<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>ex-signe &#187; mimesis or mimesis of mimesis</title>
	<atom:link href="http://www.fragment-group.com/kiotanaka/tag/%e3%83%9f%e3%83%a1%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%82%b9/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka</link>
	<description>kio tanaka's website</description>
	<lastBuildDate>Sat, 17 Dec 2011 15:59:02 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.3</generator>
		<item>
		<title>文体について――蛇とQ・E・D（ラフ）</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/2147.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/2147.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 05 May 2010 17:23:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Hideo Kobayashi]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Spinoza]]></category>
		<category><![CDATA[style]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=2147</guid>
		<description><![CDATA[小林秀雄は、かつて「どんなに正確な論理的表現も、厳密に言へば畢竟文体の問題に過ぎない」（『Xへの手紙』）と語り、文学の本質を文体に求めていた。当然、芸術の本質は「フォーム（姿）」（「美を求める心」）にあると考えられた。文 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>小林秀雄は、かつて「どんなに正確な論理的表現も、厳密に言へば畢竟文体の問題に過ぎない」（『Xへの手紙』）と語り、文学の本質を文体に求めていた。当然、芸術の本質は「フォーム（姿）」（「美を求める心」）にあると考えられた。文体とは、もちろん言語芸術のまとう「姿」を意味する。</p>
<p>ところで、「意味する」とは、どういう状況を指して言われるのか。「意味する」は、主語と述語、ここでは「文体」と「姿」の共通性を指摘する語である。したがって、こう言い換えることは自然である。すなわち、《文体と姿とは似ている》。</p>
<p>スピノザは言っている。</p>
<blockquote><p><b>定理三</b>　相互に共通点を有しない物は、その一が他の原因たることができない。<br /><b>証明</b>　もしそれらの物が相互に共通点を有しないなら、それはまた（公理五により）相互に他から認識されることができない、したがって（公理四により）その一が他の原因たることができない。Q・E・D・</p>
<p class="post-r">スピノザ『エチカ』（上）、畠中尚志訳、岩波文庫</p>
</blockquote>
<p>ここで言及されている公理四、および五は以下の通りである。「四　結果の認識は原因の認識に依存しかつこれを含む」、「五　たがいに共通点を持たないものはまたたがいに他から認識されることができない。すなわち一方の概念は他方の概念を含まない」。したがって、「意味する」という語を「似ている」という語に置き換えることは正当性をもつように思われる。というのも、似ている、という語は、一方に原因を、そして他方に結果をもつことが確実だからである。スピノザは定理一で「実体は本性上その変状に先立つ」とも言っていたが、「意味する」あるいは「似ている」という語には、一方から他方への「変状」をも認めることができるだろう。小林は「言葉の姿と言つても、眼に見える活字の恰好ではない。諸君の心に直かに映ずる姿です」（「美を求める心」）と言った。にもかかわらず、「意味する」という言葉は表面から表面への移行、あるいは変状を意味するものであることに、小林は同意するだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、「意味する」という語が語と語の変状ではなく屈折や格納として機能するなら、この話は極端に異なった様相を呈する。屈折も格納も、ここでは同じように機能する。すなわち、述語が主語の内部に隠されてしまい、「似ている」という観点は維持できなくなる。述語はここでは隠れており、表象をもたない。述語が内面に隠されている以上、表面から表面への移行という観点は取りようがなく（模倣論はとれない）、異なる二つの語がつくる構造が問題となる。ここでは、主語は述語によって暗黙かつ適度に限界づけられており（それでも、というよりはそれゆえに「解釈」の余地は残されているが）、一方が他方の概念を含むというよりは、一方は他方によって否定されている。つまり「似ている」というよりは「偽」という観点が必要となる。</p>
<p>芸術家にとって、「似せる（模倣する）」ということと「偽物をつくる（虚構を作る）」ということは、日本語の音が示すとおり同じ実践を指している。だが、その他のひとびとにとって、とりわけ学問にかかわる人間には、両者は峻烈に対立していると考えられるだろう。というのも、一方にはリアリティが、他方には虚構性が賭けられているからである。とくにベンヤミンの指摘するような複製技術の時代には、《同じ物を作ることが可能である》という偽の同意が受け容れられている以上、両者の差異は大きくなろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スピノザの定理三およびその証明を疑うことは簡単である。たとえば現実のスピノザに対して「スピノザ」と呼びかけたときのことを想起すればよい。現実のスピノザは「スピノザ」という呼びかけに対する原因を含んでいるだろうか。スピノザと「スピノザ」は相互に共通点を有しているのだろうか。そうではない、たんにスピノザと呼ばれうるユダヤ人が、「スピノザ」という名前に同意したというにすぎず、べつに彼はデカルトともマルクスとも呼ばれてもよかったはずである。あるいはスピノザという人物が二人いて、その二人がまったく共通点をもたなかったとしても、二人ともが振り返る可能性をもつだろう。つまり、スピノザと「スピノザ」の関係はあくまで偶然であって、そこに原因から結果へと至る必然性を見つけ出すのはむずかしい。スピノザと「スピノザ」は結びついていない。そこにあるのは「認識」というよりは暗黙の同意である。だからどうしてもスピノザと「スピノザ」を結びつけるラングのような別の媒介項や入れ子構造を想定したくなる。現実と結びついていない「スピノザ」は真ではない、偽であり虚構である。……かくして、因果律は、特殊な契約によって成立するものとなる。すなわち、「わたしが『スピノザ』であること」に同意を与えるもうひとりの私が可能にするものである。「スピノザ」とスピノザ、そしてもうひとりの名指されざるわたし、あるいはX。</p>
<p>しかし、にもかかわらずスピノザは決然とこう述べる。「これが証明されるべきことであったQuod Erat Demonstrandum」。換言すれば、“これ以上この問いにかかわる必要はない、スピノザとは「スピノザ」の原因である、あるいは「スピノザ」はスピノザを意味する、さあ、次へ行こう”、というわけだ。超越論的統覚Xを破砕するかにみえるこの不思議な言明は、いったいなにを意味しているのだろうか。あるいは、なんの比喩なのだろうか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>同じことを、ニーチェは次のように表現している。</p>
<blockquote><p>そしてまことに、そこに見いだしたのは、いまだかつてわたしが見たことのないものだった。一人の若い牧人、それがのたうち、あえぎ、痙攣し、顔をひきつらせているのを、わたしは見た。その口からは黒い蛇が重たげに垂れている。<br />これほど吐気と蒼白の恐怖とが一つの顔に現われているのを、わたしはかつて見たことがなかった。かれはおそらく眠っていたのだろう。そこへ蛇が来て、かれの喉に這いこみ――しっかりとそこに噛みついたのだ。<br />わたしの手はその蛇をつかんで引いた――また引いた。――むだだった。わたしの手は蛇を喉から引きずり出すことができなかった。と、わたしのなかから絶叫がほとばしった。「噛め、噛め。<br />蛇の頭を噛み切れ。噛め！」――そうわたしのなかからほとばしる絶叫があった。わたしの恐怖、憎しみ、吐気、憐憫、わたしの善心、悪心の一切が、一つの絶叫となって、わたしのなかからほとばしった。――<br />君たち、敢為な探求者、探検者よ、またおよそ狡猾な帆をあげて恐ろしい海に乗り出したことのある者たちよ。君たち、謎を喜びとする者たちよ。<br />さあ、わたしがそのとき見たものは何の比喩か。いつの日か来るに相違ないこの者は何びとなのか。<br />このように蛇に喉を犯された牧人はだれなのか。このように最も重いもの、最も黒いものの一切が喉に這いこむであろう人間はだれなのか。</p>
<p class="post-r">『ツァラトゥストゥラ』手塚富雄訳、中公文庫</p>
</blockquote>
<p>牧人に噛みついていた蛇は、牧人の精神である。重く黒いこの精神は、こう考えている、「ほんとうは、わたしは『牧人』などではない」……。ただただXとして振る舞うもうひとりの名指されざるわたしがいる。呼びかけのなかでいつもそれを拒絶しているもうひとりの暗いわたしがいる。それはわたしが隠しもっている「意味」である。だが、ニーチェはその蛇を「噛み切れ」という、あるいはスピノザは謎めいた言葉でいう、「Q．E．D．」と。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>小林秀雄は言っている。</p>
<blockquote><p>美しいと思ふことは、物の美しい姿を感じる事です。美を求める心とは、物の美しい姿を求める心です。絵だけが姿を見せるのではない。音楽は音の姿を耳に伝へます。文学の姿は、心が感じます。だから、姿とは、さういふ意味合ひの言葉で、ただ普通に言ふ物の形とか、恰好とかいふことではない。あの人は、姿のいい人だ、とか、様子のいい人だとか言ひますが、それは、ただ、その人の姿勢が正しいとか、恰好のいい体附をしてゐるとかいふ意味ではないでせう。その人の優しい心や、人柄も含めて、姿がいいといふのでせう。絵や音楽や詩の姿とは、さういふ意味の姿です。姿がそのまま、これを創り出した人の心を語つてゐるのです。</p>
<p class="post-r">「美を求める心」1957年</p>
</blockquote>
<p>若い頃、Xへの絶縁状を書いた小林は、戦後に至り、「心」こそが「姿」（＝フォーム）だと言っている。つまり、ニーチェの言う「蛇」とはちがう、フォームとしての心、すなわち表面としての心があることを指摘している。肉体も精神も、あるいは言葉も意味も、すべてが表面上のドラマである。もはや問題は表面＝表現にしかない。とはいえ、なにを表現するべきなのか、という問いもよくない。この問いは重い精神を呼び寄せ、表現の層をレトリックのレベルに偽装してしまう。われわれは、結局、ひとつしか目的をもたない。だから、問題は、なにを表現すべきか、という問いが招くレトリックの水準を離れて《いかに表現するか》、ただそれだけなのである。言葉の「姿」、すなわち文体。逆に言えば、「蛇」としての精神を噛み切ったときにはじめて、われわれは自身の文体に出会う。したがって、文体は、よけいなものを削り取ったときに現われるものであり、希少なものである。たとえば超人。あるいは、Q．E．D．</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/2147.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>言文一致論（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ）</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1515.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1515.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 25 Dec 2009 13:20:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Copenhagen Interpretation]]></category>
		<category><![CDATA[différance]]></category>
		<category><![CDATA[différen(t/c)iation]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>
		<category><![CDATA[Kojin Karatani]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[naked face or expressions]]></category>
		<category><![CDATA[Naoya Shiga]]></category>
		<category><![CDATA[Nation-State]]></category>
		<category><![CDATA[Ontologische Differenz]]></category>
		<category><![CDATA[phonogram]]></category>
		<category><![CDATA[realism]]></category>
		<category><![CDATA[Saneatsu Mushakoji]]></category>
		<category><![CDATA[the present is always new]]></category>
		<category><![CDATA[Uncertainty principle]]></category>
		<category><![CDATA[Zero-point motion]]></category>
		<category><![CDATA[山田美妙]]></category>
		<category><![CDATA[真実らしくみえるもの]]></category>
		<category><![CDATA[白樺派]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1515</guid>
		<description><![CDATA[ハイゼンベルク(1)の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ハイゼンベルク<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられる光がすでに対象を変化させている。厳密にみようとすればするほど、目から発せられる光は強くなり、変化はより大きくなる。したがって、ひとは、根本的に対象を正確に測定することはできない。……</p>
<p>この原理の奇妙さはうえの説明にはない。おそらく大抵は認識論的な話で早合点されてしまう。物事を一種の《虚構》に変えてしまう、こうした観測上の人間的かつ不可避的条件が、《現実に》対象を変化させてしまうとしよう。この論理を突き詰めていくと、どうなるか。たとえば、零点振動と呼ばれるものがある。物質のもっている「温度」は、熱振動によって規定されている。したがって、この振動がなくなるところが、温度の下限となる（-273.15℃とされる）。しかし、ヘリウムなどの原子は、《ハイゼンベルクの不確定性原理のために》、絶対零度というエネルギーが最低の状態でも、実際に振動してしまう（わたしはこういう記述に、ニールス・ボーアを中心としたコペンハーゲン解釈のセンスのよさを感じる）。この地点では、もはや対象に対する人間の《認識》を云々することはできなくなるし、物自体も考えられなくなる。この振動は観測という客観的行為が暗黙に内包している認識論レベルの誤差ではなく、誤差そのものが原子のふるまいだからである。つまり、通常の《学》ならば抹消すべきはずのこの誤差は、積極的な記述なのである。したがって、われわれは、誤差においてむしろ原子を正しく見ているのであり、正しく見ている分だけ、誤差を積極的なもの、つまり《差異》（ドゥルーズ）として、かえって精確に観測しているのである。真の意味での近代合理主義がおこなう観測とは、対象の同定ではなく、むしろ《差異化》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>議論はあいまいにはなるが、これを実生活のレベルで実感することはたやすい。たとえば免許証や履歴書などで撮影される証明写真。カメラが捉えるのは、《素顔》ではない。カメラのレンズを前にしてひとがどうしてもつくってしまう《表情》であり、いってみれば、ひとが無数につくっている仮面のひとつであるにすぎない。このひとつの仮面にすぎない表情を特権的に《素顔》とみなすこと（そしてカメラの前でする表情以外の表情を表情として《学》からは排他的に規定すること）が、ありもしない国民や国家を仮構する、そして実際に国家はこうした仮定を経て実在してしまう――したがって、国家は認識論のレベルを超えて現実に存在してしまう。</p>
<p>その一方で、アートとしてのカメラがある。この術（アルス）は、まさにレンズの前でひとやものがわれ知らずおこなう《自然》な振動を撮（つか）む術である。そうであるかぎりにおいて、カメラは芸術の手段たりうる。つまり、誤差は、《学》がおこなう同定によって排除され、埋められるべき（なおかつ弁証法的には必要な）エラーではなく、人間が自然界でおこなう差異として、レンズと被写体のあいだで積極的に把握される。簡略化していえば、国民国家が欲しがる《素顔》は、変化のなかに不動のものを見つけ出すことであり、アートの欲望する《表情》は、変化に継ぐ変化という、一種の振動である。アートは、ひとが《素顔》だと思っているものさえ、次の変化を期待＝欲望させる《表情》に変えてしまうのだ。</p>
<p>これは、知と美、そして自然とが結合する、このうえなくプラトン的な世界である。ここでは、差異の大きさや小ささは問題ではない。この大きさをめぐって、モダンとポストモダンのあいだで不毛な議論が交わされたが、問題は、差異（あるいはエノンセ）の希少性である。差異（あるいはエノンセ）は、《希少なもの》ほど知的であり、美しく、かつ自然である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしがハイゼンベルクの議論をアナロジーとしてとりあげたのは、自著『精神の歴史』で論じた言文一致論をできるだけ直観的に説明するためである。この問題をあつかったのは主に三章だが、この章は、おそらくやや難解だろう。この議論を丹念に追うかぎり、柄谷行人やジャック・デリダの議論、あるいは国民国家論を突破する理論的可能性が含まれている。</p>
<p>柄谷によって、近代文学者がおこなった言文一致運動は、国民国家の確立にかかわるネガティヴなものとして評価されることになった。デリダの議論（すなわち、過去に汚染されていないピュアな現在という、現実から乖離した形而上学を形成する、《自分の語る声を聞く》音声中心主義に対する批判）を借りつつ、彼は、話し言葉と書き言葉を一致させようとする言文一致運動が、閉じた現前の共同体を作りだす論理的前提をなしたと考えたのである。彼らの議論にしたがうなら、声と文字とを同一のものとしてあつかうことはできない。本来は維持されるべき、声と文字の存在論的・時間的差異（＝差延）を、等閑視することによって、言文一致という虚構は可能になるのだ。すなわち、真でもなく、偽でもなく、真らしくみえるもの<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>を作り出す言文一致運動は、あるかなきかの内面や《素顔》を、そしてついには国民Nationを仮構してしまうと考えられたのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>だが、この議論そのものがおかしいと、わたしは感じるようになった。本当に芸術はそのようなことをおこなうだろうか（わたしのスタイルとして、歴史上の出来事を批判するために史料を読むようなことはしない。肯定したいからだ）。だからもう一度、彼らの論理を追っていかねばならない。</p>
<p>もしかりに、柄谷らがいうように、言文一致運動が国民国家を作りだしたというのなら、本来なら不可能である声と文字の完全な一致が、まがりなりにも実現したということを意味する。しかし、もちろん、それは背理である。だとするなら、どこかに嘘があったことになる。言文一致などそもそも可能ではないのだから、言文一致運動が嘘をついたとしか考えられない。本当は話し言葉そのままの記述などありえないし実用的でも実際的でも実践的でもないのだから、完成していないものを完成したと言っているだけなのである。つまり、虚構であり、もっとオブラートに包んだ言い方をすれば、想像上の出来事である。だとするなら、国民国家など実現していない、ということだろうか？　そうではない。国民国家ができあがるのは、まさにここ、すなわち「想像」においてなのである。虚構として、想像力の産物として、国民国家は規定される。</p>
<p>しかし、《言文一致が実現した》という嘘が嘘である限りは、すくなくともその時点では「言説」、それも対象なき言説だったはずである。つまり、《言文一致の完成》は、いったい誰が言い出したのか、ということが問題になる。この完成を言説として実現した主体が、国民国家を仮構したと考えていいはずである。本来あるべきでない、そうした虚構が成立しているとするなら、そもそも、この運動を終わらせたのは誰なのか、という問いが次にあるべきなのである。言文一致運動の担い手が文学者だったというのは確かであり、彼らはその唱道者である。だが、そのことと、《言文一致運動を終わらせた人物》が同じであるという保証はまったくない。柄谷は、この主体の差異を完全に無視している。その点では、柄谷は、結果から物事をみることに疑問を抱かない歴史主義者と同断である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>19世紀末の言文一致運動がどのようなものであったか、材料（資料）は二つで充分である。ひとつは、当時の文学が《写実主義》であったこと。そしてもうひとつは、山田美妙の以下の発言である。</p>
<blockquote>
<p>今日の俗語ハ明日の古語となる。</p>
<p class="post-r">「言文一致論概略」『学海之指針』1888年2-3月</p>
</blockquote>
<p>この発言を、厳密に読めば、すぐにわかることがある。言文一致運動が写実主義の運動である限り、これは終わりのない運動なのである。なぜなら、作家が今日の俗語とみなし、写実したものは、明日には古語となっているからである。作家が作家であるかぎり、彼はこの無限の運動に与している。作家は、《自然》同様、たえず変化する言葉によりそうことは考えていたとしても、その《素顔》を仮構しようなどとは考えていない。彼らが捉えようとしていたのは、《素顔》ではなく、《表情》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>テープやＣＤなどに録音された声は、もちろん、自分の考える「自分の声」とは違っている。だが、だからといって、即座にそれを自分の真の（客観的な）声だとみなす必然性はないし、また、逆に自分が自分の声だと思っていたものを主観的なものとして排除する必然性もない。たんに、それは、記録媒体を前にして（無意識だったとしても）、自分が選び選ばされた声色のひとつであるにすぎない。自分の耳とマイクが拾う声が違うのは当然であって、それぞれが、質的でも量的でもない、たんなる差異として現実化しているだけである。われわれは、どんなに「自分の声」をその中心において出したとしても、結局は《振動している》。そして、われわれは、この変化のただなかにおいて、自分の声を自身の所有物としているのである。カント風にいえば、これが超越論的統覚というもののはたらきである。</p>
<p>作家もまた同じである。作家が、言文一致を実現しようとしているとしても、それは、柄谷が思うようにではない。もっとファジーな集合であって、むしろ、変化する言葉に寄り添い、その変化を予測し、そしてときにはその変化を追い越しさえしようとしている（明日の古語とならないために<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。これが「一致」の真の意味である。要するに、作家が目ざす言文一致とは、完全な一致ではなくて（そんなものは馬鹿げている）、《差分》を実現することなのである。「今日」と「明日」、「俗語」と「古語」の差異、ハイデガー的にいえば（デリダの差延とは区別して）存在論的・時間的差異を、作家は、原理的に拒絶することはできないし、しようとも思ってもいない。むしろこれを把持したまま表現することが、高次の言文一致の目ざすところである。作家の言文一致そのものが、書き言葉の《振動》を実現するのであり、またそのことによって、《素顔》となりかけたそれを《表情》に変えるのである。批評家は、こうした《差分》を虚構だというのだが、それは、ピカソやクレーの絵画を虚構というに似て、なんの意味ももたない。また、作家が他人と同じ文体をとることもまずありえない。基本的には、彼ら自身の文体を《未来の言文一致体》として実現することを欲している。言文一致運動は、その主体が作家であるかぎり、本質的に終わりのない運動なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>戦前の公文書で、言文一致体が使われていることは稀である。なぜなら、言文一致体は、その理論からして当然のことだが、時期に応じて変化してしまうからである。現在から過去がクロノロジカルに見渡せなければならない公文書において、変化そのものを《法ノモス》とする、異様な言語体系は適さない。テンス（時制）が機能しないのである。したがって、学問上の課題として言文一致を目指した学者は、物集高見が好例であるように、挫折し、転向している。また、積極的に唱導した学者も、結局は譲歩を余儀なくされている。彼らが排除しようと願った漢字は残ったし、仮名の改良もかなわなかった。教科書問題やジャーナリズムの要請に譲歩を重ねた結果、暫定的な代物を公定の言文一致体とせざるをえなかったのである。</p>
<p>だが、それでも19世紀の学者は諦めたわけではなかったし、現実問題として、公文書ではあまり使用されることもなかった。逆に言えば、戦前の政府ほど言文一致体を使用していなかった領域はないのであって、柄谷の議論を適用すれば、ナショナリズムと政府は現実には無関係だという議論に帰着しかねない。言文一致体に対する抵抗を柄谷は評価するが、だとするなら、政府官僚こそ、もっとも評価すべきだ、という転倒した議論がまかりとおってしまう。繰り返すが、戦前の政府は言文一致体を使用していない。このことは、言文一致体を完成されたものとして（終わりにおいて）規定しようとする《学》や国家の論理が、言文一致の本質そのものと相容れないことを意味する。言文一致体は、それを厳密に規定しようとすればするほど、《振動してしまう》。なぜなら、その規定自体が、言文一致体で行なわれねばならず、結果的にありうべき言文一致体を変化させてしまうからである。言文一致運動ほど、国家の論理に反しているものはないのである。ともあれ、それが一変する事態が訪れる。敗戦期である。この時期から、公文書においても、「言文一致体」が使用され始める。</p>
<p>いつのまにか、暗黙のうちに《言文一致体》という同意が形成されていたのである。国家が言文一致体を用いるということ、それは裏を返せば、言文一致体が、本来あるべき変化をやめてしまったことを意味する。同意を形成したのは、いったい誰か。作家ではない。なぜなら、作家は、他人のつくった《言文一致体》など究極的には認めないからだ。とすると、あとは一人しかいない。すなわち、《読者》である。作家の言葉を模倣した読者であり（それはプラトン的にいえば模倣の模倣であろう）、彼こそが、《言文一致が実現した》と見なした者なのである。ならば《読者》とは誰か。《純粋な》読者とは、小説を書かなかった書き手たち――批評家である。ならば、国民国家を作ったのは、はたして誰か……？　もはや語る必要はあるまい。</p>
<p>結局、国民国家は、作家に、次の条件を示した。《わかった、言文一致体を採用しよう、ただし、それは作家たちがその運動をやめるかぎりにおいてだ》。もちろん、戦後の作家たちがこの条件に同意したかは不明である。だが、結果的に、この運動は、終わりを遂げたと考えて、間違いないだろう。作家は、「言文一致体」の採用を餌に、国民国家によって息の根を止められたのである。要するに、言文一致運動は、終わることによって、ただひとつの、そして千の仮面である《表情》を、《素顔》にしてしまうのだ。</p>
<p>ここには、生気を欠いた暴力、すなわち権力がある。この権力がもたらす重力圏から、戦後の作家は逃れられなくなってしまった（というか、自らの文体を追求することでそこから逃れる、という主題をもっていない）。言葉は、いつも、教科書やアカデミズム、ジャーナリズムといった重力の中心に収束する――といっても、それは国家がつくる見かけだけのことである。言葉は本当は変化することをやめたりはしない。作家による導き手を失った言葉は、たんに堕落し衰弱していくのだ。そして偽の問題構成が形成される。堕落した若者の言葉づかいか、それとも古い「常識的な」言葉づかいか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷をはじめ、多くの批評家や学者は、《言文一致体》の完成者を、志賀直哉や武者小路実篤らに代表される白樺派にみている。『白樺』で用いられた文体を、今日われわれが書く「話し言葉」の典型とみなしている。とはいえ、当時彼らが言文一致運動の尖端にいたことが確かだとしても、それを終わらせたと考える必然性は、むろんどこにもない。たんに、彼らを超える作家が出なかったというにすぎない。武者小路はこう言っている。</p>
<blockquote>
<p>自分は俗衆に理解された時、芸術は使命を果し、同時に価値を失なうものと思つてゐる。</p>
<p class="post-r">「六号雑感」（「自己の為の芸術」）『白樺』第2巻第11号、1911年11月</p>
</blockquote>
<p>この武者小路の発言は、さきの美妙の発言と共鳴している（というか、それを芸術全般に拡張したものだ）。かくして100年前に始まった白樺は、戦後、芸術としての生命を終えた。だが、彼らはそのことによって、別の始まりを促していたのである。なぜなら、掴んだと思った芸術は、原子の振動に似て、ひとの手を離れて飛び退ってしまうからだ。したがって、問題は、彼らの放った曲がった矢をみて、嘲笑を浴びせはしても、誰も拾わなかったことである。</p>
<p>ひとは批評家で終わってはならない、という論理は、このことから帰着する必然的なものである。われわれもまた、矢を拾い、番え、そして放たねばならない。犬のディオゲネスのいった「言いたいことを言う」自由は、自分の文体＝生のモードを実現するというそのことによってのみ、可能になる。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> かつては、西のハイゼンベルク、東の湯川秀樹といわれた。わたしは前者の書物からゲーテを、後者の書物から荘子を学んだ。</li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> 「真らしくみえるもの」については、『パイドロス』のなかでソクラテスがよきものに分類していた点に注意されたい。ここでは論理の展開上、デリダ主義的な議論（可能性であるが不可能性でもある）に従う用法をおこなっているが、わたし自身は「真らしくみえるもの」について、ソクラテスの意見に同意している。イデアの追究とは、つまるところ「真らしくみえるもの」の追究でもある。</li>
<li class="note"><a href="#p03" name="n03">(3)</a> 作家の言文一致運動はカント風の統整的理念にもとづいているのではない。むしろ、言文一致はたえず、しかもいたるところで実現している。ただ、実現した瞬間に、対象のほうが遠ざかってしまうのである。</li>
</ul>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1515.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>模倣か虚構か</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/878.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/878.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 24 Dec 2008 14:52:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Aristoteles]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=878</guid>
		<description><![CDATA[芸術は、いったい、なにを行なっているのだろうか。プラトンの言うような、自然の模倣？　それとも、アリストテレスの言うような自然に《対して》虚構を作りあげること？ どちらも、それほど正しくない。それに、この問いにかかわってい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>芸術は、いったい、なにを行なっているのだろうか。プラトンの言うような、自然の模倣？　それとも、アリストテレスの言うような自然に《対して》虚構を作りあげること？</p>
<p>どちらも、それほど正しくない。それに、この問いにかかわっているかぎり、よい芸術はなかなか生まれてこない。</p>
<p>芸術における真のリアリティとは、結局、自然との差異において現れるものである。逆に言えば、本物とまったく同じものを作りあげることが、芸術なのではない。その観点からすると、模倣論よりも虚構論の方が、芸術にふさわしいものに思えてくる。だが、後述するように、結局は、虚構論も問題にならないだろう。虚構論は、当然、その一方にそれと対立する真理の世界を想定せざるをえない。だとすると、われわれの知りうる世界そのものが、ヘーゲル的な弁証法を前提しないかぎり、まったくの虚構であり、そこでは、芸術とその他の営みとを区別することが不可能になる。われわれの営み、それが人間的な営為であるかぎり、虚構であるとするなら、虚構論を、芸術論に限定する理由はどこにもない。それでは芸術論としては無意味であろう。</p>
<p>視点をすこし変えて、もう一度説明しよう。われわれの認識する世界が虚構かもしれない、というのは誰しもが考えることだ。だからひとは知りもしない《物自体》を仮構して当座の満足を得る。それは、われわれの知りえない起源＝自然を仮構する、ということでもある。こうした観点からすると、虚構論に食指が動くのはもっともである。</p>
<p>しかし、本来、われわれが仮構する物自体もまた、われわれが便宜上、適当に生み出したものにすぎない以上、認識と物自体とは、対立すると言っても、たんにひとの精神の上で並列されるふたつのよく似た経験というほかない。対立するとしても、結局は、精神の上で起こる一連の経験なのである。したがって、人間が認識できる世界にかぎったとしても、その世界が完全無欠の虚構であるとすれば、虚構論といっても、それは、虚構としての表象の上に、さらなる虚構としての表象を重ね合わせることにすぎないし、また逆に、模倣論といっても、それは、模倣としての表象に模倣としての表象を重ねることでしかなくなってしまう。いずれにせよ、実体が必要ない以上、そもそも模倣も虚構もないのである。</p>
<p>こうなると、模倣論とか虚構論とか言っても、無意味である。むしろ、芸術の欲望が《次》の表象を求めるという、当のそのことにおいて、芸術は判断されるべきである。すなわち、この芸術は、いったい何を生み出そうとしているのか。どのような表象を意志しているのか。</p>
<p>子供はそのことをよく知っている。美術館に飾ってある優れた絵画をみて、彼は、「本物みたいだ」と感じる。いまにも、絵画から、美しい女性が飛び出してくるのではないか、そんな風にどきどきする。そこで、野暮な大人がこう言ったとする。「たしかに、本物みたいだねえ（あれは、絵なんだよ。作り物なんだよ）」。だが、《子供はそんなことはとっくの昔に承知しているのだ》。真理の直前で立ち止まる絵画が、まさに直前に立っているからこそ、彼は絵画を真理だと感じているのである。「本物《である》かのようだ」ではない。「本物《になる》かもしれない」なのだ。かの子供は、この二つの文章の違いを、明敏に感じ取っている。</p>
<p>その点でいうなら、アニメやマンガの絵に性的な欲望を掻き立てられる、というのは、別に不思議なことでもなんでもない。それらはおそらく、本当の人間よりも、人間《になる》ことを欲望しているからだ。それらは、芸術の出発点でさえありうる。ただし、虚構という言い方で、それらがもっている現実との接点を切り離してしまうなら、なんの意味もなくなってしまう。虚構論は、人間になろうとする欲望を断ち切り、暗に《なれない》と言う。そのことによって、ついにそれらは本来もっている力を失ってしまう。</p>
<p>わたしは、芸術について述べた。この話の恐るべき点は、じつは、歴史にも当てはまってしまうことである。カントが言うように、われわれのあずかり知らない物自体を認めるとしても、その一方にある人間的な世界のすべてが認識論上の虚構なのだとすれば、歴史とは、とどのつまり、虚構ではないか。そうした恐るべき問いが立てられてしまう。要するに、カント＝ゲーデル風にいうなら、われわれは、嘘と本当とを、ついに区別できないのである。</p>
<p>区別できない、とは、一体どういうことか。見方を変えれば、文学と歴史とが、区別できないということである。虚構と真理とを裁断する規準を、われわれは持ち得ないのだ（この時点で、じつは、上記の虚構論は可能性を失う。一見すればかぎりなく芸術にふさわしい虚構論は、その意義を失ってしまう。同じものを再現しようとするものであるかぎり、模倣論に満足することはできないとしても、模倣という語が、実体の力を借りつつも、それ自体で価値をもつかぎり、模倣論にはまだ可能性がある）。</p>
<p>歴史と文学とを区別するのが無意味となるような空間、ここにおいて、はじめて文学は、そして芸術は真に駆動しはじめる。そうした芸術は、同時に、政治的な行為を促す革命論でもあるはずである。虚構論が跋扈する今日、われわれは、まだスタートラインにさえ立っていない。芸術も革命も、まだまだ遠い。……</p>
<div class="post-rl">
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E8%A9%A9%E5%AD%A6-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B9/dp/4003360494%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4003360494"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/514C8J2QV0L._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">アリストテレース『詩学 (岩波文庫)』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span>
</div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/878.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>鏡像の破れ(ラフ)</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/853.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/853.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 15 Nov 2008 13:03:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[構造の破れ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=853</guid>
		<description><![CDATA[「鏡像」という言葉を聞くと、磁力のことを思い出すのだが、今日ではもっと別様な意味で、ラカン風に使われる。「鏡像段階」である。厳密な自己とは異なる鏡に映った像、すなわち虚構としてのイメージ、それを自分自身であると認識するこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「鏡像」という言葉を聞くと、磁力のことを思い出すのだが、今日ではもっと別様な意味で、ラカン風に使われる。「鏡像段階」である。厳密な自己とは異なる鏡に映った像、すなわち虚構としてのイメージ、それを自分自身であると認識すること、このことが人間を構成する。</p>
<p>こうした自己回帰的な――といっても、その自己はあくまで虚構としての自己なのだが――運動は、わたしには要するに古いアイデンティティ論の変奏にしかみえないし、もっと悪い意味で、古いカント主義的な議論であるとしか考えられない。それは、鏡像段階を抜け出ねばならないとかそういうことではなくて、この論そのものがどうしようもない、というのである。</p>
<p>虚構としての自己に回帰するという先験的な議論は、先験的な自己を事後的に作りあげるという不毛な概念に帰着する。こうした議論そのものが、わたしは国家主義的であると感じてしまう。むしろ、わたしはこう考える。鏡をみる自己Ａは、鏡に写った自己Ｂを模倣することによって、自己Ｃとなる。鏡を見るという行為がもたらすのは、いわば模倣と差異化の運動である。鏡に写った自己Ｂを自己Ａが演じ、自己Ｃに《なる》こと、そうした行為を促すのが、鏡像の真の作用である。したがって、鏡に写った自己Ｂと、自己Ａとのあいだに構造はできない。現実的には、Ａ…Ｂ…Ｃ…という、一種のセリーの運動と捉えるほかない。このことからするに、《鏡像》は、べつにプラトン的な芸術＝模倣〔ミメーシス〕論を遠ざけてはいないだろう。しかもこちらの方が実践的な観点からいえば正確である。</p>
<p>一階にいた人間Ａが、二階に上がって人間Ｂとなり、さらに一階に下りてきたとしても、人間Ａに戻るわけではない。新たに人間Ｃとなる。《一階に下りる》という経験は、ここでははじめての経験だからである。したがって、自己同一性が前もって維持されないかぎり、一階に下りるという経験を自己への回帰と捉えることはできない。この移動に、一階-二階という構造は成立しない。もとの場所に回帰するのではなく、たんに別の空間への移動である。</p>
<p>二階建ての建築物とは、権力者にとっては、高みに昇ることを意味し、それが二階建ての構造物であるということに意味があるのだが、そこに住む人間にとっては、実践的には、「展望」ということはあるとしても、空間の拡張以外の意味はあまりない（展望だけが目的ならば、一階は不要である）。《内在的には》、それは空間の拡張以外のものではなく、それが二階建てであるということは、《超越論的な》視点なしには不可能である。問題は、なにゆえこうした超越論が必要なのか、それは権力的な構造を維持するという以外になんの意味があるのか、ということである。</p>
<p>構造をセリーに分解する実践のなかでもたらされる、構造の破れのほうが、構造を維持しようとする今日流行の議論よりは、よっぽど重要であるように思うし、繰り返すが、たんに議論として正確であると思う。わたしはなにも、鏡像や二階建ての建築物を否定しているのではない。ただ、現実的にいって、それらが、構造をなすという保証は、なにか曖昧さを糊塗する解釈をしないかぎり、どこにもないということだ。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/853.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>4</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>円山応挙展</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/review/153.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/review/153.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 10 Oct 2003 01:11:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[review]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[realism]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=153</guid>
		<description><![CDATA[先日、大阪市立美術館で開催中の円山応挙展を訪れる機会を得た。 わたしには、とくに日本画の知識はない。しかし、画聖といえば、普通は応挙を指したはずだし、また、同時代――つまり化政文化時代の代表的作家である歌麿や写楽、北斎ら [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先日、大阪市立美術館で開催中の円山応挙展を訪れる機会を得た。</p>
<p>わたしには、とくに日本画の知識はない。しかし、画聖といえば、普通は応挙を指したはずだし、また、同時代――つまり化政文化時代の代表的作家である歌麿や写楽、北斎らの浮世絵と比較しても、日本画のメインストリームのひとつが応挙（あるいは彼を師とした呉春の立てた四条派）にあることくらいは、その作品を一見すればすぐにわかる。むろん、ここでいうメインストリームの意味には注意が必要であろう。もしそれが、今日の日本の美術における漫画やデザイン画の地位を指すのであれば、当然、メインストリームを担っていたのは浮世絵ということになる。紛れもなく、今日の絵画のメインストリームは、画家ではなく、漫画家やデザイナーが担っているのであって、そうした意味では、浮世絵が、当時のメインストリームであった可能性を少しも否定しない。わたしが言っているのは、あえていえば大文字の絵画芸術におけるメインストリームのことである。絵画の絵画性などといった形而上学に背を向けてキッチュに徹した浮世絵の価値は、あくまで、批判的なもの、言い換えれば、二次的なもの（本当は、あらゆる芸術が《模倣[ミメーシス]》なのだとすれば、三次的だと言うべきだろう）でしかないことは言うまでもない。その意味で、あくまで、一次的（ミメーシスの観点から言えば二次的）なものとしての日本の絵画芸術のコアのひとつを円山応挙に確認しておくことは、最低限の前提だし、また今日の文脈においてはとりわけ重要な（といってもけっして不可欠なわけではないが）作業であるように思われる。</p>
<p>前置きが長くなったが、そのような意味で言えば、応挙の写生画が、西洋のそれも含めて多様な遠近法が取り入れられた圧倒的な写実性を備えていたとしても、それは画家として当然のことである。だから、たとえば、彼の微に入り細を穿つ、実証的でまったく隙のない『牡丹孔雀図』を観たとしても、そこには何の感動もない。われわれがそこで感じるのは、恐らく、彼の絵画というよりも、孔雀という奇怪な生物そのものへの驚きである。あるいは同じことだが、彼のきわめて統計的で実証的な『人物正写惣本』にあるのは、当時の人々の人物を見る視点の異質さについての驚きであって（統計的な資料の重要性は、つねに、統計された対象ではなくて、統計を行う基準そのもの――あるいは、それを統計的なものとみなす同時代の認識論的布置――にこそある）、けっして、応挙の絵画そのものへの驚きではない。（個々の人物を対象として描かれた『神州和尚図』などに見られるリアリズムと、統計を駆使した『人物正写惣本』を見比べて思うのは、いかに、科学的と称される統計が当てにならないか、また統計の真の価値が、統計を行う当の本人の無意識的な偏見、あるいはその政治性を垣間見られることにこそある、ということだろう。）</p>
<p>もし、フッサール的な言い方が許されるなら、そうした絵画は、つねにポジティヴなもの、すなわち現象的なものでしかないし、あくまで、応挙にとってはビジネスの域を超えないものだ。彼の真骨頂は、誰もが承知しているように、『雪松図』や『雨竹風竹図』、『保津川図』や『雲龍図』、あるいはトリックであふれた大常寺の襖絵の数々にこそある。言うなれば、応挙は、ここにおいて、ネガ、すなわちけっして見えないもの（あるいは、本当はよく見えているはずのもの）を描いたのである。たとえば『保津川図』に見られる流水の表現は、カメラのシャッタースピードを限りなく遅くしたときに見える流水に非常に近い。応挙が紙にたき付けたのは、流水の力学的な運動そのものである。あるいは、ただ竹だけを描き、にもかかわらず、そこに雨や暴風を観る者にありありと想像させる『雨竹風竹図』の手法（これは、凍った水面を、その亀裂のみを描くことによって表現した『氷図』や、滝を数本の縦の水墨で表現して滝を昇る鯉を描いた『龍門鯉魚図』にも共通する）。最初から第三者としての観者の存在を前提し、なおかつ、彼らの想像力にその完成（ポジ）を委ねるという手法は、おそらく、近代日本画が目指した、（たんなる実証ではない）高次のリアリズム＝客観性の先駆的表現と言っていいだろう。</p>
<p>さらにわれわれは、『雲龍図』を観ることになる。架空の神獣である二匹の巨大な龍が織り成す微細かつ雄大なリアリティに、思わず絶句する。画面狭しと舞い踊る龍の狭間をちぎれ舞う雲、岩に砕け散る大波、走り抜ける稲妻。</p>
<p>そして応挙は、自分の妻をモデルにしたと言われる美しい幽霊を描いた（周知のように、彼はリアリズムの巨匠であると同時に、日本絵画史上はじめて足のない幽霊を描いた画家でもある）。ポジティヴなものへの飽くなき追求が、彼をして、幽霊という、もっともネガティヴなものを描かしめたのである。彼の絵画にあるのは、ひとつの巨大な絵画史＝モダニズムである。彼の絵画が、隙もそつも備えていないがゆえに逆説的に生じるある種の凡庸な効果については、ひとまず置こう（応挙はけっして吃ったりしない）。まずは、ここからはじめるべきなのだ。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/review/153.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>書評について</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/375.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/375.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 05 Nov 2002 05:59:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[assujettissement et subjectivation]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=375</guid>
		<description><![CDATA[書評は必要である。また、真に生産的なものとは、まずもって良質の書評から始まる。 たしかに以前、批評、あるいは思想が、文学を殺すと書いたことがある。だが、それは、むしろ歴史的に不可避なのであって、たんに否定すべきものではな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>書評は必要である。また、真に生産的なものとは、まずもって良質の書評から始まる。</p>
<p>たしかに以前、批評、あるいは思想が、文学を殺すと書いたことがある。だが、それは、むしろ歴史的に不可避なのであって、たんに否定すべきものではない。世界とは、世界の解釈である。このことは、オリジナルがすでにコピーであることを意味する。しかし、では、まったくのオリジナルがないかと言えば、そういうわけでもない。むしろ、コピーとコピーのあいだに、オリジナルが存在する。近代小説の“祖”と呼ばれるセルバンテスの『ドン・キホーテ』（1605,1615）をみよ。あの作品は、騎士物語――中世のロマンスに対する批評であり、物語批判である。日本文学史上最初の小説と認められる紫式部の『源氏物語』をみよ。あの作品は、漢文の素養を完璧に身につけていた作者による、漢文学の批判を含んでいるのであり、またそのゆえにこそ、「小説」と呼ばれるにたる作品なのである。歴史が、過去の人々の文献に対する応答（response）によって形作られるように、文学は、その正当な応答である書評によってこそ、生み出され、形成されてきたのである。書評＝応答（response）とは、文字通り、現在を生きる人々の責任（responsibility）なのである。</p>
<p>なぜ、文学は批評形式をもつのか。それは、“神の死”と密接に関わりあっている。レパントの海戦で活躍したセルバンテスの時代は、もちろん、同時にジョルダノ・ブルーノによって『無限、宇宙および諸世界について』（1584）が書かれた時代でもある。ヨーロッパが世界の中心ではなく、地球が宇宙の中心でもない。自らの行為を保証していた中世の《神＝君主》は死につつあったのである。当然、そこでは、作品は神によって保証されず、閉じられもしない。「I&#8217;m happy.」という言表を暗黙に保証していた主体＝君主としての《神》は死滅し、「I say (that) I&#8217;m happy.」、すなわち超越論的な自己が主体＝臣民として自らの行為を保証する時代が到来した。万人の多様な解釈に向けて、作品が開示されたのである。当然、言葉は意味作用（シニフィカシオン）のなかにあって、絶対的な意味を保証されず、人間が自ら浮遊する意味を一義的に定義する必要性が生じる。それが、批評である。近代文学は、その誕生ならざる誕生――オリジナルがコピーであるという意味では――から、批評を必要としたのである。</p>
<p>もちろん、一義的に定義するといっても、それは神的な絶対性を帯びることはない。意味の定義は、つねに、作者と読者の美学上の趣味判断によってなされざるをえない。個人的で特殊なものでしかありえない趣味判断を普遍的なものにするために、批評がなされるのであり、また同時に、それが、新たな主体化の場としての作品の基盤となるのである。言うなれば、この無限の主体化のプロセスこそが、《近代》であった。「I say that I say that I say that&#8230;.I&#8217;m happy.」。「「「「わたしは幸せだ」とわたしは言う」、とわたしは言う」、とわたしは言う」・・・とわたしは言う。こうして、《近代》は《作者》を生み、あの豊饒な文学作品を生んだのである。</p>
<p>それでは、なぜ、批評が文学を殺すのか。批評、それも優れた批評は、たしかに、万人に開示された多様な可能性をもちうる作品を一義的に閉じる役割をはたすかに見える。そこでは批評が作品の可能性を奪っているように見えるかもしれない。だが、それは一時的なものでしかない。優れた作品は、時代を超え、またさらなる可能性を生む。シェイクスピアやゲーテ、あるいは古代ギリシアのソフォクレスがそうであるように、彼らの作品は時代に応じてさまざまな形をとりながら、幾度も復活してきた。もし、一度の批評でその作品が閉じてしまったとすれば、それは作品がそもそも限界をもっていただけの話である。批評がその力だけで作品の可能性を永遠に閉じてしまうことはありえないのである。むしろ、狭義の優れた批評とは、一義的に方向付けられ、整流されつつある作品の新たな可能性の開示であると言えよう。セルバンテスが『ドン・キホーテ』において行ったことは、死滅しつつあった騎士物語の別の可能性の開示なのである。だが、一方で、２０世紀に入って、カフカやジョイス、あるいはロブ＝グリエに代表されるヌーヴォー・ロマンにいたり、そういった無限の主体化を含む、言い換えれば批評をそのうちに内包する小説の形式そのものを問いに付すような文学が現れた。このとき、彼らが疑問に付しているのはなによりも《作者》である。ロラン・バルトが明らかにして以来、こうして《作者》は死に、批評家が生き残る。《作者》が一方的な被害者でないのは明らかだろう。むしろ、自己批判による自殺と言うべきである。批評家はニーチェの言う“最後の人間”として登場する。“最後の人間”は、たしかに文学の死滅を宣告し、猟場を失って自ら滅ぶ。フーコーの言う、たかだか近代以降の発明に過ぎない《人間》の死と同様に、《文学》はこうして死滅するのである。だが、断っておけば、それに伴って訪れる空白は時間的にも比喩的な意味でも刹那的なものである。死滅した《人間》が、みずからを《作者》として転生させるのだ。ニーチェの言う超人は、すでに登場している。彼らは《作者》と批評家の完全な融合体として登場しているはずである。そのことを証明するのは、おそらく、ソクラテス＝プラトンである。彼らは複数であり、かつ、融合体である。したがって超人である。</p>
<p>書評を否定して中世に戻るなどナンセンスである。言葉のあらゆる意味において、書評が「不毛」などということはありえない。むしろ、書評こそが、豊かな《文学》の苗床なのである。</p>
<h2>（補）</h2>
<ul>
<li>「優れた作品だけが作品である」という言い方は真か否か――？　作品は、読まれなくても存在するが、同時に、読まれなければ存在しない。これは、合理主義と経験主義のアンチノミーである。このアンチノミーを解決するためには、作品が、優れていればよい。優れた作品は、優れているがゆえに読まれるからである。読まれない優れた作品という言い方は、虚偽なのである。したがって、条件付ながら、「優れた作品だけが作品である」という言い方は真である。</li>
</ul>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/375.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>歴史の方法</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/history/120.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/history/120.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 03 May 2002 05:06:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[history]]></category>
		<category><![CDATA[erewhon]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[Oscar Wilde]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=120</guid>
		<description><![CDATA[オスカー・ワイルドは言っている。「けっして起こらなかったことを正確に記述するのが、歴史家の仕事である」と。ＪＬＧの作品にも引用されていたこの言葉は、いかように解釈されるべきなのだろうか。 歴史家は、その探求の対象に、前期 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>オスカー・ワイルドは言っている。「けっして起こらなかったことを正確に記述するのが、歴史家の仕事である」と。ＪＬＧの作品にも引用されていたこの言葉は、いかように解釈されるべきなのだろうか。</p>
<p>歴史家は、その探求の対象に、前期だとか後期だとか、中世だとか近代だとか、とかく分割線を引きたがる。この分割線は、視覚が物体に与える輪郭と同様、彼の結論を導くある種の仮象でしかないのだが、いつのまにか、対象そのものがそのように分割されているかのような錯覚を与えるようになる。別の歴史家はこれに反論して、また別の分割線を主張する。こうなってしまったときには、もはや議論は泥沼になっている場合が多い。おおむね、これらの分割は、近代的な時間軸がもたらす進化論あるいは退化論的な時系列順を暗黙に前提していることが多いのも問題である。</p>
<p>たとえば、ある文学史家が、ある作家Ｘを、その作品によって、前期だとか、後期だとかに分割するとしよう。その背後には、人間関係の軋轢や、経済状況の変化、あるいは政治状況の変転があり、それが彼の作品に反映される……。このようにして引かれる分割線を、しかし、全否定することはできない。というのも、確かに、たとえあるひとりの人物（ここでは「ある作家Ｘ」）が対象になっている場合でも、絶対的な単純性を要求することができない複数の要素の集合である以上、対象は不可避的に分割されねばならないから、ということもある。だが、それにもまして、全否定できない理由になっているのは、逆説的だが、複数の要素の集合である対象を明確に分割することが、そもそもほとんど不可能だからである。仮にそのような分割を受け入れるとしても、おそらくはほとんどのケースで、一方の要素に他方の要素が入り混じっているのは当然である。分割は、奇跡的な確率でしか、対象とは一致しないのであり、したがって、分割そのものを、当の分割のみでもって批判することは、ほとんど無意味であり不毛なのである。前述の、かぎりなくゼロパーセントに近い奇跡的な一致をみる場合を除けば、およそ対象の分割は、あくまで結論をみちびく仮象として、あるいは手段としてのみ認められているのであって、対象そのものが分割されているのではけっしてない。つまり、一般に問われなければならないのは、その分割線によって、対象をどのような姿かたちで表現しようとしているかにある。</p>
<p>本来、分割は、極力避けられなければならない。対象自らが自らを完全に分割していないかぎり（ほとんどありえないことだが）、それは越権行為である。そもそも分割する者は、対象を完全に把握することを放棄しているがゆえにそのような分割が可能になっているのである。しかし、じつは対象を完全に把握できるという考え自体がすでに越権行為なのであり、したがって、分割は、いわば、そのような傲慢に対する抑制としてある。その分割が不可避的に対象を変形してしまうとしても、ひとは、このような分割なしに対象を把握することはできない。したがって、われわれは、一度は倫理的要請から対象のまったき把握が試みられたあとで、対象の変形を美学的判断（趣味判断）を通して受け入れるほかないのである<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。</p>
<p>たとえば絵画の場合を考えてみてもいいが、絵画は、まず、自然の模倣（ミメーシス）として現れる。そのようなミメーシスによって、対象がそっくりそのまま再生することはおよそありえないことだが、しかし、ミメーシスは、いわば倫理として要請されるのであって、美的判断を問われる以前に必ず通過する審級なのである。ピカソのキュービズム的な絵画を三歳の子供が書いたとしても評価されえないのはそのためである。</p>
<p>しかし、たとえ分割そのものは否定しえないにしても、まっさきに疑ってかからねばならないのも、またこの分割であることは瞭然であろう。分割は、そもそも対象を把握するための仮象でしかないのだから。したがって、もしある歴史家が、他の歴史家の分割をそっくり無批判に受け入れるのなら、その結論は、同じではないにしても似通ったものにならざるをえないだろう。</p>
<p>分割線は引かれない方がよい。しかし、それでも分割線が引かれざるをえないのだとするなら、分割者自らが吟味した最少のそれが引かれるべきである。これが歴史学の方法である。つまり、冒頭のワイルドの言葉（「けっして起こらなかったことを正確に記述するのが歴史家の仕事である」…）は、このように解釈することができる。「歴史家」という用語が倫理を保ちうるかぎりで、歴史家は「けっして起こらなかったことを記述する」しかなく、美学的見地からこのことを最大限に活用するほかない、というわけだ。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>しかし……。</p>
<p>この手の通俗カント主義的な歴史学はおもしろくないし、実際には、問われねばならない部分をまだ残している。この時点では、まだ、よく言って超越論的な段階にとどまっているのである。確かに、分割は、ほとんどの場合、仮象としてしか存在しない。しかし、この分割が、文字どおり画期（エポック）として、いわば時代の雰囲気――物自体として存在している可能性はないのか。近代的な時間軸や、あるいは中世キリスト教的終末観とは無関係に、画期は必ず存在している。ニーチェの言うような、生成変化として。</p>
<p>われわれは、歴史家が歴史（対象）に対して引く分割線を、最終的には美学的判断によって考慮せざるをえない。ローマ共和政を樹立した最初のブルータスや、ローマ帝政への道を拓いたカエサルは、どちらがより分割線としてふさわしいのか、結局は美学的に判断するほかないのである。それならば、この美学的判断そのものを可能にしている公準を問うことはできないのだろうか。われわれの美学的判断は、まさに、今日の時代の雰囲気というものに左右されている。時代の雰囲気とは、つまり、ベンヤミンが言うような、流行のことだ。流行と言っても、たとえば、意味や国境を可能なかぎり捨象したり、二項対立や単線的な進化論をしりぞけ共存可能な生を探求したりするような、あの今日的な流行のことではない。意識可能な流行など、トマス・クーンの言う、パラダイムチェンジとして説明できるようなものでしかなく、それらは結局、仮象にとどまっている。わたしの言う流行とは、流行の中心にいる、というよりはいざるをえない個人がそれと感じることができない、徹頭徹尾、無意識的なものだ。したがって、この《流行》について言及しているテクストはいっさい存在しない。なぜなら、それを把握している同時代人は存在しないからである。だが、しかし、《流行》は確実にテクストのなかに存在している。書かれてはいない、だが、書かれている。それは、いわば、それ自体不均衡であるようなテクストが内包する差異が、残余として、無限に反復されることによって織りなされる動的な安定状態、すなわち《イデア》として現れる。この、諸テクストの差異とその反復が織りなす《流行》が、「あるとき」を境に変換するとしたらどうだろうか。この「あるとき」とは、ドゥルーズがサミュエル・バトラーから借用した用語で言えば、エレフォンerewhonである。いまここ（now here）として人々の目の前にありながら、けっして認識されることのないエレフォン。「未見にして未聞の、このうえなく発狂した概念創造の企て」としての経験論。その変換を生み出した同時代人ですら知りえないその当の変換の瞬間（エポック）を把握することは、つねに歴史家に、それも真の歴史家に残された仕事なのである。たとえば、ミシェル・フーコーの仕事を見ればよい。彼が網羅的に――と言っても、いつも擬勢にとどまっているような結果から見られた網羅ではなく、あくまで生成変化によりそうものとしての――エピステーメー（認識論的布置）として取り出したそれは、まさにそのような《流行》であり、その変換の瞬間である<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>。</p>
<p>エレフォン――歴史の亀裂に生じた襞を押し広げるようにして、亀裂に棲息する者が知る由もない時代の息吹を受けとり、救い出す者。それが歴史家である。いまや、冒頭のワイルドの言葉は正確に理解することができる。「歴史家の仕事」とは、「けっして起こらなかったこと」――しかし、それは真実でありうる――「を正確に記述すること」なのである。</p>
<p>すべての大人は、子供たちに、そのような歴史家たることを期待している。大人がけっして知ることができなかった真実を、子供たちは知ることができるし、そして、知っているはずなのだ。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a name="n01" href="#p01">(1)</a> たとえば、フェルナン・ブローデルの『地中海』は、そのような試みの最良の作品のひとつであろう。ご存知のように、そこでは、歴史学において自明とみなされてきた中世や近代、あるいはもっと狭苦しい分割線は、ほとんど前提になっていない。</li>
<li class="note"><a name="n02" href="#p02">(2)</a> フーコーは、その著作『言葉と物』において、たとえば、カントを、古典主義時代と近代をつなぐ蝶番として、歴史的に相対化したわけだが、もちろん、彼は、カントの同時代に、二つの時代にある二つのエピステーメーのあいだの変換の瞬間と並行してフランス革命があったことを念頭に置いているはずである。だが、そのことは指摘せず、ただ、テクストの記述のみを対象に変換の瞬間を明らかにしている。いや、というよりも、フーコーの意図を汲み取るなら、このように言うべきだろう。そのような諸テクストの記述――すなわちエピステーメー――の総体的な変換とフランス革命は、彼の書物の中で、まさに同時並行的に起こっているのである。フーコーは、同書でこう言っていた。「ある文化のある時点においては、つねにただひとつの≪エピステーメー≫があるにすぎず、それがあらゆる知の成立条件を規定する」。多くの歴史学者が疑問に付したこの記述は、フーコーが、《網羅》という概念を、生成変化によりそう、エピステーメーの成立の条件として見ていたことを暗示している。</li>
</ul>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/history/120.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

