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記憶と忘却の娘としての《技術》(スティグレールによせて)
わたしの考えていることと、最近名前だけ知って多少気にかけていた、一風変わった経歴をもつベルナール・スティグレールの考えていることには、どうやら平行性があるようだ。記憶や記録、プロメテウスとエピメテウスの関係について論じて [...]
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ポストモダニストたち(2)――ヴァルター・ベンヤミン
ヴァルター・ベンヤミンについて、まとまったものを書きたいと思って、ずいぶんと時が過ぎた。歴史的時間の奇妙さにもっとも近づいたのは、彼である。彼のおかげで、自分がずっとまえから抱かされていた時間感覚について、言葉を――つま [...]
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ポストモダニストたち(1)――ミシェル・フーコー
わたしの愛するポストモダニストたちがいる(この言葉を、あえてよい意味で使おう)。年齢順にいえば、ニーチェ、ベンヤミン、ドゥルーズ、そしてフーコーである。ホメロスやプラトン、デカルトやゲーテも愛しているが、彼らには途方もな [...]
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言文一致論(「精神の歴史」のためのプロレゴメナ)
ハイゼンベルク(1)の不確定性原理Uncertainty principleは奇妙なものである。この原理を生活レベルに(つまりあえてマクロレベルに)翻訳すればこうなる。われわれがグラスなどの対象をみるとき、目から発せられ [...]
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弁証法の彼方へ
われわれの思考は、アドルノやデリダ、そしてハバーマスのあいだで揺れ動いている。弁証法に反対する人も、賛成の人も、結局は、彼らのつくる三角形のなかで藻掻いているにすぎない。全体化に強く反対したアドルノが、差異化の運動そのも [...]
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小林多喜二讃
小林多喜二を読んでいると、いかに《文学》が神聖なものだったかを、強く感じさせられる。共産党の活動の奥深くに食い込んで非合法生活をつづけるなかで、それでも彼は最後まで筆を手放さず、自分の目と耳と指とを信じ続けた。だから、 [...]
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兵士と戦士(メモ)
兵士と戦士とを厳格に区別する必要を最初に説いたのはニーチェである。そしてニーチェは、ひとに兵士になるな、戦士になれ、と言った(ドゥルーズ=ガタリの《戦争機械》の概念は、この区別の延長上にある)。このニーチェの箴言は、いま [...]
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戦前と戦後 II(ラフ)
われわれは、戦前と戦後を見渡すことのできる世代である。戦前の60年と戦後の60年を比較して、そのどちらにも、ある種の共感を覚える。またそこに、思考の絶対的条件とでもいうべき不可避的な病があることも承知している。
◆
たと [...]
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戦前と戦後(ラフ)
たとえば晩年のジャック・デリダがハバーマスと共闘したように、晩年の柄谷行人は丸山真男に共感する。ここに共通したなにかはないか。それも、戦後の病そのものであるような。といっても、それは不可避的な病であり、戦前のひとびとが、 [...]
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言葉は遠隔力か
遠隔力(磁力や重力など、離れているもの同士で働く力)を斥け、衝突によって力学を考えようとしたデカルトの議論は、今日ではマイナー科学に属し、万有引力を認めたニュートン以後の世界では、デカルトの衝突論は異端中の異端である。と [...]



