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	<title>ex-signe &#187; philosophy</title>
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		<title>新しい芸術哲学のために（下）　欲望について</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Aug 2010 15:29:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Godard]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Sokrates]]></category>
		<category><![CDATA[sublime]]></category>

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		<description><![CDATA[対象と真に関わろうとするならば、あらゆる関心、欲望を捨て去らねばならない。女性のもつ真の美を求めるのであれば、性的な欲望は慎むべきだ。欲望が映す美は、真の美ではない。欲望を対象に投影しているにすぎない。あらゆる雑多な関心 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>対象と真に関わろうとするならば、あらゆる関心、欲望を捨て去らねばならない。女性のもつ真の美を求めるのであれば、性的な欲望は慎むべきだ。欲望が映す美は、真の美ではない。欲望を対象に投影しているにすぎない。あらゆる雑多な関心をすべて括弧に入れることによってはじめて、美は真の美となる。つまり、美の前でひとは無力であるし、また無力でなければならない。無力ゆえもはや美を感受することさえできず、圧倒的な力や量としてあらわれる自然の前で耐え忍ぶ崇高だけが、ひとの寄る辺である。いまは自然の浸食によって廃墟となった、かつて人が生み出した建築物は、崇高を意味すると同時に「表象不可能性」をも意味している。廃墟とは、表象不可能なもののモニュメントである。ひとはいつも美を掬い損ね瓦礫を掴んでいる。</p>
<p>しかし、「無関心」の態度は、美から人間的なものを取り去り、美を自然のなかに見いだそうとする努力にもみえる。ならばはじめから、美はわれわれの感性にではなく、自然の側にある、と仮定してみよう。というより、自然との「関わり」のなかでしか美は見出されない、と考えてみよう。「関心」は、そこでは、意味を変える。主観と対象のあいだで弁証法的な作用を繰り返すのではなく、ただ「関心」だけが残る。</p>
<p>ニーチェは美は「関心」のなかでしか見いだされないと言った。ハイデガーは、カントの「無関心」を非難したニーチェの「誤解」を指摘したが、「誤解」もまた誤解である。ニーチェの言葉も正解である。やや難解ではあっても、じつはずっと自然な別種の哲学である（たとえば小林秀雄の「美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない」（「当麻」）という主張は、美を花から抽象するカントの哲学ではなく、美を花という具象の側に置くニーチェの哲学に属する）。</p>
<p>純粋な顔――それは見る者が彼女への関心を括弧に入れなければ現れない。目というカテゴリー、肌というカテゴリー、唇というカテゴリー、その他さまざまなカテゴリーがあって、これが彼女の純粋な顔をみることを妨げている。こうしたものをすべて括弧に入れたときに、はじめて彼女の顔が、すなわち美があらわれる、と『判断力批判』のカントは考えた。だが、ニーチェは別な風に考えたのだ。彼女は私にむかって生き生きとほほ笑んでいる。だからこそ彼女は美しい。美のためには無関心が必要だって？　それでは恋愛に興じる男女が美しいことを説明できないではないか……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>言葉を、しっかりと自然のなかに参与させよう。「美」が自然のなかに存在していることが事実なら、「崇高」もまた、自然のなかに存在しているはずである。美がもたらす精神の《振動》が自然の事実なら、崇高がもたらす精神の《動揺》もまた自然の事実である。そのことはどれくらい確証があるだろうか。にわかには読者には信じがたいかもしれないが、こういうことが考えられる。</p>
<p>崇高を、自然の圧倒的な力や物量による美の浸食や崩壊と捉える場合がある。そこで、人間が作り出した当初の原型をとどめていないパルテノン神殿やミロのヴィーナスについて考えてみよう。思うに、芸術は、原型の崩壊によって揺らぐことはない。むしろそれらの破壊は芸術のうちに含み込まれるのであって、もとの形態の破壊がかえって芸術を彩りさえすることがある。原型に近づけることを選択した室生寺の修復は、やむをえないとはいえ、それによって神さびた芸術性が失われた部分があることに同意するひとは多いだろう。インドや東南アジアの現用の寺院にも同じことがいえる。きらびやかなそれらよりも、もはや風や草木の浸食を受け入れた崩壊のさなかにある古いアユタヤ王朝などの寺院のほうが、芸術性が高いことは、あきらかなのだ。これらのことは、芸術が、人間のみの概念ではないことを意味している。人間は、もはやその起源のはっきりしないあやふやなきっかけを与えるにすぎない。人間がつくった当時の原型にこだわることは、芸術においては積極的な価値を認めるのがむずかしい。自然において芸術はたえず浸食を受け、原型を保つことは不可能であるにもかかわらず、そのことが芸術の価値を奪うとは決まっていないからである。美や崇高などの芸術の概念は、たんに人間の手によるものではなく、もともと自然のものであると考えたほうが、パルテノン神殿やミロのヴィーナスの芸術性を合理的に説明できる。美の形成からその崩壊にいたる崇高、自然のなかでたえず演じられるそのドラマ全体が美であり芸術であると考えたほうが、ずっと説得的なのだ。</p>
<p>また、かつて崇高は、その名が示すとおり、とりわけ「高さ」の観念と結びついていた。それは、われわれの低さでもある。自然における美は、おそらく対称性を意味する。同様に自然における崇高は、非対称性を意味している。実際、自然界にはきわめて高い水準で対称性が備わっている。物理学者が反物質の世界を想定するのは、彼らが、自然が対称性をもつことを確信しているからである。この対称性を道しるべに、彼らは自然界の理を探っている。荘子の「源天地美而達万物之理」（天地の美に原（もと）づきて万物の理に達す）という言葉はそのことの表現である。</p>
<p>むろん、対称性は破れもする。崇高の意味は、ここでは、美＝対称性が崩壊した状況を指す。しかし、われわれは、美を欲望の観点から考えたい。すなわち、対称性と非対称性のあいだの形成と崩壊の運動として、つまり振動や動揺として、美を捉えたい。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ゲーテの色彩論を敷衍して言えば、光と闇の対称性が保たれているかぎり、色彩は生まれない。逆にいうと、色彩は対称性が崩壊するときに生まれる。真空とは完全な対称性を実現している世界である。それが崩れるときに色が生まれる。すなわち、空から色が生まれる。</p>
<p>したがって、画家がなんらかの色彩を生み出すとき、かならず、彼のなかで対称性の崩壊が起こっていると考えられる。ところで、精神は、なんと肉体と似通っていることか。精神と肉体の均衡が徐々に破れ始めると、画家は、ある欲望を抱く。すなわち、色彩が生まれる。</p>
<p>色彩をカンヴァスに定着させたとき、この画家はようやく精神と肉体の均衡を取り戻す。つまり、彼の精神のなかの色彩と、カンヴァスの色彩が、対称性を描く。美は、対称性が破れ、またそれが均衡を回復する、その短い間に明滅している（この対称性が破れているとき、彼は精神をもっていない――つまり行為している）。対称性をもつ女性の対称性を破ること、そこに男は美を見いだす。</p>
<p>こう考えると、カントが先に思い描いていた美学を捨て崇高へと突き進んだときに、はじめて、画家が到達していた実践的な美の世界に踏み入れたことになる。自然に対する圧倒的非対称に耐え抜く崇高こそ、美の大前提である。美と崇高は、どちらも芸術家の主要な、しかも〈たったひとつの〉テーマなのだ。ともあれ、画家は、精神のなかにある種の不均衡を抱えていた。彼は、カンヴァスに色彩を描かぬかぎり、均衡を取り戻せなかった。対称性があるということ、たとえば右手と左手を区別できるということ、こうした世界は、均衡が保たれていて、それゆえ美的ではあるが、実際には、そこで画家は色彩を思い描くことができない。画家はむしろ、美しい女性のなかのわずかな均衡の破れを、いかにして描くかに、神経を集中させる。対称性は、つねに破られる手前にあって、むしろ破られることを願っている。自然は真空を嫌う、とはそのことの謂いである。芸術家が主に描いているのは、対称が非対称となりまた対称を獲得する、そのプロセス全体であるように思われる。このプロセスは、欲望とよく似ている（そこには、《彼岸の快感原則》がある）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>美に対する批判哲学、という意味では、美学（形式）を否定する崇高に至ったカントやデリダ、リオタールやジャン＝リュック・ナンシーらの議論は極北に位置する。たしかに、くだらぬ美学的なディシプリンは、脱構築すべきものではある。しかし、芸術家の実践はこの問題構成を共有しない。形式を前提にするコンセプチュアル・アートを除けば、もともとアートは形式に従って創作していないからである。形式に従っているようにみえたとしても、彼らに素材やきっかけを提供したに過ぎない。結果的に形式を越えられなかったとしたら、そもそも芸術を生み出したことにならない。</p>
<p>一般に、カントのいうような美と崇高は、芸術作品のなかで混淆している。美だけが存在していることは少ない。むしろ芸術家を駆り立てているのは、美（対称性）と崇高（非対称性）の反復である。たとえばブルーノートやシンコペーション、不協和音のような違和とその解決が、音楽を駆動させていることは周知であろう。自然が生み出した富士山にティピカルな芸術性を認めるとしたら、ある種の鏡面対称性（あるいは回転対称性）を備えると同時に、人間に対する圧倒的量感という非対称性を備えている点であろう。</p>
<p>また、ふつうの鑑賞者にとって、対称性が保たれているだけで美を感じるのは困難である。エジプトの古美術がもっている極端に均整のとれた造形物は、あまりに美的であるがゆえに芸術性を感じない。ギリシアの造形物のほうがずっと芸術的にみえるのは、均整のとれた顔、肉体、衣服が崩壊する瞬間を彫琢しているからである。つまり、不快な非対称性を取り込むことを厭わなかった。ギリシア彫刻がオリエントに伝播する過程で失われていくのが、この非対称性であることに、多くの読者は同意してくれるはずである。衣服のひだ、風を含んだ髪、微笑の口の端に、余計な対称性を付け加える。おそらく、そちらのほうが、より美的になると思ってのことだ。</p>
<p>われわれは、ひとつ作品のなかで、対称性がどのように崩壊し、またどのように対称性を取り戻すのかをみている。視線は、非対称的な姿形のなかに対称性を求め、また均整のとれた肢体のなかの非対称性に単純な快を越えた悦びを見いだす。要するに、われわれは「顔」ではなく、遷り行く「表情」をみている。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>男は、心ひかれる女性を笑わせたいと願う。それは、それまで保たれていた対称性が崩れる瞬間でもあるし、また、醜い（非対称の）男にとっては、それによって、対称性が回復される瞬間もである。いずれにせよ男は、顔だけでなく、そのプロセス全体を所有したいと願う。</p>
<p>肖像画の女性の姿、そこに描かれているのは女の顔なのか、表情なのか。それは判断がつかない。顔であるとしたら、それは鑑賞者が関心を括弧に入れていることになる。彼女が微笑みかけていると思ったなら、それは彼が己の関心にしたがってみたことになる。</p>
<p>これらはそれぞれ別の哲学を形成する。一方の考えが他方の考えを一方的に批難できるようなものではない。われわれがみているものが、顔なのか、表情なのかは、みている人間の関心のありかた次第だからである。</p>
<p>しかし、不思議なことに、無関心によって見出された顔、すなわち美の純粋性は、崇高によって打ち破られる。つまり、顔は、次の瞬間に崩壊する、と、崇高の哲学者たち自身が言っていた。それは何を意味しているか。結局、ニーチェに回帰しているのではないのか。</p>
<p>いや――もちろん、これらは別の哲学である。美の崩壊に崇高を覚えるひとたちが、ときにカンヴァスを切り刻み、金閣寺に火を放つとすれば、ニーチェは不思議そうに答えるだろう、彼女は微笑んでいるし、金閣寺はつねにすでに朽ちていたではないか、と。美から崇高へ至る道は、極端なもの、けれん味たっぷりの大げさな身振りを必要としない。もっと微妙な、さりげないもので十分だった。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>写真が美でありうるとしたら、そのフレームに写真家の「関心」が現れている場合だけである。こうした写真は、被写体の「表情」を撮（つか）むことができるだろう。したがって、「顔」を写す機械の証明写真には、美はほとんど存在しない。もし「無関心」が美をもたらすのであれば、証明写真にこそ美がなければならないはずなのに、そうなっていない。なんの関心も示さずレンズに微笑みかけてくれるような被写体は存在しない。それは、ひとが恐怖を感じる場所で撮影した写真に霊やお化けが写ることと同じである。恐怖を感じないのであれば、お化けは写ってくれない。</p>
<p>ゴダールはとにかく女性を美しく映す。アンナたちに向けられたレンズの前で、彼が「関心」を括弧に入れていたはずはないと感じる。レンズを挟んで交錯する恋人たちの視線が、彼の作品の生産性に少なからず寄与していると感じる。彼の特権は、カメラの手前にある欲望を否定しなかったことである（彼はとりわけポルノ映画と勝負している）。彼の映画は、つねに、撮影する者とされる者のあいだで起こる事件であり、かつそのドキュメントである。</p>
<p>モナリザは微笑んでいる。素顔と、そして風景があるのではなくて、レオナルドに向かって、あのような表情を作った。逆にいえば、レオナルドは、彼女からあのような表情を引き出すことに成功した。レオナルドが彼女に無関心だったはずもないし、彼女が彼に無関心だったはずもない。</p>
<p>それは、ゴダールの映画同様、描き、そして描かれることのドキュメントであって、それが彼女の表情に凝縮している。そして、わたしは、そのことが美であると感じる。この絵画を鑑賞するのに、「無関心」のような高尚な態度は必要ない。欲望に忠実であればよい。女からあのような表情を引き出したレオナルドに、男として感心する。そのことが、そのままこの絵画の偉大さである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>欲望や関心と、美が関係しない、ということは不自然である（もちろん、あとで崇高を持ち出して純粋な美を否定するわけだが）。むしろ、もっとも古いソクラテスともっとも新しいニーチェが考えていたように、美しいものは、ひとを自然に引き寄せる性質をもっている、という定義から出発すれば十分ではないのか。</p>
<p>この定義の延長線上に、折口信夫の次の言葉は位置している。「人生に最も重大なる欲望は、自己保存に関する食欲、ならびに性欲である。この二つは、厳乎として生の根本に、大問題を横たえているのだ。…ただ大なる芸術品であるためには、この生の大問題におのずから触れていて、この欲望を暗示的に表現するところがなくてはならぬ。囚えられたる欲望が、自由に超経験的に活動をはじめたのは、この時からである」（「零時日記」）。</p>
<p>崇高の哲学者たちは、プラトン以来の西欧哲学の欺瞞を批難することに躍起である。だがそもそも、イデア哲学と批判哲学は美に対する理論的根底がまったく異なる。プラトンは批判哲学の問題構成を共有しないし、自分を西欧の哲学者と規定もしないだろう。「判断力」は、もともと批判哲学の構造が呼び寄せたものである。理性と感性のあいだに悟性を立てる、というこの哲学によって、逆説的に過剰に照射されてしまった。あるものを美しいと判断するか否か、という問いを批判哲学者は立てた。しかし、ソクラテスたちによれば、美しいものに、ひとは自然に引き寄せられてしまう。――つまり、彼は思わず「美しい」と呟いてしまう。判断力という問いは立たない。ひとは、美の前で、判断力（われ）を失う。</p>
<p>主観的な趣味判断がいかに普遍妥当性を得るか、という問いに答えるのは容易ならざることである。この不可能な問いは、答えるよりも先に問いを破壊する。つまり、ここで召喚された美は崇高によって打倒される運命にある。美の崩壊は、それを構成したカント哲学自身の崩壊にもみえる。つまり、彼が打ち立てた超越論的主観は、美の前で自壊する。ところで、ソクラテスはすでにこう考えていた、ひとは、美の前では「われ」を失う、と。そしてニーチェは言っていた、（「同情」とは区別される）われを失わせる「陶酔」は人間の最高の能力である、と。</p>
<p>美のもたらす統整的な作用は、ひとにかえって崇高を与えるものだった。美は捉えられる手前で足踏みするか先へと行き過ぎてしまう。しかし、別種の哲学において、美はもともと形成と崩壊の運動だった。つまりもともと消え行くものだったのであり、したがって、消え行くということにおいて、ひとはつねにすでに美を手にしている。ひとは、たえず美の恩寵に与っている。</p>
<p>美は、真理とは異なるやりかたで客観性を獲得する。すなわち、《われを失う》、判断を他に委ねるという形で客観性を実現する。よくいえば自意識を捨て去ることだが、悪くすれば自己を見失う。したがって、美の前でいかに自己を保つか、という問いが、ソクラテスとニーチェによって開かれる。</p>
<p>しかし同時に、自己を保つ、とは、美が消え行くものであることを認めることにある。というのも、欲望が成就する手前でとどまることが、美をもっとも長く享受するための、最高最善のやりかただからだ。したがって、ソクラテスとニーチェにおいて、自己を保つことと、欲望の追求は、齟齬しない。この哲学は、他者ではなく、自己を相手にする。</p>
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		<title>新しい芸術哲学のために（上）　崇高について</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Aug 2010 08:37:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Kant]]></category>
		<category><![CDATA[sublime]]></category>

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		<description><![CDATA[自然は固定観念をもっている。たとえば太陽は東の空から昇って西の空に沈み、蝉は夏の盛りに啼く。夜の終わりに覚めて昼の終わりに眠り、赤信号で足を止め生まれそして死ぬ。
自然界は、いわば固定観念の束である。羅針盤の針が北を向き [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>自然は固定観念をもっている。たとえば太陽は東の空から昇って西の空に沈み、蝉は夏の盛りに啼く。夜の終わりに覚めて昼の終わりに眠り、赤信号で足を止め生まれそして死ぬ。</p>
<p>自然界は、いわば固定観念の束である。羅針盤の針が北を向き、林檎が重力の法則にしたがって落下することでさえ、固定観念である。この束が強力に維持されているからこそ、われわれはそれを「法」として抽象化することができた。人間を含まない場合には「法則」と呼び、含まれれば「法律」や「習慣」と呼ぶ。ポアンカレがいうように、すでに科学の法則は絶対的客観的なるものを失っている。日差しと夏とを同一視する固定観念を抜け出した蝉は、夜啼くことを覚える。すべての物体が、重力に従うのでもないように。法が相対的なものにすぎないのであれば、むしろ「固定観念」の語でひとくくりにもできる。ひとがあらゆる判断の根拠としている「法」は、化学反応や末梢神経の反射とそう変わらない。そもそもひとは、連綿と続く生命の歩みの末梢神経のごときものにすぎない。</p>
<p>わたしは、こうした場所から思考したい。この場所でしか思考できない。つまり言葉を、しっかりと自然に参与させてはじめて、思考が可能になる。たとえば「法」は人間の所有物ではないが、「固定観念」でさえ、人間の独占物ではなかった。しかし、そうした反射と「法」とを、とくに後者を人間にまつわるものとして区別したがるひともいる（そうすることで、彼は無意識にすでにカントの側にいる）。そういう議論につけるには、《崇高》は苦く、そしてよい薬である。《崇高》とは、人間的な意味での法の破壊だからである。《崇高》は、ひとに沈黙を強いるものだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>批判哲学の基本は、分割することである。もともと、クリティークの語源となったギリシア語は、「分ける」という語から派生している。理性と感性の混同に端を発するアンチノミーの解決を目指すカントは、理性と感性を厳密に分割する悟性の能力を人間に付与し（悟性を演繹し）、さらに感性を悟性に従属させた（コペルニクス的転回）。</p>
<p>しかし、この哲学にまったく従わなかったひとつの能力があった。それが「判断力」である。人間の行為には、つねになんらかの判断力が働いていると考えられる。なぜなら彼は、あらゆる可能性のなかから、ただひとつの行為を選んでいるように見えるからである。しかし、この判断力は、なにしろ悟性に従っているとは思われない。というのも、どれほど悟性に過去の記憶を蓄えたひとであっても、また物事に対する明晰なカテゴリーをもっているひとであっても、さらにまた血のにじむ勉学を己に課してきたひとであっても、実践においてはいともあっけなく誤ってしまうことが多々あるからである。それは、知的エリートばかりのはずの日本の支配層がなぜここまで愚かな判断を繰り返すのか、ということと似ている。むしろ判断力は、経験が彼に蓄積させた諸々の記憶、そしてそれをもとに対象を同定する認識能力とは無関係であると考えざるを得ない。</p>
<p>もちろん、多くの場合、先述した「法」に従って、ひとは判断している。これを規定的判断という。だが、これはたんに判断を他に委ねているだけ（あるいは、悟性に従っているだけ）であって、実際には、彼は判断していない。むしろ本当に判断力が試されるのは、そうした規定が存在しない場合である。この場合は自己自身が判断を与えなければならない。これを反省的判断という。カントが注目するのはこの反省的判断である。</p>
<p>これがもっとも試されるのが、美（趣味判断）である。というのも、美的判断は、本性上、主観的でなければならないからである。たとえば、親に決められた結婚相手を、親に決められたという理由で美しいと感じるひとはいない。美的判断は、もっぱら主観に存する。したがって、客観的な合理性はその与件から排除すべきだろう。たとえば、この女性と街を歩けば鼻が高い、というような要素は美的判断とは関係がない。結局、厳密には、あらゆる「関心」は括弧に入れなければならない――すなわちカントのいう「裁判官を演じる」ような《無関心》が、美を鑑賞するためのもっとも適切なあり方となる。徹底して主観にこだわること、それによってのみ、この判断は普遍妥当性にたどりつく、という不思議な構想をカントは描いている。</p>
<p>こうした関心の排除、いわゆる現象学的判断中止は、よくよくみると、美を人間の側の判断力ではなく自然の側に認めるための努力である。つまり、美から人間的なものをはぎ取っていくことである。関心を排除し、より純粋な主観を抽出することと、普遍妥当性を得ることは矛盾しない。かくして、美的判断のために必要なことは、判断中止である、というアポリアにたどりつく。それは、美的判断の権利を自然に委ねることであり、したがって美を人間じみた手のなかから失わせることである。圧倒的な自然を前にした人間の判断能力の欠如と（かつては人間の判断力のものであったはずの）美の喪失、ここで出会うのが、《崇高》であるという。《崇高》の前で、彼は裁判官の職を失う。《崇高》は「無形式」であり「不快」であり、彼の「構想力」を絶してしまう（リオタールは「限界への侵犯」という）。《崇高》は、彼のそれまでの批判哲学を裏切って、本来の批判哲学が想定すべき超越論的な判断力の不在に直面させる。そればかりか、理性と悟性とを結合してしまう。</p>
<p>カントの三批判を総合的に評価すべきなのか、それとも第一批判、第二批判と順を追ってみていくのかによって意見は分かれるだろうが、すくなくとも『判断力批判』は、評価に値するものである。この哲学は、ここにきてはじめて実践的な境位を得たようにみえる。――しかし結局、この哲学が美にたどりつくことはなかったようにもみえる。美学をつくり、そして破壊し、その結果あらわれたのは美そのものではなく崇高であった。ここでは、美は一種の統整的理念に似た役割は果たしている。美を追い求めた結果、そこにたどりつく寸前で、それは自身の無能力とそれを圧倒する自然がもたらす崇高にとって代わるからである。この哲学は、自身の超越論的主観を破壊する瓦礫に出会う。ジンメルが言うような廃墟／崇高である。崇高は、ひとに沈黙を強いる。この哲学が教えるのは、言葉の無力である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、この議論は、表象不可能性というゼロ地点にむかって収束する。言葉はついには無力であり、あらゆる多様性をこのゼロが飲み込んでしまう。ここでは、芸術、すなわち多様なものの開花は期待できそうもない。われわれの世代は、もっと別種の哲学を必要としている。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>反脱構築――新しい芸術哲学のための前哨戦</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/philosophy/2313.html</link>
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		<pubDate>Fri, 06 Aug 2010 14:09:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Beethoven]]></category>
		<category><![CDATA[Derrida]]></category>
		<category><![CDATA[différance]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Sakae Osugi]]></category>

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		<description><![CDATA[ジャック・デリダの脱構築déconstructionについて、あるいはその主要な駆動装置となる差延différanceについて、いま、ひとはどのように考えているのか。２０世紀後半から今日に至るまで、これらの概念（デリダは [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ジャック・デリダの脱構築déconstructionについて、あるいはその主要な駆動装置となる差延différanceについて、いま、ひとはどのように考えているのか。２０世紀後半から今日に至るまで、これらの<del>概念</del>（デリダは、この「概念」という言葉に抹消線を付す）のアカデミズムの領域での世界的流布は、目を見張るものがある。わたしがこの概念に懐疑的なことは、多くの読者がご存知だろう。だが、かつてはわたしもこの概念に刺激を受けた人間のひとりだった。この概念ならざる概念について、ここでわたしなりに決着をつけておくことにする。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>音声を通じたコミュニケーションは自己同一的で直接的かつ純粋なものである、という音声中心主義を、デリダが批判したことはよく知られている。「自分が話すのを聞く」という円環は、きわめて自己同一的にみえるが、実際には、「話す自分」と「聞く自分」とのずれが生じている。これを、彼は差延と呼ぶ。</p>
<p>話す自分と聞く自分がつくる円環は、一種の自己相互作用である。音声は、周囲の空間を巻き込みながら、自分に帰ってくる。音声は周囲の空間を同一化しながら再帰する、といってもいい。発された声と自身が受け取った声とのあいだには相互作用、すなわち差延が生じている。周囲の空間を通過する過程で、音声は変化を被らざるをえない。にもかかわらず、この差延をひとは黙殺し、忘却する。黙殺し忘却することで、閉じた共同体が形成され、この暗黙の同意のもとで「概念」が成立する。つまり強引に各々の自己同一性が成立しているとみなす。近代がひとに要請する自己同一性とは、こうした差延を黙殺せよという命令にほかならない。</p>
<p>差延を自覚するのは容易ではない。だが、意識のなかにわずかにあるにちがいない記憶痕跡は、かつて話し、そして聞いたということを教えてくれるはずである。痕跡――つまりエクリチュールに、彼は可能性を見いだす。</p>
<p>そこでデリダの戦略は、次のようなものになる。あえて空間（テクストといってもいい）の内部に切り込み、いたるところに痕跡を見出し、エクリチュールをまき散らし（散種）、話す主体とそれが所属する空間のあいだに相互作用を起こさせ、差延を押し広げる。このようにして、脱構築は遂行される。</p>
<p>このデリダの戦略が、善良な意図で貫かれているのはあきらかである。しかしおそらく、この戦略を本気で実践しようとしたひとは、この世に存在しない。実践できないからである。その理由を以下に述べる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>差延になんらかの積極的な可能性を認めてみよう。そうすると、この概念は、とにかく自己および周囲の空間になんらかの現実的な作用を及ぼすのでなければならない。したがって、その力を認めなければならない。しかし、この相互作用の力を認めると、逆説的にこの概念は破綻する。厳密に考えると、この力は瞬間的に無限大に達するからである。自分の声が周囲の空間を変化させるとしよう。その変化を受けた声が自身に作用することで、自分もまた変化する。その変化はさらに声に影響し、その変化を受けた声がさらに周囲の空間を変化させる。その変化がさらに自分に再帰し……。</p>
<p>「自分が話すのを聞く」という円環を、社会に拡大してみよう。当然、ここでも差延は無限大になる。ある個人が社会に参入することで、自分は変化するが、社会も変化する。その社会の変化をさらに自分が被り、その自分の変化をさらに社会も被る。こうして差延の力は一瞬にして無限大に達し、バーストする。デリダが発見した自己再帰的な概念である差延は、原理的にいって、どう考えても無限大に達する。いくらわずかな差異とはいえ、それは次の瞬間には無限大に陥ってしまうのである。意図的に散種するかどうかとは無関係に、この概念は、発散してしまう。</p>
<p>しかし、そんなことはありえない。〈世界は有限だからである〉。実際、自己や社会がバーストするようなことは起こっていない以上、この差延の力は黙殺されるか忘却されているのだが、どのみち黙殺／忘却せざるをえないのである。わたしからすれば、この無限大を黙殺しているのは、ほかならぬデリダ自身である。彼は適当なところで差延を飼いならしている。</p>
<p>社会が個人を参入させても、その結果得られるはずの差延による変化は、生じた瞬間にどこかにアブソーブされている。自覚するか、しないかとは別に、日々、厖大な量の差延が発生しているにもかかわらず、なにも起こっていない。起こる気配もない。おそらく、どこかで、差延の無限大を吸収する装置が働いている。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>「自分が話すのを聞く」という円環は一度しか発生しないのではない。文章、語、音節にいたるまで、すべてを自分の耳が聴き続ける。そしてそのつど、この相互作用は蓄積されてますます巨大なものになっていく（実際、マジックメモよろしく、デリダは痕跡は消えないと言っていた）。ここで発生する差延を物理的に吸収しているのは、有限の身体、すなわち耳である。無限を有限が吸収できるわけがない。にもかかわらず、身体がバーストするようなことがないとすると、この思考法自体のどこかに誤りがある。</p>
<p>差延それ自体を全否定すべきだろうか？　おそらくそうすべきでないだろう。差延が発生しているのは確実である。「自分が話すのを聞く」ということは、どう考えても起こっている。ということは、ここで発生してしまうはずの無限大の力を、有限の社会や耳が吸収している、ということなのだろうか。有限は無限を吸収できると考えるべきなのだろうか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、もう一度もとに戻って考えてみよう。差延がもたらす無限にひとはどうやって対処しているのか。それは「黙殺」あるいは「忘却」することによってである。この黙殺や忘却に積極的な意味を認めてみよう。つまり実践としての黙殺や忘却がある、と考えてみよう。ところで、無限を吸収するためには、やはり無限の器が必要である。したがって、有限の器（耳）が吸収する、ということはありえない。もっとも合理的なのは、無限の力を生み出した力自身に無限を吸収させることである。</p>
<p>どこに無限があるか。それは精神、自意識である。ひとは、自意識（主体／実体substance）と空間（場所／形式form）とのあいだで発生している無限の差延を、自意識に再吸収させることで、キャンセル（ゼロに）している、と考えられる。これを、実践的な言い方で、「黙殺」する、あるいは「忘却」する、という。差延の運動とは、もともと自意識内部の葛藤にすぎない。したがって、差延は「黙殺」するか「忘却」するのが正しい。実践的にはそれしかできない。デリダが望むような脱構築は、原理的に発生しない。</p>
<p>ひとは、この無限の差延を、意識に捨てているのである。話すことによって生じるのが意識だとすれば、おそらく、自分の話を聞く際に生じているのが無意識であろう。デリダが推奨するように、本当に意識の差延を自覚しようとするひとがいるとしたら（つまり、無意識に捨てた差延を再び拾いなおすようなことをしたら）、ただちに差延は無限の弧を描いて彼を分裂病に至らしめるだろう。つまり、バーストしてしまう。この無限の力を侮ってはならない。それはおそらく死に至る病である。</p>
<p>顎と耳との距離が、「自分が話すのを聞く」というデリダの概念の有限な前提である。有限の身体によって、この差延は保証されている。しかし、デリダのいう<del>概念</del>としての差延はそういうものではない。顎で発生し、耳から抜けていく有限の差延は、テクストや共同体とはなんの関係もない。その一方で、無限の差延は、無限の自意識が再吸収して、本来はゼロになっている。</p>
<p>有限の声には有限の耳が対応し、無限の自意識は無限の自意識（のなかの無意識に相当する部分）が再吸収する。したがって有限の差延以外は発生していない。デリダの誤りは、有限の差延を無限の自意識と関係づけてしまったことである。この非対称を彼は可能性だと思ってしまった。また有限の差延を、無限の自意識が不当に黙殺していると勘違いしてしまった。しかし、無限を維持したまま有限の世界を往還することはできない。無限は、有限の世界では自動的にキャンセルされる。結局のところ、差延は、自覚しようがしまいが、自意識内部の葛藤以上のものではない。</p>
<p>付け加えておけば、おそらく主体とは、厳密には、差延の発生装置にして吸収装置である。というか、差延がはたらいているあいだ、ひとは自らを主体であると感じている。しかし、実践の段階では、主体もろとも、差延は消滅する。救いを求める声のなかに、差延は存在しない。</p>
<p>デリダの望むのとは逆に、差延の運動とは、《実践》とは真逆の、内面化のそれである。この運動の脅威は、個人であろうと社会であろうと、「主体」を形成し、かつ内面化し、そして縮小し崩壊する、そういう過程に自らを導くことである。いわば社会的分裂病の症候を示す。われわれは、差延の運動の外に出なければならない。</p>
<p>たとえば中上健次の文学の中心に位置すると考えられてきた「路地」は、デリダの脱構築にきわめて似通っている。しかし、この概念は、外部なき若者の奇怪な葛藤にすぎない。この路地（＝無限の世界）を捨て岬（＝有限の世界）に出ることによって、彼の小説は純文学の領域に到達する、とわたしは考える。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さらに抽象的な話になるが、ここで問題になるのは、「場」あるいは「空間」とはなにか、ということである（上記の問題はミンコフスキーがいうような空間把握Raumerfassen／空間体験Raumerlebnisの問題につながっている）。形式といってもいいし、形態といってもいい。ともかくその「場」を占める実体（実質／主体）とのあいだの相互作用を考慮に入れようとすると、どうしても無限が発生（発散）してしまう。実体は、ここでは「点」だからである。</p>
<p>点である以上、その場における位置を正確に測ろうとしても、その正確さを競えば競うほど、点は無限に遠ざかってしまう。その場を占める点は、場から無限に遠ざかっている、というおかしなことになってしまう。場あるいは形が有限な――すなわち具体的な「もの」であるのに対して、点は抽象的だからである。</p>
<p>場（形）は具体的なものである。したがってこれはひとまず取り除けない。そこで「点」という思考法を回避することが求められる。「点」をいかに具体的なものとして思考するか。さらにいえば、場とその場を埋める主体、という思考法そのものをいかに回避するか。</p>
<p>場は、社会に置き換えることができる。当然、社会を取り除くことはできない。したがって、社会を占めるアトムとしての個人、という概念を取り除かねばならない。そして結局、社会と個人、という思考法そのものが、問題ということになる。この一対には、合理的な解が存在しない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ヘーゲルが取り組んだのは、ある意味ではこの問題の解決である。ひとはいかにして社会のなかで個人となるか。彼はこれを弁証法という概念でごまかした――要するに、差延とその吸収という自意識内部のはたらきそれ自体を、現実の歴史とみなす精神主義的解決に逃げ込んでしまった（彼は一度外へ出ているのにまた内側に戻ってしまっている）。とはいえ、デリダと好一対をなすのはジョージ・ハーバート・ミードのような社会心理学であろう。自我と他我のあいだの自己相互作用のはてに自己同一性を獲得するという、やや楽観主義的な議論は、自己相互作用が同一性を破綻させるというデリダの議論のちょうど逆になっているが、やはり、自己相互作用の力を甘く見積もりすぎている。現実的には、ミードの想定するような自己同一化のプロセスは発生しない。場（社会）を前提とする個人は「点」だが、現実には、点は場と接点をもたないからである。</p>
<p>カントは、場（形態／時空間）を重視し、時空間をアプリオリとしてもつ有限の感性に依拠する科学の可能性を認めたひとである。だがその一方に無限を事とする理性を保存したため、無限と有限を区別する悟性の責任が極端に重くなった。彼は、いわば「点」を超越論的理念として受け入れようとしたが、点は場と究極的に接点をもたないし、結果としてその乖離を埋めるために、「考えることだけができる」物自体を設定せざるを得なくなる。いうなれば、神を殺しておきながら、その骸が揮発する寸前で宙づりにしてしまったのである。だが、原理的にいって、悟性に頼らずとも、無限を維持したまま有限の世界に渡ることはできない。したがって、必要なのは、本来、もっと別の問題構成だったはずである。すなわち、ひとの精神はいかにして、自身が生み出す無限を振り切りつつ、有限の実践世界を旅するのか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、芸術家は、徹底して、自己を表現しようとするひとである。この単純な思考法が、なにゆえラディカルでありうるのか。たとえば同世代のナポレオンとヘーゲルとベートーヴェンがいる。なにゆえ、この音楽家は彼らのうちでもっともラディカルに見えるのか。</p>
<p>芸術家は、社会（現代的な言い方をすると大衆）との相互作用という考え方を遠ざける。そしてむしろ社会を突きぬけて自然を見ようとする。ニュートンと戦ったゲーテや耳の聞こえないベートーヴェンは、それをもっともわかりやすく表現していたひとたちである。</p>
<p>ベートーヴェンは、デリダの言う「自分が話すのを聞く」ことができなかった。つまり、自分の声が周囲の空間を巻き込みながら耳に帰ってくる、という考えをもたなかった。徹底して、顎の振動としての自分の声を聞いていた。</p>
<p>なにゆえ、自己を表現する、というこの単純な思考法が、これほど困難であり、またなおかつラディカルなのか。それは、結局、無限を回避すること、自意識の葛藤を振り切ること、万人がうちに飼っている“デリダ”を捨て去ることを教えるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<blockquote><p>
われわれの自我の皮を、棄脱して行かなくてはならぬ。ついにわれわれの自我そのものの何にもなくなるまで、その皮を一枚一枚棄脱して行かなくてはならぬ。このゼロに達した時に、そしてそこから更に新しく出発した時に、はじめてわれわれの自我は、皮でない実ばかりの本当の生長を遂げて行く。
</p>
</blockquote>
<p>大正期のアナーキスト、大杉栄の言葉である。大杉のこの言葉は、自意識内部の意識と無意識とのぶつかりあいの結果、自意識そのものがキャンセルされることを教える。つまり、行為のための真空、ゼロこそ、精神の理想的な在り方であることを教える。</p>
<p>ニーチェの「噛み切れ！」もまた、ここで響いている。デリダの円環を断ち切ること。そうしてはじめて、ひとは、いかに表現するか、という唯一の問題を手にするのである。</p>
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		<title>二つの時間概念――純粋な現在とはなにか</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Jul 2010 06:24:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[aeon]]></category>
		<category><![CDATA[Derridianism]]></category>
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		<description><![CDATA[社会が悪いのではない、己が無力なだけだ……。社会に認められようともがく若者は、社会に貢献できていない現状を気に病みながら、社会ではなく己の才能が足りないのだというもっとも不愉快な解決法に満足せざるをえない。己が認められよ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>社会が悪いのではない、己が無力なだけだ……。社会に認められようともがく若者は、社会に貢献できていない現状を気に病みながら、社会ではなく己の才能が足りないのだというもっとも不愉快な解決法に満足せざるをえない。己が認められようと願う社会の劣悪を認めるなら、それこそ己の試みが無意味なものになるからである。</p>
<p>かくして社会は己の才能が足りないと考えている連中で埋め尽くされてゆく。だが、社会は無謬ではありえない。それは歴史が証明している。悪いのは本当に自分なのか。若者たちよ、こういう古い「社会主義」とはおさらばして、次のように考えてみよう――われわれは社会を認めていない。問題は、われわれが、社会を認めるかどうかだ。社会が己を認めるかどうかという発想は誤りなのだ。いま社会に参画している連中を支え尻拭いさせられるのは将来の若者だということを忘れてはならない。</p>
<p>もちろん、こうした解決法も万全ではない。この選択はひとに狂気の誹りと孤独とに耐えることを強いるからである。社会の外にいる孤独に耐えるのは容易なことではない。また、「社会」を否定しても、社交的な態度までは失ってはいけない。孤独を愛する勇気が、ひととの「社交」を受け容れる勇気を排除するのであってはならない。いずれにしても、社会の側が劣悪だとすればそちらはよくある集団的狂気だが、結局、どちらの狂気を選ぶのかという問いになる。</p>
<p>黄金時代はとうの昔に終わっていた。われわれはずっと残照を黄金と取り違えてきた。だが、いまや多くのひとたちが、それが残照に過ぎなかったことを知りつつある。なのにわれわれときたら、目前に迫る闇を恐れて残照にすがる選択肢以外思い浮かばない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>孤独を恐れてか、それとも社会を「脱構築」しようとしてか、若者たちはいう。わたしにあなた方の尻拭いをさせてください、あなた方が逃げ切るお手伝いをさせてください。大人たちはいう。いやいや、それには及ばない、われわれのやっている失敗に手を貸してくれるだけでかまわない……。かつての「脱構築」のよき意図は、失敗に失敗を重ねる《なし崩し》にとってかわる。とある哲学者――ジャック・デリダは言っていた。過去に汚染されていない純粋な「現在」などない、それは西欧形而上学の悪しき伝統であると。</p>
<p>すでに大人たちによって汚染された現在を若者たちは受け容れねばならない。若者たちは、ほとんど泣き寝入りに近い形で、甘んじてそれを受け容れている。かつて大人たちが、そのまた大人たちの汚染を受け容れたように（しかし本当は、上の上の世代は上の世代にできるかぎりの白紙を残そうとしたのだ――ただ、わたしの願いは戦火なしに第一世代を実現することである）。この哲学はこう言っているかのようだ、西欧形而上学の伝統を破壊するために、この汚染を受け容れてくれ、と。</p>
<p>しかし、ニーチェは言っていた。ひとはみな「第一世代」になるべきだ、と。第一世代とは、振り返ることをやめ、纏わりつく過去を振り払い「現在」を生きるひとたちである。歴史ではなく、汚れなき白紙に地図を書く世代である。ニーチェがそれを言う以上、簡単ではないが、可能である。過去に汚染されていない「現在」は、強い意志があれば、生じうる。かの哲学者は、ニーチェを褒めそやしながら、彼と逆のことを言っている。第一世代など存在しないということが、「起源」であり、「起源」を超える／「起源」なき「起源」だと、そう言っているのだ。いったい、どれだけ失敗を繰り返せば、自分たちこそ第一世代の人間と自覚する若者たちの時代が来るのだろうか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>世代について考えることは、時間について考えることである。デリダの哲学はほとんど正しい。「起源」は、多くの場合に虚偽であり権力を可能にする神話である。にもかかわらず、ニーチェのような「第一世代」への意志、要するに起源や根源の自覚が必要な場合がある。</p>
<p>起源を求める欲望が、かえって起源という思考の欺瞞、起源など理念にすぎないという認識をもたらすのはよくある「深い」話である。だが、欲望が認識を突き抜けて、自らを起源とみなす、もっとも「浅い」意志にまで成長することがある。ひとたび認識が意志にまで成長すると、現在が過去に汚染されているという思考法は、現在を生きるわれわれが、過去に責任を押し付ける怠慢にしか見えなくなる。</p>
<p>「理論」の根底が異なる二つの時間概念があるようだ。そしてデリダの哲学は、これら二つの時間概念の「ごちゃ混ぜ」である。実際、管見に触れたかぎり、古今東西、「理論」のタイプは二つしかなかった。声と文字である。理論とは、ロゴス＝言葉である。ひとは現実にこの二つの言葉を駆使して思考しており、これらの技術がもつ欲望にしたがって、思考は無意識のうちに規定されている。両者は、それぞれ異なる形でおたがいを欲望し、必要としている――声は文字のように現在に定着し続けることを欲望し、文字は声のように流れて消える現在（つまり過去）を欲望している。その意志に応じて、二つの時間概念が生じる。</p>
<p>なんらかの媒体に定着することで時間に抵抗し、たえず現在を占め続ける文字は、そのつど過去を隠しながら存在する。文字は過去を露わにしながら隠している。隠しそして露わにする過去と現在の共犯関係は、実際には文字の自作自演である。真の現在は、むしろ文字が取りこぼしたものであり、この取りこぼされたものが、真の過去を形成する。つまり本当に隠ぺいしているのは真の過去だが、文字は、本当はこの消え去る現在としての真の過去を欲望しているのである。この過去を、文字は「取りこぼす」あるいは「隠ぺいする」という形でしか、もっといえば「痕跡」の形でしか表現できない。したがって、文字は、起源に永久にたどりつけないにもかかわらず、起源を追い求めるほかない、そうしたやるせない技術なのである。真の過去にはどのみちたどり着けないのだから、ここでの「知」のあり方は、もっぱら〈黄昏どきの診断〉となる。こうした技術は、理念＝欲望を統整的なものとしてみせるが、統整的理念は、別の言い方で、《歴史》と呼ばれることがある。文字なしに歴史を思考することは困難だが、そもそも歴史的思考法それ自体が、文字に影響されている。文字と歴史は、同時に発生したのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>この理論の上では、デリダの議論は正当性をもつ。というより、この理論的根底にもとづくなら、デリダ以上の解は存在しない。文字こそが歴史の起源なのであり、突き詰めて言えば、文字痕跡より先に歴史的起源は存在しないのである。ただし、そこから先の深度に差はあれ、この地点に到達しているとみなしてよい哲学はほかにもいくつかある。カントやフロイト、柄谷行人などがそれである。</p>
<p>しかし、もっと別種の哲学がある。それが声の哲学である。声は、時間軸上のある一点しか占めることができず、現在と呼ばれる瞬間は原理的にほとんど訪れない。過去に汚染された現在という言い方はできない。現在がつねに流れ去っている以上、むしろ現在を定着させようとする努力の方が推奨される。声はもともと消え去るものであり、消え去る現在、すなわち過去にはほとんど価値がない。声は、もっぱら現在を欲望し、自身が過去になってしまわないよう、現在を追い越すことすら欲望している。つまり、次の現在がどのように流れるかを、あらかじめ予測しておかなければならない。そうでないと、声は容易に足元を掬われ過去に流されてしまう。ここでの知のあり方は、〈朝の予言〉である。ニーチェの言葉でいえば、「午前の哲学」である。文字の哲学において、それが欲望する流れ去った《現在》は、もはやたどりつけない統整的理念だが、声の哲学において、それが欲望する《現在》は、まれにたどりつくことはできるが、その次の瞬間に別のものに変わる、という類のものである。</p>
<p>要するに、声の哲学は、激流に耐え忍ぶ欄干のような努力を必要としている。ひとの努力の結果が文字として結晶したわけだが、結晶した瞬間に、別の時間概念、つまり文字の時間概念が発生する。声の時間概念は消失する。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>声の哲学そのものは、文字を遠ざけておらず、むしろ文字を欲望している。その一方で、文字の哲学は、声を〈たどりつけない〉理念として欲望している。したがって、結果的に、両者の混在は、文字の哲学に有利に働く。だが、それにもかかわらず、声の哲学はかならず文字の哲学を凌駕する。なぜか。</p>
<p>じつは、文字の時間がたえず現在を見せ続けると言ったとしても、実際には、文字が定着する媒体の消滅速度にしたがって、ゆっくりと過去に流れ去っている。つまり、文字のみせる現在は「観念」である。石板に刻まれた文字は、ひとの死を越えて残るがゆえに永遠を夢想させるが、当然、石板そのものは風化を免れえない。紙であろうがレコード盤であろうが燃えればそれで終わりである。そして実際、ローマの王政時代の歴史がそうであるように、歴史は、なによりこの燃焼によって、とりわけ戦火によって、たえず失われてきたのである。歴史を忘却の底に沈めてきたのは、なによりひとが味方につけたはずの炎である。そして現実にどうやって歴史が残されてきたのかといえば、媒体の不滅性ではなく、写本によってである。今日目にする聖書も古事記も写本であって、マスターは存在しない。「歴史を語り継ぐ」という言葉は比喩ではないのだ。いずれにしても、文字の哲学は、実際には、声の哲学によって内包されており、文字のみせる永遠はいかにも「観念」である。というか、文字の哲学それ自体が、現在を「観念化」する。両者は、一般に、自然（声）と文化（文字）の差異としてなじみ深いものであり、要は自然のほうが優位にある、ということである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ここにきて、はじめて、声と文字とを区別する必要がなくなる。というのも、文字は声と対立するのではなく、声の遅延であることがわかるからである。文字は、声とは別の速度をもった、一種の声なのだ。</p>
<p>イェルムスレウの言理学の不思議な主張の正しさは、ここではっきりする。ソシュールは文字を声の補助物にすぎないといって自身の言語学から排除し、声を優先的に取り扱ったが、師ソシュールの教えの結論部分に従うなら、かえって文字も声と同様に取り扱うべきなのである。声帯をあつかう器械音声学があるのなら、ペンや筆をあつかう器械書字学があってもよいのだ。デリダのようにソシュールを反転して文字の優位を主張するのはやりすぎであり、跨ぐべきでない理論的根底を不当に横断することになってしまう。声と文字を反転させるためには、それらが対立しているという観点が不可欠だが、文字もまたいずれ消え去る以上、両者の対立は結局維持できないし、そもそも、消える、消えない、という対立自体が、「人間」の寿命を前提した偽の対立だからである。消え去る宿命をもった声の哲学はもとより万能ではありえないが、声の劣位と文字の優位を語ることは、声のもつよき意図をも抹消してしまう。たとえば、自分の話すのを聞く、という円環は、自分の書いたものを読む、という形で起こっているのであり、こうした現前の共同体から文字だけが逃れているなどということはありえない（わたしに言わせれば、自分が話すのを聞く、というこの問題はむしろ記憶痕跡の問題であって、音声中心主義ではなく、内なるエクリチュール中心主義の問題であると思う）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>声の優位が明らかである以上、むしろわれわれは、究極的には純粋な現在というものを意志せねばならないということである。だが、本質的に声の世界を生きているわれわれには、たえず過ぎ去る現在に身を任せているだけでは、現在――「今」はついに訪れない。</p>
<p>途上で、文字に助けを借りるさまざまな迂回、激流をなだめる遅延が必要ではあるかもしれない。しかし、そのことが、声の哲学を忘れさせることであってはならない。写真に残しておけばよい、紙に書いておけばよい、現在を定着させるのは簡単なことだ、という思考は、声の哲学を忘れて文字の哲学に、つまり観念に逃避しているだけである。</p>
<p>純粋な現在への意志、すなわちわれわれこそ「第一世代」であるという気概、要するに「今」、それは、エクリチュールの魔法を振り切ったときに、かならず現われる。わたしはそのことを確信している。ひとは、「今」を渇望しなければならないし、またそのようにしか生きられないのである。</p>
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		<title>懐疑と数学、存在についての私論</title>
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		<pubDate>Fri, 14 May 2010 18:26:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「懐疑」とはなにか――。自分のみている女性が、知っているあの女性ではないかもしれぬと考える。表象と概念の分離といっても、対象と表象の分離といっても同じことだが、とにかく一対であるべき両者が分離するということ、それが、「懐疑」の始まりである。</p>
<p>たとえば「魔女裁判」は、この分離なしにはありえない。彼女が人間の表象をもつにもかかわらず、魔女だとしたら？　それは神がつくり保証する概念と表象の一致に、根本的な誤謬が発生していることを意味する。もちろん疑念は、最初に女性に向かう。この女性が魔女かどうかは、じつは問題ではない。むしろ、その疑いを招いていることが、魔性なのである。この疑念自体が、神が保証する一致に対する反逆だからだ。疑わしいという、ただそのことが、罪なのだ。だからこそ、彼女は暴力的な裁判に、しかもはじめから断罪されることが定められた裁判にかけられねばならない。</p>
<p>トマス・アクィナスに従うかぎり（またあえてカントの用語を使って言えば）、神は悟性的な存在である。感性によってものを感覚する人間とは根本的に異なり、神は〈悟性によって感覚する〉。人間がある表象にまちがった概念を与えてしまうのは、人間が感覚に頼っているからだ。だが神はちがう。神は感性をもたない。したがって、神において、概念それ自体が存在である。神は「神」であるがゆえに全能の存在なのであって、全能だから神なのではない。完全に演繹的な存在である。だとしたら、なにゆえ神は魔女などを生み出したのだろうか。そんなことをするなんて、〈あなた〉は、言われているほどに神なのだろうか？</p>
<p>彼女が魔女ではないと証明することは、原理的に不可能である。この懐疑は一度はじまってしまったら、同じ論理的基盤を保持するかぎり、二度と取り除くことができない。なぜなら、証明という行為それ自体が表象と概念の一致を前提しているからである。結局、女はすべて怪しい。しかし、この猜疑は神にも向かう。この不可解な女を作ったのは神だからだ。もしかしたら、この「神」は、神ではないかもしれぬ。「神」が全能ではない、ただそれだけで、「神」は疑うに足る。「神」が神でないのなら、いったいひとはなにを信じたらよいのだろうか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>「“もの”がある」、とはいったいどういうことだろうか。なぜひとは、具体的であっても雑多な表象を超えて、抽象的な“もの”を思考することができるのだろうか。この概念は、概念と表象の差異、つまり上述の「懐疑」なしにはありえない。概念はいつも表象を尽くさないし、表象はいつも対象を尽くさない。カントは、これこそが“もの”の源泉であると考えた。この差異、この残余こそが、“もの”である。これらが一致しているかぎり、“もの”は生じようがない。</p>
<p>カントにしたがうなら、もの自体を生み出すのは、むしろ表象に概念を与える悟性の側である。そのことを彼は、アプリオリに“もの”がある、という言い方をする。逆説的な言い方で、「もの自体は、ただ悟性によって考えることだけができる」という。だが、実際には、不完全な悟性、不完全な概念こそが、対象を“もの”に変えるのだ。感覚（だけ）がまちがうという言い方はできない。まちがうのはどちらかといえば悟性である。というのも、感覚は悟性に従うからだ（認識は対象に先立つ）。感覚が悟性に従う、とはどういうことか。それはもちろん、感覚の正否を悟性があらかじめ定められた基準＝カテゴリーにしたがって判断するということだが、感覚はじつはつねに-すでに悟性に依拠している。そのため、悟性が理解しうるものが感覚とされ、悟性が理解できないものは超感覚的な“もの”と判断される、ということになるしかない。</p>
<p>したがって、カントにおいて、「“もの”がある」、すなわち存在は、感性的な実在とは区別される。実在が肉の側に割り振られているとすれば（一般にはこちらを「もの」と呼んでいるが）、“もの”あるいは存在は、実在を超えたもの、すなわち超感性的なものであり、ネガティヴな仕方でしか現われないものである。</p>
<p>この点でいうと、悟性は懐疑しない。悟性は疑うことなく表象を認識の裁断にかける。たんにカテゴリーに従って感覚的なものと超感覚的なものを区別していくだけである。懐疑は概念と表象の差異が生み出す帰結だが、この差異、すなわち超感覚的なものがなんらかのイメージと結びつくとき、それは理性と呼ばれる。たとえば神は超感覚的なものだが、これを髭の生えた巨人に代理表象させる、のは理性がおこなうことである。あるいは、悟性におけるカテゴリーの篩（ふるい）が残余として生み出す超感覚的なものが懐疑によって取り出されるとして、それは全体として理性のはたらきであり、短縮されて理性と呼ばれる。したがって、懐疑を行うのは理性ということになるが、やはり、現実には悟性が理性に先立っている。悟性に蓄積されたイメージにもとづいて、神を表象するからであるし、あるいはそもそも超感覚的なものは、（感性と一体のものとしての）悟性が取り逃がす残余だからである。だから、“もの”は悟性の生み出す残余だが、その残余自体は理性においてイメージされる。</p>
<p>こういう考え方は、たしかに「魔女裁判」を無用のものにする。表象と概念の差異が発生するのは、むしろ自分の貧弱な悟性（あるいは認識）のせいだからだ。この女が魔女であるか否か、それはむしろ、科学、とりわけ自然科学上の認識論的な課題なのだ。カントは、かくして、審判としての学問という考え方を提起した。カント以来、学問は一種の裁判の形式をとるようになった。またその一方で、というよりはこちらのほうがカントにとってははるかに主要なテーマだが、概念と表象の差異こそが、むしろ神の源泉となるだろう。概念と表象の差異のおかげで、ひとは神の存在を疑うに至ったのだが、その差異、すなわち懐疑がなければ、いったいどこに神がいるというのか。概念と表象とが一致するというのなら、なぜわれわれは神の姿を見ることができないのか。なぜ神は受肉を必要とするのか。もとより超感覚的な神を思考できるとすれば、その思考は感覚を通過したものであってはならないだろう。感覚を通過せずに訪れた概念だけが、神と呼ぶに値するのだし、また悟性が取り逃がした“もの”だけが、神の可能性をもつのである。こうした感性-悟性の残余、学問が作り上げた知的文脈を超えてある他者、思考するといっても想像するといっても大差ないこの他者、これが神である。神とは、懐疑の別の名なのであり、またそうであるがゆえにこそ、神は存在するのである。カントはいうだろう。彼女が疑わしいといっても、だからといって魔女とはかぎらない、われわれの認識が未熟なのかもしれない……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、それより前の時代のデカルトの（のちにスピノザに、さらにはハイデガーを介してフーコーによって拡張される）解決方法は、すこし違ったものであったように思われる。というのも、彼ももちろん神の存在を示そうとした点でカントと同様だが、「懐疑」にとどまったのではなく、これを乗り越えてしまったからである。「われ思う、ゆえにわれあり」という命題は、完全にポジティヴなものであり、存在についてのカントのイロニカルなスタイル、「もの（＝存在）は考えることができるだけだ」とは異なる。彼はどうやって表象と概念の不一致を乗り越えたのか。</p>
<p>注目すべきは、彼における三つの要素である。ひとつはコギト、もうひとつは神の証明、そしてもうひとつは解析幾何学である。この三つの要素はすべて同じものの異なる表現であり、これらを切り離して考えることはできない。</p>
<p>彼は“もの”を「延長」と呼ぶ。それは彼が証明したと信じた三つの存在のうちのひとつであり、「われ（コギト）」、「神」と並列される。つまり、彼はカントのように実在と存在を質的に区別していない。感性的要素（延長）と理性的要素（われ、あるいは神）は同じ平面上に展開されている。したがって、「在る」は、この同じ平面に展開されることを指すのであり、「われ在り」が可能なら、自動的に神や延長の「在り」も可能になる。カント的にいえば感覚的に存在する延長と、超感覚的に存在するはずの神とのあいだに、存在論上のちがいはない。</p>
<p>表象と概念の差異に対するカントの解決方法とのちがいを強調していえば、こういうことだ。デカルトは、表象-概念の二重構造そのものを破棄した。延長（つまり表象）と「われ」や「神」（つまり概念）は、存在するという観点からいえばいずれも同じである。だから表象と概念を区別する必要はない。それこそが「コギト」、すなわち「われ思うゆえにわれあり」である。「われ思う」ということと「われあり」とのあいだには、じつは〈深い〉差はないのだ。しかし、神もまた延長やわれと同じく表象であるなら、神はいかなる表象をもつのか？　デカルトがじつはやり残していた問いを継承したのはスピノザである。彼が「われ思うゆえにわれあり」を「われは思惟しつつ在る」に翻訳したとき、彼は、概念が思惟されるということと、ものが在るということが、デカルトにおいて同一平面上で行われていることを正しく理解していた。したがって、神も表象をもつ。神の表象とは、この世界そのもののことである。神はもの＝延長と同様に存在する。彼らはいうだろう。彼女は、魔女ではない、みるがいい、彼女は美しい女ではないか、一体どこに魔女がいるというのか……。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>一般に、数学はものとものとの「関係」を扱うものとされている。たとえば柄谷行人はこう言っている。</p>
<blockquote><p>数学を量的なものと見なす考えを捨てないといけない。数学は本来的に「関係」を扱う学問です。量はその一つにすぎない。</p>
<p>…特に数学的思考というべきものはない。「関係」を考えることなら、すべて数学的である。言語体系も政治的組織も精神病理も、それが関係の形態であるかぎり、数学的に扱えます。</p>
<p>…プラトンは、「関係」は、感覚的なものと区別されるイデアとして、イデア界に在ると考えたわけです。今そんなふうに考える人はいないけれども、この区別そのものは残ります。「関係」は、物があるというのと違ったふうに、存在する。あるいは、それは無であるともいえます。なぜなら、それはどこにも存在しないからです。</p>
<p class="post-r">柄谷行人「なぜ数学か」</p>
</blockquote>
<p>たしかにプラトンは数学や幾何学を自身のイデア論にとって不可欠のものと強調していた。だが、イデアの世界と現実の世界について、前者は後者より美しく、後者はその模倣であるためにいくらか美しさを欠くとは言っているが、それが感覚的なものと区別されるとは全然言っていない。その差はあくまで強度的なものであって、質的なものではない。いずれも〈感覚的に美しい〉ものである。柄谷は数学が「関係」を扱うという自説を補強するためにデカルトも引き合いに出しているが、「われ」「もの（延長）」「神」を同じ「在り」のなかに展開するデカルトが、数学をそれらの「在り」とは区別しているとしたら、一体彼は、いかにして幾何学上の点を数に置き換えることができたのだろうか。数は、柄谷がいうように、「われ」とも「神」とも「延長」ともちがう、特別な存在の仕方をしていると、デカルトは考えていたのだろうか。</p>
<p>さらにいえば、現実のデカルトは、磁力や重力のように、離れているもの同士のあいだに働く遠隔力という考え方を怪しげなものとして拒絶したひとである（したがってニュートンの万有引力の法則は、当時絶大な影響力を誇ったデカルト主義に対する最初の有効な批判のひとつだった）。つまり、“もの”と“もの”のあいだの「関係」という思考はデカルトには見当たらず、“もの”と“もの”のあいだの作用はすべて「衝突Impact」によって説明される。</p>
<p>こうした要素を突き詰めて考えてみよう。私見によれば、むしろ、デカルトの発見は次の点にある。すなわち、数は、そもそも“もの”を扱う。というより、数は、対象を“もの”化する。それゆえ、幾何学上の点（すなわち延長）を数に置き換えても、まったく問題が発生しない。幾何学は、とくにエジプトやギリシアにおいて測量術から発展しているように、もともと現実を扱う、実用的な学問である。それに対して数学はとくにピタゴラスと結びつき、音楽に結びつけられるかぎりでは現実的なものだったが、そうでない場合はより神秘的な（カルト的な）学問だった。この両者の区別は、あきらかに表象の有無に依存している。すなわち、前者は物質的・実在的だが、後者は精神的・存在的とみなされている。デカルトが解析幾何学で乗り越えたのは、この境界である。つまり、より現実的な点や線（＝「延長」）は、より非現実的とみなされる数と変わらないのであって、それは、延長とわれや神とが並列されるように、同じ平面上に展開されているのである。コギトなしには、解析幾何学は可能にならないのだ。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ハイデガーが指摘するように、「道具」は、ひとが石を矢じりとして使うときにはじめて具体的な道具となる、というようにして、一挙に現われる。そうでなければいつまでたってもただの石であり、さらにいえば、人間と関係しない限り、「石」でさえない。プラトン風に翻訳するなら、ある石を矢じりとして用いることが可能であるなら、その石は矢じりのイデアを持っていたということである。また、これらの矢じりを“もの”である、と考えたとすれば、それは、この矢じりを数えるときである。３つの矢じりを数えるとき、そこにはすでに抽象的な思考がはたらいている。矢じりのイデアにもとづいて、それらをひとつふたつと数えるとき、それらを抽象的な“もの”として扱っているのである。このように、イデアには運動的なものと数学的なものとの二種類があるのであって、かならずしも後者とだけ結びついているのではないし、関係ならばすべて数学的だということにもならない。道具的な関係というものもある。農夫が鋤で土地を耕すとき、彼はまちがいなく鋤と関係をもっているが、それが数学的な関係にあるなどということはとうてい不可能である。むしろ、固く乾いた土を掘り起こすために、汗をながして金属片のついた木の棒を振り上げるという、そのことが、彼と鋤とを道具的な関係として取り結ぶのである。</p>
<p>いずれにしても、数学が行うのは、対象を“もの”化することである。３つの矢じりという思考法は、具体的な矢じりを“もの”に抽象化する。逆に、道具的な思考法は、抽象化されたこの３つの矢じりに、再び具体性を与えるだろう。つまり、道具的な思考法が出来事にかかわるとすれば、数学は存在に、とりわけ“もの”にかかわる（といっても、数が序数であるかぎり、出来事の一変種であるが）。“もの”は、カントのように表象と概念のずれが生み出すのではなく、具体的な対象、たとえば矢じりを数えるときに発生する。数学は、ひとに対象を“もの”として把握することを教えるのだ。だから、デカルトに従うかぎり、表象（ここでは幾何学）と概念（ここでは数学）のとりもつ「関係」の向こう側に、わざわざ「もの自体」を設定する必然性はない。むしろ、ある表象が数と関係するとき、その関係が、“もの”である。数学と幾何学とを結びつける解析幾何学とは、“もの”の発生過程の特異な表現、というかスタイルであり、なおかつプラトンのイデア論の正統な拡張である。</p>
<p>この意味では、「関係」という観念、表象を欠いたこのカント的・ヘーゲル的観念は、数学とは別のものである。構造主義の難点も、数学の使用法にある。数学的に取り出された構造を具体的な“もの”と遊離した「関係」とみなすことが、この学問に閉塞をもたらす。むしろ、そうした構造は、ユニークな序数として現実に存在していると考えほうがよい。たとえば生まれたばかりの赤ん坊が、トポロジックに母親を二つの穴（目）のある形として捉えたからといって、母親が存在していないと言うことなどできないのと同じことである。現実に、赤ん坊にとって、母親は二つの穴のある形として存在するし、彼が（無意識にとはいえ）表象と概念を認識論的に区別しているなどと考える必然性はどこにもない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>幾何学上の点を数に置き換えることが可能であるということ、この不思議な事態はなにを意味しているのだろうか。この奇妙な思考の跡をたどっていくと、スピノザにたどりつくことはすでに述べた。さらにこの先をたどると、ハイデガーを批判的に継承したフーコーに突き当たる。というのも、フーコーは、テクスト上のいくつかの点を、実際上の出来事に置き換え可能なものと考えていたことが明白だからである。彼は、この奇妙な点を「言表」と呼び、これをひとが思いもよらぬ突飛な出来事と結びつける斜線を至る所に引いて回っていた。わたしには、フーコーは、この点では彼が批判したデカルトによく似ているように思われるのだ<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。おそらく、出来事の学はこの方向にしかないし、わたしはそれを、たぶん《文学》と言っているのだろう……。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note">
<a name="n01" href="#p01">(1)</a> むろん、デカルトとフーコーの差異には注意しておかねばならない。デカルトはコギトから解析幾何学へと至るプロセスのなかで、あらゆる事象を数学的に（≒客観的に）把握する「普遍数学」を試みたことがよく知られている。この点に注目するなら、彼の議論には、プラトンに存在していた運動のイデアを欠いていることになるし、それをハイデガー＝フーコーとの差異として強調することができる。それは、比喩的にいえば基数と序数の差異を強調することである。だが、古典主義時代に注目するフーコーは、「普遍数学」の可能性を知っていたからこそ、その難点を的確に指摘できたと考えなければならない。柄谷のように、「関係」を離れて“もの”があるかのようなカント的な議論とデカルトの数学を混同するくらいなら、フーコーとの共通点を主張したほうがデカルトあるいは数学の理解として精確であると思われる。
</li>
</ul>
<p><div class="post-rl">
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</div></p>
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		<title>文体について――蛇とQ・E・D（ラフ）</title>
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		<pubDate>Wed, 05 May 2010 17:23:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Hideo Kobayashi]]></category>
		<category><![CDATA[mimesis or mimesis of mimesis]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Spinoza]]></category>
		<category><![CDATA[style]]></category>

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		<description><![CDATA[小林秀雄は、かつて「どんなに正確な論理的表現も、厳密に言へば畢竟文体の問題に過ぎない」（『Xへの手紙』）と語り、文学の本質を文体に求めていた。当然、芸術の本質は「フォーム（姿）」（「美を求める心」）にあると考えられた。文 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>小林秀雄は、かつて「どんなに正確な論理的表現も、厳密に言へば畢竟文体の問題に過ぎない」（『Xへの手紙』）と語り、文学の本質を文体に求めていた。当然、芸術の本質は「フォーム（姿）」（「美を求める心」）にあると考えられた。文体とは、もちろん言語芸術のまとう「姿」を意味する。</p>
<p>ところで、「意味する」とは、どういう状況を指して言われるのか。「意味する」は、主語と述語、ここでは「文体」と「姿」の共通性を指摘する語である。したがって、こう言い換えることは自然である。すなわち、《文体と姿とは似ている》。</p>
<p>スピノザは言っている。</p>
<blockquote><p><b>定理三</b>　相互に共通点を有しない物は、その一が他の原因たることができない。<br /><b>証明</b>　もしそれらの物が相互に共通点を有しないなら、それはまた（公理五により）相互に他から認識されることができない、したがって（公理四により）その一が他の原因たることができない。Q・E・D・</p>
<p class="post-r">スピノザ『エチカ』（上）、畠中尚志訳、岩波文庫</p>
</blockquote>
<p>ここで言及されている公理四、および五は以下の通りである。「四　結果の認識は原因の認識に依存しかつこれを含む」、「五　たがいに共通点を持たないものはまたたがいに他から認識されることができない。すなわち一方の概念は他方の概念を含まない」。したがって、「意味する」という語を「似ている」という語に置き換えることは正当性をもつように思われる。というのも、似ている、という語は、一方に原因を、そして他方に結果をもつことが確実だからである。スピノザは定理一で「実体は本性上その変状に先立つ」とも言っていたが、「意味する」あるいは「似ている」という語には、一方から他方への「変状」をも認めることができるだろう。小林は「言葉の姿と言つても、眼に見える活字の恰好ではない。諸君の心に直かに映ずる姿です」（「美を求める心」）と言った。にもかかわらず、「意味する」という言葉は表面から表面への移行、あるいは変状を意味するものであることに、小林は同意するだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、「意味する」という語が語と語の変状ではなく屈折や格納として機能するなら、この話は極端に異なった様相を呈する。屈折も格納も、ここでは同じように機能する。すなわち、述語が主語の内部に隠されてしまい、「似ている」という観点は維持できなくなる。述語はここでは隠れており、表象をもたない。述語が内面に隠されている以上、表面から表面への移行という観点は取りようがなく（模倣論はとれない）、異なる二つの語がつくる構造が問題となる。ここでは、主語は述語によって暗黙かつ適度に限界づけられており（それでも、というよりはそれゆえに「解釈」の余地は残されているが）、一方が他方の概念を含むというよりは、一方は他方によって否定されている。つまり「似ている」というよりは「偽」という観点が必要となる。</p>
<p>芸術家にとって、「似せる（模倣する）」ということと「偽物をつくる（虚構を作る）」ということは、日本語の音が示すとおり同じ実践を指している。だが、その他のひとびとにとって、とりわけ学問にかかわる人間には、両者は峻烈に対立していると考えられるだろう。というのも、一方にはリアリティが、他方には虚構性が賭けられているからである。とくにベンヤミンの指摘するような複製技術の時代には、《同じ物を作ることが可能である》という偽の同意が受け容れられている以上、両者の差異は大きくなろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スピノザの定理三およびその証明を疑うことは簡単である。たとえば現実のスピノザに対して「スピノザ」と呼びかけたときのことを想起すればよい。現実のスピノザは「スピノザ」という呼びかけに対する原因を含んでいるだろうか。スピノザと「スピノザ」は相互に共通点を有しているのだろうか。そうではない、たんにスピノザと呼ばれうるユダヤ人が、「スピノザ」という名前に同意したというにすぎず、べつに彼はデカルトともマルクスとも呼ばれてもよかったはずである。あるいはスピノザという人物が二人いて、その二人がまったく共通点をもたなかったとしても、二人ともが振り返る可能性をもつだろう。つまり、スピノザと「スピノザ」の関係はあくまで偶然であって、そこに原因から結果へと至る必然性を見つけ出すのはむずかしい。スピノザと「スピノザ」は結びついていない。そこにあるのは「認識」というよりは暗黙の同意である。だからどうしてもスピノザと「スピノザ」を結びつけるラングのような別の媒介項や入れ子構造を想定したくなる。現実と結びついていない「スピノザ」は真ではない、偽であり虚構である。……かくして、因果律は、特殊な契約によって成立するものとなる。すなわち、「わたしが『スピノザ』であること」に同意を与えるもうひとりの私が可能にするものである。「スピノザ」とスピノザ、そしてもうひとりの名指されざるわたし、あるいはX。</p>
<p>しかし、にもかかわらずスピノザは決然とこう述べる。「これが証明されるべきことであったQuod Erat Demonstrandum」。換言すれば、“これ以上この問いにかかわる必要はない、スピノザとは「スピノザ」の原因である、あるいは「スピノザ」はスピノザを意味する、さあ、次へ行こう”、というわけだ。超越論的統覚Xを破砕するかにみえるこの不思議な言明は、いったいなにを意味しているのだろうか。あるいは、なんの比喩なのだろうか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>同じことを、ニーチェは次のように表現している。</p>
<blockquote><p>そしてまことに、そこに見いだしたのは、いまだかつてわたしが見たことのないものだった。一人の若い牧人、それがのたうち、あえぎ、痙攣し、顔をひきつらせているのを、わたしは見た。その口からは黒い蛇が重たげに垂れている。<br />これほど吐気と蒼白の恐怖とが一つの顔に現われているのを、わたしはかつて見たことがなかった。かれはおそらく眠っていたのだろう。そこへ蛇が来て、かれの喉に這いこみ――しっかりとそこに噛みついたのだ。<br />わたしの手はその蛇をつかんで引いた――また引いた。――むだだった。わたしの手は蛇を喉から引きずり出すことができなかった。と、わたしのなかから絶叫がほとばしった。「噛め、噛め。<br />蛇の頭を噛み切れ。噛め！」――そうわたしのなかからほとばしる絶叫があった。わたしの恐怖、憎しみ、吐気、憐憫、わたしの善心、悪心の一切が、一つの絶叫となって、わたしのなかからほとばしった。――<br />君たち、敢為な探求者、探検者よ、またおよそ狡猾な帆をあげて恐ろしい海に乗り出したことのある者たちよ。君たち、謎を喜びとする者たちよ。<br />さあ、わたしがそのとき見たものは何の比喩か。いつの日か来るに相違ないこの者は何びとなのか。<br />このように蛇に喉を犯された牧人はだれなのか。このように最も重いもの、最も黒いものの一切が喉に這いこむであろう人間はだれなのか。</p>
<p class="post-r">『ツァラトゥストゥラ』手塚富雄訳、中公文庫</p>
</blockquote>
<p>牧人に噛みついていた蛇は、牧人の精神である。重く黒いこの精神は、こう考えている、「ほんとうは、わたしは『牧人』などではない」……。ただただXとして振る舞うもうひとりの名指されざるわたしがいる。呼びかけのなかでいつもそれを拒絶しているもうひとりの暗いわたしがいる。それはわたしが隠しもっている「意味」である。だが、ニーチェはその蛇を「噛み切れ」という、あるいはスピノザは謎めいた言葉でいう、「Q．E．D．」と。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>小林秀雄は言っている。</p>
<blockquote><p>美しいと思ふことは、物の美しい姿を感じる事です。美を求める心とは、物の美しい姿を求める心です。絵だけが姿を見せるのではない。音楽は音の姿を耳に伝へます。文学の姿は、心が感じます。だから、姿とは、さういふ意味合ひの言葉で、ただ普通に言ふ物の形とか、恰好とかいふことではない。あの人は、姿のいい人だ、とか、様子のいい人だとか言ひますが、それは、ただ、その人の姿勢が正しいとか、恰好のいい体附をしてゐるとかいふ意味ではないでせう。その人の優しい心や、人柄も含めて、姿がいいといふのでせう。絵や音楽や詩の姿とは、さういふ意味の姿です。姿がそのまま、これを創り出した人の心を語つてゐるのです。</p>
<p class="post-r">「美を求める心」1957年</p>
</blockquote>
<p>若い頃、Xへの絶縁状を書いた小林は、戦後に至り、「心」こそが「姿」（＝フォーム）だと言っている。つまり、ニーチェの言う「蛇」とはちがう、フォームとしての心、すなわち表面としての心があることを指摘している。肉体も精神も、あるいは言葉も意味も、すべてが表面上のドラマである。もはや問題は表面＝表現にしかない。とはいえ、なにを表現するべきなのか、という問いもよくない。この問いは重い精神を呼び寄せ、表現の層をレトリックのレベルに偽装してしまう。われわれは、結局、ひとつしか目的をもたない。だから、問題は、なにを表現すべきか、という問いが招くレトリックの水準を離れて《いかに表現するか》、ただそれだけなのである。言葉の「姿」、すなわち文体。逆に言えば、「蛇」としての精神を噛み切ったときにはじめて、われわれは自身の文体に出会う。したがって、文体は、よけいなものを削り取ったときに現われるものであり、希少なものである。たとえば超人。あるいは、Q．E．D．</p>
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		<title>コーラー</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 13:31:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Derrida]]></category>
		<category><![CDATA[lie and fiction]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[oblivion]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>
		<category><![CDATA[Sokrates]]></category>

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		<description><![CDATA[わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしはプラトンの『パイドン』を、若い頃から愛していた。この感動的なテクストは、次のように始まる。処刑が決まったものの、ちょうどデロス島で行なわれる祭礼と重なったために、執行が延期になり、ソクラテスは牢獄でいくらか余命を保つことができた。彼は牢獄に閉じ込められて以来、詩を書くようになったという。そのことを不思議に思ったパイドンたちは、牢獄で毒を仰ぐ当の処刑の日に訪れ、なぜかと問いただした。そこでソクラテスは彼らに驚くべきことを語った。</p>
<blockquote>
<p>これまでの生涯において、しばしば同じ夢が僕を訪れたのだが、それは、その時々に違った姿をしてはいたが、いつも同じことを言うのだった。『ソクラテス、文芸（ムーシケー）を作りなし、それを業とせよ』。そして、僕は以前には、僕がずっとしてきたことをこの夢が僕に勧め命じているのだ、と思っていた。ちょうど走者に人々が声援を送るように、この夢は僕に、僕がまさにし続けてきたことを文芸をなすこととして激励しているのだ、と。なぜなら、僕は、哲学こそ最高の文芸であり、僕はそれをしているのだ、と考えていたからだ。しかし、いまや裁判も終わり、神の祭が僕の死を妨げている間に、僕はこう思ったのだ。もしかしてあの夢は通俗的な意味での文芸をなすようにと僕に命じているのかもしれない。それなら、その夢に逆らうことなく、僕はそれをしなければならない、と。なぜなら、夢に従って詩を作り聖なる義務を果たしてからこの世を立ち去る方が、より安全であるからだ。こうして、先ず、僕は現にその祭が行なわれていた神アポロンへの賛歌を作ったのだ。それから、神への賛歌を後で僕は考えた。詩人というものは、もし本当に詩人〔作る人、ポイエーテース〕であろうとするなら、ロゴス〔真実を語る言論〕ではなくてミュトス〔創作物語〕を作らなければならない、と。</p>
<p class="post-r">岩波文庫、岩田靖夫訳、20ページ</p>
</blockquote>
<p>驚くべき、というのは、齢七〇を超えてまだ矍鑠たるこの老人が、死を前にして、知的な探究心を一切失っていなかったことであり、それまでの生涯を否定しかねない夢の解釈に彼自身が達したとしても、飽くことなく、しかもいけしゃあしゃあと、ムーシケーを実践していたことである（わたしは、プラトンのソクラテスの描写は、モデルにされた師自身がどういう感想をもっていたかとは無関係に、きわめて史的に忠実であると考えている――それは、グールドのバッハ演奏にとてもよく似ている）。真理を司るロゴスから、虚構を司るミュトスへ――裁判が真理にまつわるものであるかぎり、この移行はさまざまなことを示唆してくれるが、そもそも彼は、アテナイ人たちに、《真理》を蔑ろにし若者を扇動する《虚構》をでっち上げたことが、死刑に値すると審判されたのだった。ここにあるのは、ロゴスへの絶望や挫折だろうか。しかし、そういう表現が許されるためには、ソクラテスが、それまでロゴスに底なしの信頼を置いていたことが証明されねばならない。だが、この抜け目ない男がそんな迂闊なことをするとは思われないし、この事例そのものが、ロゴス中心主義の存在を反証している、と考えるべきだ。絶望や挫折といった陰鬱な解釈は、ヨーロッパの人間に任せておこう。むしろわれわれは、死を前にしてなお、軽快に踵を返して行なわれたロゴスからミュトスへの跳躍、弟子たちをさえ欺く彼の舞踏に感嘆する。彼には、ロゴスよりももっと重大なことがあった――それが《哲学》であり、そして《文芸ムーシケー》だったのである。ロゴスやミュトスは、その手段にすぎない。わたしは彼とプラトンに、西欧形而上学に伝統のロゴス中心主義、などというものを感じることができないでいる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、さらにパイドンたちに、死後の世界がどのようなものかを、滔々と語る。われわれの世界は、真の世界の窪地にすぎない――画家たちは、真の世界の色の見本を使って、世界を描いている――真の世界においては「この地の色よりも遥かに明るく輝き、より純粋」で――「ある部分は驚くばかりに美しい深紫色であり、他の部分は金色、白いかぎりの部分は白亜や雪よりも白く、同様にその他いろいろな色から成り、それらの色はわれわれが見知っているかぎりの色よりも数も多く、より美しい」。</p>
<p>この世界の外側に広がる真の色彩。ソクラテスによれば、優れた画家たちは、この真の色彩を用いる業をもっているのだという。そして嘆きの河コキュートスや炎の河ピュリフレゲトーンの流れる、恐るべき冥府についても言葉を重ねてゆく。語り終えたあと、ソクラテスは次のような悲劇的な台詞を吐露する。</p>
<blockquote>
<p>さて、地下世界に関する以上の話が僕が述べた通りにそのままある、と確信をもって主張することは、理性（ロゴス）をもつ人に相応しくはないだろう。だが、魂がたしかに不死であることは明らかなのだから、われわれの魂とその住処についてなにかこのようなことがある、と考えるのは適切でもあるし、そのような考えに身を托して危険を冒すことには価値がある、と僕には思われる。――なぜなら、この危険は美しいのだから――</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスは、悲しみに暮れ、彼の死後のことを案じるクリトンに、ソクラテスの痕跡をたどるべきではなく、自己にのみ配慮すべきことを述べ、そして「微笑して」こう答えることも忘れていない。「いいかね、善きクリトンよ、言葉を正しく使わないということはそれ自体として誤謬であるばかりではなくて、魂になにか害悪を及ぼすのだ。さあ、元気を出すのだ。そして、僕の体を埋葬するのだ、と言いたまえ」。こうしてソクラテスは、真理――すなわちロゴスに対しても目配りをしながら、毒を仰いで死ぬ。</p>
<p>嘘はたしかに魂を汚しもする。だが、現状の規定的な真理のために、嘘を恐れ、未来の美を諦めることがあってはならないだろう。というか、ソクラテスにおいて、《美》は、不確かで未規定な未来における《真理》を約束する予言であり指針なのである。ここでは、真と美は、複雑に絡み合っている。ギリシア人は、ミュトスとロゴスを区別できなかった、などという碩学ポール・ヴェーヌのいうような非難はあまり生産的とはいえない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ソクラテスは、プラトンの兄グラウコンに対して、『国家』のなかで次のような物語を聞かせている。アルメニオスの子、勇者エルは、戦場で最期を遂げた。だが、屍は十日経っても腐らず、十二日目に生き返った。彼は、その間に冥界で体験したさまざまな奇妙な出来事を語った。オデュッセウスや大アイアスが、オルペウスやアタランテが、ふたたびこの世に生まれ変わる輪廻転生の物語である。彼らの魂は最後に、レーテーの野において、忘却の河の水を飲む。そこで、冥界や生前の記憶は綺麗さっぱり忘れてしまう。この忘却を、ソクラテスは否定していない。というのも、次のように語っているからである。</p>
<blockquote>
<p>このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ。もしわれわれがこの物語を信じるならば、それはまた、われわれを救うことになるだろう。そしてわれわれは、〈忘却の河〉をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう。……</p>
<p class="post-r">岩波文庫、藤澤令夫訳、372ページ</p>
</blockquote>
<p>ソクラテスの目論見は、輪廻転生を信じさせることである。ここから次のような問題が生じる――転生があり、したがって滅びがないにもかかわらず、なぜ《始まり》があるのか。物語（始まりと終わりが必ずある）があるにもかかわらず、それは滅びることがない、ということが矛盾でないとすれば、一体どうしてそれが可能なのか。このカラクリにおいて、もっとも重要な役割を果たすのが、レーテーの野に流れる放念の河の水を飲むこと、すなわち《忘却》である。原初には、忘却がある――かくして、不滅性と始まりとが同時に実現可能となる。ソクラテスにおいて、忘却はかくも重要なのである。したがって、たとえば『パイドロス』において、文字を記憶の術ではなくて、魂に忘れっぽい性質を植えつける想起の術としたことをもって、ただちに文字技術を軽視する音声中心主義を見てとるのはむずかしい（むろん、ソクラテス‐プラトンたちに音声中心主義的思考は確実にあるのだが）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ジャック・デリダに、『コーラ プラトンの場』と呼ばれる書物がある。『ティマイオス』において語られた《コーラー》を論じたものである。コーラーとは、ヘシオドスの『神統記』のなかで歌われた、あらゆるものの起源、原初であるカオスを〈抽象化〉した、《場》の概念である。ヘシオドスにおいても、カオス（混沌）とはすでにカスマ（空隙）でもあった。したがって、混沌は空隙を、空隙は場すなわちコーラーの概念を呼び覚ます。おそらくは意図的かつ戦略的に（？）迂回に継ぐ迂回を重ねた結果、コーラーがなにものであるかを名指さなかったデリダに反して、わたしは、これをはっきり名指すべきだと考える。コーラーという〈始まりの概念〉は、むしろ正しく《忘却》と結びついているように思われる。というか、コーラーを《忘却》と呼んだとしても、〈なにかを名指ししたことにはならない〉のだから、回りくどいことをしないで、端的に翻訳すればよいのである。そもそも、ソクラテスもそれを“コーラーkhora”と名指しているのだから。それは、たしかに、なにかいわく言い難いものである。ロゴス（叡知的）でもないし、ミュトス（感性的）でもない。真理でもなく、虚構でもない。ソクラテスのいう「第三の類」としての、忘却。それは、永劫と始まりとを同時に実現する。</p>
<p>人間の力の側からいえば、ロゴスは記憶力の範疇に属し、ミュトスは想像力の範疇に属す。そしてコーラーは忘却の力に属し、それらは想起の概念によって結び合わされている。そして、想起し難いものを想起しようとするとき、われわれは、間違いなく、先にあげた三つの概念――混沌カオスから、空隙カスマへ、そして場コーラーへ――を遡行していく。われわれは、なにかであるにもかかわらず、なにかによって言い表せない《それ》を、忘却と呼んでいるはずである。忘却は、かならずこの回路を通って発見される。デリダは、この概念が哲学の外にあると指摘し、この概念の手前で足踏みしたように見える。というか、飛越すべき境界線の上で、なにかの勘違いで綱渡りをしていたようにしか見えない。だが、ソクラテスは、そうはしなかった。それは、哲学の限界ではなく、哲学に課せられた、哲学が超えるべき境界線である。ロゴスからミュトスのあいだに走る亀裂、カスマ＝カオスを軽やかに渡り、そして跳躍するためには、それらの実践を可能にするより広い概念、すなわち《場（コーラー）》の概念がなければならない。ソクラテスの哲学は、まさにここに根ざすことなく根ざしているのである。忘却の手前で足踏みし、それをはっきりと哲学の限界に仕立てあげ、皮肉にも、そして正しくもその哲学をダニエル・リベスキンドの「ベルリン・ユダヤ博物館」に結び付けてしまった彼の〈躊躇〉を超えて、勇敢なソクラテスの哲学は、〈《忘却》から始まる〉のである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ニーチェは『曙光』において、こう言っていた。</p>
<blockquote>
<p>忘却。――忘却が存在するということは、まだ証明されていない。われわれが知っていることはただ、回想ということはわれわれの力の及ぶところではない、ということだけである。さしあたってわれわれは、われわれの力のこの割れ目にあの「忘却」という言葉を置いた。あたかも能力がもうひとつ登録されたかのように。しかし結局のところ何がわれわれの力の及ぶところだろう！　――あの言葉がわれわれの力の割れ目に位置するとすれば、それ以外の言葉は、われわれの力に関するわれわれの知識の割れ目に位置するのではないだろうか？</p>
</blockquote>
<p>ニーチェは、正しく、忘却を「亀裂」と、すなわちカスマ＝カオスと呼んでいる。忘却とは、この亀裂を可能にする場であると同時にこの場を満たすなにかを意味する（したがって、場は混沌へと回帰する）。さらに、ニーチェは、「生に対する歴史の利害について」において、プラトンの『国家』について、次のように語っていた。</p>
<blockquote>
<p>プラトンは、彼の新しい社会の第一の世代は強力なやむをえざる嘘〔永遠につづく、完全な国家があるという〕の助けによって教育されることが必要だと考えた。…このやむをえざる真理のなかでわれわれの第一の世代は教育されなくてはならぬ。…</p>
</blockquote>
<p>輪廻転生を確信し、そうであるがゆえに原因の鎖列に囚われたソクラテス‐プラトン的な人間像において、《第一世代》を実現するためのもっとも重要な概念が、《忘却》であり、そしてそこから生じる嘘、ポイエーシス（生成）を実現するデミウルゴス（創造神）のもたらす、ミュトス＝虚構である。なぜわれわれは、人類の創生にエピメテウスという忘却の神を必要としたのか。ヘシオドスたちの伝える人類創生の神話ほど、快活な笑いに満ちているものはない。人間を過信する兄プロメテウスと、動物に味方する弟エピメテウス――品と位に満ちた、二人の兄弟の神話。『神統記』、それは神の賛歌に名を借りた、忘却する人間の礼賛なのである。アテナイ民主制崩壊のなか、ロゴスに溢れ、《批判》が機能しなくなった世界において、新たな創造を担うのは、これまでずっと創造を事としてきた芸術以外にはありえない。「やむをえざる嘘」――「この危険は美しい」――齢七十を超えてまだ先へ先へと突き進んでいたソクラテスが到達した頂点、それは《文芸ムーシケー》だった。</p>
<div class="post-rl">
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		<title>忘却の系譜学</title>
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		<pubDate>Sat, 30 Jan 2010 12:46:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
		<category><![CDATA[Arts of Extinction]]></category>
		<category><![CDATA[différen(t/c)iation]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Nihilism/Nothingness/Vacuum]]></category>
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		<description><![CDATA[ニーチェは、『楽しい科学』のなかで、「忘却の音楽」について語っていた。たしか、彼はそこで、芸術を二つに分類していたはずだ（不確かな書きかたをするのは、いま手許にこの本がないから。今月二度目の満月の光を浴びながら、これを書 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ニーチェは、『楽しい科学』のなかで、「忘却の音楽」について語っていた。たしか、彼はそこで、芸術を二つに分類していたはずだ（不確かな書きかたをするのは、いま手許にこの本がないから。今月二度目の満月の光を浴びながら、これを書いている）。作者が観客を起点として作りあげるものと、ただ独白に終わるもの。望ましいのは、前者ではなく、後者である。</p>
<p>ニーチェは、たとえ一見独白ではあっても、神との対話において作られるものは、前者（観客の視線を前提したもの）に含めている。神の視線を精神のうちに拵えているかぎり、それは観客を起点とするものとなんら変わりはない。結局、彼は独白のために必要な孤独を知らないのである。だからニーチェは、徹底した不信心が生まれた近代において、はじめてこの分割が可能になったことを指摘していた。神に回収されることなき真の独白は、稀有なものである。おそらく前者には、ナルシシズムも含まれるだろう。ナルシシストによって極限まで超越化された自己は、神に等しいからである。というか、観客の視線を前提したものは、じつは、ナルシシズムの範疇に含まれる、といったほうがよいのかもしれない。観客がどう思うかなど、究極的にはわからないからである。それは、精神のうちに拵えあげられた神と同種の不確かさをもっている。ナルシシストにとって、作者としての自己は、超越的な自己をみつめる観客なのである。結局、はじめから世界を求めて行なわれる芸術には、多かれ少なかれナルシシズムが含まれている。したがって、もっともすばらしい芸術は、ただ独白であるような芸術である。そうした芸術は、あえて世界を忘却しているのだと、ニーチェはいう。忘却の音楽、それが、独白芸術の中心であると、ニーチェはいう。</p>
<p>ニーチェの分類を展開してみよう。われわれは、ここに、二つのタイプの世界喪失をみることができる。ひとつは、世界を求めるあまり、自己の鏡像、すなわち〈記憶のなかの他者〉を観客に投影した芸術。もうひとつは、世界（観客）をはじめから忘却することで、観客の向こうの〈世界に向かって〉語る芸術である。この芸術家は、どちらを選んでも、世界を忘却することになる。だがすくなくとも、神なしに語ろうとする後者の行なう忘却は、あきらかにポジティヴである。他人の力を借りることなく、自身の力で芸術を創造する。忘却は、けっして「欠失」などではない。われわれは、両の手に、記憶の世界と、忘却の世界という、二つの世界を手にしているのである。「忘却の音楽」は、記憶の世界からわれわれを遠ざけるかわりに、忘却の世界を手にすることを許す。それもまた、世界である。記憶の向こう側にひろがる、忘却の世界。そこはおそらく、彼岸であり、言葉の真の意味で《外》である。思うに忘却とは、きわめて不思議なものである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレール（彼の本も、いま手許にない。部屋に忘れてきてしまった）は、プロメテウス、エピメテウス兄弟の古い神話を紐解く。神々は、地上に、人間を含む動物を作り出した。兄プロメテウスは、動物どもに武器や衣服を分配する役目を仰せつかる。兄は弟にその仕事を任せ、自分はそれを検査する役に回った。この愚鈍な弟が仕事を終えたとき、人間にはすっかり武器や衣服を分配することを忘れていた。そこで一計を案じた兄は、へパイストスから火を、アテナからそれを用いる知恵を盗み出し、これを代わりに与えたという。スティグレールが注目するのは、火や言葉などの〈技術〉が、愚鈍なエピメテウスの「欠失」に依存していたことであり、この「欠失」を起源として、二本足の毛のない動物――これはプラトンの人間の定義である――は、いわゆる《人間》となった、という点である。</p>
<p>彼は、哲学にとってもっとも重要なのは、《技術》だという。技術がきわめて重要なものであることは論を待たない。火しかり、文字しかり、これら技術がなければ、ひとはひととしての能力を十全に発揮できなかっただろう。だが、スティグレールがいいたいのはそういうことではない。技術を哲学する、とはこういうことだ――《技術》を、人間の存在論的な「欠失」そのものとして読み解くことであり、したがって、存在論的・時間的差異としての技術の哲学は、人間そのものの解体や脱構築を目論んでいる。</p>
<p>スティグレールによれば、プラトン以来の西欧形而上学は、こうした意味での技術を見過ごしてきたという。ここには、技術に刻み込まれた「欠失」の欠失、二重の忘却がある。人間は、この「欠失」を忘却することなしには、欠如態を脱出し、実定的（ポジティヴ）な意味での人間となることができない。デリダの音声中心主義批判を受け容れるなら、文字痕跡――これも技術である――に先立たれることなしにはありえないとされる音声中心主義の広まりは、まさにこの二重の忘却が存在していることの証左であろう。しかも、スティグレールによるなら、技術は、文字が典型であるように、全体として、それ自体が記憶を司るものである。というのも、技術は、時間を圧縮するか、あるいは同じものを再現するかして、記憶‐想起と同じはたらきを行なうからである。にもかかわらず、プラトンは、ヘルメス＝トトによってもたらされた文字の技術を、忘却に属するものとして、彼が最重要視した《想起》の術から取り除いた（『パイドロス』）。だが、《想起》もまた、疎外された技術に先立たれることなしには不可能であるとするなら、やはり、ここにもまた、二重の忘却があることになる。</p>
<p>かくして、スティグレールは、プラトン以来の西欧形而上学を批判する権利を得ることになる。ハイデガーからデリダに至る系譜の哲学者にみられるこうした《自己批判》は、ハイデガーの時代ならまだしも、われわれにはほとんど無用の代物だとわたしは思う。哲学史を全否定できれば楽しかろうが、わたしはもっと生産的な響きを歴史に求めたい。また、彼がプラトンを読解した際に行なった脱構築的手法も揚げ足を取るようで、あまり好みではない（ほとんどの場合、脱構築が作品の解体のために取り出す作者の無意識は、作者には意図的なものであると思う――というか、すぐれた作家は、無意識や忘却を、むしろ自分の責任で使用することを好むのであり、なにがなんでも無意識を無意識のままに回収しようとするものである）。人間を解体する、という点で共感はするが、そもそも、技術について、人間について、そして忘却について、ニーチェの徒であるわたしはこうした見方をとらない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>カント以来、近代の哲学には、二つの系譜があるように思われる。ひとつは、忘却に抵抗する哲学であり、もうひとつは、忘却を取り込んだ哲学である。《忘却》という概念は、きわめて照準をあわせるのが困難なものである。というのも、それは、一種の裂け目であり、割れ目であり、その本質からして表象を伴わないものと考えられているからである。したがって、この二つの系譜のちがいはなかなか顕在的にはならなかったのだ。だが、おそらく、この隠された系譜は、はっきりと区別される。カントやフロイト、アーレントやデリダ、そしていま話題に上っているスティグレールは、前者に属する。彼らはより確固たる記憶のうえに自身の哲学を構築し、そのあとで、ネガティヴな忘却に抵抗するか、より高次の記憶のためにこれを受け容れるかする。したがって、忘却は、この哲学の内部では、基本的にネガティヴな意味合いをもつ。その一方、ニーチェやベンヤミン、フーコーやドゥルーズは後者に属する。忘却に抵抗しようとする前者の努力には、心の底から敬服するが、後者はそうしたところからは、すこしだけずれている。彼らは、はじめから記憶が忘却を伴わないかぎり存在しないという、このパラドックスの上に哲学を構築した。忘却と記憶はあくまで連続的なものとして、カップルとして把握される。忘却は時と場合に応じて、記憶同様にポジティヴかつ生産的な意味合いをもつことがある。彼らは、記憶忘却、双方に対して、中立な姿勢を崩さない。彼らの哲学は、〈ここからはじまる〉。</p>
<p>忘却は表象を伴わないといった。だが、ニーチェの系譜に属する哲学からすると、むしろ忘却こそ、表象を伴うのである。忘却が表象を伴うとき、それはほとんどの場合、怪物の姿をまとう。たとえば、人間に目が二つあることを忘れてしまったひとは、それをひとつや三つにするだろう。人間の下半身がどんな姿だったか忘れた者は、それを馬や魚の姿に描くかもしれない。なにもかも忘れてしまったひとは、きっとほとんど液体と変わらぬような軟体動物を思い描くだろう。すぐれた芸術家は、この忘却を意図的に使用することができる。たとえば、プルーストが発見した「無意志的記憶」とは、まさに文学者が住まう〈忘れられた〉土地である。この土地は豊かである。というのも、芸術は、ここでのみ、花開くからである。彼らは、怪物の代わりに、美しい妖精を思い描く。</p>
<p>スティグレールは、忘却に先立たれることなしに、記憶は存在することはなかったという。それはそのとおりである。だが、忘却は「欠失」ではない。忘却は豊かである。さきにみたように、ここは、あらゆるものが生まれ出る《真空》である。『国家』におけるソクラテスの言葉にならっていえば、忘却は、穢れなき魂の新たなる再生のために、必要なものである。ナーガールジュナに非‐認識論的に従っていえば、色彩は、この《真空》から生まれ出る。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、人間とはなにか、それも技術にかかわるかぎりでの人間は、どういった点でほかの動物と、あるいは自然と区別されるのか。スティグレールがいうように、技術は、とりわけ記憶に関わっている。それはたしかである。炎を実現可能なものにする木切れとその技術は、人間にとって偶発的な出来事でしかなかった炎を、再現可能なものにする。木切れには、一回限りの出来事の記憶が詰め込まれていて、木切れの道具としての使用は、この記憶を再現する。つまり複製する。</p>
<p>しかし、この技術は、いまだ人間的なものとはいえない。炎になんらかの象徴的な意味合いがあることはたしかだとしても、依然として、この技術は自然に属している。偶然に起こった山火事と、木切れの燃焼とのあいだには、結果においてなんら違いはない。意図的に燃やされたのか、そうでないかにしか違いはないし、そもそも、そのような意図に自然は頓着しない。したがって、この技術には、火の想起があるが、同時に忘却がある。生まれ、そして消え去るこの技術は、そのかぎりで、自然に属している。技術が自然から乖離するためには、文字の発明を待たねばならない。というのも、文字は、その本質からいって、消えないからである。</p>
<p>むろん、文字もまた、その他の現象同様に、本来は消え去るものである。たとえば、ひとの肌に刻まれたタトゥーは、肉体の分解速度に応じて消え去る。石盤に刻まれた文字も、石盤の分解速度に応じて消え去る。消えない、という夢想をひとに抱かせる権利は、どうして生じるのか。文字痕跡を残した主体の寿命を超えて残る、ということによってである。痕跡を残した主体の死後も、消え去らない痕跡があるとすれば、それはある観点からいって、消えないといわれる権利を持つ。ここには、万物の起源を人間に置くプロタゴラス風の人間中心主義がある。</p>
<p>消え去る速度が早いか遅いかの違いしかない声と文字を、人間の寿命を規準に、消える消えないという観点から区別するとき、はじめて、この技術は人間的なものとなる（消滅についてのスティグレールの考察は、余計なことをしているとしか考えられない）。だがもちろん、同時に、この技術は自然にも属している。けっして、スティグレールのいうような人間の「欠失」の埋め合わせなどではなく、たんにポジティヴな面をもっている。その点について、まず簡単に説明しておこう。文字は、その他の動植物の行なう技術的行為と比較すれば、圧倒的なポテンシャルを秘めたものである。というのも、その他の動植物は、自身の外部に、ここまで長期的に保存される痕跡を残すことができないからである。その他の動植物は、胎内で交わされる言葉である遺伝子に頼るほかない。したがって、進化（差異化）の可能性は、まさに種が引き継がれる瞬間にしか訪れない。しかし、人間は違う。読み読まれる文字を実現することによって、時空間的な限界を超えたのである。たしかに、声（口伝）もまた、差異化の機会を増やしはしたが、あくまで加算的であった（ここでは詳しくは触れないが、声には、とりわけ主体にかかわるさまざまな制約が顕在化している）。だが時空をこえて読み継がれる文字によって、差異化の機会は圧倒的に、累乗的に増大した。人間は、書物を生み出す。自然史の内部に《歴史》を実現し、自身の王国を作り上げるほどに、この技術は驚異的だったのである。</p>
<p>しかし、この技術が圧倒的な差異化を生み出すためには、ひとつ条件がある。自然に属するかぎりで、この技術を使用することである。すなわち、遺伝子同様、言葉を引き継いだ瞬間に前の言葉は喪失し（忘却され）、新たにすぐれた差異を実現した言葉がこれを塗り替えなければならない。そうでなければ、差異化は実現せず、せいぜいオリジナルの解釈であるとか誤読であるとかで終わってしまうからである。こうなると、親と子が別々の個体であることがむずかしくなってしまう。残念ながら、文字は、往々にして、差異化ではなく、解釈の対象になってしまうし、親が子に優越する結果さえ生まれてしまう。子はたんなる親のヴァリエーションに過ぎず、個に種が優越してしまう。なぜか。消えないからである。自然界でつねに発揮されている《忘却》がなくなってしまうのである。文字がサトゥルヌス（クロノス）的な禍々しさを発揮するのは、このときである。我が子を喰らう悲劇的な力を、文字は有する。文字は、〈記憶することしかできなくなる〉。……</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>要するに、エピメテウス＝忘却の存在喪失が、忘却の忘却が、つまり単独で生じる記憶が（忘却の忘却は記憶であって、スティグレールのいうような忘却の二重性は生まれないように思われる）、文字技術を人間的なものにしたのである。スティグレールは「動物的均衡」からの「隔たり」として、人間を捉える。エピメテウスの忘却によって、人間は消えゆく者となり、動物的均衡を失ったというのである。だが、消えゆくという規定は、自然あるいは動物のものである。不死や永遠こそ人間的なものである。エピメテウスは、むしろ、人間に動物性を回復させる者であり、〈自身をつねに第一世代と考える人物〉である。「エピメテウスの過失」によって炎と知恵とが与えられたとしても、それは、まだその他の動物に比して質的な飛躍を可能にするのではなかったと考えるべきだ（不用意な言い方を許してもらえれば――文字を持たなかったアイヌなどをみればそれは一目瞭然であろう）。また、歴史的時間が可能になるのは、エピメテウスが先立つかぎりで、プロメテウス的な知が起動する場合だが、過去と現在の対称性にもとづく歴史的時間は、エピメテウスによって再度破られるのである。ともあれ、動物は観衆に向かって話したりしない。エピメテウスもまた、観衆に向かって話したりなどしない。愚鈍な彼は、それが誰かなど忘れてしまうからだ。エピメテウスは、相手が誰かなど、覚えていない。〈彼らはいつも、世界に対して独白する〉。言った後で、相手が誰だったかは、きっと思い出す。人間が技術の観点からその他の動物と区別されるとすれば、愚鈍というよりは動物を贔屓しているだけかもしれないエピメテウスを、「欠失」などという言葉で蔑む人間の視線そのものによってである。動物のよき伴侶であるエピメテウスが可能にするのは、技術ではない。むしろ芸術である。彼は、《希望の神》という側面をもっていることを、忘れてはならない。すべてを先んじて知る兄プロメテウスが、弟の愚鈍さを知らないはずはなかった。それでもなお、兄は弟に重大なものを託すのをやめなかった。動物を愛する弟のためなら、窃盗さえ厭わなかった。弟の忘却は織り込みずみであるはずの兄にとって、窃盗は予定されていた行為である。この窃盗に、罪の意識や負い目などまったくない。</p>
<p>文字が、忘却を否定する消滅不可能な特性においてただちに使用されたわけではない。《想起》に力点が置かれているかぎり、記憶が忘却に優越する状況は完璧に回避できる。兄弟は、まだ仲良く手を取り合っていたのだ。スティグレールの指摘するように、ソクラテスは、奴隷少年に《想起》させる際に、文字を使用している。だが、重要なことは、それが砂の上に書かれたことである。砂の上に描かれた文字は、簡単に消すことができる。デリダのいうような痕跡など残らないのは確実である。その点で、この技術の使用法は、声と変わらない自然さを有しているのである（雨の日にはいつもそわそわしている犬のマーキングと違いはない）。ギリシア悲劇や哲学は、文字技術の陥る悲劇を回避するためにわれわれに与えられた警鐘であると理解される。また、マーシャル・マクルーハンの指摘するような前近代の写本文化は、速度のゆったりした口伝であると考えることができる点で、古代の《想起》技術の範疇に属していたし、活字技術ができたとしても、紙などの媒体が大量生産されないかぎりは、そこまで大きな変革が起こるわけではない。</p>
<p>やはり問題は、紙の大量生産である。《人間》は、もっと最近の発明だと、フーコーは言った。世界大戦などをやらかした近代的《人間》の罪を、古代人にまで遡って着せるようなやりかたは、すべきではないと考える。ギリシア人の明朗さ、プロメテウスの罪にまで品と位を与える彼らの快活さは、陰鬱な近代にはなかったものだ。ともあれ、この大量生産は、つかのま、爆発的な差異化の力を生み出した。だが、年月を重ねるにつれ、奇妙なことが明らかになっていった。言葉が、つねに燃え残っている……。痕跡や灰がたえず存在し、動物としての人間につきまとう。みよ、痕跡や灰が、傷や炎に先行している……！　カントやヘーゲルが、そして資本主義がほくそえむ。それでこそ人間だと、彼らはいう。新しい芸術が、新しい哲学が生まれたとしても、アーカイヴズを刷新するのではなく、付け加えることしかできなくなる。われわれの生の帰結としてアーカイヴズが残されるのではなく、われわれはアーカイヴ化された生をより巨大なアーカイヴズに付け加えていくだけなのだ。主語を、ひとびとは古文書にあずけてしまったのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、オリジナルなものをみることはほとんどなくなってしまった。すべてはすでに起こったことの繰り返しなのだ。新しいことなど、なにひとつ起こらない。出来事など、どこにもない。オリジナルへの意志など、もはやなくなっている。真にオリジナル＝固有なものは、オリジナル＝根源への意志なしには生まれえない。無限につづくいまここ、すなわちアーカイヴズにこれだけ埋もれていれば、歴史を求める必要などありはしない。歴史の必要などほとんどないほどに、われわれは、ニーチェのいう「歴史病」に犯されている。だが、今日、歴史のうちに根源を求めるひとだけが、真にオリジナルなものを実現できると、わたしは思う。たとえば、ジャン＝リュック・ゴダールのように。</p>
<p>その点で、今日のインターネットの世界には、もちろん可能性がある。とくにわたしが注目するのは、消滅を基本とするＲＡＭ的な技術である。よくいわれるように、コンピューターの歴史において、画期をなすのは、自ら忘れることのできる記憶装置、ＲＡＭの発明である。ハードディスクなどの大量記憶装置にまつわる技術は、忘却＝洪水を塞き止めはするが、完全に防ぐことはできない巨大なダムのようなものである。したがって、カントの悟性同様、一種の遅延装置であると理解される（「バックアップ」を取ることほど、馬鹿馬鹿しい気分にさせてくれるものはすくない――バックアップなど取らないことを推奨する）。いずれにしても、重要なことは、アーカイヴ化を逃れる可能性があるか否かである。われわれは、この方向で、この技術を使用しなければならない。つまり、文字を声のように使用しなければならない。〈新しい言文一致運動が必要だ〉。この点ではおおいに勝ち目がある。というのも、インターネットの世界は、基本的に生成変化しているからである。これほどアーカイヴ化に反しているものは、今日見当たらないほどである。</p>
<p>しかし、今日、インターネットの世界を跋扈しているのは、まさに逆の発想からこれを使用するひとたちであるようにみえる。古い時代の最後の世代が、ネット社会を歓迎しながら、文字技術を人間の世界につなぎとめている。独白のための技術が、観客のために用いられている。征服は、始まって久しい。われわれはむしろ、忘却を回復せねばならないのに、その美しい使用法を知らないのである。……</p>
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		<title>時の結晶―パーン・ホ・メガス・テトウネーケIV</title>
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		<pubDate>Sat, 05 Sep 2009 17:07:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[アレゴリーから小説へ。文学の歩みにおけるその日付を明示したのは鬼才ホルヘ・ルイス・ボルヘスである。彼は言う。
アレゴリーから小説へ、種から個へ、実在論から唯名論へ――この推移は数世紀を要した。しかも、わたしはあえてその理 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アレゴリーから小説へ。文学の歩みにおけるその日付を明示したのは鬼才ホルヘ・ルイス・ボルヘスである。彼は言う。</p>
<blockquote><p>アレゴリーから小説へ、種から個へ、実在論から唯名論へ――この推移は数世紀を要した。しかも、わたしはあえてその理想の日付を示唆してみたい。その日とはジェフリ・チョーサーがボッカチオの一行を英語に翻訳した一三八二年のあの日のことだ。…ボッカチオの&#8217;E congli occulti ferri i Tradimenti.&#8217;(「そして《裏切り》は鉄器を隠しもち」)を次のように翻訳した――&#8217;The smyler with ther knyf under the cloke.&#8217;(「男は外套の下に短刀を隠してほくそ笑み」)。</p>
<p class="post-r">　「アレゴリーから小説へ」(1949年)、中村健二訳</p>
</blockquote>
<p>アレゴリーから小説へ。言い換えれば、観念がひとを躍らせるのか、それとも、ひとが観念を躍らせるのか。こうした変化を、ボルヘスがやったように、歴史上のひとびとの歩みのうちに見いだすことができる。小説を礼賛しようとするボルヘスの意図をいったん離れ、これを《主体化》作用として読み解いてみよう。</p>
<p>《主体化》の作用には、彼のいうとおり数世紀の時が必要であった。鉱物、たとえば鉄や水晶について考えてみる。ある種の核と媒質が交換を繰り返し、地中奥深くで結晶化作用を遂げ、ついには鉄や水晶となるように、ヨーロッパの最果てで起こったこの結晶化作用は、まさにひとを主体へと変容させた。この結晶化作用に必要な数世紀とは、歴史家がときに《中世》と呼ぶものでもある。はじめはゲルマン人に、次にイスラム教徒によって、ユーラシア大陸の西端に追い込められた雑多な――さまざまな速度と異なる歴史とをもつひとびとは、濃縮され過飽和を実現し共振を繰り返した。彼らは、まるで鉱脈が地上に姿を現すように、場合によっては東へと滲み出し（十字軍）、あるいは西にあふれ（大航海時代）、そしてその本体は、ある種の結晶であるところの《主体》へと変貌した。主権国家、あるいはネーションの誕生である。</p>
<p>ところで、中世とは、神と神話、そしてその批判とがつくる三角形を意味する。肉体を失い、無と有との交換を促すそれらの三極こそが、この結晶化を可能にする内在的な主要因である。これと同じことを、日本においては鎖国と儒学、そして国学とが実現したとは考えられる。つまり、日本の近世は、ヨーロッパの中世に比すべきである。ある時点で近代化を遂げたのが、ヨーロッパと日本だけだったという歴史上の謎を、ある種の過飽和を実現し、結晶化が可能であったという観点から説明することは、ひとつの方法ではあるだろう。また、こうした結晶化の過程の差異（ある種の人為的な方法が取られたヨーロッパと、ある点まで勝手に結晶化していた日本との違い）は、そのままヨーロッパと日本の差異でもあるはずだ。</p>
<p>ボルヘスを信じるとして、そしてそれを主体化の作用として読み解くことが可能だとして、その最初のあらわれが、一三八二年である。だが、ここで重要視したいのは、その日付でもないし、中世から近代への流れが実現した主体の可能性でもない。むしろ、この結晶化作用そのものであり、とりわけ、この作用には、《中世》という過程がどうしても必要だったということである。ある点でいえば、デカルトやカントたちは、中世から近代へ至るこの結晶化作用の中心にいるのであり、またついに自らを《主体》と名指す最初のひとたちでもある。</p>
<p>とはいえ、こうした結晶化作用において、大きさはあまり重要ではない。たとえば、人間（あるいはその寿命）という尺度をつねに内包している《歴史》という概念は、中世から近代へという流れを途方もないもの、ひとりの人間が太刀打ちできないものとして映す。だが、ニーチェの生涯をみるなら、この途方もない流れが、もっとも極小であるはずのひとつの人生のなかで生じた様子が見て取れる。彼は、『ツァラトゥストラ』について、こう言っていた。</p>
<blockquote><p>わたしは、偶然一八八六年の秋にふたたびこの海岸にきたが、それは、皇帝がこの小さな、忘れられた幸福の世界を最後に訪れたときだった。――この午前と午後の二つの散歩の道で、『ツァラトゥストラ』第一部の全体がわたしの心にうかんだ。とりわけツァラトゥストラその人が、典型としてうかんだ。いや、もっと正確にいえば、彼がわたしを襲ったのだ……</p>
<p class="post-r">　『この人を見よ』手塚富雄訳</p>
</blockquote>
<p>《ツァラトゥストラ》とは、ニーチェの作り出したもっとも優れた概念のひとつである、というのは正確ではない。この概念が、彼を襲ったのである。ここには、ボルヘスがボッカチオにみた《中世》があるようにみえる。だが、ニーチェはこうも言っている。</p>
<blockquote><p>決意。わたしが語ることにする。もはやツァラトゥストラが語るのではない。</p>
<p class="post-r">　「備忘録」手塚富雄訳</p>
</blockquote>
<p>「なぜわたしは一個の運命であるのか」という最終章を持ち、「ひとはいかにして本来のおのれになるか」という副題をもつ『この人を見よ』という作品は、彼がひとつの巨大な運命として《主体化》を遂げたことの徴である。彼は、ひとが数世紀かけて行なう結晶化を、その短い人生において、猛烈な速度で反復したのである。というより、ここには、《時の結晶》というべきものがある。それは彼によって《永劫回帰》と呼ばれた。そして、私見によるなら、自己ならざる者による不断の自己の乗り越えであると同時に自己を実現する、この特異な結晶化作用こそが、《文学》である。だとするなら、アレゴリーか、小説か、という二者択一は、《文学》にとって、それほど有益なものではないこともわかるだろう。問題はそれらのあいだの移行であり逆行、つまり回帰である。ミシェル・フーコーにならい、用語に注意して言えば、主体よりも、主体化のほうが重要である。われわれは、ここで、《文学》が、特定の日付をもつ歴史の軛から逃れる瞬間を認めざるをえない。特定の日付を超えた飛翔を、《文学》は実現するはずなのだ。</p>
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		<title>パーン・ホ・メガス・テトウネーケIII―《観念》の舞踏</title>
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		<pubDate>Fri, 04 Sep 2009 13:24:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[philosophy]]></category>
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		<category><![CDATA[観念論]]></category>
		<category><![CDATA[神の解剖]]></category>

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		<description><![CDATA[人類史上最初の観念であるように思われる、《神》。それは、言い換えれば、無を超えて不在を思考することである。観念がなんらかの実在と結びついているかぎり、それはけっして最初の観念とはなりえない。《実在という外部からの刺激》に [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>人類史上最初の観念であるように思われる、《神》。それは、言い換えれば、無を超えて不在を思考することである。観念がなんらかの実在と結びついているかぎり、それはけっして最初の観念とはなりえない。《実在という外部からの刺激》に対して作りあげる内的な像のリストを構成することがあったとしても、それはあらゆる動物が抱いてきた観念であって、人間に固有のものとはいえないし、要するに《観念》というに足りない。その点で、確実に知られる対象をもたない《神》の観念が、二重の意味で（つまり「最初」を意味する）人類史上最初の観念としてリストの一番上を占めているのは当然である。</p>
<p>その一方で、トマス・カーライルは、哲学史において、その教義リストの最初に書かれているのは《観念論》であるといっている。ひとの思考の歴史において、そのリストの一番初めに書かれているのが《神》だとすれば、哲学史の始まりを告げる観念論は、神の批判を意味しているはずである。神が、実体と切り離された観念である、という発想は、すでに《批判》的である。たとえば、ジョージ・バークリーはいう。「事物が存在するとは知覚されることである。知覚する心すなわち思考するものの外に、それが存在することは不可能である」。こうした自己を中心とする観念論的転回には、結果的には、ひとを受動態において捉える神の批判を導く重要な契機が含まれていることを見過ごしてはならない。</p>
<p>神話（物語）は、それが荒唐無稽であればあるほど、神の観念を補強する。そして同時に、哲学史上の観念論も呼び覚ます。そこで召喚された《批判》としての観念論は、たしかに、神話を止揚する。批判としての観念論は語る、神とは神話にすぎない、と。かくして、神と神話、批判としての観念論は、ある三角形を作り出し、ひとびとの思考はこの三角形のうちに閉じ込められる（しかし、そのことは有と無との交換を促し、ひとを「主体」として結晶させるだろう――歴史の線）。</p>
<p>その点から考えるに、文学の行なうことは、いかにも奇妙である。神は表情をもたない。仮面としての怒りや、仮面としての笑いをもっていたとしても、基本的に鉄面皮な種族である。言い換えれば、観念であるところの神、究極的には不在の結晶である神に、作家は、肉を与えるというのだ。そこでは、外部にその起源をもたない神でさえ、外的な刺激によって表情を変えるなにものかであるらしい。それは、たかが観念に過ぎない、虚構に過ぎないという《批判》とは、かなり異なる批判である。神でさえ、腐敗し死すべき肉をもたねばならない、というのだ。</p>
<p>かくして、《観念》が覚束ない踊りを踊り始める。深手を負ったアフロディーテ（美）、ホメロスが詠ったこの奇妙なアレゴリーこそ、文学の始まりである。これはいかにも奇妙である。まるで、内部に外部が折りたたまれてゆくかのようだ。人間でさえ、動物と変わらぬなにかだと言わんとしているかのようだ。神が肉体をもった実在なら、われわれがつくる神の像は、なんらかの外的な刺激の産物ということになろう。冒頭で述べた「最初」の観念という規定は覆ってしまう。マルクスは、人間の解剖は猿の解剖に役立つといった。文学者はそこにそっと付け加える。もちろん、人間の解剖に役立つのは、《神の解剖》である、と。わたしには、こうした奇妙な思考によってしか、先述の三角形を飛び出す方法は見当たらないように思われる。ギリシアが自然（科学）を思考しえたその理由に、天才ホメロスの存在があったことを指摘するのは、的外れではないはずである。また逆に、文学が自然や動物を愛好する理由も、ここにあるように思われる。</p>
<p>ところで、ここで神に肉を与えるとされた文学は、いわゆるキリスト教の概念であるところの「受肉」を行なうのではない。それは、むしろ文学の過程を逆に進むことであり、また文学の息の根を止めるものである。文学にそのヒントを得ながら、本質において異端的である受肉の概念は、自分だけが神であることを主張するだろう。肉を受ける必要を語ることによって、神は、逆説的に肉の世界から離脱する。かくて、神と神話と、そしてその批判とが作りあげる三角形こそが、神の国である。神の国は、つねに《いまここ》を拒絶することによって、世界からの超越を可能にする。</p>
<p>神、物語、批判、そして文学。ここに提示された四つの思考、このうちで、本当の意味で大いなる《謎》の領域を占めているのは文学だけである。人類はいかにして、時間を乗り越えて《文学》を実現してきたのだろうか。わたしは、四つといった。だが、本当は二つしかない。そして生きているあいだに、ひとが《文学》を選択する瞬間を、もう一度みてみたいと思っている。いつかきた道をもう一度選ぶことだけは、避けてほしいと思っているのだが、さて……。</p>
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