<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>ex-signe &#187; diary</title>
	<atom:link href="http://www.fragment-group.com/kiotanaka/category/description/diary/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka</link>
	<description>kio tanaka's website</description>
	<lastBuildDate>Sat, 17 Dec 2011 15:59:02 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.3</generator>
		<item>
		<title>敵に抱く特別な親愛の情について</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2497.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2497.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 25 Jan 2011 09:00:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=2497</guid>
		<description><![CDATA[いつしか自分の頭に住みついた片頭痛が日曜日の深夜に勢いを増す。発作的に激烈な痛みと嘔吐に襲われる。ミシュレやニーチェのかかった病と同じなら少しは気は休まるが、肉体的にはこれまで感じたことのないほどの痛み。 日々の頭痛の種 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いつしか自分の頭に住みついた片頭痛が日曜日の深夜に勢いを増す。発作的に激烈な痛みと嘔吐に襲われる。ミシュレやニーチェのかかった病と同じなら少しは気は休まるが、肉体的にはこれまで感じたことのないほどの痛み。</p>
<p>日々の頭痛の種、つまり自分が不快感を催しているものに対する親愛の情を、ニーチェはよく感じていた。わたしの場合はカントやデリダがそれだった。ディスプレイから離れ、気づけば自分で自分に頭痛の種を撒くかのように、ソファでデリダのベンヤミン論を読んでいる。これがかの散種Disséminationと思うと、笑いがこみ上げてくる。</p>
<p>解説を読んでいると腹が立ってくる。昔は納得づくで読んでいたはずだったが、理論的な水漏れがあるような気がして仕方がない。しかも漏れた水がまた戻ってきて、それでなんとか前に進んでいる。というか、せっかく吐き出した異物をまた飲み込んでいるような気分になる。</p>
<p>しかし、これほどカントやデリダが気になるところをみると、ニーチェやフーコーへの愛情とは別の意味で、奇妙な親愛の情を覚えるいるのではなかろうか？　カントやデリダは、わたしにとって、アカデミズムの象徴なのだ。</p>
<p>とはいえむろん、わたしがずっとかかわってきたのは実証主義である。カントやデリダよりもずっと近しい、親愛なるわたしの敵である。その牙城ともいえる場所で、「実証主義とはなにか」について、報告しようとしている。要は、自分で自分の頭痛の種を増やしているわけだ。</p>
<p>いまでは、実証主義にはずいぶん親愛の情を覚えている。それは、なにかこう、もはや帰ってこないものに対するいとおしさによく似ている。実証主義に対するカント的批判は、必要なかったのだと、いまは感じている。もっと別のなにか。特別な頭痛の種を欲している。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>目が覚めた。が、まだ痛む。正直に告白すれば、自分が歴史学者である、ということも頭痛の種だ。いまの日本に、わたしほど歴史学者に敵意を抱いている人間がいるだろうか。今日のアカデミズムには、もうかつてのような歴史学者への敵意などありはしないというのに。わたしの親愛なる、孤独な敵意よ。</p>
<p>しかし、この峻烈な敵意によってわたしは成長し、そしていまでは愚かな青春時代の追憶に似た居心地の悪さと愛情とを同時に感じていて、かつての敵意はずいぶん鈍っている。好意だろうと敵意だろうと、鈍ったものは振り払わねばならない。かように歴史学に対するわたしの愛情は複雑なものだ。</p>
<p>医者の家に生まれ医者たる将来を方向づけられていたフーコーは、すでに幼少期に歴史家になることを夢見ていた。ニーチェと同様に、彼も歴史に夢を抱いた。くだらぬ現実からの逃避というより、永遠に対するあこがれから、おそらくそうしたのだ。しかし、自分が愛していたのは、このような歴史ではなかった、彼らはそう感じ、そしておのれの哲学が生まれる。哲学を強いられる。</p>
<p>ヘーゲルのようにあらかじめ屈折していた人間が歴史を愛するのとは異なる。屈託なく歴史を愛したニーチェが、当の歴史によって屈折を強いられるとき、彼は折れ曲がるよりも、歴史を振り捨てて真っすぐであることを選択した。だが今では、ひとに屈折を強いるほどの力を、歴史の方が失ってしまった。</p>
<p>いまではおのれを励まし奮い立たせるどころか、立ち向かうべき敵をさえ、鼓舞しなければならない。倒すべき敵に自分が磨いた剣と盾とをくれてやり、わたしなど取るに足らぬ者だということさえ、教えてやらねばならない。わたしを恐れず、試みに一戦まじえてみようではないか……。別にいい気になっているつもりはない。おそらく今ではどの分野でも起こっていることだ。</p>
<p>敵に吐く呪いの言葉を、若者は失っている。敵がいないのだ。不在において他者を意義づけるこの空虚な定義がはびこるかぎり、呪詛はおのれに向かう。実際、言葉に、おのれを傷づける以外のなにができるというのか。おのれを傷つけることによって万が一他人の同情をひくことを願う以外のなにができる？</p>
<p>言葉は本当に肉体を傷つけるのだと教えてやったところで、敵はほとんど信用しない。だがそれは、弱点であるわたしの心臓を外気に晒すことなのだ。もっとも非力な呪文によってさえ傷つくほどに、無防備に弱点を晒しているのだ。さあ、歴史よ、言葉を発してみよ、さすればわたしの心臓は傷つくであろう。言葉が出来事であることを歴史に教えた時、わたしは歴史に、おのれを破砕する最強の武器を与えたのだ。</p>
<p>だが、当の敵ときたら、それが武器であることさえ、思い出せないでいる。わたしが仕掛けたからくりに気付いているのか？　いや、そうではない。本当に忘れているのだ、自分に力としての言葉があることを。若者たちと「不在の敵」とのあいだの奇妙な均衡を打ち破るためには、もっと巨大な非対称が必要なのだ。たったひとり分の心臓を晒すだけでは、この奇妙な均衡は崩れないのだ……。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2497.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>志賀直哉の墓</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2058.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2058.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 08 Mar 2010 14:15:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[Naoya Shiga]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=2058</guid>
		<description><![CDATA[最近は本当に忙しい。定職があるわけでもなく、ただただ時間を労働に浪費する。これでは本当の仕事はなかなかできない。われわれのような貧しい立場の人間は、この社会で生きていくのは難しいに違いない。「違いない」と人ごとのようにい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近は本当に忙しい。定職があるわけでもなく、ただただ時間を労働に浪費する。これでは本当の仕事はなかなかできない。われわれのような貧しい立場の人間は、この社会で生きていくのは難しいに違いない。「違いない」と人ごとのようにいうのは、わたしの希望が、ただただ哲学ができることだからだろう。それさえあれば、わたしは生きていくことができる。だが、その一方で、読者を信用して率直にいえば、不安もある。愚痴のひとつも言いたくなる。この道は、真理か、それとも美かに、ちゃんとつながっているのだろうか。この国――国民国家は、文学を、歴史学を、哲学を、いったいどこに追い込むつもりなのか……。否、こうやって文芸ができるということ、それを善しとしなければならない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ようやくできた暇をみつけて、志賀直哉の墓を訪れた。別にそういう趣味があるわけではない。が、作家の墓を巡ることが多くなった。ひとが、石に銘を刻むことを覚えたのは、一体、いつのことだろう？　はるか昔、おそらくは歴史以前から、ひとは、そして多くの生命が、そうやって、自身の痕跡を――望むと望まざるとにかかわらず――遺してきた。動物としてのひとは、《音節明瞭なる者》であるにすぎない。痕跡は、あくまで、自然の偶然がときおり見せる消し忘れにすぎなかった。だが、文字が生まれ、そして必然的にそれが永遠を夢想させる石と結びついたとき、歴史は誕生した。石盤に描かれているのは、無限に続く現在である。瞼を閉じる。瞼をまた開いたとき、そこに変わらず痕跡が残っていれば、それだけで、歴史はもう生まれかかっている。歴史は、その名とは裏腹に、現在に、あるいは眼球に焼きついて消えなかった過去であって、〈歴史の見せる過去とは、本質的に現在なのだ〉。歴史家がそのことを知った時、彼は愕然とする。過去を求めていたはずのわたしはいったい、なにをやっていたのだろうか、と。</p>
<p>わたしは痕跡の概念を好まない。この人間的な概念は、生を蝕むほどに、強力である。痕跡がもたらす過去とは、あくまで現在の影である。これを過去とみなしてしまえば、現在は、その領域を半分失ってしまう。本当の過去は彼岸にあるのに、無数の痕跡が、現在を蝕んでしまう。現在に焼きついた痕跡は、こうしてひとの生を蝕んでいく。われわれは、消え去る権利を失ってしまう。だが、わたしは過去に汚染されていない現在というものがどこかにあることを希求しているし、またそのことを確信してもいる。</p>
<p>しかし、その一方で、生はあまりに儚い。死を前にして、ひとが痕跡を残そうとすることも、もっともな話だ。こうしてひとは、流転し流れ去る記憶の片隅に小さな、しかし不動の石柱（コラム）を立てる。どんどん立てる。かくして、墓が、死が生という狭き領土を埋め尽くし、生はますます痩せ細っていく。</p>
<p>作家はいつも、死と隣り合わせである。死が、作家の仕事の主要な動機であることは、おそらく実証できるテーマだろう。しかし、彼らは、流転する生の孤独の中で、不動の石柱を立てようとするのだろうか？</p>
<p>そうではない。真の作家は、不動の概念など、うちたてようなどと思っていない。真の作家とは、むしろ消え去ることを知っているひとのことをいう。〈ゆっくりと〉消え去ることを知っているのだ。死は、生よりももっと儚い。死は、生よりも猛スピードである。生きるとは、遅さを実現することなのである。</p>
<p>厳密に考えれば、すぐにわかることがある。文字は消え去らないのではない。ゆっくりと消え去るのだ。《声》との違いはそこにある。そのことを知っているひとたちだけが、真の作家なのであり、死と隣り合わせである彼らは、生きているときよりももっと遅い言葉を必要としている。だから、彼らは書く。死に対する遅延、これが生であるなら、死の言葉である文字もまた、死の遅延を実現する。つまり、文学は遅延に、したがって生に奉仕する。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>豪壮な墓が多く並ぶ霊園の片隅で、祖父母や父たちと並んで、彼らの墓よりは頭一つ低い位置に立つ志賀直哉の墓は、消え去ることを知っているひとの墓であった。わたしはそんな風に思った。わたしは思わず聞いた、「芸術とは、一体なんなのでしょうか？」</p>
<p>彼はなにも答えなかった。答えてくれるはずもなかった。わたしはむずかしく考えすぎている。世界はいたってシンプルだ。彼はひとこと、「今日は寒いねえ」と言っただけだった。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2058.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>権力への意志</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2030.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2030.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Feb 2010 18:53:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=2030</guid>
		<description><![CDATA[文学は批評的なものであるという言葉は、戦後によく聞かれるようになった。それは間違いではないが、正しくもない。たとえば、ハイフェッツの &#8220;Criticism does not disturb me, for I [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>文学は批評的なものであるという言葉は、戦後によく聞かれるようになった。それは間違いではないが、正しくもない。たとえば、ハイフェッツの</p>
<blockquote><p>&#8220;Criticism does not disturb me, for I am my own severest critic. Always in my playing I strive to surpass myself, and it is this constant struggle that makes music fascinating to me.&#8221;<br />（批評がわたしを煩わせることはない、というのもわたしが自身に対するもっとも厳しい批評家だからだ。…）</p>
</blockquote>
<p>という言葉は、芸術が批評というものと切り離せないことを、よく物語っている。だが、芸術の本質は、批評にはない。芸術がその真の力を発揮するのは、ひとを思いとどまらせる《ブレーキ》ではなく、ひとを鼓舞する《アクセル》としてである（ハイフェッツがいうように、芸術は両方とも有している）。彼にとっての批評とは、高みとは逆に引き絞られる弓弦と同じで、さらなる高みのためのアクセルであるし、芸術そのものが、そういうものなのである。文学も例外ではない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>文学と批評が結び付けられるとき、そこにはたいてい、「無力」な思想があり、暗黙にか無自覚にか、典型的な「力」である《政治》との対比がある。だが、こうした芸術思想に意味があるとしたら、政治がアクセルを吹かしているときだけだろう。もはや惰性でしか進まなくなった政治に対して、「無力」な芸術が意味をもつことはなくなるのはもっともな話だ。</p>
<p>文学が批評であると語るのは、主に批評家である。だが、それならはじめから芸術など必要ない。批評家だけが存在していればよいのだし、戦後の批評家の空しい勝利は、きっとそのことを意味しているのだろう。だが、わたしは、そんな芸術思想は誤っていると感じる。芸術はブレーキしかもたない片輪の車ではない。政治の補完物ではない。政治からは独立している芸術は、当然、それ自身が、もっと別種のアクセルを有している。政治が迷走をはじめたとしよう。エンジンが空回りをはじめ、ついには最期の惰性がはじまったとき、いったいわたしたちはなにに賭ければよいのか。政治にか。経済にか。ちがう。すでにそれらは迷走を始めているのだ。そんな思想はまちがっている。こうなったとき、われわれのうちのどこに、《意志》を探せばよいのか。</p>
<p>芸術とは、アクセルだと思う。それも、政治とは異なる類のアクセルなのだ。芸術は、わたしたちを、「政治」とはちがうもうひとつの政治へと導く。芸術は、本当になにものかを変えようとして行なわれる。つまり、《権力への意志》を有する。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>《権力への意志》は、このうえなく健康なもので、そして稀有なものである。権力を維持している（ストックしている）者のことを考えてみればよい。読者を驚かせることになるかもしれないが、権力を維持したい者たちにとって、権力への意志を手放すことこそが、そうするためのもっとも確実なやり方なのである。そのことは、戦前の日本の政治家や戦後の自民党の政治家をみればよくわかる。彼らは、権力を維持するためなら、喜んでその意志を天皇やアメリカに預けてきた（そして共産党や社会党の政治家は自民党に）。彼らは、権力への意志を手放すことこそが、権力を維持するためのもっともうまいやり方であることを知っているのである。「わたしは権力など望んではいない」というわけだ。</p>
<p>もっとも健康な政治家とは、権力を意志する者である。たとえば、小沢一郎がそうだ。意志しているがゆえに、批判にさらされる人間であるが、同時に健全である。手放すことでそれを維持してきた自民党の政治家やマスメディアには、運動失調症か神経硬化か血迷い以外のものを感じない。彼らは国民から受けとった権力を片っ端から他人に譲渡し続けた。天皇に、アメリカに、そして官僚に（そして共産党や社会党は自民党に）。というか、二〇世紀における「官僚」とは、誰も受けとろうとしない権力の流れの行き着く先の名であった。サブカルもまた然り。彼らは自分たちが権力をもたないと言う。下に立つものだと言う。それも、そもそも芸術とはエンターテイメントである、という結論を用意しながら、だ。しかし、どこの世界に、彼ら以上に権力を握っているものがあるか。古い政治家にせよ、古い権力にせよ、昨今の「民主的」芸術思想にせよ、彼らが欲しているのは、権力を預ける者であって、権力を意志する者ではない。あのヘーゲルでさえ、こう言ったのだ、「哲学は灰色に灰色を塗り重ねるだけで、ミネルヴァのふくろうは、黄昏時に飛び立つ」と。彼は、そうすることで、権力への意志を手放しているのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>芸術もまた、政治とは違う形で、権力を意志する。政治の欲する権力が、光やその影であるとすれば、芸術が欲するのは、色彩である。ひとは、本当は権力を意志せねばならないのに、そのことを知らないのだ。</p>
<div class="post-rl">
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB-P%E4%B8%89%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2-%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3-%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AB/dp/B00005HPDS%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB00005HPDS"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41HFBFBB0JL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『ラヴェル:P三重奏曲』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%BC-%E5%90%8D%E6%BC%94%E9%9B%86-%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5-%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9/dp/B00005HW27%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB00005HW27"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/211MTZJSWYL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『ワーグナー:名演集』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span>
</div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/2030.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>音楽と教育と歴史</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1369.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1369.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 03 Dec 2009 14:46:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[Haruo Sato]]></category>
		<category><![CDATA[Takuboku Ishikawa]]></category>
		<category><![CDATA[浅田彰]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1369</guid>
		<description><![CDATA[なんとなく、病気をすると、バッハを聴きたくなったりする。昔から音楽にすがってきた自分にとって、死ぬ時に聴く曲くらいは選びたいと思う。もちろん、死ぬというのは大げさだが、病気で肉体的に衰弱すると、ベタに「マタイ受難曲」など [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>なんとなく、病気をすると、バッハを聴きたくなったりする。昔から音楽にすがってきた自分にとって、死ぬ時に聴く曲くらいは選びたいと思う。もちろん、死ぬというのは大げさだが、病気で肉体的に衰弱すると、ベタに「マタイ受難曲」などがよく胸に響く。崇高の概念は、こういうとき――つまり肉体的衰弱が理性を増大化させているいまでないと、《感じる》のは困難だ。</p>
<p>今週の講義では、鼻声で申し訳ないと思いつつ、最後に、石川啄木の「ココアのひと匙」と佐藤春夫の「愚者の死」を朗読する。詩としてはナイーヴなものだが、これらのもつ歴史的な感覚は、やはり大事にしなければならない。いや、リズムというべきか。生徒たちには、歴史を音楽として学んでほしい。言葉には、《意味》が隠されているのではなく、リズムがある。それは、声に出して歌うことで、ようやく見えてくるものであって、紙と文字とが織りなすコントラスト――それはカントの理性‐悟性の外在化なのだが――にはない、《色彩》である。歴史はなにも隠していない。歴史と音楽の関係は、思いのほか深い。</p>
<p>教育もまた、音楽に近いものなのかもしれない。というのも、学生とは、楽器だろうからだ。桃色のオーボエ、瑠璃色のバイオリン、緑の歌手たち。自分が楽器であると自覚している学生こそ、よき生徒だ（演奏家だと自覚している教師こそ、よき先生だ）。演奏するのがわたしだとして、実際によき音色を奏でるのは、楽器である生徒だろう。むろん、その観点からすると、自分ひとり歌を口ずさんでいるかぎり、まだまだ未熟。妖精たちに響く歌声のありかは、誰も知らない。そんな歌声を探している。</p>
<p>さて、ここに書かれた諸々の文章の表題となっている“イクシーニュ（Ex-Signe）”という言葉は、造語である。記号そのものが、観念ではなく、世界そのものにおいて／として露呈しているような、そういうやや淫猥な意味を込めた。記号であると《同時に》、出来事である、そういうような言葉である。今にして思えば、かつて浅田彰が「記号論を超えて」というサブタイトルのついた本を書いたが、それに対する下手な諧謔を込めた応答とも取れるだろう。しかし、完全な造語か、というと、そういうわけでもなかった。ラテン語にexsignoという語がある。「記録する」とか「書き付ける」とかいう単純な、リテラルな意味の動詞である。それのアレンジ、という風にも取れる。いずれにしても、この言葉には、実体をもったイデア、すなわち、音楽が感じられる。その点が気に入っている。</p>
<div class="post-rl">
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F-%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%8F%97%E9%9B%A3%E6%9B%B2-%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88-%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%88/dp/B00005FHJQ%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB00005FHJQ"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41CC9MFQD1L._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『バッハ:マタイ受難曲』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F-%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%8F%97%E9%9B%A3%E6%9B%B2-%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%E7%AE%A1%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%A3-%E3%83%AA%E3%83%92%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB/dp/B000M5B9BW%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB000M5B9BW"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51u0KO1zOQL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『バッハ:マタイ受難曲 ハイライツ』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F-%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%AE%E6%8D%A7%E3%81%92%E3%82%82%E3%81%AE-%E3%83%AA%E3%83%92%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB/dp/B00005FHMJ%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB00005FHMJ"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41EEKE405DL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『バッハ:音楽の捧げもの』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F-%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BC-%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%BF-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC-%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2/dp/B00005FHJR%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB00005FHJR"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/417U8VIigpL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『バッハ:ロ短調ミサ曲』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC4%E7%95%AA-%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%BC-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0-%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%83%BC%E7%AE%A1%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%A3/dp/B000HIVG8A%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB000HIVG8A"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51GWVQ3T63L._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">『ベートーヴェン:交響曲第4番/交響曲第7番』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span>
</div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1369.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>2</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>宣長の墓</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1202.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1202.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 18 Sep 2009 13:49:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[Hideo Kobayashi]]></category>
		<category><![CDATA[Shinobu Origuchi]]></category>
		<category><![CDATA[古事記のダイアグラム]]></category>
		<category><![CDATA[常世]]></category>
		<category><![CDATA[本居宣長]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1202</guid>
		<description><![CDATA[夏の盛りに、本居宣長の墓を訪れた。 伊勢神宮を詣でた後、三重県の岬の突端、熊野灘と遠州灘の境目のところで東を望む。折口信夫は、南面すれば左側で、なだらかに曲線を描く東海の地平線に、《常世》をみた。大和からみて、大和ならざ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>夏の盛りに、本居宣長の墓を訪れた。</p>
<p>伊勢神宮を詣でた後、三重県の岬の突端、熊野灘と遠州灘の境目のところで東を望む。折口信夫は、南面すれば左側で、なだらかに曲線を描く東海の地平線に、《常世》をみた。大和からみて、大和ならざる世界、そこに大阪出身の折口は親しき常世をみたわけである。</p>
<p>「詣でる」といった。慣用句だから使うだけで、手を叩いたとしても、願い事は一切しない。少なくとも、自分に関する願いはない。だから結局、感謝の言葉も出てこない。どうも、そういうことが性に合わない。神を信じていないからではないように思う。たぶん、神のほうで、その手の願い事にうんざりしているのではないか、と思うからだ。伊勢神宮クラスになれば、年毎に、あるいは二十年に一回リセットされる（？）、ということが仮にあったとしても、何百万・何千万というひとの「願い事」が、渦巻いているにちがいない。その願いをすべて聞いているとしたら、相当な労働である。額に汗して、泥まみれになってひとの願いを聞き届ける神を想像する。それで申し訳なくなる。だから、自分くらいは願い事をやめよう、と思う。願い事をしないのだから、感謝の言葉はかえって嫌味であろう。</p>
<p>まあ、今考えた理由である。神に願い事をしない、という自分の年来の非‐行為の理由がずっとそうだったかと言われると、そうでもない気がする。とにかく、手を叩いても、願う内容を思いつかない。というか、普段から欲望に忠実な自分は、手を叩くとかえってそれが出てこなくなる。</p>
<p>小林秀雄は、宣長について書いた。だが、宣長本人が書いた文書や墓をみても、わたしは彼について書こうという気にならなかった。彼の作った古事記のダイアグラムはなかなかのものだったが、松坂の山の中腹の無数の石段を登った先にある、前方後円墳を模したと思しい彼の墓は、どうも趣味ではなかった。</p>
<p>文献学者としてこれ以上の存在は見当たらない宣長よりも、文献の彼岸にある歌を聴こうとする折口のほうが、わたしにはずっと楽しい。折口は小林に、宣長とは源氏である、と言ったそうである。この謎めいた言葉の意味はよくわからない。宣長に親しく触れていたわけでもない。これは、初対面の彼、というか墓に抱いた第一近似でしかない。小林がそうしたからには、宣長はもっと興味深い存在なのかもしれない。だがわたしなら、宣長を書くくらいなら、折口を書く。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>おそらくは宣長も立ったことがあるだろう岬の突端で、折口は東を望み、そこに常世をみた。だが宣長は、江戸幕府という当時の体制に反対し、松坂の地にあって、西に近しい大和を眺め、幕府の目をかいくぐって作られた前方後円墳のなかに納まっている。両者の墓の違いについて考えてみても、不思議なのは、むしろ海に向かい、彼岸を見つめる折口である。賢明な読者ならご存知のとおり、文献と墓とは、まったく同じものである。出来事は、その向こう側にあるのだし、出来事の秘密を知りたい人間にとっては、文献や墓は壁である。彼の壮大な墓の前で、わたしは彼とほとんど喋ることができなかった。</p>
<div class="post-rl"><a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%AC%E5%B1%85%E5%AE%A3%E9%95%B7%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B0%8F%E6%9E%97-%E7%A7%80%E9%9B%84/dp/4101007063%3FSubscriptionId%3DAKIAJTU5FBML3HWXOESQ%26tag%3Dkiotanaka-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4101007063"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51ZVM0SZ3SL._SL160_.jpg" style="float: left; margin-right: 10px;" /></a>
<span style="text-indent: 0em;">小林 秀雄『本居宣長〈上〉 (新潮文庫)』<br />Powered by <a href="http://blog.yoshitomo.org/amazonlink">AmazonLink</a> 2.0.0 beta4.<br style="clear: both;" /></span></div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1202.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>リニューアル？ ２</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1132.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1132.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2009 03:52:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1132</guid>
		<description><![CDATA[遅々として進まぬ更新作業だが、問題はＩＥのバージョン６である。このサイトの訪問者のうち20パーセント強がブラウザにＩＥ６を使用しているようなのだが、このブラウザのＣＳＳ回りがカス（？）なため、かなり難航している。というこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>遅々として進まぬ更新作業だが、問題はＩＥのバージョン６である。このサイトの訪問者のうち20パーセント強がブラウザにＩＥ６を使用しているようなのだが、このブラウザのＣＳＳ回りがカス（？）なため、かなり難航している。ということで、決断。ひとつは、ＩＥ６を使用している上記のみなさまにできるだけ先進的なブラウザであるFirefoxだとかSafariだとかOperaだとかを使用してもらうこと（ＩＥ７以降でもよいが、メモリを喰うので古いパソコンならお薦めしない）。もうひとつは、先進的なブラウザにあわせて楽にリニューアルしてしまい、あとからＩＥ６に対応する方向で調整していくこと、である。</p>
<p>このサイトに限っても、じつはＩＥ６は一番利用者率の高いブラウザである。しかし、どうも覇権主義的な傾向の強いマイクロソフトが毎度独自の解釈を入れてくるおかげで（float指定すると勝手にmarginを倍にするような仕様になっていたらしい）、ＩＥの、しかも６のＣＳＳ回りはヘンテコである。もっとも普及しているブラウザがもっとも変なことをやっている、というわけで、世間のサイト開発者は難儀していることが推測される。ここはべつに商売でやっているわけではなく、自分の思考を先に進めるためにやっているのだから、たんに作りやすいもので作る、と割り切ることにした。といって、割り切られたのは、マイクロソフトではなくて、結局は２０パーセントの読者であるから、こちらも釈然としないと同時に申し訳ない気持ちになる。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1132.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>リニューアル？</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1130.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1130.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 13 Aug 2009 13:01:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1130</guid>
		<description><![CDATA[このウェブをリニューアルしようと思っているが、なかなか思うようにいかない。ささやかなこの場所で、ささやかに知的活動をつづけているが、やはり、ささやかなものではあっても、自分なりによい場所にしたいとは思う。人生を振り返って [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>このウェブをリニューアルしようと思っているが、なかなか思うようにいかない。ささやかなこの場所で、ささやかに知的活動をつづけているが、やはり、ささやかなものではあっても、自分なりによい場所にしたいとは思う。人生を振り返ってみても、生活は別にして、知的にも、芸術（？）的にも、ぼくはあまりパートナーに恵まれた経験がない。結局、頼りになるのは自分である。</p>
<p>いったい、こうした活動が世間にどれほどの価値があるのか、意味があるのか、そしてついには事件でありうるのか、まったくわからないし、たぶん、なにごとも起こっていない。それだけは確かだが、とまれ、自分はもっと成長したい、まだまだ知的に先に進めるはずだと、そう思って、日々の精進を惜しまないでいるつもりである。</p>
<p>貧しくとも、精神的には、貴族でありたいし、もっと正確を期していえば、ギリシア時代の自由人でありたい。日々の労働に肉体は費やしたとしても、精神だけは、高貴であり、そして自由でありたい。社会に対して卑屈になるのは肉体だけにとどめ、その一方の精神は、《社交》のために用いたい。そして来たるべき革命の《手前》を実現したい。</p>
<p>自分にとって、理論とは、たとえばジダンのスルーパスのようなものでなければならない。それを受けた人間が、どうしてもゴールを達成せざるをえないような、そんなパス、それが理論だ。だから、たとえばカント的な問題構成、理論と実践は一致するのか、しないのか、そんなことは本当にどうでもいいことである。</p>
<p>ニーチェは、どこかでひそかに、精神とは肉体である、と言っていた。まったくそのとおりだと思う。だが、この同じ言葉は、吐き気を催すようなロマン主義にも化けるときがあるし、悪しき弁証法の臭気すら漂わせることがある。</p>
<p>なにが言いたかったのか？　そう、ウェブのリニューアルをぼちぼちやっているという話。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1130.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>大雨の三条通</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1124.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1124.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 19 Jul 2009 16:03:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1124</guid>
		<description><![CDATA[今日は白樺関連の展覧会があったので京都文化博物館へ。曇天のさなか、岸田劉生の美術・装丁をおおいに堪能した。自分は彫刻に関してはどうも古典礼賛から抜け出せなくていけないのだが、ロダンのよさも、すこしわかった気がする。途中、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">
今日は白樺関連の展覧会があったので京都文化博物館へ。曇天のさなか、岸田劉生の美術・装丁をおおいに堪能した。自分は彫刻に関してはどうも古典礼賛から抜け出せなくていけないのだが、ロダンのよさも、すこしわかった気がする。途中、見つけたカフェで足止め。大雨になったから。</p>
<p class="post">
雨中、帰り際に寄った書店で、『表象』という雑誌を手に取る。3号のシンポジウムに腹が立った。いつまで世間は東とかいうひとをのさばらせておくつもりなのだろうか。お付き合いする方もする方で、暢気なことだと思ってしまう。バルトが言ったような「制度としての文学」など、それが終わろうが始まろうがどうでもいいことだし、そんなものは、本当はあったためしなどないのだ。そんなあったかどうかも定かではない、あったとしてもどう考えても水準の低いパンタズマに関わるかぎり、なにも生まれないのは、わかりきったことじゃないか。
</p>
<p class="post">
なんにせよ、文学を制度としてみるという視線そのものが、アカデミズムという権力によって拵えられたものだということを、ぼくらは早く知るべきなのだ。国家と同じような権力として芸術まで一緒くたに非難したって、そんなの国家の思う壺にしかならないじゃないか。表象なんて名のる以上、『表象』という雑誌は、自分たちをもうすこし高く見積もるべきじゃないか。そりゃなんだって表象なんだけど、なんだっていいってわけじゃないでしょう。いい気なもんだ。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1124.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>一周年</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1122.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1122.html#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Jul 2009 15:15:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1122</guid>
		<description><![CDATA[ブログを立ち上げてちょうど１年になった。カウンターはほぼ３００００を数えているし、ユニーク数も６０００を超えている。驚くべきことだと思う。 もともと自分は本をあまり読まないし、読んでも基本的につまみ食いしかしない。本を読 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">
ブログを立ち上げてちょうど１年になった。カウンターはほぼ３００００を数えているし、ユニーク数も６０００を超えている。驚くべきことだと思う。
</p>
<p class="post">
もともと自分は本をあまり読まないし、読んでも基本的につまみ食いしかしない。本を読むよりも、考えている時間のほうがずっと長いし、なにも考えていない時間はもっと多い。そういう自分が文章を書くとしたら、それはひとに読んでもらうというよりも、自分の思考をとにかく先に進めたいと思うからだ。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
最近、ドゥルーズの『意味の論理学』を読んで、愕然とした。というのも、彼がストア派についてこれだけ言及しているとは知らなかったからである。ニーチェを読み、ストア哲学に触れていた自分の思考が、彼に似ているのはもっともなことなのだが、次に書こうと考えていたのがストア派関連のことだったので、オリジナリティの点でいうと、やや方向を修正しないといけないかもしれない……。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
ドゥルーズやフーコーが、ぼくは好きだ。彼らの文章のあいだで響いている苦悩やその克服としての歓びが、ぼくを快活にする。さすがに三十をすぎると、わかりたくもなかったそういうことがわかるようになってくる。だが、といって、彼らの文章は、じつはそれほど読んでいない。むしろ、彼らが読んだであろう本を読むことのほうを、結果的にはずっと熱心にやってきた。――たとえば、レオナルドの絵画に痛棒を食らったような感銘を受けて、それで画家になることを決意した青年は、おそらくレオナルドの絵画もたくさん見るだろうが、それよりも、レオナルドが見たであろう風景や女性たちのほうを、余計にたくさん見なければならない。つまり、レオナルド（画家）の目を獲得しなければならない。レオナルドの絵だけをみていても、ぜったいにレオナルドのような画家にはなれないし、それどころか、画家にさえなれないだろう。彼は、レオナルド研究者以外のものになることはできない。
</p>
<p class="post">
最近見かける絵画はといえば、ほとんど絵画の絵画だけだし、世界そのものがまったく不在であるような絵画ばかりが転がっている。そしてそのことが推奨されさえしているが、それは絵画ではない。そこにはコンセプトという名の《不在》だけがある。それと同じように、ドゥルーズやフーコーの議論はさかんだが、結局、哲学者はどこにもいない。ドゥルーズ研究者やフーコー研究者は、いわば絵画の絵画のようなものしか書けないし、要するにそこに《哲学》は不在なのであるし、また不在であることが推奨されさえする。《哲学》は、研究者にとっては、余計なものなのだ。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">ともあれ、ドゥルーズやフーコーの文章を読んでいると、ニーチェが読みたくなるし、ニーチェを読んでいると、世界そのものを読んでみたいと思うようになる（そして読むという行為がとても淫らだと思うことがある）。彼らの文章には、すでに世界が広がっているし、そうだとすると、彼らの文章のなかに、ぼくも存在しているに違いない。ニーチェの文章のなかに登場している自分を探そうと思えば、たとえば、本なんて読まずに、《思考》してみるといい。あるいは、なにか《書いて》みるといい。そうすると、そこにすでにニーチェがいて、ニーチェの本を読むよりも、よほどニーチェを読むことができる。だから《書物》という概念は、それほど重要だとは思われない。</p>
<p class="post">孤独にものを考えていても、うまくいけば、ただそれだけで、ドゥルーズに会えたり、フーコーに会えたり、あるいはプラトンやホメロスにだって、出会うことができる。そして、ああ、似たようなことを考えているひとたちがたくさんいるんだな、と思って、すこし気落ちしたりすることもあるが、ともあれ、本を読むよりはよほど身近に感じられるし、そうやって出会ってから本を読めば、彼らの言っていることも、もっと簡単に理解できるようになる。</p>
<p class="post">
いつだって、ニーチェやフーコーたちは、先回りしてぼくを待っている。一度くらいは、ぼくの方が、彼らを待ちうけてみたいものだ。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
ぼくの文章も、おそらくは、友人にだけ向けられたものだ。不特定多数の読者など、考えたこともない。ぼくは見たままの男だし、思ったことだけを書こうとしている。ぼくのことをよく知っているひとは、それだけ、ぼくの文章をも、よく読むことができるだろう。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1122.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>装幀が出てますね</title>
		<link>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1075.html</link>
		<comments>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1075.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 11 Jun 2009 12:48:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.fragment-group.com/kiotanaka/?p=1075</guid>
		<description><![CDATA[装幀がアマゾンにアップされています。前にもすこし触れましたが、奥定泰之さんのお仕事です。送られてきたＰＤＦファイルを開けたときの感動が思い出されます。すごく綺麗な装幀で、本当、プロは違うなあと思ったものです。フォントの配 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="post">
装幀がアマゾンにアップされています。前にもすこし触れましたが、奥定泰之さんのお仕事です。送られてきたＰＤＦファイルを開けたときの感動が思い出されます。すごく綺麗な装幀で、本当、プロは違うなあと思ったものです。フォントの配置からなにから、いろいろと細かい部分の配慮がすごく伝わってきました。指の先の先まで神経が行き届いている、というか。帯の文字色もいい感じです。永滝さんに考えていただいたキャッチがすごく映えていると思います。二案つくっていただいて、どちらかを選ぶ、という感じだったのですが、どちらも本当にすばらしかった。みた瞬間に、これは悩むな、ということがわかったから、あまり深く考えないようにぱっと選んじゃったのですが、案の定、決めたあとでいろいろベッドのなかでもんどりうっておりました。お礼をいう機会がなかなかないのですが、ここをご覧になっているという噂も聞きましたので、本当にありがとうございました。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
ところで、最近は教育現場で、円周率が３から３．１４に戻っているそうですね。それは本当によかった。小さい頃、円の面積をこういう風にイメージしたことを覚えています。つまり、円がすっぽり納まる正方形をイメージすると、だいたい、半径×半径の正方形を四つ並べた状態に等しい。で、たしかに、四つよりは、円の面積は小さい。でも、三つよりは大きそうだな、だからだいたい３．１４なんだな、と。逆にいえば、ゆとり教育時代、円の面積は、半径×半径の正方形三つ分と等しい、という驚異的に単純な計算をやらせていたことになります。つまり、円周率の「３．１４」という言葉の意味をまったく理解せずに、たんに３．１４という数値と考えて、これを省略したわけですね。これで円の面積が表現できるわけがない。「半径×半径×３」では、たんに半径と同じ長さの辺をもった正方形が三つできるだけなのです。要するに、この表現だと、円が四角いのです！
</p>
<p class="post">
本来のゆとり教育の趣旨からいえば、３．１４をただ覚えこませるのではなく、なんで３．１４…になるのかを考えさせることが重要だったはずです。しかし、「ゆとり教育」の意味を理解せずに、たんに「ゆとり」を時間的な数値を意味していると考えて、教育時間を減らすことにしたわけです。要するに、円周率が３になるのは、そもそもゆとり教育の意味を履き違えていた時点で、決まっていたことだったのでしょう。
</p>
<p class="post">
ちなみに、それが数学的に正しいのかどうかは知りませんが、とにかく勝手に上のように円周率の意味を考えていたから、円周率をたくさん口ずさむと、円がどんどん綺麗になっていく気がして、それがすごく好きでした。一桁進むたびに、たんなる三つの正方形が、丸っこくなっていく。というわけで、いまだに小学二年生のときに覚えた50桁ほど円周率を口ずさむことができるのです（覚えた最大の理由はクラスの男子で授業そっちのけで競争になったからだと思いますが）。3.14159265358979323846264338327950288419716939937510……。こんなことをやっていたから数学ができなかったんでしょうけれど。
</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p class="post">
さて、なんで円周率の話になったのかはわかりません。が、たぶん、奥定さんの「神経の行き届いた」装幀をみていて、なんとなく円周率のことを思い出したのだと思います。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.fragment-group.com/kiotanaka/description/diary/1075.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

