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差延の哲学を越えて――独白は可能か?
物体をどこまでも分割していく。するといずれは、これ以上は分割できない小さな物体があらわれるだろう。それをデモクリトスは《原子》といった。これは哲学上のひとつの立場であって、無際限に分割できるという立場もありうるが、ともか [...]
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皮膚としての国家――独白は可能か?(カント・フロイト・デリダ)
独白とはなにか。この奇妙な言葉について考える際に重要なことは、ある観点をこの問いに紛らせないことだ。すなわち、社会である。つまり社会化されない言葉は、すべて独り言である、と考える立場である。たとえ複数の人間のあいだでかわ [...]
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古典主義について(新しい建築家のために)
黄砂のなか尾道を旅した。志賀直哉に会いに出かけたのだが、それ以上に、いま日本で起きている騒動が重なった。瀬戸内のあのあたりは元来災害の少ないところときいている。だがもし津波がくれば、あの不思議なまちは元通りにならないだろ [...]
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言葉の肉体(猫は死んでいた)
原子炉のなかに、「安全」という名の猫がいる。原子炉を開けることはできず、開くとすれば、原子炉が事故で爆発するときだけだ。さて、「安全」はこの原子炉のなかで生きているだろうか、それとも死んでいるだろうか。もちろん、中を開け [...]
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正義と文学、高さをいかに実現するか
アナーキストに保守主義や貴族主義を見出すタイプの議論がある。たとえば、芥川龍之介の大杉榮評がそうだった。彼は大杉の死に対して、冷淡なコメントしか述べていない(作家のなかでは、いうなれば貴族である志賀直哉は多大な同情を寄せ [...]
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ニーチェについての断章
人間の本質的非対称性について、ヘラクレイトスの徒であるニーチェは考える。同じものはなにひとつない。ゆえに似ている、似ていないと言葉を弄することも、究極的には詮なきことだ。なにひとつ交換可能なものはなく、またなにひとつ対称 [...]
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新しい芸術哲学のために(下) 欲望について
対象と真に関わろうとするならば、あらゆる関心、欲望を捨て去らねばならない。女性のもつ真の美を求めるのであれば、性的な欲望は慎むべきだ。欲望が映す美は、真の美ではない。欲望を対象に投影しているにすぎない。あらゆる雑多な関心 [...]
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新しい芸術哲学のために(上) 崇高について
自然は固定観念をもっている。たとえば太陽は東の空から昇って西の空に沈み、蝉は夏の盛りに啼く。夜の終わりに覚めて昼の終わりに眠り、赤信号で足を止め生まれそして死ぬ。 自然界は、いわば固定観念の束である。羅針盤の針が北を向き [...]
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反脱構築――新しい芸術哲学のための前哨戦
ジャック・デリダの脱構築déconstructionについて、あるいはその主要な駆動装置となる差延différanceについて、いま、ひとはどのように考えているのか。20世紀後半から今日に至るまで、これらの概念(デリダは [...]
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二つの時間概念――純粋な現在とはなにか
社会が悪いのではない、己が無力なだけだ……。社会に認められようともがく若者は、社会に貢献できていない現状を気に病みながら、社会ではなく己の才能が足りないのだというもっとも不愉快な解決法に満足せざるをえない。己が認められよ [...]



