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	<title>ex-signe &#187; criticism</title>
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	<description>kio tanaka's website</description>
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		<title>顔と他者、あるいはマイケル・ジャクソンについて</title>
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		<pubDate>Thu, 03 Jun 2010 15:27:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>

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		<description><![CDATA[マイケル・ジャクソンが死んだとき、書こうと思っていたことがある。それをずっと書かないでいた。なぜだろう？　たぶん、世間が大騒ぎして書く気が失せたのだ。そして忘れていた。だが、ふと思い出した。アメリカ合衆国とは《何だった》 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>マイケル・ジャクソンが死んだとき、書こうと思っていたことがある。それをずっと書かないでいた。なぜだろう？　たぶん、世間が大騒ぎして書く気が失せたのだ。そして忘れていた。だが、ふと思い出した。アメリカ合衆国とは《何だった》かと考えたからだ。この特異な国家について考えるとき、この黒人のアイドル、世界史上あまり類例のないスターのことを思い出す。たかがアイドルといえばそれまでだが、彼には明確な思想がある。そろそろひとが忘れる頃だから、ここに書いておくのもいいだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>マイケル・ジャクソンは鏡に映った自分をみて、世界をよりよく変えることができると信じた。彼の目にはこう映っていた。世の中に問題があるのは、きっと大人が難しく考えすぎているからじゃない？　もっとシンプルに考えればいいんだよ……。この単純さを志向する風変わりな思想と、彼の過剰な整形は切り離すことができない。</p>
<p>彼は兄弟のなかで、鼻が大きいといじめられていた。そうさ、ぼくの鼻は大きいといわれたけど、ほら、鼻は小さくなった。大人びて見えるからと、ほら、顎も割ったよ。歌謡界で特異な位置を占めてはいても、けっして中央には出ることがなかった黒人たち。そうさ、ぼくもクロンボと言われたけど、ほら、ぼくの肌は白くなったよ<sup><a href="#n01" name="p01">(1)</a></sup>。彼は鏡をみて、こう考える。この鏡に映っているぼく、これが世界だ。マイケル・ジャクソンのコギト。みんな、自分の姿を鏡でみてみよう。それが世界だ。ぼくらは世界だ。衣装を変え、ポーズをとり、表情を作る。そんな風に、世界だって変えられる。かっこ悪いと思うなら、変えればいい。こんな風にシンプルに考えれば、世の中をよりよく変えることができるんだよ。戦争や飢餓だってなくすことができる。大人は複雑に考え過ぎなんじゃないかな……。</p>
<p>ここは、こうした思想が実現可能なものかを考える場所ではない。たんに彼の思想を取り出そうとしている。だからといって、それをあまりに理想主義的な、ロマンティックなものだと考える必要もない。あの不自然な顔が、ロマンティックなもの、理想的なものだと考えるのは困難である。彼が得た子供のような純粋さ、単純さの代償が、過剰な整形で崩れたあの顔貌である。黒人が真にピュアでいたいなら素顔を捨てなければならない。鏡に映っていた人工的なあの顔、精神の美しさの代償に得たあの顔、それこそ、２０世紀のアメリカ社会そのものだったのではないだろうか。鏡に映る彼の歪んだ顔は、自由主義国家アメリカが覆い隠していた裏側である。あの顔の奇怪さを前にして、「顔」の特権性を語る他者論は太刀打ちできるだろうか？　彼はもはや「顔」を、つまり他者の表徴を失っているというのに？</p>
<p>ソ連の崩壊後、社会主義の醜さを非難する声は顕著だ。それはたしかだが、アメリカを中心とする自由主義社会が、その醜さを覆い隠すために行った不自然の数々もまた、本当は非難されなければならない。自由のために素顔を捨て去らねばならなかったマイケル・ジャクソンの悲痛な叫びが聞こえないだろうか。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>犯罪のため、差別のため、あるいはひとの精神の醜さに耐えられなくなって、顔を変え、名を変えて生きていかねばならないひとたちがいる。彼らに「顔」や「固有名」などと言っても、「仮面」や「匿名」と言っても、本当は無駄なのだ。彼らは、もうとっくの昔にそんなものは失ってしまったからだ。本物の他者はどこにいるのか、もう一度問い直してみよう。</p>
<p>ひとは、顔を変え、名を変える自由をもっている。それは、顔や名が、精神に対してたかだか表面にすぎないから自由に変えられるのではない。ひとは表面において生きているからこそ、それらがわけても自由な行為と言えるのだ。だから、先に「悲痛」だと言ったが、それは方便である。変化を愛したかのアイドルは、喜んで、顔を変えた。それこそが自由の本当の意味だから。</p>
<p>他者について、わたしならこう考える。かのアイドルの「顔」とは、まさに帝国アメリカの象徴でしかない。本当の彼は、つまりわれわれにとっての他者は、時折見せる笑顔や、叫びの際に鼻に皺寄せる独特の表情のなかにこそ、明滅しているのだ、と。彼の整形された顔は、だんだん若き日に演じたピエロのような笑顔になっていくように、わたしには思えた。おそらく彼は、「顔」でさえ、《表情》に変えようとしていたのではないか。そんな風に、わたしは思っていた。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>２０世紀の批評家は文学に固有名や顔を見つけられなかった。当然である。文学は、固有名ではなく、呼びかけに応じて変わる名前――つまり無名を、顔ではなく、刻一刻と変わる表情を求めてきたからだ。名前を変えても、彼は彼だ。顔を切り刻んでも、変化する表情は失われない。無名性や表情にこそ、他者は存在している。固有名を確定記述に変える実証主義のほうが、かえって他者に出会うこともあるし、もちろんその逆もあるだろう。固有名や顔は、この際、そこまで重要な問題ではない。固有名から確定記述へ、確定記述から固有名へ、その移行の瞬間にこぼれ落ち、低く煌めく言葉、つまり無名性や表情にこそ、他者がいる。</p>
<p>シンプルに考えよう。彼女が笑っているとしたら――たとえその内面に悲しみを隠していても――きっとそのときの彼女は幸せだったのだ。彼女が愛していると言ったなら――そのときは本当にぼくのことを愛しているのだろう。世界は本当は、ひとが思っているよりもずっとシンプルだ。文学は、ひとの心が抱いてしまう現実とのズレ、つまり内面を表象（表情）のうちに消し去る運動である。それを《表現》という。小説のなかの言葉、紙に書かれた言葉、それを内面と外面とに区別する質的な差異はどこにもない。そこに書かれているものがすべてで、小説はなにも隠していない。文学は素顔とも内面とも関係がない。</p>
<p>世界はシンプルだ。単純な強さがある。誰かが助けを求めていたら――その言葉の意味など考えている暇はない。そんなことをする必要もない。たんに助けてあげればいいだけのことだ。救いを求める動物の言葉でさえ、ひとは理解できるのに、同胞の言葉に反応しないわけにはいかないではないか。自分でできなければ、ほかの誰かに声をかけたらいい。助けてくれと言う勇気もときには必要だ。いまこの瞬間にも、そうやって世界史は成立している。</p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01" name="n01">(1)</a> 読者から、肌が白くなったのは病気がきっかけという指摘、彼の整形を醜いというべきでないという指摘、彼の整形は事故がきっかけという指摘、さらに、彼はアイドルでなくアーティストという指摘、その他さまざまな指摘をいただいた。記して感謝するとともに、彼のファンが今でもたくさんいることを嬉しく思う。</li>
</ul>
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		<title>基地はいらない！</title>
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		<pubDate>Sun, 23 May 2010 18:00:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>

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		<description><![CDATA[ニューヨーク・タイムズは、５月２３日付けの記事、“Japan Relents on U.S. Base on Okinawa”のなかで、「オバマ米政権の勝利であり、鳩山首相にとっては屈辱的な後退a victory for [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ニューヨーク・タイムズは、５月２３日付けの記事、“<a href="http://www.nytimes.com/2010/05/24/world/asia/24japan.html?ref=world">Japan Relents on U.S. Base on Okinawa</a>”のなかで、「オバマ米政権の勝利であり、鳩山首相にとっては屈辱的な後退a victory for the Obama administration and a humiliating setback for Mr. Hatoyama」と伝えている。とはいえ、おそらく日本のメディアにも旧政権に所属する官僚たちにも、敗北感などないだろう。アメリカの“victory”こそ、自分たちの勝利だからだ。</p>
<p>いまは怒りを覚えている沖縄のひとたちも、本土メディアの鳩山バッシングとは一線を画したいと思っているかもしれない。外野から他人事のように鳩山首相を非難する様は、むなしさを通り越して奇怪なものをみる気分になる。現状を肯定するばかりでなにもしていない連中が、できもしないことをやるな、などという批判が正しいとは全然思わない。やり方がまずかったとも思わない。たんにメディアが足を引っ張り続けたということであり、必要な支持が足りなかったということである。また民衆に基地反対の火をつけたという点で、役割は果たしている（首相の言葉が軽いというひとがいるかもしれないが、政治家の言葉が善き意志で貫かれているかぎりは、即座に言ったことが実現しなくても充分に重みを持つし、途上での狡猾さはあってしかるべきものだ）。</p>
<p>本来は在野の知識人がやらねばならないことを、一国の首相がやったと思えばいい。アメリカという巨大な覇権国家からみれば、日本の首相は残念ながらポジション的にはほとんど在野に等しい。そしてにもかかわらず首相であるということが彼の足かせになっていたのであり、短絡的に「日本に基地はいらない」と大統領に投げればそれでいい、などとはとうてい言えない（戦前の日本は国連でも国際会議でも自分の主張だけしかしなかった）。首相には、基地反対の民意を受けつつも――支持率をみるかぎり、それが民意かどうかはわからないが――、最終的には大統領とは仲良くやってもらわねばならない。それが外交というものだ。基地を動かすことができるのは、本質的には民衆だけであると思う。「基地はいらない」というメッセージは、首相のものではなく、端的に民衆のものであるはずだ。本土の人間は、最初に政治家にそれを言わせてしまったことを恥じなければならない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>アメリカの軍産複合体は、冷戦期に肥大化したものだ。軍隊には敵が要る。冷戦期の敵はもちろんソ連だった。しかし、この終わりのない軍拡ゲームから、ゴルバチョフは一方的に降りてしまった。別に積極的にレーガンやブッシュシニアが勝ったわけではない――つまり、アメリカには、勝利とひきかえに消費されるはずだった兵器や世界中の基地が、山のように残されることになった。当然、軍隊には敵が要る。この邪悪な山は、己を標的にせざるを得なくなる。というのもアメリカが、世界を制覇してしまったからだ。かくして戦争はもはや終わることのない奇怪な円環を描く。敵はテロリスト（テロ国家）であるという。だが、テロリストを生産しているのは、あるいはすくなくとも必要としているのは、ほかならぬアメリカである。彼らは、自分たちを守る兵器と同時に兵器を使用する対象をも生産する、自家中毒的なグローバル企業である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>冷戦後、その根拠を失った海外基地を維持するのは容易ではなかったはずだが、どこに潜んでいるかわからぬテロリストを対象として基地の根拠は暗黙のうちに書き換えられた。テロリストが相手である以上、古い意味での「抑止力」はもはや空文化している。不可視の敵を相手にする以上、敵の殲滅は戦争の終結を意味しない。テロリストは世界中に分散している。地球という球体の上に存在する基地は、任意の場所にあっていいはずだが、そうである以上、もっぱら経済的な理由から、動かす理由はもっと存在しない。ただそこにあるという、そのことだけが、じつは、たとえば沖縄に基地があるもっとも説得的な理由なのである。</p>
<p>沖縄に基地があるという前提で作られた数多くの兵器があり、産業があり、官僚がいて、そして権利がある。もはや国家がこれを動かすことはできない。国家が基地の場所を決めるのではない。世界中に張り巡らされた基地の上に国家が乗っかっている。べつにアメリカだけが利権に預かっているわけではない。セミラティス状に広がった利権の網の目には、ユダヤ人というかイスラエルはもちろん、日本の古い権力者も与っている。世界大に広がった利権の網の目、すなわちセミラティス、これをネグリ＆ハートの言葉で《帝国》という。</p>
<p>わたしは彼らの論文が公表された当初、この議論に懐疑的だった。だが、ここ何年かはことさら否定する必要を感じていない。ここでは、彼らの議論に沿って話を進めていこう。さて、《帝国》は、冷戦の終わり――資本主義のグローバル化によって現われた新たな局面である。かつて帝国主義時代には、資本主義は国家と手を取り合っていた。というのも、国家間戦争がなければ、自らの領域を広げる外部を保つことができなかったからだ。だが、資本主義のグローバル化は、国家との結託を不要のものとした。むしろ国家のほうが、資本主義に包摂され、これに依存することになる。こうしてできる世界大の利益共同体が《帝国》である。日本はアメリカの植民地だとか、隷属しているだとか、そういう短絡的な見方はここではできない。国家間関係は、固有の領土に立脚した政治的なものというよりは、もっと微妙に変化するグローバル経済の上〈のみ〉に成り立っている。地球上のどこかで剰余価値が発生すれば、そこを中心にして、帝国が何度でも編成される。その編成のプロセスのなかで、日本がアメリカの植民地のように見えることもあれば、同じ日本がアメリカの片棒をかつぐ帝国主義者のようにみえることもあるし、たんに日本が帝国主義者としてふるまうこともある。ここでは、主体は端的に国家ではないし、主権国家という観点はじつはほとんど成立しがたい。強いて主体をあげるなら、不可視のセミラティスである《帝国》、というほかない。ともあれ、その編成から漏れたひとたちはテロリストになるほかないところまで追いつめられ、剰余価値を生み出すための差異を無理矢理演じさせられる。テロリストは暴力を振るう。なんというならず者たちか。われわれは、これに千倍する暴力で答えなければならない。たった一発の手榴弾が、千発の劣化ウラン弾に変わる。千発の劣化ウラン弾が十発の手榴弾に変われば、今度は一万発の劣化ウラン弾が生まれる。これを価値増殖といわずしてなんといおう。……</p>
<p>冷戦時代に作られたアメリカの基地が、《帝国》に利用されている。基地があるかぎり、敵から日本は守られるかもしれない。それは古い抑止力とは関係ない。基地があるというそのことが、《帝国》の攻撃対象から外されることを意味するからだ。しかし、日本を攻撃する敵とは、一体誰のことなのだろうか？　中国ではない。中国政府は、《帝国》内部に組み込まれている。というより、現在の《帝国》の中心は経済的にはほとんど中国に移行しつつあるといっていいほどだ。だから、やはり、基地があるかぎり、そこが中国の攻撃対象となることはない。基地がある以上、中国にいる《帝国》の住人は、そこを自領とみなす。海外基地とは、《帝国》のシンボルであり、「降伏証明」である。これが「抑止力」という言葉の真の意味だ。つまり、不思議なことに、この「抑止力」には対象となる国家が存在しない。つまり、《帝国》のなかに、敵はいない。しかし、《帝国》は、この「抑止力」によって、目に見えないテロリストを生産する。敵がいない？　そのとおり、彼らは見えない敵なのだ……。これは黒魔術の言葉――自分自身の尻尾を飲み込むウロボロスである。「抑止力」は、イラクへ、あるいはアフガンへと飛び立ち、いまも民間人を殺し続けている。民間人の憎悪にまみれながら、兵士たちはおそらく薄々感づいている。この戦いは、ますますテロリストを生産するために行われているのではないか。……</p>
<p>こうした奇怪な円環は、われわれを身動きできないところへと追い込んでいく。オバマ政権が軍産複合体に仕掛けた戦いは劣勢が伝えられている。オバマは鳩山由紀夫と同じく、軍縮を志向するタイプである。だが、それでも基地を動かすことはできない。世界中に張り巡らされた《帝国》の力が、彼らの道行きを阻んでいる。そればかりか、彼らが動けば動くほど、彼らの自由はいよいよ狭まっていく。軍隊の縮小を全体として実現するためには、この基地は必要だと、すべての基地が主張する。軍縮したつもりが、すこしも縮小されない。多くの大統領が戦争を経験してきた。だのに臆病なお前は逃げることしかしない……。《帝国》はますますその力を強めていく。肥大化する《帝国》に追従する新自由主義者たちは、その求めに従って、国家を小さくした。できるかぎり自分を小さくして《帝国》の流れに身を任せた方が、国家は生き残ることができると考えたからだ。だが、それは、《帝国》の力に国家が飲み込まれてしまったことを肯定する身振りでしかない。国家はますます《帝国》の尖兵になり下がっていった。だからといって、《帝国》に反対して国家の力を強くしたとしても、勝つのは容易ではない。国家は、《帝国》の要請に応じて形を変えなければ生きていけないほどに、変質させられてしまった。それほどまでに、手に負えないものになったのだ（強い国家ほど、国連を必要とするのはそのせいだ）。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>こうして世界は文字通り閉塞していく。だが、ネグリとハートによるなら、《帝国》と直接対峙する勢力があるという。マルチチュード（群衆）である。《帝国》は巨大であるがゆえに不可視である。テロリストは微細であるがゆえに不可視なのだが、不可視であるという点で、《帝国》の主要なパーツである。しかし、マルチチュードには、どうやらそれが全部見えているらしい。生活の瞬間瞬間に、《帝国》がふるう暴力が、見えるというのだ。彼らは戦うべき本当の敵がどこにいるのかを知っていて、ゆくりなくつぶやくだろう――基地はいらない……！</p>
<p>軍縮のための確実な一歩は、武器を減らすことではなく、軍隊が駐屯する世界中の基地をひとつひとつつぶしていくことであろう。理論的には、それ以外に恒久的に軍縮を進める道はない。いまや兵器の生産がアメリカや中国（《帝国》）の内政上の問題である以上、政権が変わればたちどころに兵器の大量生産が可能だからだ。</p>
<p>おそらく、真の敵は基地なのではなかろうか。世界中に基地があるからこそ、アメリカは諸外国と戦争するし、テロリストが生産されつづけるのではなかろうか。《帝国》はリゾームではない。セミラティスである。なぜなら、どうしても動かせない基地があるからだ。《帝国》は、どこにでも動けるかのように偽装しているが、爆撃機が飛び立つための何千メートルもの滑走路は必要なのだ。だから、《帝国》がもっとも恐れているのは、基地こそが戦争の元凶であることに気づいている周辺の生活者が声を上げることなのではなかろうか。先にも述べたように、《帝国》が世界大に広がっているなら、基地は任意の場所でよいはずだ。だが、そうなっていない。というのも、冷戦時代の遺物たる基地がそこにあったからだ。ただそこにあるという、それだけが基地のもっとも強固な存在理由である。この理由に論理的に反論するのは困難である。というのも、論理的な理由ではなく、多分に情緒的なものだからだ。したがって、国家首脳レヴェルの外交上の課題ではない。この理由なき常駐に対する唯一の方策は、論理的なやりとりではなく、民衆の声で応じることである。声に声をかさね、軍隊、あるいは《帝国》の暴力とは別種の《力》でこれに応えることである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、時間が足りない。ここで考察は一方的に断ち切られるが、ともあれ《帝国》と対峙しているのはマルチチュードである。しかし、マルチチュードになるのは容易ではない。ほとんどの場合、われわれは、知らないうちに《帝国》に加担している。おそらく、声をあげるひとたち、それも声をあげつづけるひとたちだけが、マルチチュードになることができる。しかし、やはり、声をあげるのは容易ではないし、ひとりひとりの声は小さい。われわれは、はたして《帝国》側の住人なのか、マルチチュードの側の住人なのか。自分自身ではなかなか判断することができない。とはいえ、すくなくとも確かなことは、《帝国》と対峙する主体となれるのはマルチチュードだけ――つまり政府はあくまで副次的な存在である、ということだ。</p>
<p>政府には果たしてもらわねばならない役割がある。だが、彼らに頼りすぎるのはよくない。もともと政府には基地を動かすほどの力はないからだ。だから、基地を動かそうと試みた稀な政府を責めるのは筋違いである。われわれは、政府でさえ、味方につけなければならない。アメリカや官僚、ジャーナリストやアカデミシャン、そして兵士たちのなかにさえ存在するマルチチュードを見つけ出し、仲間に加えなければならない。現政権には、オバマ政権とともにまだまだ仕事をさせるべきだが、究極的には、基地を動かすのは民衆、それもマス化していないマルチチュードである。</p>
<p>自分たちにしか、基地を動かすことはできないのだと知っている民衆は、マルチチュードになる準備ができている。勇敢な沖縄のひとたちはマルチチュードになりつつあるようにみえる。本土の人間も、うかうかしていられない。まだチャンスはつづいている。諦める必要はまったくない。基地がそこにあるべき理由は存在しない――この勝負には、勝ち目がある。</p>
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		<title>芸術のエチカ――欲望中心の表象の強さについて</title>
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		<pubDate>Fri, 21 May 2010 17:44:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>
		<category><![CDATA[Sokrates]]></category>

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		<description><![CDATA[欲望中心の表象には、強さがある。街を歩く群衆は、己の考え事に耽っていて、他人の顔など見向きもしないし視界に入っても覚えていない。なのに、この欲望中心の表象ときたら、そんなひとびとの無関心などおかまいなしに、暴力的に視線を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>欲望中心の表象には、強さがある。街を歩く群衆は、己の考え事に耽っていて、他人の顔など見向きもしないし視界に入っても覚えていない。なのに、この欲望中心の表象ときたら、そんなひとびとの無関心などおかまいなしに、暴力的に視線を奪ってしまう。別にその表象は生身の人間である必要はない。なにかしら異性を思わせるシンボルがあるだけで充分である。というよりは、その欲望中心のシンボルの抽象性が高ければ高いほど、かえって視線を誘う。なにしろ「欲望」は、表象をもたない。だから抽象的だが、同時に、欲望ほど具体性に恋い焦がれているものもない。この抽象的なシンボルは、次の瞬間には具体物であるかもしれない。そう思わせるだけで、ひとの視線は奪われ、このシンボルに吸い付けられてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえば昨今のアニメや漫画で描かれる人物は、それはいじらしい。なぜなら、彼らは人間になろうとしているからだ。抽象性から具体性へと至るプロセスの中心で、いまだ胚といってもよい状態のまま、奇妙に凍結され、宙づりになってこちらを見つめている。この欲望中心の表象の力強さは驚くほどだ。かつて泉鏡花が自然主義文学について言ったように、十の精神でさえ、一の肉に勝てない。もし、芸術があるかないかもわからぬ精神の領域を占めているとすれば、肉に依拠し、覇権主義的で帝国主義的なこの「サブカルチャー」の力には、ほとんど歯が立たない。</p>
<p>それは、中世ヨーロッパの芸術が、ついに古代ギリシア・ローマの芸術に勝てなかったことにもよく現われている。それは、宗教が欲望に勝てないことと同義である。かつて白樺派のひとたちは、内村鑑三の洗礼を受けながら、ほとばしる欲望についに勝てなかった。「自分は女に飢えている」と語ることから文学を始めた。だからこそ、この芸術は強い。魂に禁欲を強い、その禁忌がもたらす崇高に軸足を置く宗教的な芸術が、欲望中心の芸術に勝てなかったことは、歴史がよく示している。</p>
<p>古典時代とは、欲望中心の時代の謂いである。ソクラテスの言葉は、ギリシア人が、知とエロスとを同じ高さに並べることに、なんの抵抗も感じないのでなければ、すこしも説得的ではない。ソクラテスは美に畏敬を抱かぬひとを「快楽に身をゆだね、四つ足の動物のようなやり方で交尾して子を生もうとし、放縦になじみながら、不自然な快楽を追いかけることを、おそれもしなければ、恥じもしない」と言って非難する。とはいえ禁欲を説くわけではまったくない。彼は美に出会い、恋に狂った人間が陥る〈好ましい〉例を、次のように語る。</p>
<blockquote><p>聖像や神に対するごとくに、彼はその愛人にいけにえを捧げることであろう。…その姿を見つめているうちに、あたかも悪寒の後に起こるような一つの反作用がやってきて、異常な汗と熱とが彼をとらえる。それは、彼が美の流れを――翼にうるおいを与える美の流れを――眼を通して受け入れたために、熱くなったからにほかならない。そしてこの熱によって、翼が生え出てくるべきところがとかされる。…いまや養分がつぎこまれると、翼の軸は膨れ、その根から、魂の姿の全体を蔽うまでに成長しようとする躍動をはじめる。</p>
<p>…かくして、このような状態のとき、魂の全体は、熱っぽく沸きたち、はげしく鼓動する。それはちょうど、歯が生えはじめたばかりのとき、人々の歯のまわりに感じるあの状態――歯ぐきのところに感じるむずがゆさといら立ち――あれと同じ感覚なのだ。翼が生えかけている人の魂は、まさにそれと同じ経験を味わい、翼が生じるにあたって、熱っぽく沸きたち、いらいらし、うずくものを感じる。そこで、この魂が、少年にそなわる美をまのあたりに見つめながら、そこから流れてやってくる粒子を――このように粒子（メレー）の流れ（ロエー）の放射（ヒーエナイ）であるがゆえに、それは「愛の情念」（ヒーメロス）と呼ばれるのであるが――この愛の情念を受け入れて、うるおいを与えられ、熱くなるときは、魂はそのもだえから救われて、よろこびにみたされることになる。</p>
<p class="post-r">プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫</p>
</p>
</blockquote>
<p>この言葉が、性的な欲望がいかに表現（発現）されるべきかをリアルに示すものであるのはあきらかである。ここでのソクラテスの言葉は、それ自体が欲望の表現（発現）であることに注意しておこう。つまり、この言葉は、それによって「意味されるもの」を想起させようとしているのではない。美は、「四つ足の動物の行う交尾」として《表現》されるのではなく、「翼をもった魂の潤いのほとばしり」として《表現》されなければならない。なぜなら、ひとを惹き付ける美とは、対象そのものではなく、対象が抱かせる期待、すなわち《距離》によってこそ、美だからである。安易に対象と同化するよりも、「翼」によって表現される対象との《距離》が、ひとをして欲望の虜にするのであり、この同化に至る《距離》こそが、美であると同時に表現であると言いたいのである。要するに、ソクラテスは全然欲望を否定していない。欲望を描くとは、四つ足の獣のように即席の同一化を与えることではないし――これをポルノと呼ぼう――、そうした即席の快楽は、ほとんどここちよさを与えない。それは、結合の瞬間、絶頂の瞬間が、それまで感じていた《美》などどうでもよくなっていることによって説明される。むしろ、結合にいたるプロセス、絶頂の途上で感じられる埋めがたい距離のすべてが、美であり欲望であり快楽なのである。芸術の中心はここにある。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>男は手淫し、女は想像で妊娠する。われわれは、それを「抽象的」と言ったり、「観念的」と言ったりする。それはけっして虚構ではない。なぜなら、自然は、それによって実際に欲望を満足させるようにひとを作ったからである。犬のディオゲネスは人のみている広場で自慰に耽りながら言った。「ああ、お腹もまたこんなぐあいに、こすりさえすれば満足できるならいいのになあ」。しかし、これは不思議なことなのだ。遺伝子が死を超えて残ること――作られた子供については、欲望はこの際関係しないらしい。手淫は観念的だ、などと言ったところで、これが現実に行われていることを否定することはできない。芸術は、虚構というよりは、こうした奇妙な《現実》にかかわっている。つまり対象それ自体とかかわるよりは、対象への意志とかかわる。欲望は、対象の直前で立ち止まる、いわば手淫や想像妊娠なのだ。それを表象するのが古典芸術だとするなら、アニメや漫画は、対象を人間未然のなにかとして、しかも人間になろうとするその《距離》として描いているという点で、無自覚に古典芸術と同じ地平に立っている。その意味では、サブカルチャーとメインカルチャーを区別する必要はほとんどない。純文学であろうが、漫画であろうが、それらが宗教的ではない動機、すなわち欲望の屈折なき放射であるかぎり、芸術の最初の門をくぐったものと考える（その点、コンセプチュアル・アートは古典芸術とはまったく無関係である）。問題は質ではなく強度である。</p>
<p>欲望が快楽そのものというよりは快楽の遅延なのだとすれば、その表現は驚くほど複雑化する。なるほど快楽は一に基礎を置く。だが、欲望は多に基礎を置いている。したがって、肉を晒すことは快楽へ至る最初の一歩だとしても、欲望にとっては多様な道のひとつにすぎない。中世の宗教芸術から一線を画すルネサンス期、レオナルドは、「教会は血を忌む」といって遠ざけられていた人体解剖に興味を示している。したがって、解剖学的な欲望は、中世を卒業する芸術の最初の動機の一つであると考えられる。だが、解剖学だけですべてが解決するわけではないし、欲望が静まるわけでもない。むしろ欲望は、ポルノに至らぬぎりぎりのところでとどまることを欲しているし、その点からいえば、じつは欲望はポルノを拒絶している。</p>
<p>たとえばゴダールは、『映画史』のなかで、浴槽のジュリー・デルピーとポルノビデオを対比している。彼は言いたいのだ、どちらがひとを欲情させるのか、また同時に、同じことだがどちらが美しいのか、と。むろん、ジュリー・デルピーよりポルノビデオに軍配を上げるひとも多いだろう。強度を問わず、ただ快楽にたどりつけばいいというのなら、ほとんどのひとがそうだろう。ゴダールが言いたいのは、映画はポルノビデオと勝負し、あるいはもっとおぞましい薬物とさえ勝負し、それに勝つことを夢見ている、ということだ。今日では、純文学とポルノ小説の差異はほとんどなくなっている。作家たちのあいだで、欲望と快楽とが混同されているからである（はっきりいって、純文学と称する昨今の代物はほぼすべてポルノである）。こうしてポルノを政治的に法で囲い込むより手段がなくなっていくのだが、本当の芸術は、結局、ポルノを法で囲い込むよりも、勝つことを夢見ている。芸術も子供を作ることができると言いたいのだ。</p>
<p>しかし、芸術がポルノに陥ることなく、美や欲望、快楽を《距離》によって表現することを仕事としているなら、アニメや漫画は、本質的にポルノに近すぎるのではないだろうか。ある女性の声、肉体、精神、そしてその生涯を、つまりこの女性の美を一枚の絵画におさめることができたなら、余計なものはいらないはずだ。ただ言葉だけで女性の美しさを表現できたとすれば、やはりもう余計なものはいらない。すでに美であるそれらに加えられた補助線は、快楽を不必要に近づけ、かえって快楽を小さくするポルノにかぎりなく近づいていく。アニメや漫画の補助線は、あまりに親切で、説明的で、こちら側の呼びかけを無視して進むがゆえに、かえって戸惑う。人間は、たった一本の線にでさえ、欲情することができる。この線がついに美につながるとすれば、そのときの快楽はほとんど極大に達しよう。芸術が究極的にはシンプルな形式を求めるのは、その方が複雑な快楽に達する可能性をもつ場合が多いからである。ただ一枚の絵画、言葉だけで描かれたストーリーこそ、アニメや漫画の目指すところではないのか、という疑念を払うことは、なかなかできない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>老いの手前にとどまる若さや、目的を達しようとそれに打ち込む姿は美しい。それは、あらゆる芸術上の登場人物が、人間の手前で人間たらんとリアリティを求める姿と重なりあう（たぶん、美はある種の期待であり、美的な知はある種の予言であろう）。結局、芸術は、つぎの問いをつきつけている。人間が美しいとすれば、それはなんによってか、と。己を超えたものを欲することによってではないのか、と。しかし芸術は、だからといって神を選べとは言わない。というのも、それは欲望を屈折させ、たどりつくことのできない統整的なものとして目標を提示するからである。だからこそニーチェは「超人」といった。芸術は、人間を超えたものを宗教に依らずに提示しなければならない。つねに大人になることを目指している子供は、その比喩である。</p>
<div class="post-rl">
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		<title>基地問題、あるいは文学とリプレゼンテーション</title>
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		<pubDate>Fri, 07 May 2010 07:39:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>

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		<description><![CDATA[マスメディアのあいだであふれている言葉が、ほとんどすべてリプレゼンテーションであることは容易に察しがつく。彼らには、ほんとうにいいたいことは別にあって、ずっと「意味」を隠しているのだ。デリダがいうように、この種の言葉は、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>マスメディアのあいだであふれている言葉が、ほとんどすべてリプレゼンテーションであることは容易に察しがつく。彼らには、ほんとうにいいたいことは別にあって、ずっと「意味」を隠しているのだ。デリダがいうように、この種の言葉は、現実とは無関係だ。だが、彼らをつうじて伝えられる言葉のなかにも、まれに強いものがある。しっかりと現実を掴んでいて、言葉そのものが真理の無限の運動のなかに参与している。偶然にか、それとも意図してか、それはこの際問わないでおこう。そういう言葉だけが、歴史になるのだし、また歴史家は、まちがってリプレゼンテーションを選んでしまわないよう、注意深く、言葉に耳を傾けている。たとえばフーコーは、そういう言葉をエノンセと言った。デリダがついに概念化できなかったものだ。わたしはフーコーのこの概念が好きだ。ディスクールについて語っているときでも、彼はじつは、つねにこの概念に照準をあわせていたし、その点では、彼は死ぬまで変わっていない。わたしなら、こういう言葉の学を、《文学》と呼ぶ。わたしはずっと、《文学》にだけかかわっていたいと思う。</p>
<p>マスメディアは、言葉をリプレゼンテーションとして用いる。本当に乱暴なやり方で、彼らは、マスを「代表」して語る。そして暗にこう語る。言葉は現実とは結びついていない、と。わたしはこれほど有害なものはないと思う。《文学》を愛するわたしにとって、彼らはこれ以上ないほどに敵である。かつて文学者たちが語った言葉は、たしかに現実と結びついていた。彼らはジャーナリズムのなかでかき消されるかにみえた声を、ひそかに紡いでいた。それをわたしの耳はちゃんと聞いた。現実をしっかりと掴んでいるような、そんな強い言葉があることを、わたしは彼らから教わった。彼らのおかげで、わたしはまた現実の世界に戻ってくることができたのだ。</p>
<p>疑うのは大事なことだ。しかし、その一方で、信じる必要もある。ジャーナリズムが暴くのは嘘であり、彼らはすべてを嘘に見せることにかけて、きわめて巧みに振る舞う。しまいには、彼らは、自分の使っている言葉でさえ、嘘であると言い始める。そうすることで、彼らは、なんの苦労もせずに、嘘を暴くことができる。なぜなら、言葉そのものが、嘘だからだ。だが、そういう思考については、わたしはもうニーチェのように「噛み切れ！」というしかない。本当にどうでもいいことだ。わたしは、彼らが世界を疑えば疑うほどに、信用していく。言葉を軽視すればするほどに、わたしの手のなかでたしかなものになる。言葉には重さがあり、固さがある。軽さといってもいいし、しなやかさといってもいいが、そういう風にいうと、質量がないと誤解されてしまう。実際、多くのひとは言葉は「もの」とは違うと考えている。だが、重さというにせよ、軽さというにせよ、とにかく質量があって、世界は言葉が生まれでる卵のようなものなのだ。言葉は物体ではなかったかもしれない。だが、言葉が出来事である可能性は、まだほとんど手つかずのまま、残されている。</p>
<p>この喧噪、この怒号、この罵声のさなかにあって、かき消されまいとする懸命なささやきに、沈黙を破る勇敢な歌声に、不意にこぼれ出る真実のつぶやきに、歴史家はいつも耳をすましている。かつて若きヘシオドスは、ムーサに名を借りてこう歌った。</p>
<blockquote><p>野山に暮らす羊飼いたちよ<br />卑しく哀れなものたちよ<br />喰いの腹しかもたぬ者らよ</p>
<p>私たちは<br />たくさんの真実に似た虚偽を話すことができます<br />けれども<br />私たちは<br />その気になれば<br />真実を宣べることもできるのです</p>
<p class="post-r">『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫</p>
</blockquote>
<p>真実を覆い隠すリプレゼンテーションをかき分けて、歴史家はむき出しの言葉を、すなわち文学を探している。そこに文学があるかぎり、言葉は真実であることをやめない。だから歴史家には、いつでも、文学のあるところへ飛んでいく用意がある。文学のあるところが、ひとの永遠の住処だ。結局ひとは、そのようにしか生きられない。ひとの行うべきただひとつの仕事は、嘘の海のなかから《言葉》だけを選び出し、それをきちんと子供たちに伝えることだ。わたしたちは、それを世界史と呼ぶ。どうあがいても、世界史はそのようにしてしか語り継ぐことができない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>なにが言いたいのか？　わたしは基地問題にかんして、鳩山首相にエールを送っているのだ。知識人としてはナイーヴすぎるかもしれない。だが、語る言葉をもっているにもかかわらず、高みの見物を決め込んでいるのがもう嫌になった。言葉の専門家として、わたしはまだ期待している。あきらめるなといいたい。</p>
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		<title>政治と芸術</title>
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		<pubDate>Sat, 24 Apr 2010 14:29:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>

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		<description><![CDATA[知識人としては失格かもしれないが、わたしは素朴な人間で、依然として小沢‐鳩山体制には――とりわけ外交の点で――期待している（とはいえ前回の選挙でどこに投票したのかは秘密だし、今後民主党内でありうるほかの体制にはほとんど期 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>知識人としては失格かもしれないが、わたしは素朴な人間で、依然として小沢‐鳩山体制には――とりわけ外交の点で――期待している（とはいえ前回の選挙でどこに投票したのかは秘密だし、今後民主党内でありうるほかの体制にはほとんど期待していない）。この政権に対する最近の逆風は、どう考えても常軌を逸している検事やマスコミのつくりだした論調ももちろんあるが、それを注意深く取り除いて考えたとしても、政治に期待し過ぎたひとびとが感じている失望に起因するところはあると思われる。だが、そもそもわたしは政治にそこまで期待していない。だからむしろよくやっているな、というか、まだなにも始まっていない、という印象のほうが圧倒的に強い。半年ちょっとでやめさせるようなことになるのなら、それこそバカじゃないかと思える。ついでにいえば、ここで民主党を非難して親米ナショナリスト（なんだこの単語は）を利するようなことはあまりしたくないし、ファシズムにより近いものを利するようなことはもっとしたくない。沖縄の基地問題にしても、わたしなどより鳩山由紀夫はずっと専門家だから、基本的に彼に任せておこうという気になっている。外野がずいぶんうるさいが、ことこの問題に関する限り、相対的にいって彼ほどの人材はあまり見受けられないように思われる。逆説的にいえば、彼はきっと、この件を五月で打ち切るようなことはしないだろう。この件にかんして、彼はもっと長期的に実現させるべき野心を持っているからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、先の政権交代で小沢一郎が成し遂げたことは、たしかに歴史上の一事件といってよいものである。民衆を主人公にするためにもっとも効果的な二大政党制をつくりあげ、それを現実化したことは、現在の人間がどう言おうと、歴史学者は必ず小沢一郎の業績に数え上げるだろう。とくに明確な冷戦期的イデオロギーをもたない小沢は、まさに戦後民主主義の申し子といっていい。というか、あまりに近いもの――たとえば眼球――が不可視であるのと同様に、彼のイデオロギーとは、「戦後民主主義」だというべきだろう。彼の強みも弱点も、その点にこそある。彼はどのような場面であろうと、というより極限状況に近づけば近づくほど、多数決の原理を崩さないはずである。</p>
<p>とはいえ、二大政党制は、議論を矮小化させる。民主主義である以上、本来多様であるべき意見は必ずイエスかノーか、この二つの意見に収斂される。したがって、民衆が主人公というのは結果においてのみそうなのであって、民衆がもっている雑多性・多様性は封殺される。結果として、政権交代という響きが元来もっているはずの歴史的な価値もまた、二大政党制というゲームの枠内に矮小化される。</p>
<p>むろん、やむをえないことでもある。結果における自由か、過程における自由か。どちらを重視するか、これは議論の分かれるところで、答えはなかなか出ない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>多くの歴史学者は、「政治」にこそ歴史があると思っている。なぜなら、歴史とは結果だからだ。そのため、ひとびとが目にする歴史はおおむね「政治」の歴史であり、天皇や将軍や総理大臣の名前を連ねていけば歴史ができあがると考えられている節がある。だが、その一方で、政治とは、結局歴史における結果にすぎないと思っているような歴史学者もいる。歴史が結果と同義であるなら、結果より過程を重視することは背理に陥るのは目に見えている。だが、後者の人々は、たとえば二大政党制を選択するに至った民衆の精神の変化のほうが価値があると思っている。つまり、歴史とは結果ではないと考えている。</p>
<p>こういうひとたちは、「政治」を選択しない。「政治」にはそれほど興味をもたないし、また結果に収斂されないような《政治》を探し出そうとする。彼らは結果未然のなにかを求めて歴史に向かうのであり、したがって、政治よりも芸術のほうがずっと重要だと考えている。というのも、芸術は、自然のもたらす明確な結果（痕跡）よりも、ときに残酷なその変化を捉えようとしているからだ。たとえば笑顔の美しい女性がいれば、それを描こうとする画家は、モデルとなって固くなっている彼女を描くのではなく、そのなかに笑顔を探し出そうとするだろう。その変化にこそ、彼女の本当のリアリティがあるからである。政治を重視しない歴史学者は、芸術家を同類の人間だと考えているし、また過去が目的なのではなくて、過去を手段として未来を《予言》することに興味を抱いている。つまり、かつてみたあの美しい笑顔を《再来》させようとする。</p>
<p>むろん、どちらが正しいというのではない。結果と過程は往々にして逆転するからである。わたし自身はつねに過程の側に身を置く人間――要するにたんなる一市民――だが、われわれが過程だと思っているものがじつは結果だったりすることは、歴史上ではよくあることである。たとえば、革命の時代には、過程と結果は反転する。こういうときには、なにをおいても結果こそ重要だと言わねばならない。というか、現に起こっている革命とは、結果ではなく過程だと言わねばならない。ところで、すべての出来事を一覧表のなかに凍結しようとしたコントの実証主義は、革命の時代、激動のさなかに生まれたものである点は、敬意を払ってよいものである。すべてが都合よく保存され、イデオロギーがほどよく硬直していた冷戦期の実証主義にひきかえ、一九世紀の実証主義にはまだ奇妙な生々しさがある。</p>
<p>コントは、すべての事象が結果を迎えない限り、実証主義は不可能だと考えた。この点で彼は正しい。しかし、歴史はそのすべてが結果なのだろうか。不思議なことだが、歴史は、ときに凍結された結果ではなく、熱い変化そのものとして表現されることがある。つまり、いまだ終わっていないものを表現している場合がある。たとえば歴史は、政治と芸術をその同じ身体に有していたカエサルや曹操、豊臣秀吉のような人物をもつことがある（変化のなかに身を置いている彼らは、芸術が政治の道具であるなどとは考えられなくなっている――織田信長にとって茶の湯は政治の道具にすぎなかったが、秀吉にとっては、茶の湯それ自体が政治なのである）。たとえば人類が夢見る完全な自由の実現は、不可能であったり失敗に終ったりしたのではなくて、まだそれを実現している途中である可能性がある。歴史がときに見せるこうした狂乱を知ったなら、「政治」は所詮結果にすぎない、ということも、なかなか言えないものとなる。一見両極にみえる政治と芸術は、不思議に似た顔を見せることがある。</p>
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		<title>湯川秀樹と特殊領域にかかわる知識人</title>
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		<pubDate>Tue, 13 Apr 2010 05:12:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Foucault]]></category>
		<category><![CDATA[Hideki Yukawa]]></category>
		<category><![CDATA[中間子論]]></category>

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		<description><![CDATA[量子力学のことが知りたいと思って、京都大学は基礎物理学研究所の周りをうろついていると、なぜか湯川秀樹が残した膨大な資料（そこには、一九三〇年代に書かれた中間子論の自筆の原稿が含まれるばかりでなく、バートランド・ラッセルや [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>量子力学のことが知りたいと思って、京都大学は基礎物理学研究所の周りをうろついていると、なぜか湯川秀樹が残した膨大な資料（そこには、一九三〇年代に書かれた中間子論の自筆の原稿が含まれるばかりでなく、バートランド・ラッセルやアインシュタインからの書簡などに代表される平和運動や世界連邦にかかわるもの、パグウォッシュ会議にかかわるもの、正力松太郎や中曽根康弘らとのやり取りを中心とした原子力の平和利用にかかわるもの、原子力潜水艦寄港反対運動にかかわるもの、一方の当事者として学園紛争にかかわるもの、等々、科学史のみならず戦後史に興味をもつ歴史家にも垂涎の的の資料が山と蓄積されている）の目録作りにかかわることになった。湯川の肉筆に何時間も触れていると、だんだん、彼の感覚がわたしに乗り移ってくる。その感覚は、強烈な知識人のオーラである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>ミシェル・フーコーが、サルトルなどに代表される「普遍的」知識人に代わるものとして「特殊領域にかかわる知識人」という概念を打ち出したのは、オッペンハイマーのような原子物理学者をモデルとしてのことである。彼らは物理学者であり、物理学に全身全霊をささげながら、なおかつ《科学者の責任》を忘れることはなかった。戦後、日本の知識人が、文学者なのか哲学者なのかよくわからない場所でゼネラルに発言を繰り返していたのとは対照的な存在である。彼らはあくまで「特殊な」科学者であり、目前の仕事に打ち込んでいるが、自らの領域を厳密に守りつつ、そのなかから政治的な声をあげることを余儀なくされた人々である。</p>
<p>湯川秀樹は、フーコーが理想とした知識人像に完全に合致する。「一番恐れたのは…自分のやりたくない問題を押しつけられることであった。私は自分の研究に、知・情・意の三つをふくむ全智全霊を打ちこみたかった。中途半端な気持ちでは、研究の全然やれない、厄介な人間であった」。彼はもともと科学少年だったわけではない。むしろ哲学から物理学に入ったタイプの人間である（だから西田幾多郎の影響は大きかった）。彼はしかし、研究だけに打ち込むことはできなかった。それは時代の要求でもあったが、同時に、物理学からの要求でもあった。なぜなら、物理学は世界と結びついていなければならないからである。湯川は言っている。</p>
<blockquote><p>この論文〔中間子論〕を発表した当時、私はあとから考えると不思議なくらい強い自信をもっていた。これで原子核の構造を考える場合の根底になる核力の本質を解明できたし、また当時まだ神秘に包まれていた宇宙線に関するいろいろな現象も理解できるだろう。そうなれば、もはや本当にわからないことはなくなってしまうのではないかと思った。…物理学にとって、完全に未知の領域はなくなったのではないか、と私は思った。あとから考えるとたいへんな早合点、思いあがりだったわけであるが、とにかく当時はそう感じていた。したがって、中間子が宇宙線の中で遅かれ早かれ見つかるはずだと私は固く信じていた。…</p>
<p class="post-r">湯川秀樹「中間子論３０年」『科学』Vol. 35, No. 4, Apr. 1965.</p>
</blockquote>
<p>もちろん、未知の領域や不可解な現象はなくならなかった。むしろ湯川の理論をきっかけに、新たな素粒子が無数に発見され、世界はどんどん不可解になった。しかしそのことは問題ではない。重要なことは、次のことだ。物理学は、かつて幾何学がそうであったように、世界そのものを扱っている。だからそれが人間の運動である限り、政治の領域をも含む《世界論》でなければならない、ということである。したがって、彼が打ち込んだ「世界連邦建設運動」は、彼のなかでまったく矛盾していない。それはむしろ、自らの内部にある物理学からの要求なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>こうした知識人像は、たとえば吉本隆明らとは大きく異なる。彼らはなにかに打ち込むということをむしろ避けた人たちであり、したがってナショナリズムから距離をとることはできたが、その一方でただひとつの課題を、ニーチェ風にいえばただひとつの《目的》を見つけることができなかった。彼ら――たとえば吉本や花田清輝なら、文学はしょせんエンターテイメントだ、などという言葉を平気で吐いたし、彼らが批評家などと自称していても、どこか空々しい感じを覚えた。どこにも根っこがなかったからである。こうした知識人は、知を軽いものにはできたとしても、なかなか尊敬されないだろう。つねに全知全霊を注ぐことを避け、余力を残して死んでいくつもりなのか。斜に構えることで守れるのは自分だけであって、そこに世界論はないということに、まだ気付かないのか。</p>
<p>こういう感じは、吉本以後の世代の知識人にも引き継がれている。ポストモダニズムが流入して以降、この傾向はますます強くなった。彼らはなにか特定の職業で名指しされるよりも、たんに評論家と呼ばれることを好んだものだが、ポストモダニズムの本場であるフランス最大の思想家は、むしろ、湯川のような知識人像を推奨していたのだから、皮肉なものである。デリダはすこし異なるが、ドゥルーズは自分をスピノザ研究者であると語り、フーコーは自分が歴史家であると述べることをはばからなかった。彼らには、《わたしは哲学者だ》という勇気があった。「わたしは○○である」、という命題――自己を対象に重ね合わせることができなければ、彼の語る世界にはいつも「自己」が取り残されることになろう（実証主義者と呼ばれる連中も、この命題から主語を取り除くことで、世界を半分にしてしまうのだから、結局やっていることは同じである）。真理とは一個の世界像である。だとしたら、むしろ徹底して「専門領域にかかわる知識人」こそ、そして自覚的に誇りを持って「わたしは○○である」と語れる人間（すなわち「局所化」できる者）こそ、政治的な発言を避けないのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれは、世界を語ろうと思うとき、特定の領域に限定されてはならないと考える。だが、フーコーや湯川の例は、その逆のことを示している。むしろ特定の領域にいる者であっても、世界を語れるということである。たとえば、「わたしは炭鉱労働者だ」と誇りをもって語れる人間なら、彼は炭鉱労働を通じて世界についても語ることができるだろう。彼はもう立派な「特殊領域にかかわる知識人」である。フーコーが歴史を語るのはこの地点からであり、フーコーにとって、汚辱に塗れたひとたちでさえ――というよりも彼らこそが、《ほんとうのこと》を語るために世界について語ることを余儀なくされる、知識人なのである。わたしが批評家や高い地位にいる人間よりも小説家を好むのも、この観点からである。真の小説家とは、ひとが虚構だと端から思い込んでいる場所で、なんとかして《ほんとうのこと》を語ろうとする人たちである。往々にして、歴史家は小説をコーパスから除外する。つまり、どこかの国の検事のように、「こいつは嘘をついている」と決めてかかる。だが、その小説家がいかに《ほんとうのこと》を語ろうとしているか、それに耳を傾けないうちは、結局はどのような声も響かせることはできないだろう。本当は、たとえば上記の炭鉱労働者の表明する言葉と〈同様〉に、小説家の言葉もまた、社会に回収される「言説」ではなく、出来事そのものでもあるような「言表」となっているのだ。私見によるなら、湯川が後半生取り組んだ非局所場の理論は、こうした知識人としての態度とけっして無縁ではないはずである。</p>
<p>もちろん、「わたしは○○である」と言うだけなら、誰でも言える。問題はそこに生活と結びついた誇りがあるか、ということである。世界といっても、普段からそんなに肩肘張って生きているひとは少ないだろう。世界とは、《ほんとうのこと》を伝えようとする人間が、図らず、思わず、そしてやむをえず語るものである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしは人文学者である。狭義の物理学とは縁遠い生活を送っているが、それでも語らざるを得ない場面が多々ある。わたしの知識のその多くは、基礎物理学研究所での仕事で得られたものである。この仕事には、もう退官しているひともそうでないひともいるが、湯川自身とともに研究に従事した重鎮が数多く集まっていて、わたしのような素人にも快く湯川や朝永振一郎、シュレーディンガーやハイゼンベルク、南部陽一郎やディラックの理論などを教えてくれる（わたしも食らいつくように質問責めにしている）。わたしがちゃんと理解できていないことは確実だが、ここで披露している量子力学の知見は、ほぼすべて、的確で要領を得た、わたしにはきわめて贅沢なこの小講義に依っている。</p>
<p>湯川資料室には、アマチュア物理学者の論文が残されている。アインシュタインから湯川までを否定する威勢のいいものから、宗教じみたものまで、けっこうな数があり、有名税というか、湯川に論文を直接送りつけてくるのだ。それらが残っているのだから生前の湯川の几帳面さがうかがわれるが、彼らは気づけば学会にも入り込んでくる。推薦制を取っていても、なんらかの形で入ってくれば、その彼がほかのアマチュアを推薦するから、けっこうな数のグループになる。それについて、齢八十にならんとする上述の重鎮のひとりが次のように言っていたのが印象的だった。「拒絶はできないんだよね……天才がいるかもしれないから」（大意）。</p>
<p>なるほど。そこでわたしは、湯川が、自分の中間子論について、次のように言っていたことを思い出した。</p>
<blockquote><p>あくる昭和十年の二月に、予定どおり論文が掲載された。この時には、まだ中間子の存在を直接証明する事実は何ひとつ知られていなかったのであるが、私は不思議と強い自信をもっていた。そこで私は、ヨーロッパのある国の有力な学術雑誌のひとつに、中間子論の要点だけを書いて送った。すると間もなく原稿は送り返されてきた。私の考えを支持する実験的証拠がないから、雑誌に掲載できないという返事が、それに添えられていた。遠いアジアの一国の無名の研究者の妄想と片づけられたわけである。もっともなことである。私はたいして腹を立てなかったし、また落胆もしなかった。万事は時間が解決するだろう、と思ったのである。私の自信が、そういう外国の反応によって挫けなかったのは、一つには日本の物理学会が最初から私の説をあたたかく迎えてくれていたからであった。この点は他の多くの場合とちがっているようである。日本の学者が新しい学説を唱えた場合、最初は日本の学界から無視あるいは冷遇され、次に外国で認められるようになって、初めて国内での評価が高まるのが通例だ、ということになっている。私の場合は、それとは少し事情が違っていたことを、日本の物理学界のためにも、ここに明らかにしておきたいと思うのである。</p>
<p class="post-r">「遍歴」1972年</p>
</blockquote>
<p>「万事は時間が解決する」……この言い方に、誰も弾かないと言われた自作のピアノソナタに対して、「五十年すれば人も弾く」と断言したベートーヴェンを思い出す。作家や学者は、自らの世界観にそれくらい自信を持っているものだが、注目したいのは引用の後半である。湯川は一九四〇年にすでに中間子論で帝国学士院恩賜賞を受けている。ヨーロッパのひとたちが拒絶した論文に対して日本の学界は賞を与えたのだ。アラビア数字とギリシア・ローマのアルファベットを使う物理学である以上、たんにこれをナショナリズムだと割り切るのは不可能である。戦後、湯川の予言通り中間子は発見されている。そこにナショナリズムがあったとしても、それとは無関係に、学術的な真理だったのであり、日本の学界は戦争には負けたが学術的な賭けには勝ったわけである。湯川の理論を真理だと判断した戦前の学者たちの優秀さは、わたしを驚かせる。今日の日本の状況ではありえない話だからである。</p>
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		<title>二つの言語論（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ３）</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Apr 2010 14:23:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Derridianism]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>
		<category><![CDATA[Linguistic Turn]]></category>
		<category><![CDATA[Nietzsche]]></category>
		<category><![CDATA[Platon]]></category>

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		<description><![CDATA[ジャック・デリダは言う。
比喩というのは、言語の起源ということである。なぜなら、言語はもともと隠喩的なものだからである。…隠喩は《意味するもの》の戯れとして存在する以前の観念あるいは意味（こう言ってよければ《意味されるも [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ジャック・デリダは言う。</p>
<blockquote><p>比喩というのは、言語の起源ということである。なぜなら、言語はもともと隠喩的なものだからである。…隠喩は《意味するもの》の戯れとして存在する以前の観念あるいは意味（こう言ってよければ《意味されるもの》）の過程として理解されねばならない。観念とは意味される意味であり、語が表現するところのものである。だがこれはまた事物の記号であり、私の精神における対象の代理でもある。対象を意味し、語あるいは言語的な《意味するもの》一般によって意味されるこの対象の代理は、けっきょく間接的に感情や情念を意味することもできる。</p>
<p class="post-r">『グラマトロジーについて』（足立和浩訳）</p>
</blockquote>
<p>彼は言語をある種の「隔たり」であると考える。というか、「隔たり」を作り出すものだと考える。彼の用語で、「間化（エスパスマン）」という。別の言い方をすれば、「隠喩」である。言語とは、究極的になにものかの隠喩であり、しかもそれが名指す対象はついに痕跡の形でしか捉えることはできないものである。言語の対象は、必然的にそれ自身が担う《隠喩性》そのものであって、それを越えることはない。こうした言語観にもとづいて、彼はパロールに対するエクリチュールの優越性を指摘する。というのも、後者が前者の代理物だったとしても、そもそも、言語とははじめから代理物だからである。「それゆえ問題なのは、固有の意味と比喩的意味とを逆転させることではなく、エクリチュールの「固有の」意味を隠喩性そのものとして想定することであろう」（同書）。それによって、彼は意味の解体を、そして言語そのものの解体を目論むことができる。意味が、なにものかの隠喩――というより「隠喩性」そのもののうちに溶解するなら、言語は指示対象を失い戯れのなかにしか存在することができなくなる。根源としての痕跡は、同時に、根源なき、しかし原初的な（つまり根源としての傷を欠いた、そうであるがゆえに傷そのものからは自由となった――とはいっても痕跡の指示する範囲からは逃れられないという点で痕跡は結局根源そのものである）戯れを可能にするからである。</p>
<p>この観点は、ある程度まで正しいが、同程度、誤っている可能性がある。正しい、というのは、方便（レトリック）としてそういう言語観が妥当する場面は実生活上は多々ある、という意味である。しかし、原理的にはおそらくたいていの場合に正しくない。言語が隠喩であるという観点は、そもそも言語がその指示対象そのものではなく、しかもなんらかのつながりをもっている場合に限定される。しかし、言語が隠喩性のうちに溶解して対象とのかかわりを失うと、逆に隠喩という観点そのものが成り立たなくなる。デリダがそうしたように、われわれは、たとえば人体や草や動物や鉱物などと同様に、言語そのものを対象にすることができる。言語は、その他の感覚的な表象と同様に、われわれを喜ばせたり悲しませたりし、またたとえばロープのように対象を死に追いやったり死から救ったりすることもできる。その点では、言語に、その他の対象と異なる「隠喩」という特権を与える必要はない。われわれとあまりに近すぎる物体――たとえば眼球――が目に見えないのと同様に、言語はわれわれの肉体とあまりに近すぎるために隠れてしまう――つまり隠喩となってしまうと考えることは不可能ではない。というか、眼球同様、言葉は《見えすぎている》だけであり、別に隠れているのではないかもしれない。その点で、言語にだけ、その他の自然現象とは異なる奇怪な特権性を与えるのは早計である。</p>
<p>ソクラテスはこう言っている。</p>
<blockquote><p>「…しかし先ず、われわれはある出来事に襲われないように気をつけよう」とあの方は言われました。<br />
「どんな出来事でしょうか」と私は訊ねました。<br />
「言論嫌いにならないようにしよう、ということだ。ちょうど、ある人々が人間嫌いになるように。というのは、言論を嫌うよりもより大きな災いを人が蒙ることはありえないからである。言論嫌いと人間嫌いとは同じような仕方で生じてくる。つまり、人間嫌いが人の心に忍び込むのは、心得もなしにある人を盲信し、その人がまったく真実で健全で信頼に値すると考えた後に、しばらく経ってからその当の人が性悪で信頼に値しないことを発見することから始まる。他の人についても、再び同じ経験をする。こういうことを人が何度も蒙ると、とりわけ、それまでもっとも近しくもっとも親しいと考えていた人々によってこのような仕打ちを受けると、遂には度重なる怒りの果てにすべての人を憎むようになり、どんな人にもいかなる健全さもまったくない、と考えるようになるのだ。…」<br />
「…人が言論についての心得もなしに、ある言論を真実であると信じ込み、それからわずか後になって、それを偽りであると思うようなときに――本当にそうである場合もそうでない場合もあるだろうが――そして、再び他の言論についてそのような経験をくり返すときに、言論と人間は似ているのだ。とくに矛盾対立論法にたずさわって時を過ごしている連中は、君も知ってのとおり、ついには最高の賢者になったつもりになり、自分たちだけが真理を見抜いた、と思い込んでいるのである。すなわち、およそ事物についても言論についてもなにも健全で確実なものは存在せず、すべてのものは、あたかもエウリポスの流れの中にあるかのように、かなたこなたへと変転し、片時もいかなるところにも留まることがないのだ、と」</p>
<p class="post-r">『パイドン』（岩田靖夫訳）</p>
</blockquote>
<p>デリダとソクラテス、言語に対する二つの思考法のどちらが正しいか、俄には判断し難いが、いずれにしても、これらの観点がずいぶん異なっていることだけはたしかである。言語と対象のつながりを完全に切断したデリダ。そんなことはないというソクラテス。言語が真実を述べている場合、言語はそれにもかかわらず隠喩であるというべきなのだろうか。それとも、言語が真実を述べているなら、言語もまた真実なのだろうか。言語が真実であることを信じきっていた人間が裏切られて逆の立場――すなわち言論嫌いに陥る、というソクラテスの主張は、ある出来事を想起させずにはおかない。それは、近代における二つの潮流、実証主義と言語論的転回である。近代において、科学が真理に到達するという確信が実証主義をもたらし、その挫折が言語論的転回をもたらしたことは、記憶に新しい。ソクラテスの発言はそのことの予言でもある。</p>
<p>さらにソクラテスはこう言葉をつなげる。</p>
<blockquote><p>「言論にはなにも健全なものはないかもしれない、という考えが心の中に忍び込むのを許さないようにしようではないか。むしろ、われわれ自身がいまだ健全ではない、という考えをもっと受け入れることにしよう。そして、健全であるべく勇気をふるって努力しなければならない。君やその他の人々はこれから先の全生涯のために、僕は死そのもののためにね。…」</p>
<p class="post-r">同前</p>
</blockquote>
<p>つまり、言論が往々にして対象と関係しないからといって、その本質を《隠喩性》のうちに解消するのではなく、たんに、われわれが言語をうまく使えていないだけかもしれない、と考えるようにしよう、というわけである。もちろん、わたしはデリダよりソクラテスの発言を好む。同じ国語にかぎっても、言語を完全に使いこなせる人間など滅多にいない。矢が的中しないからといって、矢の本質を的中しないことに置くのがおかしいことは、誰でもわかる。自分が下手な射手だと考えるのがふつうだろう。「ライオン」という言葉がライオンそのものではないからといって、「ライオン」がライオンの隠喩だと考えるのは、矢が的そのものではないから矢は的の隠喩だと考えることと同じくらい、おかしなことである。逆にいえば、言語とは本質的に比喩である（＝的に当たらない、あるいは的ではない）、というような発言は、言語について相当の努力を払ってきた人間だけが、なんとか許される謙遜やユーモアであって、デリダならまだしも、わたしに許されるはずもない。「サッカーとは点が入らないものだ」、という言い方は比喩としては許される（し、その発言者がたとえばリオネル・メッシのようなプレイヤーならなおさらだ）が、現実にはそんなことはないように、「言葉とは本質的に隠喩である」、というような発言は、それ自体が、言葉がじつは隠喩ではないことの隠喩である。そうはいっても、言葉が真理を射抜く場面は、いたるところに転がっている。少ないとはいってもサッカーにはゴールシーンがある。「言葉とは隠喩である」という発言をしたのが、全身全霊を賭けて言語に挑んだ小説家ならまだ納得するが、批評家や駆け出しの小説家が、それがさも真実であるかのように言うべき言葉ではないはずだろう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>いくらか蛮勇を奮って、すこしこの議論を先まで進めてみよう。</p>
<p>言語そのものを言語の対象とするいわゆる「自己参照」は、粒子と場の自己相互作用と同じように、必ず無限ループに陥る。この無限ループは対象との不一致を主体の側に引き起こさないわけにはいかない。この不一致こそが精神（主体）と呼ばれるものである。普通は、精神が同時にこの不一致を引き受けることで（つまり精神とは自己相互作用に対するマイナスの相互作用だと考える）、これを解消する。しかしこの不一致が精神に引き受けられないほど巨大になる場合がある。というより、無限ループによって生み出された精神自身が、上記の解決法を拒絶する場合がある（拒絶こそ治癒だと誤解されるのだ）。このとき、ひとは、それを精神病と呼んで医者の治療に委ねるか、あるいは歴史に委ねるという他力本願的な方法を取る。後者の場合にあらわれるのが《民族nation》である。この無限ループは、原理的には、対象の側が有限である以上、それを生み出した自分（精神）の側にしか解決できる可能性がない（医者に頼ったとしても、結局精神病を治すのは自分自身である）。したがって、「自分」を拡張しなければならなくなる。拡張した「自分」、すなわち民族である。たとえば「わたしは日本人である」ということが成立するなら、問題なく、この無限ループは日本人に委ねることができる。</p>
<p>こうしたナショナリズムを非難しようと思えば、ひとつは、言語と言語のあいだに生じる無限ループ、要するに観察する自己と対象としての自己との不一致を、《差異》として受け容れることである。これがデリダの解決方法であり、彼はこれをとくに「差延」という。それは、この無限ループを解決しないことであり、そうした態度のことを、彼は言語学的な言い方をして《隠喩性》といっているわけである。傷ではなく痕跡に留まることが、もっとも正しいひとのあり方だと言いたいのだろう。かくして、知は「エウリポスの流れ」（アリストテレスは予測不能のこの海峡の流れに身を投げて自殺したという伝説がある）のなか、差異の戯れのなかに埋没した――これが、悪い意味でのポストモダンといわれるものであろう。というのも、この態度は、無限ループの解決ではなく、つねに‐すでにひとが行なっている無限ループを増大させることにしか貢献しないからである（だから可笑しなことだが、デリダ自身が差延とは両義的なものだと言っていた）。</p>
<p>さて、近代以前のひとびとは、対象としての自己と、対象を眺める自己との不一致が引き起こす無限ループを、どうやって解消してきたのか。当然、《神》が推測される。現代人ならば御存知のとおり、《神》は人間が生み出したものである。したがって、この場合でも、結局は自己解決である。無限の精神が、無限ループを引き受けるわけである。しかし、ソクラテスの態度を見ていると、もうひとつの解決方法があるように思われる。すなわち、たんにその無限ループを引き受けるにたるだけの精神的成長を遂げることである。《わたしは狂気を受け容れる》……本当の作家は狂気を伴侶としている。狂気――すなわち無限ループを、自分自身の精神で引き受けるのだ。にもかかわらず、あるいはそうであるがゆえにこそ、この作家は健康である。医者や歴史や神に狂気を委ねるのではなく、未来の自分に委ねること――それをニーチェは、超人といったと、わたしは思う。</p>
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		<title>オクシデンタリズム（「精神の歴史」のためのプロレゴメナ２）</title>
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		<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 17:01:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
				<category><![CDATA[criticism]]></category>
		<category><![CDATA[Hideo Kobayashi]]></category>
		<category><![CDATA[History(s) of Spirits]]></category>
		<category><![CDATA[Occidentalism]]></category>
		<category><![CDATA[representation]]></category>
		<category><![CDATA[平行線公理]]></category>

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		<description><![CDATA[ユークリッド（エウクレイデス）の第五公準、いわゆる平行線の公準は破られて久しい。この事態を文学的に翻訳するなら、それは、〈平行線は交わる〉ということである。第五公準とは次のようなものであった。

二つの直線が第三の直線と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ユークリッド（エウクレイデス）の第五公準、いわゆる平行線の公準は破られて久しい。この事態を文学的に翻訳するなら、それは、〈平行線は交わる〉ということである。第五公準とは次のようなものであった。</p>
<blockquote>
<p>二つの直線が第三の直線と相交わって、その同じ側に、その和が二直線よりも小さい内角をつくるならば、それらの二直線は、それらを限りなく延長するとき、その内角のある側において必ず相交わる。<br />Κα? ??ν ε?ς δ?ο ε?θε?ας ε?θε?α ?μπ?πτουσα τ?ς ?ντ?ς κα? ?π? τ? α?τ? μ?ρη γων?ας δ?ο ?ρθ?ν ?λ?σσονας ποι?, ?κβαλλομ?νας τ?ς δ?ο ε?θε?ας ?π? ?πειρον συμπ?πτειν, ?φ? ? μ?ρη ε?σ?ν α? τ?ν δ?ο ?ρθ?ν ?λ?σσονες.</p>
<p class="post-r">ユークリッド『原論』</p>
</blockquote>
<p>ややこしい書き方になっているが、要は、平行線は交わらない、という意味である。ほかの四つの公準（二点を結ぶ直線を引くことができる／線分は延長することができる／あたえられた点を中心とし、あたえられた半径をもって円を描くことができる／直角はすべて相等しい）をみればわかるとおり、第五公準は異様に複雑である。五世紀のプロクロスをはじめとして、公準の証明はたびたび行なわれてきたが、この第五公準だけは、ついに証明することができなかった。証明に成功したと信じたひともなかにはいたが、奇妙なことに、それらはすべてどこかでまちがっていた。イスラムからルネッサンスを経て、この公準は《一直線の外にある一点を通って、もとの直線に平行な直線を一本しか引くことができない》という形に洗練されたが、だからといってこれで証明されるわけでもない。ユークリッドの第五公準は、誕生以来二千年にわたって、それに関わろうとするひとびとを苦しめることになった。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>結局、この第五公準が《証明》の対象ではないことがはっきりしたのは、一九世紀のことである。ロバチェフスキーは、洗練された第五公準、すなわち《一直線の外にある一点を通って、もとの直線に平行な直線を一本しか引くことができない》を、《何本でも引ける》という風にアレンジしてもなんら問題が発生しないことに気づいた。誤解が生じる可能性があるが、話を簡単にするために、二つの開口をもつ漏斗状の世界を考えてみよう。この世界において引かれたいくつかの線は、交わる寸前で世界の外に飛び出してしまうだろう。〈世界の外〉に線分を逃がしてしまえば、平行線は、いくらでも引ける。あるいはリーマンのように考えてみてもいい。彼は第五公準を次のようにアレンジした。《一直線の外にある一点を通って、もとの直線に平行な直線を一本も引くことができない》。球面状に広がった世界を考えてみよう。ここでは地球を例にとるのがいいだろう。地球に引かれた経線は、一見平行であるにもかかわらず、北極と南極で必ず交わってしまう。つまり平行線を引くことはできない――あるいは、〈平行線は交わってしまう〉。</p>
<p>これらユークリッドから離れた幾何学を、わたしたちはたんに非ユークリッド幾何学と総称しているが、どれかが特権的に正しい、というわけではない。証明の観点からいえば、依然として、ユークリッドが正しい可能性も残っている。世界に歪がなく、完全に均質な平面的空間だったとしたら、彼が正しかったことになる。世界＝神は球体であると考えたのは、大きなスパンでみればユークリッドとほぼ同時代のプラトンだったが、いずれにしても、彼らは各々自らの世界観（一本だけ平行線が引ける世界、何本も引ける世界、一本も引けない世界）で幾何学を語っているわけである。いってみれば――文学的に翻訳すれば――、幾何学中の第五公準とは、真理＝ロゴスのなかに混じった、神話＝ミュートスだったのである（歴史学の用語法に従えば、第五公準は、真理を扱う《歴史》のなかに入り混じった、《物語》である）。世界には、さまざまな世界創生の神話があるように、幾何学の世界にも、さまざまな世界創生の神話がありうる。このミュートスのなかで、ロゴスは成立している。わたしたちは、特段ロゴスを放棄することなく、というかむしろロゴスの審級を捨て去らないかぎりで、思い思いのミュートス＝世界論を描くことができる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、わたしが蛮勇を奮って、しかも時間の都合で急ぎ足に幾何学の話をしたのは、自著『精神の歴史』で述べたオクシデンタリズムを直観的に説明するためである。この書物の第一章は近世の蘭学、とりわけ解剖学をあつかう。わたしのみたところ、この奇妙なオクシデンタリズムが切り拓いたのは、特異な表象論であったように思われる。それは、エドワード・サイードが批判的にとりあげたオリエンタリズムを、二重に逆転させる試みでもある（つまりわたしはサイードを反批判している）。サイードにとって、西洋と東洋の非対称的な視線がつくりあげた「どこにもない場所」としてのオリエントが非難の対象だったとするなら、東洋の一島国にすぎない日本人が勝手に作り上げたオクシデンタリズムもまた、どこにもない場所――エレフォンerewhon（nowhereを逆転させたサミュエル・バトラーの概念）についての学問である。やや品のない例を出せば、動物園の動物は、やってきた人間を奇妙な動物のように眺めているものだが、それとある程度は同じことで、同時代の東洋人が一方的に西洋から〈見られていた〉と考えるのも穏やかではない。彼らは彼らで、したたかに、西洋を眺めていたし、その視線が作り出した《オクシデント》は、どこにもない場所であったがゆえに、真の創造性を――つまり《文学》を生み出す可能性をもったのではないか。</p>
<p>といっても、同書では、本論からはずれるため、サイードの議論そのものの批判は若干匂わせたにすぎない（サイードはあまり批判したくなかった、というのも大きな理由のひとつである）。重要なことは、オクシデンタリズムがもたらす特異な表象論／言語論のほうである。《表象》という思考は、今日ではかならずリプレゼンテーションRepresentationとかかわりをもち、したがってカントとかかわりをもつ。つまり、物自体とその表象という一組の概念を考え、表象を存在（Presence）の再‐現前化（Re-present）として把握する思考法である。カントにおいて、物自体は不可知である。というか、考えることしかできない。感覚できるのは表象だけであって、感性的自然において、物と表象は、ついに完全には一致しない。</p>
<p>この思考法のポイントは、物自体の存在が証明できるか否かである。しかし、そのためにわたしたちに与えられた材料は表象だけである。表象と物自体が交わることがない以上、証明はどうやっても不可能である。というのも、存在として証明された（≒感覚的に明らかになった）物自体は、原理上、すでに表象にすぎないからだ。だから誰もカントの物自体の存在を証明しようとするひとはいない。〈不可知の〉物自体の存在を証明できた時点で背理だからである。物自体と表象は、ついに交わらない――つまり、これは一種の《平行線公理》である。すなわち、〈カントの作り出したミュートスである〉。</p>
<p>カントの表象論は、証明不能の第五公理とでもいうべき、《不可知の物自体》というミュートスのうえに成立している。この神話なくして、彼の理性（ロゴス）――超越論的統覚はありえない。したがって、ロバチェフスキーやリーマンがやったように、わたしたちには、カントの構想した（想像／創造した）世界とは別種の世界を構想する（想像／創造する）権利がある。たとえばロバチェフスキーのように、ある表象に対して、ただひとつの物自体ではなく、無数の物自体が想定できるとすればどうか。そうすれば、物自体を特権視することはできなくなる。最初の表象でさえ、もうひとつの物自体かもしれず、かえって物自体を立てる必要がなくなる。あるいはリーマンのように、すべての表象がどこかで物自体と交わってしまうとすればどうか。そうなると、物自体はのっけから存在できなくなるだろう。物自体だと考えていたものも、結局はまた別種の表象なのだ。証明不能の物自体を仮定する世界がありうるのだとすれば、また逆にすべてが表象であると仮定する世界――つまりわたしたちはいたずらに感覚的な世界を疑う必要はない――もまた許されるのではないだろうか。いまでは、リプレゼンテーションの論理は、あまりにも強く一般に流布してしまった。だが、わたしたちには、この論理が暗黙のうちに想定している平行線公理を疑う権利がある。この暗黙の平行線公理とは別の場所に、「精神の歴史」は軸足を置いて展開される。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>これまで、近世の思想といえば、儒学から発展した国学が扱われるのが主流であった。というのも、この思想は、「大東亜戦争」に結実するナショナリズムの原形と考えられたからである。近世の蘭学――つまりオクシデンタリズムは、依然として実学的に意義付けられているにすぎないし、日本の地理的条件においてはよく起こる外来思想とその享受の一事例と考えられるのが主である。だが、オクシデンタリズムの批判対象は当時支配的だった儒学や国学である。そして当時の蘭学から文明論への流れを普通に読み解く限り、この思想こそが、明治維新を内から準備した、という風に考えることは不可能ではないはずである。だとするなら、オクシデンタリズムは、たんなる実学ではなく、もっとラディカルな意義をもったものとして、再把握されねばならない。そうしてはじめて、わたしたちは幕末から明治へのエポック――すなわち激動を、それ自体として把握する権利を得るのではないか。</p>
<p>繰り返すが、オクシデンタリズムの批判対象は儒学である。江戸時代の儒学は、本場中国と同様、基本的に理気二元論である。いずれを重視するかによって違いはあるにせよ、人間あるいは世界を、形而上的な「理」と、形而下的な「気」にわけて説明する考え方である。こうした二重構造は、原理的に、儒学そのものがもっている学問上のスタイルと切り離し難い。というのも、儒学は、原則的に孔子のテクストの読解がその中心である。つまり文献学である。この種の学は、かならず次のような問題に直面する。テクストから遡って孔子像を復原することは許されるのか、それともテクストそのものを重視すべきなのか。「理」と「気」の概念をここに適用すれば、前者が「理」であり、後者が「気」である。後者を重視した陽明学はすでに実証主義の可能性を胚胎しているが、カントほどの厳密性はないため、曖昧であるがゆえの別種の可能性を有すと同時に、実証主義のさらなる進展を阻む傾向もあって、議論が無闇に錯綜する。だが、いずれを重視するにしても、ひとつの共通点がある。それは、「理」や「気」は目に見える表象とは異なるという観点である。「理」は目に見えない原理的な孔子像を重視し、「気」はテクストのなかに隠された意味を重視する。ここからきわめて儒学的な主題である名分論と徳治主義が生まれる。君主が世界を統治する権利をもっているのは、彼が徳をもっているからである。しかし、現実の政治的行為をもって君主の徳を云々することはできない。というのも、原理的に君主はただひとりであるが、君主でない人間は君主が徳をもっているかどうかを判断する力をもたないからである。君主以外の人間は、その徳性を判断できない、そのことをもって、原理上ただひとりの君主は自動的に徳をもつと判断される……。ここでは名分論のトリックを非難することが目的ではない。むしろ、このトリックを秩序だてている知の基準（公準）はなにかと問わねばならない。名分論が可能であるためには、最低限、次の点に同意が必要である――すなわち、孔子のテクストの読解が真の孔子の考えに近似はしてもたどりつくことがないように、表象（現実の君主の見かけ）と真理（君主が内面にもっている《心／理／性／徳》）とは別々の場所をもっている……。</p>
<p>この時期の儒学的身体論もまた、同様の傾向をもつ。よく知られているように、漢方医学は目に見えない気とそれが通る経絡を重視する。こうした漢方医学的な傾向に反対して、西洋の流れとは別に独自に解剖も行なわれたが、それに対する反論をみておくことが、当時の身体論の傾向を理解するには手っ取り早いだろう。</p>
<blockquote>
<p>夫れ蔵の蔵たる、形象の謂に非ず。神気を蔵するを以つてなり。神去り気散じて、蔵ただ虚器、何を以つて視聴言動の其の所に随ふことを知らん。又何を以つて栄衛参焦の統紀を見ん。是の故に昭々の視は冥々の察に若かず。赫々の攻は惛々の弁に成る。之を視て理に求むること無くんば、則ち童子をして視せしむ、何ぞ異ならん。</p>
<p class="post-r">佐野安貞『非蔵志』1760年</p>
</blockquote>
<p>これは、日本ではじめて官許のもとで行なわれた解剖を記した山脇東洋の『蔵志』に反論したものである。佐野がいうには、解剖身体はあくまで「死体」であり、生きている臓器とは根本的に異なっている、実際の〈知見〉より「気」や「理」のほうが重要だ、というわけである。解剖で得られた知見など、童子の観察と変わらない代物にすぎない……。こうした状況下で、解剖と翻訳を〈同時に〉行わざるをえなかったオクシデンタリズムの可能性を考えてみよう。翻訳は、原理的にいって、上記の文献学的な二重構造は問題にしない。というのも、言葉（オランダ語）の意味とはもうひとつの別の言葉（日本語）だからである。目に見えない意味を見えないままに読み解こうとするようなことは必要がないし、無数の解釈などそもそもあってはならない。ここでは単純に、身体というただひとつの答えが用意されているからである。シニフィアンはシニフィエと組み合わされて構造をなすのではなく、別のシニフィアンと組み合わされて、横に連なるセリーを構成する。解剖もこれと同様である。人間が身体の内側に隠していたのは、目に見えない心や気などではなくて、もうひとつの身体である心臓や《神経》である。つまり、肉のなかには、もうひとつの肉があったのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>わたしたちは、もはやオクシデンタリズムがもたらした衝撃を理解できないほど遠い場所にいる。ひとは蘭学に実学的な意味しか見出せなくなっているし、ましてやこれが儒学のような体系的な学問に対抗しうる表象論や言語論を含んでいるなど想像もできなくなっている。精神は心臓や神経のような目に見える表象とは異なる、という、カント‐ヘーゲル的な二元論を再度受け容れてしまったからである。だが、心臓はともかく、神経の概念などそもそも存在していなかった東洋における蘭学者の衝撃は、察するにあまりある（「神経」の語は杉田玄白たちの造語である）。儒学的な「心」の概念は、蘭学によって大幅に変更を余儀なくされた。精神とは、《神経》であった――つまり、《肉》だった。言葉が隠していたのは、意味ではなかった――もうひとつの言葉だった。</p>
<blockquote>
<p>「フルヘーヘンド」は堆(うずたかし)といふ事なるへし。しかれは此語は堆と訳してハ如何といひけれは、各これを聞て、甚尤なり、堆と釈(やく)さは正当すへしと決定せり。其時の嬉しさハ、何にたとへんかたもなく、連城の玉をも得し心地せり。</p>
<p class="post-r">杉田玄白『蘭学事始』</p>
</blockquote>
<p>「フルヘッヘンド」の訳語を言い当てることが、なぜこれほどの喜び（玄白の言葉でいえば、無数の城と交換してもいいほどの玉を得た心地）をもたらすのか。それは、通例の文献学においてはありえない事態であることを想起すれば、少しは共感できるかもしれない。オクシデンタリズムは、近づくことはできても、いつまでたってもたどりつけない真理を追いかける文献学的読解とは、根本的に異なる思考法にもとづいている。「フルヘッヘンド」と「堆し」は、字面をみてもわかるとおり、完全に異なる単語である。この絶対的な差異にもかかわらず、これらの語は〈同じ言葉〉であることが確実である。翻訳において、同語反復にはなんの意味もない。差異は完全に肯定される。</p>
<p>肉のなかには肉があり、言葉のなかには言葉があった。すなわち、〈すべては表象なのだ〉。まったくの偶然の産物かもしれないが、彼ら蘭学者の天才が同時に行なった翻訳と解剖は、かくも有機的に絡みあっていたのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たしかに、それでも佐野の批判が通用する余地は残っているかもしれない。死体解剖で生身の肉体がわかるのか？　しかし、この批判が通用するためには、ひとつ条件がある。生と死とがまったく相反する、ということである。しかし、生と死が違うというなら、どこに本当の死の意味を語れる生者がいるだろうか。漢方医学が内包している論理を原理的につきつめていけば、生と死もまた、対立的な区別を設けることはできなくなる。死は別種の生であり、また生は別種の死であるかもしれず、両者を泰然と分かつ理由もじつはあやふやなのだ。だとするなら、死体解剖によって生身の肉体を語るのを禁ずる理由もないのである。</p>
<p>むろん、蘭学者がこうした思考法を明晰に自覚していたかどうかは確かではない。しかし、蘭学の洗礼を浴びた多くの幕末・明治期の知識人には、こうした思考法の痕が顕著に見られるように思われる。いずれにしてもいえることは、蘭学は、そもそも翻訳が問題となっている以上、現実の西洋と実態的な関係をもたないということ、むしろ西洋と東洋のあいだの境界線上で繰り広げられたドラマだということである。正常な近代化（西欧化）などという戦後の問題とは、まったく無関係なのである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>小林秀雄は言っている。</p>
<blockquote>
<p>近代の日本文化が翻訳文化であるといふ事と、僕等の喜びも悲しみもその中にしかあり得なかつたし、現在も未だないといふ事とは違ふのである。</p>
<p class="post-r">『ゴッホの手紙』</p>
</blockquote>
<p>小林のこの謎めいた言葉から、戦後の知識人は軽薄な欧化を非難するという非生産的な問題構成を作りあげてしまったように見える（とはいえ戦前の日本主義を批判せねばならない都合から、正しく近代化し、これと同一化すること――かつてのオクシデンタリズムに反する同語反復を実現すること――が使命となってゆく）。サイードをもっと深いところで読もう。そうすれば、《正しい近代化（西欧化）》という議論がいかに浅墓かが見えてくるはずだ。なぜなら、わたしたちの視線がつくる西洋など、オリエントがそうであったように、どこにも存在しないからだ。そしてさらに、サイードの議論をひっくり返そう。どこにもない場所は、そうであるがゆえにこそ、可能性をもつ。小林がいうように、日本の近代文学は、翻訳抜きにしては語ることができない。だが、そのことに対して、小林はポジティヴなのである。オクシデンタリズムがもたらした奇妙な言語論を受けついだのは、医学や実証主義などではなく、アカデミズムから離れた《文学》である。小林が指摘しているのは、そのことであるように思われる。</p>
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		<title>記憶と忘却の娘としての《技術》（スティグレールによせて）</title>
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		<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 17:09:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じている点でも、驚くほどよく似ている。その点で、わたしの思考もいっぱしに《同時代的》であるのだろう（逆にいうなら、日本の知識人たちは同時代的であろうとしているにもかかわらず、なんと迎合的で結局は時代と乖離していることか。同時代的に気のきいた批評をしていればそれで仕事をした気になっているひとたちと比べれば、「哲学」しようとしているスティグレールには心の底から共感する）。しかし、デリダの弟子という点をふまえるなら、デリダとなんの関係もないわたしの哲学は、それとは当然異なる方向性をもっている。昨日届いた『技術と時間１―エピメテウスの過失』を読んだだけの感想である。そして、微細なものでもある。だが、結局は決定的であるように思う。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>スティグレールは、哲学がいつも技術の存在を忘れてきたという。わたしもその点にはある程度賛成する。たとえば近代の哲学者、とりわけカントやヘーゲルの哲学は、文字と紙という記憶装置なしには、承服しかねる部分がある。しかし、すべての哲学がそうだったと考えるのはむずかしい。プラトンが、アナムネーシス（第一次想起）を重視し、ヒュポムネーシス（文字など外在的かつ人工的な記憶＝記録）を忘却の術と呼んで記憶術から退けたことはよく知られている。だが、スティグレールは、プラトンが最重要視していたアナムネーシスに〈先立って〉、より軽視していたと思われている外在化された記憶技術であるヒュポムネーシスが存在している、と指摘し、プラトンを批判的に脱構築していく。この議論は、音声に対する痕跡の優越を語ったデリダの批判的後継者の評判にたるものである。だが、わたしなら、すべてに先立つのは、技術というよりは《忘却》であるというだろう。外在的な記憶術を意味するヒュポムネーシスが、《忘却》の術と考えられるかぎりでのみ、技術はつねに有意義なのである。プロメテウスがひとに与えた技術の存在を忘却の底に沈めるといわれるエピメテウスは、しかしとりわけ希望の神でもある。私見によるなら、彼は、「欠失」でもなければ歴史意識を可能にするのでもない。むしろ彼が実現するのは《真空》であり、歴史意識の超越である。彼は、つねに自分の世代を第一世代だと考えるきわめて動物に近い男であり、ゼウスによって自身に与えられる無限の懲罰の結果を先んじて知っているプロメテウス的悲劇とは無縁のアンチ・オイディプス的な男でもある。</p>
<p>プロメテウスが与えた炎＝《技術》とは、端的に記憶であると、スティグレールはいう。しかし、わたしなら、もっと端的に、記憶であると同時に忘却である、というだろう。プロメテウスとエピメテウスの関係は、ひとが思っているよりも、そしてスティグレールが思っているよりも（というのも、彼においてエピメテウスは、プロメテウスを補完するにすぎない）、もっと苛烈に一体化している。この兄弟には、ひとかたならぬ、尋常ならざる友愛の絆が感じられる。この両者が不思議に一体化しているときにのみ、技術は真の有用性をもつ。実際、わたしは、記憶と忘却とを区別する術を知らない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>たとえばこういうことだ。技術には、つねにこういう特性がある――すなわち、一回限りで消え去るものを、《再現》可能にするときに現われるのが技術である。木切れが炎を起こす技術になるとき、この木切れには炎が起きたという一回限りの出来事の記憶が詰め込まれている。技術としての木切れの使用とは、出来事（炎）を再現可能なものにする、ということである。この場合、技術は記憶を再現するものであって、〈炎を燃焼させるのではない〉。そこでの炎の燃焼は、出来事そのものではなく、木切れの能力の再認（レコグニション）、再現前化（リプレゼンテーション）である。徹頭徹尾、技術は《複製》を司っている<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。木切れは、たしかに、炎を起すための文字――炎という出来事の記憶装置である。</p>
<p>しかし、重要なことは、次の点である。記憶の再現としての技術の使用には、結局は《二つの忘却》が紛れもなく存在している、ということである。木切れが、炎を起こす道具として使用されるとき、かつてなんらかの偶然で炎が燃焼したという出来事を、ひとはすでに忘れている。要するに、炎が再現可能なものとなるとき、かつての炎の一回性は、つねに‐すでに忘却されている。これがひとつめの忘却である。</p>
<p>ふたつめの忘却は、ひとつめの忘却を意識したときに（つまり思い出したときに）はじめて忘れられるものである。つまり、意図的に燃焼させられた当の炎は、かつて自分が何らかの理由で偶然に燃焼させられたことを、すでに忘れている、ということだ。要するに、炎は、木切れにひとが封じ込めた記憶を《再現》したのではない。そういう考えはアポロンの神託に苦しむオイディプス的人間の隠れた傲慢であって、たんに燃えている、まったく新しい炎である。同じ木切れを使用して二つの炎が生まれたとしても、両者は決定的に異なっている。だからヘラクレイトスはこう言った。「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>したがって、スティグレールの指摘の正当性は、いまのところわたしには半面的なものにしかみえない。たしかに、ヒュポムネーシスがアナムネーシスに先立ってある、という言い方で、彼は過去の炎の一回性が忘却されていることを指摘した。しかし、その指摘は、原理的にいって、かえって現にいまある炎の一回性を忘却させる。それゆえ、技術の使用は、たしかに記憶の再現であるが、同時にどう転んでも忘却を生みもする。だから再びヒュポムネーシス（複製）にアナムネーシス（オリジナル）を先立たせねばならない。たとえばスティグレールは、別の本で、ソクラテスが少年奴隷に幾何学の問題を解かせる際の身ぶりに注目している。というのも、ソクラテスは、《想起》を示す際に、砂の上に図形を〈書く〉からである。ここに、彼は声に先立つ文字＝技術の優位をみる。だが、わたしにとって重要なことは、それが〈砂の上〉に書かれたということである。声と文字は、媒体に対する定着性（空気の振動であってついに定着が困難なのか、それとも、紙や石版などに定着するのか）によって差異化される。現にある机などの表象よりも、いまここにない「机というもの」という《イデア》が重視されるプラトン哲学において、なんらかの図形が現在に定着した表象によって説明されることがあってはならない。その点で、図形を消し去ることのできる〈砂の上〉でなければならなかった。砂上に《痕跡》など残らないのはいうまでもない――というか、砂上とは、痕跡を残さないものの謂いである。現在を汚染する痕跡に対して、現在から遠ざかり消滅する声が、外在的記憶装置とされる文字に対して忘却が、ふたたび優位に立つのである。技術は、その前と後ろとをつねに忘却によって挟まれている。そのかぎりではじめて、記憶も技術もそれとして機能する。技術にとって、プロメテウスとエピメテウスは一体である。記憶を司る技術を、ひとは忘却なしに使用することができない。ソクラテス‐プラトンが指摘しようとしているのは、そのことであると考えなければならない。</p>
<p>してみると、問題は、内在的な記憶であるいわゆる《記憶》に対して、《技術》を《外在的な記憶》として立てるだけでは終わらないことがわかる。前者を《自然》と呼び、後者を《文化》と呼ぶことがあるが、両者を対立させているかぎり問題が解決しないのと同じことである。技術を記憶の側面から読み込みすぎるのはよくない。《記憶》と《技術》は、一次的か、二次的かという違いはあるにせよ、いずれも記憶であるが、しかも同時に忘却でもある。そのことのほうがずっと大きな問題である。オリジナル（もっとベンヤミン風に根源というべきか）にこだわるかぎり、完全に同じものの《再現》は、原理上、ありえないことである。つまり、その《再現》は、つねに差異を、つまり忘却を含んでいる。記憶は、忘却なしには成立しない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>さて、上記の問題は、スティグレールを離れて次のように展開できる。忘却は、より積極的な言い方で、《想像力》と呼ぶことができる――そのため、記憶、忘却、想像の三つの様態は、なにかひとつの力を別の角度から論じたものにすぎないようにみえる、ということである。ひとは、まったくの《無》から、なんらかの表象を想像（創造）することなど絶対にできない。きわめて想像的な、まったく現実と乖離してみえる架空の表象であっても、それはつねに、よく知られている表象の対位法的な組み合わせの産物である。スフィンクスしかり、シレノスしかり、ドラゴンしかり……。ここに記憶が介在していない、ということはありえないし、当然、そうであるからには忘却も介在している。とくにここには、おそらくは意図的な忘却があって、忘却を悪意をもって使用しているかぎり、ファンシーなものにしかならないが、だからといって、かぎりなく学問的な見地から（つまり記憶に忠実に）表象の復原を目ざしたとしても、そこには少なからぬ忘却と想像とが紛れ込むだろう。したがって、それらの差異は、真（オリジナル）を目ざそうとする意志や態度にかかってくるし、そのかぎりでのみ、美は実現されると考えたほうがよいだろう。ともあれ、記憶・忘却・想像力は、結局はひとつのものであるし、学問と芸術は、むしろ一体であるべきものとして考えたほうがよいのではないか。</p>
<p>とするなら、疑問は次の点にある。なぜ、いかにして、そしてどのような権利でもって、カントは、感性と悟性とを分割したのか、ということである。感性には想像力が、悟性には記憶力（カテゴリー）が用意されている。この両者をひとつにすることが、《総合》であり、《認識cognitio》であるといわれる。しかも、カントにおいて、結局、想像力は記憶力に従属するのであり、総合はカテゴリーにもとづいて行なわれる、といわれる（だから認識はつねにre-cognitioである）。いずれにしても、総合が行なわれるというのなら、前もってその分割が、すなわち記憶力と想像力の分割が用意されていなければならない。しかし、この諸力を厳密に考えれば考えるほど、分割はますます不可能になっていく。はたして記憶力と想像力とは分割可能なのだろうか？　カントは、かの純粋悟性の〈演繹〉にどうやって成功したのだろうか？　カントの哲学に従う、とは、要するに、この分割を無条件に受け容れることではないのか？　演繹を命令と受けとることではないのか？　悟性などを立てるから、「考えることだけは可能な」ヌーメノンたる《物自体》などが必要になってしまうのではないのか？</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>オリンポス山を彩る主要な神々のうちのひとり、ポイボス・アポロンは、学問の神であると同時に、芸術の神でもあった。もちろん、二つの属性をもっていたのではない。フーコー風にいえば、たんに、古代において、それらを分割する知の規準（エピステーメー）がなかったということである。記憶の女神、ムネモシュネとゼウスの娘であるムーサの女神たちを主宰したのは彼である。九人のムーサの名をあげておこう。『神統記』によるなら、叙事詩を司るは第一等のカリオペ。歴史を司るクレイオ。抒情詩を司るエウテルペ。喜劇を司るタレイア。メルポメネは悲劇を司る。テルプシコラは合唱や舞踏を司り、エラトは独唱歌を司る。ポリュムニアは物語を、ウラニアは天文（占星術）を司る。学問と芸術が、記憶と想像が複雑に絡み合った古代世界。こうした古代世界に住まうプラトンたちが、《想起》を、たんに近代的な意味での「記憶」にまつわるものとだけみなしていたと考えるのは、困難である。ソクラテスにイデアを語らせるときでも、プラトンは、いつもそこに忘却を指摘している。かの『国家』は、忘却の逸話によって、終わることなく閉じられるのだ。彼らの忘却への配慮を感じないでいるのは、むずかしい。実際、まったく同じものの再現など不可能なのだから、ホメロスの歌う〈迫真の〉トロイア戦争を、ついには〈迫真にとどまる〉歴史学の語るトロイア戦争と区別するなど、できようはずもない。異なるスタイルがある、それによって別の姉妹があてがわれる、というだけのことである。</p>
<p>ともあれ、カントの演繹がたんに彼の命令であるなら、われわれは逆にそれに従わない権利もあるわけだ。しかし、近代において、悟性と感性とを分割するカントの議論は、あまりに説得的に響いた。芸術を都合よく排除し、というかむしろ芸術学科のなかに閉じ込めてしまった今日の学問の姿勢をみるかぎり、カントの議論は時代に対するそれなりの正当性をもっていたのだろう。芸術からその母たる記憶の力（ムネモシュネ）を奪い、想像力の世界に押し込めた今日の芸術において、程度の低い対位法を駆使した架空の表象が溢れかえるばかりである。文学だけが、学問の世界にも身を置くことを許されたが、「終焉」という言葉で虐殺をはかる連中によって、息の根を止められかかっている。</p>
<p>カント哲学にここまでの制覇を可能にしたのは、近代の技術――活字印刷術と、製紙技術である（だからいたずらにカントを責めるべきではない、カントにはもっと別の課題があった）。さらに相次いで生まれたカメラや映写機などの記録技術は、おそらく、同じものの再現が可能であると、ひとに信じ込ませるにたるものだったのだろう。同じものの再現が可能であるなら、記憶力と想像力は、たやすく分割することができる。悟性の演繹など必要のないほどに、書き付けたとたんに言葉が現在に定着し、同じものを再現しつづける不可解な力をもった紙が、溢れかえっていたのである（ベンヤミンは、これを地獄の現在としてのモダンといった）。かくして、記憶と忘却は、対立するものとなる。カリオペたちと並んでムネモシュネの娘であった、歴史を司るクレイオは、気づけばほかの姉妹を追放し、母を独占するに至った。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>問題は技術だろうか？　むろん、ひとは技術をしっかりと握っていなければならない。だが、技術に対して過度に焦点をあわせるのもよくない。たしかに、悪い技術というものも存在する。とりわけ、それは《模倣の模倣》を司る技術である。すでに模倣されたものは、原理的にいって、そっくりそのまま模倣されうると、みなされてしまいやすいからである（プラトンがいった悪しき芸術はこうした技術にもとづくものであり、これらは、オリジナルへの意志を欠いたところに成立している）。とはいえ、技術を用いるのは人間だけではないし、だからそれを使用する側の問題のほうがはるかに大きいのはいうまでもないことである。おそらく技術それ自体は、《自然》に属する。そうでなくても、自然か人工かは決定材料に乏しいし、そこに問題の焦点をもっていくことに生産性があるとは思えない。かまどの炎――それは人工的な炎であろう――にも神の姿をみたヘラクレイトスは言った、「火を消すよりも、傲慢な心を先ず静めるべきだ」。先にみたように、技術にもまた、古代世界の思考同様に、忘却の力は生きていた（わたしはそのことを証明したと信じる）。問題は、技術に与えたひとの同意、すなわち技術とはもっぱら記憶のみを司るなどという、暗黙か自覚してかは知れぬあやしげな同意のほうなのではないだろうか。はたして、あなたの証明写真は、あなたと同じものを再現しているだろうか？　磁気テープやディスクに録音された声は、本当にあなたの声だろうか？　むしろ、これらの技術は、あなたの顔や声の表情や色彩を、つまり一連の変化そのものを、つまりただ一度かぎりの《出来事》を、撮（つか）もうとしているのではないのか？　技術もまた、忘却を――エピメテウスあるいはその娘のピュラを伴侶として、さらなる差異を加速させるものだと考えてはいけないのだろうか？</p>
<p>文字も同じことである。そこにあるのは、同じものの再現などではなく、日々変化する色彩に満ちた表情なのである（だからこそ、アートとしてのカメラがあると同様に歴史と小説が両立するのだ）。書くという行為には、表情の追究、《スタイル》の追究がなければ、かならず堕落する。事実だけを報道しようとする歴史は、結局は、同じものを伝え、すくなくとも同じものを伝えようとする「情報」へと堕落していく。そこには、《誰がそれを言っているのか》という視点は欠落しているし、欠落していることが望ましいとされる。技術がひとを追い越すにまかせ、生活が時間を実現するのではなく、生活のほうが時間を追いかけはじめる。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>今日、歴史は想像力を欠いているし、芸術は記憶力を欠いている。なのに芸術は想像力のことばかり気にしているし、歴史は記憶のことばかり気にかけているというのは、空しいかぎりである。どちらか一方を唱えてもまるで無駄なことだ。かつて起こったことだけが繰り返される、プロメテウス的悲劇に捕えられた空しい事実ばかりがあふれかえる今日にあって、なにより欠けているのは、〈忘却〉なのだ……。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」（1935-6）におけるアウラの議論はことのほか有名だが、ここでは、この概念はまだそこまで深まりを見せていないように思われる。というのも、ベンヤミンの議論に忠実にこの概念を延長するなら、おそらくアウラは思い返されると同時に忘れられねばならないものだからである。つまり、二つの態度が〈連続的に〉行なわれねばならない。そうでなければ、たとえば《星座》の概念が意味をなさなくなる。</li>
</ul>
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		<title>ポストモダニストたち（２）――ヴァルター・ベンヤミン</title>
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		<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 20:30:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kio TANAKA said</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つまり武器を与えらたように思う。神秘主義ともいわれる彼のスタイルが、歴史を探究するに際していかに正当性をもっているか、ということを説明するのは、骨の折れる仕事である。思えば、一九世紀の実証主義者たちは、おぼろげで程度に差はあれ、正しくそのことを指摘していたものだった（打ち明け話をしておけば、ニーブールやミシュレといった一九世紀の実証史家を、昔はそれなりに愛していた。モムゼンなどよく読んだものだ）。いささか迂遠になるかもしれないが、記憶と忘却をテーマに、すこし込み入った話をしよう。ベンヤミンを読む際の序論になれば幸いであるが、本当のベンヤミン読みには、必要のない代物であるかもしれない。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>かつて《記憶》は、イデアあるいはロゴスと呼ばれ、われわれの知の玉座に君臨していた。日々感覚してはいてもまったく秩序だっていない諸々の経験は、たんなる無価値の差異として与えられるだけである。それを秩序だったものとするのが、ロゴスであり、プラトンの言葉でより厳密にいえばイデアにほかならない。それは、ひとが《生まれながらにしてもっている記憶》である。ひとが、経験においては互いに異なる無数の諸個人を、《人間》と識別できるのは、ひとが前世から受け継いでいる《人間のイデア》を分有しているからである。ソクラテスによるなら、知の探究とは、こうした記憶を適切に《想起（アナムネーシス）》することと定義される。</p>
<p>輪廻転生を前提とする古代世界において、記憶が玉座に君臨するためには、逆説的なことだが、忘却が存在しなければならなかった。忘却なくして《想起》は不可能だからである（むろん、記憶することなしに忘却することも不可能である）。したがって、ソクラテスにおいて、忘却は、人間の条件である。冥界をさまよい帰還したエルの物語によって、ソクラテスが示唆しようとしているのは、世界の起源や終末には、たえず忘却が存在していることである。千年の賞罰期間を経てひとが現世に帰還するとき、かならず、一木一草さえ生えない焼けつくレーテーの野に流れる放念の河の水を飲む。この忘却があるからこそ、生は生を再生させることができる。したがって、ここに真の意味での滅びはない（「このようにして、グラウコンよ、物語は救われたのであり、滅びはしなかったのだ……」）。というよりも、滅びとは、この忘却の謂いであって、無を意味しない。一種の真空を意味する。また忘却は、イデアを可能にするために、必要とされる（「われわれは《忘却の河》をつつがなく渡って、魂を汚さずにすむことだろう……」）。だから起源（オリジナリティ）を可能にするのも、この忘却である。したがって、イデアは、ヘラクレイトスとパルメニデスのあいだで思考される――すなわち動（差異）のなかの不動（同一性）を実現する《運動としてのイデア》は、忘却と記憶のあいだを移行するものである。そこには、つねに差異が孕まれていて、記憶のなかには、近代のひとびとが想像力と呼ぶものが、幾分か折りたたまれて共存している。記憶と忘却が一体である度合いは、そのまま、記憶力と想像力との一体性を示す。それらが一体のものである以上、イデアの運動は、同一性の運動ではなく、類似性の運動でもある。</p>
<p>行為としての忘却とは、行為がかつてもっていた意味（意識）を捨て去ることである。だが、それによってのみ、行為は行為となることができる（忘却がなければ、それはつねに‐すでに、行為というより再認リコグニションである）。その行為は、行為であるがゆえに、ふたたび意味を回復する、すなわち記憶となる。したがって、はじまりには、たえず言葉が、しかも意味（対象）を失った言葉――《嘘》（構造主義の言葉でいえば、「浮遊するシニフィアン」）が存在する。これがしばらくして意味を回復すると信じられるかぎりで、予言と呼ばれ知と呼ばれる。神託を授ける知の神アポロンが遠矢の神と呼ばれた所以もここにあるし、ニーチェがアポロンをディオニュソスの遅延だと呼んだ理由もある。アポロンの遠矢が描く痕跡をたどっているかぎり、それは意味に先行されており、したがって、ひとは行為することができない。オイディプスが、父を殺し母と寝た、と言いうるとすれば、彼が神託を忘却していたかぎりであって、神託を記憶していたのなら、彼が行為したのではなく、アポロンの指令にしたがっただけである。つまり、オイディプスという主語に父殺しと母との同衾を可能にするのも忘却だが、この神託から逃れることを可能にするのもまた忘却なのである。したがって、記憶と同様、忘却には、積極的なものと消極的なものの二つがあるが、記憶が行為を批判する（押し止める）という点において、消極的な積極性を有する場合があるのに対し、忘却は（善かれ悪しかれ）ひとに行為を促すものである<sup><a name="p01" href="#n01">(1)</a></sup>。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>中世にいたっても、《記憶》は依然として、知の玉座に君臨している。神は記憶に住まう。アウグスティヌスが、神を自身の「広大無辺の」記憶のうちに探したのは有名な話だが、ひとは、神のロゴス、とりわけ天国と地獄のイメージを、《生来の記憶》として分有していると考えられた。そして天国と地獄の記憶痕跡が消えてしまわないように、たえずそれを補強しておくことが推奨された。「輪廻」（反復）のイメージを棄て、その代わりに「進歩procursus」（一回性）のイメージを選んだ中世において、忘却は不必要なものとなる。そこには、明確な起源と終末がある。起源と終末が忘却のうちにあるなどということはない。聖書に書かれたとおり、それらは神の記憶そのものである。ひとは、かつては自身が保有していた忘却を、神の記憶に預けてしまったのである。ソクラテスは、ヘルメス＝トトのもたらした《文字》を忘却の術に与するものとした。だが、中世において、文字はやはり、記憶の、それも神の記憶に与するものである。中世において、ヘルメス（・トリスメギストス）の重要性は測り知れない。なぜなら、世界とは、そのすべてが、神の記憶＝文字痕跡だったからである。</p>
<p>文字と、それを記憶する媒体がほとんど存在しない世界を想像してみよう。原理上、実証的な形で歴史的に証明することはできないが、記憶が知の玉座にあった前近代において、むしろ忘却はいたるところに転がっていたはずである。しかしそれらは、中世にはすべて神が、君主が、あるいは天が回収した。ひとはそれを《生来の記憶》と呼び、のちにフロイトによって《無意識》と呼ばれることになる概念に余地を与えていなかった。無意識の行為、すなわち忘却は、すべて神という主語が命じた行為であり、神の記憶の《再現》であった（フーコーのいう狂気の概念が、前近代には知の枠内に収まっていた理由はおそらくそこにある）。フロイトは、無意識は《時間》を超越しているといった。無意識において、記憶痕跡は、時間的秩序を有していないと考えられた。おそらくこの意見は正しいが、むしろそのゆえにおいてこそ、神の記憶は歴史を超越することができた。時間的秩序を逸脱しているということは、人間にとっては悪だが、逆に神においてはむしろ自由な能力を意味するからだ。これまで起こったこと、これから起こることすべてを事前に承知し、網羅する神の記憶において、歴史の価値はかえって極大に達している（前近代には「歴史」という観念は存在しなかった、などというべきではない）。なぜなら、人類の歴史はすべて神の記憶に委ねられているからであり、またそのかぎりで、歴史とは超越そのものを意味することになるからである。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>しかし、事態は一変する。記憶は、近代において、ロゴスという名の知の玉座を降りてしまう。記憶（理性）と経験（感性）の差異を忘却（＝神の記憶）によって解消することがあまりにも困難になったからである。経験的な事実が記憶を上回る事態が頻発したとしても、忘却は、それを解消するよき手立てのひとつでありえた。経験がいくら記憶を上回ったとしても、それを埋め合わせするに充分の忘却が用意されていたし、またそれを神の記憶と呼ぶことで、さらに増大させることもしてきた。だが、忘却の余地はどんどん縮小していく。《紙》などの媒体の大量生産のためである。この媒体の増大によって、かつては制限されてきた記憶容量が、理念上、無限大に達したと考えられる（活字技術だけで、紙が大量生産されないかぎり、この理念上の転換は起きない。紙なしには、依然として記憶領域は経済的に限定されているからである）。暗黙のうちに、《模倣ミメーシス》は、《複製》へと意味を変える。記憶とその想起は、自己同一的なものの《再現》に変わる。かつてはどのみち差異（＝忘却）を孕むことが前提されざるをえなかった模倣や想起から、注意深く、一分の隙も許さない厳密さで、差異が取り除かれていく。なぜ、文字には、《同じもの》の再現が可能なのだろうか？　それは、文字が対象を模倣するのではなく、対象が文字を模倣させるように仕向けるからである――アポロンの神託さながらに。というのも、文字を読むわれわれにとっては、文字こそが世界だからである。そしてもっと重要なことは、文字を読む近代的人間は、同時に文字を書きもするからである。文字から文字へ、声という生の世界を差し挟まない、死の運動――これが歴史である。したがって、かつて、たとえばキケロを想起することが、かならず忘却を伴って行なわれたのに対し、近代における「キケロ」の想起は、同じ「キケロ」を再現representする〈とみなす〉。差異を実現してしまう想像力は、記憶力から分離する。想起の概念が致命的な変更を被るのである<sup><a name="p02" href="#n02">(2)</a></sup>。</p>
<p>この状況下で哲学を組み立てたのはカントである（カントやヘーゲルの登場は、ちょうど紙の大量生産が実現するのと軌を一にしている。この状況に対する時代の応答が彼らの哲学であった）。デカルトには、まだ、「良識ボンサンス」の観念が残っている。万人に分有されているというこの観念は、中世以来の「生来の記憶」に余地を与えていたし、そこから神の存在を証明することさえできた。しかし、カントにおいて、それは、たかだか「共通感官（常識）」を示すにすぎない。共同体という人間の外部から与えられたものにすぎず、先験的なものではけっしてない。カントは、内容を欠いた時空間以外のあらゆるアプリオリテートを、理性（ロゴス）から完全に排除したのである。</p>
<p>記憶の王朝がついに終わりを告げる。だが、ロゴスは、神（絶対者）や永遠（時間における無限）、宇宙（空間における無限）や自由（運命における無限）といった仮象をもたらすばかりであって、個別に限界づけられた記憶とは結びついていないし、記憶に相反する蛮勇さえも慎まない。たしかに、記憶は理性という頂点から没落した。ただし、理性はそれによって《形骸化》したのであり、もはやロゴス＝言葉という呼び名は適切ではなくなる。下野した記憶に、カントは特別な場所を用意していた。《悟性》である。悟性を打ち立てるためには、想像力と記憶力の分割が、自然に受け容れられる状況が用意されていなければならない。かつては一体のものであったそれらが、分割されるということ。それは、同じものを再現する力である記憶力と、差異が孕まれざるをえない想像力とが、別々の力であるという、それまでとは異なる知の規準が生まれていることを示す。そして悟性に蓄えられたカテゴリー（記憶）は、感性が想像力によって与える表象を従属させ、これを総合するとさえいわれることになる（Einbildungskraftにせよ、Imaginationにせよ、訳語の問題なので慎重さが必要だが、ふつうにカントを読むかぎり、感性と悟性を最終的に総合するのは記憶力（カテゴリー）の側であって、想像力ではない。感性に端を発する想像力がつねに‐すでにカテゴリーに従属しているのでないかぎり、コペルニクス的転回が成立しない<sup><a name="p03" href="#n03">(3)</a></sup>）。</p>
<p>したがって、じつは悟性を発祥地とする（か、あるいは最終到着地とする）「共通感官」の重要性は、結局はいや増すことになる。無手勝手な差異をもつ諸々の表象を総合（＝認識）するのは悟性である。外部からの経験を蓄積する記憶層をなす悟性は、架空の感官である（というのは、そう考えないと悟性など必要ないからである）「共通感官」を作りあげる。これをあえて「感官」と呼ぶのは、光や音など、ほかの感覚と同じように、外からやってくるからであり、理性（身体内部）に淵源するのではないからである。また、これが架空であるといわれることのもうひとつの理由は、複数形の人間――たとえば人類であるとか、国民であるとか――においてはじめて、保持していると〈みなせる〉ものだからである。感官はもちろん感性を宿しているが、共通感官の居場所は悟性である。</p>
<p>共通感官は、いったいどのような形でやってくるのか。《歴史》である。かつて、自身の内側に、《忘却》として、あるいは《生来の記憶》として探究された《起源》は、今度は、身体の外側において探究されることになる。先述したように、ソクラテスは、文字を忘却の術と言っていた。というのも、人間にしっかりそれとして意識されていないというかぎりでは、身体内部の忘却であろうと、その外部にある文字であろうと同じことだからである（ソクラテスにとって、内か外かは重要ではなく、問題は境界線上で行なわれるドラマの方なのである）。かつては、神の記憶であるがゆえに極大の力をもっていた歴史は、その力を半分失う。だが、そのおかげで、人間のものになり、それゆえ逆説的に、正真正銘の歴史となる。そして、忘却のうちにしか行なわれえなかった《行為》の主語を、歴史に取って代わらせる。歴史は忘却ではない。神の記憶ではないとしても、すくなくとも、《人類の記憶》である。しかも、文字から文字へ、すなわち「キケロ」からキケロではなく、「キケロ」から「キケロ」へ、《完全な再現》を夢想させるものである。</p>
<p>内なる神という主語を失った精神は、外部にその《起源》を求めた。それが歴史である。しかし、おかげで、内部には空洞が広がることにもなった。中世には《生来の記憶》という名で呼ばれたその場所、その亀裂が、ふたたび古代同様に《忘却》として光を浴びる可能性が、生まれていたのである。そのことを発見し、明確に示したのはプルーストである。ベンヤミンが「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」のなかで注目し、高く評価した《無意志的記憶（メモワール・アンヴォロンテール）》は、端的に忘却のことである。この忘却の領土こそが、文学者の新たなる大陸なのである。だが、それは、しばらくすれば、時代精神によって、そして「無意識」によって、埋められてしまう。想起と記憶とを（あえて？）区別しない精神分析は、忘却に時間的秩序を与え、古代以来、ようやく内部に回復された忘却の領土を奪い取ろうとするだろう。外部の忘却は歴史によって、内部の忘却は精神分析によって奪われる。忘却、それはむしろあなたの精神だと、彼らはいう。ひとは《父》に、《過去》にその主語を預けてしまう。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>これが、ニーチェのいう「歴史病」（『反時代的考察』）である。本来、時間は、ひとの生に従って生じるものである。生の消滅速度、それこそが、時間である。生があり、そのあとで、それは歴史となる。この順序は覆すべきものではない。だが、歴史は、この「時間」を追い越そうとする。過去は、あなたを先んじて存在していると、歴史はいう。資本主義社会において、あらゆる技術革新が時間を追い越すための技術であるように、歴史もまた、このもっとも健全な、もっとも自然な「時間」を追い越すための努力である。過ぎ去る時間を、幸福を「いまここ」につなぎとめ、インデックスをつけて保存しておくことこそ、歴史と科学技術が結託して行なう不健全な目標なのである。その点では、歴史病は、一九世紀や二〇世紀にだけあったのではない。今日はもっと深刻な状況となっている。あまりに大量に生産される《古文書（アーカイヴズ）》に対して、もはやかつての歴史家が苦労して行なった時間的秩序をもたらす時間さえ惜しいのである。その厖大さは、機能的かつ合理的な方法で、たんなるＩＤの意味しかもっていない年代記号のもとに秩序付けられ、「情報」として処理されるほかないというところまで、ひとを追い詰めていく。「情報」から「情報」へ、すべては「情報」である。すべては、かつて模倣されたものの模倣でしかない。この歴史病の狂熱は、現実の歴史家さえ無用にするほどに、激烈である。たんに歴史を知らないひとびと（わたしも、というかすべての人間はどちらかといわれればそちらに属す）に《忘却》のレッテルを貼るほどに、この病は倣岸である。</p>
<p>歴史は、それが歴史であるかぎり必然的に、ひとの生や行為を奪い、法則を再認する実験結果だとみなす。そこでは、アポロンの遠矢がもたらす神託よりも、はるか先を歴史が生を追い越している。われわれの生があり、そしてそれが事後的に歴史となる、というあの単純さ、「生と歴史のあの関係のすべての明晰さ、すべての自然さと純粋さ」は失われている。歴史はいう、その行為は、すでに行なわれたものである、と。人間のあらゆる行為が、すでに起こったことの再認である。なにしろ歴史は、起こったことにしか注目しない。歴史が夢想する無限の「いまここ」は、過去に先立たれ、頭を押さえつけられることによって、可能となる。われわれは、《起源》を歴史に預け、われわれ自身の生産力を、オリジナリティを奪うに任せる。歴史は、原理上、かならず生を歴史に従属させる。文字から文字へ、同じものの反復を可能にする歴史は、同時に充実した差異をなす生を《学》にそぐわぬ劣ったものとみなしている。したがって、歴史を生に奉仕させるためには、かならず反歴史的なもの――《忘却》と、超歴史的なもの――《芸術》とが必要とされている、とニーチェは言った。いずれも積極的な《忘却》である。</p>
<p class="post-c">◆</p>
<p>われわれの行為が、《生》が、ドラマが演じられ、それがそのあとで歴史となる、という、ニーチェのいう健全さは、炎のまえに灰が、傷よりまえに痕跡が存在しえないのと同じほどにたしかなことだが、しかし、よくよく考えてみると奇妙なことである。というのも、それはひとが思っているのとは異なる不思議な時間概念によってしか可能にならないからだ。この時間概念上で、歴史は、かならず、現在の〈あとで〉過去になる。そしてその過去は現在よりも未来にある。このもっとも健全な、しかし不思議な時間概念にもとづくかぎり、われわれより以前には、なにひとつ歴史など存在していない。われわれの現在はつねに新しい。過去に汚染などされていない。ここで、カントのコペルニクス的転回は、さらに一段上の転回を遂げる。というのも、認識に対象が従属するか否かとは関係なく、われわれのうちに痕跡を残す対象そのものが、そもそも存在していないからである。すでに消え去っているかぎり、〈すべては仮象である〉。したがって、カントのいうような現象は、じつは、痕跡（灰）が傷（炎）を追い越すと考えるかぎりでしか発生しない。そして、同じものの反復を、すなわちrepresentationを可能にするのが、痕跡であり、文字であり、この痕跡に依存するかぎりでしか、カントのコペルニクス的転回は正当性をもたない。</p>
<p>ベンヤミンの固有の歴史哲学は、ニーチェとともに、ここにおいて始まる。《模倣》から《複製》へ、《想起》から《再現》へ。アウラ（一回性）を喪失させる主題の変動のなかで、アウラ同様に失われたかにみえる《忘却》は、どう転んでも結局は奪回されなければならない。だが、それはどのようにして？　歴史病に犯されたわれわれには、もはや超越論などと悠長なことをいっていることはできない。歴史は、実際にわれわれを超越しているからだ。歴史そのものが超越〈論〉的な仮象、理念だとするなら、われわれが健全にも歴史を追い越すためには、もっとシンプルな《超越》が必要なのである（ラッセルの健康さが指摘するように、嘘つきのパラドックスに直面して逃げ場のない懐疑に陥ったなら、そこにレベル（階型理論）を導入するのがもっとも簡単な脱出方法である――ゲーデルにしたがうかぎり、内在的な乗り越え（＝超越論）の不可能は証明されている）。したがって、問題は、いかなる超越を選ぶのか、である。すなわち、他の屈強な身体にそれを求めるファシズムか、それとも、外といっても自身の弱い肉体にそれを求める超人か……。</p>
<p>ひとは、歴史から逃れるために、別種の歴史を必要としている。ベンヤミンのいう歴史は、あらゆる意味で過去の破壊であり、むしろ自然のままに跡形もなく消滅させることを欲している。消え去る時間のなかで一瞬だけ輝く星座を実現すること。ショーレムの『天使の挨拶』からの引用が示しているとおり、この新しい歴史において、「いまここ」の幸福など無縁である。</p>
<p><a name="n01"></a></p>
<h2>【註】</h2>
<ul>
<li class="note"><a href="#p01">(1)</a> プラトンの書物の重要性は、概念そのものではない。概念が繰り広げるドラマ（ここでは、イデアという概念がもつ忘却と記憶の運動）をしっかりと見定めることである。そうでなくては、プラトンがわざわざ対話編のスタイルでソクラテスを表現した意味がなくなってしまう。</li>
<li class="note"><a name="n02" href="#p02">(2)</a> 近代において、同じものを再現する記憶力と、オリジナルなものに差異を付け加える想像力とが分割される。その副次的な結果を述べると、芸術が《学》から分離する。というのも、かつてはムーサの女神のうちで一体であった記憶力と想像力とが、分割されるからである。フーコーが論じたように、知でもありえた狂気をこの《学》は病に代えたが、《学》から分離されたおかげで、芸術は、狂気としての知を保持することができた。しかし、もっぱら想像力・忘却の側に属する芸術は、同時に権力を失う。芸術が被っている二一世紀の惨状をみるかぎり、もとより忘却の側に属している芸術が必要としているのは、新たな想像力などではなしに、記憶力を回復することである。</li>
<li class="note"><a name="n03" href="#p03">(3)</a> このところ、「感性と悟性とは、想像力によってしか総合されない」、というような意見を耳にするが、カントの議論に従うかぎり、総合は、悟性のアプリオリであるカテゴリー（記憶）において行なわれ、想像力はカテゴリー（記憶力）に従属しているように思われる。それをあえて感性の側からの想像力に限定してこれを国民国家に結びつける議論が意図しているのは、想像力をその中心的な手段とする芸術、とりわけ文学を批判の標的にすることなのだろう。だが、ナショナリズムを供給しているのが、文学より歴史に見える点を、この議論はどう説明するつもりなのだろうか？　訳語の問題もあるため、あまり込み入った議論をするつもりはないしカントの解釈学にかかわるつもりもないが、しかし、この点は文学が標的になっている点で見過ごすことがむずかしい。もともと、カントにおいても、ヒュームを受けついで、感覚はひとによってさまざまに異なるものとみなされている。だからこそ、デカルト以来、表象とロゴスの差異が問題にされたのである。それを統一するのは、諸々の外部表象の場合は、悟性のカテゴリーであり、自己の場合は理性における超越論的統覚である。ひょっとしたら、「共通感官」という語に囚われてしまったのかもしれないが、この感官はもっぱら悟性に存する。総合は、やはり、対象や感覚ではなく（それゆえ想像力ではなく）、認識に従属する形で行なわれる。つまり、総合とは、つねに‐すでに認識cognitioなのである。「共通感官」という表現は、複数の人間を問題にしたときに可能となる一種の比喩であって、これが文字通り感覚に備わっているなら、わざわざ悟性を論じる必要はないし、第三批判も無用のものとなる。デカルトの懐疑は無駄骨であり、コペルニクス的転回もなかったことにさえなる。</li>
</ul>
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