fragment
Sed forte, quamvis interdum sensus circa minuta quaedam & remotiora nos fallant, pleraque tamen alia sunt de quibus dubitari plane non potest, quamvis ab iisdem hauriantur: ut jam me hic esse, fovo assidere, hyemali toga esse indutum, chartam istam manibus contrectare, & similia. Manus vero has ipsas, totumque hoc corpus meum esse, qua ratione posset negari? nisi me forte comparem nescio quibus insanis, quorum cerebella tam contumax vapor ex atra bile labefactat, ut constanter asseverent vel se esse reges, cum sunt pauperrimi, vel purpura indutos, cum sunt nudi, vel caput habere fictile, vel se totos esse cucurbitas, vel ex vitro conflatos; sed amentes sunt isti, nec minus ipse demens viderer, si quod ab iis exemplum ad me transferrem.
fragment
無名のひとたちのために白樺を讃える
1910年4月、大逆事件が明るみでるひと月前、血気盛んな若者たちによって、ある文芸誌が創刊される。その名は『白樺』、資本主義市場からは一線を画した、一度も商業ベースには乗ることのなかった、しかし文壇の天窓を開いたと言われ [...]
fragment
言葉の肉体についての序論
おそらく、言葉の死があったのだ。《言葉は死んだ!》――言葉だって腐るのだ。ニーチェのいわゆる「神の死」は、神が言葉であることの言明である。だが、わたしのいう《言葉の死》は、生が輪廻転生のうちにあることの言明である。言葉の [...]
fragment
もうひとつの近代、あるいは出来事の学についての覚書
1619年11月10日、ドナウ河畔ウルム冬営の夜、デカルトは《われ》を発見した。その時、彼に一体なにが起こったのだろうか。われわれは、これを近代の始まりとみることに慣れている。近代とは、神のものでもなく、王のものでもない [...]
fragment
生の速度、あるいは色彩についての覚書
ニーチェはいう。 すなわち貧弱な心理学者であり人間通。…徹頭徹尾の独断論者であるが、この傾向に重苦しく倦怠し、ついにはそれを圧制しようとねがったものの、懐疑にもただちに疲れてしまう。いまだ世界市民的趣味や古代の美の息吹き [...]
fragment
言葉は夜のうちに
ぼくは、言葉を直接現実に作動させる経験論を諦めていないし、またひとびとの精神を、物体の重力から引き剥がす言葉の独自性も信じている。そして、かつての偉大な文学者たちの言葉に触れるとき、彼らがそうした思考を追い求めていたこと [...]
fragment
文学――出来事の学について
こんなナイーヴで、しかも仰々しい言葉で始めることが、よいことだとは、あまり思えない。だが、思い切って、告白する気持ちになって、笑われるのを承知で口にしてみよう。――わたしは、人類の歴史を肯定したい、と思う。人類を、肯定し [...]



