精神の歴史 近代日本における二つの言語論
History(s) of Spirits: Another Linguistics in Modern Japan | 有志舎 | June, 2009 | ¥5,880(Tax include) | 380頁
歴史とはなにか。歴史はどうあるべきなのか。十年以上のあいだ、日々の思考はすべてそこに流れ込んでいった。われわれ歴史にたずさわる者が触れるテクストは、たしかに、諸々の出来事の記録でしかない。この記録からかつてありし出来事を想起しようとしても、同じものは絶対に復原されえない。死をふたたび生に変えることはできない。この断念の当たり前の正しさを、信用しかかっていた。……
だが、言葉の力は、思っていたよりも、もっと凄まじかった。
いまは姿を変え、文字となったかつての声、ひとがそれを言葉の死と見誤る文字のなかで、それはまだ生きていた。文字のなかにいてさえ、蠢く異形の生を持続させていた。ほとんど不壊に思えるテクストの壁を貫いて溢れ、やがて満ちてテクストとは別のなにか――すなわち、出来事を成就させる。そんな力を、言葉はいまだ保持していた。言葉が生きているということを知ったとき、同時にわたしは、歴史がその本質において悲劇であるということを知った。(あとがき没原稿より抜粋)
目次 contents
序論
第 Ⅰ 部
第1章 言葉の肉体
1 翻訳と解剖/2 言葉と事物/3 オクシデンタリズム、あるいは神経という精神
第2章 神経・音声・数 ―可視化される意味と精神―
1 明治の精神、呉秀三の精神啓徴/2 博言学と声の帝国主義、意味の淘汰/3 福沢諭吉の思想、造化としての精神/4 気風、精神のスタチスチク/5 一九世紀の知と精神
第3章 出来事の学としての文学 ―言文一致運動について―
1 近代文学と《文学》/2 正史と小説、《文学》はいかにして出来事の学となるか/3 出来事と物語の距離、文体論/4 言文一致運動と国民国家、言文一致をめぐる二つの問い/5 言文一致、未来の夢/6 表象と精神、文学と歴史学という二つの出来事の学/7 没理想論争(一)逍遙の没理想/8 没理想論争(二)鴎外の理想/9 没理想論争(三)美と没理想、美は自然の側にある/10 歴史とスタイル
第4章 自然主義と直接行動 ―事実を事実の儘自然に書くと云ふ事―
1 《自然》の概念/2 社会主義者の《文学》/3 自然主義文学、島崎藤村を中心に/4 自然主義の周縁、泉鏡花と石川啄木/5 大逆事件、事実を事実の儘自然に書くと云ふ事/6 一九世紀の精神、言葉は出来事である
第 Ⅱ 部
第5章 暗示される精神 ―近代文学というもうひとつの文学―
1 《精神》のプラグマティズム/2 描写と報道、「蒲団」のパラドックス/3 歴史とスタイル、二重の書物/4 漱石の言語論、暗示という転回/5 リプレゼンテーション
第6章 出来事から意味へ ―認識論の登場と国民国家という舞台―
1 解剖学と「心」/2 新カント主義/3 文化主義、貨幣の認識論的転回/4 国家精神の登場(吉野作造について)/5 民本主義の外延、天皇制とアナーキズム/6 ナショナリズムと歴史の存在論
第7章 アナーキストたち ―白樺と大杉栄―
1 『白樺』の運動(一)自然主義と認識論、あるいは二つの「社会」概念/2 『白樺』の運動(二)自然主義と認識論を超えて/3 『白樺』の運動(三)スタイル、あるいは個人主義の追求/4 『白樺』の運動(四)スタイルの追究からもうひとつの《社会》へ/5 大杉栄の思想(一)アナーキズムと文学/6 大杉栄の思想(二)力としての言葉/7 大杉栄の思想(三)「安全」の弁証法から離れて/8 大杉栄の思想(四)《文学》としてのアナーキズム/9 関東大震災、あるいは『白樺』終刊と大杉栄の死
第8章 精神の歴史
1 問題構成の移動/2 精神のインフレーション/3 和辻哲郎の精神史/4 国民、精神、文化、あるいは歴史の桎梏(国民精神文化研究所)/5 問いとしての国体/6 西田幾多郎、あるいは認識論上のアナーキズム/7 世界史の精神、国家の死
結論
あとがき
人名索引
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