長（つまり表象）と「われ」や「神」（つまり概念）は、存在するという観点からいえばいずれも同じである。だから表象と概念を区別する必要はない。それこそが「コギト」、すなわち「われ思うゆえにわれあり」である。「われ思う」ということと「われあり」とのあいだには、じつは〈深い〉差はないのだ。しかし、神もまた延長やわれと同じく表象であるなら、神はいかなる表象をもつのか？　デカルトがじつはやり残していた問いを継承したのはスピノザである。彼が「われ思うゆえにわれあり」を「われは思惟しつつ在る」に翻訳したとき、彼は、概念が思惟されるということと、ものが在るということが、デカルトにおいて同一平面上で行われていることを正しく理解していた。したがって、神も表象をもつ。神の表象とは、この世界そのもののことである。神はもの＝延長と同様に存在する。彼らはいうだろう。彼女は、魔女ではない、みるがいい、彼女は美しい女ではないか、一体どこに魔女がいるというのか……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>一般に、数学はものとものとの「関係」を扱うものとされている。たとえば柄谷行人はこう言っている。</p>
<blockquote><p>数学を量的なものと見なす考えを捨てないといけない。数学は本来的に「関係」を扱う学問です。量はその一つにすぎない。</p>
<p>…特に数学的思考というべきものはない。「関係」を考えることなら、すべて数学的である。言語体系も政治的組織も精神病理も、それが関係の形態であるかぎり、数学的に扱えます。</p>
<p>…プラトンは、「関係」は、感覚的なものと区別されるイデアとして、イデア界に在ると考えたわけです。今そんなふうに考える人はいないけれども、この区別そのものは残ります。「関係」は、物があるというのと違ったふうに、存在する。あるいは、それは無であるともいえます。なぜなら、それはどこにも存在しないからです。</p>
<p class="post-r">柄谷行人「なぜ数学か」</p>
</blockquote>
<p>たしかにプラトンは数学や幾何学を自身のイデア論にとって不可欠のものと強調していた。だが、イデアの世界と現実の世界について、前者は後者より美しく、後者はその模倣であるためにいくらか美しさを欠くとは言っているが、それが感覚的なものと区別されるとは全然言っていない。その差はあくまで強度的なものであって、質的なものではない。いずれも〈感覚的に美しい〉ものである。柄谷は数学が「関係」を扱うという自説を補強するためにデカルトも引き合いに出しているが、「われ」「もの（延長）」「神」を同じ「在り」のなかに展開するデカルトが、数学をそれらの「在り」とは区別しているとしたら、一体彼は、いかにして幾何学上の点を数に置き換えることができたのだろうか。数は、柄谷がいうように、「われ」とも「神」とも「延長」ともちがう、特別な存在の仕方をしていると、デカルトは考えていたのだろうか。</p>
<p>さらにいえば、現実のデカルトは、磁力や重力のように、離れているもの同士のあいだに働く遠隔力という考え方を怪しげなものとして拒絶したひとである（したがってニュートンの万有引力の法則は、当時絶大な影響力を誇ったデカルト主義に対する最初の有効な批判のひとつだった）。つまり、“もの”と“もの”のあいだの「関係」という思考はデカルトには見当たらず、“もの”と“もの”のあいだの作用はすべて「衝突Impact」によって説明される。</p>
<p>こうした要素を突き詰めて考えてみよう。私見によれば、むしろ、デカルトの発見は次の点にある。すなわち、数は、そもそも“もの”を扱う。というより、数は、対象を“もの”化する。それゆえ、幾何学上の点（すなわち延長）を数に置き換えても、まったく問題が発生しない。幾何学は、とくにエジプトやギリシアにおいて測量術から発展しているように、もともと現実を扱う、実用的な学問である。それに対して数学はとくにピタゴラスと結びつき、音楽に結びつけられるかぎりでは現実的なものだったが、そうでない場合はより神秘的な（カルト的な）学問だった。この両者の区別は、あきらかに表象の有無に依存している。すなわち、前者は物質的・実在的だが、後者は精神的・存在的とみなされている。デカルトが解析幾何学で乗り越えたのは、この境界である。つまり、より現実的な点や線（＝「延長」）は、より非現実的とみなされる数と変わらないのであって、それは、延長とわれや神とが並列されるように、同じ平面上に展開されているのである。コギトなしには、解析幾何学は可能にならないのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ハイデガーが指摘するように、「道具」は、ひとが石を矢じりとして使うときにはじめて具体的な道具となる、というようにして、一挙に現われる。そうでなければいつまでたってもただの石であり、さらにいえば、人間と関係しない限り、「石」でさえない。プラトン風に翻訳するなら、ある石を矢じりとして用いることが可能であるなら、その石は矢じりのイデアを持っていたということである。また、これらの矢じりを“もの”である、と考えたとすれば、それは、この矢じりを数えるときである。３つの矢じりを数えるとき、そこにはすでに抽象的な思考がはたらいている。矢じりのイデアにもとづいて、それらをひとつふたつと数えるとき、それらを抽象的な“もの”として扱っているのである。このように、イデアには運動的なものと数学的なものとの二種類があるのであって、かならずしも後者とだけ結びついているのではないし、関係ならばすべて数学的だということにもならない。道具的な関係というものもある。農夫が鋤で土地を耕すとき、彼はまちがいなく鋤と関係をもっているが、それが数学的な関係にあるなどということはとうてい不可能である。むしろ、固く乾いた土を掘り起こすために、汗をながして金属片のついた木の棒を振り上げるという、そのことが、彼と鋤とを道具的な関係として取り結ぶのである。</p>
<p>いずれにしても、数学が行うのは、対象を“もの”化することである。３つの矢じりという思考法は、具体的な矢じりを“もの”に抽象化する。逆に、道具的な思考法は、抽象化されたこの３つの矢じりに、再び具体性を与えるだろう。つまり、道具的な思考法が出来事にかかわるとすれば、数学は存在に、とりわけ“もの”にかかわる（といっても、数が序数であるかぎり、出来事の一変種であるが）。“もの”は、カントのように表象と概念のずれが生み出すのではなく、具体的な対象、たとえば矢じりを数えるときに発生する。数学は、ひとに対象を“もの”として把握することを教えるのだ。だから、デカルトに従うかぎり、表象（ここでは幾何学）と概念（ここでは数学）のとりもつ「関係」の向こう側に、わざわざ「もの自体」を設定する必然性はない。むしろ、ある表象が数と関係するとき、その関係が、“もの”である。数学と幾何学とを結びつける解析幾何学とは、“もの”の発生過程の特異な表現、というかスタイルであり、なおかつプラトンのイデア論の正統な拡張である。</p>
<p>この意味では、「関係」という観念、表象を欠いたこのカント的・ヘーゲル的観念は、数学とは別のものである。構造主義の難点も、数学の使用法にある。数学的に取り出された構造を具体的な“もの”と遊離した「関係」とみなすことが、この学問に閉塞をもたらす。むしろ、そうした構造は、ユニークな序数として現実に存在していると考えほうがよい。たとえば生まれたばかりの赤ん坊が、トポロジックに母親を二つの穴（目）のある形として捉えたからといって、母親が存在していないと言うことなどできないのと同じことである。現実に、赤ん坊にとって、母親は二つの穴のある形として存在するし、彼が（無意識にとはいえ）表象と概念を認識論的に区別しているなどと考える必然性はどこにもない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>幾何学上の点を数に置き換えることが可能であるということ、この不思議な事態はなにを意味しているのだろうか。この奇妙な思考の跡をたどっていくと、スピノザにたどりつくことはすでに述べた。さらにこの先をたどると、ハイデガーを批判的に継承したフーコーに突き当たる。というのも、フーコーは、テクスト上のいくつかの点を、実際上の出来事に置き換え可能なものと考えていたことが明白だからである。彼は、この奇妙な点を「言表」と呼び、これをひとが思いもよらぬ突飛な出来事と結びつける斜線を至る所に引いて回っていた。わたしには、フーコーは、この点では彼が批判したデカルトによく似ているように思われるのだ<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。おそらく、出来事の学はこの方向にしかないし、わたしはそれを、たぶん《文学》と言っているのだろう……。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
<a name="n01" href="#p01">(1)</a> むろん、デカルトとフーコーの差異には注意しておかねばならない。デカルトはコギトから解析幾何学へと至るプロセスのなかで、あらゆる事象を数学的に（≒客観的に）把握する「普遍数学」を試みたことがよく知られている。この点に注目するなら、彼の議論には、プラトンに存在していた運動のイデアを欠いていることになるし、それをハイデガー＝フーコーとの差異として強調することができる。それは、比喩的にいえば基数と序数の差異を強調することである。だが、古典主義時代に注目するフーコーは、「普遍数学」の可能性を知っていたからこそ、その難点を的確に指摘できたと考えなければならない。柄谷のように、「関係」を離れて“もの”があるかのようなカント的な議論とデカルトの数学を混同するくらいなら、フーコーとの共通点を主張したほうがデカルトあるいは数学の理解として精確であると思われる。
</li>
</ul>
<p><div class="post-rl">
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</div></p>
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		<title>記憶と忘却の娘としての《技術》（スティグレールによせて）</title>
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		<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 17:09:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じている点でも、驚くほどよく似ている。その点で、わたしの思考もいっぱしに《同時代的》であるのだろう（逆にいうなら、日本の知識人たちは同時代的であろうとしているにもかかわらず、なんと迎合的で結局は時代と乖離していることか。同時代的に気のきいた批評をしていればそれで仕事をした気になっているひとたちと比べれば、「哲学」しようとしているスティグレールには心の底から共感する）。しかし、デリダの弟子という点をふまえるなら、デリダとなんの関係もないわたしの哲学は、それとは当然異なる方向性をもっている。昨日届いた『技術と時間１―エピメテウスの過失』を読んだだけの感想である。そして、微細なものでもある。だが、結局は決定的であるように思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレールは、哲学がいつも技術の存在を忘れてきたという。わたしもその点にはある程度賛成する。たとえば近代の哲学者、とりわけカントやヘーゲルの哲学は、文字と紙という記憶装置なしには、承服しかねる部分がある。しかし、すべての哲学がそうだったと考えるのはむずかしい。プラトンが、アナムネーシス（第一次想起）を重視し、ヒュポムネーシス（文字など外在的かつ人工的な記憶＝記録）を忘却の術と呼んで記憶術から退けたことはよく知られている。だが、スティグレールは、プラトンが最重要視していたアナムネーシスに〈先立って〉、より軽視していたと思われている外在化された記憶技術であるヒュポムネーシスが存在している、と指摘し、プラトンを批判的に脱構築していく。この議論は、音声に対する痕跡の優越を語ったデリダの批判的後継者の評判にたるものである。だが、わたしなら、すべてに先立つのは、技術というよりは《忘却》であるというだろう。外在的な記憶術を意味するヒュポムネーシスが、《忘却》の術と考えられるかぎりでのみ、技術はつねに有意義なのである。プロメテウスがひとに与えた技術の存在を忘却の底に沈めるといわれるエピメテウスは、しかしとりわけ希望の神でもある。私見によるなら、彼は、「欠失」でもなければ歴史意識を可能にするのでもない。むしろ彼が実現するのは《真空》であり、歴史意識の超越である。彼は、つねに自分の世代を第一世代だと考えるきわめて動物に近い男であり、ゼウスによって自身に与えられる無限の懲罰の結果を先んじて知っているプロメテウス的悲劇とは無縁のアンチ・オイディプス的な男でもある。</p>
<p>プロメテウスが与えた炎＝《技術》とは、端的に記憶であると、スティグレールはいう。しかし、わたしなら、もっと端的に、記憶であると同時に忘却である、というだろう。プロメテウスとエピメテウスの関係は、ひとが思っているよりも、そしてスティグレールが思っているよりも（というのも、彼においてエピメテウスは、プロメテウスを補完するにすぎない）、もっと苛烈に一体化している。この兄弟には、ひとかたならぬ、尋常ならざる友愛の絆が感じられる。この両者が不思議に一体化しているときにのみ、技術は真の有用性をもつ。実際、わたしは、記憶と忘却とを区別する術を知らない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえばこういうことだ。技術には、つねにこういう特性がある――すなわち、一回限りで消え去るものを、《再現》可能にするときに現われるのが技術である。木切れが炎を起こす技術になるとき、この木切れには炎が起きたという一回限りの出来事の記憶が詰め込まれている。技術としての木切れの使用とは、出来事（炎）を再現可能なものにする、ということである。この場合、技術は記憶を再現するものであって、〈炎を燃焼させるのではない〉。そこでの炎の燃焼は、出来事そのものではなく、木切れの能力の再認（レコグニション）、再現前化（リプレゼンテーション）である。徹頭徹尾、技術は《複製》を司っている<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。木切れは、たしかに、炎を起すための文字――炎という出来事の記憶装置である。</p>
<p>しかし、重要なことは、次の点である。記憶の再現としての技術の使用には、結局は《二つの忘却》が紛れもなく存在している、ということである。木切れが、炎を起こす道具として使用されるとき、かつてなんらかの偶然で炎が燃焼したという出来事を、ひとはすでに忘れている。要するに、炎が再現可能なものとなるとき、かつての炎の一回性は、つねに‐すでに忘却されている。これがひとつめの忘却である。</p>
<p>ふたつめの忘却は、ひとつめの忘却を意識したときに（つまり思い出したときに）はじめて忘れられるものである。つまり、意図的に燃焼させられた当の炎は、かつて自分が何らかの理由で偶然に燃焼させられたことを、すでに忘れている、ということだ。要するに、炎は、木切れにひとが封じ込めた記憶を《再現》したのではない。そういう考えはアポロンの神託に苦しむオイディプス的人間の隠れた傲慢であって、たんに燃えている、まったく新しい炎である。同じ木切れを使用して二つの炎が生まれたとしても、両者は決定的に異なっている。だからヘラクレイトスはこう言った。「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>したがって、スティグレールの指摘の正当性は、いまのところわたしには半面的なものにしかみえない。たしかに、ヒュポムネーシスがアナムネーシスに先立ってある、という言い方で、彼は過去の炎の一回性が忘却されていることを指摘した。しかし、その指摘は、原理的にいって、かえって現にいまある炎の一回性を忘却させる。それゆえ、技術の使用は、たしかに記憶の再現であるが、同時にどう転んでも忘却を生みもする。だから再びヒュポムネーシス（複製）にアナムネーシス（オリジナル）を先立たせねばならない。たとえばスティグレールは、別の本で、ソクラテスが少年奴隷に幾何学の問題を解かせる際の身ぶりに注目している。というのも、ソクラテスは、《想起》を示す際に、砂の上に図形を〈書く〉からである。ここに、彼は声に先立つ文字＝技術の優位をみる。だが、わたしにとって重要なことは、それが〈砂の上〉に書かれたということである。声と文字は、媒体に対する定着性（空気の振動であってついに定着が困難なのか、それとも、紙や石版などに定着するのか）によって差異化される。現にある机などの表象よりも、いまここにない「机というもの」という《イデア》が重視されるプラトン哲学において、なんらかの図形が現在に定着した表象によって説明されることがあってはならない。その点で、図形を消し去ることのできる〈砂の上〉でなければならなかった。砂上に《痕跡》など残らないのはいうまでもない――というか、砂上とは、痕跡を残さないものの謂いである。現在を汚染する痕跡に対して、現在から遠ざかり消滅する声が、外在的記憶装置とされる文字に対して忘却が、ふたたび優位に立つのである。技術は、その前と後ろとをつねに忘却によって挟まれている。そのかぎりではじめて、記憶も技術もそれとして機能する。技術にとって、プロメテウスとエピメテウスは一体である。記憶を司る技術を、ひとは忘却なしに使用することができない。ソクラテス‐プラトンが指摘しようとしているのは、そのことであると考えなければならない。</p>
<p>してみると、問題は、内在的な記憶であるいわゆる《記憶》に対して、《技術》を《外在的な記憶》として立てるだけでは終わらないことがわかる。前者を《自然》と呼び、後者を《文化》と呼ぶことがあるが、両者を対立させているかぎり問題が解決しないのと同じことである。技術を記憶の側面から読み込みすぎるのはよくない。《記憶》と《技術》は、一次的か、二次的かという違いはあるにせよ、いずれも記憶であるが、しかも同時に忘却でもある。そのことのほうがずっと大きな問題である。オリジナル（もっとベンヤミン風に根源というべきか）にこだわるかぎり、完全に同じものの《再現》は、原理上、ありえないことである。つまり、その《再現》は、つねに差異を、つまり忘却を含んでいる。記憶は、忘却なしには成立しない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、上記の問題は、スティグレールを離れて次のように展開できる。忘却は、より積極的な言い方で、《想像力》と呼ぶことができる――そのため、記憶、忘却、想像の三つの様態は、なにかひとつの力を別の角度から論じたものにすぎないようにみえる、ということである。ひとは、まったくの《無》から、なんらかの表象を想像（創造）することなど絶対にできない。きわめて想像的な、まったく現実と乖離してみえる架空の表象であっても、それはつねに、よく知られている表象の対位法的な組み合わせの産物である。スフィンクスしかり、シレノスしかり、ドラゴンしかり……。ここに記憶が介在していない、ということはありえないし、当然、そうであるからには忘却も介在している。とくにここには、おそらくは意図的な忘却があって、忘却を悪意をもって使用しているかぎり、ファンシーなものにしかならないが、だからといって、かぎりなく学問的な見地から（つまり記憶に忠実に）表象の復原を目ざしたとしても、そこには少なからぬ忘却と想像とが紛れ込むだろう。したがって、それらの差異は、真（オリジナル）を目ざそうとする意志や態度にかかってくるし、そのかぎりでのみ、美は実現されると考えたほうがよいだろう。ともあれ、記憶・忘却・想像力は、結局はひとつのものであるし、学問と芸術は、むしろ一体であるべきものとして考えたほうがよいのではないか。</p>
<p>とするなら、疑問は次の点にある。なぜ、いかにして、そしてどのような権利でもって、カントは、感性と悟性とを分割したのか、ということである。感性には想像力が、悟性には記憶力（カテゴリー）が用意されている。この両者をひとつにすることが、《総合》であり、《認識cognitio》であるといわれる。しかも、カントにおいて、結局、想像力は記憶力に従属するのであり、総合はカテゴリーにもとづいて行なわれる、といわれる（だから認識はつねにre-cognitioである）。いずれにしても、総合が行なわれるというのなら、前もってその分割が、すなわち記憶力と想像力の分割が用意されていなければならない。しかし、この諸力を厳密に考えれば考えるほど、分割はますます不可能になっていく。はたして記憶力と想像力とは分割可能なのだろうか？　カントは、かの純粋悟性の〈演繹〉にどうやって成功したのだろうか？　カントの哲学に従う、とは、要するに、この分割を無条件に受け容れることではないのか？　演繹を命令と受けとることではないのか？　悟性などを立てるから、「考えることだけは可能な」ヌーメノンたる《物自体》などが必要になってしまうのではないのか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>オリンポス山を彩る主要な神々のうちのひとり、ポイボス・アポロンは、学問の神であると同時に、芸術の神でもあった。もちろん、二つの属性をもっていたのではない。フーコー風にいえば、たんに、古代において、それらを分割する知の規準（エピステーメー）がなかったということである。記憶の女神、ムネモシュネとゼウスの娘であるムーサの女神たちを主宰したのは彼である。九人のムーサの名をあげておこう。『神統記』によるなら、叙事詩を司るは第一等のカリオペ。歴史を司るクレイオ。抒情詩を司るエウテルペ。喜劇を司るタレイア。メルポメネは悲劇を司る。テルプシコラは合唱や舞踏を司り、エラトは独唱歌を司る。ポリュムニアは物語を、ウラニアは天文（占星術）を司る。学問と芸術が、記憶と想像が複雑に絡み合った古代世界。こうした古代世界に住まうプラトンたちが、《想起》を、たんに近代的な意味での「記憶」にまつわるものとだけみなしていたと考えるのは、困難である。ソクラテスにイデアを語らせるときでも、プラトンは、いつもそこに忘却を指摘している。かの『国家』は、忘却の逸話によって、終わることなく閉じられるのだ。彼らの忘却への配慮を感じないでいるのは、むずかしい。実際、まったく同じものの再現など不可能なのだから、ホメロスの歌う〈迫真の〉トロイア戦争を、ついには〈迫真にとどまる〉歴史学の語るトロイア戦争と区別するなど、できようはずもない。異なるスタイルがある、それによって別の姉妹があてがわれる、というだけのことである。</p>
<p>ともあれ、カントの演繹がたんに彼の命令であるなら、われわれは逆にそれに従わない権利もあるわけだ。しかし、近代において、悟性と感性とを分割するカントの議論は、あまりに説得的に響いた。芸術を都合よく排除し、というかむしろ芸術学科のなかに閉じ込めてしまった今日の学問の姿勢をみるかぎり、カントの議論は時代に対するそれなりの正当性をもっていたのだろう。芸術からその母たる記憶の力（ムネモシュネ）を奪い、想像力の世界に押し込めた今日の芸術において、程度の低い対位法を駆使した架空の表象が溢れかえるばかりである。文学だけが、学問の世界にも身を置くことを許されたが、「終焉」という言葉で虐殺をはかる連中によって、息の根を止められかかっている。</p>
<p>カント哲学にここまでの制覇を可能にしたのは、近代の技術――活字印刷術と、製紙技術である（だからいたずらにカントを責めるべきではない、カントにはもっと別の課題があった）。さらに相次いで生まれたカメラや映写機などの記録技術は、おそらく、同じものの再現が可能であると、ひとに信じ込ませるにたるものだったのだろう。同じものの再現が可能であるなら、記憶力と想像力は、たやすく分割することができる。悟性の演繹など必要のないほどに、書き付けたとたんに言葉が現在に定着し、同じものを再現しつづける不可解な力をもった紙が、溢れかえっていたのである（ベンヤミンは、これを地獄の現在としてのモダンといった）。かくして、記憶と忘却は、対立するものとなる。カリオペたちと並んでムネモシュネの娘であった、歴史を司るクレイオは、気づけばほかの姉妹を追放し、母を独占するに至った。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は技術だろうか？　むろん、ひとは技術をしっかりと握っていなければならない。だが、技術に対して過度に焦点をあわせるのもよくない。たしかに、悪い技術というものも存在する。とりわけ、それは《模倣の模倣》を司る技術である。すでに模倣されたものは、原理的にいって、そっくりそのまま模倣されうると、みなされてしまいやすいからである（プラトンがいった悪しき芸術はこうした技術にもとづくものであり、これらは、オリジナルへの意志を欠いたところに成立している）。とはいえ、技術を用いるのは人間だけではないし、だからそれを使用する側の問題のほうがはるかに大きいのはいうまでもないことである。おそらく技術それ自体は、《自然》に属する。そうでなくても、自然か人工かは決定材料に乏しいし、そこに問題の焦点をもっていくことに生産性があるとは思えない。かまどの炎――それは人工的な炎であろう――にも神の姿をみたヘラクレイトスは言った、「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。先にみたように、技術にもまた、古代世界の思考同様に、忘却の力は生きていた（わたしはそのことを証明したと信じる）。問題は、技術に与えたひとの同意、すなわち技術とはもっぱら記憶のみを司るなどという、暗黙か自覚してかは知れぬあやしげな同意のほうなのではないだろうか。はたして、あなたの証明写真は、あなたと同じものを再現しているだろうか？　磁気テープやディスクに録音された声は、本当にあなたの声だろうか？　むしろ、これらの技術は、あなたの顔や声の表情や色彩を、つまり一連の変化そのものを、つまりただ一度かぎりの《出来事》を、撮（つか）もうとしているのではないのか？　技術もまた、忘却を――エピメテウスあるいはその娘のピュラを伴侶として、さらなる差異を加速させるものだと考えてはいけないのだろうか？</p>
<p>文字も同じことである。そこにあるのは、同じものの再現などではなく、日々変化する色彩に満ちた表情なのである（だからこそ、アートとしてのカメラがあると同様に歴史と小説が両立するのだ）。書くという行為には、表情の追究、《スタイル》の追究がなければ、かならず堕落する。事実だけを報道しようとする歴史は、結局は、同じものを伝え、すくなくとも同じものを伝えようとする「情報」へと堕落していく。そこには、《誰がそれを言っているのか》という視点は欠落しているし、欠落していることが望ましいとされる。技術がひとを追い越すにまかせ、生活が時間を実現するのではなく、生活のほうが時間を追いかけはじめる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、歴史は想像力を欠いているし、芸術は記憶力を欠いている。なのに芸術は想像力のことばかり気にしているし、歴史は記憶のことばかり気にかけているというのは、空しいかぎりである。どちらか一方を唱えてもまるで無駄なことだ。かつて起こったことだけが繰り返される、プロメテウス的悲劇に捕えられた空しい事実ばかりがあふれかえる今日にあって、なにより欠けているのは、〈忘却〉なのだ……。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」（1935-6）におけるアウラの議論はことのほか有名だが、ここでは、この概念はまだそこまで深まりを見せていないように思われる。というのも、ベンヤミンの議論に忠実にこの概念を延長するなら、おそらくアウラは思い返されると同時に忘れられねばならないものだからである。つまり、二つの態度が〈連続的に〉行なわれねばならない。そうでなければ、たとえば《星座》の概念が意味をなさなくなる。</li>
</ul>
<div class="post-rl">
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		<title>ポストモダニストたち（１）――ミシェル・フーコー</title>
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		<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 16:55:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
		<category><![CDATA[Science of Incidents]]></category>
		<category><![CDATA[words as arrows]]></category>
		<category><![CDATA[énoncé]]></category>

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		<description><![CDATA[わたしの愛するポストモダニストたちがいる（この言葉を、あえてよい意味で使おう）。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの愛するポストモダニストたちがいる（この言葉を、あえてよい意味で使おう）。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もない歴史が背負わせた重みがあって、近寄り難い感じを抱かせる。それに引き換え、先にあげた四人は、こういってはなんだが、同志だと感じる。先へ進めと、わたしに語る。もちろん、彼らはホメロスたちと同じく、歴史を超越した存在である。時代の重力とともにあるような、そんな重みなど、もちあわせていない。わたしの重荷を捨て去ることを、彼らは教える。優れた人物は、みな《ポストモダニスト》であるが、四人は、わけてもその名に値する。そのうち三人が、歴史家であったこと、これは偶然だろうか。彼らがいなければ、わたしは歴史などやっていない。とっくの昔に、歴史からおさらばしていたかもしれない。だが、わたしは歴史家である。だから遠いヨーロッパにいたこの四人について、短い言葉を捧げたい。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>四人のなかで一番年少のフーコーの驚異は、《言表（エノンセ）》にある。それは、簡単にいえば、《言葉という行為》である。なおかつ、極度に《文学》的な概念でもある。古典主義時代の考察から、この概念は磨き上げられた。言葉と物が《透明》な関係をもつ。少なくとも、《透明》になるまで磨き上げられることが、推奨される。この概念は、すでに彫琢されていた《狂気》と結び合わされ、独自な展開をみせた。言葉と事物とが組み合わされるということが、なにを意味するのか。この問題が複雑化するのは、歴史そのもののあり方と重なりあっている、と考えられるときである。フーコーの書物は、このような読解が認められるかぎりで、批判的な重層性をもっている。だが、多くの社会学者は、フーコーのこの議論を「権力」との関連でのみ読み解いたようにみえる。歴史家フーコーの重層性を取り逃がすと、その豊かな生産性を半分しか受けとることができない。</p>
<p>言葉と事物、両者の関係の透明性。むろん、古典主義時代のこの試みは、失敗することが確実である。言葉は、事物に対するヴェールになりはしても、けっして事物そのものにはならなかった。すくなくとも、近代に生きるわれわれは、そのことを彼らよりもよく承知している。堆く積み上げられた歴史家の営為は、そのことを逆説的に証明している。そればかりか、われわれは、この失敗をむしろ虚構として受け容れさせられてさえいる。しかし、フーコーは、注意深く、その当たり前の前提を、自身の思考から取り除く。</p>
<p>これは容易なことではない。歴史家としては当然の態度であるが、にもかかわらず、多くの歴史家はそのことに失敗している。言葉と事物とのあいだで呼び交わされたお互いの愛が、ついに成就しないのであれば、歴史家は、自身の営みのはじまりから、その権利を失うにちがいない。多くの歴史家は、自身が行なう過去の復原が、実際には不可能であることを、暗黙にか、無意識のうちにおいてか、いずれにせよ自覚している。この諦念をさらに進めたところに、ある種の哲学的勢力がある。この諦念を確実なものにすることが、歴史主義の批判であると考えているひとたちである。この哲学は、この確実な諦念、すなわち絶望から出発して、未来へと踏み出すことを考えている。</p>
<p>だが、フーコーはそうした哲学とはすこし異なるように思われる。というのも、彼は、古典主義時代の歴史を紐解く際に、時代の学問的布置（エピステーメー）が作りあげた試みを、その結果から批判しようとはしなかったからである。失敗に終わったと思われる結果は考慮の外であり、むしろその布置の変化を問題にしていることは、よく知られているはずである。彼をして、この問題構成の移動を可能にしたのは、次のような確信からである。すなわち、《運命と必然性は異なる》（クリュシッポス）。たしかに、《透明性》の試みが失敗することは《運命付けられている》。だが、そのことでもって、《必然的に》試みが不可能であると考える理由にはならない（ここには、のちに彼のなかで醸成されるストア派的な思考の萌芽がある）。クリュシッポスの命題は、ここでは次のように変奏できる。《失敗と不可能性は異なる》。厳密に考えれば、われわれは、あの挑戦の《不可能》を断定できる材料をもっていない。そしてもうひとつ重要なことは、《人類の歴史はまだ終わっていない》ということである。試みが途絶したことはたしかだとしても、今後のエピステーメーの変換が、そうした試みに近づく場合も予測できるし、挑戦はまた行なわれる可能性がある。したがって、不可能性を前提とした議論は慎まなければならないし、問うても仕方がない。問題は、むしろ、この移動や変換である。《透明性》を虚構として非難しているのではなく、この透明性を虚構として受け容れるような布置の変換のほうがずっと問題なのだ（フーコーは透明性をことさらに強調したが、一切批判していない）。結局、《透明性》を非難している者は、その試みを終わりにおいて／として受けとっているのであり、そこには、歴史主義批判の仮面をかぶった暗黙の歴史主義が横行している。歴史主義批判という言葉が言葉であるかぎり、それは事物の表面にかぶせられたヴェールである。かくして言葉は、多くの場合、現実の出来事を覆い隠してしまうだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《エノンセ》は、こうしてますます彫琢され、いよいよ希少なものとなった。ほとんどの言葉は、現実と関係ないばかりか、現実を覆い隠すヴェールのはたらきを行なう。それはたしかである。しかし、歴史家の手のなかで踊るいくつかの過去の言葉の群れは、まだその踊りをやめていない。多くの歴史家は、過去を定まったものとして受け取っているし、答えを手にしていないとしても、どこかで定まっていると考えているからこそ、学問たりうるのだが、本当の歴史家は、過去がまだ終わっていないということを、心のどこかで感じている。《この過去はむしろ未来に実現されるのではないか》、そんな妄想に駆られることがたびたびある。飛んでいる最中の矢が標的に当たっていないのは当然なのであって、当たっていないという非難はまったくのお門違いである。言葉に絶望するのはまだ早い。つまり、フーコーは、われらがニーチェのように考えた――依然として飛翔をやめていない矢としての言葉がある。そのかぎりにおいて、《エノンセ》は存在しうる。矢としての言葉――《エノンセ》は、権利上、あらゆる物と同じように、暴力ともなりうるような物理的な力をもつはずである。それは、ほんものの《矢》だからである。だが、その力が隠されているのだとしたら？　フーコーは、それを「権力」と呼んだと思う。</p>
<p>おそらく、『言葉と物』以降、彼の進むべき道は、二つあったはずである。ひとつは、権力への道。そしてもうひとつは、自由への道である。フーコーにとっては、そのいずれもが《エノンセ》なしには考えられなかったのだが、ひとまず、彼は「権力」に手を付けた。サルトルのように、はやいうちに自由の道に取り掛かることもできたが、年齢的にいって、四十代で行なう仕事としては、理解できる選択だったと思う。やや突っ込んだ想像をすれば、サルトルは急ぎすぎに思えたのかもしれない。『監獄の誕生』や『知への意志』が、その成果である。これらの書物は、彼の考察を先に進めると同時に、より確実で念入りなものにした。自由へただちに飛躍するよりも、こうした準備をしておいたほうが、跳躍をより美しいものにするだろうし、またより遠くまで到達できるだろう。だが、この周到さは、逆にますます誤解を生むことにもなった。</p>
<p>近代的なエピステーメー、すなわち言葉を対象との（対象なき）意味作用において捉えようとする議論は、もちろん、古典主義時代にその萌芽があったはずである。つまり、古典主義時代のエノンセのなかに、近代の権力を生み出す力があった。したがって、一九世紀の言説のなかから、注意深く、なにがエノンセであり、そしてまたなにがエノンセを隠しているのかを見きわめなければならない。エノンセを隠すエノンセは権力である。つまり、結局は権力もまたエノンセである。だからこそ、それは身体にも深く作用する。言い換えれば、《精神においても物理的に作用する》。言葉を絶望で覆う限り、それはどこまでも深く《生政治》的に作用する。「深く」というのは、それが隠されているからである。エノンセは、基本的に、表面で仕事を行なう。しかし、その一方で、エノンセはいつも隠されている（とりわけ近代にはそうだ）。エノンセを隠すことが、作用を隠微に沈潜させる。結局、近代が背負った「歴史病」とは、われわれの歴史を隠すことなのである。彼らは、暴きながら、同時に隠すのだ。あるいは、見ることで、見えなくする。すでに十分に見えているものでさえ、隠れている、という。これが「監獄」であり、「性」である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>多くの誤解があった。ドゥルーズのすばらしい友愛の助けがあったにもかかわらず、それはまだ誤解のままだ。フーコーが、あらゆる知が権力として作用するといったとき、便利な批判的ツールを得られたと考え、ひとはそれに賛成しながら、絶望した。社会を監獄のようなものだと考えたのだろうし、さもなければ、あの哲学的勢力に影響されて、きっと絶望の身ぶりが必要とされていると考えたからかもしれない。しかし、知が生に対する政治を行なうというのなら、それは同時に可能性なのではないか？　ひとの言葉は、本当に肉体において、物理的に作用するというのなら、そこにこそ《自由》はありはしないだろうか？　フーコーは、本当は、最初からずっと、そのことを、しかもそのことだけを言おうとしていたのだ。ひとは、《いいたいことがいえる》のだ。</p>
<p>『知への意志』に対する評判と同じ数だけの根本的な誤解に直面し、さらに死期を悟ったフーコーは、急いでいままでの仕事をひっくり返す作業（同じことを、別の側面から語ること）に取り掛からなくてはならなくなった。まだずっと先だと考えていた仕事に、だ。多くの誤解があったことを、よく知っている。だが、それもまたこの時代の――反時代的な――エノンセなのだ。わたしほど、そのことをよく承知している人間はいない、とフーコーなら考えたろうか。誤解のうえに誤解を塗り重ねる結果も、予想できただろう。しかし同時に、彼ならエノンセがちゃんと未来に届くことも知っていただろう。エノンセの力は、わたしの意見はおろか、個々の主体さえもおかまいなしである。だからひとは、エノンセの力に身を委ねるしかないのだ。エノンセに自身を重ね合わせる。それを主体化という。……</p>
<p>ディオゲネス・ラエルティオスによれば、《犬の》ディオゲネスは、死に臨んで一番重要なことはと尋ねられ、「いいたいことがいえることだ」と答えたという。たしかに、それは重要なことだが、じつは、とりわけむずかしいことでもある。自由な社会では、なおさらそうだ。そのことは、フーコーの書物を読めば、よく理解できるだろう。近代とは、なんと不自由な社会であることか！　一見して自由であればあるほどに、われわれの自由は奪われていくようにさえみえる。考えてみるがいい、この資本主義社会において、自分が作りたいものを生産している人間がどれほどいるのかを。近代の言語使用のなかで、いくら言葉を費やしても、ほとんど《意味作用》のなかに吸い込まれて消えてしまう。不自由な社会のほうがひとは自由である、というありふれた逆説を想起しておいてもいいだろう。もちろん、それもまた不自由であるのだが。いずれにしても、「いいたいことをいう」のは至極シンプルな欲望ではあっても、簡単なことではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、フーコーには、エノンセの概念がある。エノンセは、かならず、この世界に実現される。思ったとおりにではないとしても、けっして意味作用のなかに吸い込まれたりはしないで、未来にかならずたどり着く。二〇世紀の住人であるフーコーが、一八世紀や一九世紀のことを、あれほどまでに鮮やかに描き出すことができた、という事実が、それをよく物語っている。彼はたしかに過去の声を聞いた。今度は、われわれが、彼の声を聞く番である。彼ほど、自分の「いいたいことをいう」ために努力したひとはいない。彼は《自由》だった。だが、われわれは、いつだって、《自由》なのだ。</p>
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		<title>もうひとつの近代、あるいは出来事の学についての覚書</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Nov 2009 15:48:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない、《主観を中心とした合理主義》の世界の始まりである。それはカントの《純粋悟性》に、そしてヘーゲルの《概念》に変奏され、資本主義および戦争という二つの車輪をもって猛烈なスピードで回転する車軸となった。</p>
<p>あの夜のデカルトの発見を近代の始まりとみるその視線は、すでに反省的なものである。彼の発見は、どう考えても、近代とも、近代文学とも無関係のはずである。彼の発見を近代と結びつけているのは、端的に後世のわれわれである。だが、そのことを見えにくくしてしまうのは、彼の発見に、「ゆえにergo」が含まれていたせいである。われわれが近代の「原因」をコギトに見いだすその所作が、彼のいった「ゆえに」に転嫁されてしまうのだ。</p>
<p>だが、「ゆえにergo」を因果律として捉えているのは、われわれであって、彼ではない。そうした読解は、歴史主義でありすぎるし、また同時にテクスト主義でありすぎる。「ゆえに」は、彼のコギト（Cogito）の単独性を、屈折を孕んだ個別的な認識（Cognitio）に変えてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれは、彼のコギトに、《出来事》をみる。「ゆえに」は、次の表象を導く《とand》であって、彼の「われあり」の《実感》を主体に折り返す屈折は必要がない。つまり、彼はあの夜、たしかに、出来事として存在していた（だから存在などという用語はふさわしくないし、現在を起点とする過去形もふさわしくない）。彼の猜疑心は、あの夜、ついに頂点に達した。彼の抜け目ない猜疑は、最後まで見落としていた蒙（くら）い中心、すなわち己に達したのである。彼は、消え去り、口だけの怪物になって、こう言ったのだった。</p>
<p class="post-c">「われありとは、われ思うのなかに消え去ることだ！」</p>
<p>コギトとは、懐疑の完成であり、虚無（ニヒル）ではなく、真空を実現することである。ヘーゲル弁証法が頭で立っていることを発見したマルクスに習っていえば、カントのデカルト読解はさかさまである（マルクスを賞賛する多くの人が、カントの読解がさかさまであることに気づかないのはどうしたわけか）。しかし、カントのおかげで、じつは、懐疑を完遂するためには、「われ」を疑うだけでは不十分であることがわかる。「われ」は、その他の表象のように、疑うだけでは消え去ったりはしないからだ――というのも、「疑うわれ」がどうしても存在してしまう。むしろ、「われあり」を「われ思う」のなかに取り込み、存在ごと思惟のなかに抹消しなければならない（デカルトが、「われ疑う」ではなく、「われ思う」といっている点に注意しよう）。</p>
<p>こうした思考は、むろん、《主体＝Je》ともかけ離れているし、《存在＝suis》ともかけ離れている。歴史がついにたどりつくことのできないものが、すでに消え去った過去なのだとすれば、コギトは歴史とも無関係である。なぜなら、コギトとは、自ら消え去る《出来事》の謂いだからだ。痕跡を欠いた彼のコギトの真の《意味》は、歴史のなかに消え去ったのである。彼は消え去ることで、《近代》とは別のパラレルワールドを切り開いた。すなわち、《文学》の世界である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>批評家や学者には、この出来事の響きは聞こえない。なぜなら、彼らは、コギトを、《読んでしまう》からだ。消え去ることのない、痕跡（あるいはエクリチュール）としてのコギトは、再認、つまりCognitioを可能にしてしまう。だが、ついにインコグニートに終わるデカルトのコギトは、消えていく声、波動の世界のなかに存在している。だからニュートンが見出した光がデカルトには見えなかった。デカルトの懐疑は、とりわけ光に向けられている。彼の猜疑が実践していたこと、それは光を色彩に変えることだった（つまり闇に色彩を見いだすことだった）。</p>
<p>しかし、批評家や学者、すなわち読むひとたちは、色彩を光とその影に変えてしまう。彼らは色彩に分割線を引き、認識のうちに色彩を奪取する。これがカントである。色彩は、光と影の両極に結わえられた弁証法の運動と重なる。これがヘーゲルである。結局のところ、合理主義が行なうことは、闇を影に変えることであり、光から色彩を抜き取ってしまうことであり、声を刻印されたものに換装することである。むろん、それはデカルトから始まるのではない。むしろ、デカルトのコギトを《テクストとして読んだ》者たちから始まるのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>天才スピノザ。“Ego sum cogitans”という読解が示すように、彼は、デカルトのコギトを、テクストとして読まなかった（わたしの読解とは多少異なるが）。彼は「ゆえに」を忠実に読むことを遠ざけた。なにより、デカルトに対して忠実であるために。「われ思うゆえにわれあり」が証明ではないとすれば、それはデカルトの《実感》以外のものではないし、合理的なものではありえないだろう。むしろ、「われ」に対する信仰に似通ったなにかである。デカルトを肯定し続けたスピノザが見いだしたのは、《実感の論理学》（ドゥルーズの言い方でいえば、「感覚の論理学」）、すなわち、非合理的なものの合理性である。</p>
<p>われわれは、非合理的なものの合理性を追究すること、こちらを《西欧合理主義》と呼ぶべきだと考える。それは、非合理的なものと合理的なものとを裁断することではないし、そんな思考は、近代西欧以外のどこにでもありふれたもので、堕落したものである。《西欧合理主義》の驚異は、むしろ、非合理的なものと合理性を完全に接合してしまったことにある。《魔法とは、科学のことだ！》　彼らは、要するに、闇に色彩を見いだしたのである。それは粒子のなかに波をみつけることであり、この別種の合理主義は、おそらく色彩と音楽とに関わっている。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれが目ざす《出来事の学》もまた、ここにある。たとえばアルチュセールは、スピノザに非科学的なものの科学を見出した。つまり、科学的ではありえない歴史を科学する可能性を、彼に求めた。だが、われわれは、それは端的に、《文学》のことだと考える。スタイルとは、まさに感性において作動するものであり、反省的な視座から生まれる歴史とは、ついにかかわりを持たない。そのことによる利点もある。それは、主観やイデオロギーにまでは至らない、独特なものの見方、すなわち《方法》を提供することである。</p>
<p>スタイルにとって、歴史観やイデオロギー、そして主体は、あまりに屈折したものである。よくある誤解は、堕落した合理主義から見られたものだ。つまり、イデオロギーや主観を批判するあまり、方法まで捨て去ってしまうことである。文学的な用語でいえば、作者や主体を非難するあまり、文体まで捨て去ってしまうことである。事実を過信する、あまりに粗雑な合理主義は、たしかに最後に主体（主観）を攻撃し始める。だが、そうした攻撃は、本来味方であったはずの方法や文体まで消し去ってしまうのである（今日、「デカルト」は、こうした粗雑な堕落した合理主義の別名となっている）。その結果が今日の実証主義であり、また今日の虚構＝私小説である。そこでは、真理ならぬ事実だけが散乱し、結果として、事実が真理に偽装され、巨大で不可視のイデオロギーと化してしまう。そこでは、事実を照らす報道だけがあるのだし、その反対側に、徹頭徹尾の影としての虚構がある。</p>
<p>しかし、歴史観やイデオロギーを非難するためとはいえ、方法まで捨て去ってはいけないし、主体や技巧を非難するためとはいえ、文体まで捨て去ってはいけないのだ。文体は、悟性や理性にまでは到達しない、感性的な刺激のうちに存在している。感覚が織りなす複雑な角度が、感情＝文体を実現する。感情といっても、身体の奥深くに蓄えられたルサンチマンとは無関係である。それはいわばテニスのラケットであり、知的に研ぎ澄まされたさまざまな角度や早さが、多様な感情を実現していく。だから、感情は、感官に与えられた刺激を純粋悟性で解釈することとは無関係である。もっとすばやい。たとえば、高貴なひとは、怒りをこらえたりはしない。避けるべき怒りであれば、それをいなすのだし、仮にこらえることがあったとしても、それはあくまで、来るべき怒りを増幅させるために、敢えて行なっているのだ――たとえば、オデュッセウスのように（ニーチェがいうように、カントとは、そうした怒りをいったん悟性に蓄積し遅延させる効果のことである。また、その点からすれば、無意識とは、要するに、大脳皮質の外側にある人間の皮膚感覚のことである）。だから文体は方法同様に、主体よりもむしろ実践と結びついている（志賀直哉はいっていた、「歴史など書き換えてしまえ！」）。文体が実現するのは、言葉の色彩であり、言葉の音楽である。</p>
<p>文学が文体に関わるものであるかぎり、さまざまな生の技法を実現する。そしておそらく、そこにのみ意志をもつのが、純文学である。この学は、歴史とはついにかかわらないし、主体（人称）とも無関係である。むしろ、端的に、出来事の学であることを欲している。フランス語で書かれたJe penseとは、まさに、「われ」すなわち主体を抹消するための、デカルトのスタイルだったのである。</p>
<div class="post-rl">
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		<title>ただ、彼らの横を通り過ぎた</title>
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		<pubDate>Fri, 19 Dec 2008 16:37:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Critique of Phonocentrism]]></category>
		<category><![CDATA[Derridianism]]></category>
		<category><![CDATA[Dragon]]></category>
		<category><![CDATA[Science of Incidents]]></category>
		<category><![CDATA[背面世界論]]></category>

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		<description><![CDATA[言葉がみちて、やがてあふれて現実を穿つとき、わたしたちは、それを《出来事》と呼ぶことがある。それは真理の名に値する唯一のものであり、そして同時に名状しがたい美しさをもっている。 だが、こうした「思考」を否定する背面世界論 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>言葉がみちて、やがてあふれて現実を穿つとき、わたしたちは、それを《出来事》と呼ぶことがある。それは真理の名に値する唯一のものであり、そして同時に名状しがたい美しさをもっている。</p>
<p>だが、こうした「思考」を否定する背面世界論者や皮肉屋たちの群れがある。夕暮れ時の色をした言葉の指差しているのは、出来事というよりは、「意味」である。いつも振り返る者たち、すなわち歴史家が若くして老いたその指に触れるのは、《出来事》ではなく、「歴史」である。つまり、《出来事》にたどり着くには「意味」や「歴史」はあまりに非情なのだ。</p>
<p>ここでわたしたちは、二人の人間に出会う。ひとりは、出来事にたどり着けないことに目をつぶって実証主義者として振舞う裏返しの背面世界論者。そしてもうひとりは、出来事を諦めること、たとえばテクストの内側にとどまること、それ自体を、最大限に可能な真理ならざる真理として受け容れる、脱構築主義者である。</p>
<p>彼らは、多かれ少なかれ、歴史家である。出来事を目ざして進むひとたちが、出会う最初の障壁が、「意味」であり、そして最後のそれが「歴史」である。出来事はつねに彼岸にあり、わたしたちはそこにたどり着くことができない。だが、わたしはそうした思考とは無縁の人間である。</p>
<p>こうした歴史学的な思考、要するに非―思考には、もう飽き飽きしている。良くも悪くも混濁しているジャック・デリダには、まだ可能性がある。だが、やはり良くも悪くもデリダほど混濁していない柄谷行人には、もはや可能性はあまりない。いずれにしても、彼らはよく似ているし、わたしは、彼らとは無縁でいたい。要するに、わたしの哲学は、カントとは無関係でありたい。音声中心主義批判が取り出す差延は、カントの超越論的主観とほぼ正確に同じものである。それらは、可能性であると同時に不可能性だが、こうした両義性を、彼らは保持し続ける。両義性、それは、過去を解釈し、未来を予言しようとする現在の人間には必要不可欠なものだ。こうした言説は見かけ上つねに正しいが、なにも生産しない。なにも判断せずに懐疑にとどまっているうちは、本当は正しいも間違っているもない。ニーチェ風にいえば、現在の人間のために語る彼らは、いまだ竜ではない。わたしは、わたしの竜を探している。</p>
<p>ともあれ、わたしは引き返しはしなかった。ただ、彼らの横を通り過ぎた。</p>
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		<title>ホメロス礼賛</title>
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		<pubDate>Mon, 03 Nov 2008 10:58:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[Homeros]]></category>
		<category><![CDATA[Science of Incidents]]></category>

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		<description><![CDATA[久しぶりに、ホメロスの『イリアス』（松平千秋訳、岩波文庫）を読んだ。ぼくがホメロスをはじめて読んだのは、中学か高校の頃だった。実家には、ギリシア悲劇の全集はあったが、ホメロスはなく、それで図書館で借りて読んだのだ。誰に薦 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>久しぶりに、ホメロスの『イリアス』（松平千秋訳、岩波文庫）を読んだ。ぼくがホメロスをはじめて読んだのは、中学か高校の頃だった。実家には、ギリシア悲劇の全集はあったが、ホメロスはなく、それで図書館で借りて読んだのだ。誰に薦められたわけでもないが、ぼくはギリシア・ローマが、どういうわけか、とても好きだった。教科書なんかでみる、あの均整の取れた彫像のリアリティは、どう考えても、あらゆる諸文化・諸文明を傑出している、という風に根拠なしに思っていた。『イリアス』も、『オデュッセイア』も、ぼくが事前に期待するような風には書かれていなかった。だが、それでも、ホメロスはぼくにとっては特別な存在だった。</p>
<p>ローマの風刺作家ルキアノスは、《ホメロス的建築術》について語っている。彼によれば、《ホメロスは、わずか二、三行の言葉で、オリュンポス山にパルナッソス山を積み重ねることができた》。ぼくはルキアノスの言葉に納得する。そうだ、ホメロスはやっぱりすごい。彼は、《わずか二、三行の言葉で、山に山を重ねることができる》。</p>
<p>ホメロスと並ぶ文学者ヘシオドスは、ムーサの女神、今日では《音楽》の語源となっている彼女に、次のように語らせている。「野山に暮らす羊飼いたちよ 卑しく哀れなものたちよ 喰いの腹しかもたぬ者らよ／私たちは たくさんの真実に似た虚偽を話すことができます けれども 私たちは その気になれば 真実を宣べることもできるのです」（『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫）。</p>
<p>「その気になれば 真実を宣べることもできるのです」。かのシュリーマンの狂気がトロイアの遺跡を発掘したとき、『イリアス』は、《言表》（フーコー）となった。ホメロスの言葉は、数千年を経てなおいまだ生き生きとして、やがて満ちて、そしてついに溢れて《出来事》となった。プリアモス、ヘクトルの親子や英雄アキレウスは、ぼくたちとは違った形で、本当に存在する。</p>
<p>カントの歴史的な時間概念とは異なるこの《文学》的な時間概念を、うまくひとに伝えるのはむずかしい。《文学者の言葉は、まだ生きている。不思議なことに、死んでいないのだ》。</p>
</p>
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</div>
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		<title>文学――出来事の学について</title>
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		<pubDate>Sat, 12 Jul 2008 15:30:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[fragment]]></category>
		<category><![CDATA[allegory and constellation]]></category>
		<category><![CDATA[assujettissement et subjectivation]]></category>
		<category><![CDATA[erewhon]]></category>
		<category><![CDATA[representation]]></category>
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		<category><![CDATA[war]]></category>
		<category><![CDATA[情報]]></category>

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		<description><![CDATA[こんなナイーヴで、しかも仰々しい言葉で始めることが、よいことだとは、あまり思えない。だが、思い切って、告白する気持ちになって、笑われるのを承知で口にしてみよう。――わたしは、人類の歴史を肯定したい、と思う。人類を、肯定し [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>こんなナイーヴで、しかも仰々しい言葉で始めることが、よいことだとは、あまり思えない。だが、思い切って、告白する気持ちになって、笑われるのを承知で口にしてみよう。――わたしは、人類の歴史を肯定したい、と思う。人類を、肯定したい、と思う。よい人もいれば、悪い人もいる。もし、あなたが誠実な歴史家で、他人の生、誰もがより善き生を願って疲労した足取りの残した古い轍を丹念にたどるならば、生活のために悪事に手を染めたのは、彼ではなく、わたしだったかもしれぬという思いにかられることが、けっして一度ならずあったはずだ。そして、もっと絶望的な気分になる――というのも、かりに、この轍の持ち主が目の前にいたとしても、その歩みを押し留めることはできなかっただろうからだ。わたしにできることといえば、おそらく、麗しき無意識の恩恵にあずかって、彼の背中を押しつつ同じ道を歩むか、それとも、気まぐれに彼とは別の道を歩むことで、彼を見捨てるか、のいずれかでしかなかったはずだ。</p>
<p>§</p>
<p>ひょっとしたら、誤解されているかもしれないので付け加えておく。わたしには、人類を救おうなぞという、だいそれた考えは、いっさいない。そんな考えは、たぶん拒絶する。わたしの考えはいたって単純――よい人もいれば、悪い人もいる、よい歴史もあれば、悪い歴史もある。他人のことは過度には気にしないし、したって仕方がない、というものだ。――だが、不思議に、こんな考えに駆られることがある――いや、考えというほどのものではない、こんな声が聞こえるといったほうが、正確かもしれない。すなわち――人類そのものが丸ごと肯定されるときにしか、あるいは歴史が丸ごと肯定されるときにしか、わたしの生は、より善きものに向かって進んだりはしないのではないか――？</p>
<p>§</p>
<p>歴史は、戦争の歴史である。もちろん、いかに戦争を定義するかによって、この命題の意味はいくらでも変化するし、また、すこし不思議なことだが、そうした定義そのものが、時代を変えてしまうということも、往々にして起こっている（いまにして思えば、９１１テロは、やはり、《戦争》だったのである）。その意味では、ただたんに、「歴史とは戦争の歴史だ」と語ることは、どう考えても不用意である。だが、戦争がどのようなものであるにせよ、そしてまた戦争をどのように定義するにせよ、それが、ひとの歴史を前と後ろとに振り分ける、エポックであることは、厳然たる事実なのである。平和は語られず、堆く盛り上がった文字の群れは、いつも世界のどこかで、ひとしれず戦争が起こっていたことを、耐え難い耳鳴りのように、わたしに突きつけてくる。ひとは、二十世紀を振り返って、戦争の世紀だといってはばからなかった。だが、本人はきれいさっぱり忘れてしまっているが、かつて人類が二十世紀を迎えたとき、彼らは、十九世紀が戦争の世紀だったと、実感を込めて語っていたのだ。おそらく、また同じことが繰り返されるだろう――次の世紀のひとびとは、二十一世紀が、戦争の世紀だったと、嘆息しながら語るのだ。結局のところ、ひとは、《おもしろいこと》だけを語る。腹を抱えて笑いながら、あるいは現代の喧騒に負けぬ怒号を張り上げながら、けれんみたっぷりに、人類の歴史とは、戦争の歴史だったと語るのだ。世の歴史家――歴史学者ではない――が愕然とするのは、おそらく、こういうときだろう。</p>
<p>§</p>
<p>人類を肯定したいと願っているのは、なにもあなただけではない、と彼らはいう。われわれこそ、そうした願いを強く抱いてきたのだし、またいまも抱いているのだ、と彼らはいう。だが、その人類の、ほとんど生業といっていい戦争を肯定することができるだろうか。――もちろん、否定すればいい。ノーと言うだけなら簡単なことだ。歴史上に確固として立ち現れた戦争や文明を否定することができるなら、人類を肯定するのは簡単なことだ。だが、戦争の否定を実践するとき、はたして、人類そのものをその否定から取り除けておくことができるのだろうか？　ひとを困惑させる、そんな疑念から、なかなか逃れられなくなる。これは、生半可なレトリックではない、もっと深刻なものだ――われわれの文明をここまで進歩させてくれた最大の要因が、戦争であるように見えるのは、一体どういうことなのだろうか？</p>
<p>§</p>
<p>持って回った言い方をしたが、わたしが、強く訴えたいと思っているのは、こういうことだ。すなわち――人類は、いかにして、戦争を、もっと近くに招き寄せるべきなのか――？　今日、人類には、このような不穏な課題が突きつけられているように思われるのだ。</p>
<p>§</p>
<p>わたしは、なにも、ひとびとの生活の平穏さを破るつもりでこんなことを言っているのではない。何度もいうが、自分でも、ずいぶん大そうな物言いをしていると思うし、内容に見合った、もっとさりげない言い方はできないものかと、自己嫌悪に陥るときも多々ある。結局、《戦争》であるとか、《歴史》であるとか、《人類》であるとか、そんな概念は、わたしには、まだ荷が重いのだろう。この物騒な概念を使いこなすどころか、高波にさらわれるように、この概念によって、むしろ弄ばれているのだろう。だから、こんな意に沿わない書き方しかできなくなってしまう。《歴史》にせよ、《人類》にせよ、そして《戦争》にせよ、本当に書きたいと思うこと、言葉にしたいと思うことの片隅で、いつも払い損ねてしまう塵芥のように、ときおり後ろ髪を引くといった程度のものでしかないはずなのだ。しかし、だからといって、ただ《戦争》を遠ざけること――たとえば、兵器のプロフィールや国家間外交にすべてを還元してしまうような、そんなやり口もまた、遠ざけることと同じなのだ――が、平和に至る道だとは、けっして思えない。おそらく、この塵を払ってしまわねば、平和を実現することなどかなわないし、それに、本当の意味で書くということも、きっとできないのだろう。</p>
<p>§</p>
<p>まだ覚えているひともいるかもしれない。だが、大多数の読者にとっては、きっと古い話になるだろう。その点では恐縮なのだが――第二次世界大戦という最悪の世界戦争がもたらしたものは、平和であった。それも、二重の意味での平和であった。ひとつは、積極的な意味のそれだ。それは、反戦運動や、なにより高貴な犠牲によって戦争の悲惨さを示すことで、勇敢に勝ち獲られた平和である。もうひとつは、消極的な意味のそれである。よくいわれるように、世界の破滅をもたらしかねない核兵器によって、われわれはものの見事に去勢され、結果として、熱い平和ならぬ冷たい戦争を経験することになった。こうした経験は、平和のための戦争、大量破壊兵器を根絶するための戦争として、今日に引きつがれている。これは、たんに戦争するよりもなお悪い、最悪の平和である。なぜなら、われわれは、こうした陰気な、隠蔽された戦争に、なかなか反対することができないからであるし、なにより、こういった戦争には、本来あるべき高貴な勇敢さは、欠片も存在できないからである。戦争は恐ろしい、死と同じように、われわれの手からできうるかぎり遠ざけておくべきものだ――そのためなら、つまり無関心でいられるなら、われわれは戦争さえ辞さない。誰の手も届かない場所から、天罰を下す神に成り代わって、姑息に爆弾を落とすことが、今日の戦争の意味の主要な尖端なのである。世論は、《情報》という性質の悪い概念を賛美する者たちによって誘導され、その誘導の背後にあるはずの真理はひとびとの手から遠ざかっていく。ひとびとは、遠く異国の地で起こっている殺戮や戦争をインターネットによって知り、そして隣人の死もまた、インターネットによって知る。こうした奇妙な事態を招いているのは、《情報》である。《情報》は、ひとびとを、真理とは反対の方向に誘導する。あげくのはてに、ひとびとは、こうした誘導を次のように信じはじめる。われわれは、真理にたどりつくことはできない、なぜなら、真理とは、不可知の物自体だからだ。言葉はそこでは、テクストやリプレゼンテーションにすぎず、したがって、真理とは切り離された、比喩以上のものになることはできない。どのみち真理にたどりつくことなどかなわないのだから、誘導されようがされまいが、結果は同じなのだ。ならば、声の大きな者の誘導に任せるのがいい、操作する者の手に委ねるのがいい、なぜなら、それは、信じるふりをすることだからだ……。</p>
<p>§</p>
<p>しかし、下手な喜劇のように、このような形で世界の二重性を受け容れるかぎり、平和のための戦争という二重化された最悪の事態は、避けることができないばかりか、そこに手を貸してしまう羽目になるのではないだろうか。ただ戦争を遠ざけることによって成し遂げられた平和は、地球のどこかで、たえず起こっている戦争を黙殺することとどのようにちがうのだろうか。結局のところ、そうした身ぶりは、黄昏時に飛び立つふくろうよろしく、唯々諾々と重荷を背負うロバよろしく、自身が誘導されることでひとびとを誘導していることを、苦し紛れに肯定しているだけなのではないだろうか。ひとが誘導されるのは、決まってこういうときなのだ――これは、真実ではありません、真実は遠く彼方にあるのです、なんといっても、真実は、《ここ》にはないのですから、ただ頭の中で想像されたものだけがあるのです。どうぞ、真理を、あなた方の手から残らず差し出してください。さあ、あなた方は、ただ、ボタンを押すだけ、それだけです。それが、コンピューターのキーのどれでもいいひとつなのか、それとも、どこに飛んでいくのかわからないミサイルのスイッチなのか、そんなことは関係ない。指を動かすだけでよいのなら、ひとは喜んで誘導される――《ほんとうに誘導されるわけではない》からだ。なぜといって、真実＝戦争は、堆く積もった雲のはるか下、手はおろか、目や耳さえ届かぬ遠い彼方にあるのだから……。</p>
<p>§</p>
<p>われわれが行なう実践は、じつは、すべて、《表現可能なもの》である。実践、すなわち出来事は、言葉とまったく同じではないとしても、《表現可能なもの》として、われわれの前にあらわれてくる。しかし、ひとは、こんな風に考えてしまう。表現されることなく消え去ってしまった出来事もまた、あるのではないか？　だが、そうではない。そんなことは不可能である。すべては、おそらく、何らかの形で、表現されたのである。表現されることによってしか命を吹き込まれることのない言葉は、われわれが思っている以上に、出来事に似ているようにみえる。言葉は、そうして表現された諸々の出来事のうちで、確かな場所を占めるのではないだろうか。右のような誤解が生じるのは、ひとびとが、あまりにもテクストに重きを置きすぎているからである――消え去ってしまった声のことを忘れているのだ。消え去ってしまったからといって、表現されなかったというのはいいすぎであろう。いまや、近代は、なにもかもが残されてしまうテクストの時代だが――ほんとうは、白昼のさなかにあって、「近代」という限定は必要ない、じつはいつも、昼の歴史はテクストとともにあったのだが――、そうした思考は、出来事が消え去ってしまう性質をもっていることを、《不在》とみなす悪弊をもっている。昼のさなかに、太陽の光を受けて自分が輝いていると思い込んでいる文字の歴史の背後で、夜の闇に紛れて消え去りながらも自ら輝いている星座たちの存在に、テクスト主義者は気づかないのである。そしてじつは、消え去ることによって、表現する、そんな声に似たやりかたこそが、もっぱら出来事の好んで行なう表現方法なのである。石版や木簡、紙や磁気テープといった、諸々の媒体に言葉を定着させることで実現されるテクストは、そのことによって、言葉に物質性を、つまり肉体を与えるのだと信じられている。だが、そうではない。波である音楽が、すでにして物質であるように、言葉は、じつは、すでにして物質なのである。それゆえ、むしろ媒体は、言葉の物質性を隠蔽しながら、その資格を簒奪しているのである。だが、常住不変の物質が存在しないように、ほんとうは、遅いか早いかのちがいだけで、紙に定着した文字でさえ、声と同じように、過去の闇に消え去ってしまうだろう。そのときはじめて、文字は、言葉同様の出来事性と物質性とを付与される。その点では、これらの速度のちがいを二つの極に峻別すること――つまり、《消え去るもの》と《残るもの》に分割することによってテクストが可能になるのだし、そうしてできあがったテクストは、むしろ、反出来事というにふさわしい。したがって、もし、紙や石版に可能性を認めるとすれば、その消え去る《遅さ》に注目される限りにおいてであり、けっして、《残されること》にあるのではない。このゆっくりしたリズムは、出来事の舞踏にこれから参与しようとする初心者の不安な心を、すこしは軽くしてくれるにちがいない。</p>
<p>§</p>
<p>どうか、考え方を変えて欲しいと思う。出来事を否定の言葉で二重化し、思考を出来事ならぬテクストのなかに縛り付けて、真理を戦争もろとも遠ざけてしまうよりも、けっしてなくなりはしない悲劇をどのようにして近くに招き寄せ、そしてどのようなやりかたで出来事を実現するかを考えるほうが、よっぽど重要なのではないだろうか。ひとは、いつも、出来事を表現している――つまり、出来事とは、《表現可能ななにか》であり、表現されるのを待ち、そして表現されることで不思議に消え去る《きざし》なのだ。ただし、この、出来事という奇妙な遊戯には、単純だがきわめて奥の深い、たったひとつのルールがある。それはこう――《われ》という主語を消し去る形でしか、出来事は実現されない、ということだ。したがって、つねに、出来事は、《われ》の意図とはちがった形で実現される（つまり、言葉は、《意味》を実現するのではない）。この差異を肯定できない者は、どうしても、言葉を、現実や真理とは切り離されたリプレゼンテーションだと考えがちである――そらみたことか、言葉と現実とはちがうではないか――というわけだ。だが、そんな「否定しようとするひとたち」でさえ、結局は、出来事を表現してしまうだろう。そして、そうした《われ》なき出来事の、蓄積されざる蓄積が、通例のテクスト主義者が抱いているのとはまったく異なる、真の歴史なのである。そして、この差異を肯定するひとたち――言い換えれば、主体の意図とはかけ離れた事態を自らの責任において肯定するひとたち――を、ひとびとは、いまではほとんど消失してしまったすばらしい伝統によって、《文学者》と呼んできた。《文学者》とは、遊戯者である。彼らは、自らの主体を消し去ると同時になにかを表現することによって、出来事を実現するだろう。すなわち、剣なしに戦争を実現する――というより、言葉を剣に変える。《文学者》は、表象するのではなく、表現することによって、戦争することなく戦争を実現するのだ。たしかに、批判とは、すべて自己批判である。つまり、主体を消し去ろうとする強い運動こそが、批判の名に値する真の実践である。だが、そんなことは、権利的にいっても、事実からいっても、批評家が実践するよりずっと以前から、《文学者》は実践してきたのだ。批評家の立場にとどまっているかぎり、差異は、ついに否定を超えることができない。批評家は、自らがとどめを刺したはずの主体の骸が、揮発してしまう寸前で、それを宙吊りにしてしまう――たとえば、「超越論的統覚」のような用語によって。だが、表現可能なものを、ほんとうに表現しようとする《文学者》は、もっと徹底している。彼らは、むしろ、自ら主体化を遂げる。われわれは、彼らにならって、差異を肯定する術を身に付け、死を賭した、文字通り真剣な遊戯に参加せねばならない。すなわち――われわれは、《文学者》にならねばならない。出来事を実現すること、言い換えれば、出来事を真に意志することができるのは、彼らだけなのである。</p>
<p>§</p>
<p>わたしは、かつてのように、神話と歴史とが、さもなければ、文学と出来事とが、同じ歩みを戯れながら歩んでいた時代を、それも、比喩ではなく、ほんとうに手を取り合っていた時代を、強く希求している。別の形でいえば、それは、真理と戦争とが絡みあってできる、うんざりするような循環運動の外に言葉を放逐してきた歴史のなかに、再び言葉を参与させることである。言葉に、真理との美しい舞踏を可能にする肉体を与えることである。そうした時代を取り戻すこと、それは、けっして、古臭い時代精神に塗れることではない。本質的に粘着質な時代の喧騒に振り回されることも、回収されることもなく、むしろ時代精神の届かぬ薄暗い夜の森の底で、輝いては消え、消え去っては輝く、新しい、はりつめた星座を実現することである。誰の目にも触れることのない密やかさで、しかし消え去る声の確かさによって、われわれは、ここに、《文学》の復活を宣言する――。</p>
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		<title>言葉の重み</title>
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		<pubDate>Tue, 19 Feb 2008 15:24:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[言葉は、リプレゼンテーションではない。その証拠に、言葉には、軽さがあり、そして重みがある。しかし、今日、ひとびとが語る言葉のこの軽さは、本当の意味での軽さでは、けっしてない。たんに、言葉には重みがあるということを忘れてい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>言葉は、リプレゼンテーションではない。その証拠に、言葉には、軽さがあり、そして重みがある。しかし、今日、ひとびとが語る言葉のこの軽さは、本当の意味での軽さでは、けっしてない。たんに、言葉には重みがあるということを忘れているだけである。彼らは、外部に向けて言葉を発しながら、言葉は、テクストは、けっして外部にはたどりつかないという。要するに、言葉を語る自分が鏡に映っているのを見ているだけなのである。</p>
<p>言葉を軽やかに用いること。それは、言葉の重さを忘れることであってはならないはずである。この二重の誤解が、わたしたちの世界を縮め、革命を遠いものにしているのに、まだ気づかないのか。重たい言葉は、中心に引き寄せられ、ナショナリズムを形成する。たんに、言葉を軽々しくあつかうこと、これもまた、無意識のナショナリズムを澱のように蓄積させる。言葉を軽やかに用いること、これだけが、ナショナリズムを飛び越え、本質的にコスモポリタンな歌を生み出す。言葉には重さなどないのだ、という批判は、ふやけた、高貴さなどかけらもない、ナショナリズムを生み出す。重さをもった言葉に対して、言葉には重さなどない、と語ることは、批判でもなんでもない。ただの逃避である。</p>
<p>まるで、言葉を重さのない空気のように、あつかう――こちらのほうが、より比喩的な表現である。言葉には重さがある――ここには、比喩性はまったくない。歌を歌うのは、人間だけではない。メシアンが言っていたように、歌を発明したのは、人間ではなく、鳥である。歌に歌を重ねること――一種の連歌こそが、動物であるひとの、本当の生の形式なのである。</p>
<p>音楽は、自然の側にこそある。ひとが雑音だと思っているものこそ、意味論的な、音楽ならざる音なのである。これはヴァイオリンの音だ、これはバイクのエンジンの音だ、だから、前者は音楽であり、後者は雑音である――こうした区別は、文化的かつ認識論的なものであり、そうして抽出された前者は、本当の音楽にはならない。意識して耳を澄ますときにのみ、音楽が発生するという風に思える。だから、ひとは誤解する。音楽は、人間がつくりだすものだと。だが、そうではない――人間の耳が、音楽を拵えるのではない。自然の声を聴くために耳を澄ますひとだけが、音楽を感じることができるのである。</p>
<p>すでに、わたしたちの外部で、音楽は鳴り響いているのだ。日本において、音楽家でもあり、画家でもあった《文学》者だけが、そのことを知っていたのに、ひとびとは、彼らを、押しつぶしてしまった。いまや、言葉を軽々しく用いるひとたちだけがいる。政治家も、批評家も、おたがいに批判しあいながら、じつは、言葉には重さなどない、という点では、一致しており、裏で手を握り合っているのである。彼らは、いうだろう。言葉は、現実ではない、と。言葉は、実在ではない、と。言葉は不完全である、と。言葉はすべて、虚構である、と。重要なのは、言葉ではなく、実践ではないか、と。</p>
<p>だが、言葉は、実在である。言葉は美であり、そして真理であり、そして力である。言葉は、世界が存在するのと同じ確かさで、存在している。言葉は、つねに‐すでに実践なのである。自然は自分が完全であるとか不完全であるとか考えないように、言葉もまた、完全さとは関係がない。そのことを知っているひとたちだけが、アナーキストであり、そして芸術家であり、そして鳥である。芸術家は、真に鳥である芸術家は、いったいどこへ？</p>
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		<title>言葉の力</title>
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		<pubDate>Thu, 15 Nov 2007 01:22:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
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		<category><![CDATA[Science of Incidents]]></category>
		<category><![CDATA[自由民権運動]]></category>

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		<description><![CDATA[言語は、主体の意志を伝えるための道具である。このとき、ある語と結びついている特定の意味が参照されなければ、意志が伝達されるということはない、と考えられる。したがって、《意味》が共有されていなければならない。《意味》という [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>言語は、主体の意志を伝えるための道具である。このとき、ある語と結びついている特定の意味が参照されなければ、意志が伝達されるということはない、と考えられる。したがって、《意味》が共有されていなければならない。《意味》という仮象を経たうえで、はじめて、意志が伝達される。つまり、かならず語は屈折のプロセスを経るため、語が表象する意志に対して、つねに媒介的であり、また間接的であると考えられる。</p>
<p>しかし、言語はかならずしもそれだけとはいえない。たんに表現され、一種の音楽として機能する言語も可能だからである。つまり、《意味》を欠いた言語というものがありうる。たとえば、「オッペケペー」や「トコトンヤレ」、「エージャナイカ」、あるいは「ドッコイショ」や「ヨイショ」、「ヨッシャ」、「コラ」などである。これらは、もはやなんの意味ももっていないが、にもかかわらず、なんらかの行動に付随し、またこれ自体がひとに行動を促す場合がある。したがって、たんに無意味というわけでもないが、かといって、上記の《意味》をもってはいない。《意味》が他人に正確に伝達されるかどうかは、問題ではなく、あくまで、行動に連鎖して起こるのであり、どちらが主であるともいえず、また話す主体ということも、それほど問題にはならない。とくにはじめの三つは、自由民権運動や討幕運動に密接にかかわっているものである。こうした音楽としての言語は、出来事や行動と連動する、ある種の革命性をもっている。</p>
<p>言語がそのまま出来事であるような、そうした言語とは、いわば、音楽的言語であると考えなければならない。意味は、ひとびとの内面的な意識において実現され、そのことによって、伝達が完遂したとみなされる。だが、音楽的言語は、むしろ、意味を、人間の外側で起こる《出来事》であると考える。たとえば、熱湯をかけられて、「冷たい」といったとしよう。「冷たい」という語が、本来の《意味》とかけ離れていようと、なんらかの感覚を他人に抱かせ、他人に行動を促すかぎりで、それはやはり、出来事と直接に結びついた言語であると考えるほかない。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>言語の本質が音声にある、といわれる場合、とくに注意しなければならないのは、こうした音楽性に重点が置かれている場合である。いわゆる「自分の話すのを聞く」という円環は、デリダがいうように、たしかに批判されねばならない。しかし、それは、あくまで、《意味》の共有を完全なものにし、それをもとに自意識的な共同体を構成する、という場合の円環である。上記のような音楽的な音声は、《意味》を欠いているがゆえに可能になっているのであり、そうした《意味》的音声とは区別されなければならないはずである。つまり、デリダは、そうした《意味》論的な言語を一掃しようとするあまり（相手／対象との同意や契約を必要とする意味論的な言語使用は、たしかに不完全なものに終始する）、音声のもつ革命性も一緒くたに批判してしまったわけである。</p>
<p>文学であろうが、歴史学であろうが、出来事と直接に結びついた音楽的言語というものを相手にするかぎりでしか、可能にはならない。意味論的な言語は、すべて、カント的な認識論に回収されてしまう。たとえば、「実態」を想定する実証主義や、「意識」を想定する構成主義的な思想史は、意味論的であるかぎり、不可能性や消極性を帯びないわけにはいかないのである。つまり、言語は、間接的で、媒介的で、つねに意志の疎通を不完全なものにする「絶望」的な装置として、ひとびとを悩ませることになるわけである。</p>
<p class="post-c"◇</p>
<p>ここから、言語の軽視が起こる。しょせん、言語は現実あるいは「実態」に対して二次的である、というものである。たしかに、意味と現実とを直接つなげようとするヘーゲル的な議論は、批判せねばならないし、その場合、言語を二次的なものに貶め、物自体と言語的認識を区別することは、有効である。だが、結果として、言語の音楽性が無視されてしまう。</p>
<p>わたしたちは、キューバの音楽であろうが、日本の音楽だろうが、アメリカの音楽だろうが、すべて、音楽として聴くことができる。演奏家は、音を出しているだけだが、にもかかわらず、聴衆は、それを音楽として聴くのである。意味論的な言語において、外国語がきわめて重大な障壁になるのとは、正反対である。言語においても、そうした音楽的言語というものがある（逆にいうと、意味論的な音楽というものもあって、日本の最近の歌謡曲は、きわめて意味論的なもの――つまり、意味が共有されていないと理解できないもの――に成り下がっている）。</p>
<p>疑い深い読者のために、音楽的言語の存在を証明する、ある事例をあげよう。むかし、ニューヨークにいたとき、ある黒人の母親が、自分の子供に「ウッジューシーザライツ」といっているのに出くわしたことがあった。わたしは、この音声を聞いて、母親が即座に、通りを飾るイルミネーションを見ろといっていることを理解した。というか、理解する前に、そのイルミネーションを見た。わたしは、そこで、意味を参照したわけでもないし、同じことだが、仮象を思い浮かべたわけでもない。「ウッジューシーザライツ」というリズムが、イルミネーションを見る動作と連鎖的に結びついたのである。</p>
<p>音楽的言語というものを考える場合、むしろ、外国語のほうが、《意味》がわからない分、容易なのである。文学や歴史も同じことで、《意味》がわたしたちに共有されていないほうが、かえって、その当の作品や記録を、出来事そのものとして受けとりやすいのである。翻訳にすぎないにもかかわらず、カフカやポーや、クライストやゴーゴリの小説（これらはわたしの趣味であげたにすぎない）がわたしにとって出来事であるのは、そういうわけである。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>さて、議論の方向が定まっていないし、わたしのほうで定める気もないのだが、とにかく、わたしがいいたいことは、言語は、モノと同じ強さで、重大視されねばならない、ということである。けっして、モノや現実に対して軽視されていい言語ばかりがあるわけではない、ということなのだ。ドゥルーズは、こういっている。</p>
<blockquote><p>言葉を重大に考えよう、ぜひとも言葉に頼ろう、それを他のものを含むすべてのものにならせるために。（ジル・ドゥルーズ「『牧神たちの五月後』への序文」）</p></blockquote>
]]></content:encoded>
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		<title>言葉という出来事（ラフ）</title>
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		<pubDate>Wed, 07 Nov 2007 01:13:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
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		<description><![CDATA[「わたしは理論的に小説を書こうと思っているし、君もそうすべきだよ」といったのは夏目漱石で、彼はわたしの胸の上に乗って、両腕を押さえつけた。わたしはもがきながら、「それでは自由がないじゃないか！」と言ったかと思うと、それで [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「わたしは理論的に小説を書こうと思っているし、君もそうすべきだよ」といったのは夏目漱石で、彼はわたしの胸の上に乗って、両腕を押さえつけた。わたしはもがきながら、「それでは自由がないじゃないか！」と言ったかと思うと、それで目が覚めた。</p>
<p>つい先日のことだが、われながら、じつにくだらない夢をみたと思う。いま時間に追われて書いている文章が、頭から離れないから、こんな夢をみるのだろう。よく寝付けない。パソコンに向かって、毎日キーボードを叩いている。文章を書くたびに、孤独が増していくような、そんな感覚を抱くこともある。どうして、こういう表現しかできないのか。もっとよい表現があるはずだ……。</p>
<p>何度もいうが、こんな夢は、どうだっていいことである。たかだか自意識がこの夢を見せているにすぎないし、こういう夢をみること自体が、非常に自意識的なことだと思う。とにかく、そういう葛藤を振り捨てて、書かなければならない。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>わたしがはじめて歴史に触れたとき――小学校の三年くらいのことだと思うが――、奇妙な昂奮を感じたことを覚えている。歴史は、桃太郎や鶴の恩返しのような、いわゆる「昔話」ではない。本当の話なのだ。子供は、ほとんど生まれてすぐに、言葉を括弧に入れることを教えられる。つまり、親から、物語を聞かされる。もちろん子供のわたしは昂奮するが、それは本当の出来事ではなく、すぐに、それが架空の物語であることを学ぶだろう。サンタクロースはいない。仮面ライダーもいない。ガンダムもいない。しかし、歴史にかんしては、大人はこういったのだ――それは、本当の出来事だよ、と。祖父の祖父の祖父の…そのまた祖父の時代に本当に起こった出来事。カエサルは本当にいたし、ナポレオンも、豊臣秀吉も、本当にいた。あのホメロスの『イリアス』でさえ、じつは、《本当の出来事》だったのだ。わたしははじめて、括弧に入れないで言葉を使用することがありうるのだということを、知った。歴史という剥き出しの言葉――わたしにとっては、それ自体が、出来事だった。本棚にしまわれた無数の物語のなかで、歴史の本は、燦然と光り輝いてみえた。</p>
<p>わたしは読書が嫌いで、家でも一番本を読まない人間だった。が、中学のときに、読書を強制されて、それなら、と手にとったのが、数多い小説ではなくて、『旧約聖書』であり、すぐに挫折したが、そのあとで、プラトンの『ソクラテスの弁明』を読んだ。親に聞くと、やはり、それは本当の出来事だと言った。そしてわたしは、再び昂奮した。それからエドガー・アラン・ポーを読むようになり、小説にも、なにがしかの真実が書かれていることを知った。マリー・ロジェの謎に昂奮した。メエル・シュトレエムに飲まれてにも昂奮した。振り子と陥穽や黄金虫にも昂奮した。それから森&#40407;外を読んだ。家に全集があって、全部読んだが、これには昂奮できず、ただ惰性で読んだ。そこでわたしの読書熱は冷め、わたしはもっぱら音楽を聴くようになった。ニーチェやプラトンは読んだが、それ以外は、ほとんど音楽を聴いて過ごすようになった。受験勉強などほとんどしなかった。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>大学に入り、歴史学を専攻した。音大を薦められたこともあったが、歴史学を選んだ。おそらく、子供のころに感じた《本当の出来事》に対する昂奮を、身体のどこかが覚えていたのだろう。それに、言葉に対する未練があったのかもしれない。もちろん、その選択は、歴史学がどういうものなのか、なにも知らない、幼稚臭い選択だったといえる。わたしは本当に幼かった。ただ漠然と、歴史学を選び、そして歴史学の現状に、いっぱしに絶望していたように思う。実証主義は、小説とは距離をとろうとするし、だから、科学的であろうとする。だから実証主義は、「実態」をあつかう。「実態」とはなにか――それは、たとえば、こういうことだ。外務大臣が、他国とある条約を結ぶ。これが「実態」である。ある戦争で、戦車が何台破壊された。これが「実態」である。しかじかの制度は、しかじかの官職は、いついつに、だれかれを支配するためにつくられた。これが「実態」である。</p>
<p>子供なら、《本物のような絵》には、誰でも昂奮する。もしかしたら、これは本物かもしれない、と思うからだ。これって、本物じゃない？　何度も見返す。本物かな？　美術館にあるけれど、なんだかこれだけ本物みたいだ。もちろん、すぐに、それは絵であり、そうした感情を括弧に入れることを学ぶ。だが、しかし、その絵を描いた画家は、見る人に、そんな昂奮を喚起させたいから、そういう風に描くのだ。もしわたしがその画家なら、「これは絵ですよ」と教える親を憎むだろう。そんなことは、子供は、とっくの昔に知っている。これはもちろん、絵だ。だが、にもかかわらず、子供はそれを本物だと思うのだ。もっと複雑な動揺を覚えているのだ。しかし、大人は、「これは絵ですよ」という回答で、子供を無理やり安心させてしまう。</p>
<p>それに、サイコロを、本物のように描くのは簡単である。だが、木や森や、そして動物や人は、そうはいかないだろう。目を鍛え、腕を鍛えなければならない。歴史も、これと同じである。簡単だからといって、サイコロだけを描けばいいというわけにはいかない。だが、歴史学者は、サイコロだけを描いているのだった。なぜか――それが「実態」だからだ。</p>
<p>歴史もまた、物語である、という言葉に、青臭いわたしは、自分の絶望を肯定された気がして、素直に聞いた。歴史には、「人間」が書かれていない。そのとおりである。人間はもっと内面的で、意識的で、苦悩していて、すべてを面には表さない。言葉は自意識の産物で、現実ではないし、だから歴史もまた《本当の出来事》ではない。言葉は、やはり、全面的に括弧に入れるべきなのだ。できるとすれば、せいぜい、思想史だけだ。実証主義の標榜する客観性よりも、構成主義の主張する統制された主観性を。……</p>
<p>それで、思想史を研究するようになった。当時はそれで納得していた気になっていたが、やはり、それは欺瞞だったように思う。《出来事》は、いったい、どこにあるのか。実証主義があつかう「実態」でもないし、思想史があつかう「思想」でもない。おそらく、《出来事》は、そのあいだにある。剥き出しの言葉、言葉がそのまま、出来事であるような、そんな言葉が、絶対にどこかにある。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>子供は、今日あったことを、ひとに伝えたいと思う。今日、こんなことがあったよ、あんなことがあったよ。それでね……。それは、《出来事》である。「実態」でもないし、「思想」でもない。徹頭徹尾、それは《出来事》でなければならない。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>柄谷行人はこういっている。</p>
<blockquote><p>
漱石は『文学論』の中で、こういう例を挙げています。シェークスピアの『オセロ』という劇で、有名な悪役のイアーゴーという人物が出てきますが、怒った観客が俳優を射殺した事件があったそうです。その観客は、それが演劇であることをわきまえていなかった。しかし、それが芝居であることをわきまえるには、なかなかの文化的訓練がいるのです。その証拠に、今でも、テレビの俳優などを、彼らが演じた役の通りの人物だと思いこむ人たちが大勢います。犯罪者をヒーローにするのは怪しからんという人は今でもいますし、また、事実、映画や小説の真似をしたりする人もいるわけです。漱石は、さらに、裸体画を例にあげています。裸体画を、性的な関心を括弧に入れて見ることは、当初は難しかった。漱石自身もかなりショックを受けたのではないか、と思います。<br />
くりかえすと、カントは、美的判断を、関心を括弧に入れることにおきました。ある物が芸術であるか否かは、それについての諸関心を括弧に入れることによってのみ決められる。その物が自然物であろうと、機械的複製品であろうと、日常的使用物であろうと、関係がありません。それに対する通常の諸関心を括弧に入れて見るということ、そのような「態度変更」が或る物を芸術たらしめるのです。『倫理２１』平凡社、２０００年、６６‐７ページ。
</p></blockquote>
<p>一体、彼は何を言っているのだろうか。わたしには、言っていることがまったくわからない。いや、かつては、わかった、というか、わかった気になっていた。かつて――というのは、思想史に可能性をみていた頃のことだ。物自体‐認識、という対のなかで、ひとが意識的に行なうことは、すべて認識の範疇に収まってしまう。物自体とは区別された、認識の内部で、対象に応じて、態度を変更することが重要である。</p>
<p>わたしは笑ってしまう。柄谷行人を批判することは、かつてのわたしを批判することだ。わたしはいう、否、だ。それはちがう。射殺された俳優は、人間としては不本意だろうが、芸術家であるかぎり、むしろ本望であるはずだ。芸術は、ずっと、入れたりはずしたりできるような、そんな忌々しい括弧を放擲したいと考えているのだ。ひとびとの認識を越え出ることを欲望している。美は認識の側にあるのではない。美は、それ自体が、存在なのだ。カンヴァスを出なければならない。舞台から出なければならない。今日起こったことをひとに伝えようとしている子供は、それが、本当に起こった出来事だと思って欲しいから、喋っているのだ。今日ね、学校でね……。芸術作品が可能になるのは、そうした括弧を放擲するからこそ、可能なのである。裸体画に、性的欲望を掻き立てられる、それで正しいのだ。エロティックなものをいかに括弧に入れたところで、それではいつまでたっても芸術作品は可能にならない。プラトンは、なぜ、エロスを完全に肯定したのか。エロスは、どのような場所であろうと、完全に肯定されねばならない。そこにしか、知はないし、美もないのだ。</p>
<p>彼はまた漱石の言葉を引きつつ、こうも言っている。「しかし、「有りの儘に隠しもせず漏らしもせず描く」ことは、実は不可能です。漱石がその可能性を「小説」すなわち虚構に見出しているのは、そのためなのです」（同書８０ページ）。</p>
<p>ちがう。「有りの儘に隠しもせず漏らしもせず描く」ということは、そもそも必要がないし、どうでもいいことである。わたしが歴史学をやっているのは、そうした括弧をすべて放り投げしまう可能性を追求したいからである。これは《本当の出来事》だ、というただそれだけを言うために、わたしは歴史をやっている。所詮言葉なのだから、本当の出来事とは違うでしょ、という愚かで自意識的な大人がかぶせる括弧を、言葉から取り外したいのである。それは、小説であろうと、同じことである。小説は虚構だから可能性があるのではない。小説は、そして芸術は、真実を描こうとするからこそ、可能性があるのだ。</p>
<p>自意識の球体を破砕せよ、といった小林秀雄は正しい。花の美しさなどない、美しい花があるだけだといった小林は正しい。美は、そして言葉は、認識の側にではなく、自然の側に属している。けっして、日本の文学は、内面的でもないし、国民国家など作ってもいない。そういう勢力があったことはたしかだとしても。戦前の文学は、たしかにすばらしかった。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>フーコーは、そうした言葉の可能性を追求した、数少ない歴史家である（わたしを正しい道に引き戻してくれたのは、ニーチェとフーコーとドゥルーズである）。そうした言葉を、彼は、「言説」といい、もっと厳密化して、「言表」といった。彼は、ディスクールの概念を用いて、ベラスケスを絶賛した。彼の絵画は、カンヴァスをはみ出し、真実の方へと、足を踏み出しているのだ。彼は、カントが――というよりはカント主義者がのちに作り上げることになる馬鹿げた境界線を、露骨にも踏み越えたのだ。だが、どういうわけか、それをひとは、ベラスケス批判だと受け取ったようである。言葉が透明になるというフーコーの表現を、いちいち誤解して、言葉を物に付せられた一種のヴェールだと受け取ってしまったようである。美術批評を否定的判断と心得る日本の知的文脈が、フーコーの絶賛に否定的な響きを加えてしまったのかもしれない。透明な言葉、とは、言葉がそのまま出来事であるような、そうした言葉のことである。そこでは、言葉と出来事とのあいだに、境界線はなくなってしまう。言葉は、それ自体が、意識を飛び出して、《もの》の側に属するようになるのだ。「言説」という語の《意味》を、本当に理解している人は、おそらくほとんどいない。かなりのひとが、どうやら誤解していると思う。ディスクールは、批判の道具ではない。むしろ、徹底的に、ポジティヴである。ディスクールなしには、歴史は不可能である。フーコーは、古典主義時代を、そして自分が所属している以外のあらゆる時代を絶賛したのだ。</p>
<p>カンヴァスを出なければならない。舞台から出なければならない。言葉を意識の檻から脱獄させねばならない。言葉は比ゆではない。言葉は虚構ではない。言葉は、本質的に、自然の側に属している。なぜなら、それは、世界そのものが、カンヴァスであり、劇場だからである。カントのように、カンヴァスとその外とのあいだに境界を設けることでもなく、ヘーゲルのように、その境界の内と外を統合してすべてを精神の世界にしてしまうことでもなく、デリダのように、内と外との境界を受け容れたうえで脱構築することでもない。《すべては、外なのである》。カンヴァスや舞台でさえ、そして言葉や精神でさえ、《外》なのであり、だから逆にいえば、すべてはカンヴァスであり劇場なのである。（精神でさえ、自然なのだ。内という外があり、また外という外がある。過去とは、過去についての現在であり、現在とは、現在についての現在であり、未来とは、未来についての現在である。）だから、生そのものが、美学的でなければならない。そこにしか、出来事はないのである。</p>
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