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アンチ・カンティアニズム
今日、その名が名指しされるか否かは無関係に、ある勢力が瀰漫している。それは、新しいカント主義者たちの勢力である。 かつては新たな経験論の到来としてあれほどにさかんに謳われもした、ジャック・デリダの《脱構築》は、いつしかア [...]
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死と隔たりについて
死んで会えなくなることと、遠く離れていて会えないこととは、同じであるように思える。 ……こんなことを言うと、死をあまりに軽視していると思われるかもしれない。たしかに、身体的な死は重要である。なぜなら、もう会うことはできな [...]
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歴史の罠と差異化
歴史とは、何か。つきつめていえば、それは、過去を現在に回収する装置である。もっと端的にいえば、過去を現在に変える装置である。歴史の装置は、だから、過去ではなく、《現在》に置かれている。純粋に過去そのものであるような歴史は [...]
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《差延》の概念
これは何の記号だろうか……。こんな登場人物がここに存在してよいのだろうか。こんなものは、今の今まで、どこにも現われたことがなかった。お前は誰だ? “a”の痕跡。少なくとも、わたしは覚えていない。どの登場人物が、“a”に変 [...]
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エノンセ
文字の方がひとりでに話し出す。だから、それを代弁してやるナレーター=歴史家の必要はないという。本当にそんなことがありえるのだろうか。然り、それがミシェル・フーコーの言表(エノンセ)である(1)。じつは、言表は、デリダの言 [...]
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声と文字
一度にたくさんのことを言ったり書いたりすることはできない。こうして、ひとは、時間や空間の存在することを知るのだが、ともかく、この時間や空間のせいで、たくさんのことを語り残した。思えば、かつてわたしのものだった言葉から、ひ [...]
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神の表象
ふと、オヴィディウスの『変身物語』のことが浮かぶ。神の表象について考えてみよう。 ふつう、考えられる神の表象パターンは、三つある。ひとつは、怪物として描かれる神である。すなわち、三本以上の腕、三つ以上の眼球、二つ以上の顔 [...]
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《戦争》について
《戦争》について、少し考えておきたい。書きながら考えるので、おそらくまともな文章にならないことを断っておく。 さて、まずこの場合、問わねばならないのは、“《戦争》とは何か”、という問いがそもそも立てられるか否かである。一 [...]
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カントについて
現象はそれ自体として物ではないから、現象を表象として規定するためには、現象の根底に物自体が存しなければならない。(カント『純粋理性批判』) わたしはカントのような見方をしない。つまり、視覚などの諸感覚によっては認識不能の [...]
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パイドロス
プラトンは、弁論術――あるいは語ることと書くことについて述べた著作、『パイドロス』において、ソクラテスにこう語らせている。 ソクラテス このぼくはね、パイドロス、話したり考えたりする力を得るために、この分割と総合という方 [...]



