2009
criticism
言文一致論(「精神の歴史」のためのプロレゴメナ)
ハイゼンベルク(1)の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに(つまりあえてマクロレベルに)翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられ [...]
history
時について、若干の考察
天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ(1)は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろ [...]
history
彼岸の快感原則(フロイトに寄せて)
フロイトは有機体をモデル化する際、刺激受容体としての未分化な小胞のようなものを原有機体として採用した。このモデルにおいて表皮は「刺激保護」=感覚器官をなし、表皮を透過した刺激は内部に痕跡として蓄えられていくことになる。そ [...]
fragment
もうひとつの近代、あるいは出来事の学についての覚書
1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない [...]
fragment
生の速度、あるいは色彩についての覚書
ニーチェはいう。
すなわち貧弱な心理学者であり人間通。…徹頭徹尾の独断論者であるが、この傾向に重苦しく倦怠し、ついにはそれを圧制しようとねがったものの、懐疑にもただちに疲れてしまう。いまだ世界市民的趣味や古代の美の息吹き [...]
history
実証主義と言語論的転回、または不在の《竜》たち
今日、哲学の世界でも、歴史学の世界でも、そして文学の世界でも、幅を利かせているのは一種のピュロン主義者たち、すなわち判断中止(エポケー)学派の群れである。たとえば、柄谷行人は教える、判断中止こそ、彼のいう「他者」へ至る至 [...]
history
歴史のエチカ
歴史を生業にする者にとり、過去は偉大である。ときに圧倒的な尊敬の対象である。だから、史料を読むとき、批判から始めることはない。歴史家の前に、過去は問答無用の確信を迫って現れる。《常識》が遠ざけたがる奇妙な記載は、本当に不 [...]
philosophy
時の結晶―パーン・ホ・メガス・テトウネーケIV
アレゴリーから小説へ。文学の歩みにおけるその日付を明示したのは鬼才ホルヘ・ルイス・ボルヘスである。彼は言う。
アレゴリーから小説へ、種から個へ、実在論から唯名論へ――この推移は数世紀を要した。しかも、わたしはあえてその理 [...]
philosophy
パーン・ホ・メガス・テトウネーケIII―《観念》の舞踏
人類史上最初の観念であるように思われる、《神》。それは、言い換えれば、無を超えて不在を思考することである。観念がなんらかの実在と結びついているかぎり、それはけっして最初の観念とはなりえない。《実在という外部からの刺激》に [...]
philosophy
神に肉を与える―パーン・ホ・メガス・テトウネーケII
パウロの弟子ディオニュシオス・アレオパギタ、あるいはネオ・プラトニズムを信奉する人たちによって、神は肯定の世界から取り除かれ、否定の祭壇へと祭り上げられた。《神はいない》。存在の影としての神。この影が世界を覆い尽くしたと [...]



