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	<title>ex-signe &#187; Benjamin</title>
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		<title>星座の貌をした歴史学</title>
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		<pubDate>Thu, 25 Aug 2011 12:42:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[history]]></category>
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		<description><![CDATA[歴史が《星座》の貌をしていることを発見したのはヴァルター・ベンヤミンである。イマニュエル・カント以来、言葉と言葉とをつなげることのうちに、多くの近代の歴史学者は因果律を見いだしていた。だが、それを因果律と呼ぶのはすこし行 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>歴史が《星座》の貌をしていることを発見したのはヴァルター・ベンヤミンである。イマニュエル・カント以来、言葉と言葉とをつなげることのうちに、多くの近代の歴史学者は因果律を見いだしていた。だが、それを因果律と呼ぶのはすこし行き過ぎだったのではないか。むしろ、星と星とをつなぐことで星座が生まれるようにして、歴史は生まれているのではないか。学芸の神アポロンのもとに集う九人の女神ムーサたちのうちに、歴史を司るクレイオと天文学を司るウラニアとがいたが、それは、現代人が忘れた、人文学のもっていた不思議な血縁関係である。</p>
<p>《星座》は、広大という言葉が陳腐に聞こえる大宇宙のなかの極微の一点、すなわち地球という星からみた天空に描かれた絵画であり、刹那の真理である。天空の星々には明るいものもあり暗いものもある。遠いものもあり近いものもある。大きなものも小さなものもある。同じ星が別の星座を構成するかと思えば、別の星が同じ星座のなかに組み入れられることもある。天空を平面に見立て、星々が表現している輝きと奥行きを、まるで山や谷を地図に書き起こすように、ひとは《星座》を描いている。暗いものが暗いとはかぎらず、明るいものが明るいとはかぎらない。ただわれわれは、永久の宇宙の時間からすれば刹那にすぎぬ天空が表現している星の見かけの明るさにしたがって、おのおのの立ち位置から星座を描いている。星の見かけの明るさは、いわば人間の抱く《価値》と同義である。《価値》はただの主観ではない。星々の見かけの明るさもまた、ひとつの真理である。科学的にいってアルデバランがデネブに比べれば暗いと知ったところで、ゼウスの化けた雄牛の右目として、この星がわれわれに果たしてきた歴史が変わるわけではない。しかし、月明かりに消え入るあの小さく暗い星は、本当は明るいのかもしれず、夜空に煌煌と輝くあの星は明日には死を迎えるかもしれない。そういう可能性は、星座が隠し持っている厚みであり奥行きであり高さである。星座の、ひとから隠されている不思議な垂直性は、ひとをして、天空の外側にひろがる「崇高」（ロンギノス）な世界をさえ思考させる。そんな途方もない力を、この概念はもっている。</p>
<p>ひとの《言葉》もまた同じように、木を削り石に刻まれ紙に書かれて、星座を形作っている。同じ星が別の国では別の星座に組み込まれるように、同じ言葉は別の時に置かれて別の価値を表現する。ヘーゲルのいう民族中心主義的な世界史は、２０世紀、戦車の号砲と無差別爆撃の爆音と民衆の悲鳴のなかに置かれて、光を吸収する悪魔のような不吉な闇になった。詩人を排斥した哲学者の王プラトンは２０世紀の終わりには、西欧中心主義者の列に加えられて別の忌まわしい星座を形成するようになった。彗星のごときニーチェはいまだに星座をなすに至らず孤独なままであり、いまではカントはひとの思考を天空のこちら側に厳格に縛める北極星のようである。テクスト中心主義者は、星がテクストの外部で別の星座を形作ることを認めず、ただ解釈のうちにテクストを補強し肥大化させる以外のことを自らに許さない。だが、同じテクストがまったく異なる価値を体現しうることがある。同じ言葉が真逆の価値をもつことさえある。それは、本当は明るい星が、まったく真逆の暗い星とみなされ、ひとつの星座のうちに描かれることによく似ている。</p>
<p>しかしにもかかわらず、星は星座を自らの運命として、それ以外の姿をわれわれに見せることはない。北斗七星は運命のようにわれわれの天空に輝き、それ以外の姿を見せることはなかった。オリオンは人類にずっとオリオンの姿を見せていたし、昴はずっと仲のよい姉妹だった。これからもずっとそうでありつづけるだろう。もちろん、万に一つの可能性に賭けて、この運命に抗うことができるのを、われわれは知っている。声が宙空に消え去るように、星もまたいつかは死ぬ。しかし、偶然を掛け合わせて生まれたこの刹那の星座たちが、運命として地球と人類の前にあらわれていることも、われわれは知っている。われわれの《言葉》もまた、そのようなものであるだろう。同じ《言葉》が別の星座を体現することがあるとしても、にもかかわらずそれは運命として、われわれの前に、ひとつの星座なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《星座》とは、星と地上のあいだの距離と時の深さとが奏でる歌である。《言葉》もまた、現代という地上のあいだに、距離と時の深さとをもって、歌を奏でている。天空の奥深さのなかにある夜空の星々が、目に心地よいリズムをもっているように、時の深さのなかにある《言葉》もまた、耳に心地よいリズムをもっている。それは歴史と呼ばれる。夜空にさまざまな絵画を描いたギリシア人のように、現代の歴史学者もまた、時のうちにさまざまな絵画を描き、歴史家たらんとしている。しかし、この絵画がギリシア人たちの描いた星座ほどに、運命であるか。運命にまで高められているか。すなわち、《言葉》がもっとも美しく輝くだろう配置を、歴史のうちに描くことができているだろうか。</p>
<p>わたしが歴史家として、そして歴史の教育者としてつねに心がけているのは、そのことである。歴史のうちに星座を描くことであり、またそれを教えることである。星々のあいだに可能なもっとも美しい配置をつくり出すように、言葉を時のなかでもっとも美しい貌に配置することである。ドゥルーズとガタリは《アレンジメント》という概念を主張していたが、誤解されぬよう、それに付け加えねばならないのは、この概念がもたらす配置は《運命》にまで高められねばならないということである。天文学がひとの運命を星座のうちに描くように、歴史はひとの言葉を紡がねばならない。</p>
<p>歴史家を育てるとは、自分の言葉の見方、自分だけのものの見方を、運命にまで高める仕方を教えることである。右や左の政治的なものの見方を子どもたちに強制するのではなく、星々の配置においてもっとも美しく、内包する星の数（網羅性）と明るさからいってもっとも崇高な星座を描くことである。もっとも高いところ、もっとも深いところにある星々をも見通す知性と、そこまで昇ろうとする勇気と、そしてそれらを最高の調和のうちに描こうとする優しさを鍛えることである。</p>
<p>史料に対する偏った見方を禁じるのではない。そうした見方は、なにものからも中立であろうとする不可能な立場を強制することであり、したがってもっとも隠微な政治的見方を強制することである。そうした空虚な立場は、客観性と当事者性との不毛な対立を招き、偽の問題構成に子どもを追いやることになる。おのれの所属と立ち位置あるがゆえにはじめて可能となる《星座》を描くことは、それではできない。価値中立でも、形骸化した右や左の政治的立場を選ばせることでもなく（やはりそれも不毛な二項対立である）、おのれの判断にしたがって、おのれが美しいと思う言葉の配置を追究することである。</p>
<p>しかしもちろん、どれほど美しい星座であろうと、というかむしろ美しければ美しいだけ、星座は一部の星の輝きを奪ってしまうことがある。美はたえず背景をもつものだからである。星と星とをつなげるとき、同時につなげられなかった別の星が影のように生まれている。現代の歴史学者が組み込めなかった星の輝きを取り上げるのは、子どもたちである。だからいかに星座が運命にまで高められていようと、それによって歴史の営みに終止符が打たれることはない。捨てられる星があることも、星座の運命であり、そして捨てられる星があるからこそ、拾うべき星を見つけられるのである。</p>
<p>いずれにしても、歴史家の仕事は、人間が一番美しく輝くように、数多の出来事をつなぐ星座を考え出すことである。暗い星も明るい星も、清も濁も併せ呑みながら、それでも人間の美しく輝く星座を見つけ出すことができたなら、それはほとんど運命と同じ貌をしているだろう。人間の醜さを歴史に示すのは、相対的に簡単なことである。しかし、その場合、人間が醜いのか、それともその歴史学者の拵えた星座が醜いだけなのかには、注意を払わねばならない。おそらく、ほとんどの場合は後者で、人間をただ批判するだけの仕事は、人間の醜さと星座の醜さの区別のぼやけた場所で行なわれるものと断言してもいい。</p>
<p>ひとつひとつの星をみることも、もちろん大切なことである。だが、やはり歴史家の本当の仕事は、それらの星を美しい貌につなげることであり、そうするために、ひとつひとつの星をみるのでなければならない。星をみているうちに星座を見失っていないか。歴史は混雑したものという常識をおのれの星座の醜さと無意識のうちに混同していないか。言葉尻をとらえてそこから全体の批判に結びつけていくよりも、まずはその言葉が、あるひとつの星座のなかで、どのような位置を占めているのかを考えること。どのような運命によって、星座はその批判に値するような醜い星をとらえたのか。その星の醜さのおかげで、よけいに美しく輝く別の星はありはしないか。</p>
<p>必要なすべてのテクストが燃え尽きたとき、それでもひとびとの記憶を集めてふたたび星座を描くことができる。歴史という星座は、いつもそのようにして描かれてきた。だが、星をみるだけで満足していた歴史学者には、星座を描くことはできない。民衆が持ち寄った小さなそれよりずっと肥大化してはいても、星座に必要かどうかはわからぬ星をひとつ持ち寄るだけである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>近代日本で一番巨大で一番醜い星、ブラックホールのように光を吸い込んであたりに闇をもたらす星、すなわち《大東亜戦争》という侵略戦争を組み込みながら、なお日本人の美しさを示す星座は可能だろうか。それができたなら、日本の歴史は本当の意味で前に進むことができる。むろん、それは相当に困難な事業で、成功した歴史家は存在しない。挑戦しても、ふつうは戦争賛美か侵略戦争であったことの否定に墜ちるしかない。だから、美しい星座のためにこの醜い侵略戦争を黙殺するか、さもなければこれを受け容れつつ、当時の日本の歴史＝星座ごと批判する道がもっとも無難であり、それが今日まで行なわれてきたことである。だが、このやり方はいつまでも禍根を残す。この星は不吉な遊星のように漂いつづけ、おさまる場所（座＝運命）をもつことができない。</p>
<p>《世界大戦》という、史上もっとも醜悪な戦いによって反照的に生まれた《世界平和》の概念は、たしかに、前者の星を批判によって陰らせれば陰らせるほど、明るく輝く。しかし、それによって《世界平和》の星はいつも暗い星に付きまとわれることになるのだとしたら。《世界大戦》という星を葬り去るために、この星をとらえた《近代》という星座ごと葬り去るのか。それともこの星を《近代の未熟さ》という星座のうちに描き、より正しい近代を追い求めるのか。しかし重要なことは、どれほど醜い貌に星座を描こうと、人間の力で星を消すことはできないということである。不吉な星は天空で輝きつづける。《近代》という星座をいかに描くにせよ、それが《世界大戦》という星を葬り去るために作られた批判的な座であるかぎり、なんどそれを描いても、消えるのは醜く描かれた星座だけである。星はいつまでも残ってしまう。むしろ運命に等しい美しい星座のうちに、この不気味な星をとらえさせることができるなら。</p>
<p>星座を因果律と取り違えている。だから悲惨な歴史を生み出したネガティヴな原因をたどっていくことで、星そのものを葬ることができると考えてしまうのだろう。だが、ひとは歴史を星座として描く。どれほど醜い星座を描こうと、それによって星が葬られてしまうことはない。同じ種族同士で殺し合い、あまつさえおのれのたったひとつの住処である星をさえ破壊しようとするあまりにも醜い人間の姿を、歴史家はいかにして美しく描こうというのか。それは答えることの不可能な難問だろうか。星座を諦めて視界からあの暗い星を取り除け、ただ明るい星を愛でることしかできないのだろうか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>若い歴史学者たちよ、それでも君たちは歴史家たらんとするかぎり、星座を描くのだ。君たちはこの困難な問いに対する答えをずっと求めつづけるのだ、運命と、そして自由とを求めて。君たちが星を磨くとき、どのような星座を描くためにそうしているのか。永劫に等しい時間のなか、たえず変転する星々の配置のなかに、君たちはどのような刹那の星座を描こうとしているのか。君たちの歴史は、星座の貌をしているか。君たちの星座は人間の貌をしているか。</p>
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		<title>記憶と忘却の娘としての《技術》（スティグレールによせて）</title>
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		<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 17:09:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じている点でも、驚くほどよく似ている。その点で、わたしの思考もいっぱしに《同時代的》であるのだろう（逆にいうなら、日本の知識人たちは同時代的であろうとしているにもかかわらず、なんと迎合的で結局は時代と乖離していることか。同時代的に気のきいた批評をしていればそれで仕事をした気になっているひとたちと比べれば、「哲学」しようとしているスティグレールには心の底から共感する）。しかし、デリダの弟子という点をふまえるなら、デリダとなんの関係もないわたしの哲学は、それとは当然異なる方向性をもっている。昨日届いた『技術と時間１―エピメテウスの過失』を読んだだけの感想である。そして、微細なものでもある。だが、結局は決定的であるように思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレールは、哲学がいつも技術の存在を忘れてきたという。わたしもその点にはある程度賛成する。たとえば近代の哲学者、とりわけカントやヘーゲルの哲学は、文字と紙という記憶装置なしには、承服しかねる部分がある。しかし、すべての哲学がそうだったと考えるのはむずかしい。プラトンが、アナムネーシス（第一次想起）を重視し、ヒュポムネーシス（文字など外在的かつ人工的な記憶＝記録）を忘却の術と呼んで記憶術から退けたことはよく知られている。だが、スティグレールは、プラトンが最重要視していたアナムネーシスに〈先立って〉、より軽視していたと思われている外在化された記憶技術であるヒュポムネーシスが存在している、と指摘し、プラトンを批判的に脱構築していく。この議論は、音声に対する痕跡の優越を語ったデリダの批判的後継者の評判にたるものである。だが、わたしなら、すべてに先立つのは、技術というよりは《忘却》であるというだろう。外在的な記憶術を意味するヒュポムネーシスが、《忘却》の術と考えられるかぎりでのみ、技術はつねに有意義なのである。プロメテウスがひとに与えた技術の存在を忘却の底に沈めるといわれるエピメテウスは、しかしとりわけ希望の神でもある。私見によるなら、彼は、「欠失」でもなければ歴史意識を可能にするのでもない。むしろ彼が実現するのは《真空》であり、歴史意識の超越である。彼は、つねに自分の世代を第一世代だと考えるきわめて動物に近い男であり、ゼウスによって自身に与えられる無限の懲罰の結果を先んじて知っているプロメテウス的悲劇とは無縁のアンチ・オイディプス的な男でもある。</p>
<p>プロメテウスが与えた炎＝《技術》とは、端的に記憶であると、スティグレールはいう。しかし、わたしなら、もっと端的に、記憶であると同時に忘却である、というだろう。プロメテウスとエピメテウスの関係は、ひとが思っているよりも、そしてスティグレールが思っているよりも（というのも、彼においてエピメテウスは、プロメテウスを補完するにすぎない）、もっと苛烈に一体化している。この兄弟には、ひとかたならぬ、尋常ならざる友愛の絆が感じられる。この両者が不思議に一体化しているときにのみ、技術は真の有用性をもつ。実際、わたしは、記憶と忘却とを区別する術を知らない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえばこういうことだ。技術には、つねにこういう特性がある――すなわち、一回限りで消え去るものを、《再現》可能にするときに現われるのが技術である。木切れが炎を起こす技術になるとき、この木切れには炎が起きたという一回限りの出来事の記憶が詰め込まれている。技術としての木切れの使用とは、出来事（炎）を再現可能なものにする、ということである。この場合、技術は記憶を再現するものであって、〈炎を燃焼させるのではない〉。そこでの炎の燃焼は、出来事そのものではなく、木切れの能力の再認（レコグニション）、再現前化（リプレゼンテーション）である。徹頭徹尾、技術は《複製》を司っている<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。木切れは、たしかに、炎を起すための文字――炎という出来事の記憶装置である。</p>
<p>しかし、重要なことは、次の点である。記憶の再現としての技術の使用には、結局は《二つの忘却》が紛れもなく存在している、ということである。木切れが、炎を起こす道具として使用されるとき、かつてなんらかの偶然で炎が燃焼したという出来事を、ひとはすでに忘れている。要するに、炎が再現可能なものとなるとき、かつての炎の一回性は、つねに‐すでに忘却されている。これがひとつめの忘却である。</p>
<p>ふたつめの忘却は、ひとつめの忘却を意識したときに（つまり思い出したときに）はじめて忘れられるものである。つまり、意図的に燃焼させられた当の炎は、かつて自分が何らかの理由で偶然に燃焼させられたことを、すでに忘れている、ということだ。要するに、炎は、木切れにひとが封じ込めた記憶を《再現》したのではない。そういう考えはアポロンの神託に苦しむオイディプス的人間の隠れた傲慢であって、たんに燃えている、まったく新しい炎である。同じ木切れを使用して二つの炎が生まれたとしても、両者は決定的に異なっている。だからヘラクレイトスはこう言った。「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>したがって、スティグレールの指摘の正当性は、いまのところわたしには半面的なものにしかみえない。たしかに、ヒュポムネーシスがアナムネーシスに先立ってある、という言い方で、彼は過去の炎の一回性が忘却されていることを指摘した。しかし、その指摘は、原理的にいって、かえって現にいまある炎の一回性を忘却させる。それゆえ、技術の使用は、たしかに記憶の再現であるが、同時にどう転んでも忘却を生みもする。だから再びヒュポムネーシス（複製）にアナムネーシス（オリジナル）を先立たせねばならない。たとえばスティグレールは、別の本で、ソクラテスが少年奴隷に幾何学の問題を解かせる際の身ぶりに注目している。というのも、ソクラテスは、《想起》を示す際に、砂の上に図形を〈書く〉からである。ここに、彼は声に先立つ文字＝技術の優位をみる。だが、わたしにとって重要なことは、それが〈砂の上〉に書かれたということである。声と文字は、媒体に対する定着性（空気の振動であってついに定着が困難なのか、それとも、紙や石版などに定着するのか）によって差異化される。現にある机などの表象よりも、いまここにない「机というもの」という《イデア》が重視されるプラトン哲学において、なんらかの図形が現在に定着した表象によって説明されることがあってはならない。その点で、図形を消し去ることのできる〈砂の上〉でなければならなかった。砂上に《痕跡》など残らないのはいうまでもない――というか、砂上とは、痕跡を残さないものの謂いである。現在を汚染する痕跡に対して、現在から遠ざかり消滅する声が、外在的記憶装置とされる文字に対して忘却が、ふたたび優位に立つのである。技術は、その前と後ろとをつねに忘却によって挟まれている。そのかぎりではじめて、記憶も技術もそれとして機能する。技術にとって、プロメテウスとエピメテウスは一体である。記憶を司る技術を、ひとは忘却なしに使用することができない。ソクラテス‐プラトンが指摘しようとしているのは、そのことであると考えなければならない。</p>
<p>してみると、問題は、内在的な記憶であるいわゆる《記憶》に対して、《技術》を《外在的な記憶》として立てるだけでは終わらないことがわかる。前者を《自然》と呼び、後者を《文化》と呼ぶことがあるが、両者を対立させているかぎり問題が解決しないのと同じことである。技術を記憶の側面から読み込みすぎるのはよくない。《記憶》と《技術》は、一次的か、二次的かという違いはあるにせよ、いずれも記憶であるが、しかも同時に忘却でもある。そのことのほうがずっと大きな問題である。オリジナル（もっとベンヤミン風に根源というべきか）にこだわるかぎり、完全に同じものの《再現》は、原理上、ありえないことである。つまり、その《再現》は、つねに差異を、つまり忘却を含んでいる。記憶は、忘却なしには成立しない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、上記の問題は、スティグレールを離れて次のように展開できる。忘却は、より積極的な言い方で、《想像力》と呼ぶことができる――そのため、記憶、忘却、想像の三つの様態は、なにかひとつの力を別の角度から論じたものにすぎないようにみえる、ということである。ひとは、まったくの《無》から、なんらかの表象を想像（創造）することなど絶対にできない。きわめて想像的な、まったく現実と乖離してみえる架空の表象であっても、それはつねに、よく知られている表象の対位法的な組み合わせの産物である。スフィンクスしかり、シレノスしかり、ドラゴンしかり……。ここに記憶が介在していない、ということはありえないし、当然、そうであるからには忘却も介在している。とくにここには、おそらくは意図的な忘却があって、忘却を悪意をもって使用しているかぎり、ファンシーなものにしかならないが、だからといって、かぎりなく学問的な見地から（つまり記憶に忠実に）表象の復原を目ざしたとしても、そこには少なからぬ忘却と想像とが紛れ込むだろう。したがって、それらの差異は、真（オリジナル）を目ざそうとする意志や態度にかかってくるし、そのかぎりでのみ、美は実現されると考えたほうがよいだろう。ともあれ、記憶・忘却・想像力は、結局はひとつのものであるし、学問と芸術は、むしろ一体であるべきものとして考えたほうがよいのではないか。</p>
<p>とするなら、疑問は次の点にある。なぜ、いかにして、そしてどのような権利でもって、カントは、感性と悟性とを分割したのか、ということである。感性には想像力が、悟性には記憶力（カテゴリー）が用意されている。この両者をひとつにすることが、《総合》であり、《認識cognitio》であるといわれる。しかも、カントにおいて、結局、想像力は記憶力に従属するのであり、総合はカテゴリーにもとづいて行なわれる、といわれる（だから認識はつねにre-cognitioである）。いずれにしても、総合が行なわれるというのなら、前もってその分割が、すなわち記憶力と想像力の分割が用意されていなければならない。しかし、この諸力を厳密に考えれば考えるほど、分割はますます不可能になっていく。はたして記憶力と想像力とは分割可能なのだろうか？　カントは、かの純粋悟性の〈演繹〉にどうやって成功したのだろうか？　カントの哲学に従う、とは、要するに、この分割を無条件に受け容れることではないのか？　演繹を命令と受けとることではないのか？　悟性などを立てるから、「考えることだけは可能な」ヌーメノンたる《物自体》などが必要になってしまうのではないのか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>オリンポス山を彩る主要な神々のうちのひとり、ポイボス・アポロンは、学問の神であると同時に、芸術の神でもあった。もちろん、二つの属性をもっていたのではない。フーコー風にいえば、たんに、古代において、それらを分割する知の規準（エピステーメー）がなかったということである。記憶の女神、ムネモシュネとゼウスの娘であるムーサの女神たちを主宰したのは彼である。九人のムーサの名をあげておこう。『神統記』によるなら、叙事詩を司るは第一等のカリオペ。歴史を司るクレイオ。抒情詩を司るエウテルペ。喜劇を司るタレイア。メルポメネは悲劇を司る。テルプシコラは合唱や舞踏を司り、エラトは独唱歌を司る。ポリュムニアは物語を、ウラニアは天文（占星術）を司る。学問と芸術が、記憶と想像が複雑に絡み合った古代世界。こうした古代世界に住まうプラトンたちが、《想起》を、たんに近代的な意味での「記憶」にまつわるものとだけみなしていたと考えるのは、困難である。ソクラテスにイデアを語らせるときでも、プラトンは、いつもそこに忘却を指摘している。かの『国家』は、忘却の逸話によって、終わることなく閉じられるのだ。彼らの忘却への配慮を感じないでいるのは、むずかしい。実際、まったく同じものの再現など不可能なのだから、ホメロスの歌う〈迫真の〉トロイア戦争を、ついには〈迫真にとどまる〉歴史学の語るトロイア戦争と区別するなど、できようはずもない。異なるスタイルがある、それによって別の姉妹があてがわれる、というだけのことである。</p>
<p>ともあれ、カントの演繹がたんに彼の命令であるなら、われわれは逆にそれに従わない権利もあるわけだ。しかし、近代において、悟性と感性とを分割するカントの議論は、あまりに説得的に響いた。芸術を都合よく排除し、というかむしろ芸術学科のなかに閉じ込めてしまった今日の学問の姿勢をみるかぎり、カントの議論は時代に対するそれなりの正当性をもっていたのだろう。芸術からその母たる記憶の力（ムネモシュネ）を奪い、想像力の世界に押し込めた今日の芸術において、程度の低い対位法を駆使した架空の表象が溢れかえるばかりである。文学だけが、学問の世界にも身を置くことを許されたが、「終焉」という言葉で虐殺をはかる連中によって、息の根を止められかかっている。</p>
<p>カント哲学にここまでの制覇を可能にしたのは、近代の技術――活字印刷術と、製紙技術である（だからいたずらにカントを責めるべきではない、カントにはもっと別の課題があった）。さらに相次いで生まれたカメラや映写機などの記録技術は、おそらく、同じものの再現が可能であると、ひとに信じ込ませるにたるものだったのだろう。同じものの再現が可能であるなら、記憶力と想像力は、たやすく分割することができる。悟性の演繹など必要のないほどに、書き付けたとたんに言葉が現在に定着し、同じものを再現しつづける不可解な力をもった紙が、溢れかえっていたのである（ベンヤミンは、これを地獄の現在としてのモダンといった）。かくして、記憶と忘却は、対立するものとなる。カリオペたちと並んでムネモシュネの娘であった、歴史を司るクレイオは、気づけばほかの姉妹を追放し、母を独占するに至った。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は技術だろうか？　むろん、ひとは技術をしっかりと握っていなければならない。だが、技術に対して過度に焦点をあわせるのもよくない。たしかに、悪い技術というものも存在する。とりわけ、それは《模倣の模倣》を司る技術である。すでに模倣されたものは、原理的にいって、そっくりそのまま模倣されうると、みなされてしまいやすいからである（プラトンがいった悪しき芸術はこうした技術にもとづくものであり、これらは、オリジナルへの意志を欠いたところに成立している）。とはいえ、技術を用いるのは人間だけではないし、だからそれを使用する側の問題のほうがはるかに大きいのはいうまでもないことである。おそらく技術それ自体は、《自然》に属する。そうでなくても、自然か人工かは決定材料に乏しいし、そこに問題の焦点をもっていくことに生産性があるとは思えない。かまどの炎――それは人工的な炎であろう――にも神の姿をみたヘラクレイトスは言った、「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。先にみたように、技術にもまた、古代世界の思考同様に、忘却の力は生きていた（わたしはそのことを証明したと信じる）。問題は、技術に与えたひとの同意、すなわち技術とはもっぱら記憶のみを司るなどという、暗黙か自覚してかは知れぬあやしげな同意のほうなのではないだろうか。はたして、あなたの証明写真は、あなたと同じものを再現しているだろうか？　磁気テープやディスクに録音された声は、本当にあなたの声だろうか？　むしろ、これらの技術は、あなたの顔や声の表情や色彩を、つまり一連の変化そのものを、つまりただ一度かぎりの《出来事》を、撮（つか）もうとしているのではないのか？　技術もまた、忘却を――エピメテウスあるいはその娘のピュラを伴侶として、さらなる差異を加速させるものだと考えてはいけないのだろうか？</p>
<p>文字も同じことである。そこにあるのは、同じものの再現などではなく、日々変化する色彩に満ちた表情なのである（だからこそ、アートとしてのカメラがあると同様に歴史と小説が両立するのだ）。書くという行為には、表情の追究、《スタイル》の追究がなければ、かならず堕落する。事実だけを報道しようとする歴史は、結局は、同じものを伝え、すくなくとも同じものを伝えようとする「情報」へと堕落していく。そこには、《誰がそれを言っているのか》という視点は欠落しているし、欠落していることが望ましいとされる。技術がひとを追い越すにまかせ、生活が時間を実現するのではなく、生活のほうが時間を追いかけはじめる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、歴史は想像力を欠いているし、芸術は記憶力を欠いている。なのに芸術は想像力のことばかり気にしているし、歴史は記憶のことばかり気にかけているというのは、空しいかぎりである。どちらか一方を唱えてもまるで無駄なことだ。かつて起こったことだけが繰り返される、プロメテウス的悲劇に捕えられた空しい事実ばかりがあふれかえる今日にあって、なにより欠けているのは、〈忘却〉なのだ……。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」（1935-6）におけるアウラの議論はことのほか有名だが、ここでは、この概念はまだそこまで深まりを見せていないように思われる。というのも、ベンヤミンの議論に忠実にこの概念を延長するなら、おそらくアウラは思い返されると同時に忘れられねばならないものだからである。つまり、二つの態度が〈連続的に〉行なわれねばならない。そうでなければ、たとえば《星座》の概念が意味をなさなくなる。</li>
</ul>
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		<title>ポストモダニストたち（２）――ヴァルター・ベンヤミン</title>
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		<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 20:30:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つまり武器を与えらたように思う。神秘主義ともいわれる彼のスタイルが、歴史を探究するに際していかに正当性をもっているか、ということを説明するのは、骨の折れる仕事である。思えば、一九世紀の実証主義者たちは、おぼろげで程度に差はあれ、正しくそのことを指摘していたものだった（打ち明け話をしておけば、ニーブールやミシュレといった一九世紀の実証史家を、昔はそれなりに愛していた。モムゼンなどよく読んだものだ）。いささか迂遠になるかもしれないが、記憶と忘却をテーマに、すこし込み入った話をしよう。ベンヤミンを読む際の序論になれば幸いであるが、本当のベンヤミン読みには、必要のない代物であるかもしれない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>かつて《記憶》は、イデアあるいはロゴスと呼ばれ、われわれの知の玉座に君臨していた。日々感覚してはいてもまったく秩序だっていない諸々の経験は、たんなる無価値の差異として与えられるだけである。それを秩序だったものとするのが、ロゴスであり、プラトンの言葉でより厳密にいえばイデアにほかならない。それは、ひとが《生まれながらにしてもっている記憶》である。ひとが、経験においては互いに異なる無数の諸個人を、《人間》と識別できるのは、ひとが前世から受け継いでいる《人間のイデア》を分有しているからである。ソクラテスによるなら、知の探究とは、こうした記憶を適切に《想起（アナムネーシス）》することと定義される。</p>
<p>輪廻転生を前提とする古代世界において、記憶が玉座に君臨するためには、逆説的なことだが、忘却が存在しなければならなかった。忘却なくして《想起》は不可能だからである（むろん、記憶することなしに忘却することも不可能である）。したがって、ソクラテスにおいて、忘却は、人間の条件である。冥界をさまよい帰還したエルの物語によって、ソクラテスが示唆しようとしているのは、世界の起源や終末には、たえず忘却が存在していることである。千年の賞罰期間を経てひとが現世に帰還するとき、かならず、一木一草さえ生えない焼けつくレーテーの野に流れる放念の河の水を飲む。この忘却があるからこそ、生は生を再生させることができる。したがって、ここに真の意味での滅びはない（「このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ……」）。というよりも、滅びとは、この忘却の謂いであって、無を意味しない。一種の真空を意味する。また忘却は、イデアを可能にするために、必要とされる（「われわれは《忘却の河》をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう……」）。だから起源（オリジナリティ）を可能にするのも、この忘却である。したがって、イデアは、ヘラクレイトスとパルメニデスのあいだで思考される――すなわち動（差異）のなかの不動（同一性）を実現する《運動としてのイデア》は、忘却と記憶のあいだを移行するものである。そこには、つねに差異が孕まれていて、記憶のなかには、近代のひとびとが想像力と呼ぶものが、幾分か折りたたまれて共存している。記憶と忘却が一体である度合いは、そのまま、記憶力と想像力との一体性を示す。それらが一体のものである以上、イデアの運動は、同一性の運動ではなく、類似性の運動でもある。</p>
<p>行為としての忘却とは、行為がかつてもっていた意味（意識）を捨て去ることである。だが、それによってのみ、行為は行為となることができる（忘却がなければ、それはつねに‐すでに、行為というより再認リコグニションである）。その行為は、行為であるがゆえに、ふたたび意味を回復する、すなわち記憶となる。したがって、はじまりには、たえず言葉が、しかも意味（対象）を失った言葉――《嘘》（構造主義の言葉でいえば、「浮遊するシニフィアン」）が存在する。これがしばらくして意味を回復すると信じられるかぎりで、予言と呼ばれ知と呼ばれる。神託を授ける知の神アポロンが遠矢の神と呼ばれた所以もここにあるし、ニーチェがアポロンをディオニュソスの遅延だと呼んだ理由もある。アポロンの遠矢が描く痕跡をたどっているかぎり、それは意味に先行されており、したがって、ひとは行為することができない。オイディプスが、父を殺し母と寝た、と言いうるとすれば、彼が神託を忘却していたかぎりであって、神託を記憶していたのなら、彼が行為したのではなく、アポロンの指令にしたがっただけである。つまり、オイディプスという主語に父殺しと母との同衾を可能にするのも忘却だが、この神託から逃れることを可能にするのもまた忘却なのである。したがって、記憶と同様、忘却には、積極的なものと消極的なものの二つがあるが、記憶が行為を批判する（押し止める）という点において、消極的な積極性を有する場合があるのに対し、忘却は（善かれ悪しかれ）ひとに行為を促すものである<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>中世にいたっても、《記憶》は依然として、知の玉座に君臨している。神は記憶に住まう。アウグスティヌスが、神を自身の「広大無辺の」記憶のうちに探したのは有名な話だが、ひとは、神のロゴス、とりわけ天国と地獄のイメージを、《生来の記憶》として分有していると考えられた。そして天国と地獄の記憶痕跡が消えてしまわないように、たえずそれを補強しておくことが推奨された。「輪廻」（反復）のイメージを棄て、その代わりに「進歩procursus」（一回性）のイメージを選んだ中世において、忘却は不必要なものとなる。そこには、明確な起源と終末がある。起源と終末が忘却のうちにあるなどということはない。聖書に書かれたとおり、それらは神の記憶そのものである。ひとは、かつては自身が保有していた忘却を、神の記憶に預けてしまったのである。ソクラテスは、ヘルメス＝トトのもたらした《文字》を忘却の術に与するものとした。だが、中世において、文字はやはり、記憶の、それも神の記憶に与するものである。中世において、ヘルメス（・トリスメギストス）の重要性は測り知れない。なぜなら、世界とは、そのすべてが、神の記憶＝文字痕跡だったからである。</p>
<p>文字と、それを記憶する媒体がほとんど存在しない世界を想像してみよう。原理上、実証的な形で歴史的に証明することはできないが、記憶が知の玉座にあった前近代において、むしろ忘却はいたるところに転がっていたはずである。しかしそれらは、中世にはすべて神が、君主が、あるいは天が回収した。ひとはそれを《生来の記憶》と呼び、のちにフロイトによって《無意識》と呼ばれることになる概念に余地を与えていなかった。無意識の行為、すなわち忘却は、すべて神という主語が命じた行為であり、神の記憶の《再現》であった（フーコーのいう狂気の概念が、前近代には知の枠内に収まっていた理由はおそらくそこにある）。フロイトは、無意識は《時間》を超越しているといった。無意識において、記憶痕跡は、時間的秩序を有していないと考えられた。おそらくこの意見は正しいが、むしろそのゆえにおいてこそ、神の記憶は歴史を超越することができた。時間的秩序を逸脱しているということは、人間にとっては悪だが、逆に神においてはむしろ自由な能力を意味するからだ。これまで起こったこと、これから起こることすべてを事前に承知し、網羅する神の記憶において、歴史の価値はかえって極大に達している（前近代には「歴史」という観念は存在しなかった、などというべきではない）。なぜなら、人類の歴史はすべて神の記憶に委ねられているからであり、またそのかぎりで、歴史とは超越そのものを意味することになるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、事態は一変する。記憶は、近代において、ロゴスという名の知の玉座を降りてしまう。記憶（理性）と経験（感性）の差異を忘却（＝神の記憶）によって解消することがあまりにも困難になったからである。経験的な事実が記憶を上回る事態が頻発したとしても、忘却は、それを解消するよき手立てのひとつでありえた。経験がいくら記憶を上回ったとしても、それを埋め合わせするに充分の忘却が用意されていたし、またそれを神の記憶と呼ぶことで、さらに増大させることもしてきた。だが、忘却の余地はどんどん縮小していく。《紙》などの媒体の大量生産のためである。この媒体の増大によって、かつては制限されてきた記憶容量が、理念上、無限大に達したと考えられる（活字技術だけで、紙が大量生産されないかぎり、この理念上の転換は起きない。紙なしには、依然として記憶領域は経済的に限定されているからである）。暗黙のうちに、《模倣ミメーシス》は、《複製》へと意味を変える。記憶とその想起は、自己同一的なものの《再現》に変わる。かつてはどのみち差異（＝忘却）を孕むことが前提されざるをえなかった模倣や想起から、注意深く、一分の隙も許さない厳密さで、差異が取り除かれていく。なぜ、文字には、《同じもの》の再現が可能なのだろうか？　それは、文字が対象を模倣するのではなく、対象が文字を模倣させるように仕向けるからである――アポロンの神託さながらに。というのも、文字を読むわれわれにとっては、文字こそが世界だからである。そしてもっと重要なことは、文字を読む近代的人間は、同時に文字を書きもするからである。文字から文字へ、声という生の世界を差し挟まない、死の運動――これが歴史である。したがって、かつて、たとえばキケロを想起することが、かならず忘却を伴って行なわれたのに対し、近代における「キケロ」の想起は、同じ「キケロ」を再現representする〈とみなす〉。差異を実現してしまう想像力は、記憶力から分離する。想起の概念が致命的な変更を被るのである<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>。</p>
<p>この状況下で哲学を組み立てたのはカントである（カントやヘーゲルの登場は、ちょうど紙の大量生産が実現するのと軌を一にしている。この状況に対する時代の応答が彼らの哲学であった）。デカルトには、まだ、「良識ボンサンス」の観念が残っている。万人に分有されているというこの観念は、中世以来の「生来の記憶」に余地を与えていたし、そこから神の存在を証明することさえできた。しかし、カントにおいて、それは、たかだか「共通感官（常識）」を示すにすぎない。共同体という人間の外部から与えられたものにすぎず、先験的なものではけっしてない。カントは、内容を欠いた時空間以外のあらゆるアプリオリテートを、理性（ロゴス）から完全に排除したのである。</p>
<p>記憶の王朝がついに終わりを告げる。だが、ロゴスは、神（絶対者）や永遠（時間における無限）、宇宙（空間における無限）や自由（運命における無限）といった仮象をもたらすばかりであって、個別に限界づけられた記憶とは結びついていないし、記憶に相反する蛮勇さえも慎まない。たしかに、記憶は理性という頂点から没落した。ただし、理性はそれによって《形骸化》したのであり、もはやロゴス＝言葉という呼び名は適切ではなくなる。下野した記憶に、カントは特別な場所を用意していた。《悟性》である。悟性を打ち立てるためには、想像力と記憶力の分割が、自然に受け容れられる状況が用意されていなければならない。かつては一体のものであったそれらが、分割されるということ。それは、同じものを再現する力である記憶力と、差異が孕まれざるをえない想像力とが、別々の力であるという、それまでとは異なる知の規準が生まれていることを示す。そして悟性に蓄えられたカテゴリー（記憶）は、感性が想像力によって与える表象を従属させ、これを総合するとさえいわれることになる（Einbildungskraftにせよ、Imaginationにせよ、訳語の問題なので慎重さが必要だが、ふつうにカントを読むかぎり、感性と悟性を最終的に総合するのは記憶力（カテゴリー）の側であって、想像力ではない。感性に端を発する想像力がつねに‐すでにカテゴリーに従属しているのでないかぎり、コペルニクス的転回が成立しない<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。</p>
<p>したがって、じつは悟性を発祥地とする（か、あるいは最終到着地とする）「共通感官」の重要性は、結局はいや増すことになる。無手勝手な差異をもつ諸々の表象を総合（＝認識）するのは悟性である。外部からの経験を蓄積する記憶層をなす悟性は、架空の感官である（というのは、そう考えないと悟性など必要ないからである）「共通感官」を作りあげる。これをあえて「感官」と呼ぶのは、光や音など、ほかの感覚と同じように、外からやってくるからであり、理性（身体内部）に淵源するのではないからである。また、これが架空であるといわれることのもうひとつの理由は、複数形の人間――たとえば人類であるとか、国民であるとか――においてはじめて、保持していると〈みなせる〉ものだからである。感官はもちろん感性を宿しているが、共通感官の居場所は悟性である。</p>
<p>共通感官は、いったいどのような形でやってくるのか。《歴史》である。かつて、自身の内側に、《忘却》として、あるいは《生来の記憶》として探究された《起源》は、今度は、身体の外側において探究されることになる。先述したように、ソクラテスは、文字を忘却の術と言っていた。というのも、人間にしっかりそれとして意識されていないというかぎりでは、身体内部の忘却であろうと、その外部にある文字であろうと同じことだからである（ソクラテスにとって、内か外かは重要ではなく、問題は境界線上で行なわれるドラマの方なのである）。かつては、神の記憶であるがゆえに極大の力をもっていた歴史は、その力を半分失う。だが、そのおかげで、人間のものになり、それゆえ逆説的に、正真正銘の歴史となる。そして、忘却のうちにしか行なわれえなかった《行為》の主語を、歴史に取って代わらせる。歴史は忘却ではない。神の記憶ではないとしても、すくなくとも、《人類の記憶》である。しかも、文字から文字へ、すなわち「キケロ」からキケロではなく、「キケロ」から「キケロ」へ、《完全な再現》を夢想させるものである。</p>
<p>内なる神という主語を失った精神は、外部にその《起源》を求めた。それが歴史である。しかし、おかげで、内部には空洞が広がることにもなった。中世には《生来の記憶》という名で呼ばれたその場所、その亀裂が、ふたたび古代同様に《忘却》として光を浴びる可能性が、生まれていたのである。そのことを発見し、明確に示したのはプルーストである。ベンヤミンが「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」のなかで注目し、高く評価した《無意志的記憶（メモワール・アンヴォロンテール）》は、端的に忘却のことである。この忘却の領土こそが、文学者の新たなる大陸なのである。だが、それは、しばらくすれば、時代精神によって、そして「無意識」によって、埋められてしまう。想起と記憶とを（あえて？）区別しない精神分析は、忘却に時間的秩序を与え、古代以来、ようやく内部に回復された忘却の領土を奪い取ろうとするだろう。外部の忘却は歴史によって、内部の忘却は精神分析によって奪われる。忘却、それはむしろあなたの精神だと、彼らはいう。ひとは《父》に、《過去》にその主語を預けてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>これが、ニーチェのいう「歴史病」（『反時代的考察』）である。本来、時間は、ひとの生に従って生じるものである。生の消滅速度、それこそが、時間である。生があり、そのあとで、それは歴史となる。この順序は覆すべきものではない。だが、歴史は、この「時間」を追い越そうとする。過去は、あなたを先んじて存在していると、歴史はいう。資本主義社会において、あらゆる技術革新が時間を追い越すための技術であるように、歴史もまた、このもっとも健全な、もっとも自然な「時間」を追い越すための努力である。過ぎ去る時間を、幸福を「いまここ」につなぎとめ、インデックスをつけて保存しておくことこそ、歴史と科学技術が結託して行なう不健全な目標なのである。その点では、歴史病は、一九世紀や二〇世紀にだけあったのではない。今日はもっと深刻な状況となっている。あまりに大量に生産される《古文書（アーカイヴズ）》に対して、もはやかつての歴史家が苦労して行なった時間的秩序をもたらす時間さえ惜しいのである。その厖大さは、機能的かつ合理的な方法で、たんなるＩＤの意味しかもっていない年代記号のもとに秩序付けられ、「情報」として処理されるほかないというところまで、ひとを追い詰めていく。「情報」から「情報」へ、すべては「情報」である。すべては、かつて模倣されたものの模倣でしかない。この歴史病の狂熱は、現実の歴史家さえ無用にするほどに、激烈である。たんに歴史を知らないひとびと（わたしも、というかすべての人間はどちらかといわれればそちらに属す）に《忘却》のレッテルを貼るほどに、この病は倣岸である。</p>
<p>歴史は、それが歴史であるかぎり必然的に、ひとの生や行為を奪い、法則を再認する実験結果だとみなす。そこでは、アポロンの遠矢がもたらす神託よりも、はるか先を歴史が生を追い越している。われわれの生があり、そしてそれが事後的に歴史となる、というあの単純さ、「生と歴史のあの関係のすべての明晰さ、すべての自然さと純粋さ」は失われている。歴史はいう、その行為は、すでに行なわれたものである、と。人間のあらゆる行為が、すでに起こったことの再認である。なにしろ歴史は、起こったことにしか注目しない。歴史が夢想する無限の「いまここ」は、過去に先立たれ、頭を押さえつけられることによって、可能となる。われわれは、《起源》を歴史に預け、われわれ自身の生産力を、オリジナリティを奪うに任せる。歴史は、原理上、かならず生を歴史に従属させる。文字から文字へ、同じものの反復を可能にする歴史は、同時に充実した差異をなす生を《学》にそぐわぬ劣ったものとみなしている。したがって、歴史を生に奉仕させるためには、かならず反歴史的なもの――《忘却》と、超歴史的なもの――《芸術》とが必要とされている、とニーチェは言った。いずれも積極的な《忘却》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれの行為が、《生》が、ドラマが演じられ、それがそのあとで歴史となる、という、ニーチェのいう健全さは、炎のまえに灰が、傷よりまえに痕跡が存在しえないのと同じほどにたしかなことだが、しかし、よくよく考えてみると奇妙なことである。というのも、それはひとが思っているのとは異なる不思議な時間概念によってしか可能にならないからだ。この時間概念上で、歴史は、かならず、現在の〈あとで〉過去になる。そしてその過去は現在よりも未来にある。このもっとも健全な、しかし不思議な時間概念にもとづくかぎり、われわれより以前には、なにひとつ歴史など存在していない。われわれの現在はつねに新しい。過去に汚染などされていない。ここで、カントのコペルニクス的転回は、さらに一段上の転回を遂げる。というのも、認識に対象が従属するか否かとは関係なく、われわれのうちに痕跡を残す対象そのものが、そもそも存在していないからである。すでに消え去っているかぎり、〈すべては仮象である〉。したがって、カントのいうような現象は、じつは、痕跡（灰）が傷（炎）を追い越すと考えるかぎりでしか発生しない。そして、同じものの反復を、すなわちrepresentationを可能にするのが、痕跡であり、文字であり、この痕跡に依存するかぎりでしか、カントのコペルニクス的転回は正当性をもたない。</p>
<p>ベンヤミンの固有の歴史哲学は、ニーチェとともに、ここにおいて始まる。《模倣》から《複製》へ、《想起》から《再現》へ。アウラ（一回性）を喪失させる主題の変動のなかで、アウラ同様に失われたかにみえる《忘却》は、どう転んでも結局は奪回されなければならない。だが、それはどのようにして？　歴史病に犯されたわれわれには、もはや超越論などと悠長なことをいっていることはできない。歴史は、実際にわれわれを超越しているからだ。歴史そのものが超越〈論〉的な仮象、理念だとするなら、われわれが健全にも歴史を追い越すためには、もっとシンプルな《超越》が必要なのである（ラッセルの健康さが指摘するように、嘘つきのパラドックスに直面して逃げ場のない懐疑に陥ったなら、そこにレベル（階型理論）を導入するのがもっとも簡単な脱出方法である――ゲーデルにしたがうかぎり、内在的な乗り越え（＝超越論）の不可能は証明されている）。したがって、問題は、いかなる超越を選ぶのか、である。すなわち、他の屈強な身体にそれを求めるファシズムか、それとも、外といっても自身の弱い肉体にそれを求める超人か……。</p>
<p>ひとは、歴史から逃れるために、別種の歴史を必要としている。ベンヤミンのいう歴史は、あらゆる意味で過去の破壊であり、むしろ自然のままに跡形もなく消滅させることを欲している。消え去る時間のなかで一瞬だけ輝く星座を実現すること。ショーレムの『天使の挨拶』からの引用が示しているとおり、この新しい歴史において、「いまここ」の幸福など無縁である。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> プラトンの書物の重要性は、概念そのものではない。概念が繰り広げるドラマ（ここでは、イデアという概念がもつ忘却と記憶の運動）をしっかりと見定めることである。そうでなくては、プラトンがわざわざ対話編のスタイルでソクラテスを表現した意味がなくなってしまう。</li>
<li class="note"><a name="n02" href="#p02">(2)</a> 近代において、同じものを再現する記憶力と、オリジナルなものに差異を付け加える想像力とが分割される。その副次的な結果を述べると、芸術が《学》から分離する。というのも、かつてはムーサの女神のうちで一体であった記憶力と想像力とが、分割されるからである。フーコーが論じたように、知でもありえた狂気をこの《学》は病に代えたが、《学》から分離されたおかげで、芸術は、狂気としての知を保持することができた。しかし、もっぱら想像力・忘却の側に属する芸術は、同時に権力を失う。芸術が被っている二一世紀の惨状をみるかぎり、もとより忘却の側に属している芸術が必要としているのは、新たな想像力などではなしに、記憶力を回復することである。</li>
<li class="note"><a name="n03" href="#p03">(3)</a> このところ、「感性と悟性とは、想像力によってしか総合されない」、というような意見を耳にするが、カントの議論に従うかぎり、総合は、悟性のアプリオリであるカテゴリー（記憶）において行なわれ、想像力はカテゴリー（記憶力）に従属しているように思われる。それをあえて感性の側からの想像力に限定してこれを国民国家に結びつける議論が意図しているのは、想像力をその中心的な手段とする芸術、とりわけ文学を批判の標的にすることなのだろう。だが、ナショナリズムを供給しているのが、文学より歴史に見える点を、この議論はどう説明するつもりなのだろうか？　訳語の問題もあるため、あまり込み入った議論をするつもりはないしカントの解釈学にかかわるつもりもないが、しかし、この点は文学が標的になっている点で見過ごすことがむずかしい。もともと、カントにおいても、ヒュームを受けついで、感覚はひとによってさまざまに異なるものとみなされている。だからこそ、デカルト以来、表象とロゴスの差異が問題にされたのである。それを統一するのは、諸々の外部表象の場合は、悟性のカテゴリーであり、自己の場合は理性における超越論的統覚である。ひょっとしたら、「共通感官」という語に囚われてしまったのかもしれないが、この感官はもっぱら悟性に存する。総合は、やはり、対象や感覚ではなく（それゆえ想像力ではなく）、認識に従属する形で行なわれる。つまり、総合とは、つねに‐すでに認識cognitioなのである。「共通感官」という表現は、複数の人間を問題にしたときに可能となる一種の比喩であって、これが文字通り感覚に備わっているなら、わざわざ悟性を論じる必要はないし、第三批判も無用のものとなる。デカルトの懐疑は無駄骨であり、コペルニクス的転回もなかったことにさえなる。</li>
</ul>
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		<title>時について、若干の考察</title>
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		<pubDate>Sat, 12 Dec 2009 14:24:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ(1)は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろう。その雫は、もうかつての雫ではなかった。しかし、大地に落ちた無数の雫と混じり合い、ふたたび上空へと舞い上がるのだ。このプロセスは、おそらく無限に繰り返される。否、無限という言葉は正確ではないかもしれない。有限を超えたところに無限が、無限を超えたところにまた有限が。そしてまた有限を超えたところに……。</p>
<p>有機体は、こうした循環のシステムをある程度自分のなかに実現する（たとえば生殖機能として）。しかし、有機体が有機体であるのは、有機体自身がもっと高次の循環システムに所属するかぎりにおいてである。そのことを知らなければ、有機体は未然の有機体、すなわちドラコーン・ウロボロス（自らの尾を飲み込む蛇）かサトゥルヌス（クロノス、子を食べる親）となるほかない。そして、結局のところ、あらゆる有機体のイメージは、すべてこのドラコーン・ウロボロスに終わる。たとえば、論理実証主義者を当惑させた嘘つきのパラドックスは、この刹那の怪物と重なりあうだろう。ニーチェの「噛み切れ！」の声は、ここにおいて聞こえてくる。超人は、高次の有機体を自らのうちに特別な形で――すなわち、《精神》において／として実現する者である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<blockquote>
<p>彼は顔を過去の方に向けている。私たちの眼には出来事の連鎖が立ち現れてくるところに、彼はただひとつの破局だけを見るのだ。その破局はひっきりなしに瓦礫のうえに瓦礫を積み重ねて、それを彼の足元に投げつけている。きっと彼は、なろうことならそこにとどまり、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せ集めて繋ぎ合わせたいのだろう。ところが楽園から嵐が吹き付けていて、それが彼の翼にはらまれ、あまりの激しさに天使はもはや翼を閉じることができない。この嵐が彼を、背を向けている未来の方へ引き留めがたく押し流してゆき、その間にも彼の眼前では、瓦礫の山が積み上がって天にも届かんばかりである。私たちが進歩と呼んでいるもの、それがこの嵐なのだ。</p>
<p class="post-r">ヴァルター・ベンヤミン「歴史哲学テーゼ 第９テーゼ」<br />（浅井健二郎・久保哲司訳『ベンヤミン・コレクション１ 近代の意味』所収）</p>
</blockquote>
<p>われわれは、高次の有機体におけると、有機体であるわれわれ自身におけるとで、異なる時間を有する。驚くべきことであるが、未来から到来して束の間の現在をなし、そして過去に流れ去ると思われる時間は、われわれ（＝現存在）のなかでは、奇妙に反転している。惜しくも、ハイデガーはこれを見落としたが、実際にこれはきわめて重要な点である。外からやってきて、われわれに受け止められた《未来》は、われわれの体内で《現在》となる。その後、まもなく時間は体内で《過去》となる。そうした時間が表出されるときになって、その《過去》は《未来》となる。しかし、その《未来》は、われわれの外では《過去》として振舞う。つまり、順を追っていけば、未来⇒現在［現在→過去→未来］⇒過去という時間の流れがある。ヴァルター・ベンヤミンは、「歴史の天使」を過去だけを見つめて後ろ向きに未来に飛ばされる姿として描いた。歴史の天使とは、いわばわれわれの体内を通り抜ける時間である。われわれの内部で、天使は未来に背を向け、瓦礫としての過去を遺していく。楽園からの風、あるいは時の雫の流れは、やむことがない。歴史の天使は漏斗としてのわれわれをすりぬけ、じきにわれわれの目の前を過ぎ去っていくだろう。そのときには、おそらく彼はこちらに背を向けているにちがいない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>カントの《先験性／アプリオリテート》や、フロイトの《トラウマ》は、事実上、事後的に構成された過去である。しかし、これらの概念は、時間的に異なる順序で現れるものを不当に逆立させている点で、彼らがいかに自覚的であったとしても、いささかトリッキーである（それはヘーゲルの「精神」においても同様である）。通念的には考えることが困難でも、現存在としてのわれわれにおいて、過去は、現在より後にやってくると考えたほうがよいのである。つまり、歴史は、現在が現在から構成する過去であり、それらの過去は、構成されるということによって、不可避的に過去とは異なるもの、すなわち未来となる。現存在であり漏斗であるわれわれが摂取した「歴史の天使」は、われわれに過去の残像を見せながら、未来として排泄される。</p>
<p>われわれは、ここでオヴィディウスが伝えた神話を思い出す。パンドラの箱がすべての災厄を吐き出したあと、大地を狂乱が覆い尽くす。ゼウスは大洪水を起こして人類を死滅させようとする。しかし、そこに一組の男女が残った。記憶の神プロメテウスの子デウカリオンと、忘却の神エピメテウスの娘ピュラである。荒廃した大地だけを残して仲間を失い、涙に濡れ、悲しみに打ちひしがれる彼らに、ひとつの神託が降りた。「神殿を出でよ。頭をおおって、帯で結んだ衣を解くように。そして大いなる母の骨を背後に投げよ」。忘却の神の娘、美しく誠実な女、ピュラはいう。母親の魂を傷つけるなどできない。デウカリオン。「大いなる母」とは「大地」のこと、「骨」は大地の「石」のこと……。彼らは神託を実践する。彼らは大地の石を拾う。しかし、それはやはり母の骨であった。背後にうち捨てられた母の骨は、次第に肉や血管をまとい始め、ついには人間の姿となり、かくして、彼らはそれ以後生まれた人間の父母になった。つまり人間は、記憶と忘却の子。……</p>
<p>瓦礫を見つめる歴史の天使は、その背後に未来があることを知っている。デウカリオンとピュラの二人に訪れたのは、ベンヤミンも発見した「歴史の天使」であると考えて、おそらく間違いない。彼らは、荒廃した大地、すなわち過去をみつめ、そしてその背後に未来を作り上げる。骨であり大地の石ころでもある母の記憶を捨て去ることによってである。彼らが棄てた過去は、子供に、すなわち未来へと生まれ変わるのだ。この神話は、先に述べた時間の流れとまったく矛盾しない。漏斗であるわれわれは、現在が蓄えた過去を吐き出すことによって、それを未来に変えるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ここにひとりの風変わりな古文書学者がいる。古文書学者である彼は、かつて、砂浜に書かれた「人間」という文字が、波にさらわれ、いつしか消え去ってしまうことを善しとしていた（彼はあのハイデガーに似ていたが、その点ではハイデガーより優れた哲学者であった）。砂浜にコンクリートを流したり、文字を深く刻み直したり、写真を撮ったりして、手を変え品を変え「人間」という文字を保存しようとする本来の古文書学者とは、まるで異なっていた。彼は、大笑いの準備でもするように、「人間」という文字が消え去ってしまうことを、いまかいまかと待ち構えていたのだ。彼は、肯定的な忘却があるということを知っている。……</p>
<p>この古文書学者の行為として、もう一度上で述べた複雑な時間の流れを追っていこう。数十年間眠ってたったいま目覚めた彼は、「人間」と書かれた古文書を探している。いまではもう、「人間」はいなくなってしまったからだ。はたして「人間」が存在していたのかどうかさえ定かではなく、多くのひとは、「人間」は昔のひとが拵えたなにか架空の存在なのではないかと疑いさえしていた。だが、彼は「人間」がいたことを信じきっている。今日はありつけなかったが、明日にはそんな古文書が出てくることを期待してやまない。翌朝、父親が残した古い書庫をあさっていると、あやしげな文書を見つけ出した。彼はそれをみてこみ上げてくる笑いを抑えきれない。もしかすると「人間」と書かれているかもしれない！　狂喜乱舞したのも束の間、ただちに文書の読解に没頭した。あまりに断片的で、彼はそれを試行錯誤して纏め直さなければならなかった。彼は注意深く、自分のなかから「人間」のイメージを取り除き、その文書から読みとれるイメージを、できるだけ素直に、そしていろいろに思い描いた。そして文書は、彼の手の中で、ついに「人間」の形に纏め直された。《人間はいた！》　彼は我慢していた狂喜を爆発させる。そして語る、《それはわれわれの可能性だ！》……。</p>
<p>彼は、いまも書庫をあさっているが、もう「人間」は探していない。別の存在を探している。たとえば、「超人」とか……。彼にとって、「人間」はもう、過去の産物である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>風変わりな古文書学者が探していたテクストに今日はありつけず、明日出くわしたからには、あきらかにそれは《未来》からやってきたのだろう。彼は彼の《現在》のなかで、そのテクストに没頭しながら、《過去》を作り出した。そしてそれをついに完成させたとき、それを「可能性」として、つまり《未来》として論じたのである。しかし、その彼は、いまはもう、別のテクストを探している。彼が論じたテクストは、もう《過去》のものである。</p>
<p>つまり、時間は、どう考えても、未来⇒現在［現在→過去→未来］⇒過去として流れたのである。そしてこの時の推移は、どのような古文書学者／文献学者／歴史学者であろうと、本質的に同じである。彼らの視線が、「過去」を現在のあとに作り上げるのだ。漏斗によって遅延させられた時間は、その速度の変化によって、外界に対して反転した時間を実現する。前方で同じ方向を向いて走っている車を追い越した時、その車輪が反対方向に回っているように見えるのと同じことである（付記しておくと、真空中を最高速度で飛び交う光の粒子がなんらかの仕方で《遅延》を実現するとき、一種の時間的逆行を実現する。質量や色彩が生じるのはそのときである）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>過去とはなにか。それは程度の差はあれ、本質的に忘却である。というのも、想起によって現在に再現（represent）することでしか、現れないからである。つまり、《記憶》は、それが体内に蓄積されているとしても（あるいは紙や石版に定着した人為的な蓄積であろうと）、それが表皮を超えて入ってくる瞬間（つまり体験の瞬間）と、表皮を超えて外へ出て行く瞬間（想起の瞬間）にしか、意識されないのである。フロイトは、この忘却を「精神」と呼んだが、歴史家もまた、この忘却を「精神」と呼ぶ。「精神分析」は、その名と裏腹に、忘却を「精神」として総合するものである。同様に、歴史家は、複数形の人間を対象に、忘却を歴史として総合する。</p>
<p>想起によってかつての体験が再現される、とひとがいうとき、それは暗黙に過去の体験と現在の想起とのつながりを想定している（カント風にいえば、忘却は想像力を悟性に従属させることによって取り除かれ、像は概念と総合される）。しかし、この想定は、どうしても保証されえない。というのも、それらをつないでいるのは、実際には《忘却》だからである。ニーチェは言っていた。「忘却。――忘却が存在するということは、まだ証明されていない」。また忘却を、「われわれの力の割れ目」と呼んでいた（『曙光』第二書）。</p>
<p>したがって、それを「再現」（あるいはフロイト的にいえば「回想」）と呼ぶことは、現実に即しているとはいえない。むしろ、想起によって再現されるのは、もとのものとは致命的に異なるものなのである。すなわち、われわれは、《過去》を再現するのではなく、《過去》を《未来》として到来させるのである。それだから、むしろ再現させようとすることが、神経症者の「反復強迫」かえって強めてしまう結果を生む場合があるはずである。ドゥルーズとガタリがフロイトを批判し、「分裂病分析」を提唱したのは、おそらくこの観点からであろう。</p>
<p>同じことが、歴史についてもいえる。歴史家の意識がどうあろうと、現実には、テクストから過去を再現するのではない。むしろ、テクストから「過去（についての現在）」を「未来の可能性（＝未来についての現在）」として到来させるのである。というのは、真の過去とは、徹底的な（高次の、より完全な）忘却だからである。この観点からみるかぎり、「テクストの外部はない」と指摘することはあまり意味をもたない。意味をもつとすれば、テクストが現在に対して過去を開示するという常識的で暗黙の（アプリオリな）了解を批判する場合だけである。だが、元来、テクストは過去ではなく、現在に所属している。テクストは媒体の酸化速度に応じてたえず現在にあり、そのかぎりでテクストはわれわれとともに世界を構成する一部分だからである。したがって、われわれはこう言わねばならない、「テクストはわれわれとともに外部にある」。テクストの外部はない、という言い方は、結果的にはテクストから得た思考を内面化する――というか内面を作り出す傾向しか生まない。むしろ、過去を現在に再現すると確信している実証主義者のほうが、（実証主義者の思ったとおりにではないとしても、またこの無自覚さが別種の問題を引き起こすことは確かであるとしても）結果的には実践的な意味を有するのである。</p>
<p>いずれにしても、こうした観点によるなら、歴史家もまた、その立ち位置を変えざるをえない。ミシェル・フーコーは、「砂浜に書かれた人間」という概念を提唱していた（「人間の死」よりもこちらのほうがよほど重要な概念である）。このテーマは、『言葉と物』以降、あまり取り上げられることはなかったが、フーコーの描く社会は、つねに、こうした高次の忘却、ドゥルーズ風にいえば「水漏れ」<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>を可能性として有していた。</p>
<p>いかにして、生産的に記憶を捨て去るか。未来の人文学者の課題はまさにこの点にこそある。記憶は蓄積されるのではない。滞留している（蓄積という考えには国家主義的な屈折がある）。たとえば、いまも消滅のプロセスを歩んでいるパルテノン神殿は、《永遠》の死であり、墓標である。しかし、だからといって、ロマン主義的な死は、自らの肉体のことを省みていない点で、もっとも醜いものだ。むしろ、たえず死を死んでいる、かの神殿は、そのことによって現にいまも生きているのである（死は生の否定ではない）。それは、この神殿の存在に不朽の価値を与える。ウィリアム・バトラー・イェーツが周の大公にうたわせた詩のとおり、われわれは、これを過ぎ去るままに過ぎ去らせねばならない。かけがえのない（差異としての）瞬間はつねに純粋な差異としての瞬間である。……</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> 有機体の漏斗イメージについての考察は<a href="http://www.fragment-group.com/kiotanaka/history/1387.html">「彼岸の快感原則（フロイトに寄せて）」（2009年12月10日）</a>を参照のこと。この漏斗イメージは、フロイトが「快感原則の彼岸」で考察した小胞イメージを批判的に継承したものである。</li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> ドゥルーズはフーコーについてこう論じている。「ここに私たち〔ドゥルーズとガタリ〕とフーコーをへだてる違いのひとつを見ることもできるでしょう。つまりフーコーにとって、戦略でがんじがらめになった閉域が社会であるとしたら、私たちが見た社会の領域はいたるところで逃走の水漏れをおこしていたのです」（宮林寛『記号と事件』310頁）。この観点は、より地理学的であったドゥルーズとより歴史学的であったフーコーの差異を考慮しなければ誤解を生む。フーコーが、時間的な概念である「未来」に社会の「水漏れ」の可能性を見ていた時期はたしかにあったのであり、それが《砂浜にあって波間に消え去る人間》のイメージなのである。したがって、フーコーの晩年の時間的な移動（19世紀から古典期へ）は、ドゥルーズにおける分散的な時間移動よりももっと重要な意味を有する。ドゥルーズにおいて、時間は高度に空間化されており、フーコーにおいて空間は高度に時間化されている。</li>
</ul>
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		<title>暴力について</title>
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		<pubDate>Sun, 29 Oct 2006 05:14:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ベンヤミンは、その著書『暴力批判論』において、対立する二つの概念として、「神話的暴力」と「神的暴力」を挙げている。前者は法を措定し、維持する暴力だとすれば、後者は法を破壊する暴力である。ベンヤミンは、もちろん、後者につい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ベンヤミンは、その著書『暴力批判論』において、対立する二つの概念として、「神話的暴力」と「神的暴力」を挙げている。前者は法を措定し、維持する暴力だとすれば、後者は法を破壊する暴力である。ベンヤミンは、もちろん、後者について、肯定的な見解を示している。彼は次のように言っている。</p>
<blockquote><p>
神話的な法形態にしばられたこの循環を打破するときにこそ、いいかえれば、互いに依拠しあっている法と暴力を、つまり究極的には国家暴力を廃止するときにこそ、新しい歴史的時代が創出されるのだ。（『暴力批判論』岩波文庫、64ページ）
</p></blockquote>
<p>ところで、ある論者は、これについて、デリダのベンヤミン批判<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>を受けつつ、あるいはドゥルーズ＝ガタリの戦争機械とファシズムの考察を踏まえつつ、次のような疑義を呈している。</p>
<blockquote><p>
「国家暴力を廃止する」とは、支配のための手段としての暴力を廃棄するということである。しかしその暴力に、手段としてではないような暴力を対置することは、ひとつのアポリアを生みだしてしまう。そうした暴力は、目的合理性によるコントロールからはなれて、破壊そのものをみずからの顕現とするような危険をつねに伴っているからだ。その危険は、支配の暴力に対抗する側に「純粋な直接的暴力」としての破壊の運動をもたらしてしまうか、あるいは、「戦争機械が国家をのっとってしまう」ように、集団化された国家の暴力そのものを自殺的な破壊マシーンにかえてしまうだろう。<br />
　国家の支配に抵抗する対抗暴力の歴史がしめしているのは、まさにこうしたアポリアにほかならない。（萱野稔人『国家とはなにか』以文社、2005年、89-90ページ）
</p></blockquote>
<p>このベンヤミン批判がまったく的外れな点は最後の文章にある<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>。「対抗暴力の歴史」と言っている時点で、それはベンヤミンの言う「神的暴力」ではなくなっているからである。つまり、彼が批判しているのは、ベンヤミンではなくて、彼が想定していない別のものなのである<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>。</p>
<p>《神話》がなにゆえ要求されるのか。それは、現在をもたらした因果律を探求するためである。なぜ、空に星が輝いているのか、という、原因-結果の問いに答えるために、神が星を作りたもうた、という神話＝物語が要求されるのだ。同じように、わたしたちは、《歴史》を振り返るとき、そこに原因-結果であるとか、あるいは手段-目的であるとか、とにかく因果律をつねに見いだしてしまう。したがって、歴史を振り返るとき、その時点で、ベンヤミンの言う「神的暴力」はつねに-すでに息の根を止められ、なにかの目的に従属する手段としての暴力、あるいはなにがしかの原因を認めうる暴力の地位に、転落させられている。たとえば、バスティーユ襲撃は、国王の圧政が原因だ、であるとか、バスティーユ襲撃は、革命という聖なる目的の手段である、とかいった具合にである。したがって、ベンヤミンを批判する彼が示しているアポリアは、たんに、神話的暴力と、反神話的暴力を対立させているだけの、偽のアポリアである。ベンヤミンが「神的暴力」という言葉で表しているのは、客観的であろうが、主観的であろうが、あらゆる因果律に縛られない瞬間というもののもっている《力》である。神話であろうが、歴史であろうが、物語は、すべて、反復可能な力としてわたしたちに表象され、再演される。他方、「神的暴力」がもっている、この瞬間の《力》は、反復不能のものであり、一回限りのものである。「神的暴力」は、おそらく、人生のうちで、ただ一度しか、使えないものなのだ。もうすでに使ってしまった者もいれば、まだ大事に取ってある人もいるだろうが、とにかく、この一度限りのものこそが、さらに言えば、数えることのできないものこそが、「神的暴力」なのである。けっして、「対抗暴力の歴史」のように、指を折って数え上げられるものではないのだ。いずれにしても、歴史に「神的暴力」を組み入れてしまっているかぎり、ベンヤミンが神話と神を対立させた意味がなくなってしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、人間は、すでにして、つまりその存在の本質からして暴力的なものだが、他方で、すべての人間が国家的であるとはいえない。むしろ、国家は、人間と人間が織り成す関係に依存している。ところで、暴力は、徹頭徹尾、測定可能なものとして表現される。つまり、暴力は、物質に対する測定可能な変化によって、捉えられるのである。物質ではなく、精神的な被害というものももちろん、考えられるが、おそらく、それも、暴力による被害である限りは、精神に対するなにがしかの測定可能な変化が伴っているはずである（つまり、ここでいう、精神とは、やはりミクロではあっても確固とした、重さをもつ物質なのである）。物質の測定可能な変化――つまり、痕跡である。したがって、「神的暴力」について、アポリアを述べるとするなら、この語自体が、アポリアなのである。痕跡は、帰結から原因を想起させる点で、きわめて歴史的な概念だが、神的暴力は、そうした歴史的な概念としての痕跡を徹底的に遠ざけている。すなわち、「神的暴力」とは、痕跡の残らぬ暴力――非物体的なものの物体なのである。つまり、歴史に残らないのだ。ミシェル・フーコーが言っていた「非物体的なものの唯物論（アンチ・マテリアリスムのマテリアリスム）」は、ここにおいて共鳴する。わたしたちは、この痕跡の残らぬ暴力を、《出来事》と呼ぶ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ガンジーの《暴力》は、歴史上では、《非暴力》となっている。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a name="n01" href="#p01">(1)</a> ジャック・デリダ『法の力』。これはある程度正当な批判である。</li>
<li class="note"><a name="n02" href="#p02">(2)</a> この書物の意図は、第四章にあるように、国民国家批判を暴力批判によって反駁することである。つまり、言説や表象のレベルに国家を還元してしまう観念論的な議論に対して、暴力という唯物論的な基礎を国家に与えようとするのである。だが、わたしは、こうした批判は、やはり針を振りすぎであるように思う。つまり、暴力のレベルに国家を還元しすぎなのだ。フーコーが国家を論じる際につねに観ていたのは、ことばと暴力のあいだにあり、また、それら両者を引き連れてはじめて輝くことのできる「権力」だったはずであり、また、目に見えない「権力」を、ことばでもあり、また暴力でもあるような「言説」のレベルから抽出することなのである。</li>
<li class="note"><a name="n03" href="#p03">(3) </a>ちなみに、「戦争機械が国家をのっとってしまう」というファシズムについての、ドゥルーズ＝ガタリの表現は、次のように置き換え可能である。《歴史が戦争機械となる》。ファシズムとは、徹頭徹尾世界史的存在である戦争機械を、一国家の歴史的必然性のうえで捉えることなのだ。国家は、はじめから、言葉の真の意味で歴史的なものだが、戦争機械そのものが歴史（国家の歴史）の動きに組み込まれ、歴史を動かしてしまうことはありえる。とはいえ、この試みは絶対に失敗する。「自己」の痕跡を微塵も残さない、一種の波動状の動きをみせる戦争機械のノマディックな運動は、にもかかわらず、それが歴史に組み込まれていることによって、必ず失敗するのである。――つまり、「自己」ならぬ「自殺」の痕跡を残すのだ。ファシズムは、かくして、自殺の痕跡――灰を残す。</li>
</ul>
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		<title>希望について</title>
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		<pubDate>Mon, 25 Sep 2006 04:51:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<category><![CDATA[パンドラ]]></category>

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		<description><![CDATA[ニーチェは、どこかで、ギリシア人が「希望」にほとんど価値を与えていなかったことに注意を促している。そのことは、近代人には不可解なパンドラの神話にも明らかである。この神話のプロット――といっても、諸説あるストーリーを、いく [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ニーチェは、どこかで、ギリシア人が「希望」にほとんど価値を与えていなかったことに注意を促している。そのことは、近代人には不可解なパンドラの神話にも明らかである。この神話のプロット――といっても、諸説あるストーリーを、いくらか史的かつ哲学的なエッセンスを加えつつ、わたしなりに総合したものだが――を話す前に、登場人物に少しだけ注意を喚起しておこう。</p>
<p>この神話における重要な登場人物に、プロメテウスとエピメテウスという兄弟神がいる。古いギリシア語を文字通りに読めば、前者は“前もって知る者”であり、後者は“後から知る者”である。今日の日本でも、プロローグ（プロロゴス）やエピローグ（エピロゴス）という語は人口に膾炙しているし、また、メティスという知の女神（アテナの母にして、エロスの祖母）がいたことを想起しておくのも悪いことではないだろう。ともかく、プロ‐メテウスは、すべてを前もって承知しており、彼はゼウスとティターンの争いの勝者がいずれになるかも知っていれば、のちにゼウスから与えられることになる惨たらしい責め苦――すなわち、コーカサスの岩に縛り付けられ、一羽のはげ鷹に永久に自分の肝臓を給餌しつづけるという――をも、事前に承知していたのである。他方のエピ‐メテウスは、“後から知る者”である。すなわち、忘却の神である（後から知る、という契機がなければ、ひとは忘れていることにさえ気づかないからだ）。彼の名が明快に示している通り、忘却は、単なる無知とは違う。とはいえ、普通、彼はいかにも愚かな神として描かれる場合が多い。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>プロ‐メテウスは、土くれと雨水をこね合わせ「人間」を作り、そして彼らに火を与えた。また、神々に供物を捧げる際、肉を人間が食べ、骨をゼウスへ捧げるよう決め（させ）たのも、プロ‐メテウスである。このあたりのゼウスとプロ‐メテウスの痛快なやりとりはまたどこかで触れることもあるだろうが、パンドラの話に進もう。いずれにしてもプロ‐メテウスに反感を感じていたゼウスは、懲らしめのために、プロ‐メテウスお気に入りの人間に災厄をもたらすことを思いついた。すなわち、アフロディテの美とヘルメスの狡知を持つ、あの、「女」を作ったのである。個人的にはこの論理展開もにやりとさせられるのだが、いずれにしても、「女」――パンドラは、プロ‐メテウスの弟、エピ‐メテウスに花嫁として与えられた。</p>
<p>もちろん、プロ‐メテウスはゼウスの悪巧みを承知しているから、エピ‐メテウスに対してパンドラの動向に注意するよう、忠告を与えている。そしてもちろん、エピ‐メテウスはそんな忠告のことはきれいさっぱり忘れているから、パンドラの行動などおかまいなしである。そして悲劇は起こった――兄弟の家に代々伝わっていた甕――あらゆる災厄の詰まった甕の蓋を、あろうことかパンドラは開けてしまったのである。あらゆる災厄が人間世界にあふれ出した。かつて聞いたことのないような嘆きや怒号が耳をかすめ、大地を見晴るかす地中海の太陽をアスファルトのような暗雲が覆い隠した。オリュンポスの輝かしい絶巓さえ見えなくなった。突然あたりが暗くなり、エピ‐メテウスはふと何かを思い出した。つまり、誰かの忠告を忘れていたことに気づいた。いや、忠告だったかどうかも定かではない。胸騒ぎがして彼は奔馬のように帰路についた。そこには、口を開けた甕と、頬を涙で濡らす美しい女。神だろうか、人だろうか。そうだ、思いだした、彼女は人間だ。彼は、蓋の外れた甕をみて、血相を変えて甕にしがみついた。怒り狂う兄の姿が、彼の脳裏に浮かんだだろうか。それとも、兄のこともまだ忘れていたと考えるべきだろうか。いや、血相を変えたことも、家に帰ったことになにか因果性があるかどうかも、保証はできない。なにしろ彼は忘却の神だからだ。いずれにしても彼は、甕の底に何かが残っていることに気づいた――すなわち、《希望》である。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>その甕に入っていたのは、今後、人間世界で生じることになる、あらゆる災厄である。痛風やリウマチ、争いや死、嫉妬や怨恨、そして希望である。もちろん、わたしたち近代人は、どんなにつらく苦しい時でも、希望だけはなくならない、という辻褄合わせで、この神話を微温的に解釈するのが通例だが、どう考えても、ギリシア人にとって、《希望》は「女」同様、災厄のひとつである。</p>
<p>つまり、こう解釈すべきなのだ。運命があらゆる人間の死を宣告しているにもかかわらず、この忘却の神が残した《希望》のせいで、人間は、悲劇的な生を歩まねばならなくなったのである。したがって、エピ‐メテウス同様、蒙昧とは言わぬまでも、《希望》は、ほとんど無知に近いネガティヴな言葉である。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>歴史において、すべては、あらかじめ定められた運命に従う。歴史において偶然は存在しない、というのは本当である。ひとが過去を振り返るとき、すべてが必然であったことを知るだろう。中国大陸でひそやかに行なわれた小さな蝶の皇かなはばたきが、アメリカ大陸で巨大で寧猛なハリケーンになることも、結果としては起こりうる。雨の天気予報が外れたとしても、それは天気予報が外れたのであって、偶々だということはできない。後から考えれば、実際には晴れると予報すべきだったということになる。歴史において、偶然は存在しないのだ。ただし、人間がそのことを知るのは、やはり後から、すなわち反省においてである。現在は、すべてを偶然の相に見せるが、それは、すべての因果関係を忘却しているがゆえにであり、そうした忘却から発するのが、《希望》なのである。</p>
<p>この《希望》のゆえに、人間は反省を忘れて、後悔する。今わの際で、「後の祭り」を嫌というほど味わわされる。あのときこうしていれば、わたしは自由だったのに。どうしてわたしは《希望》してしまったのか。カントが言うように、人間はいつも、自由の存在を後から知る。過去を振り返り、反省する。すなわち、自己嫌悪＝歴史に塗れる。そして死ぬとわかっているのに、《希望》し、生きてしまう。まるで、《希望》はむしろ、歴史と死とを繋ぐ一種の蝶番か何かのようだ。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>わたしが気に入っている歴史的エピソードがある。それは紀元前五世紀のアテネで起こったことだが、近代の歴史家に、長く信じられてこなかったエピソードである。すなわち、第二次ペルシア戦争時にとった、アテネの将軍、テミストクレスの作戦である。いや、作戦と言うべきではないかもしれない。というのも、この「作戦」は常軌を逸しているからだ。</p>
<p>俗にサラミスの海戦と呼ばれるこの戦闘において、テミストクレスの採った「作戦」はこうだ。女、子供、老人はすべて同盟市に退去させる。そして戦える男たちは、みな海上へ出る。要するに、自分たちの住んでいた土地を、完全に放棄したのである。ペルシア帝国の大軍がギリシア最強のスパルタ軍を破るなどの戦勝を重ねて、大挙アテネに進軍する。だが、勝ち誇るクセルクセスが見たのは、無人の都市である。彼は勝ったと思っただろう。目標としていた都市を占領したのだから。スーサからアテネまで、長い長い行軍の日々は終わる。目標は達成されたのだ。ペルシア軍は高笑いにアテネの広場を軍靴の底で踏みつけにした。だが、そんな高笑いも、すぐに空しい響きに変わる。貧しいアテネを占領したところで、一体、何になるというのだ？　やっと掴んだ拳が握り締めていたのは、おのれの汗と、吐く息だけ。結局、彼らは敵を求めて、すなわち充実した勝利を求めて、狭いサラミス湾に出ることになる。……</p>
<p>わたしはこのエピソードが痛快でならない。本当に腹を抱えて笑いたいくらいだ。彼我の差は絶望的である。世界の富を集め、巨象のように地上を闊歩する文明国ペルシアと、片田舎に住み、そのほとんどの時間を海上で過ごしている小さな蛙のごときアテネ。おそらく、アメリカとイラクの差の比ですらないだろう。ほとんどの都市が、ペルシア側についた。唯一ヘラス側に残った頼みのスパルタも、もはやない。この絶望的な差が、アテネ人をしてこのような「作戦」に踏み切らせたのだ。もちろん、海戦で勝てる保証があるわけではない。勝てるだって？　もう勝敗は決している。ゲーム盤の上では、ペルシア人の勝利なのだ。あとは、ギリシア人が逃げる番である。逃げることに何の躊躇があろう？　敗北したら、逃げると、相場が決まっているではないか。とはいえ、一目散に逃げる必要もない。妻子は遠く同盟市にあり、男たちは、進むも退くも、自由だからだ。逃げる前に一泡吹かせたってよいのである。彼らは海の民だ。気が向いたときに、群島のあいだを縫って逃げればいいだけだ。逃げるときくらい、こちらの逃げたいときに逃げさせてもらう。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>近代人は、この事蹟を伝える碑文が発見されるまで、これが「作戦」であると、信用しようとはしなかった。そもそも、アテネを占領された時点で、負けではないか。ペルシア人同様、大地に縛られた文明人である近代人は、これが「作戦」であることを理解できない。だから、彼らは、この「作戦」を、「作戦」ではなく、逃走であると理解した。つまり、なにかひどい混乱の内に逃走状態になり、軍をまとめて引き返したテミストクレスによって、追跡してきたペルシア軍が奇跡的に打ち破られたのだ、と。だが、碑文が発見されるや、近代人は今度は手のひらを返したように、アテネを守った策略として、この作戦を称賛し始めるだろう。</p>
<p>わたしは、どちらも間違っていると考える。前者にはあれは「作戦」だと言うが、後者には、あんなもの「作戦」であるはずがないと言うだろう。要するに、彼らは土地を捨てて逃げたのであり、それもひどい混乱の内にではなく、テミストクレスに率いられて、粛々と逃げたのである。アテネを守る気などさらさらなかった。彼らはあまりにも鮮やかに負けた。その鮮やかさは、ひとりも死者を出さなかったほどなのであり、そればかりか、当の勝利者であるクセルクセスに、その勝利を気づかせなかったほどなのだ。彼らは、《希望》なんて、これっぽっちも考えなかった。完全に《絶望》していたからである。アテネはもう終わりであり、死んだのである。要するに、運命は死と決まっていたのであり、彼らは最初から逃げるつもりで戦ったのである。そもそも、ペルシア軍が都合よく海に出てくる可能性なんて、ほとんどなさそうなことではないか。</p>
<p>だが、テミストクレスは確信していたに違いない。そもそも、彼は《希望》などとは無縁なのだ。だから、ペルシア軍が「都合よく海に出てくる可能性」なんて、まったく考えなかった。つまり、彼は、「必ず海に出てくる」と確信していたのである。希望などという非‐知性的なものには一切頼らなかった。彼は、ついに、アテネの滅亡という《絶望》に至るまで、考え抜いたのである。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>この抱腹絶倒のエピソードは、じつは、《絶望》が、きわめて知的なものであることを教えてくれている。すべてを前もって知る者、プロ‐メテウス。彼がそのような属性を持っている限り、結局のところ、パンドラの神話は、プロ‐メテウスの《絶望》によって、最初から仕組まれていたと考えざるをえない。つまり、エピ‐メテウスの忘却は、はじめから織り込みずみだったはずであり、わざと、エピ‐メテウスの属性を、《忘れて》忠告したとしか考えられないのである。忘却は、知的な選択なのだ。</p>
<p>この言い方はきわめて逆説的なものになるので、いささか難解になるのを承知で言うが、すべては、プロ‐メテウスの《絶望》の支配下にある。だとするなら、痛風や怨恨といった災厄はおろか、《希望》もまた、《絶望》の産物なのだ。わたしたちは、つい、安易に《希望》を口にする。だから、盲目的に運命に付き従うことになる。そして、後悔を避けることができない。「あのときアテネを出ていれば、わたしは自由だったのに！」　そのような《希望》は、たしかに災厄であると言うべきだろう。わたしたちは、むしろ、《絶望》せねばならないのだ。《絶望》に至るまで考え抜くことによってのみ、わたしたちは、真の《希望》に至ることができる。テミストクレスが、アテネを捨てるまでに《絶望》したとき、はじめて、《希望》の光が差したように。</p>
<p>この地点までくれば、じつは、プロ‐メテウスがあえて《忘却》を選び取ったということ――エピ‐メテウスの兄に対する超越をみてとることすら可能だろう。《絶望》が善きものであり、そして《希望》が《絶望》の産物であるならば、《希望》もまた、“病”や“怨恨”、そして“生”や“女”同様に、つまりあらゆる災厄もまた、善きものであるはずなのだ。コーカサスの岩に縛り付けられている兄は、喜んで、弟に未来を託した。この兄弟のあいだに流れる深い絆や愛情を、わたしは感ぜずにはおれない。《希望》が善きものでありうるのは、それが《絶望》の産物である場合だけなのである。</p>
<p>だから、わたしたちは、《希望》はできるだけ遠ざけるようにしよう。《希望》は、甕の底に閉まったまま忘れておくくらいで、ちょうどよいのである。まずもって、わたしたちは、本当に《絶望》できるようにこころがけねばならない。</p>
<p style="text-align: center;">◆</p>
<p>ギリシア神話によれば、パンドラのエピソードの後、大地を狂乱が覆いつくし、ゼウスはついに大洪水を起して人類を死滅させようとする。だが、そこに一組の人間のカップルが残った。プロ‐メテウスの子、デウカリオンと、エピ‐メテウスの娘、ピュラである。荒廃した大地だけを残して仲間を失い、涙に濡れ、悲しみに打ちひしがれる彼らに、ひとつの神託が降りた。「神殿を出でよ。頭をおおって、帯で結んだ衣を解くように。そして大いなる母の骨を背後に投げよ」（オウィディウス『変身物語』）。エピ‐メテウス――忘却の神の娘であり、美しく誠実な女、ピュラはいう、母親の魂を傷つけるなどできない、と。デウカリオンは、「大いなる母」を「大地」と、そして「骨」を「石」と解釈することで、ピュラに決断を促そうとする。だが、彼女は、いずれにせよ、それらが母親の魂を傷つけることになるということを、知っていたようである。結局、彼らは、絶望のうちに神託を実践する。というよりも、その行為自体が絶望そのものを表わしているのである。捨てられた母の骨は次第に肉や血管をまとい始め、ついには人間の姿となり、かくして、彼らはそれ以後生まれた人間の父母になった。彼らは、あえて母の記憶――歴史――を捨て去ることで、人間に別の未来を与えたのだ。わたしたちは、だから、記憶と忘却の子なのである。</p>
<p>ベンヤミンの語る歴史の天使が過去の廃墟を見つめ、後ろ向きに未来に飛ばされるのと同様、彼らは後ろ向きに過去を投げ捨てることで、未来の人間を生み出す。彼らは、絶望的な荒廃だけを目の当たりにした。したがって、未来など見えるはずもなかったし、未来を見ることなどできない以上、当然《希望》もなかったのである。彼らにできるのは、《絶望》に至るまで過去を見つめることだけだったのである。本当に《絶望》したとき、ひとは、忘却を選択する。この忘却こそが、真の意味での、つまりより善き、《希望》である。記憶と忘却の結婚、絶望と希望の結婚、これが、人間である。</p>
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		<title>解釈と変えること（二）</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Oct 2000 01:54:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「地獄の時間としての「現代（モデルネ）」。この地獄の懲罰とは、いつでもこの一帯に存在している最新のことがらであり続けねばならないということだ」 「まさしく最新のものにおいて世界の様相がけっして変貌しないということであり、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><p>「地獄の時間としての「現代（モデルネ）」。この地獄の懲罰とは、いつでもこの一帯に存在している最新のことがらであり続けねばならないということだ」<br />
「まさしく最新のものにおいて世界の様相がけっして変貌しないということであり、この最新のものが隅々にいたるまでつねに同一のものであり続けるということだ。――これこそが地獄の永遠を形づくっている」<br />
　――ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論V』より</p></blockquote>
<p>このベンヤミンの、モードについての一節をヒントに、彼の歴史の天使を後ろむきに飛ばす風が何なのかを追求したい。私が前節で述べた「変えること」というのは、けっして、「最新のことがらであり続けねばならない」すなわち変わりつづけることにおいて変化しない、ということを言っているのではない。まるで正反対のことを言っているである（ことわっておくが、もちろん、ベンヤミンは上の記述を批判精神において書いたのであり、私の意見は何らベンヤミンに反対するものではない）。</p>
<p>これをふまえたうえで、ある悲観的な指摘をしたいと思う。……</p>
<p>過去の多くの歴史家が、「歴史」に「意味」をもたらすべく実践し続けてきた「解釈」という技法では、われわれは一向にこの「歴史の天使の風」をつかまえて未来へと飛び立つことはできないであろう。なぜなら、「解釈」とは「最新のことがらであり続けねばならない＝つねに同時代的であろうとする」ということにおいてのみ実践されるものであり、現実にはこの「解釈」こそが「地獄の時間としての現代」を演出しているのである。「解釈」という中間搾取の形態は「風」から、動的なものをすべて奪ってしまって、静的なものだけを残す。砕いて言うと、歴史家は、可能性(可変性）を認めない。古文書から、不可能性だけを読み取り、可能性の文字を抹消する。あるいはドゥルーズならこう言うだろうか。歴史家は、主観的な可能性のみを残し、客観的な可能性を実現させようとはしない。そこにあるのは「疲労」であり、もはや風に乗ることすらできないほどの「疲労」があるだけである、と。古文書にただひとつ残される「疲労」をもたらすのは、無意識のうちに歴史的ア・プリオリによって絡めとられた同時代的精神であるにちがいなく、この「疲労」こそが「解釈」の意味するものにほかならない。</p>
<p>さて、「歴史の天使の風」とはいったい何か。ここでエルンスト・ブロッホの「大いなる瞬間、気づかれずに」と題されたエッセイの一節を引用してみよう。</p>
<blockquote><p>「真正なる＜いま＞の代用品として、あきもせずに「いまという時代」、安物の「いまという時代」が、「ゲネラールアンツァイガー」〔中立を標榜した新聞の名前〕的にくり返される。そうすることで「歴史の秒針」の役割を演じるためである。新聞はケース・バイ・ケースで「世界史的」な瞬間をすら知っていることがある。しかし、それはおおむね「世界史的」な瞬間とは似ても似つかぬただの大見出しにすぎず、本当のアクチュアリティはごく小さなニュース、あるいは報道すらされなかったニュースの中にひそんでいるのだ。」<br />
――エルンスト・ブロッホ『異化　I ヤヌスの諸像・II ゲオグラフィカ』所収</p></blockquote>
<p>この「ごく小さなニュース、あるいは報道すらされなかったニュース」にこそ、歴史の天使の風はある。これらは、報道すらされない、いわば、きわめて同時代的ではなかった事件なのであり、だからこそ、それにもまして反時代的でありえるのである。歴史とは、けっしてエポックによる区分で確証されるのではない。そして、最初は小さなつむじ風にすぎなかった「風」は、しかし生まれた瞬間に、歴史の風、それも瓦礫の上にさらに瓦礫を投げつけるような暴風となることを運命付けられているのであり、じつは、それを運命付けることこそが、真の歴史家の仕事なのである。そして、その運命付けとは変えることにほかならず、変えることとは、もはや未来の可能性をも「消尽」して、「さらに終わること」にほかならない。</p>
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