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		<title>志賀直哉の墓</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Mar 2010 14:15:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[Naoya Shiga]]></category>

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		<description><![CDATA[最近は本当に忙しい。定職があるわけでもなく、ただただ時間を労働に浪費する。これでは本当の仕事はなかなかできない。われわれのような貧しい立場の人間は、この社会で生きていくのは難しいに違いない。「違いない」と人ごとのようにい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近は本当に忙しい。定職があるわけでもなく、ただただ時間を労働に浪費する。これでは本当の仕事はなかなかできない。われわれのような貧しい立場の人間は、この社会で生きていくのは難しいに違いない。「違いない」と人ごとのようにいうのは、わたしの希望が、ただただ哲学ができることだからだろう。それさえあれば、わたしは生きていくことができる。だが、その一方で、読者を信用して率直にいえば、不安もある。愚痴のひとつも言いたくなる。この道は、真理か、それとも美かに、ちゃんとつながっているのだろうか。この国――国民国家は、文学を、歴史学を、哲学を、いったいどこに追い込むつもりなのか……。否、こうやって文芸ができるということ、それを善しとしなければならない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ようやくできた暇をみつけて、志賀直哉の墓を訪れた。別にそういう趣味があるわけではない。が、作家の墓を巡ることが多くなった。ひとが、石に銘を刻むことを覚えたのは、一体、いつのことだろう？　はるか昔、おそらくは歴史以前から、ひとは、そして多くの生命が、そうやって、自身の痕跡を――望むと望まざるとにかかわらず――遺してきた。動物としてのひとは、《音節明瞭なる者》であるにすぎない。痕跡は、あくまで、自然の偶然がときおり見せる消し忘れにすぎなかった。だが、文字が生まれ、そして必然的にそれが永遠を夢想させる石と結びついたとき、歴史は誕生した。石盤に描かれているのは、無限に続く現在である。瞼を閉じる。瞼をまた開いたとき、そこに変わらず痕跡が残っていれば、それだけで、歴史はもう生まれかかっている。歴史は、その名とは裏腹に、現在に、あるいは眼球に焼きついて消えなかった過去であって、〈歴史の見せる過去とは、本質的に現在なのだ〉。歴史家がそのことを知った時、彼は愕然とする。過去を求めていたはずのわたしはいったい、なにをやっていたのだろうか、と。</p>
<p>わたしは痕跡の概念を好まない。この人間的な概念は、生を蝕むほどに、強力である。痕跡がもたらす過去とは、あくまで現在の影である。これを過去とみなしてしまえば、現在は、その領域を半分失ってしまう。本当の過去は彼岸にあるのに、無数の痕跡が、現在を蝕んでしまう。現在に焼きついた痕跡は、こうしてひとの生を蝕んでいく。われわれは、消え去る権利を失ってしまう。だが、わたしは過去に汚染されていない現在というものがどこかにあることを希求しているし、またそのことを確信してもいる。</p>
<p>しかし、その一方で、生はあまりに儚い。死を前にして、ひとが痕跡を残そうとすることも、もっともな話だ。こうしてひとは、流転し流れ去る記憶の片隅に小さな、しかし不動の石柱（コラム）を立てる。どんどん立てる。かくして、墓が、死が生という狭き領土を埋め尽くし、生はますます痩せ細っていく。</p>
<p>作家はいつも、死と隣り合わせである。死が、作家の仕事の主要な動機であることは、おそらく実証できるテーマだろう。しかし、彼らは、流転する生の孤独の中で、不動の石柱を立てようとするのだろうか？</p>
<p>そうではない。真の作家は、不動の概念など、うちたてようなどと思っていない。真の作家とは、むしろ消え去ることを知っているひとのことをいう。〈ゆっくりと〉消え去ることを知っているのだ。死は、生よりももっと儚い。死は、生よりも猛スピードである。生きるとは、遅さを実現することなのである。</p>
<p>厳密に考えれば、すぐにわかることがある。文字は消え去らないのではない。ゆっくりと消え去るのだ。《声》との違いはそこにある。そのことを知っているひとたちだけが、真の作家なのであり、死と隣り合わせである彼らは、生きているときよりももっと遅い言葉を必要としている。だから、彼らは書く。死に対する遅延、これが生であるなら、死の言葉である文字もまた、死の遅延を実現する。つまり、文学は遅延に、したがって生に奉仕する。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>豪壮な墓が多く並ぶ霊園の片隅で、祖父母や父たちと並んで、彼らの墓よりは頭一つ低い位置に立つ志賀直哉の墓は、消え去ることを知っているひとの墓であった。わたしはそんな風に思った。わたしは思わず聞いた、「芸術とは、一体なんなのでしょうか？」</p>
<p>彼はなにも答えなかった。答えてくれるはずもなかった。わたしはむずかしく考えすぎている。世界はいたってシンプルだ。彼はひとこと、「今日は寒いねえ」と言っただけだった。</p>
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		<title>コーラー</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 13:31:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Derrida]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[oblivion]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>
		<category><![CDATA[Sokrates]]></category>

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		<description><![CDATA[わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を保つことができた。彼は牢獄に閉じ込められて以来、詩を書くようになったという。そのことを不思議に思ったパイドンたちは、牢獄で毒を仰ぐ当の処刑の日に訪れ、なぜかと問いただした。そこでソクラテスは彼らに驚くべきことを語った。</p>
<blockquote>
<p>これまでの生涯において、しばしば同じ夢が僕を訪れたのだが、それは、その時々に違った姿をしてはいたが、いつも同じことを言うのだった。『ソクラテス、文芸（ムーシケー）を作りなし、それを業とせよ』。そして、僕は以前には、僕がずっとしてきたことをこの夢が僕に勧め命じているのだ、と思っていた。ちょうど走者に人々が声援を送るように、この夢は僕に、僕がまさにし続けてきたことを文芸をなすこととして激励しているのだ、と。なぜなら、僕は、哲学こそ最高の文芸であり、僕はそれをしているのだ、と考えていたからだ。しかし、いまや裁判も終わり、神の祭が僕の死を妨げている間に、僕はこう思ったのだ。もしかしてあの夢は通俗的な意味での文芸をなすようにと僕に命じているのかもしれない。それなら、その夢に逆らうことなく、僕はそれをしなければならない、と。なぜなら、夢に従って詩を作り聖なる義務を果たしてからこの世を立ち去る方が、より安全であるからだ。こうして、先ず、僕は現にその祭が行なわれていた神アポロンへの賛歌を作ったのだ。それから、神への賛歌を後で僕は考えた。詩人というものは、もし本当に詩人〔作る人、ポイエーテース〕であろうとするなら、ロゴス〔真実を語る言論〕ではなくてミュトス〔創作物語〕を作らなければならない、と。</p>
<p class="post-r">岩波文庫、岩田靖夫訳、20ページ</p>
</blockquote>
<p>驚くべき、というのは、齢七〇を超えてまだ矍鑠たるこの老人が、死を前にして、知的な探究心を一切失っていなかったことであり、それまでの生涯を否定しかねない夢の解釈に彼自身が達したとしても、飽くことなく、しかもいけしゃあしゃあと、ムーシケーを実践していたことである（わたしは、プラトンのソクラテスの描写は、モデルにされた師自身がどういう感想をもっていたかとは無関係に、きわめて史的に忠実であると考えている――それは、グールドのバッハ演奏にとてもよく似ている）。真理を司るロゴスから、虚構を司るミュトスへ――裁判が真理にまつわるものであるかぎり、この移行はさまざまなことを示唆してくれるが、そもそも彼は、アテナイ人たちに、《真理》を蔑ろにし若者を扇動する《虚構》をでっち上げたことが、死刑に値すると審判されたのだった。ここにあるのは、ロゴスへの絶望や挫折だろうか。しかし、そういう表現が許されるためには、ソクラテスが、それまでロゴスに底なしの信頼を置いていたことが証明されねばならない。だが、この抜け目ない男がそんな迂闊なことをするとは思われないし、この事例そのものが、ロゴス中心主義の存在を反証している、と考えるべきだ。絶望や挫折といった陰鬱な解釈は、ヨーロッパの人間に任せておこう。むしろわれわれは、死を前にしてなお、軽快に踵を返して行なわれたロゴスからミュトスへの跳躍、弟子たちをさえ欺く彼の舞踏に感嘆する。彼には、ロゴスよりももっと重大なことがあった――それが《哲学》であり、そして《文芸ムーシケー》だったのである。ロゴスやミュトスは、その手段にすぎない。わたしは彼とプラトンに、西欧形而上学に伝統のロゴス中心主義、などというものを感じることができないでいる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、さらにパイドンたちに、死後の世界がどのようなものかを、滔々と語る。われわれの世界は、真の世界の窪地にすぎない――画家たちは、真の世界の色の見本を使って、世界を描いている――真の世界においては「この地の色よりも遥かに明るく輝き、より純粋」で――「ある部分は驚くばかりに美しい深紫色であり、他の部分は金色、白いかぎりの部分は白亜や雪よりも白く、同様にその他いろいろな色から成り、それらの色はわれわれが見知っているかぎりの色よりも数も多く、より美しい」。</p>
<p>この世界の外側に広がる真の色彩。ソクラテスによれば、優れた画家たちは、この真の色彩を用いる業をもっているのだという。そして嘆きの河コキュートスや炎の河ピュリフレゲトーンの流れる、恐るべき冥府についても言葉を重ねてゆく。語り終えたあと、ソクラテスは次のような悲劇的な台詞を吐露する。</p>
<blockquote>
<p>さて、地下世界に関する以上の話が僕が述べた通りにそのままある、と確信をもって主張することは、理性（ロゴス）をもつ人に相応しくはないだろう。だが、魂がたしかに不死であることは明らかなのだから、われわれの魂とその住処についてなにかこのようなことがある、と考えるのは適切でもあるし、そのような考えに身を托して危険を冒すことには価値がある、と僕には思われる。――なぜなら、この危険は美しいのだから――</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスは、悲しみに暮れ、彼の死後のことを案じるクリトンに、ソクラテスの痕跡をたどるべきではなく、自己にのみ配慮すべきことを述べ、そして「微笑して」こう答えることも忘れていない。「いいかね、善きクリトンよ、言葉を正しく使わないということはそれ自体として誤謬であるばかりではなくて、魂になにか害悪を及ぼすのだ。さあ、元気を出すのだ。そして、僕の体を埋葬するのだ、と言いたまえ」。こうしてソクラテスは、真理――すなわちロゴスに対しても目配りをしながら、毒を仰いで死ぬ。</p>
<p>嘘はたしかに魂を汚しもする。だが、現状の規定的な真理のために、嘘を恐れ、未来の美を諦めることがあってはならないだろう。というか、ソクラテスにおいて、《美》は、不確かで未規定な未来における《真理》を約束する予言であり指針なのである。ここでは、真と美は、複雑に絡み合っている。ギリシア人は、ミュトスとロゴスを区別できなかった、などという碩学ポール・ヴェーヌのいうような非難はあまり生産的とはいえない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、プラトンの兄グラウコンに対して、『国家』のなかで次のような物語を聞かせている。アルメニオスの子、勇者エルは、戦場で最期を遂げた。だが、屍は十日経っても腐らず、十二日目に生き返った。彼は、その間に冥界で体験したさまざまな奇妙な出来事を語った。オデュッセウスや大アイアスが、オルペウスやアタランテが、ふたたびこの世に生まれ変わる輪廻転生の物語である。彼らの魂は最後に、レーテーの野において、忘却の河の水を飲む。そこで、冥界や生前の記憶は綺麗さっぱり忘れてしまう。この忘却を、ソクラテスは否定していない。というのも、次のように語っているからである。</p>
<blockquote>
<p>このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ。もしわれわれがこの物語を信じるならば、それはまた、われわれを救うことになるだろう。そしてわれわれは、〈忘却の河〉をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう。……</p>
<p class="post-r">岩波文庫、藤澤令夫訳、372ページ</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスの目論見は、輪廻転生を信じさせることである。ここから次のような問題が生じる――転生があり、したがって滅びがないにもかかわらず、なぜ《始まり》があるのか。物語（始まりと終わりが必ずある）があるにもかかわらず、それは滅びることがない、ということが矛盾でないとすれば、一体どうしてそれが可能なのか。このカラクリにおいて、もっとも重要な役割を果たすのが、レーテーの野に流れる放念の河の水を飲むこと、すなわち《忘却》である。原初には、忘却がある――かくして、不滅性と始まりとが同時に実現可能となる。ソクラテスにおいて、忘却はかくも重要なのである。したがって、たとえば『パイドロス』において、文字を記憶の術ではなくて、魂に忘れっぽい性質を植えつける想起の術としたことをもって、ただちに文字技術を軽視する音声中心主義を見てとるのはむずかしい（むろん、ソクラテス‐プラトンたちに音声中心主義的思考は確実にあるのだが）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ジャック・デリダに、『コーラ プラトンの場』と呼ばれる書物がある。『ティマイオス』において語られた《コーラー》を論じたものである。コーラーとは、ヘシオドスの『神統記』のなかで歌われた、あらゆるものの起源、原初であるカオスを〈抽象化〉した、《場》の概念である。ヘシオドスにおいても、カオス（混沌）とはすでにカスマ（空隙）でもあった。したがって、混沌は空隙を、空隙は場すなわちコーラーの概念を呼び覚ます。おそらくは意図的かつ戦略的に（？）迂回に継ぐ迂回を重ねた結果、コーラーがなにものであるかを名指さなかったデリダに反して、わたしは、これをはっきり名指すべきだと考える。コーラーという〈始まりの概念〉は、むしろ正しく《忘却》と結びついているように思われる。というか、コーラーを《忘却》と呼んだとしても、〈なにかを名指ししたことにはならない〉のだから、回りくどいことをしないで、端的に翻訳すればよいのである。そもそも、ソクラテスもそれを“コーラーkhora”と名指しているのだから。それは、たしかに、なにかいわく言い難いものである。ロゴス（叡知的）でもないし、ミュトス（感性的）でもない。真理でもなく、虚構でもない。ソクラテスのいう「第三の類」としての、忘却。それは、永劫と始まりとを同時に実現する。</p>
<p>人間の力の側からいえば、ロゴスは記憶力の範疇に属し、ミュトスは想像力の範疇に属す。そしてコーラーは忘却の力に属し、それらは想起の概念によって結び合わされている。そして、想起し難いものを想起しようとするとき、われわれは、間違いなく、先にあげた三つの概念――混沌カオスから、空隙カスマへ、そして場コーラーへ――を遡行していく。われわれは、なにかであるにもかかわらず、なにかによって言い表せない《それ》を、忘却と呼んでいるはずである。忘却は、かならずこの回路を通って発見される。デリダは、この概念が哲学の外にあると指摘し、この概念の手前で足踏みしたように見える。というか、飛越すべき境界線の上で、なにかの勘違いで綱渡りをしていたようにしか見えない。だが、ソクラテスは、そうはしなかった。それは、哲学の限界ではなく、哲学に課せられた、哲学が超えるべき境界線である。ロゴスからミュトスのあいだに走る亀裂、カスマ＝カオスを軽やかに渡り、そして跳躍するためには、それらの実践を可能にするより広い概念、すなわち《場（コーラー）》の概念がなければならない。ソクラテスの哲学は、まさにここに根ざすことなく根ざしているのである。忘却の手前で足踏みし、それをはっきりと哲学の限界に仕立てあげ、皮肉にも、そして正しくもその哲学をダニエル・リベスキンドの「ベルリン・ユダヤ博物館」に結び付けてしまった彼の〈躊躇〉を超えて、勇敢なソクラテスの哲学は、〈《忘却》から始まる〉のである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ニーチェは『曙光』において、こう言っていた。</p>
<blockquote>
<p>忘却。――忘却が存在するということは、まだ証明されていない。われわれが知っていることはただ、回想ということはわれわれの力の及ぶところではない、ということだけである。さしあたってわれわれは、われわれの力のこの割れ目にあの「忘却」という言葉を置いた。あたかも能力がもうひとつ登録されたかのように。しかし結局のところ何がわれわれの力の及ぶところだろう！　――あの言葉がわれわれの力の割れ目に位置するとすれば、それ以外の言葉は、われわれの力に関するわれわれの知識の割れ目に位置するのではないだろうか？</p>
</blockquote>
<p>ニーチェは、正しく、忘却を「亀裂」と、すなわちカスマ＝カオスと呼んでいる。忘却とは、この亀裂を可能にする場であると同時にこの場を満たすなにかを意味する（したがって、場は混沌へと回帰する）。さらに、ニーチェは、「生に対する歴史の利害について」において、プラトンの『国家』について、次のように語っていた。</p>
<blockquote>
<p>プラトンは、彼の新しい社会の第一の世代は強力なやむをえざる嘘〔永遠につづく、完全な国家があるという〕の助けによって教育されることが必要だと考えた。…このやむをえざる真理のなかでわれわれの第一の世代は教育されなくてはならぬ。…</p>
</blockquote>
<p>輪廻転生を確信し、そうであるがゆえに原因の鎖列に囚われたソクラテス‐プラトン的な人間像において、《第一世代》を実現するためのもっとも重要な概念が、《忘却》であり、そしてそこから生じる嘘、ポイエーシス（生成）を実現するデミウルゴス（創造神）のもたらす、ミュトス＝虚構である。なぜわれわれは、人類の創生にエピメテウスという忘却の神を必要としたのか。ヘシオドスたちの伝える人類創生の神話ほど、快活な笑いに満ちているものはない。人間を過信する兄プロメテウスと、動物に味方する弟エピメテウス――品と位に満ちた、二人の兄弟の神話。『神統記』、それは神の賛歌に名を借りた、忘却する人間の礼賛なのである。アテナイ民主制崩壊のなか、ロゴスに溢れ、《批判》が機能しなくなった世界において、新たな創造を担うのは、これまでずっと創造を事としてきた芸術以外にはありえない。「やむをえざる嘘」――「この危険は美しい」――齢七十を超えてまだ先へ先へと突き進んでいたソクラテスが到達した頂点、それは《文芸ムーシケー》だった。</p>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<title>権力への意志</title>
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		<pubDate>Sat, 13 Feb 2010 18:53:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>

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		<description><![CDATA[文学は批評的なものであるという言葉は、戦後によく聞かれるようになった。それは間違いではないが、正しくもない。たとえば、ハイフェッツの
&#8220;Criticism does not disturb me, for I [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>文学は批評的なものであるという言葉は、戦後によく聞かれるようになった。それは間違いではないが、正しくもない。たとえば、ハイフェッツの</p>
<blockquote><p>&#8220;Criticism does not disturb me, for I am my own severest critic. Always in my playing I strive to surpass myself, and it is this constant struggle that makes music fascinating to me.&#8221;<br />（批評がわたしを煩わせることはない、というのもわたしが自身に対するもっとも厳しい批評家だからだ。…）</p>
</blockquote>
<p>という言葉は、芸術が批評というものと切り離せないことを、よく物語っている。だが、芸術の本質は、批評にはない。芸術がその真の力を発揮するのは、ひとを思いとどまらせる《ブレーキ》ではなく、ひとを鼓舞する《アクセル》としてである（ハイフェッツがいうように、芸術は両方とも有している）。彼にとっての批評とは、高みとは逆に引き絞られる弓弦と同じで、さらなる高みのためのアクセルであるし、芸術そのものが、そういうものなのである。文学も例外ではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>文学と批評が結び付けられるとき、そこにはたいてい、「無力」な思想があり、暗黙にか無自覚にか、典型的な「力」である《政治》との対比がある。だが、こうした芸術思想に意味があるとしたら、政治がアクセルを吹かしているときだけだろう。もはや惰性でしか進まなくなった政治に対して、「無力」な芸術が意味をもつことはなくなるのはもっともな話だ。</p>
<p>文学が批評であると語るのは、主に批評家である。だが、それならはじめから芸術など必要ない。批評家だけが存在していればよいのだし、戦後の批評家の空しい勝利は、きっとそのことを意味しているのだろう。だが、わたしは、そんな芸術思想は誤っていると感じる。芸術はブレーキしかもたない片輪の車ではない。政治の補完物ではない。政治からは独立している芸術は、当然、それ自身が、もっと別種のアクセルを有している。政治が迷走をはじめたとしよう。エンジンが空回りをはじめ、ついには最期の惰性がはじまったとき、いったいわたしたちはなにに賭ければよいのか。政治にか。経済にか。ちがう。すでにそれらは迷走を始めているのだ。そんな思想はまちがっている。こうなったとき、われわれのうちのどこに、《意志》を探せばよいのか。</p>
<p>芸術とは、アクセルだと思う。それも、政治とは異なる類のアクセルなのだ。芸術は、わたしたちを、「政治」とはちがうもうひとつの政治へと導く。芸術は、本当になにものかを変えようとして行なわれる。つまり、《権力への意志》を有する。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《権力への意志》は、このうえなく健康なもので、そして稀有なものである。権力を維持している（ストックしている）者のことを考えてみればよい。読者を驚かせることになるかもしれないが、権力を維持したい者たちにとって、権力への意志を手放すことこそが、そうするためのもっとも確実なやり方なのである。そのことは、戦前の日本の政治家や戦後の自民党の政治家をみればよくわかる。彼らは、権力を維持するためなら、喜んでその意志を天皇やアメリカに預けてきた（そして共産党の政治家は自民党に）。彼らは、権力への意志を手放すことこそが、権力を維持するためのもっともうまいやり方であることを知っているのである。「わたしは権力など望んではいない」というわけだ。</p>
<p>たとえば、小沢一郎という政治家は、そうした意味でもっとも健康な政治家である。彼はまさに、権力を意志している。意志しているがゆえに、批判にさらされる人間であるが、同時に健全である。手放すことでそれを維持してきた自民党の政治家やマスコミには、運動失調症か神経硬化か血迷い以外のものを感じない。彼らは国民から受けとった権力を片っ端から他人に譲渡し続けた。天皇に、アメリカに、そして官僚に（そして共産党は自民党に）。というか、二〇世紀における「官僚」とは、誰も受けとろうとしない権力の流れの行き着く先の名であった。サブカルもまた然り。彼らは自分たちが権力をもたないと言う。下に立つものだと言う。それも、そもそも芸術とはエンターテイメントである、という結論を用意しながら、だ。しかし、どこの世界に、彼ら以上に権力を握っているものがあるか。古い政治家にせよ、古い権力にせよ、昨今の「民主的」芸術思想にせよ、彼らが欲しているのは、権力を預ける者であって、権力を意志する者ではない。あのヘーゲルでさえ、こう言ったのだ、「哲学は灰色に灰色を塗り重ねるだけで、ミネルヴァのふくろうは、黄昏時に飛び立つ」と。彼は、そうすることで、権力への意志を手放しているのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>芸術もまた、政治とは違う形で、権力を意志する。政治の欲する権力が、光やその影であるとすれば、芸術が欲するのは、色彩である。ひとは、本当は権力を意志せねばならないのに、そのことを知らないのだ。</p>
<div class="post-rl">
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		<title>忘却の系譜学</title>
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		<pubDate>Sat, 30 Jan 2010 12:46:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Arts of Extinction]]></category>
		<category><![CDATA[différen(t/c)iation]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Nihilism/Nothingness/Vacuum]]></category>
		<category><![CDATA[oblivion]]></category>
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		<description><![CDATA[ニーチェは、『楽しい科学』のなかで、「忘却の音楽」について語っていた。たしか、彼はそこで、芸術を二つに分類していたはずだ（不確かな書きかたをするのは、いま手許にこの本がないから。今月二度目の満月の光を浴びながら、これを書 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ニーチェは、『楽しい科学』のなかで、「忘却の音楽」について語っていた。たしか、彼はそこで、芸術を二つに分類していたはずだ（不確かな書きかたをするのは、いま手許にこの本がないから。今月二度目の満月の光を浴びながら、これを書いている）。作者が観客を起点として作りあげるものと、ただ独白に終わるもの。望ましいのは、前者ではなく、後者である。</p>
<p>ニーチェは、たとえ一見独白ではあっても、神との対話において作られるものは、前者（観客の視線を前提したもの）に含めている。神の視線を精神のうちに拵えているかぎり、それは観客を起点とするものとなんら変わりはない。結局、彼は独白のために必要な孤独を知らないのである。だからニーチェは、徹底した不信心が生まれた近代において、はじめてこの分割が可能になったことを指摘していた。神に回収されることなき真の独白は、稀有なものである。おそらく前者には、ナルシシズムも含まれるだろう。ナルシシストによって極限まで超越化された自己は、神に等しいからである。というか、観客の視線を前提したものは、じつは、ナルシシズムの範疇に含まれる、といったほうがよいのかもしれない。観客がどう思うかなど、究極的にはわからないからである。それは、精神のうちに拵えあげられた神と同種の不確かさをもっている。ナルシシストにとって、作者としての自己は、超越的な自己をみつめる観客なのである。結局、はじめから世界を求めて行なわれる芸術には、多かれ少なかれナルシシズムが含まれている。したがって、もっともすばらしい芸術は、ただ独白であるような芸術である。そうした芸術は、あえて世界を忘却しているのだと、ニーチェはいう。忘却の音楽、それが、独白芸術の中心であると、ニーチェはいう。</p>
<p>ニーチェの分類を展開してみよう。われわれは、ここに、二つのタイプの世界喪失をみることができる。ひとつは、世界を求めるあまり、自己の鏡像、すなわち〈記憶のなかの他者〉を観客に投影した芸術。もうひとつは、世界（観客）をはじめから忘却することで、観客の向こうの〈世界に向かって〉語る芸術である。この芸術家は、どちらを選んでも、世界を忘却することになる。だがすくなくとも、神なしに語ろうとする後者の行なう忘却は、あきらかにポジティヴである。他人の力を借りることなく、自身の力で芸術を創造する。忘却は、けっして「欠失」などではない。われわれは、両の手に、記憶の世界と、忘却の世界という、二つの世界を手にしているのである。「忘却の音楽」は、記憶の世界からわれわれを遠ざけるかわりに、忘却の世界を手にすることを許す。それもまた、世界である。記憶の向こう側にひろがる、忘却の世界。そこはおそらく、彼岸であり、言葉の真の意味で《外》である。思うに忘却とは、きわめて不思議なものである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレール（彼の本も、いま手許にない。部屋に忘れてきてしまった）は、プロメテウス、エピメテウス兄弟の古い神話を紐解く。神々は、地上に、人間を含む動物を作り出した。兄プロメテウスは、動物どもに武器や衣服を分配する役目を仰せつかる。兄は弟にその仕事を任せ、自分はそれを検査する役に回った。この愚鈍な弟が仕事を終えたとき、人間にはすっかり武器や衣服を分配することを忘れていた。そこで一計を案じた兄は、へパイストスから火を、アテナからそれを用いる知恵を盗み出し、これを代わりに与えたという。スティグレールが注目するのは、火や言葉などの〈技術〉が、愚鈍なエピメテウスの「欠失」に依存していたことであり、この「欠失」を起源として、二本足の毛のない動物――これはプラトンの人間の定義である――は、いわゆる《人間》となった、という点である。</p>
<p>彼は、哲学にとってもっとも重要なのは、《技術》だという。技術がきわめて重要なものであることは論を待たない。火しかり、文字しかり、これら技術がなければ、ひとはひととしての能力を十全に発揮できなかっただろう。だが、スティグレールがいいたいのはそういうことではない。技術を哲学する、とはこういうことだ――《技術》を、人間の存在論的な「欠失」そのものとして読み解くことであり、したがって、存在論的・時間的差異としての技術の哲学は、人間そのものの解体や脱構築を目論んでいる。</p>
<p>スティグレールによれば、プラトン以来の西欧形而上学は、こうした意味での技術を見過ごしてきたという。ここには、技術に刻み込まれた「欠失」の欠失、二重の忘却がある。人間は、この「欠失」を忘却することなしには、欠如態を脱出し、実定的（ポジティヴ）な意味での人間となることができない。デリダの音声中心主義批判を受け容れるなら、文字痕跡――これも技術である――に先立たれることなしにはありえないとされる音声中心主義の広まりは、まさにこの二重の忘却が存在していることの証左であろう。しかも、スティグレールによるなら、技術は、文字が典型であるように、全体として、それ自体が記憶を司るものである。というのも、技術は、時間を圧縮するか、あるいは同じものを再現するかして、記憶‐想起と同じはたらきを行なうからである。にもかかわらず、プラトンは、ヘルメス＝トトによってもたらされた文字の技術を、忘却に属するものとして、彼が最重要視した《想起》の術から取り除いた（『パイドロス』）。だが、《想起》もまた、疎外された技術に先立たれることなしには不可能であるとするなら、やはり、ここにもまた、二重の忘却があることになる。</p>
<p>かくして、スティグレールは、プラトン以来の西欧形而上学を批判する権利を得ることになる。ハイデガーからデリダに至る系譜の哲学者にみられるこうした《自己批判》は、ハイデガーの時代ならまだしも、われわれにはほとんど無用の代物だとわたしは思う。哲学史を全否定できれば楽しかろうが、わたしはもっと生産的な響きを歴史に求めたい。また、彼がプラトンを読解した際に行なった脱構築的手法も揚げ足を取るようで、あまり好みではない（ほとんどの場合、脱構築が作品の解体のために取り出す作者の無意識は、作者には意図的なものであると思う――というか、すぐれた作家は、無意識や忘却を、むしろ自分の責任で使用することを好むのであり、なにがなんでも無意識を無意識のままに回収しようとするものである）。人間を解体する、という点で共感はするが、そもそも、技術について、人間について、そして忘却について、ニーチェの徒であるわたしはこうした見方をとらない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>カント以来、近代の哲学には、二つの系譜があるように思われる。ひとつは、忘却に抵抗する哲学であり、もうひとつは、忘却を取り込んだ哲学である。《忘却》という概念は、きわめて照準をあわせるのが困難なものである。というのも、それは、一種の裂け目であり、割れ目であり、その本質からして表象を伴わないものと考えられているからである。したがって、この二つの系譜のちがいはなかなか顕在的にはならなかったのだ。だが、おそらく、この隠された系譜は、はっきりと区別される。カントやフロイト、アーレントやデリダ、そしていま話題に上っているスティグレールは、前者に属する。彼らはより確固たる記憶のうえに自身の哲学を構築し、そのあとで、ネガティヴな忘却に抵抗するか、より高次の記憶のためにこれを受け容れるかする。したがって、忘却は、この哲学の内部では、基本的にネガティヴな意味合いをもつ。その一方、ニーチェやベンヤミン、フーコーやドゥルーズは後者に属する。忘却に抵抗しようとする前者の努力には、心の底から敬服するが、後者はそうしたところからは、すこしだけずれている。彼らは、はじめから記憶が忘却を伴わないかぎり存在しないという、このパラドックスの上に哲学を構築した。忘却と記憶はあくまで連続的なものとして、カップルとして把握される。忘却は時と場合に応じて、記憶同様にポジティヴかつ生産的な意味合いをもつことがある。彼らは、記憶忘却、双方に対して、中立な姿勢を崩さない。彼らの哲学は、〈ここからはじまる〉。</p>
<p>忘却は表象を伴わないといった。だが、ニーチェの系譜に属する哲学からすると、むしろ忘却こそ、表象を伴うのである。忘却が表象を伴うとき、それはほとんどの場合、怪物の姿をまとう。たとえば、人間に目が二つあることを忘れてしまったひとは、それをひとつや三つにするだろう。人間の下半身がどんな姿だったか忘れた者は、それを馬や魚の姿に描くかもしれない。なにもかも忘れてしまったひとは、きっとほとんど液体と変わらぬような軟体動物を思い描くだろう。すぐれた芸術家は、この忘却を意図的に使用することができる。たとえば、プルーストが発見した「無意志的記憶」とは、まさに文学者が住まう〈忘れられた〉土地である。この土地は豊かである。というのも、芸術は、ここでのみ、花開くからである。彼らは、怪物の代わりに、美しい妖精を思い描く。</p>
<p>スティグレールは、忘却に先立たれることなしに、記憶は存在することはなかったという。それはそのとおりである。だが、忘却は「欠失」ではない。忘却は豊かである。さきにみたように、ここは、あらゆるものが生まれ出る《真空》である。『国家』におけるソクラテスの言葉にならっていえば、忘却は、穢れなき魂の新たなる再生のために、必要なものである。ナーガールジュナに非‐認識論的に従っていえば、色彩は、この《真空》から生まれ出る。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、人間とはなにか、それも技術にかかわるかぎりでの人間は、どういった点でほかの動物と、あるいは自然と区別されるのか。スティグレールがいうように、技術は、とりわけ記憶に関わっている。それはたしかである。炎を実現可能なものにする木切れとその技術は、人間にとって偶発的な出来事でしかなかった炎を、再現可能なものにする。木切れには、一回限りの出来事の記憶が詰め込まれていて、木切れの道具としての使用は、この記憶を再現する。つまり複製する。</p>
<p>しかし、この技術は、いまだ人間的なものとはいえない。炎になんらかの象徴的な意味合いがあることはたしかだとしても、依然として、この技術は自然に属している。偶然に起こった山火事と、木切れの燃焼とのあいだには、結果においてなんら違いはない。意図的に燃やされたのか、そうでないかにしか違いはないし、そもそも、そのような意図に自然は頓着しない。したがって、この技術には、火の想起があるが、同時に忘却がある。生まれ、そして消え去るこの技術は、そのかぎりで、自然に属している。技術が自然から乖離するためには、文字の発明を待たねばならない。というのも、文字は、その本質からいって、消えないからである。</p>
<p>むろん、文字もまた、その他の現象同様に、本来は消え去るものである。たとえば、ひとの肌に刻まれたタトゥーは、肉体の分解速度に応じて消え去る。石盤に刻まれた文字も、石盤の分解速度に応じて消え去る。消えない、という夢想をひとに抱かせる権利は、どうして生じるのか。文字痕跡を残した主体の寿命を超えて残る、ということによってである。痕跡を残した主体の死後も、消え去らない痕跡があるとすれば、それはある観点からいって、消えないといわれる権利を持つ。ここには、万物の起源を人間に置くプロタゴラス風の人間中心主義がある。</p>
<p>消え去る速度が早いか遅いかの違いしかない声と文字を、人間の寿命を規準に、消える消えないという観点から区別するとき、はじめて、この技術は人間的なものとなる（消滅についてのスティグレールの考察は、余計なことをしているとしか考えられない）。だがもちろん、同時に、この技術は自然にも属している。けっして、スティグレールのいうような人間の「欠失」の埋め合わせなどではなく、たんにポジティヴな面をもっている。その点について、まず簡単に説明しておこう。文字は、その他の動植物の行なう技術的行為と比較すれば、圧倒的なポテンシャルを秘めたものである。というのも、その他の動植物は、自身の外部に、ここまで長期的に保存される痕跡を残すことができないからである。その他の動植物は、胎内で交わされる言葉である遺伝子に頼るほかない。したがって、進化（差異化）の可能性は、まさに種が引き継がれる瞬間にしか訪れない。しかし、人間は違う。読み読まれる文字を実現することによって、時空間的な限界を超えたのである。たしかに、声（口伝）もまた、差異化の機会を増やしはしたが、あくまで加算的であった（ここでは詳しくは触れないが、声には、とりわけ主体にかかわるさまざまな制約が顕在化している）。だが時空をこえて読み継がれる文字によって、差異化の機会は圧倒的に、累乗的に増大した。人間は、書物を生み出す。自然史の内部に《歴史》を実現し、自身の王国を作り上げるほどに、この技術は驚異的だったのである。</p>
<p>しかし、この技術が圧倒的な差異化を生み出すためには、ひとつ条件がある。自然に属するかぎりで、この技術を使用することである。すなわち、遺伝子同様、言葉を引き継いだ瞬間に前の言葉は喪失し（忘却され）、新たにすぐれた差異を実現した言葉がこれを塗り替えなければならない。そうでなければ、差異化は実現せず、せいぜいオリジナルの解釈であるとか誤読であるとかで終わってしまうからである。こうなると、親と子が別々の個体であることがむずかしくなってしまう。残念ながら、文字は、往々にして、差異化ではなく、解釈の対象になってしまうし、親が子に優越する結果さえ生まれてしまう。子はたんなる親のヴァリエーションに過ぎず、個に種が優越してしまう。なぜか。消えないからである。自然界でつねに発揮されている《忘却》がなくなってしまうのである。文字がサトゥルヌス（クロノス）的な禍々しさを発揮するのは、このときである。我が子を喰らう悲劇的な力を、文字は有する。文字は、〈記憶することしかできなくなる〉。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>要するに、エピメテウス＝忘却の存在喪失が、忘却の忘却が、つまり単独で生じる記憶が（忘却の忘却は記憶であって、スティグレールのいうような忘却の二重性は生まれないように思われる）、文字技術を人間的なものにしたのである。スティグレールは「動物的均衡」からの「隔たり」として、人間を捉える。エピメテウスの忘却によって、人間は消えゆく者となり、動物的均衡を失ったというのである。だが、消えゆくという規定は、自然あるいは動物のものである。不死や永遠こそ人間的なものである。エピメテウスは、むしろ、人間に動物性を回復させる者であり、〈自身をつねに第一世代と考える人物〉である。「エピメテウスの過失」によって炎と知恵とが与えられたとしても、それは、まだその他の動物に比して質的な飛躍を可能にするのではなかったと考えるべきだ（不用意な言い方を許してもらえれば――文字を持たなかったアイヌなどをみればそれは一目瞭然であろう）。また、歴史的時間が可能になるのは、エピメテウスが先立つかぎりで、プロメテウス的な知が起動する場合だが、過去と現在の対称性にもとづく歴史的時間は、エピメテウスによって再度破られるのである。ともあれ、動物は観衆に向かって話したりしない。エピメテウスもまた、観衆に向かって話したりなどしない。愚鈍な彼は、それが誰かなど忘れてしまうからだ。エピメテウスは、相手が誰かなど、覚えていない。〈彼らはいつも、世界に対して独白する〉。言った後で、相手が誰だったかは、きっと思い出す。人間が技術の観点からその他の動物と区別されるとすれば、愚鈍というよりは動物を贔屓しているだけかもしれないエピメテウスを、「欠失」などという言葉で蔑む人間の視線そのものによってである。動物のよき伴侶であるエピメテウスが可能にするのは、技術ではない。むしろ芸術である。彼は、《希望の神》という側面をもっていることを、忘れてはならない。すべてを先んじて知る兄プロメテウスが、弟の愚鈍さを知らないはずはなかった。それでもなお、兄は弟に重大なものを託すのをやめなかった。動物を愛する弟のためなら、窃盗さえ厭わなかった。弟の忘却は織り込みずみであるはずの兄にとって、窃盗は予定されていた行為である。この窃盗に、罪の意識や負い目などまったくない。</p>
<p>文字が、忘却を否定する消滅不可能な特性においてただちに使用されたわけではない。《想起》に力点が置かれているかぎり、記憶が忘却に優越する状況は完璧に回避できる。兄弟は、まだ仲良く手を取り合っていたのだ。スティグレールの指摘するように、ソクラテスは、奴隷少年に《想起》させる際に、文字を使用している。だが、重要なことは、それが砂の上に書かれたことである。砂の上に描かれた文字は、簡単に消すことができる。デリダのいうような痕跡など残らないのは確実である。その点で、この技術の使用法は、声と変わらない自然さを有しているのである（雨の日にはいつもそわそわしている犬のマーキングと違いはない）。ギリシア悲劇や哲学は、文字技術の陥る悲劇を回避するためにわれわれに与えられた警鐘であると理解される。また、マーシャル・マクルーハンの指摘するような前近代の写本文化は、速度のゆったりした口伝であると考えることができる点で、古代の《想起》技術の範疇に属していたし、活字技術ができたとしても、紙などの媒体が大量生産されないかぎりは、そこまで大きな変革が起こるわけではない。</p>
<p>やはり問題は、紙の大量生産である。《人間》は、もっと最近の発明だと、フーコーは言った。世界大戦などをやらかした近代的《人間》の罪を、古代人にまで遡って着せるようなやりかたは、すべきではないと考える。ギリシア人の明朗さ、プロメテウスの罪にまで品と位を与える彼らの快活さは、陰鬱な近代にはなかったものだ。ともあれ、この大量生産は、つかのま、爆発的な差異化の力を生み出した。だが、年月を重ねるにつれ、奇妙なことが明らかになっていった。言葉が、つねに燃え残っている……。痕跡や灰がたえず存在し、動物としての人間につきまとう。みよ、痕跡や灰が、傷や炎に先行している……！　カントやヘーゲルが、そして資本主義がほくそえむ。それでこそ人間だと、彼らはいう。新しい芸術が、新しい哲学が生まれたとしても、アーカイヴズを刷新するのではなく、付け加えることしかできなくなる。われわれの生の帰結としてアーカイヴズが残されるのではなく、われわれはアーカイヴ化された生をより巨大なアーカイヴズに付け加えていくだけなのだ。主語を、ひとびとは古文書にあずけてしまったのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、オリジナルなものをみることはほとんどなくなってしまった。すべてはすでに起こったことの繰り返しなのだ。新しいことなど、なにひとつ起こらない。出来事など、どこにもない。オリジナルへの意志など、もはやなくなっている。真にオリジナル＝固有なものは、オリジナル＝根源への意志なしには生まれえない。無限につづくいまここ、すなわちアーカイヴズにこれだけ埋もれていれば、歴史を求める必要などありはしない。歴史の必要などほとんどないほどに、われわれは、ニーチェのいう「歴史病」に犯されている。だが、今日、歴史のうちに根源を求めるひとだけが、真にオリジナルなものを実現できると、わたしは思う。たとえば、ジャン＝リュック・ゴダールのように。</p>
<p>その点で、今日のインターネットの世界には、もちろん可能性がある。とくにわたしが注目するのは、消滅を基本とするＲＡＭ的な技術である。よくいわれるように、コンピューターの歴史において、画期をなすのは、自ら忘れることのできる記憶装置、ＲＡＭの発明である。ハードディスクなどの大量記憶装置にまつわる技術は、忘却＝洪水を塞き止めはするが、完全に防ぐことはできない巨大なダムのようなものである。したがって、カントの悟性同様、一種の遅延装置であると理解される（「バックアップ」を取ることほど、馬鹿馬鹿しい気分にさせてくれるものはすくない――バックアップなど取らないことを推奨する）。いずれにしても、重要なことは、アーカイヴ化を逃れる可能性があるか否かである。われわれは、この方向で、この技術を使用しなければならない。つまり、文字を声のように使用しなければならない。〈新しい言文一致運動が必要だ〉。この点ではおおいに勝ち目がある。というのも、インターネットの世界は、基本的に生成変化しているからである。これほどアーカイヴ化に反しているものは、今日見当たらないほどである。</p>
<p>しかし、今日、インターネットの世界を跋扈しているのは、まさに逆の発想からこれを使用するひとたちであるようにみえる。古い時代の最後の世代が、ネット社会を歓迎しながら、文字技術を人間の世界につなぎとめている。独白のための技術が、観客のために用いられている。征服は、始まって久しい。われわれはむしろ、忘却を回復せねばならないのに、その美しい使用法を知らないのである。……</p>
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		<title>記憶と忘却の娘としての《技術》（スティグレールによせて）</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/1977.html</link>
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		<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 17:09:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
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		<description><![CDATA[わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じている点でも、驚くほどよく似ている。その点で、わたしの思考もいっぱしに《同時代的》であるのだろう（逆にいうなら、日本の知識人たちは同時代的であろうとしているにもかかわらず、なんと迎合的で結局は時代と乖離していることか。同時代的に気のきいた批評をしていればそれで仕事をした気になっているひとたちと比べれば、「哲学」しようとしているスティグレールには心の底から共感する）。しかし、デリダの弟子という点をふまえるなら、デリダとなんの関係もないわたしの哲学は、それとは当然異なる方向性をもっている。昨日届いた『技術と時間１―エピメテウスの過失』を読んだだけの感想である。そして、微細なものでもある。だが、結局は決定的であるように思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレールは、哲学がいつも技術の存在を忘れてきたという。わたしもその点にはある程度賛成する。たとえば近代の哲学者、とりわけカントやヘーゲルの哲学は、文字と紙という記憶装置なしには、承服しかねる部分がある。しかし、すべての哲学がそうだったと考えるのはむずかしい。プラトンが、アナムネーシス（第一次想起）を重視し、ヒュポムネーシス（文字など外在的かつ人工的な記憶＝記録）を忘却の術と呼んで記憶術から退けたことはよく知られている。だが、スティグレールは、プラトンが最重要視していたアナムネーシスに〈先立って〉、より軽視していたと思われている外在化された記憶技術であるヒュポムネーシスが存在している、と指摘し、プラトンを批判的に脱構築していく。この議論は、音声に対する痕跡の優越を語ったデリダの批判的後継者の評判にたるものである。だが、わたしなら、すべてに先立つのは、技術というよりは《忘却》であるというだろう。外在的な記憶術を意味するヒュポムネーシスが、《忘却》の術と考えられるかぎりでのみ、技術はつねに有意義なのである。プロメテウスがひとに与えた技術の存在を忘却の底に沈めるといわれるエピメテウスは、しかしとりわけ希望の神でもある。私見によるなら、彼は、「欠失」でもなければ歴史意識を可能にするのでもない。むしろ彼が実現するのは《真空》であり、歴史意識の超越である。彼は、つねに自分の世代を第一世代だと考えるきわめて動物に近い男であり、ゼウスによって自身に与えられる無限の懲罰の結果を先んじて知っているプロメテウス的悲劇とは無縁のアンチ・オイディプス的な男でもある。</p>
<p>プロメテウスが与えた炎＝《技術》とは、端的に記憶であると、スティグレールはいう。しかし、わたしなら、もっと端的に、記憶であると同時に忘却である、というだろう。プロメテウスとエピメテウスの関係は、ひとが思っているよりも、そしてスティグレールが思っているよりも（というのも、彼においてエピメテウスは、プロメテウスを補完するにすぎない）、もっと苛烈に一体化している。この兄弟には、ひとかたならぬ、尋常ならざる友愛の絆が感じられる。この両者が不思議に一体化しているときにのみ、技術は真の有用性をもつ。実際、わたしは、記憶と忘却とを区別する術を知らない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえばこういうことだ。技術には、つねにこういう特性がある――すなわち、一回限りで消え去るものを、《再現》可能にするときに現われるのが技術である。木切れが炎を起こす技術になるとき、この木切れには炎が起きたという一回限りの出来事の記憶が詰め込まれている。技術としての木切れの使用とは、出来事（炎）を再現可能なものにする、ということである。この場合、技術は記憶を再現するものであって、〈炎を燃焼させるのではない〉。そこでの炎の燃焼は、出来事そのものではなく、木切れの能力の再認（レコグニション）、再現前化（リプレゼンテーション）である。徹頭徹尾、技術は《複製》を司っている<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。木切れは、たしかに、炎を起すための文字――炎という出来事の記憶装置である。</p>
<p>しかし、重要なことは、次の点である。記憶の再現としての技術の使用には、結局は《二つの忘却》が紛れもなく存在している、ということである。木切れが、炎を起こす道具として使用されるとき、かつてなんらかの偶然で炎が燃焼したという出来事を、ひとはすでに忘れている。要するに、炎が再現可能なものとなるとき、かつての炎の一回性は、つねに‐すでに忘却されている。これがひとつめの忘却である。</p>
<p>ふたつめの忘却は、ひとつめの忘却を意識したときに（つまり思い出したときに）はじめて忘れられるものである。つまり、意図的に燃焼させられた当の炎は、かつて自分が何らかの理由で偶然に燃焼させられたことを、すでに忘れている、ということだ。要するに、炎は、木切れにひとが封じ込めた記憶を《再現》したのではない。そういう考えはアポロンの神託に苦しむオイディプス的人間の隠れた傲慢であって、たんに燃えている、まったく新しい炎である。同じ木切れを使用して二つの炎が生まれたとしても、両者は決定的に異なっている。だからヘラクレイトスはこう言った。「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>したがって、スティグレールの指摘の正当性は、いまのところわたしには半面的なものにしかみえない。たしかに、ヒュポムネーシスがアナムネーシスに先立ってある、という言い方で、彼は過去の炎の一回性が忘却されていることを指摘した。しかし、その指摘は、原理的にいって、かえって現にいまある炎の一回性を忘却させる。それゆえ、技術の使用は、たしかに記憶の再現であるが、同時にどう転んでも忘却を生みもする。だから再びヒュポムネーシス（複製）にアナムネーシス（オリジナル）を先立たせねばならない。たとえばスティグレールは、別の本で、ソクラテスが少年奴隷に幾何学の問題を解かせる際の身ぶりに注目している。というのも、ソクラテスは、《想起》を示す際に、砂の上に図形を〈書く〉からである。ここに、彼は声に先立つ文字＝技術の優位をみる。だが、わたしにとって重要なことは、それが〈砂の上〉に書かれたということである。声と文字は、媒体に対する定着性（空気の振動であってついに定着が困難なのか、それとも、紙や石版などに定着するのか）によって差異化される。現にある机などの表象よりも、いまここにない「机というもの」という《イデア》が重視されるプラトン哲学において、なんらかの図形が現在に定着した表象によって説明されることがあってはならない。その点で、図形を消し去ることのできる〈砂の上〉でなければならなかった。砂上に《痕跡》など残らないのはいうまでもない――というか、砂上とは、痕跡を残さないものの謂いである。現在を汚染する痕跡に対して、現在から遠ざかり消滅する声が、外在的記憶装置とされる文字に対して忘却が、ふたたび優位に立つのである。技術は、その前と後ろとをつねに忘却によって挟まれている。そのかぎりではじめて、記憶も技術もそれとして機能する。技術にとって、プロメテウスとエピメテウスは一体である。記憶を司る技術を、ひとは忘却なしに使用することができない。ソクラテス‐プラトンが指摘しようとしているのは、そのことであると考えなければならない。</p>
<p>してみると、問題は、内在的な記憶であるいわゆる《記憶》に対して、《技術》を《外在的な記憶》として立てるだけでは終わらないことがわかる。前者を《自然》と呼び、後者を《文化》と呼ぶことがあるが、両者を対立させているかぎり問題が解決しないのと同じことである。技術を記憶の側面から読み込みすぎるのはよくない。《記憶》と《技術》は、一次的か、二次的かという違いはあるにせよ、いずれも記憶であるが、しかも同時に忘却でもある。そのことのほうがずっと大きな問題である。オリジナル（もっとベンヤミン風に根源というべきか）にこだわるかぎり、完全に同じものの《再現》は、原理上、ありえないことである。つまり、その《再現》は、つねに差異を、つまり忘却を含んでいる。記憶は、忘却なしには成立しない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、上記の問題は、スティグレールを離れて次のように展開できる。忘却は、より積極的な言い方で、《想像力》と呼ぶことができる――そのため、記憶、忘却、想像の三つの様態は、なにかひとつの力を別の角度から論じたものにすぎないようにみえる、ということである。ひとは、まったくの《無》から、なんらかの表象を想像（創造）することなど絶対にできない。きわめて想像的な、まったく現実と乖離してみえる架空の表象であっても、それはつねに、よく知られている表象の対位法的な組み合わせの産物である。スフィンクスしかり、シレノスしかり、ドラゴンしかり……。ここに記憶が介在していない、ということはありえないし、当然、そうであるからには忘却も介在している。とくにここには、おそらくは意図的な忘却があって、忘却を悪意をもって使用しているかぎり、ファンシーなものにしかならないが、だからといって、かぎりなく学問的な見地から（つまり記憶に忠実に）表象の復原を目ざしたとしても、そこには少なからぬ忘却と想像とが紛れ込むだろう。したがって、それらの差異は、真（オリジナル）を目ざそうとする意志や態度にかかってくるし、そのかぎりでのみ、美は実現されると考えたほうがよいだろう。ともあれ、記憶・忘却・想像力は、結局はひとつのものであるし、学問と芸術は、むしろ一体であるべきものとして考えたほうがよいのではないか。</p>
<p>とするなら、疑問は次の点にある。なぜ、いかにして、そしてどのような権利でもって、カントは、感性と悟性とを分割したのか、ということである。感性には想像力が、悟性には記憶力（カテゴリー）が用意されている。この両者をひとつにすることが、《総合》であり、《認識cognitio》であるといわれる。しかも、カントにおいて、結局、想像力は記憶力に従属するのであり、総合はカテゴリーにもとづいて行なわれる、といわれる（だから認識はつねにre-cognitioである）。いずれにしても、総合が行なわれるというのなら、前もってその分割が、すなわち記憶力と想像力の分割が用意されていなければならない。しかし、この諸力を厳密に考えれば考えるほど、分割はますます不可能になっていく。はたして記憶力と想像力とは分割可能なのだろうか？　カントは、かの純粋悟性の〈演繹〉にどうやって成功したのだろうか？　カントの哲学に従う、とは、要するに、この分割を無条件に受け容れることではないのか？　演繹を命令と受けとることではないのか？　悟性などを立てるから、「考えることだけは可能な」ヌーメノンたる《物自体》などが必要になってしまうのではないのか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>オリンポス山を彩る主要な神々のうちのひとり、ポイボス・アポロンは、学問の神であると同時に、芸術の神でもあった。もちろん、二つの属性をもっていたのではない。フーコー風にいえば、たんに、古代において、それらを分割する知の規準（エピステーメー）がなかったということである。記憶の女神、ムネモシュネとゼウスの娘であるムーサの女神たちを主宰したのは彼である。九人のムーサの名をあげておこう。『神統記』によるなら、叙事詩を司るは第一等のカリオペ。歴史を司るクレイオ。抒情詩を司るエウテルペ。喜劇を司るタレイア。メルポメネは悲劇を司る。テルプシコラは合唱や舞踏を司り、エラトは独唱歌を司る。ポリュムニアは物語を、ウラニアは天文（占星術）を司る。学問と芸術が、記憶と想像が複雑に絡み合った古代世界。こうした古代世界に住まうプラトンたちが、《想起》を、たんに近代的な意味での「記憶」にまつわるものとだけみなしていたと考えるのは、困難である。ソクラテスにイデアを語らせるときでも、プラトンは、いつもそこに忘却を指摘している。かの『国家』は、忘却の逸話によって、終わることなく閉じられるのだ。彼らの忘却への配慮を感じないでいるのは、むずかしい。実際、まったく同じものの再現など不可能なのだから、ホメロスの歌う〈迫真の〉トロイア戦争を、ついには〈迫真にとどまる〉歴史学の語るトロイア戦争と区別するなど、できようはずもない。異なるスタイルがある、それによって別の姉妹があてがわれる、というだけのことである。</p>
<p>ともあれ、カントの演繹がたんに彼の命令であるなら、われわれは逆にそれに従わない権利もあるわけだ。しかし、近代において、悟性と感性とを分割するカントの議論は、あまりに説得的に響いた。芸術を都合よく排除し、というかむしろ芸術学科のなかに閉じ込めてしまった今日の学問の姿勢をみるかぎり、カントの議論は時代に対するそれなりの正当性をもっていたのだろう。芸術からその母たる記憶の力（ムネモシュネ）を奪い、想像力の世界に押し込めた今日の芸術において、程度の低い対位法を駆使した架空の表象が溢れかえるばかりである。文学だけが、学問の世界にも身を置くことを許されたが、「終焉」という言葉で虐殺をはかる連中によって、息の根を止められかかっている。</p>
<p>カント哲学にここまでの制覇を可能にしたのは、近代の技術――活字印刷術と、製紙技術である（だからいたずらにカントを責めるべきではない、カントにはもっと別の課題があった）。さらに相次いで生まれたカメラや映写機などの記録技術は、おそらく、同じものの再現が可能であると、ひとに信じ込ませるにたるものだったのだろう。同じものの再現が可能であるなら、記憶力と想像力は、たやすく分割することができる。悟性の演繹など必要のないほどに、書き付けたとたんに言葉が現在に定着し、同じものを再現しつづける不可解な力をもった紙が、溢れかえっていたのである（ベンヤミンは、これを地獄の現在としてのモダンといった）。かくして、記憶と忘却は、対立するものとなる。カリオペたちと並んでムネモシュネの娘であった、歴史を司るクレイオは、気づけばほかの姉妹を追放し、母を独占するに至った。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は技術だろうか？　むろん、ひとは技術をしっかりと握っていなければならない。だが、技術に対して過度に焦点をあわせるのもよくない。たしかに、悪い技術というものも存在する。とりわけ、それは《模倣の模倣》を司る技術である。すでに模倣されたものは、原理的にいって、そっくりそのまま模倣されうると、みなされてしまいやすいからである（プラトンがいった悪しき芸術はこうした技術にもとづくものであり、これらは、オリジナルへの意志を欠いたところに成立している）。とはいえ、技術を用いるのは人間だけではないし、だからそれを使用する側の問題のほうがはるかに大きいのはいうまでもないことである。おそらく技術それ自体は、《自然》に属する。そうでなくても、自然か人工かは決定材料に乏しいし、そこに問題の焦点をもっていくことに生産性があるとは思えない。かまどの炎――それは人工的な炎であろう――にも神の姿をみたヘラクレイトスは言った、「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。先にみたように、技術にもまた、古代世界の思考同様に、忘却の力は生きていた（わたしはそのことを証明したと信じる）。問題は、技術に与えたひとの同意、すなわち技術とはもっぱら記憶のみを司るなどという、暗黙か自覚してかは知れぬあやしげな同意のほうなのではないだろうか。はたして、あなたの証明写真は、あなたと同じものを再現しているだろうか？　磁気テープやディスクに録音された声は、本当にあなたの声だろうか？　むしろ、これらの技術は、あなたの顔や声の表情や色彩を、つまり一連の変化そのものを、つまりただ一度かぎりの《出来事》を、撮（つか）もうとしているのではないのか？　技術もまた、忘却を――エピメテウスあるいはその娘のピュラを伴侶として、さらなる差異を加速させるものだと考えてはいけないのだろうか？</p>
<p>文字も同じことである。そこにあるのは、同じものの再現などではなく、日々変化する色彩に満ちた表情なのである（だからこそ、アートとしてのカメラがあると同様に歴史と小説が両立するのだ）。書くという行為には、表情の追究、《スタイル》の追究がなければ、かならず堕落する。事実だけを報道しようとする歴史は、結局は、同じものを伝え、すくなくとも同じものを伝えようとする「情報」へと堕落していく。そこには、《誰がそれを言っているのか》という視点は欠落しているし、欠落していることが望ましいとされる。技術がひとを追い越すにまかせ、生活が時間を実現するのではなく、生活のほうが時間を追いかけはじめる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、歴史は想像力を欠いているし、芸術は記憶力を欠いている。なのに芸術は想像力のことばかり気にしているし、歴史は記憶のことばかり気にかけているというのは、空しいかぎりである。どちらか一方を唱えてもまるで無駄なことだ。かつて起こったことだけが繰り返される、プロメテウス的悲劇に捕えられた空しい事実ばかりがあふれかえる今日にあって、なにより欠けているのは、〈忘却〉なのだ……。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」（1935-6）におけるアウラの議論はことのほか有名だが、ここでは、この概念はまだそこまで深まりを見せていないように思われる。というのも、ベンヤミンの議論に忠実にこの概念を延長するなら、おそらくアウラは思い返されると同時に忘れられねばならないものだからである。つまり、二つの態度が〈連続的に〉行なわれねばならない。そうでなければ、たとえば《星座》の概念が意味をなさなくなる。</li>
</ul>
<div class="post-rl">
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</div>
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		<title>ポストモダニストたち（２）――ヴァルター・ベンヤミン</title>
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		<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 20:30:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
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		<description><![CDATA[ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つまり武器を与えらたように思う。神秘主義ともいわれる彼のスタイルが、歴史を探究するに際していかに正当性をもっているか、ということを説明するのは、骨の折れる仕事である。思えば、一九世紀の実証主義者たちは、おぼろげで程度に差はあれ、正しくそのことを指摘していたものだった（打ち明け話をしておけば、ニーブールやミシュレといった一九世紀の実証史家を、昔はそれなりに愛していた。モムゼンなどよく読んだものだ）。いささか迂遠になるかもしれないが、記憶と忘却をテーマに、すこし込み入った話をしよう。ベンヤミンを読む際の序論になれば幸いであるが、本当のベンヤミン読みには、必要のない代物であるかもしれない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>かつて《記憶》は、イデアあるいはロゴスと呼ばれ、われわれの知の玉座に君臨していた。日々感覚してはいてもまったく秩序だっていない諸々の経験は、たんなる無価値の差異として与えられるだけである。それを秩序だったものとするのが、ロゴスであり、プラトンの言葉でより厳密にいえばイデアにほかならない。それは、ひとが《生まれながらにしてもっている記憶》である。ひとが、経験においては互いに異なる無数の諸個人を、《人間》と識別できるのは、ひとが前世から受け継いでいる《人間のイデア》を分有しているからである。ソクラテスによるなら、知の探究とは、こうした記憶を適切に《想起（アナムネーシス）》することと定義される。</p>
<p>輪廻転生を前提とする古代世界において、記憶が玉座に君臨するためには、逆説的なことだが、忘却が存在しなければならなかった。忘却なくして《想起》は不可能だからである（むろん、記憶することなしに忘却することも不可能である）。したがって、ソクラテスにおいて、忘却は、人間の条件である。冥界をさまよい帰還したエルの物語によって、ソクラテスが示唆しようとしているのは、世界の起源や終末には、たえず忘却が存在していることである。千年の賞罰期間を経てひとが現世に帰還するとき、かならず、一木一草さえ生えない焼けつくレーテーの野に流れる放念の河の水を飲む。この忘却があるからこそ、生は生を再生させることができる。したがって、ここに真の意味での滅びはない（「このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ……」）。というよりも、滅びとは、この忘却の謂いであって、無を意味しない。一種の真空を意味する。また忘却は、イデアを可能にするために、必要とされる（「われわれは《忘却の河》をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう……」）。だから起源（オリジナリティ）を可能にするのも、この忘却である。したがって、イデアは、ヘラクレイトスとパルメニデスのあいだで思考される――すなわち動（差異）のなかの不動（同一性）を実現する《運動としてのイデア》は、忘却と記憶のあいだを移行するものである。そこには、つねに差異が孕まれていて、記憶のなかには、近代のひとびとが想像力と呼ぶものが、幾分か折りたたまれて共存している。記憶と忘却が一体である度合いは、そのまま、記憶力と想像力との一体性を示す。それらが一体のものである以上、イデアの運動は、同一性の運動ではなく、類似性の運動でもある。</p>
<p>行為としての忘却とは、行為がかつてもっていた意味（意識）を捨て去ることである。だが、それによってのみ、行為は行為となることができる（忘却がなければ、それはつねに‐すでに、行為というより再認リコグニションである）。その行為は、行為であるがゆえに、ふたたび意味を回復する、すなわち記憶となる。したがって、はじまりには、たえず言葉が、しかも意味（対象）を失った言葉――《嘘》（構造主義の言葉でいえば、「浮遊するシニフィアン」）が存在する。これがしばらくして意味を回復すると信じられるかぎりで、予言と呼ばれ知と呼ばれる。神託を授ける知の神アポロンが遠矢の神と呼ばれた所以もここにあるし、ニーチェがアポロンをディオニュソスの遅延だと呼んだ理由もある。アポロンの遠矢が描く痕跡をたどっているかぎり、それは意味に先行されており、したがって、ひとは行為することができない。オイディプスが、父を殺し母と寝た、と言いうるとすれば、彼が神託を忘却していたかぎりであって、神託を記憶していたのなら、彼が行為したのではなく、アポロンの指令にしたがっただけである。つまり、オイディプスという主語に父殺しと母との同衾を可能にするのも忘却だが、この神託から逃れることを可能にするのもまた忘却なのである。したがって、記憶と同様、忘却には、積極的なものと消極的なものの二つがあるが、記憶が行為を批判する（押し止める）という点において、消極的な積極性を有する場合があるのに対し、忘却は（善かれ悪しかれ）ひとに行為を促すものである<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>中世にいたっても、《記憶》は依然として、知の玉座に君臨している。神は記憶に住まう。アウグスティヌスが、神を自身の「広大無辺の」記憶のうちに探したのは有名な話だが、ひとは、神のロゴス、とりわけ天国と地獄のイメージを、《生来の記憶》として分有していると考えられた。そして天国と地獄の記憶痕跡が消えてしまわないように、たえずそれを補強しておくことが推奨された。「輪廻」（反復）のイメージを棄て、その代わりに「進歩procursus」（一回性）のイメージを選んだ中世において、忘却は不必要なものとなる。そこには、明確な起源と終末がある。起源と終末が忘却のうちにあるなどということはない。聖書に書かれたとおり、それらは神の記憶そのものである。ひとは、かつては自身が保有していた忘却を、神の記憶に預けてしまったのである。ソクラテスは、ヘルメス＝トトのもたらした《文字》を忘却の術に与するものとした。だが、中世において、文字はやはり、記憶の、それも神の記憶に与するものである。中世において、ヘルメス（・トリスメギストス）の重要性は測り知れない。なぜなら、世界とは、そのすべてが、神の記憶＝文字痕跡だったからである。</p>
<p>文字と、それを記憶する媒体がほとんど存在しない世界を想像してみよう。原理上、実証的な形で歴史的に証明することはできないが、記憶が知の玉座にあった前近代において、むしろ忘却はいたるところに転がっていたはずである。しかしそれらは、中世にはすべて神が、君主が、あるいは天が回収した。ひとはそれを《生来の記憶》と呼び、のちにフロイトによって《無意識》と呼ばれることになる概念に余地を与えていなかった。無意識の行為、すなわち忘却は、すべて神という主語が命じた行為であり、神の記憶の《再現》であった（フーコーのいう狂気の概念が、前近代には知の枠内に収まっていた理由はおそらくそこにある）。フロイトは、無意識は《時間》を超越しているといった。無意識において、記憶痕跡は、時間的秩序を有していないと考えられた。おそらくこの意見は正しいが、むしろそのゆえにおいてこそ、神の記憶は歴史を超越することができた。時間的秩序を逸脱しているということは、人間にとっては悪だが、逆に神においてはむしろ自由な能力を意味するからだ。これまで起こったこと、これから起こることすべてを事前に承知し、網羅する神の記憶において、歴史の価値はかえって極大に達している（前近代には「歴史」という観念は存在しなかった、などというべきではない）。なぜなら、人類の歴史はすべて神の記憶に委ねられているからであり、またそのかぎりで、歴史とは超越そのものを意味することになるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、事態は一変する。記憶は、近代において、ロゴスという名の知の玉座を降りてしまう。記憶（理性）と経験（感性）の差異を忘却（＝神の記憶）によって解消することがあまりにも困難になったからである。経験的な事実が記憶を上回る事態が頻発したとしても、忘却は、それを解消するよき手立てのひとつでありえた。経験がいくら記憶を上回ったとしても、それを埋め合わせするに充分の忘却が用意されていたし、またそれを神の記憶と呼ぶことで、さらに増大させることもしてきた。だが、忘却の余地はどんどん縮小していく。《紙》などの媒体の大量生産のためである。この媒体の増大によって、かつては制限されてきた記憶容量が、理念上、無限大に達したと考えられる（活字技術だけで、紙が大量生産されないかぎり、この理念上の転換は起きない。紙なしには、依然として記憶領域は経済的に限定されているからである）。暗黙のうちに、《模倣ミメーシス》は、《複製》へと意味を変える。記憶とその想起は、自己同一的なものの《再現》に変わる。かつてはどのみち差異（＝忘却）を孕むことが前提されざるをえなかった模倣や想起から、注意深く、一分の隙も許さない厳密さで、差異が取り除かれていく。なぜ、文字には、《同じもの》の再現が可能なのだろうか？　それは、文字が対象を模倣するのではなく、対象が文字を模倣させるように仕向けるからである――アポロンの神託さながらに。というのも、文字を読むわれわれにとっては、文字こそが世界だからである。そしてもっと重要なことは、文字を読む近代的人間は、同時に文字を書きもするからである。文字から文字へ、声という生の世界を差し挟まない、死の運動――これが歴史である。したがって、かつて、たとえばキケロを想起することが、かならず忘却を伴って行なわれたのに対し、近代における「キケロ」の想起は、同じ「キケロ」を再現representする〈とみなす〉。差異を実現してしまう想像力は、記憶力から分離する。想起の概念が致命的な変更を被るのである<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>。</p>
<p>この状況下で哲学を組み立てたのはカントである（カントやヘーゲルの登場は、ちょうど紙の大量生産が実現するのと軌を一にしている。この状況に対する時代の応答が彼らの哲学であった）。デカルトには、まだ、「良識ボンサンス」の観念が残っている。万人に分有されているというこの観念は、中世以来の「生来の記憶」に余地を与えていたし、そこから神の存在を証明することさえできた。しかし、カントにおいて、それは、たかだか「共通感官（常識）」を示すにすぎない。共同体という人間の外部から与えられたものにすぎず、先験的なものではけっしてない。カントは、内容を欠いた時空間以外のあらゆるアプリオリテートを、理性（ロゴス）から完全に排除したのである。</p>
<p>記憶の王朝がついに終わりを告げる。だが、ロゴスは、神（絶対者）や永遠（時間における無限）、宇宙（空間における無限）や自由（運命における無限）といった仮象をもたらすばかりであって、個別に限界づけられた記憶とは結びついていないし、記憶に相反する蛮勇さえも慎まない。たしかに、記憶は理性という頂点から没落した。ただし、理性はそれによって《形骸化》したのであり、もはやロゴス＝言葉という呼び名は適切ではなくなる。下野した記憶に、カントは特別な場所を用意していた。《悟性》である。悟性を打ち立てるためには、想像力と記憶力の分割が、自然に受け容れられる状況が用意されていなければならない。かつては一体のものであったそれらが、分割されるということ。それは、同じものを再現する力である記憶力と、差異が孕まれざるをえない想像力とが、別々の力であるという、それまでとは異なる知の規準が生まれていることを示す。そして悟性に蓄えられたカテゴリー（記憶）は、感性が想像力によって与える表象を従属させ、これを総合するとさえいわれることになる（Einbildungskraftにせよ、Imaginationにせよ、訳語の問題なので慎重さが必要だが、ふつうにカントを読むかぎり、感性と悟性を最終的に総合するのは記憶力（カテゴリー）の側であって、想像力ではない。感性に端を発する想像力がつねに‐すでにカテゴリーに従属しているのでないかぎり、コペルニクス的転回が成立しない<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。</p>
<p>したがって、じつは悟性を発祥地とする（か、あるいは最終到着地とする）「共通感官」の重要性は、結局はいや増すことになる。無手勝手な差異をもつ諸々の表象を総合（＝認識）するのは悟性である。外部からの経験を蓄積する記憶層をなす悟性は、架空の感官である（というのは、そう考えないと悟性など必要ないからである）「共通感官」を作りあげる。これをあえて「感官」と呼ぶのは、光や音など、ほかの感覚と同じように、外からやってくるからであり、理性（身体内部）に淵源するのではないからである。また、これが架空であるといわれることのもうひとつの理由は、複数形の人間――たとえば人類であるとか、国民であるとか――においてはじめて、保持していると〈みなせる〉ものだからである。感官はもちろん感性を宿しているが、共通感官の居場所は悟性である。</p>
<p>共通感官は、いったいどのような形でやってくるのか。《歴史》である。かつて、自身の内側に、《忘却》として、あるいは《生来の記憶》として探究された《起源》は、今度は、身体の外側において探究されることになる。先述したように、ソクラテスは、文字を忘却の術と言っていた。というのも、人間にしっかりそれとして意識されていないというかぎりでは、身体内部の忘却であろうと、その外部にある文字であろうと同じことだからである（ソクラテスにとって、内か外かは重要ではなく、問題は境界線上で行なわれるドラマの方なのである）。かつては、神の記憶であるがゆえに極大の力をもっていた歴史は、その力を半分失う。だが、そのおかげで、人間のものになり、それゆえ逆説的に、正真正銘の歴史となる。そして、忘却のうちにしか行なわれえなかった《行為》の主語を、歴史に取って代わらせる。歴史は忘却ではない。神の記憶ではないとしても、すくなくとも、《人類の記憶》である。しかも、文字から文字へ、すなわち「キケロ」からキケロではなく、「キケロ」から「キケロ」へ、《完全な再現》を夢想させるものである。</p>
<p>内なる神という主語を失った精神は、外部にその《起源》を求めた。それが歴史である。しかし、おかげで、内部には空洞が広がることにもなった。中世には《生来の記憶》という名で呼ばれたその場所、その亀裂が、ふたたび古代同様に《忘却》として光を浴びる可能性が、生まれていたのである。そのことを発見し、明確に示したのはプルーストである。ベンヤミンが「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」のなかで注目し、高く評価した《無意志的記憶（メモワール・アンヴォロンテール）》は、端的に忘却のことである。この忘却の領土こそが、文学者の新たなる大陸なのである。だが、それは、しばらくすれば、時代精神によって、そして「無意識」によって、埋められてしまう。想起と記憶とを（あえて？）区別しない精神分析は、忘却に時間的秩序を与え、古代以来、ようやく内部に回復された忘却の領土を奪い取ろうとするだろう。外部の忘却は歴史によって、内部の忘却は精神分析によって奪われる。忘却、それはむしろあなたの精神だと、彼らはいう。ひとは《父》に、《過去》にその主語を預けてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>これが、ニーチェのいう「歴史病」（『反時代的考察』）である。本来、時間は、ひとの生に従って生じるものである。生の消滅速度、それこそが、時間である。生があり、そのあとで、それは歴史となる。この順序は覆すべきものではない。だが、歴史は、この「時間」を追い越そうとする。過去は、あなたを先んじて存在していると、歴史はいう。資本主義社会において、あらゆる技術革新が時間を追い越すための技術であるように、歴史もまた、このもっとも健全な、もっとも自然な「時間」を追い越すための努力である。過ぎ去る時間を、幸福を「いまここ」につなぎとめ、インデックスをつけて保存しておくことこそ、歴史と科学技術が結託して行なう不健全な目標なのである。その点では、歴史病は、一九世紀や二〇世紀にだけあったのではない。今日はもっと深刻な状況となっている。あまりに大量に生産される《古文書（アーカイヴズ）》に対して、もはやかつての歴史家が苦労して行なった時間的秩序をもたらす時間さえ惜しいのである。その厖大さは、機能的かつ合理的な方法で、たんなるＩＤの意味しかもっていない年代記号のもとに秩序付けられ、「情報」として処理されるほかないというところまで、ひとを追い詰めていく。「情報」から「情報」へ、すべては「情報」である。すべては、かつて模倣されたものの模倣でしかない。この歴史病の狂熱は、現実の歴史家さえ無用にするほどに、激烈である。たんに歴史を知らないひとびと（わたしも、というかすべての人間はどちらかといわれればそちらに属す）に《忘却》のレッテルを貼るほどに、この病は倣岸である。</p>
<p>歴史は、それが歴史であるかぎり必然的に、ひとの生や行為を奪い、法則を再認する実験結果だとみなす。そこでは、アポロンの遠矢がもたらす神託よりも、はるか先を歴史が生を追い越している。われわれの生があり、そしてそれが事後的に歴史となる、というあの単純さ、「生と歴史のあの関係のすべての明晰さ、すべての自然さと純粋さ」は失われている。歴史はいう、その行為は、すでに行なわれたものである、と。人間のあらゆる行為が、すでに起こったことの再認である。なにしろ歴史は、起こったことにしか注目しない。歴史が夢想する無限の「いまここ」は、過去に先立たれ、頭を押さえつけられることによって、可能となる。われわれは、《起源》を歴史に預け、われわれ自身の生産力を、オリジナリティを奪うに任せる。歴史は、原理上、かならず生を歴史に従属させる。文字から文字へ、同じものの反復を可能にする歴史は、同時に充実した差異をなす生を《学》にそぐわぬ劣ったものとみなしている。したがって、歴史を生に奉仕させるためには、かならず反歴史的なもの――《忘却》と、超歴史的なもの――《芸術》とが必要とされている、とニーチェは言った。いずれも積極的な《忘却》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれの行為が、《生》が、ドラマが演じられ、それがそのあとで歴史となる、という、ニーチェのいう健全さは、炎のまえに灰が、傷よりまえに痕跡が存在しえないのと同じほどにたしかなことだが、しかし、よくよく考えてみると奇妙なことである。というのも、それはひとが思っているのとは異なる不思議な時間概念によってしか可能にならないからだ。この時間概念上で、歴史は、かならず、現在の〈あとで〉過去になる。そしてその過去は現在よりも未来にある。このもっとも健全な、しかし不思議な時間概念にもとづくかぎり、われわれより以前には、なにひとつ歴史など存在していない。われわれの現在はつねに新しい。過去に汚染などされていない。ここで、カントのコペルニクス的転回は、さらに一段上の転回を遂げる。というのも、認識に対象が従属するか否かとは関係なく、われわれのうちに痕跡を残す対象そのものが、そもそも存在していないからである。すでに消え去っているかぎり、〈すべては仮象である〉。したがって、カントのいうような現象は、じつは、痕跡（灰）が傷（炎）を追い越すと考えるかぎりでしか発生しない。そして、同じものの反復を、すなわちrepresentationを可能にするのが、痕跡であり、文字であり、この痕跡に依存するかぎりでしか、カントのコペルニクス的転回は正当性をもたない。</p>
<p>ベンヤミンの固有の歴史哲学は、ニーチェとともに、ここにおいて始まる。《模倣》から《複製》へ、《想起》から《再現》へ。アウラ（一回性）を喪失させる主題の変動のなかで、アウラ同様に失われたかにみえる《忘却》は、どう転んでも結局は奪回されなければならない。だが、それはどのようにして？　歴史病に犯されたわれわれには、もはや超越論などと悠長なことをいっていることはできない。歴史は、実際にわれわれを超越しているからだ。歴史そのものが超越〈論〉的な仮象、理念だとするなら、われわれが健全にも歴史を追い越すためには、もっとシンプルな《超越》が必要なのである（ラッセルの健康さが指摘するように、嘘つきのパラドックスに直面して逃げ場のない懐疑に陥ったなら、そこにレベル（階型理論）を導入するのがもっとも簡単な脱出方法である――ゲーデルにしたがうかぎり、内在的な乗り越え（＝超越論）の不可能は証明されている）。したがって、問題は、いかなる超越を選ぶのか、である。すなわち、他の屈強な身体にそれを求めるファシズムか、それとも、外といっても自身の弱い肉体にそれを求める超人か……。</p>
<p>ひとは、歴史から逃れるために、別種の歴史を必要としている。ベンヤミンのいう歴史は、あらゆる意味で過去の破壊であり、むしろ自然のままに跡形もなく消滅させることを欲している。消え去る時間のなかで一瞬だけ輝く星座を実現すること。ショーレムの『天使の挨拶』からの引用が示しているとおり、この新しい歴史において、「いまここ」の幸福など無縁である。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> プラトンの書物の重要性は、概念そのものではない。概念が繰り広げるドラマ（ここでは、イデアという概念がもつ忘却と記憶の運動）をしっかりと見定めることである。そうでなくては、プラトンがわざわざ対話編のスタイルでソクラテスを表現した意味がなくなってしまう。</li>
<li class="note"><a name="n02" href="#p02">(2)</a> 近代において、同じものを再現する記憶力と、オリジナルなものに差異を付け加える想像力とが分割される。その副次的な結果を述べると、芸術が《学》から分離する。というのも、かつてはムーサの女神のうちで一体であった記憶力と想像力とが、分割されるからである。フーコーが論じたように、知でもありえた狂気をこの《学》は病に代えたが、《学》から分離されたおかげで、芸術は、狂気としての知を保持することができた。しかし、もっぱら想像力・忘却の側に属する芸術は、同時に権力を失う。芸術が被っている二一世紀の惨状をみるかぎり、もとより忘却の側に属している芸術が必要としているのは、新たな想像力などではなしに、記憶力を回復することである。</li>
<li class="note"><a name="n03" href="#p03">(3)</a> このところ、「感性と悟性とは、想像力によってしか総合されない」、というような意見を耳にするが、カントの議論に従うかぎり、総合は、悟性のアプリオリであるカテゴリー（記憶）において行なわれ、想像力はカテゴリー（記憶力）に従属しているように思われる。それをあえて感性の側からの想像力に限定してこれを国民国家に結びつける議論が意図しているのは、想像力をその中心的な手段とする芸術、とりわけ文学を批判の標的にすることなのだろう。だが、ナショナリズムを供給しているのが、文学より歴史に見える点を、この議論はどう説明するつもりなのだろうか？　訳語の問題もあるため、あまり込み入った議論をするつもりはないしカントの解釈学にかかわるつもりもないが、しかし、この点は文学が標的になっている点で見過ごすことがむずかしい。もともと、カントにおいても、ヒュームを受けついで、感覚はひとによってさまざまに異なるものとみなされている。だからこそ、デカルト以来、表象とロゴスの差異が問題にされたのである。それを統一するのは、諸々の外部表象の場合は、悟性のカテゴリーであり、自己の場合は理性における超越論的統覚である。ひょっとしたら、「共通感官」という語に囚われてしまったのかもしれないが、この感官はもっぱら悟性に存する。総合は、やはり、対象や感覚ではなく（それゆえ想像力ではなく）、認識に従属する形で行なわれる。つまり、総合とは、つねに‐すでに認識cognitioなのである。「共通感官」という表現は、複数の人間を問題にしたときに可能となる一種の比喩であって、これが文字通り感覚に備わっているなら、わざわざ悟性を論じる必要はないし、第三批判も無用のものとなる。デカルトの懐疑は無駄骨であり、コペルニクス的転回もなかったことにさえなる。</li>
</ul>
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		<title>ポストモダニストたち（１）――ミシェル・フーコー</title>
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		<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 16:55:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
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		<description><![CDATA[わたしの愛するポストモダニストたちがいる（この言葉を、あえてよい意味で使おう）。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの愛するポストモダニストたちがいる（この言葉を、あえてよい意味で使おう）。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もない歴史が背負わせた重みがあって、近寄り難い感じを抱かせる。それに引き換え、先にあげた四人は、こういってはなんだが、同志だと感じる。先へ進めと、わたしに語る。もちろん、彼らはホメロスたちと同じく、歴史を超越した存在である。時代の重力とともにあるような、そんな重みなど、もちあわせていない。わたしの重荷を捨て去ることを、彼らは教える。優れた人物は、みな《ポストモダニスト》であるが、四人は、わけてもその名に値する。そのうち三人が、歴史家であったこと、これは偶然だろうか。彼らがいなければ、わたしは歴史などやっていない。とっくの昔に、歴史からおさらばしていたかもしれない。だが、わたしは歴史家である。だから遠いヨーロッパにいたこの四人について、短い言葉を捧げたい。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>四人のなかで一番年少のフーコーの驚異は、《言表（エノンセ）》にある。それは、簡単にいえば、《言葉という行為》である。なおかつ、極度に《文学》的な概念でもある。古典主義時代の考察から、この概念は磨き上げられた。言葉と物が《透明》な関係をもつ。少なくとも、《透明》になるまで磨き上げられることが、推奨される。この概念は、すでに彫琢されていた《狂気》と結び合わされ、独自な展開をみせた。言葉と事物とが組み合わされるということが、なにを意味するのか。この問題が複雑化するのは、歴史そのもののあり方と重なりあっている、と考えられるときである。フーコーの書物は、このような読解が認められるかぎりで、批判的な重層性をもっている。だが、多くの社会学者は、フーコーのこの議論を「権力」との関連でのみ読み解いたようにみえる。歴史家フーコーの重層性を取り逃がすと、その豊かな生産性を半分しか受けとることができない。</p>
<p>言葉と事物、両者の関係の透明性。むろん、古典主義時代のこの試みは、失敗することが確実である。言葉は、事物に対するヴェールになりはしても、けっして事物そのものにはならなかった。すくなくとも、近代に生きるわれわれは、そのことを彼らよりもよく承知している。堆く積み上げられた歴史家の営為は、そのことを逆説的に証明している。そればかりか、われわれは、この失敗をむしろ虚構として受け容れさせられてさえいる。しかし、フーコーは、注意深く、その当たり前の前提を、自身の思考から取り除く。</p>
<p>これは容易なことではない。歴史家としては当然の態度であるが、にもかかわらず、多くの歴史家はそのことに失敗している。言葉と事物とのあいだで呼び交わされたお互いの愛が、ついに成就しないのであれば、歴史家は、自身の営みのはじまりから、その権利を失うにちがいない。多くの歴史家は、自身が行なう過去の復原が、実際には不可能であることを、暗黙にか、無意識のうちにおいてか、いずれにせよ自覚している。この諦念をさらに進めたところに、ある種の哲学的勢力がある。この諦念を確実なものにすることが、歴史主義の批判であると考えているひとたちである。この哲学は、この確実な諦念、すなわち絶望から出発して、未来へと踏み出すことを考えている。</p>
<p>だが、フーコーはそうした哲学とはすこし異なるように思われる。というのも、彼は、古典主義時代の歴史を紐解く際に、時代の学問的布置（エピステーメー）が作りあげた試みを、その結果から批判しようとはしなかったからである。失敗に終わったと思われる結果は考慮の外であり、むしろその布置の変化を問題にしていることは、よく知られているはずである。彼をして、この問題構成の移動を可能にしたのは、次のような確信からである。すなわち、《運命と必然性は異なる》（クリュシッポス）。たしかに、《透明性》の試みが失敗することは《運命付けられている》。だが、そのことでもって、《必然的に》試みが不可能であると考える理由にはならない（ここには、のちに彼のなかで醸成されるストア派的な思考の萌芽がある）。クリュシッポスの命題は、ここでは次のように変奏できる。《失敗と不可能性は異なる》。厳密に考えれば、われわれは、あの挑戦の《不可能》を断定できる材料をもっていない。そしてもうひとつ重要なことは、《人類の歴史はまだ終わっていない》ということである。試みが途絶したことはたしかだとしても、今後のエピステーメーの変換が、そうした試みに近づく場合も予測できるし、挑戦はまた行なわれる可能性がある。したがって、不可能性を前提とした議論は慎まなければならないし、問うても仕方がない。問題は、むしろ、この移動や変換である。《透明性》を虚構として非難しているのではなく、この透明性を虚構として受け容れるような布置の変換のほうがずっと問題なのだ（フーコーは透明性をことさらに強調したが、一切批判していない）。結局、《透明性》を非難している者は、その試みを終わりにおいて／として受けとっているのであり、そこには、歴史主義批判の仮面をかぶった暗黙の歴史主義が横行している。歴史主義批判という言葉が言葉であるかぎり、それは事物の表面にかぶせられたヴェールである。かくして言葉は、多くの場合、現実の出来事を覆い隠してしまうだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《エノンセ》は、こうしてますます彫琢され、いよいよ希少なものとなった。ほとんどの言葉は、現実と関係ないばかりか、現実を覆い隠すヴェールのはたらきを行なう。それはたしかである。しかし、歴史家の手のなかで踊るいくつかの過去の言葉の群れは、まだその踊りをやめていない。多くの歴史家は、過去を定まったものとして受け取っているし、答えを手にしていないとしても、どこかで定まっていると考えているからこそ、学問たりうるのだが、本当の歴史家は、過去がまだ終わっていないということを、心のどこかで感じている。《この過去はむしろ未来に実現されるのではないか》、そんな妄想に駆られることがたびたびある。飛んでいる最中の矢が標的に当たっていないのは当然なのであって、当たっていないという非難はまったくのお門違いである。言葉に絶望するのはまだ早い。つまり、フーコーは、われらがニーチェのように考えた――依然として飛翔をやめていない矢としての言葉がある。そのかぎりにおいて、《エノンセ》は存在しうる。矢としての言葉――《エノンセ》は、権利上、あらゆる物と同じように、暴力ともなりうるような物理的な力をもつはずである。それは、ほんものの《矢》だからである。だが、その力が隠されているのだとしたら？　フーコーは、それを「権力」と呼んだと思う。</p>
<p>おそらく、『言葉と物』以降、彼の進むべき道は、二つあったはずである。ひとつは、権力への道。そしてもうひとつは、自由への道である。フーコーにとっては、そのいずれもが《エノンセ》なしには考えられなかったのだが、ひとまず、彼は「権力」に手を付けた。サルトルのように、はやいうちに自由の道に取り掛かることもできたが、年齢的にいって、四十代で行なう仕事としては、理解できる選択だったと思う。やや突っ込んだ想像をすれば、サルトルは急ぎすぎに思えたのかもしれない。『監獄の誕生』や『知への意志』が、その成果である。これらの書物は、彼の考察を先に進めると同時に、より確実で念入りなものにした。自由へただちに飛躍するよりも、こうした準備をしておいたほうが、跳躍をより美しいものにするだろうし、またより遠くまで到達できるだろう。だが、この周到さは、逆にますます誤解を生むことにもなった。</p>
<p>近代的なエピステーメー、すなわち言葉を対象との（対象なき）意味作用において捉えようとする議論は、もちろん、古典主義時代にその萌芽があったはずである。つまり、古典主義時代のエノンセのなかに、近代の権力を生み出す力があった。したがって、一九世紀の言説のなかから、注意深く、なにがエノンセであり、そしてまたなにがエノンセを隠しているのかを見きわめなければならない。エノンセを隠すエノンセは権力である。つまり、結局は権力もまたエノンセである。だからこそ、それは身体にも深く作用する。言い換えれば、《精神においても物理的に作用する》。言葉を絶望で覆う限り、それはどこまでも深く《生政治》的に作用する。「深く」というのは、それが隠されているからである。エノンセは、基本的に、表面で仕事を行なう。しかし、その一方で、エノンセはいつも隠されている（とりわけ近代にはそうだ）。エノンセを隠すことが、作用を隠微に沈潜させる。結局、近代が背負った「歴史病」とは、われわれの歴史を隠すことなのである。彼らは、暴きながら、同時に隠すのだ。あるいは、見ることで、見えなくする。すでに十分に見えているものでさえ、隠れている、という。これが「監獄」であり、「性」である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>多くの誤解があった。ドゥルーズのすばらしい友愛の助けがあったにもかかわらず、それはまだ誤解のままだ。フーコーが、あらゆる知が権力として作用するといったとき、便利な批判的ツールを得られたと考え、ひとはそれに賛成しながら、絶望した。社会を監獄のようなものだと考えたのだろうし、さもなければ、あの哲学的勢力に影響されて、きっと絶望の身ぶりが必要とされていると考えたからかもしれない。しかし、知が生に対する政治を行なうというのなら、それは同時に可能性なのではないか？　ひとの言葉は、本当に肉体において、物理的に作用するというのなら、そこにこそ《自由》はありはしないだろうか？　フーコーは、本当は、最初からずっと、そのことを、しかもそのことだけを言おうとしていたのだ。ひとは、《いいたいことがいえる》のだ。</p>
<p>『知への意志』に対する評判と同じ数だけの根本的な誤解に直面し、さらに死期を悟ったフーコーは、急いでいままでの仕事をひっくり返す作業（同じことを、別の側面から語ること）に取り掛からなくてはならなくなった。まだずっと先だと考えていた仕事に、だ。多くの誤解があったことを、よく知っている。だが、それもまたこの時代の――反時代的な――エノンセなのだ。わたしほど、そのことをよく承知している人間はいない、とフーコーなら考えたろうか。誤解のうえに誤解を塗り重ねる結果も、予想できただろう。しかし同時に、彼ならエノンセがちゃんと未来に届くことも知っていただろう。エノンセの力は、わたしの意見はおろか、個々の主体さえもおかまいなしである。だからひとは、エノンセの力に身を委ねるしかないのだ。エノンセに自身を重ね合わせる。それを主体化という。……</p>
<p>ディオゲネス・ラエルティオスによれば、《犬の》ディオゲネスは、死に臨んで一番重要なことはと尋ねられ、「いいたいことがいえることだ」と答えたという。たしかに、それは重要なことだが、じつは、とりわけむずかしいことでもある。自由な社会では、なおさらそうだ。そのことは、フーコーの書物を読めば、よく理解できるだろう。近代とは、なんと不自由な社会であることか！　一見して自由であればあるほどに、われわれの自由は奪われていくようにさえみえる。考えてみるがいい、この資本主義社会において、自分が作りたいものを生産している人間がどれほどいるのかを。近代の言語使用のなかで、いくら言葉を費やしても、ほとんど《意味作用》のなかに吸い込まれて消えてしまう。不自由な社会のほうがひとは自由である、というありふれた逆説を想起しておいてもいいだろう。もちろん、それもまた不自由であるのだが。いずれにしても、「いいたいことをいう」のは至極シンプルな欲望ではあっても、簡単なことではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、フーコーには、エノンセの概念がある。エノンセは、かならず、この世界に実現される。思ったとおりにではないとしても、けっして意味作用のなかに吸い込まれたりはしないで、未来にかならずたどり着く。二〇世紀の住人であるフーコーが、一八世紀や一九世紀のことを、あれほどまでに鮮やかに描き出すことができた、という事実が、それをよく物語っている。彼はたしかに過去の声を聞いた。今度は、われわれが、彼の声を聞く番である。彼ほど、自分の「いいたいことをいう」ために努力したひとはいない。彼は《自由》だった。だが、われわれは、いつだって、《自由》なのだ。</p>
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		<title>言文一致論（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ）</title>
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		<pubDate>Fri, 25 Dec 2009 13:20:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ハイゼンベルク(1)の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ハイゼンベルク<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに（つまりあえてマクロレベルに）翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられる光がすでに対象を変化させている。厳密にみようとすればするほど、目から発せられる光は強くなり、変化はより大きくなる。したがって、ひとは、根本的に対象を正確に測定することはできない。……</p>
<p>この原理の奇妙さはうえの説明にはない。おそらく大抵は認識論的な話で早合点されてしまう。物事を一種の《虚構》に変えてしまう、こうした観測上の人間的かつ不可避的条件が、《現実に》対象を変化させてしまうとしよう。この論理を突き詰めていくと、どうなるか。たとえば、零点振動と呼ばれるものがある。物質のもっている「温度」は、熱振動によって規定されている。したがって、この振動がなくなるところが、温度の下限となる（-273.15℃とされる）。しかし、ヘリウムなどの原子は、《ハイゼンベルクの不確定性原理のために》、絶対零度というエネルギーが最低の状態でも、実際に振動してしまう（わたしはこういう記述に、ニールス・ボーアを中心としたコペンハーゲン解釈のセンスのよさを感じる）。この地点では、もはや対象に対する人間の《認識》を云々することはできなくなるし、物自体も考えられなくなる。この振動は観測という客観的行為が暗黙に内包している認識論レベルの誤差ではなく、誤差そのものが原子のふるまいだからである。つまり、通常の《学》ならば抹消すべきはずのこの誤差は、積極的な記述なのである。したがって、われわれは、誤差においてむしろ原子を正しく見ているのであり、正しく見ている分だけ、誤差を積極的なもの、つまり《差異》（ドゥルーズ）として、かえって精確に観測しているのである。真の意味での近代合理主義がおこなう観測とは、対象の同定ではなく、むしろ《差異化》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>議論はあいまいにはなるが、これを実生活のレベルで実感することはたやすい。たとえば免許証や履歴書などで撮影される証明写真。カメラが捉えるのは、《素顔》ではない。カメラのレンズを前にしてひとがどうしてもつくってしまう《表情》であり、いってみれば、ひとが無数につくっている仮面のひとつであるにすぎない。このひとつの仮面にすぎない表情を特権的に《素顔》とみなすこと（そしてカメラの前でする表情以外の表情を表情として《学》からは排他的に規定すること）が、ありもしない国民や国家を仮構する、そして実際に国家はこうした仮定を経て実在してしまう――したがって、国家は認識論のレベルを超えて現実に存在してしまう。</p>
<p>その一方で、アートとしてのカメラがある。この術（アルス）は、まさにレンズの前でひとやものがわれ知らずおこなう《自然》な振動を撮（つか）む術である。そうであるかぎりにおいて、カメラは芸術の手段たりうる。つまり、誤差は、《学》がおこなう同定によって排除され、埋められるべき（なおかつ弁証法的には必要な）エラーではなく、人間が自然界でおこなう差異として、レンズと被写体のあいだで積極的に把握される。簡略化していえば、国民国家が欲しがる《素顔》は、変化のなかに不動のものを見つけ出すことであり、アートの欲望する《表情》は、変化に継ぐ変化という、一種の振動である。アートは、ひとが《素顔》だと思っているものさえ、次の変化を期待＝欲望させる《表情》に変えてしまうのだ。</p>
<p>これは、知と美、そして自然とが結合する、このうえなくプラトン的な世界である。ここでは、差異の大きさや小ささは問題ではない。この大きさをめぐって、モダンとポストモダンのあいだで不毛な議論が交わされたが、問題は、差異（あるいはエノンセ）の希少性である。差異（あるいはエノンセ）は、《希少なもの》ほど知的であり、美しく、かつ自然である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしがハイゼンベルクの議論をアナロジーとしてとりあげたのは、自著『精神の歴史』で論じた言文一致論をできるだけ直観的に説明するためである。この問題をあつかったのは主に三章だが、この章は、おそらくやや難解だろう。この議論を丹念に追うかぎり、柄谷行人やジャック・デリダの議論、あるいは国民国家論を突破する理論的可能性が含まれている。</p>
<p>柄谷によって、近代文学者がおこなった言文一致運動は、国民国家の確立にかかわるネガティヴなものとして評価されることになった。デリダの議論（すなわち、過去に汚染されていないピュアな現在という、現実から乖離した形而上学を形成する、《自分の語る声を聞く》音声中心主義に対する批判）を借りつつ、彼は、話し言葉と書き言葉を一致させようとする言文一致運動が、閉じた現前の共同体を作りだす論理的前提をなしたと考えたのである。彼らの議論にしたがうなら、声と文字とを同一のものとしてあつかうことはできない。本来は維持されるべき、声と文字の存在論的・時間的差異（＝差延）を、等閑視することによって、言文一致という虚構は可能になるのだ。すなわち、真でもなく、偽でもなく、真らしくみえるもの<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>を作り出す言文一致運動は、あるかなきかの内面や《素顔》を、そしてついには国民Nationを仮構してしまうと考えられたのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>だが、この議論そのものがおかしいと、わたしは感じるようになった。本当に芸術はそのようなことをおこなうだろうか（わたしのスタイルとして、歴史上の出来事を批判するために史料を読むようなことはしない。肯定したいからだ）。だからもう一度、彼らの論理を追っていかねばならない。</p>
<p>もしかりに、柄谷らがいうように、言文一致運動が国民国家を作りだしたというのなら、本来なら不可能である声と文字の完全な一致が、まがりなりにも実現したということを意味する。しかし、もちろん、それは背理である。だとするなら、どこかに嘘があったことになる。言文一致などそもそも可能ではないのだから、言文一致運動が嘘をついたとしか考えられない。本当は話し言葉そのままの記述などありえないし実用的でも実際的でも実践的でもないのだから、完成していないものを完成したと言っているだけなのである。つまり、虚構であり、もっとオブラートに包んだ言い方をすれば、想像上の出来事である。だとするなら、国民国家など実現していない、ということだろうか？　そうではない。国民国家ができあがるのは、まさにここ、すなわち「想像」においてなのである。虚構として、想像力の産物として、国民国家は規定される。</p>
<p>しかし、《言文一致が実現した》という嘘が嘘である限りは、すくなくともその時点では「言説」、それも対象なき言説だったはずである。つまり、《言文一致の完成》は、いったい誰が言い出したのか、ということが問題になる。この完成を言説として実現した主体が、国民国家を仮構したと考えていいはずである。本来あるべきでない、そうした虚構が成立しているとするなら、そもそも、この運動を終わらせたのは誰なのか、という問いが次にあるべきなのである。言文一致運動の担い手が文学者だったというのは確かであり、彼らはその唱道者である。だが、そのことと、《言文一致運動を終わらせた人物》が同じであるという保証はまったくない。柄谷は、この主体の差異を完全に無視している。その点では、柄谷は、結果から物事をみることに疑問を抱かない歴史主義者と同断である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>19世紀末の言文一致運動がどのようなものであったか、材料（資料）は二つで充分である。ひとつは、当時の文学が《写実主義》であったこと。そしてもうひとつは、山田美妙の以下の発言である。</p>
<blockquote>
<p>今日の俗語ハ明日の古語となる。</p>
<p class="post-r">「言文一致論概略」『学海之指針』1888年2-3月</p>
</blockquote>
<p>この発言を、厳密に読めば、すぐにわかることがある。言文一致運動が写実主義の運動である限り、これは終わりのない運動なのである。なぜなら、作家が今日の俗語とみなし、写実したものは、明日には古語となっているからである。作家が作家であるかぎり、彼はこの無限の運動に与している。作家は、《自然》同様、たえず変化する言葉によりそうことは考えていたとしても、その《素顔》を仮構しようなどとは考えていない。彼らが捉えようとしていたのは、《素顔》ではなく、《表情》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>テープやＣＤなどに録音された声は、もちろん、自分の考える「自分の声」とは違っている。だが、だからといって、即座にそれを自分の真の（客観的な）声だとみなす必然性はないし、また、逆に自分が自分の声だと思っていたものを主観的なものとして排除する必然性もない。たんに、それは、記録媒体を前にして（無意識だったとしても）、自分が選び選ばされた声色のひとつであるにすぎない。自分の耳とマイクが拾う声が違うのは当然であって、それぞれが、質的でも量的でもない、たんなる差異として現実化しているだけである。われわれは、どんなに「自分の声」をその中心において出したとしても、結局は《振動している》。そして、われわれは、この変化のただなかにおいて、自分の声を自身の所有物としているのである。カント風にいえば、これが超越論的統覚というもののはたらきである。</p>
<p>作家もまた同じである。作家が、言文一致を実現しようとしているとしても、それは、柄谷が思うようにではない。もっとファジーな集合であって、むしろ、変化する言葉に寄り添い、その変化を予測し、そしてときにはその変化を追い越しさえしようとしている（明日の古語とならないために<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。これが「一致」の真の意味である。要するに、作家が目ざす言文一致とは、完全な一致ではなくて（そんなものは馬鹿げている）、《差分》を実現することなのである。「今日」と「明日」、「俗語」と「古語」の差異、ハイデガー的にいえば（デリダの差延とは区別して）存在論的・時間的差異を、作家は、原理的に拒絶することはできないし、しようとも思ってもいない。むしろこれを把持したまま表現することが、高次の言文一致の目ざすところである。作家の言文一致そのものが、書き言葉の《振動》を実現するのであり、またそのことによって、《素顔》となりかけたそれを《表情》に変えるのである。批評家は、こうした《差分》を虚構だというのだが、それは、ピカソやクレーの絵画を虚構というに似て、なんの意味ももたない。また、作家が他人と同じ文体をとることもまずありえない。基本的には、彼ら自身の文体を《未来の言文一致体》として実現することを欲している。言文一致運動は、その主体が作家であるかぎり、本質的に終わりのない運動なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>戦前の公文書で、言文一致体が使われていることは稀である。なぜなら、言文一致体は、その理論からして当然のことだが、時期に応じて変化してしまうからである。現在から過去がクロノロジカルに見渡せなければならない公文書において、変化そのものを《法ノモス》とする、異様な言語体系は適さない。テンス（時制）が機能しないのである。したがって、学問上の課題として言文一致を目指した学者は、物集高見が好例であるように、挫折し、転向している。また、積極的に唱導した学者も、結局は譲歩を余儀なくされている。彼らが排除しようと願った漢字は残ったし、仮名の改良もかなわなかった。教科書問題やジャーナリズムの要請に譲歩を重ねた結果、暫定的な代物を公定の言文一致体とせざるをえなかったのである。</p>
<p>だが、それでも19世紀の学者は諦めたわけではなかったし、現実問題として、公文書ではあまり使用されることもなかった。逆に言えば、戦前の政府ほど言文一致体を使用していなかった領域はないのであって、柄谷の議論を適用すれば、ナショナリズムと政府は現実には無関係だという議論に帰着しかねない。言文一致体に対する抵抗を柄谷は評価するが、だとするなら、政府官僚こそ、もっとも評価すべきだ、という転倒した議論がまかりとおってしまう。繰り返すが、戦前の政府は言文一致体を使用していない。このことは、言文一致体を完成されたものとして（終わりにおいて）規定しようとする《学》や国家の論理が、言文一致の本質そのものと相容れないことを意味する。言文一致体は、それを厳密に規定しようとすればするほど、《振動してしまう》。なぜなら、その規定自体が、言文一致体で行なわれねばならず、結果的にありうべき言文一致体を変化させてしまうからである。言文一致運動ほど、国家の論理に反しているものはないのである。ともあれ、それが一変する事態が訪れる。敗戦期である。この時期から、公文書においても、「言文一致体」が使用され始める。</p>
<p>いつのまにか、暗黙のうちに《言文一致体》という同意が形成されていたのである。国家が言文一致体を用いるということ、それは裏を返せば、言文一致体が、本来あるべき変化をやめてしまったことを意味する。同意を形成したのは、いったい誰か。作家ではない。なぜなら、作家は、他人のつくった《言文一致体》など究極的には認めないからだ。とすると、あとは一人しかいない。すなわち、《読者》である。作家の言葉を模倣した読者であり（それはプラトン的にいえば模倣の模倣であろう）、彼こそが、《言文一致が実現した》と見なした者なのである。ならば《読者》とは誰か。《純粋な》読者とは、小説を書かなかった書き手たち――批評家である。ならば、国民国家を作ったのは、はたして誰か……？　もはや語る必要はあるまい。</p>
<p>結局、国民国家は、作家に、次の条件を示した。《わかった、言文一致体を採用しよう、ただし、それは作家たちがその運動をやめるかぎりにおいてだ》。もちろん、戦後の作家たちがこの条件に同意したかは不明である。だが、結果的に、この運動は、終わりを遂げたと考えて、間違いないだろう。作家は、「言文一致体」の採用を餌に、国民国家によって息の根を止められたのである。要するに、言文一致運動は、終わることによって、ただひとつの、そして千の仮面である《表情》を、《素顔》にしてしまうのだ。</p>
<p>ここには、生気を欠いた暴力、すなわち権力がある。この権力がもたらす重力圏から、戦後の作家は逃れられなくなってしまった（というか、自らの文体を追求することでそこから逃れる、という主題をもっていない）。言葉は、いつも、教科書やアカデミズム、ジャーナリズムといった重力の中心に収束する――といっても、それは国家がつくる見かけだけのことである。言葉は本当は変化することをやめたりはしない。作家による導き手を失った言葉は、たんに堕落し衰弱していくのだ。そして偽の問題構成が形成される。堕落した若者の言葉づかいか、それとも古い「常識的な」言葉づかいか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>柄谷をはじめ、多くの批評家や学者は、《言文一致体》の完成者を、志賀直哉や武者小路実篤らに代表される白樺派にみている。『白樺』で用いられた文体を、今日われわれが書く「話し言葉」の典型とみなしている。とはいえ、当時彼らが言文一致運動の尖端にいたことが確かだとしても、それを終わらせたと考える必然性は、むろんどこにもない。たんに、彼らを超える作家が出なかったというにすぎない。武者小路はこう言っている。</p>
<blockquote>
<p>自分は俗衆に理解された時、芸術は使命を果し、同時に価値を失なうものと思つてゐる。</p>
<p class="post-r">「六号雑感」（「自己の為の芸術」）『白樺』第2巻第11号、1911年11月</p>
</blockquote>
<p>この武者小路の発言は、さきの美妙の発言と共鳴している（というか、それを芸術全般に拡張したものだ）。かくして100年前に始まった白樺は、戦後、芸術としての生命を終えた。だが、彼らはそのことによって、別の始まりを促していたのである。なぜなら、掴んだと思った芸術は、原子の振動に似て、ひとの手を離れて飛び退ってしまうからだ。したがって、問題は、彼らの放った曲がった矢をみて、嘲笑を浴びせはしても、誰も拾わなかったことである。</p>
<p>ひとは批評家で終わってはならない、という論理は、このことから帰着する必然的なものである。われわれもまた、矢を拾い、番え、そして放たねばならない。犬のディオゲネスのいった「言いたいことを言う」自由は、自分の文体＝生のモードを実現するというそのことによってのみ、可能になる。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> かつては、西のハイゼンベルク、東の湯川秀樹といわれた。わたしは前者の書物からゲーテを、後者の書物から荘子を学んだ。</li>
<li class="note"><a href="#p02" name="n02">(2)</a> 「真らしくみえるもの」については、『パイドロス』のなかでソクラテスがよきものに分類していた点に注意されたい。ここでは論理の展開上、デリダ主義的な議論（可能性であるが不可能性でもある）に従う用法をおこなっているが、わたし自身は「真らしくみえるもの」について、ソクラテスの意見に同意している。イデアの追究とは、つまるところ「真らしくみえるもの」の追究でもある。</li>
<li class="note"><a href="#p03" name="n03">(3)</a> 作家の言文一致運動はカント風の統整的理念にもとづいているのではない。むしろ、言文一致はたえず、しかもいたるところで実現している。ただ、実現した瞬間に、対象のほうが遠ざかってしまうのである。</li>
</ul>
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		<title>文芸誌フラグメント創刊</title>
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		<pubDate>Fri, 18 Dec 2009 03:37:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<category><![CDATA[フラグメント]]></category>

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		<description><![CDATA[文芸誌フラグメントが刊行されました。新しいウェブサイトがhttp://www.fragment-group.comにできています。
人文学の再生に向けて、新たな一歩のためには、やはり、文学・哲学・歴史学の三つの核が必要で [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>文芸誌フラグメントが刊行されました。新しいウェブサイトが<a href="http://www.fragment-group.com" target="_blank">http://www.fragment-group.com</a>にできています。</p>
<p>人文学の再生に向けて、新たな一歩のためには、やはり、文学・哲学・歴史学の三つの核が必要です。文学は理論の、哲学は実践の、そして歴史学は未来のための学問です。キルケゴール、ニーチェ、そしてベルグソンにならって言い換えれば、文学は潜勢力に、哲学は差異に、そして歴史学は反復にかかわっています。また同時に、それらは音楽でもあり絵画でもあるような、あるいはことばそのものでさえあるような、そんなシンプルな複雑さをもっています。そのうちの文学に重点を置いたのが表題の雑誌ということになるでしょう。ここに集うひとたちは、真摯に、将来の人文学のありうべき姿を追究しているひとたちだと思います。文学という言葉は、洋の東西を問わず、古来広い射程をもっています。芸術全般にも目配りしておきたいですね。</p>
<p>もし、現物がほしいという方がいらっしゃれば→までご連絡を。fragmentアットfragment-group.com</p>
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		<title>文芸雑誌『フラグメント』編集中</title>
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		<pubDate>Sun, 13 Dec 2009 12:29:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<category><![CDATA[フラグメント]]></category>

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		<description><![CDATA[現在、文芸雑誌『フラグメント』の編集が順調にすすんでいます。今月中の刊行に向けて、田中希生もがんばっています。小説を書いた、という情報も入ってきています。本当なら、（恐いものみたさ、という感じも含めて）楽しみですね。
詳 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>現在、文芸雑誌『フラグメント』の編集が順調にすすんでいます。今月中の刊行に向けて、田中希生もがんばっています。小説を書いた、という情報も入ってきています。本当なら、（恐いものみたさ、という感じも含めて）楽しみですね。</p>
<p>詳細はこちらへどうぞ→<a href="http://www.fragment-group.com">★</a></p>
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