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	<title>ex-signe &#187; Deleuze</title>
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		<title>政治と文学、国家の安全保障</title>
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		<pubDate>Tue, 23 Aug 2011 21:07:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>

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		<description><![CDATA[文学と政治の関係はどのようなものだろうか。かつて、文学を政治的なものから切り離そうとする運動があった。というよりもむしろ、そのことだけが、文学という運動だったといってもいい。 こうした運動は、元来は文学と政治とが、いずれ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>文学と政治の関係はどのようなものだろうか。かつて、文学を政治的なものから切り離そうとする運動があった。というよりもむしろ、そのことだけが、文学という運動だったといってもいい。</p>
<p>こうした運動は、元来は文学と政治とが、いずれも《言葉》をあつかうという点で、同一の《武器》を用いているという当然の認識から出ている。それはいうまでもないことだった。混じりけのない言葉の活動であるべき文学のなかに、政治はたえず侵入する機会をうかがっている。侵入を可能にするのは、次の言葉の定義である。すなわち、意味を共有したひとびとのあいだで用いられる社会的なもの。この定義が発動するたびに、政治はまんまと文学に忍び込む。つまり現実にはひとの命を奪うことさえある言葉という《武器》を、ルールを共有した者たちで行なわれるゲームの《道具》にみせかけてしまうわけである。われわれが握っているのは武器ではなく道具だと教え込むことで、革命の芽を根こそぎにする（そしてそうすることで革命には言葉を超える暴力が必要だと誤って思い込ませ、革命を民衆から憎悪させることも忘れずに行なっている）。そればかりか、言葉を用いるたびに、知らず現行の社会を構成する権力を補強するように仕向ける。言葉が出来事ではなく意味を指し示すなら、意味をあらかじめ決定する権利をもつ政治には、まことに好都合な定義となる。意味からの逸脱は非社会的なルール違反として摘発すればいい。社会という言葉でひとびとを内から縛り、ゲームを続ければ続けるほど、言葉のゲーム盤をますます支配下に置くことができる。</p>
<p>しかし、文学にとって意味は不純物である。光速で飛ぶ言葉に対する人間の感官の遅れが生み出す、残像のごときものにすぎない。こうした不純物は、文学に、おのれの純粋さに向けたさらなる情熱を生み出す。文学はこの不純物をおのれのなかから追い出し、洗い清め、そうすることで透明な翼を取り戻した文学の魂とでもいうべきものを、さらなる高みへと昇らせる。これは言葉という武器によって戦われる戦いであって、けっしてゲームではない。政治的なものを文学から切り離そうとする者たちは、むしろ言葉をたかだかゲームの道具に変えてしまう政治と真正面から戦っている。言葉がただ純粋であるというだけで、権力は致命的なダメージを受けうるのである。</p>
<p>とまれ、ここで確認しておくべきは、文学から政治を切り離そうとする運動は、言葉をあつかうという点で、両者が同じ場所を共有しているというあたりまえの事実から出発していることである。</p>
<p>しかし、この当然の前提が文学にかかわる者たちのあいだで失われれば、政治性を失った文学は、たかだか私的空間の《広場》への覇権主義的膨張を意味するか、あるいは慎ましやかではあっても広場にはあらわれぬ女子供の戯れ言にすぎなくなる。言葉は無力であるという定義を、国家を補強するとも知らず使用しつづける批評家によって、文学はますます虚構の世界に囲い込まれていく。だから文学のなかに、外科医のやり口で政治を移植しようとする、いささか品を欠いた批評にも存在理由が生まれてしまう。いまやゲーム盤と同一視されるに至った広場の外で、文学者がルール違反を繰り返しても、ゲームに加わる資格も能力ももたぬ者が許される現実外の幼稚な虚構に淫することとして、ますます文学の価値を、そしてさらには言葉の価値を低めるだけだからである。最高の価値のひとつである「純粋」と、最悪の価値のひとつである「幼稚」とが取り違えられるくらいならば、いかに品を欠いていようと、文学者が政治を口にする蛮勇を奮わないわけにはいかなくなる。子どもたちに、言葉が鉄のごとき武器となるものであるのを教え諭すことからはじめねばならなくなる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、ほとんど名目上のことにすぎないとはいえ、日本には軍隊が存在しない。実質的には軍隊であっても、実践的には、やはり存在しないのと同じことである。自衛隊は、その軍事力のほとんどすべてを発揮できない。実際にことが起こっても、まったく役に立たない。問題は、本当にことが起こったとき、その次に、なにが起こるかということである。</p>
<p>三月十一日の大地震以来、福島で起こった原子力発電所事故の水準をみるかぎり、ほかの国家なら軍隊が出動して収束にあたるほどのものと思われた。爆発した原子炉と核爆弾を同一視することはできないが、今日の軍隊が、ほかの機関と比較した場合に、放射能に対する必要な装備をより整えていると考えるのは、不自然なことではないだろう。しかし、米軍の協力を断ったあげく自衛隊が行なったことは、爆発した発電所の上空からヘリで水を落とすことだけである（放水という主体的表現より、風と重力に行く先を委ねて落としたという受動的な表現がふさわしい）。実際の現場で作業しているのは民間人である。</p>
<p>日本において、国民を同じ国民が外的な障碍から物理的な（身体的な）意味で守るという意識の希薄さは拭いがたい。極端に治安に特化した国家の《防衛》意識は、軍隊の有無、さもなければ軍隊の特殊なあり方と、かかわっている可能性を考えないわけにはいかない。国家が国民の生命を守ろうとしないことが、軍隊の有無あるいは特殊なあり方と、もし関わっているのだとすれば。</p>
<p>天災にせよ、戦争にせよ、それが社会の外からやってくる障碍であることには変わりがない。その点では、外敵に対してこそそうあるところの国家は、いずれの障碍からも、国民の生命を守る責任を負う。しかし、日本政府が、国民の生命よりも治安を優先したのはあきらかである。実際に国民の生命に死の因子を植え付けられているあいだ、政府はそれを黙認し、言葉が武器ではないことを教え込むように、一定の放射能は人体に影響ないものと主張しつづけていた。政府は、意識的にも無意識的にも、国民の生命を守ることより、危機の隠蔽、治安の維持に努めているようにみえた。瓦礫の撤去、放射性物質の海への投棄、食品に対する放射能濃度の許容量の設定、すべてはその観点から行なわれている。そして短期で終わる内閣の仕事とはとうてい思えない「脱原発」に執心し、この内閣の果たすべき事故の収束については、一民間会社に委ねたままである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>かつてフーコーやドゥルーズが言っていたような、《安全》にもとづく近代の国家統治のあり方は、たえず変質している。この観点は、対外（空間）的には安全保障、国内（時間）的には社会保障に結晶していた。だが、大量の移民の流入や国際的なテロ組織の出現、インターネットの普及にともない、《安全》に対する国家の取り組みは変質せざるをえない。国民の同質性を維持できぬ以上、国家が領内の住人の生活を、国民という単位で生涯にわたって保障する社会的要請は鈍化していく。この方面での国家の《安全》欲求は衰えていくだろう。それにかわってますます国民の《安全》は軍隊が請け負うようになる。軍隊のあり方も変質する。国境に配備されるより雑多なひとびとが潜む都市に配備される。警察権力は広場のみならず私的空間にも侵入する。むろん、国境における警備はますます先鋭化するが、この方面でのせめぎ合いが本質的にいたちごっこに終わる以上、最終的な安全保障の担保は都市や私的空間に配備される、警察権力と軍事力をあわせもつ強力な治安維持部隊が請け負う。</p>
<p>しかし、日本の安全保障は、その観点からも異質なものとなる。恐るべきことだが、いまわれわれが目にしているのは、露骨な危機を政治的な言葉（言説）によって隠蔽することである。「脱原発」という言葉さえ、奇怪な政治的言説として、危機の隠蔽に利用されている（そのためか、政府の隠蔽に抗って実際の危機をリアルに表現しようとしている一部の気骨ある科学者には、文学的なものが生じてさえいる）。国民の生命を《防衛》していない点で、フーコーたちの議論から逸脱する事例とみる意見には一理ある。だが、別の見方もできる。身体的な《防衛》が適わないなら、精神的に執行する。つまり依然として国家は国民の《防衛》に執着しているのであり、その執行が国民の身体的な《安全》ではなく、精神的《安心》に向かっている。それは私的空間に警察権力が侵入することと同質の、しかしそれよりはるかに恐るべきことではないだろうか。精神的黙殺による危機の回避、それは薬物によって多幸感を与える類いの生政治の、極度に先鋭化した事例にもみえる。</p>
<p>今後、《安全》のテーマがその内部でさまざまに変化することはあっても、この強力なテーマそのものを国家権力が捨てると考えるのは、近代の民主政治が貫かれているかぎり、想像するのが困難な途方もないことである。民主政治が独裁者出現の危機に直面した場合にのみ、そう見えることがあるとしても、その起因はあくまで領民の《安全》を志向せざるをえない民主政治の本質にある。逆にいえば、《安全》のテーマを失った国家には、民主政治を維持する理由がない。そのとき時代は後戻りできない変化を強いられていよう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>いまは難儀な時代である。なにもかもが、破局へ向かう途上にある。古いものと新しいものとが混在している。どちらに賭けるべきか、なにか言葉を紡ぐたびに、おぼつかない判断を重ねている。わたしは戦争が嫌いな平和主義者で、軍隊はもちろん、軍隊的なものにはよりいっそう嫌悪を覚える軟弱な夢想家である。だが、正式な軍隊の存在しない日本において、内なる敵軍である原発を抱えているときに、誰がそれと戦うのか。かつて多くの民間人が死んだ六十数年前の戦争と同じように、貧しさゆえ手を挙げる民間人が、死ぬべくして戦うのだろうか。</p>
<p>いったい誰が戦うのか。あるいは、誰が守るのか。このご時世に戦争が起こるのを想定するとは、君は愚かと指差されようか。もちろん、ことが起こらないのが一番よい。外交的な努力はあらゆる方面から行なわれるべきだ。しかし、実際に国民の生命を脅かす事態が起こったとき、原発事故と同じことが起こる可能性を考えないわけにはいかない。自衛隊は使い物にならない。戦うのは米軍である。一部の意識の高い政治家を除き（そしてこういった政治家にはかならずナショナリズムがある）、国家側に国民の生命を守るという意識は希薄である。原発事故が起こっても、一民間会社に収束を任せつづけたのと同じように、ことが起こったときには米軍に始末を任せるほかないとしたら。</p>
<p>自衛隊が機能する可能性に賭けるのか。だが、それは平和主義者が望む結果だろうか。いざことが起こった際には米軍に処理を任せ、その裏で平和主義を享受しつづける。それは最悪の平和主義である。だからといって、自衛隊が文字通りの機能を実現することも、平和主義者にとっては望むべからざる事態である。ことが起こっても、こちらからは手を出さず、それに疑問を抱かないほど、国民に覚悟を求めることができるのか。その点、悲観的たらざるをえない。それほど勇気ある覚悟を民衆に強いることができるだろうか。集団としてなにを実現できるかは別にして、武器ももたずなんの抵抗もせずに死ぬことを推奨するなど、個人という観点からいえば、六十数年前の戦争で国家が民衆に強いた死と、結果にちがいはない。だからそれにかえて、ただ民衆を軟弱で臆病にすることしか、戦後の批判的知識人にはできなかった。暴力に反対し、そして頼みの言葉は目標（物自体）にはたどりつかぬ。せいぜい、実力行使を意味せぬ《デモ》を平和裡に行なうしか方策はない。それを今後もつづけていくつもりなのか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>事故が起こらないのを前提に原子力発電所を推進することと、戦争が起こらないのを前提に平和主義を貫くことは似ている。日本の領土が巻き込まれる戦争は本当にありえないのか。軍備そのものが平和を脅かす以上、それに慎重になるのは当然としても、この発想は、原発事故に備えること自体が風評を生むといっていた、原発関係者の発想と似てはいないか。平和主義を貫くなら、国民に、攻撃を受けても暴力的な抵抗なしにそれに耐える非武装の覚悟を求めるのでなければならない。そして同時に、世界にその非道を訴える言葉を磨くこと、なにより言葉が世界に届くのを確信させることができなければならない。しかし、今のままでは米軍がそれに抵抗する。それは、平和憲法の最悪の実践である。地球上もっとも凶悪な軍隊に護衛されながら、自らは非武装を気取って衰弱した平和を享受するのを、世界に臆面なく訴えることはできそうもない。</p>
<p>平和憲法を遠い理念と考え、そのため維持すべきという意見に賛成するとしても、条件をつけないわけにはいかない。法はたんなる理念ではなく、現実に運用される。〈遠い〉理念にばかり目を向ける知識人にノスタルジーを覚えはするが、それだけでは、卑近な現実主義のもとに理念を〈遠ざける〉政治家と、結果的にはなにも変わらない。いかにヘーゲル主義といわれようと、理念は現実に作用するし、作用されるようにすべきなのである。平和憲法は統整的理念であって、構成的に使用されてはならないなどというカント主義を振りまいてみても、そんな物言いは外部からもたらされる戦争においては、たんなるお題目にしかならない。平時には構成的使用の誹りを恐れず平和を伝道するのでないなら、やはりほとんど無意味なお題目である。</p>
<p>世界は抽象的な平面ではない。世界にはどこもかしこも、地理上の高低があり、歴史の因果律ともなりうる時間の前後関係がかならず存在する。それが具体性となる。この具体性なしに、ひとの足が現実に前に進むことはない。したがって、平和憲法は、いつまでも実践を遠ざけうる未熟なままの理念ではいられないし、まさに運用されるときを考えないわけにはいかない。実際に運用されるときとは、すなわち戦争が生じるときである。そのとき平和主義者がなにより恐れねばならないのは、この国を米軍が守る事態になることである。米軍の威力に依存した平和主義など、国際的にはなんの感動ももたらさない。もたらされるのは、他国からの軽蔑と憐憫、それによって防衛される国民の衰弱だけである。アメリカの憲法に日本という国家が吸収されるだけで、そのときには日本の憲法は、国家の法としては事実上失効している。平和主義を貫くことによって、かえって平和憲法が失効するということも、可能性としてはありうるのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《国家は国民の生命を守らない》。いまだ収束せぬ原発事故において、いままさに表面的に生じていることであり、国民はそれについて日夜怒りを表明し、デモに訴えている。だが、いざ戦争が生じたとき、平和主義の名のもと、《国家は国民の生命を守らない》という同じ事態が起こったなら、国民は耐えられるだろうか。同じ国民が、同じように怒りを表明し、デモに訴え、極端から極端へ舵をとる選択を、政府に強いることがないといえるだろうか。すなわち、再軍備を、しかも他国より強力な兵器による防衛を……。</p>
<p>原発が事故を起こす確率と同じとは思わないものの、今後、世界で起こる戦争が、日本を巻き込むものとなる可能性がないと言い切れるだろうか。その程度の危機意識は、歴史をやっている者なら、抱かないでいるほうが困難である。しかし、そのときに備えて、ただ平和憲法の雄叫びをあげつづけることが、平和を守ることにつながるのだろうか。むしろ、自分だけはそれを訴えつづけたという免罪符を得るだけで終わりはしないだろうか。平和主義の理念＝法は、実際の法の運用者である政治家に、きわめて危ういバランスのなかで舵取りをしていくことを要求している。そして実践からは遠い知識人が、この舵取りを客席から文句を言っているだけで終わっていいものだろうか。</p>
<p>《いつ戦争が起こるかしれない》という根拠不明の危機を煽り、《国民を守る》という観点から軍隊の存在理由を拵えて軍備を進め、結果この軍事力がひとを戦争に導く。だからいたずらな危機意識の流布に反対する。この考え方はよくわかるし、おそらくフーコーたちの《防衛》にまつわる議論はそのような観点から読まれてきたのだろう。だが、それはあまりに浅墓な読みといわねばならない。ただ《防衛》に反対するというやり方で、《防衛》を免れることはできないからである。それはもっと無意識的なものだ。危機〈意識〉の有無とはほとんど関係がない。いたずらな危機意識を国民のうちに煽ることで、《防衛》のため再軍備と戦争の道を選ばせるくらいなら、危機意識はないほうがよく、想像を超える事態には目をつぶるのがいいと、まさか考えでもしたのだろうか。だが、それは逆である。どのみち《防衛》されるなら、危機意識はあったほうがよいのである。それでなければ、危機意識の有無を問う幼稚な議論に終始するばかりで、その質を問う議論に移行できなくなる。</p>
<p>平和主義の観点からいえば、ナショナリズムを煽る右側のでたらめな危機意識に正当性をもたせることは、ほとんど不可能だが、だからといって世界平和を志す左側が闇雲に危機意識を封じ込めるとしても、それで平和が実現するわけではない。原発関係者と同じ奇怪な楽観視を国民に強い、その結果、ことが起こったときの反動があれば、反動に対する反動もまだ可能な分だけまだましで、それさえなく、ただ衰弱し、平和憲法がなし崩しに消滅していく……。</p>
<p>繰り返すが、平和主義者が恐れねばならないのは、いざというとき、万が一、日本が平和主義を貫けたとしても、アメリカが軍事力を発揮して、日本を《防衛》してしまうことである。それはどうしてもただの《防衛》ではすまない。国際的な制裁がかならず生じる。つまり日本は手を汚すことなく、結局は日本の戦争が生じてしまう。</p>
<p>危機意識の不在。そののなかで進行する、学問の衰弱、芸術の頽廃、政治の混乱。ひいては人間の没落。こういった心神耗弱を尻目に、国民は究極的な事態に対する楽観視にこそ正当性があるといった観点を手放すことができない。しかし、平和憲法に反対の者はおろか、維持に賛成する者であろうと、政治家であるかぎり、そうした楽観視は許されはしない。ふたたび国家が敗戦となれば、平和憲法を護持することもできなくなる。</p>
<p>そこで、ほんの一握りの政治家はこう考えている。アメリカから独立し、再軍備すべきである、と。しかし、それは国連軍を創設したうえで、それに参加する形においてだ、と。それならば、国民の生命を《防衛》すると同時に、かつてのような日本による侵略的独走も防ぐことができる。おそらくこの意見は、イデオロギーを抜きにしていえば、政治家に可能なもっとも正しい判断だろうと、わたしには思える。いざというときまで問題を放置して極端に振れるよりも、ずっとましな選択である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、政治家ではなく文学者である自分はこう考える。もっと別のやり方がある。迂遠ではあっても、その分だけ崇高な道がある。戦争において、決着をつけるのも、始めるのも、回避するのも、言葉の力である。ついに言葉は、最悪にもなり最善にもなりうる、《武器》である。それゆえ、言葉の力を知っている人間は、兵器による戦争に訴えなくても、戦いそして守る方法を、すでに知っている。</p>
<p>戦争の危機を訴えることをすべて右翼の専売特許と考え、奇怪な楽観視のなかで米軍の庇護のもと平和主義を貫く怠慢が許されるわけがない。平和主義者こそ、唯一の武器である言葉を磨き、言葉を大切にするということができないなら、危機になにができるというのか。兵器と武器とが、根本的に異なる概念だということを、言葉の微妙な響きにこだわる文学者はよく知っている。日本が兵器という《武器》をもたないというのなら、言葉という《武器》によって、つまり文学によって戦う国にならなければならないということのはずだろう。なにゆえ兵器とともに武器の概念まで捨てねばならぬのか。粗略な議論のなかで兵器と武器とを混同して、言葉の力を浪費し、日々衰弱させ、いったい知識人は危機に際してなにをもって戦うつもりなのか。世界言語の完成の日まで、平和のため日本語によって戦うことはなにも矛盾しないのだ。</p>
<p>先にいったように、今はむずかしい時代である。破局に向かう時間のなかで、一義的に正しいとはいえぬ古いものと新しいものとが混在していて、どちらに賭けることもそれなりのリスクを背負う。ならば右や左のイデオロギーなど目もくれず、ただひたすら前に進めばいい。国家が守るために戦うというのなら、文学者は屈託なく真正面から戦えばいい。それが、政治を拒絶する純粋な文学者の戦いというものではないだろうかと、わたしは思うのである。</p>
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		<title>盗みと贈与――世界史にとって、交換の視座は有効か？</title>
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		<pubDate>Sat, 16 Oct 2010 13:47:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
		<category><![CDATA[Kojin Karatani]]></category>
		<category><![CDATA[Marx]]></category>

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		<description><![CDATA[柄谷行人は世界史を《交換》の視座から考察する（たとえば、近著『世界史の構造』を参照せよ）。彼があげる交換様式は三つ。ひとつは贈与とその互酬。二つ目は、略取と再分配、三つ目は商品交換である。「贈与とその互酬」は共同体に、「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>柄谷行人は世界史を《交換》の視座から考察する（たとえば、近著『世界史の構造』を参照せよ）。彼があげる交換様式は三つ。ひとつは贈与とその互酬。二つ目は、略取と再分配、三つ目は商品交換である。「贈与とその互酬」は共同体に、「略取と再分配」は国家に、「商品交換」は資本主義に対応する。さらに、互酬システムの高次元の回復とされる四つ目の交換様式がある。これは、柄谷によれば、カントのいう統整的な理念であり、積極的に提示されるものではない。しかし、きたるべき「世界共和国」がもっているだろう交換様式であるという。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>まことにカント的であり、かつ資本主義的な議論である。わたしは、ストア主義者のいうような「世界共和国」にも、そしてニーチェのいうような「贈与」にも賛同する。だが、そこに至る道のりは、柄谷の意見とちがう。彼が古いマルクス主義の「生産様式」を批判して掲げた《交換》の視座をとらない。贈与にせよ、略取（＝盗み）にせよ、そして「商品交換」でさえ、原理的に交換ではありえないからである。いずれも一方的な暴力を含むのであり、そうあってこそ、贈与や略取＝盗み、そして結局「商品交換」も成立する。非対称であるがゆえに生じる暴力＝差異、それが贈与であり盗みである。そればかりか「商品交換」でさえ、贈与や盗みの一種である。だからわたしは《贈与と盗み》を交換の根底に置く<sup>★1</sup>。交換はシニフィアンに、贈与と盗みはシーニュにかかわる。盗みと贈与を根底に置く、とは、価値のやりとりにおいて、かならず差異が残ることを前提にする、そしてむしろこの差異、この非対称性こそ本質と考えることだ。逆に交換は、その差異の抹消を前提することである。非対称の交換という言い方は実践的な意義をもたない。交換の非対称性という言い方も現実的ではない。それは、思考上の段階的ツールとしてはありえても、平和のための戦争というくらい非現実的かつ非実践的な概念である。こうした矛盾を概念が弁証法的に隠しているとしたら、それを可能にする原理的根底を別に考え直すのがふつうであろう。だが柄谷は、交換様式の視座から離れることができない。</p>
<ul>
<li class="note">★1 ドゥルーズは交換を一般性と再現前化の指標に、贈与と盗みを単独的なものの反復の指標に振り分けていた（『差異と反復』）。わたしの立場は彼に近い。ところで、わたしは《交換》を否定しているのではない。むしろ人間が生み出した文化のひとつとして、というか文化そのものとして肯定している。</li>
</ul>
<p>ともあれ、交換である以上、共有可能なもの、すなわち同一性がかならず要求される。盗みと贈与を《交換》に仕立てるためには、贈る者と贈られる者、奪う者と奪われる者とのあいだに、なんらかの対称性がねつ造されねばならない。そこで互酬や再分配のような、非対称性（差異）の抹消が行われる。それらが対称的であると判断するために、超越論的な場が仮構される。前近代には神や王が、近代には、歴史や貨幣が、その役割を担う。それが国家や資本主義社会などの共同体に結実する。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>三つ目の交換様式である、商品交換について考えてみよう。一つ目の交換様式も、二つ目の交換様式も、資本主義的なこの第三の交換様式から遡ってみられたものにすぎないようにみえるからである。商品の等価交換が実現するためには、多様きわまる「価値」を数量化する貨幣が抽出されていなければならない。そしてこの貨幣こそが、《交換》という観念を可能にする。つまり、互酬や再分配が行う曖昧な等価交換を、より厳密なものにするのが、貨幣である。だがわれわれは、たとえばある商品を購入する際、それに付された価格どおりの価値を発揮するのか疑う権利がつねある。そしてこの疑いは絶対的に正しい。価格と価値が一致するとしたら、それはほぼありえない気狂いじみた偶然である。むしろ、商品に付けられた価格は、それに相当する通貨と商品のやりとりを「等価交換とみなせ」という指令である。もう少しマイルドにいうと、特定の通貨を共有している対称的なひとたちのあいだでだけ、等価交換は成立する。互酬も再分配も同じことである。それが本当に交換なのかを判断する術を、ひとは持たない。価値のやりとりにまつわって発生する本質的な差異を、権力や信仰や暗黙の契約が埋める。それがある種の交換の謂いである。逆にいえば、これらが行うのは、贈与や盗みよりももっとたちの悪い、差異の暴力的な抹消である。ベンヤミン風にいうと、贈与や盗みは神的暴力だが、交換は神話的暴力である。</p>
<p>繰り返せば、本質的にいって、「贈与とその互酬」や「略取と再分配」のみならず、「商品交換」でさえ、厳密な等価交換が成立する可能性はほぼ皆無である。ひとびとの抱く《価値》それ自体が、徹頭徹尾、同一性のありえない差異だからである。現実的には、あらゆるコミュニケーションは、贈与か盗み、あるいはその両方である。コミュニケーションの背後ではたらくもうひとつの暗黙の原理が働かないかぎり、交換は成立しない。つまり、交換という視座には、かならず欲望の屈折が込められていて、その屈折、その隠蔽を正当なものとみなす権力が発生している。わたしが奪うのは、あとで再分配するためだ。わたしが贈与するのは、あなたがお返しをしてくれるからだ。わたしたちはあくまで交換したのであって、けっして不当な利益は得ていない……。こうした暗い欲望の屈折がないかぎり交換は成立しない。《交換》とは、ひとの本質的な非対称性の隠蔽以外のなにものでもない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷の提示する三つの交換様式は相当強固である。この様式を打ち破って来たるべき新しい世界をもたらすのはきわめて困難にみえる。その原因は、彼が掲げる《交換》の視座そのものにある。《交換》の視座は、曲がりなりにも交換が可能であるという前提に立つ以上、共同体構成員の対称性を暗黙のうちに想定しないわけにはいかない。したがって、この視座自体が、オートポイエーシス的に、構成員の対称性を再生産してしまっていることになる。構成員が対称的であるような共同体のどこに、革命の必要があるだろうか。彼が非難するボロメオの輪をつくっているのは、この視座そのものである。</p>
<p>付け加えておけば、モースは「贈与」について画期的な視点を提示した。だが、結局、「ハウ」のような悪い観念にかかわりすぎ、彼自身が「円卓」の比喩でその可能性を閉ざしてしまった。円卓のような回転対称性が前提されるかぎり、贈与の連鎖がおりなす差異の螺旋は、早い段階で再帰し（つまり交換＝同じものの反復となり）閉ざされてしまう。世界にたどりつくほどの円を描くのはほぼ不可能である――というか、世界を閉ざされた円のなかに封じ込めることにしかならない。見返りを前提にした贈与を主流とする共同体など、世界大のものはおろか、世界帝国でさえ、ただの一度も形成されたことはない。それが世界史である。</p>
<p>《交換》の視座を貫くかぎり、世界同時革命など起こりようがないのだ。革命とは、隠蔽されていた非対称性の発露、つまり圧倒的な盗みと贈与、およびその肯定である（革命revolutionを、回って戻る回転対称性を備えるものと定義するのであれば、われわれはそれに代えて、非対称の螺旋を描きつつ回りながら進む進化evolutionを提示する）。対称性を可能にする超越論の打倒こそ、革命がになうべきものだとするなら、まずもって、革命は、柄谷のいう《交換》の視座にこそ、その刃を向けるだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>マルクスの好んだ自然史的な発想からいえば、交換は発生したことがない。むしろそこには、かならず差異が残った。つまりなんらかの贈与や盗みがつねに発生していたのであり、この差異の連鎖、この差分こそが世界を可能ならしめていたように思われる。そうと信じたくはないが、柄谷は、マルクスをこの自然史の深みにおいて、読んだだろうか。太陽と木々は交換しているわけではない。たんに木々は光を奪い、太陽は光を贈る。雨と土もまた同じである。交換などしていない。たんに雨は贈り、土はそれを奪う。ひとも同じである。男は与え、女は奪う。資本家は奪い、労働者は贈る。そのことのたえざる反復が、世界である。交換が真に実現する瞬間とは、おそらく宇宙の終わりを意味していよう。しかし宇宙が終わるのでもないのに、交換が実現したというのであれば、それは想像的なもの以外にありえない。《交換》の視座は、おそらく世界史的というより、ナショナルである。交換不能な場所での交換、などといったところで言葉遊びである。世界史という概念に意味を与えたいなら――つまり自然史と同様に考えたいなら、《交換》の視座は捨てねばならない。柄谷の議論はたしかに精緻になった。だが、「想像の共同体」の見地から、一歩も出られていないと、わたしは思う。</p>
</p>
<div class="post-rl">
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		<title>哲学者と芸術家II――カントとドゥルーズの場合</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Sep 2008 10:41:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
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		<category><![CDATA[Kant]]></category>
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		<description><![CDATA[ニーチェというひとりの人物が成長し、文献学者から哲学者へと変貌する姿は、ぼくたちを感動させる。そこには、なにひとつ無駄なものはない。そうした成長の物語――ひとりの独身ドイツ人の伝記作品を、ニーチェの生涯に見ることは、もち [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ニーチェというひとりの人物が成長し、文献学者から哲学者へと変貌する姿は、ぼくたちを感動させる。そこには、なにひとつ無駄なものはない。そうした成長の物語――ひとりの独身ドイツ人の伝記作品を、ニーチェの生涯に見ることは、もちろん可能だ。それは、可能というよりは、むしろ推奨される。バーゼル周辺にいた若い彼には、まだまだアカデミックなところがある。言い換えれば、現象と物自体の対立を信じるカント的なところがあり、それが抜けきっていない。アポロンが、じつはディオニュソスのもうひとつの仮面にすぎないことを、そしてディオニュソスでさえ仮面であることを、まだ知らないのだ。だが、彼は、そのはじまりから、すでに《悲劇》を発見していた。『悲劇の誕生』である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《悲劇》とは、言葉が現実に機能する、その特別なあり方のことだ。ぼくたちは、プラトンやソクラテスのこと、あるいは紫式部や空海のことを、テクストによってしか知らない。だから、彼らの存在を、現実にではなく、テクストの中に解消してしまうのは簡単なことだ。彼らが本当に存在していたかどうか、そんなことはわからない、と言ってしまうのは、簡単なことなのだ。世界は、テクストという現象の世界と、存在という物自体の世界に分かたれている。ぼくたちは、ただ、テクストの内部で戯れることができるだけなのだ。</p>
<p>このような存在のペシミズム、いわゆる&#8220;言語論的転回&#8221;を、たんに否定してはならない。言語論的転回を諦め、実証の可能性を盲目的に前提にすることも、同じくらいに簡単なことなのだ。むしろ、突破口は、転回を徹底することによって開かれる。この思考を徹底したなお先に、歴史上の人物の存在を否定しえない、最後の可能性が残っている。すなわち、不可知の物自体の実在は、その定義上、証明不能であるという一点である。物自体でさえ、不確かであるという点では言葉＝仮象かもしれないのだ。したがって、世界そのものが、《すべて言葉でできている》、という最後にして唯一の、そして証明不能の世界把握の可能性が、物自体の実在可能性と拮抗し、さらには物自体をも内包してしまうのだ。</p>
<p>存在そのものが、言葉のようにあるのだとすればどうか――たしかに聞いた、あの《声》が、いまはもうぼくたちの手の中から消え去っているように、存在そのものが、こうした《声》の形式を持つものだとすればどうか。だとするなら、歴史上の登場人物の存在の手がかりが、テクストしかないとしても、そのことは、もはや問題ではなくなる。なぜなら、存在とは、《声》のように、今ここから消え去ることによってはじめて成立するからだ。存在は物自体だから不可知なのではなく、消え去るせいで、不可知だと思いこむだけだ。テクストしか残っていないからといって、消え去ることによって定義される《声》としての存在を否定することはできないのである。歴史上の登場人物は、テクストではなく、言葉のなかに住まう。本当の本当の世界において、歴史は、ひとが間違ってそう思っているような文献ではなく、言葉のなかにしか存在できない。プラトンや空海たちは、妖精のようにこの世に存在しているのだ。言葉は、声のように、ひとの主体を離れた無署名なものとして、この世界に実現される。テクストから逃げ去っていく声、差異としての言葉。それこそが、《悲劇》としての歴史なのである。《文学者》を除くと、十九世紀には、この《悲劇》を明晰に発見した人物が二人いた。もちろんひとりはニーチェであるが、そこにマルクスを数えることは不可能ではない。二十世紀には三人。ベンヤミンとフーコー、そしてドゥルーズである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>かつて、ストア派哲学者のクリュシッポスは、こんなことを言っていた。「車と口にすると、口から車が飛び出す」。ぼくはこの言葉が大好きだ。これを論理学上のパラドックスだと考えてはいけない。そうした思考法は、書物のなか、大学の図書館のなかでだけ、可能なものだ。もちろん可能であるからには、そういう思考法も許されてはいる。だが、大学の外でそんなことを論じているようなひとは、本来なら避けられたはずの車に轢かれてお陀仏するほかない。「車」が車であるか、内在的には証明されない、などと言っているあいだにゲーデル主義者は車に轢かれてあの世行きなのだ。</p>
<p>クリュシッポスの奇妙な言葉は、まさしく《悲劇》として理解されねばならない。おそろしく悲観的で、それでいて真剣に笑う準備をいつも怠らないぼくは、この言葉が、証明不能であるにもかかわらず、本当に実現するのだと考える。彼の言うことは、パラドックスでもなんでもない。真理だ。ひとが車と口にするとき、実際に口から車が飛び出すのでなければならない（だから、おいそれと車などと口にしてはいけない）。ニーチェはストア主義者には厳しかったが、といって、彼が、プラトンからヘラクレイトスへ、というクリュシッポスと同じ思考の歩みを歩んだことを忘れてはならない。ニーチェの本質は、クリュシッポスの言葉が《悲劇》であることを、即座に理解したはずである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>だが、カントならどうだろう？ 限界を設け、限界を超えることを嫌う彼は、こうした操作を行なうにちがいない。車と口にすると、口から括弧つきの「車」が飛び出す。&#8230;&#8230;</p>
<p>こんなことをいまにも言いそうなカントは、ぼくにとっては、真っ向からの敵である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>マルクスは、こう言っている。「歴史は繰り返す、一度目は《悲劇》として、二度目は《笑劇》として&#8230;&#8230;」。この謎めいたマルクスの言葉を借りるなら、カントは、《悲劇》を、《笑劇》に変えてしまう張本人である。カントは、一度目の反復である《悲劇》を見ようとせず、二度目の反復だけを見ている。一度目の《悲劇》を物自体と考えて黙殺し、二度目の《笑劇》を現象として批判的に受け容れる。たしかに、車という言葉をなかなか信じられず、そのあげくに車に轢かれたとしたら、それは《笑劇》だろう。だが、ニーチェなら、こう考える。《たしかに、車など来ない。だけどぼくは、それでも言葉どおり、車に轢かれて死ぬのだ》。ニーチェは轢かれて死に、そして彼は死にながら笑う。これはもちろん、《悲劇》であり、そしてなおかつ《笑劇》である。</p>
<p>カントは、言葉を、意味のなか、たとえば車なら車の「意味」に回収してしまう。車という語は、意味に触れているだけで、現実の、つまり物自体としての車には、触れることができない&#8230;&#8230;。カントの批判が息の根を止めるのは、理性ではない。先のクリュシッポスの言葉が実現する、《芸術》である。ドゥルーズが、彼を「敵」だと言い放ったのも、もっともなことなのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>だが、ニーチェは言っていた、「おお、敵よ。敵がいない！」 ニーチェにとっても、カントは、ほとんど最大の敵なのだが、にもかかわらず、《敵はいない》のだ。ドゥルーズがカントについて論じるのは、この観点からである。</p>
<p>「敵」であるカントは、ドゥルーズによって、どのように乗り越えられるのだろうか。言い換えれば、どのように肯定されるべきなのだろうか。それはまさしく、カントの哲学を芸術の観点から、芸術的に描くことによって、実現される。芸術を批判し、息の根を止めようとするカントを、芸術化することによって、カントはついに肯定される。ドゥルーズの『カントの批判哲学』のあらすじを大急ぎで書くなら、以下のとおりだ。</p>
<p>カントの三批判――『純粋理性批判』、『実践理性批判』、そして『判断力批判』は、ある無意識的な、そして直観的な哲学者による次のような物語に置き換えられる。物自体と現象の対立を守り、その縛めを自らに課し続けて来た、マゾヒスティックな男が、最後の批判において、趣味判断、すなわち《美》を論じるにあたり、その縛めはひとりでに破られ、彼の秘めた能力が解放される。彼は、われを失って、自身がそれまで築き上げてきた、壁としての哲学のわずかな亀裂に指を差し入れる。そして望んで得たわけではないオルガズムの中で、芸術の可能性に触れる。カントの哲学は、最後の批判によって、完成ならざる開かれた結末を迎える。カントは、ヘラクレイトスに出会うのだ&#8230;&#8230;。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ドゥルーズは、徹頭徹尾、三批判書を一個の文学作品として読んでいる。こうしたドゥルーズの読みは、ニーチェ哲学の正真正銘の勝利を示しているし、誤解の余地はないと思う（ドゥルーズのカント論は、基本的にニーチェ論の一部である）。とはいえ、ドゥルーズをアカデミックに読むことに慣れたひとたちは、これをカントの可能性の意味に、どうも誤解してしまうらしい。たしかに、ドゥルーズは、カントを、例によって最大限可能な形で哲学者として持ち上げているし、可能性がないわけではもちろんないのだが、カントの哲学は、ドゥルーズのそれとはまったく異なる。ドゥルーズの『カントの批判哲学』は、むしろ、カントという大河さえ、差異のままに飲み込んでしまう、巨大な海洋としてのドゥルーズ哲学の本質を、逆説的に示しているだけである（敵も友も同じく飲み込んでしまうのが、ドゥルーズの内在平面である。アラン・バディウのようにそれを「一者」（＝神）だと言って批判したければしたらいいが、内在平面が一者かどうかは、問題の本質ではない）。ドゥルーズ自身が「敵」と呼んだように、彼の肯定の哲学のなかでは傍系に位置するこの小品を、過度に取りあげる必要は、あまりないだろう。度がすぎると、ドゥルーズの本質を見失いかねない。</p>
<p>ドゥルーズは、ときに無味乾燥なアカデミシャンのあいだで、やたらにもてはやされる良識的なカントを、マゾヒストの分裂症患者として描いて見せた。それはそれで興味深く、またこれはこれで、《リアリズム》の表現なのだが、ニーチェの肖像ほどには、美しくない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ところで、カントに見つからないように、物陰に隠れてこっそり言うが、言葉についての言葉の芸術である《文学》には、いつも次のような問いが課せられている。なぜ、歴史は、出来事でありうるのか。いかにして、言葉は出来事へと実現されるのか。こうした問いは、おそらく、さらにもう一歩進められるはずである。《言葉は、いかにして悲劇的な道筋をたどって、つまりその発話者を特別なやり方で巻き込みながら、自己自身を実現させるのか》。ギリシア人は、《悲劇》を最初に発見した民族だが、日本人もまた、そうした民族のひとつであったかもしれない。そのことは、すこし頭の片隅に置いておくべき事柄だと思われる。&#8230;&#8230;</p>
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		<title>哲学者と芸術家――ニーチェとドゥルーズの場合</title>
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		<pubDate>Mon, 22 Sep 2008 05:37:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ぼくは、ニーチェほど不器用で、そして真っ直ぐな人間を知らない。端的に、崇拝するアイドルのひとりだ。彼は真っ直ぐであることにナイーヴで、そして勇敢だった。ぼくたちには、彼の書いたものは、ときに、あまりにもひねくれて見える。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ぼくは、ニーチェほど不器用で、そして真っ直ぐな人間を知らない。端的に、崇拝するアイドルのひとりだ。彼は真っ直ぐであることにナイーヴで、そして勇敢だった。ぼくたちには、彼の書いたものは、ときに、あまりにもひねくれて見える。けれど、それはたぶん、ぼくたちの世界が歪んでいるからだ。だから、彼がときおりみせる肯定は、このうえなく美しい。それでも生はすばらしいものだと、彼はまっすぐにぼくたちを見つめて、その恥ずかしい言葉を口にするのを憚らない。その肯定は、世界で一番美しいもののひとつだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>そのニーチェについて、もっとも美しい言葉を残したのが、ジル・ドゥルーズである。彼の『ニーチェと哲学』は、ニーチェという交響曲の、最高に美しい演奏である。それにかなうものをあげるとすれば、最近では、グールドの弾くバッハくらいのものだろう。『ニーチェと哲学』は、ぼくを知的に興奮させると同時に、もっとも単純な感動に誘う。</p>
<p>ドゥルーズは、凡百のアカデミシャンとはちがう。テクストとして紙に固定されたニーチェをさまざまに解釈したりもしなければ、テクストの境界を忠実に守りながら、それまで積み重ねられた解釈を脱構築することで、余白を取り返し、ふたたびテクストとしてのニーチェを救い出す、というようなことにも無関心である。彼はあくまで、ニーチェを究極にまで高めながら、同時にニーチェに忠実であろうとする。ニーチェを高めるためなら、《テクストの解体さえ厭わない》。だが、にもかかわらず、彼は同時にニーチェに忠実である。それは可能なのだ。</p>
<p>究極――すなわち《自然》。そこでは、ニーチェは思う存分高められて、もはや《自然》に等しく、そして同時にドゥルーズもまた、忠実であればあるだけ《自然》に等しくなる。つまり、ニーチェとドゥルーズ、そのどちらもが入れ替わり立ち代りしながら、《自然》の名のもとに等しく高揚していく。そしてドゥルーズは言う。こうした特別な読解法こそが、ニーチェの哲学の神髄である、と。ニーチェの賛美したディオニュソス的陶酔の能力は、「テクスト」のはるか彼方にある。</p>
<p>一方が他方を審判するのでもなければ、他方のために一方が慎ましやかに自己の領域を守るのでもない。ドゥルーズの読みは、ニーチェもドゥルーズ本人も、双方が、テクストを超えて名を高めあう、そうした読みである（ニーチェの言葉を借りれば、ドゥルーズは「読む」のではなく、テクストなしに、声に出して、「暗誦」している）。それは、パウル・クレーがパルナッソス山を描くとき、「パルナッソス山」が美に高められ、同時にクレーの名が芸術家として高められるのと、まったく同じことである。</p>
<p>ドゥルーズのことを「秀才」と呼び、優秀なアカデミシャンだと呼ぶひとたちを見かける。だが、その評価は的外れだと思う。まったくどうかしているというほかはない。彼はまごうかたなき天才だ。天才とは、テクストの壁を乗り越えて、こうした読解ができる人間ならざる人間のことだ。つまり、ドゥルーズは、天才の定義の中心にいるひとりだ。こんな絵画を描けたドゥルーズが羨ましい。よくもここまで、と思う。あるいはこう言ってもいいだろう。彼の特別な非-読解、つまり「暗誦」は、グールドの弾く天才的なバッハ演奏に等しい。グールドは、テクストに忠実であろうとなどしない。強いていえば、彼はバッハに忠実なのであり、バッハをかぎりなく自然に等しい高みにまで押し上げながら、テクストとしてのバッハを超えたバッハだけを、彼は演奏しているのである。それはバッハでなくグールドであり、それでいて、グールドではなく、バッハである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>バッハの仮面をつけたグールド。あるいは、ニーチェの仮面をつけたドゥルーズ。だが、その仮面の本体たるバッハやニーチェもまた、彼らが天才であるかぎり、《自然》が纏った仮面でなければならず、そして実際には、《自然》そのものが、その本質からして仮面なのである。仮象の、すなわち形而上学の勝利。《すべては仮面であり、したがってすべては仮象なのだ》。天才たちは、こうした仮面の連鎖のなかに、みずからの項を作り出す。彼らは、すでにそこに参列している子供や動物、労働者や宇宙人と手を取り合って、その連鎖の連鎖を生と謳歌する。&#8230;&#8230;</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>実際、その演奏家が本物の演奏家であるならば、演奏だけしているというのは大間違いだ。彼は、同時に二つのことを行う。まずもって、たとえばバッハやベートーヴェンという人間が残した楽曲を、《自然》にまで高める努力をしなければならない。つまり、それまでのさまざまな常識的読解のみならず、テクストそのものからさえも、《人間》的なものをすべてそぎ落とす勇気を持たねばならない。そして、そうしてはじめて、テクストは潜勢的な音楽となって現れる。というかむしろ、その時点で、はやくも音楽が鳴り響き始めるのだ。そこまでいけば、もう彼には指は必要がない。それは、すぐれた剣術家が刀を必要としないことと同じである。真の演奏家は、優れた指ではなく、優れた耳を持っている。楽譜の彼岸にある音を聴き取る、耳を持っているのだ。その際には、もはや《自然》にまで高められた楽曲に、いかに忠実に演奏するか、その技術が試されるのである。もっと簡単にいえば、真の演奏家は、哲学と芸術の二つを同時に実践する。</p>
<p>ぼくたちは、人間の手垢に塗れた自身の行為から、人間的なもののすべてをそぎ落とし、それを《自然》のなかに住まわせることを、哲学と呼ぶ。哲学とは、人間を自然のなかに住まわせる努力である。これをときに理論と呼ぶが、そうした理論が真に理論であるためには、つねに人間を《自然》に重ね合わせる努力が含まれていなければならない。</p>
<p>したがって、優れた演奏家は、すでに芸術家であり、作曲家とさえ同じなのである。ベートーヴェンが《自然》に対して行なったことを、グールドは、ベートーヴェンに対して行なう。ベートーヴェンが、自分の耳から人間的なものをそぎ落として、《自然》の音を聴こうとしたように（もちろん、画家の哲学は、視線から人間的なものをそぎ落とすときに発揮される）、グールドは、「ベートーヴェン」から不要な括弧をそぎ落とす。芸術家は、まず哲学を行なうのだ。</p>
<p>ならば、芸術はなにをしているのかといえば、こうだ。そうした哲学をひとに伝える、ヘルメスの役割を果たす。ぼくたちが、こうしたコミュニケーションであるところの芸術を、にもかかわらず、ときに創造的な行為と呼ぶのは間違いではない。創造とは、まさに赤子としてのぼくたちが両親の顔を引き継いで生まれてくるように、むしろ、《自然》を反復することだからである。また、これをぼくたちは、ときに物語と呼ぶ場合がある。これも間違いではないが、虚構を作り出すこととはまったく異なる、という点は、念頭に置いておこう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>真の芸術家は、まずもって哲学するひとたちである。ただ表現すれば芸術だと思っているなら、それは大間違いである。そして、真の哲学者は、まずもって、芸術家たらんとするひとたちである。けっして、学者のように、テクストとかかわろうとはしないだろう。テクストと戯れていればそれで哲学だと思うなら、やはりそれも大間違いである。ニーチェやドゥルーズはより哲学的なひとであり、バッハやグールドは、より芸術的なひとであった。だが、前者は芸術を惰ってはいないし、後者は哲学することに倦んだりしない。芸術家や哲学者というレッテルは、両者の度合いである。</p>
<p>そして、ぼくがいま、次に言いたいことは、この芸術‐哲学、あるいは哲学‐芸術の連鎖を含めて、この両者の重なりあうちょうど一点に的中するように、日本人はこれを《文学》と呼んでいるという事実である。いや、呼んでいた、という過去形を使うべきだろう。もう、そのことを知っていたひとは、どこにもいなくなってしまったからである。&#8230;&#8230;</p>
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		<title>デリダ／フーコー・ドゥルーズ、そして第九条について</title>
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		<pubDate>Tue, 26 Feb 2008 14:40:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<category><![CDATA[antagonistic peace]]></category>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>この三人について、ずいぶん、言葉を費やしたと思う。とくに、デリダについては、ここでは比較的たくさん語ったし、本当のところをいえば、もうあまり文句はいいたくない。きっと彼の人柄は、素晴らしいものだと思うから。それに、わたしは、べつに哲学研究者ではないし、その理論に対する実感を、学術論文に高めるという欲望をもたない。しかし、この三人が曖昧に一緒くたにされてきた日本の言説空間には、なにか不穏なものを感じないではない。というのも、やはり、デリダとフーコー・ドゥルーズは、理論的な方向性がまったく異なるからである。もちろん、フーコーとドゥルーズのあいだにも差異はあるし、また逆から言えば、デリダがフーコーたちと異なるのも当然なのだが、しかし、わたしには、この差異は、致命的に巨大なものに思えるのだ。たしかに、フーコーとデリダとのあいだに、表向きの和解はあったし、一時的な共闘は望むところでもあろう。だが、やはりそれは一時的なものにしかなりえないと思う。いまはまだ、デリダとフーコーたちの差異は、微細なものだ。彼らの理論は、結果的に同じ表現に帰着しているようにみえる。この差異は、デリダのフッサール論からして、すでに垣間見えていた。この初期値のちがいは、あとあともっと、それこそ取り返しの付かなくなるほどに、大きくなるだろう。左派を気取るなら、この差異は、もっと強調しておかねばならない。</p>
<p>わたしは、ここ最近直覚したこの差異についての正当性を、確信している。そして、もっと厄介に感じているのは、デリダの議論を批判しながら、それでいて、彼の音声中心主義の周辺をうろついている、日本の理論家たちのあいまいさである。私見によるなら、彼の理論の本質を批判するかぎり、音声中心主義批判に対して疑問を抱かないでいることはむずかしい。音声中心主義批判の恐さは、それが、ブラックホールのような禍々しい正しさに満ち満ちていることである。</p>
<p>プラトンやルソーにみられる音声中心主義を批判するにしたところで、わたしたちが触れることができるのは、彼らのものとされているエクリチュールだけである。彼らの声を聴くことは絶対にできない。もしかりに、なんらかの形でそれが録音されていたとしても、それは声ではなく、その本質から言えば、それもエクリチュールである。したがって、エクリチュールしか残していない人間の音声中心主義を批判することは、本来は不可能なのだが、その一方で、この批判は、現在の人間が過去の人間に対してもっている不可逆の権力関係によって、かならず成功してしまう。わたしたちは、エクリチュールにその基礎をおくかぎり、プラトンやルソーの議論を、一方的に裁く権利をもっているからである。</p>
<p>本来、デリダのような文献学者が持たねばならないのは、テクストに残された痕跡のあいだから、痕跡なき声を聴こうとする態度である。わたしたちの言葉は、声であろうと、文字であろうと、つねに、「彼岸」を渇望し、欲望する矢や弾丸である。テクストの外部はない、テクストの起源などないのだ、などと文献学者が語ることは、はっきりいえば、すでに届いている言葉から、目や耳を塞ぐ行為以外のなにものでもない。そのことに気づかないのは、現在の人間ならば誰もがもっている傲慢さのゆえなのである。そしてこの傲慢さが厄介なのは、現在のすべての人間が、これを慎ましさだと誤解していることなのである。「わたしは、あなたの意見がわかったなんていうつもりはありません」というわけだ。だが、本当に必要なことは、わかったか、わからなかったかではないし、相手の論理を自壊させることでもない。むしろ、いかに、生産的でポジティヴな差異を、そこから直接引き出せるかどうか、である。欲望は、つねに、外への欲望であり、だから、欲望本位の言葉はたえずテクストの外へとはみ出しているような、そんな実践なのである。こうした欲望を、否定することはできない。否定するなら、それは欲望の定義からははずれてしまう。欲望は、徹頭徹尾肯定的ななにものか、ポジティヴな差異として実現されるからだ。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>欲望はしてもかまわない。だが、それを実践に移すのは勘弁してもらいたい。これが、ふやけた民主主義的な学者流の、デリダ読解の中心である。ひとは、たえず他を犯したい、他に犯されたいという、主客未分の淫らな欲望を心に抱きながら、電車に乗り、道を歩き、そして食事している。こうした欲望をその内部に溜め込むこと、外部への発露を禁じることは、それは、欲望本来のありかたとは考えられない――というか、そうした禁止さえ、欲望が能動的に行なうのでなければならない（ちなみに、これがストア派流の考えかたである）。欲望と実践とを分割する学者流の理解は、たとえば、軍隊をもつことはかまわないが、それを解き放つことは許されないという、今日、どこの国でもまかりとおっている論理と、どのように違っているのだろうか。わたしには、まったく同じものにしかみえないし、むしろ、それらは混同されるべきものとさえ思っている。欲望を屈折させ、自身のうちに溜め込むことは、暴力を軍隊にまで膨れ上がらせることと、ほとんど大差ないのである。</p>
<p>むしろ、わたしなら、なんの考えもなしに母親が子の尻を叩くのと同じように、直線的で、なんら屈折していない暴力を、たえず発揮せねばならないのだと思う。欲望は発揮されねばならないが、発揮されてはならない、などというデリダ流のパラドックスなど、観照的な場所にいればとりあえず安心できる学者という人種のひねくれた欲望しか満足させないだろう。だが、そうしてひとびとの欲望を屈折させ、暴力を内側に向けることが、倫理的には使い道のない軍隊を膨れ上がらせることとどのようにちがうのか。そうした議論は、わたしにはまったく説得的ではないのである。</p>
<p>欲望は、本質的に実践であり、つねにはけ口を求めるものである。それを内側に向けて屈折させればさせるほど、暴力は、肥大化していく。言葉から拳に、拳から銃に、銃からミサイルに、そしてミサイルから原子爆弾に、といった具合である。</p>
<p>憲法第九条を、わたしは愛している。この条項は、とにかく、戦争を、わたしたちの極限まで、近づけているからだ。この条項は、人間はかならず戦争してしまう生物だという前提なしには、文章として成立しない。憲法第九条は、ひとがそうみなしているのとは逆に、ロマンチックな理想論でもなんでもない。もっと過酷であり、現実的である。ひとはかならず戦争するということを忘れているひとたちだけが、憲法第九条を不要だとみなすのである。軍隊を恒久的に手放さねばならないのは、ひとが、暴力装置を持とうとする欲望を恒久的に手放せないからである。軍隊を手放す、とは、軍隊を持たないことではない。むしろ、軍隊は、たえず手放されねばならないということである。手放すということの意味は、すなわち、外に向けて発露させるという意味であり、したがって、軍隊にまで膨れ上がるまえに、つねに、直線的で、無垢で、そして痕跡の残らない暴力を、つねに発揮し続けなければならないということを意味している。……</p>
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		<title>言葉の力</title>
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		<pubDate>Thu, 15 Nov 2007 01:22:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[言語は、主体の意志を伝えるための道具である。このとき、ある語と結びついている特定の意味が参照されなければ、意志が伝達されるということはない、と考えられる。したがって、《意味》が共有されていなければならない。《意味》という [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>言語は、主体の意志を伝えるための道具である。このとき、ある語と結びついている特定の意味が参照されなければ、意志が伝達されるということはない、と考えられる。したがって、《意味》が共有されていなければならない。《意味》という仮象を経たうえで、はじめて、意志が伝達される。つまり、かならず語は屈折のプロセスを経るため、語が表象する意志に対して、つねに媒介的であり、また間接的であると考えられる。</p>
<p>しかし、言語はかならずしもそれだけとはいえない。たんに表現され、一種の音楽として機能する言語も可能だからである。つまり、《意味》を欠いた言語というものがありうる。たとえば、「オッペケペー」や「トコトンヤレ」、「エージャナイカ」、あるいは「ドッコイショ」や「ヨイショ」、「ヨッシャ」、「コラ」などである。これらは、もはやなんの意味ももっていないが、にもかかわらず、なんらかの行動に付随し、またこれ自体がひとに行動を促す場合がある。したがって、たんに無意味というわけでもないが、かといって、上記の《意味》をもってはいない。《意味》が他人に正確に伝達されるかどうかは、問題ではなく、あくまで、行動に連鎖して起こるのであり、どちらが主であるともいえず、また話す主体ということも、それほど問題にはならない。とくにはじめの三つは、自由民権運動や討幕運動に密接にかかわっているものである。こうした音楽としての言語は、出来事や行動と連動する、ある種の革命性をもっている。</p>
<p>言語がそのまま出来事であるような、そうした言語とは、いわば、音楽的言語であると考えなければならない。意味は、ひとびとの内面的な意識において実現され、そのことによって、伝達が完遂したとみなされる。だが、音楽的言語は、むしろ、意味を、人間の外側で起こる《出来事》であると考える。たとえば、熱湯をかけられて、「冷たい」といったとしよう。「冷たい」という語が、本来の《意味》とかけ離れていようと、なんらかの感覚を他人に抱かせ、他人に行動を促すかぎりで、それはやはり、出来事と直接に結びついた言語であると考えるほかない。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>言語の本質が音声にある、といわれる場合、とくに注意しなければならないのは、こうした音楽性に重点が置かれている場合である。いわゆる「自分の話すのを聞く」という円環は、デリダがいうように、たしかに批判されねばならない。しかし、それは、あくまで、《意味》の共有を完全なものにし、それをもとに自意識的な共同体を構成する、という場合の円環である。上記のような音楽的な音声は、《意味》を欠いているがゆえに可能になっているのであり、そうした《意味》的音声とは区別されなければならないはずである。つまり、デリダは、そうした《意味》論的な言語を一掃しようとするあまり（相手／対象との同意や契約を必要とする意味論的な言語使用は、たしかに不完全なものに終始する）、音声のもつ革命性も一緒くたに批判してしまったわけである。</p>
<p>文学であろうが、歴史学であろうが、出来事と直接に結びついた音楽的言語というものを相手にするかぎりでしか、可能にはならない。意味論的な言語は、すべて、カント的な認識論に回収されてしまう。たとえば、「実態」を想定する実証主義や、「意識」を想定する構成主義的な思想史は、意味論的であるかぎり、不可能性や消極性を帯びないわけにはいかないのである。つまり、言語は、間接的で、媒介的で、つねに意志の疎通を不完全なものにする「絶望」的な装置として、ひとびとを悩ませることになるわけである。</p>
<p class="post-c"◇</p>
<p>ここから、言語の軽視が起こる。しょせん、言語は現実あるいは「実態」に対して二次的である、というものである。たしかに、意味と現実とを直接つなげようとするヘーゲル的な議論は、批判せねばならないし、その場合、言語を二次的なものに貶め、物自体と言語的認識を区別することは、有効である。だが、結果として、言語の音楽性が無視されてしまう。</p>
<p>わたしたちは、キューバの音楽であろうが、日本の音楽だろうが、アメリカの音楽だろうが、すべて、音楽として聴くことができる。演奏家は、音を出しているだけだが、にもかかわらず、聴衆は、それを音楽として聴くのである。意味論的な言語において、外国語がきわめて重大な障壁になるのとは、正反対である。言語においても、そうした音楽的言語というものがある（逆にいうと、意味論的な音楽というものもあって、日本の最近の歌謡曲は、きわめて意味論的なもの――つまり、意味が共有されていないと理解できないもの――に成り下がっている）。</p>
<p>疑い深い読者のために、音楽的言語の存在を証明する、ある事例をあげよう。むかし、ニューヨークにいたとき、ある黒人の母親が、自分の子供に「ウッジューシーザライツ」といっているのに出くわしたことがあった。わたしは、この音声を聞いて、母親が即座に、通りを飾るイルミネーションを見ろといっていることを理解した。というか、理解する前に、そのイルミネーションを見た。わたしは、そこで、意味を参照したわけでもないし、同じことだが、仮象を思い浮かべたわけでもない。「ウッジューシーザライツ」というリズムが、イルミネーションを見る動作と連鎖的に結びついたのである。</p>
<p>音楽的言語というものを考える場合、むしろ、外国語のほうが、《意味》がわからない分、容易なのである。文学や歴史も同じことで、《意味》がわたしたちに共有されていないほうが、かえって、その当の作品や記録を、出来事そのものとして受けとりやすいのである。翻訳にすぎないにもかかわらず、カフカやポーや、クライストやゴーゴリの小説（これらはわたしの趣味であげたにすぎない）がわたしにとって出来事であるのは、そういうわけである。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>さて、議論の方向が定まっていないし、わたしのほうで定める気もないのだが、とにかく、わたしがいいたいことは、言語は、モノと同じ強さで、重大視されねばならない、ということである。けっして、モノや現実に対して軽視されていい言語ばかりがあるわけではない、ということなのだ。ドゥルーズは、こういっている。</p>
<blockquote><p>言葉を重大に考えよう、ぜひとも言葉に頼ろう、それを他のものを含むすべてのものにならせるために。（ジル・ドゥルーズ「『牧神たちの五月後』への序文」）</p></blockquote>
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		<title>歴史の罠と差異化</title>
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		<pubDate>Tue, 01 Nov 2005 03:27:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[歴史とは、何か。つきつめていえば、それは、過去を現在に回収する装置である。もっと端的にいえば、過去を現在に変える装置である。歴史の装置は、だから、過去ではなく、《現在》に置かれている。純粋に過去そのものであるような歴史は [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>歴史とは、何か。つきつめていえば、それは、過去を現在に回収する装置である。もっと端的にいえば、過去を現在に変える装置である。歴史の装置は、だから、過去ではなく、《現在》に置かれている。純粋に過去そのものであるような歴史は、存在できない。“過去そのものであるような歴史”とは、錯乱せる人間の理性が生み出した、端的な誤謬である。したがって、むしろ、誤解を恐れずにいえば、歴史の探求とは《現在》の探求であり、一般化を犠牲にしてより正確を期せば、過去についての《現在》と現在についての《現在》の差異を明るみにすることである。つまり、歴史は《過去》を扱うのではない。</p>
<p>資本主義とは、何か。つきつめていえば、それは、過去の生産形態と現在の生産形態の差異を通約可能にする装置であり、もっと端的にいえば、過去を現在にもってくることで、価値を生産する装置である。商人資本は空間的差異から価値を生み出したが、資本主義は、その場にいながらにして、差異を生み出すことに成功したのである。</p>
<p>このように、これら二つの装置は、過去と現在を通約（＝通訳）するという点で、奇妙に重なり合っている。資本主義は、ある意味で、歴史的時間にまつわる上記の人間的誤謬を利用することで、「剰余価値」（マルクス）を生み出していると考えて差し支えない。</p>
<p>欠損を含む過去世界からの手紙（＝「痕跡」（デリダ））を読む古文書学者は、いわば、近代資本家の集約された姿である。手紙の欠損、それは、他者ではない。欠損を含む手紙全体の記述＝痕跡もまた、他者ではない。むしろ、《現在》である。にもかかわらず、この欠損が、“古さ”に見え、しかも、書き手の時間上の立ち位置（過去）がもたらしたものに見えるということが、歴史という装置のもっているひとつの罠である。“古さ”とは、《現在》である。過去ではない。このように、歴史は、徹頭徹尾、《現在》であるにもかかわらず、それが《過去》に見えるという、きわめて重大な欠陥を持っている。この欠陥は、文字から、「亡霊」（デリダ）を浮かび上がらせる。「亡霊」、それは無数の読者の影である。手紙が書かれて以来、さまざまな読者がいた。もちろん、読者には、あなたが含まれている。問題は、けっして書き手の「亡霊」ではないということである。</p>
<p>じつのところ、《現在》を扱う歴史においては、真の《過去》は置き去りにされている。また、同じことだが、歴史は《ここ》だけを扱っているのであり、したがって、《よそ》は置き去りにされている。文字は古い。だが、過ぎ去る現在――つまり過去――にある声と違って、文字は、つねに《今ここ》に定着している。つまり、文字は、《現在》にある。だから、本当に《過去》や《よそ》を扱おうと思うなら、歴史は、《今ここ》もろとも消滅しなければならない。</p>
<p>“ここ”と“よそ”。あるいは、“今”と“過去”。それらが通約可能な差異であるうちは、コミュニケーションは、この差異を同一化するプロセスとして捉えられ、また、そのことの不可能性が、同時にコミュニケーションの不可能性として把捉される。基本的に、デリディアンの議論は、この同一化のプロセスを、同一化不能のプロセスに重ね合わせることである。すなわち、同一化を志す思考が同一化不能の地平に到達することで、差異の通約可能性を疑い、さらには、通約不能の差異を見出すこと、これを脱構築と考える。したがって、同一化と同一不能性とのあいだの“揺らぎ”や、あるいは“ためらい”に可能性を見出すというパターンを取りがちである。この“揺らぎ”や“ためらい”が、デリダの用語で「差延」と呼ばれることになる。</p>
<p>だが、“ここ”と“よそ”、あるいは“今”と“過去”とが、通約可能な差異ではなく、絶対的な差異をもっているのだとしたらどうだろうか。その場合、こうしたプロセスそのものが不可能になるはずである。つまり、通約可能な差異という発想を疑うための通約可能性を想定することができず、結果として、脱構築の手続きを踏むことができないことになる。したがって、デリディアンの議論は、じつは、袋小路だとわかっている道を選ぶようなものである。というか、最初からいきなり壁にぶつかるのである。強力なブラックホールであるヘーゲルを内側から破壊することはできない。内側に入った時点で一巻の終わりである。</p>
<p>考え方を変えよう。“ここ”と“よそ”、あるいは“今”と“過去”とは、絶対的な差異をもっている。<strong>にもかかわらず、わたしたちは、コミュニケーションしている</strong>。だとすると、問題は、時空間の差異とは別のところにある。すなわち、コミュニケーションが、差異を同一化していくプロセス（脱構築の場合は、その逆）として捉えられているという、この部分に誤りがある。同一化が不可能であるとわかっていながら同一化を欲望することができるのはデリディアンだけであり、要するに間違っている。むしろ、コミュニケーションが、差異Ａから差異Ｂへの《差異化》のプロセスであるとすればどうか。だとすれば、絶対的な差異は、むしろコミュニケーションの可能性である。“ここ”と“よそ”、あるいは“今”と“過去”との差異が、別種の差異にもち来たされることが、コミュニケーションである。したがって、真に問題なのは、“ここ”<strong>と</strong>“よそ”、“今”<strong>と</strong>“過去”を繋いでいる「と」である。この新しい「と」は、古い「と」のように両者を対立させつつ、通約可能なものとして、繋げているのではない。むしろ、両者を引き離しつつ、併置している。両者の、通約不能の絶対的距離が、同時に併置を可能にしている。「と」は、その表現である<sup><a name="p1" href="#n1">(1)</a></sup>。</p>
<p>ところで、《差異化》は、ジル・ドゥルーズの概念differen<strong><em>t</em></strong>iationである<sup><a name="p2" href="#n2">(2)</a></sup>。この概念の、もっとも優れた例のひとつが、柄谷行人の言う、「教える」立場<strong>と</strong>「学ぶ」立場である。この場合、重要なのは、二つの立場の差異は、“今”と“過去”という絶対的な差異を内包しているという点で特徴づけられるということであり、にもかかわらず、この絶対的な差異なしには両者の関係が形成されないという、（同一化を志向する古いコミュニケーション論からすると）一種の逆説が成立していることである。したがって、ここで柄谷は、コミュニケーションの概念そのものの変更を迫っていることになる。つまり、コミュニケーションとは、差異を同一化することでも、同じものを差異化することでもない。差異から差異への《差異化》なのである。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a name="n1" href="#p1">(1)</a> この議論は、ご承知のとおり、ジャン＝リュック・ゴダールの『ヒア＆ゼア　こことよそ』（1974年）およびジル・ドゥルーズの『シネマ』（1983-5年）のゴダール論を念頭に置いている。</li>
<li class="note"><a name="n2" href="#p2">(2)</a> ドゥルーズの「差異化」と、デリダの「差延」はまったく意味が違うという事実を確認しておきたい。</li>
</ul>
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		<title>カントの外</title>
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		<pubDate>Sun, 15 Sep 2002 10:52:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Beethoven]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
		<category><![CDATA[Goethe]]></category>
		<category><![CDATA[Kant]]></category>
		<category><![CDATA[敵]]></category>

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		<description><![CDATA[扉の向こうに何があるのか、わたしが考えていたことは、いつもそのことだけだった。扉を見ていると、無性に向こう側の空気が吸いたくなった。鍵穴がこちら側にあるので勘違いしていたのだが、てっきり、わたしは扉の外にいるのだと思って [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>扉の向こうに何があるのか、わたしが考えていたことは、いつもそのことだけだった。扉を見ていると、無性に向こう側の空気が吸いたくなった。鍵穴がこちら側にあるので勘違いしていたのだが、てっきり、わたしは扉の外にいるのだと思っていた。だが、どうやら、いつのまにか立場が逆転してしまったらしい。閉じ込められているのはわたしだったようだ。しかし、心配にはおよばない。なぜなら、わたしは鍵を持っているのだから。手の中で堅く握り締められたにび色の鍵を、扉に慎ましく取り付けられた鍵穴にそっと差し込む。鍵は一ミリたりとも動かない。窒息する。わずかに感じていた楽観的な気分は、坂を転げ落ちるように息苦しさに変わった。まるで扉の不意を打とうとでもするかのように、急激に腕に力をこめ、力任せに鍵をひねると、鍵は根元からねじ切れてしまい、鍵の残骸が無残に鍵穴に取り残されてしまった。鍵を持っていた右手の人差し指の付け根にできた傷口に、直径一ミリの血の玉が浮き出ていた。</p>
<p>いまさらながら、カントの天才に舌を巻く。ドゥルーズはカントを「敵」であると言い放ったが、わたしも言ってみたいものである（ついでにゲーテにもそう言いたい）。ドゥルーズは、ニーチェが『反時代的考察』でスタンダールの格言――社会に打って出るには決闘をもってせよ――を図らずも実行したように、そうしているのだ。もちろん、「敵」と言っても、それは両者の優劣が決するような勝負が行なわれることを意味しない。むしろ、ドゥルーズによるカントのカント的規定的判断であると言った方がいい。つまり、カント的に言えば、堅牢で難攻不落のカント的一般を放棄し、徹底して特殊において思想を行なうというドゥルーズの宣言だと言うべきである。このことは、カントを超越することでないのは明らかだろう。それは、もはや、「敵」という言葉とは裏腹に、カントの正統的継承とさえ言いうるものである。カントにせよ、ゲーテにせよ、その枠組を放棄することでそこから出られると考えるのは勘違いもはなはだしい。彼らは行きつ戻りつする歴史の正当なる進歩と言うべきものであり、どのみち多かれ少なかれ、そこから出発せざるをえないのである。そのうえで、わたしは、ドゥルーズのカオスの考察を好んで読む。そこに、わたしはある種の合目的性を読み取るのである。</p>
<p>なぜ、カントやゲーテが生まれえたのか。この素朴な疑問に答えるには、やはり歴史学が適しているかもしれない。歴史学的な視線を向ければ、カントやゲーテの時代を、“疾風怒濤（シュトルム・ウント・ドランク）”運動の時代において見るだろう。フランス革命があり、ナポレオンが登場し、ベートーヴェンが「運命」を謳い、産業革命を準備したこの時代の激動が、彼らを生んだのだと、「歴史（学）」は考えるのである。それは、ある意味で、カントやゲーテの築いた天才的牙城を、搦め手から攻める方法である。いや、攻めると言うにはあまりにも消極的な方法だろう。なぜといって、「歴史」という考え方そのものが、徹底的に受動的な考え方だからだ。もちろん、だからといって否定することはない。それは、単なる認識だと言うべきであり、悟性の立派な働きである。歴史学的な考察によって、カントやゲーテの価値が下がるということはありえないし、そこから出られるというわけでもないが、ただし、あらゆる意味において避けて通れないものであるということだ。注意すべきなのは、それにとらわれることである。それは、絶望を意味する。けっして訪れることのない同一の反復を待ち望むようなものである。まったく同一の歴史が繰り返されることなどけっしてない。そのような願望に取り付かれるとき、ひとは、病を患う。むしろ、病――精神病にかぎらず、病一般を意味する――とは、同一の反復を望むことの謂いであるに違いない（綜合と分析の混同）。</p>
<p>歴史にとらわれることなく、歴史をみる、ということ。そうして初めて、ドゥルーズが歴史を嫌い、カントを「敵」と呼んだ意味も見えてくる。ドゥルーズのこの決意表明が、感動的に響くのである。そして同時に、カントの天才が明らかになるだろう。歴史にとらわれることなく、歴史をみる、とは、すなわち、一般性にとらわれることなく、普遍を見いだす、ということにほかならない。特殊（単独）性は無媒介に普遍に通じると言ったドゥルーズを信じようではないか。</p>
<p>それにしても、なんと巨大な「敵」であることか。わたしには、ドゥルーズの作品がそうであるように、カントの三批判（『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』）――一見してもっとも芸術作品とはほど遠い作品――が、一個の巨大な芸術作品に見える。この時代を冠絶する怪物的な書物は、わたしの生涯を覆いつづけるに違いない。それは、きわめて絶望に近似した希望である。</p>
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		<title>歴史とはなにか？</title>
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		<pubDate>Fri, 15 Dec 2000 00:36:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[history]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[positivisme]]></category>

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		<description><![CDATA[「《歴史》とはなにか。」 この問い、ほとんど沈黙を意味するかにみえるこの問いこそが、カントを境界線として始まった近代人のもっとも憂慮すべき問題であったことは、答えを待たないだろう。近代は超克されたか？　歴史は終焉したのか [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「《歴史》とはなにか。」</p>
<p>この問い、ほとんど沈黙を意味するかにみえるこの問いこそが、カントを境界線として始まった近代人のもっとも憂慮すべき問題であったことは、答えを待たないだろう。近代は超克されたか？　歴史は終焉したのか？　否、超克もされず、終焉もしなかった。ただ、終わりそびれた《歴史》が、われわれに空白と弛緩をもたらすばかりである。先験的＝経験的二重体としての「人間」が《歴史》に到達することは不可能であり、この二〇世紀の終りに、またしても飽きもせずに《歴史》が繰り返されることだろう。マルクス主義の誤解に始まった社会・経済基盤を土台とする唯物史観も、無意識＝歴史を発見するかに見えた心理学も、自己から出発して《歴史》を手中にしようとした実存主義も、実証主義的な地平を排した構造主義も、みな端的に言って《歴史》を理解するための試みであり、また、そのいずれもが《歴史》の陥穽に陥り無残な失敗を遂げた。ただ、われわれが、「人間」には超えられない《歴史》という城壁のなかにいることを激しく痛感させてくれたにすぎない。</p>
<p>近代の超克、ポストモダン。この凶暴な試みを最初に唱えたのはニーチェであった。われわれはいまだなお、ニーチェの《歴史》批判の地平にいる。フーコーが、ドゥルーズが、デリダが、このニーチェの意志を受け継ぎ、ポストモダンの地平をはるかかなたまで切り拓いたにもかかわらず、われわれは執拗に「自分」を探すばかりで彼らについていこうとはしなかった。そして彼らとわれわれの間に生じた途方もない距離は、そのまま弛緩しきった空白をもたらす結果となったのである。あるいはこうも言うことができよう。彼らは、われわれをとらえて離さない「モダン」の束縛から解放してくれた。だが、その結果、「人間」は《歴史》という仮の宿すら失って世紀末をさまよう砂漠の住人になるほかなかったのである。ドゥルーズの言うノマドロジーとはこのようなものであったのか。果てしない現状肯定がその言わんとすることだったのであろうか？　いや、そうではあるまい。彼はつねづね意識し、発言していたように、それは現状肯定などではなく、積極的な概念創造の試みとして彼の書物は言いようのない輝きを放っていたはずである。「人間」の概念を根底から覆す、新たな人間、すなわち「超人」の誕生を夢見ていたはずなのだ。「肯定」の身振りとは、輝ける概念創造のもとにおいてのみ可能なはずなのだ。</p>
<p>ここでもう一度、《歴史》を考え直してみることも悪いことではあるまい。別の言い方をすれば、われわれは今一度、モダンを生きねばならないのかもしれない。ドゥルーズは、カントを敵である、と言い放った。近代の「人間」をとらえて離さない《歴史》をもたらしたカント、彼は敵であるとともに、近代という新たな時代を転換せしめた大いなる手本でもある。彼の試みが積極的に旧時代的な大文字の《秩序》を回復するそれであったように、われわれは、今一度、《歴史》の視点に立って、「人間」を見つめなおすべきときが来ているように思うのだ。わたしのこのささやかな試みは、そのような地平にある。いまだ黎明にあるとはいえ、しかし幼年時代にとどまってモラトリアムを謳歌しようなどとは少しも思わない。われわれは問いつづけることを、語りつづけることをやめてはならない。われわれの生はそのようにしてしか保ちえないものであるし、いや、むしろそのように問いつづけ、語りつづけるということこそが、古来、生の意味することではなかったか。</p>
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		<title>解釈と変えること（二）</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Oct 2000 01:54:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[history]]></category>
		<category><![CDATA[Angel of History]]></category>
		<category><![CDATA[Benjamin]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
		<category><![CDATA[erewhon]]></category>
		<category><![CDATA[ブロッホ]]></category>

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		<description><![CDATA[「地獄の時間としての「現代（モデルネ）」。この地獄の懲罰とは、いつでもこの一帯に存在している最新のことがらであり続けねばならないということだ」 「まさしく最新のものにおいて世界の様相がけっして変貌しないということであり、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><p>「地獄の時間としての「現代（モデルネ）」。この地獄の懲罰とは、いつでもこの一帯に存在している最新のことがらであり続けねばならないということだ」<br />
「まさしく最新のものにおいて世界の様相がけっして変貌しないということであり、この最新のものが隅々にいたるまでつねに同一のものであり続けるということだ。――これこそが地獄の永遠を形づくっている」<br />
　――ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論V』より</p></blockquote>
<p>このベンヤミンの、モードについての一節をヒントに、彼の歴史の天使を後ろむきに飛ばす風が何なのかを追求したい。私が前節で述べた「変えること」というのは、けっして、「最新のことがらであり続けねばならない」すなわち変わりつづけることにおいて変化しない、ということを言っているのではない。まるで正反対のことを言っているである（ことわっておくが、もちろん、ベンヤミンは上の記述を批判精神において書いたのであり、私の意見は何らベンヤミンに反対するものではない）。</p>
<p>これをふまえたうえで、ある悲観的な指摘をしたいと思う。……</p>
<p>過去の多くの歴史家が、「歴史」に「意味」をもたらすべく実践し続けてきた「解釈」という技法では、われわれは一向にこの「歴史の天使の風」をつかまえて未来へと飛び立つことはできないであろう。なぜなら、「解釈」とは「最新のことがらであり続けねばならない＝つねに同時代的であろうとする」ということにおいてのみ実践されるものであり、現実にはこの「解釈」こそが「地獄の時間としての現代」を演出しているのである。「解釈」という中間搾取の形態は「風」から、動的なものをすべて奪ってしまって、静的なものだけを残す。砕いて言うと、歴史家は、可能性(可変性）を認めない。古文書から、不可能性だけを読み取り、可能性の文字を抹消する。あるいはドゥルーズならこう言うだろうか。歴史家は、主観的な可能性のみを残し、客観的な可能性を実現させようとはしない。そこにあるのは「疲労」であり、もはや風に乗ることすらできないほどの「疲労」があるだけである、と。古文書にただひとつ残される「疲労」をもたらすのは、無意識のうちに歴史的ア・プリオリによって絡めとられた同時代的精神であるにちがいなく、この「疲労」こそが「解釈」の意味するものにほかならない。</p>
<p>さて、「歴史の天使の風」とはいったい何か。ここでエルンスト・ブロッホの「大いなる瞬間、気づかれずに」と題されたエッセイの一節を引用してみよう。</p>
<blockquote><p>「真正なる＜いま＞の代用品として、あきもせずに「いまという時代」、安物の「いまという時代」が、「ゲネラールアンツァイガー」〔中立を標榜した新聞の名前〕的にくり返される。そうすることで「歴史の秒針」の役割を演じるためである。新聞はケース・バイ・ケースで「世界史的」な瞬間をすら知っていることがある。しかし、それはおおむね「世界史的」な瞬間とは似ても似つかぬただの大見出しにすぎず、本当のアクチュアリティはごく小さなニュース、あるいは報道すらされなかったニュースの中にひそんでいるのだ。」<br />
――エルンスト・ブロッホ『異化　I ヤヌスの諸像・II ゲオグラフィカ』所収</p></blockquote>
<p>この「ごく小さなニュース、あるいは報道すらされなかったニュース」にこそ、歴史の天使の風はある。これらは、報道すらされない、いわば、きわめて同時代的ではなかった事件なのであり、だからこそ、それにもまして反時代的でありえるのである。歴史とは、けっしてエポックによる区分で確証されるのではない。そして、最初は小さなつむじ風にすぎなかった「風」は、しかし生まれた瞬間に、歴史の風、それも瓦礫の上にさらに瓦礫を投げつけるような暴風となることを運命付けられているのであり、じつは、それを運命付けることこそが、真の歴史家の仕事なのである。そして、その運命付けとは変えることにほかならず、変えることとは、もはや未来の可能性をも「消尽」して、「さらに終わること」にほかならない。</p>
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