Science of Incidents
philosophy
懐疑と数学、存在についての私論
「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐 [...]
criticism
記憶と忘却の娘としての《技術》(スティグレールによせて)
わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]
criticism
ポストモダニストたち(1)――ミシェル・フーコー
わたしの愛するポストモダニストたちがいる(この言葉を、あえてよい意味で使おう)。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もな [...]
fragment
もうひとつの近代、あるいは出来事の学についての覚書
1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない [...]
criticism
ただ、彼らの横を通り過ぎた
言葉がみちて、やがてあふれて現実を穿つとき、わたしたちは、それを《出来事》と呼ぶことがある。それは真理の名に値する唯一のものであり、そして同時に名状しがたい美しさをもっている。 だが、こうした「思考」を否定する背面世界論 [...]
diary
ホメロス礼賛
久しぶりに、ホメロスの『イリアス』(松平千秋訳、岩波文庫)を読んだ。ぼくがホメロスをはじめて読んだのは、中学か高校の頃だった。実家には、ギリシア悲劇の全集はあったが、ホメロスはなく、それで図書館で借りて読んだのだ。誰に薦 [...]
fragment
文学――出来事の学について
こんなナイーヴで、しかも仰々しい言葉で始めることが、よいことだとは、あまり思えない。だが、思い切って、告白する気持ちになって、笑われるのを承知で口にしてみよう。――わたしは、人類の歴史を肯定したい、と思う。人類を、肯定し [...]
criticism
言葉の重み
言葉は、リプレゼンテーションではない。その証拠に、言葉には、軽さがあり、そして重みがある。しかし、今日、ひとびとが語る言葉のこの軽さは、本当の意味での軽さでは、けっしてない。たんに、言葉には重みがあるということを忘れてい [...]
criticism
言葉の力
言語は、主体の意志を伝えるための道具である。このとき、ある語と結びついている特定の意味が参照されなければ、意志が伝達されるということはない、と考えられる。したがって、《意味》が共有されていなければならない。《意味》という [...]
criticism
言葉という出来事(ラフ)
「わたしは理論的に小説を書こうと思っているし、君もそうすべきだよ」といったのは夏目漱石で、彼はわたしの胸の上に乗って、両腕を押さえつけた。わたしはもがきながら、「それでは自由がないじゃないか!」と言ったかと思うと、それで [...]



