2009
criticism
言文一致論(「精神の歴史」のためのプロレゴメナ)
ハイゼンベルク(1)の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに(つまりあえてマクロレベルに)翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられ [...]
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文芸誌フラグメント創刊
文芸誌フラグメントが刊行されました。新しいウェブサイトがhttp://www.fragment-group.comにできています。 人文学の再生に向けて、新たな一歩のためには、やはり、文学・哲学・歴史学の三つの核が必要で [...]
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文芸雑誌『フラグメント』編集中
現在、文芸雑誌『フラグメント』の編集が順調にすすんでいます。今月中の刊行に向けて、田中希生もがんばっています。小説を書いた、という情報も入ってきています。本当なら、(恐いものみたさ、という感じも含めて)楽しみですね。 詳 [...]
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時について、若干の考察
天から降りてくる無数の雫。漏斗としてのわれわれ(1)は、そのいくつかはあふれさせながらも、いくつかを受けとめることに成功した。受け止められた雫は滞留しながら中心に向かってゆっくりと流れ、次第に速度を増して大地に落ちるだろ [...]
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彼岸の快感原則(フロイトに寄せて)
フロイトは有機体をモデル化する際、刺激受容体としての未分化な小胞のようなものを原有機体として採用した。このモデルにおいて表皮は「刺激保護」=感覚器官をなし、表皮を透過した刺激は内部に痕跡として蓄えられていくことになる。そ [...]
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音楽と教育と歴史
なんとなく、病気をすると、バッハを聴きたくなったりする。昔から音楽にすがってきた自分にとって、死ぬ時に聴く曲くらいは選びたいと思う。もちろん、死ぬというのは大げさだが、病気で肉体的に衰弱すると、ベタに「マタイ受難曲」など [...]
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もうひとつの近代、あるいは出来事の学についての覚書
1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない [...]
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生の速度、あるいは色彩についての覚書
ニーチェはいう。 すなわち貧弱な心理学者であり人間通。…徹頭徹尾の独断論者であるが、この傾向に重苦しく倦怠し、ついにはそれを圧制しようとねがったものの、懐疑にもただちに疲れてしまう。いまだ世界市民的趣味や古代の美の息吹き [...]
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実証主義と言語論的転回、または不在の《竜》たち
今日、哲学の世界でも、歴史学の世界でも、そして文学の世界でも、幅を利かせているのは一種のピュロン主義者たち、すなわち判断中止(エポケー)学派の群れである。たとえば、柄谷行人は教える、判断中止こそ、彼のいう「他者」へ至る至 [...]
diary
宣長の墓
夏の盛りに、本居宣長の墓を訪れた。 伊勢神宮を詣でた後、三重県の岬の突端、熊野灘と遠州灘の境目のところで東を望む。折口信夫は、南面すれば左側で、なだらかに曲線を描く東海の地平線に、《常世》をみた。大和からみて、大和ならざ [...]



