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	<title>ex-signe &#187; text</title>
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		<title>もうひとつの近代、あるいは出来事の学についての覚書</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Nov 2009 15:48:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない、《主観を中心とした合理主義》の世界の始まりである。それはカントの《純粋悟性》に、そしてヘーゲルの《概念》に変奏され、資本主義および戦争という二つの車輪をもって猛烈なスピードで回転する車軸となった。</p>
<p>あの夜のデカルトの発見を近代の始まりとみるその視線は、すでに反省的なものである。彼の発見は、どう考えても、近代とも、近代文学とも無関係のはずである。彼の発見を近代と結びつけているのは、端的に後世のわれわれである。だが、そのことを見えにくくしてしまうのは、彼の発見に、「ゆえにergo」が含まれていたせいである。われわれが近代の「原因」をコギトに見いだすその所作が、彼のいった「ゆえに」に転嫁されてしまうのだ。</p>
<p>だが、「ゆえにergo」を因果律として捉えているのは、われわれであって、彼ではない。そうした読解は、歴史主義でありすぎるし、また同時にテクスト主義でありすぎる。「ゆえに」は、彼のコギト（Cogito）の単独性を、屈折を孕んだ個別的な認識（Cognitio）に変えてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれは、彼のコギトに、《出来事》をみる。「ゆえに」は、次の表象を導く《とand》であって、彼の「われあり」の《実感》を主体に折り返す屈折は必要がない。つまり、彼はあの夜、たしかに、出来事として存在していた（だから存在などという用語はふさわしくないし、現在を起点とする過去形もふさわしくない）。彼の猜疑心は、あの夜、ついに頂点に達した。彼の抜け目ない猜疑は、最後まで見落としていた蒙（くら）い中心、すなわち己に達したのである。彼は、消え去り、口だけの怪物になって、こう言ったのだった。</p>
<p class="post-c">「われありとは、われ思うのなかに消え去ることだ！」</p>
<p>コギトとは、懐疑の完成であり、虚無（ニヒル）ではなく、真空を実現することである。ヘーゲル弁証法が頭で立っていることを発見したマルクスに習っていえば、カントのデカルト読解はさかさまである（マルクスを賞賛する多くの人が、カントの読解がさかさまであることに気づかないのはどうしたわけか）。しかし、カントのおかげで、じつは、懐疑を完遂するためには、「われ」を疑うだけでは不十分であることがわかる。「われ」は、その他の表象のように、疑うだけでは消え去ったりはしないからだ――というのも、「疑うわれ」がどうしても存在してしまう。むしろ、「われあり」を「われ思う」のなかに取り込み、存在ごと思惟のなかに抹消しなければならない（デカルトが、「われ疑う」ではなく、「われ思う」といっている点に注意しよう）。</p>
<p>こうした思考は、むろん、《主体＝Je》ともかけ離れているし、《存在＝suis》ともかけ離れている。歴史がついにたどりつくことのできないものが、すでに消え去った過去なのだとすれば、コギトは歴史とも無関係である。なぜなら、コギトとは、自ら消え去る《出来事》の謂いだからだ。痕跡を欠いた彼のコギトの真の《意味》は、歴史のなかに消え去ったのである。彼は消え去ることで、《近代》とは別のパラレルワールドを切り開いた。すなわち、《文学》の世界である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>批評家や学者には、この出来事の響きは聞こえない。なぜなら、彼らは、コギトを、《読んでしまう》からだ。消え去ることのない、痕跡（あるいはエクリチュール）としてのコギトは、再認、つまりCognitioを可能にしてしまう。だが、ついにインコグニートに終わるデカルトのコギトは、消えていく声、波動の世界のなかに存在している。だからニュートンが見出した光がデカルトには見えなかった。デカルトの懐疑は、とりわけ光に向けられている。彼の猜疑が実践していたこと、それは光を色彩に変えることだった（つまり闇に色彩を見いだすことだった）。</p>
<p>しかし、批評家や学者、すなわち読むひとたちは、色彩を光とその影に変えてしまう。彼らは色彩に分割線を引き、認識のうちに色彩を奪取する。これがカントである。色彩は、光と影の両極に結わえられた弁証法の運動と重なる。これがヘーゲルである。結局のところ、合理主義が行なうことは、闇を影に変えることであり、光から色彩を抜き取ってしまうことであり、声を刻印されたものに換装することである。むろん、それはデカルトから始まるのではない。むしろ、デカルトのコギトを《テクストとして読んだ》者たちから始まるのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>天才スピノザ。“Ego sum cogitans”という読解が示すように、彼は、デカルトのコギトを、テクストとして読まなかった（わたしの読解とは多少異なるが）。彼は「ゆえに」を忠実に読むことを遠ざけた。なにより、デカルトに対して忠実であるために。「われ思うゆえにわれあり」が証明ではないとすれば、それはデカルトの《実感》以外のものではないし、合理的なものではありえないだろう。むしろ、「われ」に対する信仰に似通ったなにかである。デカルトを肯定し続けたスピノザが見いだしたのは、《実感の論理学》（ドゥルーズの言い方でいえば、「感覚の論理学」）、すなわち、非合理的なものの合理性である。</p>
<p>われわれは、非合理的なものの合理性を追究すること、こちらを《西欧合理主義》と呼ぶべきだと考える。それは、非合理的なものと合理的なものとを裁断することではないし、そんな思考は、近代西欧以外のどこにでもありふれたもので、堕落したものである。《西欧合理主義》の驚異は、むしろ、非合理的なものと合理性を完全に接合してしまったことにある。《魔法とは、科学のことだ！》　彼らは、要するに、闇に色彩を見いだしたのである。それは粒子のなかに波をみつけることであり、この別種の合理主義は、おそらく色彩と音楽とに関わっている。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれが目ざす《出来事の学》もまた、ここにある。たとえばアルチュセールは、スピノザに非科学的なものの科学を見出した。つまり、科学的ではありえない歴史を科学する可能性を、彼に求めた。だが、われわれは、それは端的に、《文学》のことだと考える。スタイルとは、まさに感性において作動するものであり、反省的な視座から生まれる歴史とは、ついにかかわりを持たない。そのことによる利点もある。それは、主観やイデオロギーにまでは至らない、独特なものの見方、すなわち《方法》を提供することである。</p>
<p>スタイルにとって、歴史観やイデオロギー、そして主体は、あまりに屈折したものである。よくある誤解は、堕落した合理主義から見られたものだ。つまり、イデオロギーや主観を批判するあまり、方法まで捨て去ってしまうことである。文学的な用語でいえば、作者や主体を非難するあまり、文体まで捨て去ってしまうことである。事実を過信する、あまりに粗雑な合理主義は、たしかに最後に主体（主観）を攻撃し始める。だが、そうした攻撃は、本来味方であったはずの方法や文体まで消し去ってしまうのである（今日、「デカルト」は、こうした粗雑な堕落した合理主義の別名となっている）。その結果が今日の実証主義であり、また今日の虚構＝私小説である。そこでは、真理ならぬ事実だけが散乱し、結果として、事実が真理に偽装され、巨大で不可視のイデオロギーと化してしまう。そこでは、事実を照らす報道だけがあるのだし、その反対側に、徹頭徹尾の影としての虚構がある。</p>
<p>しかし、歴史観やイデオロギーを非難するためとはいえ、方法まで捨て去ってはいけないし、主体や技巧を非難するためとはいえ、文体まで捨て去ってはいけないのだ。文体は、悟性や理性にまでは到達しない、感性的な刺激のうちに存在している。感覚が織りなす複雑な角度が、感情＝文体を実現する。感情といっても、身体の奥深くに蓄えられたルサンチマンとは無関係である。それはいわばテニスのラケットであり、知的に研ぎ澄まされたさまざまな角度や早さが、多様な感情を実現していく。だから、感情は、感官に与えられた刺激を純粋悟性で解釈することとは無関係である。もっとすばやい。たとえば、高貴なひとは、怒りをこらえたりはしない。避けるべき怒りであれば、それをいなすのだし、仮にこらえることがあったとしても、それはあくまで、来るべき怒りを増幅させるために、敢えて行なっているのだ――たとえば、オデュッセウスのように（ニーチェがいうように、カントとは、そうした怒りをいったん悟性に蓄積し遅延させる効果のことである。また、その点からすれば、無意識とは、要するに、大脳皮質の外側にある人間の皮膚感覚のことである）。だから文体は方法同様に、主体よりもむしろ実践と結びついている（志賀直哉はいっていた、「歴史など書き換えてしまえ！」）。文体が実現するのは、言葉の色彩であり、言葉の音楽である。</p>
<p>文学が文体に関わるものであるかぎり、さまざまな生の技法を実現する。そしておそらく、そこにのみ意志をもつのが、純文学である。この学は、歴史とはついにかかわらないし、主体（人称）とも無関係である。むしろ、端的に、出来事の学であることを欲している。フランス語で書かれたJe penseとは、まさに、「われ」すなわち主体を抹消するための、デカルトのスタイルだったのである。</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<title>歴史のエチカ</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Sep 2009 01:23:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[history]]></category>
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		<description><![CDATA[歴史を生業にする者にとり、過去は偉大である。ときに圧倒的な尊敬の対象である。だから、史料を読むとき、批判から始めることはない。歴史家の前に、過去は問答無用の確信を迫って現れる。《常識》が遠ざけたがる奇妙な記載は、本当に不 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>歴史を生業にする者にとり、過去は偉大である。ときに圧倒的な尊敬の対象である。だから、史料を読むとき、批判から始めることはない。歴史家の前に、過去は問答無用の確信を迫って現れる。《常識》が遠ざけたがる奇妙な記載は、本当に不思議なことだが、かえってそうであればあるほど、事実であることを強く主張する。たとえば、箸墓古墳は卑弥呼の墓であるし、秀吉の一夜城はどう考えても事実である。こうした記載を現在の歴史家が非難しているのをみると、軽い眩暈を覚える。やや強い表現を許してもらえるなら、「君は歴史家としてのセンスを欠いている」、と言いたくなる。厳密に考えれば、歴史家の仕事とは、ありそうもなかったことを証明することである。ありそうもない奇想天外なことを、暗黙のうちに現在の常識に照らして「なかった」などということは、間違っても歴史家の仕事ではない。しかし、多くの場合に当てはまることだが、学者と名の付く連中とは、まずもって疑う種族である。彼らは、若きデカルトよろしく、懐疑という、行為なき行為しか知らない。</p>
<p>どうしても歴史上の登場人物や事件を非難したいなら、自己批判を含む形に限定されなければならない。なぜなら、われわれは、非難すべき記載に結実した他人の事情を、本来的に知りえないからである。また、テクストから実態を引き出すことが許されるとしても、そうして構成された実態は、因果律の原則からいって、テクストに結実した事情を《やむをえないもの》としてしか提示しないからである。そして、歴史とは、その総体が《やむをえないもの》、つまり運命である。ひとはこの運命から逃れることができないし、過去の非難は無意味である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>自己批判ならざる批判は、多くの場合、世代論に収束する。歴史の対象を非難するにせよ、あるいは先行研究を非難するにせよ、いずれもが世代論である。自己批判を含まない、歴史（学）の対象への非難は、多くの場合、子の親に対する非難（あるいは賞賛）と変わらない代物であって、いっときの慰めにはなったとしても、社会的な価値はほとんどない。世代論は、子の親に対する甘え以外のものではない。その点では、わたしはギンズブルクやカーに反対する。歴史は裁判ではない。歴史は過去を断罪できないし、対話を実現するような異議申し立てもしない。《批判》が密輸入されないかぎり、そこには弁証法の余地はない。歴史が行なうのは、事実上、賞賛と沈黙だけである（しかし、ひとはその状態に満足できないし、歴史は必ず《批判》を密輸入する……）。</p>
<p>批判の対象がたえず自己であるとは、どういうことか。こうだ。戦争中毒からなかなか抜け出せない人類の一員として自らを認め、そのうえで過去の戦争を非難する、ということである。これは、当然推奨される。しかし、このことから、次のことが帰結する。すなわち、その対象は、過去にではなく、現在に所属している、ということである（ここから次の命題が成立する――現在の常識に照らして容認できる記載ほど疑うべきである）。そのため、対象が現在にあるのか、過去にあるのか、という分類にたえず気を配っていなければならない。多くの場合、われわれが過去だと思っているものは、現在である。また、そこから、現在と過去の分岐がどのように行なわれるのか、という哲学的な要素にも、意を注ぐべきだ。現在はどのような時代なのか、というジャーナリスティックな問いにも敏感たらざるをえない。そうした配慮は、結局、われわれを歴史学から遠ざける。批判は、本物の歴史家（たとえばニーチェやフーコーのような）の行為リストのなかに、入っていない。</p>
<p>（ところで、哲学は、歴史と違ってなにを行なうのか、と問われれば、ひとつには、批判を行為に変えること――別の言い方をすると、批判を臨界に立つことにかえること、と答えよう。歴史は、本質的に実験＝実践不能の概念である。自然科学と異なり、対象を実験によって証明することはできない。したがって、歴史を現実に適用するためには、どうしても歴史から離れた哲学が必要である。）</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>そして、政権交代があった。この事件には、多くのひとが、《戦後》の終わりを強く感じているはずである。もはや戦争は、歴史となった。かくて、戦後の終焉とは、歴史学としては、次のことを意味する。戦争協力の名の下に、即座に対象を非難し、断罪することは、もはや許されない。そうした行為が、まがりなりにも自己批判でありえた時代は終わった。逆にいえば、戦争に協力した知識人を非難することが価値をもった時代、それが戦後であった。</p>
<p>たとえば丸山真男や吉本隆明、江藤淳は、そうした時代の中心に位置する人物である。このような時代において、戦争協力を行なった、という事実（その内容がいかなるものであれ）をもとに、対象を規定していく三段論法（循環論法）が容認された。すなわち、こうだ。彼は戦争に協力した。それゆえに彼の思想には戦争に協力してしまうような悪しき要素があったことが仮定できる。したがって、彼のような思想は、ひとが選択すべきではない、悪しきものと判断すべきである（ましてや、彼は高い地位にあった）。そうした思想を抱いていたからこそ、潜在的にも顕在的にも彼が戦争に協力していたことが認定できる。……</p>
<p>もっとひどいものでは、思想のなかから、どのような形であれ戦争協力（あるいは帝国主義やロマン主義）の痕跡を探し当てさえすれば、充分に批判として許容された。そしてあろうことか、近代の歴史は、すべてこうした戦争協力の下準備として解釈される傾向さえ、有した。いずれにしても、当の思想や行為がどれほど謎めいていたとしても、その背後に植民地であるとか戦況であるとか、ともかく実態を持ち出しさえすれば、ひとは胸をなでおろしたものである。ああ、やはり彼も戦争に協力していたのだ、これはそうした狂気に属するのだから、われわれの選ぶべき思想・行為のコーパスから取り除いておけばよい、と。戦前の思想には、異常に複雑な強度があるが、これを神秘主義の名の下に片付け、神秘主義だから狂気であり戦争協力の一端を担ったとする規定は、あまりにたやすく受け容れられた。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日では急速に意義を失いつつあるこうした論法は、どのような時代であろうと、本来は許されないはずである。やや物騒な言い方になるが、わかりやすくいえば、こうだ。彼はひとを殴った。つまり彼は悪人であると仮定できる。したがって彼は悪人である（ましてや、彼は高い地位にあった）……。繰り返すが、もし、こうした論法に価値を認めるとするなら、自己批判が含まれていなければならない。その点では、兵士として戦争に参加した丸山真男らは微妙な世代であるが、それよりも重大なことは、当時が、そうした世代論を容認する状況だったことである。というのも、たとえば志賀直哉が公用語をフランス語に変えようとしていたように、上の世代の多くが、新しい世代が日本を根本的に作り変えてくれることを願ったからである。公平な目で多くの事例を紐解くと、少々浅い批判だろうが、戦前の世代はそれを許したようにみえる。</p>
<p>京都学派や白樺派のひとびと、あるいは小林秀雄らを、戦争協力の名の下に一刀両断にした戦中派や戦後派には、今日からみると、どうしても理論的な浅さを感じざるをえない。たとえば、作家としての死を賭けて志賀直哉を批判したような、戦前デビュー組（相当に大雑把な分類だが）である織田作之助や太宰治、あるいは川端康成のような覚悟は、戦後デビュー組にはまったく感じられない。</p>
<p>ここには、思考の空洞というべきものが広がっている。この空洞こそ、戦後である。だが、それは、戦後がもった悲劇でもある。わたしはその意味では、彼らを批判しない。ただし、こうした古い思考が無条件に賞賛される《現在》があるとしたなら、それは強く非難されねばならない。というのも、そうした賞賛（裏返しの、安易な戦争協力批判）は、世代論に回収されるような、より遠い過去を見る際の怠慢しか生まないからである。しかし、あろうことか、今日では、こうした空洞になんらかの意味を見つけて空洞を広げ続けるような、滑稽な悲劇が瀰漫しているのを見るばかりである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>P.S. ありうべき誤解を避けるために一言しておく。わたしはアナキストであって、左翼ではない。しかし、左翼に同情的である。だからこれを書いている。どうか、彼らが、こうした時代感覚を持たんことを……。</p>
</p>
<div class="post-rl">
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		<title>哲学者と芸術家III――フーコーとエノンセ</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Oct 2008 00:52:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[assujettissement et subjectivation]]></category>
		<category><![CDATA[Chrysippus of Soli]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
		<category><![CDATA[mode of life]]></category>
		<category><![CDATA[text]]></category>
		<category><![CDATA[énoncé]]></category>
		<category><![CDATA[私小説]]></category>

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		<description><![CDATA[五月革命以降、一九七〇年代を前後するわずかな期間に、フランスには哲学の帝王が君臨していた。ミシェル・フーコーである。もちろん、帝王という用語には注意せねばならない。というのも、後世の歴史家に誤解を与えてはならないからだ。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>五月革命以降、一九七〇年代を前後するわずかな期間に、フランスには哲学の帝王が君臨していた。ミシェル・フーコーである。もちろん、帝王という用語には注意せねばならない。というのも、後世の歴史家に誤解を与えてはならないからだ。実際、フーコー本人が言っていたように、五月革命当時、一般にアクチュアルな議論として許容されていたのは、ライヒやマルクーゼといった、一種の疎外論である。フーコーの哲学は、あくまで、潜勢的なものにとどまっていた。だが、だからこそ、彼の哲学は革命を実現し、そして、その結果として、彼はアカデミー・フランセーズに君臨しえたのである。</p>
<p>革命の唯一の主体である民衆とは、つねに潜勢的（ヴァーチュアル）なものである。無名の民衆に固有名が与えられた瞬間に、民衆は民衆であることをやめ、革命は革命であることをやめる。つまり、歴史となる。革命は任意の固有名によってテクストのうちに封じ込められて矮小化し、たんなる権力闘争や嫌悪すべき暴力の歴史に変えられてしまう。固有名を与えられてアクチュアルとなった出来事は、じつはすでに死んでおり、要するに、それが歴史である。潜勢力として溢れんばかりの生を開放していた民衆は、墓に刻まれた銘となる。アクチュアリティとは、要するに、力が力としての自身を終えることである。フーコーは、そうした潜勢力としての民衆が唯一認めた死であり、その本質からして真の好ましい歴史家であった彼は、革命の最中に真っ先に死んだ男なのである。帝王とは、自身を民衆のうちに生成させるひとのことであり、彼は民衆として主体化する（野心的な多くのひとたちは、たとえばローマのマリウスのように、まちがって主体化ならぬ大衆化を遂げてしまう）。つまり、帝王とは、自身の主体を捨て去り、その代わりに民衆の意志をわが意志に転生させられる人間をいう。</p>
<p>そして、こうした一組の運動こそが、出来事の素粒子である《エノンセ》の真のはたらきである。エノンセは、波動であると同時に物質であり、たんなる観念ではない。「もっとも言表は、いつでもなにがしかの物質性を付与され、それはいつでも空間＝時間的座標にしたがって位置づけられうるものであるが」（『知の考古学』）。フーコーは、自身のテクストのみならず、その活動のすべてが、エノンセのはたらきによって説明されることを欲している。エノンセは、はじめからテクストの外部にあり、その意味において、フーコーの活動は、歴史家ではなく、哲学者のそれなのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>エノンセについての記述のなかで、もっとも美しいくだりだとぼくが思うのは、タイプライターの鍵盤によって、それを説明した箇所である。それは、他の箇所の高級さと比べれば、いわばＢ級映画のようなものだろうが、それでも、必要なものが、すべて揃っていると思う。</p>
<p>日本人であるわれわれになじみやすいように、AZERTといわずに、QWERTYと言おうか。読者がいま自分の前で目にしているキーボードをみてほしい。そこには、QWERTY（たていすかん）と書かれているはずだ。</p>
<p>これについて、まずはエノンセの議論とは対照的なテクスト主義者の議論を考えてみよう。彼らは、こう考える。それらの文字列は、現実のQ、W、E、R、T、Yという文字列からなるテクストだが、それらの鍵盤を打ったとして、本当に実態的に表示されるのかどうかは、証明されえない。&#8221;Q&#8221;と打ったとしても、&#8221;P&#8221;と表示してしまう壊れたキーボードがあるかもしれないからだ。したがって、真理として最大限言いうるのは、ひとつの鍵盤に&#8221;Q&#8221;と印字されているという当のそのことだけであり、われわれはテクストから出るべきではないのだ、と。現実にはQであるのかPであるのか証明されえないにもかかわらず、Q=Qという暗黙の前提のうえに積み重ねられてきた解釈を、Qの、そしてその他の文字列のもちうるわずかなエラーによって瓦解させること。それが、脱構築である。</p>
<p>フーコーはそんなことは気にしない。鍵盤に印字されたQWERTY、そんなものはエノンセではない、という。端的に、上記の可能性は、思考の外に放擲される。微に入り細を穿つテクスト主義者が好みそうなことだが、QWERTYという文字列自体に意味がない以上、PWERTYになろうがなんだろうが、その点は、いまのところどうでもいいことだからである。つまり、言葉の「意味」が重要なのではないし、またその「意味」を瓦解させることも重要なのではない。「意味」はこの際、どうでもよく、むしろ言葉が現実にはなにを生み出すのか、そのことのほうが問題なのである。</p>
<p>したがって、このキーボードの教則本（テクスト）に書かれたQWERTYが、このキーボードQWERTYとのあいだに持っている関係性において、テクストに書かれたQWERTYは、エノンセでありうる、と言われることになる。要するに、教則本のQWERTYには、ひとがそれをもとにして現実の鍵盤を指で叩いたという、わずかながらの出来事の煌きが封じ込められている。そのことにおいて、教則本のQWERTYは、エノンセなのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、じつは、鍵盤上のQWERTYもまた、エノンセでありうる。ためしに、エディターを開いて、Q、W、E、R、T、Yと打ち込んでみよう。おそらくほとんどの場合、鍵盤に書かれているとおりに、ディスプレイにそれらが表示されるはずだ。それが何を意味するかは、さしあたりどうでもよい。キーボードに印字されたQWERTYが、ディスプレイに表示されたQWERTYと関係をもっているかぎり、キーボードに印字されたQWERTYは、現実のQWERTYの、エノンセである。</p>
<p>クリュシッポスを再び召還しよう。彼はいう、「車と口にすると、口から車が飛び出す」。QWERTYと打ち込むと、QWERTYとディスプレイに表示される。つまり、これは《悲劇》として理解されねばならない。狼少年が、狼に喰われ、そして町の人間もまた狼に喰われた時、狼少年の言葉は、エノンセとなった。テクスト主義者にうそつきのレッテルを貼られた鍵盤たちは、必死で、自身をQやWやEといった文字列に生成させようとするのだ。ある実践の流れのなかに含み込まれないかぎり――つまり、Qと打ち込むかぎりでしかQであることができない彼らは、ぼくには、とても悲劇的な存在であるように思える。彼らは、自身に付与された潜勢的なQという力を、現実のQに生成させることによって、死ぬ。つまり歴史となる。主体化を遂げることで、彼らは死ぬと同時に生きた証を残すのだ。テクスト主義者が、彼がQかどうかは、証明されえない、などと言っているあいだに、Qは頭を紙に打ち付けて、Qに生成するのだ。</p>
<p>もうすこし説明を加えてみよう。たとえば、今日では、インターネットがあり、なんらかの文字列を検索する、という行為が一般化している。何らかの語を検索した時にあらわれる文字列は、その文字列が意味するもののエノンセではない。それこそが、フーコーがまっさきに遠ざける実証主義的な思考である。検索結果をただちにそれが表示する意味の言表だというフーコー研究者の意見をどこかで見かけたが、最悪だと思う。むしろ、検索エンジンの検索結果は、その文字列を検索したという行為の言表でしかない。つまり、それは、主体の行為のなかに収束してしまうのであり、この場合は、テクスト論でも対応可能な事態である。なんらかの文字列が、文字列を打つ行為に収束する場合は、テクスト論とエノンセ論のあいだに、差異が生じないことがありうる（この点からフーコーとデリダが混同されてしまう）。</p>
<p>だが、稀に、検索結果が、なんらかの出来事を招来させる場合がある。たとえば、“死”という文字列を検索したとしよう。検索者は、ただ、死がいかなるものなのか、死とはなにか、そうした情報を得ようとして検索したのだが、偶々、自身の死を宣告するような遺書を検索エンジンにひっかけてしまった場合、その瞬間にはじめて、検索結果は、死という出来事を招来させるエノンセとなる。つまり、検索した主体＝重力に言葉が収束してテクストになるのではなく、主体を極端に離れて出来事に結びついてしまうような、《強い言葉》があるということだ。主体の意図としては、死とはなにか、その意味を調べようと思っただけなのだが、その意図にかかわらず、死という出来事をディスプレイの中に招来してしまったのである。こうした出来事に直接的に結びついた言葉は、テクストの外にある、エノンセである（だから、おいそれと“死”などという単語を検索するものではない）。この場合には、もはやテクスト論では説明不能であり、エノンセ論でしか対応できないのは明白すぎる事実である。なにしろ、S、H、Iという文字列は、その意志にかかわらず、テクストの外の“死”に生成してしまったのだから。</p>
<p>このとき、鍵盤たちの悲しみはいかばかりであろうか。だが、こうした悲劇を感じられるかどうか、それが、エノンセの概念を理解するための最大の鍵であると、ぼくは思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、日本の文学者の多くが、私小説を書いた。現実と虚構の境目で書かれた、私小説を、テクスト主義者は、認めない。テクスト外の現実を前提にしているからだ。戦後大挙して訪れたテクスト主義者の群れによって、私小説はほとんど絶滅してしまった。だが、私小説家は、テクスト論者ではなく、エノンセ主義者なのだ。私小説とは、まさに、言葉が出来事に生成する境界線上に位置する、エノンセなのである。歴史家として言わせてもらうが、たとえば田山花袋の『蒲団』における「横山芳子」ほど、現実の岡田美千代を生き生きと表現している資料は存在しないと、ぼくは考える。美人というよりは、その生き生きとした表情によって、田山花袋を魅了した岡田美千代の姿は、彼の言文一致体によって描かれることで、まさに、出来事に実現する――横山芳子の名は、岡田美千代の生のエノンセなのである。そこには、花袋でさえ自覚していなかった、そしてテクスト主義者が見向きもしなかった、《大逆》を可能にする革命的ななにものかがあったのである。……</p>
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		<title>哲学者と芸術家――ニーチェとドゥルーズの場合</title>
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		<pubDate>Mon, 22 Sep 2008 05:37:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
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		<description><![CDATA[ぼくは、ニーチェほど不器用で、そして真っ直ぐな人間を知らない。端的に、崇拝するアイドルのひとりだ。彼は真っ直ぐであることにナイーヴで、そして勇敢だった。ぼくたちには、彼の書いたものは、ときに、あまりにもひねくれて見える。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ぼくは、ニーチェほど不器用で、そして真っ直ぐな人間を知らない。端的に、崇拝するアイドルのひとりだ。彼は真っ直ぐであることにナイーヴで、そして勇敢だった。ぼくたちには、彼の書いたものは、ときに、あまりにもひねくれて見える。けれど、それはたぶん、ぼくたちの世界が歪んでいるからだ。だから、彼がときおりみせる肯定は、このうえなく美しい。それでも生はすばらしいものだと、彼はまっすぐにぼくたちを見つめて、その恥ずかしい言葉を口にするのを憚らない。その肯定は、世界で一番美しいもののひとつだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>そのニーチェについて、もっとも美しい言葉を残したのが、ジル・ドゥルーズである。彼の『ニーチェと哲学』は、ニーチェという交響曲の、最高に美しい演奏である。それにかなうものをあげるとすれば、最近では、グールドの弾くバッハくらいのものだろう。『ニーチェと哲学』は、ぼくを知的に興奮させると同時に、もっとも単純な感動に誘う。</p>
<p>ドゥルーズは、凡百のアカデミシャンとはちがう。テクストとして紙に固定されたニーチェをさまざまに解釈したりもしなければ、テクストの境界を忠実に守りながら、それまで積み重ねられた解釈を脱構築することで、余白を取り返し、ふたたびテクストとしてのニーチェを救い出す、というようなことにも無関心である。彼はあくまで、ニーチェを究極にまで高めながら、同時にニーチェに忠実であろうとする。ニーチェを高めるためなら、《テクストの解体さえ厭わない》。だが、にもかかわらず、彼は同時にニーチェに忠実である。それは可能なのだ。</p>
<p>究極――すなわち《自然》。そこでは、ニーチェは思う存分高められて、もはや《自然》に等しく、そして同時にドゥルーズもまた、忠実であればあるだけ《自然》に等しくなる。つまり、ニーチェとドゥルーズ、そのどちらもが入れ替わり立ち代りしながら、《自然》の名のもとに等しく高揚していく。そしてドゥルーズは言う。こうした特別な読解法こそが、ニーチェの哲学の神髄である、と。ニーチェの賛美したディオニュソス的陶酔の能力は、「テクスト」のはるか彼方にある。</p>
<p>一方が他方を審判するのでもなければ、他方のために一方が慎ましやかに自己の領域を守るのでもない。ドゥルーズの読みは、ニーチェもドゥルーズ本人も、双方が、テクストを超えて名を高めあう、そうした読みである（ニーチェの言葉を借りれば、ドゥルーズは「読む」のではなく、テクストなしに、声に出して、「暗誦」している）。それは、パウル・クレーがパルナッソス山を描くとき、「パルナッソス山」が美に高められ、同時にクレーの名が芸術家として高められるのと、まったく同じことである。</p>
<p>ドゥルーズのことを「秀才」と呼び、優秀なアカデミシャンだと呼ぶひとたちを見かける。だが、その評価は的外れだと思う。まったくどうかしているというほかはない。彼はまごうかたなき天才だ。天才とは、テクストの壁を乗り越えて、こうした読解ができる人間ならざる人間のことだ。つまり、ドゥルーズは、天才の定義の中心にいるひとりだ。こんな絵画を描けたドゥルーズが羨ましい。よくもここまで、と思う。あるいはこう言ってもいいだろう。彼の特別な非-読解、つまり「暗誦」は、グールドの弾く天才的なバッハ演奏に等しい。グールドは、テクストに忠実であろうとなどしない。強いていえば、彼はバッハに忠実なのであり、バッハをかぎりなく自然に等しい高みにまで押し上げながら、テクストとしてのバッハを超えたバッハだけを、彼は演奏しているのである。それはバッハでなくグールドであり、それでいて、グールドではなく、バッハである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>バッハの仮面をつけたグールド。あるいは、ニーチェの仮面をつけたドゥルーズ。だが、その仮面の本体たるバッハやニーチェもまた、彼らが天才であるかぎり、《自然》が纏った仮面でなければならず、そして実際には、《自然》そのものが、その本質からして仮面なのである。仮象の、すなわち形而上学の勝利。《すべては仮面であり、したがってすべては仮象なのだ》。天才たちは、こうした仮面の連鎖のなかに、みずからの項を作り出す。彼らは、すでにそこに参列している子供や動物、労働者や宇宙人と手を取り合って、その連鎖の連鎖を生と謳歌する。&#8230;&#8230;</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>実際、その演奏家が本物の演奏家であるならば、演奏だけしているというのは大間違いだ。彼は、同時に二つのことを行う。まずもって、たとえばバッハやベートーヴェンという人間が残した楽曲を、《自然》にまで高める努力をしなければならない。つまり、それまでのさまざまな常識的読解のみならず、テクストそのものからさえも、《人間》的なものをすべてそぎ落とす勇気を持たねばならない。そして、そうしてはじめて、テクストは潜勢的な音楽となって現れる。というかむしろ、その時点で、はやくも音楽が鳴り響き始めるのだ。そこまでいけば、もう彼には指は必要がない。それは、すぐれた剣術家が刀を必要としないことと同じである。真の演奏家は、優れた指ではなく、優れた耳を持っている。楽譜の彼岸にある音を聴き取る、耳を持っているのだ。その際には、もはや《自然》にまで高められた楽曲に、いかに忠実に演奏するか、その技術が試されるのである。もっと簡単にいえば、真の演奏家は、哲学と芸術の二つを同時に実践する。</p>
<p>ぼくたちは、人間の手垢に塗れた自身の行為から、人間的なもののすべてをそぎ落とし、それを《自然》のなかに住まわせることを、哲学と呼ぶ。哲学とは、人間を自然のなかに住まわせる努力である。これをときに理論と呼ぶが、そうした理論が真に理論であるためには、つねに人間を《自然》に重ね合わせる努力が含まれていなければならない。</p>
<p>したがって、優れた演奏家は、すでに芸術家であり、作曲家とさえ同じなのである。ベートーヴェンが《自然》に対して行なったことを、グールドは、ベートーヴェンに対して行なう。ベートーヴェンが、自分の耳から人間的なものをそぎ落として、《自然》の音を聴こうとしたように（もちろん、画家の哲学は、視線から人間的なものをそぎ落とすときに発揮される）、グールドは、「ベートーヴェン」から不要な括弧をそぎ落とす。芸術家は、まず哲学を行なうのだ。</p>
<p>ならば、芸術はなにをしているのかといえば、こうだ。そうした哲学をひとに伝える、ヘルメスの役割を果たす。ぼくたちが、こうしたコミュニケーションであるところの芸術を、にもかかわらず、ときに創造的な行為と呼ぶのは間違いではない。創造とは、まさに赤子としてのぼくたちが両親の顔を引き継いで生まれてくるように、むしろ、《自然》を反復することだからである。また、これをぼくたちは、ときに物語と呼ぶ場合がある。これも間違いではないが、虚構を作り出すこととはまったく異なる、という点は、念頭に置いておこう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>真の芸術家は、まずもって哲学するひとたちである。ただ表現すれば芸術だと思っているなら、それは大間違いである。そして、真の哲学者は、まずもって、芸術家たらんとするひとたちである。けっして、学者のように、テクストとかかわろうとはしないだろう。テクストと戯れていればそれで哲学だと思うなら、やはりそれも大間違いである。ニーチェやドゥルーズはより哲学的なひとであり、バッハやグールドは、より芸術的なひとであった。だが、前者は芸術を惰ってはいないし、後者は哲学することに倦んだりしない。芸術家や哲学者というレッテルは、両者の度合いである。</p>
<p>そして、ぼくがいま、次に言いたいことは、この芸術‐哲学、あるいは哲学‐芸術の連鎖を含めて、この両者の重なりあうちょうど一点に的中するように、日本人はこれを《文学》と呼んでいるという事実である。いや、呼んでいた、という過去形を使うべきだろう。もう、そのことを知っていたひとは、どこにもいなくなってしまったからである。&#8230;&#8230;</p>
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		<title>デリダ／フーコー・ドゥルーズ、そして第九条について</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/25.html</link>
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		<pubDate>Tue, 26 Feb 2008 14:40:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[antagonistic peace]]></category>
		<category><![CDATA[Critique of Phonocentrism]]></category>
		<category><![CDATA[Deleuze]]></category>
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		<description><![CDATA[この三人について、ずいぶん、言葉を費やしたと思う。とくに、デリダについては、ここでは比較的たくさん語ったし、本当のところをいえば、もうあまり文句はいいたくない。きっと彼の人柄は、素晴らしいものだと思うから。それに、わたし [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この三人について、ずいぶん、言葉を費やしたと思う。とくに、デリダについては、ここでは比較的たくさん語ったし、本当のところをいえば、もうあまり文句はいいたくない。きっと彼の人柄は、素晴らしいものだと思うから。それに、わたしは、べつに哲学研究者ではないし、その理論に対する実感を、学術論文に高めるという欲望をもたない。しかし、この三人が曖昧に一緒くたにされてきた日本の言説空間には、なにか不穏なものを感じないではない。というのも、やはり、デリダとフーコー・ドゥルーズは、理論的な方向性がまったく異なるからである。もちろん、フーコーとドゥルーズのあいだにも差異はあるし、また逆から言えば、デリダがフーコーたちと異なるのも当然なのだが、しかし、わたしには、この差異は、致命的に巨大なものに思えるのだ。たしかに、フーコーとデリダとのあいだに、表向きの和解はあったし、一時的な共闘は望むところでもあろう。だが、やはりそれは一時的なものにしかなりえないと思う。いまはまだ、デリダとフーコーたちの差異は、微細なものだ。彼らの理論は、結果的に同じ表現に帰着しているようにみえる。この差異は、デリダのフッサール論からして、すでに垣間見えていた。この初期値のちがいは、あとあともっと、それこそ取り返しの付かなくなるほどに、大きくなるだろう。左派を気取るなら、この差異は、もっと強調しておかねばならない。</p>
<p>わたしは、ここ最近直覚したこの差異についての正当性を、確信している。そして、もっと厄介に感じているのは、デリダの議論を批判しながら、それでいて、彼の音声中心主義の周辺をうろついている、日本の理論家たちのあいまいさである。私見によるなら、彼の理論の本質を批判するかぎり、音声中心主義批判に対して疑問を抱かないでいることはむずかしい。音声中心主義批判の恐さは、それが、ブラックホールのような禍々しい正しさに満ち満ちていることである。</p>
<p>プラトンやルソーにみられる音声中心主義を批判するにしたところで、わたしたちが触れることができるのは、彼らのものとされているエクリチュールだけである。彼らの声を聴くことは絶対にできない。もしかりに、なんらかの形でそれが録音されていたとしても、それは声ではなく、その本質から言えば、それもエクリチュールである。したがって、エクリチュールしか残していない人間の音声中心主義を批判することは、本来は不可能なのだが、その一方で、この批判は、現在の人間が過去の人間に対してもっている不可逆の権力関係によって、かならず成功してしまう。わたしたちは、エクリチュールにその基礎をおくかぎり、プラトンやルソーの議論を、一方的に裁く権利をもっているからである。</p>
<p>本来、デリダのような文献学者が持たねばならないのは、テクストに残された痕跡のあいだから、痕跡なき声を聴こうとする態度である。わたしたちの言葉は、声であろうと、文字であろうと、つねに、「彼岸」を渇望し、欲望する矢や弾丸である。テクストの外部はない、テクストの起源などないのだ、などと文献学者が語ることは、はっきりいえば、すでに届いている言葉から、目や耳を塞ぐ行為以外のなにものでもない。そのことに気づかないのは、現在の人間ならば誰もがもっている傲慢さのゆえなのである。そしてこの傲慢さが厄介なのは、現在のすべての人間が、これを慎ましさだと誤解していることなのである。「わたしは、あなたの意見がわかったなんていうつもりはありません」というわけだ。だが、本当に必要なことは、わかったか、わからなかったかではないし、相手の論理を自壊させることでもない。むしろ、いかに、生産的でポジティヴな差異を、そこから直接引き出せるかどうか、である。欲望は、つねに、外への欲望であり、だから、欲望本位の言葉はたえずテクストの外へとはみ出しているような、そんな実践なのである。こうした欲望を、否定することはできない。否定するなら、それは欲望の定義からははずれてしまう。欲望は、徹頭徹尾肯定的ななにものか、ポジティヴな差異として実現されるからだ。</p>
<p class="post-c">◇</p>
<p>欲望はしてもかまわない。だが、それを実践に移すのは勘弁してもらいたい。これが、ふやけた民主主義的な学者流の、デリダ読解の中心である。ひとは、たえず他を犯したい、他に犯されたいという、主客未分の淫らな欲望を心に抱きながら、電車に乗り、道を歩き、そして食事している。こうした欲望をその内部に溜め込むこと、外部への発露を禁じることは、それは、欲望本来のありかたとは考えられない――というか、そうした禁止さえ、欲望が能動的に行なうのでなければならない（ちなみに、これがストア派流の考えかたである）。欲望と実践とを分割する学者流の理解は、たとえば、軍隊をもつことはかまわないが、それを解き放つことは許されないという、今日、どこの国でもまかりとおっている論理と、どのように違っているのだろうか。わたしには、まったく同じものにしかみえないし、むしろ、それらは混同されるべきものとさえ思っている。欲望を屈折させ、自身のうちに溜め込むことは、暴力を軍隊にまで膨れ上がらせることと、ほとんど大差ないのである。</p>
<p>むしろ、わたしなら、なんの考えもなしに母親が子の尻を叩くのと同じように、直線的で、なんら屈折していない暴力を、たえず発揮せねばならないのだと思う。欲望は発揮されねばならないが、発揮されてはならない、などというデリダ流のパラドックスなど、観照的な場所にいればとりあえず安心できる学者という人種のひねくれた欲望しか満足させないだろう。だが、そうしてひとびとの欲望を屈折させ、暴力を内側に向けることが、倫理的には使い道のない軍隊を膨れ上がらせることとどのようにちがうのか。そうした議論は、わたしにはまったく説得的ではないのである。</p>
<p>欲望は、本質的に実践であり、つねにはけ口を求めるものである。それを内側に向けて屈折させればさせるほど、暴力は、肥大化していく。言葉から拳に、拳から銃に、銃からミサイルに、そしてミサイルから原子爆弾に、といった具合である。</p>
<p>憲法第九条を、わたしは愛している。この条項は、とにかく、戦争を、わたしたちの極限まで、近づけているからだ。この条項は、人間はかならず戦争してしまう生物だという前提なしには、文章として成立しない。憲法第九条は、ひとがそうみなしているのとは逆に、ロマンチックな理想論でもなんでもない。もっと過酷であり、現実的である。ひとはかならず戦争するということを忘れているひとたちだけが、憲法第九条を不要だとみなすのである。軍隊を恒久的に手放さねばならないのは、ひとが、暴力装置を持とうとする欲望を恒久的に手放せないからである。軍隊を手放す、とは、軍隊を持たないことではない。むしろ、軍隊は、たえず手放されねばならないということである。手放すということの意味は、すなわち、外に向けて発露させるという意味であり、したがって、軍隊にまで膨れ上がるまえに、つねに、直線的で、無垢で、そして痕跡の残らない暴力を、つねに発揮し続けなければならないということを意味している。……</p>
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		<title>ジャック・デリダについて走り書き</title>
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		<pubDate>Wed, 16 May 2007 03:51:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[最近、ジャック・デリダの文句ばかり言っている気がするが、どう読んでも納得がいかないのだから仕方がない。とはいえ、自戒しておくが、勘違いしてはいけない。彼の行なう、微に入り細を穿つテクスト読解は、それはすばらしいものだ。わ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近、ジャック・デリダの文句ばかり言っている気がするが、どう読んでも納得がいかないのだから仕方がない。とはいえ、自戒しておくが、勘違いしてはいけない。彼の行なう、微に入り細を穿つテクスト読解は、それはすばらしいものだ。わたしのような若造が太刀打ちできるような代物ではないし、そもそもそんな気が起きない。デリダの議論において、きわめて厄介なのは、デリダの議論が理論的に納得できないとしても、結果においてはおおむね正しいことだ。彼はおそらく、哲学者というよりは、作家なのだ。思うに、わたしの考える前提をある程度ふまえておけば、べつにテクストといってもかまわないし、またべつにデリダの議論を活用してもかまわない。だいいち、デリダにこんなところで喧嘩を売っても、なんの意味もないし、なにしろ相手はすでに天国にいる。彼の議論を可能性において活用していく方が、生産的だし、健全だ。だが、そのためにはちょっとした工夫がいると思う。そうしなければ、おおかた、日本のデリディアンのようなことにしかならなくなる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>理論的にいって、そしてこの場を借りて何度も言っているように、デリダのテクスト論に、納得していない。《起源》にエクリチュールやテクストを見出す手法は、学問全般に対する批判にはなりうる。とりわけ学問が想定しがちな観念論――このテクスト、あるいはこの学問上の成果は、何らかの現実の、帰結あるいは分析である――を批判する際には、こうしたテクスト論は有効でありうる。とはいえ、わたしはそうは考えない。こうしたテクスト論は可能だが、理論的な可能性を十分に尽くした結論とはいえない。なぜなら、テクストそのものが、つねに‐すでにある連鎖の中にあるからである。</p>
<p>デリダに反して言うのだが、古いロゴスと新しい理性とは、やはりあらゆる意味で区別せねばならないと思う。それは記憶力と想像力との関係で見ればよくわかる。カント以前において、想像力は、感性にもとづく（誤った）表象を夢想させる点で、排除されるべきものであった。それを逆転させたのがカントだと言われる。カントは、《想像力》に、不在のものを現前させる新しい可能性をみてとったのである。だが、元来、それを行なっていたのは《記憶力》である。前近代において、記憶術がことのほか重視されたことを考えればよい。ところで、何度も言うように、前近代の《記憶力》は、今日の記憶力と同じではない。前近代の《記憶力》は、とりわけ想起と呼ばれ、芸術（とくに音楽や文学）にも関わる重要な能力であった。たとえば、音が何らかの音楽を実現するとき、そのことは、音と音との対位法的な《出会い》であると同時に、あるイデアの再現（想起）だったのである（楽譜‐テクストはその記録にすぎない）。つまり、イデアを再現しようとする記憶術は、近代人が芸術の分野に含めてしまうような、ある種の想像力をすでに含んでいる。したがって、前近代の想像力は、すでに想像力を含む記憶力の残滓にすぎないし、その意味では軽視され、ときに排除されて当然なのである。こうした記憶術を実現するのが、ロゴス（言葉／理性）であった。</p>
<p>（このような古い理性を代表し、そしてそれをもっとも精錬した哲学者として、デカルトをあげよう。こうした理性に依存する古い記憶術が前提にあってこそ、デカルトの次の言葉――《われ思う、ゆえにわれありCogito ergo sum.》が、存在論となりうる。この言葉は、近代的な視点からみれば、たんに《わたしは存在していると思っているI think I am.》という語に変換されてしまうだろう。つまり、「わたし」は「思う」という不確かな言葉もろとも消え去るのである。「われ思う（コギト）」ということが、「われあり（スム）」を保証するためには、「思う」に特別な能力が付与されていなければならない<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。そうでなければ、フッサールのように意識の自己現前を前提する現象学を生むか、保田與重郎のようなロマン主義者を生むだけだからである。この「思う」は、先述した記憶術にもとづくものであると考えねばほとんど意味を持たない。カントは、「生来の記憶（＝万人に備わったロゴス）」という概念を全否定するところから哲学を開始している。そうした哲学において、デカルトのコギトが不十分なものにみえるのはやむをえないが、それは歴史的文脈の違いを示しはしても、優劣を示すのではない。）</p>
<p>それが近代においてかわるのは、テクストが圧倒的な物量であらわれてからである。聖書がヴァナキュラーな言語に翻訳され、大量生産された紙に印字されてやはり大量に出版され、そしてさらに写真技術や録音技術が発達すれば、古い《記憶力》の地位が相対的に下がるのは当然である。写真はすでに、かつての記憶を完全に再現していると見なすことが可能だからである。この場合、もはや古い理性ロゴスは一新されざるをえない。過去を再現すること自体が特別な能力でありえた時代は終わる。すでに過去がテクストによって確定している以上、記憶力による再現は、確実性（客観性）を獲得するものの、他者をむしろ想像力の領域に逃がしてしまうからである。こうした記憶力と想像力のエコノミーの変化に応じて、近代においては、学問と芸術とが分割される。こうしたエコノミーがテクストに依存しているために、問題が二つ生じる。テクストが保証する客観性を中心に同心円状に弁証法的共同体が作られること。そして、テクストから正確に読解できる内容を越えた内容については、想像力の分野に押し込めるか、あるいは形而上学のレッテルを貼るしかなくなってしまうこと。前者がヘーゲルであり、後者が残念ながらデリダである<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえば、デリダは、「秘密」を次のように考える。完全に隠された秘密はそうである以上、存在しないことになる。だが、曝露されてしまえば、それは秘密ではなくなる。隠されてはいるが隠されていないもの、それが「秘密」である、と。「痕跡」も同じである。それと同定可能な「痕跡」はむしろ傷というべきであって「痕跡」ではない。そうした同定可能性から絶えず逃れ続けるようなものこそが、真の「痕跡」である、と。</p>
<p>このような概念は、一見正しいし、また別段間違っているというわけでもないのだが、しかし、わたしには受け容れられない。こうした概念には、彼が引きずっている《テクスト》あるいは《エクリチュール》によって引き起こされていると思われる、重大かつ微妙な問題がある。わたしは確信しているが、なんの「痕跡」も残さずに死んでいく人々はたくさんいる。彼らは、完全に隠された「秘密」というべきなのであって、だからといって、存在していないことにはけっしてならない。むしろ、デカルトが「われ思う」の中に自分の存在を抹消させるようにして、いまも《存在している》のである。ホロコーストによって、「痕跡」を残して死んだ人間だけが、死んだ人間なのではない。なんの「痕跡」も残さず、完全に「秘密」のままで、人知れず死んだ人間は、ホロコーストによって「痕跡」を残して死んだ人間よりも、もっとたくさん《いる》のだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>歴史は勝者の歴史といわれる。誰であろうと、「痕跡」を残せた人間こそが、勝者なのだ。じつは、歴史を動かし、そうしながら自身の「痕跡」をたえず抹消しているような、そんなマイナーな存在がある。わたしたちが《想起》せねばならないのは、「痕跡」を残さずに死んだ敗者なのである。</p>
<p>彼らは隠れながら存在していて、だから、歴史には現れないが、にもかかわらず、《現われない》ということにおいて、存在していることを、わたしは知っている。なぜだろうか？　そんなにむずかしいことではない。誰でも、想像することができるだろう。というか、想像する前に、わたしたちはすでにそういうことを経験して、覚えているのだ。呼びかければ必ずそれに答えるような、そんな応答責任を果す人間ばかりがいるわけではない。呼びかけが空虚に消え去る時、ひとは呼びかけた他人というよりは、むしろ自身の不在を痛感する。だから悲しむのだ。だが、にもかかわらず、わたしは悲しみに塗れて存在している。この手の悲しみはむしろ生涯の伴侶というべきであって、声が消え去っていくこと、それを受け容れることによって、ひとは自立する。ひとが、シュティルナーやキルケゴールのいう単独者となるのは、このときである。こういう記憶があれば、たとえ「痕跡」を残せずとも存在した死人がいることは、すぐに想像できるはずだ。デカルトの《われ思うゆえにわれあり》は、こういう消え去る存在の存在を語っている。デカルトの《コギト》をテクストとして読んだカントには、それは理解できなかったに違いない。</p>
<p>そして、じつは、こうした空虚に消え去る呼びかけ、という概念を、ブロックしている邪魔者がいる。それがエクリチュールである。エクリチュールは、時間に対する抵抗力が《声》に対してあまりに大きいために、ひとびとに、いつかは聞いてもらえるかもしれない、という夢想、あらゆる意味において《精神ガイスト》的な憩いの場を与えてしまうからだ。歴史をたえず生産しているエクリチュールこそが、二重三重の意味で、《不在の存在》という、きわめてありふれた概念を形而上学の領域に追いやっている張本人なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、わたしは、デリダの《灰》の概念を好んでいる。《灰》は、それを語った彼がどう言おうと、むしろ「痕跡」とは関係がないし、テクストやエクリチュールとも関係がない。むしろ、《灰》は、不在の存在そのものなのである。テクストがあろうがなかろうが存在する《灰》、ミクロな粒子として「痕跡」を笑いながら宙を舞い、踊るようにはじけ飛ぶ《灰》。今日デリダの可能性があるとすれば、このあたりにあるのだろう。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a name="n01" href="#p01">(1)</a> デカルトのコギトを証明ではないとしたスピノザは正しい。ergo（ゆえに）は「左様に」ととってもかまわない。ちなみにcogitoは「追想する」という意味もあるし、「想起する」とか「想像する」という意味もある。つまり、cogitoは、漠然と「思う」ことではなくて、何らかの《表象》を思い浮かべることである。</li>
<li class="note"><a name="n02" href="#p02">(2)</a> こうしたエコノミーにおいては、とりわけ文学者は次第に不幸を託つことになる。というのも、彼らがたとえ真理を語ったとしても、それが《テクスト》を逸脱しているかぎり、真理からは分断された想像力の領域に囲い込まれ、さらにそれを超ようとすれば、形而上学者と呼ばれ、ひどいときには狂人とさえ呼ばれるようになるからである。といっても、それは、近代において、そして今も、たえず文学者の可能性でもあった点を強調しておかねばならない。</li>
</ul>
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		<title>テクストとしての憲法／声としての憲法</title>
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		<pubDate>Thu, 03 May 2007 16:30:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[antagonistic peace]]></category>
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		<description><![CDATA[憲法というテクストがある。これはわたしたちの外部にあり、国民投票という改変を経なければ、どうにもならない《もの》である。カント風にいうと、かの憲法は、一種の《物自体》である。もちろん、改変できる以上、「どうにもならない」 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>憲法というテクストがある。これはわたしたちの外部にあり、国民投票という改変を経なければ、どうにもならない《もの》である。カント風にいうと、かの憲法は、一種の《物自体》である。もちろん、改変できる以上、「どうにもならない」という表現はいささか的を得ていないかもしれない。とはいえ、改変した時点で、それはすでに旧来のテクストではない。別のテクストとして、また新たな生を受ける。したがって、ただちに、それはまた“テクスト”――すなわち、《物自体》であることを始める。</p>
<p>わたしたちにとって、憲法が、そういう意味でのテクストであるかぎり、許されている行為がある。それは、想像力を駆使すること――すなわち、《解釈》である。《物自体》という観念、テクストという観念は、それに相対するわたしたちに、《想像力》という観念を与える。テクストが改変不能な《物自体》であればあるほど、余計に《想像力》という観念は不可避的にあらわれる。したがって、テクストが改変不能な外部であればあるほど、《解釈》という行為は不可避となる。</p>
<p>テクストが、たとえほんのわずかであっても、封じ込めているのは、過去の正確な記憶である。過去の正確な記憶を封じ込めているとしても、やはり、それはわたしたちには一部分しかみえていない。そうであるがゆえに、正当な《解釈》が要求される。ある対話において、ひとびとの言葉から、その内面を探るように、わたしたちは、テクストから、その可能な真意を《想像力》によって、引き出そうとする。つまり、テクストとわたしたちの分裂は、ちょうど、記憶力と想像力の分裂に符合する。テクストとわたしたちが分かたれているその境界線上をそっくりそのままなぞるように、記憶力と想像力は分かたれている（ここでは、マルクスの価値形態論を想起すべきだろう――記憶力と想像力の対は、本当のところは、あるひとつの商品がもっている使用価値と交換価値の対に等しくなっている。あるひとつの商品が交換を可能にすると同時に交換を謎めいたものにしているように、テクストは、読解可能性を開示すると同時に隠蔽している）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>テクストの正確な再現前化が求められること（科学的な知の要求に等しい）と、テクストが不可知の《物自体》である、ということとは、矛盾しない。むしろ、その対こそが、テクストを読解するわたしたちに想像力（だけ）を要求することになる。そして、ここが重要な点だが、テクストという《物自体》は、かえって《想像力》を無際限にする。こうしてテクストは、完全にオープンなものになり、どのような《解釈》も許されることになる。</p>
<p>すでに、前政権によって、現行の憲法においても、海外派兵が可能であることが実証されている。すなわち、テクストが主張しているはずの内容から、完全に真逆の解釈を導き出すことすら、可能なのである。従軍慰安婦にせよ、南京大虐殺にせよ、これらは、想定する程度に違いはあれど、どう考えても事実である。だが、それらを実証しているはずのテクストは、それがテクストであることによって、真逆の可能性すら主張されうる。たとえば、南京大虐殺を伝える新聞は、事実を語っているのではなく、国民の鼓舞という目的にしたがって作られたテクストである、という風に。歴史学者であれば、誰でも知っているはずだが、同じひとつの史料（テクスト）からは、たいてい、二つの異なる解釈が導き出されている。しかも、それらは、おおむねまったく相反する解釈なのである。それは、先の戦争にかかわる領域ばかりではなく、どのような領域においても妥当する。《テクスト》という思考を除かぬかぎり、わたしたちの思考から、こうした《解釈》の可能性を取り除くことはできない。権利上、それは可能だし、またそうでなければならないからである。その意味では、“平和のために戦争をする”、ということさえ、可能になる。ここでいう「平和」が、テクストとしての平和であるとすれば、それは当然の権利なのだ。テクストを正確に、かつ精緻に読むことが、かえってテクストを逆転させ、テクストを脱構築する。それは、たしかに、正しい。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、発想を転換しよう。憲法が、わたしたちが解釈すべきテクストではないとすればどうか。といっても、テクストではない憲法など、にわかには想像し難いかもしれない。だが、わたしは、《言説》としての憲法、というものも、当然ありうると考える。それはどういうことか。</p>
<p>わたしたちは、もはや、１９４５年当時、かの憲法が生み出され、かつ受け容れたあの瞬間のひとびとの真意を、正確に受けとることはできない。その真意は、平和な時代を生きたわたしたちの想像を絶しているし、また、当然、記憶の範囲も絶している。憲法の周辺には、さまざまな史料があり、かの憲法の成立する背景をいろいろと探ることはできるだろうが、そうした瑣末な史料も憲法も含めて、いずれにしても、誰でも知っているように、《読むこと》以外にその手段は認められていないように思える。</p>
<p>実際、誰もが知っているように、声は、失われるものである。戦争の体験者がどんどん減少していく昨今にあって、それは、必然的な事態である。それゆえ、もはやたんに声に頼ることはできなくなっている。だからこそ、テクストとしての憲法、というわけだが、だからといって、憲法を、たんにエクリチュール（文字）の問題として、テクストとしてのみ把握するのも間違っている。むしろ、かの憲法は、平和への意志であり、平和の言説であり、そしてやはり《声》なのである。１９４５年当時のひとびとの記憶力と想像力とをともに封じ込めて過去に消え去った《声》なのである。もちろん、こうした《声》はすでにイデアであり、イデアそのものであり、それゆえ、わたしたちからは失われている。文字は、ここでは、エクリチュールを根源にもつテクストではなく、《声》のドキュメントである。それは、いまここで語られ、現にいま聞いている声ではなく（その意味での声は、たしかにエクリチュールと区別できない領域をもっている）、消え去ることによって定義されるような、そうした《声》である。エクリチュールのもたらす、蓄積される時間概念とは異なる、絶えざる現在の反復という時間概念によって定義される、そうした《声》である。しかし、消え去るといっても、この《声》が意志していた事態を、わたしたちはすでに知っている。というよりも、消え去るがゆえにこそ、わたしたちと彼らとのあいだに、真の意味で出来事が生成するのである。それは、たんに想像力によるのでもないし、たんに記憶力によるのでもない。その両方を駆使することで、この意志を、この《声》を、聞くこと――つまり、出来事を生成させることができるはずだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>私見によれば、かの憲法が主張しているのは、戦争をしないことではない。むしろ、わたしには、《人間》という動物が、必ず戦争をしてしまう動物である、ということを主張しているように思える。そうでなければ第九条は意味をなさないからである。テクスト以前のこうした前提（という言い方は明らかに誤解を生むだろうが）があるからこそ、第九条は可能になっているのだ。第九条が可能な《言説空間》とは、人間と戦争とが、分かち難い紐帯によって結び合わされているような、そういう空間なのである。</p>
<p>その点を考えれば、けっして、テクストがあらゆるものに先立つ根源なのではないし、声はつねに‐すでにエクリチュールによって先取りされてもいない、ということもわかるだろう。こうしたテクスト以前の前提を、わたしはフーコーの言葉を借りて、《言表》と呼ぶ。アメリカ人であろうが、日本人であろうが、《人間》は必ず戦争を行なう。第九条は、そうした出来事の正確な《言表》にほかならない<sup><a name="p1" href="#n1">(1)</a></sup>。したがって、第九条については、次のように考えるのが正しい。すなわち、たんに戦争をわたしたちの手の届かぬところへ遠ざけようとしているのではなく、戦争をかぎりなくわたしたちに近づけながら、同時にかぎりなく遠くへと追いやっている、と。</p>
<p>先の戦争は、さまざまなことを実証した。戦争は、けっして仕掛けるものではなく、あらゆる意味で、仕掛けさせられるものだということ。そしてにもかかわらず、戦争は、仕掛ける側になった時点で敗北であるということ。また、武器を持てば戦争を行なってしまうということ。そして、戦争という手段によっては、家族を守るという目的はけっして果せないということ。そればかりか、たんに家族を破壊する帰結をもたらすのだということ。家族を守るということと、国家を守るということは、同じではないこと。国家の死が個人の死をもたらすのではなく、個人の死が国家の死をもたらすのだということ。下からであろうが上からであろうが、国民と国家の統合は必ず夢想に終るということ、などである。</p>
<p>戦争とは、そうした事態の実証過程にほかならない。そして人間が戦争を避けられない動物であるという前提があるからこそ、第九条は、戦争を《可能なかぎり》未来へと遠ざけるために生み出されたひとつの《声》でありうるのである。ここでは、第九条は、テクストではなく、だから自由な《解釈》の余地はない。言説としての第九条は、上記の《言説空間》によって、すでに規定されているからである。ここでは、真実は、一でもなければ、多でもない。また、一にして多であり、多にして一というわけでもない。真実は、一であり、また同時に、多なのである。それこそが、《声》のもたらす、新しい歴史の空間である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は、わたしたちが、その《声》を聴きとる耳をもっているかどうか、ということだけである。わたしが、憲法を読むたびに、《読む》という行為に反して聴きとるのは、１９４５年というあの瞬間が、わたしたちに、時空を越えて送る悲痛な《声》である。ひとは、未来永劫戦争から解き放たれることはなく、国家の論理の狭間で、つねに戦争の脅威におびえて生きるほかないのだという、そうした悲痛な、そしてささやくような《声》である。もちろん、その《声》は、わたしが聴いた瞬間に、つねに‐すでに、消え去っている。ただ、手許には、エクリチュールという痕跡が残っているばかりである。それは、たぶん、なにかの幻聴であり、ひとかどの紳士ならば「形而上学」といって批判するような、つまり、あらゆる言葉を《声》とみなすような、言い換えれば、言葉をそのまま出来事とみなすような、一種の狂気であるにちがいない。</p>
<p>憲法を変えてもいいし、変えなくてもいい。改変不能なテクストとして、後生大事に守り続けてもかまわないし、自由に解釈可能なものとして、ときと場合によっては変えてもいいような、そうしたテクストとして理解するのもかまわない。ほとんど狂気と隣り合わせであるような、《言説》の領域において、ただいえることは、１９４５年に生み出されたかの憲法が、おそらく世界史上もっとも戦争を身近に体験した世代によって、わたしたちのいる現在‐未来に対して送られた、しかもすでに失われたメッセージであるということだ。わたしたちは、それが狂気の可能性を孕んでいるのだとしても、その《声》を聴きとっているはずなのだ。そして、憲法をテクストとして読む前に、まずはテクストの行間から、エクリチュールの間隙から漏れ聞こえる、そうした《声なき声》のことを考えてみてほしいのだ。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
<a name="n1" href="#p1">(1)</a> リアリストを自称するたいていの改憲派は、テクスト以前のこうしたリアリスティックな前提――人間は何らかの手段で必ず戦争を行なう動物であるという前提――に対して、あまりにも盲目である。彼らにとって、第九条は、たかだかテクストであるにすぎないのである。ところで、公平を期していっておけば、第九条を護憲派が《物自体》として扱うかぎり、かえって他方に無限の解釈を認め、そしてそれを事後的に改憲につなげようとする右派を生み出すのも必然なのである。言説の観点からみれば、左派の方が相対的に正しいが、そうである以上、左派を気取るのであれば、テクストという思考と、自覚的に手を切るべきではないだろうか。
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