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第4回「人文学の正午」研究会のお知らせ
来たる9月25日(土曜日)、14:00より京都大学にて第4回人文学の正午研究会が開催されます。第1回は「人文学とはなにか?」、第2回は「色彩論」、第3回は「ベンヤミンの言語論と歴史」でしたが、第4回は「1960年代前半に [...]
philosophy
新しい芸術哲学のために(下) 欲望について
対象と真に関わろうとするならば、あらゆる関心、欲望を捨て去らねばならない。女性のもつ真の美を求めるのであれば、性的な欲望は慎むべきだ。欲望が映す美は、真の美ではない。欲望を対象に投影しているにすぎない。あらゆる雑多な関心 [...]
philosophy
新しい芸術哲学のために(上) 崇高について
自然は固定観念をもっている。たとえば太陽は東の空から昇って西の空に沈み、蝉は夏の盛りに啼く。夜の終わりに覚めて昼の終わりに眠り、赤信号で足を止め生まれそして死ぬ。 自然界は、いわば固定観念の束である。羅針盤の針が北を向き [...]
philosophy
反脱構築――新しい芸術哲学のための前哨戦
ジャック・デリダの脱構築déconstructionについて、あるいはその主要な駆動装置となる差延différanceについて、いま、ひとはどのように考えているのか。20世紀後半から今日に至るまで、これらの概念(デリダは [...]
fragment
言葉の肉体についての序論
おそらく、言葉の死があったのだ。《言葉は死んだ!》――言葉だって腐るのだ。ニーチェのいわゆる「神の死」は、神が言葉であることの言明である。だが、わたしのいう《言葉の死》は、生が輪廻転生のうちにあることの言明である。言葉の [...]
philosophy
二つの時間概念――純粋な現在とはなにか
社会が悪いのではない、己が無力なだけだ……。社会に認められようともがく若者は、社会に貢献できていない現状を気に病みながら、社会ではなく己の才能が足りないのだというもっとも不愉快な解決法に満足せざるをえない。己が認められよ [...]
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第3回「人文学の正午」研究会のお知らせ
来たる7月10日(土曜日)、13:00より京都大学にて第3回人文学の正午研究会が開催されます。第1回は「人文学とはなにか?」、第2回は「色彩論」、第3回は「ベンヤミンの言語論と歴史」の予定です。ドイツの思想家ヴァルター・ [...]
criticism
顔と他者、あるいはマイケル・ジャクソンについて
マイケル・ジャクソンが死んだとき、書こうと思っていたことがある。それをずっと書かないでいた。なぜだろう? たぶん、世間が大騒ぎして書く気が失せたのだ。そして忘れていた。だが、ふと思い出した。アメリカ合衆国とは《何だった》 [...]
criticism
基地はいらない!
ニューヨーク・タイムズは、5月23日付けの記事、“Japan Relents on U.S. Base on Okinawa”のなかで、「オバマ米政権の勝利であり、鳩山首相にとっては屈辱的な後退a victory for [...]
criticism
芸術のエチカ――欲望中心の表象の強さについて
欲望中心の表象には、強さがある。街を歩く群衆は、己の考え事に耽っていて、他人の顔など見向きもしないし視界に入っても覚えていない。なのに、この欲望中心の表象ときたら、そんなひとびとの無関心などおかまいなしに、暴力的に視線を [...]



